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デス・ゲームU 〜それぞれの理由〜

1 名前:flow 投稿日:2002年01月20日(日)19時27分33秒

 緑版で書かせていただいていた者ですが、こちらに新スレ立てさせてください!
 ちょっとでも気にとめていただけたら幸いなのですが…

 前スレ  「デス・ゲーム 〜それぞれの理由〜」

             ↓

  『http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=green&thp=1009186112』          


 です。思い切り前作からの続きですので、良ければどうぞ。

 
2 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月20日(日)19時48分29秒



 調子の悪いスピーカーでも通しているかのような放送が響き渡ったのは、吉澤と梨華が
福田明日香のボロ雑巾のように変わり果てた死体の前で、再会を果たしたその時だった。
 
 〈 え、え ――― ゴホン、おおい聞こえるかあ ――― 〉


 どこかは咄嗟に見つけることは出来なかったけれど、ここがこの殺し合い計画の『会場』
というからには、おそらく山奥にも関わらず、そこら辺に幾多のスピーカーが仕掛けられ
ているのに違いない。金をかけていないのか、あまり状態が良いものを使っているわけで
はなさそうだったが。

 とにかく、再会を果たしたばかりで、互いに名前しか呼び合ってはいなかったけれど、
吉澤と梨華は一瞬だけその視線を絡ませた後、すぐに周囲に視線を張り巡らした。
 ( 別に音声を放っているスピーカーを見つけたからといって、何をするわけでもないが )


 〈 俺のことを覚えてるかあ?まあ、みんなボーっとしてたから、うろ覚えかもしれない
   けどなあ。和田でーす。ヒッヒッヒ… 〉


 
3 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月20日(日)20時06分51秒



 その、作ったような能天気な声に、吉澤は顔をしかめた。気に入らない、この男は。寺田
もどうだったけれど、どうしてこう「政府の関係者」などと偉そうに語る割にそんな低俗な
話方なのか?もちろん、語尾の取ってつけたような笑い声も、気に入らなかった。
 
 はっきり言ってしまえば、むかつく。その一言に尽きるだろう。
 もっとも、‘吉澤ひとみ’という自分が築き上げてきたほぼ完璧な優等生である彼女が、
人前でそんな言葉を口にすることは、今まででも1度だって無かったに等しいが。


 〈 最後の1人が出発してから、もう4時間が経ちましたあ。みんな、元気にやってる
   かあ?おっと、そうそう、みんな説明書きは目を通したはずだよなあ、もちろん 〉


 ふと、梨華の方へと視線を向けると、彼女は彼女で吉澤と同じように周囲の様子を伺って
いるようだった。ただ、いつもと少し違うのは ―――― 石川梨華という女の子らしい少女
の鏡とも言うべき存在であったはずの彼女の割に、どうもそのイメージとは似つかわしくな
いような、落ち着き払った空気をまとっていたということだ。


 ( …ふ〜ん、梨華ちゃんもやるもんだね )
 

 
4 名前:はろぷろ 投稿日:2002年01月20日(日)20時19分05秒
さっそく読みました!おもしろいです!
がんばってください!
5 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月20日(日)20時24分23秒


 
 梨華にどういったいきさつがあってそんな状態になっているのかは知らないし、特別知り
たいとも思わなかったけれど、吉澤は思った。( 多分、私にも関係することだろうけど )

 そして、吉澤のその意見は必ずしも的外れではない。一緒にいる時間が長いだけ、そして、
吉澤ひとみという「優等生」である彼女が周囲に気を配ればその分だけ、自然と自分に向け
られた好意、悪意など対して人一倍敏感になるのも、当然の結果だと言える。


 そして、この石川梨華という吉澤の左腕にひっつくのが彼女の居場所、だと主張するかの
ようなその少女が、自分に「友情以上」の好意を向けているのにも、当然気付いていたから。
 ( 廃校を出発する前までは、あんなに怖がってたのに、随分と開き直ったね、まったく )


自分の心に沸いたその梨華を皮肉る感情に気がついて、吉澤は苦笑した。もちろん、梨華に
は気付かれないように。何だか、おかしくてたまらなかった。
 ( 何、相手を批判するようなこと、偉そうに考えてるんだろ ) …私だって、意識してそう
接していたのではないのか?


 
6 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月20日(日)20時40分21秒


  ――― 回りの人間に好かれるように、自分に好意を持つように優等生の仮面を被って
接してきたのは、私自身じゃないか ―――

 
 言わば、石川梨華はそんな自分の策略にまんまと引っかかっただけの話。
 吉澤ひとみが作り上げた「優等生」である偽者に、心惹かれただけの話。
 

 むしろ、都合のいい状況だと解釈すべきではないか、それは。( そう、そうだ……。梨華
ちゃんは馬鹿みたいに素直だったから、私が演じた優等生に、騙されただけなんだ )
そう思って、吉澤は少し、心に何か黒く思いものがのしかかるような感覚を受けた。何だ、
私、何を考えてるんだ?………罪悪感でも感じてるって、この私が?


 不意に、笑い出しそうになった。
 ( 馬鹿馬鹿しー。そんな殊勝な人間じゃないでしょ、私は )
 

 自分が、そんな「優等生」としての仮面を被り続けていたように、石川梨華にも隠れた本心
があったって、何らおかしいことではない。例えそれが、とんでもない狂気を孕んだでいたの
だとしても ――― それが人間ってやつだろう?裏のない人なんて、いないはずだ。


 
7 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月20日(日)20時55分12秒



 〈 ここまでの時間の中で、死んだ人を発表しよう。えーまず、……安倍なつみ、平家みちよ
   はみんな知っての通りです。その後が、辻希美。新垣里沙。それから加護亜依と松浦亜弥。
   その後で福田明日香。そう、福田明日香はたった今、死んだばかりでーす 〉


 吉澤の内心の思惑とは無関係に、和田という寺田に変わった「政府関係者」(どうやら現場
の責任者らしい、どうでもいいけど)…は、淡々と生徒たちの名前を羅列した。吉澤は、まる
で朝の出席確認を受けているかのような錯覚も、感じずにはいられなかった。
 
 ――― はい、今日の遠足の欠席者は…………以上です!――― そんな感じ。どうも、現実
味がなかった。いや、これが夢なんかでないことはとっくに承知の上だが、それでも。


 〈 気付いたと思うけど、中学生組、がんばれよお。ほとんど瞬殺されてるぞおー 〉


 また「ヒッヒッヒ…」という耳障りな笑い声だけ残して、ブツッと唐突にその放送は切れた。
 ( 死んだのは5人……。たった4時間の間に5人か ) 冷静に考えてみて、やはり5人とい
うのは多く感じた。 


8 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月20日(日)21時08分45秒


 
 あと残っているのは11人だ。死んだのが“もう5人”というのであれば、生き残っている
のは“たったの11人”とでも言うべきなのかも知れない。そう、たったの11人だ。


 5人もの生徒が死んだ、という事実を聞かされた割に、吉澤は自分が嫌に冷静なことに気付
いていた。そもそも、滅多に動揺を見せるタイプではなかったけれど、人が ――― それも、
一緒に育った少女たちが死んだことを知ったというのに?
 おそらく。吉澤はこうも気付いていた、……慣れてしまったのだ、人の‘死’に。


 そして何処か、自分が「生きている」というリアリティを失いつつあることに。ああ、それ
は何だかまずい気がする。――― 私はまだ、生きているんだから!未だ、仮面を外してはいな
いけれど ――― 吉澤ひとみはまだ、この世に存在している。


 ・・・・・・



 「よっすぃ〜?」
 自分の名前を呼ぶ甘ったるい声で、吉澤は辺りに巡らせていた視線を、ようやく目の前に近
づく少女へと合わせた。たっぷり10メートルくらいは距離を置いていたはずだが、いつの間
にか梨華はもう目と鼻の先まで、自分へと接近して来ていた。
 

9 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月20日(日)21時21分32秒


 
 いや、吉澤とて無意識で石川梨華の接近を許したわけではない、確信があったから。梨華が、
自分を殺すはずはないという確信。

 ( 嫌なヤツだな私って、ホントに )先ほども胸をよぎった罪悪感めいた苦い思いが、再び
胸を掠めて吉澤は軽く息を吐いた。梨華の気持ちを知っている上で、その彼女が自分に攻撃を
仕掛けてこないことを知ってる上で ――― 利用することを考えているのだ。

 
 自分が、ある少女を探す目的の元に、石川梨華を利用することを。
 
 


 「梨華ちゃんが殺したの、福田さんを?」……本来ならば、もっと震えた声で、動揺してい
ることを強調した声で、そう言うべきだったのかもしれない。目の前に血塗れの死体が転がっ
ている、その時点で発狂していてもおかしくない状況なのだから。

 けれど、吉澤はあえてそれをしなかった。梨華とて、吉澤がそんなことで自分を見失うよう
な小心者であるとは思っていないはずだ。それは、彼女が吉澤に向ける僅かに赤みを帯びたそ
の表情の中に、笑みが含まれていることからも容易に察することが出来る。


 
10 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月20日(日)21時32分47秒


 
 「うん」梨華は、笑顔で吉澤の問いかけに答えた。その笑みに、無理をしている色はない。
おそらく心から笑っているのだろう、同級生を殺そうが、後輩たちの死を耳にしようが、彼女
にとって“吉澤ひとみ”に出会えたことの方が、よほど重要な出来事なのだろう。


 裏を返せば、それだけ石川梨華の吉澤に向ける想いが強いということに他ならないのだが。
 けれど、それを承知していても吉澤は大した感傷を抱くこともなかった。( 所詮、梨華ちゃ
んが見ているのは私じゃない。私が作り上げた、表の顔だもの )
―― 無論、そんなことを梨華本人に言えるはずもないが、だってそういう状況を作ったのは
結局自分だから。他人を責めるのはお門違いってヤツじゃないか?


 「あとね、あとね?」
 自分から視線を外して、何やら考えを巡らしているような表情を浮かべた吉澤の意識を引き
付けようとしたのか、梨華は先ほどよりも一段と声のトーンを上げて口を開く。もともと声の
高い彼女の声は、もはや同じ高校生であるとは思い難いものがある。


 「あたし、ののちゃんも殺したの。頑張ってるでしょお」
 「……は?」


 ――――


11 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月20日(日)21時44分07秒


 
 即座に、大袈裟に反応を起こした訳ではなかったが、今の梨華の今の一言は多少なりとも衝
撃を吉澤に与えた。あの、幼くて園随一の人懐っこい少女、辻希美。
 彼女が既に生きていないことはさっきの放送で知り得ていたことだったが、その命を奪った
のが他ならぬ石川梨華だとは?……福田明日香をも殺した?


 「梨華ちゃん」――― それでも、彼女に向けて放った言葉は意外なくらい冷静な吉澤の内面
を映し出していた。何かが狂っている、おそらく。梨華も、……私自身も。
 吉澤の呼びかけに反応して、梨華はぱっと顔を上げた。口を真一文字に結んで、吉澤の目を
見つめ返すその表情に、以前と変わった部分を見出そうとしたが無理だった。


 石川梨華は、いやはや変わらなかった。吉澤の知る限り、2人の少女を殺したというのに。


 けれど、吉澤は特に違和感も脅威も感じることはなかった。こんなもんなのだろう、追い込
まれた人間というのは。ああ、そう。客観的に見たら、私だってそうなんだ。
 

 
12 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月20日(日)21時54分16秒


 
 「梨華ちゃんは生きたいんだ。…ま、当たり前だけどね」
 
 おそらく、彼女の答えは違うだろう。9割くらい吉澤に予想はついていた。ついていたけれ
ど、敢えてそう意地悪く問いかけてみる。言わば、これはテストだった。「……どうするの?
私のことも、殺す?」――― 本当に、意地の悪い質問だ。



 梨華は苦笑して口元を歪めたようだった。「ずるいな、よっすぃは」そして、いつものよう
なアニメ声で続けた。少しばかり苦渋が滲んでいるような声で。
 「知ってるくせに、あたしの気持ち。あたしが、よっすぃのこと殺せるはずないってこと、
  本当は知っているんでしょ?もお、いじわるなんだから」

 ふふっと、笑みを零して梨華は言った。何だか、悲しみと幸福感が同居したような、複雑な
声音だと吉澤は思っていた。まだ、石川梨華は完全に狂ってしまっているわけではない。
 愛しい者 ――― つまりは吉澤のことだけど ――― への“愛しい”という感情を、つまり
もっとも人間らしい感情を失っているわけではないのだと。


13 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月20日(日)22時03分55秒


 
 「あたしの望みは1つだけ。1つだけなんだよ?よっすぃのこと、生き残らせてあげたいの。
  ただ、それだけなの。………他に、望みなんてないよ。迷いなんてないんだよ」


 純粋な気持ちを表した純粋な彼女の声は、穢れた吉澤の心には少し、痛かった。けれど、吉
澤が長年かけて培った「ポーカーフェイス」という鍍金は、そう簡単にはがれることはない。
 「…………」
 代わりに、吉澤は何も答えなかった。というより答えられなかった、という方が正解かもし
れない。何と返事を返すべきなのか、こういう場合は?


 「やだな。何か言ってよ。本当に、あたしいいんだよ。自分が死んだって、他の子が……」
少しばかり間が合って、梨華は言い淀んでいるようだった。「他の子が、死んだって」
最後の言葉はとてもとても、小さく響いた。

 「他の子を、殺しても?」
 「……そうだよ!」

 初めて、吉澤から梨華は視線を外した。梨華は、吉澤と再会を果たしてからずっと笑ってい
て、それは今こうやって顔を合わせて話続けているこの時も、その口元に浮かんだ微笑が消え
ることはなかったのだけれど。吉澤は言った。

 
 
14 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月20日(日)22時12分19秒


 
 「なら、どうして泣くの」
 
 梨華は、自分が涙を流していることには気付いていないようだった。吉澤に指摘され、頬に
手をあててようやく、自分が泣いていることに気がついた。「……え?何で………」
 自身も意外だったのだろう、梨華は素手の先を濡らしたその透明な液体が『涙』であること
を発見すると、心底戸惑ったような声を漏らした。

 ( 演技なんかじゃない、…ってとこを見ると、本当に気がついてなかったんだ )
 それはきっと、梨華の中にまだ「殺人」へのためらいがあることの現われなのかもしれない。
梨華は否定しても、彼女が涙を流していたのはれっきとした事実なのだから。
 
 それに、吉澤はそのことについて深く言及するつもりはなかった。むしろ、彼女もまだ、自
らの意思を保っていられることに、少しばかり驚嘆した。


 「これは、違うんだよっ、よっすぃ?あの、あたし……。本当に、迷ってなんかいないから!
  あたし、あたし、本当に……よっすぃのためにね?あの…」



  
15 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月20日(日)22時19分25秒


 
 慌てた様子で必死に弁解する梨華の姿を見て、吉澤は逆に心がすうっと冷静になっていくの
を自覚していた。( そうだよ、これがいつもの梨華ちゃんじゃん、ねえ?… )

 「別に、謝ることじゃないでしょ。私に」
 「でも、あたしはよっすぃのためなら何だって ――― 何だって、出来るんだよっ?本当
  なの、だから、あたしのこと信じてっ……!」

 ああ、やっぱり。

 吉澤は思った、思ったとおりだった。――― 梨華ちゃんって、本当に私のことが好きなんだ
ねえ。もちろんそれは、私の作り上げた「完璧な私」のことなんだけど。
 またも、吉澤の心に加虐心のようなものが沸いてきて、彼女はうっすらと口元に湛えた笑み
を隠そうともせず、再び口を開いた。


 「どうして、そんなに私のことを大切に思ってくれるの?私は、そんなに立派な人間だとは
  思えないけどね?」それは、まったくもっての本心だったけれど、梨華には当然通じる訳
はなかった。当然だ、裏の顔なんて梨華に見せたことは1度だってない。

 「…そんなこと、ないよっ!」――― ほらね、やっぱりそうだ。


 
   
16 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月20日(日)22時26分08秒


 
 血塗れになった日本刀を握り締めたまま(おそらく、彼女は手に刀を持っていることなど、
とうに忘れてしまっているのに違いない)、梨華は半ば泣きそうになりながらも力説する。
 
 「あたしは、ずっとよっすぃのことを尊敬してたのっ。何でもかんでも平均的で、平凡な…
  何でも平凡なあたしにとって、よっすぃはうらやましかった。
  勉強も運動も出来て……うん、バレーボールやってるときなんて、本当に格好良かったよ。
  そう、よっすぃは完璧だった。あたしにはもちろん、園の子たちにも、学校の子にも、
  見ず知らずの子にだって優しかった。よっすぃは、優しかった……」


 ( それが、全部私のポーズだったとしても?……誰かが見ていることを意識した上で。
   梨華ちゃんは、そういう風に考えたことはない? )

 力説しながら、梨華は涙ぐんでいるようだった。昔を思い出したのだろうか。そんな風に涙
を見せる彼女を目にしながら、吉澤は自分が何と突き放したことを考えているのかと、少しば
かり自分を恥じた。そう、自分が失った純粋な部分を、まだ石川梨華は失っていないらしい。


 
17 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月20日(日)22時32分02秒


 
 「昔はさ。あたし、気がすごく弱くって。苛められたりもしてたんだよね。そんなとき、決
  まって助けてくれたのはよっすぃだったじゃない。あたしが泣いてると、いつもいつも、
  真っ先に駆けつけて来てくれて……」


 ・・・・・・


 ・・・


 『ちょっと、何りかちゃん泣かしてんだよっ』『ひとみちゃん……ぐすっ』
 『何だよ、あんた年下でしょ!?引っ込んでなよ!』
 『うっさいなー、やんの?相手するよ』『いいよぉ、ひとみちゃん、やめて!』
 『……あーあー、いいよ行こっ』

 
 苛められて、砂場にうずくまって泣いている幼い梨華。そして、野球帽を被ってジーンズを
穿いた男の子のような姿のやはり幼い吉澤が、泣きじゃくる梨華をなぐさめている。
 『気にすることないよお、りかちゃん』『ごめんね、ごめんね、ひとみちゃん…』


 ・・・

 ・・・・・・


 あれは、何年前の話だっただろうか。もう、10年くらいは経つのかもしれない。長いよう
で短い月日。あれから、2人もすっかり成長した、昔の面影を残して。
 



   
18 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月20日(日)22時36分26秒


 
 「苛められなくはなったけど、あたしたちの関係って、変わらなかったよね、ずっと。
  あたし、ひと……よっすぃより年上なのに、いつもいつも助けられてばっかりだったなあ」


 昔を懐かしむように、梨華は少し目を細めてそう言った。きっと、今吉澤の脳裏に蘇ってい
る出来事と、梨華が思い出しているそれはおそらく同じ光景なのだろう。
 けれど、吉澤は梨華ほど純粋にその思い出を懐かしむことは出来なかった。


 ( あの頃は、何も考えなくても人を助けてた。人に優しく出来てた。私は………いつから、
   こういう風になっちゃったんだろうね )

 
 それでも、吉澤のポーカーフェイスが崩れることはなく、梨華は少し残念そうに口元を尖ら
せたが、気を取り直したかのように一歩、吉澤に近づいた。「だからね?」

 何となく、吉澤には次の言葉が予測出来た。それでも、やはり彼女の言いたいように言わせ
てみようと思う。石川梨華も、自分の言葉で伝えたいだろう、多分。


 
19 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月20日(日)22時41分33秒


 
 「だから、あたしはずっと………ずっと、よっすぃのことが好きだったの。そして、今も、
  これからも多分……ずっと好きだと思う。あたしが死んじゃっても、好きだと思う。
  あたしはよっすぃに生きて欲しい。今までよっすぃに助けられてきた分、あたしはここで
  ……ひとみちゃんを、助けたい」

 
 それは、静かな言葉だった。静かに佇んで、静かな笑みを湛えて、梨華が放った言葉。



 ( もし、それが……私の作り上げた完璧な“虚像”だったとしても、梨華ちゃんは同じこと
   言ってくれるのかな。本当は、そんな立派な人間じゃなかったとしても?… )


 自分の中に、そんな黒い思いが渦巻いていることを、梨華は知らない。今まで自分が築き上
げてきた「吉澤ひとみ」が偽者の自分だということを知らない。だからこそ、彼女の無邪気す
ぎる告白は、吉澤に胸に深く傷をつけた。……深く深く、えぐるように。
                                         【残り11人】


20 名前:flow 投稿日:2002年01月20日(日)22時44分48秒

 すみません、吉澤「目的」編がもう少し長くなるので、一旦切らせていただきます。
 何だか…黒い人間ばかり残っているような(w

 >4 はろぷろさん
   作者の更新が遅いため、一回一回間が空いてしまうのです。ごめんささい!(ニガワラ
   でも初レス嬉しいです。また気が向いたらお越しください!待ってます!

21 名前:37 投稿日:2002年01月20日(日)23時08分28秒
更新お疲れサマでした。
そうですか、もうすぐですか。ワクワク。
吉澤の行動にもかなり興味あります。
がんばってください。
22 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2002年01月21日(月)01時33分59秒
かなり精密な文に毎回驚かされます!
結末知りて〜!早っ
楽しみにしてますね
23 名前:ARENA 投稿日:2002年01月21日(月)05時49分32秒
1ヶ月も経ってないのに新スレですね。
早すぎる更新、正直読者にとっては嬉しい限りです。

うーむ。狂った石川が吉澤も、なんて展開を想像してたんですが、
思い違いだったようなので、少し安心・・・(w
今回で、むしろ石川が純粋でかわいらしくも思えました。
そしてさらに吉澤にも探す少女が。気になる・・・。
24 名前:名無しさん 投稿日:2002年01月21日(月)21時39分33秒
何か凄いですね。
続きが気になります
25 名前:flow 投稿日:2002年01月22日(火)21時59分06秒
吉澤編が途中で終わったため、また続きからはじめます。
前スレから引き続きまた見に来てくださった方に、深くお礼申し上げ!(w

>21 37さん
  はい、今回の更新が終われば市井&後藤コンビが出てくるでしょう!(多分)
  吉澤の行動は今回で決定します。とりあえず、ごちゃごちゃして読みづらい
  とは思いますが、どうぞお付き合い下さいませ。

>22 ラヴ梨〜さん
   結末ですかっ!(w
   とりあえず、現段階11人(8人減り)ですでに1スレ使い切ってますので、
   もうしばしかかりそうです。長々と……

>23 ARENAさん
   そう簡単に吉澤も石川もアッチの世界には逝かせませんよ〜!(w
   石川は純粋なあまりああいう風になってしまったので、そこをかわいらしい
   と思ってくださると嬉しいです!

>24 名無しさん
   初めて…の方でしょうか?ありがとうございます!
   また、続きの方を読みにきてやってくださいね。

 それでは続きに入ります。


26 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)22時03分38秒

 
  
 ( 違うんだよ、梨華ちゃん。私は、ずっと……)

 
 自らが望んでそうしたはずなのに、吉澤の胸を圧迫するのは激しい孤独感だ
った。人に受け入れてもらう為に被っていた仮面が、今では人との距離と作っ
てしまっている。…何とも、皮肉なことに。

 本心を隠してきたが故の、深い孤独感。(馬鹿みたい、本当に…)溜息を吐い
て、吉澤は自嘲気味に笑った。


 真剣に自分を見つめてくる梨華の眼差しでさえ、まともに受けるのが苦痛に
思える。今までは当たり前に受け止めていたはずのその慈愛に満ちた感情が、
逆に吉澤を苦しめていることなど、梨華に分かるはずもなかった、当然に。

 
 言ってしまえば、吐き出してしまえば楽になるのかもしれない。梨華に、全て。
けれど、自分を信じきって自分を愛してしまった彼女に告げるのは、とても残酷
なことのように思えた。


 ・・・


 
27 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)22時08分10秒

 
 
 しなきゃいけないことをしていれば、きっと人に愛される。いいことがある。
少なくとも、人から“拒絶”されることはない。…したいことをしたら、人は去
っていってしまう。そんな思い込みを、ずっと思っていたんだ。
 ――― 本当にそうなのかな?って思いながらもね。


 ・・・


 「梨華ちゃん、私はね…」


 ・・・・・


 『ねえ、どうしていつも楽しくないのに笑ってるの』


 先刻の思い出話の中で幼い吉澤と梨華の姿が蘇ったように、またしても幼い少
女の姿が脳裏に浮かんだ。先ほどの自分たちの姿が6、7歳とするのならば、その
少女はそれよりも多少は成長していた。おおよその年齢は10歳くらいだろう。


 小学生と仮定するには不自然なほど表情の抜け落ちた ――― 要は無表情の彼
女は、現在のその人物をそのままミニチュアサイズにした感じに近い。

 
 
28 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)22時11分26秒

 
  
 『いつも嘘ばっかり言って、疲れない?』
 『何が怖いの。何が嫌なの。他人に拒絶されるのが、そんなに怖い?』


 『どうせ、他人であることに変わりなんてないのに』

 
 考えていることがそのまま表情に出るタイプの人種を「分かりやすい人」だと
言うのであれば、その少女はまさに「何を考えているのか分からない」人種だと
表現することが出来よう。
 例えそれが、まだ中学にも上がらないような幼さを残した少女であっても。
そう、今も彼女の形容詞は変わらない、実に小学生時分のその時から。


 けれど、吉澤の彼女に対する思緯は違った。むしろ「分かりやすい」という方
に、吉澤の意見は近い。ただし、かつてその意見に同調した友人はただの1人も
いなかったが。( ああ、だけど市井さんがどう思っていたかは知らないけどね、
当たり前だけど聞いたこともないし )


 吉澤の知る中で、もっとも心を許せて ―――― もっとも理解出来て ――――
そして、もっとも不器用な少女だった。周りの評価とは裏腹に。

 
   
29 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)22時14分36秒

 
 
 ( そうなんだ。何も知らない人は、真希のことを『すごいすごい』って褒め称
   える。何でも出来てすごいねって言う。本当は……そんなに特別な子じゃな
いのに。本人だって、それを望んでいるわけじゃないのに )



 そう、後藤真希その人。
 まだそれは、吉澤ひとみと後藤真希が今のように心を通わせる前の話だ。けれど
その頃から、真希は充分大人びていて、いつも仏頂面だったのだけれど。
 そして、これは、吉澤と真希が言わば「仲良くなる」きっかけの話だった、何故
って?…分かるでしょ、似ていたんだ、私と真希は。きっと、とても似ていたんだ。


 悲しいくらい、心が似通っていた2人。真希は、いち早くそれに気付いてしまった。



 『どうしてって、だって……』

 淡々と話し掛けてくる真希に戸惑いながらも、幼い吉澤はつたない言葉を返す。
 『だって、本当の自分がすごく、いやなやつなんだもん』

     
30 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)22時17分00秒

 
 
 『ふうん』――― 真希は、とっくに吉澤からは視線を外していて、肩口まで伸び
た、やや茶色がかった髪の毛をいじりながら、興味無さげに生返事を返してきた。
 …と、思っていたのだけれど。どうやらそれは、真希という少女の不自然なまで
に無表情だったため、そう見えたらしい。

( そして今も彼女の髪の毛をいじる癖は残っている、まあ、だからこそ“癖”とい
  うのだろうけど )――― そして、彼女の無表情と思えるその顔が作ったそれで
  はなく「素」であるのだと知ったのは、もう少し先のことだ。


 『だったら、真希は“本当の”ひとみちゃんの方が好きかもしんないな』
 『…どうして』
 
 その頃、真希はまだ自分のことを苗字では呼ばず(今なら「後藤」と言うけどね)、
今よりも大分幼い声で、『真希』と言っていた、確か。
 思いがけない真希の言葉に、吉澤がきょとんとして首を傾げると、真希はごくあっ
さりとした口調で言い放ったのだ。


 ――― 『だって、真希と近い感じがする。そっちのほうが』


 ・・・・・・


 ・・・

     
31 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)22時22分07秒


 ( 真希…… )

 唐突に、現実に引き戻されるのと同時に吉澤は思った。偽りでない自分を、
本当の“吉澤ひとみ”を ――― きっとその醜い本心を曝け出せる唯一の相手。

 そうだった。自分自身の中に染みのように広がっていく闇の部分を自覚する
度に、吉澤はいつも心のどこかで誰かに助けを求めていた。決して、口に出す
ことの出来ない作られた優等生の“S・O・S”。

 
「…ひとみちゃん?よっすぃ、どうしたの?」
 頭に直接響いていくるような高い、……そして今にも泣き出しそうな声で、
吉澤の意識は目の前の少女へと向けられた。「ああ、ごめん」ぶっきらぼうに
返事をする。ああ、なんて自分は自分勝手なのだろうか。 ―― 吉澤は自嘲気
味に笑うと、小さく肩をすくめた。
 ( 私がずっと、梨華ちゃんのことを呼んでたんじゃん…)
 
 ・・・
 
32 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)22時26分36秒


 ・・・

 真希は、きっといつもそれに気がついていた。他人のことなんて無関心を装っ
ているようなイメージが強い彼女だったけれど、吉澤のことに関してだけは…
…( おっと、市井紗耶香に対してもそれは言えるかもしれない、多分 )、
真希は目ざとい少女だった。おそらく真希が吉澤のサインを見逃したことは1度
だってないだろう。
 はっきりとは言えないが、自分が覚えている範囲では、まあ取り合えず。


 『ひとみは、生きてく上でたくさんの自分を持ち過ぎなんだよ』

 いつだったか、呆れたような口調で真希が言ったことがある。そしてそれは、
彼女が吉澤に対してある種の好意に似た感情を持っていたからこそ、滅多に他人
に心を開かない彼女が見せた、“珍しい”おせっかいなのだけど。



 『優しいひとみ、勉強の出来るひとみ、バレーボールJr 代表選手のひとみ。
  かっこいいひとみ、――― 優等生の、吉澤ひとみ』


   
33 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)22時30分37秒


 “後藤真希”という少女からすると、ごくごく珍しいおせっかいという行為の
上、彼女はこれまた珍しい微笑みまで浮かべていた。
 もちろん、「表の仮面」を被った自分に対していささか呆れたような色が浮か
んでいるのは、ご愛嬌。( だって、真希が微笑むなんて本当に珍しいんだ! )

 
 『どれか1つでも投げ出しちゃえば、ずっと楽になるのに』


 ・・・


 「梨華ちゃん、私はね…」 ためらったように口を開くものの、吉澤はやはり
二の次の言葉を口にすることが出来なかった。例え自分がたった10数年しか生
きてこなかったとはいえ、その人生の大半をかけて培った「もう1人の自分」と
いう存在は、そう簡単に暴露出来るようなものではないのだ。
 
  

 真希に自分のことを話したのは、彼女が先に自分のことを見つけたから。
 「優等生」の殻に閉篭もっていた自分に気付き、他ならぬその自分を受け入れ
てくれたから。
( もし、そうでなかったら…誰にも言うことはなかった、きっと )


 
34 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)22時34分01秒


 
 そう、きっかけを与えてくれたのだ、あの時の真希は。( だけど… )それで
も、吉澤は真希以外の人に自らの秘密を打ち明けることは出来なかった。吉澤を
縛り付けてやまないのは“拒絶”への恐怖。何より、彼女は他人から否定される
ことを恐れていた。幼い頃の真希がそう指摘したように。


 ( みんなが望んでいるのは「優等生の吉澤ひとみ」であって、本当の私じゃな
   いんだ。だって、どう考えたって偽者の私より本物の私の方が、社会にとって
   必要のない人間なんだもの )

 本当の私は、最低な人間かもしれない。だから、怖い。  


 自らの心内を曝け出してそれでも、自分に向けられる眼差しが変わらないとい
う保障など、どこにもなかった。もし、それが原因で自分の居場所を失ってしま
ったとしたら ――― ? 今、自分に向けられている尊敬の念が、嘲りのそれに
変わってしまったとしたら…。( 嫌だ、そんなのは! )

 
35 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)22時35分37秒


 
  仮に自分が自分らしく生きていったと仮定して、メリットになるような事など
何一つとして考えられなかった。それならば、今のままでいい。 ――― だって、
一体どんな支障があるというのだ。…この偽者の「優等生」が私の代わりに人生
を生き抜いていったとして?


