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小説「真夜中の王子」

1 名前:シ=オン 投稿日:2001年01月18日(木)01時06分32秒

世界の終わり

もしくは

メビウスの輪
2 名前:プロローグ 投稿日:2001年01月18日(木)01時07分22秒

曇り空の、冬の歌舞伎町を、足早に歩く僕の耳に届く、無数の声。

(ねえ……うよ)
(間違い……って)

帽子を目深にかぶり、マフラーで顔の半分をおおい、それでも、めざとい人は、僕に気づいてしまう。

「あの、ちょっとすいません」

赤の信号で、立ち止まった僕に、三人組の女の子が声をかけてきた。

「あの、モーニング娘。の後藤さん、ですよね? 私たち、すっごいファンなんです」

(ああ、まただ)

僕は、こっそり、マフラーの中でため息をつく。
気持ちを切り替えて、満面の笑みを浮かべて、

「あ、後藤真希は、僕の姉ちゃんです。姉ちゃんを応援してくれて、ありがとうございます」
3 名前:プロローグ 投稿日:2001年01月18日(木)01時08分01秒

女の子たちは、僕の声が少年のものであることに気づいて、きゃあきゃあと歓声をあげた。

「似てるー」
「そっくりじゃん」

苦笑は心の中に押しとどめて、よく言われるんですよ、とかなんとか、話を彼女たちに合わせる。

一緒にプリクラ撮ろう、とか言われたんだけど、ごめんね、今日はちょっと用事があって、とやんわり断った。

お姉さんによろしく言ってくださいねー、と言い残して、女の子たちは、ようやく僕を解放してくれた。

(一応、僕も芸能人なんだけどな)

僕の名は、ユウキ。
後藤ユウキ。

肩をすくめて、また信号が赤になってしまったことに気づく。
4 名前:プロローグ 投稿日:2001年01月18日(木)01時08分42秒

「バカじゃねえの」

背に、浴びせられた、冷ややかな声。

芸能人、というだけで、道ですれちがいざまに怒鳴られたり笑われたりするのには慣れていた。
だから、いつもなら、無視を決め込むはずだったのに、そのときは、振り返ってしまった。

きっと、予感があったんだろう。

(あ……)

天気は、いつの間にか、霧のような雨になっていた。
僕の周囲の通行人たちが、足早に、屋根のある場所へ急いでいる中、

僕と、その人だけが、その場に立ち尽くしていた。

さけずみの色を浮かべた瞳、嘲笑の形に歪んだ唇。
初め、僕は、その人を少女だと思った。それも、僕が良く知っている。

「ヘラヘラ笑って、媚びて、それで楽しいのか?」

でも、その唇からこぼれる声は、少年のそれだった。
5 名前:プロローグ 投稿日:2001年01月18日(木)01時09分19秒

僕は、驚きに支配されてしまっていて、そこから動けなかった。
彼は、あの人に、瓜二つだったから。

「な……お前、どうしたんだ? お前、おかしいのか?」

どうしてなのか、僕にも分からない。
ただ、僕は、彼の姿を見た途端、涙が止まらなくなっていた。

霧のような雨は、僕と彼を濡らし続ける。

初めから、どうしようもない結末を約束された二人は、こうして出会ったのだった。
6 名前:シ=オン 投稿日:2001年01月18日(木)01時10分01秒

もう一つの、後藤と市井の物語
但し、やおいです
この世界に嫌悪を覚えるのであれば、この先は(マジで)読まないでください。
7 名前: 投稿日:2001年01月18日(木)01時10分34秒

男の鼻息が、だんだん荒くなるのを、僕は冷めた感情で見上げていた。もちろん、表情に出すようなマネはしない。

太鼓のような腹が、僕の足の間で忙しく踊っている。
僕は、痛みをこらえて、ぎゅうっ、と目を閉じる。それが、相手には、感じているように見えるらしい。

(少しの間だ。少しだけ、心を殺していれば、それでいいんだ)

オットセイのような叫び声を、男は張り上げる。頭の中が真っ白になっていく瞬間、僕は、彼の顔を、思い出していた。
8 名前: 投稿日:2001年01月18日(木)01時11分12秒
         ◇
9 名前: 投稿日:2001年01月18日(木)01時12分02秒

「初めはな、オカマの相手なんかしてられるか! とか思ってたがな、なんだ、これも結構いいなあ」

男は、上機嫌だった。
シャツに腕を通すのを手伝いながら、僕は愛想笑いを浮かべた。

「俺さ、真希ちゃんの大ファンなんだわ。お前とヤってたら、真希ちゃんに突っ込んでるみたいで、いつもより元気だったくらいだ。少し激しすぎたか?」
ガハハ、と、男は笑った。

「あの、それで、新曲の件なんですけど」

「任せておけ。ちゃんと、枠は用意しておくから」

僕は、ほっと胸を撫で下ろした。
ありがとうございます、と、頭を下げた。

彼は、某TV局の、有名なプロデューサーで、
彼を通すことで、いくつかの深夜番組で、新曲を歌わせてくれることになっていたのだ。
10 名前: 投稿日:2001年01月18日(木)01時12分37秒

今度は、コネ持ってるヤツを紹介してやるよ、と、帰り際に男は言い、ホテルの部屋を出ていった。接待は、上出来だったと言えるだろう。
彼の姿が見えなくなってすぐ、僕はトイレに走った。

男性を受け入れる行為は、いつまでたっても慣れることはなかった。

(あ……やっぱ、切れちゃってるな)

鈍い痛みに眉をしかめる。

僕は、昨日の出来事を、思い出していた。

(市井さんに、男の兄弟がいる、って聞いたことはない)
(でも、間違いなく、彼は、そこに存在していた)
11 名前: 投稿日:2001年01月18日(木)01時13分09秒

今日は、このホテルをそのまま使っていい、と和田さんに言われていた。僕は、ベッドにうつ伏せになった。

もう一度、あの交差点に行ってみようか。

ふと、そう思った。
勿論、行ったところで彼に会えるはずなんてないんだけれど。

でも、明日の予定が決まった、それだけで、なんだか心が浮き立ってくるように感じていた。
12 名前:シ=オン 投稿日:2001年01月18日(木)01時14分23秒
場違いだったら、ごめんなさい
良かったら、また、続きを書かせてください
13 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月18日(木)02時18分40秒
異色な気もしますが、書く気が有るなら続けて下さい。
とりあえずsageで。
14 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月18日(木)02時26分26秒
なるほどこういうのが来たか・・。
惹き付けられたから全然いいと思いますよ。ガムバッテ。
15 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月18日(木)04時29分36秒
趣味合わないけど文章上手そうなんで続き期待して待ってます。
16 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月18日(木)17時24分21秒
う〜ん。名作集の板じゃあんまりやってほしくないかも・・・。
下げながらやってはどうですか?
17 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月18日(木)17時57分25秒
>16
そう言いながら何故あげるのか・・・。(w
面白いと思いますよ。
がんばってください。
18 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月18日(木)17時58分54秒
いろんな種類があるほうがよかよか
19 名前: 投稿日:2001年01月18日(木)23時13分42秒

「なによ、ユウキ。妙にはしゃいでるじゃないの」

コンサートツアーの合間に、家に戻って来ていた真希ちゃんが、朝帰りの僕にからんできた。

「そうかな……普通だよ」
「いんや、おかしいね」

ジロジロと、上から下まで、真希ちゃんは、僕の全身を睨み付けた。僕はむしろ、あの、仕事の秘密に感づかれてしまわないか、とヒヤヒヤした。

そうだ。
真希ちゃんに、あのことを聞いてみよう。

「真希ちゃん、知ってたら、教えて欲しいことあるんだけど」
「教えたくなったらね」

「……。市井さん、って、今、東京にいるの?」

真希ちゃんは、殴るような勢いで、胸ぐらをつかんだ。いや、僕を殴ったついでに、といった方が正しいか。
20 名前: 投稿日:2001年01月18日(木)23時14分23秒

「真希ちゃん、苦しいよ、手を離してよ」

「なんで、アンタが市井ちゃんのコト聞くの?」

ダメだ。目がすわってる。
こうなってしまうと、もう真希ちゃんは、人の話を聞かなくなる。──昨日、歌舞伎町でさ、と言いかけて、僕は、言葉を止めた。
言葉を止めたことに気づいた真希ちゃんは、恐ろしい顔つきになった。

「アンタ、何か知ってるの? 市井ちゃんは、和田さんのところにいるの?」

「……なにも知らないよ。ホントだって」

真希ちゃんは、僕の顔の真ん中をグーパンチした。
目の前に花火が散った。鼻の奥が、キナ臭くなった。

「真希ちゃん、ひどいよ。僕だって、芸能人なんだよ」
「知らないね」

僕に馬乗りになって、真希ちゃんは、僕を見下ろした。
今にも、首を締めださんばかりの迫力だった。
21 名前: 投稿日:2001年01月18日(木)23時14分59秒

「真希ちゃんは、市井さんのことが、好きだったの?」

真希ちゃんの表情が、苦いお茶でも口に含んだ時みたいに、微妙に歪んだ。
もちろん、僕の言葉の意味は――仲良し、って意味での『好き』じゃない、ってことくらいは――分かっているだろう。

唇を噛んだ真希ちゃんは、僕から目をそらした。

(真希ちゃんって、可哀想だ)

ふいに、胸の中に浮かんだのは、憐憫の思いだった。
真希ちゃんの頬に、手をのばす。
優しく撫でてあげると、今にも泣きだしそうに、ぶるぶると震えだした。

「悲しいんだね。好きな人が、いなくなっちゃったんだね」
「……あんたに何が分かるのよ!」

立ち上がりざま、僕の頬を強烈にひっぱたいて、真希ちゃんは走って自分の部屋に駆け上がっていった。
22 名前: 投稿日:2001年01月18日(木)23時15分58秒

昨日、市井さんにソックリだった彼を初めて見たときに、沸き上がってきた悲しみは、真希ちゃんのモノだったんだろう。
兄弟だから、なんてのは、理由にはならないとは思うけど……僕は、あの瞬間、真希ちゃんと、想いを共有したのだ。

僕は、人を好きになったことはない。
正確には、EEJUMPが、二人になってしまう原因となったあの事件から……僕は、そういった心の動きをすべて、封印したんだ。

(ケン──)

プロフィールからは、完全に抹殺された、一つ年下の、三人目のメンバー。
デビュー前には『笑う犬の冒険』って番組で、一緒にバックダンサーをしていた。
市井さんの最後の武道館の日も、僕たちは、スタジオで踊っていた。
あの時、和田さんは、モーニング娘。じゃなくて、僕たちの収録につき合ってくれたんだ。ホントに嬉しかったし、これからも頑張っていこう、って三人で約束したんだ。

約束したのに。
23 名前: 投稿日:2001年01月18日(木)23時17分01秒
         ◇
24 名前: 投稿日:2001年01月18日(木)23時17分36秒

『もしもし、ユウキ、聞いた? 新曲のプロモーションのスケジュール、一気に決まったんだって!』

新宿駅に向かう電車の中で、ソニンから携帯で電話がかかってきた。彼女の声ははしゃいでいて、すごく嬉しそうだった。

(あのプロデューサーさんは、言ったことはちゃんとしてくれる人みたいだ)

ソニンは、僕の、裏の仕事のことは、何も知らない。
僕を使って、番組への出演交渉をしたり、いくつかの賞レースに参加させてもらっている、ってことを知っているのは、和田さんと、一握りの事務所の人だけだ。

彼女には、こんな、芸能界の冥い世界のことは、知らないでいて欲しい。

(僕はもう、汚れちゃったからね)

「もっともっと頑張って、たくさんの人たちに、私たちの歌を聴いてもらおうね。これからもよろしくね」

「うん。僕からも、よろしく」

ソニン、僕は、純粋でまっすぐなキミのことも大好きだよ。
キミは、僕の本当の顔を知ると、きっと嫌いになるだろうけど。
僕は、それが怖いよ。
25 名前: 投稿日:2001年01月18日(木)23時18分14秒

なくしてしまうのが怖いから、距離を置かずにはいられない。
真希ちゃんにだってそうだし、
ケンにだって、そうだった。

いびつだ、ってことは分かってる。
でも、どうしようもない。
どうにもならない。

新宿駅の東口から、アルタ前に出る。

風が冷たくて、僕は身震いする。

あの交差点に向かって、大久保方面に歩く。

(やっぱ……いないよな)

例の交差点は、人通りもなく、寒々としていた。
まあ、当然だ。
僕は、残念な気持ちで、その場に立ち尽くしていた。

(あれは、夢だったんだろうか?)

よく考えれば、記憶が曖昧な気がする。
もしかしたら、僕は、夢と現実をごっちゃにしてしまったんじゃないのか?

それまでの、少しウキウキした気持ちがそがれて、テンションが一気に落ちてしまった。
26 名前: 投稿日:2001年01月18日(木)23時18分50秒

「おい、お前、ユウキか?」

その時、僕に投げかけられた声。

慌てて振り返って、

(……最悪だ)

今日一番の落胆。

男たちが三人、僕の後ろに立っていた。
手にしているビニール袋の印刷を見て、すぐにハロプロのものだと分かった。
痛んだ髪は金髪になっていて、耳や鼻にピアスをしている。
でも、どこかしら、薄汚れて見える。

「お前、なんとかジャンプのユウキ、ってヤツだよな。後藤真希の弟の」

マジかよ、とかなんとか、残り二人の男もざわめく。

僕は、黙って信号を渡ろうとして、

「おい、お前、無視すんなよ」

腕をつかまれた。
イヤだ。
怖いッ!
27 名前: 投稿日:2001年01月18日(木)23時19分26秒

「痛ってえ!」
振りほどきざま、相手の腕をひっかいてしまったらしい。
オーバーな仕草で、男は自分の腕を押さえた。

「なにすんだよ、てめえ」

言葉や口調とはうらはらに、男は、ニヤニヤと笑みを浮かべて、僕をぐい、と引き寄せた。

本能的な恐怖に、僕は、腕を突っ張って抗った。

和田さんの言葉を思い出す。
(お前、怖がると、女みたいな仕草になるのな。それ、やめたほうがいいぜ。その顔でそんなことされると、ムラムラする人種っているから)

「へえ……こいつ、なかなか……」

まんざらでもない声で、男は楽しそうにつぶやいた。
この男が、そういう人種らしい。

「あんまり騒ぎにするなよ」
「やめとけよ、いやがってるだろ」

男は、僕の顔を覗き込み、

「こいつ、さらっちまおう」

(――!)
28 名前: 投稿日:2001年01月18日(木)23時20分00秒

「イヤだっ」

僕は精一杯あばれたんだけど、男の力は全然強くて、
でも、必死で抵抗しているうちに、僕の回りからは誰もいなくなって、

(落ち着け)
(いいから、落ち着けって)

僕は、いつのまにか、ぎゅうっ、と目を閉じていたみたいだ。
肩をつかまれて、揺さぶられていた。
おそるおそる目を開けると、エキゾチックな男の人の顔が見えた。

周囲を見回すと、三人いた男たちは、もういなくなっていた。
代わりに、背の高い、モデルの集団のような男たちが、心配そうに、僕を囲んで見ていた。

「なんか、ヘンな男にからまれてたね」
「大丈夫?」
「可愛い顔してるから」

茫然としている僕の鼻をつついたりして、笑っている。
着ている服からして、ホストか芸能人か、といった感じだった。カタギの人たちではないことは確かだ。
29 名前: 投稿日:2001年01月18日(木)23時22分19秒

「ほらほら、みんな妙なクセだすんじゃない」

「あっ、王子。遅刻だよ」

「いいじゃんかよ」

(オウジ?)

すっ、と、男たちは道を開ける。

彼の、黒のフサフサのついたコートは、まるで、ラブマシーンの衣装のようだ。
中は、黒のタンクトップに、ジーンズだったんだけど。

(ああ……)

小柄で、短髪で、嘲笑のような笑みが、口元に張り付いていて、

そして、市井さんと同じ顔の持ち主。

僕は、彼を待っていたんだろうか。

「……なんだ? また、お前か」

彼は、タバコを唇の端にくわえ、半分あきれ顔で僕を見ていた。

たくさんの男たちを従えて、傲慢に立ってる彼は、
僕には、本当に王子さまのように見えたんだ。
30 名前:シ=オン 投稿日:2001年01月18日(木)23時23分08秒
続きます
31 名前:C系 投稿日:2001年01月19日(金)03時07分47秒
うまいね。
すごく読みやすくて、テンポもバツグン。
続き期待してます。
32 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月19日(金)07時23分09秒
やべっマジオモロイ
33 名前:名無しの・・・ 投稿日:2001年01月19日(金)14時57分30秒
まあ・・・ありか・・・・
34 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月19日(金)22時52分11秒
ずいぶんと特徴のある文体ですな・・・。
35 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月19日(金)23時17分03秒
>>34
俺はそうは思わんが・・・
どうだろ?
36 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月20日(土)00時02分22秒
うん…力がないとかけない作品だよね
俺はけっこう好きだな
37 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月20日(土)01時08分34秒
こういう文体俺好き
引き込まれる
38 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月20日(土)17時04分30秒
実際市井に弟か兄ちゃんいたらきっとムッチャクチャかっこいいだろな〜・・・・(妄想
39 名前: 投稿日:2001年01月22日(月)19時22分45秒

その建物の前で、僕は、少し足がすくんでしまった。
壁は、大理石だし、正面にどーん、と伸びている横幅のある大きな階段の両側には黒服のお兄さんが立っているし……ジーンズ姿の僕なんかは全然場違いだった。

(こういうのが、ウチの社長とかがよく使うっていう、高級クラブ、なのかな?)

でも、市井さん──『王子』を先頭に、モデルのような一団は、臆することなく、ずかずかと階段を昇っていった。
いや、みんな、この風景に馴染んで、とてもよく似合っていたのだ。

本当は、僕がついていく必要はなかったんだけど『王子』が、血が出てるから、ウチによっていけよ、って一言で、僕の意見は関係なく、連れてこられてしまったのだ。
40 名前: 投稿日:2001年01月22日(月)19時24分43秒
絨毯の敷かれた、豪華で広々したエレベータに乗る。
僕たち十人がゆったりと居流れるくらい、中は広かった。

1人が、鍵を取り出して、ボタンの下にある小さな窓を開ける。中にあったボタンを
押した。
エレベータは、静かに下降を始めた。

「これから、僕たちが向かうのはね、秘密のサロンなんだよ。上にあるクラブは、ちゃんと
使ってはいるけど、カモフラージュなんだよね」

ほとんど金髪の、小柄で可愛いお兄さんが、嬉しそうに僕に耳打ちした。
……どことなく、モーニング娘。の矢口さんに似てなくもない。

「あんまりさあ、その子にちょっかい出すんじゃないよ。王子が嫉妬するからさ」

一番背が高くて、黒髪を後ろでくくっている、端正な顔立ちの人が、ニヤニヤしながら
言った。途端に「余計なこと言うな」と、──王子から、声が飛んだ。
41 名前: 投稿日:2001年01月22日(月)19時25分26秒

(うわあ……)

僕は、内心、感嘆の声を漏らしていた。

エレベータの扉が開くと、そこは別世界だった。
まるで、お城の中のセットみたいだ。
……ただ、スタジオに作る張りぼてなんかじゃなくて、みんな本物だったんだけど。

天井は高く、なにか中世風の絵が描かれてある。
照明の役割は、あちこちに据え付けられている松明がはたしている。
柱は、よくイギリスとかの宮殿の中継で見る、丸くでゴツゴツしたやつ。

フロアでは、執事のような格好をして、エプロンをつけた少年たちが、掃除をしていた。

ここは、一体、なんなのだろう。

「ようこそ、サロン『セレブレイド』へ」

王子が、僕を見、いたずらっぽく言った。
42 名前: 投稿日:2001年01月22日(月)19時26分01秒

「まあ、ぶっちゃけたハナシ、ゲイバーなんだけどさ」

さっき、耳打ちしてくれた小さなお兄さんが、ケラケラ笑いながら言う。

王子は、それにはもう取り合わず、

「ケガの手当するヤツ、連れてくるから、ちょっと待っててくれよ」

そう言って、男たちを連れて、奥に入っていってしまった。

「ったく、王子は、いっつも遅刻やな。ウチを見習え、っちゅーねん」

ほとんど入れ替わりに、黒を基調にした略式のタキシードのような服を着て、ばっちり
とメイクした……

「あっ」

僕は声をあげかけた。
その人は、モーニング娘。の中澤裕子さんにソックリだったんだ。
43 名前: 投稿日:2001年01月22日(月)19時26分39秒

「なんやなんや、そんな驚いた顔して……ふーん、あんたが、最後の1人やな。
うんうん、あと、足りんのはごっちんだけやったからな。よし、兄さんが、ここの
案内したろ。ついておいで」

その声の響きは、軽やかで心地よくはあったけど、確かに男性のものだった。
僕は、まるで、夢の世界に入り込んでしまったんじゃないか、って思えてきた。

ふかふかの絨毯の上を、二人で歩いた。

「まあなあ、あんたがビックリするのも、分からんでもないけどな。ウチも、裕ちゃん
にソックリや、ゆうんやろ? でも、アンタもなかなか、後藤真希によう似てるで。
これでついに、全員揃えてしもたなあ」

彼のいう言葉の意味が、さっぱり分からない。
僕は真希ちゃんとは兄弟だから、似てるのは当然なんだけど。
44 名前: 投稿日:2001年01月22日(月)19時27分27秒

「……ここは、一体、どこなんですか? 貴方がたは、一体、何者なんですか?」

一番聞きたかったことを聞いてみた。 
彼は、いぶかしそうに眉をしかめて僕を見た。

(うわあ……仕草まで、中澤さんに似てる……)

「なんや、アンタ、なんも知らんとここに連れて来られたんかいな。ここは、ゲイサロン
『セレブレイド』。オーナーの意向で、モーニング娘。のメンバーを模した男の子たちが
働いてるねんで」

そやから、ウチの源氏名は裕ちゃんや。これからはそう呼んでや、と、彼は笑った。

「ここは、業界でも有名でなあ。ここに来れる、ってだけで、ステイタスになるらしい
で。ありがたいことやで」

「あ、あの、みんなから王子、って呼ばれてる、あの人のことなんですけど」

裕ちゃん(源氏名)は、目を細くして、

「へえ、こっちのごっちんも、市井に興味あるんかいな」
45 名前: 投稿日:2001年01月22日(月)19時29分09秒

一瞬、びっくりしたけど、ああ、それも源氏名なのかな、と思い直した。

「あの人、市井さん、って言うんですか?」

僕の問いに、裕ちゃんは途端に挙動不審になった

「……いや、ここでは、王子、で通ってる。あの子だけは、ウチらとは違うんや……。
ウチらは、結構顔、いじってるねん。似せる為にな。でも、王子は、顔はいじってない、
言うし、本名も、どうも市井、っていうらしいねん。……いや、そもそも、王子を
ここに連れて来たのが……」

カツゼツが悪くなった裕ちゃんにやきもきしていたら、

「さて、じゃあ、この辺で、と」

急に、裕ちゃんは、僕を壁に押しつけた。

「ここに来た新人さんはな、みーんな、ウチが味見することにしてるねん」

ええっ、と、僕は、両肩を押さえられたまま、思った。味見、だって??
46 名前: 投稿日:2001年01月22日(月)19時32分10秒

「すぐ済むからな。すぐ済むから、大丈夫やで……」

裕ちゃんの顔が、間近に迫ってくる。
僕は、混乱した。彼は、裕ちゃんだけど、中澤裕子さんじゃない。それは、分かってる。
分かってるけど、ヘンな気持ちになった。だって、顔はホントにそっくりだったから。

僕は、ぎゅうっ、と目を閉じた。

エエ子やなあ、という、裕ちゃんのつぶやきと吐息が、僕の唇にかかった。

――。

裕ちゃんの、口紅の感触。
舌が、僕の歯を割って入って来、

僕はもう、頭のなかが真っ白になって、訳が分からなくなっていた。気がつくと、裕ちゃん
の舌の動きに応えていた。

そろりと、裕ちゃんの手が、僕の下半身に伸びる。僕のそこは、もうそんな状態に
なっていた訳で、

やさしく撫であげられただけで、僕は、ふうん、と声をだしてしまった。

唇は、裕ちゃんに覆われたまま、カチャカチャと、僕のベルトを外されていく感覚が
あった。
このままだと、ヤバい……
47 名前: 投稿日:2001年01月22日(月)19時33分13秒

「ちょっと、裕ちゃん! なにしてるのさ!」

略式礼服の……もう大体、分かってきた。保田さんが、腰に手をあてて、仁王立ちしていた。

ちぇっ、エエとこやったのに、と舌打ちして、裕ちゃんは僕から離れた。僕は、へたり
込んで、しばらくの間、茫然としていた。(立ち上がれない理由も別にあったんだけど)

「へえ……」

保田さん(まだ名まえは聞いてないんだけど、間違いないだろう)は、僕をまじまじと
見下ろした。

「あんた、後藤真希に見事にソックリだね。相当顔いじったのかい?」

僕は、首を左右に振った。
それにしては、似すぎだね、と保田さんは驚いたように言った。

「この子、新人さんみたいやから、圭ちゃん、衣装合わせしたって。今日から、ビシビシ
しごいたるで」

いきなりマジメな顔になった裕ちゃんは、厳しい声で言った。
僕は、違うんです、ただ、王子に連れられてここに来ただけなんです、と言い出せなかった。
48 名前: 投稿日:2001年01月22日(月)19時34分04秒

なぜなら、
「じゃあ、そで通して」
「ほら、一回目だけだよ、ちゃんと教えるのは。二回は、言わせないでよね」
矢継ぎ早に指示を出してくる保田さんに、言葉を差し挟むには怖かったから。

驚いたことに、控え室には衣装さんとメイクさんもいた。腕前は、こう言っ
ちゃ悪いけど、これまで僕が見てきたどのメイクさんよりも上だった。
ここって、サロンだって言ってたけど、一体、どれほどの規模なんだろう?

「はあ……もうごっちんそのものやで」
「本人よりもやせてるし、こっちの方が可愛いよね!」

セミロングのカツラをかぶって、略式礼服の衣装を着て出てきた僕を、保田さんと
裕ちゃんは、笑顔できゃあきゃあ言いながら迎えた。

「これで、11人の娘。が揃ったことになるなあ。ショータイムは、プッチも赤色も
思うがままやな」
「源氏名は、当然、後藤真希ちゃんね。今日から、よろしく」
49 名前: 投稿日:2001年01月22日(月)19時34分40秒

……いつの間にか、時間は深夜になっていた。
そろそろ営業時間なのだろう。
通路を、忙しく、執事姿の少年たちが走り回っている。

「じゃあ、この子の教育係は、王子に任せよか」
「それいいね。王子と真希とが二人でいるのって、きっと絵になるよお」

とくん、と、心臓が鳴った。
僕は、その時、真希ちゃんのことを考えていた。

真希ちゃんの、市井さんに対する思いに、僕は気づかないフリをしていた。
真希ちゃんを通して、人を好きになるってどういうことなんだろう、って、いつも
考えていた。

他人を好きになる喜びも悲しみも、僕は、真希ちゃんと市井さんを見守ることで、
傍観者として疑似経験して来たんだ。

だから、かも知れない。
この気持ちは、錯覚かも、知れない。
50 名前: 投稿日:2001年01月22日(月)19時35分21秒

でも。

僕は、人を、好きになれない。
好きになれない、って思ってた。

(僕も、真希ちゃんと同じ、同性を好きになってしまう……遺伝子、の、ようなもの
があるんだろうか?)

