犬とキャラバン
1 名前:SSK8 投稿日:2003年01月19日(日)01時55分19秒

こんにちわ。
短めのハナシをいくつか書いていきます。
リアルだったりアンリアルだったり。
2 名前:流星都市 投稿日:2003年01月19日(日)01時57分00秒

「あーごっちーん、元気?うん、今終わったトコ。あ、おつかれー。へへへ。うん、今から行くから。どこにいんの?え?家?うわ遠いなまたそりゃ。あははは!ウソウソ。んじゃ、後でね。近づいたらまた電話するよ。ん、だいじょぶ。たぶん1時間もかかんないかな。うん、じゃね。はーい」

あたしは携帯を腰にぶらさげた小さなバッグにしまい、左手に握っていた革の手袋をはめた。
鼻歌に合わせてゴツ、ゴツ、ゴツ、とブーツの音を響かせながら、地下駐車場の真ん中を横切る。
腰につけたチェーンと一緒にぶら下がるカギの束がジャラジャラと音をたてた。

遠くからでも一目で分かる愛しい相棒は、いつものように静かにあたしを待っている。
外見も中身もあたし好みにイジり倒して一年半。
ついついニヤけて眺めては、無意味に撫でまわしてさらに頬がゆるむ。
毎日見ても見飽きない、毎日乗っても乗り飽きない、あたしの相棒。

3 名前:流星都市 投稿日:2003年01月19日(日)01時58分00秒
キーを差し込みゆっくりとまたがって、すっと息を吸い込んで一気に踏み下ろす。
ぶぉんっ!
キック一発で相棒は、今朝と同じように鼓動を響かせ始めた。
息もバッチリ。

今夜は、頼むよ。
頬にかかった髪を耳にかけながらあたしは、相棒に話しかける。
あたしの大事な友達を迎えに行くんだから。

タンクに手を置くと振動が伝わって、あたしのキモチも昂って行くのが分かった。
まだまだ、もうちょっと。
目覚めたばかりの相棒の準備が整ったら、すぐに出発しよう。
あたしは軽く目を閉じて一度、大きく息を吸い込んだ。

4 名前:流星都市 投稿日:2003年01月19日(日)01時58分39秒
念願の中免を取ったあたしは、事務所に拝み倒してバイクで通うのを許可してもらった。
説得するのは本当に本当に本当に大変だった。
でも免許はあるのにバイクに乗れないなんて絶対おかしい。

今のうちに乗らないと教習所で教わったコトを忘れそうなんです!
毎日乗らないと上達なんて出来ないですよ!
絶対誰にもメイワクは掛けません!

あたしは思いつく限りの理由をあげては事務所の人間に毎日、お願いします、と言い続けた。
バイクに乗ってる事務所のヒトにも協力してもらった。
偉いヒトにも逢った。
結局、あまりのあたしのしつこさに事務所は、条件つきでしぶしぶ許可をくれた。
5 名前:流星都市 投稿日:2003年01月19日(日)01時59分26秒

一つ、交通法規は必ず守る事。絶対安全運転!
一つ、ひどく疲れてる時には事務所のクルマで送ってもらう事。
一つ、後ろにヒトを乗せない事。
一つ、ヘルメットは絶対にフルフェイス。
一つ、夏でも長袖長ズボン必須。
       ・ 
       ・ 
       ・
まだまだたくさんあるのだけれど、思い出すだけで気が滅入るからバイクに乗る時くらいは忘れたい。
いや忘れちゃダメなのか。

ともあれ、せっかく許可してもらったバイク通勤を手放すようなコトだけはしたくない。
あたしは煽られない程度に安全運転をしていたし、眠たくて仕方がない時には泣く泣くバイクを置いてクルマで送ってもらった。
もちろん誰も後ろに乗せたコトはないし、アメリカンに乗ってるけどフルフェイス。
夏でも汗だくになりながら、長袖シャツだし(革ジャンはさすがにムリ)。

完璧です。

でもそれが今日、今日、ついに・・・。
ニヒヒヒヒヒヒ。
バイクに乗り始めて一年半、ついにこの日がやって来たのだ!
でも事務所にはもちろんナイショ。
6 名前:流星都市 投稿日:2003年01月19日(日)01時59分58秒

決まりとは、破られる為にあるのだ。
十代最後の夏は誰にも止められない。
やんちゃ盛り、吉澤ひとみ。

コレ、この夏のあたしのキャッチフレーズ(あたしのココロの中だけで)。
最初ごっちんにメールでそれだけ送ると、あはは何それ?何か企んでるの?という返事がすぐ送られて来た。
『ごっちん、約束を果たす時が来たよ』
またそれだけ送ると、すぐに電話がかかって来た。
『よし子?ウソーもしかして、アレでしょ?乗せてくれるの?』
さすがごっちん、カンがイイ。

あたしが免許を取った時にごっちんは、いつでもイイから絶対後ろに乗せてよね、と言った。
いつでもイイから、ってのは同じ稼業のツライトコをよく分かってるだけある。
ホントにいつになるか分からないけれど、とその時あたし達は約束をしたのだった。
7 名前:流星都市 投稿日:2003年01月19日(日)02時00分58秒

明日は2人揃ってオフ!だとイイのだけれど、残念ながらあたしもごっちんも午後から仕事。
それでもあたし達にとっては奇跡に近いくらいの半休とタイミング。
この機会を逃すとあたし達は、一生約束なんて果たせないかもしれない。
そんなコトはないか。

その時の電話で決行出来る日はすぐに分かったから、そのまま2人だけで綿密に立てた計画。
動くのは、夜。
昼間だと何かとメンドくさいから。
クルマも多いし。
たぶんあたしの方が仕事が遅く終わる予定だから、その後ごっちんを迎えに行く。
そしてそのまま夜通し2ケツでGO!
は、ちょっとムリだろうから、食事とかお茶とかとにかく何でも。
そして朝になる前に家に帰って、昼まで爆睡すれば万事オーケー。

実は綿密でも何でもない計画だけれど、あたしとごっちんだからそんなもんだ。
日頃一緒に遊べない分色んなトコに行っちまえ、と電話で2人揃ってニヒヒヒヒ、と笑
8 名前:SSK8 投稿日:2003年01月19日(日)02時03分21秒
↑もしかして、最後切れてます?カコワルイ
最後の行、の一番最後、

「・・・ニヒヒヒヒ、と笑った」

です・・・。
9 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月19日(日)10時03分39秒
リアルな感じで好きです。
短編ということですが、「流星都市」まだ続きがあるのでしょうか?
是非是非期待します!
10 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月19日(日)16時09分19秒
文章のリズム感が好きです!
これからも頑張って下さい。
11 名前:流星都市 投稿日:2003年01月20日(月)22時25分32秒
>9
>10
ありがとございます。
短めとは言っても「流星都市」はまだまだ続きます。
12 名前:流星都市 投稿日:2003年01月20日(月)22時27分02秒
そろそろ、行くかな。
あたしはヘルメットを被り、時計を見た。
夜は長いようで短い。
のんびりしてたらあっと言う間に朝になってしまう。
・・・ちょっと大げさ?

クラッチを握り、ギアを入れた。
一瞬の間を置いて、あたしと相棒は走り出す。
地下駐車場から出た瞬間、涼しい風がシェイドを開けたあたしの顔をさっと撫でた。

今夜の都内はワリと空いていて、走りやすい。
普段からムリなすり抜けなんかはしないようにしてるけど、渋滞じゃないほうが走りやすいの

はマチガイナイ。
渋滞の中を軽やかに進んで行くバイクは、都心部ではすごく便利だと思う。
反面、雨が降ったり、冬の寒い時期には大変なコトもあるのだけれど。
それでもあたしは、四季を肌で感じられるバイクの楽しさに夢中になっていた。
今まで知らなかった、匂い、色、音、すべてがあたしには新鮮で。
13 名前:流星都市 投稿日:2003年01月20日(月)22時28分06秒
ごっちんは、そういうのを感じる機会はあまりナイだろうとは思う。
移動中のクルマの中から見るコトが出来る風景にも限界はあるし。
あたしが大好きなモノをごっちんにすべて体験してほしいとは思わないけど、ちょっとだけで

もイイからそれを感じてもらえたらイイなあ、とあたしは思った。

都内の地理にも詳しくなった。
今まで電車で移動するだけでは結びつかなかった点と点が、線となってつながる。
意外な近道を自分で発見したり、家に帰ってから地図で確認したり。
ごっちんちまでの道も一度地図で見たコトがあったから、ばっちり記憶されている。

繁華街を避け、オフィス街を通り抜けて都心部から離れていく。
派手な看板と高層ビルが少なくなって夜空がだんだん広くなってきた。
少しずつ空気が涼しくなっていくのがよく分かる。
どこかで小さな祭りをやっているらしい。
信号待ちの目の前を、嬉しそうに綿菓子を抱えたコドモ達が数人、横断歩道を駆けて行った。
14 名前:流星都市 投稿日:2003年01月20日(月)22時30分39秒

夏の終わりの夜はなんとなく寂しい。
そんなふうに思うのはあたしだけかもしれないけど、星空とか、空気とか、すべてが少しずつ、秋の気配を感じさせていて。
でもあたしはそれもキライなワケではなかった。
そういう空気の変化や、風を感じながら走るのもキモチイイのだと初めて知った。

何度目かの橋を渡った。
川面に映る光がゆらゆら、けれどそこにどっしりと構えて、あたしを見送る。
もうすぐごっちんちだ。
15 名前:流星都市 投稿日:2003年01月20日(月)22時32分32秒
家の前で待つのもナンだよなあ、と思って隣の家の前で停めてみる。
ごっちんに電話しようと腰のバッグを探ると、目の前で門が開いてイキナリごっちんが出てきた。
「わっ、ごっちん!?びっくりしたー」
「へへへ、バイクの音がしたからよし子かなーと思ってさ」

あーかっけー、何かよし子っぽいねコレすごく、とあたしと相棒の周りを一周しているごっちんは、何だかものスゴイ、ヘルメットを手にしてる。
黄色?赤?とかとにかく、色んな色で埋めつくされてて、えーっと、ノーコメント・・・。
16 名前:流星都市 投稿日:2003年01月20日(月)22時33分25秒
ヘルメットなら持ってるよーユウキが、と電話で言うごっちんに、ちゃんとフルフェイスって言ってすっぽりカオを覆うヤツだかんね?と念を押した。
うん、そうみたいだよ?とごっちんが言うから、あたしはスペアのヘルメットを持って来なかった。

「つーかそれ、すんげー派手じゃナイ?ごっちんのメット」
「コレねー、ユウキが自分で色々塗ったりしてたんだけどさーイイでしょ?何か。だっさくて。あたし気に入ってんの」
ごっちんはそう言うとおもむろにヘルメットを被った。
「あははは!似合わないねーさすがのごっちんも。被りモノは何でも似合うと思ってたけどさ」
「そーなの!ホント似合わないでしょ。でもいーの。よし子に乗せてもらうんだから」
17 名前:流星都市 投稿日:2003年01月20日(月)22時35分41秒
今回の計画に向けてあたしは、ヒトを後ろに乗せる練習をしていた。
その時点ですでに事務所との約束なんて破ってるのだけれど、ごっちんを乗せるのが初タンデムなんてさすがのあたしでもちょっとなー、と地元の空いてる道でヒソカにトライ。
相棒のカスタムでお世話になってるショップの仲間がそれにつき合ってくれた。

元々運動神経には自信があるからコツはすぐにつかんだし、だんだん慣れてきたあたしの後ろに仲間は太鼓判を押してくれたから、ちょっと遠くまでそのまま走りに行ったりもした。
バイクの2ケツは、後ろに乗るヒトの意識も少なからず必要で。
大したコトではナイけれど、ヘンに体重移動なんてされたらバランスをとりづらい。
ごっちんの場合ユウキくんの後ろに乗せてもらったりしてるらしいのは聞いてたから、モンダイはなさそうだった。
18 名前:流星都市 投稿日:2003年01月20日(月)22時36分16秒
「んじゃ、そろそろ行きますか」
ヘルメットを被ったままだったあたしは、落ち着きかけてた相棒のエンジンを再びかける。
「そういやよし子、このコに名前とかつけてナイの?」
「ん?それあたしも考えたんだけどさ、男でもなく女でもなくってカンジだしなーと思ってさ」
うんうん、と相づちを打ちながらごっちんがあたしの後ろにまたがる。
「そんで、相棒って呼んでんだよね」
「ははっそれイイね、相棒。よろしく、相棒。ってあたしの相棒じゃナイのか、ははは」

エンジン音に負けないように大声で話すあたし達は、立派なご近所迷惑だろうか。
「やー、相棒と呼んでやってくれ!ごっちん!」
あたしはグリップを握った。
何かわくわくするね、すっごい、とごっちんがつぶやくのが、エンジンの音にまぎれてかすかに聞こえた。
19 名前:流星都市 投稿日:2003年01月20日(月)22時38分28秒
今走って来たばかりの道を今度は逆方向に走り出す。
さっきとは違って大量の光の渦に吸い込まれるように走るあたしは、やっぱりさっきとは違う背中の感触をすごく、心地良いと思う。
いや、あの、感触って別にそういうコトではなくって。
そりゃまあごっちんの感触つったらアレはアレなんだけども、今のあたしが感じるのは。
一人の開放感とはまったく別の、誰かの体温を感じる安心感。

夏の終わりの夜はなんとなく寂しいけれど、涼しいから好きだったりもする。
ごっちんとの約束の決行をこの時期にした理由の一つはそれ。
2人で蒸し蒸しベトベト、もしくは寒くて凍えながら走るのはちょっとツライ。
涼しい風とごっちんのぬくもりに包まれたあたしは、ココロの中で極楽極楽とつぶやいてる自分に気づいて1人でニヤついていた。

あたしの腰に手を回すごっちんはやっぱり後ろに慣れていて、すごく走りやすかった。
どこに行くの?なんて聞かないトコもごっちんらしい。
あたしも何も言わないで走り続けている。
1人の時よりも、さらに安全運転。
20 名前:流星都市 投稿日:2003年01月20日(月)22時39分11秒
今度の計画を決めたあたしは、絶対に絶対に絶対に事故らない、とあたしの中の神様に誓った。
ちょっとコケちゃって、なんてあたしだけならイイけど、それから起こるであろう騒動にごっちんを巻き込んだりとかちょっとでもケガをさせたりなんて、絶対にあってはならないコトで。
あたしのそんな誓いをもちろんごっちんは知らないだろうけど、たぶんユウキくんよりはのんびり走ってるあたしの運転に、不満はナイだろうとは思う。

最後の橋を渡ると急に、光の量が増す。
けれどもそれは、夜のオフィス街の人口に見合わないくらいの大量の光なワケで。
昼間とは違ってヒトもクルマも少ない高層ビルの街は、何となく近未来っぽくて好きだ。
特に行き先を決めてなかったあたしは、そこで急に思いつく。

そうだ、あそこに行こう。
そのまままっすぐ走って行って、皇居のお堀を回り込む道を選んだ。
静かな夜の森を右手に見ながらゆるやかな坂を上っているとこのまま、あたし達はどこへでも行けるんじゃナイかというような気分になる。
21 名前:流星都市 投稿日:2003年01月20日(月)22時39分58秒
不意にごっちんが何か叫ぶのが聞こえた。
「なーにー?ごっちん??」
目線はそのまま、カオだけ少し横にずらしてあたしも叫んだ。
ごっちんの声が風とエンジンの音に混じってまた少しだけ届く。
「・・・・・ね!」

「何だってー?」
聞こえないならそれはそれでも別にイイのだけれど、ごっちんとこの状況で大声で叫び合うのが何だか楽しくて、あたしはもう一度聞き返した。
「・・・イイねー!」

キモチイイね、か。
あたしなんてめっちゃくちゃサイコーにキモチイイんだけどな、今。
本当は両手でガッツポーズでもしたいくらいな気分なんだけど。
ガッツポーズと返事の代わりにあたしは一瞬だけ、自分のお腹にまわされたごっちんの腕に左手を重ねた。
22 名前:SSK8 投稿日:2003年01月20日(月)22時43分32秒
途中、改行がヘンなトコがあってやっぱりカコワルイ・・・。
次回?次々回?完結になるかと。
23 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月20日(月)23時35分45秒
20レス目で「そうだ、京都行こう」を連想してしまい、そして更にユウキのあの事件
を思い出してしまい、1人にやけてしまいました(w
軽やかな吉澤の一人称がすごく親近感が沸いて好きです。
24 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月21日(火)11時10分32秒
文章がこなれていて、スピード感やワクワク感がでております。
このお話の、ゴッチーンとヨスコならでわの熱い“ノリ”が楽しいです。
そして、無性にバイク買いたくなりました。これはH○NDAの陰謀か!?(違
25 名前:SSK8 投稿日:2003年01月21日(火)23時55分13秒
>23
>24
ありがとございます。
このまま続けてく勇気が出ました。

よし子のバイク、何にしよっかなーとは考えてたんだけれども。
全然伏字になってナイけどH○NDAのコトなんてすっかり忘れてた・・。
つまりCMの効果はry
26 名前:流星都市 投稿日:2003年01月21日(火)23時58分34秒
新宿駅の横を通って、、副都心と呼ばれる地区に入る。
仕事の帰り道にたまたま見つけた、あたしのとっときの場所の一つ。
やっぱりココもオフィス街だから夜になるとヒトとクルマが少なくなる。
都庁の下でも通ってみるか、と何の気ナシにその夜その道を選んだあたしは、まさかその後何度もそこを通るようになるとは思ってなかった。
つまり、それくらいあたしはその道が気に入ったってコト。

相棒と息を合わせて、スピードを落とす。
ゆっくり、ゆっくり。
あたしの技術で可能な限りの低スピードでその道を進む。
クルマはまったくと言ってイイほど通らないから、ジャマにはならないハズだ。

あの光景が目の前に広がる。
ごっちんが、あたしのシャツをぎゅっと掴むんだ。
あたしがいつものように、うわー、と思うのとほぼ同時。
27 名前:流星都市 投稿日:2003年01月21日(火)23時59分29秒
星空の中を進んでいるような錯覚に陥るから、あたしはココが好きだ。
自分が宇宙の真ん中を、漂っているみたいな気分。
あたしが進むスピードに合わせてゆっくりと移動する、無数の星。

もちろんそこにはたくさんの高層ビルがそびえ立っているだけなのだけれど。
相当夜中に通っても、窓の明かりがほとんど消えてるなんてコトもなくて。
なぜか不規則に立っているように見える、ココのビル達。
重なりあったり、だんだん姿を現したり。
星は色んな方向に少しずつ移動していく。

ごっちんの温もりがあたしの背中から少し離れるのが分かった。
それでもちゃんと両手であたしの腰を掴んでいる。
バックミラーをちらりと見るとごっちんが、カラダを反らして空を見上げている姿が目に入った。
うわー、キモチイイだろうなーそれ、あたしもやりたい。
28 名前:流星都市 投稿日:2003年01月22日(水)00時00分06秒
ちょうど都庁を過ぎたあたりで路肩に寄せて停まった。
そしてあたしも、空を見上げる。
移動しながら見上げるコトが出来ないのはちょっと惜しいけど。
エンジンを切る。
相棒も静かになって一瞬、すべての音が消えたような気がした。

そこにはあたし達しかいない。
さっきまでタクシーがたまに通ったりしていたけれど今は、不思議なくらいに誰もいない。
静寂に包まれたあたし達は、お互いに黙っている。
黙って目の前に広がる光景に圧倒されながら、何かを考えたり考えなかったり。
あたしはただ、1人で見るより2人で見るほうが何故だかキモチイイらしい、とぼんやり思っていた。

時折かすかな風が吹く。
宇宙のど真ん中にたたずむあたし達の姿は単に、バイクにまたがったまま空を見上げるアホっぽい2人だったりするんだけれども、そんなのはどうでも良かった。
29 名前:流星都市 投稿日:2003年01月22日(水)00時00分56秒
あたしはだらりと両手を垂らして、大きく口を開けてみた。
星のパワーを吸い込みたい、なんてくだらないコトを考えながら。
ごっちんが急にしがみついてきて、あたしの肩にヘルメットごとアタマをぶつける。
っていうか考えてみりゃ2人ともメットぐらい取れっつーハナシなんだけども。
あたしはまたごっちんの腕に軽く手を置いて、今度はしばらくそのままでいるコトにした。
手のひらから伝わるごっちんの体温は、やっぱり安心する。

不意に一昨年の夏や去年の夏のコトがアタマの中によみがえってきた。
色んな光景が浮かんでは消えてくから、何で今頃、と自分で少しビックリする。
何がどう、誰がどうってワケでもナイのだけれど。
忘れかけていた想い出が駆け巡って、あたしはちょっとだけ戸惑った。

あたしはごっちんの腕を握った。
そして。
30 名前:流星都市 投稿日:2003年01月22日(水)00時02分02秒
今日のこの光景とあたし達のコトを忘れるコトはきっとナイだろう、と何故だかそう思った。
理由なんてナイし、本当はいつか忘れてしまうのかも知れないとも思う。
でもいつかフとした瞬間に思い出すコトの一つになるのはマチガイナイ、という確信めいたモノがハッキリとあたしの中にあった。

あたし達は想い出の中で生きているワケではない。
遠い未来に思いを馳せているワケでもない。
あたしは今を生きて、輝く明日はたぶんあると思って毎日過ごしているだけで。
今こんなふうにごっちんと2人黙って一緒にいるだけで楽しかったりするワケで。
あたしはもう一度空を仰いで、ほんの少しの間だけ目を閉じた。
31 名前:流星都市 投稿日:2003年01月22日(水)00時03分01秒
よし行こう。
ごっちんに軽く合図をして、一気にキックを踏み下ろした。
コレからどこに行くかなんてまだ何も考えてナイけれど、とりあえず走ろう。
正面に見えるビルの前までとりあえず走って、Uターンをする。

今だけ、今だけだから。
あたしは自分に言い聞かせてスロットルを開けた。
32 名前:流星都市 投稿日:2003年01月22日(水)00時04分31秒
ば・びゅーーーーん!
相棒は嬉しそうにあたし達2人をみるみる加速させていく。
あたしはワケもなく大声で叫ぶ。
あーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!

ごっちんのいつもの笑い声が風の音にまぎれてちょっとだけ聞こえた。

宇宙の真ん中を走り抜けるあたし達を、たくさんの星が見ていた。
33 名前:流星都市 投稿日:2003年01月22日(水)00時05分32秒

...end
34 名前:. 投稿日:2003年01月22日(水)00時10分15秒

.....
35 名前:SSK8 投稿日:2003年01月22日(水)00時17分41秒
ムムムムズカシイな。。。
気合だ気合。。。
36 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月22日(水)08時18分44秒
短篇なのに、かなり読み応えがあったというか、とにかく満足です。
全く言葉がなくても会話が成り立たなくても、通じ合えてしまうのがよしごまのリアル
な点だなあと改めて感じました。
37 名前:ラブごま 投稿日:2003年01月22日(水)22時19分09秒
2人がバイクでかっ飛ばしている姿が想像できました。
実は気遣い屋のよすぃと、無邪気に楽しむごっちんがいいッス。
次回作も楽しみにしてます!
38 名前:SSK8 投稿日:2003年01月25日(土)00時08分11秒
>36
>37
もう、ホントにありがとございます。
書いて良かった・・・。
でも。
イキオイで書いて校正が甘いのを反省中・・。
念の為↓
>26の下から2行目。
 × シャツをぎゅっと掴むんだ。
 ○ シャツをぎゅっと掴んだ。
申しワケないです。

今度のは「流星都市」とは両極にあると言ってもよいかも。
39 名前:ローラースケート・パーク 投稿日:2003年01月25日(土)00時09分16秒
初夏というにはやや強すぎる陽射しを帽子で遮りながら、家を出た。
左手に提げた籐のバッグの中には読みかけの文庫本、ミネラルウォーターと、オレンジ。
買ったばかりのサンダルが、梨華の歩みに合わせてパタパタとリズムを取る。
土曜日の公園へと向かう梨華の胸の鼓動は、その距離が近づくにつれ高まっていった。

梨華の住む街で2番目に大きいと言われるその公園には、小学生の頃まで毎日のように通っていた。
子供の為の遊具はもちろん、小さな池や草野球が出来るグラウンドがあるほど広いのが、幼い梨華のお気に入りの理由だった。
しばらく足を向けるコトのなかったその公園に、あの日から、1週間に1度だけ通うようになった。
40 名前:ローラースケート・パーク 投稿日:2003年01月25日(土)00時09分50秒
約束なんて、してないけれど。
不安なコトバが思い浮かんで梨華は、先週のコトを何度か思い返した。
けれどもそんな不安なキモチよりも、抑えきれない弾むココロが梨華の足取りを軽くさせていた。

公園までは、あと少し。
時たま吹く風が、汗ばんで来たシャツの中を心地良く通り抜けた。
41 名前:ローラースケート・パーク 投稿日:2003年01月25日(土)00時10分32秒
3ヶ月前の、よく晴れた土曜日。

自転車を漕いで図書館から帰る道すがら、心地良い春風が梨華を追い抜いていった。
数日間降り続いて桜をほとんど散らせてしまった雨はあがって、青空が広がっている。
すぐに家に帰るのも惜しいと感じた梨華はスピードを緩めて、あれこれと思いを巡らせる。

いつもの道にも少し飽きてきたし、と廻り道をするコトに決めた。
どの方角に行こうかと色々考えた末に、昔よく遊んでいた公園が梨華のアタマに浮かぶ。
梨華の家からは歩いてすぐなのだけれど、成長していくうちに地元で遊ぶ回数は減り、高校生になった今となっては最後に公園に訪れたのがいつなのかも思い出せないほどだった。
途中でジュースを買い、公園への曲がり角を久しぶりに曲がった。
42 名前:ローラースケート・パーク 投稿日:2003年01月25日(土)00時11分07秒
懐かしい公園は前と変わらず緑に囲まれ、近所の子供達に親しまれているようだ。
何だか少し小さく感じるのは自分が大きくなったせいだろうか。
見ると、昔はなかったスケートボード用のスペースが出来ている。
知り尽くしたハズの公園も新しく生まれ変わったりするのだなと、グラウンドの隣にあるそのスペースに向かった。

ちょっと大き目のTシャツを着た男のコ達が数人、思い思いの場所でスケートボードに挑戦している。
まだ始めたばかりなのだろう、真新しいボードを使ってジャンプしようとするが、何度やってもうまくいかない。
「ちっくしょ、今の惜しかったよなー」
「ココで重心をさあ、こう、右足に・・・」

梨華の目から見ても分かるほど上手い男のコが1人いて、その彼に教えを乞いながら彼らは果敢にトリックに挑戦する。
中学生かな。
彼らの一生懸命さに、梨華は思わず微笑んでしまった。
43 名前:ローラースケート・パーク 投稿日:2003年01月25日(土)00時11分38秒
「あー、ちょっとオレ、あのおねーさんに笑われちったから休憩するわ」
男のコの1人が梨華のほうを見てハズカシそうに笑って、仲間達に告げる。
「えー、じゃオレもー。こんなヘタくそなの見られんのハズカシイよなあ」
そんなつもりではなかった梨華はあわててそこから去ろうとしたが、それより早く彼らのほうが、誰が一番早く自販機にたどり着くかと競争しながら走り去ってしまった。

