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みんなの冬休み 他
- 1 名前:みや 投稿日:2002年03月02日(土)23時37分19秒
- 花板で連載してきた”みんなの冬休み”の続きとなります。
前のスレッドはこちらです。
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=flower&thp=1000386419
倉庫入りしていたら、こちらのアドレスになると思います。
http://mseek.obi.ne.jp/kako/flower/1000386419.html
前スレのスレッドタイトルは”初めての夏休み”だったのですが、その続編として”みんなの冬休み”があります。
話としては、加護主演の冬休みの日常となっています。
”みんなの冬休み”は、まもなく終了となりますが、そうするとこのスレッドの容量はかなり余ることになるので、その後はスポーツ短編?のような物を書く予定です。
ただし、それはあくまで予定。
それでは、よろしくお願いします。
- 2 名前:作者 投稿日:2002年03月02日(土)23時39分54秒
- 以前のスレッドで、”みんなの冬休み”は第六話まで終了しています。
よって、こちらでは第七話からの掲載です。
レス3より、本編の再開です。
- 3 名前:第七話 力になりたい 投稿日:2002年03月02日(土)23時40分45秒
- あした、ののが姫牧の村へ帰る。
そんな日に、うちとののは学校へ向かった。
ののが行きたい言いだしたんや。
うちのいつも通っとる学校。
休みの日に学校へ来るのは初めてのことや。
グラウンドでは陸上部が走っとるし、ソフトボール部も練習しとる。
冬休みでも、意外と人が多いんやな。
- 4 名前:第七話 投稿日:2002年03月02日(土)23時41分35秒
- 別に、普通の学校やと思う。
高校も同じ敷地にあるし、女子校やし、そんなとこはちょっと違うけど、でも、わざわざ見に来るような、変わったとこはないとうちは思う。
ののが、なんでわざわざうちの通う学校が見たい、なんて言いだしたんか、全然わからんかったや。
- 5 名前:第七話 投稿日:2002年03月02日(土)23時42分19秒
- うちらは、校舎に入る。
中学生の校舎。
私服で学校来とるのを先生に見られたら嫌やな、っておもっとったけれど職員室に人の気配はせえへんかった。
音楽室とか、部活やってそうな部屋は渡り廊下を渡った別の校舎にある。
うちのクラスがある4階まで階段を上がっていったけれど、誰もおらへんかった。
真冬やのにストーブもなにもついてへんから、外と同じように寒い。
- 6 名前:第七話 投稿日:2002年03月02日(土)23時42分49秒
- 「あそこ走ってるの、紺野ちゃんだね」
「あっ、ホンマや」
廊下の窓からグラウンドを眺めてののがつぶやく。
紺野ちゃんは、しゃべり方はおっとりしとるのに走れば速いんや。
うちは、陸上部のジャージを着て走る紺野ちゃんの走りを目で追っとった。
「ここがあいちゃんのクラス?」
ののが、1年I組の札を指さして言った。
「ああ、うちのクラス」
そう答えると、ののはドアを開けて中に入っていく。
うちのクラス。
紺野ちゃんや、里沙ちゃんもおるうちのクラス。
そんな教室に入っていって、ののは教壇の上に立って座席表を見とる。
- 7 名前:第七話 投稿日:2002年03月02日(土)23時43分40秒
- 「あいちゃんの席ここか」
そう言って、うちの席に座るのの。
「こんなながめで毎日すごしてるんだね。となり紺野ちゃんなんだ」
うちの隣の席は紺野ちゃん。
2学期の後半は、先生に当てられたときに、だいぶ助けてもろうた。
「座って」
ののは、紺野ちゃんの席に移ってうちに自分の席に着くように言う。
うちは素直にそれに従って、いつもの自分の席に着いた。
- 8 名前:第七話 投稿日:2002年03月02日(土)23時44分51秒
- 「あいちゃんは、中学も、高校も、大学も、ずっとここにいるんだよね」
「大学は、場所違うけどな。でも、多分、うちはずっとこの学校におるんやと思う」
うちの学校には高校入試はない。
そして、よほどのことがない限り、みんな高校も大学もエスカレーター式に入れる。
里沙ちゃんは、そのよほどのことがあるかもしれんらしいけど、うちにはようわからへん。
とにかくうちは、これから長い間ここにおることになる。
「そっかあ。紺野ちゃんなんかとは、ずーっと一緒ってことだよね、これからずっと」
あんまり考えたことあらへんかったけど、そういうことなんやな。
これから10年ここにおるってことは、そういうことや。
「ちょっとうらやましいや、紺野ちゃんが。でも、あいちゃんはずっとここにいて、ののが会いに来れば会えるんだよね」
「ああ、うちはここにおるで」
遠くにおるってさびしいな、のの。
あんまりしんみりしたこというなや。
- 9 名前:第七話 投稿日:2002年03月02日(土)23時45分48秒
- 「なんか、あいちゃんといっしょに授業うけてるみたいでちょっと楽しい」
「なんや、のの、授業なんかきいとらんでホントは寝とるんやろ」
「そんなことないよ。美術と家庭科はすごい楽しいし、体育は得意だよ」
「それ、全部教室でやってへんやん」
「あれ?」
誰もいない教室に響き渡る二人の笑い声。
もしかしたら、こういうことが言いたくてうちの学校に来たんかな、なんて思うとったら、ののは唐突にうちがまるで想像しとらんかったことを言い出したんや。
「まきちゃんがね、帰りたくないって言ってるんだって」
その気持ち、うちにはよう分かると思った。
うちが姫牧から帰ってくるときも、そうやったし。
- 10 名前:第七話 投稿日:2002年03月02日(土)23時46分20秒
- 「よっぽど市井先生のところが気にいったんやな」
そう言ううちに、そういうことじゃないってかんじで首を横にふるのの。
「ちがう。そうじゃない。まきちゃんは、姫牧に帰りたくないの。学校に行きたくないの」
言ってることがいまいちわからへんかった。
よく分からない、というふうにののの方を見ると、ののは、うちの方を向かずに、黒板横の時間割表なんかを眺めながら続けた。
「昨日、市井先生が言ってたんだ。まきちゃんは、卒業したら東京へ帰るんだって。東京の学校へ行くんだって。」
まきちゃんが東京へゆく。
たしかに、まきちゃんには姫牧も似合うけれど、都会の空気の中にいる方がぴったりはまるような気がした。
だけど、それなら、なおさらのこと、姫牧の村での残りの時間を大切に過ごそうとするもんなんやないんか?
- 11 名前:第七話 投稿日:2002年03月02日(土)23時46分52秒
- 「市井先生にもよく分からないみたいなんだけど、学校は話す人もいなくてつまらないし、高校は東京行くんだし、もう姫牧に戻らなくてもいいかなあって言ってたんだって。先生に、なにか知ってる? って聞かれたけど、ののには分からない。でも、まきちゃんが学校で話すのって、たぶんよっすぃーくらいなんだ」
「ののは?」
「ののは、1年生だもん。あんまり学校じゃお話ししないよ」
ののは、机にほおづえをついて、視線をおとした。
これまでで、一番元気のないののやった。
視線を落としたままつぶやく。
「ののの大事な人は、なんでみんなバラバラになっていってしまうんだろう」
大事な人が遠くにおると、それだけで寂しい。
だけど、もっと寂しいのは、自分の大事な人たち同士が、仲良くないことや。
うちが知っとるまきちゃんのことを思い出す。
- 12 名前:第七話 投稿日:2002年03月02日(土)23時47分23秒
- カラオケ大会で優勝したまきちゃん。
いじけていなくなったうちのことを見つけてくれたまきちゃん。
うちに、変な化粧をしたまきちゃん。
うちとのののサンタになってくれたまきちゃん。
うちらのために、おにぎりを作ってくれたまきちゃん。
そんなまきちゃんが、うちは全部好きや。
- 13 名前:第七話 投稿日:2002年03月02日(土)23時47分58秒
- まきちゃんは、吉澤さんとなにかのことで喧嘩でもしたんやろう。
それが、なんなのかはわからへん。
でも、そんなまきちゃんをほっとくことはできへんのや。
だってな、いま、うちは、ののとこうして過ごすことができたんやから。
まきちゃんと遊んで楽しかったから。
まきちゃんには、笑っててほしいんや。
- 14 名前:第七話 投稿日:2002年03月02日(土)23時48分38秒
- 「のの、うちと、ののが、こうして過ごせとるんは誰のおかげやと思う?」
ほおづえしながらうつむいとったののは、うちの問いかけに、驚いてこっちを向いて答えよる。
「おかあさん? かな」
それは、まあ、そうなんやけど、そういうことやないやろ。
「うちな、まきちゃんと吉澤さんがおらへんかったら、ののはうちに来てへんかったと思う。うちが姫牧から帰るときに、ののがさあ、吉澤さんの自転車に乗って来てくれたやん。あのとき、無茶無茶嬉しかったんやで。まきちゃんと、吉澤さんがいろいろしてくれたから、あの時ののは、駅に来れたんやろ」
ののは、うちの方を見ながらうなづいた。
- 15 名前:第七話 投稿日:2002年03月02日(土)23時49分14秒
- 「そのあと、のののお母さんに、うちのこと悪い子やないっていうてくれたんはまきちゃんなんやろ。ののがうちに来たい言うたとき、ののと一緒に吉澤さんとまきちゃんで、お母さんを説得してくれたんやろ」
ののはまた、だまってうなづく。
「うちは、お礼してへんねん。まきちゃんにも、吉澤さんにも、なんにもな。うちとののが会えなくなりそうなときに二人で救ってくれたんやから、こんどはうちらがなんとかする番やろ」
うちは、笑顔のまきちゃんでいてほしい。
なにがあったのかはようしらんけど、でも、ただ、そう思った。
「なんとかできるのかな?」
ののは、不安そうにぽつりとそうもらす。
「わからへん。でも、なんもせえへんと、なんともならへんのだけはわかる」
- 16 名前:第七話 投稿日:2002年03月02日(土)23時49分53秒
- のののこんな顔も見たくない。
こんな、不安そうな、悲しそうな、そんなののは見たくない。
うちは、別に、ええ人やあらへん。
だけど、とにかく、みんなが笑っとる方がうちが楽しいから、だから、まきちゃんがどうかしたなら、なんとかしたかった。
- 17 名前:第七話 投稿日:2002年03月02日(土)23時51分49秒
- うちは、まず、市井先生に話を聞いてみることにした。
それで、先生に電話したんやけど、あまりはっきりしたことはわからへんかった。
ただ、まきちゃんが東京の高校に行こうとしてること。
学校はもう行かなくても、卒業できる日数は足りてるはずと言っていること。
一番仲の良い友達、たぶん吉澤さんのことやけど、その子と喧嘩してから学校がつまらないと言っていること。
市井先生の家で、受験まで勉強していたいなあ、と言っていること。
分かったのはこれだけ。
喧嘩の原因みたいなことは、先生はしらんようやった。
先生に、どうするの? って聞いたら、首に縄付けてでも家に帰らしたいとこだけど、学校の友達が単なる喧嘩じゃなくて、いじめとかだったら、そうもいかないって言ってた。
本気で、市井先生の家でしばらく暮らすなら、家には連絡することにはなるだろうとも言っとる。
うちとののは、これだけじゃどうにもならんから、まきちゃんに直接聞くことにした。
今日まで通っとる大阪の塾の前で、うちらは待ち伏せすることにした。
- 18 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年03月03日(日)02時05分39秒
- やっぱり、ののが詰らない顔をしているのはたまらないので、
亜依ちゃんの力でなんとか解決して欲しい、とは思うものの…。
やはりそこに隠された何かがあるんでは?と思ってしまいます。
残り少ない日々で、亜依ちゃんとののちゃんはどれだけのことができるのでしょう?
- 19 名前:第七話 投稿日:2002年03月03日(日)23時23分51秒
- うちらが塾の前で待つこと20分。
まきちゃんは、お昼休みになって出てきた。
そこにおったのは、なんとなくうちの知らないまきちゃんのような気がして、こっちからは声をかけられへんかった。
「どおしたの? 二人とも。そんなに後藤と遊びたい?」
「まきちゃんに聞きたいことがあるんや」
まきちゃんは、うち達に声をかけた表情は、悩みなんて全然ない幸せな暮らしをしていますという風やった。
うちらは、まきちゃんに連れられて、近くのお好み焼きやさんに向かう。
大阪にいる間に食べたかったんだけど、一人じゃ行きにくかったんやって。
午後からテストなんだよね、やだやだ、と歩きながら話すまきちゃんは、いつもとなにも変わってへん。
市井先生に聞いた話とは、全然違って戸惑ってしまう。
- 20 名前:第七話 投稿日:2002年03月03日(日)23時24分36秒
- まきちゃんは、店に着くまでずっとしゃべとった。
店について3人でテーブル席に座る。
メニューを選んどる間も、まきちゃんはひたすら話し続けた。
話す内容は、塾のことと、市井先生のこと。
あとは、うちとののが、なにしてあそんどるのかとか聞かれた。
吉澤さんのはなしは、全く出てきいへん。
ひたすら話すまきちゃんに、うちとののは、聞かれたことを答えるくらいで、言いたいことは何も言わせてもらえへん。
肝心な話は全然でけへんうちに、3枚のお好み焼きがうちらの前に並んだ。
「おおー、これが本場のお好み焼きか。3等分して、全部食べようね」
うちらの前に並んだ豚玉と、チーズポテトと牛筋の3枚のお好み焼き。
やっぱ、うまそうや。
とりあえず、話は後っちゅうことにして、食べますか・・・。
- 21 名前:第七話 投稿日:2002年03月03日(日)23時25分21秒
- ちょっと足りないね、と言うことで五味焼きというこの店の名物で、豚、牛、いか、エビ、タコの入った物を一枚追加。
この一枚が出てくる間をつこうて、うちは、まきちゃんに話を切りだした。
「まきちゃん。受験っちゅうことは、後3ヶ月で中学校卒業やな」
「そだね。受験が終わればもう勉強しなくていいのか、と思うとちょっと嬉しいよ」
「学校、楽しい? 卒業したくない、とか思う?」
うちは、ちょっと変化球で攻めてみた。
なんとなく、はっきりは聞きづらかった。
「うん。楽しいよ。亜依ちゃんは?」
まきちゃんは、即答した。
そして、うちに話を振る。
「うちのことはええねん。ところで、吉澤さんはどおしとるん?」
「多分、今頃勉強してるんじゃない? わかんないけど」
今度は、ちょっと素っ気なかった。
そういえば、吉澤さんの話は前に出たときもまきちゃんは素っ気なかった気がする。
やっぱり、なんかあったんやろか、という気がしてきたので、今度ははっきり聞いてみた。
- 22 名前:第七話 投稿日:2002年03月03日(日)23時27分12秒
- 「市井先生に聞いた。姫牧に帰りたくないって言ってるって」
「あら、聞いちゃった?」
「学校でけんかした友達って吉澤さんのことなんやろ。何があったん? 教えてや。
うち、力になりたい」
「いや、べつに、何もないよ。ちょっとね、言ってみただけ。ああ言えばさあ、市井先
生、もうしばらく泊めてくれるかなあ? なんて思ったから。もうちょっと帰りたくない
な、って思ったのはホントだけどね。先生のとこ居心地いいし」
ちょっと言ってみただけというまきちゃん。
ホントなんやろか?
どう聞いたらええんか分からずに、考えこんどるあいだに、隣からののが口を挟む。
- 23 名前:第七話 投稿日:2002年03月03日(日)23時28分50秒
- 「卒業したら、東京へ行っちゃうってほんとう? 姫牧からいなくなっちゃうの?」
ふーっとため息をつくまきちゃん。
ちょっとためらってから口を開く。
「それも聞いちゃったんだ。うん。本当だよ。私は、卒業したら東京へ帰る。東京の高校
へ行くんだ」
「姫牧のこと嫌い? ののたち嫌い? よっすぃーと喧嘩したの? なんで?」
たたみかけるように言葉をつなげるのの。
こんなに必死なののを見るんは、夏休みのあのバレーボールの試合以来やった。
- 24 名前:第七話 投稿日:2002年03月03日(日)23時29分48秒
- 「そうじゃないの。誰かが嫌いとか、村がいやだとか、そういうことじゃないの」
「じゃあ、なんで? なんで、遠くへ行っちゃうの?」
必死なののを見とると、うちは、もう口を挟むことがでけへんようになっとった。
「私は、姫牧の村好きだよ。みんなのことも好き。だけどね、私の居場所は東京なんだろ
うなって思うの。まあ、いろいろあるんだよ。それは、もう好きとか嫌いの問題じゃなくて
さ。それが一番自然なことなの。私にとって、姫牧の村っていうのは、期間限定で過ごして
きたとってもいいところなんだよ」
- 25 名前:第七話 投稿日:2002年03月03日(日)23時30分18秒
- まきちゃんの言うとる意味とはちょっと違うかもしれへん。
でも、うちにも、それは分かるような気がした。
うちは、姫牧の村が好きやし、ののも、まきちゃんも、吉澤さんも好きや。それとばーちゃんも。
だけど、うちは、奈良におる。
お母ちゃんと暮らし、紺野ちゃん達学校の友達と暮らすんや。
どっちが好きとか、どっちが大事とか、そんなんやなくて、そういうもんなんや。
だけど、どうしても引っかかることがある。
うちが聞く前に、ののがこれも聞いてくれた。
- 26 名前:第七話 投稿日:2002年03月03日(日)23時31分32秒
- 「よっすぃーとなにけんかしたの? 市井先生いい人だし、気にいるのはののにも分かる
けど、なんで、帰りたくないなんて言うの? 学校がなんで楽しくないの? よっすぃーと
なにけんかしたの?」
そう、ちょっと言ってみただけ、なんていうんは絶対に嘘や。
吉澤さんと、けんかして学校行きたくないってのはきっと本当のことなはずや。
東京へ行くっていうんはどうしようもあらへんことやけど、これだけはうちらでなんとかしたいと思った。
「いや、私の学校嫌いはさ、勉強嫌いだからしょうがないじゃん。よっすぃーとはちょっと
喧嘩しちゃったのは確かだけど、ののちゃん達が心配するようなことじゃないよ。」
- 27 名前:第七話 投稿日:2002年03月03日(日)23時32分13秒
- うちには、この言葉が信じられへん。
もう一度改めて聞こうとおもっとったら、お好み焼きが焼き上がって出てきてしもた。
まきちゃんは、待ってましたって言うて、3等分して暖かいうちに食べようね、などと言いよる。
話をはぐらかそうとしとるんが、うちにもさすがに分かってしもたんやけど、それ以上は何も言えへんかった。
お店自慢の五味焼きは、なんか、あんましおいしくなかった。
- 28 名前:第七話 投稿日:2002年03月03日(日)23時32分54秒
- 「市井先生のとこ泊まってたから、ちょっとお金余ってるんだ。だからおごってあげるよ」
そういって、まきちゃんがお会計を済ます。
結局うちらは、本当のところは聞けへんかった。
まきちゃんにとって、市井先生にはいろんなこと話せても、うちらのような子供には何も話せへんっちゅうことやろか。
助けてもらうばかりで、何もしてあげられへん自分が情けなかった。
すごい悔しかった。
- 29 名前:第七話 投稿日:2002年03月03日(日)23時33分49秒
- 「まきちゃん。うち、まきちゃんのこと好きやで」
「どおしたの、急に。でも、ありがと」
「だからな、困ったことがあったら言うてな。うちじゃ、あんましあてにならへんかもし
れへんけど、でも、言うてな。うち、まきちゃんにいつも笑っとってほしいから」
まきちゃんは、うちの方を振り返って言うてくれた。
「ありがと」
テスト始まっちゃうから行くね、とまきちゃんは走って塾に戻っていった。
うちは、ちょっと切ない気持ちでそれを見つめとった。
- 30 名前:第七話 投稿日:2002年03月04日(月)21時09分51秒
- うちには、やっぱりどうすることもでけへんのやろか。
うちも、ののも、子供やから、どうにもできないんだやろか。
大阪の町をぶらぶら歩きながら、ふと目についた喫茶店に二人で入った。
ドトールでも、スターバックスでもない普通の喫茶店。
ちょっと、大人ぶってみたかったせいかもしれへん。
薄暗いランプの照明だけのそのお店は、コーヒーの専門店らしい。
だけど、二人ともコーヒーは飲めへんからコーラを二つ頼んだ。
ちょっと格好悪い。
- 31 名前:第七話 投稿日:2002年03月04日(月)21時10分33秒
- 「なあ、のの。どうしたらええんやろ。うちら、どないしたらええんやろ」
なんとなく、愚痴っぽい台詞になってしまう。
「よっすぃーと、まきちゃんは、なんでけんかしたんだろうね」
そや、それや、のの。
それがわからな、しゃーないやん。
その理由を知っている人は、まきちゃん以外にもう一人おるっちゅうことや。
名案が浮かんだ。
これや、きっとうまくいく。
- 32 名前:第七話 投稿日:2002年03月04日(月)21時11分15秒
- 「のの、ちょっと耳貸し!」
うん、うん、とうなづきながら聞くのの。
別に、まわりの人に聞かれてもかまへんのに、こんなことしてしまううちらは、やっぱり子供なんだろう。
それは、このさい認めてしまおう。
「いいね、それ。あいちゃんにしてはめずらしいよ」
「なんやて! のの、うちはいつでも名案ばかりやで」
なんか、楽しくなってきたやん。
作戦実行とばかりに、ののは手帳を開いてうちの携帯で電話をかけ始めた。
うちも、のののとなりに移動して、電話の向こうの声が聞こえるようにする。
- 33 名前:第七話 投稿日:2002年03月04日(月)21時12分11秒
- 「もしもし、よっすぃー?」
「のの? ののなの?」
「うん、ののだよ。よっすぃー元気?」
「んん? ばりばり元気だよ。ののは? 今、あいちゃんのとこでしょ?」
うちの名前が出たとこで、ののはこっちをみたけど、うちは、もうちょっとはなせと合図した。
「よっすぃー、今勉強してるの?」
「あれ、いや、まあ、ちょっと」
「だめじゃん。でも、ののは、よっすぃーが高校落ちて、姫牧の村に残ってくれるならそれでもいいよ。」
「やだよ、そんなのー。」
「じゃあ、べんきょうしなきゃ。まきちゃん、今日テストだ! って張り切ってたよ」
「え? 真希にも電話したの?」
ののに授けた作戦その1。
さりげなく、まきちゃんの名前を出す。
思った通り、反応があった。
ののに、替わって、と合図する。
- 34 名前:第七話 投稿日:2002年03月04日(月)21時12分50秒
- 「よっすぃー、あいちゃんに替わるね」
よしざわさんは、まきちゃんがこっちにおるのを知らんみたいや。
うちらの作戦にとって、これはどうなんだろう。
「もしもし。よしざわさん? 元気ですか?」
「あいちゃん。元気そうだね。ののがお世話になってます」
「はい、お世話してます」
お世話されてないよ、ってののが横から口を出す。
そんなこと言うと、今日、一緒のベッドで寝てあげへんで。
「でも、お世話してるの、ののだけやあらへん。まきちゃんも、お世話してるんやで」
「真希、そっちにいるの?」
「聞いてへんの? まきちゃんは、こっちの塾で冬期講習を受けてるんです」
「あ、いや、知らなかった」
- 35 名前:第七話 投稿日:2002年03月04日(月)21時13分24秒
- ののと顔を見合わす。
うちは、先にきづいとったけど、ののは、いま分かったみたい。
あれだけ仲良かったのに、真希ちゃんがこっちに来とることをしらんと言うことは、間違いなくけんかしとる。
もしかしたら、取り返しのつかないくらいのけんかかもしれへん。
ちょっと、不安になってくる。
それでも、作戦は続行。
- 36 名前:第七話 投稿日:2002年03月04日(月)21時14分08秒
- 「まきちゃん、ないとったで。帰りたくないって。高校受験までこっちにいるいうてな。
まきちゃん東京行くんやろ。もう、姫牧には戻りたくない言うとったで。何があったん?