僕の名は、ユウキ。
後藤ユウキ。

なのに、このまま、

ゲイサロン『セレブレイド』で、源氏名「後藤真希」として、

どうやら、デビューすることになる、みたいだ。
51 名前:シ=オン 投稿日:2001年01月22日(月)19時38分10秒
深く どこまでも深く

ひそやかに

月の明かりの下を
52 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月23日(火)02時34分48秒
すげーオモロイっす。続き大期待。
っちゅーかこれって元ネタとかあるのかな?
0から書いてるなら凄いっす。
53 名前:ばね 投稿日:2001年01月24日(水)00時23分37秒
こんなに引き込まれるとは思わなかったなぁ、いちごまもや
おいもどっちかっていうと好きじゃないのに。先が気になっ
てしょうがないです。大期待。
54 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月24日(水)11時59分52秒
応援してます頑張れ
55 名前: 投稿日:2001年01月24日(水)20時08分43秒

「ユウキ、大きなあくび!」

ソニンに指摘され、僕は慌てて口を閉じた。
まったく、本番直前だ、っていうのに、我ながら緊張感がなさすぎる。

誰もいないスタッフルームに行く。据え置きのコーヒーメーカーで、紙コップに湯気
の出るコーヒーを注ぐ。

「最近、ユウキ、楽しそうね」

ちょこちょこと僕の後ろについてきていたソニンは、少し拗ねたように、言った。
僕は、王子の顔を思い浮かべて、つい、にやけてしまった。
「ああっ、ユウキ、何考えてた?」
「いや……別に」

「ユウキっ! もしかして、彼女できたとか?」
「ちょっと、コーヒーこぼれるからっ」

ソニンが、僕の首を締める。
彼女は、僕のお姉さんのつもりでいるらしく、ことごとく僕に絡んでくる。
56 名前: 投稿日:2001年01月24日(水)20時10分58秒

「おはようございまーす」
「おはようございまーす」

ADさんの声に、僕たちはじゃれあうのをやめた。

番組のプロデューサーが、鷹揚な態度で、スタジオに現れた。――この番組出演を
取り付けた代わりに、僕と関係したあの人だ。

彼はキョロキョロと辺りを見回していた。僕を見つけて、スタッフルームに入って来た。

急に態度を改めて、かしこまった態度で、
「ユウキくん、おはよう」
「おはよう?」

僕は、回りからは見えないように隠れて、鉄板入りのブーツのかかとで、思いっきり、
彼のつま先を踏んづけてやった。
彼は、よほど痛かったのか、薄くなった頭のてっぺんまで、真っ赤になった。

耳たぶをつかんで、ぐい、と引き寄せる。

(おはようございますだろ?)
(申し訳ありません。おはようございます)

ソニンは、目を丸くしている。
彼女には、見えちゃったね。
57 名前: 投稿日:2001年01月24日(水)20時12分01秒

でも、仕方ないんだ。
奴隷は、いつ何時も、甘やかしてはダメだ、って、王子に教えてもらったから。

(『ヒットソングランク』で、EEJUMPの曲使ってくれたんだってな。ご褒美を
やるよ)

まだ、僕のかかとは、彼のつま先の上だ。
こじるように、グリグリとこね回す。

(くうう……)
(お礼は?)
(うう……ありがとうございます)

あんまり、長いこと、プロデューサーをここにとどめておくのもまずいか、と、僕は
かかとをあげた。彼は、名残惜しそうに、ため息を漏らした。

僕が、初めてゲイサロン『セレブレイド』に源氏名後藤真希としてデビューした日。
その日から、僕と彼の立場は逆転したんだ。
58 名前: 投稿日:2001年01月24日(水)20時12分43秒
        ◇
59 名前:シ=オン 投稿日:2001年01月24日(水)20時17分50秒
今日は 短いですが ここまでです

>>52さま
元ネタは 特にありません
でも オリジナルといえるほど 独創的でもないです
だから 全然すごくないです
60 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月25日(木)11時23分34秒
おお・・またまたオモロイ展開・・・
王子の出演が楽しみでしょうがないです(藁
続き期待♪
61 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月26日(金)05時31分31秒
すげ――続き楽しみっす
62 名前:4(続き) 投稿日:2001年01月26日(金)20時57分37秒

「いいかい? お客さまにご挨拶するときは、片膝をついて、下からの目線でお話
するんだよ」
「はい」
「お客さまを呼ぶ時は必ず、『様』をつけて。親しみをもたれるのは大事だけど、
お友達じゃあないんだからね」
「はい」
「最初は、お酒とかフルーツとかを運ぶボーイの役から始めてもらうよ。でも、
新人だからって、誰も甘やかしてくれないからね」
「はい」

フロアに通じる通路を歩きながら、保田さんから細かい指示を受けた。
やっぱり保田さんは怖かった。
63 名前: 投稿日:2001年01月26日(金)20時58分39秒

(真希ちゃんも、モーニング娘。でとか、プッチモニとかで、こんな怖い思いを
してるんだろうか?)

和田さんも厳しいけど、それともなにか違う。

「おばあちゃん来てるよ!」

バン、と、扉が開いて、転がるように飛び出してきた小柄な人とぶつかりそうに
なった。
僕は、抱きとめるような形になった。
その人は僕の顔を見て、うわあ、と声を漏らした。

「メチャクチャ、ごっちんにそっくりじゃん」

顔をペタペタ触りながら言った。
騒がしいその人物は……矢口さん(に良く似た男の人)だった。覚えてる。ここに
来る時にエレベータの中で話した、可愛らしいお兄さんだ。

「あれ? でも、なんで、ウチらの制服着てるの?」

僕の着ている略礼服を指さして、言った。
64 名前: 投稿日:2001年01月26日(金)20時59分25秒

「あ、あの、それは――」
「ちょっと、矢口、裕ちゃんなんとかしてよ。後藤、もう、裕ちゃんにコマされちゃ
ったんだよ」
「なんだって!」

ぴょん、と、飛び上がって、矢口さんは怒った。

「裕ちゃん〜」

騒がしいまま、矢口さんは走ってどこかに行ってしまった。

やれやれ、と保田さんは肩をすくめて、

「おばあちゃんが来てる、って言ってたね。じゃあ、先に挨拶に行こうか」

保田さんについていく。意匠を凝らした、3メートルはある豪華な扉の前まで来た。

「おばあちゃん、って私たちは呼んでるけど、ウチでも超VIPクラスのお客さま
だからね。オーナーとも昔からの知り合いでね。そそうするんじゃないよ」

僕は、真剣な顔で、ゆっくりうなづいた。
65 名前: 投稿日:2001年01月26日(金)21時00分05秒

室内に入る。
くるぶしまで埋まりそうな絨毯の上を歩く。

僕は、決して顔をあげないよう、保田さんの後ろに従った。部屋の中の様子なんて、
観察する余裕はなかった。

「あら、圭ちゃん。こんにちは」
上品そうな、初老の女性の声。
「こんにちは、おばあちゃん」
応える保田さんの声は、まるで本当のおばあちゃんに接してるかのような、柔らかい
感じがした。

「あら、そちらの方は?」
「今日からここで働くことになった、新人さんです」
(ほら、後藤。ご挨拶しな)
保田さんにうながされて、僕は、深くお辞儀して、前に出た。片膝をつく。

「あ、あの、後藤真希です。よろしくお願いします」
「あらあら、可愛らしい子ね。真希ちゃんね。私からもよろしくね」
66 名前: 投稿日:2001年01月26日(金)21時01分05秒

こっちへおいで、と言われて、僕は、顔をあげて、おばあちゃんを見上げた。
優しそうな、小柄な初老の女の人だった。

横に座りなさい、と言われ、僕は保田さんを見た。
保田さんは、視線で、いいよ、と言っていた。

僕は、おばあちゃんの隣りに座った。

「ふうん、あなた……」

おばあちゃんは、なにかを言いたそうにして、でも、続きは言わなかった。もしかしたら
、僕が、EEJUMPのユウキだ、ってことに気づいたのかしら、とも思ったけど、
僕はそこまでは有名人じゃないよな、と考え直した。

「頑張りなさいね」
「はい」

頭を撫でてもらった。手はシワだらけだったけど、あったかかった。

それじゃあ、この子は修行中だから、と保田さんが控えめに割り込んで、僕たちは、
部屋を出た。
67 名前: 投稿日:2001年01月26日(金)21時01分53秒

僕が部屋を出ると同時に、反対側の扉が開く気配がして、

「あらあら、こんなに私を待たせて、悪い王子さまだこと」
「これでも、急いで駆けつけたんですよ。おばあちゃん」

王子の声がした。
振り返る前に、扉は閉められてしまった。

「後藤、あんた、おばあちゃんに、気に入られたよ。良かったね」

通路に出てきて初めて、手にかなり汗をかいていたことに気づいた。緊張していたみたいだ。
見た目は普通のおばあちゃんなのに、静かな迫力があった。
68 名前: 投稿日:2001年01月26日(金)21時02分40秒

「あ、圭ちゃん」
「……どうしたの」

どことなく緊迫した声に、僕は、物思いから現実に戻った。

タキシード姿の、吉澤さん(……と同じ顔の男の人……ああ、でも、特に吉澤さんは
こういった姿がとても似合ってる)が、困惑した表情で、フロアの入り口に立っていた。

「あの、ちょっとお酒を召されすぎたお客さまが……」
「そんなの、追い出しちゃえばいいじゃん」

「でも、金森さまのご紹介の方らしいんです。ご予約も入ってます。でも、当の金森
さまがまだいらっしゃらなくて」
「ふうん。で、そのお客さまは、一見さんなんだね」

吉澤さんは、うなづいた。

「まだ、ウチでの飲み方を知らないんだろうね。分かった。私が行くよ。後藤もついて
おいで」
69 名前: 投稿日:2001年01月26日(金)21時03分52秒

薄暗いフロアを、保田さんは大股でズンズン歩いていった。正装のボーイさんたちが、
保田さんを振り返って見ていた。
彼らは困惑から解放された、って表情を浮かべていた。

(保田さんは頼りにされてるんだなあ。厳しいけど、頼れる姉さん、って感じかな)
僕は、小走りに、保田さんの後に続いた。

「ココは、本当に楽しいところだな。今度は、圭ちゃんに真希ちゃんか。おいでおいで」

静かなフロアに、その人のダミ声が響いた。

保田さんが、すっ、としゃがんで、片膝をついた。僕も、真似て、俯いたまま、膝をつく。

「保田圭です。ようこそ『セレブレイド』へ」

ちらちら、と、保田さんが僕を見る。
70 名前: 投稿日:2001年01月26日(金)21時04分29秒

「あ……後藤真希、です。ようこそ、『セレブレイド』へ」

顔をあげて、僕は、血の気が引いた。

そこに酒に酔って顔を真っ赤にして座っているお客さまは、

(僕は、そのことを、一番、ここのお兄さんたちに知られたくなかった)

「ん、お前……もしかして……」

酒に酔って、真っ赤な顔で、僕を指さしたのは、

この前、僕が身体を使って『仕事』したばかりの、あの、プロデューサーだったんだ。
71 名前:シ=オン 投稿日:2001年01月26日(金)21時06分15秒
密やかに 続きます
72 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月27日(土)01時11分57秒
王子の出し惜しみがまたイッス(w
続き期待
73 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月27日(土)15時09分20秒
期待期待
74 名前:あるみかん 投稿日:2001年01月29日(月)00時26分02秒
めちゃくちゃ面白いです。
情景描写上手いしテンポも最高。
続き期待してます。
75 名前:いずのすけ 投稿日:2001年01月30日(火)00時53分41秒
王子気になるっす。
期待してるっす!
76 名前:ばね 投稿日:2001年01月30日(火)05時24分20秒
あぅ、上がってる…

更新期待sage
77 名前:名無し読者 投稿日:2001年01月31日(水)22時44分03秒
めちゃめちゃ楽しみにしてます。
頑張って下さい
78 名前:いずのすけ 投稿日:2001年02月04日(日)23時56分42秒
ごめん・・・ いろいろ鬱だ・・・
79 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月05日(月)03時46分37秒
>>78
???、、、??意味ワカランよ?
80 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月05日(月)21時25分23秒
sageでやってるのにageたからだろ
81 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月05日(月)23時24分19秒
作者さんファイト!
82 名前:SEXUAL××××× 投稿日:2001年02月06日(火)02時53分16秒
続き超超超超期待!
83 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月10日(土)02時23分13秒
大期待sage
84 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月16日(金)04時24分07秒
王子〜〜〜〜〜!!!
85 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月18日(日)23時06分51秒
更新まだかなぁ。。。。
86 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月20日(火)04時01分20秒
作者さんの身に何が・・・
王子〜〜〜!!
87 名前:シ=オン 投稿日:2001年02月21日(水)21時47分58秒
申し訳ない
88 名前:シ=オン 投稿日:2001年02月21日(水)21時49分25秒
あ……自分から、あげてしまった。。。。。
(上の申し訳ない、っていうのは、ずっと放置していたことに対するものです)
ごめんなさい。ずっと下げでやるつもりだったんですけど。
また、下がるのを待つことにします。
89 名前: 投稿日:2001年02月21日(水)21時50分39秒

彼は、おっとっと……と、口を押さえた。
明らかに、僕のことを言おうとしていたんだ。

僕は、内心、ホッと胸を撫で下ろした。

(そうだよな。彼も大人なんだし。誰彼構わず、僕のことを吹聴したりはしないよ)

「ほほう……しかし、これはまた……」

プロデューサー──坂下さんは、下から上まで、じっとりと僕の身体をねめつけた。
なんだか、居心地が悪くて、ムズムズした。

「メイクすると、ここまで見栄えが変わるモンだな」

まあ、隣りに座れ、と言われ、僕は席についた。

「坂下さんは、まだお見えになっておられないようですね」

保田さんが、ゆったりとした笑みを浮かべながら、坂下さんに話しかけた。思わず、
僕の方が、ぽーっ、と見とれてしまった。
坂下さんも、気おされたかのように、ああ、とか、うん、とか答えた。
90 名前: 投稿日:2001年02月21日(水)21時51分20秒

「バランタインお持ちしました」

すらりと背の高い、飯田さん……が、保田さんの後ろに立っていた。声って、手術で
どうにかなるものなんだろうか? と思ってしまうほど、ソックリだった。
この前テレビで見た、MUSIXでの吹奏楽器対決でのタキシードの飯田さんを連想した。

優雅な仕草で、ボトルとグラスをテーブルに並べる。
飯田さんの、しっとりと伏せられた長い睫毛を、魅入られでもしているかのように凝視
してしまった。それは、坂下さんも同じみたいだった。

この辺りは、僕にはとてもマネ出来ない。
ここにいる娘。たちは、とてつもなく洗練されている。
それは、ここがただのサロンなんかではないことを物語っていた。
91 名前: 投稿日:2001年02月21日(水)21時51分59秒

(お前、ここで働いているのか?)
唯一、洗練されていない僕に、坂下さんは耳打ちしてきた。
その際、僕の太股に手を乗せてきたのが、なんだかイヤだったんだけど。
(いえ、なんとなく、こんなことになってしまいました)

ふーん、とか、へえ、とか言いながら、坂下さんはフロアを行き来している小さな二人を眺めていた。
ちょこちょこと、忙しそうに走り回っている彼女ら――いや、彼ら、か――は、本当にまだ中学生の
ようで、テーブルにはつかせて貰えないらしく、それでも楽しそうに、ボーイさんたちの仕事を
こなしていた。

(お前、あいつらをさ、俺の部屋に来るように手回ししてくれよ)

どういう意味かは、分かるだろ? と、イヤらしい笑みを浮かべて言った。

僕は、かっ、と頬に血が昇るのを感じた。
その言葉が、何を意味するか、ちゃーんとよく分かったから。
92 名前: 投稿日:2001年02月21日(水)21時53分19秒

(僕なら、いいですけど、先輩たちに、そんなことはさせられません)
ちっ、と、坂下さんは、低く舌打ちした。
しょせん、みんなオカマだろうが、と、口汚く罵った。

僕は、がたん、と席を立って、坂下さんを見下ろした。
手に、作りかけの水割りのグラスを持って。

「な、なんだ。手に持ったそれを、どうするつもりだ?」

坂下さんは、テーブルに乱暴に足を乗せた。がちゃん、と、かかとを打ち付けて、
大きな音が鳴った。
フロアは、しん、となった。
その堂に入った脅しの態度は、まるで、ヤクザみたいだった。

「俺を誰だかちゃんと分かってるんだろうな? お前一人――いや、お前のユニットくらい、
芸能界から叩き出すことなんざ、簡単に出来るんだぞ? そもそも、お前の方から、ケツ
の穴差し出して、俺に番組枠を――」
93 名前: 投稿日:2001年02月21日(水)21時54分12秒

ばしゃっ。

氷と水が、坂下さんの顔面に叩きつけられた。
鼻を押さえて、坂下さんは、のけぞった。

「他のお客さんのご迷惑ですので、大声でお話されるのは、ご遠慮くださーい」

ソファの背に片足を乗せて、
ニヤニヤと口元に笑みを浮かべて、

タキシード姿の市井さん――王子が、坂下さんを見下ろして、言った。

僕はただ、ぽかんと口を開けて、王子の、いたずらそうな顔を見上げていた。
94 名前:シ=オン 投稿日:2001年02月21日(水)21時54分46秒
久々だと、慣れてないの、バレバレですね。
また、明日更新します。
95 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月21日(水)23時28分06秒
やった!!更新されてる〜。
おもしろいです。明日の更新も
楽しみに待ってます!
96 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月22日(木)01時02分48秒
王子ぃ!
作者さんファイト
97 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月22日(木)03時25分21秒
王子最高っす。
98 名前:シ=オン 投稿日:2001年02月22日(木)23時34分47秒
最悪です。
お話入れたフロッピーが「フォーマットされていません」って……。

ちょっと、落ち込んでます。。。。。。
99 名前: 投稿日:2001年02月23日(金)00時54分40秒

しばらくの間、坂下さんは顔を押さえて呻いていた。ようやく、目を開いたとき、
ニヤニヤと笑う王子と目が合ったのだろう、ぐふう、と低く唸った。

自分が何をされたか、混乱しているからか。それとも、市井さんと同じ顔をした少年に、
魅入られたからか。
しばらくは、何が起こったのか理解も出来ないでいるんだろう、茫然と、王子を見上げ
ていた。

「き、貴様か? 貴様がやったのか?」

坂下さんは、鼻の頭を赤くしていた。どうやら、そこに氷をぶつけられたみたいだ。

坂下さんは跳ね起き、このスーツをどうしてくれる、と──こともあろうに、王子の
胸ぐらをつかんだ。

二人が並ぶと、さすがに大人と子どもだ。
僕は、オトコとして──う〜ん、ここにいるみんながみんな、本当はオトコなんだけど
──二人の間に割って入ろうと、身構えた。
100 名前: 投稿日:2001年02月23日(金)00時56分20秒

「汚い手で、俺に触るな」

胸ぐらをつかんだままのごつい手が、下から蹴り上げられた足に弾かれる。
かつん、と、坂下さんのアゴが鳴った。
そのまま、天井を仰いでいた。

王子の足は、今や垂直に空に伸びていた。
抜群のバランスで、そのままひざをかくん、と曲げた。
くるり、と、身体を一回転させて、今度はまっすぐに、坂下さんの鼻の下を蹴った。

(カッコイイ……)

その流れるような動きに、僕は見とれた。

坂下さんは、テーブルに尻もちをついた。テーブルの上のグラスやボトルが盛大な音を立てた。

「反省した?」

王子は、ひっくり返ったままの坂下さんに、声をかけた。
坂下さんは、ゆっくりと起きあがろうとし、

「貴様、このままで済むと──」
101 名前: 投稿日:2001年02月23日(金)00時57分05秒

最後まで、話は出来なかった。
起きあがれもしなかった。
王子が、坂下さんに殺到して、もう一度、顔面を蹴りつけたからだ。
しかも、今度は、王子の足は止まらなかった。

「道理の分からない大人には、お仕置きだね」

涼しい顔のまま、何度も何度も、坂下さんを踏みつけにした。
坂下さんは、もう抵抗も出来ず、ただ身体を小さく丸めて、防戦一方だった。

僕は、奇妙なことに気付いた。
こんな騒ぎを起こして、他のお客さまは、さぞかしイヤな思いをしているんだろうな、と、
辺りを見回したんだけど、

確かに、僕たちを注目はしていたんだ。
でも、みんなは、明らかに、楽しそうだった。

正確には、王子の立ち回りを、楽しんでいた。
102 名前: 投稿日:2001年02月23日(金)01時14分48秒

「後藤っ!」

突然、王子は僕の名を呼んだ。

「はいっ」

「最初の教育だよ。こいつを、蹴るんだ」

「ええっ!」

そんなことが出来る訳がない。ムリです、と僕は小声でいった。

「教育係の、俺の云うことが聞けない? ふーん、そうなんだ」

王子は、イジワルそうに、口元を歪めて云った。
僕は、途方に暮れた。
103 名前:シ=オン 投稿日:2001年02月23日(金)01時16分09秒
とりあえず、ここまで書きました。
今日は、もう寝ます。
104 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月23日(金)12時35分04秒
こんなスゲェのがあったんだ。
おもろい。
レズものには食傷気味だったから。
105 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月23日(金)23時44分01秒
王子相変わらずカコイイ・・
フォーマットされてないって大丈夫ですか??頑張って下さい応援してます
106 名前:6(続き) 投稿日:2001年02月26日(月)21時05分33秒

「坂下、お前、なにをやってる!」

聞き覚えのある声。
僕は、全身が緊張するのを感じた。

おそるおそる振り返ってみる。
今来たばかりなのだろう、コートをはおったままの男性の顔は、やっぱり僕の見知った
それで――僕の本業の方の記憶からだ――某TV局の、金森局長だった。
僕なんかじゃ、とても会うことは出来ない、雲の上の超お偉いさんだ。

「ああ、金森さん、こいつら、冗談じゃないですよ」
坂下さんは、強力な助っ人の登場に息を吹き返したみたいで、憎々しげな視線を王子
にそそぎながら、テーブルに手をついて立ち上がった。
107 名前: 投稿日:2001年02月26日(月)21時06分22秒
そうか。坂下さんの有力者のコネって、この人だったんだ。
なら、いろんな番組に枠を作れた理由も飲み込める。
続いての坂下さんの言葉に、僕は震え上がった。

「お前ら、全員、潰してやるぞ」

僕のせいだ。
僕のせいで、みんなに迷惑をかけてしまう。
坂下さんと、目があった。

「貴様も、芸能界から干してやる」

僕はどうなってもいいです。みんなは関係ないんです、と言おうと口を開きかけて、

「黙れ坂下ッ! 口を閉じろ」

金森局長に一喝されて、坂下さんは目を白黒させた。
108 名前: 投稿日:2001年02月26日(月)21時07分08秒

「ご予約の金森さま、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

保田さんが、慇懃無礼な態度で――でも、冷ややかな視線を、金森さまに投げつけて、言った。
僕は、続いて出現した光景にしばらく言葉を失った。

金森局長は、保田さんの足下に平伏して、額を絨毯にこすりつけたのだ。

「申し訳ありません! き奴には、きっちりと教育しておきますので、どうかお許し下さいッ」

(金森さんはね、圭ちゃんの下僕なのよ。圭ちゃんを女王様、って崇めてて、なんでも言う
こと聞いちゃうんだって)
後ろから、飯田さんが僕に囁いた。
109 名前: 投稿日:2001年02月26日(月)21時08分00秒

(この前なんてね、圭ちゃんが○○出来る?って冗談で言ったら、その場でいきなり
四つん這いになって、○○○状態でご褒美をおねだりしたんだって)
刺激的な言葉に、聞いてるだけで、頬が熱くなってきた。
ひんやりとした髪が、肩をくすぐった。

ふっくらした唇が、僕の頬の辺りに触れた。
(あの、飯田さん?)
(……なに? ごっちん)
いつの間にか、飯田さんの両腕が、背後から回ってきて、僕の胸の辺りでクロスしている。

(オハナシはあとでね……)

僕の肩に、飯田さんの唇が押しつけられてくる感触。
冷たい髪と、柔らかくて熱い唇の対比が、僕の皮膚を敏感にさせた。
ゆっくりと耳を目指して上がってくる。抵抗できない。
110 名前: 投稿日:2001年02月26日(月)21時08分36秒
(って、だから、飯田さんも男なんだってば!)
自分自身に強く言い聞かせないと、ヘンになってしまいそうだ。

ぎん、と、強烈な視線を感じた。
三白眼の王子が、炎のオーラをこちらに飛ばして来ていたのが、視界の隅に見えた。

おっとっと、と、飯田さんは僕から離れた。
冗談じゃん、マジになんないでよ王子、と飯田さんは笑った。

王子は笑わなかった。

僕と目が合うと、王子は眉をしかめ、舌打ちした。坂下さんの脇腹を、なんの遠慮も
なく、蹴り上げた。

もはや無抵抗の坂下さんは、ぎゃん、と悲鳴をあげて、仰向けにひっくり返った。

「後藤」

王子は、静かに僕の名を呼んだ。
111 名前: 投稿日:2001年02月26日(月)21時09分13秒

「二回は言わせるな。反省のないこいつを教育――いや、調教するんだ。お前の、
最初の仕事だぞ」

僕に人差し指を突きつけて、王子は言った。

僕は、フロアを見回した。

略礼服に身を包んだ、娘。たち全員が、僕を見ている。
王子の命令が、メチャクチャだ、って、思っているのは、僕一人みたいだった。

この空間では、僕が今までいた世界の常識は通用しない。
それだけは理解できた。

「分かりました。王子」

僕は、覚悟を決めた。
112 名前: 投稿日:2001年02月26日(月)21時09分46秒
倒れたソファを乗り越える。
ぎしっ、と、スプリングが軋んだ。その音に反応して、坂下さんは怯えたような目で、僕を見上げた。

ぞくり、と、奇妙な感覚が、僕の背に走った。
それは、決して、不快ではなかった。

(なんだろう、この感じは……)

こうして、僕は、あちら側の世界への、最初の一歩を踏み出したのだった。
113 名前:シ=オン 投稿日:2001年02月26日(月)21時10分26秒

【次回:『王子も赤面! セレブレイド恒例企画 娘。たちのフリフリピンクハウス祭り』に続く】
114 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月27日(火)01時00分58秒
おぉー、王子の教育。
これからどうなっていくんだろう。
っていうか、ピンクハウス(笑)
期待してますね。
115 名前:名無し読者 投稿日:2001年02月28日(水)03時59分12秒
何?王子も赤面!?
かなり楽しみっす(w
116 名前:シ=オン 投稿日:2001年02月28日(水)23時27分48秒
ごめんなさい。ピンクハウス祭りは次回に。
117 名前: 投稿日:2001年02月28日(水)23時29分11秒