悪いコトしたかな・・・。
そう思ったけれども時すでに遅し。
そこにはもう誰もいない。
目の前のベンチがちょうど木陰になっていたから、軽く手で埃を払って腰を下ろす。

さっき借りた本でも、読もうかな。
軽めの小説を取り出して、梨華はお気に入りの革のブックカバーを被せた。
44 名前:ローラースケート・パーク 投稿日:2003年01月25日(土)00時12分19秒
突然、さっきまでとは違う音がして、梨華は顔をあげた。
見ると1人の男のコ・・・のような雰囲気の女のコがローラースケートで滑っている。
赤いTシャツを着て、長い手を不器用に伸ばしながら空を仰いだりリズムに乗ったり。
短めの黒髪を耳の後ろにかき上げた彼女の、ハミングを始めたアルトが梨華の耳にも届いた。

梨華は彼女の姿に見愡れてしまう。
小さい顔、大きな瞳、長い手足に、色白の肌。
ヘッドホンをしているせいだろう。
自分の声は聴こえないだろうから逆に小さく、少しだけ恥ずかしそうに歌う声。
かすかに聴こえるその歌を、梨華はどこかで聴いたコトがあるような気がした。
45 名前:ローラースケート・パーク 投稿日:2003年01月25日(土)00時13分10秒
彼女が目の前を通りすぎる。
ふわり、と懐かしいような香りが風となって梨華を一瞬だけ包み込む。
梨華は目の前の光景とその香りに圧倒されてしまい、彼女をただ目で追うコトしか出来ない。

一瞬、彼女の歌声が途切れたような気がして、梨華は耳をすました。
彼女は自分の胸に手を当てて一瞬俯くと、その手で自分の足を軽く叩いてリズムを取り、また空を仰ぐ。
しばらくすると彼女は、ローラースケートのまま公園から出て行ってしまった。
1人残された梨華はただ呆然として、手に持った文庫本を開くコトすら忘れていた。
46 名前:ローラースケート・パーク 投稿日:2003年01月25日(土)00時14分23秒
その日から土曜日の梨華には、図書館通いの帰りに公園に寄るという日課が加わった。
なぜ彼女をもっと見ていたいと思うのかは、梨華自身にも分からない。
ただそのしなやかに伸びる手足や、かすかに聴こえた歌声が気になって仕方がなかった。
梨華の行くタイミング次第で、彼女が姿を見せるコトもあるしスケートボードの男のコ達だけのコトもある。

お気に入りなのだろうか、彼女はいつも赤いTシャツを着ている。
けれども何度か見るうちにそのカタチや柄が微妙に違うというコトに梨華は気づいた。
赤が、好きなのかな・・・。
梨華は勝手に彼女の好みを一つ知るコトが出来たような気がして、嬉しかった。
47 名前:ローラースケート・パーク 投稿日:2003年01月25日(土)00時14分58秒
7月の最初の土曜日、梨華は母親に頼まれた知人への届けモノを済ませて公園に向かう。
今日もあのヒト、いるかな・・・。
彼女がいてもいなくても公園で本を読んで帰るコトにしていたが、やっぱり逢えたらすごく嬉しい。
彼女のほうからしても梨華がいたりいなかったりするハズなのだけれど、そのコトに彼女が気づいているかどうかは分からない。
いつもヘッドホンをして、歌を歌いながらキモチ良さそうに滑っているだけだから。

自転車を停めていつものベンチに座る。
本を開いてしばらくすると、彼女が現れた。
いつものように赤いTシャツ、ではなく、今日はなぜかオレンジ色のTシャツ。

梨華が意外に思って彼女を見つめていると、突然彼女が目の前で転んだ。
「「きゃっ」」
梨華もつい同時に声を出してしまう。
彼女はハッと顔をあげて梨華のほうを見た。
48 名前:ローラースケート・パーク 投稿日:2003年01月25日(土)00時15分35秒
そのまま照れくさそうに笑って前髪をかきあげてから、っしょ、とつぶやいて立ち上がった。
「っててて・・失敗しちゃったよ。カッコ悪いね」
彼女はヘッドホンを外しながら、梨華の隣に腰かける。

「・・・大丈夫?」
突然のコトに梨華はどぎまぎしながらも、勇気を出して話しかけた。
「ん、コレくらいはヘーキ。ちょっとすりむいちゃったかな?でもあんまり痛くナイや」
コレくらいほっときゃ治るから、彼女はそう言いながらもヒザのすり傷を眺めている。
「私・・・カットバン持ってる」
梨華はあわててバッグを探りそれを取り出す。

「はい。使って?」
「ぷっ・・ふふふ、カワイイね、くまのプーさんだ」
彼女は吹き出しながらも、傷の上に丁寧にカットバンを貼った。
嬉しそうに自分のヒザを眺めていたので、梨華はバカにされたのではないのだと安心した。
49 名前:ローラースケート・パーク 投稿日:2003年01月25日(土)00時16分19秒
「ありがとう。助かったよ」
その笑顔にドキリとしてしまい梨華は、あわてて彼女の肩のあたりに目をそらした。
オレンジ色のTシャツがまぶしい。
そこで梨華は思い出す。
「あの・・・さっきオレンジもらったんだけど・・・食べる?」
母親の知人がおみやげに、と数個のオレンジを梨華に持たせてくれていた。

「ん?食べる食べる、あたし大好物なんだ、オレンジ」
どうやって食べようかと思案する間に、手でイイよね?と言う彼女が器用にむいて梨華にもオレンジを差し出した。
「ありがとう」
「こちらこそ・・・いただきます。んっ・・んまーい!甘くてオイシイね、コレ」

ニコニコ笑う彼女が持つオレンジと、Tシャツの色が重なる。
「今日は・・・赤いTシャツじゃナイんだね?」
梨華は思わずつぶやいてから、しまったと思った。
いつも彼女を見ていたコトに、気づかれてしまうだろうか。
50 名前:ローラースケート・パーク 投稿日:2003年01月25日(土)00時16分55秒
梨華の動揺にも気づく様子もなく彼女は、自分のTシャツの裾を掴んで眺めながら答える。
「うん、ローラースケートの時は何となく赤いTシャツって決めてたんだけど、今日はオレンジにしてみたんだよ。だから転んじゃったのかなあ・・・」
しきりと首をひねる彼女の、初めて見る思案顔にも梨華は見とれてしまう。

・・・ずっと見つめてたらきっとヘンに思われるよね。
梨華はムリヤリ自分の手元のオレンジに視線を移し、口に運んだ。
「って、やっぱ、アレ?よくいるよね、そう言えば。えーと・・・」
彼女はもどかしそうに梨華を見つめながら口を開きかける。
51 名前:ローラースケート・パーク 投稿日:2003年01月25日(土)00時17分48秒
「あの、私、梨華っていうの。石川梨華。あなたがココで滑ってるの見るの、好きなんだ」
あわてて名乗ってから、また言わなくてもイイコトを言ったと気づく。
けれどもその後悔を上回るほど、彼女としゃべっているというコトが嬉しい。
「えーあたし見られてたの?ハズカシイなあ」

ひとみはぽりぽりとほっぺたを掻いてから、梨華と目が合うとパッと笑って右手を差し出す。
「梨華ちゃんっていうんだ?あたしは吉澤ひとみ。初めてしゃべるから、はじめまして、だね」
「あ・・でもオレンジが・・・」
梨華はオレンジを食べた手が気になって、握手が出来ない。
52 名前:ローラースケート・パーク 投稿日:2003年01月25日(土)00時18分21秒
「ん?気になるか」
腰のバッグからミネラルウォーターを取り出したひとみは、梨華にも手を出すように促す。
「でも・・」
「イイからイイから。キモチイイよ?」
ひとみ自身も手を洗い出したので、梨華もおずおずと手を差し出す。
ほど良く冷えた水が手についた果汁を洗い流す。
心地良い水の手触りに目を細める梨華を、ひとみは楽しそうに見つめていた。

ハンカチを取り出そうと梨華が横を向いたスキにひとみは立ち上がって、残りの水をアタマから浴びていた。
「ひとみ、ちゃん!?」
「あーーーキモチいーー!!やっぱ夏はコレでしょ」
ちょっと離れたトコロまでひとみは滑っていき、コイヌのようにブルブルとアタマを振った。
そしてそのまま戻ってくると、自分のショートパンツで手をゴシゴシこすり、梨華に手を差し出した。
「あらためまして、よろしく梨華ちゃん」
「よろしく、ひとみちゃん」
53 名前:ローラースケート・パーク 投稿日:2003年01月25日(土)00時19分16秒
その仕草と、ひとみを包むすべてが梨華を魅了した。
無邪気に笑うその瞳も、黒い髪からしたたり落ちるしずくも、ほっそり伸びる白い首筋も、濡れてところどころ染みになっているTシャツも、ひとみのすべてが愛おしいと思った。
2人微笑み合って同時に手を離そうとしてひとみが、少しバランスを崩した。
「おっ・・・と」
よろけるひとみを梨華が抱きとめる。
いつかの香りが梨華を包む。

あ・・・コレ、オレンジの香りなんだ。
さっきまで嗅いでいたホンモノのオレンジの香りよりも、目眩がしそうなほど、甘い香り。
少し濡れたひとみの肩から、体温が伝わる。
「ゴメン・・・梨華ちゃんまで濡れちゃったね」
耳元にささやかれた梨華は、何も言うコトが出来ずにただ首を小さく横に振った。

「また、逢えるのかな」
低く甘い声が、ひとみの肩に触れた頬から梨華の中に響いた。
黙ってこのまま彼女の声だけを聴いていたいと思いながら、やっとのコトで声を絞り出す。
「・・・コレからも、ひとみちゃんに逢いたい」
「良かった、じゃあ逢えるよ」
ひとみがふふふ、と笑って小さくくしゃみをした。
「いっけね、あたし風邪ひいちゃうのかな。コレから夏だってのに」
54 名前:ローラースケート・パーク 投稿日:2003年01月25日(土)00時19分51秒
鼻をすすったひとみが梨華の支えから離れて、今日は帰るねと微笑む。
ひとみの香りと体温の心地良さに安心していた梨華は、急に離れてしまったそれを出来るコトなら取り戻して、もっと感じていたいと願った。
けれども知り合ったばかりのひとみにそれを伝えるコトはもちろん出来ない。
「うん・・・また今度ね」

精一杯の別れのアイサツを返しながら、自分はうまく笑顔を返せているだろうかと思う。
「風邪、ひかないでね」
「うん、じゃあまたね」
もう一度微笑むとひとみはヘッドホンを取り出し、くるりと背中を向けて一気に滑り出した。
55 名前:ローラースケート・パーク 投稿日:2003年01月25日(土)00時20分35秒
ひとみの歌声がかすかに聴こえた。
あ・・・この前の・・・そっか、スティービーワンダーだ。

You are the sunshine of my life....
That's why I'll always be around...

だんだん小さくなる彼女の背中に、太陽の光が降りそそいでいる。
ひとみの姿が見えなくなっても、そのフレーズだけが繰り返し梨華の耳の奥に響いていた。
56 名前:ローラースケート・パーク 投稿日:2003年01月25日(土)00時21分49秒


...end

57 名前:ローラースケート・パーク 投稿日:2003年01月25日(土)00時22分48秒

.....

58 名前:SSK8 投稿日:2003年01月25日(土)00時26分16秒
実はコレを書いて、スレ立てるのを決めました。
普段は緑板で長いの書いてます・・・。
59 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月25日(土)00時35分20秒
初めてリアルタイムで更新に立ち会いました。なんだか少し嬉しい(w
スティービーワンダーやシャツやオレンジが甘すぎず淡白すぎずで、
さりげなくラストで集約されている所に、前回同様洗練された印象を受けますた。
ちなみに自分はスティービーワンダーは「迷信」が好きです。
60 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月25日(土)01時53分33秒
更新、お疲れ様でした。
前回もそうでしたが、情景がキラキラしてる感じが浮かんで来ます。
うまく言えないんですけど、すごく爽やかな気持ちになれるんですよね。
あと、タイトルが素敵です。

奇遇ですが、自分も59さんと同じで「迷信(SUPERSTITION )」、好きです。
最初に聞いたのはスティービー・レイ・ボーンのカバーだったんで、かなり
遅いんですが・・

次回作も期待しております。
61 名前:名無し読者 投稿日:2003年01月25日(土)13時21分42秒
「犬とキャラバン」という名前にひかれてやってきたのですが
すっごく良かったです!
早速、緑板のも読みに行きます。
62 名前:SSK8 投稿日:2003年01月29日(水)14時48分14秒
>59
同じ時間にココにいたんですね。
そういうのって、うまく言えないけどやっぱりちょっと嬉しい。
洗練されてるのは、超リスペクトのタイトル元ネタの方々なんですよ。

>60
そんなワケでタイトルは全て元ネタあり、なのです。
コレまでもコレからも・・・詳しくはメール欄にあったり。
レスを読んだ瞬間、あひゃースイマセン、と倒れました。
63 名前:SSK8 投稿日:2003年01月29日(水)14時56分53秒
>61
緑のは全然方向性が違ってあのー、アレだったかもしれませんが。
こっちでも色んなのを書くつもりなのでもし微妙だったら申しワケない。

次回更新は2,3日中には必ず。
なんか、ドキドキしてきた(特にイミはなし)。
レスが本当に、励みになります。

64 名前:. 投稿日:2003年01月31日(金)13時59分36秒
sageでいきます。
苦手な方はスルーを・・・。
65 名前:やがて鐘がなる 投稿日:2003年01月31日(金)14時00分56秒

彼女が自分の命を絶ったのは、秋の終わりのことだった。
66 名前:やがて鐘がなる 投稿日:2003年01月31日(金)14時01分41秒
連休最初の日にあたしは昼過ぎまで寝ていて、携帯の着信でようやく目を覚ました。
最初そのハナシを聞いた時あたしは、いつものくだらない冗談なんだと思った。

はっ?何言ってんの?
そう笑い飛ばしかけた瞬間、電話の向こう側の沈黙が暗闇のように広がって、急に重たく感じられた。
そしてあたしは寝ぼけたアタマでも何故かすぐに理解した。
それはたぶん、事実なんだろうと。

よっすぃーはいつもより少し低めのトーンでぼそぼそと、話し続ける。
落ち着いてるというよりは、感情をどこかに置き忘れてきたような声だった。
67 名前:やがて鐘がなる 投稿日:2003年01月31日(金)14時02分15秒
担任から電話だって起こされて・・・
何かココロ当たりはないかとかいきなり・・・
昨日の、夜中なんだって・・・
ううん、そういうのは全然聞いてない・・・
そう、だから今日、お通夜だって・・・
あたしは直接行くから・・・
何かもうごめん、切るね・・・

あたしはよっすぃーとの電話を切ると、しばらくの間呆然としていた。
事実だということはわかっているのに、脳みその中の一番深いトコロがそれだけを認識出来ないような感覚。
何分かかたってようやくアタマの中に浮かんだコトバは、1つだけだった。
68 名前:やがて鐘がなる 投稿日:2003年01月31日(金)14時02分50秒
どうして?
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして・・・・・・・

アタマの中がじーんと痺れて、何だかよくわからなかった。
悲しいというよりはショック、ショックというよりはもっと大きくて静かで真っ暗なモノがあたしのココロ全体を覆う。
あたしが今まで感じたコトがないような感情があたしの中で、ぐるぐるぐるぐる回り続けた。
そしてあたしは小さくつぶやく。
どうして、どうして・・・・・・・・・・・・・どうして。

あたし達は所謂親友とかではなかったとは思う。
そもそもあたしには、「親友」の定義ってのがよくわからない。
それでもあたしは思わずにはいられなかった。

あたし達が、いるじゃん?
69 名前:やがて鐘がなる 投稿日:2003年01月31日(金)14時03分23秒
他の友達が、仲の良い友達のことを親友とかナントカ言ったりするのは耳にする。
あたし達はそんなんじゃなくって。
もっと気楽で、でもひょっとしたらもっと深いつきあい。

親友だなんて思ったコトもないし、仲良し3人組なんてコトすら思うワケでもなく。
彼女には普段一緒に行動するようなトモダチが何人かいたから、常にあたし達といるワケではなかった。
でもあたし達3人は気づくと何故か一緒にいたりして、またこのメンツ、なんて笑ったりする仲だった。

あたし達にだけわかる感覚があったり、たまたま同じ歌を鼻歌で歌ってたり。
お互いに気を遣わないで、一緒にいるけどずっとしゃべらないで何か他のことを考えてたり。
こうしたい、と誰かコトバにすればそれに乗るのも乗らないのも、その時の気分で決めた。
70 名前:やがて鐘がなる 投稿日:2003年01月31日(金)14時03分54秒
そんな空気が心地よくてあたし達は自然に、隣にいたりしたのだろう。
そして気分次第で一緒にいたりいなかったりするのが、あたし達だった。

すべての悩みをさらけ出し合ってるような関係だったとは思わない。
ただ一緒にいて安らぎを覚え、何かを分かちあったり、同時に笑い出したりするのが楽しかったり。
それだけと言えばそれだけだけれど、あたし達にはちゃんとわかっていた、ハズだった。
あたし達には見えない何かがあって、他人にはわからない空気のようなモノで繋がってるのだ、と。

何となく。
そんなコトバでしか説明出来ないけれど、それだけで充分だと思っていた。

あたしとよっすぃーと、梨華ちゃんの3人にとっては。
71 名前:SSK8 投稿日:2003年02月01日(土)17時53分00秒
タイトル、ホントは漢字です。
見切り発車してみたのですが、何とかなりそうです。
そして意外と長めに・・・。
72 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月01日(土)17時54分43秒
あたし達が、いるじゃん!?
そう思ったのは事実だけれど、あたし達がいたら何か出来たのかと言われるとあたしは答えるコトが出来ない。
いるじゃん?っていうのは、たとえばあたしならよっすぃーや梨華ちゃんに何も言わなくても、ただ2人が存在してるというだけで救いになるのに、と思ってたから。
あたしがそうだからってあの2人も絶対にそうだなんて、思ってたワケではないけれど。
現にあたし達が何も知らずに何も出来ないうちに梨華ちゃんは、たぶん何かに絶望したままいなくなってしまった。

でも・・・と思う。
何も、死ぬことはないじゃんか!
生きてたらきっと何かは変わるだろうし、悪いことばかりでもないはずなのに。
死んじゃったら、もうおしまいなんだよ?

それを言う相手はもうこの世にはいなくて、今はどこにいるのかもよくわからなくて。
73 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月01日(土)17時55分40秒
そんなコトを考えられるようになったのはお通夜が済んで家に帰った頃だった。
よっすぃーの電話の後から家を出る時間になるまであたしは、何もしないでじっとしていることしか出来なかった。
アタマの中では、どうして、というコトバとまだどこかで現実だと認識出来ずにいるあたしのココロの欠片が、浮かんでは消えていくだけだった。

よっすぃーの電話の後、陽が傾いて部屋の中が暗くなり始めてようやくあたしは、制服に着替えて梨華ちゃんちに向かった。
学校帰りに2、3回寄ったコトのある梨華ちゃんちは、あたしの知らない家のように見えた。
梨華ちゃんちの玄関や結構広い庭には、この日だけの灯りがところどころに灯っていた。
クラスのみんなはすでに何人か来ていて、庭の隅っこの方にかたまって一様に黙ったまま、俯いたり鼻をすすったりしている。
みんなから少し離れて立っているよっすぃーは1人で、身動きもせずに柿の木を見上げていた。
74 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月01日(土)17時56分34秒
あたしはみんなのトコロに行くのは何となくイヤだったから、よっすぃーのほうに歩いていった。
あたしに気づくとよっすぃーは、ああ、というような顔をして目を細めると一瞬だけまぶたを閉じた。
それは本当にほんの一瞬で瞬きと言っても良いくらいだったけれど、でも瞬きじゃないってコトがあたしにはわかった。

よっすぃーはまた柿の木に視線を移して、独り言のような声でつぶやく。
「ごっちんは」
そこでかすかに、ふ、と唇のすき間から少し息を吐き出して続けた。
「わかる?」

あたしはその隣で同じ木の根元に目をやりながら、答えた。
「わかんないよ」
地面に落ちてしまった熟れ過ぎの柿の実がぐちゃぐちゃになって、何個も重なり合っていた。
薄暗い中でも毒々しい色の果肉をまき散らしてあたし達の足元にまでしるしをつけているのに気づく。
よっすぃーとあたしの肩が触れる。
沈黙。
75 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月01日(土)17時57分09秒
あたしとよっすぃーには、どうして梨華ちゃんがそうするしかなかったのかはわからなかった。
他の誰かならそれがわかるのかどうかもわからなかった。
どうして、はアタマの中を回っていたけれどそれは直接の理由とかを知りたかったのではないと思う。
ただ。
あたし達がいるのに。
それだけじゃダメなんだという事実と、そうするしかなかった梨華ちゃんのココロ、今となってはもう何も元には戻らないということに対して、無意味に問いかけていた。

深い闇が空に広がった頃に生徒は全員、家の中に入るようにと担任に促された。
あたしとよっすぃーは最後まで庭の隅っこに立っていたけれど、誰かに呼ばれてようやくそこから歩き出す。
それまであたし達はただ黙って並んで、柿の木を見ているだけだった。
沈黙が何かを語っているのかどうかもあたしにはわからなかった。

あたし達2人はその日、それ以外のコトバは一言も交わさなかった。
76 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月01日(土)17時57分59秒
梨華ちゃんのお葬式の日は本当に、バカバカしいくらいに晴れ渡っていた。
曇っていればどんなにかわかりやすかっただろうと思う。
あたし達のココロの中とは正反対のそんな天気にあたしは少し戸惑った。

お坊さんの読経の声を聞きながら窓の外に目を向けると小さな鳥が、さえずりながらひゅっと横切るのが見えた。
あたしの隣でよっすぃーは背筋を伸ばして、真っ直ぐ正面を見ている。
一瞬、その隣で笑う梨華ちゃんの横顔をあたしは思い出した。
けれどあたしの中の梨華ちゃんの顔は何故か急にぼやけて消えていき、どんな顔だったのかも思い出せないような気がした。
どきりとして正面にある梨華ちゃんの写真に視線を移す。
そこにはいつものように優しい微笑みを浮かべる梨華ちゃんが、いた。

全てが終わって、梨華ちゃんと一緒に車に乗ってくのはごく一部の親戚のヒト達だけだ。
あたし達は梨華ちゃんちの門の前でお別れをしなければならない。
高く澄み切った青空と乾いた空気と暖かい陽射しの中であたし達は、梨華ちゃんを見送った。
77 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月01日(土)17時58分34秒
梨華ちゃんちからの帰り道、あたしとよっすぃーは黙ったまま2人でゆっくり歩き続けていた。
よっすぃーはブレザーのポケットに手をつっこんで、ぼんやりと前を見つめながらゆっくり歩く。
あたしはあたしで歩く道すがら目につくモノの名前を、ココロの中で言い続けてるだけだった。
ポスト、犬、看板、おじさん、自転車、電柱・・・・・。

そうでもしないと何だか、言う相手のいないもどかしいコトバが、口をついて出てしまいそうだったから。

あたし達には何も出来なかったかもしれない。
だけどちょっとくらいは、救いにはなれたかもしれないのに。
誰かに何かを話すだけでも、絶望しながらでも生きていけるかもしれないのに。
オトナになったら、もっと楽しいことが待ってたかもしれないのに!!
78 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月01日(土)17時59分06秒
よっすぃーのあの電話を切った後もあたしは、一度も泣いていない。
その後のお通夜でも、お葬式の最中も、あたしは泣かなかった。
こんな時に涙が出ないなんて、ドラマや小説の中だけのちょっとヒネったハナシだと思っていた。
その時初めて、悲しみやショックを通り越すとヒトは泣けないものなのかと思った。

あたしがそうなのかはわからないけれどとにかく、涙が出なかったのは事実なワケで。
よっすぃーもあたしが知るかぎりでは涙を見せなかった。
他のクラスメイトや先生達がすすり泣くのを聞きながらあたし達は並んで、梨華ちゃんの微笑んでる写真をただ見つめることしか出来なかった。

みんなから見るとあたし達3人は、どう映ってたのだろう。
そして涙ひとつこぼさないあたし達2人のことを、どう思ったのだろう。
でもそんなのはどうでもいいことだとあたしは思った。
あたしとよっすぃーと梨華ちゃんのことは、あたし達にしかわからない。
79 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月01日(土)18時00分34秒
少しだけ冷たい風が吹いて首をすくめる。
あたしの家は梨華ちゃんちから歩いて30分くらいだからコートは着て来なかったのだけれど。
よっすぃーが駅に向かう為にいつも別れる十字路であたしは、自分の家のほうには曲がらなかった。
そのまま黙ってよっすぃーと一緒に、駅に向かって歩いていた。
駅まで行っても結局そこで別れてあたしは遠回りをして家に帰るだけなのだけれども、もう少しだけこのままの時間を過ごしたいと思った。
あたしは1人になる時間を出来るだけ遅らせたかっただけなのかもしれない。

よっすぃーが急に足を止める。
あたしが振り向くとよっすぃーはぽつりと言った。
「たぶん、今くらいの時間だと思う」
80 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月01日(土)18時01分16秒
そして西の空に目を向けた。
ココからは沈みかけてる夕陽が見えるだけだったけれど、それが梨華ちゃんが空に消えていってる場所がある方向だというのは知っていたから、あたしは黙って遠くの空を見つめた。
よっすぃーも立ち止まった場所でそのまま、オレンジ色の空を眺めている。
あたしはよっすぃーの隣に行きたいと思ったけれども、黙ってポケットに両手をつっこんでるその後ろ姿と夕陽が重なってるのを見ながら、そのままそこから動けずにいた。

どれくらいの時間、そんなふうにしていたのだろう。
気づくと薄暗くなった空には、星がいくつか瞬き始めていた。
81 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月01日(土)18時02分53秒
梨華ちゃんが残した手紙にはただ一言、ごめんなさい、としか書かれていなかったらしい。
お葬式の後に一度クラスメイトを集めた時に先生は、小さな声でそれだけみんなに告げた。
どうやって、と誰かが訊いたけれど先生は答えなかった。
たぶんあたし達生徒には言わないということになってるのだろう。

あたしはそれを知りたいとも、知りたくないとも思わない。
ただ、自分で覚悟を決めたとは言え梨華ちゃんが、苦しくない方法を選んでたらイイな、と思った。

あたし達3人の中だけで言うならば、一番ネガティブなのは梨華ちゃん。
よっすぃーは楽天的、あたしは成り行きまかせ。
だからと言って一番こんなことをしそうだったのが梨華ちゃんだとも思わない。
それを言うなら、普段から何をしでかすかわからないと言われてるあたしのほうがよっぽど、他人からはそう見えるだろう。
82 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月01日(土)18時03分30秒
梨華ちゃんはネガティブだったけれど、ポジティブであろうとする努力をしていたし負けず嫌いだった。
だからあたしは、梨華ちゃんが何かをあきらめたりするのをほとんど見たことがない。
けれども結果的にそれが、彼女の中で逆に作用してしまったのだろうか。