教えてな。まきちゃんがおってくれるんはうれしいけど、訳も分からずうちにずっと泊め
てあげるいうんもへんやし」
「いま、亜依ちゃんとこにいるんだ、真希」
「うん」
作戦その2。
まきちゃんは、うちに、泣きながらずっとここにいたいと言ってることにする。
市井先生の名前出すんは、説明するのめんどうやしな。
泣きながら、っちゅうんはおまけや。
こうでも言えば理由は聞けるやろ、って考えるうちは、頭ええ。
- 37 名前:第七話 投稿日:2002年03月04日(月)21時14分57秒
- 「いや、まあ、ちょっと、喧嘩した。進路のことでね。私もいろいろあってストレスたま
ってて、それで、真希とちょっとね。大したことじゃないんだけど」
「大したことやなくてなんで、帰りたくないってことになるんや!」
「ホントに、大したことじゃなかったんだ。まあ、私が悪いんだよ。それだけ。ねえ、ホ
ントに真希は帰りたくないって言ってるの? 3学期は帰ってこないの?」
進路のことって言うんは、まきちゃんが東京へ行くいうことやろか。
それで、よしざわさんが怒ったなら、よしざわさんはまきちゃんのことが嫌いなんやない。
それだけは間違いあらへん。
この辺で、最後の作戦といきます。
- 38 名前:第七話 投稿日:2002年03月04日(月)21時16分09秒
- 「あのね、よしざわさんが迎えに来てくれるなら帰ってもいいって言ってます」
「真希が? 真希がそう言ったの?」
「はい」
よしざわさんは、ちょっと黙り込んだ。
うちは、テーブルのコーラを一口飲んでから、さらに続ける。
「よしざわさん。来てくれますよね。まきちゃんを迎えに来てくれますよね。よしざわさ
ん来てくれへんかったら、一生まきちゃんと逢えへんかもしれへんで。さっき、大したけん
かやない言うてたやん。それやったら、仲直りしてや。うちも、ののも悲しい。迎えにきて
や。絶対やで。あした、大阪まで迎えに来てや」
- 39 名前:第七話 投稿日:2002年03月04日(月)21時16分41秒
- うそ、なんやけどな。
うそやけど、きっと、よしざわさんが来てくれれば、全部解決すると思うんや。
きっと、仲直りできるはず。
だって、あれだけ仲良かったんやもん。
その、きっかけをうちらがつくるんや。
「あした? あしたなの?」
「そや、あした」
「考えてみるよ」
「考えるんやない! 来てや! 絶対来てや!」
「亜依ちゃん。大した喧嘩じゃないのは確かだけどさ、いろいろあるんだよね、私にも。」
「そんなこといわんといてや」
ダメかもしれへん。
一瞬そう思ったけど、でも、よしざわさんなら来てくれる、そう信じたい。
うちは、明日のののが帰る電車の時間を告げて電話を切った。
よしざわさんのいろいろがなんなのかはわからへんけど、でも、仲直りしてほしい。
- 40 名前:第七話 投稿日:2002年03月04日(月)21時17分31秒
- 「来てくれるかな? よっすぃー」
「来る! 絶対来る!」
うちらは出来るだけのことはしたと思う。
最後に市井先生に明日まきちゃんを絶対連れてくるように言うて、作戦は全て終了。
コーラ一杯450円っちゅう、中学生には目が飛び出るような金額を払ろうて、店を出た。
喫茶店なんで、もうこりごりや。
外は、店の中とくらべてめっちゃさむくて、すごく眩しかった。
「のの、これから何して遊ぼうか」
「かえろう、あいちゃんちに」
「うちでええんか?」
「うん。かえろう。おおさかみたいな都会はちょっとにがて」
- 41 名前:第七話 投稿日:2002年03月04日(月)21時18分11秒
- ののがそう言うから、家に帰った。
帰って、なんか、押入とかあさっとったんよ。
ののがな、うちの小学校の卒業アルバム見たい言うから。
そしてらな、たこがでてきよったんや。
たこって、食べるタコや無くて、空飛ばす凧な。
英語でカイトいうんや。
うち、知っとるで。
お母ちゃんに聞いたら、この凧はうちが小さいときにばーちゃんちに行ったときにあげたんだそうや。
本当はばーちゃんちに置いておくはずやったんやけど、うちが泣いてはなさへんから、持って帰って来たんやって。
うち、そんな聞き分けない子やあらへんて。
おぼえてへんもん、そんなこと。
- 42 名前:第七話 投稿日:2002年03月04日(月)21時18分42秒
- そんないわくつきの凧を、うちのそばにあるお墓の奥の原っぱで、ののとあげたんや。
このへんで、電線がないとこいうたら、ここしかあらへんさかい、お墓のそばっちゅうんは怖いけどしゃーない。
辺り一面枯れ草で、絵に描いたように冬だなあって思わされるような場所やった。
姫牧の村でうちがばーちゃんと上げた凧を、姫牧から来たののと二人で今、あげとる。
日が暮れるまで駆け回った。
凧は、高く高く、空高く、気持ちよさそうに泳いどった。
冷たい風が吹いとったけどな、夕日に照らされて空を泳ぐ凧は、むっちゃきれいやったんや。
この凧あげが外でののとふたりで過ごす最後の時間やった。
- 43 名前:第七話 終わり 投稿日:2002年03月04日(月)21時19分18秒
- うちへ帰って、ご飯を食べてお風呂に入る。
ののが来てから毎日しとること。
最後の日やけど、特別なことはなんもせえへん。
だけど、いつもよりちょっとだけ静かな夜やった気がする。
なんもせえへんのに、ただ、なんとなく眠ってしまうのが嫌で、二人でいつもよりも遅くまで起きとった。
うちらは、夜遅くにベッドにはいるまで、まきちゃんとよしざわさんのことも、明日帰るっちゅうことも、お互いに一言も口にせえへんかった。
- 44 名前:作者 投稿日:2002年03月04日(月)21時23分37秒
- >>3-43 第七話 力になりたい
>18 M.ANZAIさん
いつも、おつきあいいただきありがとうございます。
次回第八話です。
第七話の翌日、冬休みの最後の日となります。
- 45 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年03月05日(火)03時41分43秒
- 2人の大作戦、はたしてどんな顛末となる事やら・・・。
- 46 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月06日(水)00時39分46秒
- 前スレから一気に読ませてもらいました
いろんなことに一生懸命な加護がとってもラブりーっす
作者さんは関西人ぢゃないってことですけど、加護の関西弁、全然ヘンぢゃないし
心にしみる、なんとホッと出来る作品ですね
頑張ってください、応援しています
あ、機会があったら、また姐さん(新婦)出してください(w
- 47 名前:作者 投稿日:2002年03月06日(水)23時52分45秒
- 作者告知
現在最後の手直し中。
8日の金曜日夜(目標)に最後の更新をする予定です。
もうしばらくお待ち下さい。
>45 M.ANAZAIさん
全ては最終話にて
レスは、どこに入ってもうれしい物です。
あまり気にしないで下さい。
>46 初めまして。そして、ありがとうございます。
姐さんを結婚させたのは、実は誰かに突っ込んで欲しかったんです。
また出るかどうかは・・・。
- 48 名前:第八話 それぞれの想い 投稿日:2002年03月08日(金)22時35分36秒
- いつもより遅く眠ったのに、それでも夜中に目が覚めてしまったんや。
- 49 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時36分18秒
- 真っ暗闇の中、隣にはののがおる。
こういうんも、もう終わりなんやなあ、と改めて思うてしもた。
あしたになってほしくないと思う。
ののは、よだれを出しながら寝とった。
もう、うちのまくらやで、汚しよって。
まあ、ののならええけど。
なんか、目がさえてしもた。
うちは、ベッドから出る。
明日の夜は一人で眠るんやな。
もう、冬休みは終わる。
- 50 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時36分52秒
- 机の上には、写真立てが一つおいてある。
暗闇の中、それを手に取った。
写真には、夏祭りに浴衣を着とる4人がいる。
うちがいてののがおる。うちの右にはまきちゃん、ののの左にはよしざわさん。
懐かしいなあ。
帰りの電車で、たくさんたくさん泣いたっけな。
- 51 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時37分28秒
- 明日は、絶対泣かんとこと思う。
夏にののと、そしてまきちゃんやよしざわさんとお別れしたときは、もう逢えへんとおもうとった。
でも、ののは来てくれた。
まきちゃんも、いろいろあるけど来てくれた。
あした、お別れしても、またあえるはずなんや。
さびしいけれど、でも、またあえるはずなんや。
だから、泣かんとこ。
そう決意して、写真を置きベッドに戻る。
よしざわさんがあした来てくれるかだけは心配やった。
- 52 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時38分23秒
- 翌朝、うちとののは、お母ちゃんに連れられて駅に向かった。
そこで、市井先生にまきちゃんと待ち合わせ。
うちと市井先生は大阪駅まで二人を送っていく。
大阪駅に、よしざわさんが迎えに来ることになっとるのは、うちとのの、ふたりだけの秘密や。
- 53 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時39分08秒
- まきちゃんが来るかどうかもちょっと心配やったけど、駅には市井先生と並んで大きな荷物を抱えたまきちゃんはきた。
「帰る気になったの?」
「だから、言ってみただけだって。まあ、こっちが居心地いいのは確かだけどさ」
まきちゃんはそういっとるけど、表情はあんまり明るくあらへん。
ののとまきちゃんはうちのおかあちゃんに挨拶をして、電車に乗り込んだ。
うちの駅から、大阪までは1時間くらいかかる。
その間、なんとなくあまり会話らしい会話をせえへんかった。
- 54 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時39分40秒
- 大阪の駅に着く。
のの達が乗る特急のホームへ移動。
うちとののはその間ずーっときょろきょろしとったら、市井先生に突っ込まれた。
「なに挙動不審になってるの?」
「い、いや、別に何でもあらへん」
「あやしいなあ。まあ、別にいいけど」
市井先生は鋭いから、気をつけんと。
でも、よう考えたら、市井先生には知られても問題あらへんのやったっけ。
特急のホームについてもよしざわさんの姿はあらへんかった。
- 55 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時40分27秒
- 「よっすぃー、いないね」
「いや、来る。絶対来る」
うちらがこそこそやっとると、まきちゃんも市井先生となにやらこそこそやっとる。
「ねえ、ホントにかえんなきゃダメ?」
「あたりまえだろ。出席日数が足りてる足りてないの問題じゃない」
「まあ、分かってるんだけどね、そんなことは。しょうがないか、後3ヶ月の辛抱だし」
こそこそしっとても、うちには聞こえた。
やっぱ、まきちゃん学校いやになっとるんやな。
- 56 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時41分15秒
- 「来た! よっすぃー来た!」
ののが、大きな声で叫びよる。
そちらを見ると、よしざわさんが階段から駆け上がってくるとこやった。
「よっすぃー、こっち!」
ののが呼ぶ。
その声に導かれて、よしざわさんはうちらの元へ、まきちゃんの前へやってきた。
- 57 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時41分50秒
- 「どおしたの?」
「はぁはぁ、迎えに、来た」
「迎えに? 私を?」
「そう」
怪訝な顔しとるまきちゃん。
まあ、そらそやろ。
なんもしらんのやから。
とにかく、よしざわさんが来てくれて良かった。
- 58 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時42分34秒
- 「真希。私、真希に嫉妬してた」
「嫉妬?」
「うん。高校は東京へ行く、なんて簡単に言える真希がうらやましかった。東京、なんて言葉が簡単に出せる真希と自分を比べて、悔しかった」
「簡単じゃないけどさ」
「私は、姫牧の村しか知らない。だけど、真希は外の世界を知ってる。外の世界を知ってて、だから、姫牧の村の良いところも悪いところも分かって、それで、外の世界へ出ていくことが簡単に出来る。」
真剣な表情で話すよしざわさん。
うちの隣におるののは、うちの右手を強く握ってきた。
うちは、それを握り返した。
- 59 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時43分27秒
- 「そうでもない。簡単じゃないよ。村が嫌いで東京が好きで、それで出ていくって言うの
なら簡単でいいよ。だけど、違うから私もすごく悩んだ。お母さんがね、お父さんともう一
回一緒に暮らそうって言うんだ」
知らんかった。
まきちゃん、お父さんが遠くにおったんや。
うちといっしょで、お母ちゃんと二人で暮らしとったんや。
- 60 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時45分23秒
- 「お父さんが村に来たら仕事なくなっちゃうから。だから東京に行くしかない。別に東京
嫌いじゃないけどさ、村から離れるの寂しいよ。よっすぃーとかさ、ののちゃんとかさ、一
緒にいたいもん。他にあんまり仲の良い人たくさんいた訳じゃないけど、でも、寂しいよ」
「ごめん。わたし、真希も悩んでたのに、私が勝手に怒って。どうせ、ホントは村のこと
バカにしてるんでしょ、なんて、そう言った私が多分、自分の住む村をちょっとバカにして
たんだと思う。ごめん」
「わたしさ、結構言葉が足りないんだよね、いつも。結論だけぽんっと言っちゃうから、
あんまり伝わらないことが多いんだ」
「高校ね、バレーの強い学校から誘われてるんだ。それは当然村のみんなとは違うかなり
遠い学校ってことになる。隣町の学校でも、寮で暮らすのやだなって感じだったのに、さら
に遠くの、知ってる人が誰もいない学校に行くのは怖くて、どうしようか悩んでた。そんな
ときに、東京、なんて言葉が真希から出たから、自分の世界の狭さにいらだっちゃって。八
つ当たりみたいに、あんなこと言っちゃったんだ」
- 61 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時45分56秒
- よしざわさんも遠くの学校へ行く。
それを聞いてののは、またうちの手を強く握ってきた。
「真希。村に帰ってきて。残りは3ヶ月しかないけど、一緒に学校行こうよ。一緒にすごそうよ」
- 62 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時46分32秒
- まきちゃんの返事はなかった。
まきちゃんは泣いとった。
隣に立つ市井先生が、まきちゃんの肩を抱いて語りかける。
「ほら、後藤。友達がわざわざ迎えに来てくれて、こう言ってるんだ。ちゃんと答えてや
れ。後藤はどうしたいんだ」
そう言って、市井先生はまきちゃんにハンカチを手渡した。
- 63 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時47分08秒
- 「後藤は、外から来た子だから、学校に友達はあんまりいないの。近所のおばさんに、お
父さんがいない子なんて言われたりもしてるの。だけど、後藤はよっすぃーがいるかぎり、
あの村好きだよ。だから、帰る。卒業までちゃんと学校行く」
こういうの、友達やなくて、親友って呼ぶんやろな。
吉澤さんも泣いとった。
「ごめんね、ごめんね、真希」
- 64 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時47分38秒
- 横では、なぜかののも鼻をすすっとる。
そやけど、ホンマ良かった。
まきちゃんと、よしざわさんと仲直りしてくれて。
ひとしきり泣いて落ち着いたまきちゃんが、言う。
「でもさあ、なんでよっすぃーが迎えに来てるわけ?」
まずい。
危険。
- 65 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時48分11秒
- 「それは、真希が、私が迎えに来てくれなきゃ帰らないって言ってるって聞いたから」
「誰に?」
「亜依ちゃんに」
うちの方を見て、吉澤さんが言う。
「亜依ちゃん!」
「はっ、はい」
「しょーじきに答えましょう。よっすぃーに何言ったのかな?」
まきちゃん、目が笑ってへん。
怖い。
- 66 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時48分46秒
- 「亜依ちゃん! 答えなさい」
「はっ、はい。まきちゃんが、村に帰りたくないってうちに泣いて言うたって」
「それで!」
「そ、それで、吉澤さんが迎えに来てくれれば帰ってもいいって言ってるって、電話で、言いました」
のの、のの、助けてな。
のの方を見ると、すでによしざわさんの腕にからみついとる。
ずるい、裏切りよった。
- 67 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時49分16秒
- 「亜依ちゃん!」
「は、はい」
「後藤、怖かった?」
急に、笑顔になってまきちゃんはうちの頭をなでてくれよった。
どないしたん?
「ありがとね。仲直りさせてくれようとしたんだよね。ごめんね、心配かけて」
「そうだよ、後藤。ホント心配したんだぞ」
「先生は、後藤に居候されるのが怖かっただけでしょ」
みんなに笑いが戻った。
ホームの喧噪よりも、通過電車のアナウンスよりも大きな声で、うちら5人の笑い声が響く。
- 68 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時49分52秒
- 「さて、帰りますか」
まきちゃんが、さらっと言う。
そうや、帰るんやな。
- 69 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時50分26秒
- 「あのさあ、私、わざわざ大阪まで来て、そのまま帰るの?」
「だって、後藤のこと迎えに来てくれたんでしょ。私のお供として帰るんだよ」
「まあ、帰るのはいいんだけど、ちょっと遊んでいこうよ」
ということで、ぎりぎりまで遊んでいくことに決定。
行く先は、ののの意見でユニバーサルスタジオ。
- 70 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時51分01秒
- 冬休みももう終わりの日や。
普通に考えれば分かることやったんやけど、人がぎょうさんおってな、全然見たいもんも見れへんねん。
長いのは5時間待ちやって。
あんまり遅くまでいられへんから、せいぜい一つか二つしか行かれへん。
どれを選ぶかが、すごく重要や。
- 71 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時51分36秒
- 「うち、ターミネーター行きたい」
「ののは、バックトゥーザフューチャーがいい」
「あんなん、おもちゃの乗り物乗るだけやで、ターミネーターは、おもろい司会のおばち
ゃん出てくるらしいし、いこうや」
「やだ、バックトゥーザフューチャー」
「ターミネーター!」
「バックトゥーザフューチャー!」
「もう、喧嘩しないの」
「ジュラシックパーク!」
- 72 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時53分16秒
- ん?
叫んだのはよしざわさん。
「ジュラシックパーク! ジュラシックパーク!」
「よっすぃー?」
「今日は、私のわがまま聞いてもらうんだから。わざわざ迎えに来たんだからね。いい、亜依ちゃん?」
「は、はい」
「ののも、分かった?」
「どおしたの? よっすぃー」
「今日という一日を、大事に使うの! だから、ジュラシックパーク」
なんか、やたらハイテンションなよしざわさん。
うちは、今日はこの人には逆らえへんし、素直に従ってジュラシックパークへ行った。
- 73 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時53分50秒
- それでな、ずーっと並んでまっとったんや。
4時間近く。
ようやく、乗り物が見えて来たんよ。
「やっと見えてきたね」
「のの、大丈夫? 恐くて泣いちゃうんじゃないの?」
「泣かないもん。こわくないもん」
「ホントに? 恐竜に襲われるんだよ」
のののことを、よしざわさんとまきちゃんが二人ががりでいじめとる。
いつも、村ではこんな感じなんやろな。
仲直りした二人が見れて、本当に良かったとうちは思う。
ウソまでついてよしざわさんを呼び出したかいがあったってもんだ。
- 74 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時54分27秒
- こんな風にふざけながら、さんざん待ってな、ようやくのりこんだんや。
でもな、4時間待って、5分でおわってしもたんよ。
まあ、楽しかったからえんやけど。
大変やったんやで。
うちとののは、雨合羽買わずに乗ったら、ずぶぬれになるし、ののは怖がって泣きよるし。
乗り物から降りたところでな、写真があったんよ。
最後に落下するところでうつされたんや。
- 75 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時55分01秒
- 「真希、すごい顔!」
「やだー! なにこれ! よっすぃーだけ余裕で真ん中でバンザイしてるし、ずるい」
「のの、泣いとるし」
「泣いてないもん。市井先生だって、こわくてまきちゃんに抱きついてるじゃん」
「私だって、恐い物はあるさ。亜依ちゃんだって、ののちゃんにしがみついるじゃん」
5人一列に並んでうつっとる。
うちは、ずぶぬれになりながらも、みんなの声を聞いてわらっとった。
- 76 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時55分40秒
- 「これ、記念に買っていこうよ」
「やだ、絶対やだ」
「そんなこと言わずにさ、うちにかざっといてやるから」
「じゃあ、帰らない。いちいちゃんの家にずっと泊まってる」
「なんだよ、分かったよ。買わないよ。でも、市井ちゃんって、先生だぞ私は」
「いいじゃん、亜依ちゃんの先生でも私の先生じゃないもん。おともだち」
市井先生とおともだち宣言するまきちゃん。
なんか、子供みたいや。
- 77 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時56分13秒
- ジュラシックパークから降りると、もう他のを回ってる時間はなかった。
仕方がないので、入り口近くのおみやげやさんでおかいもの。
いろんなお店にいろんなものが売っとるから悩んでしまう。
「のの! みんなにおみやげ選ぶよ」
よしざわさんはののを引き連れて、バレー部のみんなにおみやげをえらんどる。
みんなに同じ物一つを選んで買っていくやって。
「なんか、ええな。ああいうの」
「うん。仲間って感じだよね。わたしも、なにか部活やっとけばよかったかな?」
「後藤も、高校行ったらなにかやってみればいいんだよ。まだ、遅くない」
「そだね」
- 78 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時57分06秒
- まきちゃんは、市井先生をお友達言うとるけど、確かにお友達な部分もあるんやけど、やっぱり先生な部分もあるなあと思う。
- 79 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時57分41秒
- それから、うちらは急いで大阪駅まで戻った。
大きなおみやげ袋を抱えてほくほく顔ののの。
お年玉が一日で消えちゃったよー、となげくよしざわさん。
昨日のテストが集中できなくて全然ダメだった、と告白するまきちゃん。
そんなみんなと、今度こそ本当にお別れなんや。
- 80 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時58分25秒
- 「亜依ちゃん、市井先生。ホントにありがとう。お世話になりました」
「なんだよ、後藤らしくないぞ」
うん、まきちゃんらしくない。
「たまには、ちゃんとお礼言ったっていいじゃん。ホントにお世話になったって思ってる
んだもん」
うちは、ほとんどお世話も何もしてへんけど、市井先生のところには何日も泊まっとった
んやもんなあ。
「また来てや」
「うん。亜依ちゃんも、東京に遊びに来てよ。ついでに市井先生も」
「私はついでかよ。その前に、しっかり高校受かれよ」
「はい」
口調はきびしいけれど、市井先生の表情はすごく柔らかかった。
- 81 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)22時59分48秒
- 「のの、また行くからな。まっとってな」
「うん。ののも、また来るよ」
ありきたりの別れの挨拶ってやつなんやとおもう。
でも、それでええねん。
また、逢えるんやから。
「ありがとね、亜依ちゃん。亜依ちゃんが迎えに来いって言ってくれなかったら、真希と
仲直りできなかったかもしれないし」
「よしざわさんが、のののことを、うちが村から帰るときに連れてきてくれたから、お礼
しなきゃって思ったの」
「ありがとう。また、逢おうね」
「うん」
- 82 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)23時00分26秒
- ののを真ん中に置いて、左によしざわさん、右に真希ちゃん。
ののは、両手をつないでもらっとる。
3人とうちは、ここでお別れするけど、この3人のお別れももうすぐ来るんやな。
市井先生とは、先生やからこれからもしょっちゅう会う。
ののとも、きっと年に何度かは逢うだろう。
まきちゃんには、東京へ行けば逢える。
よしざわさんとだって、押し掛けていけば逢うことは出来る。
でもな、この5人がそろうのは、きっともうないんや。
もう、二度とないんや、この光景は。
- 83 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)23時01分19秒
- 電車発車の音楽がなる。
うちは、泣かないと決めておるんやから、泣かへん。
「あいちゃん。また、一緒に遊ぼうね。遠くにいるけど、でも、ずっと、友達だよね。また、一緒に遊ぼうね」
「ああ、また、すぐにな」
すぐに、また逢える。
きっと。
- 84 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)23時01分51秒
- ドアが閉まる。
ののの目は真っ赤や
電車が動き出し、うちも走り出した。
ドアの向こう側で3人はなにかをいっとるようやけど、もう聞こえない。
うちは、ただただ走った。
電車はどんどん加速してゆく。
それでも、走って、走って、追いかけた。
電車に置いて行かれる。
すると、一カ所窓が開いて、ののと、まきちゃんが顔を出して来よった。
「あいちゃん。ありがとう。ありがとうね。また、また、くるからね!」
「ばいばーい!」
- 85 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)23時02分29秒
- うちは、プラットホームの端までたどり着いた。
電車だけが先へ先へ進んでいく。
3人の顔はもう見えへん。
それでも、叫んだ。
「また、また、逢おうな! 絶対、絶対、また、逢おうな!!」
すぐに、電車は見えなくなった。
それでも、ずっと、手をふっとった。
- 86 名前:第八話 投稿日:2002年03月08日(金)23時03分00秒
- 「ほら、あんまり泣くな」
市井先生に、後ろから抱きすくめられる。
うちは泣いてへん、と手を顔にやるとべたべたやった。
ハンカチで顔を拭く。
ふと見ると、市井先生も泣いとった。
- 87 名前:第八話 終わり 投稿日:2002年03月08日(金)23時03分38秒
- こうして、うちの、みんなの、冬休みは終わった。
- 88 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月08日(金)23時04分19秒
- ののも、まきちゃんも、そして迎えに来たよしざわさんも、みんな帰っていった。
あれからもう1月経つ。
ののから、うちへ手紙が届いた。
- 89 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月08日(金)23時05分01秒
- あいちゃんへ
あいちゃん、元気ですか?