番組の収録を終え、スタッフさんたちと反省会を含めた雑談中、坂下さんから、携帯にメールが入った。
直には話しずらいことなんだろう。

『約束どおり、今夜、赤坂のホテルに部屋をとってあります』

……まあ、約束だし、仕方ないね。
でも、もう、前みたいに簡単にヤラせてしまう気なんて毛頭ないけどね。

(それにしても、それなりにプロモーションしたのに、新曲は売れなかったなあ……)

こうして、内側から見ると、モーニング娘。の――真希ちゃんの巨大さを改めて実感せざるを得ない。

「お疲れさまでした」
「お疲れさまでした」

スタッフさんたちと別れ、僕とソニンは、和田さんに連れられて、タクシー乗り場に移動した。

「ねえ、ユウキ。お腹すかない? どこかでラーメンでも食べようよ」

ソニンが、僕の腕に、腕を絡ませてくる。

「ソニンとユウキは、今日は別々だよ」

和田さんが、冷ややかに言う。
118 名前: 投稿日:2001年02月28日(水)23時30分55秒
僕の、奇妙な2足のわらじ生活は、続いていた。
さすがに、僕の裏のバイトについて、和田さんにはすぐに気づかれてしまったんだけど。
それ以外の人に話が広まる前に、いろいろと手回しして、情報をストップさせてしまった。
関わることになったのは偶然とはいえ、セレブレイドは、芸能界にも、かなり太いパイプがあるみたいだった。
特に、最初に挨拶した、あの「おばあちゃん」ってヒト、正体は教えてくれなかったんだけど、物凄い存在なんだそうだ。

和田さんも、僕に手出し出来なくなるほどに。

ホテルで手配してもらったタクシーに、一人乗り込む。
「赤坂プリンスまで」

でも、こっちの仕事も、ちゃんとしないとね。
119 名前: 投稿日:2001年02月28日(水)23時33分28秒
       ◇
120 名前: 投稿日:2001年02月28日(水)23時34分00秒

ジュニアスイートの部屋に入ると、坂下さんは急に僕に謝った。

「申し訳ありません。騙すつもりはなかったんですが」

「え……? なんのこと?」

「騙す、て、聞こえが悪いなあ」

部屋の奥から、中澤さんの声が聞こえてきた。ソファに座って、ビールを飲んでいた。

「ウチが、坂下に頼んで、ユウキくんを連れてきてもろたんやないの」
「え……?」

ああ、本物の中澤さんじゃなくて、お兄さんの方の中澤さんだ。
「じゃあ、僕が、EEJUMPの、ってことも……」

「気がつかん訳ないやんか。そこまでごっちんにソックリな子は、そうそうおらへんやろ」

ま、まあ、僕が真希ちゃんと兄弟だ、ってことを隠しおおせられるんじゃないか、ってこと
自体に無理があるとは思うけど。
121 名前: 投稿日:2001年02月28日(水)23時41分25秒
あ、もうアンタは帰ってエエで、と中澤さんに促されて、坂下さんは、深々とお辞儀をして、
部屋を出ていった。

「この前は、まったく、ヒドイめにおおてんで。ほら、ユウキをちょっと味見した、っての、
矢口に知られてもうてなあ。大変やってんで」
「……ごめんなさい」

確か、僕は悪くはなかったのだけど、なくとなく中澤さんには
逆らえなかった。

「まあ、お互い、誤解もあったやろうから、今夜は、じっくり話し合おう、思てな。
吉澤、入って来」

ガチャリ、と、寝室の扉が開いたので、一瞬、驚いてしまった。もう他に人はいない
と思っていたから。

ガウンをふわりとはおった、吉澤さんがどこかしらオドオドとした態度で、出てきた。

ええと、ガウンの隙間から見えるのは、黒のビキニパンツだけで、それ以外は裸だ、
ってことで。

(男がハダカで、それがどうしたっていうんだよ。最近、おかしいぞ、ユウキ)

自分で自分に言い聞かせる。
吉澤さんが、恥ずかしそうにしているから、照れてしまうんだ。
(……それにしても)
122 名前: 投稿日:2001年02月28日(水)23時53分26秒
吉澤さんの格好いいことといったらなかった。
ビクビクした態度でさえなければ、立派なジゴロだ。

「一応、王子に教育は一任してるねんけどな、最近、王子忙しゅうてな。そやから、
今日はたまたま手が空いてるウチが、面倒みたるわ。とにかく、体験してもらうの
が一番や、思うし、じゃあ吉澤、準備して」

中澤さんの指示に、吉澤さんはモジモジした。

「ねえ裕ちゃん、やっぱり、こういうのよそうよ。王子、きっと怒ると思うよ。
私が協力してた、ってことが知られたら――」

……僕は、どうしたらいいんだろう。
僕は、なにをされようとしているんだ?

裕ちゃんに睨まれて、すごすごと、吉澤さんは反論を引っ込めた。
僕の背後に回り込んで、
(ユウキくん、ごめんね)
後ろ手に、縛られたのだ。
123 名前: 投稿日:2001年02月28日(水)23時55分30秒
かえって乱暴にされたら、反抗したり暴れたりするんだけど、なんだか芝居の
段取りのようで、気が付いたら僕は、両手と両足を縛られて、ベッドに横倒しに
されていた。

覆い被さるように、僕の上に座り、中澤さんは顔を近づけて、囁いた。

「今夜は、ジャマは入らへんからなあ。しっかり、教育してあげるで」

僕は、もしかして、貞操のピンチだったりするのだろうか?
124 名前:シ=オン 投稿日:2001年02月28日(水)23時56分36秒
やおいだ、ってことを、私自身が忘れてしまいそうになる。
125 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月01日(木)21時47分07秒
懐かしい新鮮な刺激というか、いけないものを見ている気分だ。
小学生のころ初めてエロ本を見たときのような胸の高鳴りを覚えるよ。
126 名前: 投稿日:2001年03月01日(木)23時59分19秒

「あ、あのですね、僕は、その、SMとか、そっちの趣味はないんですよ」

ありがちな想像だけど、ムチで叩かれたりしても痛いだけだろうし、靴を舐めたり
するのも気持ち悪いと思うのだ。

「靴は、ご褒美やねんで」

まるで、僕の心を見透かしたように、中澤さんは言った。

アイマスクをつけられ、僕は、回りが見えなくなった。
そして、両方の耳に、熱いものが流し込まれた。
音が、遮断された。

(あとから聞いた話なんだけど、低温ローソクを流し込まれたそうだ)

中澤さんが、離れていく気配。
そのまま、僕は、放置された。
127 名前: 投稿日:2001年03月02日(金)00時00分23秒

30分、1時間、2時間……

その辺りから、僕の時間の感覚は曖昧になった。
この異常な世界に、僕は、眠ることも出来なかった。

まるで、深い海の底にでも沈んでいるかのような気分だ。
手首と足首に巻かれた、縄の感触。
呼吸するときの、空気の擦過音。

ぎしり、と、ベッドがたわんだ。
誰かが、ベッドに乗ってきたんだ。

途端に、心臓が、どくり、と鳴った。
呼吸が浅くなる。かっ、と、全身が火照るように熱くなる。

ロウを詰められた耳に、遠く、中澤さんの声が聞こえた。

(もう少し、このままでいてもらおか)

もう少し?
もう少し、って、あとどれだけ?
128 名前: 投稿日:2001年03月02日(金)00時04分24秒

ああ、中澤さん、もう許して下さい。
この戒めから、僕を助け出してください。

もう、何日も、こうしているような気がする。
僕は、このまま、ずっとこうやって、生きていくんだろうか?

思考が混乱している。
5秒前に考えていたことが、もう思い出せない。

ふいに、
なにかが、僕の腕をつついた。

まるで、フラッシュのように、そこから強烈な光が流れ込んでくるのが見えた。

(ああっ)

横を向いている僕の顔に、何かが接触する。
それは、ぐい、と、重みを増す。
僕は、ベッドに、顔を強く押しつけられる格好になる。
129 名前: 投稿日:2001年03月02日(金)00時07分09秒

外からの刺激に、
僕は、
歓喜していた。

その感覚は、光を帯びていた。
虹色の乱舞が、僕には見えたんだ。

耳に詰まっていた拘束が取り去られた。冷たい空気を、鼓膜に感じた。

今度は、音が、僕の中に飛び込んできた。

「吉澤、遠慮いらへんで。ほら、ユウキくんも喜んでるし」
「……ごめんなさい、本当に、ごめんなさい」

ぐぐっ、と、吉澤さんの足に力がこもる。

そう、分かっていた。
僕は、吉澤さんに、顔を踏みつけられているのだ。

なのに、
僕は、感じていた。
130 名前: 投稿日:2001年03月02日(金)00時12分57秒
「ユウキくんは、エッチやなあ。こんなことされてるのに、こんなになってるで」

すっ、と、顔にかかっていた負荷がなくなる。
物足りなく感じてしまった自分自身に驚く。

吉澤さんが、僕の背後に、添い寝するように横たわる。
密着した吉澤さんの身体の一部が、彼を男性だ、という事実を伝えてくる。
でも、もう不快だ、なんて感じる余裕は、僕にはない。
冷たい白い腕が、僕の身体をはい回る。
そっと、下半身に、吉澤さんの手が伸びる。

「吉澤……そのままな……」
「もう……やめて、下さい……」

中澤さんの足が、無造作に僕の太股の間に滑り込んでくる。
そして、
131 名前: 投稿日:2001年03月02日(金)00時14分57秒
「ああっ」

脳裏に、とてつもない光の爆発。
痛みを感じたのは、何秒もあとのことで、

中澤さんは、僕自身を強烈に刺激すると同時に、平鞭で、僕の尻を強く叩いたのだ。

(くぅ……)

僕は、
その……

中澤さんの足で、

イッてしまった。

吉澤さんの手の中に、
果ててしまった。


その快感は、信じられないほど長い間、継続した。
132 名前: 投稿日:2001年03月02日(金)00時15分40秒
はあ、はあ、はあ……

自分の吐息を、第三者のように聞いている。
全身が、ジンジンと痺れている。

アイマスクを外される。
目を開けると、中澤さんの顔が見えた。

僕は、ぐしゃぐしゃに泣いていた。

「よう頑張ったなあ、もう大丈夫やで」

唇をふさがれる。

僕は、ああ、とため息を漏らした。
133 名前:シ=オン 投稿日:2001年03月02日(金)00時16分43秒
私は一体、何を書いているんだろう……
134 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月02日(金)02時04分45秒
うわっ、すごいっす
禁断の世界だあ
この後、どう王子がからんでくるか楽しみです
135 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月02日(金)03時25分16秒
>>133
>私は一体、何を書いているんだろう……
ワラた
でも、この世界に引き込まれる自分がいる……
136 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月04日(日)01時46分52秒
なかざーすげぇ…流石だ…
王子ぃぃぃぃぃ
137 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月12日(月)03時53分01秒
っつうかすげえ・・・マジで。
続き期待してます。
138 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月15日(木)20時58分11秒
王子の出方に大期待
139 名前:名無し読者 投稿日:2001年03月22日(木)15時55分56秒
久々に最初から読み返したけど、やっぱ文体がすげー引き込まれる。
余韻が強い文が多くて背筋がしびれるよ。
王子との絡みが楽しみっす。頑張って下さい。
140 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月06日(金)23時14分25秒
1ヶ月以上更新して無いけど放棄か?
141 名前:シ=オン 投稿日:2001年04月07日(土)23時15分59秒
長い間、放置してしまってスミマセン。
一応、構想は考えてるんです。
とりあえず、今週いっぱいくらいまでは、手が離せませんので、
更新はそれ以降、ということで、お願いします。
142 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月08日(日)10時36分54秒
さくしゃさん、待ってるよぅ
143 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月15日(日)03時23分19秒
マテルヨ
144 名前:シ=オン 投稿日:2001年04月17日(火)05時48分35秒
再開します。
145 名前: 投稿日:2001年04月17日(火)05時50分02秒

控え室――ロッカールームのことを、セレブレイドではそう呼んでいる――で、僕は、
ぼんやりと制服に着替えていた。
一応、支配人さんには、僕の本業のことは、伝えてある。隠しきれるもんじゃないし、
それなら自己申告して、他の人には秘密にして貰えるよう、お願いしたほうがいいと
判断したから。

無理のないように出てきてくれたらいい、とは云ってもらってるんだけど、毎日、
休まずに出勤してる。最近、僕の日常は、EEJUMPのユウキと、セレブレイド
のマキちゃんとが、ごちゃまぜになりつつある。
146 名前: 投稿日:2001年04月17日(火)05時50分56秒
「あ――」
丁度、上着を脱いで上半身裸になってる時に、入ってきたのは、吉澤さんだった。

僕は、昨日のことを思いだして、なんとなく赤くなった。吉澤さんも、僕を見ずに、
下を向いてしまった。
「おはようございます」
「おはようございます」
どことなく、ぎこちない挨拶を交わす。
お互いに背中を向けて、タキシードに着替える二人だった。
147 名前: 投稿日:2001年04月17日(火)05時52分11秒
また、扉が開いた。
今日は、いつもより早く来たのに、メンバーのみんなとよく顔を会わせるなあ、と思って
「よっ、後藤。おはよっ」
心臓が、ドキドキ鳴りだした。

僕は、昔、本当の市井紗耶香さんに会ったことがある。まだ、三人で、いわばインディーズと
して、笑う犬のバックダンサーのような仕事を貰っていた頃だ。和田さんに連れられ、モーニ
ング娘。さんの楽屋に挨拶に行ったんだ。

ちょうど、『恋のダンスサイト』が出ていた頃で、市井さんは、ピンクのスーツのような衣装を
来ていた。すごく格好良かった。
今、僕の目の前にいるのは、あの市井さんと同じ顔を持った――少し、印象はシャープになって
はいるけど――王子だ。セレブレイドで仕事中に、噂好きの飯田さんから、王子ってさ、ホンモ
ノの市井紗耶香の遠い親戚だ、って話だよ、と耳打ちされたこともあった。
148 名前: 投稿日:2001年04月17日(火)05時53分43秒
「HEY♪単純すぎるわーたし」
なんだかすごく上機嫌な王子が、鼻歌まじりに僕のそばに来た。ええと、王子と僕の
ロッカーは、隣同士なんだ。

「後藤、どうしたの? 顔、赤いよ」
「そ、そんなことないです」
王子が、僕の横顔を見てる気配がする。
いよいよ、僕は顔があげられなくなった。

「吉澤も、様子がヘンだね」
いぶかしげな王子の声。
149 名前: 投稿日:2001年04月17日(火)05時55分09秒
「なんや、みんな早いなあ。本物の裕ちゃん、娘。卒業やけど、ウチはどうなるんやろな?」
中澤さんは、昨日は何事もなかったかのように、僕たちに話しかけてきた。僕は、とても返事
出来なかった。

昨日……中澤さんの足で、○○ってしまったあと、舌のからまるキスをされて……その間も、
中澤さんの手は、いやらしく動いていた。
もし、あの時、中澤さんが最後まで要求していたら、僕の痺れた理性で、拒むことが出来た
だろうか?
――実際、中澤さんは「さあて」と云って、次の段階に移ろうとしたのだ。
吉澤さんが止めてくれなかったら、僕は、どうなっていたんだろう。
150 名前: 投稿日:2001年04月17日(火)05時56分17秒
「後藤、大丈夫? 顔色、悪いよ」
王子が屈み込んで、下を向いた僕のさらに下から、僕の顔を覗き込んできた。
王子って、こんなに他人に絡むキャラクターだったっけ?

中澤さんは、そんな王子にもたれかかって、
「なんやあ、ごっちんのコト、気になるんか?」
と、ひやかすように云った。
王子は、すっ、と、いつものポーカーフェィスに戻った。
151 名前: 投稿日:2001年04月17日(火)05時57分05秒
「裕ちゃんこそ、後藤のこと、からかいすぎだよ」
「まあ、ごっちんとウチは、仲良しやし。なあ、ごっちん」
「へえ、後藤、そうなの?」

押しの強い、二人のプレッシャーに挟まれて、気持ち悪くなって来た。
「先に、フロアに行ってきます。失礼しますっ」
それだけ云って、逃げ出すように、僕は控え室を出た。
152 名前:シ=オン 投稿日:2001年04月17日(火)05時59分25秒
長い間、更新が滞っておりましたが、再開させて頂きます。
こんな話なのに、気にとめていただいてる方がいらっしゃって、とても嬉しく思います。

15日、夜の裕ちゃんは、とても力強くて、とても格好良かったです。
153 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)21時56分48秒
早足で歩く僕に、走って吉澤さんが追いついてきた。僕もなんとなく立ち止まって、
吉澤さんを待っていた。
吉澤さんの顔色も悪かった。
お互い、視線を交わし合って、ため息をついた。
奇妙な連帯感があった。

「さっきは、なんだかいたたまれなくなりました」
吉澤さんは、このことが王子にバレたらと思うと、と云いながら、自分を抱きしめて
身震いしていた。でも、中澤さんも怖いらしい。
「中澤さんは、確かに怖いと思いますけど……吉澤さんは、王子も怖い、って思うん
ですか?」
「よっすぃ、って呼んで下さい。私は、後藤さんよりも年下だし、そっちのほうが
しっくり来ますから」
154 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)21時57分39秒
続けて吉澤さん――よっすぃは、セレブレイドの運営としても、現実のモーニング娘。
となるべく形態を近づける、っていうコンセプトがあるんで、どちらにしても、吉澤
さん、はおかしいです、と云った。

「じゃあ、僕のことは、ごっちん、なんですよね」
そう呼ばれるとくすぐったいけど。
「せっかくだから、タメぐちにしましょう。後藤さ――ごっちん」
「そうだね、よっすぃ」
僕が笑いかけると、よっすぃも笑顔になった。

「あの……ごっちん、昨日はゴメンね。ええと、全部中澤さんのせいにするつもりは
ないんだけど、半分、脅されるカタチで、ああなっちゃった訳で、その、吉澤的には、
本意じゃないっていうか」

もういいよ、と、顔が火照ってくるのを感じながら、よっすぃに云った。
155 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)21時58分40秒
「あやしいっ」「あやしいっ」
カン高い揃った声が、通路に響きわたった。
僕もよっすぃも、びくっ、って肩を震わせた。

腰に手をあてて、仁王立ちしているタキシード姿の小さな二人組。
「二人の顔が赤いです」
辻の言葉を受けて、いやーん、と口元に手を持っていく加護。
「そんな、僕とよっすぃは、別にあやしくなんて――」
慌てる僕を後目に、よっすぃは、つかつかと二人に歩み寄り、

「へえ、辻ちゃんのお下げ、可愛いね」
「そうですかあ」
でへへ、と笑う辻。
すると、加護も頭をよっすぃにぐいっ、と突きつけて、
「加護も、可愛いです」
どうやら、誉めてもらいたいらしい。
「その、赤いヘアバンド、似合ってるよ」
頭を撫でてもらい、満足げだ。

なるほどね。チビッコ二人は、こういう風に相手してやるといいんだ。
僕とよっすぃは、視線を交わし合って、笑った。
156 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)21時59分17秒
フロアに出ると、ボーイさんたちが、開店前の準備で走り回っていた。
「おはようございまーす」
「おはようございまーす」
元気のいい、若い男の子たちの声。

ははは、まるでジャニーズJrみたいだ。
なにか手伝おうと、僕も雑巾を手にした。
「あっ、後藤さん、そんなこと僕たちでやりますので」
加護や辻と同じくらいの年齢に見えるのに、はきはきした子だなあ、とか思いつつ、
「いいよいいよ、だって、僕の方がいわば新人なんだし、なにかやらせてよ」
「困ります、急いで準備を終わらせますので――」

さっ、と、その子の表情に緊張が走った。
157 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)21時59分53秒
「ここ、セレブレイドで、娘。の名を冠した十人は、絶対的な存在だ。気さくな親しみ
易い存在としてではなく、尊敬される人間として振る舞わなければならない」

その声に、フロアじゅうの男の子たちが、動きを止めた。まるで、時間が凍り付いた
かのようだった。

はっ、として振り向く。
階段状になっている正面扉の前に、彼は立っていた。
僕は、呼吸をすることすら忘れて、その光景を見上げた。
158 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)22時00分41秒
タキシードの上に、真っ白なふわりとしたコートをはおり、
後ろには、これもタキシードにすらりとした身体を収めた飯田さんと、中澤さんを
従えて、

まるで、彼の周辺だけが、光を帯びているかのようだった。彼の、俗称を知らなく
ても、この姿を見るだけで、誰もがその言葉を連想するだろう。

『王子』と。

皮肉そうに笑いの形に歪めた唇に、煙草を行儀悪くくわえている。フロアの男の子の
誰かが、小さくため息をつく。

彼は、まぎれもなく、王子だった。このフロア、セレブレイドを支配している、
真夜中の王子だ。
159 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)22時01分20秒
「おはようございますっ」
「おはようございますっ」

王子が現れるだけで、フロア内に独特の緊張感が走った。風景のピントが急に合う
感じだ。ボーイの男の子たちの動きが、何割か早くなったような気がする。

(ね、ごっちん。王子は、別の意味で怖いでしょ)
よっすぃが、すすすっ、と僕の側に寄ってきて、小声で云った。
(そうだねえ。でも、怖い、から頑張るっていうよりも……なんだろうね、こう、
一生懸命にやってるところを見てもらいたいから、って気持ちだよね)
二人で、耳打ちしあう。
(でもさ、僕は、王子を怖い、とは思わないな。だって……)
そこで、僕は言葉を止めた。
だって、なんなのだろう。
僕は、なにを言いかけた?
160 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)22時02分32秒
――ホントウのオウジは、かヨワいから。

ふっ、と脳裏を走った言葉は、自分でも馬鹿馬鹿しく思えるものだった。
あれだけ威厳にあふれた王子が、か弱いって、僕は白昼夢を想いでもしているのだろうか?

「吉澤と仲がいいんだな」

王子が腕を組んで、僕を見ていた。
その言葉の隅に、どこか、嫉妬めいた響きを感じて、なに考えてるんだ、のぼせるな、
と自分自身を戒めた。

「後藤の教育係は、俺なんだ。いつもそばにいろ」

僕は、はいっ、と返事して、王子の元に走った。
161 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)22時03分52秒
ちらっ、とよっすぃとアイコンタクトを取り合う。
なんだか、同じ秘密を共有している仲間、っていうか――いきなりあそこまで僕の
すべてをさらしてしまったから、もうなんだか、よっすぃには、遠慮なくいろんな
ことが云いあえるようになった、というか。なんだか、不思議な気持ちだ。

僕が、王子の前に立つと、くい、とあごで、ついてくるよう示し、
「後藤に、個別に心構えを指導する必要がある。すぐに戻る」
と、告げ、王子はくるりと背を向けた。

正面扉の前に控えていたボーイが、扉を開けると、王子は歩き出した。僕は、慌てて
王子に続いた。
さっきまで控えていた飯田さんと中澤さんは、その場に立っていたままだったので、
僕と王子は二人っきりになった。
162 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)22時04分58秒
「こっちへ」
いくつかあるうちの、小さな控え室だ。
僕は、段々緊張してきた。

(指導って……やっぱり、怒られるのかな?)
王子が怒ると、どうなるんだろうか。
(でも、もうボーイさんの仕事を取り上げようとは思わないし、一体なにを云われ――)
ふっ、と、とんでもないことに思い至った。

さっき、王子が出てきたとき、中澤さんが後ろに控えていた。

昨日のことを、中澤さんが、王子にしゃべってしまっていたとしたら?
それは、とても恐ろしいことだった。

(きっと、王子は僕を軽蔑するだろう)

あのディレクターの件もある。セレブレイドは、業界にかなりの支配力を持っている
らしい。ならば、王子がその気になれば、僕が裏でやっていた仕事――男たちに身体
を提供して、便宜を図ってもらっていた……心を殺して関わっていた仕事のことも、
簡単に知られてしまうだろう。
163 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)22時05分37秒
急に、床がぶよぶよと動き出したかのように感じて、よろめいた。視界が歪んだよう
な気がした。

僕は、誰にでも身体を許す、しようのない汚れたオカマだ、なんて王子に思われたら。
王子が僕を見る目が、軽蔑の色をたたえるようになってしまったら。

「指導、というか、頼み事があるんだが――」

王子は、振り返り、僕を見て絶句したようだった。

「後藤、どうして泣いてるんだ? おい、一体、なにが」
164 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)22時06分29秒
僕は、そのとき、真希ちゃんのことを思いだしていた。
真希ちゃんは、市井さんがモーニング娘。を脱退したあと、しばらくの間、ふさぎ
込んでいた時期があった。
僕は「市井さんの意志なんだから、仕方ないよ」とかなんとか無責任なことを云って
いたように思う。
一度だけ、真希ちゃんは「私、置いてかれちゃったんだ」とこぼしたことがあって、
僕は、そんな真希ちゃんを女々しいと思った。

今、初めて、あの時の真希ちゃんの気持ちが理解できた。自分の中でとても大事な人
に、拒否されてしまう、ってことがどういうことなのか。

――そして、僕の中で、王子がどけだけ大きな存在になっていたのか。

「僕のことを嫌いにならないで。ごめんなさい。ごめんなさい」

僕が謝っていたのは、王子に対してなのか、それとも、あの時の真希ちゃんに対して
なのか。
もう、それすらもあやふやになっていた。
165 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)22時07分23秒
「ちょ、ちょっと待て、さっきのことか? さっきの、あれは、怒った訳じゃなくて、その」

王子は――驚いたことに――おろおろと、視線をさまよわせたり、僕の肩に手を置こう
かどうか悩んで、手を上げたり下げたり……とにかく、王子らしからぬ、格好の悪い
挙動を繰り返し、

「その……俺が云いたかったのは、ええと、セレブレイドは、リアルなモーニング娘。
の再現が、テーマなんで、ええと、俺は、みんなから、特例で王子って呼ばれてるんだ
けど、だから、みなの前では、後藤も、王子、って呼んでくれていいんだけど……」

僕から目をそらし、たどたどしく言葉をつづる。
――こんな王子を見るのは、初めてで、

「二人きりの時は、……俺のことを――ん、って呼んで……欲しいんだ」

むにゃむにゃ、って感じで話すので、よく聞こえなかった。
僕は、どうやら、違う用件で呼ばれたらしい、ってことに気づき、少し落ち着いた。
166 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)22時08分21秒
「もう一回、云って貰えますか?」

王子は、上目遣いに、ちら、と僕を見、ふてくされたように、首だけ後ろを向きながら、

「だから、俺のことは、市井ちゃん、って呼べ、って云ったんだ」

怒ったような口調で云った。

「……市井、ちゃん?」

「なんだよ、後藤」

振り返った王子――市井ちゃんの顔は、物凄く、真っ赤で……。

(可愛い……)

僕は、笑い出してしまった。
167 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)22時09分24秒
「笑うなっ」

大きな声で叫んだんだけど……さっきまでの王子なら、それだけで萎縮してしまった
だろう。でも、今、僕の前にいるのは、照れて小さくなっている、単なる市井ちゃん
な訳で。

今なら、出来るかな?