 要は、成功した者の勝ちなんだ。だって、自分らしく生きて失敗するなんて、
馬鹿らしい ――― まったく子供っぽい意見かもしれないけれど、ずっとそう思っ
ていた。それに。

 吉澤は真希の落ち着いた声、僅かに笑みを含んだ表情を思い出した。
 ( ちゃんと、本当の私を分かってくれる人がいる。認めてくれる人がいる…。
   そうだ、いいじゃないか。真希1人でも、こんな私の存在を認めてくれて
   いるんだから。真希は、分かってくれているんだから )


 この世に、本当の自分を見つけてくれる人がたった1人でもいるのなら、それは
幸せなことなのかもしれない。この世界に一体どれだけの人間が、自分のように仮
面を着けて日々の生活を送っているのか検討もつかないけれど、まず間違いなく言
えるのは、――― 私はまだ、“孤独”ではないということ。 

 
36 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)22時39分30秒


 「梨華ちゃん、1つ ――― 提案があるんだけど。…聞いてくれるかな?」
 不意に口を開いた吉澤にぴくり、と梨華は反応を示した。
 吉澤が考え事( というよりは少し、思い出したことがあっただけだけれど )
をしている間中、身じろぎ一つせず自分の足元をじっと見つめていた石川梨華は、
少しだけ首を上げると視線だけを吉澤に向けた。
 

 『なぁに?よっすぃ』
 …そう返って来ると予想された梨華の言葉はなく、梨華は黙ったまま吉澤の方
をじっと凝視している。もしかしたら。吉澤の脳裏に1つの仮定が浮かぶ。
 ( もしかしたら、気付いてるの?私がしようとしていること。私が思ってい
   る相手が ――― 真希だってことも? ) 
   

 きゅっと真一文字に結ばれた梨華の口元は、何かを言いたげなようで、苦しさ
をこらえているようにも見えて ――― 吉澤は何となく、彼女の視線から逃れる
ように目の前に広がる林に視線を移した。
 梨華の顔は見えないけれど、何となくその表情は予想出来る気がした。彼女の
性格なら、いい加減把握していることだったし。

 ( 泣きそうになっているんでしょ、きっと )

 





37 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)22時44分33秒


 その表情だけで、吉澤にとっては自分の結論が大方外れていないであろうこと
を肯定する、判断材料となるのだ。(そう、梨華は勘のいいところがあったし)


 石川梨華という少女が、吉澤に好意を向けていてその上で、自分の側にいるこ
とにささやかな幸福感を感じているのであろうことは知っている。そして、彼女
の一喜一憂が自分の行為1つ1つに左右されるのであることを。


 ( だからこそ、私は梨華ちゃんに優しくは出来ないんだ ――― 今は )
 自分もひょっとしたら、苦渋に満ちた表情を浮かべているのかもしれない、否、
吉澤はそんなに感情が表に出やすいタイプではなかったけれど。
 間違いなく、今吉澤の心中を埋めているのは、梨華に対する後ろめたさなのだ。


 「私たち、一緒にいるべきなのかなあって思ったんだ。私は、みんながどんどん
  死んでいくのを黙って見てるのは嫌。指をくわえて、人が死ぬのを見るだけな
  んて、絶対に嫌だと思う」

 
38 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)22時49分10秒


 口では梨華にそう言ったものの、吉澤の胸中は複雑な思いで埋め尽くされていた。

 ( 嘘。嘘なんだけど………半分は、本当だよ )
口に出しては言わないけれど、吉澤は心の中で梨華に弁解した。当の梨華はとい
うと、黙って真剣な眼差しを自分に向けている。そう、梨華は吉澤の意に反するよう
なことは決してしなかった。
 今までもそうだったし、きっとこの先も ――― 果たして「先」なんてあるのか
分からないけれど ――― それは、変わらないのだと思う。


 人が死ぬのを見たくないというのは本音だけど、しかしながらそれについてはもう
ある種の“慣れ”がついてしまっている。ただし、自分にとって大事な人間が死ぬと
ころを見るのはまっぴらなんだ。そう、ごく単純なんだけど。


 そうした、回りの人間に気を配る“大義名分”を掲げる分には、吉澤の「優等生で
ある表の顔」は有効だと考えた。本当に全ての仲間を救いたいと思っているわけでも
ないのに、当然のように嘘をつく自分に少し、嫌気も差すけどね。

 
39 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)22時51分26秒


 
 「……だけど、あたしは……」梨華が悲しげな声を出して、日本刀をぎゅっと握り
しめたのが気配で分かった。ああ、そうだったね梨華ちゃん?「あたしはもう、殺し
ちゃったのよ?…ののちゃんも、……明日香ちゃん、も……」


 とても、その声は泣きそうに悲しく響いた。( ごめんね、責めるつもりで言ったん
じゃないんだ )……それはそうだろう、この場を離れるためのそれは咄嗟についた
言わば「作り話」だ、とても都合のいい。

 けれど、迂闊に口にしたその言葉は、梨華のまだ正常な部分で残っている良心を咎め
させることにまでは気が回らなかった。
 ( 私も、動揺してるんだろうか。気がついてないだけで、相当緊張してるのかな )


小さく溜息をついて、吉澤は思った。――― 梨華ちゃんを傷つけるようなこと、今
まで口にしたことはなかったのに。“完璧な優しさ”をまとった私なら、そんなポカ
するなんて考えられなかった。こんな状況だからとはいえ、本当に迂闊だ。

 
40 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)22時54分06秒


 
 「違うんだよ、梨華ちゃん、聞いて?確かに…梨華ちゃんは2人を殺しちゃったけど。
  仕方ないでしょう?こんな状況で混乱するなって方が無理じゃない。だから、一旦
  落ち着いて ――― いい?」言いくるめるように吉澤が梨華の肩に手を置いてその
頼りない細い体を少し、自分に引き寄せた。


 「……よっすぃ…」梨華が漏らした声の振動と吐く息を感じて、吉澤は目を閉じた。
 (ごめんね、梨華ちゃん。私は多分、君を傷つける。きっと、深く傷つける )

 
 自分の胸に押し付けられた梨華の口元から震える息遣いが伝わってきて、吉澤
は思わず彼女を抱きしめる腕に力を込める。
 意を決して、吉澤は言った。「梨華ちゃんだから、信用して言うよ」

  
 ――――




 







41 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)22時58分17秒



 「それじゃ、また後でね」予想したよりも梨華の声が落ち着きを戻したこと
に安心して、吉澤は何とか作り笑いを返すことに成功した。「うん、またね…」
続けて、吉澤は言った。「気をつけて」

 ( 気をつけて、か…何て偽善めいた言葉なんだろ )
 まさか、馬鹿正直にそんなことは言わないけれど。

 
 それでも、今の会話に吉澤はいくばくかの懐柔心を抱いた。
 『また後でね』『うん、またね』――――
 それこそ学校の昇降口で別れるときのやり取りそのままだ。(吉澤と梨華は
学年こそ違うものの2人は同じ学校に通っていて、それは毎朝繰り返されたや
り取りだった)――― ほんの2、3日前まではの出来事だ。



 「…よっすぃもね?」
 梨華は僅かに微笑んで、即座にそう言い返してくる。どんな状況においても、
やはり彼女にとって最も大きな比重を占めているのはあくまで吉澤ひとみのこと
らしい。そう考えると、やはり胸が痛むが、しかし。

 
42 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)23時01分46秒


 もう、吉澤は梨華を言いくるめてしまった。まんまと、自分の思惑通りにこと
が進むように ――― 単独で後藤真希を探す環境を作りたいがために、吉澤は梨
華に嘘をついた。( ごめんね、ごめんね梨華ちゃん… )


 嘘をつくのに慣れていないわけではない、むしろ吉澤の得意分野とすることだ
ったのだけれど、どうして今、こんなに罪悪感が胸を占めるのだろうか?
 自分が石川梨華を「偽った」こと、そしてその石川梨華が自分に向ける「愛情」
の狭間で、自分は苦しんでいる。


 それなら、最初から打ち明けていれば良かったのだろうか?
 ―― 考えて、それから吉澤はその意見を否定した。違う、そういう問題じゃあ
ない、きっと。それに……そうしたところで、自分にとって真希という存在が重要
であることには変わりないのだから。


 結局、吉澤はその胸に秘めた罪悪感も、梨華の想いも振り切ってもう1度言った。
 「梨華ちゃん、気をつけて。また、会おう」

 
 今度は、梨華は返事をしなかった。ただ黙って頷くと、ぱっと吉澤に背を向けた。
吉澤の視線を受ける背中が僅かに震えている。もう、泣き出しているのかもしれない。

 
43 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)23時05分08秒


 けれど、梨華はいつものように「よっすぃ〜」と泣きついてくることはなかった、
彼女なりの精一杯のプライドなのかもしれない。
 梨華がどこまで自分の話を信じているのかは分からないが、少なくとも梨華に向け
て言った言葉に偽りの感情は含まれていなかった、
 『また会おう』―――― そう、出来るならばもう1度再会出来ることを願っている。
 

 そんな汚い私に対してでも、『勝手だね』なんて責めることすらしないんだろうけれ
ど、石川梨華は。私に従うことでしか、愛情を表現しない。


 「死体になってからの再会にならなきゃいいけどね、お互いに」

 ほとんど言い捨てるように呟いて、吉澤は自分の手元に視線を落とした。彼女に支給
された武器、サバイバルナイフを取り出したその手を。…まったく、雪山をうろつく中
で……銃を所持した人間がうろついているようなこの『会場』で、自分の武器が一体ど
れほど役に立つというのだろう?


 文句を言おうにも、果たしてそれを聞き入れてくれる人間など彼女の周囲には存在す
るはずもないので、全然意味をなさない愚痴だったけれど。  

44 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)23時07分25秒


 「さて…」サバイバルナイフを握り締める手に少しばかり力を込めて、吉澤は自分の
前方に広がる林に視線を投げ掛けた。( 探すとするかな、あいつを )

 その探すべき相手 ――― 真希のことだ、もちろん ――― がどこにいるのか、探知
機があるわけでもない今の段階ではほとんど不可能なことに思えるが( 何てったって
広い!この会場は!)、不思議と吉澤に焦りはなかったし、別に無謀なことであるとの
認識すらなかった。――― 何故って?


 きっと、その相手も。後藤真希も、自分と同じことを考えているのに違いないから。
『大丈夫、待ってて』……確かに彼女はそう“言った”のだ。
 あの廃校の一角、死へのスタートを切ったあの教室で。もちろん、彼女がそうはっき
りと口に出して言ったわけではないし、吉澤自身もはっきりとそれに答えたわけではな
い。それでも、ほとんど確信めいた思いがあった。

 大丈夫だ。――― 多分、私と真希なら。きっと、すぐ会える。

45 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)23時09分30秒


 
 今まで園で生活してきた中でも、吉澤と真希が人前で親しくしてきたこと
は滅多になかった。それは吉澤の周りには常に人が集まり、真希は逆に人か
ら距離を置かれるという、言わばほぼ正反対の境遇がそうさせたのもあるし、
何より2人にその必要性がなかったのがその主な要因と言える。

 
 言葉にせずとも、態度に表さずとも ――― 2人の間には常に2人にしか
分かり得ない空気が存在していた。そう、理屈づけて言うなれば吉澤と真希
に余計な馴れ合いなど不要だったのだ、それだけで充分だろう?
 理由としては。


 『だって、本当の私はとても嫌な奴だよ』
 『だったら後藤はそっちのひとみの方が好きだな』『…どうして?』

 『だって、その方が後藤と近い気がする』


 ・・・・・・

 
 
46 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)23時12分02秒


  
 コートを羽織っていても細く感じる梨華の背中が、徐々に小さくなっていく
のを黙って見つめながら、吉澤はその背中にひどく ――― ひどく儚さを感じ
て、僅かに心が軋んでるのを意識した。( 本当に… )心から思った、
( 死体になってからの再会にならないことを願ってるよ、梨華ちゃん )

 
 おそらく朝比奈女子園での生活の中で、もっとも長い時間をともに過ごして
いたのは誰かと問われたら、迷いなく吉澤は「石川梨華」と答えただろう。


 それが吉澤自身の望みによってそういう結果が出たのとは違うけれど、誰よ
り長く一緒にいた分、吉澤も梨華に対しては真希とは違う方向で………特別に
思っていたのは否定出来ない。加えて、梨華はとても心の優しい少女だったし。

 もっとも、吉澤にしてみたらその『特別に思う』感情が、どういった意味合い
を持つのかなど考えてみたこともなかったけれど。  


 
47 名前:《10,目的    吉澤ひとみ》 投稿日:2002年01月22日(火)23時14分47秒


  
 

 ともかく。吉澤はその背中に呼びかけた、心の中で。(生きて、再会しよう。
――― 絶対に、生きて ) そして、これから自分が探すべき少女にも。
 真希。どこにいるのか知らないけど、私は今からあんたを探そうと思う。
 だから、あんたも私のことを探して?


 「そしてもう1度、私のことを認めて欲しい。私の全てを、肯定して?
  そうでないと、私は……私は、自分の価値さえ忘れてしまったまま、
  死んじゃう気がするよ」
                                   【残り11人】



48 名前:flow 投稿日:2002年01月22日(火)23時17分16秒
ああ、長い、長すぎです、吉澤編(w
あまりに長すぎて収集つかなくなるかと焦ってしまいました。これじゃあ読むのも
面倒になるような……

とりあえず、なぜ吉澤石川が離れたのかは後の石川編にて書く予定です。
ただし、次回の更新は石川さんではありませんが(w

 こんな読みにくい文でも目を通していただければ幸いです。。。

49 名前:旧155 投稿日:2002年01月23日(水)00時19分54秒
新スレおめでとうございます。

全然読みにくくないですよ。
長編大歓迎です!
石川編はまだ先なんですねー。
次は誰が登場するのか楽しみに待ってまっす。
50 名前:ラヴ梨〜 投稿日:2002年01月23日(水)00時25分39秒
あぁ…悲しい
だけどこの小説から目が離せない
51 名前:はろぷろ 投稿日:2002年01月23日(水)01時19分30秒
先がとても気になります!
次は誰だ!ってつい考えてしまいます。
52 名前:詠み人 投稿日:2002年01月23日(水)12時33分58秒
何だか、人間関係が複雑になってきましたね!ワクワク(w
それぞれが色々考えつつ、微妙にすれ違っていきそうで、読んでて切ないです。

市後はどうなるのか・・・気になりますな〜。
53 名前:ARENA 投稿日:2002年01月24日(木)08時05分50秒
やっぱ吉澤の意中は後藤でしたか。
あそこまで会いたかった吉澤と石川離れることにしたなんて、
よっぽどなこと言ったんだろうな〜・・・。正直、離れるのは意外でした。
54 名前:ショウ 投稿日:2002年01月24日(木)13時29分34秒
新スレおめでとうございます^^
前スレからついてまいりました。次も楽しみにしてます!
55 名前:flow 投稿日:2002年01月27日(日)00時33分53秒

ええ、今夜も更新いたします。ようやく(多分)主役である2人の出番なのです
が……おそらく、今回の更新分だけでは終わらないと思いますが、どうぞ読んで
やってください。

 >49 旧155さん
   読みにくくないですか、良かった良かった、フォローありがとうございます!
   申し訳ないですが、石川編はまだ先なのです。さすがに人数が多くて…(w

 >50 ラヴ梨〜さん
   今回も吉澤編も人が死なないのですが、みんな気持ちがすれ違ってて痛い
   展開かもしれませんね。でも、まだ離れず読んでくださっていることに
   感謝の一言です!

 >51 はろぷろさん
   人数が減るのはいったん滞っておりますが、次の出番は……!
   まあ、読んでやってください(w

   
56 名前:flow 投稿日:2002年01月27日(日)00時38分09秒

 >52 詠み人さん
   複雑ですねえ、作者も書いてて何だかわからなくなるときが(w
   市井と後藤については、今回と(多分)次回の更新で小出しに…

 >53 ARENAさん
   「やっぱり」ということは、読まれてましたか、あははは(汗
   まあ、伏線でバレバレでしたかね?でも、吉澤の思いは石川ほど   
   純粋なものではないんです。というわけで、純粋なのはキング・オブ・石川!(w

 >54 ショウさん
   ありがとうございます!正直、前スレからついてきてくださるのは本当
   に嬉しいです。最後まで、出来ればお付き合いくださいますよう…

 それでは、市井編からスタートです。

57 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)00時42分21秒



「 ――― 市井ちゃんが、気に病むことじゃないよ」


 黙って、石油ストーブの炎がチラチラと燃え盛っているのをじっと見つめて
いる紗耶香の背中に向かって、無遠慮とも言えるようなぶっきらぼうな口調で
真希が言った。


 地図の中にいくつか点在する小屋の1つにて、『ゲーム開始』のほぼ直後か
ら行動を共にしている紗耶香と真希は、小一時間ほど前から、休息を取ってい
た。無論、とても気を抜けるような状況ではないので、心ゆくまで身体を休め
るというわけには、いかなかったけれど。


 2人が出発したのは、連続ではない。
 ならば、どうして2人はそうそうに出会うことが出来たのか?その答えは、
真希に支給された武器だった。『探知機』――― それが、真希の武器だ。



 ・・・・・・


 廃校を出てから、紗耶香は何とかして皆を集めることが出来ないかと考えて
いた。生徒たちのほとんどが ――― 自分や、真希を除いた生徒のほとんどは
この異常な状況に対処し切れていない。それは、裕子の死体を目の前にした時
の矢口真里や、加護亜依の反応を見れば歴然だ。


 
58 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)00時46分26秒


 
 しかも、生徒の大半は未成年。あの、出鼻からひどく心に傷を負ったであろ
う加護も、たったの13歳…中学生なのだ。そう、実に生徒16人が残った中
で、中学生は7人もの数を占める。


 
 果たして、そんな幼い少女たちが、このような環境下において、自分を保っ
ていられるのか?……紗耶香の出した答えは「ノー」だ。


 それならば。誰かが率先して、この状況で皆をまとめなければならない。
 当然、紗耶香はその時点で、生徒同士で殺し合いなんて始まるとは予想して
いないし、すでにやる気になっている少女が( 梨華のことだ )いるなどとは、
思っているはずもなかった。 


 ( 殺し合いをしろ?この一緒に育ってきた仲間たちと? ――― 冗談じゃない、
   目にものを見せてやろーじゃん。市井たちを、こんな状況に放り込んだ政府
   の連中たちに )…密かに、市井は腹を決めていた。

 そうだ、仲間を殺すんじゃない。自分の目的は、あの気に喰わない連中『寺田』
やら『和田』とかいう、ろくでもない奴ら。

 
 
59 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)00時50分47秒


  
 自分たちを育て、見守ってくれていた中澤裕子を殺し、一緒に育ち、勉強も遊び
も喧嘩も経験してきた仲間…友達。安倍なつみ、平家みちよを殺した奴ら。
 許せるか?そんな、理不尽な死が。市井は、許せない。



 不本意ながら武器を受け取り( 何にせよ、「奴ら」に反撃するときに、丸腰で
は何も出来ないだろう? )、紗耶香は廃校の外に出た。紗耶香は、実に1番最後
に名前を呼ばれたので、自分の後ろに待っている人間はいなかった。

 すなわち ――― 廃校の外で誰かを待っていても、その『誰か』に遭遇する可能
性はほとんど無いに等しい。おそらく、皆怖がって、いつまでもこの場に潜んでは
いないだろう。政府の方だって、それくらいは予想済みのはずだ。その証拠にほら、
校舎の出口の付近に、銃を持った兵隊さんがうろうろしているではないか?


 ( とりあえず、とっとと行けってことかい )予想しないではなかったけれど、
やはり誰も待っていないというのには少し、落胆しつつ、紗耶香は気を取り直して
武器を手にしたまま、廃校を離れた。

 
 
60 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)00時52分22秒


  
 気になるのはやはり中学生組、とくに中澤裕子のことでショックを受けているで
あろう加護亜依。それでも、誰かと一緒にいてくればまだ発狂する心配も少ないの
だけれど。紗耶香は思っていた、( そう、あの辻なんかと一緒にいてくれれば、
逆に責任感が出て、加護自身が落ち着いてくれるかもしれないけど )―――


 その、紗耶香の望みとはやや離れるけれど、加護はその頃、確かに1人ではいな
かった。同じアイドル仲間の松浦亜弥と一緒にいた、けれど ――― それが原因で、
亜弥もろとも壮絶な死を迎えることになろうとは。もちろん、紗耶香にその事を知
る由はなかったが。



 そして、もう1人。同じく、中澤裕子のことで最もショックを受けていた少女。
 紗耶香の親友の矢口真里だ。 


 ( …矢口……無事で、いて )

 矢口は誰とでも仲がよく、勉強よりも遊びや友人を大事にすることころがあって、
だからこそ逆に、自分が生き残るために他人を犠牲にするというこの『ゲーム』と
いうのは、矢口にとっては致命的なダメージを与えてしまう。
 ただでさえ、矢口は大好きだった人間を亡くして、心理的に不安定だというのに。


 
61 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)00時55分18秒


 そして、その誰より他人を大事に考える思う矢口と自分が一緒なら、いち早く
この状況を打破出来るかもしれない、そう思っていた。( 矢口が一緒なら…… )
何度かそう考えて、紗耶香は誰よりもずっと、頭の一角を占めているその人物を
ようやく意識し始めた。
 
 いや、ずっと彼女のことは意識していた。あえてその存在を排除して、無理に
他のことを考えようとしえいただけだ。そうでなければ、紗耶香の心に余裕など
一切無くなってしまうのに違いないから。


 無論、加護亜依や矢口真里を心配する気持ちに、偽りはないけれど。


 「…後藤……」
 地図を握り締め( とっくに、裏面の説明書きには目を通していた、特筆すべき
点は何もない )、紗耶香は無意識のうちに彼女の名前を呼んでいた。それは別に
“愛しい”だとか“恋しい”などといったようなセンチメンタルな意味を含んでい
るような、そんな感情的なものではなく。


 
62 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)00時57分59秒


 
 そもそも、紗耶香は後藤真希のことに関しては、特に心配もしていなかった。そ
れは彼女の生命に関わることもそうだし、( 後藤が、そんなあっさり死ぬわけない )
……これっきり会えない、そんな心配すら、考え付かなかった。

 一緒にいるのが、当たり前の2人だったから。


 真希が何とかして自分を見つけるか、そうでなければその前に自分が真希を見つけ
出すか。2つに1つだ。出来れば、早々に再会したいものだけど。
 ハラハラと降り積もる雪を一歩一歩踏みしめて歩きながら、その予想外に早い彼女
との再会は、実に呆気なくなされることになる。


 ――― 


 「いちーちゃん」――― 聞きなれた声が背後から聞こえて、紗耶香は目を落として
いた地図から顔を上げて( 目的としていた小屋は、もうすぐそこだった )、紗耶香は
至極ゆっくりとした動作で振り向いた。当然、その声の主は想像がついている。そうで
なければ、こんな余裕を持った動きなど、出来るはずがない。


 
63 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)01時00分07秒


 
 振り向いたその先にあったのは、予想通りの顔だった。「後藤…」紗耶香の声と同時
に、白い息がふわっと広がって紗耶香の顔を包んだ。ああ、さっきこうやって彼女の名
前を呼んだのだった。祈りが通じたのかな? ――― なんて、祈りなんて捧げた覚えも
ないけどね、まったく、市井もちょっとばかり感傷的になってるみたいだ。


 「よかった、市井ちゃんが無事で」
 真希は、手にゲームボーイくらいのサイズの機器のようなものを持っていた。あれが
彼女の武器なんだろうか?それを口に出して聞く前に、真希は紗耶香の視線の先を敏感
に感じ取ったのか、自ら答えた。「 後藤の武器、なんだけどね。コレ 」


そう言って、真希は紗耶香にもよく見えるよう、そのゲームボーイ大の機器を少し、掲
げて見せた。液晶の画面と、幾つかのコントロールボタンが目に入った。見れば見るほど
ゲームボーイやら、今流行りのポケットサイズのゲーム機器に類似している。

 ( それらのオモチャ類は、あの加護や辻がよく遊んでいたから知っている )


 
64 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)01時04分30秒


 
 ただし、真希に支給されたその『機器』は、とても中学生が遊ぶようなオモチャとは
似ても似つかぬ種の機能を有するらしかった。
 「 探知機みたい。他の人がどこにいるか、分かるんだ。……その『人』が誰か、まで
   は分からないんだけどね 」――― そうでなければ、真希がこんなに早く自分を探
し当てることなどは、出来なかったはずなのだから。


 ・・・・・・



 そして、小屋に着いてからおよそ10数分経過したその時だった、かの放送が
聞こえてきたのは。あの気に食わない、『和田』とかいう政府関係者の ―――
どうやらこの『殺し合い』の現場責任者らしいけど ――― 吐き気がするような
人を馬鹿にしたような声の、衝撃の発言。


 〈 死んだ人を発表しまーす 〉

 それは、最初の衝撃だった。死んだ、死んだ?死んだ人間がいる……!?
そんな、馬鹿な!だってまだ ――― 廃校を出てから、数時間しか経っていない
じゃないか。なっちやみっちゃん以外に、死んだ人間がいるってのか?


65 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)01時07分43秒


 
 〈 辻希美。新垣里沙。それから加護亜依と松浦亜弥。その後で福田明日香 〉


 ――― !
 紗耶香は、一気に顔中から血の気が引くのを感じた。そんな、馬鹿な!!
 思わず叫びそうになり、……何とかこらえた。吐き気がしたが、それも何とか
こらえた。( 5人?…もう、5人も死んでる…!?しかも… )


 その1人に強く肩入れするわけではないが、紗耶香が特に気にかけていた1人、
加護亜依はすでにこのゲームから脱落していた。あの、幼さと無邪気さを残した
アイドルの卵。「 加護が……死んだ…? 」呆然として、紗耶香は呟いていた。


 『市井さん、大変なんです、大変なんや……』『中澤さんが…市井さん、…』
 『 ――― アンタが殺したんやろ!?中澤さんを……』


 紗耶香の脳裏に、数時間前の加護の姿が次々と鮮明に映し出された。泣き出し
そうに震えていたその細い腕も、黒目がちな潤んだ瞳も、自分の腕を頼りなさげ
に掴む、幼さを残した小さな手も。全ては、紗耶香に助けを求めていた彼女の姿。


 
66 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)01時13分13秒


 「……ちくしょう……」 力なく呟いて、紗耶香は力なくその拳を床に叩きつけた。
何だか、めちゃくちゃに悔しかった。何も出来ない自分も、人の“死”を軽んじて
いるような、政府の連中も。「…ちくしょう」 何だか、今にも自分が泣きそうだと
思った、もちろん真希のいる前で、そんなこと出来ないけれど。


 「 もう、5人も死んだ… 」紗耶香が床に拳をついているその横で、真希は
ほとんど感情の読み取れないような抑揚の無い声で、ぼそりと呟いた。彼女な
りに、考えるところもあるのかもしれない。「 中学生ばかりだね 」―――

その真希の言葉は、深く紗耶香の胸をえぐった。( その、中学生を助ける為
に……何も出来ないだろうあの子たちを助けようと、思ってたんだ… )


 「 市井のせいだよ 」
 何とか絞り出すような声で、紗耶香が言った。多分に声は掠れているが。
 それでも、まだ声を出すことが出来ただけ良かったのかもしれない、意思の
疎通すらままならなくなったら、もう本当にどうしようもないだろう。

 
67 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)01時14分49秒


 
 「 市井ちゃんのせいじゃないよ 」「 ……市井のせいだよ… 」

 紗耶香は、顔を上げることが出来なかった。なあ、後藤。アンタがその探知
機を使ってまず最初に探し出した相手は、こんな情けない奴だったんだよ。
――― こんなにも、無力な。



 真希は、紗耶香から目を逸らすことなく言った。きっぱりとした口調で。
紗耶香は一言も漏らしていないけれど、真希は気付いているのかもしれない。
自分が、何とかして生徒たちを集め、この現状打破を考えていたことを。

 結局、それは何も手が出せないまま、すでに5人を死なせるという予定外
の展開になっていしまっているのだけれど。


 「 市井ちゃんが気に病むことじゃないよ 」



 ―――


 真希は、紗耶香がそれでも俯いた顔を上げないことも承知しているかのように
淡々とした口調で語り始めた。「 あのさあ……、市井ちゃん。ちょっと聞いてく
れるかな? 」―― 普段のそれと、何ら変わることのないような口調で。


 
68 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)01時19分06秒



 「後藤の武器ね?あんまり役に立たなかったわけ。最初はね」
 話しながら、真希は自分の手にした武器 ――― 探知機だ ――― をいじりながら
あくまで淡々とし態度を崩さない。まあ、滅多に彼女が感情的になることなんて無い
のだから、それはむしろ自然なことだと言える。

 「だってさあ、誰かがいることは分かっても、それが“誰か”までは分からないん
  だよ?……えらく不親切だと思わない?」「…………」

 
 真希の問いかけにも、紗耶香は無言だった。それでも真希はあらかじめその反応を
予見していたのか、特に気に留めることもなく言葉を続ける。
 「だからさ、後藤は自分で、ちょこっとこの探知機、いじったのね。まあ、大した
  事はしてないんだけど。まずこれは予備知識なんだけどさ、この探知機は何を基準
  に人の存在ををキャッチしてんのかなって」


 
69 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)01時23分58秒


 
 そこまで話して、真希は不意に紗耶香の腕を取った。「 ……!? 」紗耶香が驚い
たように顔を上げるが、真希の視線は彼女の顔ではなく、その掴んだ腕にあるようだ
った。「これ」――― 紗耶香の腕にあるのは、銀色に輝く無粋な腕時計だった。当然、
彼女の趣味で購入したものではない。

 ――― こんなデザイン性もくそも無い腕時計、誰がお金出して買うってんだ!



 更に言えば、その腕時計は紗耶香だけでなく、真希自身も身に付けていた。結局、
この会場に散り散りになっている朝比奈女子園の生徒(彩を含む)全員が、この悪趣味
な腕時計を付けている。要するに、武器や地図と一緒に支給されたものだった。


 ただし、地図(説明書き)や武器が当人の自由な選択性を任されているのに比べ、
その腕時計はほとんど強制的に付けさせられたものだけど。今は死体となっている
筈の辻、新垣、加護、松浦、そして福田の身体にも同様の腕時計は装着されたままと
なっているだろう。( そしてその死体がどこに転がっているのか、紗耶香には知る
手段すらないけれど ――― )


 
70 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)01時27分41秒


 
 この腕時計は、単に趣味の悪いというだけのものではなかった、当然。一度取り付け
ると二度と外れてくれないのだ。一度この時計を装着した後、付け心地がよくないので
付け直そうとした保田圭が、「 どうして外れないの? 」――― そんな風に、慌てて
いた記憶がある。そのすぐ後で、あの和田とかいう奴が、
 

 『あー、その腕時計な。爆薬仕込んであるから、無理に外そうとしたら手首が吹っ飛
ぶよ、気をつけろな』……そんなことを言っていた、何でもないような口調で。
 ( そんな物騒なものなんて知っていたら、絶対に付けたりしなかったのに )全ては、
後の祭ってヤツだ、本当に。
 何だか全てが気に入らないけど ――― いいように踊らされてるんだ、政府の連中に。 


 まったく、グッチの腕時計ならまだしも、もうちょっと女の子に合うようなものを
渡して欲しいもんだ!ほとんどヤケクソ気味に、紗耶香は思ったものだ。まあ、あんな
屑みたいな政府にそんな粋な演出を期待するだけ無駄なんだろうけど。


 
71 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)01時30分28秒


 
 だからと言って、何も爆薬仕込みの腕時計はないだろう。――― 溜息を付いて、紗
耶香はその腕時計を何度か眺めては、苛つきを感じていた。
 ……ついさっきまでの事だったのに、もう随分前の話のことのように感じる。

 ―――

 「…この腕時計が、何?」

 今だ自分の腕を掴んで離さない真希に根負けしたように、紗耶香が低い声で問い掛け
た。こんなもの、付けていること自体忘れたいのに。何がしたいんだ、後藤のヤツは?
 