ののは、まいにち雪の中を元気に学校へ通っています。
さいきんは、部活によっすぃーが毎日来てくれるからすごくうれしいです。
よっすぃーはね、けっきょく、とおくの町の高校へいくことにしたんだって。
ののは、よっすぃーにはすぐそばの町にいてほしかったけど、しょうがないよね。
でも、とおくの町へいっても、たまにはかえってきてくれるって言ってた。
それと、バレーの試合とかでテレビにも出られるかもしれないんだって。
すごいよね。
ののは、よっすぃーとおなじ高校にいけるようにいまがんばって練習してるんだ。
- 90 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月08日(金)23時05分44秒
- あとね、あいちゃんにはだまっててて言われてたんだけど、よっすぃーね、まきちゃんをむかえに来た日、自分をさそってくれる学校の練習に参加してみるはずだったんだって。
かんとくの人に呼ばれてたんだけど、どたきゃんしちゃったって笑ってた。
けっきょく問題はなくって、その学校に行けることになったんだけど、あいちゃんのせいでよっすぃーが高校いけなくなるとこだったんだよ。
だから、ののはやめようっていったのに。
- 91 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月08日(金)23時06分44秒
- まきちゃんは、もうすぐ東京へ行っちゃう。
テストはもうちょっと先だけど、来週からテストにそなえて東京にとまるんだって。
ののは、この村しか知らなかったから、東京ってすごくこわいところのような気がしたけ
ど、あいちゃんちにいってそうでもないのかなって思ったよ。
でも、まきちゃんが言うには、あいちゃんちは、東京とくらべたらぜんぜんいなかなんだ
ってね。
やっぱり、あいちゃんちはいなかなんだよ。
- 92 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月08日(金)23時08分00秒
- なんか、みんなとおくに行っちゃうみたいでちょっとさびしいです。
でも、すごくとおくにいるあいちゃんにも会えたんだし、おんなじ県にいるよっすぃーに
はいつでも会えるよねきっと。
東京はすごくすごくとおいと思うけど、修学旅行で行くから、そのときぜったいまきちゃ
んに会うんだ。
でも、修学旅行って3年生になってからなんだ。
長いよね、それまで。
- 93 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月08日(金)23時08分49秒
- だけどさ、ののは友達たくさんいるから大丈夫だよ。
この冬休みに分かったんだ。
ずっと遠くにいても、友達だったら一目見ればもう大丈夫なんだよね。
だから、よっすぃーも、まきちゃんも、どこにいってものののともだちです。
あいちゃんもだよ。
- 94 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月08日(金)23時09分27秒
- あいちゃんは、元気にしてる?
市井先生の授業、しゅくだい忘れたりとかしてるんでしょー。
のの、あの先生好きだけど、べんきょうはやっぱりきらいだよ。
でも、先生のおかげで方程式が解けるようになりました。
あと、紺野ちゃんにおぞうにおいしかったよって伝えて下さい。
あんこいりのおもちでのおぞうに、すごい気に入りました。
いつになるかわからないけど、またあおうね。
また、あそぼうね。
バイバイ。
- 95 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月08日(金)23時10分08秒
- 「ののちゃんらしい手紙だねえ」
市井先生と二人で、ののの手紙を読んだ。
うちも、手紙書こうかな。
あと2年は村にいるのの。
離れた町の高校へ行くよしざわさん。
東京へいくまきちゃん。
多分、みんなで会う機会はもうあらへん。
もしかしたら、二度とあわへんひともおるのかもしれん。
でも、うちは、いつまでもみんなが好きやで。
- 96 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月08日(金)23時10分56秒
- ののの手紙といっしょに、ネックレスがはいとった。
まきちゃんが、みんなでつけてよう、って言いだしたんやって。
友達の証ちゅうことらしい。
「うん。うちにもね、後藤から手紙来たよ。それに、このネックレスはいってた」
まきちゃん、うちやのうて市井先生にだけ出したんか?
寂しいやんか。
そしたら、お母ちゃんがドア開けて入ってきて言いよった。
- 97 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月08日(金)23時11分36秒
「亜依! 真希ちゃんからお手紙来てるわよ」
「はーい」
うちは、今日13才になる。
誕生日プレゼントとして、このネックレスもらっとくで、のの。
いつの日か、みんなで会うまで、絶対になくさへんからな。
「亜依ちゃん、後藤からの手紙も見せてよ」
「やだ、絶対見せへん」
「意地悪。宿題いっぱい出しちゃうぞ」
「いいもん。それでも、絶対見せないもん」
- 98 名前:エピローグ 投稿日:2002年03月08日(金)23時12分15秒
- 机の上にはユニバーサルスタジオ入り口に並ぶ5人の写真が、新しい写真立てに収まっている。
みんな、頑張ってや。
よしざわさん、バレーボールでテレビに出られるようになってや。
まきちゃん、高校受験頑張ってや、お父さんとも仲良くするんやで。
そして、のの、卒業式思いっきり泣いたれ。
また、逢おうな、みんな。
- 99 名前:終わり 投稿日:2002年03月08日(金)23時13分04秒
−−−−− みんなの冬休み 終わり −−−−−
- 100 名前:あとがきのようなもの 投稿日:2002年03月08日(金)23時23分43秒
- ここまでおつきあいいただいた皆さん、ありがとうございました。
みんなの冬休みは、これにて全編終了です。
力不足な作者でしたが、読者の皆さんのおかげで、なんとか終幕を迎えることが出来ました。
この話は、正直言って登場人物の魅力に頼って成立しています。
加護の辻の、そしてそれを取り囲む登場人物達の現実世界での魅力。
その魅力のおかげで、ただの文字の集合体もなんとか一つの文章としての体裁を整えることが出来ました。
そうは言っても、やっぱり下手だなあ、と思う部分は多々あります。
夏休み編を読んで期待して下さった方、本当に申し訳ありません。
冬休み編は、日常度をさらにアップさせた分、ますます稚拙さが目立つ物となってしまいました。
起承転結完全無視の章がいくつかあるし・・・。
ごめんなさい。
以上、ダメ作者みやの愚痴混じりあとがきでした。
- 101 名前:新スレッドのまとめ 投稿日:2002年03月08日(金)23時26分41秒
- >>3-43 第七話 力になりたい
>>48-87 第八話 それぞれの想い
>>88-99 エピローグ
第六話以前は http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi?dir=flower&thp=1000386419 にあります。
倉庫入り後は こちらです http://mseek.obi.ne.jp/kako/flower/1000386419.html
どうも、ありがとうございました。
- 102 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年03月09日(土)00時44分42秒
- 連載、お疲れ様でした。
「夏休み」が偶然の出会いと別れだとすれば、この「冬休み」は必然の出会い、だと思います。
さらにこれから彼女達が様々な場面でこの繋がりを育み強めていってくれることを願って止みません。
願わくば、途中で出会ったいろんな人たちのエピソードなど読めたらなぁ、などとワガママな事も言いつつ、
作者さんへの労いの言葉とさせていただきたいと思います。
素晴らしい作品をありがとうございました。
- 103 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月16日(土)00時02分33秒
- 毎回楽しみに読んでいました。
ほのぼの出来る作品というのが最近めっきり減っている中で、
このような作品はとても貴重だと思います。
スポーツ短編ものを書くというようなことを頭で書かれているのですが、
近いうち、と期待して待っていてよいのでしょうかね!?(w
何はともあれ、お疲れさまでした。
この話のメイン5人(加護、辻、後藤、吉澤、市井)の組み合わせが
好きになりましたよ。ありがとうございます。
- 104 名前:名無し読者 投稿日:2002年03月20日(水)00時35分16秒
- 続きの短編はまだかな・・・。
- 105 名前:作者 投稿日:2002年03月21日(木)21時49分32秒
- >102 M.ANZAIさん
途中で出逢った人たちのエピソードですか?
現在、石川選手(主演かどうかは疑問)のフィギュアスケートストーリーを書いてます(結構長いから別スレッドで)。
とは言っても、この話とリンクするかどうかは未定です。
姐さんの新婚生活とか書いてみたいけど・・・無理!
>103 この話のメイン5人(加護、辻、後藤、吉澤、市井)の組み合わせが好きになりましたよ。
そう言っていただけるとすごくうれしいです。
短編は、いろんな意味で練習なので、あまり期待されると・・・・。
ほのぼのという感じのはなさそうです。
>104
続きは、無いっす。
完全に別の話になるいくつかの短編をここで書いていきます。
続きを書くとしたら、5年くらい経って、娘。がまだあって、ここがまだあって、私がまだいたら、そんなこともあるかもしれません。
大学生の加護、とか書いてみたい気はします。
短編は、もうしばらくお待ち下さい。
- 106 名前:作者 投稿日:2002年03月24日(日)23時08分20秒
- 短編シリーズ始めます。
シリーズ全体のタイトルは、「Challenger〜追究者達〜」です。
何かに毒されたようなタイトルだ・・・。
はっきり言って練習。
軽い気持ちで書いてます。
一応、少しは調べもしたり、校正もしたりはしてますが。
一話完結、一回の更新で完結です。
- 107 名前:Challenger〜追究者達〜 投稿日:2002年03月24日(日)23時09分13秒
「Challenger〜追究者達〜」
- 108 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時10分09秒
- 1本目は、0.13秒差だった。
あこがれ続けた人が、雲の上にいた人が、今、隣にいる。
本来は、雲の上の人ではなかった。
普段の暮らしの中では、二人はいつも共にいる。
- 109 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時11分23秒
- リンクの上では違った。
全日本スプリント3連覇。
日本記録保持者。
世界選手権3年連続入賞。
これらの肩書きはすべて吉澤の物。
誇れる経歴は、石川には何もなかった。
- 110 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時12分19秒
- オリンピック、スピードスケート女子500m。
一本目、37秒73で吉澤が3位、37秒86の石川が4位。
二本目はアウトに石川、インに吉澤。
二人が最終組の一つ前で同走する。
- 111 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時13分08秒
- 石川と吉澤は同じチームに所属し、寮では二人部屋に入っていた。
同じ部屋で暮らしてもう4年目だ。
練習を共にし、食事を共にし、シャワーも共に浴び、共に眠る。
買い物に出るときも一緒、映画を見に行くのも一緒。
24時間共に過ごしてきた。
二人で常に過ごしてきた。
そんな二人が、初めて一つの物をかけて戦う。
- 112 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時13分47秒
- 石川にとってこういった大舞台の経験は今までになかった。
一日目は、よっすぃー、よっすぃーとアップの間中くっついて回っていた。
先に滑ったのは吉澤。
リンクの内側のアップゾーンから石川が声援を送る。
日本記録の快走で、その時点でのトップに立った。
2組後に石川がスタート位置に着く。
- 113 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時15分09秒
恐い。
恐いよ、よっすぃー。
100m向こう側、視線の先には吉澤がいた。
梨華、大丈夫だから。
梨華の力を出せば、上位に入ってこれるよ。
吉澤は見つめている。
石川は、今期初めてワールドカップメンバーに選ばれ、好成績を収めていた。
怪我で調整が遅れていた吉澤よりもワールドカップランキングでは上にいる。
吉澤の顔を見て、おびえる気持ちが引いていく。
石川はこの一本目を、同走する世界記録保持者に最後にはなされたものの、自己新記録を出した。
石川自身にとっては驚きのこの結果。
吉澤にとっては、ある程度予測していたことである。
来るべき時が来た。
そう感じた。
- 114 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時16分20秒
- 二人は共に選手村へ帰る。
帰りのバスでは隣に座っていたのに一言も話さなかった。
部屋は二人別々。
石川は吉澤と一緒がいいといったが、こんなこともあるかと吉澤が別室にしようと言ったのだ。
二人はそれぞれに眠れない夜を過ごし、レースの日を迎えた。
- 115 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時16分56秒
- 私が4位、よっすぃーが3位。
今日は、二人で滑るんだ。
よっすぃーと、戦うんだ。
私が、よっすぃーと。
- 116 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時17分42秒
- 彼女たちがこんなにも長い時間言葉を交わさなかったのは、寮で同じ部屋で暮らすようになってから初めてのこと。
吉澤だけが遠征に出ることもあったが、そんなときも1日に二回の電話は欠かさなかった。
会わない日のメールは1日100通を超える。
- 117 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時18分18秒
- インコースに吉澤、アウトコースに石川。
最後から二組目。
前の組で前日の5位6位の二人は、昨日の記録を大幅に下回る滑りであった。
上位二人は、3位の吉澤よりも昨日のタイムで0秒4離れている。
事実上、石川と吉澤で銅メダルを争うこととなる。
- 118 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時19分46秒
- よっすぃーに勝ちたい。
石川は、出逢ってから初めてそう思った。
吉澤にあこがれて毎日滑っていた。
そばにいられるだけで十分だった。
ワールドカップを一緒に転戦できることが、これ以上ない幸せなこと。
吉澤は、あこがれであって目標ではない存在でいた。
そんな人と、今リンクの上で競い合う。
一つの物を二人で奪い合う。
- 119 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時20分32秒
- スタートの時が近づく。
石川が左を見ると、吉澤と目があった。
きびしい表情の中にやさしい目が見えた。
うれしいよと言っているように感じ取れた。
よっすぃーと並んでるんだ。
メダルをかけるレースとは思えないほど石川は周りがよく見えていた。
昨日のスタート前が嘘のように。
よっすぃーと並んでいる。
今まで、ずっと背中ばかり見てきた人と並んでいる。
これからも、隣にいたいと思う。
背中を見ているのもいいけど、隣にいる方がもっといい。
ついていくだけではなく、支えてもらうだけではなく、一緒に歩いていけるようになりたいと思った。
だから、今日は、勝ちたい。
よっすぃーに認めてもらいたい。
- 120 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時21分14秒
- Get set。
スタートラインに構える。
いつになく静かな気持ちにつつまれる。
会場のざわめきは、耳から消えていく
ピストルがなり、スタートを切った。
石川はスタートが苦手だが、無難な滑り出し。
最初の100m、吉澤は10秒51、石川はそれに100分の15秒遅れて続く。
コーナーにかかり、イン側の吉澤が先行する。
二人とも加速がかかりトップスピードとなりバックストレートへ。
- 121 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時22分05秒
- 追いかけなくちゃ。
追いつかなくちゃ。
よっすぃーに追いつかなくちゃ。
- 122 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時23分24秒
- 吉澤はインからアウトへ、石川はアウトからインへ。
二人は交差する。
先行する吉澤の背中を必死に追う石川。
差が縮まる。
コーナーへかかる。
500mのスピードに乗った状態でのこのコーナーはイン側が非常に難しい。
外に膨らんでいく慣性力に抵抗する走りが要求される。
石川の気持ちが、物理法則を押さえつける。
コーナーのトップの地点で吉澤と並び、かわし去る
最後のコーナーを立ち上がりストレートへ。
吉澤も追いすがる。
石川は必死に逃げる。
- 123 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時24分04秒
- 勝つんだ。
よっすぃーに勝つんだ。
よっすぃーに勝って、よっすぃーに認めてもらうんだ。
ずっと、よっすぃーのそばにいられるようになるために。
氷を力強くけり、前へ、前へ。
石川がわずかに先行してゴールラインを超えた。
二人が電光掲示板へ目をやる。
- 124 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時24分39秒
1 Rika Ishikawa 37:59 1’15:45
2 Hitomi Yoshizawa 37:73 1’15:46
- 125 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時25分43秒
- トータルタイムで百分の一秒石川が先行し、この時点でのトップに立った。
二人はレースを終え、目を合わせることもなく、リンク内側のアップ区域へ戻る。
最終組のレースは、軽いダウンをしながら、それぞれが別の場所で見つめていた。
最終組は、二人共が世界新記録を出すレースでワンツーフィニッシュとなった。
その結果を見て、吉澤は荷物を持ち、控え室へ消えていく。
石川は、観客席から投げ入れられた日の丸を持ち、慣れないそぶりながらも1位、2位の選手と共に、ウィニングランをした。
- 126 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時26分51秒
- 日本人の姿もある。
コーチもいる。
違う種目の仲間もいた。
それぞれに手を振りながらリンクを回る。
勝ったんだ。
よっすぃーに勝ったんだ。
自分に向けられる歓声を耳にし、実感がわき上がってくる。
こみ上げてくるうれしさをいっぱいに表しながら、リンクを何周も回っていた。
- 127 名前:戦う二人 投稿日:2002年03月24日(日)23時27分49秒
- そのころ、吉澤はすでに控え室でイスに座り、目をつぶってレースを振り返っていた。
また、4位か。
4年前に続いての4位。
梨華に、負けたんだよね。
いろいろ教えて上げるんじゃなかったかな。
スケート靴を手からぶら下げたまま目を開き、白い壁を見つめてつぶやく。
おめでとうって言って上げなきゃいけないんだね。
梨華、私の4年間返してよって言ったらなんて答えるんだろう。
なんか、悪い女に引っかかったって気分だ。
いつか、追い越されるとは思ってたけど、今日までは勝ってたかったなあ。
- 128 名前:戦う二人 終わり 投稿日:2002年03月24日(日)23時29分29秒
スケート靴を置き、一旦控え室を出る。
リンクに戻ろうと歩いていると、そこへ日の丸を片手に石川が戻ってきた。
吉澤は、一瞬躊躇するが、意を決して声をかけた
「梨華、おめでとう」
強いまなざしと優しい声をかけられ、返す言葉がない。
ただただ、黙って首を横に振る。
一旦うつむき、それから顔を上げ吉澤の胸に飛び込んでいった。
「ありがとう、ごめんね」
吉澤に包まれて、石川は安心しきったように言葉をつむぐ。
これだけ言うと、吉澤の背中にしっかり腕をまわしたまましゃくり上げ始めた。
震える石川の肩を抱きしめ、吉澤はもう一度言葉にする。
「梨華、おめでとう」
さっきと同じ言葉を、さっきよりも少しゆっくりとくりかえす。
耳元にささやきかける吉澤の声も震えていた。
二人の戦いはこれからも続く。
まずは、4日後、吉澤が得意な1000mからだ。
- 129 名前:作者 投稿日:2002年03月24日(日)23時31分03秒
- 初めての3人称、初めての石川さん。
反省点は、説明過多かな。あと、タイトルもセンスねー!!
書いたのは2月前半。
インスピレーションの沸き方が非常にわかりやすい理由だよこの作者・・・。
直せば直すほどひどくなるという”みんなの冬休み”最終話ではまった罠(第七話は気に入ってるのに、台無しだった)にかかりそうなので、ほとんど直さずに出してしまいました。
もう一個あるストックは、これよりは良いです。
またいずれ。
- 130 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年03月25日(月)03時33分07秒
- 短編シリーズを始められていたのですね。
アガッてたので何だろうと思って覗きに来て正解でした。
いしよし、ありがとうございました。
なんだかいろいろと書かれるみたいなので、これからも楽しみにしております。
- 131 名前:作者 投稿日:2002年03月30日(土)17時55分24秒
- >130
あれをいしよしと呼んでいいのか? と疑問になっていた作者でした。
いろいろ書きますが、このスレッドに出すのは当たりはずれの落差がすごく激しそうです。
とりあえず、次のはわりといい方。
- 132 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)17時57分07秒
- 「なっちー!!!」
リンクの上に倒れたまま起きあがらない安倍。
ベンチの中澤の絶叫が響き渡った。
トレーナーの矢口と二人、リンクに飛び込んでいく。
「なっち! 大丈夫か! 大丈夫か!」
二人が、チームメートが安倍の周りに集まり呼びかける。
「大丈夫。それより、チャンスっしょ」
安倍はスティックを支えに立ち上がろうとする。
矢口はそれを押しとどめた。
「なにが大丈夫だよ! 全然大丈夫じゃない! 肩はずれてるだろ!」
「あれ? ばれた?」
「ばれた? じゃない! すぐ治療だよ! バカ!」
はずれていない方の肩を矢口が支え、安倍はリンクから離れる。
「みんな、お願い! これが最後のチャンスだから。お願い! 一点! 一点でいい」
- 133 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)17時57分55秒
- 女子アイスホッケー、リーグ戦最終日。
これまで4戦全敗の日本チームは、この日もスウェーデン相手に0−11と大苦戦。
そんな中、第三ピリオド残り1分43秒で訪れた大チャンス。
安倍への危険行為により、スウェーデンチームが二人退場となったのだ。
二分間の退場。
すなわち、試合終了まで2人多い状態で戦うことが出来る。
- 134 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)17時58分51秒
- 日本チームはこのオリンピックに向けて作られた急造チームであった。
オリンピックに出場すると言っても、地域予選を勝ち抜いたのでも世界選手権で好成績を収めたわけでもない。
地元だから、開催国だから。
ただ、それだけの理由での出場である。
中澤監督のチーム作りは困難を極めた。
選手を選ぶと言っても、どう選んでいいかも分からない。
仕方がないから、全国から希望者を公募し、書類選考と面接である程度絞り込んで合宿を行った。
初出場ということでマスコミも取材にやってくる。
最初の合同練習は、スポーツ紙ではコメディ扱いされた。
なにしろ、スケートを滑れない選手がいたのだ。
日体大ホッケー部からの転身組である後藤や吉澤は、陸上でのシュート練習では周りより頭二つくらい抜けていたが、氷の上に出るとさんざんであった。
ハンドボールのキーパーであったという保田に至っては、数日経過してもまともに滑ることが出来なかった。
- 135 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)17時59分48秒
- そんなチームが世界の強豪と試合をする。
中澤はその無謀さを理解しているつもりであった。
大会まえに掲げた目標は、1点を取ること。
しかし、それさえもとてつもなく大きな目標であったということを、大会が始まり実感することとなる。
日本−アメリカ 0−25
日本−中国 0−16
日本−カナダ 0−24
日本−フィンランド 0−19
4試合で84失点0得点。
レベルの違う相手にまともな試合にすらする事が出来なかった。
- 136 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)18時01分30秒
- そんな中で迎えた最後の大チャンス。
「とにかく、撃っていけ。入る入らないはいい。撃って撃って撃ちまくれ。そして、ゴール前
リバンウド詰める」
いまさら技術的なことを言っても仕方がない。
それでなんとかなるレベルでないというあきらめの思いと、やるだけやったのだという小
さな自信があいまった気持ちで中澤は指示を出した。
今度はベンチへ目をやる。
安倍の変わりに誰を使うか?