僕は、それでもまだ、おそるおそる、手を伸ばし……市井ちゃんの頭を撫でた。
市井ちゃんは、ぶるぶると、小さく震えていた。
それが、怒りのためなのか……いや、そうではない、ってことくらい、もう知ってる。
きっと、今まで、こんな扱いを受けたことなくて、すっごく動揺してるんだ。
なぜだか、分かった。

「いちーちゃん、可愛いね」
168 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)22時10分07秒
へなへなと、市井ちゃんはその場にへたり込んだ。
「な、なんだいきなり、いきなりそんなことを。俺のことを、可愛いだなんて云うな」
「だって、カワイイって思ったんだもの」
市井ちゃんは、なんだか、お腹に力が入らないかのような、微妙な表情になった。
「……後藤が、そんな奴だなんて、思いもしなかったよ」
精一杯の皮肉(なのだろう)も、なんだかみんないとおしい。

(でも、本当によかった。僕はてっきり――)

「てっきり?」

ふいに、市井ちゃんは、顔をあげた。
一瞬、市井ちゃんの気持ちが今の僕には分かるのと同じように、僕の考えも伝わって
しまってるのか、とも思ったけど、

ただ単に、僕は、最後の最後で、失言してしまったようだ。
169 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)22時10分52秒
「てっきり、ってなんだ、後藤?」

すっ、と市井ちゃんの目が細められた。

「朝から、そういえば、おかしいと思っていた。吉澤も、様子がヘンだったし……
なにを隠している? 後藤」

市井ちゃんは、王子に戻っていた。
ぐん、と、王子の身体が大きくなったような気がした。まるで二重人格者のように、
すっかり中身が入れ替わってしまっていた。

「なんでも――」

なんでもない、と云いかけて、ごまかすのは無理だ、と瞬時に悟った。
冷たい、とさえ表現していい、王子の視線の前には、どんな嘘も、通用しそうに
なかったのだ。

「昨日――」

なんとか誤魔化して、という思いと、
どうせ隠しきれないなら、ぶちまけてやれ、という感情のせめぎ合い。
でも、実際には、頭の中は真っ白になっていて、
170 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)22時11分24秒
――僕が『裏の仕事』の件で、呼び出され、
――出ていった先に中澤さんがいて、
――縛り上げられ、感覚を奪われ、翻弄され、
――それが、僕には、とてつもない快感で、
――よっすぃの手の中に、射精して、
――泣きじゃくりながら、縛られたまま、中澤さんと舌を絡め、

僕は、なに一つ、云い繕うことが出来なかった。すべてを、ありのままに、白状して
しまった。

一番最初は、軽蔑される、と怯え、
次に、王子の極端な一面をかいま見、調子に乗り、
今度こそ、僕は、
本当の僕を知ってしまった王子は、

「ふ……ん」

王子は、それで、ごめんなさい、か、とつぶやいた。そして、

すべてを語り終え、判決を待つ被告人の気持ちで立ち尽くしている僕に、

王子は、すっ、と背を向けた。
171 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)22時12分11秒
全身の血が、一気に抜け去ってしまったかのように、僕の体温は無くなった。
心臓を、なにかにぎゅっ、とつかまれたかのような苦しみ。

王子の背中が、無言のまま、控え室を出ていき、
ドアは閉められた。

ばたん。

なんて、軽い音だろう。
それが、僕と王子を切り離す、運命の音なのに。

ばたん。

それだけで、ついさっきまで、心の奥底までつながったかのように思えた二人の空間は、
断ち切られてしまったのだ。

いつ、僕はしゃがみ込んでいたのか、分からなかった。
なにも、感情が沸かなかった。
涙も出なかった。

そして――

「中澤あぁぁぁっ!」

通路で、王子が、叫んだ。
扉を隔てているはずの、控え室でさえ、空気がビリビリと震えた。
172 名前: 投稿日:2001年04月18日(水)22時13分23秒
続いて、なにかを蹴る、大きな音。

(正面扉だ!)

僕は、弾かれたように立ち上がった。
控え室を飛び出した。
王子が、フロアに飛び込んでいくのが見えた。
そばには、泣きそうな顔で腰を抜かしているボーイたちがいる。

僕は走った。
壊された扉の前にたどり着いた僕が見たのは、

中澤さんを殴りつける瞬間の、王子の姿だった。
173 名前:シ=オン 投稿日:2001年04月18日(水)22時15分21秒
続く。

と云うか、
痛……恨……の、自らあげ。
いわば、オウンゴール。

……ゴメンナサイ。。。。。。
174 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月18日(水)22時26分23秒
>オウンゴール
ごめんなさい。おもわず笑ってしまいました。
どんまい!!sage
175 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月18日(水)22時29分34秒
下げとくの、もったいないしね。。。sage
176 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月18日(水)23時36分37秒
やっぱすげーなぁ・・なんかこう、、文体がイイッス。
ズットマテルヨ
177 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月19日(木)00時38分05秒
おもしろいーーーーーーガンバテー
178 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月19日(木)04時21分05秒
オウンゴールのおかげで読めましたよ。
ちょいとラッキー(w 更新頑張って下さい。
179 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月19日(木)05時34分42秒
>>178
それが市井マジック
180 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月19日(木)07時58分53秒
>>179
それも市井マジック(笑
181 名前: 投稿日:2001年04月19日(木)19時07分52秒

王子は呼吸も荒く、戸惑い顔の飯田さんに羽交い締めにされている。
中澤さんは、頬を押さえて、倒れている。

フロア内は、しん、と静まり返っていた。
本当は、たくさんの人がいるのだけれど、まるで、みな、一瞬にして石像と化して
しまったかのような――不自然な、墓場のような沈黙に包まれていた。

「……中澤」
ぼそり、と、王子が毒を吐く。
「現実のモーニング娘。と同じように……セレブレイドから、卒業するか?」

中澤さんは、ゆっくりと立ち上がった。
王子の凝視を跳ね返すかのように、胸を張った。
182 名前: 投稿日:2001年04月19日(木)19時09分33秒
「いっくら『おばあちゃん』のお気に入りや、ゆうたかてな……言葉には気ぃつけた
ほうがええんとちゃうか? ウチには、後ろ盾も、タニマチもおらへん、そう思うと
るんか?」

中澤さんは、半身になって、王子に相対した。ポケットに手を入れ、床に唾を吐いた。
赤いものが混じっていた。唇を歪め、笑みの形を作った。

「ごっちんにちょっとイタズラしたくらいで、そんなに取り乱すやなんて、王子らしゅう
ないなあ」

中澤さんは、嘲るような口調で、王子を睨み付けて云った。

「……」
183 名前: 投稿日:2001年04月19日(木)19時10分20秒
王子は、ゆったりとした動作で、煙草に火をつけた。それだけの仕草のはずが、まるで
クラシカルな舞いのように見えた。
天井を仰ぎ、細く煙を吐く。王子の一挙一動が、とてつもなく長い時間のように感じる。
ようやく、中澤さんに顔だけを向け「それで?」と、云った。

中澤さんの、ぎりっ、という歯を食いしばる音が、直接、鼓膜に届いた。

今、この二人の間に割って入ることは、まるで自殺行為だ。
二人の視線に挟まれただけで、心臓が止まってしまいそうだった。

(でも、僕が行かないといけないんだ)

分かってる。
この事態を、僕なんかがどうにかできる、とはとても思ってないけど、
でも、原因は、僕なんだ。
僕が、なんとかしないといけないんだ。
184 名前: 投稿日:2001年04月19日(木)19時11分30秒
「目隠しをとったらな、ごっちんは、この世の終わり、みたいに泣いてたんや。
それで、きゅん、ってなってな、キスしたってん。ごっちんの唾液の味は――」

王子の目が、ぐぐっ、と見開かれた。
瞳孔が、極限まで広がり、狂気の色に染まった。

「はははっ、中澤、お前、死んだぞ」

鈎爪状に開かれた手からは、血が滴っていた。きっと、さっき中澤さんを殴ったとき
に、切ったんだ。
王子が、哄笑しながら、中澤さんに飛びかかる。

その背中に、僕は抱きついていた。
185 名前: 投稿日:2001年04月19日(木)19時12分45秒
反射的に振りほどこうとしたのだろう、王子のひじが、鋭角に僕のこめかみを打った。
生暖かい感触があった。きっと、切れたんだろう。目まいがしたけど、僕は、王子を
離さなかった。

必死で、耳元で、
「市井ちゃん、落ち着いて。悪いのは僕なんだ。僕をいくらでも叱っていいから、
好きにしていいから、だから、お願いだから落ち着いて、落ち着いて、市井ちゃん、
市井ちゃん、市井ちゃん……」
振り返った王子の瞳に、こめかみから血を流している僕の姿が映っていた。

「後藤……」

僕の腕の中の王子――市井ちゃんから、ゆっくりと力が抜けていく。
186 名前: 投稿日:2001年04月19日(木)19時14分15秒
王子は、涙を流さずに、泣いていた。
そう、さっきから、ずっと泣き続けていたんだ。
今なら、王子の気持ちが、良く分かる。
王子は、中澤さんに僕がいろんなことをされた、って知って、怒り狂った。
それは、王子自身が抱いていた、下卑た欲望の裏返しだったんだ。

王子は、怯えていた。
僕が、男同士のそういう行為を、実は忌み嫌っている、と知っていたから。
だから、そういう欲望を、僕に対して抱いてしまったことを、ひた隠しにしていた。
そう。王子は、怖がっていただけなんだ……

「市井ちゃん、キス、しようか」
僕の頬から流れた血が、王子の唇に落ちる。紅を引いたかのような、鮮やかな赤。
王子は、戸惑いの表情で、僕を見ている。
187 名前: 投稿日:2001年04月19日(木)19時15分46秒
「それとも、僕はもう、汚れてしまってるから、こんな僕には、触られるのも嫌だ、
って思う?」
王子は、激しく首を横に振る。
「僕はね……その、ホントは、男同士でどうこうする、っていうのは、好きじゃない
んだけど……市井ちゃんとだったら、いいよ。って云うか、市井ちゃんとキスしたいよ」
そう囁く。

(……俺もだ)
王子は、本当に小さな声で――震えながら、答えた。
まるで、初めてキスを交わす少女のように。

「……」
「……」

王子とのファーストキスは、血の味がした。
188 名前: 投稿日:2001年04月19日(木)19時16分25秒
(はっ!)

最初に、目が合ったのは、よっすぃとだった。
よっすぃは、目をまん丸にしていて、口を大きく開けた形で、硬直していた。

(もしや、衆人環視?)

よっすぃに寄り添うようにして立っていた石川さんが、
「つまり、中澤さんと王子が、後藤さんを取り合っての痴話ゲンカだったんですね」
と云った。

王子も、がば、と顔をあげた。
ぐるり、と、視線を一周させる。
189 名前: 投稿日:2001年04月19日(木)19時17分05秒
頬が腫れてきている中澤さんも、ぽかん、と口を開けて、明らかに、信じられないものを
見る目で、

「王子のこと、市井……ちゃん、やて?」

王子の顔が、音を立てて、赤くなった。

「なんや、その……オリジナルニックネームは?」

王子は――まだ僕に抱きかかえられたままなんだけど――下を向いて、

「いいだろ別に」

そう云って、
驚いたことに、
皆から顔を隠すように、ぎゅっ、と僕の胸に、額を押しつけたのだ。
そして、きゅう、とノドを鳴らした。
190 名前: 投稿日:2001年04月19日(木)19時17分58秒
信じられないものを目の当たりにした人たちの、八人八色の反応が、王子と僕に注がれていた。

げ、と下品な唸り声を漏らしたのは、保田さんだった。
飯田さんは、不満そうに、唇を尖らせていた。
矢口さんと安倍さんは、さっきまでの騒動で、抱き合ってへたり込んだまま、それでも
大きく口を開けていて、
加護ちゃんと辻ちゃんは、むしろ僕の方を、尊敬! って感じで見ていた。

中澤さんは、僕に歩み寄り、肩に手を乗せて、

「お見事」

とだけ云った。
191 名前: 投稿日:2001年04月19日(木)19時19分43秒
          ◇
192 名前: 投稿日:2001年04月19日(木)19時21分09秒
こうして僕は『王子を手なずけた男』として、皆から一目置かれる存在となったのだった。
193 名前:シ=オン 投稿日:2001年04月19日(木)19時22分21秒
続く。
194 名前:シ=オン 投稿日:2001年04月19日(木)19時24分36秒
中澤さん騒動も、一段落しました(つもりです)。
話がどんどん長くなる割には、どう着陸させるか、まだ未定です。
今後も、ごゆるりと、おつき合い願えましたら、幸せに思います。
195 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月19日(木)19時28分13秒
リアルタイムだ(嬉
王子カワイイ
ズトツキアウyo
196 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月19日(木)22時05分01秒
作者さん、みんなの声援に答えてくれてありがとう。(嬉
197 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月19日(木)23時21分13秒
オリジナルニックネーム(嬉
そしてやはり空気の読めない石川(笑
198 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月20日(金)20時09分50秒
王子を手なずけた男……(カァッキィ〜
199 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月20日(金)21時52分16秒
王子もカッコイイけど、
裕ちゃんもカッコイイべ!!!
200 名前:5724 投稿日:2001年04月20日(金)23時33分55秒
かっけー!!
201 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月24日(火)22時15分02秒
こんないちごまもありだあぁぁぁぁ!!(嬉
202 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月24日(火)23時06分32秒
悪夢再び、つーかなんつーか…。
めげずに頑張ってくださひ。
203 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月25日(水)01時05分13秒
>>201
ゴルァ!嬉しくてもsage注意しなきゃダメだよぅ
204 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月25日(水)10時01分49秒
・・・sage。
205 名前:201 投稿日:2001年04月25日(水)13時19分33秒
すんません〜〜
sage…
206 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月26日(木)20時45分14秒
sageときましょう。
207 名前:名無し読者 投稿日:2001年04月29日(日)04時22分45秒
sati7さんもしここを読んだなら、感想は書かないで、
名作集・案内にある★★小説板自治スレ(初心者案内)★★
http://www.ah.wakwak.com/~yosk/cgi/hilight.cgi?dir=imp&thp=986141452&ls=50
をまず読んでね。
208 名前:シ=オン 投稿日:2001年05月02日(水)16時32分23秒
わあ、前回の更新から、10日過ぎちゃいましたね。
私の、さげに対する考え方は──

ええと、こういう特殊な話なので、あがってしまうと、不快感を覚える方が
いらっしゃるんじゃないかな? と思ってのことなんです。
そりゃあ、たくさんの方に見ていただいた方が嬉しいんですけど、どうしても、
好みはありますからね。
そういった訳ですので、201さんも、お気になさらないでくださいね。
気に入って頂けて、とても嬉しく思っていますので。
209 名前:10 投稿日:2001年05月02日(水)16時37分08秒
深夜、二時。
コーヒーを飲もうと、廊下を小走りしていた。
休憩室の扉を開けると、よっすぃがいた。

「あ、よっすぃも一休みなんだ」
僕は、紙コップにコーヒーを入れて、よっすぃの隣りに座った。
よっすぃは、あ、はい、後藤さん、こんにちは、少し時間が空いたんで、と答えた。
「どうしたんだよ、よっすぃ。タメぐちで行こうって決めたじゃん。ごっちんでいいよ。
いやだなあ」
一目置かれるようになったのはいいけれど、距離を置かれるのは困る。

僕は、辺りを見回し、人がいないことを確認して、よっすぃの耳元に口を寄せる。
(王子とさ、この前ルミネに映画見に行ったら、ヒドイ目にあったよ。紗耶香とユウキが
デートしてる! とか騒がれちゃって。笑っちゃうよね)
「紗耶香さんと、ですか?」

???
どうも、よっすぃの反応がおかしい。
210 名前:10 投稿日:2001年05月02日(水)16時37分56秒
「ユウキ、あんたさあ、どうしてそんなによっすぃと仲いいのかなあ」
びくっ、と、僕は声の方向に振り返った。
僕が後藤ユウキだ、ってことを知ってるのは、セレブレイドでは、ほんの一部の人だけで、
剣呑な光を目にたたえた――後藤真希が、扉にもたれかかるようにして、立っていた。

「あれ? 真希ちゃん……どうして、ここに?」
「市井ちゃんが、何だって?」
声が低くなる。
ヤバい。これは、真希ちゃんがバイオレンスモードに入る前の警告だ。

(なんだ?)
(なんなんだ?)
そうか、夢か。
僕は今、寝ぼけているのだ。
僕は今、セレブレイドで、
211 名前:10 投稿日:2001年05月02日(水)16時38分52秒
「あれ? よっすぃ、スカートはいてる!」
今気づいた。
よっすぃは、真っ赤なスカートをはいていた。
早く気付よ僕、って感じだ。
確かに、深夜で頭がぼんやりしてたのも事実なんだけどさ。

僕は、スカート姿のよっすぃをマジマジと見つめた。
(そ、そりゃあ、可愛いかも知んないけど)
びしっ、と男装しているよっすぃは格好いいけど、こうして女の子ちっくないでたちも、
いいかも知んない。
しかし、しかし……、うう、妙な感じだ。
思わず、ぎゅっ、とよっすぃのスカートの裾を掴んでいた。

よっすぃは、僕の手に自分の手を重ねて、
「……やめて下さい」
と、小声で云った。
「こらあっ! そんな堂々と、セクハラをっ」
真希ちゃんが、まっすぐに僕をグーで殴った。
鼻の奥に、鉄の匂い。
212 名前:10 投稿日:2001年05月02日(水)16時39分24秒

あれ?
あれ?

イスからひっくり返って、ようやく、

「ユウキ、どうしたの!」

ソニンが、物音に気づいたのか、飛び込んで来た。

僕を殴ったままの状態で固まっている真希ちゃんと、
スカートの裾を押さえて、顔を赤くしているよっすぃ――吉澤さんと、
鼻を押さえて、尻もちをついている僕。
213 名前:10 投稿日:2001年05月02日(水)16時40分26秒
「僕は、今、後藤ユウキ?」
「あんた、寝ぼけてるの? もう一回、殴っとく?」
しまった!
僕は、今、番組の収録で、テレビ局に来ていたんだ!

「ご、ごめん」

僕は、立ち上がり、吉澤さんに駆け寄った。
「あ、あの、よっすぃと吉澤さんを勘違いしたっていうか、ええと、女の子だったとは
思わなくて」
吉澤さんは、顔を赤くして、さらに強く、スカートの裾を下に引っ張った。

「ユウキ! あんたね、なにさりげによっすいの今日の秘密を公開してるのよ」
「ええ? 今日の秘密、って、女の子が?」
吉澤さんも、本当は男? そんなバカな。
214 名前:10 投稿日:2001年05月02日(水)16時40分59秒
なんだかもう、僕は一体誰なのか、訳が分からなくなってしまった。
僕は、誰なんだ?
僕は、誰なんだ?
現実と虚像が、ごちゃまぜになっている。
なにが大切で、なにが大切じゃないんだろう。

ごっちん、もういいから、もういいから、と小声で吉澤さんが云う。
「え、もういいの?」
「だから、ユウキ、あんたじゃないってば!」
215 名前:10 投稿日:2001年05月02日(水)16時43分48秒
           ◇
216 名前:10 投稿日:2001年05月02日(水)16時44分31秒
医務室で、鼻に消毒薬を浸したガーゼを当ててもらう。僕の治療が終わるのを待って、
和田さんが話しかけてきた。
すすっ、と、お医者さんは、外に出た。

和田さんも、僕のセレブレイド活動のことは知っている。
「あっちはあっちで、やるだけの価値は充分あるから、あんまし口出しはしないけどな。
ユウキ、お前、疲れてるんじゃないのか?」

和田さんは、二人きりになってからそう云った。
217 名前:10 投稿日:2001年05月02日(水)16時46分12秒
            ◇
218 名前:10 投稿日:2001年05月02日(水)16時47分02秒
僕の話を聞いて、王子は愉快そうに笑った。
「そりゃあ、その吉澤さんも恥ずかしいさ」
「……どうして?」
王子は、ボーイたちに囲まれて、衣装を着せて貰いながら、僕と話をしていた。
一足先に衣装室に来た僕は、メイクや髪のセットも終わり、肩を出した、ふわりとした
ドレスをまとって、今はイスに座ってコーヒーを飲んでいた。
着付けが終わった僕を見て、王子はまぶしそうに目を細めた。

「オンナノコ、ってさ、生理、って意味だよ」
身体にぴったりした黒のスウェット姿の王子は、スレンダーで格好いい。これから、
ドレスを着るのだけれど。
(そうなんだ……)
スカートめくろうとして、生理だ、って指摘したことになる。吉澤さんにはメチャクチャ
失礼なことをしてしまった。
219 名前:10 投稿日:2001年05月02日(水)16時47分37秒
「王子、王子、見て見てー」

矢口さんが、飯田さんを伴って、隣りの衣装室から駆け込んできた。
二人とも、桃色の、フリルいっぱいのドレスを身にまとっている。
今回ばかりは、小さな矢口さんの方が、とても似合っていて、可愛らしかった。

「わあ、ごっちん、カワイイ!」
飯田さんが、僕に頬をすりつけてきて、はっ、となって王子を見た。
王子は、いいよいいよ、って感じで、手をひらひらさせた。

いつものタキシード姿とは違う姿のみんなを見るのは新鮮だ。
それに、みんな、どこか浮ついているように見える。

もうすぐ『ピンクハウス祭り』なのだ。
220 名前:シ=オン 投稿日:2001年05月02日(水)17時44分14秒
今回の更新はここまでです。
221 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月02日(水)18時16分13秒
『ピンクハウス祭り』わくわく
222 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月02日(水)19時42分09秒
ユウキ、面白すぎ(笑
223 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月05日(土)19時56分21秒
楽しみだ〜
224 名前:10 投稿日:2001年05月06日(日)21時18分42秒
「あ、そうそう。ごっちん呼びに来たんだよ」
矢口さんが、僕に向き直った。
「僕?」
そうそう、と矢口さんはうなづく。
「おばあちゃん来てるんだよね」
へえ、って感じで、三つ編みにして貰っている途中の王子もこっちを見た。

元々、王子はベリーショート気味なんだけど、ウイッグをつけて、セミロングの髪に
なってるのだ。
(凛々しい王子がそんな格好してると……女装……に見えてしまう、って思うのは
失礼だろうか)
なんとなく吹き出しそうになって、んん? そうじゃん、普通に女装じゃんか、と
思い直し、苦笑した。
225 名前:10 投稿日:2001年05月06日(日)21時20分17秒
──おばあちゃん、というのは、ある意味、この『セレブレイド』の後ろ盾になって
くれている人だ。
本当なら、こんな、娘。にそっくりな男の子たちを揃えた、業界でも有名なサロン
なんて、格好のマスコミネタであるハズなんだ。
でも、一応は芸能人だった僕でさえ、その存在を知らなかったのは、おばあちゃんを
始め、あちこちの有力者のつてがあってのことだった。

「ごっちんも、おばあちゃんに挨拶してきなよ」
そう矢口さんにうながされ、ピンクのフリフリを着たままの僕は、慣れないヒールに
悪戦苦闘しながら、来賓室に向かった。
226 名前:10 投稿日:2001年05月06日(日)21時21分20秒
「こんにちは」
『おばあちゃん』は、丁度、ボーイさんが持って来たお茶を飲んでいるところだった。
こちらからは、後ろ姿しか見えない。
髪の毛は、もうほとんど真っ白だけど、きちんとえりあしまで上品に整えられている。
ざらっとした感じの着物を着ていた。

心臓がドキドキいってる。緊張してるんだ。
「あら、あら」
口調はどこにでもいるお祖母さんのような、そして優しい柔らかい声が、僕に投げかけ
られた。
振り向いた彼女は、とても小さくて──小さいハズなんだけど、僕は、全身が硬直する
ような感覚を覚えた。
「お座りなさいな。今日はね、佐貫屋の栗羊羹を持ってきたの」
可愛らしくしてもらったわねえ、と、まるで実の孫と接しているかのようなニコニコした
笑顔で、座る僕を見ている。

(挨拶してきなよ、っていわれたけど、なにを云えばいいんだろう?)
おばあちゃんが、僕にも、お茶を出すように、ボーイさんに頼んでいた。
ずっと、僕は、なにを喋っていいのか分からなくて、黙ってた。
僕の前にお茶が置かれると、おばあちゃんは、人払いを頼んだ。
来賓室に、僕とおばあちゃん、二人っきりだ。
227 名前:10 投稿日:2001年05月06日(日)21時22分42秒
(……)
「ユウキさん」
「はいっ」
本名の方で呼ばれ、僕はびしっ、と背筋を伸ばした。

「王子と、映画を見に行ってらっしゃったとか」
「……はい」
こ、これは、嫉妬とか?
僕は、冷や汗が背中を伝うのを感じていた。
「別に怒ったりしてる訳じゃないから、そんなに緊張しないで。……王子はね、元々、
そんなことをする子じゃなかったの。いつもピリピリしていたわ。──私の前では、
そんな素振りは見せませんでしたけどね」
王子のことを口にする時だけ、おばあちゃんは、少し照れたような表情になる。
「だから、ユウキさんのおかげで、王子の険がとれて、優しくなったように思います。
ありがとう」
い、いえいえいえ、と僕は慌てて手を振った。

ただ、と、おばあちゃんは、表情を改めて、
「あなた方、写真に撮られていましたよ。雑誌に掲載される前に、差し止めて置きま
したけど」
僕は、全身の血がすっ、と引いていくのを感じた。
そんな写真が週刊誌にでも載ったら、大変なことになってしまう。
気がつかなかった。王子も、気づいていないだろう。そんな話はしなかったから。
228 名前:10 投稿日:2001年05月06日(日)21時23分42秒
「……ごめんなさい」
しょげて、僕は答えた。
「ユウキさんには、ちゃんとした芸能活動もあるわよね? 私たちは、裏側の人間です。
もしかしたら、ユウキさんは、こちら側に、深く関わりすぎたのかも知れませんね」
決して、僕を責めている訳ではない、ってことは分かる。
それどころか、僕のことを心配してくれているみたいだった。

なんとなく、おばあちゃんと王子って似てるなあ、って思った。
何一つ似てるトコロはないハズなんだけど。
「こちら側は、華やかに見えるけどもね、荒っぽい世界なの。もし、もしも、表の芸能界
の事務所とことを構えたりしないといけなくなった時ね、ユウキさん、あなたが、とても
困った状況に立たされることになるのよ」

……つまり、おばあちゃんは、もう潮時なんじゃないか、って云ってるんだ。
ここで働くことで、僕個人にも、それなりに人脈は出来た。
もう、以前のように、EEJUMPとして仕事を貰うときも、身体を使うこ必要はない
くらいに。
(──きっと、そういうコネ自体も、おばあちゃんや、店のオーナーの意向で、お客様と
の橋渡しをしてくれていたに違いないのだけど)
229 名前:10 投稿日:2001年05月06日(日)21時24分27秒
僕は、いつか、選ばないといけないだろう。
ここに残るのか。
それとも、ここを捨てるのか。

「私はね、ユウキさん。あなたのことも、大好きよ。だから、結論は、あなたが選んで
くれていいの。いつまでもいたいっていうなら……」
そこで、おばあちゃんは言葉を止めた。

「あまり、後藤を悩ませないで下さい。後藤は、いつまでもここにいて、幸せには
なれません」

王子の声だった。
王子の、ある意味、僕を突き放す発言に、きっ、と振り返った。

そこには、ピンクのフレアスカートに身を包んだ、三つ編みの王子が立っていた。

つい、僕は、状況を忘れて、
「可愛い……」
と、つぶやいてしまった。
230 名前:10 投稿日:2001年05月06日(日)21時25分23秒
王子は、顔を真っ赤にした。

ここを捨てる、ってことは、王子とも会えなくなる、ってことだ。
どうする?
もし、今、ここで、どちらかを選べ、って云われたら、どっちを選ぶ?