 「これがね、探知機が受信出来る電波の発信源になってるの。……ああ、“電波”っ
  てのは、正しくないかな。この腕時計は常に人の脈を取ってるんだ」

 「…で?」紗耶香はごくぶっきらぼうに返事を返した。別に、そう驚くような内容の
話でもない。ただ、真希の淡々とした口調が、そんな印象を与えているせいもあるが。


 
72 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)01時33分25秒


 
 「要するに、絶対的に“誰か”を特定する手段が無いわけじゃない。後藤は、その個
  人の『脈搏』の数値まで、表示出来るようにした。そうするとね、ホラ、こうやっ
  て ――― 」真希は、紗耶香にも液晶の部分が見えるように探知機を少し傾けると、
そのボタンを幾つか操作したようだった。

 カッカッと小さな画面は明滅して、配布された地図とごく近い(多少は簡略化されて
いるけれど)地図を表示し、その中央には今紗耶香たちがいるであろう小屋が、2つの
小さく瞬く赤い印を保有して映し出されていた。


 「赤い印……ま、点みたいなもんだけど。これが、『人』の存在。もちろん、生きて
  る人間に限るけどね。…で、こうやって……」
 また、真希が操作すると同時に、その機器は先ほどと同じ反応を ―― カッカッと
明滅して、今度はその赤い点の横に、小さな数字を表示した。


 「…57と、61……?」呟いてから、紗耶香はハッとしたように真希の顔を凝視し
て、言った。「これって、市井と後藤の脈搏?」
 真希は、小さく頷いた。「そう」――― 返事も、あっさりとしたものだ。
 

73 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)01時36分19秒



 「後藤が、市井ちゃんを最初に発見できたのはね」

 探知機をバッグの中にしまい込みながら、真希は再び訥々とした口調で、床
に視線を落としながら話し始めた。今日の後藤はよく喋る ――― 何となく、
漠然とした感覚で紗耶香は思った。もちろん、紗耶香の前にいるときに限り、
それは別に珍しいことではないのだが。


 「覚えていたからだよ、市井ちゃんの脈をね。前に、1度……健康診断の結
  果、見せてもらったことあるでしょう?確か、市井ちゃん58だった。
  低いなあって思ったの、覚えてる。――― ああそう、ひとみはもっと低い
  んだけど、ね」


 ふふっと、真希が僅かに表情を緩めて言うと、紗耶香もそう言えば昔、そんな
やり取りをしたことがあるのを思い出していた。あれは2年近くも前になるだろ
うか? ――― 『へえ、市井ちゃんって脈搏低いんだねえ?』『そうかな…』

 『だって、普通は70前後が平均的な数値らしいよ』―――


 
74 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)01時39分15秒


 
 それは、そのような会話だった。特にその時は意味のないやり取りだと思って
いたのだけれど、それが今、このような状況に置いて役立つとは。


 真希にとっては何でもないようなことかも知れないが、紗耶香はそんな些細な
ことすらも覚えていた真希に、舌を巻かざるを得なかった。彼女の時として無駄
とも思えるような膨大な知識・記憶が、2人を引き合わせるのに一役買ったこと
に違いはない。……むしろ、紗耶香1人の力では、生徒みんなどころか、真希1
人ですら、見つけることが出来なかったのではないか?

 どうしようもなく、今の紗耶香は弱気になっていたし。紗耶香自身としては、
そんなことを認めたくはなかったけれど。


 「…で、取り合えず探知機をいじって見たら、後藤のすぐ近くに『58』の数
  値があるからさ。嬉しかったよぉ、ああ、これは市井ちゃんしかいないだろ
  うなって。他の子たちは、多分緊張してるせいもあるんだろうけど ―――
随分とね、数値が高かった。70以下の子なんて、ほとんどいなかったよ」


 
75 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)01時41分07秒


 
 真希は、紗耶香の顔を少し覗き込むようにして、小さく笑顔を見せた。「だか
ら、後藤はすぐに市井ちゃんを見つけられたんだ」……へへっと、真希は彼女独
特な笑い声を上げて言った。


 こんな『死』に直面した会場では、至極縁遠いと思われるような、純粋な微笑み。
 紗耶香を見つけられたことに対する「嬉しさ」と、紗耶香に対する「愛情」。
 ――― どこか、歪みが生じているかもしれないけれどね、それは。



 「ねえ、後藤……?」 真希が一旦話を途切らせたのを見計らって、紗耶香は真希
の名前を呼んだ。先ほどよりは、多少その声色は普段のトーンに近くなっていたも
のの、まだ完全に回復は仕切れていない。それほど、仲間の死は紗耶香にとって、
ダメージがひどかったのだと言える。「救える」そう、何の根拠もないけど ―――
少なくとも、そう思っていた分だけ。


 「その探知機で、みんなを探して ――― 生きてる子、見つけて。何とか、ここ
  を脱出出来ないかな?後藤の知識があれば、何とかなるんじゃない?」

 
 
76 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)01時47分32秒


 
 「………」真希は無言だった。紗耶香は、そう言ってから自分がひどく真希に
依存した意見を述べてしまったことに気が付いたけれど、それを言い直すほどの
気力は、もう残っていなかった。情けないが、仕方ない。


 「市井ちゃんは、優し過ぎるんだよ」僅かな沈黙の後に、真希がぽつり、と言った。



 「昔っから、市井ちゃんは人の痛みを自分のことみたいに考えるところが、あ
  ったよ。やぐっつぁんが『小さい』ってことを馬鹿にされて苛められてた時、
  福田さんが書いた小説、本屋でけなしてる人を見かけた時、裕ちゃんが、お
  見合い相手に関西弁を笑われた時 ――― いつも、市井ちゃんは真剣に怒っ
  て、何も出来ないって、真剣に泣いてた」


 真希の目が、昔を懐かしむかのように細められた。紗耶香は、言われるまで思い
出さなかったけれど ――― ああ、そんなこともあったなあ。真希の言葉に、1つ
1つの情景が、鮮明に脳裏に蘇ってくる。


 
77 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)01時53分01秒


 
 「後藤が、他人を割と受け入れない所があって、それを後藤がいない時に悪口言
  ってる人がいるって、それを代わりに怒ってくれた時もあった。後藤は、別に
  気にしないのにって言っても……市井ちゃんは、いつもそれを自分の責任みた
  いに感じちゃうんだ」( ……悪かったな、市井はそういうヤツだよ )


 真希は別に自分を卑下しているわけではない。むしろ、賞賛しているのだろう。
けれど、今非常に弱気になっている紗耶香は少々ネガティブ気味に、そんなことを
考えていた。そしてそれを感じ取ったのか分からないけれど、真希はそんな紗耶香
に笑顔を向けると、小さな声で言った。
 
 「だけど後藤は、そんな市井ちゃんだからこそ、市井ちゃんらしくていいなって
  思うんだけどね」―――



 「後藤……」「だから」 紗耶香が口を開きかけたのを遮るように、真希が再び
話し始めた。先ほどよりも、いささか口調が強くなっているのは気のせいではない
だろう、おそらく。「……市井ちゃん、あんまり自分を責めないで」


 
78 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)01時57分27秒


 
 それは、何より紗耶香には染み入る一言だった。責めないで、か。確かに、自分
は自分を責めている。だけど、それは自分があまりに情けないからで……

 「後藤、さっきも言ったよね?市井ちゃんが気に病むことじゃないって」


 真剣な表情だった、真希は。いつもの無気力そうに見える、表情を失ったそれで
はなく、その紗耶香を見据える瞳も、引き締まった口元にも、真剣な表情を形成す
る全てが、真希を美しく見せていた。
 
 ああ、いつの間に後藤はこんな『女』としての表情を作れるようになったのかな…
 紗耶香はぼんやりと思った。自分が留学して真希の元を離れてから1年半、彼女
にもそれは色んなことがあったに違いないが、それでも。



 「別に、市井ちゃん自身に問題があるんじゃないよ。今までも、今回の、これも。
  自分ではどうにも出来ない“何か”に遭遇するたびに、無力感を味わってきた
  だけでしょう」 ――― そう言って、真希はそっと大事なものに触れるかの様
に、紗耶香の身体に腕を回し、そっと抱きしめた。


 
79 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)02時01分07秒


 
 「だけどね、ごめんなさい。後藤は、市井ちゃんが……誰よりも他人を大事に思う
  市井ちゃんが好きだから、助けてあげたいけど。市井ちゃんの力になりたいけど、
  今回ばかりは、無理だよ。ごめんね、無理なの」


 紗耶香の身体を抱きしめながら、真希がそう言葉を続けた。「…後藤?」紗耶香は
そんな真希の言葉に、何か ――― とても、苦しげなものを感じて ――― 実際、真
希の声は、その口元が紗耶香の肩に押し付けられていたせいもあるのだけれど、とて
もくぐもっていた。何か、言いにくい何かを抱えているかのように。


 何かを知ってる? ――― 後藤は。直感的に紗耶香は感じて、自ら後藤の身体から
離れた。どうして気付かなかったんだろう、そのことに?

 後藤なら、知識の塊の様な彼女なら( 本人はそんな風に自分を表現されることを嫌
うけれど )、この『個能力開発プロジェクト』とやらについて、何かを知っているの
かもしれないと。


 
80 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)02時03分32秒


 
 信じていない訳ではないけれど、後藤のことを。むしろ、彼女とて紗耶香に全幅の
信頼を寄せているからこそ、余計な心配をかけたくないと、口を濁しているのかも
しれない。――― いや、その可能性は高い、真希の性格を考えれば、とても。


 「なあ、後藤?」…真希がそうしたように、それならば自分とて真剣に向き合わなけ
ればなるまい、例えそれが、普段は妹の様に接している彼女であっても。「このゲーム
について……何か、知ってることがあるんだろ?市井には、言えない?」


 真希の目が、僅かに見開かれた。それが動揺しているとまでは、彼女の感情に乱れは
ないと思うけれど、少なくとも今の紗耶香の言葉に反応を示したのは間違いない。
 紗耶香は確信した。後藤は、……何かを知っている。


 「…後藤。市井のことが頼りになんないのは仕方ないけどさ。それでも、市井は後藤
  が何か隠しててそれで苦しんでんなら、それは打ち明けて欲しいと思うよ。………  
  市井は、後藤のこと、信頼してるんだからさ」

 
81 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年01月27日(日)02時05分05秒


 
 かなり無理をしたけれど、紗耶香は何とか口の両端をくっと上げて、笑顔を作ってみ
せた。大丈夫だ、市井は。――― 少なくとも、“妹”に1人で何かを抱え込ませて平気
なほど、地に落ちたわけじゃない。


 「…あの、ね…市井ちゃん。大したことじゃないんだ……」

 しばらく視線を彷徨わせていた真希が、ふっと息を吐いてそう言ったのは、実に1分
程度はたっぷり時間が経過してからだった。「…本当に、大したことじゃないんだけど」


 念を押すように言って、真希はようやく、それを口にした。
 「後藤はね。この『ゲーム』の存在を、知ってたんだ。これが始まるずっと前から」
紗耶香は、息を呑んで真希の顔を見つめた。彼女の表情に変化は見えなかったけれど、
もちろんそれが「大したことではない」話であるはずがなかった、何故なら ―――
真希の声が、とても硬さを帯びていたから。とても、無機質なまでに。
                                       【残り11人】


 
82 名前:flow 投稿日:2002年01月27日(日)02時06分44秒

 予想通り、何だか長くなりそうなので、市井紗耶香編1度切ります。
 次回の更新で、ちゃんとまとめたいですが…。
 それにしても、なぜか市井がどんどん情けなく……ああ、鬱…こんなはずでは(w


83 名前:深夜の携帯 投稿日:2002年01月27日(日)02時15分07秒
あるところで教えてもらって、今日はじめて来ました。
リアルタイムで見れて光栄です。
面白いです、これから娘。達にどんな残酷な世界が待ち受けてるか...
期待してます、作者さんがんばってください。
84 名前:はろぷろ 投稿日:2002年01月27日(日)03時50分13秒
やっぱり、市井と後藤の組み合わせはいいですね。
内容が濃くておもしろいです。
続きが気になります。
85 名前:詠み人 投稿日:2002年01月28日(月)12時34分02秒
緊張感のある二人がいいですね〜ドキドキ
86 名前:名無し読者 投稿日:2002年01月28日(月)15時08分38秒
市井の心理状態が一番リアルだ
87 名前:ARENA 投稿日:2002年01月30日(水)17時08分33秒
あ"−・・・、あの後藤がそこまで言うとは
やっぱり市井の計画みたいなことはムリなのだろうか・・・。
うーむ。
88 名前:flow 投稿日:2002年02月11日(月)16時39分23秒

 祝!m−seek復旧!ということで更新させていただくことにしました。
 残り11人からなかなか減りませんが、ご容赦ください。

 >83 深夜の携帯さん
   おハツですね、まさか携帯から読んでいらっしゃるんですか?
   見づらいかもしれませんが、またお願いしますね(図々しい宣伝

 >84 はろぷろ
   市井と後藤は、かなり想像しやすくてよいです。後藤は絡む相手に
   よって書きやすかったり書きにくかったり…(w
   
 >85 詠み人さん
   緊張感……ありますね、どこにもまったりした空気がないのです、
   ここのいちごまは。(いしよしもですね)

 >>86 名無し読者さん
   リアルですか〜、おお、嬉しいっす!
   やはり皆狂ったり混乱してる中では、唯一まともなのでしょうか?(w

 >>87 ARENAさん
   市井には、具体的な策はないのです(w
   ただ、がむしゃらに動いているだけで……まあ後藤としばらく一緒なので、
   どう変わっていくかですね。

 それでは、市井編の続きです。
89 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)16時41分14秒



「…前に、ほんの暇つぶしのつもりだったの」 紗耶香の真っ直ぐな視線から
逃れるように、すいっと目線を窓の外の方へ流しながら、真希が言った。


 「偶然で。本当に偶然だったんだ、政府のコンピューターに侵入できたのは。
  ほら、大体が暗号化されてて、外部からはなかなか侵入出来ないようになっ
  てる筈じゃない、政府のコンピューターなんてものは。
  ――― まあ、今の社会じゃ何も政府に限ったことじゃないと思うけどさ、
  どこの企業もそうしてるんだろうし」


 一気に吐き出すようにそう言って、真希は軽く息をついた。まだ、肝心な事を
話していない。本題は、これからだ。「それで、後藤は偶然………その暗号を、
解読しちゃったんだ」 そして、自嘲気味に笑う。


 「興味が無かったって言ったら、それは嘘だけど。その時まで後藤は、そんな
  計画があることなんて知らなかった。知らなかったんだよ。だから、初めて
  『個能力開発プロジェクト』なんて文字を見かけても、大した印象も持たな
  いで、その内容を読んだの」


 ・・・・・・


90 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)16時43分28秒



 1年半前の話だ。真希がまだ、中学3年生の頃の。
 
 季節は夏。市井紗耶香がアメリカに旅立ってまだ数週間のその時期、真希は特
にすることもなく(勉強だってする必要もないし、こんな暑いのに運動なんてま
さかしようなんて思うはずもない!) ――― 紗耶香がいない中では最も親しい
友人の吉澤ひとみも、バレーボールジュニア選手強化合宿とやらで、1週間ほど
園に帰らないとのことだった。


 つまらない。けれど、退屈さには慣れていた。そもそも真希が心踊るような経
験なんて、それこそ数えるほどしかなかったことだし。
 結局、真希は自分が中学に上がる頃に紗耶香に『お下がり』として貰ったパソ
コンで時間潰しをするのが日頃の習慣となっていた。

 ( もちろん、それを扱う技術を教えてくれたのは紗耶香だった、今では真希の
   方が断然扱いを得意とするようになっていたのだけれど ) ――― 紗耶香は
そんなことを気にするような心の狭い少女ではなかった、むしろ真希が色々な事を
吸収していくことを喜ぶような節もあった。


 
91 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)16時44分51秒



 ……そうだ、紗耶香はとても、真希の事を可愛がっていたから。そして真希もそ
れに答えるように、他人にはあまり心を開かない彼女にしては珍しく ――――
紗耶香にはよく懐いていた。



 けれど、紗耶香には昔から、一度熱中するととことんそれを突き詰めようとする
ようなハマリやすい所があって、それ故彼女が興味を持ったことに真希も付き合わ
されることも非常に多かったのだけれど ――― 真希はそれを喜んでいた。
 熱中出来るものが見つからない真希にとって、紗耶香と共通の趣味を持てることが
単純に嬉しかったのだ。…まあ、飽きるのも早かったけれど。

  
 そして、そんな紗耶香がここ最近のうちにのめりこんでいったのが、「拳銃」に
対する興味だった。もちろんこの日本では(口先だけは平和国家だ、真希からする
と暗に争い事に巻き込まれない為の言い訳にも思えるのだが)、当然「銃剣類」の
所持については認められていなかった。


 もちろん、紗耶香とてそのくらいは承知していた。だから、アメリカへの留学を
さっさと決めてしまったのだ。


92 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)16時45分52秒



 彼女が何を思って拳銃に興味を示したのかは、真希には理解し得ないことだった。
けれど、今回ばかりは紗耶香は真希が自分と同様の趣味を持つことに ――― つまり
は留学に付いてくる事に、賛同しなかった。いや、反対した。
 『いくら頭がいいって言ったって、アンタはまだ中学生でしょ』


――――


 『やっぱあれだよね、銃ってさあ、カッコいいじゃん。洋画なんかでもやたら
  ぶっ放すし。……ああゆう映画で使ってる銃とか、実際に撃ってみたいんだ
  よねー。日本じゃ無理って所がまた、意欲を掻き立てるっていうかさー』

 『ふうん、そう。市井ちゃんなら、簡単に撃てるようになるんじゃない?』
 『まね。市井は器用だからさ』『 ――― 一応、賛同してあげるよ』

 『…ははっ、何だよぉその一応ってのはさ』  

 ―――

 無理にでもついて行こうとするなら、出来ないこともなかった、真希には彼
女独自のネットワークが ――― 彼女が「天才児」として異形視されるが故の、
強力なコネがあったから。(要するに、教育委員会のお偉いさんかなんかの)


93 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)16時46分54秒

 

 真希が『留学』したいと、彼らに強く申し出たならば、あっという間に根回し
した上、飛行機の往復便くらいまで手配してくれるのに違いない。けれど、真希
はそれをしなかった。彼女は、紗耶香が強情なのを知っていたから。


 もし、自分が無理にでも紗耶香に付いて行ったとして、紗耶香は決してそれを
歓迎はしないだろう。逆に怒らせてしまうかもしれない。“やりたい事”を見つ
けた紗耶香は、他人の言う事など聞き入れないような頑固な性格でもあったし。
 ならば、自分は黙って紗耶香の帰りを待つ他はなかった。例え寂しかろうが
悲しかろうが、真希にとって市井紗耶香の存在は何より大事であるが故、その
意思に従うことは絶対だった。


 『行ってらっしゃい。気をつけてね、市井ちゃん』――――― そして真希は、
笑顔で紗耶香を見送った。



 内心の寂しさを紛らわすように、真希は吉澤がいない時間のほとんどをパソコ
ンと向かい合う事に費やすようになっていた。それが紗耶香へのメールのやり取
りをすることもあれば、取り合えず興味の沸きそうなホームページを巡ってみた
りと、それは毎日のように繰り返された。


94 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)16時49分38秒



 ( でも、やっぱりつまらない )
 それでも当然、飽きはくるものだ。生きてる人間ならば、当然避けては通れな
いものなのだけれど、真希は普通の人間よりは多少、そのサイクルが短かったの
だと言えよう。――― 吸収が早い分、飽きも早い。


 そんな中で偶然侵入した政府のコンピューター。色々妨害措置も働いていたみ
たいだったけれど、真希は運が良かったのかそれとも彼女の技術故か、どのトラ
ップにもひっかかる事無く、暗号すら解いて ――― その文字を発見した。
『個能力開発プロジェクト』…通称「デス・ゲーム」の存在を知った瞬間だった。



 その異常な計画に関するデータは膨大な量だった。とかく、過去の資料に関す
るそれは、さすがに40年近く続いている(らしい)計画なだけあって、その資
料全てに目を通すにはかなりの時間を要したものだ、真希ですらも。
 そう、真希は興味にかられてその膨大な資料のほとんどを頭に入れたのだ。




95 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)16時50分55秒
 


 とは言え、そのデータのほとんどはその計画に強制参加させられた少年少女達
の細かい資料で ――― 身長・体重・身体能力・運動能力・在籍校・交友関係・
その他もろもろの……よくもまあ、これだけの情報を1人1人集めたものだと、半
ば感心するくらいの量の個人データが、そこには詰まっていた。


 そして、真希の目を引き付けたのは全ての資料にある短い文。
 例えばそれは『199x,10,11 18:21 出血多量性ショック死』であったり、あるいは
『200x,09,30 03:58 窒息死』だったり、『198x,05,22 11:09 生存確定』…


 つまりそれらの短い文が示すものは、そのデータの対象者がこのゲームから解放
された瞬間、要するに「生き残ったか」「死んだか」のどちらかに限る ―――
実にそっけない、『死』の言葉の羅列だった。


 そのあまりに短く要点だけを忠実に表現した言葉は、下手にグロテスクな文章
で『死』を語るよりもよほど、静かな狂気を湛えているように思えた。



96 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)16時51分51秒
 

 
 自分とさほど変わらない年頃の少年少女達 ――― それも孤児院出身の彼らに
よって成し遂げられるその異常な『計画』、そしてその間繰り返されてきた数え
切れない殺戮。その理由というのも実に陳腐極まりないものだ、まさか「個人の
追い込まれた状況における戦闘能力の限界を測る」、だって?


 馬鹿馬鹿しいにも程がある、一体政府の人間は何を考えているというのか、本
当に ―――― 低知能の俗人間しかいないんじゃないの。


 軽い眩暈を覚えつつそれらの資料に目を通しながら、真希は決して届くはずの
ない、彼女には珍しい悪態を心の中でついた。けれど。
 ( もしも、後藤たちが当たったら?この、下らない『デス・ゲーム』とやらに? )


 そう考え付くのは、非常に自然な流れのことだった。日本全国におよそ数百の
政府運営の孤児院は存在するのだけれど、例に漏れず真希の生活する〈朝比奈女
子園〉も言わずもがな政府の管理の下に、その運営が為されていたのだから。
 決して世間の目に触れることのない水面下において進められるこの「計画」だ、
誰かが、今回の真希のように偶然、その存在を知ったとして ――――


97 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)16時52分41秒

 

 止められるはずがない、当然だ。だって、この世の中には「力関係」ってヤツ
があるのだ。情けない話だけど ―――― 真希に、そんな計画を止めさせようと
思う程の正義感、否………「生への意欲」というものはなかったし、何より自分
1人が騒いだところで何がどうなる訳でもない。


 今回こそ偶然にもこのコンピューターへの侵入を成功させたけれど、次も同じ
手段でここへ来ることは出来ないだろう。もちろん、こちら側の正体は必ずバレ
ないようにする自信はあったが、政府とてこれだけ長時間に渡る侵入者がいれば
気付かない訳がない。おそらく、もっと綿密に入り組んだトラップを仕掛け、暗
号も変えてくるだろう。

 要するに、今回たまたま閲覧するのみ許されただけであって、証拠資料を残す
事は出来ない。自分は、そのゲームの存在を知っただけ。そして、何か行動を起
こす事も出来ない。下手に動けば、今回の侵入者が自分である事をバラしてしま
うきっかけにもなり得るのだから。


 ( 政府には、逆らえない。現にこれだけの人間が死んでる )

 

98 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)16時53分37秒



 だから、もし朝比奈女子園がこの『個能力開発プロジェクト』に巻き込まれた
としても、真希になす術はない。いくら天才児と言われようが何だろうが、人生
には‘不可能’な事だって山ほどあるのだ。
 
 その「デス・ゲーム」を止める手段も朝比奈女子園を ――― 自分の周りの少
女達を救うことも ――― 言ってみればその‘不可能’な事の1つになる、だか
ら無理。ハイ、申し訳ないけどそれは無理ですってね。
 

 
 ( だけど… )――― 大した問題には思わなかった、真希は。先ほども述べた
ように、真希には人と比べてその生への欲が若干欠けているような所もあったし、
何よりそうまでして今の生活を守りたいとも思わなかったのだ。

 
 大体、このゲームに当たる確率は幾つだ?年に1回、たまに行われていない年
だってあるし、開催される時期も不定期だ。( 夏だったり冬だったり… ) その
会場すら、特定の場所がある訳でもない。予測出来ない、そもそも何かの『定義』
に基づいているわけでもなければ、基本の『データベース』がある訳でもない、
予測不可能。なら、心配するだけ無駄なことじゃないか?



99 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)16時54分23秒


 
 この計画を知っても何も出来ないという事。
 そして、その開催される時期も分からない事。
( おそらく、その計画の‘首謀者’が気まぐれに考えているとしか思えない、そう
  でなければこんなに統一性のない計画、何十年も続けられないはずだ! )―――
 結論、真希には何もする必要性も、その手段もなかった、仕方ない、それは。



 ( どうせ、市井ちゃんは後藤を置いていっちゃったし )

 

 それは、最も真希の中で大きな理由だったかもしれない。市井紗耶香が、自分
にとって何より大切な、大切な存在である筈の彼女が ―――― 自分を置いて、
アメリカという異国へ旅立って行ってしまったことは。


 真希がそのことで紗耶香を責めたことは1度たりともなかったけれど、ずっと
胸中にあったその思い。消しきれない紗耶香への疑念。自分への嫌悪。


 ・・・・・・


 
100 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)16時56分56秒



 「市井ちゃんは」 過去の思い出話 ――― というにはあまりに内容の重すぎる
話を終えて、真希は意識的に声を低くした。窓の外へと向けていたその暗く、冷た
い視線を紗耶香へと向けて。( ちくしょう、なんだよ… )紗耶香は内心、真希の
そんなつかめない態度を苦々しく思った。


 時々、真希はこういう風に意識的に感情を殺す事がある。そして紗耶香はいつも
そんな彼女の胸中をいまいち掴みきれずにいた。
 普段の生活の中で、いくら真希が「無表情」だとか「冷たい」だとか、その人物
像のとらえにくさを他人に言われる事が多いとはいえ ――― 紗耶香が、真希を分
からなくなると思うのは、滅多にないことなのだから。


 そう、いつも通りの真希であるならば。唯一自分と吉澤ひとみにだけ心を開き、
他人には決して見せない「笑顔」を自分には見せてくれる後藤真希であるならば。


 けれど、真希は何故かこうして、不意に‘本当に無感情’な少女になる時がある。
意識的に感情を排除している時。そしてそんなときは必ず、何らかの不満が鬱積し
ているときなのだ。




 
101 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)16時59分33秒



 ――― 真希は、決して感情を爆発させない分、代わりに積もり積もったその負の感情
は、徐徐に排出していく傾向にある。そしてその相手はもちろん、紗耶香か吉澤ひとみ
に限られていた。



 紗耶香は、吉澤ひとみがそんな真希の相手をする時にどういった対応をしているの
かは知らないし、参考にするつもりもなかったけれど( なんだか、負けてるみたいで
悔しいじゃないか?… )、吉澤はもっと上手に対処しているのではないか、という思
いを常々抱いていた。少なくとも、その対応に困惑してしまう自分よりは。


 「『市井ちゃんは』……ナニ?」
 努めて冷静な声を出して、紗耶香は真希を見据えた。本当にやりにくいけれど、
今ここで逃げる訳にはいかないし。大体、逃げる場所なんてない。
 真希は小さく息を吐き出したようだった。「市井ちゃんは昔から、たまに思って
ることがあるでしょう」 ――― そして言った、相変わらず感情を押し殺した声で。
 「たまに、後藤のことが分からなくて『怖い』って」



102 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)17時00分31秒



 ( ………! ) 思わずギョッとして、紗耶香は目を見開いた。真希と自分の視線
が交差して、その呪縛から逃げられないような気がした。そして、咄嗟に返答する事
も、………出来なかった。


 ( 怖い?市井が、後藤のことを? )( …はは、馬鹿みてえ )
 ( んなわけないじゃん、後藤は妹なんだから、妹みたいなもんなんだから )
 ( ……後藤のことが? )


 ――― 無感情な真希。

 「……そんなわけ……」
 「 随分、答えるのに時間かかるんだね 」
 ようやく声を絞り出した紗耶香に、真希が間髪入れず畳み掛けるように口を開いた。
 何だか、見透かされているような馬鹿にされているような複雑な感情が入り乱れて
紗耶香は思わず語気を荒げる。「…るさいっ、何言ってんだよ、後藤!」


 胃のあたりがムカムカした。とても苛ついていると思った、市井は、自分が。
……一体、何に対して?「訳分かんないよ、後藤のアホ…っ」 ―――― ああ、
そうか。苛ついているのは自分に対して。そして、真希に対して。



 
103 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)17時01分59秒



 どうして、こんなにギクシャクしなきゃならないんだ、自分と真希のような
固い‘絆’ ――― そんな照れ臭いような言葉で表現するのは好きじゃないけど、
敢えて言うならそんな非常に濃い関係である自分たちが ――――

 こんな、くだらない『ゲーム』のために?


 「…ごめんね、市井ちゃん。嫌な思いをさせたんなら謝る。だけど、これは
  後藤がずっと思っていた事だよ。もうちょっと聞いてくれるかな」
 真希は、紗耶香の顔色をうかがうように自身の顔を少し、斜めに傾けて言った。
彼女の長く艶やかな茶色の髪が、サラサラと顔の横に流れる。


 「何だっていうわけ?」 少しは、落ち着きを取り戻しただろうか。自分は、い
つものように ――― いや、普段に程近い安定した声を出せただろうか?自信はな
いが、それでも。( 分かったよ、聞いてやろーじゃん… )ある種の開き直りにも
似た感情で、紗耶香は自分に言い聞かせた。



104 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)17時04分10秒
 

 
 「…いつも、後藤は市井ちゃんの後をくっついてて。市井ちゃんがやること為す
  こと、何でも真似してて。後藤としては、それは純粋に市井ちゃんのやること
  が新鮮に写っていたから、自分もやってみたいと思ってたんだ。だけどね、中
  学に入った頃から、時々思うようになったの」

 
 「 ――― 何て?」 一瞬眉をひそめて、紗耶香は聞き返した。いつの間にか、真
希の話にすっかり引き込まれていることに、彼女は気付いていない。


 真希は何のためらいもなく、考える風もなく、ごく自然にその言葉を吐き出した。
本当に普段からその意思の根底にあったものなのかも知れない、彼女がそう話した
ように。「後藤は、市井ちゃんに依存しすぎなんじゃないかって」

 続けて言った。
 「そして、市井ちゃんはそんな後藤に、嫌気が差したんじゃないかって」


 「んな、馬鹿みたいな話…」「そう、馬鹿みたいな話」
 「……何で……」
 


105 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)17時04分57秒



 紗耶香は笑い飛ばそうと思った、いやそうしようと試みた。けれど、顔の筋肉は強
張ったように引きつり、 ――― そのような表情を作ることは出来なかった。
 要するに上手く笑えなかった、つまり紗耶香は。



 「だから、留学って理由は後付けで。拳銃なんて、本当はどうでもいい理由で。
  ………市井ちゃんは、後藤と距離を置くために………アメリカに行ったんじゃ
  ないのかなって、残されて ――― 1人で日本に残ってた後藤は、考えてたの」


 静かな声が小さな小屋に響き、僅かな沈黙が空間を支配した。
 「……そんなの……」 ややあって、紗耶香はようやく一言、言葉を発した。本当
に“ようやく”という表現が当てはまるそんなたどたどしい口調で。
 普段、何でもはっきり物事を口にする紗耶香にしてみたら、そんな事は至極珍しい
ことこの上ない。 「後藤の、勝手な思い込みだろ」 ―――― そう、それは単なる
思い込みだ、真希の、彼女だけの。…そのはずだ。

 「だって、市井はたったの1度だって、…後藤をそんな風に邪険に考えたことなん
  てないんだから」 ――― 嘘ではなかった。


 ―――



106 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)17時06分25秒



 ふふっという笑い声と共に、真希は顔を上げた。紗耶香は一瞬自分の耳を疑って、
真希の顔を咄嗟に見据えた。笑顔。確かに、真希は笑っていた。
 ( ――― !?何で?何を笑ってんの? ) 少しばかりの動揺を胸に抱いて、紗
耶香はじっと真希の顔を凝視する。
 「本当に、市井ちゃんってばお人よし過ぎ。正義感もありすぎ。そんなところが、
  まあ後藤は好きなんだけど」


 真希は、まだクスクスと笑っていた。紗耶香が呆然として彼女の顔を見つめ続けて
いる、その事だけでもおかしいかのように、口元をほころばせて。「…ねえ、市井
ちゃん?」 何となく、だけれど。紗耶香はそんな真希の感情に、何か一瞬嫌な感覚
を抱いた。幼い子供が狂気を語るときの顔つき。 ――― 本当に何となく、なのだ
けれど ――― 嫌な予感というものは的中するものなのだ。


 「市井ちゃんは、後藤にどっか後ろめたく思ってるんでしょ。後藤のこと置いて、
  アメリカなんて行っちゃって。その間、後藤がどんな思いしてたのか考えると…
  少し、罪悪感みたいなの感じちゃうんでしょう?だって、知ってるもんね。
  知ってるはずだもんね。後藤には ――― 」



107 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)17時07分21秒



 一度、言葉を切って真希は相変わらず感情のこもらない笑みを口元に湛えたまま、
紗耶香を見つめた。もはや、彼女の瞳には市井紗耶香しか映っていない、そんな表情。
 「後藤には、市井ちゃんって存在がどうしても必要なんだってこと」
 

 『後藤真希には、‘市井紗耶香’という存在が、どうしても必要なんだということ』


 くすくす、という真希の笑い声と、彼女の言い放った言葉が( 後藤には、市井
ちゃんって存在が必要なんだってこと ) ――― 頭の中をぐるぐると巡っている
のを感じて、紗耶香は思わず顔をしかめていた。


 ( 罪悪感?市井が、後藤に対して……… ) 否定出来なかった、その言葉は。
 おそらく、常に心の片隅に影を落としていたその思い。敢えて考えることはしな
かったけれど、どこか心にひっかかっていたその考えは、ものの見事にその対象本
人である真希自身の口によって語られることとなった。


 まぎれもなく、正解だった。どう否定のしようもなく、まさに紗耶香自身が意識
すまいと思っていた事を、真希はきっぱりと口にしてしまった。

 

108 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)17時08分04秒



 『市井には、友人がたくさんいる。後藤には、ほとんどいない』


 ――― だけど。市井は留学する道を選んだ。後藤から離れることを選んだ。


 何処かで、紗耶香は自分に依存してくる真希を甘やかしてそんな“お姉さん”ぶ
った自分に満足している感情と、「それでいいのか、後藤自身のためにも」 ―――
あまりに他人に心を開かない真希に対するある種の“優等生”ぶった自分の感情の
狭間で、紗耶香は考えた。『少し、距離を置くのもいいかもしれない』


 期せずして、紗耶香はその時丁度興味を持ち始めていた「拳銃」を理由に留学を
決めた。学業の成績も学校トップクラスの紗耶香にはさしたる問題も見当たらず、
意外なくらいあっさりと留学は認められたのだ。
 そして、それでも ――― 自分で決めたことにも関わらず ――― 紗耶香の心には
常に翳りが差していた。( 本当に、それでいいの? )


 『後藤を1人にして、本当に大丈夫だと思ってるの?』
 ――― いいんだよ。後藤だって、そんなに弱い人間じゃない。多分、市井の
意図することだって、ちゃんと汲み取ってくれる、筈。


 
109 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)17時08分57秒



 もちろん、その時の市井紗耶香の思惑が外れたことは言うまでもない。真希の
周囲に溶け込もうとはしない態度に改善された所は見られなかったし、むしろその
頑なな‘拒絶’の姿勢は強くなっているようにも思えた。
 
 ――― ただ、吉澤との関係だけには何の変化もないようだったけれど。だけど ――
 (何となく面白くない、それも…) 理由は分からないが、紗耶香には少し不満
だった、真希と吉澤の関係性は。馴れ合いでもない、友人関係とも言えない、不思議
なつながりを持った二人。

 ( 無論、そんな特別な関係は紗耶香と真希の2人にも共通することだったけれど、
   紗耶香は自分と吉澤を照らし合わせて考えることを嫌った、頑固なまでに )

 

 「何が言いたいの?後藤は。市井に、……市井を責めたいなら、はっきり言えば
  いいじゃん。そんな遠まわしに、何が言いたいわけ?」 苛ついていた。そして、
妙な不安、焦りのような感情が紗耶香に生まれていた。自分自身でも正体不明なその
感情にどうしようもなく不快感を覚えて、自然と紗耶香の口調は荒くなる。


 「責めたいだなんて、まさか」



110 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)17時10分24秒



 真希の目が少し細められて、彼女はそう口にした。何処か、この状況を面白がって
いるようなそんな思いが滲み出ているような態度。紗耶香と真希の違い、それは何か
って? ――― ‘余裕’だ、心の。真希にはあって、紗耶香にはない。


 今まで自分が、真希に対して抱いていた感覚が少しずつ、少しずつ崩れていく、
…そんな錯覚さえ湧き出てくるのを、紗耶香は阻止することが出来なかった。
 
 『このゲームの存在を知っていた』と苦しそうな表情で言ったかと思えば、
『市井ちゃんは後藤のことが怖いと思っていたでしょ』などと意識的な無感情を装
って、そう冷たく言い放ったり、そうかと思えば今現在のように ―――― 紗耶香の
反応を楽しむかのように微笑(いや、冷笑か?)を浮かべていたりする。


 一体、何が真希の本心なのか。それとも、まだ本心の断片すら見せていないのか?
 ――― 否、これもそれも ――― 全て彼女の心内全てを曝け出したものとは?