これまでの実績なら石川だ。
しかし、この場面で撃たれ強いディフェンダータイプの彼女は使う気になれない。
相手に押されているときのカウンターならともかく、石川には攻撃的なセンスはない。
「なっちの変わりは、小川! 行って来い!」
「はい!」
これまで試合経験は少ないが、恐い物知らずな小川を選んだ。
技術的な部分はともかく、常にがむしゃらに向かってゆく姿勢を中澤は評価していた。
「なっちと同じ事は期待しない。小川らしく、無茶苦茶でもいいからゴールを狙ってこい!」
「はい!」
- 137 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)18時02分32秒
- フィールドメンバーが5対3の状態で試合が再開される。
パックは、飯田から後藤へ。
後藤は、右サイドに待つ吉澤へはたく。
相手のチェックが吉澤につき、吉澤は中央の高橋へ戻す。
5対3であっても、デフェンス3人に中央にゾーンを組まれると攻め崩す力はない。
パス回しにプレッシャーがかからないという程度だ。
「何やってのさ! 撃て! 撃つしかないっしょ!」
ベンチの安倍の活が飛ぶ。
安倍は治療をせずにベンチに残った。
本来なら、ベンチから下がってすぐに治療をしなくてはならないような怪我だ。
ましてや安倍は女性。
ベンチで諸肌脱いで肩の治療をするわけにはいかない。
それでも、彼女はベンチで声援を送ることを選んだ。
- 138 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)18時03分45秒
- 中央の高橋は左サイドの小川へはたく。
小川はパックを受けると、安倍の声に後押しされるように、ゴールへ向かって切り込んでいく。
ディフェンスのチェック。
体当たりにはじき飛ばされそうになりながらも、パックを逆サイドの吉澤へつなぐ。
ディフェンスが小川のサイドへ引きつけられている隙を縫って、吉澤がシュート。
キーパーが、難なくパックをはたき落とす。
「戻れ! 戻れ!」
キーパー保田が叫ぶ。
スウェーデンチームは、3人で攻め上がってくるがシュートは撃たない。
3人で、外でつないでいる。
日本チーム5人は、内側でゾーンを組む。
「何やってる! 取りにいけ! 取らないでどーすんだよ!!!」
ベンチから、加護が、辻が絶叫する。
二人のコンビは、チーム内の紅白戦では大活躍した。
それを見て中澤も初戦ではスタメンに大抜擢したのだが、相手の大きさ、圧力に何もできなかった。
二人はその後、リンクに立っていない。
- 139 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)18時04分57秒
- 右サイドで飯田が激しくチェックに入る。
「よこせ! おら!」
安倍と二人、数少ない経験者としてチームを引っ張ってきた彼女。
5試合フル出場は安倍がベンチに引っ込んだ今、彼女だけとなってしまった。
なっち、1点取るからね。
絶対、1点取るからね。
かおりが、絶対1点取るからね。
- 140 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)18時06分43秒
- パックは、それでもつながれる。
そこへチェックにいったのは吉澤。
「おりゃー!!」
日体大では試合に出たことはなかった。
ホッケーなんかやめようと思っていた。
そんなころアイスホッケーへと誘ってくれたのは後藤だった。
よっすぃー、オリンピック出てみない?
スタメンでばりばり活躍していた後藤にそんなことを言われて、吉澤は口をあんぐり開けて
呆然としてしまったことを覚えている。
日本一より世界でしょ。
そんな言葉につられ飛び込んだ世界。
氷の上だからって、ホッケーはホッケー。
経験者はともかく、スケートを滑ったことがある程度のやつに負けることはないと思っていた。
だけど、初戦のスタメンに自分の名はなく、まるっきり初心者だった加護と辻の名前があった。
このまま終われるわけねーだろーが!
- 141 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)18時09分01秒
- 激しく激突し、パックがこぼれる。
吉澤は、そちらへスティックを伸ばすが、フリーとなっていた相手7番がさらっていった。
攻撃は不可能と見て、ドリブルで下がっていく。
高橋が、そこへ闇雲に突っ込んでいった。
優雅やなあ。
中澤監督の高橋に対する第一印象。
それもそのはずで、石川と共にフィギュアスケートからの転身である。
高橋は、誰かに採点されることに嫌気がさしていた。
もっと、わかりやすいことがしたい。
そんな動機で飛び込んできた。
優雅さはいまだに抜けていないが、打たれ弱さがなくなった。
相手がどんな大女でも、ひるまなくなった。
高橋の接近を見て、7番は右サイドの9番へパックをはたく。
そこを後藤がインターセプト。
一人で持ち上がる。
- 142 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)18時10分35秒
- 「いけ!!! あがれ!!」
隣で荒い息をしながら戦況を見守る安倍の存在も忘れ、矢口はペットボトルをがんがんな
らしながら叫ぶ。
本当は、自分がリンクの上に立ちたかった。
だが、リンクの上で戦う力がないのを中澤に見抜かれた。
ショートトラックの選手として、1度はオリンピックの舞台を踏んでいる彼女。
怪我のせいで、その道は絶たれた。
再起を目指して踏み込んだ世界では、体の小ささ、怪我の後遺症がたたる。
本来なら、戦えない時点でチームをはずれるべきだったのかもしれない。
しかし、オリンピックを知っているという理由で中澤がチームに残した。
残るなら、何かの役に立ちたいと、トレーナーとしての勉強を積んで、今ベンチに入っている。
- 143 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)18時11分28秒
- パックを奪った後藤は、完全にフリー。
一人で持ち上がっていく。
キーパーとの1対1。
エースである後藤に、チーム全員の願いが乗り移る。
後藤は大学生活に飽き飽きしていた。
チームは強い。
日本一強い。
自分はそのチームのエース。
何の不満があるんだ、とよく言われるが不満だらけだった。
歯ごたえのない相手、自分にまかせっきりのチームメイト、目標のない未来。
つまらなかった。
自分より強い何かと戦ってみたかった。
今、自分よりも、自分たちよりも圧倒的に強い存在と戦っている。
負けてばかりだけど、手も足も出ないことも多いけど、それでも、毎日楽しかった。
仲間も大好きだった。
- 144 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)18時12分19秒
- ゴール前、後藤はスティックを振りかぶる。
キーパーの足の間をめがけて、力一杯シュートを放つ。
パックは、氷上すれすれを這っていく。
キーパーは、素早く反応し手でパックを止めた。
リバウンドをさらに後藤が詰める。
キーパーが一瞬早く手でパックを外へはたく。
こぼれたところへ現れたのは小川。
放ったシュートは枠に飛ばず、ゴール裏へ。
そこへディフェンスが追いついた。
- 145 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)18時14分17秒
- 残り時間は47秒。
紺野は、ベンチの中で彼女だけは静かに戦況を見つめている。
彼女は1試合目の第一ピリオド7分に怪我をして以来ベンチに座りっきり。
キーパーとして試合に出ていた彼女は、ゴール前の混戦でアメリカ選手のスティックを足
に受け負傷したのだ。
世界最強のアメリカを相手に7分間を1点に抑えていて、いける! とチーム全体が思って
いた矢先の出来事。
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
それ以来ゴールを守り続ける保田の方を見る。
つらいだろうなあ。
くやしいだろうなあ。
がんばってください。
- 146 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)18時15分31秒
- スウェーデンがパックをつなぎ上がってくる。
逆速攻の形。
唯一戻っていた高橋もかわされ、シュートを放たれる。
あまり威力のないシュートを、保田はしっかりとキャッチした。
逆サイドの飯田へパス。
残り38秒。
再びセットオフェンスの形。
3人のゾーンディフェンスを外から5人で攻める。
- 147 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)18時16分40秒
- 「中澤さん! 残り30秒切ります!」
監督のすぐ横の席に座る新垣が声をかける。
このチームで、矢口を除いて試合出場がないのは彼女だけ。
彼女は、自分の力がチームメイトに劣っていることは分かっていた。
それでも試合には出たかった。
だけど、試合に出たくなかった。
力をつけて、オリンピックの舞台で世界を相手に戦ってみたいという思いはあった。
同時に、今の自分はそのレベルにないということを、今日も改めて感じさせられてしまう。
自分が試合に出るということは、試合を捨てるということだ。
頑張ってきたから、とか、最後だから、とか、そんな理由で試合に出たくはない。
大事な試合をそういう感覚で戦うチームなんか、嫌だと思っている。
だから、試合に出たくないと思った。
試合で役に立てなくても、何かの役に立とう。
そう思って、常に中澤の横にいるようにしている。
- 148 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)18時17分58秒
- 「圭坊! あがれ! 攻めろ!」
キーパーの保田を上がらせる。
自陣ゴールをがら空きにしての6人攻撃。
これで、フィールドプレイヤーは6対3となった。
笑いたきゃ笑え。
ここまでせな、点がとれんのや。
ここまでやってでも点が欲しいんや。
1点でいい。
1点でいいから、点が欲しいんや。
0で終わりたなないんや。
- 149 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)18時19分08秒
- 「撃て!! 撃て!! とにかく撃て!!」
ベンチ全体が叫ぶ。
パックをまわす。
飯田から後藤へ。
後藤から吉澤へ。
崩れないゾーンディフェンス。
じれた吉澤が外からシュートを放つ。
シュートはディフェンダーにあたり跳ね返される。
こぼれたパックは高橋が拾う。
「高橋! よこせ!」
吉澤の要求を高橋は無視して、自分でゴールに切れ込む。
ディフェンスのチェックにはじき返される。
このこぼれたところを拾ったのは飯田。
飯田も同じように、突っ込んでいく。
やはりディフェンスにつぶされる。
これを拾ったのは吉澤。
残っていたディフェンスがつぶしに来る。
引きつけて引きつけて、体当たりされて体勢を崩しながらも、後藤へパスをつないだ。
ディフェンスの3人は、高橋と、飯田と、吉澤と、それぞれもみ合っていて戻れない。
後藤はフリー。
- 150 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)18時20分10秒
- 自分はエースなんだ。
みんな、自分の役割を懸命にこなしてきた。
今だって、ディフェンスをみんなが引きつけているんだ。
フリーで2度もはずすなんて、ホッケーやってたときにはなかったぞ。
絶対、決められるはずなんだ。
でも、恐いよ。
「ごっちん! 撃て!! 絶対決めろ!」
「撃て!!」
ベンチのみんなの声が聞こえる。
決まるかなあ?
大丈夫かなあ?
ダメでも、みんな許してね。
- 151 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)18時23分07秒
- 後藤が一人で持ち込んでいく。
再びキーパーと1対1。
キーパーの右側を狙いシュートを放つ。
キーパーは反応し、左手にかろうじてあてる。
パックは、手をはじきゴールバーにあたり跳ね返りこぼれた。
シュートを放った体勢のまま突っ込んでいった後藤はキーパーともつれ合う。
- 152 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)18時24分12秒
- 無人のゴール前、パックのこぼれたところへ滑り込む姿がある。
これまでのうっぷんを晴らすように、スティックを振りかぶり、渾身の力を込めてシュートを放つ。
パックは、がら空きのゴールに吸い込まれた。
第3ピリオド19分53秒、日本チームの最初で最後の得点を決めたのは、ここまで5試合で94失点の
ゴールキーパー保田であった。
- 153 名前:小さな願い 投稿日:2002年03月30日(土)18時25分51秒
- 「けいちゃーん!!!」
後藤が、吉澤が、飯田が、保田に飛びつく。
その輪に、高橋と小川も加わってきた。
ベンチでは、中澤がシャンパンを開けている。
矢口が、安倍が怪我をしているのもわすれハイタッチをする。
何の意味もない一点である。
11点差が10点差に縮まったからといって、試合がひっくり返るわけでもない。
勝ち点が増えるわけでもない。
日本チームにとって、数字の上ではまるで意味のない得点。
それでも、チーム全体がまるで優勝したかのように、わき上がっていた。
7秒後、試合が終了する。
1−11の敗戦。
5戦全敗で、日本チームのオリンピックは終わった。
- 154 名前:小さな願い 終わり 投稿日:2002年03月30日(土)18時26分59秒
- 試合終了10分後、他会場での試合結果がとどき、スウェーデンチームが得失点で一点及ばず
予選リーグ敗退が決まったことを告げられた。
- 155 名前:作者 投稿日:2002年03月30日(土)18時33分52秒
- >>132-154 小さな願い
短編二つ目。
前のより良いと言っていたストックがこれです。
スポーツ経験者で、妄想力が強くて、涙もろければ泣くことも可能だと思う。
この分量で14人出せるのは娘。小説だからなんだろうな。
背景をはしょっているメンバーもいますが、好みの問題ではありません。
自信作、とまではいかないけど、自分の力の中ではわりといい物が書けた感じです。
考えて構成するよりも、空から降ってきた物を書いた方が断然いいのは、悩んじゃうなあ・・・。
ストックは尽きましたが、まだ頑張ります。
- 156 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年03月30日(土)23時11分12秒
- 彼女達も立派なニッポン代表です。
(スミマセン、何を書いてもスレ汚しなだけで・・・。)
素晴らしい作品をありがとうございます。
- 157 名前:作者 投稿日:2002年04月07日(日)21時01分35秒
- >M.ANZAIさん
もうしばらくこのシリーズは続けるので、おつきあい下さい。
”素晴らしい” といくかどうかは怪しいですが。
- 158 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時02分33秒
- 「ねえ、4人ともさあ、暗いよ。どおしたの?」
コーチ役の後藤の言葉に答える者は誰もいない。
4人は、それぞれ伏し目がちに後藤の方を見ていた。
「暗い顔しとってもしゃーないやん。こっから逆転したら、カッコええで」
リザーブにまわった加護が、少しでもチームの雰囲気を立て直そうと声をかける。
第5エンドを終わってスコアは0-6。
彼女たちのデビュー戦は、前半戦をチームZに圧倒されていた。
- 159 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時03分27秒
- 「新垣、顔上げな」
後藤に名前を呼ばれ、びくっとして顔を上げる新垣。
彼女の初歩的なミスが、前半のビハインドを作った原因となっていた。
「ミスしたことを愚痴愚痴悩んでるやつはいらない。悩むんなら、試合終わってから悩みな」
「はい」
小さな声で返事を返す。
場の雰囲気は、よどんでいる。
「他のみんなも同じ。悩む前にどうしたら勝てるのか考える。経験の少ない4人には難しいかもしれないけど、自分たちの力でやってみな」
- 160 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時05分34秒
- ハローグループは、過去3回のオリンピックに続けて出場してきた。
前回は、チームリーダーにあたるスキップをつとめた加護の天才的なひらめきで、チーム・ホワイトベリーを
、その前はスキップ市井の元、矢口、保田、後藤の4人の総合力でチーム・コムロギャルソンを破っていた。
ハローグループの黄金時代を築くきっかけとなったのは、さらにその前の大会、寄せ集め、負け犬、などと揶揄
されながらも、福田安倍の2枚看板を中心としたチームワークで、当時無敵の強さを誇っていたチーム・スピードを
破ったのがきっかけである。
次の2年後のオリンピックを目指して、新しい4人が集められた。国内43連勝のハローグループの強さは、常に
新しいメンバーをくわえていき、その時点その時点での最強メンバーがオリンピックに臨む点にある。
- 161 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時06分23秒
- 「まだ、おわっとらんよ」
「そうだよ、がんばらなきゃ」
高橋、小川が、それぞれに新垣へ声をかけるが、場の空気は変わらない。
このチームには、辻や矢口のようなムードメーカーとなるメンバーがいなかった。
加護が雰囲気を変えるために何かを言おうとするが、後藤が首を横に振り、手招きする。
不服そうにしながらも、加護は後藤の元へ。
「だいじょうぶですかね?」
「わかんないけど、加護達だって大丈夫だったし。最初心配だったけど」
新メンバーの伸び悩み。
これまでにもあったことではあったが、ここまで深刻なものはなかった。
- 162 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時08分01秒
- 「でもー、加護の時はー、ごとうさんが、いてくれたし。加護はー、新しい四人に、なん
にもしてあげられない」
「後藤だって、加護ちん達に、なにかしてあげたわけじゃないよ。たぶん、そばにいるだ
けでいいんじゃないかな。あとは、ちゃんと自分で成長していける子達だと思うよ」
「うーん、けっきょく、加護はやくただずなんですか?」
「ははは、そうじゃなくてさあ、特別なにかしてあげる必要ないってこと。それに、加護
も後藤も、まだまだ現役だし、人のことばかり気にしてるわけにいかないしね」
今日は新人4人のリザーブと、コーチの役割を演じているが、二人とも引退したわけではない。
初めての公式戦で思うように力を発揮できない新人達を突き放し、スタンドへ戻る。
- 163 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時09分22秒
- 取り残された4人は、相変わらず重苦しい雰囲気の中にいた。
自分のミスに落ち込んでいる新垣。
小川と高橋は、空気の重さに耐えきれずにおろおろしている。
二人は救いを求めるような目で紺野の方を見ていた。
チームのリーダーを演じる位置づけであるスキップという役割の紺野は、何を思っている
のかじっと黙ったままである。
沈黙の続いたまま、後半の始まりが近づいてくる。
突然、訳の分からないことを口走るメンバーがいた。
- 164 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時10分55秒
- 「かー、かー、カラスはリングが大好きです」
え? なにごと? という面もちで他の3人は見つめる。
「あれ? だめ? カラスって、ひかる物が好きなんです。だから、リングは好きなはず
なんだけど。うーん、だめかあ。じゃあ、ストーン、ストーン、ストーンがすっ飛んだ!」
まじめな顔で、あまりにも情けない駄洒落を連発している。
理解を超えた不可解な発言に、小川があきれて笑い出す。
「えー、なにそれー! センスなさすぎだよ。カーリングで駄洒落がしたかったの?