僕は、どちらにいたら、幸せなんだろう?

EEJUMPを選ぶ? それとも……
まさか……
でも……

王子は、僕の隣りに、行儀悪く足を開いて座った。
おばあちゃんに、露骨に挑戦的な視線を送っている。

おばあちゃんは、何喰わぬ顔で、お茶をすすっている。
231 名前:10 投稿日:2001年05月06日(日)21時26分12秒
僕が、じっと、横顔を見つめていたのに気づいた王子は、僕を見て、
目を細めて、にっ、って感じで笑った。

そうすると──真希ちゃんは怒るかも知れないけど──本物の市井紗耶香さんにそっくり
だった。
僕は、あまり、市井さんのことは知らないんだけど、

うん。
なんだか、どきっ、とするよ。
初めて会った時には、もっと、尖ったナイフのような、ピリピリしたものしか感じ
なかった。

思い上がりかも知れないけど、僕が、今の王子の笑顔に関われているんだったら、
嬉しい。

なんだろう。この気持ち。
なんだか、王子と視線を交わしていられなくなって、目を閉じた。
232 名前:10 投稿日:2001年05月06日(日)21時26分42秒


『さぁ EE JUMP から You don't stop come on』

 憧れだった 素敵な思い出に 『Here we go』

 今 サヨナラ告げて 『Yo Yo』

 臆病だった 自分を励まして 『Here we go』

 さあ 行こう! 『Let's get it on hey』

233 名前:10 投稿日:2001年05月06日(日)21時27分20秒
選ばないといけないのなら、

僕は……、

僕は──、
234 名前:シ=オン 投稿日:2001年05月06日(日)21時31分47秒
今回は、ここまで。
なんとなく、ゴールが見えてきた感じです。
235 名前:sage 投稿日:2001年05月07日(月)00時03分30秒
うーん……
ゴールを見たくないと思うわたし……
きっとこの世界に深く踏み込みすぎたんでしょうね。
236 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月07日(月)01時13分07秒
この独特の雰囲気がたまらなく好き。
俺も踏み込みすぎたみたい(w
王子とどうなんのか楽しみっす
237 名前:11 投稿日:2001年05月09日(水)01時16分07秒
新曲『おっとっと夏だぜ!』のレッスンは、ある意味、とても過酷だった。
……その、曲調があんな感じなんで、すごくリズムが取りにくいのだ。ソニンも、
オペラめいた発声部分に四苦八苦していた。

僕は、鏡の前で、さっきまでの振り付けをさらっていた。
我ながら、まったくちぐはぐで曲にノレていない。今にも背中に夏先生の罵声が飛ぶかと
思ったんだけど、
(……?)
いつもなら、一番テンションが高いハズの夏先生は、心ここにあらず、といった風情で、
遠くを見つめていた。

(どうしたんだろう)
姿勢を止めたまま、僕が夏先生をじっ、と見つめていたことに気づいたのだろう、
ようやくいつもの顔に戻って、
「こらあ、ユウキっ! ぼけっとすんなッ」
大声を張り上げた。
僕は、慌てて自分の練習に戻った。
238 名前:11 投稿日:2001年05月09日(水)01時17分29秒
その後も、夏先生の様子は、おかしいままだった。
休憩時間に、僕は、そそくさとリハーサル室を出ていった夏先生を追いかけた。

「夏先生、どうしたんですか? 今日はヘンですよ」
一瞬、気弱そうに眉を歪め、またきりっ、と表情を改めた。
「ユウキ、あんたは人の心配する余裕ないだろ?」
睨み付けられたけど、僕は珍しく、怯むことなく口ごたえした。
「夏先生がそんな調子じゃあ、練習に専念出来ません」
なんだか、今日は、みんな調子が悪くて、予定時間どおりにはレッスンは終わらなそう
だった。
実は、仕事の後、セレブレイドに行くつもりだったんだ。それもあって、僕はイライラ
していたのかも知れない。

夏先生は、らしくもなく、しゅん、としてしまった。
「……ごめん。なんかさあ、このあと、ヘンな仕事が入っちゃってて」
「ヘンな仕事、ですか?」
「ん。山崎会長から、直接、名指しでだよ? どこでやるかも教えてくれない。なにを
するのかも分からない。ただ、当日迎えが来るから、その人間の云うことに従えばいい、
だって。ヘンでしょう?」
確かにヘンだ。
っていうか、明らかに、まっとうじゃない仕事だよね。

ふと、自分の持っているコネを使って、なんとかしてあげられないか、って考えが脳裏を
よぎったけど、なに思い上がってるんだ、と自分を戒めた。
僕なんかになにが出来る?
ヘタに首を突っ込んだら、大火傷するのがオチだ。
239 名前:11 投稿日:2001年05月09日(水)01時18分35秒
「廊下の立ち話には、ふさわしくない話題だね、こりゃ」
ひゃひゃひゃと、笑い声が続く。
僕たちの会話をいつから聞いていたのか、和田さんが腕を組んで、壁に持たれて立っていた。
夏先生は、肩をすくめて、歩いて行ってしまった。

和田さんは表情を改めて、
「誰が聞き耳たててるか、分かったもんじゃない。そういう話は、人のいるところで
はするな」
きつく、和田さんに云われた。
「はい。気をつけます」

和田さんは、いちマネージャーなんだけど、森高さんやシャ乱Qを育てただけあって
(勿論モーニング娘。も)その地位には不釣り合いなほど、裏事情に通じている。
「……芸能界って、いろいろあるんですね」
しみじみと云った。

「ユウキ。お前は、なにも聞いてないのか?」
意外そうに、和田さんは云った。
240 名前:11 投稿日:2001年05月09日(水)01時20分13秒
           ◇
241 名前:11 投稿日:2001年05月09日(水)01時21分09秒
今日は、セレブレイドのお店自体は休みだ。
ただ、メンバーは、全員集まっている。今日から特訓なのだ。
ピンクハウス祭りとは、云ってしまえば、娘。のコンサートを模したショーなんだけど、
普通のクラヴのイベントとはまったく様相を異にしていた。
どこまでも本格的に、それは行われる。

この前は、衣装合わせだけだった。
……っていうか、もう採寸は終わったから、今後、体型の変化は許されない。
そして、今日は、いよいよ本格的なレッスンのスタートの日だったのだ。
昼も夜も、なんだかレッスン漬けだ。

結局、夏先生は僕たちに宿題を出して、先にあがってしまった。
僕とソニンで、居残り練習を課せられ、セレブレイドに辿り着いたのは、指定された
時刻から、2時間以上過ぎた後だった。
242 名前:11 投稿日:2001年05月09日(水)01時22分41秒
昼のレッスンで身体のふしぶしが痛んだけど、急いでジャージに着替えて、レッスン室
に飛び込んだ。
セレブレイドが有しているレッスン室は、僕がさっきまでいたスタジオのリハーサル室
よりも、設備は整っている。
一度、ここを経験してしまうと、もうどのテレビ局のスタジオに行っても、貧相に思えて
しまうくらいなのだ。

「すみません、遅くなりました」
どうも、休憩中らしく、みな汗びっしょりで床にへたり込んで、ミネラルウォーターを
飲んだりしている。

へろへろになっている保田さんがすすすっ、と近寄って来た。
(王子の機嫌が悪いのよ。ごっちん、あやして来てよ)
ええーっ、と、僕は声をあげそうになった。
王子への機嫌の取り方なんて分からない。
尻込みする僕を、ほらほら、と、保田さんは王子に向けて押し出した。
王子は、鏡に向かって、じっとしていた。こちらから、表情は分からなかった。
確かに、王子の回りにだけ、妙なプレッシャーがあるらしく、メンバーの誰も近づこうと
はしない。

背後を振り返る。
みな、僕を期待に満ちた目で見ている。
(どうして僕が――)
王子に向き直る。
と、王子がこっちを見ていた。
ばっちり目があうと、王子は歯を見せて笑った。
243 名前:11 投稿日:2001年05月09日(水)01時23分59秒
「よう、後藤。今から参加なんだ?」
王子は、普通だった。むしろ、にこやかなくらいだ。
「あ、うん。今からだよ」

「さっきまでは基礎やってたから、途中参加でも大丈夫だと思うよ。ストレッチやって、
身体温めておきなよ」
笑顔の王子。
「うん。そうするよ」
笑顔の僕。

なんだ。王子は全然機嫌悪くないじゃんか。ビクビクして損したよ。
だけど、僕の背後のメンバーたちが、露骨に安堵のため息をつくのが聞こえてきた。
(王子には、ごっちんさえあてがっておけば上機嫌だから)
って保田さんのつぶやきが聞こえた。

「なあ、後藤」
王子は、保田さんの言葉は聞こえなかったのか、気にしたそぶりさえ見せず、僕と肩を
組むように、腕を巻き付けてきた。
ついさっきまでのレッスンの名残なのか、王子の身体は熱かった。
(夏まゆみさんが来てるぞ)
耳打ちされた。
(ええっ、夏先生が?)
(うん。オーナーが、より完璧にするために、って呼び寄せたらしい)
……それは知らなかった。
っていうか、先に知っておいて良かった。みんなのいるところで鉢合わせなんて、そんな
状況になったら困る。
これは、僕は遅れてきて正解だったかも知れない。
今のうちに、話を通しに行こう。

(夏先生は、今どこにいるの?)
(大楽屋じゃないかな)
(先に、挨拶して来るよ。ありがと、市井ちゃん)
耳元でそう呼んであげる。
耳が赤くなった王子をそこに置いて、僕は大楽屋に向かった。
244 名前:11 投稿日:2001年05月09日(水)01時25分17秒
楽屋の扉をノックする。
中から、誰何の声が聞こえてきた。この声は、ジェフさんだ。
「僕だよ」
扉が開き、身体は大きいけど、気は弱い、ボディーガードの黒人の胸板が視界いっぱい
に飛び込んできた。いつもヒマな時は遊んでもらってるんで、仲良しなんだ。
アメリカに、三人の子どもを残して来てるって云ってた。

「こんにちはー」
夏先生は、すっかり気疲れした様子で、出されたウーロン茶にも手をつけていなかった。
のろのろと顔をあげて、僕の顔を見て、力無く首を振った。
「なんだかねえ。あたしゃ、今日ほど驚いたことは、ここしばらくなかったよ。後藤は
遅刻だ、って聞いたけど、あんたも本物にソックリなんだね」
込み入った話になりそうだ。

「ジェフ、ちょっと出ていってよ」
別段、理由を問うこともなく、オーケェイ、と陽気に云って、ジェフは楽屋を出ていった。
「僕ですよ、夏先生。ヘンな仕事、ってセレブレイドのことだったんですね」
「ユウキっ?」
素っ頓狂な声で、夏先生は叫んだ。
「あ、あんた、どうしてここに? ねえ、ここって何なのよ? どうして、こんなところに、
こんなに、ねえ? あの人たちって何? ユウキ、あんたは一体――」
落ち着いて、落ち着いて、と僕は夏先生の肩を押さえて座らせた。夏先生は、手元のウーロン
茶をぐっ、と一息に飲み干した。
245 名前:11 投稿日:2001年05月09日(水)01時26分55秒
「みんな、基本的には、モーニング娘。のソックリさんです。全員、男の子ですけどね。
で、僕は、真希ちゃんのそっくりさん」
云ってて、自分でおかしくなって、ふふっ、と笑ってしまった。
夏先生は、笑わなかった。

「――うん。それは、さっきまでのレッスンの時に、大体分かった。ううん、分からなかった
のは、こんなのが、東京の真ん中に存在し得た、って事実の方かなあ。あたしもね、芸能界
長いつもりだったけど、こんな場所のウワサなんて聞いたことなかったからさ」
なんだかよってたかって、あたしを騙そうとしてる、みたいな気がしてさ、と、言葉を続けた。
どうやら、落ち着いてきたらしく、深くイスに座り、ふう、とため息をついた。

「ここの子たち、物凄い実力だね。基礎はもう充分叩き込まれてる。最初ね、二日で、十曲の
振り付け、マスターさせてくれ、って云われてそりゃ無理だぜ、とか思ったんだけど、行ける
ね、これは」
すっかり、ダンス指導の先生の顔に戻っていた。
「うん。ここにいるダンスの先生ってみんな、すごく上手なんです」
そういって、週に二回来る、白人のダンス指導の先生の名をあげると、夏先生は目を
丸くした。

「それって、私も知ってる世界的なスペシャリストよ。そんな人に指導受けてる子たちに、
あたしがレッスンつけちゃったら、ヘンなクセになるじゃないの」
その人の名前は、僕は知らなかった。
ふーん、とかへえ、とか思ってると、
「ユウキ。あんたも、二日で覚えるんだよ。あの子たちの動きを見てると、一番のネックは
あんただよ」
ほら、とっとと身体を作っておきな、と、僕は楽屋を追い出された。
246 名前:11 投稿日:2001年05月09日(水)01時28分07秒
           ◇
247 名前:11 投稿日:2001年05月09日(水)01時28分49秒
あとから王子に話を聞くと、休憩前と休憩後では、人が変わったように、夏先生は的確に
指導をくれるようになったそうだ。
「さすがだね」とみんなも誉めていた。
248 名前:11 投稿日:2001年05月09日(水)01時29分29秒
           ◇
249 名前:11 投稿日:2001年05月09日(水)01時30分34秒
ほとんど寝る間もなく、翌日のラジオの収録現場に向かった。
新曲のキャンペーンに向けて、表の仕事の方も忙しくなりつつあった。
危なげなく収録を終え、
(これで、夕方まで仮眠がとれるかなあ)
寝ぼけ眼でスタジオの廊下を歩いていた。

「よお、ユウキ」
ぐっ、と腕をつかまれた。僕は振り返り、眉を不快の形につり上げた。
プロデューサーの坂下だ。
収録の時から、イヤな笑い方をして、こっちを見ていたから、気にはなっていた。
しばらく、教育してやらなかったら、もう自分の立場を忘れてしまったんだろうか?
「ユウキ、だって?」
睨みをきかすと、たじろぐ様子が見てとれた。
身体に染みついた記憶は、そう簡単にはぬぐい去れない。

「おお前ごときがでかい顔してられるのもあと少しだぞ。あのババアが脳溢血で死に
そうだ、って話、まだ知らないだろう? あいつさえおっちんじまったら、店ごと叩き
つぶしてやるからな」
「ええっ?」
僕は、目の前が真っ暗になった。
おばあちゃんが、脳溢血だって?
250 名前:11 投稿日:2001年05月09日(水)01時32分15秒
「いいか、まず、お前は、もう一度、俺の下でよがらせてやる。今度は、お前が、俺に
許しを乞う番だ」
目についた鉄製に靴べらを手に取る。
「お偉いさんたちも、お前には興味津々だそうだ。有り難いことに、あのセレブレイドで
見初めたらしいな。今後、芸能界に残りたいなら、俺の云うとおりに爺さんたちに抱かれ
てりゃあ、てっぺんまで昇らせてやる」
がなり立てる坂下の右の太股を、
「おい、聞いているのか? なんだ、お前、状況が分かってるのか? おい、待て、
ちょっと――」
ほとんど見もしないで殴りつけた。

坂下は、犬のような悲鳴をあげ、その場にへたり込んだ。
靴べらを、威嚇するように、高く掲げる。
坂下の濁った眼球に、冷たく見下ろしている僕が映っている。
絶対零度の王子が、僕にとりついたみたいだ。

軽く、鉄のヘラで、坂下の頬を叩いた。
「僕を、抱きたいんだろ?」
魔力を秘めた王子の声を模して、優しく、云ってやる。
坂下は、ぼんやりと口を開けたまま、かくかく、とうなづいた。
靴べらの先を、坂下のあごの下に滑り込ませる。くい、と、強制的に上を向かせる。

(勃起してるよ、こいつ)

「僕と、ヤリたいんだろう? この、オカマ野郎」
靴べらの先で8の字を書く。逆手に持ち替え、坂下の鼻を、加減して叩いた。ばちん、
と音がした。

ぶぶっ、と、赤黒い鼻血が吹き出た。
251 名前:11 投稿日:2001年05月09日(水)01時32分55秒
「僕にツッこみたいのか?」
手首を鞭のようにしならせて、何回か坂下を打ち据えた。
顔を両手で押さえ、お許し下さい、お許し下さい、と坂下は繰り返した。

ふと、背中に、人の気配を感じた。
振り向くと、厳しい表情の和田さんと目があった。
続いて、泣きだしそうなソニンを見た。
ソニンは、ひっ、と小声で悲鳴をあげて、怯えたウサギのように、僕から視線を背けた。

戻れない。
もう、戻れない。

坂下に、向き直る。
「おばあちゃんは、どこの病院に搬送されたんだ?」
坂下は、四つん這いになって、スーツを鼻血で汚しながら、ぺらぺらと、病院名と住所を
告げた。

「いい子だね」

靴べらを、バックハンドで、振り上げる。
坂下の目が、恐怖と――期待に、満たされる。
252 名前:11 投稿日:2001年05月09日(水)01時34分09秒
僕は、遠慮のない一撃を、

「ご褒美だ」

坂下の二の腕に、叩き込んだ。
253 名前:シ=オン 投稿日:2001年05月09日(水)01時36分02秒
今日は、ここまでです。
いつも、温かいレスを頂けて、とても嬉しく思っています。
254 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月09日(水)02時22分51秒
後藤ちゃんの居場所が出来たと思った矢先の急展開、どうなってしまうんだろう……
(ユウキと書けなくて申し訳ない。書いてしまうと自分の中の何かが変わってしまう気がして)
255 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月10日(木)00時26分00秒
素晴らしきかな地下世界。
ユウキがどんどん違う人になっていく…。そんなユウキに対しソニンがどんな態度を取るのか気になりますです。

引き続きヒソ〜リと期待しています。
256 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月11日(金)00時14分32秒
うん、オモロイ
続き期待
257 名前:12 投稿日:2001年05月22日(火)21時41分37秒
月と太陽。
昼と夜。
僕は、どちら側の人間なんだろう?
僕は、僕の意思でここにいるのだろうか?

……いや、本当は、表も裏もないのかも知れない。

表は裏に。
裏は表に。

メビウスの輪のように。

本当は、どちらも、同じなのかも知れない。

           ◇
258 名前:12 投稿日:2001年05月22日(火)21時42分47秒
タクシーから降りて、僕は自分の目を疑った。
今まで自分の知っているどの病院とも違った。
まるで、ホテルのロビーのようだ。

なぜ、病院っぽく見えないのか、すぐに分かった。
外来の患者さんがいないのだ。
付き添いらしい人や、お見舞いに来ているっぽい人はたくさんいたから、がらん、
としてる印象はないんだけど、みんな、高級そうないでたちで、だから僕はまず、
ホテルを思い浮かべたんだろうと思う。

「どちら様のお見舞いですか?」
戸惑い気味の僕に、少しいぶかしげな表情をした、清潔そうな白の制服のボーイさんが
話しかけてきた。
(そういえば、おばあちゃんって、なんて名前なんだろう?)
困った。
259 名前:12 投稿日:2001年05月22日(火)21時43分39秒
「あの、ええとですね、多分、昨日の晩くらいにここに来たんだと思うんですけど、
おばあちゃん、って呼んでて、ええと、みんなもこっちに来てると思うんですけど」
ボーイさんの表情が変わった。

会話をどうやって聞いていたのか分からないけど、チーフマネージャーらしい人が、
こっちに走ってきた。

「たいへん失礼を――」

「おおい、ごっちん、こっちだよ」
黒いスーツ姿の、若い男の人が、僕を呼んだ。
背が高くて、真っ黒の髪を後ろで束ねている。
まるで、というか、完全にモデルさんだ。
隣りには、顔立ちの整った、可愛い男の子を連れている。

その二人がいる周辺は、この独特な雰囲気の場で、さらに特別な華やかさに包まれて
いた。みな、一歩、彼らに場所を譲っている感じで、ぽん、と二人の姿だけが浮かび
上がっていた。
260 名前:12 投稿日:2001年05月22日(火)21時48分04秒
(わあ)

誰かは、すぐに分かった。
飯田さんと辻さんだ。
こうして男の格好でいると、それはそれで、まったく違うオーラを放ってるのが分かる。

僕は、恐縮しているチーフマネージャーさんとボーイさんに会釈して、その場を離れた。

「みんな来てるよ。さ、こっちだよ」

飯田さんに連れられて、僕は病室へ向かった。

           ◇
261 名前:12 投稿日:2001年05月22日(火)21時49分15秒
おばあちゃんの病室に隣接する形で、セミスイートルームクラスの別室があった。
広々とした吹き抜けの二階建て構造で、螺旋階段を上がると、寝室もあるみたいだ。
ここで、お見舞いのお客さんを出迎えたり、夜通し待機したりするのだろう。

スーツ姿のメンバーたちが、思い思いにいながれていた。沈痛な表情の彼らのいる
風景は、でも、まるで映画のワンシーンを切り取ったかのようだった。
僕は、部屋の真ん中を突っ切り、迷うことなく王子の隣りに座った。王子がのろのろと
顔をあげた。すっかり憔悴しきった表情で、力無く笑った。

「今、面会謝絶だそうだ」
王子の、弱々しい声。
僕は、王子の頭を抱え込むように抱きしめた。
王子の身体は、とても小さく感じた。
262 名前:12 投稿日:2001年05月22日(火)21時50分32秒
「ここぞとばかりにね、いろんな勢力がセレブレイドに食いついてきてるよ」

ミニバーのカウンター――こんなものまで揃ってるんだ――で、11人分の飲み物を
作りながら、保田さんがぼそっ、と囁いた。

「これまでは、共存共栄だったのにね」

保田さんのあげたいくつかの名前は、ごくごく普通にTVCMとかで聞くメジャーな
音楽事務所ばかりで、それどころか、僕の――いや、芸能界は、そういうものなのかも
知れない。

こっちが、裏側だとばかり思っていたけど、きっと実際は、表も裏も、とても近しい
関係なのだ。僕みたいな底辺の人間が知らないだけで。

「セレブレイドは、情報と人脈の宝庫だからね。どんな手を使ってでも、みんな欲しい
んだろうね」
「じゃあ、どうなるんですか? どこかに、経営を乗っ取られてしまうんですか?」
「オーナーが、そんなことは許さないよ。もし、そうなってしまうくらいなら、
きっと、セレブレイド自体を、潰してしまうだろうね」
「……」
「どうやらね、こっちの情勢を吹聴して、敵対勢力としてまとめ上げようとしてる、
中心的な事務所があるみたいなの。あ、ごっちん――ユウキくんの親会社じゃないよ」
263 名前:12 投稿日:2001年05月22日(火)21時51分17秒
保田さんは、ふふっ、と笑った。
「うーん、やっぱり、気づいてました?」
「まあねえ。テレビくらいは見てるしね。で、あっちの方は、本物のモーニング娘。
の囲い込みに熱心だから、こっちまでは気が回らないみたい。あ、でも、当然、黙
って見てる、って訳じゃあないの」
黒幕の正体さえ分かればねえ、対処のしようもあるんだけどさあ、と、ため息混じり
に保田さんは云った。

(僕がここに出入りするのを和田さんが……事務所が黙認していたのも、思惑があった
のかも知れない)
(僕にも、僕なりの人脈がある。いや、むしろ、僕にしか、辿りつけえない――)

『お偉いさんたちも、お前には興味津々だそうだ』

僕は、坂下の言葉を思いだしていた。
お偉いさん、か。
それこそ、男娼としてなら、いきなりトップの寝室にも潜り込めるだろう。
ただ、そこへ続くラインの途中で、どれだけの数の下っ端たちに、身体を差し出す
ことになるんだろうな。
264 名前:12 投稿日:2001年05月22日(火)21時51分57秒
(まずは、坂下、か)

あいつは、未だに、僕の身体に執心のようだ。
コトは簡単に運ぶだろう。

でも、すべての決着がついたとき、きっと、僕は、僕ではなくなってしまっている。
汚れ、荒み、あのきらびやかな世界には、不釣り合いな存在になっているだろう。

セレブレイドがこれまでどおり、続いていったとしても、そこにはもう、僕の居場所は
ないのだ。
(王子……)
なにも考えず、ただ流されていけばいい――そうやって、僕は芸能界を渡ってきた。
EEJUMPが売れてもいいし、無くなってもいい。すべては、他人事だ。
でも、僕は、初めて、無くしたくないものを見つけたんだ。

僕が、僕の意思で、

「ごっちん、なに考えてるの? よくない目だよそれ」

保田さんが、心配そうに、僕の顔を覗き込んでいた。
なんでもない、と僕は保田さんに告げ、トレイを手に、飲み物をみんなに配ろうと、
その場を離れた。

           ◇
265 名前:12 投稿日:2001年05月22日(火)21時52分36秒
部屋を出、携帯で、坂下に連絡をとった。
半信半疑だった坂下は、僕の話を聞いて、それはもう物凄い喜びようだった。
『とりあえず、お前のその言葉が本当かどうか、証明してもらわないとな』
ねちっこい坂下の声。
「分かってる。どうすればいい?」
『明日、例のホテルに部屋をとっておくよ。夜の十時に、フロントに行けば、部屋の
番号を伝えるよう、伝言を頼んでおく。俺が、じきじきに、お前の覚悟を試してやる
からな』
欲望がストレートで分かり易いな、と思った。

突然、笑い出したくなった。通話を切ってから、トイレに駆け込んで大笑いした。
きっと今、僕は、物凄く醜い表情をしているんだろうな。

           ◇
266 名前:12 投稿日:2001年05月22日(火)21時53分17秒
「王子、疲れたろ? 少し休んだら?」
王子に話しかける。
病院には、メンバーのみんなで交代で詰めていよう、と話し合いで決めた。急なこと
があったら、お互いに連絡をとりあう、ということで。
今日は、王子が当番だった。

(ねえ、王子)
僕は小声で、王子の耳元で、
(今夜、ここに泊まっていっていいかな?)
小声で云う。

この部屋には、余分に宿泊の設備も用意されてあるのだから、泊まりたければ勝手に
泊まればいいのだ。
わざわざ了解をとる、ってのは、別の意味があるってことで、

王子はすぐ、それに気づいたようだった。

「後藤――?」

王子の、いぶかしげな表情。
267 名前:12 投稿日:2001年05月22日(火)21時54分07秒
王子は、どんな顔をしていても、とても綺麗だね。
怒った顔も、笑った顔も、みんなみんな大好きだよ。
大好きだったよ。

あ、ダメだ。
泣きそうだ。

僕は、王子に心の中を察せられないよう、じゃあまた後で、と囁いて、頬に軽くキス
して、王子に背を向けた。
王子は照れていたのか、僕の微妙な表情には気づかなかったみたいだ。

ドアを背中で押すように閉め、寄りかかりため息をつく。

王子。
明日、僕は、僕じゃなくなります。
でも、せめて、今夜だけ。

僕の中に、王子と過ごした日々を、
一生、忘れられないように。
一生、その想い出だけで生きていけるように。

だから、

せめて、今夜、だけ。
268 名前:シ=オン 投稿日:2001年05月22日(火)22時02分31秒
今回は、ここまでです。
次回の更新は、比較的早めになりそうです。
269 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月22日(火)22時18分32秒
ううっ、泣いてしまいそう……
270 名前:シ=オン 投稿日:2001年05月23日(水)20時44分14秒
今夜分、始まり〜
271 名前:13 投稿日:2001年05月23日(水)20時45分13秒
夜。

「おばあちゃんの様子はどう?」

僕は、昼間の仕事を終えて、病院に戻ってきた。
部屋には、王子が1人きりでいた。
実は、さっき、安倍さんとすれ違ったんだよね。
王子が、夜になってもうだうだ残っていたメンバーたちを、なんだかんだ云って追い
出してしまったみたいなんだ。

(ごっちんも、お見舞いに行ってもすぐ追い払われちゃうよ)

そう安倍さんに忠告されてしまった。

王子は、僕を見ないで、うつむいたまま、
「絶対安静だそうだ」
と、答えた。

ふーん、って生返事して、王子のあごに手をあてる。王子の唇を、僕の唇に導く。
まだ、数えるほどしか交わしていない、不慣れなキス。
王子は、肉体的なスキンシップには慣れていないみたいで、自然と僕がリードする
形になる。わずかに、王子の腕が緊張で固くなっているのが分かる。
272 名前:13 投稿日:2001年05月23日(水)20時45分53秒
「なにか飲む?」

僕は、上着を脱ぎながら、ミニバーを開ける。
ウーロン茶のペットボトルの栓を開け、一口飲む。そして、王子に手渡す。

王子は、ペットボトルを神妙な目つきで見つめながら、

「……俺さ、実は、こういうのって、どうしたらいいのか分からないんだ」

うーん、まあねえ。
ゲイバーだ、って前に矢口さんがセレブレイドを指して云ってたけど、だからって
それが直接、お客をとらされる、って意味でもないしね。

王子はストレートだ、って分かってたよ。
273 名前:13 投稿日:2001年05月23日(水)20時47分07秒
「……これから、シャワー浴びてくるけど、良かったら、王子も一緒にどう?」
王子は、顔を赤くして、もうさっき浴びたよ、と返事した。

そっか。
シャワー浴びて、待っててくれたんだ。

僕がじっと王子を見ていると、なんだよ、と、不機嫌そうに云って、居心地悪そうに
もじもじした。

別に、と返事して、僕はシャワー室に向かった。
274 名前:13 投稿日:2001年05月23日(水)20時47分59秒
           ◇
275 名前:13 投稿日:2001年05月23日(水)20時48分40秒
(だからって、僕が、経験豊富なのか、っていうと、そういう訳でもないんだよなあ)

シャワーを浴びながら、なんだか、緊張してきた。
この、僕と王子が『する』って合意は、いつの間になされたんだろう?