 ( 分っかんねえなあ、ホントに…… ) 苦々しさを通り越して、紗耶香は何だか
馬鹿馬鹿しいとさえ思い始めた。( ホント、馬鹿なんだ市井は……そうだろ? )

 

111 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)17時11分26秒



 自分自身の考えていることさえ、他人に言い当てられなければ分からない。自分が
真希に対して「罪悪感」( 僅かな、だけど。念のため ) ……を抱いていたことで
すら、彼女から言われなければ敢えて無視していたのに違いない。

 ―――

 「じゃあ、後藤の目的は何?」 馬鹿馬鹿しいと思えるようになったことで、
むしろ紗耶香には幾分の余裕が生まれてきた。自分の弱さを認めることが出来れ
ば、虚勢を張っているよりずっと楽になるものだろう。今になって分かるけれど。
 
 「…なら言っていい?後藤の、……お願い」
 妙に勢いをなくした(というより“可愛らしい”という感じだろうか?真希に
しては珍しい ――― そんな女の子らしい仕草・言動の類は)、声で言った。


 「あのね、後藤には『しなきゃいけないこと』があるの。このゲームの中で。
  その目的を遂げるまで、死ぬわけにはいかない、絶対。だから、……だから、
  市井ちゃん、後藤と一緒にいて?一緒にいて、後藤のことを守って」

 

112 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)17時12分20秒



 ――― “後藤のことを、守って?”


 ざわり、と背中に異様な感覚が走って、紗耶香は思わず床についた手をぐっと
握り締めた。手の平にじっとりとしたものを感じて、紗耶香は初めて自分が汗を
かいていることに気がついた。( 守る?後藤を? )……

 
 「どうして、わざわざそんな事、言うわけ?」 動揺しつつも、紗耶香は強い視
線で真っ直ぐに真希を見据えてきっぱりと言い放った。
 見知った相手と『殺し合いをする』というこの異常な状況下において、訳の分か
らない不快感は残しておきたくはなかった。

 まして、‘後藤真希’という自分が妹のように可愛がっている少女が相手ならば
なおさらだ。「そんなこと言わなくたって、市井が後藤のこと守ってやるなんて、
当たり前のことだろ?今までだって、市井は後藤のこと守ってきたつもり。もちろ
ん、市井の自負だけどさ。……念を押すようなことじゃないじゃん」


 そして、これだけは言わなくてはならない。
 「やっぱり、後藤は市井のことが信用出来てないんじゃないの?」



113 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)17時13分32秒
 


 真希は身じろぎ1つすることもなく、そしてその微笑を浮かべた表情にも変化は
微塵も起こることはなかった。ただじっと紗耶香に注がれる視線だけが、変わらず
そこにあるだけだ。「……答えろよ、後藤!」
 痺れを切らした紗耶香が語気を荒げて真希に近づいたその時、ようやく彼女は答
えを寄越した。


 「逆だよ。市井ちゃんが絶対に後藤のことを守ってくれるって、裏切らないって
  分かってるから、頼んでるんだ。市井ちゃんは後藤のこと大事に思ってくれて
  いるんでしょ?後藤のこと1人残してアメリカに行って、その割にまだその事
 『後ろめたい』って、引きずっているんでしょ?」


 相変わらず目線だけは紗耶香から1ミリすらも逸らすこともないまま、真希はその
言葉を皮切りに、矢継ぎ早に次々と言葉を繰り出してきた。


 「あのね、市井ちゃんを選んだのにはちゃんと理由があるんだよ」
 「市井ちゃんなら、ちゃんと後藤のこと守ってくれそうだし」
 「銃の扱いだって、手慣れてるはずだし」「――― 後藤に、罪悪感抱いてるなら、
  償いのつもりでちゃんと守ってくれるだろうし?」



114 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)17時14分22秒



 「まあ、言ってみればね……後藤が単純に、市井ちゃんと一緒にいたいからなんだ
  けど、へへっ。結局、それが1番の理由なんだ。後藤は市井ちゃんと一緒にいた
  い。あと何日生きていられるのか分からないけどね」

 
 ヘラヘラと気の抜けたような笑顔で、真希はいともあっさりとそう言ってのけた。
 ( …一緒にいたい…それが、後藤の1番の理由なんだとしたら ) 本当にその
言葉が真希の本音を間違いなく表しているのであれば、紗耶香は迷いなく彼女に答え
る事が出来た、『いいよ、守ってやるよ ――― 市井は後藤を、最後まで絶対に』。


 けれど、思った。( 本当にそれが理由?他に目的があるんだとしたら? )
 そんな風に考えることを世間一般には『疑心暗鬼に陥った』などと表現するので
あろうが、今の紗耶香にそんな事を考える余裕はなかった。
 
 今までの「姉妹のような」関係性のままであったならば ――― 紗耶香は当然、
真希の言葉を頭から信じることが出来たのに。分からなかった、真希の本心が。
まるで霧に迷い込んだかのように。



  
115 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)17時15分19秒



 「言っとくけど、市井ちゃんには選択権はないよ」「 …ッ!」
 一瞬とはいえ躊躇した自分の気持ちをまたも読まれかのように感じて、紗耶香は
真希の言葉に敏感に反応してびくっと身体を揺らした。( 何でもお見通しってか、…
ったく後藤のやろぉ… ) 不意に紗耶香は笑い出したくなった。


 ああ、本当に自分は混乱している。情けないくらい、年下の ――― ‘妹’として
接してきたはずの彼女に、振り回されている。けれど、逆に言えば相手が後藤真希と
いう特別な存在の少女であるからこそ、まだ自分のプライドは ――― 年下に翻弄さ
れているという状態にあっても、何とか保たれているのだが。


 もう、何を言われても心を乱すもんか。紗耶香は固く(まあ、こっそりと)内心で
誓っていた。自分が情けないということも、真希のに対してどこか釈然としない気持ち
を抱えていることも含め、全てを受け入れる覚悟。もう、腹は決めた。
 
( いいよ、もう何を言われようが、後藤がどんな行動に出ようが )

 それもプライドだ、つまらないもんだけど。一応‘姉’としてのプライド、見せて
やるよ?後藤。――― 何でも来いってんだ。



  
116 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)17時16分56秒



 それでも真希は、まだ紗耶香を試そうとでもしているらしかった。いや、『試す』
という言い方は正しくなかもしれない。言い聞かせている、そんな感じで。


 「やぐっつぁん、今どこにいるんだろうね?その気になれば、後藤はすぐに探せるよ」
 ( …は?矢口?……何でいきなり、矢口の名前を後藤が出してくるわけ? )

 「だけど、市井ちゃんが後藤から目を離したら……後藤、先にやぐっつぁんのこと
  見つけるかもしれない」
 ( そらそうだろよ。あんたは探知機持ってんだから。しかも多少自分で改良加えて )
 
 「例えば、もしその時、……何かがあって、後藤は自分の身を守るためなら……」
 ( ああ、そう。 ―――― そういうことか。分かったよ、後藤? )


 真希は唐突に矢口真里の名を ――― 紗耶香の親友である彼女の名前を出してきた。
今どこにいるのか、とりあえず死んではいないようだけれど、その安否すら確認する
手段もない自分の親友名前を。( 矢口……大丈夫、矢口は無事だよ ) 根拠は何もなか
ったが、紗耶香は自分自身に言い聞かせるようにそう考えた。
 



 
117 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)17時17分53秒



 そう、もう弱気じゃいられない。そんな言葉1つに動揺なんてしていられなかった。

 先ほど誓ったばかりだ、腹を決めると。真希の言葉を全て受け止めると。
 ――― 断言は出来ないけれど、気付いてしまったのだ。
 「…もしも、の話だけど。そしたら後藤は、やぐっつぁんのことを」


 「後藤っ!!」――― いい、言うな。分かった、から。 
 紗耶香は一瞬だけ表情を厳しくして真希の言葉を遮った後、ふっと表情を緩めた。
そして今まで妙な緊張感のため強張っていたその顔に、優しい笑みを浮かべる。
 作ったそれではない、ごく自然な柔らかい微笑みを。


 「大丈夫だよ。そんな、市井を縛り付けるようなこと考えなくたって」
 気付いてしまったのは、真希のおそらくは見えない本心。きっと本人は隠したいの
であろう、心の弱い部分。そうだ、彼女は恐れているのに違いない。

 1度、(紗耶香にそのつもりはないのだとしても)市井紗耶香に「捨てられた」と
いう経験を持つ身である真希としては。



118 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)17時18分55秒



 それならば、紗耶香は言ってやらなければならなかった、真希に。真希がそれを ―――
また‘捨てられる’ことを恐れているのならば、言ってやらなければならない。それは、
まるで見当違いのことなのだと。


 「理由付けなんてなくたって、メリットなんかなくたって、反対にリスクを負った
  って ―――― 市井は後藤のこと守るから。大事だから、守るから。後藤の目的が
  何なのか、分かんないけどさ? 」
 一旦言葉を切って、紗耶香は真希から目線を外した。今から口にするその言葉は、
冷静に考えれば少し ――― そう、少し気恥ずかしいから。


 「乗せられてやるよ、後藤の思惑に。…だって、うちらは一緒にいるのが当たり前
  なんだからさ」
言えた。意外と照れることなくすんなりと。


 「…………」
  真希は無言で紗耶香を見つめていた。少し、呆気に取られたような表情に見えたの
は、紗耶香の見間違いなのだろうか? ―― 少なくとも紗耶香はそう言う風に感じた
のだけれど。( …ったく、こんなときだけコロコロ表情変えるなよな )



119 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)17時20分17秒



 普段、真希の表情はそう変化に富んでいるわけではないというのに、先ほどの真希の
過去の『告白』(デスゲームの存在を知ったきっかけの話だ)の後の辛そうな表情から、
紗耶香を責めた発言の後の冷たい無感情な表情。そして。

 
 ――― 今の、紗耶香の言葉を聞いた後のこの呆然としたどこか幼い表情。
 「………」
 真希が何か、喉まで出かかった言葉を飲み込むかのように口をぎゅっとかみ締めて、
紗耶香の顔を見返してきたのを目にして、紗耶香は彼女が一瞬泣き出すのかと思った。
 「…後藤?」 少し、気遣うような優しい声になる。


 「大丈夫だよ」 真希は、微妙に口元を歪めて小さく言った。どうやら笑ってみせた
かったらしいけれど、それはもちろん失敗作だ。( 泣きそうな顔してんなよな… )
 当然、真希は涙なんて決して見せたりはしないのだろうけれども。


 ふうっと大きく息を吐き出して真希はもう1度口を開いた。相変わらず冷静な口調に
変わりはないけれど、紗耶香に向けていた「無感情」な表情は欠片も残ってはいなかった。
 


120 名前:《11,再会    市井紗耶香》 投稿日:2002年02月11日(月)17時21分31秒



 その代わり ――― 最初に彼女が『デス・ゲームの存在』についての告白をした時の
ような、そう。あの何処か苦渋を滲ませているような表情の上から、無理矢理笑顔でも
貼り付けたかのように、曖昧に笑んで。


 「ありがと、市井ちゃん」 
 「………………」
  ( ――― そして、『ごめんなさい』ってか? )


 消え入りそうな声の後、もし言葉を発していたのならば、間違いなく真希はそう続け
ていたのだろうと紗耶香は思った。『ごめんなさい』と。何故なら、―――― 紗耶香
には、どうしても彼女の浮かべているそれが、“笑顔”には見えなかったので。
                                            【残り11人】  




121 名前:flow 投稿日:2002年02月11日(月)17時24分43秒
 異常に長かった市井編は以上です。(断じてシャレではありません)
 やはり書きやすいと……長いですね(w

 次回からは1回で書き切りたいと思います。誰にするかな…
 どうか、誰か読んでいてくださるとありがたいです。

122 名前:名無しさん 投稿日:2002年02月11日(月)18時04分47秒
初めてレスします。

まずは復活おめでとうございます!&大量更新お疲れ様です。
いしよしの動向とともに大変気になるいちごまコンビですね(特に後藤)

次回楽しみにしています。。

123 名前:ARENA 投稿日:2002年02月11日(月)19時38分57秒
ヤッター!ヽ(・∀・)ノ
MSeek復活してる!!

更新速度の早いこの作品を読めないのがかなりつらかったですが、
復活早々の更新、嬉しい限りでです。
がんばってください。
124 名前:flow 投稿日:2002年02月13日(水)21時31分22秒
何だかまたトラブル(らしきもの)が発生しているようなのですが、こんなとき
書き込んでも大丈夫かな…と考えつつ、更新してしまいます。

 >122 名無しさん
   初めてのレス、ありがとうございます!
   いしよしといちごま、どちらも片一方が異常なほどヒネクレ者なので(w
   その動向を、暖かく見守ってあげてください…(私が言うのも変ですが)

 >123 ARENAさん
   お久しぶりです!復活早々、また見にきてくださって、嬉しい限りです。
   たくさん書き溜めておこうかとも思ったのですが、結局ほとんど進まなかった
   という……。こんな私にレスを何度もくださり、本当に頭が下がります。

 それでは、今回はこの人の出番で書きます。



 
125 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時34分52秒



 「…ねえ、もういいんじゃないの?」
 白々と夜が明け始め、身を切るような寒さが本格的に辛く感じてきた頃、絶えず
身体を寒そうに上下に揺らしていた矢口真里が、呟いた。「話し掛けようよ〜」


 「駄目。まだよ」
 自身も、そろそろこの寒さにはいい加減閉口していたけれど、石黒彩は矢口の方
を振り返りもせずに、ピシャリと言い放った。もちろん、ようやく聞き取れるか位
に小さく声を潜めて。今はまだ、気付かれる訳にはいかなかった、

 自分たちが様子を伺っている小屋の中の2人 ――― 市井紗耶香と後藤真希には。


 矢口が、はあっと溜息を吐いた後、今度は彩にも聞こえないくらいの声で、何や
らぼそりと言い捨てるのが気配で分かった。おそらく、この追い込まれた状況に対
してか、それとも彩に対してか ――― 不満を言ってのけただけであろう。

 
126 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時36分25秒



 その矢口の隣りに同じように身を縮めてしゃがみ込んでいる、中学生の小川麻琴
(14歳)からも、彩が『まだ駄目』だと断言したことに対して少なからず落胆し
ているのが、伝わってくる。けれど、彩は自身の言葉を撤回しようとは少しも考え
なかった。( もうちょっと我慢なさい、今は、まだ…… )

 

 そりゃあもちろん、自分の考えが1番正しいだなんて思っちゃいないけど…この
2人(矢口真里と小川麻琴だ)よりは年齢も重ねている分、少しは人を見る目はあ
るつもりだし、自分は社会に出て(派遣社員だけれど)、働いているという自負も
持ち合わせている。だから、この場では自分の考えを2人に押し付けたのだ。


 (紗耶香だけなら、話し掛けただろう、迷いもなく。けれど ――― )
 
 「…あの子は、後藤は……何を考えているか想像もつかない。今、声を掛けるの
  は簡単だけど、ちょっと様子を見た方がいい。大体、武器だって何持ってるん  
  だか分からないんだから……」



127 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時37分17秒



 結論から言えば、彩は後藤真希を警戒していた。別に、彼女のことを嫌っている
だとか、一緒にいるのが嫌だとか、そういった感情論でものを言っている訳ではな
いのだ、当然。特別いがみ合っていたわけでもない。

 
 しかし、生きるか死ぬかという、ある意味究極の選択を強いられたこの中で、何
をするか分からない(その考えも予想出来ない)真希の存在は彩にとって脅威だっ
た。7歳の年の差があるとは言え、正直言って頭の構造が違う。
 その点で、彩は自分の方が年上だという些細なプライドなどは持ち合わせていな
かったので ――― 簡単に認めることが出来た、「後藤真希は天才だ、だからこそ、
危険なのだ」と。


 ・・・・・・


 そもそも彩は、最初から1人で行動するつもりだった。自分がなぜ ――― とっく
に園を卒業した自分が何故、このような『死のゲーム』に参加しなければならなかっ
たのか、その理由にも納得がいかなかった。



128 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時38分45秒



 結婚して園を出て、家庭を築き、そして子供を産み……
 そのような至極当たり前に展開されていた自分の人生を、どうしてこのような馬鹿
らしい『ゲーム』に中断されなくてはならないのか。(…ふざけんじゃないわよ…)
 逆らうわけには、いかないけれど。何せ相手は日本という国を動かす政府だし。


 突然自宅に入った1本の電話。自分のとった行動。冷たい政府の男の声。
 たくさんの資料。久しぶりの中澤裕子との会話。自分の心中。
 黒い考え。犠牲。家族と園の生徒との天秤。
 ……………

 死ぬわけにはいかない。そして、政府に逆らうことも出来ない。それならば、自分
に残された選択はただ1つ ――― 『ゲーム』に参加し、そして生き残ること。
 そう考えた時点で、彩にとってこの目的を達成する上で最も大きな障害となるのは
彼女だった……天才児・後藤真希。



 自分の中では、とっくに割り切れているものだと思っていた。生きて帰れるのなら
ば、園の他の生徒など犠牲になっても構うものか、と。自分は他の生徒と違い、ちゃ
んと「待っていてくれる人達」がいるのだから。
 


129 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時40分52秒



 しかし、基本的に彩は平和主義者であったし……何より情にもろかった。

 ―――

 武器(レミントンM870ウイングマスター コンバットショート…ショットガン
だ、要するに当たりだ)を受け取り、地図を見ながら何とか平静を取り戻すよう苦心
して、雪の上を歩いていたときだった。
 (無論、周囲には満遍なく注意を払っているつもりだった、当然……)


 「彩っぺ、彩っぺ〜!!」 ――― どんっと、何かがぶつかってくる衝撃で、彩は
一瞬自分が何らかの攻撃を受けたのかとも思った。けれど、自分の腰にしがみつく、
小学生くらいの身長 ――― そして金髪の頭を見て ――― 分かった、「矢口!?」
 「……彩っぺ、良かった……1人で怖かったぁ……うっ、うう……」

 何だか田舎臭い感じなので彩はそのあだ名…“彩っぺ”と呼ばれるのが好きではな
かったのだけれど、自分をそう呼んでくる園の生徒は基本的に皆、自分とは比較的仲
の良い少女達だったので、彩はいくらか安心して矢口の小柄な身体を抱きしめた。

 

130 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時42分28秒
 


 彼女の自慢の金髪がやや乱れていた。「…うう、えっく……」そして、ずっと泣き
じゃくっていた。
 (怖かったんだよね、そうだよね、矢口……怖いよね。そうだよね…)
 「矢口も、無事だったんだね。良かった……」 「……うん、ひっ…く、うう……」
 矢口真里は、顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。


 自分に抱きつき、一心不乱に泣きじゃくる矢口の姿は、彩にとって純粋に衝撃だっ
た。(怖い、怖い、怖い。……そうだよ、とても、怖い)
 生き残るため。もう1度、家族に会うため。その為ならば誰を犠牲にしても ―――
そう思っていた自分の決意は、完全に脆くなっていた。

 (こんなに怯えて、こんなに泣いている矢口を私は殺せる?…とても、無理だわ)

 そして、彩の決意は変わった。何とかして「自分1人が助かる」のではなく、何とか
して「助けられる人だけは助かる」ように出来ないかと。その上で比較的交友関係の広
い、園の中でも中心的なポジションにいる矢口真里の存在は必要不可欠であったし、そ
れにプラスして市井紗耶香がいれば完璧だ。そう思った。 



131 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時44分16秒



 そして矢口と2人、相談した。『今、混乱している生徒はたくさんいるはず。でも、
本当は皆仲良しなはずだし、殺し合いなんて出来るはずがない。何とかして、仲間を
集めよう……何とかして』 ――― それが、2人の出した結論だった。

 彩としては、それは当初の目的とは異なることだし、それに政府の連中の意向とは逸
れる事だったのだけれど、思った。(絶対に、何とかしてやる!)


 そうこうする中で、矢口が見つけた小川麻琴を仲間に引き入れ(かなり最初は混乱し
ていたけれど)、今の所3人でずっと行動していたのだった。それにしても、あの和田
とか言うヤツの放送は衝撃だった………もう、5人の生徒が死んだなんて!


 ショックを受けたのは、彩や矢口よりも小川の方が大きかっただろう。仲の良かった
中学生の亜弥、加護、辻、新垣と4人の仲間が死んでいたのだから。しかし小川と最も
仲の良かった高橋愛(15歳)はまだ無事だったようで、何とか小川も希望を捨てずに、
我を失わずに済んでいるのだけれど。



132 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時45分05秒


 そう考えると、小川麻琴という少女はとても気丈だった。そして、その放送を聞いた
後に軽く目を閉じて何かを呟いていたのを聞いて、彩は小川がとても ――― 態度には
出さないけれどとても ――― 仲間思いだということを知ったのだ。
 
 『私、生き残っちゃってごめんね』
 はっきりとは聞こえなかったが、小川はそう呟いていたので。


 彩は特別仲の良かった生徒ではなかったが、福田明日香の死はさすがに辛かった。年
齢は離れているけれど、何となく話の合うところもあったし、入園の時期がほとんど同
時期ということもあったのだ。(さよなら明日香。安らかに眠ってね…)


 そっと心で彼女らに別れを告げて、再び3人が歩みを進めている時だった。明りの灯
った小屋を発見したのは。そして、その中で話している紗耶香と真希に気がついたのは。


 そして、矢口と彩の間で交わされたやり取り。
 『声掛けよう!あの2人なら大丈夫だよ』『待って、もう少し……様子見よう』
 『何で、大丈夫だよ?』『紗耶香だけならいいけど。後藤がさ……』
 彩の渋りように、矢口はぷっと頬を膨らませる。『後藤だっていい子だよっ』



133 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時45分55秒



 結局、小川は何も発言しなかったけれど、矢口の意見に同意のようだった。とは言っ
ても、この寒さの中で早く小屋に入りたい故だったかもしれないけれど ――― とにか
く、彩の独断で2人に声を掛けるのはとりあえず先送りにされた。

 そして、今に至る。


 ・・・・・・

 矢口は、親友である紗耶香のことを全面的に信頼していたし、その紗耶香が妹のよう
に可愛がっている真希が悪いことを考えるなど、微塵も思わなかったようだ。
 彩がまだ駄目だと、話し掛けるのをずっと拒否している間もずっと、「後藤はいい子
だよぉ」と、何度も彩を説得しようとしていたし。(それでも彩が首を縦に振ることは
無かったのだけれど)


 窓のすぐ下にいるとはいえ、紗耶香と真希の会話はなかなか聞き取りにくく、2人が
どんな会話をしているのか3人には見当もつかなかった。辛うじて、時折興奮したよう
な紗耶香の声 ――― 『訳わかんないよ、後藤のアホッ』だとか、弾けるように笑う真希
の声だとかが聞こえたのだけど ――― それだけでは、まったく分からない、当然。



134 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時46分36秒



 「2人、何話してんだろうね…」 矢口がぽつりと言って、窓の中を覗こうとしたそ
の時だった。「……っ!!」 急に息を飲んで、矢口は伸ばしかけた首をくっと縮めて、
窓の下に完全に隠れるように身を小さくした。

 「…どしたの矢口?」
 怪訝に思って、彩が矢口に問い掛けた。その矢口の反対側で、小川も首を傾げて小さく
なった(元々小さいけれど)矢口を不思議そうに見ている。


 「2人とも、もっとしゃがんでっ…」 両手を伸ばして、矢口は彩と小川の2人を強く
引っ張った。その勢いにつられて、2人とも雪に埋もれるようになりながらその身を小
さく屈める。「気付かれたかもしんない、コッチ来る……」
 微妙に上ずった、それでも一応響かないよう抑えた声で矢口が囁いた。

 ガラガラガラッ

 「空気悪いねー、ちょっと窓開けるよぉ」
 間延びしたような真希の声がして、3人が隠れているすぐ上の窓がいきなり開けられて、
彩を始め矢口と小川の身体がくっと強張った。(…見つかった…?)咄嗟に彩はそう思っ
たが、すぐに真希は踵を返したようだった。



135 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時48分11秒


 
 「…あんたって、ホント切り替え早いよね」
 開け放たれた部屋の奥から、紗耶香の声が聞こえてきて、彩はほっとした。どうやら
真希も紗耶香も、自分たちには気づいていないらしい。まあ、気付かれるような物音だっ
て出していないのだから、当たり前かもしれないけど。


 そして、窓が開けられたことにより、先刻よりも随分中の会話が聞き取りやすくなって
いることに彩は気が付いた。しめた、と思った。2人の会話がちゃんと聞ければ、少なく
とも真希が回りの人間に対して敵意を持っているのか否か、それくらいは分かるかも知れ
ない。

 ただ、さっきの紗耶香の言葉 ――― 『切り替え早いよね』という言葉から察する
のであれば、今しがた何らかの会話の区切りがあったのであろうが。


 (一体、どんな会話してたんだろう?)
 自分たちの存在に気付かれぬよう身を縮めたまま、彩は考えた。真希の口調が普段と
変わらず冷静であること、そして紗耶香の口調も一時は甲高くなったような気もしたの
だが、今は至極落ち着いているようであること ――― 一体、何を話したのだろうか?


 
136 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時48分56秒



 無論、彩には分からなかった、後藤真希がこの『デス・ゲーム』の存在を知っていたと
告白したことも、彼女が市井紗耶香に自分を守ってくれるよう申し出たことも、2人の間
に微妙にずれた空気が流れることも ――― 分からなかった。

 
 とりあえず、会話が聞こえるようになった今こそ、2人の話に集中しなくては。
 「ねえ、市井ちゃん。なんで彩っぺって、このゲームに参加してるんだろうね?」
 (………ッ!?)


 いきなり真希の口から自分の名前が出てきたことに、彩は心底驚いて、目を見開いた。
隣りの矢口と小川も焦ったように彩へと目を向ける。きっと考えていることは3人とも
同じなのだろう、(まさか、バレた…?) 真希はもうとっくに部屋の奥へと移動して、
その声は遠くから聞こえてくるのだけれど。

 「……何で、いきなり彩っぺが出てくるんだよ?」 どうやら真希の言葉は、紗耶香に
とっても不意だったらしい。普通に分からない、といった感情が彼女の返答からも読み取
れた。(ということは、紗耶香は気付いてないんだよね、うちらに…)



137 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時49分40秒



 「だってさあ」
 相変わらず、普段通りの落ち着いた低めの声。「彩っぺって、もう朝比奈の生徒じゃあ
ないでしょ。どうして、このゲームに参加させられてんのかなって」

 (ああ、そういうことか…) どうやら真希は自分たちの存在に気付いているのではなく、
生徒ではないはずの自分が何故、この『殺し合い』に参加させられているのかが気になった
だけのようだった。その理由はもちろん、他の生徒は知らないはずなのだから。

 
 けれど。真希の口からその疑問が出てきたことに、彩は新たな動揺が胸中に生まれてき
ているのを感じた。(もし、後藤が知っているとしたら。私が、参加している理由を)
 知っているはずはなかった、けれど。彼女ならば、何かの拍子に知りえていてもおかし
くはないのだ。彼女なりの情報網を持つ後藤真希だったなら…。

 
 彩の内心の動揺など知るはずもない真希は、紗耶香に向かって言葉を続けていた。
 「市井ちゃん、おかしいと思わない?」 「何が?」 紗耶香もまったく真希の言いたい
事が分かっていないようだった、むしろそれは彩達にとっても好都合だったが。自分たち
の疑問点も、全て紗耶香が代弁してくれる。

 

138 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時50分21秒
 


 「後藤たち、朝比奈女子園の ――― まあ、過去のこの個能力何たらの計画の中で、孤
  児院ばかりが選ばれてきたのは、何でだったっけ?」
 「えと……孤児だったからでしょ。要するに、市井たちが死んでも、普通に家族がいる
  人よか後腐れがないじゃん………あっ」


 答えながら、紗耶香は何かに気付いたようだった。「…!」そして、矢口もまたその
“何か”に気付いたらしい。息を飲んで、彼女が彩を振り返るのが気配で感じられた。


 「そうだよ。そもそも、後藤たちが孤児になったのは、天涯孤独の身だからでしょ。
  言い換えれば血のつながった親族 ――― 引き取り手がいない。心配する人がいない。
  だけど、彩っぺには今、家族がいるんだよ。結婚して、夫も子供もいる。これは、
  天涯孤独の身とは、言えないよ」 「…うん、そうだよな…」

 紗耶香の答えは、矢口や小川にとっても同様だったらしい。2人が唖然とした表情で彩
を見つめるその先で、彩の表情はどんどん硬いものへと変わっていく。
 (まさか、まさか……) 知っているのか、後藤は? 本当の彩の参加理由を?