もうちょっと、なんかないの?」
小川の笑いにつられ、他の二人も笑い出す。
それに対し、本人はいたって不満そうだ。
- 165 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時11分52秒
「うーん、他には、スキップスキップランランラン。私がスキップの紺野あさ美です。とか」
「それも、センスなさすぎ! たとえば、カーリングのハウスは、家族と同じ。ハウスに集まれば集まる程良い、とかさあ」
それは、駄洒落じゃなくて、大喜利の方だろ、と心の中で突っ込んでから新垣がつぶやく。
「似たり寄ったりじゃないの?」
「ひどーい、紺ちゃんと一緒にしないでよ」
小川は、笑顔で新垣の肩に軽く体当たりする。
「二人とも、おもっしぇーないこというとらんと、後半、どうするん?」
高橋にばっさりと切られ、駄洒落トークはあっさりと終焉を迎える。
つい今までどうしようもないことをいっていたとは思えない冷静さで、紺野が淡々と語り出した。
- 166 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時13分56秒
- 「後半5エンドは、おそらく、向こうは、1点ずつはこちらに取られてもいいという形で
来ると思います。具体的には、なるべくストーンを外にだして、コート上をきれいにしよ
うとするはずです。だから、リードの里沙ちゃんは、ホッグラインの少し先で壁を作って
下さい」
ホッグラインとは、ストーンと呼ばれるカーリングで使用する石をここから先なら配置す
ることが出来るという範囲を区切るラインである。
その少し先で壁を作るというのは、相手のショットを妨害する有効な手段となる。
紺野のこの指示に新垣は力強く頷いた。
セカンドの小川、サードの高橋にも指示を出す。
- 167 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時15分29秒
- 「絶対ひっくり返してやろうよ」
小川が両手で握り拳を作ってみせる。
4人にとってチームZのメンバーは同世代。
今後、長い間ライバルとなっていくはずである。
「ほやの。先輩達より、つよいってことあらんっしょ」
地元方言と、先輩達のいろいろなイントネーションが混ざった言葉遣いで高橋が語る。
作戦面で劣るため、スキップは紺野に譲っているが、年齢では一番上な彼女は、この4人
の仕切り役のつもりでいる。
高橋の言葉に、それぞれが誰にあこがれてここへやってきたのかを思い起こしていた。
4人は狭い控え室から、銀板の上へと戻っていった。
- 168 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時16分03秒
- 「あ、4人とも元気そうですね」
「加護もお姉さんになったんだねえ」
「そうですよ。加護だって、もう先輩なんですから。ののとは違うんです」
「辻も、きっと同じこと言うと思うよ」
スタンドから4人を見守る先輩達。
彼女たちの気持ちを分かっているかどうか、新人4人は、再び戦いを開始した。
- 169 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時18分01秒
- 後半最初の第6エンド。
このエンドは第5エンドで3点を奪ったチームZが先攻。
カーリングでは、前のエンドで得点を奪った方が、先攻でストーンを投げていく。
これは、最後にストーンを投げることが出来る後攻が有利であるためである。
紺野の予想通り、チームZはリードのMIZUHOの一投目、ストーンをわざとオーバー
させ、エリア内をクリアな状態に保つ。
チームハローは新垣が紺野の指示どおり、壁になる位置にストーンを配置する。
チームZ、MIZUHOの二投目。
この二投目までは、相手チームのストーンをプレイエリアの外へはじき出すことは
禁止されている。
仕方なく、MIZUHOは二投目もプレイエリア外へ自らのストーンを投げ捨てた。
新垣は、二投目もうまく次の投球の壁となる位置に、ストーンを配置した。
チームZの三投目、セカンドのMAIKOが新垣のストーンをはじき出そうと試みるが、コントロールがわずかにぶれる。
MAIKOのストーンは新垣のストーンにあたり、その場に止まった
はじき出された新垣のストーンは、得点の基準となるハウスと呼ばれるサークルの中心に移動し静止した。
- 170 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時18分55秒
- この、MAIKOのミスから、紺野は流れをつかもうとする。
ハーフタイムの製氷で変わった氷の状態を、リードの新垣から聞く。
新垣の情報、現在の得点差、プレイエリアにある3つのストーンの配置、残りの投球回数。
これらを頭に入れ、セカンドの小川へ指示を出す。
モップをかけるスウィーパー役の新垣、高橋の二人にも細かい指示を送る。
スウィーパーの役割は、ストーン速度や方向の微調整を行うためには非常に大きい。
- 171 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時20分23秒
- 「里沙ちゃんの意見だと、氷は、前半よりも、重いみたいだから、スウィープは強めに」
「愛ちゃん、ストーンに近い側やってよ」
第五エンド紺野の最後の投球、決まればチーム初得点という場面で、新垣がスウィーピング
時にストーンに触れてしまった。
そのため、紺野の投球が失格、結果、ハウスにチームZのストーンが3つ残り、3点を献上していた。
「ほやけど、うち、スウィープ下手やし」
「里沙ちゃん、自分の役割は自分でやろうよ。私たち、先輩達と違って誰かが人のこと完全に
カバーできるほどすごい人いないんだからさあ」
「ほやほや、里沙ちゃんより、スウィープうまいのえんし」
「え? なに?」
方言が理解できずに新垣が聞き直す。
「里沙ちゃんより、スウィープがうまい人いないから」
高橋が自分で自分の言葉を通訳する。
それはどうだろう、と思いつつも新垣は受け入れ、それぞれが配置につく。
- 172 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時21分01秒
- 第6エンドチームハローの三投目、小川は紺野の指示に忠実にストーンを投げた。
ストーンは回転を持ちながら、二つの壁ストーンのやや右へ流れていく。
「イエス!」
小川の合図で高橋、新垣の二人のスウィーパーが、激しくモップを動かし出す。
ストーンは、壁ストーンの右をゆっくりと通過。
そこから、左へ巻き込んでいき、ハウスの手前で、ハウスの中心に残るストーンを保護するような形で静止した。
高橋と新垣は、右手で軽くハイタッチをかわす。
小川は、スタンドで見守る先輩二人に親指を突き上げて見せた。
「まこちゃんが、いつもいちばんげんきですよね」
「加護ちんほどじゃないけどね。やっと、いい雰囲気になってきたじゃん」
- 173 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時22分08秒
- 流れが変わる。
チームZは大量失点しないように手を打って行くが、サードの高橋、スキップの紺野がそれ
をことごとくつぶしていく。
チームハローの八投目、紺野のストーンがハウスに残っていたチームZのストーンをはじき
出し、ハローのストーンをハウス内に三つ残した。
チームハローに3ポイントが入る。
第六エンドを終え、3-6。
第七エンドも、その流れのままにチームハローが攻勢。
先攻の方が不利、という原則をうち破る。
ハウスに4つのストーンが並んだ複雑な状態から、サードの高橋が相手ストーンの手前に
接触させて止めるという離れ業を二投続けて見せた。
接触しているストーンは、はじき出そうとしてもその勢いが接触しているもう一方に伝
わってしまうため、チームZはこのストーンをはじき出すことが出来ない。
第七エンドは、チームハローがまたも3ポイントを奪い、6-6の同点に追いついた。
- 174 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時23分32秒
- 第八エンドは、スキップの紺野がうまくチームZのストーンをはじき出すも、チームZの
スキップTAKAYOの最終投でハウスに残る紺野の二つのストーンをはじき出し、チームZに
1ポイントが加わった。
チームハローの1点ビハインドで第九エンド。
ここで、紺野達は難しい選択を迫られることになる。
「加護ならどうする?」
「うーん、加護はー、このまま、スルーして、最後のエンドにします」
「なんで?」
「最後はー、自分で決めたいじゃないですか。だからー、最後のエンドも後攻になる
ように、ここはスルーです」
- 175 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時24分42秒
- 第九エンド、後攻のチームハロー。
このエンド、両チーム合計15投を終え、プレイエリア上には一つのストーンも置かれていない。
何もないクリアな状態で、紺野の最終投を迎えていた。
ここで、ハウスにストーンを投げ入れ、1ポイントを奪うことは容易なことである。
ただし、ここで1ポイント奪うと、最終エンドは不利な先攻を持つことになる。
一方、第九エンド最後のストーンをハウスに入れないと、このエンドは両チームポイント
無しとなり、チームハローは1ポイントビハインドを背負ったままであるが、最終エンドは
有利な後攻を持つことが出来る。
「そっかあ。後藤なら、1ポイントもらっとくけどね。もらえる物はもらっときたいじゃん」
「紺野ちゃんたち、どうしますかね」
この二択には、正解も不正解も存在しない。
どちらを好むか? どちらの選択肢に自信を持てるか?
ただ、それだけである。
運を天に任せることは出来ない。
自分たちの意思で決める必要があった。
- 176 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時25分47秒
- チームハローの4人は、難しい問題に意見が分かれていた。
「追いつけるときに追いついた方がいいと思う」
「ほやけどぉー、最後は後攻がええよ」
取れるときに取っておこうという小川。
後攻の有利さを1ポイントで手放すことはないという高橋。
「先輩達に聞いて見ようよ」
自分たちで判断できない、とそういいだしたのは新垣。
この新垣の言葉で、4人はスタンドにいる加護、後藤の方を見上げてみる。
目があった、と思ったら、後藤は隣の加護の方を向き談笑を始めてしまった。
- 177 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時26分33秒
- 「もう、先輩達頼りにならないなあ」
「紺ちゃん、どうする? 先輩達あてにならないし、私たちで決めないと」
後藤がこちらを見てくれないことに不満な小川と新垣。
二人に決断を促されても紺野はまだ悩んでいる。
この問題に正解が存在しない、ということはなんとなく感じ始めていた。
だからこそ、余計に悩む、考える。
優柔不断って、簡単に治らないなあ。
やっぱり、私より愛ちゃんの方がリーダー役は似合ってると思うのに。
後藤さんは、きっと自分で決めろって言ってるんだろうなあ。
どうしよう、Zの皆さんをこれ以上待たせるのも申し訳ないし。
そんなことを考えていた。
- 178 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時28分29秒
- 「紺ちゃん、はよしよっせ。どっちでもええよ、紺ちゃんが信じた方で。うちらみんな、
最後は紺ちゃんの決めたことに従う。のぉのぉ、ほやろ」
「うん、小川も里沙ちゃんも無い頭で考えていろいろ言うけどさ、最後は紺ちゃんに任
せるよ。紺ちゃんでダメならしょうがないし」
「一緒にしないでよ。でも、いいよ、紺ちゃん。負けたらどうせ私のせいなんだし」
三者三様の、ある意味責任放棄と取れなくもない発言をうけ、紺野はようやく決断を下す。
紺野は結論を告げ、自分はストーンのリリースポイントへ、小川、新垣はブラシを持ち
ストーンが滑ってくるプレイエリアへ。
サードの高橋は、このスキップの紺野の投げるときだけハウスの奥に立ち、全体を統括する。
紺野は、ストーンを置きハックに足をかけ構える。
ハックを蹴り、ストーンをリリース、通常よりも強い力を込められたストーンは、
小川、新垣がゴミを払うため軽くブラし掛けするラインを滑り、ハウスを通り抜け
ていった。
- 179 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時29分38秒
- 「あー、結局スルーかー」
「ごとうさんはー、やっぱりここで追いついた方がいいと思うんですか?」
「うーん、まあ、ひとそれぞれなんだけどね。紺野ちゃん達の場合、経験が少ないから
最終エンドの最後の投球で1ポイント負けているっていうプレッシャーに耐えられるかなあ
ってね。後藤がコーチだったら、追いついておけって言ったんだけどさ」
「コーチじゃないですか」
「あはっ、そうだ。私コーチだ」
「もうー、後藤さんよりも、全然加護の方がしっかりしてるです」
「なんだとー! そういうこと言うとこうだ!」
「きゃー!! やめてくださいよー! はんげきしたるー!」
「なにおー! もっとやってやるー!」
加護にヘッドロックしながらうりうりする後藤。
加護の方は、頭を抱えられながらも後藤の脇腹をくすぐっていた。
リンクの上の緊迫した戦況と全く関係なくふざけている二人。
そんな光景を見上げて紺野は、自分がしっかりしなきゃ、と感じていた。
- 180 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時31分01秒
- 最終エンド、紺野達も、チームZの4人もそれぞれに動きが堅くミスが目立つ。
初めての公式戦となる紺野達4人はもちろん、チームハローの連勝記録ストップまで後一歩
と迫っているチームZにもこれまで経験のない大きなプレッシャーがかかる。
それでも、リード、セカンドの二人のミスの多さに比べ、サードのMIYUに高橋はしっかり
と組み立ててくる。
勝敗の行方は、スキップをつとめるTAKAYOと紺野の二人にゆだねられた。
二人の一投目はそれぞれに文字通り最終投への布石となった。
チームZの最終投、TAKAYOは絶好のポジションへストーンを配置する。
リンク上にはチームZの4人の歓声が沸き上がっていた。
「難しいですね」
「うーん、でも、加護ちんならなんとかできるでしょ」
「後藤さんでもなんとか出来ますよね」
- 181 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時32分36秒
- プレイエリア上には、六つのストーンがある。
ハウスの中心にはチームZの黄色いストーン。
また、ストーンを投げる位置から見てハウスの右奥にも黄色いストーンが残っている。
ハウスの右手前には、チームハローの赤いストーンがかろうじて引っかかっており、その
ストーンの手前にTAKAYOが一投目に黄色いストーンをぴったりと接触して配置した。
このほかに、中央のライン上、プレイエリアに入るぎりぎりの場所、壁となる位置に赤い
ストーンが残っており、その少し左奥にも赤いストーンが配置されていた。
- 182 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時33分43秒
- 「後藤さんだったらどうしますか?」
「後藤はねえ、壁ストーンの間を通して、そこからちょっと曲げてハウス中央の黄色に当
てて、そのクッションで右奥のもはじき出す」
「あの間って通ります?」
「うーん、ぎりぎり通ると思うよ。通してから先は、圭ちゃんのパワースウィープで曲げ
てもらう。加護ちんは? おんなじ?」
「加護はー、左にある壁ストーンに当てて、ハウスの黄色2個をはじき飛ばして、自分の
は残して二点もらいます」
「当てるの? 間を通すより、当てたやつを思い通りにコントロールする方が難しくない?」
「加護はー、的がある方がねらいやすくて得意です」
「そっか。紺野ちゃん、どうするかねえ?」
- 183 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時35分11秒
- 難しい局面。
四人は集まって協議する。
スタンドを見上げる者はいなかった。
「紺ちゃん、どおするの?」
「左から、巻いていこうと思います。壁ストーンのさらに左側へ回転をかけて投げるんで
、途中まで行ったら、右へ曲がるように思いっきりスウィープして、真ん中のストーンに当
てて、あとは運任せ。うまくいけば2個出てくれるかもしれないし、ダメでも、真ん中のにあ
たれば、1点は取れると思います」
新垣の問いかけに紺野ははっきりと答えている。
- 184 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時36分26秒
- 「右から当てるのは?」
「接触して止まっているストーンは、当てた後の制御が出来ないからダメです」
「真ん中通したほうが良くない?」
「あの狭い間を通すコントロールは自信ないです。後藤さんとか安倍さんなら簡単に通す
かもしれないけど、私には出来ないです」
小川と高橋の二人の意見にも簡潔に理路整然と答えてゆく。
「紺ちゃん、なんかすごいしっかりしちゃったね。いつも優柔不断なくせに」
「しっかりしたっていうか、私の技術だと、他の選択肢が無いだけです」
「じゃあ、それで行こう」
「里沙ちゃん、まこちゃん、お願いします。とにかく、まがるように、頑張って下さい」
「りょーかい!」
おどけて敬礼ポーズを小川がとってみせる。
紺野の選択は、後藤とも加護とも全く異なるやり方となった。
- 185 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時37分23秒
- 4人がリンクの上で散っていく。
高橋はハウスの奥で指示を出す役割。
この位置は、全体の配置とストーンの動きを見極め、特にストーンを投げる者がミスをし
たときに瞬時に状況判断をし、スウィーパーへセカンドチョイスを指示する大事な役割。
彼女はリンク全体とスタンドを見回す。
小さな大会、少ない観客。
だけど、ここが私たちのスタート地点になるんだ。
早く先輩達に追いつきたいし、紺ちゃんばっかり目立たせるのも悔しいし。
いろいろあるけど、勝ちたいなあ。
視線を、ハックに足をかけ構える紺野の方へ戻した。
- 186 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時38分10秒
- 紺野は、20kg近い重さのストーンを右手で氷に押さえ、左足をハックにかけた。
低い姿勢で40mほど先にあるハウスを見つめる。
このショットが決まらないと負ける。
その想いが頭をよぎり、一旦ストーンから手を離し深呼吸をした。
再度構え直す。
見つめる先に、小川、新垣と視線が合う。
二人は紺野の方をみて頷いた。
ハックを蹴り、滑り出す。
センターラインよりやや左に滑らしながら、ストーンに時計回りの回転をかけ手を離した。
- 187 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時39分42秒
ストーンは回転をしながら滑っていく。
壁ストーンが近づいてきた。
「イエス!」
紺野の合図。
小川、新垣の二人が渾身の力を込めてスウィープを開始する。
ストーンの方向を曲げるような投球の場合、このスウィーパーの役割は非常に重要だ。
「まがれーー!!!」
ハウス付近に立つ高橋が、彼女に似合わない大声を上げる。
もはや、彼女に出来ることは祈ることしかない。
- 188 名前:まがれ!! 投稿日:2002年04月07日(日)21時40分24秒
- ストーンは、右へ向けて曲がり出す。
壁ストーンのよこぎりぎりを通り抜け、ハウス中心に近づいていく。
小川、新垣の二人は願いを込めてスウィープを続けた。
3メートル、2メートル、徐々に近づいてくる。
1メートル、二人はブラシをストーンの前からどける。
紺野の最後の一投は、ハウス中心の黄色いストーンの横をわずかにかすり通り抜けていった。
ハウスには、チームZのストーンが二つ残った。
3時間近くにおよんだ彼女たちのデビュー戦は幕を閉じた。
- 189 名前:まがれ!! 終わり 投稿日:2002年04月07日(日)21時41分30秒
- 「負けちゃいましたね」
「まあ、よく頑張ったよ。初めてなのに、0-6から一度は追いついたんだもん」
「4人とも、かなしそうです」
「それは、当然でしょ。うれしそうだったら困るよ」
「加護はー、なんか悔しいです」
「後藤だって悔しいさ。でも、そんなこと言ってないの。これからがうちらの出番でしょ
。先輩らしく、偉そうに、やさしく出迎えてやらなきゃ」
「はい」
初めての試合に敗れた4人の元へ、後藤と加護は向かう。
それぞれに、自分のデビュー戦のことを思い起こしていた。
「また、明日から練習だね」
「はい」
4人に暗さはなかった。
次に勝つために、先輩達に追いつくために、また、それぞれに練習を積む日々が来る。
長い道のりの第一歩を、こうして彼女たちは踏み出した。
- 190 名前:作者 投稿日:2002年04月07日(日)21時46分19秒
- >>158-189 まがれ!!
すいません、長いので"最新記事25"では全部読めませんのでご注意下さい。
マイナーウインタースポーツ第三弾。
見るとやってみたくなるけど、みんなやったことのないスポーツランキング第一位だと思う。
4人で競技するということで、誰を使うかの選択肢は山ほどありました。
5期メン、4期メン、2+3期、新旧プッチモニ、たんぽぽ、ミニモニ。 メロン、T&C、カントリー+石川梨華、赤組4(笑)
まあ、今後のことを考えてこの4人にしました。
何が一番大変って、この競技のルール調べるのが一番大変だった・・・。
何の練習なんだか?
- 191 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年04月08日(月)15時15分23秒
- こんな静かな競技もあるんだな、とテレビ中継を診た時は思いましたが、
次第に画面から伝わってくる競技者の熱さを感じて目を離せなくなった記憶があります。
チョイスする競技とその配役の妙を楽しませてもらっています。
- 192 名前:作者 投稿日:2002年04月14日(日)18時06分53秒
- >191
一応、このひとじゃなきゃダメなんだ! という配役にするように心がけてはいますが、次のはどうでしょう?
というわけで、4つ目行きます。
- 193 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時08分34秒
- 私は、いま、インターハイの決勝という舞台に立っている。
だけど、高校に入ってから公式戦で勝ったことは一度もない。
なんで、こんなことになってるかって言うと、団体戦のラスト、大将にあたる順番にい
るから。
うちのチームはすごく強い。
私にチームの勝敗がかかった試合がまわってくることは、今日までなかった。
ダブルスと、シングルス1で二つ勝って、私は消化試合という形でしか戦ってこなかった。
それが、今日はダブルスの先輩が負けてしまい、シングルス1の石川先輩が勝って、
シングルス2の私が、優勝をかける試合をこれから戦う。
ダブルスの3年生の先輩達は、今日のこの試合がラストゲーム。
最後の最後第三セットのタイブレイクで負けてしまい、本当に悔しそうだった。
石川先輩は2年生だけど、この大会で高校の大会は卒業して、プロとして世界に出る。
だから、このチームで戦うのはこれが最後なんだ。
- 194 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時09分41秒
- 会場は、有明コロシアムのような大きな物ではないけれど、それでも県で一番大きいテニス
コートのセンターコート。
団体戦の決勝ということもあり、これまでに敗れていったチームも見ている。
石川先輩を目当てにやってきた大勢のスポーツ記者の人たちも、チームとしての試合の決着
がついていないため、まだほとんど残っていた。
そして、先輩達、仲間達が私のことを見ていた。
田舎で育った私は、こんなに人が集まるのはお祭りくらいでしか見たことはない。
ましてや、これだけの人に見られながら試合をするという経験は全くなかった。
- 195 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時10分52秒
- 第一セット第一ゲーム、私のサーブで試合は始まる。
左手で軽くボールを二回つき、トスを上げる。
フラット系のサービスをセンターへ打ち込む。
相手はバックハンドでリターンを返してきた。
リターンは甘く、浮き球がかえってくる。
わたしは、ネットへ詰めてボレーでコート左側へ突き刺した。
緊張はあるけれど、周りが見えないということはない。
観客達の拍手もちゃんと聞こえる。
夏の眩しい日差しが差し込むコート。
この試合は、短い間だったけれど私のことをかわいがってくれた石川先輩への送辞として
捧げたい。
- 196 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時11分54秒
- 第一ゲームは、30−0から二つセカンドサーブで相手にポイントされて追いつかれたも
のの、そのあと二つサービスエースを決めて、私が奪った。
「しっかり足動いてるね」
「はい」
「がちがちになるんじゃないかと心配だったよ。ちゃんと力を出せば大丈夫だから、
目立っておいで」
「はい」
- 197 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時14分18秒
- 団体戦は夏先生が横にいてくれるから安心できる。
精神面での弱さを指摘され、先生がコートに入れない個人戦ではメンバーから外されてい
た。
目立ちたがり屋なのに人前が苦手な私。
そんな私のことを石川先輩はひ弱だと笑うけれど、夏先生は石川先輩もちょっと前まで
私と同じだったと教えてくれた。
先輩にあこがれてこの学校へやってきた私にとっては何よりの言葉だ。
石川先輩は中学からこの学校にいて夏先生に鍛えられてきた。
最初は私と同じように練習女王で、試合になるとさんざんだったそうだ。
- 198 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時15分15秒
- 初めて先輩を見たのは、私が中学2年の時の全国大会。
風の強い日だった。
サーブを次々と決め、追いつけないと思えるボールにも飛び込んでいって拾ってしまう。
試合が終わると、それまでの表情がウソのように、髪を風でなびかせながらかわいらしい
笑顔を見せる先輩は素敵だった。
私は、少しでも近づきたくてこの学校にやってきた。
団体戦のメンバーに選ばれて、ちょっとは追いつけたと思ったのに、先輩は私をおいて世界
へと旅立ってしまう。
そんな先輩にとって、インターハイなんてものは小さな存在かもしれないけれど、だからな
おさら、最後に敗北という言葉を残したくなかった。
- 199 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時16分17秒
- 第一セットは7−5で私が奪った。
今日は調子がいい。
ベースラインからのウィナーがよく決まる。
ただ、ファーストサーブの確率が少し低いのは気になった。
- 200 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時17分30秒
- 「よし、もう一回第一セットな」
第12ゲーム、相手サービスをブレイクして奪い、第一セットを終えベンチに戻ると、
夏先生は不思議なことを言ってくる。
「一セット取ったことは忘れて、もう一度ゼロからスタート。いいな」
「はい」
「調子はいいみたいだな」
「はい、よく足も動くし、ボールも思ったところへ飛んでくれて」
「うん、前後の揺さぶりだけ気をつけろ」
「はい」
一セット取ったことを忘れろ、といわれても、本当に忘れてしまうことなんかできない。
でも、とにかく目の前の一ポイントに集中すればいいということだろう。
先輩達の方を見ると、石川先輩が手を振ってくれた。
先輩、私うまくなったでしょ。
見てて下さいね。
- 201 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時18分19秒
- 第二セット、第一ゲームは私がラブゲームで奪ってスタートする。
第二ゲームは、相手のサービスで私は1ポイントしか奪えなかった。
第三ゲーム、3度のデュースの末、私がキープする。
この第三ゲームで耐えたことから流れが来て、第四ゲームは相手のサービスを1ポイント
も与えずにブレイクした。
第五ゲームは15−40からの二つのブレイクポイントをしのいで私がキープ。
第二セット、4−1のリード。
ベンチに戻ると、スタンドで見ている先輩達の様子が変わってきたのを感じた。
- 202 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時19分26秒
- 「こらっ、しっかりしないか。ファーストサーブが入らなきゃピンチになるに決まってる
だろ」
「なんか、トスがぶれるんですよ」
「トスが合わなかったら、上げ直していいんだから、神経質になるな」
「そうなんですけど」
夏先生と話していても、スタンドの先輩達の声が聞こえてくる。
「後2ゲームだよ。いける、優勝できちゃうよ」
「梨華、勝てそうだよ。優勝しちゃうよ。最後の最後に優勝しちゃうよ」
「まだわかりませんよ。聞こえるとプレッシャーになるから、やめましょう」
- 203 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時20分07秒
- 石川先輩の声も3年生達の声も、私にはしっかりと聞こえていた。
私が勝てば、優勝する。
後2ゲーム取れば優勝できる。
先輩達のラストゲーム。
全て私にかかっているんだ。
- 204 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時20分50秒
- 第二セット第六ゲーム、相手のサービスはこれまでになく威力のある物だった。
サービスエース、サービスエース、ダブルフォルト、サービスエース。
私は一球もさわらずに40−15。
さわらなきゃ、返さなきゃ、そう思いながらサーブを待つ。
私のフォアサイドへサーブが放たれた。
きびしいコースだけれど、なんとかラケットに当てる。
しかし、ネットを越せず相手のポイントとなる。
4−2で第七ゲーム、私のサービス。
- 205 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時21分35秒
- 今のゲームはいいんだ。
相手のサーブがたまたま入っただけ。
向こうが開き直っただけだ。
自分のサービスをキープすればそれでいい。
それでいいんだ。
自分に言い聞かせ、サービスを放つ。
ダブルフォルト、リターンエース、ダブルフォルトで0−40
サーブが思うとおりに入らない。
トスがぶれるせいで、フラット系のサーブでコースを狙ってもフォルトになってしまう。
サーブを決めれば勝てるのに。
後少しで勝てるのに。
- 206 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時22分20秒
- サーブを入れなきゃ。
それだけを考えて、ファーストからスライスサーブを放つ。
相手のリターンは速度の遅いボールにタイミングが合わなかったのか、ネットにかかり私
のポイント。
次のポイントもスライスサーブを放つ。
今度はクロスにかえってきたので、ストレートへ返す。
相手が追いつきバックハンドでクロスを放ってきたけれど、サイドラインを超えアウトとなった。
30−40
後一本で追いつける。
追いついて、このゲームとって、勝たなきゃ。
- 207 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時23分03秒
- 今度は、スライスサーブも入らなかった。
ファーストサーブ、センターに打ち込んだらフォルト。
しかも、そのフォルトのボールを相手はすごいリターンを返してきた。
もし、フォルトでなかったら、絶対に拾えなかったようなリターン。
セカンドサーブは、きびしいところに入れないと、また決められる。
セカンドサーブのトスアップ、思ったところへ上がらない。
2度やり直して3度目、やや合わなかったけれどかまわずにセンターへ向けてサーブを放つ。
ボールは、ネットにあたり手前にこぼれた。
ダブルフォルト。
サービスをブレイクされ、4−3のイーブンになる。
- 208 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時23分44秒
- 「守るな、バカ! 守ってて勝てるほどの選手だとでも自分のこと思ってるのか?」
夏先生が何かを言っている。
私は、タオルで汗を拭いながら考える。
勝たなきゃ。
後2ゲームとって勝たなきゃ。
どうしたらいいんだろう。
サーブが入らない。
入っても甘いところだとハードヒットされてリターンエースになる。
どうしよう。
タオルで顔を覆い、視界をなくして考えるけれど、答えは出てこない。
「ダメでもいいから攻めて行け! 打っていけ!」
夏先生に何かを答えるまもなく、“タイム”の声がかかり、コートへと戻る。
石川先輩の方を見ると、右手でラケットを振る仕草をしていた。
ちゃんと狙って打て、ということだろうか?