彼女はどうやって、なんて知らなくてもイイけど、でもどうして、というコトバはあたしの中のどこかに居座り続けた。
そんなの今更あたしが考えたって仕方がないのだけれど、、どうして、とフとした拍子に浮かぶコトバにあたしはやっぱり答えを出せずにいた。
83 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月01日(土)18時04分04秒
よっすぃーもそんなふうに考えてたのかどうかはわからない。
ただそれからのあたし達は、それまでと同じようには過ごせないでいた。
みんなでいる時でも何となく口数は減ったし、バカみたいに笑ったりすることが前よりも少なくなった。
2人でいる時なんて、ほとんどしゃべらないと言ってもイイかもしれない。

帰り道に交わしたコトバは電車を先に降りるあたしのじゃあね、とそれに答えるよっすぃーのじゃあね、だけの日もあった。
それでもあたし達は前よりも、一緒にいる時間が増えた。
コトバにしたことはないけれど、あたしはそれを実感する。
前はそれぞれが色んなヒトと仲が良くて、色んなグループにちょこちょこ混ざったりするのがあたし達のやり方だったのだけれど。
今はたぶん2人でいることのほうが多い。
84 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月01日(土)18時04分50秒
春になってもメンツはそのままのクラスメイト達は、普段の生活に戻ってるように見えた。
みんなすごくショックを受けていたししばらくはクラスの中がずっと静かで、このままあたし達は卒業してしまうんじゃないかと思うほどだった。
けれど生きているあたし達の時間は進んでいて、色んな出来事があって喜んだり悲しんだりするワケで。
みんなが元通りに過ごせるようになるのは、きっと当然のことなのだろう。

あたし達は・・・。
他人の目からはみんなと同じように普段の生活に戻りつつあるように映っているだろう。
前よりもやや静かになったと感じるくらいで。

あたし達は2人で梨華ちゃんについて話すことはほとんどなかった。
何かをひきずってるワケでもなく、何かを後悔しているワケでもなく。
そう思ってはいたけれど。

あたし達の時間は、どこかで止まったままだった。
85 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月01日(土)20時40分00秒
タイトルにつられて読ませていただきました。
この曲の訳詞を読んだときの、なんともいえない切なさというか、
もどかしさとか、青さとか、胸にグッと来る感じを思い出しました。
スレッドタイトルから察しますと、おそらく作者さんの好みとは違って、
私は「犬」より「猿」派なのですが、作詞のセンスについて言えば逆転してしまいますね。

とにかく、続きも楽しみに待たせて頂きます。
86 名前:SSK8 投稿日:2003年02月03日(月)02時35分28秒
>85
ありがとございます。
ライブ盤のこの曲がすごく好きで、そういう胸にぐっとくる感を出したかったので・・。
「犬」も「猿」もソロライブには行ったんですけども、2人のも観たかったなあ、と今更。
87 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月03日(月)02時37分18秒


・・・・・・・・


88 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月03日(月)02時37分54秒
新学期が始まってしばらくして、梨華ちゃんのお母さんから連絡をもらった。
あのコのモノを整理したいから学校帰りでもイイから2人で家に寄ってほしいの、と電話の声は前と同じように明るかった。
あたしがそう言うとごっちんは、良かった、おばさんちょっとは元気になったのかな、と言った。

お通夜の時もお葬式の時も梨華ちゃんのお母さんはずっと呆然と座って涙を流していて、たまに思い出したようにまぶたを拭ってはまたどこか一点を見つめ続ける。
普段は明るくて気さくな梨華ちゃんのお母さんのそんな姿を見て、あたし達はやっと実感したのかもしれない。
梨華ちゃんはもう、この世にはいないんだと。
89 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月03日(月)02時38分30秒
ごっちんとあたしはアレ以来、一緒にいる時間が増えた。
一緒にいて何をするワケでも何を話すワケでもないのだけれど、ただただ2人でぼーっと座っていたりすることが多い。
そんな時あたしは梨華ちゃんのことを思い出したり、3人じゃなくて2人だなんとずっと考えたりしてるワケではなく、どうでもイイようなことを考えていたりする。

別に1人でいたって構わないし、他の誰かと一緒にいてもイイのだけれど。
それなのにあたし達は何故か、気づくと2人でいた。

あたしはあの時もアレからも、一度も泣いていない。
ごっちんもあたしの前では涙を見せなかった。
あたしはどうして自分が泣かないのか、泣けないのかはよくわからなかった。
本当は泣きたいくらい悲しいハズなのに、涙は一滴も流れなかった。
90 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月03日(月)02時39分51秒
梨華ちゃんちには金曜日に行こうとごっちんと約束していたからその日の放課後になってごっちんが、先に行っててと言った時は少し驚いた。
「何で。別にあたし、待ってるよ?」
学校で何かやることがあるのなら適当にぶらぶらして待つし、どこか寄るトコロがあるのならつき合うくらい何でもない。
「ん、でもイイよ。すぐ行くから。よっすぃー先に行ってて?」

いつものごっちんなら素直に、待っててすぐ終わるから、とか何とか言うだろうからごっちんは一緒に行くのがイヤなのかな、とあたしは何となく思った。
その理由まではあたしにはわからないけれど。
91 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月03日(月)02時40分22秒
どっちにしろごっちんはすぐ来ると言うし、ムリやり待っててもしょうがないと思ったからあたしは先に学校を出た。
午前中に降り出した雨は、しばらくの間止んでいてくれそうだ。
駅までの道をあたしは1人で黙々と歩く。
昨日はごっちんと2人で、去年の秋は梨華ちゃんも含めて3人で歩いた道。

ゆるやかな坂を下りながらあたしはずっと、排水溝を流れる水のかすかな音を聞いていた。
ちょろちょろという頼りない音はあたしを追いかけ追い抜き、またあたしを追いかける。
他に聞こえるのは自分の足音と、時たま吹く風が揺らす草の音だけ。

あたしは一瞬、この世にあたししかいないんじゃないかというような気分になって、歩きながら後ろを向いた。
はるか後ろのほうで手を叩いて笑い転げている誰かが見えたけれど、その声はあたしには届かなかった。
92 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月03日(月)02時41分09秒
頬にぽつり、と雫を感じてあたしは白っぽい空を見上げた。
手のひらを空に向けると、ぽつりぽつりと雨粒がだんだん増えてくるのがわかる。
カバンの中からチェックの折りたたみ傘を出して、歩きながらばさりと開く。

不意に、あたしがその傘をカバンから取り出すたびに可愛いと言って喜ぶ梨華ちゃんの顔が浮かんだ。
勝手に私のお気に入りだから、と微笑んで、駅につくまでの間だけ交換しよう?と自分の傘を差し出した梨華ちゃん。

あたしは傘の柄をぎゅっと握りしめる。
常に一緒にいたワケではないあたし達だから、一つ一つの出来事が簡単に思い出せた。
それはいつもフとした瞬間にアタマをよぎり、あたしはそのたびにどきりとした。
93 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月03日(月)02時41分45秒
あたしはいつか、この痛みのようなモノを忘れる日が来るのだろうかと思う。
来て欲しいとか来て欲しくないとかではなく、ただあたし達はいつまでもこのままでいるワケにはいかないのだから、と考えるたびにそんな時が来るのだろうかと思った。

しっとりと雨はあたしの肩と傘を濡らしていく。
春の雨は優しく降るからあたしは好きだ。
空気を潤わせてすべてのモノを柔らかく包む水煙の後には、鮮やかな色と新鮮な匂いが残る。

出来ることなら今すぐ、この雨の中に飛び出して行きたいと思った。
何となく火照っているようなカラダと、アレからずっと何かに包まれているココロを洗い流したかった。
そう思いながらも傘を閉じることが出来ないままあたしは、梨華ちゃんの家に向かう。
94 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月03日(月)02時42分34秒
あの日以来久しぶりに見る梨華ちゃんちは、以前と同じように静かにそこにたたずんでいた。
玄関の前で傘を閉じ、肩や腕の水滴を払っていると突然ドアが開く。
「よっすぃー?いらっしゃい」
若くて気さくな梨華ちゃんのお母さんはあたし達のことをいつもあだ名で呼ぶ。

梨華がいっつもよっすぃーがごっちんが、って言うもんだから私もその名前で覚えちゃったのよ、と初めて梨華ちゃんの家を訪れたあたし達はそう言われて驚いた。
あたし達よりも一緒にいる時間が長い友達が梨華ちゃんには何人かいたし、あたし達の話題が家でも出ること自体が意外だった。
95 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月03日(月)02時43分07秒
「こんにちわ。ご無沙汰してます」
「すっかり濡れちゃったわね。早く入って」
梨華ちゃんのお母さんに促されてあたしは、おじゃまします、と小さな声で言った。

リビングに通されたあたしは1人でそこに座っているのが初めてで、少し居心地が悪い。
「よっすぃー1人なの?ごっちんは来れないみたい?」
梨華ちゃんのお母さんが紅茶をあたしに勧めてくれながらそう言った。
電話の声と同じ、以前のような梨華ちゃんのお母さんに戻ってるように見える。
「あの、何かちょっと用事があるみたいで、後からすぐに来るって言ってました」
ごっちんが何であたしと一緒に来ないのかはあたしには分からなかったから、そう言うしかなかった。
96 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月03日(月)02時43分49秒
そう、じゃあごっちんが来るまで待つわね、と言って梨華ちゃんのお母さんは再びキッチンに立つ。
あたしは何もするコトがなかったけれど、たぶん今日の夕食を作ってるのであろう梨華ちゃんのお母さんを眺めながら、後ろ姿もやっぱり似ている、ぼんやりそう思った。

窓に目を向けるとさっきより強く降り出した雨が、ガラス越しに見える庭の緑色を滲ませながら流れていた。
あの時足元に転がっていた柿の実はとっくの昔に土に還ったのだろうか、と思う。
97 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月03日(月)02時44分28秒
チャイムが鳴った。
梨華ちゃんのお母さんが、ごっちんよね、とあたしに言って玄関のほうに歩いていく。
あたしがごっちんを出迎えるのもヘンだと思ったから、あたしはうなずいてそのまま座っていた。
はーい、という甲高い返事の後、ドアを開ける音がした。

「ごっちん!どうしたのこんなにもう・・・」
梨華ちゃんのお母さんの大きな声が聞こえたからあたしは、急いでカップをテーブルに戻して玄関に向かった。
ちょっとそこで待ってるのよ、と言って真剣な眼差しで振り向いた梨華ちゃんのお母さんと廊下ですれ違う。

ドアの前には、ずぶ濡れになったごっちんがぽつんと立っていた。
98 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月03日(月)02時46分38秒
バスタオルを持って戻ってきた梨華ちゃんのお母さんは、ああもう風邪ひいちゃうわよホントに、と言いながらごっちんのカラダを包み込んだ。
ごっちんは靴も脱がずに腕を垂らしてそこに立ちつくしていて、梨華ちゃんのお母さんにされるがままになっている。
梨華ちゃんのお母さんにアタマを拭かれているごっちんの顔は、バスタオルにすっぽりと覆われていてよく見えない。
ごっちんのスカートの裾から雫がぽたぽた落ちて、あたしのローファーの隣に小さな水たまりを作っていくのをあたしは黙って見ていた。

梨華ちゃんのお母さんがごっちんのブレザーを脱がせた。
そして靴下を脱いであがるようにごっちんに促すと、ごっちんは機械じかけみたいな動きでローファーを脱ぎ捨てた。
ごっちんと目が合う。
色が褪せた唇を震わせながらごっちんは、ほんのちょっとだけ笑った。
99 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月03日(月)02時47分14秒
「今お湯出してきたから、とりあえずシャワー浴びてゆっくりお風呂につかるのよ?」
ごっちんを廊下の奥のほうに連れて行きながら、梨華ちゃんのお母さんがそう言う。
すれ違ったごっちんからはいつもの香りじゃなくて、濡れた制服独特のクリーニングの匂いと冷気を漂わせていた。

バスルームのほうからは梨華ちゃんのお母さんの高い声が絶え間なく聞こえてきた。
遠慮とかしてる場合じゃないわよちゃんと温まりなさい、着替えは置いとくから、もうコレも脱いじゃってすぐ洗えば乾くわよ、ほらくしゃみした・・・。
梨華ちゃんはつくづく、このヒトの娘だったんだなあと思うような声としゃべり方で、あたしは少しおかしかった。
100 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月03日(月)02時47分45秒
「それにしてもよっすぃー、どうしちゃったのごっちんは?」
戻ってきた梨華ちゃんのお母さんは紅茶を淹れ直しながら言った。
「や・・・どうしたんでしょうね」
「傘くらいその辺に売ってるし、電話をくれれば迎えに行ったのに」

あたしは本当は知っている。
ごっちんは先週からずっと教室に傘を置いたまんまだということを。
コンビニで買ったビニール傘の柄にペンで510と書いて教室の後ろのほうに置いていて、誰かに勝手に魚の絵を描き足されていた。
あの傘は今日も、棚の上に転がっていた。
101 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月03日(月)02時48分15秒
どうしてごっちんが傘を持って来なかったのかはわからない。
ごっちんが学校を出た頃にはたぶん、すでに雨は降り出していただろう。
そうでなくても取りに戻るくらいは出来たハズだ。
ごっちんは自分の意思でワザと、雨に濡れて歩いた。

その理由はわからないけれど、でもたぶん理由はないのだろうということもあたしにはわかった。
なぜなら、あたしもさっきまで雨に濡れたいと思いながら歩いていたから。
ごっちんはそれを実行して、あたしは実行しなかった。
それだけの違いだった。
102 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月03日(月)02時49分51秒
「前にね」
梨華ちゃんのお母さんが話し始める。
「前にあのコも・・・梨華も雨に濡れて帰って来たことがあるのよ」
今日初めて梨華ちゃんのお母さんの口から梨華というコトバを聞いた、とあたしは思いながら、何も答えなかった。
「その時、あのコは笑って傘を忘れちゃったなんて言って・・・ホントに呆れちゃったわよ」
笑いながら梨華ちゃんのお母さんは紅茶を一口飲んだ。

「若い頃には、何だかわからないけどそんなキモチになる時があるのね。今日ごっちんを見てそれを思い出したけれど」
理由なんて、ないのよね、あってもきっと私達オトナにはわからないの、とつぶやいて梨華ちゃんのお母さんは窓の外に目を遣る。

それがどの理由なのか、梨華ちゃんのことなのかごっちんのことなのかあたしにはわからなかったけれど、たぶんどっちもなのだろうと勝手に思った。
そして、オトナじゃなくてもわからないですよ、他人のことも、自分のことも、とココロの中でつぶやいた。
103 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)16時42分27秒
リビングのドアが開いた。
ごっちんが濡れた髪のまま、たぶん梨華ちゃんの服であろうスウェットとパンツを着て立っている。
ごっちんの髪はいつもの茶色が水気を含んで、黒髪に近いように見える。

普段なら絶対見れないごっちんの似合わないピンクに、あたしは思わず吹き出してしまった。
ごっちんの頬にはすっかり血の気が戻っていて、あたしを見ながら恥ずかしそうに少し笑った。

梨華ちゃんのお母さん一瞬まぶしそうにごっちんを見ていたけれどすぐに優しい目になって、自分の手元に視線を落として言った。
「私達はね、昔の自分達に感謝してるのよ」
あたし達は何のことだかわからなくてカオを見合わせた。
104 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)16時42分59秒
「あのコに姉妹がいて良かった。本当にそう思うのよ最近。あのコのお姉ちゃんや妹がいるから私とお父さんは、悲しみから少しずつ抜け出していけるの」
お葬式の日に、泣き崩れる梨華ちゃんのお姉さんと何が何だかわからないというように梨華ちゃんの写真を見ていた妹のことを思い出した。

「そしてあなた達がいるから」
あたし達を見て梨華ちゃんのお母さんは続けた。
「あのコの面影があるお姉ちゃんや妹や、同い年のあなた達が私達の周りで日々成長していくから、私達も前に進むことが出来るのよ」
そして小さくな声で、まさかそんなふうに思えるようになるとは思わなかったけれどあの時は、とつぶやいた。
105 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)16時44分10秒
梨華ちゃんのお母さんはお盆に紅茶のポットとティーカップを2つ載せるとあたし達を2階に連れて行った。
階段を上りながら、あのコは本当にあなた達が好きだったのよ、と言った。
「他にも友達はたくさんいたみたいだけれど、家に連れて来たのはあなた達だけだったの」
ごっちんが後ろからあたしのブレザーの裾を握りしめたのがわかった。
今振り向くとごっちんは、泣きそうなカオをしているのだろうか。

「ホントはもっと遊びに来て欲しい、って思ってたみたいだけど」
ドアを開けて、どうぞ、とあたし達を促して梨華ちゃんのお母さんは言った。

あたしはやっと気づいた。
適当に距離を置いたり好き勝手やるのが心地良いあたし達の関係に梨華ちゃんは、合わせていたのかもしれない、と。
それでも梨華ちゃんはそんなあたし達といて楽しかったのだろうとも思う。
梨華ちゃんはそういうあたし達と一緒にいたかったのだ、あたしはそう思っている。
106 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)16時44分48秒
梨華ちゃんの部屋はキレイに片づけられていて、とても静かだった。
あたし達が梨華ちゃんちに寄るのはその時の成り行きまかせだったから、あたし達を1階に待たせてあわてて部屋を片づけに階段を上る梨華ちゃんを思い出す。

窓際に梨華ちゃんの制服が掛けられている。
あたし達と違ってポケットに手をつっ込んで歩いたりしない梨華ちゃんのブレザーは、型崩れしていない。
あたしはその制服を見て、梨華ちゃんがいるみたいだなあ、と思った。

「一応、ひと通り片づけた後なのよ。よっすぃーとごっちんさえ良ければ、何かあのコのモノを持って行って?」
何でもイイのよ小物でも何でも、私達は相談して、あなた達が持っていてくれたら嬉しいと思ったの。
梨華ちゃんのお母さんのコトバにあたしは、ごっちんのほうを見る。
ごっちんはあたしと同じように梨華ちゃんの制服を見ていた。
107 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)16時46分07秒
そして、真っ直ぐな目で梨華ちゃんのお母さんに言った。
「梨華ちゃんの制服、でもイイですか」

梨華ちゃんのお母さんはびっくりするワケでもなく、ごっちんを見てほっとしたように笑った。
「良かった。本当はね、その制服をどうしようかと迷ってたのよ。処分するのも忍びなくって、でも下のコも違う高校に行くって言うし」

そして窓際に歩いて行ってハンガーごと制服を手に取った。
「卒業する時にどうするかは、ごっちんにまかせるわよ?処分してもイイし、誰かにあげても・・・ってそれじゃ相手のコに悪いかしらね」
笑って梨華ちゃんのお母さんは、ごっちんにそれを手渡した。
108 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)16時46分41秒
「ありがとうございます」
ごっちんは立ち上がってそれを受け取ると、もう一度言った。
「本当に、ありがとうございました」
「なあに?今日のコト?ホントに風邪ひかないでよ?ごっちん」
「はい」

あたしは2人のやり取りを見ながら、あたしはどうしよう、と考えていた。
何かちっちゃい、消しゴムとか何かがあったらイイなあ、と梨華ちゃんの机を座ったまま眺めたりしていた。

「ごっちんのシャツはさっき洗って乾燥機にかけてあるけど靴下は縮むかしらと思って、干してるのよね」
そう言いながら梨華ちゃんのお母さんはタンスの引き出しを開けて、白いシャツと紺のハイソックスをごっちんに手渡した。
梨華ちゃんはごっちんと違ってルーズソックスなんて履かないからその扱いに迷ったのだろう。
「もうこの際だからシャツも靴下も良ければもらってちょうだい。今日はそれ着て帰ればちょうどイイわね」
そして、制服は干しとくから明日にでも取りにくればイイわよ近いんだし、と言った。
109 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)16時47分21秒
「よっすぃーも本当に、イヤじゃなければ洋服でも何でももちろんイイのよ?ゆっくり決めて?」
梨華ちゃんのお母さんはあたしにそう言って、帰る時に声をかけてくれればイイから、と部屋を出ていった。
あたしは、ありがとうございます、と言って部屋の中を見回した。

ごっちんは黙って梨華ちゃんのシャツに着替えていた。
きっちりアイロンが掛けられているシャツはそれだけで、ごっちんをいつもと違う雰囲気に見せていた。

「よっすぃー、スカート貸して?」
「はぁっ?」
突然のコトバにあたしはびっくりした。
ごっちんを見るとあたしのカオをじっと見ている。
110 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)16時47分53秒
「何でさ。梨華ちゃんの履けばイイじゃん。サイズもちょうど良さそうだし。大体あたしは何履けばイイの?」
「梨華ちゃんのスカート」
そう言ってごっちんは梨華ちゃんのスカートをあたしに差し出す。

「えームリムリ。短いもん梨華ちゃんの」
「イイから、履いてよ」
「イイから履いてよ、って・・・梨華ちゃんマニアかよー」
あたしは久しぶりに前みたいなノリでごっちんにツっこんで、しぶしぶ梨華ちゃんのスカートを履いた。
ごっちんが意外と真顔だったのにあたしは少し驚いていたから。

「はい」
あたしは梨華ちゃんのスカートの下で脱いだ自分のスカートをごっちんに渡した。
ごっちんは黙ってあたしのスカートを履くと、梨華ちゃんのパンツを脱いで丁寧に畳んだ。
そして梨華ちゃんのハイソックスを手に取ってしばらく眺めると、観念したようにそれを履いた。
111 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)16時49分12秒
ブレザーを羽織ったごっちんとあたしは、お互いの制服姿を見て思わず吹き出す。
ハイソックスを履いたごっちんと、ミニスカートのあたし。
どっちも普段からは絶対に有り得ない姿で、笑わずにはいられなかった。

「ごっちん似合わないねーハイソックス。入学式以来だよそれ見るの」
「ミニスカ履いたよっすぃーに言われたくないよ」
「何だよ自分が履けって言ったんじゃん」

本当に久しぶりに、あたしとごっちんはこんなふうに笑い合った気がする。
「こっち来てよっすぃー」
ごっちんに手招きされて、鏡の前に2人で並んで立った。

いつもと違う2人の姿に、梨華ちゃんの姿が少しだけ見え隠れする。
梨華ちゃんの肩幅、梨華ちゃんのスカートの丈、梨華ちゃんのハイソックス。
あたし達はちょっとの間だけ、そのまま黙って鏡の中の自分達を見ていた。
112 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)16時49分42秒
鏡の中でごっちんは、よっすぃーそれ、履かないよねえたぶん、と言った。
「履かないねえー、たぶん。履けないねこの丈は」
あたしも鏡の中のごっちんに答える。
「ブレザーなんてもっと・・・だよね、よっすぃーの身長だと」
「だね」

んー、とごっちんは考えていた。
その時にはあたしももうわかっていた。
ごっちんは梨華ちゃんの制服を、あたしと2人で着るつもりだったのだ、と。
あたしは自分がそれをマトモに着られるワケはないというのはわかっていたから、ごっちんがそれを思いついたというだけで満足だった。
やっぱりごっちんは、ごっちんだ。
113 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)16時50分28秒
あたし達は梨華ちゃんのことが本当に好きだった。
普段2人でいる時にそれをワザワザ確認したことはないけれど、ごっちんもそう思っていたのは確かだ。
あたしは梨華ちゃんの根が真面目なトコや、たまに可愛いワガママを言ったりからかうとムキになったり、目が合うとふわりと微笑んでくれるトコロが、好きだった。

梨華ちゃんはあたし達のことが本当に好きだった、と梨華ちゃんのお母さんは言った。
たぶんそれも本当だろう。
そしてあたしは、ごっちんが好きだ。
思いつくまま行動して色んな姿を見せてくれるこの友達をあたしは、いつも心強く思うしあたしの救いだと思っている。

ごっちんが、あ、と言ってあたしを自分の正面に向かせた。
そしてあたしの胸元に手を伸ばし、リボンをするするとほどいてあたしに持たせる。
あたしはリボンをキレイに結ぶのが苦手だったから、また結ぶのはメンドくさいなあ、と一瞬思ったけれど、すぐにわかった。

ごっちんはベッドの上に置いたままだった梨華ちゃんのリボンを手に取って、あたしの胸元に結び始める。
あたしは少しだけ、顎を上に向けた。
114 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)16時51分25秒
ごっちんは。
梨華ちゃんのリボンをあたしにくれるのか。

リボンは梨華ちゃんの象徴のようにあたしは思っていた。
いかに可愛く結べるか毎朝がんばってんだよ、と説明を始めた梨華ちゃんのリボンは、いつでもキレイに整っていた。
生徒手帳の写真を撮る時にはみんなに頼まれて嬉しそうにリボンを結んであげていた梨華ちゃん。

ごっちんがリボンをうまく結べなくて1回ほどくと、ふっ、と笑った。
可愛い結び方について力説する梨華ちゃんのことをごっちんも思い出したのかもしれない。
ごっちんの息があたしの首にかかる。
「ごっちんさあ、まさか梨華ちゃんみたいに上手く結ぼうと思ってない?」

あたしは身動きをしないで天井を見上げたまま言った。
「もちろんそのつもりだけど?」
「ぜーったいムリだからあたしとごっちんには。一生帰れないよ?今日」
ふはは、とごっちんが笑って、またあたしの首に息がかかった。
115 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)16時52分08秒
「そしてくすぐったいんですけど?後藤さん?」
「はいはい、わかったよ。適当でイイんでしょ、もう」
ごっちんはすぐに、出来た、と言ってあたしの両肩を叩いて満足そうにあたしの胸元を見ている。
そしてあたしが握ってたリボンをするりと引き抜くと、あっという間に自分の胸元に結んだ。

あたし達は並んでまた2人で鏡をのぞき込んだ。
いつもみたいにちょっと曲がってる、あたし達のリボン。
あたしとごっちんと、そして梨華ちゃん。
ごっちんが鏡からあたしに向かってニッと笑ったから、あたしも鏡のごっちんに向かってニッと笑ってやった。

梨華ちゃんは、もういない。
けれど梨華ちゃんは、あたし達の中で生き続ける。
あたし達が年を重ねるたびにその記憶はどんどん薄れていくのかもしれないけれど。

それでもイイんだ、とあたしは思った。
コレからオトナになって結婚して、コドモが生まれて孫に囲まれるようになっても。
あたし達の17歳の記憶の中ではいつまでも、17歳の梨華ちゃんが微笑み続けるのは、確かだから。
116 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)16時59分10秒
ごっちんが、んーと、じゃあ、と言って窓のほうに目を向けた。
「あたし、先帰ってるからさ、よっすぃーの傘貸して?」
「はっ?ちょっと、イミわかんないんだけど」
自分で勝手に傘を置いてきといてそれはないだろう。