139 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時51分07秒



 「もし、彩っぺがこんな場所で死んだら、子供はともかく旦那さんは不審に思うよ。
  確か、フリーライターやってたんだよね?調べようとするんじゃないかな」
 「…そう…だな、考えてみれば」
 
 (…後藤、本当に……)
 確かに、彩の夫はフリーライターだった。2人が知り合ったきっかけも、有名人が多く
在籍する朝比奈女子園の取材に彼が来たのが最初の出会いだし。けれど、彩の意識はもう
それどころではなく、真希の話の内容のみに向けられていた。


 「…市井ちゃん、驚くかも知れないけど、後藤の考えを言ってもいいかな」
 「 ――― 言ってみろよ」 一瞬の間の後、紗耶香が答えるのを彩は絶望的な気持ちで
聞いていた。駄目!紗耶香、止めて! ――― 後藤を!


 「彩っぺのこと、1つ目。彩っぺは後藤たちの………まあ、朝比奈の生徒個人の資料、
  要するに個人データを政府に流出していた。多分、それは彩っぺの意思ではないと
  思うけどね」
 ( ――― !!)



140 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時53分11秒



 「……な、ちょっと待てよ後藤……。何で彩っぺが」 「まあ、聞いてよ、市井ちゃん」

 焦ったような紗耶香の言葉を、穏やかな笑いを含んだ声で真希が遮った。彩はというと、
今や完全に蒼白になって2人の会話に聞き入っている。矢口も小川も、そんな彩を心配そ
うに見つめながら、同じように小屋の中での会話に耳は傾けられていた。


 「後藤が政府のコンピューターに侵入したとき思ったんだけど、生徒の資料がさ、すご
  い細かいことまで入ってるなーって。で、それは誰か園に詳しい人間がそれを流して
  いるんじゃないかって思った。今回は、その役目を彩っぺが負っただけの話。絶対に、
  その役目は誰かしら必要なんだよ。裕ちゃんでも良かったと思うけど、政府としては
  弱点のある人間の方が都合が良かった。
  ――― 家族っていう“弱点”のある彩っぺなら、どうとでも話はつけられるから」


 
141 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時54分07秒



 「…………」
 とうとう、紗耶香は無言になった。その通りだと思っているのだろう、真希の言葉に。
おそらく彼女が無言になっているのはショックを受けているからだ、彩が仮定とはいえ
“政府に朝比奈の生徒の情報を流していた”というその事に。
  

 (どうして、そのことを……)

 彩もまた、ショックを受けていた。真希の言葉は全て事実だったので。そして、真希は
更に話し続けていた。――― それもまた、彩の隠したい本当の『参加理由』を曝け出して
しまう事になるかもしれない。真希の洞察力ならば。

 「そんで、彩っぺのこと、2つ目。今回のゲームに参加させられた理由。多分、政府は
  朝比奈が“女子園”だから、ゲームが上手く回らないんじゃないかと杞憂した。つま
  り、女同士じゃーさくさく殺しあってくれないんじゃないかと」
 「……さくさく殺しあうって、後藤、不謹慎だろ」 紗耶香の憮然とした声が真希の話
を中断する。真希は、小さく笑って「ゴメン」と言った。そして話を続けた。
 


 
142 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時55分32秒



 「考えたのは、ゲームを転がす“当て馬”が必要なんだってこと。そして白羽の矢は
  またしても彩っぺに立てられた。どうしたって、家族を盾に取られちゃえば、言う事
  聞かざるを得ないからね。 ――― 言う事を聞かなければ、家族が……なんて、古め
  かしい脅迫でもされたんじゃない? でまあ、寺田とかいう男の言葉を借りて言えば、
  『ゲスト』ってことだね。多分、彩っぺの武器は結構いいヤツの筈だよ」


 彩の身体は、小さく震えていた。がくがく、がくがくと。真希の言葉はどれもこれも
的を得ていて、そして真実だった。全て見ていたかのように。もちろんそんな事がある
はずがない、ないけれど ――― 彼女の見解は核心に迫っていた、迫りつつあったのだ。

 「彩っぺ…」
 矢口が愕然とした表情で、彩の震える腕を掴んだ。「当て馬って……」
 おそらく、矢口が考えているのは恐ろしい答えだ。彩にも、それは予想出来た。
 「違う、違うよ矢口。私は考えてない、考えてないから ――― 」 我ながら何と説得
力のない言葉かとも思ったが、彩は矢口の考えを否定した。


143 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時56分14秒



 そりゃ確かに最初は生き残る為に、って思ったけどさ?今はもう、助かる人は助けたい
と思ってるんだよ。そう私に思わせたのは、矢口、あんたじゃない!


 「皆を助けて、生きて帰るんだよ。私も、家族に会いたいけど、1人だけ生き残ろうな  
  んて思ってないから」

 矢口の怯えた表情が、少しずつ柔らかくなって彼女は「うん」と頷いた。疑心暗鬼に陥る
前に、誤解は解かなくてはならない。矢口とて、彩を疑いたくはないはずだ。何より、矢口
にとって“仲間”の存在は絶大だ。人を信じ、人を愛することがモットーの矢口真里は。


 「…でもまあ、彩っぺに人が殺せるかと言ったら、多分無理だね。家族のためとは言って
  も、……生き残ることは考えても、誰かを殺したりはしないと思う」
 「 ――― 当たり前だろっ、誰だってそうだ!」
 「現実に、誰かがあの5人を殺したんだけどね、まあ彩っぺではないと思う」
 「……………」

 紗耶香の勢いに水を差すように真希が言い放ち、彼女はまたしても黙り込んだ。いいよう
に翻弄されている紗耶香が、何だか滑稽だった。



144 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時57分11秒



 「そして、彩っぺのこと3つ目。だけど、その彩っぺが守りたいと思っている家族は多分
  ……もう、この世にはいない」


 彩は、耳を疑った。『この世にはいない』 ――― 誰が?私の家族が?どうして、そんな
事が言える ――― だって私は参加しているじゃないか!このゲームに!!情報だって、園
の仲間だった皆の情報だって ――― どうして!?

 「彩っぺ!」
 矢口が小さく叫んで、彩の手を握った。「嘘に決まってる、根拠なんてないじゃない」
 そう話す矢口の声は微妙に震えていたが、彩は何とか顔を上げその言葉に頷き返すことで、
答えた。「…分かってる、矢口。そんなこと、信じるはずないでしょ」

 
 (だって、私はいう事をちゃんと聞いてるわ。政府の人間の交換条件、ちゃんと満たして
  いるつもりだもの。いう事聞けば、家族に手は出さないって話だもの)

 確かに今、自分は“当て馬”として働く条件は放棄しているが、それだけで家族が『もう
この世にはいない』と結論付けるには早すぎるではないか。――― そうだろう?



145 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時58分40秒



 「だって、仮に彩っぺが死んだらどうする?家族はどうする?確率は裕ちゃんを除いても
  18分の1だよ。生き残れるより、よほど確率が低いんだ。政府が、彩っぺが生き残る
  ことを想定して話を持ちかけたとは思えない。っていうより、“死ぬ”と仮定した上で
  話を進めていると考えた方が懸命だよ」

 「………」 また、紗耶香は無言だった。そして、窓の外から同様に話を聞いている矢口
も小川も、そして彩自身も。


 「つまり、彩っぺの家族は早々に殺されている可能性が高い。多分、事故にでも見せかけ
  てね。家族の1人を消すより、家族丸ごと消しちゃった方が話は早いでしょ?
  例えば政府のシナリオはこうだよ、『妻が突然の失踪、夫はそれに悲観して、子供を
  連れて無理心中』 ――― 今時、心中なんて流行らないけどさ、別に無理な話じゃない。
  彩っぺの年を考えれば、他に男がいたとしてもおかしくない。だから、その男と共に姿
  を消したなんて話も、出てくるかもしれないなあ」


 「 ――― いい加減な事………」


146 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)21時59分32秒



 「政府にとって、大切なのはいかにこの『ゲーム』の存在を覆い隠すかってこと。別に
  1つの家族が犠牲になろうが知ったこっちゃないでしょ。だって、もう何千人もの孤児
  が死んでる計画だよ?人の命なんて、屑同然だ、政府にとっちゃ」


 最後の一言を吐き捨てるようにして、真希が言った。その言葉に嫌悪感が含まれている
のは彩にも感じられたけれど、今の彩にそんなことを気にする余裕はなかった。

 「いい加減な事、言うなよ…」
 言い返す紗耶香の声にも覇気はなく、彼女が本当にそれが“いい加減な話”であると考え
ているわけではないことは、容易に感じ取れた。
 そして、同様のことを矢口や小川が考えていたとして、一体なぜそれに不思議があろうか。

 「彩っぺ、彩っぺ……」

 矢口が彩を掴む小さな手に、力が入っていた。その息遣いも、はっきりと混乱している
のが分かるほど、呼吸が荒くなっていた。「嘘だよねえ……?」 泣きそうな声で言いなが
ら、矢口はまた言った。「彩っぺの家族が、どうして……。…生きてるよねえ……?」

 
 彩の背中を冷たい汗が流れ落ちた。



147 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)22時00分15秒
 


 真希の言い当てた事は全て事実だった。ならば、今真希が予想した『家族の死』の事も、
どうしてそれが嘘だと、安易に否定することが出来る?真希とて、当てずっぽうにそれを
口にしたのではないことなど、とっくに分かりきっているのに。
 ( …どうして、だって……死んでいるだなんんて………)


 両手を、小屋の壁について、彩は搾り出すように言った。「…嘘だ……」
 ( お願い、後藤。違う見方をして。どうにかして、あの人やあの子が生きているんだ
   って、言って……お願い………… )
 

 「いい加減な話かどうか、調べてみようか」
 真希の声はあくまで淡々としていた。そして、彼女が何かごそごそと荷物を漁る音が
して、「何それ、持ってきたの?」 ――― 紗耶香の声が、真希の持ち物を何であるか
答えてくれた。「パソコンなんて出して、どうするつもりだよ」


 真希は無言でそれを立ち上げているようだった。
 「大体、こんな山奥でちゃんと接続出来るわけ?」 「 ――― 出来たよ」
 「…嘘ぉ?」



148 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)22時01分54秒
 


 相変わらず真希の声からはその感情は読み取れない。
 
 「市井ちゃん…。だって、政府の人間はどうするのよ。パソコンも使えない場所で、
  どうやってこの『計画』の管理するの」
 「あ、そっか…」 感心したように呟いて、紗耶香が画面に見入ったようだった。
(声しか聞こえないので、そこは想像するしかないのだ) そして、ようやく真希が口
を開いたその時、彩は意識を失いそうになった。


 「 ――― 出てるよ、ニュースに。『24日午後10時30分頃、東京湾に普通乗用
  車1台が転落、車内に乗車していた運転手とみられる東京都××区在住の石黒誠二
  さん(28歳)と、石黒さんの長男である正人くん(2歳)が遺体で発見された。
  調べによると、死因は両人とも水死、石黒さんの上着から遺書とみられるメモが見
  つかっており、目撃者の話から、警視庁は自殺の見方を強めて捜査している』
  ――― だって。“自殺”になるか“事故”になるか、だろうね。間違っても“殺人”
  って思う人はいないでしょ。警視庁だって、殺人になるよか自殺か事故の方が全然
  楽なんだし ――― 」


 ――――


 
149 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)22時02分54秒



 彩に、もうその後の真希の言葉は既に聞こえていなかった。隣りで自分の腕を掴んで
何か必死に訴えかけようと口をパクパク動かしている矢口真里の言葉も、すでに彩には
聞こえていなかった。そして、彩はフラフラと立ち上がった。
 
 小屋の中にいる2人も当然、彩の存在に気付くように。


 「…嘘でしょう?」
 小屋の中・外を含めた回りの空気が重さを増した。口の端だけ小さく上げて、必死に
笑おうとする彩の姿は哀れというより痛々しい。…全て笑い飛ばしてしまえるような
状況なのであったら。彼女と一緒に笑うことも出来ただろうが、しかし。


 紗耶香が愕然とした表情で、彩を見つめていた。その隣りで、やはりいつものように
無表情で真希が。「…彩っぺ…いつから、そこに……」 震える声で、紗耶香が言った。
ああ、まずい、非常にまずいぞ…この展開は。ドラマや映画なんかでよくあるシーンだ、
とても不都合なシーンを見てしまった人の、その後。


 「紗耶香ぁ…ねえ、今の、嘘でしょう?」 「今のって……」 
 「…今。後藤が読んだじゃない。ニュースだって…私の…家族の名前が出て……」



150 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)22時03分45秒



 はっきりと紗耶香が息を飲んで言葉を失うのが分かった。「ねえ、嘘だよね?」
 彩はいつの間にか窓枠に手をかけていた。身体を乗り出すようにして、紗耶香に問い
かけるその姿は、何処か鬼気迫るものがあった、紗耶香もたじろぐほどの。
 それでも真希は醒めた目で、彩の様子を眺めているのだけれど。
 
 「…なんだ、聞いちゃったんだ………」

 真希の言葉が、とても小さく響いて、彩は身体を震わせた。
 「答えて! 紗耶香!!」
 とうとう我を忘れて、彩は叫んだ。いつの間にか、隠れるために身体を縮ませていた
筈の矢口も小川も、予想外の事の成り行きにただうろたえて、彩の隣りに寄り添う様に
立ち上がっていた。


 
 「紗耶香……」 矢口の視線と紗耶香の視線が、一瞬絡まった。すぐに、紗耶香は矢口
から視線を逸らして、真希の目の前に置かれたパソコンの画面に注がれる。
 苦渋に満ちたその顔が、じっと画面を凝視していた。そのまま、紗耶香は顔を上げな
かった、ただ俯いて、唇をかみ締めて、画面から目を離さずに。



151 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)22時04分27秒




 そうだ、それは事実。疑いようのない事実。
 紗耶香は真っ直ぐな人格の為、嘘をつくのが苦手なのだ。嘘をついても、隠すのが下
手だ。――― そして今、紗耶香はこの場を切り抜ける手段を失っている。
 

 彩の家族がもうこの世にいないことが、偽りない事実であるが故に。 
 

 『24日午後10時30分頃、東京湾に普通乗用車1台が転落、車内に乗車していた
  運転手とみられる東京都××区在住の石黒誠二さん(28歳)と、石黒さんの長男
  である正人くん(2歳)が遺体で発見された。調べによると、死因は両人とも水死、
  石黒さんの上着から遺書とみられるメモが見つかっており、目撃者の話から、警視
  庁は自殺の見方を強めて捜査している』


 『石黒誠二さんと、石黒さんの長男である正人くんが遺体で発見された』

 『遺体で発見された』


 家族は、死んでいた。自分がこのゲームに参加する為家を出たそのほとんど直後に、
もうこの世から去っていってしまっていた。――― 我が最愛の家族は。




152 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)22時05分22秒



 「イヤッ……」
 頭を抱えて、彩は窓から離れると、一歩一歩後ず去った。もう駄目だ、もう終わりだ、
生き残って帰ったって ――― 家族のいない“家”に、何の意味があろう?
 「彩っぺ!!」
 「来ないでっ!」

 
 矢口と紗耶香が同時に叫んで、彩がそれを制した。紗耶香は小屋の奥から窓まで駆け
寄って来て、そのまま外に出ようとしていたが、彩の悲鳴のような声でその動きを止め
た。矢口も同様に彩に伸ばしかけていた手を引っ込める。
 小川はどうしていいのか分からないようで、ただオロオロとしてその様子を見守って
いるのが精一杯のようだった。


 「嘘…じゃないのね、死んじゃったのね、殺されたのね…私の家族は。あの人も、
  正人も、冷たい海の中に落とされて、殺されたのね」

 口元に笑みを浮かべ、一筋二筋涙を零しながら、彩が言った。凛とした響きを持つそ
の声は、何処か悲壮な決意を彩に抱かせているらしいことを、想像させた。
 
 「…彩っぺ…何考えてるの……やめてよぉ…」
 矢口がゆっくりと頭を振りながら、必死に言葉を投げ掛ける。その肩を、無意識のうち
に小屋の中から紗耶香がしっかりと抱きとめていた。



153 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)22時06分46秒



 矢口も紗耶香も小川も、全ての視線がただただ彩のみへと向けられていた。彼女が
ゆっくりと荷物を降ろし、その中から同じく緩慢な動作でショットガンを取り出すのも、
それを自分の頭に向けて構えるのも、ただ見ていた。近づこうとすれば、彩は間違いな
くその引き金を引いてしまうであろうことは目に見えていたので。


 「きっと、罰が当たったのよ。私は、政府に皆の情報を流したわ。後藤の言う通り。
  皆、私のことを仲間だと思ってくれているのに、裏切った」
 「………裏切ったなんて思ってないよ!」 「そうだよ、仕方ないじゃない!脅され
  たんでしょっ!?彩っぺは、間違ってない!」
 
 彩の言葉に、紗耶香と矢口が交互に反応して叫んだ。彩は涙を流し続けたまま、静か
に微笑んで首を振った。「ありがとう、だけどね」 ぞっとするほど、彩が美しく見えた。
 

 「間違ったことはしていない?だけど、正しいこともしていないの、私は。家族の
  ために、なんて大義名分掲げても、結局は家族は死んじゃった……1番大事なもの、
  失っちゃったわ……」
 
 

154 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)22時07分35秒



 今度は、紗耶香も矢口もまして小川はもちろん、口を開くことが出来なかった。そし
て彼女らは気付いていた、彩の瞳に狂気を湛えた光がともっていることを。

 忘れるはずがなかった、安倍なつみの最期を。狂気に支配され、泣きながら笑い、
叫び、そして殺された彼女の姿を。そして、今の彩はその時のなつみを彷彿とさせる
何かを放っていたのだ。どこか、危ない。


 「ごめんね。矢口」 自分の方を向いて彩が言ったので、矢口は慌てて涙を拭った。
拭っても拭っても溢れ出す涙は止められないけど。「…彩っぺ……なんで?」


 「私、本当は自分だけ生き残ろうと思ってた。誰を殺しても仕方ないって思ってた。
  矢口は最初から皆を信頼していたのに、皆を助けたいと思っていたのに、私はそう
  じゃなかった。自分さえ良ければいいと思っていたの」
 「 ―― ッ、彩っぺ……うっ…」
 矢口は蒼白だった。そして、ぼろぼろと涙を流し続けていた。彩が自身の頭に向けた
ショットガンを見て、「もう止めて」と何度も何度も呟いている。
 当然、その願いは聞き入れられないけれど。



155 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)22時08分52秒



 「だ、だけど、石黒さんだって、…石黒さんだって、…みんなのこと、考えてまし
  たっ……みんなで帰りたいって、言って、言ってたじゃないですかっ!」
 
 突然、小川が叫んだ。彼女なりに、必死に考えた言葉なのだろう。一緒にいた時間は
とても、短いけれど。小川も、彩を信頼していたことの現われなのだ、伝えたいことは
言葉にすると、伝わりにくいけれど。
 ――― それに、小川麻琴はもう泣き出していたため。


 「小川、ありがとね。矢口も、ありがとね。紗耶香、私を傷つけないように、色々考え
  てくれたでしょ、ありがとね。それから後藤」
 真希は、窓から少し離れた所に立っていた。離れて、その光景を眺めていた。

 
 「真実を教えてくれて、ありがとう。私、がむしゃらに生き残って帰っても、後悔する
  だけだったよ。――― ここで、心おきなく家族の所へいけるもの。
  だから、ありがとう、後藤」

 
 

156 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)22時09分35秒




 柔らかい慈愛のこもったそして何処かうつろな眼差しで真希を見つめ、彩は言った。
 真希は少し俯いたようだったが、その様子を最期まで見つめていることは叶わなかった、
その直後、彩は指に力を込めて、ショットガンの引き金を引いたので。

 

 「彩っぺ、いやあああ、やめてっ!!お願いだから、やめ ―――…」
 「 ――― ダメ、彩っぺ!だめだっ……」


 ダンッッ



 銃声が轟いた。この『ゲーム』が始まって以来の、それは最も大きな銃声だったろう、
それに比例してその威力も然り。彩の頭は、首から上が強大な力でもぎ取られたように
吹っ飛んでおり、頭を失った体はフラフラと傾いで、雪の上に倒れた。



157 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)22時10分29秒



 「あ……」
 
 それを一部始終見てしまった矢口が小さく声を漏らし、雪の上に崩れ落ちた。その肩を
抱きとめて支えていたはずの紗耶香も力を失い、矢口を支えてやることが出来なかった。
 ただ、真希だけが唇を噛んで、彩の遺体に視線を落とした後、再び窓から離れて小屋の
奥へと引き返した。そして、パソコンの電源を切った。


 やがて、しくしくと矢口の泣き声が聞こえてきて、紗耶香は小屋の外へとノロノロと
出て行った。小川も呆然としてただ泣いていた。「…こんな、こんな……」泣きじゃくる
矢口の身体を抱き締めて、紗耶香が呟いた。
 「彩っぺは、家族の所へ行ったんだよ、やっとこんなクソゲームから解放されたんだ」


 ・・・・・・



158 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)22時12分45秒




 どうしてこんなことになっちゃったんだろうね。もっといっぱい、楽しいことがある
はずなのに。正人なんてたったの2歳だよ?本当に、悔しいな。
 天国ではもっともっと、可愛がってあげないとね。

私、思ってたんだけど。家族が出来れば、それだけで幸せになれるって。
 でもね、今あらためて思い返すと、園での生活、楽しかったんだ。ねえ、それってさ?
 ――― 孤児でも、幸せだったってことだよね。


 ・・・



 
159 名前:《12,絶望    石黒彩》 投稿日:2002年02月13日(水)22時15分27秒



 「嘘だぁ…こんなの、嘘だよぉ……っ、彩っぺが……」
 全身を細かく震わせて、何度も何度も矢口が呟いた。「どうしてっ……っんっく……」
 
 
 「やっと、解放されたんだ」
 
 紗耶香が矢口を抱きしめる腕に力を込めて、もう1度そう言った。必死に泣かないよう、
歯を食いしばって。まだ、泣くわけにはいかない。本当に、今すぐにでも声を上げて泣き
たかったけれど ――― これで全てが終わりじゃない、まだ。


 部屋の奥でパソコンを畳む真希の後ろ姿が、やけに小さく見えた。そして、その輪郭が
段々ぼやけだして、紗耶香は自分の目に涙が溜まっていることに、ようやく気が付いた。
                                           【残り10人】





160 名前:flow 投稿日:2002年02月13日(水)22時19分42秒

 彩っぺの家族の名前は勝手に作りました(w
 出てきたと思ったらあっと言う間でしたね……

 そして、やっと矢口も出て来ました。小川もついでに。
 多分、これから話がまた動きます。市井&吉澤編がムダに長かったので。。。

161 名前:深夜の携帯 投稿日:2002年02月14日(木)16時07分11秒
作者さん更新お疲れさま。

別に携帯からROMってるわけじゃないです。
でもなんでこんなHNにしたんだろ。
もう忘れちゃいました。

石黒編、うまい!の一言です。
更新楽しみにしています。がんばってください。
162 名前:名無し読者 投稿日:2002年02月14日(木)18時58分18秒
 大して目立たない石黒で、こんなに泣かせる話になるとは・・・
 今まで読んでいたバトロワ小説の中で、1番深く、重い話だと思います。

 次は一体誰なんだろう、楽しみだ(w
163 名前:ARENA 投稿日:2002年02月15日(金)18時02分15秒
はぁ〜・・、泣ける・・・。
また石黒の心理状態がだんだんと変わる様がリアルで。

つーか、今回はさすが?天才児後藤、って感じでした。
あと、4人の集団ができましたね。どうなるんだろう・・。
164 名前:はろぷろ 投稿日:2002年02月15日(金)20時42分01秒
わっ!いつのまにこんなに・・・w
涙が眼にたまりました・・・
期待です
165 名前:flow 投稿日:2002年02月17日(日)16時54分06秒

 新曲テレビ初OA!記念で更新です(なんじゃそら)

 >161 深夜の携帯さん
    携帯から読んでいらしたわけではなかったんですね(w
    見守ってやっていてもらえたら嬉しいです…

 >162 名無し読者さん
    石黒さん、目立たないですか…w
    次々回くらいから、まだ出ていないメンバー出てきます、多分。

 >163 ARENAさん
    家族ネタは、唯一家庭持ちの石黒さんしか使えなかったんで、
    「卑怯かな〜」と思いつつ使ってしまいました(w
    
 >164 はろぷろさん
    石黒編も長かったですね〜。今日も、あまり目立たない人(w)が
    中心です。

 それでは、今回は小川編です。

166 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)16時56分02秒



 ただ、呆然としていた。小川麻琴は、ただその光景をぼんやりと眺めていたのだ。


 この『ゲーム』が開始してから程なくして矢口真里と石黒彩に出会った小川は、
当然1人で心細かったし ――― 何より、訳の分からない状況に混乱していたので、
矢口が自分を“仲間”として引き入れてくれた事には何より感謝していた。


 石黒彩に関して言えば、彼女がもう2年程前に園を出て行ってしまったこともあり、
当時小学生だった小川と大学生だった彩は、とても疎遠な関係だった。当然、ほとんど
会話らしい会話すらした記憶もない。けれど、――― こんな状況がきっかけになったの
は本当に皮肉だけれど、彩はとても“いい人”だった。

 大人な女性。そして、自分のことも、回りの人間も大切に思える人。
 『絶対、皆で帰ろうね』 そう言って微笑んでくれた彩の姿は、自分の目に焼きつい
て一生忘れないと思った。もし、自分があと1日しか生き長らえることが出来ないの
だとしても。( とても、とてもいい人だ……頑張って、皆を探すんだ )



167 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)16時56分54秒



 仲の良かった中学生の友人達は、もう自分以外には高橋と紺野しか残っていないけ
れど、何とかしてその2人……いや、高橋だ。高橋愛だけは、何とかして見つけたい
と思っていた。2人は辻加護のような自他共に認める親友同士だったのだ。


 年上の、そしてしっかりしている(ように見えた、少なくとも小川にとっては…)
彩と矢口と一緒にいることは、意味もなく小川を安心させた。この2人と共にいる
以上は、大丈夫なのだと思っていた。思っていた。思っていたのだが ―――


 『ありがとね、小川』



 数少ない会話の中、最期に自分に向けられた言葉。別れの言葉。柔らかく笑んで、
あの人は ――― 石黒彩は死んだ。首を失い、体だけを残して。


 ・・・


 「……っ、う、ううう……っえっ…」
 誰かの嗚咽で、小川は急速に意識が現実に引き戻されるのを感じた。そして、頬を
伝う涙を拭い、ようやく察する。嗚咽は、小川自身のものだった。
 隣りで、矢口も泣いていた。とてもその姿はぼやけているけれど、激しく肩を震わ
せているので、間違いないだろう。



168 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)16時57分44秒



 その矢口を抱きしめているのはどうやら市井紗耶香のようだった、後藤真希の姿は
見えない ――― そうだ、後藤真希!!


 真希の名前を思い出すことで、小川の心に新たな感情が芽生え始めた。
 (あの人が…後藤さんが、あんなこと言い出したから……石黒さんの家族が死んで
  るだなんて、言い出したから……ッ!!)

 石黒彩を失った哀しみ。それに上乗せするように芽生えたのは、真希に対する怒り
だった。激しく、燃え上がるような黒い感情。彩が死んだのは、彼女のせいだと。



 「……何で、…あんなこと言ったんだよぉ…後藤のばかぁ……」
 小川がそれを口にする前に、矢口が声を振り絞るようにして呟いた。そうですよね、
矢口さん? ――― 石黒さんが死んだのは、後藤さんのせいなんです!
 後藤さんがあんなこと言わなければ、石黒さんは…。


 「…矢口、いいから黙って…」
 全身を震わせている矢口を抱きしめたまま、紗耶香がなだめるように静かな声で言
うその姿すら、小川の気に障った。



169 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)16時59分01秒



 ( どうして、そんなに落ち着いていられるんですか?市井さんも。そうだ、市井さ
   んだってグルなんだ、後藤さんと。そうやって油断させておいて、私たちを殺す
   つもりなんだ、きっとそうなんだ………)  


 自分の中で、そう結論付けた小川は、油断なく紗耶香と矢口を見据えながら、自分
の武器を探った。果物ナイフが3本。彼女らがどんな武器を持ってるのかは分からな
いけど、これだけ接近しているのならば、何とかなるかもしれない ――― タイミング
さえ、見逃さなければ。( やってやる……敵討ちだ、石黒さんの… )


 すでに、自分の心が狂気にかき乱され始めていることも、小川は気付いていなかった。
人の死に、それも壮絶な死体ばかりを目にした一中学生である彼女が、そういつまでも
平静を保っていられるはずがないのは自明の理である。


 「何で、紗耶香は落ち着いていられるのぉ?彩っぺが、彩っぺが死んだんだよ?
  ……っく、後藤があんなこと言わなければ……こんなことに……」

 

170 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時00分33秒



 矢口も、小川とほぼ同じことを考えているらしかった。泣きながら、紗耶香に訴え
かけている様子は、ほとんど半狂乱に近い。「何でよお、何でよお………」
 紗耶香は辛そうな表情で、ただ矢口を抱きしめていた。

 「…後藤、なんであんなこと言った?」


 いつの間にか、また窓のところまで真希がやって来ていた。窓枠に手をかけて、じっと
3人の(紗耶香、矢口、そして小川)様子を見守っている。相変わらず感情の読み取れな
い、ポーカーフェイスを崩すことなく。

 そして紗耶香の視線はそんな真希に注がれていた。真剣な眼差し。そして、怒りを込め
た眼差し。「今日、市井ちゃんにそういう目で見られるの、何度目だろう」
 真希は薄く笑って、独り言のようにぼやいた。「なんか市井ちゃん、怒ってばっかり」


 「質問に答えろ!何で、彩っぺにあんなこと言った!?」
 「………」
 真希は無言で、彩の死体に目を向けていた。少し、口元が引き締められてその表情に
翳りが差したように見えた。単なる、日の当たり具合によるものかも知れないが。
 


171 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時01分34秒



 ( 今さら反省しても、もう遅いよっ……… )
 小川がぎりっと歯軋りして、ポケットの中に入れたナイフを確認するように、何度も
その位置を触った。いつでも、取り出せる準備は出来ている。



 「彩っぺは、最期にありがとうって言ったよ」
 やがて、彩の死体から目を離して、真希は矢口を抱きしめている紗耶香へと視線を向け
てぼそりと言った。「教えてくれてありがとうって言ったよ」


 反省は、もちろんしていない。今の真希の声から小川はそう感じ取った。(ふざけ…)
 「ふざけんなっ!」 ――― 小川がそう思う前に、紗耶香がそれを口に出して叫んで
いた。少し、意外に思った。市井さんと後藤さんはグルじゃなかったの?


 「あんなこと言ったら、彩っぺがショック受けて……何かしら行動起こすことぐらい 
  予測できるだろっ?あんたみたいに頭のいい人間が、そんなことも気付かなかった
  なんて言わせないよ? ――― どういうつもりだったんだよ!」
 「紗耶香……」



172 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時02分20秒



 いつの間にか、矢口真里も泣き止んでいるようだった。紗耶香の腕にしがみついて、
窓に寄りかかるようにして立っている真希の姿を見据えている。だが、矢口は紗耶香や
小川のようにまだ完全に“怒り”という感情は生まれてきてはいないらしく、何処かま
だ混乱しているかのように、その視線は定まったものではないのだけれど。

 
 「じゃあ、逆に聞くけど」
 冷静な真希の声に、紗耶香がすっと表情を引き締めた。
 「本当に、『皆が助かる方法』なんてあると思う?だって、たった数時間の間に何人が
  死んだ? ――― お遊びでやってるんじゃないんだ、これは政府の『プロジェクト』
  なんだよ。ねえ、市井ちゃん、後藤言ったよね。無理だって」


 「………」
 「皆が助かることなんて、無理だって言ったよね」


 紗耶香は言葉を返すことが出来なかった。矢口も、小川も、怒りはそれぞれに抱えて
いたけれど、それでも ――― 言い返す言葉が見つからない。



173 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時03分04秒



 「…後藤は、気付いてた。彩っぺたちが外にいること。知ってて、こういうことした。
  それが卑怯だって責めたいなら、責めればいいよ。だけど、彩っぺは家族が待って
  るから帰りたかった。何とかして、帰りたかった。……でも、彩っぺの家族が死ん
  でることは事実なんだよ?それを知ってて、あえて彼女が政府にたてつくのを黙認
  して、みすみす死なせるのと。事実を伝えて、自ら死を選ばせるのと。どっちが一体
  卑怯だって言い切れるの。 ―― 生き残れるのは、1人なんだ」


 「もちろん、本当に彩っぺの家族が死んでるかどうかは、調べるまでは単なる当て推量
だったけどね」と真希が付け加えてそう言うのを、小川は呆然として聞いていた。何だか、
毒気を抜かれたような気分だった。( どっちが正しい、なんて…… )

 決められない。どちらも、正しいようで正しくない気もする。


 「後藤さんは」 何とか、小川は彼女の言葉が途切れるのを待って、声に出すことが出
来た。逃げるな、絶対 ――― 圧倒的な威圧感を持つ後藤真希を前にして、さっきまでの
怒気を抜かれた小川にとって、真希の存在は脅威的なまでに大きく感じた。



 
174 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時03分46秒



 「それでいいんですか。……皆が死んでいくのを、黙って見てるだけでいいんですか…。
  自分が死ぬのが怖くないんですか……悔しく、悔しくないんですかっ……!?」


 そして、小川は真希と目が合った。吸い込まれそうな深い闇が、その目の奥にあるよう
な気がして、小川は身を硬くした。本当に、吸い込まれてしまいそうだった。
 ( 逃げるな、逃げるな……っ ) 自分に言い聞かせて、何とか小川はその目を逸らさ
ないよう、必死に耐えた。


 「…小川にとって…」 真希は、ただ真っ直ぐに小川を見据えて口を開いた。本当に、
この人には感情がないのだろうか?とても、無機質な声。「大事なものは、ある?」
 
 「………え?」
 「後藤にとって、大事なものはね。自分の命よりも大切なんだよ。それの為だったら、
  別に自分が死のうが構わない。他人が死ぬのも、仕方ないと思う。割り切ってると思う
  よ、自分でも。だけど、‘それ’を守る為には自分が死ぬわけにいかないから、こうや
  って生きてるだけ……」



175 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時04分33秒



 『 ――― 本当に、この人には感情がないのだろうか?』
 朝比奈女子園に入園したときから、何度となく思っていたこと。そして、中学生同士の
中で囁かれてきた考え。けれど、それはとんでもない思い違いなのでは?