- 209 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時24分26秒
- 相手のサーブは、ますます冴え渡ってきた。
ほとんどラリーに持ち込むことも出来ずに相手にキープされていく。
一方、私のサーブはなかなか決まらない。
ネットにかかる回数が増え、ダブルフォルトも各ゲームで出してしまっている。
第二セットは、4−6で相手に奪われた。
- 210 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時25分03秒
- 熱い。とにかく熱い。
日差しはそろそろ傾いてくる時間にも関わらず、私は額から、腕から、汗をしたたらせて
いた。
タオルで拭いても拭いても汗が溢れてくる。
少しでも風が吹いてくれれば熱さも和らぐのに、試合が始まってから風の涼しさを味わう
ことはなかった。
- 211 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時25分34秒
- 第三セットに入る。
このまま突き放されて負けてしまうのだろうか?
先輩達のラストゲームにを私が台無しにしてしまうのだろうか?
石川先輩に、最後まで格好悪いとこしか見せられないのだろうか?
そんなことを考えていて気づいたときには、1−4とリードされていた。
- 212 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時26分22秒
「しっかりしろ! 周りを気にするな! 余計なこと考えるな! 出来るから! 大丈夫
だから!」
夏先生は励ましてくれているのだろうけど、その言葉を素直に受け入れることが出来なかった。
私は、石川先輩とは違う。
所詮、田舎から出てきた世間知らずの蛙だったのだろう。
ちょっとは出来ると思って出てきたけれど、弱い私は相変わらずだ。
先輩、人間って簡単に変われないですね。
ごめんなさい、という気持ちで石川先輩の方を見ると、先輩は私のことを手招きした。
怒られるのかな、と思いながら素直に先輩の元へ行く。
- 213 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時27分29秒
- 「これ、あげるよ」
先輩が手にしているのはリストバンドだった。
「私ね、高校に上がった頃に、このリストバンド買ったのね。それで、たまに試合でつけ
てるんだけど、このリストバンドして負けたことないんだ。すごいお気に入りなんだけどさ、
あげるよ」
「いいんですか?」
「うん。あっ、さっきの試合でもつけてたから、ちょっと汚いけどね。でも、これつけた
ら絶対勝てるから」
私は、リストバンドを受け取って左腕につけてみる。
「うん。これでOK。最後まで頑張って。コースを狙うんじゃなくて、しっかり打っていけ
ば大丈夫。テニスはポジティブにね。ポジティブに」
- 214 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時28分39秒
- テニスはポジティブに。
先輩の口癖だった。
この言葉を口にするようになってから、先輩は強くなっていったと夏先生は言っていた。
先輩のつけていたリストバンドが、私の左腕に巻かれている。
勝利のリストバンド。
テニスはポジティブに。
私も口に出して言ってみた。
人間、簡単に変われないかもしれないけれど、でも、私はやっぱり石川先輩のよう
になりたいと思う。
リストバンドで額の汗を拭い、私はコートに戻った。
- 215 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時29分11秒
- 第三セット第六ゲーム、相手のサービス。
第二セット終盤のような、きびしいサーブは決まらなくなってきた。
こちらのリターンも簡単にエースを取ることは出来ないが、それでもラリーが続くようになってきた。
第一セットのように再びベースラインからのウィナーが決まり出す。
3度のデュースの後のブレイクポイント。
ファーストサービスはフォルト。
セカンドサーブ、ワイドに打ってきたサービスを、バックハンドでクロスに返す。
ここから、お互いバックハンドでのクロスの撃ち合い。
やや球足の襲いボールが来る。
チャンス、とみて私はフォアへと回り込み、ダウンザラインへボールを放つ。
相手は、ボールに追いつくものの、ラケットへ当てるのが精一杯で、ボールは帰ってこなかった。
ようやくワンブレイク返し2−4。
- 216 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時30分28秒
- 今の私には、すこし相手の心理が分かるような気がする。
おそらく、第二セット後半の私と同じなのだろう。
安全にいこうとしているのがわかる。
そのせいでやや甘いボールが多く、こちらにチャンスが増える。
次のゲーム、リストバンドのおかげかトスの安定を取り戻し、しっかりとサーブが
打てるようになった。
この第七ゲームからの3ゲームも連取して5−4とリード、次のゲームを取れば勝利、
というところまでこぎ着けるが、簡単には行かない。
相手は私と違い、すぐに立ち直り、第十ゲームはキープされる。
第十一、十二ゲームはお互いにキープし、ファイナルセットはタイブレイクへと
もつれ込んだ。
- 217 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時31分04秒
- 本当にこれがラスト。
勝つか負けるか分からないけれど、どちらにしても思いきってやろうと思う。
先輩達の最後は、たとえ勝ったとしても、縮こまったテニスで送ってはいけないと思った。
左腕につけている勝利のリストバンド。
今になって気づいたけれど、先輩の大好きなピンク色だった。
先輩、色彩のセンスなさすぎですよ、とよく突っ込む私の好きな色は黒。
似合わない物もらっちゃったな。
そういえば、先輩高校に入ってから負けたことないや。
去年の全日本選手権も、史上最年少優勝してたんだし。
冷静になってみると、リストバンドの御利益は、あんまり関係ないのかもしれない。
でも、先輩にもらった物だし、これからもつけていこうと思う。
- 218 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時31分37秒
- タイブレイクは、一進一退の展開。
6−5でむかえた私の最初のマッチポイントは、リターンがネットにかかりダメ。
コートチェンジの後のポイントも相手に奪われて6−7。
- 219 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時32分26秒
- 相手のマッチポイント。
私は、ファーストサーブをセンターに打ち込んだ。
リターンは、逆サイドへ返ってくる。
追いついた私は、フォアハンドでクロスへ。
クロスの打ち合いが6球続いたところで、私はストレートへ打つ。
これはバックハンドでクロスに返ってきた。
私もクロスへ返す。
ラリーが続く。
仕掛けるべきだろうか?
ネットに詰めようか、とも思う。
だけど、私の武器はベースラインでの打ち合いから一発で決めること。
ここはステイバックで。
- 220 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時33分35秒
- バックハンドでのクロスの打ち合いが8球続いた。
変化を付けるためにストレートへ一本返す。
そのボールを相手は、クロスへハードヒットしてきた。
コートの逆サイドまで走り追いかけるが、返すのがやっと。
甘いボールがコート中央へ。
まずい、と一瞬思うが、あきらめるわけにはいかない。
このボールはネットに詰めてバックハンドボレーで決めに来る。
そう読んで走り出すと、読みどおりボールは私のコートの左サイドへ落とされた。
追いついた私は、バックハンドでストレートへ。
抜けてくれ! そう祈りながら放った私のパッシングショットは、相手のラケットをかす
めて、コート奥に突き刺さった。
- 221 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時34分57秒
- セブンオール。
審判のコールが私を安堵させる。
スタンドで見ている先輩達のほっとしたため息も聞こえてくるようだった。
安心してしまったのか、次の私のサービスはダブルフォルトでまた7−8。
肝心な場面でのダブルフォルトに冷や汗を掻くが、相手の2度目のマッチポイントはリターンエースでしのいだ。
さらにもう一本リターンエースを奪い9−8で私のサーブ。
- 222 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時36分16秒
- 試合開始から2時間半。
午後の陽はだいぶ傾いていた。
風はない。
今度こそ決めてやる。
その決意を胸にトスを上げる。
サーブは、センターを狙った。
相手はバックハンドでリターン。
きびしいコースへ帰ってくるが、フォアでクロスへ返す。
その後はフォアのクロスの撃ち合い。
5球ほど続いたところで、相手が構えを変えた。
削るように打たれたボールは勢いを吸収されネット際へ。
ドロップショットだ。
私は、走った。
ネットを超え、軽く弾むボール。
かろうじて追いつき、手を伸ばし、倒れ込みながらボールをすくい上げ、ネットの向こう
側へおくる。
首をまわしネットの向こう側を見ると、相手は逆サイドへと詰めていて、ボールはがら
空きのサイドで転がっていた。
- 223 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時37分27秒
- コートサイドでは歓声が上がっていた。
先輩達は抱き合って喜んでいる。
私は、立ち上がりネットの向こう側の対戦相手と握手を交わす。
審判との握手も済ませ、スタンドから降りてきた先輩達の元へ。
歩いて行くまでもなく、先輩達が走り寄ってくる。
私が汗で濡れているのもかまわずに、みんなは飛びついてきた。
「優勝だよ優勝! 日本一だよ! 私たち、優勝しちゃったよ」
興奮する先輩達は、私の頭をぽかぽかたたくは、抱きついてキスするは、それはそれは大変だった。
そして胴上げされる。
歓声の中、雲一つない青い空へ向かって飛ばされた。
私の頭は、あまりまわっていず、ただただ、勝った! 勝ったんだ! ということだけが
リフレインがかかっている状態だった。
私に続いて、石川先輩、夏先生、そして、引退する3年生の先輩達が次々と胴上げされていく。
その光景の中にいて、何故だか分からないけれど、すこしだけ涙がこぼれた。
- 224 名前:ラブゲームからはじめよう 投稿日:2002年04月14日(日)18時38分28秒
- 「おつかれさま」
「先輩、今までありがとうございました」
「もう、チームのことは全部任せて大丈夫だね」
「そんなこと無いです。石川先輩がいなくなったら、すごく不安です。せっかく少し追い
つけたと思ったのに、いなくなっちゃうんですね」
「ううん。すぐ、追いついてこれるよ」
石川先輩はそう言って、私の頭をなでてくれた。
「高橋、冬の全日本選手権には帰ってくるから。勝ちあがっておいで。有明コロシアムで逢おうね」
世界へ羽ばたいていく先輩。
そんな先輩に近づくには、私も世界へ旅立たなくてはいけない。
今日の試合で、弱い私は少しは変われたのでしょうか?
答えは、きっと次の大会で分かるはず。
今度は、大人のプロの人たちと混ざって戦わなくてはいけない。
- 225 名前:ラブゲームからはじめよう 終わり 投稿日:2002年04月14日(日)18時39分21秒
- 「もう、泣き虫なんだから」
きっとまた逢える、そう思っていても、泣き虫な私は、どうしても涙を抑えることが出来なかった。
石川先輩、しばらくのお別れです。
先輩は、すごい人だけど、きっと追いついて見せます。
だから、先輩も頑張って下さい。
- 226 名前:作者 投稿日:2002年04月14日(日)18時43分02秒
- クイズ、主人公は誰でしょう?
今回の話は、そんな感じです。
主人公の名前を出さずに書けるか?
結構、大変な物ですね。
それと、スポーツを一人称で書けるのか? というのも練習の一環でした。
マイナーウインタースポーツシリーズから離れて、今回はわりと王道に近い競技です。
石川先輩を先輩風にするのはうまくいったのかどうか??
主人公が誰かは、最後には分かるようになってます。
皆さん、どこで分かりました? 分からなかったら、それは私が悪いんで、気にしないで下さい。
- 227 名前:作者 投稿日:2002年04月14日(日)18時44分18秒
- >>193-225 ラブゲームからはじめよう
今回も長いため、”最新記事25”では全て読むことが出来ません。
ご注意下さい。
- 228 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年04月14日(日)22時39分16秒
- 石川さんを先輩として慕うところで3人くらいに絞られて、
ピンク好きを突っ込むのと好きな色は黒、と言う辺りでわかりました。(遅すぎ?)
済みきった青空のようにとても爽やかな作品ですね。
- 229 名前:作者 投稿日:2002年04月22日(月)00時02分17秒
- >228 M.ANZAIさん
爽やかと言っていただけるとうれしいです。
高校生の話ですからね。
- 230 名前:陽はまた昇り繰り返す 投稿日:2002年04月22日(月)00時03分40秒
- 会心のレースが予選では出来た。
メンバー達の最高の走り、流れるようなバトンパス。
これまでのチームの持ちタイムを1秒近く縮め、午後の準決勝へと進んだ。
16チームが残っている準決勝。
各レースで4着までに入れば明日の決勝へ進め、同時に関東大会への出場権を得ることが出来る。
- 231 名前:陽はまた昇り繰り返す 投稿日:2002年04月22日(月)00時04分36秒
- 「よーし、最後に後一本、きれいに締めくくろう」
3年生である村田、斉藤、大谷の3人にとっては、負ければそこで終わりというレースが続いていた。
予選の走りで満足した斉藤がこう言うと、村田が反論する。
「せっかくだから、勝負かけようよ。決勝に残れる可能性つくろうよ」
今のこの4人に決勝に残る力は、普通に考えれば無い。
メンバーのうち、100メートル個人種目で県大会へと進んでいるのは2年生の柴田ただ一人。
その柴田も、県大会では予選で敗れている。
4人がかつてない会心の走り、最高のバトンパスをしても準決勝に残った16チーム中11番手、8番手とは0秒7の差があった。
上位チームは、予選ではメンバーを落としていたり、ラストで流していたりするので、実際の力差はさらに大きいはずである。
- 232 名前:陽はまた昇り繰り返す 投稿日:2002年04月22日(月)00時07分32秒
- 「そりゃあ、最後だからって手抜きする訳じゃないし、頑張るよ」
「そうじゃなくて、失敗するかもしれないけど、ぎりぎりの可能性に賭けてやってみたいんだ」
言い訳じみた物言いの斉藤に対し、村田が夢を語り出す。
「うちらの中で、あゆみが一番速いのは良いとして、次は雅恵でしょ。だから、この二人
がぎりぎりまで長く走れるようにすれば、もっとタイムが縮まるはず」
「でも、危険じゃない? ちょっとミスったら失格だよ」
「どうせ、今の力じゃ決勝残れないんだから、やって見ようよ。それでダメならしょうがないでしょ」
ためらう斉藤と対照的に、大谷はさっぱりとした感じで、村田の意見を受け容れる。
「それじゃあ、それでいく? うちらも偉くなったもんだねえ。県の決勝に残ろうなんて
本気で考えてるよ。あゆみもいい? これで」
「はい」
- 233 名前:陽はまた昇り繰り返す 投稿日:2002年04月22日(月)00時09分09秒
- 斉藤も、村田の意見を聞き入れ、チームの大エースである柴田も先輩達に同意した。
彼女たちがしようとしていることは危険が大きい。
走力のあるランナーに長い距離を走らせる、というのはどのチームでもある程度行うことである。
しかし、それをぎりぎりまで広げるということは、ほんのわずかなタイミングのずれで
オーバーゾーン、すなわちバトンパスを行って良い範囲を逸脱してしまうことになり、即失格へとつながる。
成功すればタイムは縮まるが大きなリスクがあり、大博打を打っているようなものである。
県大会の予選突破は目標。
決勝の8チームに残り、関東大会へ進むのは夢。
ちっぽけな目標、ちっぽけな夢。
それでも、普通の少女達が3年の間に達成するのは、楽なことではない。
夢中になるには十分すぎる目標であり夢であった。
目標は、努力でかなえた。
今度は夢をかなえるために大博打を打ってみる。
- 234 名前:陽はまた昇り繰り返す 投稿日:2002年04月22日(月)00時09分56秒
- サブトラックで彼女たちは午後のレースへ向けての調整をした。
走り出しのタイミング、後ろから声をかけるタイミングを確認する。
短距離は才能9割と言われる。
走る力は努力だけではどうにもならない部分があるが、バトンパスだけは練習でいくらでもうまくなる。
1年間、毎日練習を積んできたバトンパス。
自分たちでも惚れ惚れするほどきれいに決まる。
- 235 名前:陽はまた昇り繰り返す 投稿日:2002年04月22日(月)00時10分30秒
- 「なんかさあ、いけるよう気がしてきたよ」
「私も」
「もしかして、やれちゃう?」
「やれますよ、絶対」
4人はそれぞれに希望を抱えて、レースへと向かった。
- 236 名前:陽はまた昇り繰り返す 投稿日:2002年04月22日(月)00時11分50秒
- チームカラーのライトグリーンのバトンを持ちスタートラインに村田が立つ。
ユニホームは、どのチームよりも目立つ蛍光グリーン。
仲間達がどれだけ遠くにいても見落とすことのないこの色を、彼女たち自身で選んだ。
第二コーナーに大谷、三コーナーには斉藤、そしてアンカーの柴田が第四コーナーで待っている。
「女子、4×100mリレー。準決勝第二組、第一コース・・・」
場内アナウンスが入る。
準決勝からは、チーム名プラス個人名もアナウンスされていく。
「第六コース、綾瀬農園高校 村田さん、大谷さん、斉藤さん、柴田さん。予選タイム52秒45」
村田は、バトンを持った右手を挙げ、コースに向かって軽く頭を下げる。
今までは、チーム名がコールされても恥ずかしくて素知らぬふりをしていたが、ここまで
来たのだから、人並みに手ぐらい挙げてもいいと思った。
- 237 名前:陽はまた昇り繰り返す 投稿日:2002年04月22日(月)00時13分30秒
- 「位置について」
足をスターティングブロックに掛ける。
バトンを置き、ふっーとため息を一つつく。
左手をセットし、右手は親指、中指、薬指の三本の指でバトンを握り、視線をトラックの
上へ落とした。
「よーい」
腰を上げる。
一瞬の静寂が、スタート地点に並ぶ8人の第一走者の中へ訪れる。
「バン!」
- 238 名前:陽はまた昇り繰り返す 投稿日:2002年04月22日(月)00時15分11秒
- ピストルの音と同時に8チームがスタートを切った。
フライング覚悟で臨んだ村田のスタートは、最高の反応だった。
前傾姿勢を保ったまま、一歩一歩と足を進める。
下へ向けたままの視線を10メートルを過ぎた頃、やや前向きに上げた。
内側へ重心を預けコーナーを生かした走り。
走力の無さを必死にカバーする。
大谷が待ち受ける第二コーナーへと近づく。
現在6から7番手。
スタートのタイミングを示すトラックに張り付けたテーピングの上を村田が通過。
同時に、大谷が走り出す。
加速する大谷と村田の距離が近づいてくる。
バトンゾーンに入り、大谷の足がトップスピードとなったまさにそのタイミングで、村田が声を出す。
「はい!」
大谷が左手を後ろに伸ばし、そこへ村田のバトンが置かれる。
寸分のロスもない最高のバトンパス。
このリレーで、並び掛けられていたインコースのチームを再度かわし、順位を三つほど上げた。
- 239 名前:陽はまた昇り繰り返す 投稿日:2002年04月22日(月)00時16分37秒
- 第二走者の大谷は、ストライドの広い走法。
腰高だが力強い走り。
前を見据えて進んで行くが、内側5コースを走る朝日ヶ丘の後藤にかわされてしまう。
しかし、大谷自身も外を走る7コース、8コースの選手へと迫っていく。
現在、4番手から5番手争い。
第3走者の斉藤は、右手を地面に軽く触れ、下から見上げるような形で後ろから来る大谷
を待っている。
大谷の前2メートルを後藤がゆく。
自分よりも100mで1秒以上速いランナーを、大谷は追ってゆく。
コーナーが近づいてきた。
- 240 名前:陽はまた昇り繰り返す 投稿日:2002年04月22日(月)00時17分44秒
- 朝日ヶ丘の第3走者矢口が、スタートを切る。
それにつられ、ほぼ同時に斉藤も動き出してしまう。
一歩踏み出してから、早い、しまった、と思っていた。
リレー可能ゾーンに斉藤が入る。
大谷はまだ後方を走っている。
インコースでは、朝日ヶ丘が余裕を持ってバトンパスを終えていた。
大谷と斉藤の距離は5メートルほど。
バトンゾーンが近づいてくる。
斉藤は減速するが、それでもまだバトンは渡らない。
3メートル、2メートル、二人の距離は近づくが、バトンゾーンも近づく。
踏み出せばその時点で失格。
後3歩、後2歩。
大谷が必死にバトンを持つ左手を伸ばす。
斉藤も、右手を精一杯後ろに伸ばし、バトンゾーンの手前でとどまろうとする。
大谷の左手のバトンが斉藤の右手にかろうじて触れたとき、斉藤の右足がバトンゾーンを踏み出していた。
無理に踏みとどまろうとしたためバランスを崩し、斉藤は転倒した。
ライトグリーンのバトンが、トラックの上を転がっていった。
- 241 名前:陽はまた昇り繰り返す 投稿日:2002年04月22日(月)00時18分45秒
- 1チームが転倒してもレースは続く。
第三走者から第四走者へ。
結局、朝日ヶ丘が最後を流してトップでフィニッシュし、以下6チームも続けてゴールへと駆け込んだ。
第四走者の柴田は、ただ一人、四コーナーにとり残され、第三コーナーの方を呆然と見つめていた。
- 242 名前:陽はまた昇り繰り返す 投稿日:2002年04月22日(月)00時19分49秒
- 転がったバトンもそのままに立ちつくす大谷。
斉藤は座り込んでいたが、他のチームがゴールしたのを見て立ち上がる。
「ごめん」
「いや、しょうがない」
ぽつりと謝る斉藤に、大谷も一言だけ返す。
二人の元に、村田が近づいてきた。
転がっているバトンを拾い上げ、大谷と斉藤の頭を軽くたたく。
「終わっちゃたね。終わっちゃった。でも、頑張ったよね」
キャプテンとしてチームを引っ張ってきた彼女。
走力はナンバーワンではなかったものの、誰もが認めるキャプテンは、最後のレースを終えた。
- 243 名前:陽はまた昇り繰り返す 投稿日:2002年04月22日(月)00時21分11秒
- 「予選でベストタイム出たし。ぎりぎりの勝負出来るところまで来たんだから」
自分にも言い聞かせるように大谷が語る。
3年生の中では実力ナンバーワン。
それでも、個人種目ではブロック予選で敗れ県大会にも進めていない。
そんな彼女たち3人にとって、県大会の決勝に残り関東大会へ進む、というのは大博打を
打つしかチャンスはないことだった。
「私もよくやめないで最後まで残ってたよ。二人に感謝かな」
1年生の頃は練習をさぼりがちだった斉藤。
いつやめてもおかしくなかった、幽霊部員になってもおかしくなかった彼女がこの場に
いるのは、村田と大谷がいつも隣にいたからだろう。
- 244 名前:陽はまた昇り繰り返す 投稿日:2002年04月22日(月)00時22分26秒
- いまだ4コーナーで呆然としている柴田に大谷手招きする。
柴田は脱兎のごとく走って3人の元へやってきた。
「ごめんなさい」
半泣きになりながら、大谷の胸に顔を埋める。
柴田の言葉に、斉藤が軽くコケながら反応する。
「なんであゆみが謝るんだよ。関係ないでしょ。わたしじゃん、今回ミスったの」
「でも、でも、私がもっと速ければ、私がもっとちゃんとしてれば、先輩達に負担かけないで済んだのに」
「いや、エースにそんなこと言われちゃうと、私ら立場ないんだけど・・・」
大谷が、柴田の頭をなでながら言った。
村田が続ける。
- 245 名前:陽はまた昇り繰り返す 投稿日:2002年04月22日(月)00時24分07秒
- 「あゆみには感謝してるよ。私たち3人だったら、県大会にもこれなかったと思うもん。
それが、県大会の準決勝なんて舞台まで進めて、決勝を夢見ることまで出来たんだ。もち
ろん、勝ち残ってさ、後一ヶ月一緒に練習してたいとは思ったよ。だけど、これが私たち
の精一杯だったんだよ。あゆみは何にも悪くない。私たちは、ここで終わっちゃったけど、
あゆみは後一年頑張りな」
春の木漏れ日のような柔らかい笑顔を柴田の方へ向けながら、村田はわずかな寂しさも感じていた。
この、かわいい妹みたいな子と、頼れたり頼りなかったりする仲間達と、共にグラウンド
で過ごす時間も、もう終わってしまった。
「やだ、先輩達がやめるんなら私もやめる」
柴田がだだをこねる。
3年生達3人にとって、よく見る光景であり、この子をなだめるのもこれが最後か、と思っている。
- 246 名前:陽はまた昇り繰り返す 投稿日:2002年04月22日(月)00時25分35秒
- 「あゆみ。みんな、それぞれ順番があるんだよ。私と瞳とめぐみは、3年頑張ったから今
日で終わり。あゆみはさ、後一年あるんだ。2年でやめちゃうのはずるいよ。それに、私ら
がいなくても、もう大丈夫だから」
「だいじょうぶじゃないです」
大谷の言葉にも柴田は耳を貸さない。
斉藤が、髪を掻き上げながら言葉をつなぐ。
「あーあ、やっと終わったよ。せいせいした。これからは彼氏と遊びまくるぞ」
「瞳先輩、彼氏いないくせに」
「泣きながら冷静に突っ込むな!」
ちょっと本気で切れかかる斉藤に、大谷と村田の二人はうけている。
- 247 名前:陽はまた昇り繰り返す 投稿日:2002年04月22日(月)00時27分16秒
- 「あゆみ、私たちはさ、あゆみほど速くはないけど、3年間頑張ったんだ。だからさ、
これで引退。悔いはなくはないよ。でもね、頑張った、やるだけやった、って思ってる。
あゆみは、後一年頑張りなよ。私たちの夢をさ、あゆみがかなえてよ」
「そ、めぐみの言うとおり。それに、そろそろ瞳を開放して上げないと、一生彼氏
出来なくなっちゃいそうだしね」
「なんか、私がもてないみたいに聞こえるじゃん」
瞳がそう言うと、柴田もようやく大谷の胸から顔を上げて笑い出した。
「先輩、練習たまには見に来て下さいよ」
「たまにね、うんたまに」
「ま、とりあえず、まだ1年近く学校にはいるわけだし」
5月の高い位置の太陽が4人を照らす。
トラックでは、次の種目である3000m障害決勝の準備が進められていた。
- 248 名前:陽はまた昇り繰り返す 投稿日:2002年04月22日(月)00時28分13秒
- そんな、1年前の出来事を思い出していた。
「まったく、ホントは彼氏とカラオケ行くはずだったのにわざわざ来てあげたんだからね」
「よく言うよ。瞳はいつも口だけなんだから。彼氏なんていやしないくせに」
「うるさい」
隣では、1年前と同じように大谷と斉藤がじゃれている。
二人は、それぞれ別の大学に進み、高校卒業と同時に、髪の色も金色に、茶色に染まっていた。
それでも、二人とも大学でも陸上を続けている。
村田自身も、いろいろなサークルに誘われたものの、結局また陸上部に入った。
今日も、午前中は練習してきている。
- 249 名前:陽はまた昇り繰り返す 終わり 投稿日:2002年04月22日(月)00時29分30秒
- 「出てきたよ、あゆみ」
「残って欲しいな」
「うん」
3人は、柴田のレースを見に来ていた。
100m準決勝。
去年と同じ、上位4人が進める決勝に残れば、関東大会へ進める。
村田は思う。
負けて帰ってきても、祝福して上げよう。
3年間お疲れさまと言って上げよう。
勝っても負けても、きっとあゆみは泣きじゃくるのだろうな。
どっちにしても、よく頑張ったね、って言って上げたい。
3人の視線の先で、柴田はスターティングブロックに足を掛けていた。
- 250 名前:作者 投稿日:2002年04月22日(月)00時33分58秒
- >>230-249 陽はまた昇り繰り返す
何故この4人?と思ったあなた、ただしい!