「だからーよっすぃーはさ、電車乗り継がないと家には帰れないじゃん?」
「うん」
ごっちんはふっと笑って、親指で窓の外を指した。
「あたし一応走って帰るからさ、お風呂沸かして待ってるよ、あたしんちで、よっすぃーを」

あたしは一瞬コトバに詰まってやっと一言、ああ、と言った。
ああ。
ごっちん、と思ったきりあたしは何も言わずに目を閉じた。
そしてすぐにごっちんを見て、うん、とうなずいた。
117 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)17時00分02秒
もうメンドくさいからスカートはとりあえずそのままで、とごっちんは笑ってひらひらと手を振りながら梨華ちゃんの部屋を出て行った。
下で少しだけ話し声が聞こえる。
ごっちんが梨華ちゃんのお母さんにアイサツをしているのだろう。

あたしは1人窓際に立って、外の様子を見ていた。
空はすっかり薄暗くなっているけど、さっきよりは小雨になっているような気がする。
風が吹くたびに電線が少しだけ揺れた。

それから梨華ちゃんの部屋をゆっくりと見回す。
主を失った部屋はそれでも、ずっとこの家に存在し続ける。
あたしもごっちんも、梨華ちゃんのお父さんもお母さんもお姉さんも妹も、クラスメイトも、全然関係ないヒト達も。
当分の間はこの世に存在し続ける。
118 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)17時00分32秒
あたし達はこうして生きていくんだ、と思った。
コレから色んなコトがあって楽しかったりつらかったりするけれど、あたし達は生きていかなければいけない。
梨華ちゃんの選んだ道はもう引き返せないし、今更あたしがどうこう言うようなことではなくて。
ただ生きる勇気を持つヒトも持たないヒトも関係なくあたしは、同じ時代を生きていきたかったし、生きていきたいと思った。

ごっちんが梨華ちゃんちを出て何分くらいたったのだろう。
あたしは自分のカバンを持ってもう一度鏡の前に立つ。
梨華ちゃんのリボンなのにこんなふうに結ばれてるなんて、怒られるかもしれない。
そして何分たってもやっぱり見慣れないあたしのミニスカートは、すぐにごっちんに取り替えてもらおう、と思った。

梨華ちゃん、ばいばい。
もう逢えないのはやっぱり寂しいけれど。
あたし達は、じたばたしながらでも生きていくよ。

あたしはココロの中でつぶやいて、梨華ちゃんの部屋を出てドアをゆっくりと閉めた。
119 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)17時01分06秒
紅茶を持って下りてきたあたしのスカートを見て梨華ちゃんのお母さんは微笑んだ。
ありがとうございました、あたしがそう言うと梨華ちゃんのお母さんは、こちらこそ、と言った。
「あのコがあなた達を好きだったのが、私にはよくわかるわよ」
そう言って玄関まで見送りに来てくれた梨華ちゃんのお母さんにあたしは、あたし達も梨華ちゃんが好きでした、本当に、と答えた。

あたしの傘は玄関の外に置いていたから、梨華ちゃんのお母さんはそれがなくなってるコトに気づかないだろう。
「ごっちんが、よっすぃーは傘を2本持ってるから借りるって言ったからそのまま帰しちゃったけど?」
靴を履きながらあたしは、ごっちんの適当なウソに苦笑する。
「はい。学校で言ってくれればその時貸したんですけどね」
あたしはそれからもう一度お礼を言って、ドアを開けた。
120 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)17時01分53秒
冷たく湿った空気があたしを包んだ。
空を見上げて吐く息が少しだけ、白くなった。
夜空から降る雨は実際のそれより少なく見える。

あたし達の前から突然いなくなってしまった梨華ちゃん。
あたしの前にコレまでもコレからも存在していくだろうごっちん。
2人ともあたしと一緒に何かを感じて、何かを考えながら生きていた。

2人に出逢ったのは偶然ではなく必然だったんだろう、とあたしはありきたりなことを思った。
そしてあたしはその必然に、感謝した。
121 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)17時02分30秒
あたしは梨華ちゃんちのドアの前から歩き出した。
小降りとは言えすぐに雨は、冷たくあたしの頬や手を濡らしていく。
ローファーの中はあっという間に水が滲んでぐちょぐちょになった。
ごっちんちに着く頃には、ブレザーの中も濡れてしまってるのだろうか、と思う。
それでも良かった。

濡れて頬に張りついた髪の毛をかきあげた。
額から流れる雫が目に入って少し痛い。
すれ違うヒトがあたしを見て驚くのがわかる。

少し先に大きな水たまりを見つけて、あたしはそこを目指してダッシュする。
水たまりのど真ん中に右足から飛び込むと、大きな水しぶきがあがった。
いつもより短いスカートはあっという間に水浸しになって、一気に重たくなる。
あたしは自分の姿がおかしくて声をあげて笑った。

髪の水気をとばそうとアタマを振ると、、自分の体温で温かくなった水滴が首を流れた。
一瞬くらくらしたアタマの中は次第に晴れてきて、あたしの五感はより敏感になった気がした。
122 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)17時03分48秒
2、3度光が走り、遠くで雷鳴がとどろいた。
ざあっという音が急に強くなって、一瞬であたしを包む。
あたしは冷たくなった指先でカバンを握り締めて、覚悟を決める。
地面に映る街灯の白い光を蹴散らしながら、全速力で走り出した。

どこかで犬が短く、わん、と鳴いた。
シャッターの横を通るたびに、あたしが起こした風でがたがたと揺れる。
ヘッドライトがあたしをまぶしく照らしてはすれ違っていく。

あたしは、生きている。
ごっちんちの熱いお風呂を目指して走るあたしは今この世で一番、イミも理由もなく生きていることを実感している人間だと思った。
123 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)17時04分43秒
さっきよりも激しくあたしにぶつかる雨粒を手のひらで拭う。
耳元でひゅうひゅうと風を切る音が鳴る。
息が切れて膝ががくがくしてきたのを気づかないフリをして、あたしは走った。

最後の曲がり角を曲がると、ごっちんの家が遠く正面に見えた。
玄関の灯りの下で手を振る誰かの姿がかすかに見える。

あたしはスピードを緩めて一瞬立ち止まると、カバンを大きく上に掲げた。
124 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)17時07分29秒
あたしは、生きている。

あたし達は、生きている。

水を蹴飛ばし、風を切って走り抜けるあたしは間違いなく、ココにいる。

最後の力を振り絞ってあたしは、明かりを目指して駆け出した。
125 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)17時09分57秒

...end


126 名前:やがて鐘が鳴る 投稿日:2003年02月05日(水)17時11分40秒


........


127 名前:SSK8 投稿日:2003年02月05日(水)17時18分24秒
嗚呼、ちゃんと終わった・・・。

次回からしばらく不定期更新になると思いますが、末永くおつきあいを。
128 名前:ぼく名無し読者ちゃん22才 投稿日:2003年02月06日(木)04時39分14秒
小沢健二の影響で「ライ麦畑でつかまえて」を読んでだあの頃。
物事に対してひどく回りくどい言い方しか出来なくなってました。

二人が一人の死を乗り越え、天使たちのシーンのように
それぞれ昇華していけますように…

たまにしか来ないけど応援させていただきます。
読者の分際で押し付けがましいのですが、これからも良いものを書いて下さい…
失礼しました。
129 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月09日(日)02時14分49秒
私が丁度よしこやごっちんと同い年の時に
梨華ちゃんと同い年で死を選択した後輩のことを思い出しました。
ここの作品の爽やかな読後感、好きです。
130 名前:129 投稿日:2003年02月09日(日)02時17分52秒
↑あ、間違えた…私が梨華ちゃんと同い年の時に、だ。反対ですね(汗
スレ汚し申し訳。これからもがんばってください。。。
131 名前:SSK8 投稿日:2003年02月15日(土)20時21分53秒
レスありがとございます。
コレ書いててホントにつらかったから、最後に救われました。
>128
きっとこの2人はもう、と書いてる自分が思いたくて最後まで書けたというカンジです。
今の小沢リリックもそれはそれで良いですよね。買ってないけどー。
>129
読後感が不快でなかったのなら、本当に良かったです。
何度も言うけど、書いてる自分が一番救われたかったような。

しばらくは軽めでさらさらいきたいな、と。
4本目は「流星都市」続編として同時進行で書いてたけど雰囲気違うかな?と思ってストップさせてたヤツです。
正直、別モノとして書いたほうがイイのかなーなんて迷いつつ。
132 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月15日(土)20時24分07秒
低い鼓動がまだヒトもクルマも少ない道路に響く。
少しずつ青みを帯びてきた空の下をゆっくりと進むあたしと相棒、とごっちん。

一晩中走ったり食べたり飲んだり笑ったりぼーっとしたり。
カラダは疲れてるハズなのに、あたしは不思議と眠たくなかった。
ごっちんも珍しく元気いっぱいで、まあ要するに2人(3人?)揃ってハイになってるんだろう。
ハイになってるとは言っても、バカ騒ぎをするワケではなく。
あたしとごっちんのまったりハイ、ってカンジかな。

夜明け前の光は弱いけれど優しい。
あたしはこの時間独特の空気が好きだ。
だんだん明るくなって行く空と静かな街が心地良くて、無意味に相棒と走り出すコトもたまにある。
今日もイイ天気になりそうだ。
133 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月15日(土)20時26分03秒
あまりのキモチ良さにうっとりしていると、ごっちんが腰に回した手であたしのシャツを握り直した。
夏の終わりとは言え、朝はちょっと涼しい。
ごっちんも長袖シャツを着てるけど寒くないかな。
風を直接受けてるあたしが大丈夫なら大丈夫かな。

いつの間にか東の空から太陽が昇り始めた。
ビルの間から時々あたし達を照らして、一日の始まりを告げている。
ごっちんちに向かうトコロだから、このままずっと太陽を前方に見るコトになるのだろう。
目が眩むほど、まぶしい瞬間がある。

あたしには愛用のサングラスがあるけれど。
ちょっと一息いれて、太陽がもっと昇るのを待とうか。
スピードを落として、左に寄せる。
朝方のコンビニの前には納品中のトラックが停まっていた。
134 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月15日(土)20時28分45秒
「ねえ、そう言えば圭ちゃんちってこの辺なんだよー」
ごっちんが言う。
「事務所のクルマで送ってもらう時、いっつもあのコンビニの前で圭ちゃん降りてたもん。あたしも一緒に降りてコンビニ寄ったから何となく覚えてたんだ。たぶん、この辺」
「へえーそうなんだ。なかなかシブイトコ住んでんだなー圭ちゃん」
ヘルメットを取りながらあたしは、圭ちゃんにこの頃逢ってないというコトに気がついた。
TVで見かけるコトはあるのだけれど。

「ね、ごっちん。圭ちゃんに電話してみよっか」
あたしは急に思いついて、自分の肩ごしにごっちんに言ってみる。
「へ?圭ちゃん?ケメコ?あはは、よし子って時々分かんないよねえー」
「なーんでだよ。イイじゃんたまには逢いたいよ?」

「たまには、なんだ」
ごっちんは笑いながら自分の携帯を取り出す。
「最近番号変わったんだよ圭ちゃん。よし子知らないでしょ?」
何だかんだ言ってごっちんは圭ちゃんと仲イイのだ。

「はい。よし子かけてみて」
ヘルメットを被ったままのごっちんがメモリを呼び出して、あたしに携帯を手渡した。
ごっちん実はヘルメットのフィット感とかも好きでしょ?
単に取るのメンドくさいだけ?
135 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月15日(土)20時32分12秒
「うわ。久々だとキンチョーするなあ。ケメケメ」
「寝起きで怒鳴られたりしてねー。アンタ達!いーかげんにしなさいよ!ってさ。あはは」
あ、そうか。
フツーにヒトが寝てる時間にかけちった。
まあイイか。

プルルルルル・・・
3コールでつながる。
『はい?』
とりあえず寝起きっぽくはナイらしい、圭ちゃんの声。
ごっちんからの電話だと思ってんだろなー。
「あ、圭ちゃん?ごとーです。おはよー。起きてますか?」
自分では似てると思ってるごっちんのモノマネをしてみた。
後ろからごっちんが小声で、ふはは、と笑う。

『・・・・・・アンタ、吉澤でしょ』
「すっごい、何で分かったの圭ちゃん!えー絶対おかしい!」
『よーしざわ!あたしのコトをナメないで欲しいわね。何年一緒に過ごしたと思ってんのよ?』
圭ちゃん分かったんだ、さすがだね、とごっちんがつぶやく。
136 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月15日(土)20時34分16秒
『それより何?こんな朝っぱらから?あたしが起きてたからイイようなモノの、寝てたら今頃2人のアタマをぶん殴りに行ってるわよ!どうせ後藤もいるんでしょ?そこに』
「あ、もしかして圭ちゃん、ロケとかで早起きだった?」
『違う違う、さっき打ち上げ終わって帰って来たトコなんだ。今日はオフだから今から爆睡』
ってコトは家にいるんだ?圭ちゃん。

グッタイミン!
ごっちんに親指を立てて知らせる。
「んーじゃあ寝る前にさ、あたし達のアタマぶん殴りに、じゃなくてお茶でもしませんか?」
『はい?何言ってんの?今から出かけるワケないでしょ。大体アンタ達どこにいんのよ?』
「圭ちゃんちの前ー」

『はあっ?ウチがどこだか知らないでしょアンタ!ったくつき合ってらんないわよ』
ヤバイ。圭ちゃんがキレる前に出てきてもらおう。
あたしはもう一度肩ごしにごっちんを見る。
嬉しそうにあたしの顔を見ている。
137 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月15日(土)20時40分13秒
「ウソウソ家の前じゃナイけどさあ、相当近いと思うんだよ。ごっちんがこの辺って言うからさ」
圭ちゃんは、あーなるほど後藤ねーとつぶやいている。
あたしは周りを見回した。
「あのさ、コンビニが2軒並んでて、その横がでっかいパチンコ屋で・・・」
『ちょっとー、マジ?その横がファミレスとか言わないわよね』
「ビンゴー!その隣がちゃんこ屋」
ちゃんこ、の旗が閉まってても大量に並んでいる。

『そこのちゃんこ屋オイシイのよね、ってマジ?ホントにいるの?何やってんのよーちょっと』
「あ、じゃあ分かった圭ちゃん。朝ゴハン食べよう?ファミレスでさ、待ってるからウチら」
圭ちゃんのコトバを遮って強引に誘う。
『えーマジでー。あたしまだ着替えてナイから、悪いけど2分で着くよ?ホントにいるんでしょ?』
138 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月15日(土)20時42分15秒
おっ、意外とノってきたノってきた。
「いるいる。ごっちんと2人で待ってるよ。よろしくねー圭ちゃん!ホントに待ってるから!」
そう言ってあたしは一方的に電話を切った。

「圭ちゃん来るんだ?やったねー」
ごっちんがあたしの肩をつかんで、がくがくと前後に揺らして嬉しそうに言う。
「2分で来るってさ。ファミレス、行くでしょごっちん?」
「行く行くー。おなか空いたもん。朝定食だーわーい」
無邪気に喜ぶごっちんは相棒から降りて2、3歩歩くと、ヘルメットを取って下ろした髪を手で梳いた。
ごっちんの髪が朝日に照らされてさらりと金色に輝いた。
あたしのほうを振り向くとごっちんは、3人でゴハンなんていつぶりだろうね?と笑った。
139 名前:SSK8 投稿日:2003年02月15日(土)20時46分27秒
次回完結です。
140 名前:. 投稿日:2003年02月15日(土)21時02分25秒
age忘れ・・
141 名前:60 投稿日:2003年02月18日(火)15時58分11秒
更新、お疲れ様です。
爽やかでリアルな会話だなって思いました。実際のこの3人もこんな話を
していそうですねw
圭ちゃんが出て来ての展開、すごく楽しみです。

「やがて鐘が鳴る」も好きな作品でした。何とも痛い内容でしたが、希望と
言うか二人の未来を感じられるような終わり方だったので、心の中でホっと
出来ました。
142 名前:SSK8 投稿日:2003年02月19日(水)16時36分40秒
>141
リアルっぽい会話にしたいと思ってるので嬉しいです。
「やがて・・」の2人の直後にコレだと違和感あるかな、とは思ったんですけれども。

次回完結とか言って、予想以上に長くなって四苦八苦・・・。
143 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月19日(水)16時39分04秒
あたしはエンジンを停めたままの相棒をファミレスまで押して歩く。
そうだ、そう言えば。
圭ちゃんは当然あたしと事務所の間に約束があるってコトは知ってるんだよな。

一つ、後ろにヒトを乗せない事。
それも知ってるかな。
圭ちゃんなら本気で怒るかもしれない。
プロとしての自覚が足りない。
しかもその相手がごっちんだなんて。

あたしはかなり心配になってきて歩きながらごっちんにそのコトを言うとごっちんは、大丈夫だよヘルメット隠しとけば、と言った。
いやそういうモンダイでも・・・なんて言ってるうちにファミレスに着いてしまったから、考えてもしょうがナイか、と2人で相棒の元にヘルメットを残して、階段を上った。
144 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月19日(水)16時41分50秒
夜明け直後の平日のファミレスは意外と空いていた。
出勤前のヒトがもっといるのかと思ってたけれど。
あたしとごっちんはとりあえず水だけもらってメニューを眺めて圭ちゃんを待つ。
2人とももう和定食って決まってるんだけどね。

しばらくすると入口から圭ちゃんがニヤニヤしながら歩いてくるのが見えた。
「おー久しぶりー圭ちゃん」
「アンタ達ホントにいるのねー。ったく何やってんのよこんなトコで。もう注文した?」
まだー、と答えるごっちんの横に座りながら圭ちゃんは、水ちょうだい水、とあたしの水を一口飲んだ。

「圭ちゃん酒くさいよー」
「当たり前でしょ、ついさっきまで飲んでたんだから」
ついでに今になっておなかペコペコよ、と圭ちゃんは店員さんを呼ぶボタンを押した。

「えーっと和定食2つお願いします」
「じゃああたしもそれ、それとあと・・」
「「「ドリンクバー」」」
3人ハモったのがおかして笑うあたし達をよそに、店員さんは真面目なカオで注文を繰り返して行ってしまった。
145 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月19日(水)16時44分22秒
ドリンクバーに3人で行ってアレコレ選んで来て他愛もないハナシをしているうちに、注文した和定食はすぐに3人分揃う。
いただきます、と口々につぶやいてあたし達は少しの間、無言で朝食を味わった。
本当に、この3人だけでゴハンなんて何年ぶりだろう、とあたしは思った。

塩鮭を箸でほぐしながら圭ちゃんが言う。
「そう言えば吉澤も後藤も来年ハタチでしょ?びっくりしちゃうわよね」
「あたし今まだ18ー」
ごっちんがお茶を飲みながら答えると圭ちゃんは、ムダなあがきするねー後藤、と笑った。

「しかもあとちょっとで19になるでしょ後藤は」
「でもまだ18だもん」
「あたしは半年後にはハタチだなあ」
あたしが指折り数えながらそう言うと圭ちゃんが、そっか吉澤のが早いんだね、と言った。
146 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月19日(水)16時46分40秒
「それにしても早かったような遅かったような・・やっとアンタ達もあたしと酒が飲めるじゃない」
「え、飲みたいの?圭ちゃん」
「何よ飲みたくないっつーの?」
「だって圭ちゃん酒グセ悪そうだもん、ねーよし子?」
「あはは、そうだねー。まあウワサには聞いてるけど」
「アンタ達相変わらずあたしのコト、バカにしてるでしょーっントに」
「してないしてない、一緒に飲もうね?圭ちゃん?」
「その言い方がバカにしてんのよ!後藤!」
「あははは」

あの頃みたいにあたし達はくだらないハナシで笑う。
この3人だけの仕事もやってたなんて、今となっては遠い昔のコトだ。
ごっちんも圭ちゃんも今はソロアーティストとしてそれぞれの道を歩んでいる。
あたしはあたしで相変わらずの毎日なのだけれど。

それでもこうして集まると、勝手にあの頃の3人に戻るらしい。
余計な気を遣わないで黙ってたり、しゃべったり。
あたしとごっちん、ごっちんと圭ちゃんで逢ってるのともまた違う雰囲気なのだろう、と思う。
147 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月19日(水)16時49分34秒
ごちそうさまでした、とゴハンをあっと言う間に平らげたあたし達はまたドリンクを取りに行って、しばらくのんびりするコトにした。
そのうちごっちんは、んー眠くなってきたー、とつぶやいて、店員さんが拭いた後のテーブルにアタマを伏せた。

「ヤバイ、後藤の電池が切れてきたんじゃないの?吉澤」
「もーイザとなったら置いて帰るよ」
「んーよし子ー」
そう言ったきりごっちんが静かになったから、あたしと圭ちゃんは声のトーンを少しだけ落としてしゃべっていた。

圭ちゃんが下を指差しながら言う。
「吉澤、今日はバイクなんでしょ?後藤を乗っけて」
やっぱり圭ちゃんにはバレるか。
「んーそうなんだよね実は。圭ちゃん怒るかなーと思ってたんだけど」
「今更あたしは怒らないわよ?吉澤ももうコドモじゃナイんだし。ただ気をつけなよー事故にだけは注意してよね」

そうか、あたしももう来年ハタチとか言って、圭ちゃんに怒られてた頃のコドモではナイんだ。
そして自分の責任は自分でとらなきゃいけないトシになったんだよな、と改めて思った。
148 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月19日(水)16時52分11秒
あたしはもう一度ドリンクバーに行って圭ちゃんのコーヒーも一緒に持って来る。
ちょっとカギつけ過ぎだよそれ、という圭ちゃんのコトバにあたしは、ジャラジャラ言うカギを腰から外してそっとテーブルに載せた。

ごっちんが、んあ、とテーブルに伏せたままカオだけこっちを向いて、薄く目を開けてカギ束を見ながら、あーそれがウワサの、とつぶやいた。
「あはは、こんだけあるとすごいね。あ、コレまだあるんだ」
圭ちゃんはキーホルダーを1つずつ手に取って眺めている。

あたしのカギ束にはいくつかキーホルダーがついている。
免許を取ってバイク通勤を許可されたあたしに、メンバーがお守りとして色んなキーホルダーをくれたのだ。
「キティちゃんは加護でしょ?石川がプーさんか」
「当たり。そんで当然つけてるに決まってるでしょー圭ちゃん達にもらったヤツ」
圭ちゃん達アダルトチーム4人からは、ブランド物のキーホルダーをもらった。
オトナのヨユーってヤツだべ?よっすぃー、とその時安倍さんが笑ってたのを思い出した。
149 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月19日(水)16時54分30秒
「んで?何コレ?この牛」
圭ちゃんがリアルな牛のキーホルダーを手に取って不思議そうに言う。
「あーそれはねえ、辻」
「辻?何で牛?加護みたくキティーちゃんとかじゃナイんだ」
「や、辻はね、好きだから牛が」
「???」
「美味しいからねえ、牛」
ごっちんがテーブルにカオをつけたままニヤリと笑ってそう言った。

圭ちゃんはがっくりと首をうなだれると、アホか、とつぶやいた。
あはは、と笑ってごっちんは、あ、と声をあげて急にカラダを起こした。
「どしたの?ごっちん」
「あたし、あげてなかったお守り。よし子に」
そう言えばそうだ。
あたしが免許を取った時すでにモーニングを卒業していたごっちんとは、仕事でも逢える時間が極端に減っていた。

「でもイイよ?指輪とかピアスとか色々、お揃いのとかあるし。ごっちんからもらったモノもたくさんあるしね」
「んー、そっか。でもなあ。やっぱ何かあげたいな」
アンタ達バカップル並みの会話になってるわよ、と呆れてコーヒーを飲む圭ちゃんにごっちんは、圭ちゃんはあげたからイイだろうけどさ、と言う。
150 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月19日(水)16時57分33秒
んー何かナイかな、と腰のバッグやら何やらをごそごそ探すごっちん。
あたしはホントに、何でもイイし何ももらわなくても良かった。
お守りだって何だって、カタチだけじゃなくてキモチのモンダイだから。
ごっちんがあたしの安全運転を願ってくれるのならそれだけで良かった。

「あ、あった!」
ごっちんが急にカオをあげて取り出したモノは。
あたし達はそれを見た瞬間、一斉に吹き出した。
「うわー何それ後藤ー、すっげー笑えるんだけどー」
「ごっちん・・・それ何で持ってんの?ってかいつからそのカバンに入ってんの?」
笑いながらもツっこまずにはいられなかったあたしと圭ちゃんにごっちんは、やっぱダメ?なんてカオをしている。
151 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月19日(水)17時00分00秒
ごっちんの指先で揺れてるのは・・・。
ミニモニキャラの矢口さんキーホルダーだった。
ってマジでいつのハナシだよ!
しかも、お菓子作っておっかすぃ〜、の格好してんじゃん、矢口さん。

「コレってレアなのかなあ?この矢口さんケーキ屋の店長だよ」
「モノ持ちイイねえー後藤って意外と。矢口も本望だね」
ごっちんは改めてそのキーホルダーをまじまじと見つめながら答える。
「違うんだって!コレねー昔ユウキがさ、映画観に行ったとか言ってお土産にくれたんだよあたしに」

「あはは!イミわかんない!アンタの弟も相変わらずだねー」
「ってか映画って何年前だよーそれからずっと持ってんの?ごっちん」
んー何かココに入ってんのずっと忘れてたんだよね、とごっちんは答えて、んじゃあ他のを探すか、と言ってまたカバンを漁り出した。
152 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月19日(水)17時02分28秒
「あ、待って待ってごっちん、あたし、それがイイ」
「へ?やぐっつぁん?お菓子な大冒険だよ?」
圭ちゃんが、くくっ、と笑った。
「吉澤は相変わらず矢口が好きなんだ」

「ちがっ!そんなんじゃなくってー・・・イヤ、んじゃそれでもイイです、ハイ」
本当はあたしは矢口さんだからそれが良かったワケじゃなくって(もちろん矢口さんも好きだけど)、ごっちんがそんなふうに何気なく持ってたモノだから、それが良かった。

ニヤニヤする2人に向かって下唇を出しながらあたしは、矢口さんキーホルダーを受け取ると早速、カギ束の仲間に加えた。
「裕ちゃんに見つかんないようにしなよ、吉澤」
「ってか矢口さん本人に見つかってもあたし超ハズカシイんだけど」
「あはは、たしかに。つーかやぐっつぁんもたぶんハズカシイよね」
153 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月19日(水)17時04分50秒
あたしは腕時計を見て睡眠可能時間を逆算しながら、残ったジュースを飲み干した。
「そろそろウチらさすがにアレかな、ごっちん」
「んーそだね」
ごっちんがのんびり答える。

圭ちゃんが壁の時計をちらりと見て、、アンタ達もしかして午後から仕事だったりするでしょ、と言った。
「うー実はそうなんだ。早めに帰って寝るつもりだったんだけど」
「じゃあウチ泊まってけば?昼頃起きれば間に合うんでしょ?」
あたし達の返事も待たずに圭ちゃんは伝票を掴んで立ち上がった。