 真希の視線と、その彼女の答えを聞いて、小川は思った。
 本当は、誰より強い ――― 他を圧倒してしまうような1つの強い感情を、胸に秘めて
いるのではないのだかろうか?他人の“死”をも、受け流してしまうような?



 「それが、後藤の答えだよ。ねえ、市井ちゃん。市井ちゃんなら、分かってくれるでしょ?
  分かってくれるよね」

 無機質な声で真希がそう問い掛けると、紗耶香は僅かに片眉を持ち上げて、その真っ直ぐ
な視線を彼女へと向けた。強い意志を持った眼差し。
 「 ――― ちゃんと、約束守ってくれるよね。“後藤を守る”って約束、守ってくれるん
  だよねえ?後藤には目的があるんだ。1人しか残れないからこそ、しなきゃいけない
  ことがあるから。だから…」 一旦、真希は言葉を区切って視線を宙に泳がせた。



176 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時05分44秒



 「だから、市井ちゃんは分かってくれなきゃいけないんだよ。彩っぺが自殺するように
  仕向けたのは否定しない。後藤の目的のために。そんな後藤のことも、理解しなきゃ
  駄目だよ? ――― 逃げるのは許さない」

 ぞっとするほど冷たい声だと小川は思った。前から、後藤真希のことは何となく「冷たい
ようなイメージ」がついて回ることは多かったけれど、実際に彼女のこのような無感情な口
調は、普段は強気な小川の心を震撼させるには充分だった。


 ( 市井さんは、何て答えるのか? )
 矢口の身体を抱きしめて、真希のことを睨みつけるように見据えている紗耶香は、いつも
の様に強い口調で、 ――― 自信に満ち溢れたその態度で ――― 何か反論するものだと思
っていた、小川は。少なくとも………今まで小川が紗耶香に抱いていたイメージの彼女なら、
当然そうするものだと思っていた、否、そう思おうとした。


 だって、他ならぬ自分の「親友」高橋愛は、そんな市井紗耶香だからこそ、同性という枠
を超えて彼女に心惹かれていたのだから。
 けれど、小川の予想は一瞬のうちに否定されることとなる、その紗耶香自身によって。



177 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時06分53秒



 「……分かってる。分かってるよ……約束は、破らない」


 その言葉だけ聞いたならば、彼女のその返事は真希に“無理矢理言わされた”と捉えられ
ないこともない。けれど、紗耶香の言葉には彼女自身の意志が滲み出ていた。少なくとも、
紗耶香がその言葉を本心以外の感情を持って口にしたのではないのだ。
 
 ――― 彩を死に追いやったはずの真希を、肯定するというのか?


 混乱している上、一種の“期待感”を裏切られたという絶望(当然小川は、紗耶香が真希
を強く叱責してくれることを願っていた、真希がしたことはそんなことでは許される行為で
はないけれど、小川からは先ほどの怒りは幾分失せていたので)、そして、そんな彼女への
疑念。( 約束?それが何なのか、知るはずないけど ――― )

 これだけは言うことが出来た、市井紗耶香と後藤真希には2人にしか通じ得ない「何か」
がある。だからこそ、この2人は危険なのだ。
 今なら自分は理解することが出来た、石黒彩の警告の意味が。
 『 ――― 後藤は何を考えているのか分からない、だから、危ない』



178 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時07分48秒



 確かにそれは事実だ。真希が何を考えているのか、何をしたいのか、そしてその目的とは
何なのか。……分からない、やっぱり。そして、小川はようやく遅まきながら1つの感情が
自身の心を支配してきていることに気付いた。


 怖い。この人は、怖い。


 「おかしいよっ……紗耶香も後藤も、みんな、みんなおかしいよっ……!!もうイヤだ、
  もうイヤだぁっ!どうしてよぉ、紗耶香、どうしてよぉ…」


 小川が、胸に芽生え始めた感情をはっきりと意識する前に、紗耶香の胸に抱かれた矢口が
絞り出すように叫んだ。「矢口っ…?」 紗耶香がはっきりと困惑の色を浮かべて、腕の中の
小さな親友に視線を移した。

 
 「分かんないよぉ。ねえ、後藤を守るって何?約束って何?……どうして後藤は、彩っぺ
  を追い込んだの?どうして紗耶香はそれを責めないの?分かんないよ、どうして……?
  ……う、うううっ……もうイヤだぁ……」
 「矢口、お願い落ち着けって!」



 
179 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時08分48秒



 「嫌だ、離して!!」 金切り声で叫んで、矢口が紗耶香の腕から逃れるように、もがいた。
当然普段の(純粋な)力関係であったなら、人一倍小柄な矢口が人一倍力の強い紗耶香から
逃れることなど、不可能だったに違いない。
 けれど、矢口は紗耶香の腕から逃れた。全力で。
 

 「どうして殺しあわなきゃならないのっ!…どうして紗耶香は後藤を庇うのっ?どうして
  彩っぺが自殺しなきゃいけなかったのっ!……どうして、紗耶香は……」

 「 ――― 矢口?」
 “親友”であるはずの矢口真里に真っ向から否定されて、紗耶香は少なからず傷ついている
ようだった。小川はただ見ていることしか出来ないけれど。
 矢口を失い、空になった紗耶香の両腕が、小さく震えていた。「…やだなあ、何でよ……」
そして、紗耶香のその口元も、細かく引きつるように震えている。


 一方の矢口も、体を激しく震わせていた。大きく見開かれた両目のまなじりから大粒の涙
が幾筋も頬を伝って流れていく。
 「紗耶香は、紗耶香だけはどんな状態に陥っても、…信じられると思ってたのに」



180 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時09分31秒



 彼女の小さな体も手伝ってか、そんな矢口真里の姿はそこはかとなく、儚いものに見えた。
この場ではまるで無関係な他人のような存在になり得てしまう、小川にでさえも。今にも、
矢口が消えてしまうのではないかと思わせる、どこか希薄な姿。


 「……矢口、聞いて…」

 「聞かないっ!! ――― 紗耶香の言うことなんて、絶対に聞くもんかっ!!どうして、
  後藤のこと止めてくれなかったの?紗耶香が止めれば、後藤だって絶対言うこと聞くの
  に、どうして止めてくれなかったの!?どうして矢口のこと、最初に見つけてくれなか
  ったの?矢口1人で怖かったのに……怖かったのに!」
 「 矢口っ!!」

 「やだ、聞かないっ!……」
 紗耶香も矢口も、次第に興奮してきたようだった。矢口は両手で耳を塞いで、1歩1歩後
ず去っていく。紗耶香はそれを追いたい様子だったけれど、矢口がそれを拒んでいる。
 そして、そんな2人を小屋の窓から眺めている真希の存在も、無言のプレッシャーを彼女
らに与えていた。( どうしよう、どうしよう……? )



181 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時11分05秒



 さっきまでは、自分と真希が会話しているはずだった。いつの間にか、「親友同士」である
紗耶香と矢口の言い争いへと状況が変化してしまい、日頃マイペースを貫いている小川は、
その展開についていくことが出来ない。会話を追いかけるだけで精一杯だ。


 「どうしていつも、後藤なの…?」 「……何だよそれ……」
 数メートルほど紗耶香との距離を置いて、矢口が泣きながら言った。当然紗耶香にとって
は不意打ちの問い掛けだ。紗耶香は訝しげに眉を寄せて、半笑いを浮かべた。

 ――― 何言ってるんだよ矢口?そんなこと、比較するような問題じゃないじゃないか。
 そんな風にでも思っているような、困惑した表情。


 「彩っぺが死んでも、後藤がしたことだから許しちゃうんだ。矢口が1人で怖くっても、
  後藤が一緒だから探してもくれないんだ。……っうっく、…いつも紗耶香は後藤のこと
  ばっかり…後藤ばっかり……」



182 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時11分48秒



 咄嗟に、小川は後ろの窓から顔を覗かせている真希の姿を振り返った。今、紗耶香と矢口
の会話の中心にいるのにも関らず、真希の表情は不自然なくらいに無関心に見えた。
 もちろん、彼女の心中なりに思うところはあるかもしれない、けれど、小川にそれを知る
術は当然 ―――― あり得ないので。



 「…矢口。頼むからさあ。話くらい聞けって……」
 「ン、んぐっ……聞かないもん。紗耶香の言うことなんて信じないもん…」
 時々しゃくり上げながら、矢口はかぶりを振った。自他共に認める親友同士、信頼感を
培うのに今までの人生の半分以上を注ぎ込んできた2人。けれど、その関係性が崩れるの
は一瞬だった。まさに、一瞬の出来事で崩壊してしまった。

 
 それとも。矢口の中にはもともとそんな気持ちがあったのかもしれない。紗耶香と真希、
親友でも姉妹でもないのに、時としてそれ以上の絆の強さを見せる2人に対して、矢口が
嫉妬にも似た感情を抱いていたとしても何らおかしいことはないが、しかし…。
 
 「…っ、矢口、聞けっ!」
 「 ――――― 紗耶香のばかあっ!!」



183 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時12分40秒



 とうとう紗耶香が大声を出して言うと、矢口がまるで子供が癇癪でも起こしたときの様に
怒鳴った。……と同時に、矢口の手から何かが紗耶香に投げつけられる。形状からして、何
か紙のような物を丸めたもののようだった。

 「…な?」 紗耶香が一瞬、“その紙を丸めたようなもの”が飛んでくるのを避けようとし
てひるんだ隙を狙ってかどうか、矢口はとにかくその隙にくるり、と踵を返した。

 ぱすっという軽い音と共に、矢口の投げたその物体は丸い放物線を描いて、紗耶香の体を
通り越すと、開かれた窓の中へと放り込まれた。その付近に立つ真希の視線が、一瞬だけそ
の物体へちらりと向けられたけれど、彼女はすぐに矢口たちへと注意を戻したようだった。


 「矢口さんっ!」 「矢口、待って!!」

 今度は、紗耶香と小川が同時に叫んでいた。矢口は体を返してすぐに自分の荷物を拾い
上げると、そのまま森の中へと駆け出していった。ぐんぐんとその差は広まり、あっとい
う間に矢口真里の体は雪の上からかき消すようにいなくなる。
 「や ――― 」 「駄目だよ」



184 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時13分36秒



 場違いなくらい、あっけらかんとした声が響いて、小川はまたその声の主を振り向いた。
今度は見なくても分かるけれど、彼女の顔は。「駄目だよ、市井ちゃん」

 
 その声の主 ――― 言わずもがな、後藤真希だ ――― は、いつもと何ら変わりのない
ごく淡々とした口調で言って、紗耶香の腕を掴んでいた。そして、じっと射るような視線
で紗耶香を見据えたまま。
 
 「約束、したんだから」
 真希が紗耶香の腕を掴むその手に、さほどの力も入ってはいない。それは、傍目に見て
いる小川にも簡単に分かった。(単に腕に手をかけているようなものだ)


 けれど、紗耶香はその腕を振り解かなかった。いや、それは違う。あえて「振りほどか
ない」のだ。自分の親友が自分を罵倒して去っていってしまったというのに、一体それは
どういう事なんだ?小川は、訳の分からなさに思わず叫び出しそうになったけれど ―――
何とかこらえた。
 そう、今はそれどころじゃない。



185 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時15分12秒



 「…何度も言わなくても分かる。後藤、市井は行かないから腕、離して」
 
 硬い表情で紗耶香が言って、真希がひょいっと肩をすくめる仕草と共に、紗耶香の腕に
かけた手を解いた。「市井ちゃんは嘘つきだからな…」 そして、小声でそう言い捨てた。

 『嘘つきだ』 ―――― 少しでも笑みを浮かべてそう言ったなら、まだ良かったのかも
しれない。しかし、真希は真顔でそう言った。紗耶香が強張った硬い表情で、視線を矢口
の走り去って行った森の方へ向けた。

 当然、すでに矢口の姿はそこにはない。
 
 駄目だ。
 小川は、もう紗耶香に見切りをつけて、そう判断した。さっきの矢口と紗耶香の言い争い
のせいで、逆に小川は冷静さを取り戻していた。( 矢口さんを追いかけなきゃ )頼りにし
ていた矢口真里は、思いがけず半狂乱に陥ってこの場を去ってしまった。
 紗耶香と真希の2人の動向も、気にならないわけではないけれど………まずは、矢口を
見つける方が先決だ。


 
186 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時16分22秒



 ちらりと、小川はすでに言葉を無くした紗耶香と真希の2人を振り返った。紗耶香は相変
わらず森の方へと顔を向けていて、小川の視線には気付いていない。代わりに、小川と真希
の目が合った。「…………」言葉もなく、小川は真希を見つめる。
 
 ――― 深い闇。


 再び、小川の胸中を真希への不安感がじわじわと侵食し始める。何の感情も感じられない
暗い瞳は、やはり小川にとって理解し難いものだったし、何より純粋に怖かった。今まで
接したことのないタイプの人間だ。まして、こんな状況ならなおさらだ。
 後はもう、考えることはなかった。追いかけるだけだ、矢口真里を、あの ―――― 深い
ショックを受けて、泣きながら森へ消えた彼女を探すだけだ。

 
 ぐっと拳を握り締めると、小川は無言で自分の荷物を拾い上げた。どうしようもなく、自分
の心は動揺して乱れてはいたけれど。今まで短い時間とはいえ、無力な自分と一緒にいてくれ
た石黒彩と矢口真里。…今度は、自分から行動を起こさなくては!
(もちろん、彩がもういないことはどうしようもないので、矢口だけでも探したかった)



187 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時18分00秒



 「…小川?」 ようやく、紗耶香は小川の行動に気が付いたようだった。落胆しきっている
のが目に見えてわかる憔悴した表情を、自分の方へ向けているのに小川は気付いた。
 けれど、小川はその紗耶香の視線を受け返そうとは思わなかった。荷物を肩に担いで、ひた
すら矢口の消えた方向へと視線と向ける。

 (もう、市井さんや後藤さんと一緒にいる理由なんてない。もしかしたら、すぐに殺され
  ちゃうかもしれない。 ――― 先に死んじゃった皆のように…)


 考えながら、小川の脳裏に元気だった自分の友人たちの顔が次々と浮かび上がった。
 『まこっちゃん、このお菓子おいしーよー』 笑顔でそう話す、辻希美。
 『なあなあまこっちゃん、宿題見せてくれへん?』 人懐っこく笑いかける、加護亜依。
 『…人に頼るなって言ってるでしょ、亜依!』 そんな亜依をたしなめる、松浦亜弥。
 『でも麻琴ちゃんって、しっかりしてるもんね』 ちょっとばかり生意気な、新垣里沙。


 ――― 皆、そう皆、死んでしまった。


 「私、行きます」 脳裏に浮かぶ、友人たちの姿を振り払って、小川はきっぱり言った。



188 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時19分34秒

 「……小川……」 紗耶香が、少し呆気にとられた顔で小川を振り向いた。けれど、
それは無視することにした。
 「矢口さんや、愛ちゃんを探します。市井さんたちとは、ここでお別れです」

 努めて、冷たい声で小川はそう言い放った。
 正直、市井紗耶香には失望していたし、(だって親友の矢口さんが行っちゃったのに、
追いかけもしないなんて!) ――― 相変わらず淡々とした態度を崩さない後藤真希の
存在は、とても不気味だったし。

 「そう。……矢口をよろしくね」
 「…………あなたに言われなくたって、分かってます」
 
 突き放すように言って、小川は紗耶香に背を向けた。彼女が、矢口を心配しているのは
おそらく演技でも義理でもなく、心から思っているのであろうことは、何となくその声か
ら予想はついた。本当に、紗耶香は矢口を心底気にかけているのだ。
 ――― 何故なら、紗耶香の言葉の語尾が、僅かに震えているのに小川は気付いたから。
 
 それでも、紗耶香は真希の側を離れることは出来ないらしい。どんな理由が彼女にある
のかは知らないが、別に小川にはもう、それを知る必要もなかった。
 


189 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時21分18秒



 ただ、紗耶香が矢口を本当に心配していることが分かった。それだけでいいではないか。

 ――――

 ざくざくと、矢口の足跡をたどって小川は歩き出した。しばらく座ったままでいたため、
足が鉛のように重かったけれど、気にしなかった。代わりに、紗耶香と真希の視線を背中
に受けているのが気になったため、10数メートル進んだ辺りで、小川は走り出した。

 「………っはっ、はっ…はあ…」

 距離にして、森の中へ入るのは50メートルほどしか走らなかったけれど、雪の上はと
ても走りにくいということも手伝って、森に入って数メートル進んだ時点で小川は息を切
らして、再び歩き出した。矢口の足跡は、まだ奥へと続いていた。
 
 自分の視界は、鬱蒼と生い茂る木々のせいであまり良いものとは言えない。手元にある
地図だけが頼りだ。(そういえば、さっき矢口さんが市井さんに投げつけたあの紙を丸めた
ようなやつは……?) ふと思い出して、小川は考えた。


 
190 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時22分10秒



 おそらく、あれは地図だ。今自分が手に持っているのと同じもの。
 だとすると、矢口はこの鬱蒼と茂る森の中を、地図すら持たずに入って行ってしまった
ことになる。 ――― それは、非常に危険なのではないか?


 「……矢口さん…」
 呟いて、小川は周囲をきょろきょろと見回した。矢口が走り去ってしまった後、ごちゃ
ごちゃ考えずにすぐに後を追えばよかったと今更ながら思ったが、もう後の祭だ。
 (お願い、無事でいてください……)
 祈るような気持ちで、小川は矢口の姿を探した。心臓が、恐怖と緊張のせいでバクバク
と高鳴っていたけれど、それでも小川は何とか歩き続けた。


 「 ―――― やぐ…」
 「麻琴ちゃん?」
 思い切って、大声で矢口真里の名を呼ぼうと口を開きかけたとき、静かな声が響いて、
小川はその動作を止めた。聞き覚えのある声だった、ただし今、自分が会いたいと望んで
いる矢口真里や親友の高橋愛のそれとは違うのだけれど ――― 。

 「……あさ美!!……ちゃん」



191 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時22分59秒



 思わず、呼び捨てでその人物の名前を叫んだ後、小川はしまった、と思い慌てて言い直し
ていた。本人の前では、一応普段は「ちゃん」付けで通している。陰で彼女が話題に出る時
(中学生同士の話だ、主に悪口が主体となる ――― トロい、鬱陶しい、など)、日常的に
小川は彼女の名前を呼び捨てにしていたので、ついそう呼んでしまったのだ。


 そう、中学生の仲間の中では所謂「劣等生」であった少女。紺野あさ美。
 そして、辻希美を除く少女達の中で、まあ ――― いわゆるイジメ(といってもそんなに
激しいものではない、言っておくが)の対象だった。


 紺野あさ美と言えば、いつもオドオドしていて、卑屈っぽい笑顔を浮かべているのが印象
的な少女だった。少なくとも、こんな『ゲーム』が始まる前までは。けれど。


 「ふふふっ。ねえ、麻琴ちゃん。誰か探しているの?」
 
 いつもと違う。それが、この場で小川が紺野に対して抱いた最初の印象だった。普段は
自分に話し掛けるとき、紺野は目を合わせてきたりしない。普段なら、こんなにはっきり
と言葉を喋らない。そして、普段通りであれば ―――



192 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時23分51秒



 「あの、矢口さん……探してるの。ちょっと混乱してて……」
 「へえ、そう。大変だね」

 
 ――― そして、普段通りであれば、紺野あさ美はこんな風に冷淡に笑わない。

 (ちょっと、何なの、何なのよ…あさ美まで、どうしちゃったっていうのよ)
 何かおかしい。小川が紺野に抱く漠然とした不安感が、徐徐にはっきりとした感情を形成
していく。そして、紺野が自分に対してその“物体”を構えて言ったとき、小川の抑えてい
た感情は一気に爆発した。


 「ねえ、麻琴ちゃん。後藤さんと、何話してたの?」
 「………っ!!……あさ美っ!!」
 顔を引きつらせて、小川は叫んだ。もはや、当初の目的である矢口真里の存在は、自分の
頭からは消え去っていた。今、小川の心中を支配しているのはざわざわとした恐怖心。

 「まーことちゃん。後藤さんと、何話してたの?」



193 名前:《13,震撼    小川麻琴》 投稿日:2002年02月17日(日)17時24分42秒



 焦れた様子もなく、紺野はうっすらと微笑を浮かべて繰り返した。“後藤”の名前が嫌に
強調されていたのだけれど、小川がそれに気付く余裕はなかった。
 只々、小川の視線は紺野あさ美が自分に向けて構えるそれ ―――グロック19 9ミリ
――― 彼女の武器である“拳銃”へと向けられていた。


 小さな円形の銃口の奥が、永遠に続く闇のように思えた。小川の胸中を、一瞬だけその
深い闇を連想させるあの後藤真希の‘瞳’が過った。本当に、一瞬だけ。
 すぐに、小川の心中は恐怖で一杯になった。ただ目を見開いて、小川は紺野が笑顔で自分
に向ける小さな銃の先端を凝視している。
 
 本物を見るのがいくら初めてだとは言え、「それ」が火を吹いた瞬間、自分が間違いなく
絶命することくらいは、理解し得ていた。
 「後藤さんと、何話してたのぉ?」

 (……狂ってる)
 何度も繰り返す紺野あさ美の姿を見て、小川は全身が硬直して動かないことに気付く事も
なく、ひたすらその小さな銃口の先にある真っ暗な闇を見つめて、思った。
                                            【残り10人】



194 名前:flow 投稿日:2002年02月17日(日)17時27分32秒

 紺野2度目の出番でした。
 …しかし、新曲は新メン4人の差別化がひどいっすね……(w

 
195 名前:ARENA 投稿日:2002年02月18日(月)19時57分23秒
あー、なるほど。あの4人は別れましたか。
つーか・・・、紺野が出たぁ!!(w
ヤバイ、ヤバイでぇ〜!

>>194
同意・・・(w
196 名前:はろぷろ 投稿日:2002年02月19日(火)13時53分31秒
紺野出ましたねぇ〜・・・
しかも小川が遭遇。
気になるよ〜
197 名前:詠み人 投稿日:2002年02月19日(火)20時59分26秒
ようやく見にくることが出来ました〜っと思ったら、かなり話が進んでいる模様w
それにしても、後藤は謎多いし石川はどっかいなくなっちゃうし紺野は暴走・・・

マジで続きが気になる!
198 名前:ショウ 投稿日:2002年02月20日(水)17時45分43秒
スレ復活おめでとうございます〜!
ようやく発見いたしました。
また引き続き読ませてもらうのでよろしくお願いします。
199 名前:flow 投稿日:2002年02月25日(月)20時29分58秒
何だかんだで、1週間が経過しましたね……。
新曲を見るたび、やっぱり「どうしてn垣が目立つのか」というどうしようもない
怒りが浮かんできては…(略) スレ違いでした。

>195 ARENAさん
   「紺野が出た!やばい!」と思わせることが出来れば、彼女に対しては
   ある意味成功です(w
   良かった良かった……とか言ってみたり。

>196 はろぷろさん
   紺野の出番、そして小川と遭遇……
   小川がどうなるかは、多分予想済みかと思われますが、今回の更新で明らかに!

>197 詠み人さん
   お久しぶりです!そうやって名前を挙げられると、(後藤+石川+紺野)
   まともな人間いないなあと、我ながら思います(w

>198 ショウさん
   ショウさんもお久しぶりです!忘れられてなくてよかったぁ〜(w
   また来ていただけて嬉しいです。またお付き合いくださいませ、良ければ。


 それでは1週間ぶりの更新です、今回は新曲センターのあの人で。

      
200 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時31分35秒



 「はあっ、はあっ…」


 真っ白な雪の上を、小柄な少女が一目散に駆け抜けていく。
 いい加減、体力は限界に近付いていた。元々、体力のある方ではなかったし、雪の
上をブーツで走るのはとても容易ではなかったのだ。
 
 「……ふっ、う、うう…」
 ずずっと鼻をすすり上げて、彼女 ――― 矢口真里は立ち止まった。いつの間にか、
森に入ってから随分と奥まで来ている。ほとんど無意識のうちに走っていたので気付
かなかったけれど、今、自分がどこにいるのか、おおよその位置関係でさえ認識出来
てはいなかった。( 何で……何でこんなことになるの………ここ、どこ……? )


 「もう……やだよぅ……」

 立ち止まり、近くの木に拳を叩きつけて矢口は呟いた。涙は枯れることなく、矢口
は何度も何度も、八つ当たり気味にその木を殴りつけた。
 太い幹には大した衝撃もないらしく、その木に降り積もった雪が落ちてくるような
こともない。そして矢口はかじかんだその手を、叩きつけ続けた。



201 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時32分30秒



 じんじんと、拳の先端に鈍い痛みが走る。「…うう、っううう……」 痛くて泣いて
いるのか、それともこの状況に悲観してないているのか、どちらなのかも分からない。
 ただ、矢口の涙もその嗚咽も、当分止むことはなかった。


 自分の信じていたものが、全て自分から去っていく。

 
 ( 裕ちゃん、裕ちゃん……助けてよ……矢口を助けて…… )
 ようやく、木に殴りかかる動作を止めて、彼女はへたへたと力なくその木の根元に座
り込んだ。積もった雪の上に座るのは決して心地良いものであるはずがないし、まして
それはとても冷たく、耐えられるようなことではないのだけれど ――― 今の矢口真里
は、ほとんどの感覚が麻痺していた。その、感情も全て。

 ――――

 『大丈夫。裕ちゃんなら大丈夫や』

 そう言った裕子は、その直後に頭を半分失って死んでいた。もう、矢口にいつもの様
に抱きついてくることもなければ、笑いかけてくることもない。



202 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時33分07秒



 ――――

 『皆で帰ろう』

 そう言った彩は、家族を失った悲しみから自らの命を絶った。もう、嬉しそうに子供の
ことを話すこともなければ、その子供と会うことも出来ない。

 ――――


 「…っ紗耶香ぁ……」
 ぼろぼろと涙を零しながら、矢口は彼女の名前を呟いた。後藤真希と一緒にいた彼女の
姿が脳裏に蘇る。その姿は、何らいつもと変わることのない、自然な姿として。
 『矢口、話を聞いてっ……』

 彼女は、自分にそう呼びかけていた。そして、自分はそれを拒んだ。矢口にも紗耶香に
も、お互い以外の友人はとても多かったけれど、そんな大勢の友人たちの中で、2人の関
係は特別だった。「親友」。小さな頃からずっと一緒で、最も心置きなく接することの出
来るかけがえのない存在だった。



 
203 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時33分51秒



 けれど、そんな紗耶香の呼びかけを、矢口は拒んだのだ。「…どうして、どうして…」
 思わず矢口はそう口走った。それが紗耶香に対してなのか、それとも自分に対してなの
か、混乱している矢口に判断はつかない。


 ( でも、でも……矢口は、紗耶香と一緒にいたいんだよぅ…… )

 真っ白になった頭で考えてみると、どうして矢口があれほど信頼していた紗耶香の元を
離れたのかは、自分でも分からなかった。石黒彩という、自分の大切な友人を目の前で失い、
それを教唆したのが他ならぬ紗耶香の妹のような存在である‘後藤真希’だった、という事
が、その主な理由であるのだろうか?
 ――― しかし、紗耶香がそれをしたわけではない。


 しかも、紗耶香は彩が死んでパニックに陥っている自分を、ずっと抱きしめていてくれた
ではないか。ずっと、ずっと。……どうして矢口は、そんな紗耶香の元を逃げ出したりした
っていうの? ――― 分からないよ、どうして!?



204 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時34分29秒


 
 頭を抱えて、矢口は小さくうずくまった。とにかく必死になって走ってきたのはいいが、
少し落ち着いてみると、1人でいるのはとても怖かった。何より、親友である紗耶香の元
を離れてしまったことを、矢口は非常に後悔した。考えてみれば、矢口は彼女の元を去ら
ねばならない理由など、ありもしないのだ。

 ( 嫉妬した?…矢口は、後藤に )



 やがて、1つの結論が矢口の中で導き出された。自分が彩の死に混乱しているとき、紗耶
香に対して何と口走ったのかは覚えていない。…けれど、漠然と思い出されるのは無表情な
真希に対する紗耶香の態度が、不満に感じられたこと。
 そうだ、「彩っぺを死に追いやった後藤」を、強く責めたりしなかったのだ、紗耶香は。
 

 無論、何故そんなことをしたのか、くらいは言ったかもしれない。けれど、その後の真希
の言葉で紗耶香は何故か彼女を責める気持ちを失ったようだった。



205 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時36分07秒



 『“後藤を守る”って約束、守ってくれるんだよねえ?』

 真希の冷たい声が、思い出された。
 ( …何で後藤なの……ねえ紗耶香……どうして、矢口じゃだめなの…… )


 “守る”と言った、真希は。“後藤を守る”と、約束だと。紗耶香が真希を守るという事
が、約束なのだと。 ――― そして紗耶香はそれに対して反論も否定もしなかった。
 徐々に、矢口は思い返していた。はっきりと思い出せた訳ではないけれど、矢口は紗耶香
を疑うだとか、彩を死に追いやったことに対して疑念を感じて彼女の元を離れたのではない。


 悔しかったのだ、2人を見ているのが。
 自分では理解することの出来ないやり取りをし、そして、それで通じ合うことの出来る2人
が、紗耶香と真希の2人を見ている事が、とてもとても ――― 悔しかったのだ。


 矢口にとって紗耶香が、唯一無二の親友であることは何度と言うまでもないが、真希の事
だって、彼女は信用出来ると思っていたのだ。彩があんなことになる前までは。
 


206 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時36分52秒



 そう……、彩は後藤真希を訝しがっていたけれど、自分は ――― 矢口は、まさか、あの
真希が、だって頭はいいけど人を貶めたり人を傷つけたり、まさか人を死に追いやるなんて
ことあるはずがないんだ ―――― “あるはずがない”、そう思っていた。

 それなのに。真希は、彩を自殺するまでに追い込んだ、平然と。
 そして、紗耶香はそれを咎めなかった。理解出来なかった、矢口には。どんな理由があろ
うとも、自分はそんな2人を分かってやれることなど無理だ。
 友人を“死”へ追い込むなんて、許せない。こんな異常事態だからこそ、助け合わなきゃ
いけないんじゃないの? ……そうでしょう?


 きっと、だから矢口は悔しかった。近くにいる思っていた紗耶香の心中を察することが出来
なかったということ、そして自分に出来ないそのことを後藤真希なら出来るということ。


 差はなかったはずなのに?………いや、差はついていた。自分では意識しまいとしていた
だけだ。おそらく、この『ゲーム』が始まる前から。


 ――――



207 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時37分44秒



 ( 紗耶香、お願い……助けて……矢口のこと、探しに来てよ…… )

 矢口の思考は、ほとんど後悔の念で埋め尽くされていた。ああ、もしもう1度紗耶香に会
えたところからやり直せるなら ――― 逃げてくるなんて馬鹿な真似、絶対しないのに。
 そうだ、それ以前に、後藤が彩っぺを追い込むことを阻止することだって出来るかもしれ
ないじゃないか。……そうしたら、紗耶香と彩っぺと、一緒に脱出する方法も考えられたか
もしれない!

 もちろん、それはもう決して実現するはずのない望みだと言うことは、理解しているつも
りだけど。だけど ―――― やっぱり考えずにはいられないのだ。ちくしょう、何でだよ。
矢口は、何度も心の中で呟いていた。――― 何で、こうなっちゃったんだよ。



 パンッ!
 ……パン、パンッ!!