私も思いました。
いろいろメンバーチェンジしてみたのですが、やっぱりこの4人かなあと・・。
最初に浮かんだ形でそのまま出しました。
正直、ファンの人、ごめんなさい。
そんなしゃべりかたしねーよ! とかつっこみが聞こえてくるような気がします。
でも、こんな関係性のような気がするんですよ。
- 251 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時04分20秒
- 私たちは、初めてテレビという物に出ることになりました。
亜依ちゃんとののちゃんは、テレビに出ることが決まったときにそれはそれは興奮していました。
私は、ちょっとこういうのにが手です。
日本代表の選手、っていうとすごいことみたいに見えるし、もしかしたら本当にすごいこと
なのかもしれないけど、私たちは、ただ、楽しく過ごしたかっただけなんです。
ちょっと変わってるこのスポーツ。
幼い頃に知ったこの競技は、亜依ちゃんとののちゃんにすごく似合う物でした。
この競技に出逢わなかったら私たち三人は、もうとっくに離ればなれになっていたかもしれません。
- 252 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時05分44秒
- 名前は知ってる人が多いけれど、やったことある人は少ないんじゃないかな?
だから、そういう人たちに広めるためにもテレビに出ることは大事なんだ、と亜弥ちゃんは言います。
そりゃあ、亜弥ちゃんはかわいいし、いつも自信たっぷりだし、いいと思うけど、本当は
おとなしいのにキャプテンやってて、いろいろ発言しきゃいけない私は大変なんです。
だけど、そんなこと言いつつ、いつもはほとんどしないお化粧をちょっとがんばちゃってる
自分が、かわいいなとも思います。
試合の時よりも緊張してしまうのは何故でしょう?
- 253 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時06分51秒
- 私たち8人は上下二列の席に別れて座っています。
普段ならこういうとき、後ろの隅っこにいるのに、キャプテンというだけで前の列の司会
の隣になってしまいました。
反対側には亜依ちゃんがいて、その隣にはののちゃんがいます。
私の後ろは中澤監督。
変なことを言ったら、その場で頭をたたかれそうで恐いです。
「では、メダルの決まった3位決定戦の模様を見てみましょう」
司会の有働さんの言葉で、VTRが流れます。
3位決定戦の相手はインドでした。
私たちの競技は、オリンピックにはありません。
だから、このアジア大会が一番大きな大会なんです。
「カバディカバディカバディカバディ・・・」
ののちゃんが映ってます。
試合の最後の場面みたいです。
ののちゃんが、3人にタッチして3点取って、最後は7点差で私たちは勝ちました。
銅メダルです。
「おいしい?」
「おいしくない。チョコのがいい」
メダルをくわえる亜依ちゃんと、隣で笑ってる亜弥ちゃん。
悪ガキと優等生風。
そんな二人も仲良しです。
- 254 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時08分48秒
- 「どうですか、加護さん。銅メダルを口にして、おいしくない、なんておっしゃってました
けど、うれしかったですか?」
「うーん、うれしかったって言うよりは、楽しかったです。とにかく、楽しかった」
司会の有働さんの問いかけにも奔放に答えてしまう亜依ちゃんがちょっとうらやまし
かったりします。
「紺野さんは、キャプテンとしてチームを引っ張ってきたわけですけど、この時は
どういった心境でした?」
「大変だったなあ、長かったなあ、って思いました」
ありきたりな答えだと自分でも思います。
だけど、どうしてもこうなってしまうんです。
べつに、そんなこと気にしてても仕方ないですし、それに、私はこのチームが好きで、
カバディが好きで、毎日楽しいからいいんです。
- 255 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時10分27秒
- 「中澤監督。試合前にはどういった指示を出していたのですか?」
「いや、指示なんて大したことはしてないですけど、あえて言うなら、カバティとはっきり
言いなさいと」
「すごく基本的な指示ですね」
「それが、1回戦で、辻がカバティって言わずに反則取られてるんですよ」
「辻さん、それは、緊張か何かで?」
「そういうんじゃないんです」
ののちゃんは、首を横に振りながらそう言って中澤監督の方をうかがっています。
理由を知っている私たちは笑うのをこらえるのに必死です。
「何か、言いずらそうにしてらっしゃいますけど、どういうことなんですか?」
司会の人に聞かれて、中澤さんは余計なこと言わなきゃ良かった、という顔をしつつ話し始めました。
- 256 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時12分29秒
- 「この子ら、練習の時“カバディ“以外の言葉使ってるときがあるんですよ」
「それは、また、どういった理由で?」
「どういったもこういったもなあ、辻、理由なんてあらへんよなあ。ここで言うてみ。
全国の皆さんを敵に回すで」
NHKの夜10時のスポーツ番組。
全国で何人の人が見ているのでしょう。
お母さんにはビデオとっといて、ってお願いしたけど、ちゃんと取れてるかなあ?
あと、もう一人、私たちを見ていて欲しい人もいるんです。
「い、いや、いいです」
「なんや、辻、辻らしゅうないで。ほら、言うてみ」
あのう、全国放送でそういう荒っぽい関西弁は良いんでしょうか?
「そんなに言いにくいことなんですか?」
「有働さんの前では、そりゃあ言いにくいことやろなあ、辻。言ったらあかん
言葉やってわかっとるんやないか」
中澤監督恐いです。
でも、私も練習の時に一度だけ言ったことあります。
そしたら、中澤監督に怒られる前に、声が小さい! って亜依ちゃんに怒られました。
亜依ちゃんが言えって言ったのに。
- 257 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時13分42秒
- 「のの、言うたらええて。今日なら許してもらえる」
「ええ、全国の皆さんも、怒ったりはしないと思いますよ。アジア大会銅メダルの快挙を
達成したんですし」
全国の方が許しても、私は有働さんが許してくれないと思います。
ののちゃんは、それでも意を決して言ってしまいました。
「三十路三十路三十路・・・」
おそるおそるとなりを見ると、一瞬、ぴくっと頬が引きつったものの、それから表情
は変わりませんでした。
プロってほんとうにすごいですね。
- 258 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時14分55秒
- 「有働さん、どう思います? 自分らが若いからってこういうこと言うこの子ら」
「でも、でも、三十路って言うと、中澤さんがすごいパワーで捕まえに来るから、練習に
なるんですよ」
「練習になるって、それで、試合で間違えて反則取られてどうすんねん」
亜弥ちゃんがののちゃんをかばいます。
私は知ってます。
実は優等生ぶっていても、亜弥ちゃんは亜依ちゃんやののちゃんのいたずらに一番協力的なんです。
いいえ、協力的というより、亜弥ちゃん自身が実はいたずら大好きなんです。
練習の時に“三十路”って言うのも、亜依ちゃんとののちゃん以外では亜弥ちゃんしかいません。
「辻さん。いつかは、辻さんだって30になるんですからね」
「はい」
ちょっと恥ずかしそうなののちゃん。
自業自得です。
- 259 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時15分52秒
- 「さて、みなさん、カバディ、というとどうしてもマイナーなスポーツという印象になって
しまいますけど、どうしてこの競技を始められたんですか? 加護さんは、どうですか?」
「私は、ののや紺ちゃんと一緒に、小学校の時に近所のお姉さんに教えてもらったんです。
それからすぐに私は転校しちゃったんですけど、その先でも亜弥ちゃん達を誘って、ずっと
続けてきました」
- 260 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時16分49秒
- そうなんです。
私と、亜依ちゃんとののちゃんは、小学校の時からの友達です。
北海道から転校してきて、友達もいなくて休み時間はぼーっと黒板を眺めていた私に声
をかけてきたのが、亜依ちゃんとののちゃんでした。
「鬼ごっこせえへん?」
なんでこの子は関西弁なんだろう、ここは関東なのに。
私の亜依ちゃんの第一印象です。
後から分かったことですけど、亜依ちゃんは家族の問題で、いろいろと転校が多い子でした。
転校がおおくても、ひとなつっこい亜依ちゃんはいつでもすぐに友達が出来たそうです。
だけど、転校生の不安はよく分かってるから紺ちゃんに声をかけた、と大きくなってから
話してくれました。
- 261 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時17分56秒
- それから、私と亜依ちゃんと、亜依ちゃんとは元から仲の良かったののちゃんは三人で
よく遊ぶようになりました。
けんかもよくしました。
ケイドロとドロケイはどっちが正しいかとか、物まねを似てないって言ったらふてくされ
ちゃったり、半分以上は亜依ちゃんが原因だったと思います。
一度だけ私が怒ったのは、かくれんぼをしていて、これ以上ない最高の隠れ家を見つけて
隠れていたら二人に先に帰られてしまったときでした。
だって、紺ちゃん先に帰ったんやと思うたもん、と言った亜依ちゃんにつかみかかったら
謝ってくれました。
紺ちゃんが怒ったのは後にも先にもあの時だけだね、ってののちゃんは今でもよく話題にします。
- 262 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時19分10秒
- そんな私たちの周りにちょっとした変化がありました。
ののちゃん家の隣のアパートに外人さんが引っ越してきたんです。
「インド人らしいよ」
「不思議な呪文とか使えるんかな?」
亜依ちゃんは、この時も言ってることが無茶苦茶でした。
どこの国の人だろうと呪文が使えるわけがありません。
だけど、呪文なんか使えなくても、私たちにとって生まれて初めて身近に現れた外人さん
というのは興味を引く存在でした。
エキゾチックなたたずまいで、いつもサリーを身につけていました。
背がすらっと高くて美しいんです。
そんなインド人さんに、ジョンソンさんというコードネームをつけたのはののちゃんです。
名前がないと呼びづらいねってことでいろいろと考えた末に付けた名前です。
映画に出てくる怪人みたいってことジョンソンさんになったんですけど、そのとき私は、
それはジェイソンだよ、となぜか言えませんでした。
たぶん、そのジョンソンさんという呼び名がすごくぴったりしているような気がした
からだと思います。
- 263 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時20分23秒
- 私たちは、しばらくジョンソンさんの話題で持ちきりでした。
そんなある日、ジョンソンさんの家へ行ってみようということになったんです。
私はいやだって言ったんです。
知らない人のうちへ行くなんて恐いじゃないですか。
だけど、二人がどうしても行くというので、ついていきました。
ジョンソンさんの部屋は2階です。
私たちは、階段の前で10分くらいうろうろしてから、意を決して2階へ上がりました。
「亜依ちゃん、押してよ」
「ののがお隣さんなんやから押せばええやんか」
「来たいって言ったの亜依ちゃんじゃん」
インターホンを誰が押すかでもめちゃいました。
それで、結局私が押すことに・・・。
このころからこういうことは全部私がおしつけられてた気がします。
いまでもそうです。
インターホンを押すと、二人はさっと逃げてしまいました。
私は、どうすることも出来ずドアの前に立っていましたが、うんともすんともいいません。
- 264 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時21分57秒
- 「なんや、おらへんのか?」
「つまんないの」
いないと分かると、すぐに戻ってくる二人。
勝手なものです。
「ドアの鍵開いてたりせえへんかな?」
「おーい、ジョンソンさーん、いませんかー」
本人はジョンソンさんって呼ばれても分からないと思うんですけど。
そんな風に、ドアの前でいろいろとしていると、突然後ろから声をかけられたんです。
「何してるの? 私に用?」
振り向くと、そこには牛乳パックと野菜のたくさん入ったスーパーの袋を抱えたジョンソン
さんが立っていました。
「出たー!! 逃げろーー!!!」
二人は、一目散に逃げ出しました。
だけど、階段側からジョンソンさんが来たので逃げると言っても、2階のはじっこまで
駆けて行っただけです。
私は、取り残されてしまいました。
- 265 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時23分07秒
- 「そんなに怖がらないでよ。傷ついちゃうなあ。3人のことは知ってるよ。この辺で何か
いたずら騒ぎが起こったらあなた達のことなんだってね」
正確には亜依ちゃんとののちゃんのことなんですけど、それは言えませんでした。
「せっかくだから上がってく?」
亜依ちゃんとののちゃんは、警戒しながらも戻ってきました。
そして、私の背中に隠れるようにしています。
「いじめへんか? うちらのこと」
「いじめないよ。やさしいもん」
- 266 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時23分59秒
- 自分でやさしいという人はたいていあやしいけど、ジョンソンさんは本当に優しい人だっ
たんです。
私たち3人はジョンソンさんの部屋へと上がりました。
部屋には絵がたくさん飾ってあって、インドのお香なんかも焚かれていて、幼い私たちが
異世界を感じるには十分でした。
その日、ジョンソンさんは本場のカレーを作ってごちそうしてくれました。
一緒に出てきた牛乳は、ちゃんと飲んだのは私だけ。
学校の給食の時も、3人分飲まされるのが日課です。
ジョンソンさんは、インドではカレーも手で食べるんだよ、と教えてくれました。
それからしばらく、亜依ちゃんとののちゃんは給食でカレーが出るたびに先生に怒られる
ことになります。
- 267 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時25分25秒
- この日以来、私たち3人はジョンソンさんの家へと入りびたりでした。
ジョンソンさんは、絵を描いて見せてくれたり、私たちの知らない外国のお話もいっぱい
聞かせてくれました。
鬼ごっこが好きだという私たちに、カバディを教えてくれたのは、ジョンソンさんの家へ
通うようになって1ヶ月くらいたった頃だったと思います。
「うちらな、ずっと一緒に遊んでたいねん。鬼ごっことかな、ずっとしてたいねん。ずっと
な。でも、大人になるとみんなそうやって遊ばなくなるやん。それがいややねん」
こう言う亜依ちゃんに、ジョンソンさんがインドでは大人も鬼ごっこみたいなスポーツを
するよ、と教えてくれたのがカバディでした。
- 268 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時26分31秒
- それから、学校の友達も集めて、ジョンソンさんにカバディを教わりました。
そんな日々が1ヶ月くらい続きます。
突然の出来事でした。
亜依ちゃんのお父さんが警察に捕まったんです。
詳しい理由は誰も教えてくれませんでした。
言われたのは、亜依ちゃんと遊ぶなということだけ。
私は、もちろんそんな言いつけをまもるつもりなんかなかったです。
でも、無駄でした。
亜依ちゃんは転校してお母さんの実家へと帰っていきました。
「また、遊ぼうな。鬼ごっこしような。かくれんぼで先に帰ったり絶対せえへんから。
また遊ぼうな」
もしかしたら亜依ちゃんはこうなることが分かってたのかもしれません。
だから、ずっと一緒に遊んでいたい、なんてジョンソンさんに言ったのでしょう。
亜依ちゃんが転校していった日、さよならの後、ののちゃんと私をジョンソンさん
は抱きしめてくれました。
ずっとずっと抱きしめてくれました。
ジョンソンさんも一緒に泣いてくれました。
- 269 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時27分35秒
- そんなジョンソンさんもまもなく私たちの前から姿を消しました。
理由は、はっきりとは分からないですけど、もしかしたら私たちかもしれません。
亜依ちゃん達の家族がいなくなってから、近所での悪口の対象はジョンソンさんになって
いました。
お母さんも学校の先生も、私たちにジョンソンさんの家へ行くなといいます。
外人だからっていうのだろうけど、なんで行っちゃいけないのか理解できませんでした。
私もののちゃんもジョンソンさんの家へ通い続けました。
「いい子だね、二人とも」
突然に泣き出してジョンソンさんがそう言いました。
「ずっと、いい子でいるんだよ。ずっと仲良くね」
そう泣きながら私たち二人の頭をなでてくれた次の日、ジョンソンさんの部屋は空っぽでした。
たった一枚の絵を残して、昨日まであった全てが消えていました。
部屋の中央に置かれたその絵には、私たち3人が描かれていました。
ののちゃんはそれ以来、給食でカレーが出てきても、ちゃんとスプーンで食べるよう
になりました。
- 270 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時28分18秒
- 亜依ちゃんの事件とジョンソンさんの失踪で、私とののちゃんは少し大人になったと思います。
いろいろな物を失ったけれど、私たちにはカバティが残りました。
その残された物を手がかりに、またいろいろな物を手に入れてきました。
亜依ちゃんとも再会しました。
楽しく今まで暮らしてこれました。
- 271 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時29分32秒
- 「近所のお姉さんですか。紺野さんも辻さんも同じ思い出を共有されてらっしゃる
んですね」
「・・・」
亜依ちゃんの言葉で昔を思い出していると、司会の有働さんのコメントに反応できま
せんでした。
背中を誰かが突っついています。
「しっかりしいや」
中澤監督には、私のノスタルジックな感情を理解してもらえないのでしょうか?
「近所のお姉さんというのはどんな方だったんですか?」
「ジョンソンさんと言って、インドの人なんです。すごいやさしい人だったんです」
そう答えるののちゃんが一番かわいがられていた気がします。
お隣さんでもあったから、私たちがいないときも合ってたみたいだし。
「3人ともずいぶん長く会ってらっしゃらないんですか? お会いしたいですか?」
「会いたいです」
亜依ちゃんとののちゃんのテンポと、珍しく私の声がぴったりと合いました。
二人とは性格も考え方も全然違うけれど、こういうときに、同じ物を見てきたんだなあ、
と思わされます。
- 272 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時31分15秒
- 「そうですか。では、入っていただきましょう。本日のゲスト、ジョンソンさんこと、
イイダ・カオリーダさんです」
へ?