「うそ。じゃーあたし圭ちゃんち行く行く。撮影だからメイク道具もいらないし」
「んー、あたし、どうしよっかな」
ごっちんは圭ちゃんちに泊まる気まんまんだったけれどあたしは少し迷っていた。
カラダは疲れてるのはマチガイナイから、圭ちゃんちに泊まったほうがイイのだろうけど。
それでもあたしはまだもうちょっと、朝の街を走っていたかった。
154 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月19日(水)17時10分05秒
圭ちゃんが会計を済まして(曰く、イイわよこんくらい!久しぶりに誰かと朝ゴハン食べたわよまったく、らしい)3人で階段を下りる間、あたしは2人を眺めながらまだ迷っていた。
ごっちんはたぶんもう眠くて仕方ないハズだ。
本人も圭ちゃんちに行くと言ってるから、それで良いのだろう。

さてあたしは、と思ったトコロで急にごっちんの足がフラつきだした。
「後藤ーほらしっかり歩いて、ちょっと吉澤手伝って」
「んー眠いー」
「ごっちんだいじょぶ?あたし、じゃあごっちんを圭ちゃんちに送り届けてから帰るよ」
あたしはごっちんの肩を支えながら圭ちゃんに言った。

「そう?泊まってきゃイイのに。んーじゃあまた今度遊びに来なよ」
「うん、ありがとう」
相棒をとりあえずファミレスの駐車場に置いたまま、あたしと圭ちゃんはごっちんを両脇から支えて歩き出す。
155 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月19日(水)17時13分09秒
通り過ぎるクルマはさっきよりも増えている。
あたし達は酔っぱらった仲間を支えて歩く朝帰り3人組にでも見えるのだろうか。
そう思うとおかしくてあたしが小さく笑うと、圭ちゃんもニヤニヤ笑っていた。
真ん中のごっちんが目をつぶったまま、なーにー何で笑ってんのー、と小さくつぶやいた。
コレじゃホントに酔っぱらいだよーごっちん・・・。

圭ちゃんが言ってたとおり、歩いて2、3分で圭ちゃんのマンションにはたどり着いた。
ベッドに倒れ込むごっちんの寝顔を見届けてあたしは、じゃ後は圭ちゃんよろしく、と振り向いた。

「後藤ー!アンタのはこっちに敷いてあげるからちょっと!それあたしのベッドだから」
笑いながら布団を敷いていた圭ちゃんは、ありがとね吉澤、と言う。
「ん?」
「たまにはあたしもアンタ達と遊びたいわよ」
「ははは、じゃあいつでも」

玄関まで見送ってくれた圭ちゃんにあたしは、じゃあね、と言った。
圭ちゃんは軽く手を挙げて、おう、と笑って応えた。
156 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月19日(水)17時16分51秒
さっきよりも高く昇った太陽に照らされて相棒は、あたしを待っていた。
光を受けて輝くタンクに手を置いてあたしは、じゃ帰るか、とつぶやく。
高速に乗ればすぐに家には着くだろう。
いつものようにあたしはキックを踏み下ろす。
カギ束のお守りが腰のあたりでジャラジャラ揺れるのを感じながら、あたしはヘルメットを被った。

銀色のGの字とキティちゃんとプーさんと矢口さん、と牛。
コレがある限りあたしはずっと、相棒と一緒に走り続けていけるような気がした。
一度大きく深呼吸をしてゆっくりと走り出す。
いつもの曲を鼻歌で歌いながらあたしは、少しずつ加速した。

太陽の熱をじわじわと背中に感じながらゆるかなカーブを曲がる。
その先にある大きな橋に向かって少しスピードを緩めて、胸のボタンを1つだけ開けた。
水面を渡ってくる風がひゅっと胸元から入ると、あたしのカラダを一気に冷ましてシャツをふくらませては抜けていく。
橋の上からの眺めを楽しみながらあたしは、サビの部分を大声で歌った。
157 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月19日(水)17時19分32秒
河の向こう岸で草野球のチームが試合をしているのが見える。
誰かが思いきりバットを振った瞬間、白い鳥が2、3羽、水面から飛び立った。
橋を渡りきると赤に変わった信号の先頭で、鳥たちの行方を気にしてあたしは下流に目を向ける。

キラキラ輝く水面の彼方に鳥たちは、かすかな点になりながらやがて消えて行った。
寝不足のカラダには眩しすぎる光に目を細める。
信号が青に変わるまでずっとあたしはその先の空を見つめたまま、いつもと同じ相棒の鼓動をじっと確かめていた。
158 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月19日(水)17時22分24秒


...end

159 名前:ULTIMATE BREAKFAST & BEATS 投稿日:2003年02月19日(水)17時24分50秒

..........
160 名前:SSK8 投稿日:2003年02月19日(水)17時30分58秒
3羽、と書き切れない意気地梨な自分。
そして前3作ラストですべて走りっぱなしだった吉澤さん、今回こそはごっちんと一緒に、のつもりだったのに。
ごめん、よし子。
かろうじてひと休みが精一杯だったよ・・・。
161 名前:SSK8 投稿日:2003年02月19日(水)17時50分18秒
↑はは、隠してからネタバレ、みたいなカンジ。
ちなみに前作の曲名オチ・・・誰か気づいてたのかなあ。
162 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月19日(水)23時19分12秒
緑板からハシゴ(w
もうよしごまのマターリ感に浸りまくってて、オチに気がついていませんでした。
そして、今もわかっていません。誰か謎解きを〜。
163 名前:SSK8 投稿日:2003年02月21日(金)20時50分30秒
>162
ま、オチってほどでもナイんですけども・・・。
次回更新は未定なので今のうちに自分で返事してみます。
「やがて・・」の曲名オチは、このレスと>161のメール欄でわかっていただけるかと。
ちなみに各タイトルの元ネタは、それぞれの最終レス前後のメール欄にクレジットが。
164 名前:名無し読者 投稿日:2003年02月22日(土)19時36分25秒
このボンクラの為に解説していただき、ありがとうございます。
次回、更新楽しみにしています!
165 名前:SSK8 投稿日:2003年02月25日(火)22時52分40秒
>164
今見ると>163の自分のレスが何となく殺伐とした雰囲気ですいません、という気分です。
「このボンクラ」というコトバがミョーに気に入ってしまいましたが。

実は今ちょっと迷ってます。
この流れのまま非恋愛系寄りでいくのが良いのか、思いついたら恋愛系もアリなのかな、と。
よしごまは友情cpオンリーで、その他は恋をしたりしなかったり、のつもりです。
2本目があるからよしごまスレでもナイしなー、なんて。

自分的には短編それぞれというだけでなく、トータルでスレの流れを考えていて。
順番とか。
なので読んでくださってる方、このレスに気づいた時にでもどうかご意見を是非。
166 名前:名無し娘。 投稿日:2003年02月27日(木)17時16分18秒
今までの物語のひとつひとつがとても好きです。
だから友情でも、恋愛っぽいものでも
何でも読みたい気がします。

「流星都市」がいつの間にか続いてて
読み切りが他に散りばめられてたら・・・卒倒しそう。
嬉しくて。
167 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月05日(水)18時10分47秒
トータルで流れを考えてる、というのを読んで
作者さんの思い描いている全体像ってのを見てみたいと思いました
だもんで、自分も恋愛・非恋愛のこだわりはないです
168 名前:SSK8 投稿日:2003年03月07日(金)23時04分29秒
相談に乗っていただき、ホントにありがとございました。
もう迷いません。勇気出ました。
>166
こちらこそ卒倒しそうな程嬉しかったです、そのコトバが。
「流星都市」が・・・アレはアレで終わったほうがイイのかなと思ってたんですけども。
って結局続きを書いちゃったんですけどね。
>167
実は、「全体像」ってのは自分でも見えてナイんですよね・・・(w。
書きながらそれを考えていくカンジです。
が、良いヒントをいただいた気がします。

と言いつつ5本目、相変わらずなカンジなんですけども。
微妙なんで、sagesage・・・かつ、タイトルはヒミツです。
169 名前:. 投稿日:2003年03月07日(金)23時06分25秒
「おつかれさまでしたー!」
私は今日だけでもう何十回も叫んだそのコトバをまた繰り返して、ふぅっとため息をついた。
今年のハロコンも、無事に終わった。
1日3回公演だなんてホント、よくやるなあなんて自分でも思うけれども、最初っから最後までずーーっと出てるワケじゃナイからまあヘーキか、とも思う。
あややの曲の時とかに後ろでみんなで一緒のフリマネとかしてるのも楽しいし。

それにしても、疲れた。
私はまだ中学生だけど、体力が無限大なワケではない。
コンサートって確かにすごーく楽しいけれど、体力がついていかない時にはやっぱりツライ。
レッスンがキツくて泣きそうなコトもあるし、学校の勉強だってしなきゃいけないし。

「ののはおいしいゴハンが食べられたらキツくても楽しいよ。あいぼんも一緒だし、どこでもイイし何でもイイんだ。勉強はキライだけど」
なんて言うののは最近、前よりオトナっぽくなったなんて言われていて、私は少しアセってしまう。
大好きなごっちんはモーニングを卒業しちゃったし、よっすぃーがいるから楽しいけど、でもやっぱり何だか最近の私はオカシイ。
170 名前:. 投稿日:2003年03月07日(金)23時07分27秒
前みたいにみんなの前でモノマネをやったりぎゃーぎゃーフザケあったりするコトが少なくなった。
だからって何かをしているワケではナイのだけれど、ココロの中にぽっかり穴が開いたようなというのはこういうのを言うのかなとぼんやり考えたりして。
楽しいとか悲しいとかの感情の振り幅みたいなのが、前よりも狭くなってるような気がする。

それでもハロコンはごっちんがいるから嬉しい。
前みたいにごっちんごっちんってつきまとってたら、ごっちんだけスケジュールが違ってどこかに行っちゃうなんてコトもあるのだけれど。
でも今日は。
久しぶりにごっちんと同じホテルに泊まるらしい。
朝からののとやったねーと喜んでたらよっすぃーに、イイカゲンごっちん離れしたら?と言われた。
よっすぃーに言われたくないよ!と思ったけど、よっすぃーはよっすぃーで去年色々悩んだりしたんだろうから、それはココロの中にしまっとくコトにした。
171 名前:. 投稿日:2003年03月07日(金)23時08分06秒
だいたい、よっすぃーはズルイと思う。
ごっちんと同じ年で、同じユニットで、感覚が同じなんですとかナントカいつも言ってて。
私だってごっちんと同じ年だったら、今よりもっと仲良くなってるハズなのに、と思う。
中学生とか高校生とかって、2つ年が離れてるだけで全然違うんだもん。
でもごっちんは私にすごく優しくしてくれたし、仲良くしてくれた。
だから今日も、ごっちんと一緒にいてずっとお話とか出来ると思ってたのに。

みんなでゴハンを食べている時よっすぃーが、あーごっちんアレさ、と言った。
ごっちんアレさ、ってそれだけしか言ってないのにごっちんは、ん、じゃああとで、と答えた。
やっぱりよっすぃーはズルイ。
いっつもごっちんと2人で、自分達にしかわからないような会話をして。
もちろん私はよっすぃーのコトも大好きなんだけれど、こんな時は毎回そう思っている。
172 名前:. 投稿日:2003年03月07日(金)23時08分37秒
私はゴハンのあとはごっちんの部屋に遊びに行こうと思ってたけど、きっとそこにはよっすぃーがいて私がいたら出来ないような話とかするんだろうとか考えて、それはヤメようと思った。
ごっちんとよっすぃーの間に、何か特別なつながりっぽいのがあるのは本当のコトだから。

こう見えても私は気を遣う。
2人とも優しいからきっと何も言わないだろうし、3人でふざけ合うコトだってあるのだから別に気にしなければイイんだろうけど。
でも私はそこで、ちょっとガマンすればイイんだもん、と思ってしまう。
昔だったらきっと無邪気に、ごっちーん、なんて遊びに行ってるのだろうけど、私はもうすぐ高校生だからコドモっぽい振る舞いはしないでおこうとも思う。
173 名前:. 投稿日:2003年03月07日(金)23時09分13秒
部屋に戻るとののが先にお風呂に入った。
私はベッドの上でだらだら、観てもいないテレビをリモコンでいじっているだけだった。
ののはたぶん昔みたいに私と一緒に、よっすぃーとごっちんとどっちと一緒に寝るか、取り合いをするつもりだろう。
オトナっぽくなった、なんて言われてるけどののは私よりも素直で無邪気だから。

お風呂からあがったののは、よっすぃーのトコに遊びに行ってくる、といそいそと出て行った。
私が何となくぼんやりしてるというコトに、たぶんののは気づいているだろう。
どうせよっすぃーはごっちんのトコに行ってるよ?と私は思ったけど、何も言わなかった。
ののなら、ごっちんとよっすぃーの間でニコニコ楽しめるだろうと思った。
私はのののそういうトコロが好きだったりもする。
174 名前:. 投稿日:2003年03月07日(金)23時09分52秒
つまんないなぁ・・・。
私は立ち上がって、窓のそばに立ってカーテンを開けた。
遠くに見える橋が、チカチカ光ってるのがよく見える。
空を見上げると星も何もなくって真っ暗で、寂しいというよりは怖くなってしまった。

私はあわててカーテンを引いた。
このまま一人であの空を見つめていたら、ブラックホールか何かに吸い込まれてくんじゃナイかと思った。
だんだん寒くなってきたし。
もう、お風呂に入って寝よう。
さっき怖いと思ったのがちょっと残ってるけど、1人で入るしかないからしょうがない。
175 名前:. 投稿日:2003年03月07日(金)23時10分28秒
ののはお湯を抜いて行ってしまっていたから、私はシャワーを浴びてまたお湯をためる。
持ち歩いてる入浴剤コレクションの中から、草津の湯というのを選んで入れた。
草津ってどこなんだろう。
奈良とどっちが近いのかな。

ぶくぶくぶく。。。
年末によっすぃーがドラマでやってたみたいに、私も湯船の中に沈んでみる。
ぼわわん、ぼわわん、とお湯の中で音が響くのが聴こえた。

ざばっ、とカオをあげて私は大声で歌を歌う。
こんな時でも自分達の歌を歌ってしまうのがちょっと悲しかったり、嬉しかったり。
そんなコトをして遊んでいたら何となくのぼせてしまって、お風呂からあがった私はぐったりベッドに横たわっていた。
176 名前:, 投稿日:2003年03月07日(金)23時12分09秒
ジュースを一口飲んで、ちょっとむせる。
げほげほっ。
1人の部屋に自分の咳の音だけが響く。
ののはなかなか戻って来ない。
今頃ごっちんとよっすぃーと3人で仲良くふざけあったりしてるんだろうか。
それともよっすぃーがいなかったからまこっちゃん達と遊んでたりするのかな。

こんな時私達は、ムリにお互いを誘ったりはしない。
ごっちんとよっすぃーに見えない何かがあるように、私とののにも見えない何かがある。
ずっと一緒にいるからわかる、お互いのキモチ。
遊びたかったら自分から行くのはわかってるから。
一人で部屋にいるってコトは、ちょっとそういう気分でもナイんだろう、と。
私がこんなカンジだとののは、大体ほっといてくれるのがありがたかった。
177 名前:名無し読者 投稿日:2003年03月08日(土)17時32分37秒
ごっちん離れできない加護ちゃん、かわいいですな〜
178 名前:141 投稿日:2003年03月17日(月)13時15分41秒
ちょっと久しぶりにお邪魔しました。
自分もこのスレのトータルな流れが好きです。
ひとつひとつの短編のバックボーンがしっかりと「肉付け」された作品
になっていて、何と言うかとてもリアルな世界観を醸し出している感じ
がします。
自分の中ではアナログ盤のアルバムのA面・B面みたいな感覚に近いです。
CP等にはあまりこだわりもないですし、このまま作者さんの感じるままに
書き進めたものを読みたいです。
次回更新、楽しみです。
179 名前:名無し読者 投稿日:2003年04月05日(土)23時51分45秒
180 名前:SSK8 投稿日:2003年04月10日(木)01時35分24秒
いつの間にか4月!
何も言わずに1ヶ月放置・・申しワケない。
近いうちに続きを必ず。
今日はそれを伝えるだけでいっぱいいっぱいなのですが。

レス下さった皆様、勇気と自信をいつもいただいてます。
本当にありがとございます。
181 名前:名無し娘。 投稿日:2003年04月11日(金)00時18分28秒
青春のサンライズを聴きながら待ちます。
182 名前:名無し読者 投稿日:2003年05月01日(木)13時23分49秒
183 名前:SSK8 投稿日:2003年05月06日(火)14時21分31秒
田。

レス&保全をして下さった皆様、ありがとございます。
でもこっそりsage更新です。
2分前に書き終えたモノを見直さずにそのままあげてみます。
色々考えてたらきっと良くないんじゃナイかなーと。
そしてごめんなさい、次回更新はやっぱり未定です。
184 名前: . 投稿日:2003年05月06日(火)14時22分20秒
あーあ、とワケもなくつぶやいてテレビのチャンネルをまたカチカチいじる。
あ、と1つ前のチャンネルに戻る。
何でかわからないけど、よっすぃーが一瞬映ってたから。
っていうかビックリした。
やー、みんな若いな・・・。
何で今頃ミスムンのPVなんてやってんだろう?
全然イミがわからないけれど、とりあえず最後までオトコマエなよっすぃーを見届ける。

いつ観てもカッコイイなあ、よっすぃー。
確かにこの時のよっすぃーもイイけれど、と私は思う。
モーニングに入った頃の美少女よっすぃー。
ミスムンの頃のとにかくかっけーよっすぃー。
最近さらにオトコっぽいなんて言われてるよっすぃー。

私はどのよっすぃーも好きだけど、どれか選べと言われたらたぶん、今のよっすぃーを選ぶ。
前に何かの番組で、テレビでは見せないイイトコあるから、と言ったのは本当で。
普段クールに決めてるよっすぃーの色んなカオをたくさん見られる私はたぶん、幸せだ。
185 名前:. 投稿日:2003年05月06日(火)14時22分59秒
きょんやちかうよ〜でっきるだっけー・・
テレビの中のよっすぃーと一緒に歌う。
あの頃は。
あの頃はまさかウチらがこんなふうになっちゃうなんて考えてなかったな。

びーなっぱどぅーいんな!
よっすぃーのマネをしてキメのポーズを決める。
あたしやののがたまに、あの頃は、とか昔は、なんてつい口走るといつもよっすぃーは、ばばくせーなー、と笑う。
よっすぃーのが年上なのに。
ひゅー!ちゃーにずまーいん、せんきゅー!
勝手に私だけライブバージョンで締めくくって終わった。。

あーコレってあの年はこんなんだった、みたいな番組なんだ。
そっか、何かホントに遠い昔みたいな気がするけど、1年とちょっと前なんだね。
早いなあ1年って。
私達ってフツーのヒトの何倍ものスピードで生きてるんじゃないかと思う。
だからかな・・あー眠たくなってきた・・・。
186 名前:. 投稿日:2003年05月06日(火)14時23分46秒
心地よく眠りかけていた私は急にはっとカラダを起こした。
何が何だかわからないけど、何か音がしたような気がする。
息を殺して、耳をすませる。

コン、コン。
やっぱり。
誰かドアをノックしてるんだ。
私に気づかせたいんなら電話がチャイムのほうが確実に決まってるのに。

誰だろう。
ののなら絶対ノックなんてしないでイキナリ帰って来るし。
もしかして、知らない誰か。
入ってきちゃいけないようなヒトだったらどうしよう。

コン、コン。
遠慮がちなノックがまた聞こえた後の、静けさ。
ベッドの上でアレコレ考えながらじっとしていると、ガチャガチャと音がする。
ええっ!カギ開けちゃうの?
ふわっ、と部屋の空気が膨らんだ気がした。
壁際に身を寄せて私は身を硬くしたまま、入り口のほうを見つめた。
187 名前:. 投稿日:2003年05月06日(火)14時25分09秒
「あ、起きてたんだ?びっくりした」
私を見て驚いているそのカオを見て私は、ほっと気が抜けてベッドに倒れ込んでしまった。
「なーんだよー、それはこっちのセリフだよー」
「あり?やっぱり寝てたの?」
のん気につぶやく声の主はゆっくりと私の隣にやってきて、よいしょ、と腰を下ろした。

「ってごめん、もしかして脅かしちゃった?もう寝てるかなーと思ってさ、ののにカギ借りて来たんだけど」
「どしたの?ごっちん」
んー?と優しく微笑んだごっちんは私の髪をさらさらと撫でると、ごろりとベッドに横になった。
「さっきまでよし子と話してたんだけどさー、途中からののが来てあたしのベッドによし子連れ込んだまま眠っちゃってさ」
私にはその光景がすぐに想像出来た。
ののは今日は、よっすぃーなんだ。
188 名前:. 投稿日:2003年05月06日(火)14時25分54秒
「よし子がこっそり起きようとするんだけどさ、ののががっちり抱きついて離れないの。もうよし子も諦めちゃって今日はココで寝るわ、だって」
で、あたしの寝るトコがなくなっちゃったからのののベッドを借りに来たんだよ、とごっちんは私のベッドにもぐり込んだ。
「ごっちんこっち、私のベッドだよ。ってかよく寝てるののを起こしてカギ借りられたね」
「いや、よくわかんないけどののがさ、来て早々にあたしにカギを手渡すんだよね。寝たら送り届けろってイミかよ、ってよし子と笑ってたんだけど」

ふーん?
ののは・・イイや、ののは、そうしたかったからそうしたんだよね。
ねーもう寝ようよ、寝るでしょ?ごっちんがベッドの中から眠そうな声で言う。
「早いなーごっちん、もう寝るの?」
「ほらー早く入ってー寒いよー」
うわわ、とごっちんの怪力でベッドに引きずり込まれた私は、久しぶりのごっちんの香りを少し懐かしく思っていた。
189 名前:. 投稿日:2003年05月06日(火)14時26分57秒
黙ってごっちんの肩にアタマをくっつけていたら、ごっちんに抱きしめられた。
「あー温かくてキモチいーね。ぽかぽかしてる」
「うげー、ちょっと苦しーよごっちん」
久々だと少し照れくさくて離れようとする私を見てごっちんが小さく笑う。
もー暴れないの、おとなしくしてて、そう言いながらごっちんは私のアタマにアゴをのせてカックン、と音をさせた。

「・・はい」
ヨシヨシ、と静かになった私のアタマを撫でてごっちんがあくびをした。
「あー今日も仕事したー、よく寝れそう」
「そだね。ごっちん、明日もがんばろうね」
「うん、がんばるよ」

部屋の中はそのまま静まりかえっている。
ごっちんの呼吸の音だけがあたしの耳元でかすかに聞こえる。
もう一度小さくあくびをしたごっちんにの首にカオをうずめて私はつぶやいた。
190 名前:. 投稿日:2003年05月06日(火)14時27分27秒

「おやすみなさい、ごっちん」

「おやすみなさい、あいぼん」


191 名前:. 投稿日:2003年05月06日(火)14時29分16秒
...end
192 名前:. 投稿日:2003年05月06日(火)14時30分20秒
.......
193 名前:SSK8 投稿日:2003年05月06日(火)14時33分28秒
ハズカシイのでタイトルはヒミツ、にしといて良かった、やっぱり。
書き終わってからもハズカシイ。
194 名前:SSK8 投稿日:2003年05月06日(火)14時40分16秒
あ、やべ。どー見ても最初と最後が違うように見える気がする。気がする。気がする。
でもコレはたぶん過大解釈で乗り切れますよね。ますよね。ますよ(ry
そして例によって誤字が。

晒しageます、自分で(合掌)。
195 名前:海岸行き 投稿日:2003年06月05日(木)01時09分59秒
ざっ、ざっ。
砂を踏みしめて、薄暗い樹々の間を歩く。
ざっ、ざっ。
自分の足音だけを聞きながら、さっきまでは時折匂うだけだった湿った空気が自分の周りを包むのを感じる。
雑木林を抜けて視界が開けたところで、足を止めた。

太陽の光を反射して波の合間でところどころ輝く海をゆっくり見まわして、ひとみは目を細めた。
湾の向こう側の街が少し霞んで見える。
大きく息を吸い込むと、いつもと同じ潮の匂いが体中に染み渡る気がした。
ひとみは満足して、再び海に向かって砂浜を歩き出した。

久しぶりに来た昼間の海は、いつも以上に静かでほっとする。
走り回るコドモや、酒を飲んでハイになって騒ぐ若いグループもいない。
平日だから当然と言えば当然だけれど、見渡す限り自分しかいない状況というのも少し寂しいような、けれども誰にも邪魔されずに済むのは正直嬉しい。
196 名前:海岸行き 投稿日:2003年06月05日(木)01時10分44秒
年に数日しかない、午前中に学校が終わる日。
そんな日にひとみは誰かの誘いを断ってでも、1人でこの砂浜に来ることが多い。
友達と遊ぶのはいつでも出来るけれど、平日の昼の海岸はいつでも来られるものではない。
晴れていても曇っていても変わらずそこにあり、様々な光を反射する昼間の海がひとみは好きだった。

拾ったスポーツ新聞の上に無造作に腰をおろすとローファーを片足ずつ脱いでひっくり返し、中に入り込んでしまった砂を落とす。
人気のない砂浜。
とんとんとローファーの底を叩きながらひとみは、自分の行動範囲にこういう場所があるのはやっぱり良いことだ、とあらためて思った。
197 名前:海岸行き 投稿日:2003年06月05日(木)01時11分15秒
凪いだ海はいつものことだけれど、霞みがかった空は春の陽射しを柔らかくしていたし、潮風も相変わらず優しくひとみを包んでいた。
もう一度深く息を吸って潮の匂いを確かめて、じっと耳をすます。
時折通り過ぎる車の音と、鳥のさえずり、かすかに聴こえる波の音。
湾になっているこの海岸の波は波と呼べるほどのものでもなくて、可愛い音をたてるだけ。

ちゃぷ、ちゃぷ。
聞き慣れた波の音が、ひとみを安心させる。
ちょうど良い光、ちょうど良い気温、ちょうど良い音。
すべてが優しく自分を包み、何もしなくても気持ち良いと思える自分は幸せだとひとみは思う。

制服のスカートの裾についた砂を軽く払いのけながら、湾の対岸に目を向ける。
目を細めても建物が判別出来ないくらいには距離があるけれども、窓にキラキラと光を反射させながら車が走っているのがわかった。
198 名前:海岸行き 投稿日:2003年06月05日(木)01時11分55秒
せっかくだからあっちまで行っちゃおうかな。
対岸をぼんやり眺めていたひとみは急に思いたつ。
人々の生活の足になっている小型フェリーは手頃なな運賃で頻繁に運行しているから、乗ろうと思えばいつでも気軽に乗れる。
ポケットを探って小銭入れを握ったひとみは、途中でコンビニに立ち寄ったことを思い出した。
たしかあの時残っていたのは、フェリーの片道運賃に少し余るくらいの数枚の銀貨と銅貨だけだった。

ちっ、しけてんなーあたし・・。
体力に自信があるとはいえさすがに、帰りはフェリーに乗らずに湾をぐるっと廻って自転車を漕いで戻る気はない。
あーあ、とひとみはそのまま寝転がりたい衝動を抑えて、傍らに置いたカバンから缶を取り出した。