 ――― !?


 紗耶香や彩、そして真希のことを考えていた矢口の思考は、唐突に聞こえてきた銃声によ
って中断された。


208 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時38分59秒



 ( ……な、何っ!? ) 当然、今まで普通の短大生として生活してきた矢口でも、
この『殺し合いの会場』放り込まれてから、銃声を耳にするのは初めてではない。
 そして、今度聞こえてきたその音も、今まで何度か聞いた他ならぬ「銃声」に間違
いないことは、深く考えなくてもすぐに分かった。

 やばい!近い……今の音は、とても……とても近い!!


 その音が「銃声」だと認識するや否や、矢口は拳を叩き付け、今はもたれかかるようにし
て体を預けていたその木にしがみつくようにして、頭を伏せた。
 場所が森の中であるせいか、その銃声はいやに反響してとても大きく響いた。


 パンッ……パンッ…


 銃声は、1発や2発ではなかった。矢口は、それが5回鳴り響いたところまでは覚えてい
たのだけれど、混乱する頭ではそれ以上を数えていることは出来なかった。
 ( 嘘だ、嘘だ、……こんなの夢だ! )
 必死に木にしがみついて、矢口は何度も心の中で叫んだ。そう自分に言い聞かせることに
よって、何とか精神のバランスを保とうとしていた。

 ( 嘘でしょう……こんなの、こんなの……。…お願い、夢なら醒めてよぉ…… )



209 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時39分44秒



 寒さによってかじかんだ両手の指先も、ずっと寒気にさらされて氷のように冷たくなった
自分の剥き出しの顔も、感覚の失くなったブーツの中の足のつま先も、全てが現実に自分が
存在していることを証明しているけれど、矢口はそれでもその全てを拒否したかった。


 全てが夢だったら、どんなにか自分は神に感謝するだろう。裕子の死も、この会場へ連れ
て来られたことも、紗耶香と真希の関係に嫉妬を抱くこともなく、
 ――― 今までように短大に通いながらバイトをして、友人と遊んで、お気に入りの美容室
で髪をカットしてもらって…( ああそうだ、知り合いにカットモデルを頼まれていたんだ )、 
そうそう、友達がくれたエステのチケット、まだ机の中だったっけ。

 
 平凡な生活。それが、どんなに幸せなことだったか。今更ながら、矢口はもう今となって
は決して手の届くことのないそれらの生活が、ひどく遠いものになってしまったことに気付く
と同時に、目の前が深い闇に閉ざされたかのような絶望感に打ちひしがれた。


 銃声は、いつの間にか止んでいた。



210 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時40分22秒



 「……今度は、誰なの……」 震える声で、矢口はポツリと呟いた。さっきまでなら、何と
か強引な理由付けをしてでも、まさか園の仲間の誰かがやったのだとは考えもしなかったけ
れど、今回はその矢口の強硬な『仲間への信頼感』は薄れつつあった。


 さしもの矢口も、目の前で友人が死んだ(教唆されてだ)のを見て、それでも「友達同士
なんだから悪意なんてあるはずがない」と、声高らかに言ってのけることが出来るほど頭の
悪い少女ではなかった、いやむしろ矢口真里は頭の良い少女だったからこそ、自分の考えを
根本から覆すその事実を受け入れざるを得ないことを、理解していたのかもしれない。


 森の中で響いた銃声は、反響こそすれ何となくの方向は、矢口は察しがついていた。
 ( どうする……? )
 木に相変わらずしがみついたまま、そして救いがたいこの状況に半ば泣きそうになりなが
らも矢口は思案を巡らせた。

 普通の人間の感覚ならば、逃げるのが正しい、当然。
 だって、銃声がしたんだ ――― それも今日何度目かの銃声。無論、その度に「誰か」の
命が消えていっていることは今さら確認するまでもないことで。



211 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時41分03秒



 ( だけど、だけど… ) 矢口は唇をかみ締めて、その銃声の根元と思しき方角へと首を回
してその先をじっと見つめた。もう、銃声はおろかそれ以外の音すら、聞こえてはこない。


 ・・・・・・・

 
 いつの話だっただろうか。矢口の脳裏に、不意に元気だった頃の ――― (ああ、こう言う
と本当にもう彼女がこの世にいないことを認めているようで、とてもいい気はしないのだけど)
裕子の言葉が蘇ってきた。
 
 
 「なあ、矢口。あんたの大事なものって何や?」 「…えぇ?何だよぉ、急にぃ〜」
 仕事の書類に目を通しながらそう零した裕子の言葉に、同じ部屋でこちらは漫画を寝転がり
ながら読みふけっていた矢口は、笑みを浮かべて顔を上げた。
 
 それでも、裕子の表情が優しい笑みを湛えながらもどこか真剣味を帯びているのを見て、
矢口は体勢を起こして、う〜ん、と首を捻る動作を見せる。「友達……かな、やっぱり」



212 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時41分43秒



 「そっか」 裕子は矢口の返事に、何故か嬉しそうに口元を綻ばせた。「友達、大事なんや」
 そんな裕子の態度をおかしく思いながらも、( 別に特別なことを言ったわけじゃないし )
矢口はそれを肯定するための言葉を続けるため、口を開いた。

 「だってさあ、矢口たちって家族いないじゃん? その分、って言ったら変なんだけど……
  友達ってかけがえのないものなんだ。矢口は、友達が大事だよ。……あっ、もちろん裕
  ちゃんのこともねっ! “友達”って言うには年齢離過ぎてるけど」
 
 「一言多いわ、あんたっ」
 裕子が笑いながらそう言って矢口を小突くと、矢口はなんだか照れ臭くってアハハ、と笑っ
た。普段、そんな真剣な会話をすることはほとんどなかったから。

  
 一頻り笑い転げた後、妙にしんみりとした口調で裕子が言った。
 「矢口はええ子やね」
 笑い過ぎて涙さえ浮かべていた矢口は、急に態度の変わった裕子に戸惑いながらも、彼女
の顔を見つめて聞き返す。「 ――― どしたの、裕ちゃん?」



213 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時42分26秒



 「なあ、矢口? 友達を大事に思うってことは、“他人を大事に思う”ことが出来るって
  ことなんや。口で言うのは簡単やけど、実際にそれを行動に移すのは難しい。
  でもな、矢口はホンマに他人の痛みや苦しみを分かってあげられる優しい子やから、そ  
  れが出来ると思ってんねや、裕ちゃんは」
 「……裕ちゃ…」

 「それが、“矢口らしさ”やと思うで。矢口? 自分らしさを失わないってのは、とても
  大変なことやねん。けどな、矢口はその矢口らしさをずっと残したまま、成長してって
  欲しい。『友達が大事』やて、ずっと胸張って言ってられる矢口らしさを失わんでな」


 ・・・・・・


 唐突に、そこで頭の中の映像は途切れた。
 ――― 『友達が大事』やて、ずっと胸張って言ってられる矢口らしさを失わんでな ―――


 「裕ちゃん……」
 涙の混じる声で、矢口はもうこの世にはいない彼女の名前を呼んだ。裕子が望んだ自分の
姿。自分が信じてきた自分の大事なもの。



214 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時43分02秒



 銃声は、何度も聞こえた。それが1発で人の命を奪うことが出来ることから考えても、今
その現場へ行ったとして、「生きた人間」に会うことは叶わぬ望みなのかも知れない。


 ここで矢口が自分の保身を考えて、この場でじっと身を潜めていたとしても、誰も矢口を
責める者などいない。ここには、もう「正義」などという甘ったれた感情は存在しないのだ
から。………けれど。

 ( 本当に、そうなの?もうこの会場に、正しいものは存在しない? )


 分からない。そうかもしれないし、そうでないのかもしれない。どちらにしろ、断言など
出来ないことだった。「………うっ…くっ……」 矢口は涙を拭うと、木にもたれかかる様
にして何とかフラフラと立ち上がった。

 それから思い出したように足元のバッグを拾い上げる。配給された武器も、その中にちゃ
んと入っているはずだ。もちろん、使うときなんて来ないほうが良いのだけれど。



215 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時43分40秒



 「……矢口はまだ、矢口でいるよ……」
 裕子のことを考えると、胸の奥がひりひりとして今にも泣き出したいほど深い悲しみが
自分を襲うけれど、その裕子が望んだことを、今はすべきだと矢口は思った。
 『矢口が矢口らしさを失わずに。友達を大事だと言える、自分らしさを』

 誰かが誰かを襲っていたとしても、必ずしもそれが望んで戦った結果ではないかもしれな
いし、必ずしも死んでいるとは限らない。無論、その逆だって言えることだが ――― 仮に
1パーセントでも可能性があるなら、自分は行かなければ。


 誰かに頼るのではない、自分が信じた道を行くんだ。正義は、自分が決めよう。
 おそらくは天国から見守っていてくれるであろう、中澤裕子が、そう言ったのだから。
 友達を信じ、大事に思う自分を捨てない。例え、どんな結末になってしまったとしても、
自分の信念を曲げてまで、彼女の言葉に逆らおうとは思わなかった。 


( 裕ちゃん、矢口を守ってね…… )



216 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時44分22秒



 小柄な体型に似合わぬ、割と大きめなバッグを胸に抱きしめるようにして抱え上げて、
矢口は銃声のした方向に向かってゆっくりと歩き始めた。ざくざくと、新雪を踏みしめる
度に、言い様のない恐怖感や緊張感が高まってきたけれど、それでも矢口は歩みを止めず
に目的の場所へと進んで行った。
 


 ――――


 「……っ!」

 最初に目に見えたのは、赤いコートを着て倒れている小川麻琴の姿だった。木に寄りかか
るようにして体を横たえさせ、ピクリとも動かない彼女の姿。その横に呆然としたように佇
んでいるのは、どうやら小川と同学年の紺野あさ美であるようだった。

 おかしい。近付くにつれて、矢口は疑念を抱いた。まだ、紺野は自分が接近していること
には気付いていない様子だ。しかし、矢口は気付いた。
 ( あれ…小川、赤いコートなんて着てたっけ……? )
 自分の記憶を探る。確か、赤いコートを着ていたのは彩だったはずだ、白い雪にその鮮や
かな赤色が映えていたのでよく覚えている。では、小川は?



217 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時45分56秒



 矢口真里は流行のファッションや髪形、小物等にとても敏感な少女だったので、他人の
服装などに対する目ざとさは人一倍強かった。 ――― 思い出した、小川が着ていたのは
ライトグレイのハーフコートだった! ……じゃあ、あの赤い色は何故!?


 自問自答するまでもなかった。動かない小川、赤く色を変えた彼女のコート、そして傍ら
に立ち尽くす紺野の手に握られた黒い鉄の塊 ――― 拳銃だ!

 ( まさか、まさか……紺野が殺した? 小川を……そんな、まさか…… )


 矢口は、朝比奈女子園の中心的人物であったが故に、その仲間内の性格や人間関係はよく
把握しているつもりだった。そして、そのうち紺野あさ美について自分が覚えていた事項と
しては、『大人しい、無口、劣等生で……親しい友人がいない』。
 至って特長のない、捉えどころのない少女だった。ある意味目立つと言えば、その通りな
のだとしても。自己主張の強い園の少女達の中では浮き気味だった大人しすぎる少女。


 
218 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時46分32秒



 その、紺野あさ美が。信じ難かったが、ここまで状況証拠が揃えば疑わざるを得ない。
よく見れば、彼女が手に持つ小型の拳銃からはうっすらと白い煙が細く立ち昇っているの
が見て取れた。硝煙だ。間違いない、小川を撃ったのは、紺野だ。

 
 そして、聞こえてきた銃声の音を考えると、(そしてそれが全て小川にぶち込まれたのだ
と考えると) ――― 小川麻琴が生きている確率は、非常に少ない。


 「紺野っ!!」
 そう考えたとき、矢口は思わず叫んでいた。「何やってんだ、馬鹿っ!!」
 逃げるべきだったのかもしれない、けれど今の矢口にその選択肢はなかった。叫びながら
呆然と立ち尽くしたままの紺野に向かって駆け寄る。


 はあはあと息を切らせながら、矢口が彼女に正面にようやく辿り着いたとき、紺野はよう
やく焦点の定まらない目をぼんやりと自分に向けてきた。「あれ……」
 表情と同じくぼんやりとした口調で、紺野はもぞもぞとその口を動かして言った。
 「矢口さんじゃないですかぁ……どうしたんです?」



219 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時47分24秒



 「どうしたって……」 矢口は一瞬言葉を失って、紺野の顔から傍らで横たわっている
小川の姿にちらりと視線を走らせた。( 死んでる…… ) 予想通り、彼女のライトグレイ
だったハーフコートは、彼女の血液で赤く染め上げられていた。ただし、彩のコートとは
違ってややどす黒さを帯びているけれど。

 「小川を、殺したの?」
 紺野の大きな目が、くるくると動いて矢口を見た。相変わらず、何処か焦点が定まって
いない。もう、平常ではないということだろうか。「だって…」 返す紺野の声は、普段の
彼女の声と変わりなかった、細い、自信のなさ気な弱い声。


 「だって、麻琴ちゃん、私のこと無視するんですもん。私の質問に、答えてくれないん
  ですもん。私のこと……」
 「あんたねっ!!」 ――― 矢口はその言葉を遮るように声を上げると、紺野の肩を掴ん
で思い切り揺さぶった。「自分が何したか、分かってんの!?」


 「………矢口さ……」

 か細い声が聞こえて、矢口は慌ててそちらに顔を向けた。この声は、…「小川っ!」



220 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時48分01秒



 矢口は紺野の肩から手を放すと、薄く目を開いている小川の横へしゃがみ込んだ。細い
呼吸からも、彼女がもう長くないことは分かっているが、それでも。
 「小川。よかっ…生きて……」 「や、ぐ、ちさ……」

 小川の口元から、一筋の血が伝って、ポタリと雪の上へ落ちた。
 「いいよ、喋らなくて……」 矢口が必死になって小川へ呼びかける。ひどい出血だった、
はっきり言って助かるとは思えなかった。どうにも出来ない。
 
 「……気……つけ…て…くだ…さ」
 「え……っ?」 それでも、小川は話すことを止めない。矢口は体勢を低くして、少しで
も小川の口元に自分の耳が近付くように屈んだ。

 「……あさ…あさ美……はあぶ…な………危ない」
 「 ―――― !」
 
 そのまま、小川は目を閉じた。口元は、開かれたまま。今度は間違いない、だってもう
小川は呼吸をしていなかったから。( ……死んだ……小川が…… )
 また、目の前で人が死んだ。何も出来ない、自分は。



221 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時48分40秒



 「しぶとかったですね、麻琴ちゃん」
 矢口がキッと振り返ると、紺野は何の感情も浮かべず淡々とした表情で、自分たちを見下
ろしていた。抑揚のない、細い声。何か、とても不気味な印象だった。

 「……紺野、あんた……」
 再び、矢口が紺野に掴みかかろうと立ち上がった時だった。またも、聞きなれた2つの声
がその現場に飛び込んで来たのは。


 
 「ちょっよ、何よ今の銃声っ!」 「誰かいるのっ? ――― 矢口に紺野!…小川っ!?」

 「……圭ちゃん、カオリ…」
 聞きなれた声。そして、自分と年齢の近い、園の仲間。保田圭と、飯田圭織だった。
 同じようにバッグを肩から担いで、大声でそう叫びながら乱入してきた2人は、案の定、
この現場に戸惑ったように顔を見合わせた。


 血塗れで倒れている小川麻琴。その横で銃をぶら下げている紺野あさ美。そして、その
紺野に掴みかかろうと腕を伸ばしている矢口真里。2人がこの状況だけを眺めても、一体
何が起きたのか瞬時に理解するのは難しいだろう。



222 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時50分07秒



 保田が大きな目を更に大きく見開き、飯田が自分の手で口元を覆った。その手が細かく
震えているのを、矢口は他人事のように見ていた。「ちょっと……小川、死んでるの?」
 矢口は、言うべきが一瞬躊躇した。
 ( 大丈夫なんだろうか、圭ちゃんとカオリは? …まだ、おかしくなったりは、してい
   ないのかな。紺野みたいに…… )


 けれど、矢口がその事実を ――― 紺野が小川を殺したのだと告げる前に、矢口がそれ
を状況証拠から判断したように、保田もまたそれを見抜いたようだった。
 「紺野ね?」 猫のようにつり気味の大きな目が、紺野の手中にある拳銃へと、真っ直ぐ
に注がれていた。「……紺野が、小川を殺したのね? 矢口。そうなのね?」


 どうしたって、否定のしようもなかった。この状況でそれは間違いだと言っても、どう
して2人がそれを信じるだろう。まして、それは言うまでもなく事実なのだし。


 「だって……」
 特徴的な、細い声がして矢口は振り返った。その声の主は、保田と飯田の2人の存在に
気付いているのかいないのか、その視線は何故か矢口にだけ向けられていた。

 

223 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時50分53秒



 「だって、麻琴ちゃん、教えてくれないんですもん。後藤さんと、何喋ってたのか」

 
 矢口ははっと息を呑んで、紺野の瞳を見つめ返した。背中がぞくりとするような悪寒が、
全身を走り抜ける。( 見てたんだ、あの時……! ) 小川と後藤が口を利いたことなど、
学園にいたときは見たこともない。つい今しがたの、紗耶香を含めたあの小屋での出来事
を、紺野が差しているのだということに気付くのは一瞬だった。


 「矢口さんもいましたよね?」

 紺野が、相変わらず淡々とした表情で矢口を見つめ続ける。背後の飯田と保田は、2人
のやり取りの内容までは理解出来ていないようだった、「どうしたって言うのよ、もぉ!」
 保田が苛々したようにはき捨てるのを、矢口は耳にこそ入ってはきたが、返事をすること
が出来なかった。
 ただ目の前の彼女を ――― 紺野を見つめ返すだけで、精一杯だ。


 「私だって、後藤さんとお話ししたい……。そんなの、出来ないけど…」
 紺野は矢口の返事を待たずに、ゆっくりと拳銃を構えた。その銃口は、寸分の狂いもなく
矢口へと向けられている。( ……ちょっと、嘘でしょ…… )



224 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時51分36秒



 全身から血の気が引いていくような錯覚を感じながらも、矢口は金縛りにでもあったか
のように動くことが出来なかった。いや、金縛りにあっているのだ。……拳銃を突きつけ
られて動けるなんて、映画の中のヒーローだけだ!
 そしてこれは映画でもない、まして自分はそんな特別な人間でもない。

 
 「……みんな、みんなずるいです……」
 「紺野っ、やめなさいっ!」 「ちょっと、本気なのあんたっ!紺野っ!?」

 紺野の指が引き金にかかると、飯田と保田が息を呑んで狂ったように叫んだ。矢口は?
――― 動けない、そして、口を開くことも出来ない。ただ、真っ暗な銃口を見据えるだ
けだ。小川を殺した、その拳銃を。
 ( そして小川を殺すその前に、紺野は新垣をも葬っていたのだけれど )

 
 がちっ



225 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時52分14秒



 「………っ!」
 引き金にかけらえた紺野の指が動くのを目にした瞬間、矢口は咄嗟に目を固く瞑って
いた。けれど、予想した衝撃も、銃声すらも聞こえてはこない。「……………え?」
 おそるおそる、矢口は目を開けた。もしかしたら、紺野も考え直してくれたのかもし
れない、そんな淡い期待も少しは抱きながら。

 
 しかし、どうやら違ったようだ。紺野自身、意外だったように首を傾げて銃を見ている。
 「ああ…」 紺野が、銃をひっくり返してのんびりと(少なくとも矢口にはそう言ってい
るように見えた、のんびりと)口を開いた。「弾切れみたい、ですね」


 「えーと、残りの弾はぁ…」
 緩慢な動作で、紺野が自身のバッグをがさごそと漁るのを、矢口は呆けたように見てい
た。弾切れ? ――― 撃たれなかったってこと? 矢口、まだ生きてるってこと?
 ( 裕ちゃん、裕ちゃんが助けてくれたの? )

 「矢口っ!! 何ぼーっとしてんのよ、逃げるわよっ」
 「……えっ?」



226 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時53分06秒


 
 放心した頭でぼんやりと裕子のことを思っていた矢口の意識が、保田の声によって一気
に覚醒した。気付けば、保田と飯田の2人が矢口の腕を掴んでいる。
 「何が何だかよく分かんないけど、紺野はおかしい! いいから先ずは逃げるの!!」
 返事をする間もなく、矢口は2人に手を引かれて走り出していた。

 『あさ美は危ない』
 そうだ、あの小川だってそう言い残したではないか。結局それは、彼女の遺言のよう
な形になってしまったが、それほど必死になって小川は矢口に伝えようとしていたのだ。
 だったら、ここに留まることはない。折角小川がそれを伝えようとしていた、それを
無視する必要も理由も当然、ない。 


 「圭ちゃん、カオリ……っ」
 雪に足をとられて転びそうになりがら、その度に自分の体を支えてくれる2人の存在の
重さを強く意識して、矢口はまた涙が浮かんでくるのを抑えられなかった。
 
 「泣くのは後よ、今は走りなさいっ!」



227 名前:《14,失意    矢口真里》 投稿日:2002年02月25日(月)20時54分05秒



 保田が強い口調で叱責する。飯田は黙って口を結びながらも、その力強い腕はしっかり
と矢口の体を抱きとめるようにして、その隣りを走っていた。
 
 ( 圭ちゃん、カオリ、………小川……紺野、紗耶香…彩っぺ……後藤、………………
   ……裕ちゃん!! ……裕ちゃん……!! )


 雪の上を引きずられるようして走りながら、ただ矢口は次々と頭に浮かんでは消える
仲間たちのことを思った。生きている姿、そしてその命を失った姿。自分も、あと数時間
も経てばそうなっているのかもしれない。

 今、矢口の感情は「恐怖」なのか、それとも仲間を失った「悲しみ」なのか、いずれに
しろ自分が泣いていることに変わりはないのだけれど、頭の中にこびり付いた裕子や彩、
そして小川の死んでいる姿は、矢口の脳裏から消え去ることはなかった。
 そして、ひたすら矢口は走り続けた。
                                           【残り9人】




228 名前:flow 投稿日:2002年02月25日(月)20時55分55秒
やぐっつぁん、何だか1番辛い目にあっています(w
ようやく残りが1桁に乗りました。あと半分か………

229 名前:深夜の携帯 投稿日:2002年02月25日(月)20時57分32秒
更新待ち遠しかったです。作者さん、更新お疲れ様です。
230 名前:ショウ 投稿日:2002年02月26日(火)00時59分32秒
やだな〜忘れるわけないですよ〜(w
次回も更新楽しみにしてます。最後までついていくので
頑張ってください!!
231 名前:はろぷろ 投稿日:2002年02月26日(火)01時08分50秒
何というか・・・残りの9人はほとんど
主役級の人たちですね。 これを見るのが
ほんとの楽しみです。
232 名前:ARENA 投稿日:2002年02月28日(木)03時53分37秒
この9人だと逆に紺野の行動がカギになりますねぇ。
残り半分ですか。がんばってください。
233 名前:flow 投稿日:2002年03月04日(月)23時55分42秒

 何だか、最近は週一ペースの更新です。
 進まないっすね……駄目だこりゃ。

 >229 深夜の携帯さん
   待ち遠しかったといってもらえているのにも関らず、またまた1週間後の
   更新です。すみませぬ……飽きてなければまた来てください(陳謝

 >230 ショウさん
    よかった〜忘れられてなくて〜!!(w
    また更新がのんびりになってしまいましたが、どうぞ暇なときにでも
    読んでやってください。
 
 >231 はろぷろさん
    残る9人…。まだ欠片も出てきていない人が約1名いるのです(w
    この中に、はろぷろさんのお気に入りはいるのでしょうか!?

 >232 ARENAさん
    紺野は何処へゆく〜っという感じで、彼女についてはまだまだ(w
    はい、ようやく残り半分です。当初の予定では、もう終わっている
    筈なのですがね。ははは…

 それでは、1週間ぶりの更新です。

234 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月04日(月)23時57分26秒



 「…かお、…カオリ、カオリっ!!」

 自分が手を引いて走っているその少女が、息を切らして必死に叫ぶのを耳にして、
ようやく飯田圭織は飛ぶように走っていたその足を止めた。「矢口。…大丈夫?」

 その少女 ―――― 背の高い自分よりは、悠に頭1.5個分程は身長の低い彼女
――― 矢口真里は、その低い目線を飯田に合わせようともせずにただうなだれて、
膝に手をついていた。ぜえぜえと、肩で荒く息をつく。


 「……カオリ、走るの速すぎるのよ……」
 矢口に代わって答えたのは、その隣りで同じく息を切らしている保田圭だった。
 「だけど、大した距離走ってないじゃない」
 憮然とした表情で、飯田はそう言い返した。そう、大した距離は走っていないじゃ
ないか。そりゃもちろん、雪の上を走るのと、普通のグラウンドや道路を走るのとは
その疲労感は倍ほども違うけれど。


 「カオリは……そりゃ、運動神経いいからさ……」
 まだ、呼吸の乱れたままの保田が、不満そうにぽつりと呟いた。



235 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月04日(月)23時58分06秒



 ( ……圭ちゃ… )
 複雑な思いが胸を占めて、飯田は思わず言葉を飲み込んだ。
 『だって、まずはあの場を離れるのが先決だったんだから、仕方ないでしょう!』
 言おうと思ったその言葉は、飯田の口をついて出てくることはなかった。保田の
自嘲気味な言葉に、飯田は色々と思うところがあったから。


 ・・・・・

 ・・・


 何となく、保田圭の様子がおかしいことには気付いていた。いや、はたから見れば
自分だって“いつも通り”であるはずなどはきっとないだろうけど( だって、目の前
で人が死ぬ瞬間を見たのに、平静でいられるはずがない ―― ! )、保田は明らかに
“変”だったのだ。

 そう、それはあの安倍なつみが死ぬ瞬間を見てから。

 『なっち、死んじゃったんだよねえ…』



236 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月04日(月)23時58分46秒



 順番に武器を渡されて、廃校の一室を出て行く仲間たちの後ろ姿を見送っているとき、
そう自分に話しかけてきたのは保田だった。教壇の上に立っている和田は、保田の声が
ごく小さいものであるからか、こちらには気付いていないようだった。
 
 『…圭、ちゃん…』 『ふふ、私達も死ぬのかなぁ……』

 小刻みに肩を揺らしながら、保田はそう呟いた。飯田の頭の中は、その時すでに恐怖
でいっぱいになっていて、先に命を落とした安倍なつみのことなんて、言われるまでは
思い出しもしなかったのだけれど。

 『女王様、だったのにね。……やっぱり“平民”の私達が生き残るなんて、絶対に無
  理だと思わない? ねえカオリ……』

 
 保田は、“平民”と強調してそう言った。何故かその言葉にひどく嫌悪感を覚えて、
飯田はあえて返事をしなかった。それ以降、保田は自分が出発する番になるまで、口を
開くことはなかった。
 けれど、保田圭のその言葉は、さっきから冷静さを欠いてひたすら恐怖にうち震えて
いた飯田の心にいくらかの落ち着きを取り戻させていた。同時に、保田圭への微妙な不
審感と共に。( なんだか、圭ちゃんおかしいよ……? )



237 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月04日(月)23時59分34秒



 安倍なつみの所謂“下僕”のような存在であった飯田と保田ではあるけれど、同等の
立場にありながら2人の性格は全く別のものだった。
 プライドの高い、我の強い飯田圭織。自虐心の強い、そして卑屈な保田圭。


 飯田には常に自分の世界があり、人からはそれを“交信している、自分の世界に閉じ
こもっている”と皮肉られることは多々あったけれど、それは飯田圭織にとっては自我
を守る重要な意味合いを持っていた。自分は、心の奥底までは他人に従うことはないと。

 では、保田がどうだったのかと言えば、その深い心中までは理解し得ない。プライド
が高かったようにも思う。
 しかし、逆に言えば保田にはこれと言えるような“特技”を持ち合わせてはいなかっ
た。要は、自分を擁護出来るだけの要素がなかった。

 
 もちろんそれは、飯田圭織にも通じることだったけれど、ある時保田がこう言ったこ
とがある。『でも、カオリは美人だからいいじゃん。私なんてさー…』



238 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月05日(火)00時00分16秒


 
 それまで、保田と飯田を結んでいたのは劣等感からくるある種の“仲間意識”だった。
けれど、その時飯田は知ったのだ、保田がその劣等感を持っているのは何も安倍なつみ
に対してだけではない、自分に対してもその思いを抱いていたのだと。


 飯田にとっては心外な話だった。保田は自分と分かり合えると思っていたのだ。しか
し、どうやら彼女は違うらしい。彼女の劣等感は、自分の容姿にまで及んでいたのだ。
 何となく、飯田はそれが気に入らなかった。別に、そんなこと人間性を語る上では大
した問題ではないじゃないかと。

 当然それを口にして、保田を問い詰めるようなことなど無かったけれど、その時以来、
何となく飯田圭織は保田との間に溝を感じるようになったのは間違いない。


 その時感じた違和感。それを、安倍なつみが死んだことを口にした保田から得た感覚
がリンクした気がしたのだ。
 自分を卑下する保田圭。そして、その上で他人に抱いている劣等心。
 ( なっちが死んだことを、喜んでいる……? まさか! )



239 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月05日(火)00時00分56秒



 ふと思いついたその考えに、飯田は我ながらぞっとした。いくら、彼女に蔑まされて
下僕のように扱われていたからといって ――― 決して良い感情を持ってはいなかった
のだとはいえ ――― 死んだことを喜ぶなんて、あり得ない!