なにか、
なにかが、足りないような気もするんだけど、それが一体なんなのかは分からない。

身体を拭きながら部屋に戻ると、王子は、ケーブルテレビの、バスケの試合の中継を
見ていた。
ソファに背中をつけず、背筋を伸ばして座っていた。

王子がバスケに興味がある、なんて話は聞いたこともなかったけど、じっと画面を
凝視していて、こちらを一瞬足りとも見なかった。
「王子。あがったよ」
「ああ」

沈黙。
276 名前:13 投稿日:2001年05月23日(水)20時49分22秒
だんだん、まどろっこしくなってきた。
「じゃあ、今からしようか」
ひゃくっ、と、王子がしゃっくりのような声をあげた。

王子の隣りに座る。ソファのクッションが、深く沈む。
「僕の目を見て」
ちらっ、って感じで、王子が僕を見る。
そのまま、じっと見つめ合う。

ホントはね、これだけでも、充分幸せなんだけどね。
こうやって、王子と2人っきりの夜を過ごしているだけで、僕は満たされていく。
ああ、と思う。
僕は、どうして、こんなにも王子のことが好きになってしまったんだろう。

市井さんソックリの、王子の顔をまじまじと見つめる。
なんだか、妙な気持ちだ。
277 名前:13 投稿日:2001年05月23日(水)20時50分01秒
真希ちゃんに罪悪感を覚えてしまうのは、自分だけがこんなにも幸せであることに
対する負い目からだろうか?

「王子……」
僕は、王子に抱きついて、囁く。

「王子……。一番大切なことを、言い忘れてたよ。僕は、王子のことが、大好きだよ」
「……俺も、だ」

僕の背に、王子の――王子の腕が回される。
僕の身体の中に、暖かいなにかが生まれる。
それは、ゆっくりと僕の全身を包み込む。
一生、消えることはないだろう、柔らかなぬくもりの想い出。

僕は、王子を、ソファに倒して、
もう一度、唇を重ねた。
278 名前:シ=オン 投稿日:2001年05月23日(水)20時50分50秒
※次回、やおい警報発令!
※耐性の無い人は吐きます(多分)。
※どうか、ご注意下さい。
279 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月23日(水)21時49分03秒
うーん、どうしよう(w
280 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月24日(木)02時19分18秒
警報鳴るのを心待ちにしてました(w
準備は、出来てる・・(ポッ



281 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月24日(木)02時19分52秒

経験はないけど耐性はあるから問題無しっ(w
282 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月24日(木)02時26分45秒
未知との遭遇やなぁ…
283 名前:シ=オン 投稿日:2001年05月24日(木)21時55分12秒
あ、でも、ネイティヴなやおい読みの方には、物足りないと思います。
284 名前:14 投稿日:2001年05月24日(木)21時57分41秒
王子の、シルクのシャツのボタンを一つ一つ外していく。
真っ白な肌が、露わになっていく。
僕は、結構浅黒いほうだから、余計に、2人並ぶと、王子の方がまるで女の子みたい
に見える。

細身の、王子の身体に指を這わせる。
やせているように見えてるけど、直接王子の肌を触ると、しなやかそうな筋肉を感じる
ことが出来る。

「なあ、後藤……」
王子の唇からこぼれる、切なげな声。
「どっちが、どっちの役なんだ?」

 ――?
285 名前:14 投稿日:2001年05月24日(木)21時58分37秒
「え? なに?」

「その、さ。俺が、する役なのか、それとも……。い、痛いのは、我慢できると
思うんたけど」

僕は、眉をしかめて、王子の言葉の意味を、5秒間、じっくり考えた。
そして、

想像してみる。
僕が、王子の上にのしかかって、
女の子を相手にするみたいに、

こう、腰を……

(想像できねー!)

そ、そりゃさ、僕にだって女性経験がない、って訳じゃないけどさ――でも、でも
この想像図はあんまりだ。
僕は、王子の肩口に顔をうずめて、大笑いした。
286 名前:14 投稿日:2001年05月24日(木)21時59分24秒
「なにがおかしいんだよ」

真っ赤な顔のまま、不満そうな王子。

「僕はね、こうやって、2人で夜を過ごすだけでもいいんだけど、王子はどうなの?
 イキたい? 僕の中で、イッてみたい?」

「俺は――」

「俺は、……後藤のことを、もっと知りたい。ひとつになれるのなら、そうなりたい。
俺の知らない後藤を知ってるヤツらがいる、ってだけで、俺は、嫉妬に狂いそうになる」

うん……うん、そうだね。
王子は、僕の、裏の仕事のことを云ってるんだ。
そして、そういうことみんなひっくるめて、僕を、受け入れてくれたんだね。
嬉しいな。
嬉しいよ。
287 名前:14 投稿日:2001年05月24日(木)22時00分23秒
「へえ……王子も、オトコ、なんだね」
王子の下半身に、手を伸ばす。
ちゃんと、男の子のシルシが、そういう状態になっている。
指を絡めると、王子は、なんだかとても情けなさそうな顔になった。

ふふふん。
可愛いね。

僕は、これが、とても嫌いだった。僕を切り裂き、心を殺す凶器に他ならなかった。

それが、こんなにも愛おしい。

「ちょ、ちょっと待って、後――」

王子は、ぐっ、と歯を食いしばった。
僕は、唇と舌で、王子を愛した。
288 名前:14 投稿日:2001年05月24日(木)22時01分26秒
「後藤……いいよ、そんなこと……後藤、ダメ、だ。ダメだったら……」

なんだか、立場が逆だ。
僕が、王子を襲っているみたいだ。
いや、実際、そうなのかな。


息が苦しくなってきて、これ以上続けられなくなった。
顔をあげ、一息ついた。
王子は、ぐったりと脱力して、浅く、呼吸していた。

僕は、王子をまたいだ。
僕の中心に、王子をあてがう。
「後藤……もう……」
王子の言葉を無視して、ゆっくりと、体重をかけた。

(……ん)

その、王子のは、ええと、僕がこれまで経験してきたサイズに比べると、アレがナニ
なんで、それほど苦しくないかな、とか思ってたんだけど、やっぱり、ツライことには
違いはなかった。
289 名前:14 投稿日:2001年05月24日(木)22時02分46秒
そもそも、この器官は、そういうものを受け入れるようには出来てはいないのだし。
そう。そうなんだ。
元々、男は、男を受け入れるようには出来ていないんだ。

なのに、なぜなんだろうね。
どうして、僕たちは、こんなことをしているんだろうね。

昔、王子はこんなことを云ってたよね。
ペドフィリアを嫌いなのは、その嗜好を云ってるんじゃなくて、幼ければなんでもいい、
っていう、単なる性的な欲望を果たすためだけの、道具として相手を扱ってるからだ、
って。

みんな、誰かに見つけて欲しい。誰かに、世界で一番大切に思われたい。セックスは、
オンリーワンを確認し合う行為に他ならないって。
なのに、カテゴライズされた相手なら誰でもいい、って、お金や嘘や暴力を使って、
相手の存在自体を犯すような相手こそを、憎む、って。
290 名前:14 投稿日:2001年05月24日(木)22時05分33秒
あの時、王子はもう知ってたんだね。
僕が、望まないセックスを強要されて、でも僕自身、拒否もしないで流されていたことを。

ねえ、王子。
僕はね、別に、男好きな訳じゃないんだ。
王子もそうだよね?

『相手が女だから』抱きたくなる、好きになる、っていうのも、ある意味、さっきの
ペドフィリアと同じことなのかも知れないよ。

王子が女の子だったら――それとも、僕が女の子だったら、僕たちはもっと簡単に恋に
落ちていたのかも知れないね。
本当のお互いの姿も知らずに。

同性同士が惹かれ合う、なんて指令は、僕たちの遺伝子の中になくて、でも、僕は
こんなにも王子のことが好きで。

だから、僕たちの出会いは、奇跡のように感じるのかも知れない。
王子の存在自体が僕には必要で、同じように、僕のことを必要だと王子に思ってもらいたい。
291 名前:14 投稿日:2001年05月24日(木)22時06分09秒
王子をすっかり受け入れて、王子の体温を僕の中に感じながら、しばらくじっとしていた。

「王子……。いいよ、もう動いても」

王子は、両腕で顔をおおっていた。白い肌が、ピンク色に上気していた。

「王子の顔、見せてよ」
手首をつかんで、開く。
「後藤……苦しいのか? 泣きそうだ」
「王子こそ」

始まりがあれば、終わりも必ずやってくる。
僕たちは、始まってしまって、
だから、こんなにも悲しいんだろうね。
恋人たちのような、甘い蜜月は、僕たちには望みようもない。
だって、今日が、最後の夜なんだから。
292 名前:14 投稿日:2001年05月24日(木)22時07分00秒
こんなにも、退廃的で、
それでいて、神聖で、
痛みと幸福感に、僕の頭は真っ白になった。

「後藤……もう……」
「うん……いいよ……」

王子の身体と僕の身体がシンクロする。

僕は、僕の中に王子の熱を感じた。
そして、同時に、果てた。

僕の劣情は、王子の白い肌を汚した。

王子は目を閉じたまま、唇だけで、
(キスしたい)
と云った。

僕は、王子と、舌をからめた。
293 名前:シ=オン 投稿日:2001年05月24日(木)22時07分39秒
おそまつさまでございました。
294 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月24日(木)22時53分09秒
ちょっと、引いた。(w
なんか、ある意味安心した。
295 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月24日(木)23時17分51秒

思ったよりも全然OK〜。
296 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月24日(木)23時47分50秒
全然ヤらしさの欠片もないから無問題だよ
むしろ感動的ですらあった
作者さんの筆力だね
297 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月25日(金)04時48分13秒
確かにすげぇ事してるはずなのにあまりきつく感じないのは作者の腕だな
今後のストーリーに期待
298 名前:15 投稿日:2001年05月25日(金)21時38分02秒
2人で、シャワーを浴びた。
髪の洗いっこをしたり、お湯をかけて遊んだりした。

寝室の、ダブルベッドに寝ころんでじゃれあった。

「王子、って、僕より二歳年上なだけだったんだね」
「そんなに年寄りな訳ないだろ。普通に悩んだり、迷ったりする十六才だよ……なんだよ、
なにか、おかしいか?」

「なんか、すっごく落ち着いて見えるからさ」

素顔の王子は、ごくごく普通の男の子で、
今は、僕の、恋人なのだ。

良かった。
王子に出会えて、本当に良かった。
僕は、なんて幸せなんだろう。
299 名前:15 投稿日:2001年05月25日(金)21時38分55秒
「……どうしたの、後藤? なんだか、とても悲しそうに見えるよ」
「ん……王子と知り合うことが出来て、本当に幸せだった、って思ってたんだ」
王子は、子犬のように笑った。
「これからも、ずっと一緒だよ」

そんなこと、云わないで。
これからのことなんて、考えさせないで。
お願いだから。
お願いだから。

「……どうした? 大丈夫か? 俺と、その、こういうことになったの、後悔してる?」

途端に、捨てられた子どもみたいな、不安そうな表情に変わる。

「そんなことはないよ。どうしたのさ」

王子に笑いかけた。
このまま、僕は、消えよう。

幸せな記憶だけを抱いて、
王子たちの前から、なにひとつ残さず。
300 名前:15 投稿日:2001年05月25日(金)21時39分35秒
突然、2人だけの時間の間に『I wish』の着メロが割り込んできた。
ああ、電源を切っておくのを忘れてたんだ。
番号を見ると、坂下からだった。
もう少し、夢見心地を味わっていたかったんだけど、僕は、一気に現実に引き戻された。

うん。分かってるよ。
僕は、いつまでも、ここにはいられないって。

「ちょっと待ってて――」
王子は、物凄いスピードで、僕から携帯を奪いとった。
「え、待ってよ、王子、電話返してよ」

着信音は、鳴り続けている。
王子に睨まれて――さっきまでの王子じゃなくて、冷たい、いつもの王子の視線に射すくめ
られて、僕は身動きが出来なくなった。
301 名前:15 投稿日:2001年05月25日(金)21時40分16秒
ちら、と、携帯に視線を落とし、

「俺に、なにを隠している?」

冷たい声で云う。
僕が言い淀んでいると、王子は、携帯の通話ボタンを押し、話し始めてしまった。

「ああ、どうも。坂下さんですか。ええ、僕です。後藤からは、すべて、話は承って
いますよ。なんだったら、僕も協力していいくらいですから」

こういうときの王子は悪魔のように狡猾だ。
カマをかけたり、誉めたりすかしたりするうちに、わずかな会話の中から、真実を聞き
出してしまう。

王子は、世間話でもするかのように、坂下と言葉を交わしていた。
王子は怪しんでいる。僕の携帯に、坂下から電話がかかってくるなんて、なにかある、
と疑われている。

(──王子の前では、誰も、なにも隠し事なんて出来ない)
時には、相手を威圧し、時には、相手を有頂天にし、
王子は、他人の感情を、意のままに操ることが出来る。
302 名前:15 投稿日:2001年05月25日(金)21時41分02秒
膝が、震えてきた。
今、坂下は、王子に何を云ってる?
僕との、明日の約束を喋っている?

坂下の話を聞いている王子の表情が、みるみる険しくなっていく。

「ええ、前回の件では、後藤からきつく云われましたからね。――分かってますよ、
僕自身が、っていう意味ですよ」

口調だけは、穏やか――というよりは、あの、無条件に人を魅了させてしまう、冷たくて、
それでいてどこか魅惑的な……

「はい、はい。分かりました。後藤には、そう伝えておきます。ええ、それは貴方次第
ですから」
303 名前:15 投稿日:2001年05月25日(金)21時41分35秒
王子は、僕の携帯の通話を切った。
ボタンを押す指が、震えていた。

「……これは、どういうことだ?」

王子は、とてつもなく怒っていた。

――すべては、知られてしまった?

炎のような怒気にあぶられて、僕はくらくらと眩暈がした。
304 名前:シ=オン 投稿日:2001年05月25日(金)21時42分19秒
今日は、ここまでです。
また明日、更新します。
305 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月25日(金)21時53分15秒
知られてしまってよかった……
何とかしてください王子……
306 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月26日(土)00時24分52秒
王子最高・・・・
王子頑張れ・・・・
307 名前:16 投稿日:2001年05月26日(土)21時45分22秒
「いや、違うよ王子。僕はただ、あの坂下が、セレブレイドを追い落とそうとしてる
黒幕のことを知らないかなあ、って、それで接触を図ろうと」
大慌てで、いいわけをする僕を手で制して、

「じゃあ、どうしていきなり、ホテルで2人で会うんだ?」

坂下のヤツ……余計なことまでペラペラと。

「――それは」

「また、アレをやるつもりなのか?」

ぎりぎりと歯ぎしりしながら、王子は云った。

(……でも、これでいいのかも知れない)
(なにも云わずにフェードアウトするつもりだったのだけれど)
(いっそのこと、みんなぶちまけて、嫌われた方が、僕のためにも――王子のため
にも――)

「僕だって、セレブレイドの役に立ちたいんだ」

急に、目の前でフラッシュが光った。
いや、そう思っただけなんだけど。
上下の感覚が無くなって、僕は、絨毯の上に倒れた。
308 名前:16 投稿日:2001年05月26日(土)21時47分24秒
頬を叩かれたのだ、と理解出来たのは、ジンジンと痺れる頬と、開いた手をノドに当てて、
今にも泣きだしそうな王子を見てからだ。

「俺たちは、後藤にそんなことをしてもらってまで、セレブレイドを続けていくつもりは
ない」

王子は、僕の胸ぐらをつかんだ。
息が触れ合うくらい、顔を寄せ、

「これは、俺たちの問題なんだ。後藤がそんなことをする必要はない。いいか? 
分かったか?」

僕も、負けずに王子を睨み返した。

「いやだ。僕だって、セレブレイドの一員なんだ。いつまでもお客さんじゃない。これは、
僕自身の問題なんだ」

今度は、こぶしで殴られた。
頭がくらくらした。
309 名前:16 投稿日:2001年05月26日(土)21時48分08秒
「お前は――お前は、EEJUMPのユウキだ。いつまでも、セレブレイドの後藤真希
じゃない。いい機会だ。もう、ここには来なくていい。お前は、表の世界に帰れ!」

その言葉は、直接殴られた時よりも効いた。
でも、ここでくじける訳にはいかなかった。

「なら、好きにするさ。僕は僕のやり方で――」

王子のつま先が、僕の腹にめり込んだ。
息を吸うことも吐くことも出来なくなった。

僕は、闇雲に、王子に突進した。
いくら俊敏に動けるとは云っても、基本的に王子の身体は華奢なんだ。
そのまま、タックルの体勢で、王子にぶつかった。

バランスを崩していた王子は、派手に吹っ飛んだ。
そのまま、王子に馬乗りになる。両手を押さえつけ、ぜいぜいと、荒く呼吸する。
310 名前:16 投稿日:2001年05月26日(土)21時49分00秒
王子は、下から僕を見上げ、

「いいか、お前に絶対、そんなことはさせない。お前にさせるくらいなら、俺が──」

心臓が、きゅうっ、と締め付けられるような感じ。
ああ、王子。
やっぱり、僕は、王子のことが大好きなんだなあ。

(僕たちは、いつの間にかフェードアウトしていた、なんて終わり方は出来ないんだ)

王子を見下ろしながら、思う。

(僕たちが終わるためには、憎しみ合ったり、軽蔑したり、って関係に転化させないと
いけないんだ)

覚悟を決める。
大きく、息を吸う。
そろそろと息を吐き出しながら、薄く笑って見せた。

「もう遅いんだよ、王子」
311 名前:16 投稿日:2001年05月26日(土)21時50分08秒
僕の言葉に、王子が大人しくなる。
一瞬で、その言葉の意味を悟ったのか、おかしな顔になった。
ああ、この表情には、見覚えがある。

真希ちゃんが――市井さんの脱退を初めて知った夜、感情のすべてがぶつかり合って、
かえって惚けたようになってしまっていた――あの表情だ。

あの時、真希ちゃんの顔を見て、ぱあっ、と浮かんだイメージがあったんだ。

夜桜の下で、狂った女の人が、死んでしまった赤ちゃんを腕に抱いて踊っている風景。

昔見た映画なのか物語なのかは分からないけど、そんな感じ。
信じられないし、信じたくないし、泣きたいし、泣けないし。

今の王子を見た時も、その風景を思いだしていた。

痛い。
痛いよ、王子。
312 名前:16 投稿日:2001年05月26日(土)21時51分22秒
「遅いんだよ」
もう一度、僕は言葉を繰り返した。

「昨日の夜から、もう『仕事』は、始めてるんだよね」

僕は、嘘をついた。
王子に、嘘をついた。

王子の目に、さっきまでの激情の光がなくなる。
変わりに浮かんできたのは……

「どけ」

王子の言葉には、魔力がある。
僕は、その言葉だけで、王子から飛び退いてしまった。
けだるそうに起きあがり、憮然とした表情で、服の乱れをなおした。

首を傾げるように、斜めに僕を見る。
「……じゃあ、なにか? 俺は、誰かの後に、お前を抱いた、ってことか?」

淡々とした王子の言葉の裏に、灼熱の怒りを感じた。
313 名前:16 投稿日:2001年05月26日(土)21時51分58秒
「そういうことになるね」
わざと、おどけて云う。

王子は、拳を、硬く握った。

殴られる、と思い、僕は、身をすくめた。
王子は、裏切られた、と思ったに違いないから。

王子は、一度、深く深呼吸した。
ゆるゆると息を吐き続け、次第に、王子の顔から、表情が無くなっていった。
王子の呼気に、僕たちの日々が溶けて流れ出ていってしまうかのような錯覚を覚えた。

王子は、無言で、扉へと向かった。

振り向きざまに、僕に放たれたいちべつは、

嫌悪と軽蔑に満ちた、
下劣な客たちに向けられるものと、同等の視線だった。
314 名前:16 投稿日:2001年05月26日(土)21時52分40秒
この瞬間、僕たちの関係は終わりを告げた。
柔らかで、暖かな世界の終焉。

世界の終わり――

「汚らしいオカマ野郎……二度と、俺の前に、姿を見せるな」

僕の中の、大切な何かが、死んだ。

(これでいい)
(これでいいんだ)

王子が出ていった後の扉を、僕はじっと見つめていた。

(これで良かったんだ)
(これで、良かったんだ……)
315 名前:16 投稿日:2001年05月26日(土)21時53分28秒
           ◇
316 名前:16 投稿日:2001年05月26日(土)21時54分04秒
僕は、1人、シャワーを浴びた。
身体に残る、王子のしるしを洗い流した。

これからの僕の戦いには、邪魔になるだけだ。
恋の記憶は、僕の心を弱くする。

左の胸の下に、小さなあざを見つけた。
乱闘の時についた打ち身じゃなくて、王子が僕につけたキスマークだった。

(いつの間に……)

人差し指で触ると、甘い痛みが走った。

その場にしゃがみ込んで、僕はすすり泣いた。
317 名前:シ=オン 投稿日:2001年05月26日(土)21時55分44秒
今回は、ここまでです。
318 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月26日(土)22時00分48秒
ううっ、痛い……(号泣
319 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月27日(日)00時08分14秒
やっぱ痛くなるか・・・
でもこの小説は最後まで見届けたいな
320 名前:シ=オン 投稿日:2001年05月27日(日)23時07分00秒
#今回は王子視点です。
321 名前:王子 投稿日:2001年05月27日(日)23時08分08秒
俺は弱い。
好きな人間1人守れない。
悔しい。苦しい。
どうしたらいい?
あいつは、汚らしい男たちに、身体を許す。今日も、明日も、明後日も。
俺たちの為に。
俺たちの為に、だ。
畜生。畜生。

なにもかも、壊れてしまえばいい。
もう俺には、なにもない。
なにもいらない。
322 名前:王子 投稿日:2001年05月27日(日)23時08分50秒
午前零時を過ぎても、人通りの絶えることのない歌舞伎町を、足早に歩く。

(おい……だよ)
(マジ……って)

夜中だってのにサングラスをかけて、帽子を目深にかぶっている。それでも、めざとい
ヤツは、俺に気付く。

「なあ、もしかしてさあ」

背後から声をかけられる。三人組の男だ。

「お前さあ、もしかして、元モーニング娘。の市井?」
「違う」

即答する俺の声が男であることに気付き、そいつらはげえ、と妙な声をあげた。
323 名前:王子 投稿日:2001年05月27日(日)23時10分02秒
「マジかよ、そっくりじゃんか」
「女みたいだな」

無視して歩き出すと、そいつらは追いかけてきた。

「ちょっと待てよ。お前、兄弟かなんかか?」

ぐい、と肩をつかまれる。
俺は、気持ちを切り替え、満面の笑みを浮かべて、
324 名前:王子 投稿日:2001年05月27日(日)23時10分40秒
        ◇
325 名前:王子 投稿日:2001年05月27日(日)23時11分24秒
「なんや、ええカッコやな」

路地裏から出てきた俺を迎えたのは、黒のスーツ姿の中澤だった。
あちこち破れてしまったジャケットをその場に脱ぎ捨てた。
ぺっ、と、地面に唾を吐く。血が混じっている。

「警察が来る前にアンタが来るなんてな。相変わらず、情報が早いな」
「そっちにはもうちょっと遅れて来るように云うといたわ。ごっちんにフラれた途端、
歌舞伎町で大暴れて。とりあえず、移動しよか。車、前に回して置いてあるから」