ぶしゅっ、と派手に音を立てて泡になって吹き出したコーラはすぐにひとみの手を濡らしてしまう。
自分の指からしたたる茶色い雫に素早く口をつけてひとみは、自転車のカゴで派手に揺れていたカバンを思い出した。
途中で買わないでそこにある自販機で買えばよかったんだよね。
ま、いいか。
199 名前:海岸行き 投稿日:2003年06月05日(木)01時12分40秒
ポケットからハンカチをつまみ出して濡れた手と缶をいい加減拭くと、あらためてコーラに口をつける。
ごくり。
音をたてて一口飲む。
炭酸の刺激が一気にひとみの喉を通り過ぎていく。
ごくり、もう一口飲む時に移動した視線の先に、人影があった。

遥か遠く見えるその小さな影は、波打ち際をゆっくりと歩いている。
スカート、っていうかあれ、制服だよね。
思った瞬間、ひとみはその人影が自分の知っている人物だということに気がついた。

何だ、あれごっちんじゃん。
目を細めてもう一度よく見る。
やっぱ、ごっちんだ。
何やってんだろ1人であんなとこ歩いて。
少しずつ近づいて来るその影は、ぼんやりと海を眺めながら相変わらずゆっくりと歩き続ける。
200 名前:海岸行き 投稿日:2003年06月05日(木)01時13分13秒
ごっちん、こと幼馴染みの真希はひとみの家の近くに住んでいる。
この海岸から自転車で10分程の街に住むひとみ達は、小さい頃からこの辺を遊び場の1つにしていた。
中学生や高校生になってからは頻繁に遊びに来るわけではないけれど、それでもこの海岸はこの地域の住人にとっては手軽な散歩にうってつけの、日常に馴染んだ場所だった。

ごっちんの学校も早あがりだったのかな。
まだまだこちらに気づきそうもない真希のほうに手を伸ばして片目をつぶると、親指と人差し指でその姿を上下から挟んで見る。
遠くを眺めて物憂げにも見える表情でゆっくり歩く真希が自分の手の中にいるのがおかしくてひとみは、思わず吹き出してしまった。

指の間に挟まれた真希が気配に気づいたのか、ふとひとみのほうに顔を向けるとすぐに気づいて笑いながら、何やってんの、と口パクで言うのが見えた。
大声を出す気にはならなかったひとみはそれには答えずにただ笑って返すと、真希が波打ち際を離れてひとみに向かって真っ直ぐ歩いて来るのを見て、あの足跡は一体いつまで残っているだろうか、と思った。
201 名前:海岸行き 投稿日:2003年06月05日(木)01時13分57秒
「そっちこそ何やってんの」
大声で叫ばなくても声が届く距離になって初めてひとみは返事をする。
「歩いてんのー」
「知ってるよ」

真希は変わらない歩調でゆっくりとひとみに向かって近づいて来る。
ゆっくりとはいえすぐに真希の姿はひとみの手のサイズからはみ出してしまったから、途中でひとみは両手を後ろについて真希が自分のそばにやって来るのを眺めていた。

「久しぶりだねよっすぃー」
「そだね。こないだカラオケ行って以来だ」
いつのハナシだよそれー、とひとみの前に立ったまま真希は笑って、ちょーだい、とひとみのコーラに手を伸ばした。
んー?何か炭酸抜けてんだけどこれ、と一口飲んで顔をしかめた真希は、コーラをひとみの手元に戻した。

「あたしがチャリを漕ぎまくって揺れ揺れだったからさ」
「そこで買えばイイじゃん。ね、あたしにも新聞半分ちょーだい」
座ったままひとみは、あいよ、自分のお尻に敷かれた新聞の中から数ページをムリヤリ引っ張り出すと、真希に手渡した。
202 名前:海岸行き 投稿日:2003年06月05日(木)01時15分23秒
サーンクス、と受け取ったスポーツ新聞を広げると真希は、お、巨乳自慢だって、あたしのが勝ってるけどね、とつぶやいた。
「よっく言うよ」
「だってホントだもん」
真顔で答えて真希は、よいしょ、と砂の上に置いた新聞を押さえながら、ひとみの隣に腰をおろす。

のんびりとした動作で真希は、先程のひとみと同じようにローファーを片足ずつ脱ぐと、とんとんと靴底を叩いて砂を落とした。
「ははっ。あたしも砂入りまくってたよ。ローファーってヤバイよね」
「ね。ちっちゃい頃とか散々遊びまくってもこんなに砂まみれにはならなかった気がすんのにね」
砂がもう落ちて来ないのを確認して満足気な真希はそのままローファーを履き直すと、自分の手のひらを軽くはたいてスカートの上もひと通り払って落ち着いたようだ。
203 名前:海岸行き 投稿日:2003年06月05日(木)01時15分53秒
「んで、こないだのカラオケってあれ、いつだっけ?」
「えーっと、いつだったっけ?忘れちったよ」
思い出せないくらいには逢ってないということだけはひとみにもわかった。
真希は近所に住んでいるから逢おうと思えばいつでも逢えるのだけれど、そう思っているとかえって頻繁には逢わないものだ。

近くのコンビニで偶然逢ったり、学校の帰り道でたまたま一緒になったり、その場のノリで遊びに出掛けたりすることはある。
それくらいの距離感でつき合ってちょうど良いとひとみは思っている。
十数年間のつき合いは、それでも余りあるほどお互いのことを熟知させていたし、学校の友達とは違う気の置けない友達は、それが近くに存在しているというだけでひとみに安心感を与えていた。

「今日ごっちんとこも早かったの?」
「いや、単なるサボリ。ははっ」
「ははっ、じゃないよー。またっすかー。うちらもう高3って知ってた?」
横目で笑うひとみに、知ってた知ってた、とワザとらしく適当に答えて真希はひとみのコーラをもう一度飲むと、うえー、とまた顔をしかめた。
「ヤなら飲むなよー」
「ヤだけど飲んじゃうんだよね、ついつい」
204 名前:海岸行き 投稿日:2003年06月05日(木)01時16分34秒
あ、よっすぃーお弁当半分食べる?ここで食べようと思って来たんだよね、真希はそう言うとカバンの中からバンダナに包まれた弁当箱を取り出した。
「食べる食べる、あたし実はおなかすいてんだ。今日のおかず何?」
よっ、と声を出して弁当箱の蓋を開けた真希の手元を覗き込む。

「おおっ何これ、ウィンナーがタコさんになってるよ」
「今日はお姉ちゃんが作ってくれたからさ、お弁当」
はいよっすぃー、あーん、真希がウィンナーを箸でつまんでひとみの口元に持って行く。
あーん、と素直に口を開けたもののひとみは、ウィンナーが口に入った途端吹き出してしまった。

「うえーハズカシイっつーの、バカップルでもやんないんじゃないの今時」
もぐもぐと口を動かして文句を言いながらもひとみの視線は次のおかずを物色する。
文句言うならあげないよ?真希は笑いながら、次はあたしのおかず、とブロッコリーを自分の口に運ぶ。
「次よっすぃーのは何にしようかな。ゴハンも食べたい?」
「っていうかさー、何であたしがごっちんに食べさせてもらってんのさーお願いだから自分で食べさせてよ」
205 名前:海岸行き 投稿日:2003年06月05日(木)01時18分09秒
つまんないのー、はいはい、箸ごと弁当をひとみに手渡した真希は、好きなだけ食べてていいからね、と言い残して自販機のある道路のほうまで歩いて行った。
ありがと、と受け取ったひとみは、猛スピードでおかずと白飯をきっちり半分だけ食べて、ペットボトルを片手に戻って来た真希に弁当箱を返した。
「もっと食べていいのに。っていうか早っ。」
「イイのイイの。ごちそうさまでした。それにあたし実はお菓子持ってるし」

ごそごそとカバンから箱を取り出したひとみは、はい、と2人の間に広げて置いた。
「おー最近食べてないなーポッキー。いっただきます」
「はは!弁当食いながらポッキーかよ!」
箸休めだよ箸休め、と言いつつ真希は弁当の方の手は完全に止まっている。
206 名前:海岸行き 投稿日:2003年06月05日(木)01時18分48秒
「そのまま置いてたらあたし、食べるかんねごっちんの弁当」
「んー今は甘いのが食べたいんだよ。ま、ぼちぼち食べてよ」
何なんだかなー、とひとみはつぶやきながらも早速弁当箱を手に取って、今度はゆっくりと口に箸を運ぶ。
「ったくさっき超急いで食べたイミがないじゃん。あー玉子焼きおいしー」
ゆでたまごじゃなくて残念でした、と真希は笑って、美味しそうに弁当を食べるひとみを見てもう一度笑った。

「なに?」
「や、よっすぃーって相変わらず美味しそうに食べるよねー。お姉ちゃんに言ったら泣いて喜ぶよ」
「んなコトしたら今日ごっちんサボったのバレちゃうじゃん」
あーそっか、忘れてたよそんなの、とぽきぽきと食べることに夢中になっている真希を見てひとみは、相変わらずなのはお互い様だ、と思った。
207 名前:名無しさん 投稿日:2003年06月05日(木)22時45分30秒
新しいの始まってる〜!待ってました。
208 名前:名無し読者 投稿日:2003年07月06日(日)19時02分43秒
ほぜん
209 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月26日(土)17時38分27秒
友情よしごま好きなんです。作者さーん待ってるよー
210 名前:SSK8 投稿日:2003年08月20日(水)20時25分42秒
レスありがとございます。
もう2ヶ月なんですよね…ごめんなさい。
マターリちょこちょこ更新していきます。
211 名前:海岸行き 投稿日:2003年08月20日(水)20時26分23秒
「何か中学ん時もさーこんなことなかった?ごっちんがサボっててそんであたしが・・あれ?ってことはあたしもあの時サボってたってこと?」
「んーそんなことあったっけ?」
「あったじゃん、ほら・・」

ひとみは肝心な部分が思い出せずに、大げさに頭を抱えた。
「もーこういうのって出てくるまで気になってしょうがないんだよね」
「でもよっすぃームリっぽいよ、ウチらさっきから忘れて思い出せないコトだらけだもん」
「たしかに。ボケるにはまだ早いんだけどなあ」

真希の弁当をきれいに食べ終えたひとみは、ごちそうさまでした、ときっちり手を合わせる。
その隙にひとみのヒザの上から弁当箱を取った真希はそのままそれを自分のカバンにしまい込みながら、今度どっか行こっかお弁当持ってさ、と嬉しそうに言った。

良いねえ、と答えながらひとみはごろりと寝転び、たぶんまたあたしは食べる係なんだろうなあと思うと、ふっと笑いが漏れてしまう。
「その時はあたしが腕によりをかけて作ってくからさ」
「あ、やっぱり?」
思ったそばから言う真希のコトバにひとみは、いつだってウチらはこうだ、と思う。
212 名前:海岸行き 投稿日:2003年08月20日(水)20時28分05秒
小さい頃から真希は、元気で活発なひとみと行動を共にしていた。
泥だらけになって駆け回るひとみについていけるだけの体力や強さも持っている真希は、ひとみと同じくらいに暴れまわるコトも出来たけれどもいつの間にか遊びの輪から外れ、どこかに座ってみんなを眺めて笑っていたりする。
ひとみはそれを最初飽きっぽいとか疲れやすいのだと解釈していたが、成長していくうちにそうではないというコトにイヤでも気づいた。
真希はバランス感覚が優れているのだとひとみは思う。

場の空気や他人の様子を感じ取り、なおかつ自分の状態を照らし合わせて雰囲気を壊さずに自分の好きなようにするのが、真希はうまい。
自分がムリせずに、他人に気を遣わせずに、さらりと誰かの為に行動していたりする。

今となってはひとみと真希は気を遣うも遣わないも、という程の仲だし、真希がひとみの為に手放しで何かをするのはお互いにとって当たり前だったから今更弁当を作るくらいのコトではひとみも驚きはしない。
ただそれが当たり前になっている心地良い関係にひとみは、いつかはあたしも何かしたいんだけど、と思いながらも相変わらずな自分のコトをたまに考える。
213 名前:名無し娘。 投稿日:2003年08月21日(木)00時22分48秒
続いてくれて良かった。
214 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月03日(水)15時30分08秒
続いてくれてほんとに良かった。
更新マターリ待ってます。
215 名前:名無し読者 投稿日:2003/09/29(月) 10:48
216 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/06(月) 23:25
昔一度だけ、そんなハナシをしてひとみは真希に軽く笑い飛ばされたコトがある。
「そんなの、あたしはあたしが好きなようにやってるし、よっすぃーは自分が好きなようにやんなよ。他のヒトならともかくあたしとよっすぃーはそゆのが一番合ってんだってば」
だからさ、よっすぃーは別にあたしに何かなんてしなくてイイんだよ?あたしが好き勝手やるのを適当に眺めて一緒に遊んでくれればオーケイ。

中学生の頃のひとみは今よりももっと色んな物事にこだわっていた。
それは自分の持ち物だったり人間関係だったり、とにかくたくさんの細かいコトが気になって深く考えてしまう。
必要以上に気を遣い、相手にとって一番良いのがどれかがわからない以上自分のやりたいようには出来ないと考えていた。

今のひとみは他人の視線や意見に左右されるコトはほとんどない。
自分が好きなコトを好きなようにやるのが一番良い方法だというのがわかっているからだ。
ま、それもコレもこのヒトのやりかたなんだけどね、そう思ってひとみは隣を見る。

「おーい」
ひとみと同じようにスポーツ新聞の上に寝転んでいた真希は、いつの間にか眠っているようだった。
「後藤さーん?]
軽く声をかけただけでは真希の目は覚めない。
かと言って今、あわてて起こす理由もない。
217 名前:海岸行き 投稿日:2003/10/06(月) 23:26
久しぶりに見る真希の寝顔をひとみはしばらく眺める。
特徴のある鼻のカタチや唇、少し離れ気味の目と長い睫毛が少しずつ大人びてきたとしみじみ思う。
毎日逢っていた頃には気づかないような変化が、違う高校に行ってたまにしか逢わなくなると本当によくわかる。

変わるコトもあるし変わらないコトもある。
十数年間の日々の暮らしの積み重ねを全部ひっくるめて、今の真希とひとみがあるのだ。
ウチらの歴史もナニゲに大したもんだよごっちん、ひとみがそうつぶやいても真希は微動だにしない。
真希の、小さい頃から変わらない眼差しは今、閉じられた瞼の奥にしまわれている。

そう言えばかなり、痩せた気がする・・あんまり寝てないのかな?いや違う、疲れててもそうでなくてもごっちんは寝てばっかりなんだった。
ひとみがくだらないコトを考えていると、真希が小さく唸って寝返りを打つ。
スポーツ新聞からはみ出しそうになっているそのカラダを、笑いをこらえながらひとみが引っ張っていると真希が目を覚ました。
「んん?あたし寝ちゃってた?」
「爆睡だよーごっちん。疲れてんの?」
大きく伸びをしながら真希は、そーでもないんだけどね、ふああキモチ良かった、とあくびをしてカラダを半分起こすとペットボトルに口をつける。

「ま、寝る子は育つってコトで」
「出たよごっちんの決めゼリフ。育ちすぎだっつーの、胸とか胸とか胸とか」
胸ばっかかよ!2人同時にツっこんで笑った。
ひとみは内心、痩せた真希のカラダを心配しないでもなかったけれど、あえてそれには触れずにいた。
真希はひとみに比べると自己管理が出来るほうだし、何かあるのならおそらく真希のほうからそれを話題にするだろうと思うからだ。
218 名前:海岸行き 投稿日:2003/10/06(月) 23:26
ペットボトルを傾け最後まで飲み干そうとしている真希の視線が大きく見開いて動かないコトにひとみは気づいた。
「何?どしたのごっちん?」
それでも動かない真希の視線を追って、ひとみはカラダを起こした。
いつもと同じ、海、いや同じではない。
何かが、おかしい。
海をゆっくりと見渡して、耳をすませて風の音を聴く。
さっきまでの優しい風ではなく、少し肌寒いくらいの、妙な感覚の風だった。

波が。
そう思った瞬間、沖のほうで派手な水しぶきがあがったのをひとみは見た。
「はぁっ?何あれ」
ねえごっちん、そう言ってひとみが真希の腕を掴もうとすると真希は逆にひとみの腕を握り返して立ち上がる。
「行こう」
「どこに」

真希につられて立ち上がったもののひとみは、ワケがわからない。
「どこ行くのさ、ごっちん」
海を見据えたままの真希にもう一度声をかけるが返事はない。
何なんだよもう、そうつぶやいてひとみはスカートについた砂をはらう。
219 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/06(月) 23:27
手のひらを掠った砂がぱらぱらとスポーツ新聞の上に落ちる。
何気なく目をやったその記事にひとみの目は釘付けになる。
・・何だ?コレ?
さっきまでは気づかなかったその記事をよく見ようと腰を屈めたひとみの腕を真希ががっしりと掴む。
「よっすぃー、もうすぐ来るよヤツが」
「ヤツ?誰?ってかごっちんこの新聞さあ・・」

来たっ!
つぶやいた真希の声がいつもと違うのにさすがのひとみも気づく。
さっきまで居眠りしていた真希ではない、海を睨みつけている目と小さく構えている姿は完全に、単なる女子高生ではなかった。
ざざざという聴き慣れない波の音にひとみは海に目をやって絶句した。

アレは。
何なんだ。
220 名前:SSK8 投稿日:2003/10/06(月) 23:31
名前欄ぐだぐだ…こう見えて続くのです。
読んでくださってる方、本当にありがとございます。
意外な展開に作者も瞳孔が開いております。
221 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/08(水) 23:50
何だ?!
何が来たんだ?
ホントに急展開だyo!
222 名前:名無し読者 投稿日:2003/10/28(火) 16:21
こんな気になるところで終わってるさー
更新待ってますぞよー
223 名前:SSK8 投稿日:2003/11/10(月) 22:12
1ヶ月ですね。まだ終わりません。
>>221
>>222
というワケでまた次回の完結までよろしくおつきあいを。
224 名前:海岸行き 投稿日:2003/11/10(月) 22:13
呆然としてそれを見つめるひとみはアタマの中でぐるぐると、目の前に現れたモノに対する認識に必死で理由付けしようとする。
あんなの、何?
ありえないって。

映画の撮影?
どこかから漂流してきた用済みのはりぼて?
それとも単なる見間違い?

ぐるぐるとはいっても一瞬の間に思いつく限りの「理由」は大した数ではない。
理由はどうあれ、ひとみの目に映る「それ」の名前は何度見たって変わらないだろう。
そうする間にも「それ」は動き、大きくカラダをうねらせるとすぐに、海に沈んだ。

一瞬、脳裏に残る残像は幻だったのかもしれないと思う。
知らぬ間にひとみは、身構えたままの真希の左手を掴んでいた。
「ちょ、ごっちん、今さ、あたし」
ひとみの言葉を遮って真希は、振り向きもせずに言う。
「アイツ、こっちに向かって来てるから、よっすぃー早く」

早く?何を?
考える間もなくひとみはさっきよりも近づいている妙な波の音を耳にして、海に目をやることになる。
砂浜から数十メートル先の海面に再び姿を現したのは。
ひとみ達の何倍はあるだろうか、今まで見たことも聞いたこともないような、蛸だった。
225 名前:海岸行き 投稿日:2003/11/10(月) 22:15
蛸じゃん?
蛸だべ。
蛸れす。

一度目とは違ってより近く、リアルに現れた「それ」を目の前にしてひとみは混乱しつつアタマの中で何度も考え直すが何も変わらない。
蛸は蛸なのだった。
しかも大蛸。
足をうねらせるだけでこちらには近づいて来ないけれど明らかにこちらを意識しているのだとわかる。

ありえねー!ちょーこえー!
内心叫び続けるひとみのアタマの中はパニック状態から一瞬だけ、冷静な判断に切り替わる。

茹でていない蛸は赤くないんだね、ホントに。
この場にそぐわないことを気づいてひとみは、じっと蛸を見つめて観察する。
肌色と紫とグレーの中間のような色のカラダはぬらぬらと光り、動くたびにぐにゃりと波打つ足は逆に、現実味がないように感じた。

よくわかんないけどどっきりでしょ、これ?あたし芸能人じゃないけど。
そんなひとみの思いつきをあっという間に吹き飛んでしまったのは、蛸が少しずつ砂浜に近づいて来ているからだった。

「ねえっ!ごっちんちょっと、ヤバイって、逃げようよ!」
黙って走り出そうとしていた自分に気づいてひとみは、かろうじて真希の腕を引っ張った。
「ダメだよよっすぃー、ウチらが逃げるワケには行かないんだよ?今ここで何とかしないと」
「何とかって何だよ!早く!ごっちん!」

自分でも聞いたことのないような声で叫んでいるのがわかる。
そんなのどうでもイイよ!ごっちん!
真希が振り向き、ひとみの額にさっと手を当てた。
真剣な真希の眼差しにひるみながらもひとみは、真希の額のしるしに気づく。
226 名前:-じゃっ夏なんで(3)- 投稿日:2003/11/10(月) 22:16
何これ?刺青?だってさっきまでそんなの・・
「よっすぃー、早く」
真希の額にくっきりと浮かび上がっているのは月。
三日月?何が何だか、何を早く?
ある意味、大蛸の出現よりも呆然としているひとみの右手を握って真希は、もどかしそうに自分の額に持っていく。

瞬間、光につつまれた自分達の状況を一瞬にしてひとみは、理解したのだった。
そうだ、あたし何でだろう、忘れてた。
あたし達は選ばれた戦士。
それは宿命のようなもの。
ひとみは太陽、真希は月、それが2人の戦士のしるしだった。

ひとみと視線を合わせた真希は小さく頷くとすぐに海に視線を戻し、大蛸を睨みつけて構える。
蛸はさっきよりも速度をあげて海岸に近づいていた。
見た目は変わらないひとみだが、普段とは違うチカラが体内に宿っていることを確かめると真希と同じように海に意識を集中させる。
波しぶきをあげて大蛸は浅瀬にたどり着いていた。
227 名前:海岸行き 投稿日:2003/11/10(月) 22:17
2人同時に海に向かって走り出す。
と、その場に留まった大蛸は凄まじい勢いと音で墨を吐いた。
左右に分かれたひとみと真希は寸前のところで墨を避け、砂浜を転がりまた立ち上がる。

砂に直接噴きつけられた真っ黒な墨があたりに飛び散った。
「んあー!ちょっと、制服に飛んだじゃん!許さない!」
「んなコトくらいで怒んなよーごっちん」

呆れながらもひとみは、自分の頬を拭って手の甲にべっとりと付いた黒い液体に、こんなのをアタマから被るなんてマジ勘弁、と苦笑いする。
「もうコイツとっとと片付けてクリーニング出すから!行くよよっすぃー!」
「りょーかい」
冷静な真希も怖いが本気で怒った真希のパワーは、さすがのひとみでも抑えられない。

ごっちんの制服を汚したのが運のツキだったね大蛸よ、キミももはやこれまでだ。
再び大蛸に向かって走り出す真希の背中を見ながらひとみは、チカラを一度溜め、すぐにその後を追った。
228 名前:SSK8 投稿日:2003/11/10(月) 22:20
>>226のサブタイはもう脳内であぼーんしてくださいね、ええ、ええ。
ホントすいません。
メル欄で遊んでる場合じゃなかった。
ものぐさはここぞという時にカタチになって表れるモノでございます。
今更ですがかちゅ〜しゃは快適でございます。
使える機能はちゃんと使いましょう(教訓)。
229 名前:みかん 投稿日:2003/11/11(火) 01:33
ごっちんとよしこの台詞がたまらなくリアルでいい!!
がんばってください★
230 名前:SSK8 投稿日:2003/11/11(火) 16:43
再びお詫びを。今更ですがてにをはが非常にみっともないコトになってますね。
ほんとスイマセン。

あまりにもキモチ悪過ぎたので再掲。
キモチ悪いまま読んで下さったあなた、お手数ですが脳内ですり替えて読んでスッキリしてください。
>>225の真ん中あたりです。



  〜(略)〜


ありえねー!ちょーこえー!
内心叫び続けるひとみのアタマの中はパニック状態から一瞬だけ、冷静な判断に切り替わる。

茹でていない蛸は赤くないんだね、ホントに。
この場にそぐわないことを[思いついてひとみは、じっと蛸を見つめて観察する。
肌色と紫とグレーの中間のような色のカラダはぬらぬらと光り、動くたびにぐにゃりと波打つ足は逆に、現実味がないように感じた。

よくわかんないけどどっきりでしょ、これ?あたし芸能人じゃないけど。
そんなひとみの思いつきがあっという間に吹き飛んでしまったのは、蛸が少しずつ砂浜に近づいて来ているからだった。

  
  〜(略)〜

231 名前:SSK8 投稿日:2003/11/11(火) 16:48
>>229
こんなにへべれけ状態なのにレス下さってありがとございます。
リアルも何も、な展開っぽいですがお赦しを。
232 名前:海岸行き 投稿日:2003/11/29(土) 20:09
大蛸の懐に飛び込もうとしている真希が何か叫んでいる。
あの怒りっぷりなら今回は真希1人で片付くんじゃないか、とひとみは思う。
不意に、蛸が触手を真希に向かって真っ直ぐに振り下ろした。
予想外に俊敏な動きの蛸は、隣の触手もすぐに振り上げ真希の動きを追っていく。

「ごっちん!」
ひとみが心配するまでもなく真希は素早くカラダを捻って次々にそれらをかわす。
鞭のようにしなった触手の先がひとみの目の前に叩きつけられた。
ぬるぬるとした巨大な触手はどすんと大きな音をたて、また大きくしなって振り上げられる。

「うわっ、ちょーキショイんだけど。触りたくねー」
「しかも近くにいると何かクサイよコイツ。もうやだー」
そう言いながら真希は拳を握りしめてチカラを溜めている。
真希の額の月のしるしが輝いた。
233 名前:海岸行き 投稿日:2003/11/29(土) 20:09
ほぼ同じタイミングでひとみも拳を固めたが、真希にまかせておけばという安心感から少し油断をしていたらしい。
蛸への集中が緩んだ一瞬、別な角度から振り下ろされる触手に気づくことが出来ない。

長い触手にみるみる巻き取られ、持ち上げられながらもひとみは大声で叫ぶ。
「ちょっマジでキショイんだってばーごっちーん」
足をばたつかせるひとみを見上げ、真希は呆れ気味に構えた。
「何やってんのさーもー。一発でやっちゃうからよっすぃーも準備しといて」

生暖かい触手にぎゅうぎゅうと締めつけられ、ひとみは返事も出来なければチカラを溜めることも出来ない。
急激に息が苦しくなってくる。
息が。
出来ない。
ごっちん。

目の前が真っ暗になったと思うとひとみは、どこからか自分を呼ぶ声を聴いた。
234 名前:海岸行き 投稿日:2003/11/29(土) 20:10
「・・っすぃー。よっすぃーってば」
がばっと身を起こしてひとみは周りを見回す。
真希に腕を掴まれているのを不思議そうにひとみは眺める。
「ん?」
「だいじょぶ?すっごいうなされてたんだけど」