 
 自分が行き着いたその考えを、飯田は必死に否定した。いや、否定しようとした。そん
なことはない、一緒に園で育った仲間が……圭ちゃんが、人の死を喜んでいるだなんて、
馬鹿な考えだ。本当に、馬鹿なことを考えてしまった。

 けれど。

 ( もし、このまま皆が死んでいったとして、圭ちゃんが残ったとして………。そこに
   圭ちゃんを卑下する人間が残っていなかったら? それは、圭ちゃんが最も望んで
   いる世界かもしれない。圭ちゃんが…… )


 心の何処かで、飯田はずっと保田への不審感を拭い去ることが出来なかったのだ。その
恐ろしい予感は常に、飯田の心の隅へ引っかかっているかのように、なかなか彼女の心か
ら出て行くことはない。ずっとそこに居座り続けるのだ。



240 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月05日(火)00時01分34秒



 保田圭は、望んでいるのかも知れない。安倍なつみという、自分を最も虐げてきた人間
がこの世から失われたことによって“自分”という存在が、1つ殻を抜け出したかの様に
清清しく笑ったように。このまま、自分以外の人間の存在を否定し続けていくかもしれな
い。それは、恐ろしいことだ、とても ―――― 正気の沙汰ではない。


 ( カオリだって、なっちのことは好きじゃなかったけど……好きじゃなかったけど、
   それとこれとは話が別だよ。死んじゃうなんて、死んじゃうなんて…… )


 いくら自分がなつみに対して些細ながらも憎しみの念を抱いていたからとはいえ、10
数年、幼い頃から一緒に育った相手が死んだのだ。ショックを受けないはずがなかった。
 しかし、保田は笑ったのだ。『なっち、死んじゃったねえ』と。


 ・・・

 ・・・・・・



241 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月05日(火)00時02分28秒



 “辻はあ、みんな大好きなんです”


 不意に、飯田の脳裏に1人の少女の姿が鮮やかに蘇った。それは、先ほどの放送で、
安倍なつみと同じくもうこの世にいないことが告げられた、外見内面ともに幼い少女。
 ( 辻……… )

 「ちょっとカオリ? どうしたのよ」
 「……ねえ、カオリ……ちょっとぉ……」
 ふと気付くと、既に呼吸の乱れが収まった保田と矢口が、遠くに視線を飛ばしてぼう
っとしている飯田の目を覗き込んでいた。 「ん、……ちょっと、ね」


 飯田は曖昧に頷くと、背中まで垂らした髪の毛を無意識のうちに束ねようとして、自分
の背中に腕を回すようなポーズを取っていた。特に意味はない、単なる癖だ。
 「…ごめんね、ちょっと、辻のこと、思い出してた……」



242 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月05日(火)00時03分21秒



 もっとスラスラ話せると思っていたその言葉は、意外に口篭った調子で飯田の口から
放たれた。別に嘘を言っている訳ではないのに。
 ( もちろん、辻のことを考えたのは今の一瞬だ、それまでは保田の様子がおかしかっ
   たことを真剣に考えていたなど、本人を目の前にして言えるわけがない )


 保田の表情にさしたる変化は認められなかったけれど、矢口は飯田の言葉に目を伏せた。
彼女は、飯田圭織が辻希美を特に可愛がっていたのを知っている。そして、そんな飯田に
辻がよく懐いていたということも。「……ごめん、カオリ………」

 絞り出すようにして、矢口が呟いた。今、彼女の脳裏には、まだ元気だったころの辻と
飯田の映像が浮かんでいるのだろう。一緒に花を摘んで遊んでいる姿、一緒に歌を歌って
いる姿、一緒に料理を作っているときの姿 ――― それがどの場面なのかまでは、当然に
分かるはずもないけれど。


 「聞かない方が良かったね……。辻は、もういないんだよね……」
 「…何言ってんの、矢口。気にしないでよ」



243 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月05日(火)00時04分06秒



 今度は、飯田が俯く番だった。気にするな、と言いつつ辻が死んだことを最も引きずっ
ているのはおそらく自分なのに。人一倍他人に気を使う矢口真里が、それを気にしない筈
がないのだ。保田はともかくとして、矢口はそういう少女なのだから。


 不思議と、飯田にはまだ“悲しい”だとか“悔しい”などといった明白な感情は生まれ
てきてはいなかった。辻希美の死体を、まだ実際にこの目に見ていないからかもしれない。
 放送だけで彼女が死んだ、などと聞かされても、正直現実味は沸かないのだ。
 辻が死んだ ――― ? どうして? さっきまで、あんなに元気だったじゃん ―――

  
 正確に言えば、ただ『信じたくない』というだけだったかもしれない。けれど、飯田は
胸にぽっかりと口を開いた喪失感を覚えただけで、今だ激しい感情は生まれてこないのだ。
 生来のマイペースな性格のせいからか、それともその現実を直視したくないというある
種の「現実逃避」からくるものなのか。
 このような異常な事態の中で、それを判断する手立てはないが。


 “飯田さん。見てください、アリさんのおうち、見つけたんですよ”



244 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月05日(火)00時04分50秒



 てへへへへ、と彼女独自の人懐っこい笑顔が頭に浮かんでは消えて、( ああ、もう辻の
こんな笑顔は永遠に見れなくなっちゃったんだな ) それが、飯田の中に芽生えた1番リ
アルな感情だったことに間違いは無い。


 「 さっきの放送と、今の小川を合わせて……もう、6人が死んだってことになるのね…。
  ううん、裕ちゃんやみっちゃん、なっちを合わせると、もう9人だわ。……こんなに、
  こんなに仲間が減っちゃったのね……」

 それまでずっと沈黙を守っていた保田が、ふと思い出したように指折り数えながら、
ポツリと呟いた。真剣でいて、やや陰を負った表情。とても、演技には見えなかった。
 少なくとも、仲間の死を喜んでいるようには、とても。
 むしろ、仲間の早すぎる死を悼んでいる、そう表現する方がよほどしっくりくるだろう、
彼女の今の憂いを帯びたその表情は。


( 考えすぎかな、やっぱり……考えすぎだよね、圭ちゃんが、そんな変なこと考える
  はずがないもんね。そうだよね、そうだよね? ……ねえ辻? )

 “はい。だって、辻はみんな大好きですから”



245 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月05日(火)00時05分28秒



 辻が、自分にそう笑いかけたような気がして、飯田の心は少しばかり軽さを増した。
そして、同時に先ほど保田に向けていた疑惑の感情を、自分の考えを恥じた。
 圭ちゃんが、回りの人間の死を望んでいる ――― ? 馬鹿馬鹿しい! そんなこと、
あるはずがない。あるはずがないんだ……。


 「冗談じゃないわ」
 うつろな目をしながら、それでも口調は多分に怒気を孕んで、保田は言葉を続ける。
 「一体、私達が何をしたって言うのよ。……どうしろっていうのよ。この状況は、
  何なのよ。 ――― どうして、もうそんなに仲間が死んでるっていうのよ!
  こんな、こんなふざけた………ふざけた」

 
 『そう。これはつまり、ゲームなんですよ』

 保田が一瞬言い淀んだその時、和田のあの粘っこい声とともに、彼の絡みつくような
視線が同時に頭を過った。忘れたくても脳裏のこびり付いて離れない、その映像と言葉が。



246 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月05日(火)00時06分13秒



 ――――


 『互いに殺しあって、1人だけ生き残る。たった1人だけが。それはもう、非常に
  スリリングで非常にエキサイティングな ――― 』

 英語を流暢に操れるほど、外来語には精通していないのだろう、和田は微妙に英語の部分
だけを誇張した表現でそう語った。まるで何かに取り憑かれたかのように、異常なほどギラ
ギラと輝いた二つの双眸。


 『ゲームです』



 ――――



247 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月05日(火)00時07分04秒



 「ゲーム、とやらのために……」 悔しそうに唇をかみ締めて、保田は言った。おそらく
今、飯田が考えていることと保田が思い出したその光景は同じなのだろう。いい様の無い
悔しさが胸を占める。どうしたって、その思いを発散することは出来ない。

 そして、保田の言葉を否定するように首を振ったのは矢口だった。「……違うよ」
 
 「…矢口?」 「……違うんだ。死んだのは……10人だ」
 突然、苦しそうに口を開いた矢口を、飯田は怪訝そうに見据える。当然、その隣りの
保田も同様だった。大きな目を、まっすぐにその小柄な少女へと向ける。


 「彩っぺも、死んだ……。………自殺、で……」

 消え入りそうな声でそう続けると、矢口は膝に顔を押し付けた。その時の悲しさやショッ
クがぶり返してきたのだろう、矢口は肩を僅かに震えさせている。泣いているのだ。
 もちろん、矢口が泣いているのは石黒彩の死を間近で見てしまったせいもあるし、小川
が目の前で死んでいくのを阻止出来なかったという悔やみの思いもある。



248 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月05日(火)00時07分51秒



 そして、市井紗耶香の元を離れてきてしまったという激しい後悔の念に苛まれているの
も、矢口が泣き出した理由の1つに挙げられるだろう。当然、何も言わない矢口からそれ
を推察するのはいくら付き合いの長い飯田や保田といえども、無理な話だ。


 その上、矢口の様子を気にする間もなく、飯田の胸を矢口の言葉が貫いていた。
 「…嘘でしょ……彩っぺが、死んだ………?」
 また、1人。飯田の心から、その中の住人が1人姿を消した。赤ん坊を連れて微笑んで
いた彩の姿が一瞬脳裏に浮かび、すぐに消えた。「……そんな……」

 保田も、さすがに呆然としていた。そして、飯田とは多少違うことを考えていたようだ。
 「これで、もう私達より年上のメンバーは皆、死んじゃったってことになるのね……」


 「……っ!」

 はっとして、飯田は保田の顔を見た。矢口も、涙に濡れた瞳を上げていた。
 裕子、なつみ、みちよ、彩。確かに自分達よりも年上の仲間は、早々にこの『ゲーム』か
ら退場してしまっている。( ……何とか、しなきゃ…… )



249 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月05日(火)00時08分33秒



 元々は、他人任せな所も多く、お世辞にも責任感が強いとは言いがたい飯田だったが、
この状況下にあってはそんなことも言っていられないようだった。先ほどの様子のおかしか
った紺野あさ美が脳裏をかすめた。


 明らかに、様子が変だった紺野。明らかに、小川を殺したと思われる紺野。
 そして、おかしくなっているのは紺野あさ美だけではないかもしれない。もしかしたら、
まだ正常な心を持っていながら、どうしようも出来ない仲間だって残っているかもしれない。

 それだったら。今、私は残った中の最年長組として、何か行動を起こすべきなのではない
だろうか? 普段はほとんど意識したことのない正義感。今の飯田を突き動かそうとしている
のはまさにその感情だった。
 ( まずは、状況を知らなきゃいけない。だったら、最初に……… )


 実のところ、保田と飯田はスタート地点からほぼ一緒に行動していた。どうやら先発の
保田が、後続の飯田を待っていたらしい。他に親しい友人のいない保田圭としては、まあ
当然の選択だったのだろう。飯田にも、選ぶほどの友人がいたわけでもない。



250 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月05日(火)00時09分14秒



 そう、簡単に言えば、ゲームが開始してから保田と飯田が見てきたもの、聞いてきたもの
――― 経験は、ほぼ同じで変わるところはない。けれど、先ほど合流したばかりの矢口は
まだ他に何か見たり聞いたり、或いは他の少女達と会ったりもしているかもしれない。
 情報だ。最初は情報が必要なのだ。


 「ねえ、矢口?」
 辻のこと、保田のこと、紺野のこと、そして他の仲間たちのこと。考えるべきことは多々
あったけれど、まずは情報だということで、飯田は矢口を振り返って言った。
 「私達と会う前、何処で何してた? 誰かと一緒にいた?」 「………!」

 ( …? どうしたっていうの……? ) 飯田は訝しげに眉を寄せて、矢口をもう一度まじ
まじと見つめ直した。今の質問で、矢口が見た目にもはっきり分かるほど、「ギョッ」と
したのだ。涙の後が幾筋も残る柔らかそうな頬が、ひくひくと痙攣している。


 「………っ…さ、やかと……」
 「紗耶香と?紗耶香と何?」
 「………ご、ごと………後藤…がぁ………」
 「 ―――― 紗耶香と後藤ね? その2人がどうしたっていうのよ!」



251 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月05日(火)00時10分38秒



 飯田の胸を、またヒヤリとした嫌な感覚が走り抜けていく。まさか、その2人も?まさか
その2人でさえも ――― 犠牲になったというのか?冗談じゃない。

 信じられない、信じたくないという気持ちが、飯田の語気を知らず知らずのうちに荒い
ものへと変えていた。矢口が怯えたようにぐっと体を小さく縮めるのを見て、飯田はああ、
と息をつく。思わず全身に力が入っていたようだった。

 「…ごめん、矢口。カオリ興奮しちゃって……続き、話してくれる?」

 飯田がそう言って、体を竦ませている矢口の肩に手を置こうと、両腕を伸ばしたときだっ
た。その声が聞こえてきたのは。「…あのー…」 はっきりとしない、弱弱しい話し方。
 最初に振り向いて相手の姿を確認するまで、飯田はその声の主を紺野だと思った。その
自信なさ気な話し方も、話をいきなり中断させる強引さも。
 ( そして、さっき小川の死体の目の前に立っていたというこれ以上ないほどのインパク
   トが与えられたのも、相手が紺野だと思ってしまった原因の1つだろう )


 
252 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月05日(火)00時11分30秒



 だが、考えたのはほんの刹那。同じようなタイプの少女がもう1人いたことを思い出す。
 「そのお話、あたしも一緒して、いいですかぁ?」
 「……石川……!」

 場違いなくらい、明るい口調、そして明るい表情でその場に立っているのは石川梨華だ
った。園で1,2を誇る女の子らしさを残した少女。彼女が、その儚さ故に輝いて見える
その可愛らしさは、こんな状況においても損なわれずにいた。むしろ、生きるか死ぬかと
いう、「本当に儚い」場だからこそ、輝いていたのかもしれない。

 或いは、もっと人生経験を積んだ者になら理解し得たかもしれない。
 彼女が ――― 石川梨華が微笑んでいるその表情が、何か ――― “死”への恐怖すら
吹っ切った、ある種達観した人間の持つ光に似ているのだと。


 そして、彼女が異様に見えるのはその輝くばかりに可愛らしい顔と相反するような、手
元に下げられた刀の存在だ。よく見れば、その刀の所々にこびり付いたような赤黒い染み
が残っているのが見える。錆なのか、本物の血なのか、よく分からない。



253 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月05日(火)00時12分14秒



 「……石川……。何でここに……?」 「とりあえず、無事でよかったけど………」
 困惑しながらも、矢口と保田が同時に息を吐きつつそう口にした。とにかく今は、何が
起きても心臓に悪い気がする。本当に、体がもちそうにない。

 
 顔色が明らかに悪い飯田や矢口、保田と違って、梨華の表情は何故か溌剌としていた。
いや、そう見えただけだろうか? 石川とあまり交流のなかった飯田には分からなかった
けれど、石川は無理をしているだけなのではないのだろうか?

 飯田は、梨華の表情の変化を一瞬たりとも見逃すまいと、突然の来訪者を穴があくほど
しげしげと眺めた。幸い、梨華はそんな飯田の様子には気付いていないようだ。梨華の視
線はあくまで、矢口の口元へと注がれている。
 「教えてください、矢口さん。あたし、ひとみちゃ……よっすぃと、約束してて」


 返事もしていないのに、梨華はそのままずいずいと矢口の正面まで移動すると、ゆっくり
矢口の視線に合わせるように、腰を折って膝をついた。ミニスカートから伸びた素足が、雪
の上に直接触れる体勢だが、彼女はそれを気にする様子はなかった。



254 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月05日(火)00時12分54秒



 ( それにしても………吉澤と約束って……? 石川は、何をするつもりなの? それは、
   紗耶香や後藤に関係することなの……? )


 さっぱり話の読めない飯田は、ひたすら石川の次の言動を待つより他はなかった。保田も
また、眉を寄せて石川と矢口の2人を交互に見比べている。それは、いつもの保田圭の姿
そのものだった。
 やっぱり、気のせいだったんだ。さっきの圭ちゃんは。『なっちが死んだ』ときの、圭
ちゃんは……錯乱してたんだ、きっと。


 無理矢理にも自分で結論付けて、飯田はそう納得した。あれもこれもと欲張って、理解し
ようとしたってそれにも限界がある。自分は、自慢じゃないが ――― そんなに器用に物事
をこなすタイプではないし。


 「市井さんと………真希ちゃんについて。あたし、どうしても2人を探さなきゃいけない」
 いつになく真剣な眼差しでそう語る梨華の表情からは、さっきまでの明るい表情は既に消
えている。飯田は、思わず口を開いていた。「目的は? 2人に会って、何するわけ?」



255 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月05日(火)00時13分38秒



 「………………」

 僅かな沈黙が、4人の空間を支配した。その空気を破ったのは、梨華だった。
 「2人が。………ううん、真希ちゃんが、よっすぃに会う前に」
 「………石川?」 何となく、何となくだけど、飯田は次の言葉が予測出切る気がした。
もちろんそれは、決して飯田自身は望むべくもない、信じられない彼女の言葉。


 「あたし、真希ちゃんのこと殺しちゃわないといけないんです」
 二コリともせずに、梨華はそう言い放った。全身に悪寒が走り抜けて、飯田はびくり、と
体を震わせた。飯田の方を瞬間的に振り向いてそう言い放った梨華は、また何事もなかった
かのように体ごと視線を矢口に向ける。
 矢口が、硬直したように石川梨華と向き合ったまま動きを止めた。「……本気、なの?」

 おそるおそる、といった感じで矢口が一言そう漏らすと、梨華は黙って頷いた。
 「…絶対に、あの2人を会わせたくないんです、あたし」
 みなぎるような決意のオーラが、梨華の全身から放たれているような錯覚を受けて、飯田
は思わず額を抑えた。おかしい、何かが狂っている。



256 名前:《15,疑心    飯田圭織》 投稿日:2002年03月05日(火)00時17分37秒



 彼女の表情が真剣なだけに、飯田は頭を抱えざるを得なかった。どうしちゃったって言う
のよ、紺野も、石川も。きっと、矢口は話すだろう、市井紗耶香と後藤真希のことを。一体
矢口が彼女らとどんないきさつがあったのかは知らないが、もし現在の居場所が分かったら、
石川梨華は迷わずこの場を離れてしまうのに違いない。真希を殺すために。


 ( なんで、こうなっちゃうのよ……。辻、私、どうしたらいい? )
 半ば泣きそうになって、飯田は心の中で辻に問い掛けた。まさか、目の前で座り込んでい
るその少女 ――― 石川梨華が、他ならぬその辻の命を奪ったのだとは、まさか飯田は知る
由もなかった。

 
 ( ねえ、辻……。辻。どうしよう?……) ただ、飯田は為すべき手段もなく、梨華の背中と、
矢口の強張った顔を眺めてはひたすら思案を巡らせていた。 
                                            【残り9人】
   



257 名前:flow 投稿日:2002年03月05日(火)00時21分15秒

 1週間も空けといて、この内容は何でしょうかねえ……納得いかない(w
 とりあえず放置だけはしないように頑張ります。やばい人パート2も出てきたし…
258 名前:詠み人 投稿日:2002年03月05日(火)06時23分58秒
すげ〜、石川出た!ドキドキ
週一でも全然いいっす。楽しみに待ってます!
259 名前:読んでる人 投稿日:2002年03月05日(火)14時24分11秒
紺野の次は石川か・・・なんか矢口が殺されちゃいそうで恐い・・・。
260 名前:はろぷろ 投稿日:2002年03月06日(水)20時49分39秒
ここで石川ですか!
久しぶりの登場ですねぇ。
次が気になります。
週に1回でも気にならないです
261 名前:flow 投稿日:2002年03月10日(日)20時24分22秒

 何とか、1週間を空けずに更新です。
 全然話が進まないです……(汗

 >258 詠み人さん
    石川と紺野が、この話の中でいうキリ○マ&ソウ○ですね(w
    これから2人はすごいっす。いや分からないですけど…

 >259 読んでる人さん
    矢口が……どうでしょうかね(w
    ただ、石川の目的は矢口達ではないので、どうなることやら?

 >260 はろぷろさん
    週一でも気にならないっすか、よかったです!
    存在を忘れられるのが1番怖いので……(w
    で、久しぶりの石川登場なのですが……

 今夜の更新は短めです。なんと、あの人(爆)が登場です。

 
262 名前:《途中経過・総責任者    和田薫》 投稿日:2002年03月10日(日)20時26分27秒



 カチカチ、と明滅する画面を目を細めて確認しながら、和田は「う〜ん」と大きく
伸びをしながら椅子にもたれかかった。古い椅子は彼の重みにギシギシと音を立てる。
政府からの支給品には、あまり状態の良いものはない。

 『デス・ゲーム』というこの大規模な(ただしあくまで秘密裏に行われているけれ
ど、まあだからこそ別の意味で“大規模な”なのだとも言えよう)プロジェクトに回
される予算のほとんどは、会場のセッティング費用や、武器の調達などに使われてし
まうのだ。
 

 この計画の大元の前提が“個人の(追い込まれた緊急時の)戦闘能力を測る”こと
から考えても、当然、それらに大幅な費用がかかることには何の疑問もない。
 ただ、和田にとって問題だったのは ―――― 大規模なプロジェクトの総責任者、
といえば聞こえはいいものの、それはあくまで『会場』での立場あのであって ――
基本的に、大した設備のないこの『会場』において、鬼気として戦闘を繰り広げる
少女達をひたすら監視するという、まあ言うなれば「外れくじ」を引かされた気に
なってしまうことだった。



263 名前:《途中経過・総責任者    和田薫》 投稿日:2002年03月10日(日)20時27分03秒



 そして和田のその意見は正しいのだろう。いつ終わるか分からないゲームに最期ま
で泊り込みで付き合わなければならない上、何より重要なのは「手当てがつかない」
ことだった。まったく、お偉いさんのお遊びまで含めたこのゲームの為に、俺の貴重
な時間がどんどん潰されていくんだ。


 和田はきゅっと眉をしかめると、いくつもの画面が並んでいる目前のパネルをじっ
と見据えた。会場中に仕掛けられた監視カメラから常時送られてくる画像が、秒間隔
で場面を変えながら、モニターに映し出されている。
 
 そう、ここはモニター室だった。『ゲーム』の出発地であった廃校の一角(おそら
くは元校長室なのだろう、唯一マトモに設備の置ける内装であった)に運びこまれた
様々な機材が、もともとそうは広くないであろうこの部屋を、余計に狭く感じさせて
いる。

 だからといって、和田はこの部屋を離れる訳にはいかなかった。この部屋を離れる
こと、それはつまり「任務放棄」を意味する。いくらこのゲームに携わった手当てが
安かろうが、割に合わなかろうが、それだけは避けなくてはならない。



264 名前:《途中経過・総責任者    和田薫》 投稿日:2002年03月10日(日)20時28分16秒



 「ふう」 手にした煙草を吐き出しながら、和田はギシギシと軋む椅子に深く体を
埋めながら、誰に言うでもなく愚痴った。

 「 寺田はいい仕事だよなあ。連れてくるだけだもんなぁ。……ヒッヒッ。女癖の
  悪いアイツのことだ、女子園と聞いてすぐ飛びついたもんなぁ。まあ子供ばっか
  りで拍子抜けしたんだろうけど」

 別に、和田は独り言が癖な訳ではなかった。けれど、話し相手のいないこの空間で
は、(一応パネルを操作している和田の部下はいたけれど、実質現在の話し相手、と
するには何だか固そうなタイプであったため) 独り言を呟く機会は多かった。

 特にこれといって楽しい話題もないこの部屋の中で、和田の独り言の内容は自然と
同期の寺田のことになる。『俺は寺田や。あだ名はつんく。よろしゅうな』 ―――

 およそ政府の人間とは思えないような軽い口調で寺田がそう話し掛けてきたのはいつ
だったか。若手の少ない政府の連中の中で、自然と寺田と和田の関係は深まっていった。
 

265 名前:《途中経過・総責任者    和田薫》 投稿日:2002年03月10日(日)20時29分38秒



 けれど、もともと要領のいい寺田は、和田よりも一歩先を進むことが多かった。
今回の役割だってそうだ。自分が今、やることもなくこんな山奥でひたすらモニター
を監視しているというのに、今頃寺田は自宅で酒でも呑んでいるのに違いない。


 それに引き換え、自分は………と考えかけて、和田は止めた。ただ空しくなるだけ
だ、そんなことを考えていても。それに。
 「随分、動きが少なくなったな…」 手元の資料、それに明滅を続けるモニターを
交互に見ると、和田はこれまた誰に言うでもなく、ポツリと呟いた。

 ゲーム開始後から数時間の間に、中学生組がバタバタと死んだ。それを見たとき、
「ああ、本当にこれは『ゲームなんだ』と、このプロジェクトに加担するのが初めて
だった和田は、半ば簡単して恍惚とした表情で画面に見入ったものだった。
 そう、「外れくじ」には違いないけれど ―――― 意外と楽しませてくれる、この
死地に追いやられた少女達は。



266 名前:《途中経過・総責任者    和田薫》 投稿日:2002年03月10日(日)20時30分11秒



 通常の人間からしたら考えられないような、それは残虐な思考であった。ただ、彼
だけが異常なのかと言ったらそれは違うのだろうが。おそらく、人間の誰しもが持っ
ている“破壊願望”。それが、目に見えた形で姿を表してきただけであって。


 そして、これこそがこの『ゲーム』の真髄なのであろう、その「追い込まれた状況」
というのは、本当に人を変えるらしい。手元の資料と、目の前で繰り広げられる殺戮
の数々が、それらの考えを肯定していた。
 このゲームの外でひっそりと展開される、只1人の勝者を予想するトトカルチョに
よって、このゲームの参加者のオッズは上下する。要するに、最も優勝に近いと予想
される者 ――― ただ1人、生き残りそうな者というのは、自然と偏ってくるのだ。

 しかし。現状はどうだ!? ――― 予想とまるで違うではないか!
 すごい。これが、まさにこの『プロジェクト』の真骨頂なのだ。追い込まれた人間
というのは、それが年端のゆかない少女達であっても、それ相応の成果を見せてくれ
るのだ。「ヒッヒッ……」



267 名前:《途中経過・総責任者    和田薫》 投稿日:2002年03月10日(日)20時30分47秒



 和田は、下卑た笑みを浮かべると、ゆっくりとくゆらせていた煙草の火を灰皿に押し
付けた。いやらしく垂れ下がった彼の両目は、ただ目の前のモニターへと注がれている。
 「さあ、あと半分だ。楽しませてくれよぉ……」

 彼の目に映るモニターには、4人の少女が固まって佇んでいた。和田は、部下に命
じてその画面を固定させると、音声を上げさせた。
 〈 …………ッ! 〉 〈 …………だから…… 〉
 〈 …?……………!?… 〉 〈 ……………!!… 〉

 多少雑音は入るものの、決して聞き取れないほど音声が悪いわけでもない。和田は
満足げに笑うと、別の煙草を箱から取り出した。その画面に映っているのは矢口真里、
飯田圭織、保田圭、そして和田自身のお気に入りである石川梨華。

 何故お気に入りかって? …顔が単純に好みだということもある、だが、この石川
梨華という少女は和田の予想をいい意味で裏切っていた。( もちろん、世間一般に
いえばそれは決して良いことなどではあり得ないが )



268 名前:《途中経過・総責任者    和田薫》 投稿日:2002年03月10日(日)20時31分22秒



 紺野あさ美と石川梨華。開始前の予想では、正直ここまでゲームに影響してくるな
どとは考えてもいなかった。「テレビゲーム」で言えば、必ず序盤で殺されてしまう
言わば“脇役”のような存在だと思っていたから。
 和田の、そしてトトカルチョをしている政府上層部の連中の中でも、おそらくこの
現状のような予想をしていた者などいないのに違いない。

 
 ――――

 そして和田は、石川梨華が日本刀を握り締めて矢口達と対面しているその画面を見て、
また状況が変化することを期待していた。すなわち、また彼女が“対象者”を減らして
くれることを。次に命を落とすのは誰か ―――― ?


 和田の目線が、ちらりとその画面の右隣りのモニターに動いた。その画面では、当初
彼が最も期待していた少女が ――― ‘天才少女’後藤真希が、市井紗耶香と共に小屋
の中で腰を落ち着けている映像が映し出されていた。



269 名前:《途中経過・総責任者    和田薫》 投稿日:2002年03月10日(日)20時32分12秒



 ( ほらほら、後藤、何やってんだよ。お前が動かなきゃ面白くないぞ )
 ( 市井も市井だ、お前、銃に詳しいんだろ? 何かしろよぉ )

 トトカルチョの中でも人気の高い、(要するに戦闘能力の高そうな2人、ということだ)
市井紗耶香と後藤真希は、石黒彩の死後もずっとその場を移動していないようであった。
 和田にとっては、もっとも期待した後藤真希に大した動きがないことにいささか拍子
抜けする思いだった。どうした後藤、なぜ動かない?


 だが、次第に和田はこうも思うようになっていた。( そうか、最初にあーだこーだ
動き回るやつは、あんまり長生きしないんだよなあ。そうか、真打はあとから行動する
ってことか ) まるで、本当にテレビゲームを観戦しているような気分で和田は思った。

 ( 石川か、紺野か。とにかく残った敵のうち、慣れない殺し合いで疲労している相手
   をいともあっさりと片付ける気なんだろう、ええ? そうだろう…… )



270 名前:《途中経過・総責任者    和田薫》 投稿日:2002年03月10日(日)20時33分49秒

 ( でもなあ、おいしいとこだけもらおうってのは良くないぞ。今の石川や紺野は、
   かなり手ごわいぞ〜ヒッヒッ…… )
 
 にやにやと笑いながら、和田は自身の想像したその結末に満足していた。もともと、
このプロジェクトの参加に真剣に臨んでいなかった和田は、現場の責任者ならば当然
すべきことを、為していなかった。

 ――― 彼は、生徒の資料に深く目を通していなかったのだ。

 すでに何人もの生徒が死に、さらに継続され続けているこの異様なゲームの裏にある、
うら若き少女達の人間ドラマがいかに展開されていることなど、和田にとっては全くの
無関係な出来事であった。とにかく、和田は願っていたのだ。
 
 ほらほら、とっとと殺しちゃいなさい。俺は、早く帰りたいんだからさ。
 どうだっていいだろう、生き残りたいんだろう? 自分がやんなきゃ、殺されちゃうぞ。



271 名前:《途中経過・総責任者    和田薫》 投稿日:2002年03月10日(日)20時34分36秒



 それが、どういう結末を辿るのか、知る者はいなかった。彼が生徒同士のやり取りを
注意深く観察していたなら、彼女らの会話を、漏らさず聞いていたのなら。
 彼の未来は、もっと違った方向に向かっていたのに違いない。けれど、ただ‘殺し合い’
にのみ意識を奪われ、人間の持つ「感情」の存在を無視していた和田に、その未来を想像
することは不可能だった。

 確実に、所謂職務怠慢な監視態度は、彼の運命を狂わせていたのだ。 


 ――――


272 名前:《途中経過・死者9名 ― 残り9名》 投稿日:2002年03月10日(日)20時36分26秒


 【対象者(年齢順)】

 1 石黒 彩    開始6:03後 死亡 ( 自殺→ショットガン )
 2 平家 みちよ  ゲーム開始前死亡
 3 保田 圭    存命 
 4 飯田 圭織   存命 
 5 安倍 なつみ  ゲーム開始前死亡 
 6 矢口 真里   存命
 7 市井 紗耶香  存命
 8 福田 明日香  開始3:49後 死亡 ( 石川梨華→日本刀 )
 9 石川 梨華   存命 
 10 吉澤 ひとみ  存命
 11 後藤 真希   存命
 12 松浦 亜弥   開始3:30後 死亡 ( 自殺→マイクロウージー9ミリ )
 13 高橋 愛    存命
 14 辻 希美    開始1:15後 死亡 ( 石川梨華→果物ナイフ )
 15 紺野 あさ美  存命 
 16 小川 麻琴   開始6:22後 死亡 ( 紺野あさ美→グロック19 9ミリ )
 17 加護 亜依   開始3:24後 死亡 ( 松浦亜弥→マイクロウージー9ミリ ) 
 18 新垣 里沙   開始1:53後 死亡 ( 紺野あさ美→グロック19 9ミリ )


273 名前:flow 投稿日:2002年03月10日(日)20時38分26秒

 取り合えず、このスレはここで終了です。なんで最期が和田になってしまったのか…w
 移転先はまた次回の更新時に。

 で、この板でのショートカットです。

 《10,目的    吉澤ひとみ@》 >>2-19
 《10,目的    吉澤ひとみA》 >>26-47

 《11,再会    市井紗耶香@》 >>57-81
 《11,再会    市井紗耶香A》 >>89-120

 《12,絶望    石黒彩》    >>125-159

 《13,震撼    小川麻琴》   >>166-193

 《14,失意    矢口真里》   >>200-227

 《15,疑心    飯田圭織》   >>234-256

 《途中経過     和田薫》    >>26
 
 更新量にかなりばらつきがあるのには参りました……なんてことだ!
 6話しか進んでいませんでした(w
 次スレに関しましては、また次回分をきっちり書いてからにしようと思います。
 ちなみに16話・石川編から入ります。
 
 それでは、この作品を読んで下さっている方がいましたら、また次回・次スレに
いらして下されば幸いです。

274 名前:名無しさん 投稿日:2002年03月11日(月)01時33分39秒
こうやって、死んだ人が羅列されると、かなり怖いものがありますね。
今、一番続きが気になる小説です。がんがってください!
275 名前:3105 投稿日:2002年03月11日(月)18時40分15秒
面白くて最初から一気に読んじゃいました。
プロの方みたいな作品ですね。
次の更新を期待しています。
続きがすごく気になります。
あと松浦さんの死因なんですが包丁での割腹自殺
じゃなかったですか?
276 名前:はろぷろ 投稿日:2002年03月13日(水)16時50分15秒
こうして年齢順に見ると、中学生に死亡者が多いですね〜。
その中での紺野の存在はすごいです。
まだ出てきてないですがもう一人いますしね。
石川編がんばってください。
277 名前:flow 投稿日:2002年03月14日(木)23時38分35秒

 何だかんだで、とうとう2スレ目も終了です。
 次は白板に移転するすることにいたしました。

 移転先 → http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=white&thp=1016115016&ls=50
(デス・ゲームV)


 というわけで、この板及び前緑板にてお付き合いくださった方々、まだ読んでやっても
よいという方は、どうぞ最期まで出来ればお付き合いくだされば光栄です。

 >274 名無しさん
 確かに、羅列すると「随分死んだなあ〜」っという感じがしますね(w
 特に今残っている9人全員が好きというわけではありませんが、バトロワものと考える
と動かしやすい娘。ばかりを残した感はあります。どうぞ次板もよろしくお願いします!

 >275 3105さん
 面白い、と言ってくださるのは本当に嬉しいです!でも誤字脱字が多すぎるので、そこ
はかなり反省しておりますが……(ニガワラ
 松浦に関しましては、ご指摘あるまで気がつき(略)ああ、スマソあやや〜(w
 かなり思い入れを込めてかいた割に、こんな始末です。ダメダメだー!(爆

278 名前:flow 投稿日:2002年03月14日(木)23時39分10秒

>276 はろぷろさん
 思えば、2スレ目で最初にレスをいただいたのがはろぷろさんでしたね。今度は最期の
レスをいただけました。感謝感謝!に尽きます。
 長い話になりますが、どうぞ次スレにもお付き合い下さい、石川編、がんばりやす!

 というわけで、当初の予定よりかなーり長編になっていますが、よければ白板まで
お願いします。お邪魔しました。。。


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