見慣れたアウディに近づくと、助手席の窓が空いた。そこから、心配そうな表情の矢口が
顔を覗かせた。

「大丈夫? 口の横、血がついてるよ」

俺は、矢口に顔を突き出して、

「舐めてくれよ」
「馬鹿……ホントにしちゃうぞ」
顔を赤くして、小声で(ここじゃないところで誘ってよ)と云う。
326 名前:王子 投稿日:2001年05月27日(日)23時12分07秒
「元気そうやんか。ウチの目の前で矢口を誘惑するやなんてな」
にが笑いの中澤が、俺の隣りに立った。矢口は、車の中に引っ込んだ。

「……煙草くれ」
中澤は煙草をくわえ、火をつけた。それを俺の口に突っ込む。
煙が、口の中の傷に染みた。

中澤が、とりあえず、病院にいくで、と云った。俺は黙って後部座席に乗り込んだ。中澤の運転で、車は走り出した。

丁度、サイレンを鳴らしたパトカーが、向こうの角を曲がってこっちへ来るところ
だった。アウディとすれ違いざま、車の中の警官が、中澤に会釈した。
路地裏に転がしてきた3人組のことが少し気にかかったが、まあ警察も駆けつける
ことだし、死にはしないだろう。
327 名前:王子 投稿日:2001年05月27日(日)23時12分45秒
高速道路を、アウディは走る。
五分ほどの間、誰も言葉を発しなかった。
俺はぼんやりと、窓のスモーク越しに夜景を見ていた。

「王子が病院を飛び出してどこに行ったのか心配だ、ってごっちんから連絡あってんで」
ふいに、中澤が話し出した。

「ふん……あんなヤツ」

あの、後藤の顔を思い出すと、まだ、身体の中でくすぶっている火種が燃え出しそうだ。

「どうしたんだよ王子?」

矢口が、助手席のシートの上から顔を出す。

「どうもこうもない。あいつは、もうセレブレイドには出入りさせない。好きにやらせ
ておけばいいんだ」

矢口は、目を丸くした。
なんでなんで? と騒ぎ立てた。
328 名前:王子 投稿日:2001年05月27日(日)23時13分39秒
中澤が、ハザードをつけ、測道に車を駐車させた。

「矢口、ちょっと王子と二人で話あるから、あんた、外に出とき」
「ええっ、寒いよ」
薄いシャツと短いズボン、という、外出用の格好をしていない矢口は、しかし中澤に
外に追い出されてしまった。
窓から外を見ると、矢口は両腕を組んで(寒い寒い)と騒ぎながら、バタバタと足踏み
をしていた。

「いいのか? あれ」
「子どもは風の子や」
背が低いだけで、年齢は子どもではないと思ったが、込み入った話になりそうなんで、
なにも云わないでおいた。

「まず、これだけは確認しておきたいんや。王子、ごっちんと、ヤったんか?」
「……」
「そうか。一線を越えてしもうてんな。で、どっちが上やったん?」
「なんでそんなことを聞くんだ?」
「や、純粋に興味があって」
「もう矢口を呼び戻してもいいか?」

中澤は、肩をすくめた。
329 名前:王子 投稿日:2001年05月27日(日)23時14分58秒
「ごっちんはな、こう云うてたわ。もうウチらの前には姿を現しません、ってな。
王子との間に、なにがあってんやろな」
「……あいつは、余計なことをするつもりだ。いや、もう始めている。おばあちゃんの
件で、セレブレイドを乗っ取ろうとしているヤツらの背後関係を洗い出そうとして……」

胸が苦しい。
携帯で坂下から聞き出したのは、明日の話だったが、もしかしたら、今も、どこかで
誰かと、と思うと、気が狂いそうだ。
早く、早く忘れるべきなんだ。あいつのことは。

「そんなん、やめさせたらええやんか」
中澤も、後藤が裏でやっていた──やらされていた仕事のことは知っている。

「やめさせるもなにも、あいつはもう、昨日から……」

すう、っと視界が狭くなる。
窓ガラスをぶち破りたい衝動に駆られる。
さっき、あの3人組相手に、いやってほど暴れたはずだったが、まだ暴れ足りなかった。
330 名前:王子 投稿日:2001年05月27日(日)23時15分30秒
「王子、あんた、ほんっとにバカやな」

呆れたような、中澤の声。
俺は、衝動のはけ口を見つけたような気がした。

「おばあちゃんが倒れる前から、ごっちんが情報収集してた、ゆうんか?」

あ──

「じゃあ、後藤は、なにを云って……」

ウソ、か?
俺に、ウソをついたのか?

「そもそも、ごっちんは昨日の夜は、みんなと一緒に、夏先生のレッスン受けとった
やろ。王子もおったやんか」

??
分からない。
情報のパーツが、バラバラのまま、俺の頭の中をぐるぐる回っている。
331 名前:王子 投稿日:2001年05月27日(日)23時16分18秒
「俺にウソを? どうして、そんなことを?」

はあ、と中澤は、ため息をついた。

「ホンマに、王子はごっちんのことになると、ウブくなんねんな。そんなん、決まって
るやろ。王子に嫌われるためや」

???

どうして、俺に嫌われないといけないんだ?
俺が後藤を嫌いになって、それでどうなるっていうんだ?

「俺に、嫌われる? 一体、どういうことなんだ?」

「ああもう、ごっちんは、王子のことが好きやからに決まってるやろ! 王子に嫌われ
さえすれば、ごっちんが何やろうが、王子はイヤな思いせえへんやろ」

「大好きな王子にウソまでついて、ごっちんは、セレブレイドの為に……自分を犠牲に
しようとしてるねんで」

(――)

まるで、雷でも落ちたかのようなショックだった。
握りしめた手が、小刻みに震えていた。
332 名前:王子 投稿日:2001年05月27日(日)23時17分00秒
俺はバカだ。
……俺は、大バカ野郎だ。

後藤になんて云った?
怒りにまかせて、なんて云った?

「俺……俺、後藤に、ひどいことを云った。……後藤のウソを間に受けて……」

『汚らしいオカマ野郎……二度と、俺の前に、姿を見せるな』

なんてことを。

俺は、呪われればいい。
俺は、死んでしまえばいい。

自分の身体を犠牲にして、セレブレイドを守ろうとしている後藤。
自分のことを嫌うように仕向け、俺が苦しまないように気を使っている後藤。

俺は後藤になんてことを。
俺は、後藤に、なんてことを。

バチン、と。
中澤の平手が、俺の頬を打った。

「こらッ! 王子、シャッキリせえ!! まだなにも終わってへんで!」

「あ……」
333 名前:王子 投稿日:2001年05月27日(日)23時19分30秒
中澤に両肩をつかまれて、ガクガクと揺さぶられた。

「ええか? 王子。あんたが、ごっちんを守ってやるんや。セレブレイドなんて、
どうなってもええ。ウチも、ごっちんのことは好きやからな。あんないい子が、
芸能界の腐った奴らに食い物にされてしまう、っちゅーのがガマンならんのや」

「わ……わかった」

「よし、王子もいい子や。歌舞伎町で、チンピラ相手に暴れてる場合やないで。裕ちゃん
が気合い入れたるから、行って来!」

後藤……
後藤……

「こらあ、裕ちゃん! なにしてんだよ!」

いつの間にか、窓に張り付いていた矢口が、バンバンと窓を叩きながら怒鳴った。

ずっと、後藤のことを考えていた。
目を開けていても、なにも見ていなかった。ふっ、と正気に戻ると、タコの口になった
中澤が、俺の目前に迫っていた。

「な、なにするんだ!」

ちっ、もう少しやったのに、とブツブツ云いながら、中澤は俺から離れた。
334 名前:王子 投稿日:2001年05月27日(日)23時21分43秒
ははは、と、力無く笑った。
俺の中のわだかまりは、溶けて流れた。

さっきまで、醜く歪んで見えた世界は、今や祝福に満ちていた。
その中心には、後藤がいた。
(畜生。やっぱり、お前は最高だよ!)

サングラスをかける。
頭の中が、すうっ、と冷えていく。

「中澤。俺、何人か殺しちまうかも知んないから、そん時は、後始末頼むわ」
「あかんあかん。王子が派手に暴れたらメチャクチャになる。ウチみたいに、うまい
こと頭使って立ち回るやり方、覚えなあかんで」

ふん、と鼻を鳴らして、

「俺はバカだからな」

と答えた。
335 名前:シ=オン 投稿日:2001年05月27日(日)23時24分06秒
今回は、ここまでです。
書きためていたストックを、使い果たしてしまいました。
今後の更新は、ゆっくめになると思います。
336 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月27日(日)23時42分20秒
ありがとうございます、作者様。
このままでは、つらい日々が続くところでした…
今後の更新楽しみに待っております。
337 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月28日(月)01時42分47秒
おおお王子頑張れ・・・!!
続き待ってます
338 名前:白板書き 投稿日:2001年05月29日(火)01時14分20秒
しびれるぜ。王子。
339 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月29日(火)20時58分55秒
338さんに同じ。
そして作者さんありがとう!!!
340 名前:17 投稿日:2001年05月31日(木)01時27分53秒
赤坂のホテルの一室。

僕は、ぼんやりとベッドに座って、MTVのプログラムを眺めていた。
バスルームからは、上機嫌な坂下の鼻歌が聞こえてくる。

(来るところまで来ちゃった感じだなあ)

一応、和田さんにも相談はしてみたんだ。
和田さんが、どういうルートでネタを仕入れてるのかは分かんないんだけど、かなり
正確に、事態を把握していた。

『深追いしない方がいい。これは、もう1人の力でどうこう出来るレベルの話じゃない』

っていうのが、和田さんの意見だった。
多分、どっちつかずで、もう少し情勢がハッキリしてから、動こうとしてるんだと思う。

王子たちの側につくか、それとも、敵対勢力につくか。

だから、今夜の行動は、僕の独断だ。
バレてしまえば、事務所からも追い出されてしまうかも知れない。そうしないと、和田さん
自身の立場が危うくなる。
341 名前:17 投稿日:2001年05月31日(木)01時28分49秒
僕は、EEJUMPのユウキとして、芸能界に残ることさえ、出来ないかも、と思う。

だから、

だから、僕は、ここに来る前に、ソニンにも、すべてを打ち明けて来た。
王子と決別した今、僕にはもう、怖いものは無くなってしまった。

なにも持っていなければ、
なにもなくさない。
だから、なにも怖くない。

ソニンは、僕の、これまでの告白を、黙って、泣きながら聞いていた。何も知らなくて
ごめんね、と、鼻声で云った。
でっかいスキャンダルにはならないようにするからさ、もし、ソニンが、ソロでやること
になったら――と言いかけた辺りで、ソニンは癇癪のような叫び声をあげた。
342 名前:17 投稿日:2001年05月31日(木)01時29分22秒
「ユウキが、これからなにをしようとしてるのかは分かんない。でも、絶対に帰ってきて。
約束して」
「……ああ、約束する」
その場を言いつくろうだめだけの、安易な言葉。

でも……きっと、ソニンは、その言葉を頼りに、ずっと待っているんだろう。ずっと、
祈っているんだろう。

それが、どれだけ残酷なことかは、

(……これまでの、真希ちゃんを見ていれば、分かる)

でも、僕は、今は、そう云うことしか出来なかった。

ソニンは、一回だけでいいから、キスして、と云った。

僕は、身体を乗り出して、泣いているソニンの唇に、自分の唇をつけた。
343 名前:17 投稿日:2001年05月31日(木)01時29分56秒
           ◇
344 名前:17 投稿日:2001年05月31日(木)01時30分47秒
「おい、お前もシャワーを浴びろ。綺麗にしておいてもらわないとな」
腰にタオルを巻き付けただけの坂下が、バスルームから出てきた。僕は、物思いから
引き戻された。

「いや、待て」
のろのろと立ち上がった僕を、坂下は呼び止めた。

「先に、俺のこれを静めてくれ。口で、な」

まあ、これ、というか、それを、僕の顔に見せつけるように、腰をせり出してきた。
タオルの前が、盛り上がっていた。
なんか、納豆みたいな匂いがして、えずきそうになった。

瞬きするように目を閉じて、

「……はい」

ゆるゆると、それに手を伸ばした。
345 名前:17 投稿日:2001年05月31日(木)01時31分29秒
ずしん、と。

部屋のドアが、物凄い音を立てて、こちら側に倒れた。
僕も、坂下も、なにが起こったのか理解出来ず、その場に凍り付いた。

――普通、ホテルのドア、って、そう簡単に壊れるものだろうか?

「そやから、鍵はある、っちゅーねん。そんなに焦らんでもええやんか、こら、ウチの
ハナシ聞け」

「後藤――おおッ! 王子キーック!」

王子が、まるで空でも飛ぶかのような勢いで、坂下の顔面をブーツのつま先で蹴りつけた。
どうやったのかは分からないけど、確かに、王子の身体は、僕の身長よりも高く飛んでいた。

「坂下、お前、殺す。いいか、もうお前死んだぞ」

うわはははは、と王子は、高笑いした。
瞳孔が開いている。……王子が、キレてる。
346 名前:17 投稿日:2001年05月31日(木)01時32分16秒
坂下をまたぎ、マウントポジションを確保する。
まるでメリケンサックのような、ごつい指輪をつけたこぶしを振り上げる。

「王子パンチ!」
「王子パンチ!」
「王子パンチ!」

「こらあ、やめぃ!」

中澤さんが、王子を羽交い締めにした。

坂下の顔は、とてもひどいことになっていた。
ひっくり返ったカエルのように、みっともなく両足を開いて仰向けになっていて、
口の端から、赤い泡を吹いていた。

ふうっ、ふうっ、と肩で息をしていた王子は、中澤さんを振り払い、今度は僕に向き
直った。
347 名前:17 投稿日:2001年05月31日(木)01時32分59秒
「ごとお、てめえ、俺を騙したろ! なんで昨日のウチから仕事が出来るんだよ、
俺たちとダンスのレッスンしてただろうが!」

王子が僕の胸ぐらをつかみ、口汚く突っかかった。

「――バレちゃった?」

「バレちゃったじゃねえ! この俺に嘘が通用するとでも思ったのか?」

(通用したやん)
ぼそり、と、後ろにいる中澤さんが云った。
王子は、横目で中澤さんを睨んだ。
中澤さんは、きししし、と笑った。
王子は、何事もなかったように、もう一度僕へ目をやり、

「あんまりふざけたことばっかやってたら、ここで犯すぞ!」

と、威勢よく云った。
ふっ、と、

王子に、のしかかられて、無理矢理されている場面をリアルに妄想してしまって、
顔が火照ってきた。
348 名前:17 投稿日:2001年05月31日(木)01時33分42秒
「……な、なに顔赤くしてんだよ」
「だって、王子が、犯す、とか云うから、想像しちゃって」
「バ、バカ。そんなシーン、想像するな」

王子も、どもりながら、顔を赤くした。

「王子。それってなんのプレイですか?」

茶色の長髪を後ろで縛った――石川さんが、遅れて部屋に入ってきた。

今気づいたんだけど、3人とも、黒のスーツ姿だった。
外を移動するときは、こうすることが決まりになってるんだろうか?

「後藤、お前、泣いてるぞ」
「王子だって」

口元が、にやけて仕方ないんだけど、同時に、涙が頬を伝うのも分かった。
王子も、僕と同じように、にやつきながら、泣いていた。
349 名前:17 投稿日:2001年05月31日(木)01時34分13秒
(もう、一生、泣くことなんてない、って思ってた)

「後藤、お前、ほんっとにバカだよ……」
俺もだけどな、と、王子は続けて云った。

2人、おでこをくっつけあって、泣き笑いした。

「はいはい、もうラヴシーンはええか?」

パンパン、と、中澤さんが手を叩いた。
僕たちは、またもや、周囲の視線も目に入らず、2人の世界に入ってしまっていたみたいだ。
なんか、気まずかった。
350 名前:17 投稿日:2001年05月31日(木)01時34分49秒
「さてと、まず、この人からですよね」

石川さんは、手際よく、気絶したままの坂下を後ろ手に縛り上げていた。
中澤さんが、平手で頬をはたくと、うう、とうめき声をあげながら、坂下は目を覚ました。

「な――」

王子と、中澤さんと、石川さんが、坂下を覗き込んでいる。
それはある意味、キッチュな光景だっただろう。

「お、俺を騙したのか。騙して、ここに――畜生。俺は、なにも喋らないぞ」

「これ、醜くてうざったいですよね?」

石川さんは、坂下の話も聞かず、股間の屹立したままになっているソレを指さした。

「とりあえず、切っちゃいましょう。縦に、はさみでパチン、って」
「おう、ええアイデアやん」
「当然だな」
351 名前:17 投稿日:2001年05月31日(木)01時35分29秒
石川さんは、決まりです、あれ? ここに何故かこんなものが、といって、懐から、
ステンレス製のはさみを取り出した。

「わわ分かった、喋る、なんでも喋るから」

「切った後は、くっつかないように、包帯で別々に巻いておくのがコツなんです。
BME、って、ジャンルなんです」

どんなジャンルやねん、と、中澤さんがツッコミを入れる。

「おい、こいつ、止めてくれ。なんでも喋るって云ってるだろう」

「はーい、じゃあ、行きますよお」

ハサミを手に、瞬時に萎えてしまった坂下のそれに刃を当てた。

「Aだ。Aが、後ろで糸を引いてる。間違いない。ホントだ、ホントなんだって、信じて
くれえ」

縛られている坂下は、逃げ出すことも出来ず、じたばたと暴れながら、とある音楽事務所の
名前を連呼し、許しを乞うた。
352 名前:17 投稿日:2001年05月31日(木)01時36分07秒
「えいっ」

ぱちん。

ノドを低く鳴らして、坂下は気絶した。

……切るフリだけだったのにね。

「うっわ、チャーミー、怖いわ。大の大人、気絶させてしもうたで。これは吉澤に
報告やな」
「ええっ、よっすぃには関係ないじゃないですか」

中澤さんと石川さんが、場所もわきまえずじゃれてるのを無視して、落ち着いてきた
僕と王子は、目配せをしあった。

坂下のあげた名前には、重大な意味があった。

「俺たちの存在が、うとましくなった……って訳じゃあないよな」
「うん。それよりも、取り込もうとしてるんだと思う」
「あの会長も、相変わらずの野心家だな」

坂下のあげた事務所は、セレブレイドがやろうとしてきたグループの本物――ぶっちゃけ、
モーニング娘。が所属しているプロダクションだったのだ。
353 名前:17 投稿日:2001年05月31日(木)01時36分43秒
           ◇
354 名前:17 投稿日:2001年05月31日(木)01時37分25秒
坂下を脅して、どんどん上の人間をたぐって行った。
某TV局のプロデューサーや編成のお偉いさんまで引っぱり出せた。

今回のセレブレイド追い落としの計画の内容が、次第にハッキリしてきた。
それ用の番組を一つ、でっちあげてしまったらしい。スポンサーまで巻き込んだ、
大がかりなプロジェクトの全容が、僕たちの前に姿を現しつつあった。
355 名前:シ=オン 投稿日:2001年05月31日(木)01時37分58秒
今回は、ここまでです。
お休みなさい。
356 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月31日(木)02時03分03秒
王子キックに王子パンチて・・(w
王子お茶目でキャワイイ
お休みなさい。
357 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月31日(木)09時21分25秒
( ^▽^)< えいっ (パチン
     つ

石川の使い方、絶妙(笑
358 名前:名無し読者 投稿日:2001年05月31日(木)20時56分27秒
王子カッケ〜
それにしても石川さん怖い…
359 名前:18 投稿日:2001年06月03日(日)03時46分02秒
夜の九時。

『歌舞伎町25時・生放送スペシャル!』

エレキギターをかき鳴らすようなオープニングに、テロップが重なる。

顔にモザイクのかかったチンピラがTV画面に向かって何か叫ぶ。
派出所に設置された隠しカメラに映る、酔っぱらいと警官との会話が切れ切れに流れる。

スタジオにカメラは切り替わる。
拍手と共に、司会者の登場。

金曜日の夜の、その番組のオープニングを、僕たちはセレブレイドの楽屋で見ていた。
部屋は薄暗く、光源は、ほとんどTVの明かりだけだ。

「まあ、一見、普通の番組だよね」

矢口さんの顔が、モニターの明かりに照らされて、ぼんやりと浮かび上がる。

「これが、ウチらを追い落とそうとしてるヤツらの、一番の大仕掛けらしいで」

お昼のワイドショーでよくみる顔のレポーターと、女性局アナが司会進行役らしい。
360 名前:18 投稿日:2001年06月03日(日)03時46分53秒
メガネをかけた飯田さんが、
「ボッタクリバーの実態、っていうのが、その問題のコーナーみたいなの。カメラを
店に持ち込んで、偶然、セレブレイドの存在を全国に生放送する、ってシナリオね」
しかめっ面で云う。

セレブレイドの店内を撮影されてしまうと、大変なことになる。そこに映るお客さまは、
いわば裏の社交界の人たちだから、後々、面倒なことになるだろう。

「いきなり押し掛けられたら、ヤバかったよね」
「まあ、こっちに情報が筒抜けだってコトは、あいつら知らないからさ」

坂下は、あれからずっと、セレブレイドフロアの一室に軟禁していた。帰してしまえば、
今度はあちら側の人間にペラペラと情報を漏らしてしまうだろうから。

『さて、次は、歌舞伎町にはびこるボッタクリバーの実態に迫りたいと思います』
『これって、警察では取り締まれないんですか?』
『厳密な違法行為ではないんですよね。それでは、現場の大石さん』

夜の歌舞伎町が映し出される。
イヤホンマイクを使っているのか、しきりに、耳に手を持っていっている。
361 名前:18 投稿日:2001年06月03日(日)03時47分29秒
『こちら、現場の大石です。それでは、視聴者からお寄せいただいた情報の中から、
ボッタクリだ、と云われているお店に突撃潜入したいと思います』

巨大な階段のある、大理石の建築物。

『歌舞伎町にも、こんな所があるんですねえ』
『あ、私ここ知ってますよ。一度、新人みんなで、部長に連れてきてもらったことあります』
『へえ、いいなあ。で、ここに、そのボッタクリのお店がテナントで入ってるんですね。
許せないなあ』

「ほんじゃまあ、みんな、スタンバイやで!」

フリフリのピンクの衣装を着た中澤さんが、声を張り上げる。

はーいっ、と、みんな立ち上がる。
今日のピンクハウス祭りのオープニングは『原宿6:00集合』なのだ。

中澤さんが、ぼそりとつぶやく。
(やっぱり、ウチにはこの衣装はキツい、っちゅーねん)
362 名前:18 投稿日:2001年06月03日(日)03時48分31秒
           ◇
363 名前:18 投稿日:2001年06月03日(日)03時49分20秒
セレブレイドのフロアには、たくさんのお客さまが見えられていた。
みな、ひとかどの人物ばかりだ。
暴力団の幹部、市会議員、芸能人の姿も見える。
セレブレイドにとっては、大事なお得意さまたちだ。
ここに来ていただいてる方々に共通して云えるのは、何歳になっても、どんな地位に
いても、未だにミーハーで、今日のショウを、心から楽しみにして頂いてる、ってこ
とだった。

まだ、セレブレイドの11人の騎士(ナイト)は、フロアには姿を見せていない。

その頃、通路では、押し問答が続いていた。
ボーイの男の子たちと、カメラ機材を持った一段とが、言い争いをしていたのだ。

少年ばかりで組み易し、と見てとったのだろう、スタッフたちが身体で立ちふさがり、
その隙間を、レポーターが走り抜けた。
ボーイの、悲鳴のような制止を振り切って、レポーターは、扉を開け放った。同時に、
強烈なライトで、薄暗いフロアを照らした。
364 名前:18 投稿日:2001年06月03日(日)03時49分59秒
『な、なんでしょうかここは! これは、緊急事態です。私たちは、とんでもない場所を
見つけ……』

レポーターは、黙り込んだ。
がらん、としたフロアには、誰1人いない。

『……あれ?』

レポーターの、間の抜けた声を合図に、ばん、とフロアに照明が灯った。

正面の舞台には、十人の娘。たちが、ポーズをとっていた。

『モーニング娘。の、シークレットパーティーへ、ようこそ!』

中澤さんが叫ぶ。

(生放送したら、シークレットじゃないじゃん)
小声で、矢口さんのツッコミ。

原宿6:00集合のイントロが流れる。

こうして、娘。たちのショウは始まった。
僕は、内心、舌を巻いていた。
どう見ても、本物と区別がつかなかったから。
(当然、口パクなんだけど)
365 名前:18 投稿日:2001年06月03日(日)03時50分47秒
『なんだ、この茶番は!』

レポーターのイヤホンの無線から、プロデューサーらしき男の怒鳴り声が、ここまで
届いてくる。本来なら、扉の向こうには、娘。にソックリな男たちが回遊する、怪しげ
なゲイバーが存在するべきだったのだ。
そして、とっておきのスキャンダルになるはずの、暴力団関係者や政治家たちの姿も、
全国に晒されるはずだった。

彼らには、当然、対立者がいる。
音楽事務所Aは、それらの敵対者たちにもライバルの追い落としを焚き付け、横紙破りを
いくつも行い、今回の大仕掛けを仕組んだのだった。

が、実際にはどうだ?
大層な前フリののちに、突入したカメラが映し出したのは、モーニング娘。のライブときた。

レポーターは、青くなった。
セレブレイドに踊らされていたことを悟ったのだろう。

彼らの陣営は、しくじったのだ。
366 名前:18 投稿日:2001年06月03日(日)03時51分32秒
ステージの娘。たちは、完璧だった。
まあ、実際には、モーニング娘。本人たちよりも完璧すぎて、逆に疑う者が出るのではないか、
と思われるほどだったんだけど。

「はーい、一曲め、ありがとうございました」

中澤が、頭を下げる。

「続いて、ハッピーサマーウエディング!」

この時、TV局には、視聴者からの電話が殺到していた。
『実録歌舞伎町25時』とは全く関係のない、ドキュメント番組の名を借りた、単なる
宣伝じゃないか、といった苦情が大部分だった。一部、中澤がいるモーニング娘。の
ライブが、今、ナマで行われているのか、場所はどこなのか、という、問い合わせもあった。

(きっと今頃、スタジオも大騒ぎだろうなあ)

ここまで、いろいろと手回しし、無理も通したハズの企画が、メチャクチャにされたのだから。
367 名前:18 投稿日:2001年06月03日(日)03時53分21秒
『くそ、撤収だ、撤収!』

無線で、レポーターに指示が入る。

と、

「待て! こいつらは、ニセモノだ。みんな、男なんだ!」

フロアに、坂下の声が、響きわたった。
僕は、暗闇の中で、小さく舌打ちした。
どうやら、拘束から、自力で脱出したみたいだ。
368 名前:18 投稿日:2001年06月03日(日)03時54分27秒
           ◇
369 名前:18 投稿日:2001年06月03日(日)03時55分03秒
「ほら、演奏、止めろ止めろ」