いつもと同じ海。
いつもと同じ真希。
静かな波音、潮風はかすかに頬を撫で、陽射しは少しだけ傾いていた。

「蛸は?」
「いないねえ」
笑ってカオを覗き込んでいる真希の額に手を伸ばしたひとみは指先でそっとこすってみる。

「んん?何かのおまじない?」
「や、別に」
はは、オモロイねーよっすぃー、そろそろ帰ろ?そう言いながら真希が大きく伸びをした。
「あたしはウチに帰って本格的に寝るよ」

いつもと同じ真希の仕草を眺めてたひとみは、さっきまでの光景が急激に色褪せるのを感じて少し安心する。
「よっすぃーもそうすれば?」
「やだよ」
さっきの続きが登場してきたらマジで困るよ、内心そうつぶやいてひとみは立ち上がった。
235 名前:海岸行き 投稿日:2003/11/29(土) 20:10
「あーもう疲れた」
「寝てただけじゃん」
「ごっちんと違ってあたしは学校行ったもん」
「ん、そうか」

ひとみは一度海全体を見渡して、スカートの砂を払った。
いつもと同じ。
我ながらコドモっぽい、そう思ったひとみの横をすり抜け、真希が走り出した。

置いてくよー、そう叫んで振り向く真希に追いつこうとひとみも走り出す。
「待ってよーちょっと、靴脱げるって」
「っていうか脱げたー!」
真希のローファーがぽつんと砂浜に取り残されている。
よろけそうになりながらも真希はうまくバランスを保って、片足跳びで戻って来た。

笑って走るひとみは、靴を履こうとする真希とすれ違う。
「へへー、置いてくよー」
「や、ちょっと待ってよっすぃー!」
真希の声を背中に聴きながらひとみは自分の自転車を目指して走り抜けた。
236 名前:海岸行き 投稿日:2003/11/29(土) 20:11
靴を履き、ひとみの背中を確かめて真希はゆっくりと海を振り返る。
目を細めて海を眺める真剣な眼差しには、笑みの欠片もない。
「ごっちーん、おっそいよー。何やってんのさー」
かすかに聴こえるひとみの声を気にしつつも真希は、海を見つめていた。

「ごっちんてばー、靴履けないのー?」
「すぐ行くー、ちょっと待っててー」
真希は振り返ると、ここからは見えない位置まで辿り着いているひとみに向かって大声で返事をする。
もう一度海を眺める。
目を閉じた一瞬、周りの風が止んだ。
真希は何かを確認するかのように小さく頷き、口を固く結んだまま、海に背中を向けて再び走り出した。
237 名前:海岸行き 投稿日:2003/11/29(土) 20:11
誰もいなくなった砂浜には残された新聞紙が舞う。
しわくちゃになって風に飛ばされ続け、流木の枝に引っかかってやっと地面に落ちる。
オレンジ色の陽射しの影になっているその紙面には大きな見出し。
 『今度は関東地方が狙われる!?また謎の生物が出現!!..ヵ』

東の空には小さな星が1つ、瞬き始めていた。
いつもと同じように海は、静かに夜を迎えようとしていた。
238 名前:海岸行き 投稿日:2003/11/29(土) 20:13
...
239 名前:海岸行き 投稿日:2003/11/29(土) 20:14
...
240 名前:海岸行き 投稿日:2003/11/29(土) 20:16
...end
241 名前:名無し読者 投稿日:2003/12/01(月) 22:02
(0^〜^)<タコタコー
242 名前:SSK8 投稿日:2003/12/20(土) 03:39
( ´ Д `)<しゃけしゃけ〜

次いきます。
あの3人の、その年の冬。
次回完結予定。
243 名前:この夜に 投稿日:2003/12/20(土) 03:40
眠らない街、東京。
使い古されたコトバではあるけれどそれは本当にその通りで、それ以外に言い様がナイとさえあたしは思う。
深夜の帰り道にはあらためてそれを実感する。

ある意味昼間よりもタチが悪いのかもしれない。
クラクションを鳴らすタクシーの脇をすり抜け、酔っ払うスーツ姿の歩道をを何度も通過するコト十数分。
都心を離れる頃にやっとあたしと相棒は、安心してスムーズに走り始める。

信号待ちの路上で何の気ナシに腰のバッグに触ると、相棒とは違うペースの振動が指先に細かく伝わってきた。
青になった信号をそのまま発進して、路肩に停めて携帯を取り出す。
ごっちんだ。
あたしがすぐに電話に出ない時はあきらめてメールにするか後で掛け直すっていつも言ってるのに。
珍しい、ずっと鳴らしてるなんて。
244 名前:この夜に 投稿日:2003/12/20(土) 03:41
「もしもし?どしたのごっちん」
少しかじかんだ手でグローブを取りながら、ヘルメットの隙間にムリヤリ携帯を差し込んだ。
ヘルメットとあたしの頬の間でぎゅうぎゅうになっている携帯は、完全に冷え切っていた。
いつもの革のグローブでは冷気が指にすぐ伝わってしまうような季節になっている。
『あーよし子、もう寝ちゃったのかと思った』
「や、まだまだ、今帰ってる途中だよ」

歩道の奥から自販機の青白い光があたし達を照らしている。
あたしはヘルメットを取り、相棒から降りて歩きながらポケットの小銭を探る。
ちょうど良かった、冷たい風がちょっと辛くなり始めてたから。
『あのね、よし子明日の夜空いてる?』
「明日はねえ、うん、たぶん夕方までには終わると思う。最近そんなカンジなんだよね」

がこん、転がり出る缶コーヒーを取り出して両手で包む。
あったかい。
『良かったー、じゃあさ・・』
顎と肩に挟んだ携帯から聴こえるごっちんの声が一瞬遠ざかる。

「うぉっとー今携帯落としそうになった。何なに、ゴメンもっかい言って?」
『あのね、圭ちゃんが明日3人でどっか行かないかって』
おー圭ちゃん、最近逢ってないな。

「あ、イイねえ行く行く。どっかってどこ?」
『んーよくわかんないんだけど。圭ちゃんのクルマで、ナントカって場所って言ってた』
「はは、ぜんっぜんわかんねえ」
ごっちんは相変わらずだ。
『でもねでもね、何かちょっと良いトコって言ってたよ』
245 名前:この夜に 投稿日:2003/12/20(土) 03:41
「へえ、どこだろ。じゃあさ、明日終わったらごっちんに電話すればイイかな?」
缶のプルダブをかちりと引くと、甘ったるいコーヒーの香りが一瞬漂った。
『んーそれでイイんじゃない?夕方にはあたし、もう圭ちゃんトコ行ってるつもりだから』
一口飲む。
べとべとした甘さが口の中に広がった。
寒い時に飲むコーヒーはコレくらいでちょうど良いと思う。

『でもせっかくだから圭ちゃんに電話してあげてよ、よし子も来れたらイイんだけどってすごく心配してたもん』
「ははは、よくわかんないけどわかった。つーかそれなら圭ちゃんあたしに直接電話くれたらイイのにさ」
笑うと口から白い息が出る。
もうじき、ホットコーヒーなんて飲まなくてもそうなる季節になるだろう。

『ま、圭ちゃんだからね。何だかんだ言って照れくさいんじゃない?』
「ほーなるほど。明日逢うの楽しみだな」
もう一口。
じんわりとカラダにしみわたる、温かさ。
246 名前:この夜に 投稿日:2003/12/20(土) 03:42
『じゃあまた明日ね。よし子今日も相棒と一緒なんでしょ?よろしく言っといて』
「誰に?」
『相棒に』
あたしが笑うとごっちんも笑って続けた。
『だってさ、まだ家に着いてないんでしょ?あとどれくらいなのかわかんないけど、気をつけて帰って』

相棒に腰掛けてあたしは、キーホルダーの束に触る。
じゃらじゃらと音をたてる、みんなからのお守り。
「うんわかった、ありがとう、相棒にも言っとくから」
タンクを撫でても相棒はいつものように、あたしが動くのをじっと待っているだけだけれど。
「んじゃ明日ね、おやすみ」
『おやすみ』
247 名前:この夜に 投稿日:2003/12/20(土) 03:42
ごっちんとの電話を切ってもしばらくあたしは相棒に身を預けたまま、冷め始めた缶を握ってじっとしていた。
何年も前に圭ちゃんのコーヒーを勝手に一口ずつごっちんともらって、苦いと文句を言ったコトを思い出す。
勝手に飲んでそれはないだろうと嘆く圭ちゃんの口調も鮮明に浮かんできて少しおかしかった。

動かずにいるといつまでも家にたどり着かないという当たり前のコトを思い出して、再び冷たい風に向かって走るカクゴ決めて立ち上がる。
歩きながらコーヒーを飲み干し、ゴミ箱に缶を放り込んだ。

よし、明日にそなえてとっとと帰るか、相棒。
振り返ると相棒は鈍い光を反射して、あたしが戻るのを待っている。
ゴツゴツとブーツの音が真夜中のシャッターに反射して、静かな街並に響き渡った。
248 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/11(日) 18:08
待ってます
249 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/02/12(木) 18:01
がんばってください
250 名前:SSK8 投稿日:2004/02/29(日) 13:04
>>248
>>249
ありがとございます、大変お待たせしました。
次回?次々回?まだまだ続きます。
251 名前:この夜に 投稿日:2004/02/29(日) 13:05

「おつかれさまでしたー」
「おつかれー」
「明日の集合10時だったよね?」

収録が終わって楽屋でひと息ついてすぐに帰るあたし達はいつものように騒がしい。
歩いてるあたしの腰にまとわりついている加護の腕の隙間から、携帯を取り出す。
ごっちんに、あ、違うや圭ちゃんに電話しなきゃ。

ツーコールでつながった。
『もしもしー』
「もしもし、アレー?ごっちん?なーんだよーせっかく圭ちゃんにかけたのにさあ」
あはは、と電話の向こうで笑ってるのは何故か、圭ちゃんじゃなくてごっちんだった。

加護があたしのコトバに反応して背伸びをする。
「えーごっちん?ごっちん?加護もしゃべるー」
しょうがないので携帯を渡す。
何なんだかな。
252 名前:この夜に 投稿日:2004/02/29(日) 13:05
「もしもしーごっちん!ひさしぶりー」
加護がゴキゲンな声であたしの耳元で叫ぶ。
「え?えー!おえぇぇえ」
吐くマネをしながらも笑ってあたしに携帯を乱暴に押しつけると加護は、前を歩く矢口さんの背中に突撃して行った。
思わぬ攻撃で前につんのめっている矢口さんを眺めながらあたしは携帯を握り直す。

「なにー加護どしたの?ごっちん?」
『ちょっとー、加護のアタマぶん殴っといてくれる?吉澤』
・・圭ちゃんだ。
何も知らない加護相手にどうせ、ケメコ節でも炸裂させてたんだろう。
「やー圭ちゃん、何でさっきごっちんが出たの?」
『あたしは運転中だったのよ。今路肩に停めたトコ。後藤はコンビニ行くって出てっちゃった』

駐車場へのエレベータに1人だけ向かうあたしを、みんなが振り返って手を振ってくれる。
あたしも手を振り返して、またね、おつかれ、と言った。
『あ、みんな今終わったの?』
「そうー、もう出られるよ。どこ行けばイイかな」
腰のポケットから革のグローブを取り出す。
253 名前:この夜に 投稿日:2004/02/29(日) 13:06
そうねえ、と圭ちゃんはつぶやいて、実はね、と続けた。
『結構近くまで来てるのよ、吉澤の』
「そうなの?」
あたしが今エレベータに乗り込んだこのスタジオは海の近くにある。
わざわざ近くまで来てくれたのかな。
『吉澤が終わるまで後藤を連れて湾岸ドライブでも、って思って』
「ん、もしかして橋渡ったの?レインボー」

はは、と圭ちゃんは笑っている。
エレベータが下りはじめると、圭ちゃんの笑い声が少しだけ途切れた。
『って言うからさ、後藤が。でも渡る前に吉澤が先に終わっちゃったね』
電波は一瞬途絶えたくらいで無事に、駐車場までつながっていた。
「そっかー。じゃあどうしよっか」

今日はあたしのブーツの音が駐車場には響かない。
圭ちゃんのクルマに乗るんだろうと思って、久しぶりに、スニーカー。
コレはコレで歩きやすいしバイクも乗りやすいんだけどね。
ギアで左だけすぐダメになっちゃうから、あたしはいつもエンジニアブーツにしていた。
254 名前:この夜に 投稿日:2004/02/29(日) 13:06
『ねえ吉澤、今晩だけそこにバイク置きっぱなしっていうの、アリ?ナシ?』
あたしは相棒のハンドルを撫でる。
ねえ相棒、圭ちゃんがそう言ってるけど、どう?

「んー、大丈夫だよ置いてっても。警備員さんにもひと声掛けとくし」
ごっついカギついてるしね、ちょっと寂しいだけだよね。
『本当?そうしてもらってイイかな。ありがとう。後藤戻ってきたから代わるね』

がさがさとコンビニ袋らしきのを漁っている音が聴こえる。
『何なに?どうなったの?』
もぐもぐと早速何かを食べているごっちん。
相棒を置いていくとあたしが言ったら、ひどく驚いている。
『マジで?イイのよっすぃー』
「うん、だってあたしだけさあ、2人の後ろを追っかけてってもつまんなくない?」
そりゃそうだけどさあ、とごっちんは納得のいかない様子。

えーやっぱりやめたほうがイイかなそれ、という圭ちゃんの声がかすかに聴こえた。
あたしが相棒を置いてどっかに行くという状態を心配してくれるごっちんと圭ちゃん。
嬉しさと照れくささが半分ずつ、あたしは1人で少し笑ってしまった。
2人とも心配してくれてるよ?相棒。
ちょっとくらい平気だよね、すぐ迎えに来るからさ。
255 名前:この夜に 投稿日:2004/02/29(日) 13:07
「だいじょぶだよーごっちん。今日は3人でドライブな気分なんだよ」
うーん、じゃあ、と言ってごっちんは圭ちゃんが言うコトバをそのままあたしに伝えてくれる。
あと3分くらいでこのスタジオには着くらしい。
駐車場で待ってて、だってー、というコトバにあたしは、外に出たトコで待ってるから、と答えた。
相棒の目の前で圭ちゃんのクルマに乗り込んでぶーん、は何となく寂しい。
ていうか後ろめたい。

腕の時計の針を確認してから、あたしは相棒の全身を眺めた。
駐車場の銀色の光を映しているタンクは、ココロなしか曇って見えるような気がする
出来れば今日中に一緒に帰れるように戻ってくるから、ね、ちょっとだけ待っててよ。

つき合い始めてもうどれくらいだろうか。
あたしは初めて、相棒にキスをした。

256 名前:SSK8 投稿日:2004/03/18(木) 10:47
自己保全。
257 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/22(木) 20:04
保全のお手伝い
258 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2004/06/09(水) 21:38
待ってます
259 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/16(月) 19:33
260 名前:SSKB 投稿日:2004/08/16(月) 21:07
自己保全
261 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/17(火) 00:29
ochi
262 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/11(金) 02:50
待ってるよ
263 名前:SSK8 投稿日:2005/02/22(火) 01:28
生存報告です。
本当に申し訳ありません。
必ず更新/完結いたします。
264 名前:SSK8 投稿日:2005/03/22(火) 15:10
犬は吠えるがキャラバンは進む。
388日ぶりに。
なんつって別に犬は吠えてませんが、もうすぐハタチにはなるそうです。
嗚呼。
265 名前:この夜に 投稿日:2005/03/22(火) 15:10
駐車場から地上に出たあたしの頬に、真冬の空気が優しく触れた。
ガードレールに腰掛ける。
弱々しいけれど真っ直ぐに届く太陽の光は少しずつ、あたしの背中に染み込んでいく。
都心から少し離れた海に近いスタジオの周りは、たまに通るクルマが行ってしまえば人気もなく、静かだ。

何もしないで1人でこんなトコにいるなんてのも久しぶりで、傍らに相棒のいないカンジも久しぶりで、何となく新鮮。
仕事モードに入ってしまえば別だけどそれ以外の時間に相棒と離れて屋外でただぼんやりしてるだけで何となく寂しい。
すぐにあの姿を思い浮かべて、ああそばにいたい・・なんて思ってしまう。
って、あたしの恋人だな、アイツは。

いやいやいや、19歳の女のコがバイクが恋人とかって断言しちゃダメかな。
やっぱ相棒だよ相棒。
なんて考えてたあたしの目の前を、緑色のタンクのドゥカティがびゅんと通り過ぎてった。
イイ音。
超クール。
でもあたしにはアイツがいる。
負けないぜ?
あたしも走りたいな。
今度のオフには取り寄せてたパーツ取りに行った帰りにどっか行こう。
266 名前:この夜に 投稿日:2005/03/22(火) 15:11
茶色の野良猫があたしの足元にすり寄ってきた。
こんなトコで何食べて生きてるんだろ、と思いながらポケットを探ったけれど何もない。
腰のバッグに入ってた、誰かにもらった飴を鼻に近づけてみたけれどフンフンとおつき合い程度に嗅いだ後は、またあたしの足にまとわりついている。
仕方ないから適当にからかっていると、だんだん近づいてくるエンジン音と、短いクラクション。
振り向くと、すぐそばの歩道の生垣すれすれに真っ赤なミニが滑り込んできた。

久しぶりに見る圭ちゃんの愛車は相変わらず目立つ。
まあ色が色なのだけれど、何と言うか、ミニのくせに迫力がある。
助手席の窓を開けたごっちんが、笑って手を振っている。
「久しぶりーよし子。元気?」
「元気だよ、圭ちゃんも久しぶりだね」

ごっちんの奥で笑ってる圭ちゃんにも手を振る。
照れくさそうに手を振り返す圭ちゃん、少し痩せた気がする。
「ごめん吉澤、そっち側ぎりぎりだからさ、こっちから乗ってくれる?」
あたしはうなずいてガードレールをまたいで車道に降りる。
1台、トラックを見送った。
風が吹く。
ぶうん、とエンジンを震わせてる圭ちゃんのクルマ全体から、マーヴィンゲイがシャウトする声が、こもって聴こえた。
267 名前:この夜に 投稿日:2005/03/22(火) 15:11
ドアに手を掛ける。
「ちょっとだから、ダメ?」
「そんなコトしてると日が暮れちゃうわよ」
後部座席に乗り込むと、圭ちゃんのコトバにヘコみ顔のごっちんが、助手席の窓からあたしがさっきまでいた歩道に手を伸ばしていた。
「何が?」
ワケがわからずあたしは圭ちゃんに訊く。

「いや後藤がさ、そこに猫がいるから降りて触りたいとか言うのよ」
さっきの猫だろう。
「いーじゃんけーちゃん、ケチんぼ」
久しぶりに見るごっちんの歳下モードがおかしくて笑ったら、ごっちんが恨めしそうにあたしを見た。
あたしが何で笑ったのか、ごっちんにはわかってる。
あたしはさっき触ったよ?猫、と言ったらごっちんは、よっすぃーばっかり、イイな、と答えた。
何言ってんのよ後藤、早くアタマ引っ込めなさいよ、もう出るよ、と圭ちゃんが言う。

道草してたらあっという間に時間は過ぎてしまう。
あたし達の時間は少ない。
どこに行くのかはわからないけど、時間ぎりぎりでバタバタするのなんて、今日くらいは無縁でいたい。
あたしとごっちんが好き勝手やっててもきっと、圭ちゃんがコントロールするのは前と変わらないんだろう。
そして今のあたしとごっちんが好き勝手出来るのなんて、こんな時くらい。
はは、そんなコト思うようになるなんてね。

「行きまっせ、よいしょ」
圭ちゃんがギアを入れた。
あいよ、とかおばちゃんだね、とか言うあたし達の声を無視して圭ちゃんの赤いミニは、海岸通りを走り出した。
268 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/31(木) 17:40
更新気付かなかった・・・
うれしいです。期待しちゃっていいんでしょうか?
269 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/21(日) 02:26
こっちも緑の方も期待して待ってますよ
270 名前:SSK8 投稿日:2005/08/23(火) 00:59
自己保全…ガンバリマス
271 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/25(木) 19:54
待ってました!
ここで小沢健二さんに興味持って犬キャラ買ったんですよ
期待してます、頑張って下さい、応援してます
272 名前:SSK8 投稿日:2005/12/05(月) 22:13
>268
今更ですがご期待にそえずにすんませんすんません。
>269
み、みどり…。
>271
犬キャラというタイトルにした甲斐があったというものです。
タイトルかんけーないですね。

というワケで何とかこの短編、1年に1回更新のペースのまま2006年に突入、だけは避けられました。
とほほのほ。
まだ終わりません。
273 名前:この夜に 投稿日:2005/12/05(月) 22:13
渋滞もなく都内を走る車内は快適だった。
圭ちゃんのCDコレクションはどう考えたってごっちんの好みとは違って、相変わらずオトナ気味な曲が多い。
にも関わらずごっちんは、その曲を知ってようが知ってなかろうがお構いなしに鼻歌で合わせている(合うハズないけど)。
調子っぱずれなごっちんの鼻歌と、それにつっこむ圭ちゃんと、1人でゆったり座って適当なことを考えてる後部座席のあたし。
普段通らない道の景色は単純に楽しいし、音楽は知らない曲でも楽しいし、2人の会話を聴いてるのも楽しいし、要するにまあ、快適で楽しいってハナシ。

「ねー圭ちゃん、そう言えばどこ行くんだっけ?今日」
「言わなかった?」
「聞いたけど忘れた」
「さすが後藤だね」
「ふははは」

あたしは少し身を乗り出して2人の間に首を出す。
「そーだよ圭ちゃん、どっかに行くってごっちんが言っててさあ、どこって訊いたんだけど全然わかんなかった」
「それでよく来たわね吉澤も」
圭ちゃんが少し呆れたように言う。
「あったりまえじゃーん、圭ちゃん」
圭ちゃんとごっちんに誘われてあたしが、時間があるのに行かない理由なんて特にない。
274 名前:この夜に 投稿日:2005/12/05(月) 22:14
そう?なんて圭ちゃんはちょっと嬉しそうで、あったりまえじゃーん、とあたしのマネをしたごっちんは圭ちゃんに、後藤はうるさいよ、なんて言われている。
「まー、どこって地名を言ってもしょうがないんだけどさ」
圭ちゃんは右折のタイミングを計りながら言った。
「そうだなー、何となく、いいトコだよ」

ははは、やっぱぜんっぜんわかんねえ、とごっちんに言った時みたく思ったけどあたしは、何も言わずにいた。
"何となくいいトコ"ってヤツに圭ちゃんが、あたし達を誘ってくれたのが嬉しかったから。
そしてどこに行くにしろあたしはたぶんこんなふうに、快適で楽しいって思ってるだろうからいーのだどこだって、何だって。

よし子ー、と振り向いたごっちんに差し出されたクッキーを口で受け取る。
ごっちんの頬は夕陽に照らされていて、この季節の短い夕方の真ん中に今3人でいるあたし達が少しだけ、不思議な気がした。
おいしいね、と言うあたしにごっちんは、最近ハマってんだコレ、と笑う。
あたしにもちょーだい、と言いながら圭ちゃんが踏み込んだアクセルで真っ赤なミニは、ぶうん、と唸って坂を上り始めた。
275 名前:この夜に 投稿日:2005/12/05(月) 22:14

……
………

「…ってさー」
「……がってこと?」
はっきりしない会話がすぐそこで、ぼんやりと聴こえる。
目を開けても変わらない、真っ暗な世界。

一瞬自分が、どこにいるのかわからなかった。
暗闇と目の前のわずかな光、声を抑えた会話、暖かいカラダ、エンジン音とロードノイズ、かすかな振動、ゆるいジャズ。
あ、ごっちん、そうか圭ちゃんの、と思ってやっと自分が、寝てしまっていたことに気づく。

外はすっかり日が暮れて、というよりも本当に真っ暗。
座った大勢のまま横に倒れてあたしは寝ていたらしい。
カラダの節々が微妙に重い。
いてて、と思いながらアタマを少し動かして窓の外を見上げたけれど、ビルの灯りもネオンも、街灯も目には入らない。
時折、樹の枝の先が揺れて、通り過ぎてゆくだけ。
どこを走ってるのか、まったく見当がつかない。

けれどそんなことはどうでも良いくらいあたしはぼわぼわした気分でキモチ良くって、カラダを完全に起こして窓の外を覗く気にも2人に話し掛ける気にもならなかった。
もぞもぞと背中を動かして完全に、仰向けになる。
程よい暖房と2人の静かな話し声、余計な光が目に入らない後ろのシートで1人で窓越しの夜空を見上げながら、しばらくじっとしていることにする。
寝起きで少しぼんやりしているアタマと、何故か心地良いこの暗く狭い空間にもっとずっと、いたいような気がした。
276 名前:この夜に 投稿日:2005/12/05(月) 22:15
不意に、くすくすと前の2人は何かを言い合って笑い、圭ちゃんが小さく、しーっと言った。
車内メーターのわずかなオレンジの光にかろうじて照らされるごっちんの横顔が、シートの隙間から見えた。
ごっちんと圭ちゃんはあたしが起きないように小さな声でしゃべっていて、タイミング的に2人に何と声を掛けようもなくちょっとだけ迷う。
かと言っていつまでも起きてないフリをしていても仕方ない。

あたしは横になったまま、うーとかあーとか声にならないような声をあげた。
とか言って本当は何だか眠りの世界にい過ぎて声が、フツーみたく出なかっただけな気もする。
アタマをほんの少しだけ浮かすと、くらくらした。
お、よし子起きた、と言ってごっちんが振り向く。

「と思ったらやっぱ寝てた」
「よく寝たねえ吉澤」
あたしは一体どれくらい眠ってたんだろうか。
「うん。すごくキモチかったんだ」
そう言ってあたしはシートに手をついて、本格的にカラダを起こした。

「ホントにキモチよさそーに寝てたもんねえ」
「このまま永遠の眠りについてもいーくらいだったよ」
「そしたらそのままどっか置いて帰るわよ、吉澤」
ひどいなあ、死んじゃうよーこの寒さじゃ、と答えるあたしに、まあコレでも飲みなさいよ、と圭ちゃんが前を気にしながらペットボトルのお茶を手渡してくれる。

ありがとう、と受け取って一口お茶を飲んで、あたしどれくらい寝てた?と訊いた。
暖房が効いていたからだろう、乾燥したカラダに暖かいお茶がどんどん染み込んでいくような気がする。
「うーん、1時間ってことはないけど、まあ何十分とかじゃない?」
「気づいたらよし子もう寝息たててたよ」
ごっちんが笑って言った。
277 名前:この夜に 投稿日:2005/12/05(月) 22:15
都心を離れどこかの坂を上る途中に、沈んだ直後の太陽の色を残す空を見たのは覚えている。
空が澄んでるからすんげえキレイだなあ、と思って黙って眺めていたらごっちんが、一番星見つけた、と言って小さく指をさし、すっかり日も短くなったもんね、と圭ちゃんが言ったのだった。
そこからの記憶がない。
「そっか。途中から全然覚えてないや」

窓の外をあらためて見てみる。
明らかにあたしの知らない道。
てゆーかここ都内かなあ?
人家も街灯も極端に少なく、ゆるやかなカーブが続いて上ったり下ったり。
言っちゃ何だけどコレってけっこーイナ、イナ、イナカ道?

「ねえ圭ちゃん、ココどこ?」
「やー、ここがどこかって言われたらちょっと答えんの難しいんだけどね、あともうちょっと走れば目的地に着くよ」
圭ちゃんの指はハンドルの上で、リズムを取っている。
確かに、さっきから全然国道ナンチャラとかあっち行ったらどっちとかって表示がないんだよね、ずっと見てるんだけど。

「高速乗ったの気づいてないでしょ?よし子」
「あ、えー、そうなの?全然知らなかった」
ってどんな遠くに来てるんだろう。
圭ちゃんもどこ行くかやっぱり教えてくれてないし。
278 名前:この夜に 投稿日:2005/12/05(月) 22:17
「ココであたし、圭ちゃんにぽいって置いてかれたら帰れないよ絶対。ホントに凍死だね。人んちもあんまりないしコンビニないし、誰も歩いてないしさ」
ごっちんが言う。
「自販機すらないよね」
本当にさっきから何もないのだ。
あるのは闇と樹と道路と風の音だけ。
びゅおおと圭ちゃんの真っ赤なミニは風を切り、どこへ向かってるのだろうか。

「携帯があるじゃない、一応」
「おー圭ちゃんあったまいー」
「って圏外だけどね、見事に」
ごっちんが携帯を開き、車内がぼんやり薄青く照らされた。

「マジ?やばいね」
「あ、今電波来た」
「圭ちゃん置いてくなら今だよ!さっきんトコはだめだよ!」
「アンタ後藤を置いていきたいのかいきたくないのかわかんないわよ、それじゃ」
279 名前:この夜に 投稿日:2005/12/05(月) 22:17
さっきまでごく小さい音で流れていたジャズはいつの間にかまた、ソウルになっていた。
アレサフランクリンの声に合わせて圭ちゃんが口ずさむ。
あなたのおかげであたしはナチュラルウーマンになれたの、って歌。

3人でラジオをやってる頃に圭ちゃんが好きだと言って選んでかけたマーヴィンゲイを、まだコドモだったあたし達はナンダナンダ?としか思えなかった。
けど今のあたしはふつーに新旧問わず洋楽も聴くしマーヴィンも好きだしアレサも聴く。
あたしはナニゲに圭ちゃんと音楽の好みが似てきたのかなあ、と思わないでもないけど、圭ちゃんにそれを言ったことはない。
何だかんだ言っても吉澤ひとみも来年にはハタチになるっちゅーハナシですよ。

「てゆーか、あ」
「なに?」
「圭ちゃんさあ、もうすぐ誕生日じゃない?」
「よく覚えてたわね。そう、あと何日か」
「うそっ、そうだっけ」
ごっちんががばっと運転席のほうを向く。
280 名前:この夜に 投稿日:2005/12/05(月) 22:17
「そうよーついに24歳」
圭ちゃんは嬉しそうでも嬉しくなさそうでもない口調で言った。
「ごとーとしたことがすっかり忘れてた」
「まだ過ぎてないからいーじゃんごっちん」

とか言ってあたしも今、思い出したんだけど。
「ってか後藤は忙しいんだからそんなの覚えてるヒマがあったらプライベートの時間をゆっくり過ごしたほうがイイわよ」
「それとコレとは別だよー」
思い出せてなかったコトが心底悔しそうなごっちん。

ほぼ毎日のように顔を合わせるモーニングのメンバー同士ならともかく、卒業してったメンバーというのはどうしても、実際に逢うコトも減りメールや電話もタイミング次第でだんだん少なくなっていくものだ。
誕生日当日のおめでとうメールだけになってしまうことも多々あり、それはそれでそういうもので、仕方ないと言えば仕方ないもの、とあたし達は何となくわかっている。
プレゼントを買ったっていつ渡せるかわからないし、プレゼントは誕生日にこだわらなくたっていつでもあげたい時にあげたいものをあげれば良いのだ、とコドモのあたしにはわからなかったコトが、今のあたしにはわかる。

「おめでとー、圭ちゃん」
「おめでとう」
「ありがとう。はは、早いよーハタチ過ぎたらさ」
あたしは今、あたし達がモーニングに入った時の圭ちゃんの年齢になっている。
そう言うと圭ちゃんは、そりゃあたしも歳とるハズだよね、と笑った。
281 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 05:24
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
282 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/03(水) 21:49
待ってます
元緑の続きも待ってます
283 名前:SSK8 投稿日:2006/08/04(金) 13:41
>281
その節は拙作をノミネートしていただいてありがとうございました。
ええと、挙げてくださった方。

>282
元禄かと思ったらもとみどりですね。
始めはあった寂しさにも慣れました、緑でも風でもないってことに。

ひっそり、ひっそり(まだ終わりません)。
284 名前:この夜に 投稿日:2006/08/04(金) 13:41
「着いたよ」
圭ちゃんの声を聞くまでもなく、スピードを極度に落としたミニの中であたしとごっちんは、辺りを見回していた。
どこなんだ、ココは。
何もないワケじゃないけれど、何かがあるようにも見えない。
あたし達を乗せたミニは、駐車場の砂利の上をごろごろと慎重に走り、そして静かに停まった。

「結構クルマ停まってるみたいだけどさ、暗すぎて見えないよ」
エンジンを止めてしいん、としている車内に、ごっちんの声がぽとりと落ちるように響いた。
かすかなシルエットのごっちんの横顔が浮かび上がっている。

広大で深すぎる闇に包まれているという実感があるけれど、外は正確には真っ暗ではない。
まあ今のニッポン、外にいて本当の闇の中なんてほうが難しいのかもしれないけれど。
少し離れたトコロに焚き火みたいのだとか、出店みたいのとか、よくわかんないけどそういうのが見える。
そしてずっと遠くに、不自然なほど明るい灯りと建物。

でもその灯りまでの空間がぽっかり、闇。
ずっと。
何もない。
ように見える。
「お祭りとか?あっちに見えるの屋台っぽいし」
そうとしか思えなかったから、あたしはそう言った。
こんな真冬にやるお祭りなんて聞いたことないけどさ。
285 名前:この夜に 投稿日:2006/08/04(金) 13:41
あたしのギモンには答えないまま圭ちゃんが、ごっちんに向かって口を開いた。
「吉澤はともかく後藤はやっぱり、ちょっと薄着っぽいのよね。後ろにあたしのストール積んであるからそれ使って」
そう?全然寒くないんだけどなんてごっちんは言いながらドアを開けて、外に足を踏み出した瞬間叫んだ。
「さみーー!超さむいんだけど!」

「はは!何それごっちん」
あたしも続いて降りる。
確かに寒い。
バイク仕様のカッコにすぐ戻れるあたしはまあ、何とかなるレベル。
でも寒いね、コレ。
大きく息を吸い込んだら、肺の奥が急に、冷たい空気で満たされた。

圭ちゃんは寒そうな素振りも見せずにすたすた歩き、ミニの後ろを開けている。
「ちょっともう何縮こまってんのよ、コレ、ほら」
「ああああありがと、けーちゃん」
完全に北極に降り立ったバージョンみたいになってるごっちんは、圭ちゃんから受け取ったストールをアタマからすっぽり被ってよぼよぼしている。
「嘘ちょっと、そこまでは寒くないじゃない。ねえ?吉澤」
「そうだね、ま、でもさー、このまましばらく立ってたらホントに凍りそうではあるよね、ココ」
286 名前:この夜に 投稿日:2006/08/04(金) 13:42
あたしにはもう、その寒さと空気の正体が大体わかっていた。
この闇は、あたし達の前にぽっかりと広がる闇の正体は、緑だ。
緑っていうか、林。
っていうか森?山?
暗くてやっぱりよくわかんないけど。

でもわかったんだ。
バイクで走ってるとよくわかる、アレ。
大きな公園とか緑道の横を通る瞬間に感じる、ひんやりとした空気。
それの何十倍みたいな、澄んでるけど濃い、染み込むような冷気と静けさが、この闇全体だけでなく360度あたし達を包み、漂っている。
どんな山の中なんだってハナシなんだけど、アレだけ走ればそりゃそんなトコにも着くだろう。

さっきクルマで通り過ぎた焚き火のほうをせつなげに見つめるごっちんを圭ちゃんが促して、3人で並んで歩き始める。
駐車場の先は広い盆地みたいになっていて、底のほうはまだ見えない。
「何があんだろーココ降りたら。てか降りれるの?圭ちゃん」
「ふふん、もうすぐ見えるよ」

砂利によろめくごっちんがあたしの肩につかまった。
あたしは自分の足元を見て少し、ゆっくりと歩く。
圭ちゃんがジャケットのポケットに両手を突っ込んで、あたしの腕にくっついてきた。
「うー、だんだん寒くなってきたかも」
「でっしょー圭ちゃん」
ごっちんが嬉しそうに言う。

「また吉澤の革ジャンが冷たいのよね、外から触ると」
「中はあったかいんだけどねえ」
外気を遮断する革ジャンは本当に、冬のバイクでは重宝する。
中にちゃんと防寒インナーみたいのとかを着込んで重ね着すれば、ホントにあったかい。
へへ、防寒インナーなんつって、最近はかわいーババシャツがあるんだもんね。
287 名前:この夜に 投稿日:2006/08/04(金) 13:42
「ごっちんもババシャツ着なよ」
「やだよーババくさいもん」
「あたしはもちろん着てるわよ」
「やだー圭ちゃん、マジで?」
「寒くて縮こまってるアンタのほうがババくさいわよ、とりあえず今のこの3人では」
「えーそんなことないもん」
「いやごっちん、今さ、マジでかわいーババシャツとか出てんだって、ほら、見てコレ」

あたしはごっちんの為に重ね着を掻き分け、今冬のヨシザワ一推し商品でございます、なんて言いながら一番下の鮮やかなブルーののババシャツを見せた。
「あ、ホントだ。ちょっとかわいー」
「でしょ?」
「何それ、どこで買ったの?」
圭ちゃんも食いついてきた。

バイク乗り女子の間では話題になりつつあるそのブランドを2人に教えながら(「ま、でもあたしは買わないかもなあ、ババシャツだもん。やっぱ圭ちゃん買いなよ」)、歩き続ける。
ね、そういえばさあ、なんて駐車場を横切りながらも何の脈絡もない世間話の続きをするあたし達。
圧倒的なパワーでこっちに迫り来るような冷気と闇のカタマリに向かって歩きながらあたしは、静かに「何か」に、期待していた。
288 名前:SSK8 投稿日:2006/08/04(金) 13:51

…なんか、言い訳はまったくないんですけど、
「始め」とか「初め」とか超いいかげんでどっちが合ってんだか合ってないんだか
分からなくなってる自分がコワイです。
そういうのって、退化してくものなんだろうか。
って、ぐだぐだ言ったってしょうがないのに、不安な気持ちのまま、続きを書いてます。
「流星都市」〜「この夜に」は2004年の設定です。
現実が追い越してることにびっくりです。
が、がんばります。
289 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/11(水) 23:27
今更ながら更新に気付きましたw
もうこの3人の雰囲気大好きですww
気長にまったりな更新で頑張って下さい
290 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/03(水) 21:05
昨日の錚々たる顔ぶれのチャット、
失礼ながらROMらせて頂いてました。申し訳。
あの顔ぶれには心震えました。

関係のないコメント申し訳ありません。
楽しみに待ってます。
291 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/24(日) 04:39
まだまだ根気よく待ち続けます
292 名前:この夜に 投稿日:2007/09/13(木) 03:32
「あー!ねえ見えた、アレでしょ圭ちゃん!」
ごっちんが声をあげるのと同時に、あたしの視界にもそれはしっかりと入ってくる。

盆地(のようなところ)の崖っぷち(のようなところ)に近づくにつれ、少しずつ、少しずつ。
その中にあるそれは、姿を現しはじめる。

「すっげえ・・何あれ」
あたしも思わず、つぶやく。
そいつの姿が全部見える位置まで来て、コトバもなく、しんとした空気の中で3人で立ち止まる。
でっかくて、きらきらしてて、そして静かに、あたし達を待っていたのは。
293 名前:この夜に 投稿日:2007/09/13(木) 03:33
今までの人生であたし達が見たこともないような、大きな大きなクリスマスツリーだった。
「ね?ちょっといいでしょ?」
そう言う圭ちゃんにまともに答えることも出来ずにあたしとごっちんは、きれー、すごいね、でっけぇ・・と口々につぶやく。

派手なイルミネーションだからきれーなワケじゃない。
クリスマス気分を盛り上げる飾りつけがたくさんぶら下がってるからすごいんじゃーない。
めっちゃくちゃ、質素な飾りつけ。
なのに圧倒的な、存在感。
シンプルにライトアップされたそのクリスマスツリーは、ただそれだけなのに、ものすごいパワーをたたえてそこに、たたずんでいた。

本物のモミの木なんだよアレ、という圭ちゃんのコトバにも、すげーすげーしか言えないあたし達。
感じたコトをコトバにすることによって感受性は養われる、なんて言っていたのって、誰だったっけ?
でもゴメン今、すげーしか言えないよあたし。
294 名前:この夜に 投稿日:2007/09/13(木) 03:33
歩き始めた圭ちゃんの後についていく。
どうやら下におりていく道があるらしい。
ストールに包まれたまま斜面の階段をおりるごっちんに手を貸しながら、あたしは改めて、周りを見渡し、色々なことに気づく。

この闇はただの闇じゃなくって、深緑が幾重にも重なったものであること。
巨大なクリスマスツリーを映す水面がそこに、大きく広がっていること。
月が雲ひとつない夜空を照らす光は、実は太陽みたいに明るいってこと。
そのすべてが発している深い静けさを、あたしがとても心地良いと思っていること。

あたし達の足音しか聞こえない空間であたしはひとり、この空間について思いを巡らして、悦に入っていた。
風が吹いて、湿った空気をまとった樹々がざわめいた。

こういう幸せな空間って、あるんだね。
何だろう、あたし達って仕事柄、陽の部分での幸福感、あふれる思い、みんなとつながる喜びというのはいつでも経験している。
そしてそれだってあたしは同じように幸せな空間だと思って、これまで楽しんできた。
辛いこと、悲しいことがあるのも当たり前、でもそれ以上に、楽しいことだってある。
あたし達がいるのはそういう世界。
295 名前:この夜に 投稿日:2007/09/13(木) 03:34
でもそれと違くてさ。
同じようなものなんだけど、そうじゃなくて。

光じゃなくて闇。
動じゃなくて静。
熱気じゃなくて冷気。
ともすると怖さも感じるようなそれのど真ん中にあたし達は今、歩いて向かっていて、そこにはでっかいクリスマスツリーなんてのがあるわけだけれど、でもさあ、すっげえ地味じゃん。
この場所自体は。

だけど今のあたしは不思議な高揚感というか、大きくて深い幸福感っていうカンジ?
ここにいる幸せ、あたしの思い、みたいのをしみじみじみと感じている、ってすごく、思ったんだ。
そしてそれをコトバにすることが出来ないってコトを、歯がゆく感じると同時に、それでもイイかとも、思う。

今、すぐそこであたしと同じように黙って歩いている2人にそれを、伝えることが出来ないと思ったから、黙っていた。
コトバにするとウソみたいになるんじゃないかなんてつまらないことを考えながらあたしは、少しぬかるんだ場所をよけて歩いた。
296 名前:この夜に 投稿日:2007/09/13(木) 03:34
不意に振り返ってごっちんが言う。
「ね、何かさ、いいよね」
「んん?」
あたしは曖昧な返事をして、圭ちゃんは何も言わずに横顔でこっちを見た。

「何かこういうの、ビミョーに幸せなカンジっていうかさ」
ごっちんはそこでコトバを切り、圭ちゃんはふっと笑った。
「ああ、うん。わかる」
あたしは内心そうそうそのとおりだよあたしも思ってたよ!なんて思ったくせに何故か省エネな返事をして、またあたし達は黙って、自分たちの足音だけを聞いていた。

ごっちんも同じようなことを考えていたのだ。
そしてたぶん、圭ちゃんも。

普段のごっちんなら、わざわざこんなこと言わないんじゃないのかなんて思ったけれど、よく考えたらあたし達は前みたいにいつも一緒にいるわけではない。
今のごっちんはそういうの、コトバにするようになったのかもしれない。
そしてそれって案外、悪くない。
あたし達もちょっと、オトナになったのかもしんないよね。
297 名前:この夜に 投稿日:2007/09/13(木) 03:34
さっきのハナシじゃないけれど、思ったこと、感じたこと、言わないでもわかること、そういうのをコトバにする必要なんてないんじゃないの、とあたしはずっと思っていた。
でもさ、違ったんだ。
そういうの、たくさんコトバにしたほうがいいんだって最近思うようになった。

好きだとかキレイだとか嬉しいだとか楽しいだとかこうしたいとかああしたいとか絶対優勝するとか、コトバにして発したらそれは急激にリアルな色を持ち始めて、バッと空気中に散らばるんだ。
ちょっとそうでもないことも、まだ自信がないことだって、コトバにしたら、ホンモノになる。
そのうちね。

っていうのあたし最近、わかってきたんだ。
だからごっちんが、前だったら言わないんじゃないのっていうようなことをわざわざコトバにしてそれをあたしと圭ちゃんに言ったっていうのが少し、嬉しい。

でもそのことをごっちんに伝える気がない自分が少しおかしくってあたしは、ははっと笑った。
そしたらごっちんも同じように、笑った。
圭ちゃんもまた振り向いて、あたし達のことを見て、笑った。
298 名前:この夜に 投稿日:2007/09/13(木) 03:35
気づくとツリーは、もう目の前まで迫ってきていた。
首を目いっぱい空に向けてやっと、頂点が視界に入ってくる。

「わあ!でけーよ!」
あたしは立ち止まって、無駄に大声で叫んだ。
だって何か、すごいパワーなんだよ、ツリーが。
さっきみたいに黙ってこの空間にいるのも心地良かったけれど、何だかツリーと一緒に、パワー出したくて。

「でけーよ!」
ごっちんも叫ぶ。
「でけーよ!」
しょうがないなんてカオで圭ちゃんが叫ぶ。

「うるせーよ!」
「おめーだよ!」
「バカじゃないのアンタたち!」

どれだけ大声で叫ぼうが、あたし達の声は闇に吸い込まれてしまったし、ツリーのパワーにはかなわない。
ちっくしょー、と思いながらも、あたしは満足していた。

圭ちゃんに「ちょっと良いトコ」に連れてきてもらって、こんなの見せてもらってさ。
そんで、今まで知らなかったようなちょっとした幸せを感じてさ。
このツリーにやんなるくらいのパワー見せつけられてさ。
そんでバカみたいなこと叫んでさ。

あたしのカラダとココロに響くのは、相棒の鼓動だけじゃない。
無の境地、静寂のど真ん中みたいなトコ(適当に言ってるけど)に突っ立ってるあたしの足元から、地面を伝って震える、ノックする音がたしかにある。
そう、感じた。
299 名前:この夜に 投稿日:2007/09/13(木) 03:35
「圭ちゃん」
圭ちゃんは腰に手を当てて、仁王立ちでツリーを見上げていた。
「ん?」
そのままの姿勢で圭ちゃんが返事をする。

「ありがとう」
「はは、うん」

ひとり、ぐるりとツリーのまわりをゆっくり歩いて周っていたごっちんがちょうどツリーの影に隠れて、反対側からまた姿を現すのを、あたし達は見ていた。
ぐっとカラダを伸ばしててっぺんを見上げたり、届かないけどツリーに向かって手を伸ばしたり。
寒さに慣れたのか、ストールはもうフツーに、ごっちんの肩を包んでいる。
視線に気づいたごっちんがあたし達を見て、ニッと笑った。
300 名前:この夜に 投稿日:2007/09/13(木) 03:36
「ねーおなか空いたよー!」
フツーにしゃべる大きさの声じゃ届かないようなキョリだったから、ごっちんがさっきみたいな大声であたし達に向かって叫ぶ。
「そうだね」
「たしかに」

あたしと圭ちゃんはそれぞれ、ごくフツーの声でつぶやいたから、ごっちんには聞こえてないかもしれない。
そしてあたしは、前にもこんなキョリで、こんなふうに叫ぶごっちんの姿を見たことがある、と思った。
それはいつの、どんな場面だったかは思い出せないけれど、おなか空いたなんてのんきなコトバじゃなかったということだけは、思い出せた。

あたしはそれをきちんと思い出す気も別になかったから、圭ちゃんに、あそこで何か食べよ?と言った。
3人で下りてきたとこの反対側の崖の上には、屋台みたいのがある。
自分が闇の一部になったみたいな気分で心地良くそこにいたあたしも、その光と温かさがそろそろ、恋しくなってきていた。

うん、と頷いて圭ちゃんは、こっちに戻ってきつつあるごっちんに、声をかける。
屋台で食べることを知ったごっちんは、わーいと無邪気に喜んだ。
301 名前:この夜に 投稿日:2007/09/13(木) 03:36
また3人で、歩き出す。
今度はツリーに、背を向けて。
あたし達はまた好き好きに、くだらない話を始めていた。

ツリーからだいぶ離れ、斜面を横切るゆるやかなスロープをのぼり始める頃、あたしは黙って、立ち止まった。
ごっちんは圭ちゃんに、ユニットでの安倍さんのボケ発言を披露して、圭ちゃんは何それと大笑いしている。
あたしは2人の背中を見て、それからツリーを見た。

しんとした空気に包まれたまま、ツリーはやっぱり、そこにある。
変わらない。
静かに、どっしりと、質素な飾りを身に纏ったモミの木は今、あたし達の後からやってきた家族連れを喜ばせている。

遠く、湖面に映っているツリーの光が、わずかに揺れた。
風はすぐにやみ、ざわりと一瞬騒いだ森もすぐにまた、元通りの闇に溶け込んでしまう。

あたしの背後からは、にぎやかな音楽と煙の匂いが、かすかに漂ってきている。
2人はもう、どの辺までのぼって行っているだろうか。

ぼんやりとツリーを見つめる。
ひかりの道、かすかなしるし。
目には見えない何かが、ちかちかと現れたような気がした瞬間、遠くから名前を呼ばれた。

いいかげんに返事をしてあたしは、しっかりと大地を踏みしめて立ち、もう一度ツリーを見つめた。
はあっと吐いた息は相変わらず白い。
302 名前:この夜に 投稿日:2007/09/13(木) 03:37
何をがんばるとか何をどうするとかなんて、具体的なことは何ひとつ浮かばなかったけれどあたしは、このモミの木に誓って生きていこうと、ふと思う。
いや別にそんな、たいそうなコトなんかじゃないのだけれど。

こんな存在が、こんな山奥で、あたしが見に来ようが来まいがこんなふうに、ここにずっといること。
質素なイルミネーションは、今だけのこと。

でもそうじゃなくったってこいつ、ここにずっといるんだよね。
たぶんこれからも、ずっと。

すごくない?それって。
ちっぽけなあたしのささやかな日常なんてぶっ飛んじゃうくらいの、壮大な宇宙の中でこいつは生きてるんだと思った。
そして本当はあたしもそうやって生きてるんだってことも、わかった。
303 名前:この夜に 投稿日:2007/09/13(木) 03:37
さっきより遠い声に、名前を呼ばれたような気がした。
あたしはココロの中でひとり、モミの木に別れを告げた。

振り向いてあたしは、スロープを駆け出す。
あたしがあげた声に、屋台の灯りを背に立ち止まっている2人が笑って応えた。

香ばしいソースの匂い、びかびかと光を放つ裸電球、爆音でかかり続けるヒット曲。

熱のカタマリのようなその空間に早くたどり着きたくて、あたしは腕を伸ばす。
開いた5本の指がごっちんと圭ちゃんの姿に重なり、2人も何故か、あたしに向かって手を差し出した。

暗闇から何かに背を押されるようにしてあたしは踏ん張って一歩ずつ、湿った土を蹴り続ける。
2人の声が耳に届く。
304 名前:この夜に 投稿日:2007/09/13(木) 03:37
ぐっと伸ばした指先がごっちんに届く寸前に、あたしは熱を感じた。
2人にはまだ触れていないのに、柔らかく温かい熱と光がたしかに、あたしの指先に触れていた。

そう思った瞬間にはあたしはもう2人の胸に飛び込んでいたけれど、でもそうする理由なんてホントはなかったからおかしくて、3人でまた笑った。

一瞬振り向くとツリーが、遠くでちかちか、瞬いている。
その奥に見える空と森は相変わらず、静かに、闇に溶けている。

途切れた息を整える為に大きく深呼吸をしたあたしの指先に、冷たい、2人の指が触れた。
あたし達はまた、歩き始めた。
305 名前:この夜に 投稿日:2007/09/13(木) 03:38
この熱と光に溶け込みはじめたあたし達がまだ少し引き連れている冷気が、このままあたし達の足跡を追い、東京に戻っても、見えない糸のようにかすかにつながっていたらいい。
あたしはそう、思った。

そしてあたしは相棒にまたがり、びゅんと加速して、すべての光と闇を切り裂くように、あたらしい道を突っ走るんだ。
ここからつながるかすかなしるしを、細く細く、長く、無限のキョリまで残して。

それからいつかあたしの背中には翼が生えて、そのままきっと飛び立つことだって出来るんだろう。
306 名前:この夜に 投稿日:2007/09/13(木) 03:38

銀色の流星になって。

何万光年の、彼方まで。


307 名前:この夜に 投稿日:2007/09/13(木) 03:40
308 名前:この夜に 投稿日:2007/09/13(木) 03:44
309 名前:この夜に 投稿日:2007/09/13(木) 03:47
…end
310 名前:sskb 投稿日:2007/09/13(木) 03:48
2003年から年1回更新(ありえない。ていうか別にそんなつもりじゃなかった!)で続けてきたこの短編も、ようやく完結しました。

289さん、290さん、291さん、レス、本当に感謝しています。
勇気をいただきました。
そしてこの場以外でもこのスレの名前を挙げてくだすった、皆さんにも。
本当にありがとうございます。

ひとまず、今は夢板にある長編スレに、専念します。
311 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/15(土) 01:46
うお!待っててよかった!
ありがとうございます。そしてお疲れ様です。
312 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/16(日) 20:52
ほんと、待ってて良かった!
じーん、まったり、きらきら。
313 名前:sskb 投稿日:2007/10/02(火) 01:25
返レスアンドおしらせのみですがお許しを。
>311
嬉しい言葉をありがとうございます。
>322
キーワードをよくわかってらっしゃる…ありがとうございます。

今までも色んなところでリンクを貼っていただいてましたが、
自スレではこっそり…だったのでこの機会に。
ttp://www.geocities.jp/rocksteadysskb/index.html
314 名前:?sskb 投稿日:2008/01/11(金) 15:37
自己保全

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