坂下は、カメラの前をゆっくりと横切った。
ギラギラした目で、舞台の上の娘。たちを睨んでいた。

乱入してきたTVクルーは、救いに舟だ、とばかりに、坂下をカメラで追った。

「いいか。舞台の上に立ってるこいつらの正体を知ったら、驚くぞ。なんといっても、
全員、オカマなんだからな」

舞台を見上げ、

「なあ、後藤真希ちゃん。いや、ユウキ!」

舞台の上の後藤真希は、きょとん、と、坂下を見下ろした。

「わたしがユウキなんですかあ?」

後藤真希は、女の子の声で、そう云った。
370 名前:18 投稿日:2001年06月03日(日)03時55分53秒
           ◇
371 名前:18 投稿日:2001年06月03日(日)03時56分43秒
坂下は、口をあんぐりと開けて、そんなばかな……とつぶやいた。

「こ、こいつの髪は、カツラなんだ。いいか、見てろよ」

坂下は、舞台に駆け上がり、後藤真希の髪をつかんだ。

「やだー、痛いー」

坂下がいくら引っ張っても、カツラは外れなかった。当然だ。地毛なんだから。
この時、TV局は、真希ちゃんファンからの抗議の電話で、回線がパンクしていた。

真希ちゃんの髪をつかんだままの坂下は、

フロアの暗がりに立っている僕に気づいた。
372 名前:18 投稿日:2001年06月03日(日)03時57分22秒
僕と真希ちゃんを、交互に見つめ、

「……ほ、本物?」

「ホンモノ、じゃねえだろっ!」
吉澤さんのパンチが、坂下のまだ治りきってない顔面に入った。

全国に、生放送出来たのは、そこまでだった。
それまでストップさせておいた、用心棒のボブが、TVクルーをつまみだしたのだ。

(今日のスペシャルは、これまでにない視聴率をとるだろうね。貴方たちの望まない
ハプニングによって、だけど)

あの生放送を、どうやって、収拾させる気なんだろうね。
収拾なんて出来ないよね。
これで、アップフロントは、あちこちに、どうしようもない貸しを抱え込んでしまった
ことになる。
373 名前:18 投稿日:2001年06月03日(日)03時57分58秒
別フロアでは、この様子をテレビで見ていたお客さまたちが大喜びしていらっしゃった。

その中には、病状もいくばくか回復して、今日だけ、特別に外泊を許されたおばあちゃん
の姿もあった。
374 名前:シ=オン 投稿日:2001年06月03日(日)03時58分55秒
今日の更新は、ここまでです。
あと二回、更新したら、この物語は終わります。
375 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月03日(日)04時13分53秒
あと二回ですか…
楽しみに待っております。
376 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月04日(月)03時28分51秒
初めて小説で終わってしまうのが寂しいと思った・・・
377 名前:19 投稿日:2001年06月04日(月)19時24分44秒
一旦、僕たちは、楽屋に戻ることにした。
移動中も、真希ちゃんは、セレブレイドの娘。たちに、興味津々、興奮気味だった。

「びっくりしたあ。みんな、すごいねー。よっすぃなんて、こっちの方がスタイルが
良くて――あははっ」

そうそうたるメンバーに囲まれても物怖じ一つしない彼女を――いや、まったく見劣り
しない真希ちゃんを見て――ああ、これが本当の芸能人なんだなあ、と改めて思った。

本物の真希ちゃんと、僕が入れ替わる、っていうのが、僕の用意した、最後の保険だった。
そして、その保険は、最後に完璧に機能したのだった。

「2人並ぶと、さすがに違いは分かるよね」

飯田さんが、僕たちを見比べて云う。
真希ちゃんは、飯田さんのきれいな黒髪を手で触って、

「圭織、カッコイイねえ。これで男だ、っていうんだから、惚れちゃうよねえ」

飯田さんも、無邪気な賞賛の言葉を、半分照れながら聞いていた。
378 名前:19 投稿日:2001年06月04日(月)19時25分35秒
「真希ちゃん、ハシャギすぎだよ」
(ユウキ、あんた、1人でこんな面白いことしてたんだね)
1オクターブ低い声で、囁かれた。

「あ、いや、その……ごめんなさい」

どうして逆切れされるのか理解できないけど、条件反射的に謝ってしまった。僕は、
いつまでも、真希ちゃんには頭が上がらない。

楽屋に辿り着いた。
中には、王子がいる。

TVに映る娘。の中に、市井紗耶香がいるのはおかしい、ってんで、王子には、待機して
もらっていたのだ。

(真希ちゃんと王子の初対面だ)

どれだけ真希ちゃんは驚くだろう、と思った。

それまでテンションの高かった真希ちゃんは、王子と目が合うと、すっ、と静かになった。
379 名前:19 投稿日:2001年06月04日(月)19時26分11秒
そして、
「久しぶりじゃない。こんなとこにいたんだ」
そう云った。
初め、僕は、紗耶香さん本人と勘違いしてるのか? と思ったんだけど、真希ちゃんは、
続けて、

「市井ちゃんは、元気にしてる?」
そう云った。

「ああ。少し、太ったみたいだけどな」

世間話でも交わすかのような、緊張感のない王子の声。

この2人は、顔見知りなんだろうか。
なによりも――王子は、市井紗耶香さん当人と、やっぱり、なんらかの関係のある人間
なんだろうか?

「ふうん」
唇をつきだすような顔で、真希ちゃんは云った。
380 名前:19 投稿日:2001年06月04日(月)19時26分47秒
メンバーのみんなも、息を潜めて、この2人のやりとりの行方を見守っている。
僕は、なんだかむずがゆい、妙な感じだった。
僕の姉と、僕の……恋人が、こうやって、言葉を交わしている。

「彼女に、会いたい、か? あんたの弟には世話になったし、なんなら、会えるよう、
取りはからっても――」

真希ちゃんは、首を左右に振った。

「ううん。いい。市井ちゃんが、自分から会いに来てくれるまで待ってる。約束した
もん。絶対、帰ってくる、って」

王子は、少しだけ、哀れむような、淋しそうな表情をした。僕には、その表情の意味は
分からなかった。

もう、話は終わったのか、2人は黙り込んだ。
381 名前:19 投稿日:2001年06月04日(月)19時27分18秒
あまり、ここで時間をとってもいられない。
あのTVカメラの乱入は、あくまでも、今夜のショウの前座に過ぎない。
お客さまは、僕たちの登場を心待ちにしているのだ。

「ねえ、みんな、振り付けとか完璧にマスターしてるんですよね」

真希ちゃんは、振り返り、一番近くにいた保田さんに話しかけた。

「あ、うん。一通り、なんでも出来るよ」

真希ちゃんは、云いにくそうに、少しの間、モジモジして、お願いがあるんだけど、
と云った。

「あたし、市井ちゃんと圭ちゃんとの3人で、一回だけでいいから、ちょこっとLOVE
歌いたいんだ」
382 名前:19 投稿日:2001年06月04日(月)19時27分50秒
           ◇
383 名前:19 投稿日:2001年06月04日(月)19時28分30秒
お客さまの待つフロアのステージに、王子、保田さん、真希ちんの3人が上がった。

さっきから、モニタで、本物の真希ちゃんが来ていることを知っているお客さまは、
かえって喜んでいらっしゃるようだ。

僕は、舞台のそでで、ショートパンツ姿の王子を笑いながら見てた。僕が「王子可愛いよ」
って声をかけると、はにかむように笑った。そんな仕草が、ますます市井さんにソックリ
だった。

ちょこっとLOVEのイントロが流れる。

王子と、保田さんは、口パク、真希ちゃんは生歌、って打ち合わせたんだけど、

結局、歌い出しから、真希ちゃんは泣きだしてしまった。
顔をおおいながら、途切れ途切れに歌う真希ちゃんの姿に、でもみんな、たくさん、
拍手をしてくれた。
僕も、少し、もらい泣きした。
384 名前:19 投稿日:2001年06月04日(月)19時29分14秒
そして、通常のプログラムに戻る。
僕も、夏先生の指導の元、猛特訓した娘。の振り付けで、ちゃんとセレブレイドの後藤真希、
の役をこなした。

衣装代えの時に、真希ちゃんからミネラルウォーターを手渡され、
「あんた、すごいね」
と、めずらしく、誉めてくれた。

「ユウキっ!」

誰かが、僕に突進してきた。
思わず、抱き留める。

「……? ソニン?」

和田さんの姿も、後ろに見えた。
つまり、和田さんの陣営も、こちらにつく、ってことだ。どうやら、情勢は、完璧に、
セレブレイドに傾いたみたいだ。
385 名前:19 投稿日:2001年06月04日(月)19時29分48秒
泣きじゃくってるソニンの頭を撫でて上げる。
なんか、みんな泣いてるね。
こんなに、今日は素敵な日なのに。

「おっ、この子が、ごっちんの相棒かあ」
「おっぱい大きいです」

矢口さんと辻と加護が、ソニンを取り囲むようにして、覗き込んでいた。
「あっ、あっ、はいっ」
ソニンは、間近で見るセレブレイドの娘。たちに、戸惑ってるみたいだった。

「ついでだからさあ、ステージで歌ってきなよ。うどんが辛い歌」

矢口さんの言葉に、辻が「♪アジアの東京だから〜」と歌い出した。

「先生、問4が二つあります!」
茶々を入れてきたのは、加護だ。
386 名前:19 投稿日:2001年06月04日(月)19時31分13秒
「あーい!」

♪恋をしようよ の所の曲に合わせて、やーーまざき一番、とやりだした。右足だけを
テンポにあわせて、ぐっ、と曲げる例のダンスと共に。

僕とソニンは、そんな加護と辻の様子を、大笑いしながら見ていた。

と、ソニンは、僕の服のすそを、ぎゅっ、とつかんだ。

「……どうしたの?」
「ユウキ、とても楽しそう」
「うん。楽しいよ。どうして?」
「ユウキが、私の前から、いなくなっちゃいそう」

不安げに、ソニンは云った。
僕は、その場で否定出来なかった。
387 名前:19 投稿日:2001年06月04日(月)19時32分56秒
結局、中澤さんからも、お偉いさんいっぱいるから、プロモーションしていったらええねん、
って云われて、僕は急遽、ユウキに戻った。

「EEJUMPでーす」

ってステージにあがると、頑張れー! とか客席が声があがって、少し驚いた。
もしかしたら、僕の正体、お客さまにもバレバレだったんだろうか?

気をよくした僕たちは、おっとっと夏だぜ、を歌わせて貰った。ソニンは、飯田さんの
アシストで、バク宙を決め、バックダンサーとして参加した加護と辻は、両手を腰に、
例のダンスをステージ上でも決めたのだった。
388 名前:19 投稿日:2001年06月04日(月)19時33分48秒
当然、この時、舞台そでで交わされていた、王子と中澤さんの会話なんて、知る由も
なかった。

「ユウキくん、可愛いな。一生懸命や」
「ああしてると、男っぽいけどな」

「なあ、王子。あの子、いつまでここに置いておく気や?」
「……」
「ウチらと、あの子たちの世界では、流れてる時間からして違うんや。交差することは
あっても、交わることはないで」

「……そんなことは、分かってる」

「でもまあ、こっち側に、取り込んでしまう、ってのも一つの手や。むしろ、あの子に
してみたら、そっちの方が幸せかも知れん。……最終的にどうするかは、王子が決めたら
ええ。ウチらは、王子の意思に従うで」

「……」

いろんな思惑が飛び交うなか、セレブレイドの夜は、夢のように過ぎていった。
389 名前:シ=オン 投稿日:2001年06月04日(月)19時35分32秒
今日は、ここまでです。
次回(多分、明日)が、最後の更新になります。
それでは。
390 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月04日(月)20時34分23秒
楽しみにしてます。
寂しくなるなぁ。
391 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月04日(月)20時46分25秒
暴力的で、かわいそうなごま(姉)だけが心残りだったのですが…
さすがです…というか…すごいです…
はなしがどうなるのか予想できませんが、最後の更新お待ちします。
392 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月05日(火)02時32分13秒
最後・・か・・・
複雑ですが楽しみにしてます。
393 名前:20 投稿日:2001年06月05日(火)19時27分21秒
そして僕は、気が抜けたのと、それまでの二重生活の疲労がたたって、肺炎寸前の、
ひどい風邪を引いてしまったのだった。

「後藤には、無理ばっかさせたな」

おばあちゃんと同じ病院に入れてもらったので、セレブレイドのメンバーが入れ替わり
立ち替わりお見舞いに来てくれた。
大抵は、つきっきりで看病してくれてる王子が追い払ってしまうんだけど。

「ううん。そんなことないよ。まあ、一区切りついた、ってことで、気が緩んだだけだよ」

今回の騒動の事後処理のために、セレブレイドは、一週間ほど休みになったらしい。
だから、王子は、ずっと僕の部屋に詰めてくれていたんだ。
もったいないことに、ジュース買わせたり、氷枕取り替えたり、とかの使いっ走り
までお願いしてしまった。だって、身体を拭いたり、なんていう看護婦さんがする
ハズの世話まで、王子がやりたがるから。

冗談混じりに、看護婦さんから、二人の妙な噂が飛び交ってるわよ、と云われたとき、
僕はポーカーフェィスを守れたんだけど、王子が例によって真っ赤になってしまって、
フォローに困った。

夜は――一緒に眠ろうよ、って何度も誘ったんだけど、王子は照れて、ソファに寝て
しまうのが常だった。
394 名前:20 投稿日:2001年06月05日(火)19時28分13秒
「今日で、セレブレイドの臨時休業も終わりなんだよね」

「……」

「王子?」

「あ、ああ。そうだな」

めずらしく、王子は、ぼんやりとしていた。
僕の顔を見ながら、違うことを考えているみたいだった。
僕は、その時の王子の反応を深く考えなかった。

……。
後になって、思う。
その時の王子の真意をくみ取ることが出来たなら、僕の未来は変わっていただろうか?
395 名前:20 投稿日:2001年06月05日(火)19時29分15秒
「なんだかさ、この一週間、ずっと王子と一緒に生活してきたから、今度は逆に、
少しでも離れてしまうことになるんだなあ、とか考えると、寂しくなっちゃうよ」
「うん、俺もだ」

王子は、僕の額を撫でた。
すっかり、僕は甘えん坊になってしまった。

「早く風邪治すからさ、そうしたら……」

この時、すでに僕の決心は固まっていた。
王子とずっと一緒にいたい、それだけが、今の僕の望みだった。

「そうしたら、なんだい?」

優しい、王子の声。
その鈴のような響きは、僕を、心地よさで満たしてくれる。
396 名前:20 投稿日:2001年06月05日(火)19時30分28秒
僕は、退院したら、その決心を、王子に伝えようと思った。
反対されるかな?
でも、これだけは、決して譲れないんだよね。

「ん……ねえ、今日こそは、一緒に寝てよ」

僕は、違うことを云った。

「ああ、いいよ」

拍子抜けだ。王子は、簡単に、僕の申し出を受け入れてくれた。

こんなにも僕たちは好き合っているのに、抱き合って眠ったこと、って一度もなかった
んだよね。
王子の身体、あったかいね。

まあ、単に寝る以外のことも、ちょびっとやりつつ、僕は、いつになく深い眠りについた。
397 名前:20 投稿日:2001年06月05日(火)19時31分57秒
           ◇
398 名前:20 投稿日:2001年06月05日(火)19時34分09秒
翌朝、目覚めると、もう王子の姿はなかった。
サイドテーブルに、王子の、鉛筆書きのメモがあった。

『いつまでも、後藤のことを応援している。元気で』

???

え?

なに、このメモ。

あまりにも、信じられない出来事に遭遇すると、脳の回転は止まってしまうらしい。
僕は、メモを手にした状態で、惚けてしまっていた。
399 名前:20 投稿日:2001年06月05日(火)19時34分44秒
「ユウキ、お見舞いに来たよ」

ソニンの声で、僕は、正気に戻った。

「……ユウキ?」
「王子っ!」

花束を抱えたソニンを押しのけて、僕は、パジャマ姿のまま、病院を飛び出した。
400 名前:20 投稿日:2001年06月05日(火)19時35分22秒
           ◇
401 名前:20 投稿日:2001年06月05日(火)19時36分10秒
霧のような雨が降っていた。
タクシーに乗り込み、歌舞伎町に向かうように云う。
手には、握りしめてくしゃくしゃになった王子からのメモがある。

例の、大理石のビルの前に、パジャマ姿で飛び込む僕の姿を、回りの人たちは怪訝な
表情で見ていた。

このメモの意味を、王子に問いたださないと、いてもたってもいられない。
これは、僕がクビだ、ってことか?
もう、セレブレイドに来なくていい、っていう?

僕の意見も聞かないで、そんなことを勝手に決めるなんて、ひどすぎる。

僕は、昨日思った決心を、まだ王子に告げていなかった。

(今回の事件で、なにが一番大切か分かったんだ。僕は、EEJUMPを辞めて――
芸能界からは足を洗って、セレブレイドで、みんなと一緒に……)
402 名前:20 投稿日:2001年06月05日(火)19時40分06秒
あのエレベーターで、僕は、自分の目を疑った。
見慣れたはずの、地下へ降りる秘密のボタンが、無くなっていたのだ。
これは一体、どういうことだろう?

僕は、ビルの非常階段へ走った。
地下へと伸びる階段を、駆け下りる。

B2Fが、ボイラー室になっていて、
そこから先の階段はなかった。

(そんなバカな)

この階段だって、何度か使ったことがあるのだ。
それなのに、まるで、最初からなにも無かったかのように、そこには、古びた壁があるだけ
だった。
403 名前:20 投稿日:2001年06月05日(火)19時40分51秒
まるで、キツネにでも化かされた気分だ。

セレブレイドのフロアごと、無くなっている?

確かに、TVであそこまで放送されてしまったんだ。
同じ場所で、セレブレイドを営業していくのは無理なのかも知れない。

でも、
でも、だからって、

(僕を残して、みんな、どこかに行ってしまった?)

「……ユウキ」

振り向くと、僕を追いかけて来たのか、ソニンの姿があった。
側には、和田さんもいた。
404 名前:20 投稿日:2001年06月05日(火)19時44分04秒
「和田さんは、知ってますよね。セレブレイドが、どこに移動したのか」

「北へ、移動する、って話までは聞いた。でも、それ以上は、俺にも分からないんだ」

どうやら、嘘ではないみたいだ。

僕は、置いていかれたのだ。
僕は、連れていってもらえなかった。

頭の中が、真っ白だった。
ふらふらと、外に出た。
和田さんもソニンも、夢遊病患者のように歩く僕を止めなかった。
405 名前:20 投稿日:2001年06月05日(火)19時44分40秒
霧のような雨が、独りぼっちの僕を濡らし続けた。

初めから、分かっていた。
僕たちの想いが、永遠に成就するなんてことはありえない。
初めから、この、どうしようもない結末は約束されていたんだ、ってことくらい。

王子の残していった、手書きのメモをもう一度見る。

『いつまでも、後藤のことを応援している。元気で』

一度、鉛筆で書いて、消した文字があることに気づいた。
僕は、涙をぬぐい、目を凝らした。

『愛してる』
406 名前:エピローグ 投稿日:2001年06月05日(火)19時45分25秒
病室に戻ると、真希ちゃんがいた。

「どうしたのよ一体。病院から逃げ出した、って聞いたよ。なにしてんのアンタ」

「僕、置いてかれ――」

最後の方は、言葉にならなかった。
真希ちゃんに抱きついて、わんわん泣いた。

(王子……)
(王子……)
(王子……)

いつもなら、こんなことするとすぐに突き飛ばされちゃうんだけど、今日の真希ちゃんは、
優しかった。

黙って、僕の頭を撫でてくれた。
407 名前:エピローグ 投稿日:2001年06月05日(火)19時46分05秒
           ◇
408 名前:エピローグ 投稿日:2001年06月05日(火)19時46分38秒
そして、一ヶ月が過ぎた。

ようやく、あの頃のことを、落ち着いて思い出せるようになった。

王子も、僕も、少年だった。
少年だったからこそ成し得た、不思議で、奇跡のような出会い。
王子は、僕にとって、光り輝く『少年時代』の想い出として、永遠に君臨し続けている。

そう、思えてならない。
409 名前:エピローグ 投稿日:2001年06月05日(火)19時47分10秒
「EEJUMPさん、スタジオにお願いしまーす」

ADさんの言葉に、僕とソニンは、楽屋を出た。

きらびやかなステージに、僕たちは立つ。
セレブレイドにいたおかげで、いろんなコネが出来た。
三曲目のシングルで、破格のプロモーションができ、これまでにない売り上げを果たす
ことも出来た。

今日は、僕たちのスペシャルだ。
これまでに出したシングル、三曲とも番組で使ってくれるらしい。

「じゃ、収録行きます」

『HELLO! 新しい私』のイントロが流れる。

(王子……僕がテレビに出たら、見ててくれるかな)
410 名前:エピローグ 投稿日:2001年06月05日(火)19時47分41秒

 Ah Yeah EE JUMP in da house Yo Yo Come on!

 I say hello 必ず晴れるだろう
 I say hello オレたちの道だろう
 平垣でない でもday&night
 Hey,期待抱いて行こう 未来を飛行
 さあ扉を開こう
411 名前:エピローグ 投稿日:2001年06月05日(火)19時48分36秒
今でも、ときどき、朝目覚めると、なにも変わってないんじゃないか、また、歌舞伎町の
あのビルに行くと、セレブレイドのみんなに会えるんじゃないか、って錯覚することがある。
412 名前:エピローグ 投稿日:2001年06月05日(火)19時49分11秒

 Ah 最後の電話を 切ったそのすぐ後
 メモリークリアー したよ でもね
 記憶はなぜか 消えてないね
 Ah メル友だったら 全部 話せたかもね
 今度 あなたの 顔をみたら
 泣いちゃうのかも (Like dat yo)

 少しずつ 遠くなること 本当は気付いてた
 もう あなたは(Yeah)自分の道(what what)
 見つけたみたい

(さぁ EE JUMP から You don't stop come on)
413 名前:エピローグ 投稿日:2001年06月05日(火)19時49分53秒
みんながじゃれ合ってる、賑やかなセレブレイドの楽屋で、
僕の隣りには、当然のように王子がいて、
僕に、笑いかけてくれる。

そんな、幸せな記憶を想いだしても、泣かなくなったのは、つい最近のこと。
414 名前:エピローグ 投稿日:2001年06月05日(火)19時50分37秒

 憧れだった 素敵な思い出に (Here we go)
 今 サヨナラ告げて (Yo Yo)
 臆病だった 自分を励まして (Here we go)
 さあ 行こう! (Let's get it on hey)

 新しいこの私
 よろしくね I SAY HELLO! (Hello! Hello!)
 私から I SAY HELLO! (come on come on)
415 名前:エピローグ 投稿日:2001年06月05日(火)19時51分16秒
僕は、ここにいるよ。
王子は、僕のことを見ててくれるかな?
416 名前:エピローグ 投稿日:2001年06月05日(火)19時51分47秒
私から I SAY HELLO! (Hello! Hello!)
私から I SAY HELLO!
417 名前:エピローグ 投稿日:2001年06月05日(火)19時54分48秒
少年時代を駆け抜け、
たくさんの奇跡を経験して、
出会いと別れに、笑ったり泣いたり、
みんな、みんな、輝く想い出に変えて、


――そして、僕たちは、大人になる。
418 名前:小説「真夜中の王子」 投稿日:2001年06月05日(火)19時55分42秒

(Fin)
419 名前:シ=オン 投稿日:2001年06月05日(火)19時56分40秒
……そんな訳で、長い間のおつき合い、ありがとうございました。
スタートの日付を見ると、もう、半年近く、このスレをやっていたことになります。
当初は、こんなに長い話になるとは想像もつきませんでした。

今、計算してみると、原稿用紙で、230枚くらい……
まさか、こんなにも膨らんでしまうなんて(笑
420 名前:シ=オン 投稿日:2001年06月05日(火)19時57分29秒
しばらくは、私自身、王子たちの物語の余韻に浸っていたいと思います。

それでは、この特殊な世界を愛してくださった、少数の皆様に(笑)、心から感謝の
気持ちを。
ありがとうございました。

また、お逢いしましょう。
421 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月05日(火)20時33分59秒
おつかれさまでした。
できることならば、また名作集で書いてください。
楽しい時間をありがとう。
422 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月05日(火)22時04分09秒
まったくの未知の世界を見せていただきました。
読み始めたころのインパクトが凄かったので、どう締めてくれるのかなと
思っていたのですが、最後まで楽しませていただきました。

>また、お逢いしましょう。
この言葉を信じています。


423 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月05日(火)22時20分00秒
感動しちゃったよう。

>また、お逢いしましょう。
僕も信じて待ってるっす。
424 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月06日(水)00時56分24秒
お疲れ様でした。
レスするのははじめてですがずっと読ませていただいてました。
なんていうか宝石みたいに綺麗なお話だったと思います。
ラストのシーンは思わず読み返してしまいました。
ステキな感動をありがとうございます。
425 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月06日(水)02時53分22秒
不思議な世界で面白かった
次回作期待してます
426 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月06日(水)04時21分11秒
最高でした。の一言に尽きます。
最初から引き込まれっぱなしで読んでました。
文章の表現の仕方が凄い好きです。僕もかなり勉強させて頂きました。
是非ともまた作者さんの小説読みたいです。
ホントお疲れ様でした。
427 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月06日(水)08時02分32秒
おつかれさまです。
展開に心地よいリズムがあって
いつの間にか引き込まれてました。サスガです・・・
428 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月06日(水)16時52分23秒
素敵なお話をありがとうございました。
そうか‥‥。
王子はメーテルだったんですね。
青春の幻影かぁ。
429 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月07日(木)00時55分44秒

王子の正体が不鮮明のままでしたな。
王子×ユウキの話でなくても、どっかにリンクして
その謎が解き明かされたり……とか期待しちゃ
いかんかしら?
430 名前:感動 投稿日:2001年06月07日(木)02時26分13秒
なんかこう小中学校とかの夏休みみたいな
二度と戻らない甘酸っぱい思い出というか…
何言ってんだかおれは
他の小説にはない特殊な空気があってよかったです
男ですが物語としてやおいとかきにならなかったでした
気持ちだけAGE
431 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月07日(木)04時55分02秒
自分はこの話を、やおい、恋愛小説というよりも、ユウキのセレブレイドという場を通しての、
ビルドゥングスロマンとして読みました。
お話の内容も、結構も、終始綺麗な物語だったと思います。
またいつか、作者さんの書いたお話を読めることを期待しています。
432 名前:名無し読者 投稿日:2001年06月26日(火)22時44分58秒
一通り感想が出たようなので、ひとつぐらい毛色の変わったのもいいかな。
なんとなく読み終わったあと、吹っ切れない想いが残っていたので何度か最後を読み直してみました。歌詞を使いとてもきれいにまとまっているのだけれど、ずっと読み続けてきて「運命の二人」と思いこみが出来てしまった私には、この最後は「少年期の思い違い」「期間限定での運命の人」と申し渡されているようで、ちょっとつらかった。
もうちょっといろんな可能性がみえる終わり方のほうがうれしかったな…
あくまでわたし個人の感想なので他の人がどう思ったかはわからないですがそんな読み方をした人もいたということで、今後の作品の参考になれば……

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