私は、思わず立ち上がってしまいました。
スタジオのせっとのとびらが開いて、そこから入ってきたのは紛れもなくジョンソン
さんでした。
「ジョンソンさーん」
ののちゃんが、抱きつきます。
私は、私は、どうしたらいいんでしょう?
- 273 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時32分20秒
- 「ジョンソンさん。なんで、急にいなくなったの? 今までどうしてたの? 元気だったの?」
「ごめんね、ごめんね。私のせいで、みんなまでいじめられたらいけないからさ。ごめんね
、何も言わずにいなくなって。元気だよ。ずっと元気だったよ。でも、会いたかった。ずっと」
銅メダルをとっても笑顔だったののちゃんが、泣いています。
私は、私は、言いたいことが、伝えたいことがたくさんあるはずなのに。
何か、言いたいことがあるのに、言葉が、言葉が、なにも出てきません。
「みんな、大きくなったね。すごいね。アジアで三番だって。すごいね」
ジョンソンさんは、そう言って私と亜依ちゃんの頭もなでてくれました。
「会いたかったです」
やっと、私の口から出た言葉は、これだけでした。
これだけ言って、後に続く言葉は何も出てきませんでした。
- 274 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時33分13秒
- 私の初めてのテレビ出演は、こうして終わりました。
一つ不思議なことがあります。
NHKの人は、どうやってジョンソンさんのことを知ったのでしょう?
私も、亜依ちゃんも、ののちゃんも、テレビの人にこんな話はしたことがありません。
一回、大会前に取材の人が来たときも、大会へ向けての抱負、みたいなことを簡単に言っただけでした。
「すごいね、何年ぶりだったの? びっくりした?」
亜弥ちゃんが、満面の笑みで聞いてきます。
「12年ぶりかな? うん。すごくびっくりした」
「でしょー。いえぃ、大成功」
亜弥ちゃんがガッツポーズをしています。
いったい何なんでしょうか?
「私がね、頼んだんだ、NHKの人に、この前取材に来たときに」
???
亜弥ちゃんが? 頼んだ?
「亜依ちゃんにさ、よく聞かされたんだよね、ジョンソンさんのこと。だからね、3人に内緒で見つけてこれたら面白いなって思って。NHKの人もね、そういう秘話があるなら協力します、って言ってくれて。わりと簡単に見つかったんだ」
- 275 名前:Dreams Come True 投稿日:2002年04月29日(月)00時34分23秒
- 亜弥ちゃんが、まさかここまでいたずら好きだとは思いませんでした。
ずいぶんこれまでに泣かされたような気がするけれど、今日のは一番きついパンチでした。
多分、私はすごく驚いた表情をしているのでしょう。
亜弥ちゃんは、もう一度やったね、と言って今度は亜依ちゃんとののちゃんの方へ駆けて
いきます。
私は、これからもいろんな人にだまされていくのでしょうか?
いたずらされて悩んで暮らしていくのでしょうか?
でも、それでもいいかなって思ってしまいます。
- 276 名前:Dreams Come True 終わり 投稿日:2002年04月29日(月)00時35分29秒
- 来週、私たち3人は、ジョンソンさんのおうちへ行くことになりました。
結婚して、すっかり日本人になったジョンソンさん。
そんなジョンソンさんのカレーを12年ぶりに食べさせてもらいます。
もちろん、手づかみで。
- 277 名前:作者 投稿日:2002年04月29日(月)00時42分36秒
- >>251-276 Dreams Come True
全部で26レスなので、最新記事25では全て読むことが出来ないのでご注意下さい。
とうとう、ANZAIさんにも見捨てられてしまいました。
うーん、読者無しで書き続けるのもつらい物があるなあ。
そろそろ潮時でしょうか?
とりあえず、次の長編の準備をメインに書いて行くこととします。
このスレッドは、ここまで短編を週刊誌のような感じで毎週書いてきましたが、一旦休止です。
容量はまだまだあるのし、一話完結型の短編なので、いつ書いてもいいわけですが、一応、休止といっておきます。
ここまでおつきあい下さった方(いるのか分からないけど)、ありがとうございました。
よろしければ、そのうち”氷上の舞姫”というタイトルで、どこかで始めると思うので、そんなスレッドが立ったら覗いてみて下さい。
- 278 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年04月29日(月)04時28分17秒
- 最近、辻加護の2人に紺野ちゃんが加わった佇まいがとても良い風景だなと
思っているところなので、この作品もとても好きです。
この一連のスポーツを取り上げている短編シリーズでは、他所のカップリングや
パラレル物とは一味違った読み応えがあって、そこに登場する人物にも独特の
光のあて方がされていて、とても好ましい作品群でした。
作者さん、ステキな作品の数々をありがとうございます。
次の作品も期待していますので、ぜひともまたどこかで読ませてくださいませ。
ひとまずは、お疲れ様でした。
(私がレスをサボったばかりに終了してしまうのが何とも心苦しい・・・)
- 279 名前:一読者 投稿日:2002年04月29日(月)19時40分20秒
- 今までスレしたことがありませんでしたが
作者さんの作品を楽しみにしてました。
次の作品もぜひ読ませてください。
- 280 名前:作者 投稿日:2002年05月01日(水)00時25分50秒
- >M.ANZAIさん
私自身の問題なので、あまり気にしないで下さい。
メロン主人公じゃ分からない人には全然感想書きようがないでしょうし。
読者がつかないのは、作者が悪い。
次は、読者がもっとつく質の高い物語を生み出したいと思います。
長編の方を書きたくなったのですよ、ただ単に。
>一読者さん
ここまでおつきあいいただきありがとうございます。
次の話はフィギュアスケートの世界が舞台となります。
いつ、どこで始まるかは未定ですが、ご期待下さい。
- 281 名前:短編全6編への誘導リンク 投稿日:2002年05月01日(水)00時29分59秒
- >>108-128 戦う二人(スピードスケート)
はじめてのいしよし
ラブラブ感はあまりなく、一つの物を争う二人です
6つの中では一番落ちるかな
>>132-154 小さな願い(アイスホッケー)
シリーズ中一番よく書けたと思ってる
総勢14人登場
圧倒的な力差のある相手へ挑む14人それぞれの戦い
>>158-190 まがれ!!(カーリング)
5期メンとコーチ役の加護後藤
きびしい戦いの中のほんわかした物を描こうとしたもの
作者は結構気に入っている
>>193-225 ラブゲームから始めよう(テニス)
クイズ主人公は誰でしょう。
高校生の青春ドラマ風。
石川先輩の目の前で彼女が精一杯戦います
>>230-249 陽はまた昇り繰り返す(陸上競技 リレー)
普通の少女4人が挑む小さな目標小さな夢
毎年全国で繰り広げられているだろうドラマを、メロン記念日を主人公に描きました
>>251-276 Dreams Come True(カバディ)
作者の原点へ帰ったような紺野加護辻の物語。
現在と過去の二部構成。
ハロモニでやったらうける競技だなあ、と思いながら書きました
感想は、ありましたらご自由にお書き下さい。
倉庫へ行かない限り待ってます。
- 282 名前:名無し読者 投稿日:2002年05月17日(金)21時59分58秒
- 保全
- 283 名前:名無し読者 投稿日:2002年06月16日(日)04時01分27秒
- 保全
- 284 名前:作者 投稿日:2002年06月30日(日)23時05分12秒
- 保全、ありがとう。
突然ですが、復活します。
ワールドカップの終わった日に、関連ありそうななさそうな話です。
- 285 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時05分52秒
- 世の中はみんなしてサッカーサッカー騒いでる。
何が目標はグループリーグ突破、目指せベスト16だ。
そんなんであれだけ目立てるとは、うらやましいったらありやしない。
組み合わせ次第ではベスト8やベスト4もありうるだって?
ベスト4が夢? 何レベルの低いこと言ってるの?
世界で4番なんて、私だってなったことあるわよ。
- 286 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時07分04秒
- 6年前のアトランタオリンピック。
私は、女子のトラック競技では48年ぶりの入賞者となった。
5000メートル走って、最後の50メートルまで競り合って、1秒7の差で銅メダルを取り逃しての4位。
それでも、当時の日本記録を出したそのレースは、私にとって最高に満足のいくレースだった。
そんな私のことを知っている人は、どれくらいいるのだろう?
当時でさえ、大きな報道はしてもらえなかった。
オリンピックが終わり、日本に帰ってきていくつかの祝勝会のようなものにも参加させてはもらった。
だけど、そんな時も私は脇役で、主役としてもてはやされたのはチームメートの紗耶香。
彼女は、マラソンで銅メダルを取っていた。
- 287 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時07分47秒
- 紗耶香の名前は、今でも大勢の人が記憶している。
彼女は、あのオリンピックの後、たいした成績は収めていない。
それでも、レースに出るたびに大きく取り上げられ、結婚やボランティア団体の設立、
プロ宣言などにより、私とは対照的に陸上の世界だけでなく、世の中の多くの人に知られ
る存在となっていった。
- 288 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時09分07秒
- 私は、今日、6月9日、引退レースの日を迎えている。
サッカーの世界では、グループリーグ突破のための大事な試合があるそうだ。
そんな日に行われる、かつて世界で4番にまでなったランナーの引退レース、というのは
ちょっとでも記事にしてもらえるものだろうか?
大会の日程を私が決めることはできないとは言え、せっかくの年に1回の全日本選手権
なんだから、こんな日ははずせばいいのに、と思う。
でも、光が当たるところに出られた、と思った直後にそこにひさしを作られるような
競技生活を送ってきた私にとっては、このタイミングはすごく似合っているのかもしれない。
- 289 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時10分27秒
- 今回、引退レースは久しぶりに10000メートルを走ることにした。
最近の選手は、みんなマラソンを目指して競技生活を送っている。
その方が5000や10000をやっているよりもずっと目立つからだ。
私自身はこの風潮はあまりよくないと思っているのだが、時代の流れと言うものなのだろう。
そんな流れについていけなくなったのも引退する大きな理由のひとつ。
みんながマラソンを目指すので、自然に長い距離の種目に有力選手は集まってくる。
今回は、私の専門の5000にはトップ選手はほとんど出場していない。
そういう意味では、そちらに出て有終の美というやつを飾ってみたい誘惑に少し誘われた
けれど、それよりも、最後にもう一度トップの選手たちと競い合いたい思いの方が強かった。
「おばちゃん、今日で引退なんやって? 今日こそ絶対勝つで」
「あんたみたいなお子ちゃまには、まだまだ負けないわよ。おしめが取れてから出直してきな」
レースが始まる直前だというのに、リラックスムードで話しかけてくる奴がいる。
一応、選手たちの間では、私が今日で引退する、というのは知られているようだ。
- 290 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時11分18秒
- 赤茶色のタータントラックに立つ。
梅雨の時期だというのにじめじめした感じはなく、気温もさほど高くない。
風もほとんどなく、長距離を走るのには絶好の条件が整っている。
私の引退レースはそんな恵まれた環境の中スタートした。
- 291 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時12分24秒
- とりあえずは先頭の集団についていく。
もともと1万メートルでは、それほど目立つ記録を持っているわけではない。
それでも、世界を狙う若い子たちと、なるべく長く競り合ってみたかった。
1000メートル通過、3分3秒。
私のレベルからすれば、途方もないハイペース。
5000ならともかく、10000でこのペースは、とても最後までもたない。
そんなペースにもかかわらず、トップ集団はまだ12人残っている。
先頭でレースを作っているのは後藤と石川という現在の日本のトップ選手二人。
その後ろに吉澤が続いている。
後藤と吉澤は私のチームの後輩で、練習についていけずにピーピー泣いているころから世話
をしてきた。
そんな二人に、今では私の方が練習からついていくことができない。
引退していこうとしている私とは対照的に、今日のレースでは日本記録を目指して彼女たち
は走っている。
- 292 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時13分18秒
- 2000メートル通過、6分9秒。
ややペースが落ち着いた。
集団は変わらず12人。
その中段からやや後ろの位置に、私はつけている。
私がトップに上っていったころなら、このペースだと5000のレースでも、2,3人
しかつけないレベルだったはずだ。
全体のレベルがすごく底上げされていると感じる。
- 293 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時14分35秒
- 3000メートル通過、9分19秒。
ペースが少し落ちてきた。
集団は変わらず12人。
後藤が前にいるとペースが上がり、石川が出るとやや落ちる。
そんな展開が続くのかと思っていると、吉澤が前に出て急激にペースを上げた。
集団が二つに割れる。
吉澤について行ったのは、後藤と石川。
それに、矢口もついている。
チームも年齢も違うが、社会人としては同期の矢口が、いまでも一線級と互角に戦えるのが
うらやましくて仕方ない。
- 294 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時15分30秒
- 4人と8人に割れるのかと思い、後ろの集団でレースをしようと自重している私の横を、
一つの小さな影が抜き去って行った。
なっちだ。
年は私よりも下だが、高卒社会人の彼女は、トップレベルでの競技暦は私よりも長い。
一時は、ウエートコントロールに悩み、不振にあえいでいたが、最近は復調している。
引退を常にささやかれているけれど、やめる気はないようだ。
とはいえ、あのペースについていけるのか?
一番にならないと気がすまない彼女らしい。
他人事だけど、彼女には最後までついて行ってほしいなと思った。
さらにもう一人前に行く。
この子は、いつもこうだ。
新垣は、誰かが前へ行くと必ずついていく。
そして、必ず最後までついていけない。
そのチャレンジは買うけど、力が伴っていない。
若いころの自分を見ているようでもある。
もっともっと経験を積んでいけば、この子も化けていくのかもしれない。
とりあえず、このレースに関してはこの子は落ちてきて、もう一度抜き返すことができるだろう。
- 295 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時16分32秒
- 5000メートル通過、15分34秒。
私にとってはすごくいいペースだ。
先頭とは50メートルほど空いている。
私の集団は今6人。
前にいるのがインコースに加護、隣に辻。
その後ろに紺野がいて、隣は私。
後ろには小川と高橋がいる。
見渡せばガキばかりかよ。
この子らには、まだまだ実力的にそう劣っていないはずだ。
まさか、こんな年の離れた子達とともにレースをするようになるとは思っていなかった。
けっこう、いいな、こういうのも。
おばちゃんパワー、ってものを見せ付けてあげようじゃありませんか。
- 296 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時17分56秒
- 6000メートル通過、18分43秒。
予想通り落ちてきた新垣を集団に吸収。
先頭との差はおよそ80メートル。
前の集団から、なっちが遅れそうなのが確認できる。
私はこの集団を維持するのも厳しくなってきた。
- 297 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時18分49秒
- 7000メートル通過、21分56秒。
集団のペースが落ちてきた。
前を走る加護、辻が疲れてきているのだろう。
先頭とはかなりはなれてきていて、もう確認できない。
新垣が第二集団からも落ちて行った。
4コーナーのカーブの出口で私のインサイドにいた紺野が、間を縫って外へと出てくる。
そしてスパートを仕掛けた。
ついて行きたい。
ついていけるか?
まだ息はあがっていない。
最後まで持つか?
迷っていると、集団が二つに割れた。
紺野について行くのは高橋、加護。
辻と小川は遅れ始めた。
私は、その間にいる。
「保田、つけ、離れるな!」
夏先生から声がかかる。
決断、ついていくしかない。
ここが勝負どころ、前のガキ三人に勝つためには、離されたらいけない。
ペースアップした紺野についていく。
縦一列の展開となった。
紺野の背後に高橋。
その後ろ1メートルに加護がつき、私はさらにその後ろ。
送れて行った小川に辻とは、もう10メートルの差がついた。
- 298 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時19分40秒
- 残り6周の札が見えてくる。
時計を確認すると、この1周は74秒。
ペースが再び上がっている。
2コーナーを出たところで少しペースが落ち着いた。
加護の横に並ぶと、前には落ちてきたなっちがいた。
なっちも、これまでか。
今の石川や後藤の勢いを考えると仕方ないのだけど、それはさびしいことだった。
- 299 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時20分15秒
- 5人の集団でレースは続く。
残り5周、8000メートル通過。
時計を見ると、画面が消えていた。
私の前に時計が力尽きている。
社会人になって初めての給料で買った時計が、最後のレースの途中に止まってしまうとはなんという皮肉だろう。
私のすべてのレースを見てきた存在が、長年戦い続けた時の刻みが、消えてしまった。
視線を前へと戻す。
私のレースは、終わっていない。
- 300 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時20分52秒
- 残り4周。
集団は再び縦長。
タイムはもう確認できないが、かなりのペースを維持しているはず。
肺のあたりが締め付けられるような感覚が起きてきた。
ここまでか。
2コーナーの出口、高橋が紺野をかわし前へ出る。
紺野がついていき、またしてもペースが上がった。
くるしい。
足も上がらなくなってきた。
コーナーに入る。
前のなっちはつこうとしている。
私の視界は、広がってきた。
距離が徐々に開いていく。
4コーナー出口、高橋、紺野の二人からはもう10メートル以上離されただろうか。
なっちとの差も5メートル近くなる。
汗が目に入った。
額をぬぐう。
後ろにいるはずの加護の荒い息遣いがほとんど聞こえなくなっていた。
- 301 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時21分37秒
- 今、何番だ?
前から人数を数えようとするが、目で確認はできない。
前を行った人間を思い出そうとするが、何人か数えると、誰を数えたか分からなくなった。
空気が欲しい。
酸素が欲しい。
- 302 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時22分29秒
- 9000メートル通過。
紺野、高橋ははるか先へ行ってしまったが、なっちとの距離は開かない。
その差5メートル。
なんとかなっちまで、なっちまで追いついて最後に一勝負したい。
4コーナーを出て直線に入る。
なっちが、左太ももをしきりにたたいている。
私も足にだいぶ来ているが、追いつきさえすれば最後のスプリント力はこっちが上だ。
必死にストライドを伸ばす。
残り2周に入るところで、少し差は縮まってきた、その差3メートル。
コーナーがつらい。
体を内側に傾けるのがつらい。
歯を食いしばる。
本当は力んだ走りはいけないんだっけ、と冷静に思い出すと少し力がわいてきた。
- 303 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時23分09秒
- 2コーナーの立ち上がりでなっちの背中に追いつく。
最後の勝負はなっちとか。
悪くないな。
勝って終われれば、もっと悪くないな。
3コーナーのカーブに入る。
残り600メートル。
後ろから突然足音が聞こえるようになった。
息遣いも聞こえる。
加護? 追いつかれた?
4コーナー立ち上がり、私を覆いつくすような影が横を抜けていく。
かおり!!
まさか、ここで出てくるとは!
最初から集団に遅れをとっていたはずなのに。
周りのペースに関係なく自分でレースを組み立てるのは圭織らしいと言えばらしいけど。
私となっちをまとめて抜いてかおりは前に出た。
「保田! 行け、勝負だ、勝負。ラスト、勝負!!」
残り1周。
夏先生が鬼の形相で叫んでいた。
一番負けたくない二人。
ラスト100までついて行けば勝てるはず。
- 304 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時24分14秒
- カーブを抜けてバックストレートへ。
きつい、足も肺も、きつい。
それでも、観衆の声援が少しだけ聞こえたような気がした。
圭織が差を開きにかかる。
なっちも私も、必死に食いついた。
3コーナーに入る。
カーブで圭織となっちの差が開き始めた。
なっちの後ろにいる私は、外からなっちの前へ出ようとするけれど、カーブの分だけ前へ出られない。
4コーナー出口、圭織との差は10メートルに開いていた。
コーナーの立ち上がりで私はなっちをかわす。
残り50、圭織との差は7メートルくらいか?
ホームストレートでは観衆の拍手がはっきりと聞こえた。
これで、終わるんだ。
- 305 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時25分18秒
- 残り30メートル。
肺の痛みは治まり、息苦しさは薄れていった。
この、今の感覚で全部走れたら、世界記録だって出るのにな。
最後のゴールが近づく。
10メートル、5メートル。
もっと、いろいろな思いが駆け巡るのかと思っていたけれど、実際は、圭織に追いつきたい、
というごく普通のレースのラストと一緒だった。
私は、最後のゴールを駆け抜けた。
駆け抜けた直後、また息苦しさが私を襲う。
いつもの癖で動いていない時計のストップウォッチを押し、その後トラックに膝をついた。
引退レースが終わった。
- 306 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時27分01秒
- 「圭ちゃん」
顔を上げると、圭織が手を伸ばしてくれていた。
「ありがと」
圭織の手を借りて立ち上がる。
「お疲れさま」
「負けたよ」
「まだまだやれるんじゃない?」
「まあ、そう言ってもられなくなるのも時間の問題だからね」
「そっか」
続々と選手がゴールしてくる。
トラックを見渡すと、バックストレートでは、花束を抱えた後藤と石川が仲良くウイニン
グランをしていた。
レース後にウイニングランをするのは、日本では私や矢口が始めたこと。
観客が少ない日本のレースでは、そんなことしても寒いだけという意見もあったけれど、
少しでも日本の陸上を盛り上げようと、ピエロになるのを覚悟で優勝したらウイニングラン
をしてきた。
今日も、やっぱり観客は少ないけれど、後藤も石川も、胸を張ってウイニングランをして
くれている。
そんなところを受け継いでいってくれる後輩たちがいると言うのはうれしいことだ。
- 307 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時28分39秒
- 「ちくしょう!!」
怒声と、壁に何かをたたきつける音に振り向くと、素足になった矢口が小さな体から
溢れている汗を湯気にして飛ばしながらスパイクを拾い上げ、控え室へと消えていった。
私には、悔しさをあれだけのエネルギーとともに表に現す力は無い。
「けーいちゃん」
私を呼ぶ声に振り向くと、なっちが大げさなしぐさで両手を広げ抱きついてきた。
そして、私の両頬にキスをした。
- 308 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時29分42秒
- 「外国だと、お別れの時はこうやってあいさつするんだってよ」
「圭織、北海道っていつから外国になったの?」
「ん? 北海道は日本だよ。室蘭は最近ロシアになったらしいよ」
「ひどいべさ。なっちが外国人のまねしたっていいっしょ!」
「これ何語?」
「さあ?」
両手を広げ、よく分からないというポーズを圭織がしてみせる。
陸上競技の世界は、それなりに広いものだけど、長距離種目のトップ選手となると、
限られた数しかいない。
そんな限られた中で、この二人とはずっと一線級で戦ってきた。
代表の座をかけて争ったこともあれば、ともに代表に選ばれ合宿や遠征先で、何日も
同じ部屋で過ごしたこともある。
二人の引退がいつになるか分からないけれど、できるだけ長く、お子ちゃまたちの前に
大きな壁となって立ちふさがっていて欲しいと思う。
- 309 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時30分54秒
- 「おばちゃん、やっぱかなわへんは。なあ、ホンマにやめるんか? 嫌や、勝ち逃げなんて。
ずるいわ。うちに、もう一回チャンス頂戴や。な、お願い。頼むは」
加護が疲れ果てた表情で、私に語りかけてくる。
「加護は、まず5kg、体重減らしな。そうすれば、私に勝つだけじゃなくて、前で勝負できるようになるから」
そういって、加護の頭をぽんぽんとたたいてやった。
トラックの片隅に残っていた選手たちの顔が、一斉にひとつ方向を向く。
私も振り返ってそちらを見ると、電光掲示板にはレース結果が記されていた。
- 310 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時32分12秒
- 1 後藤 真希 30分 49秒 07 NR
2 石川 梨華 30分 50秒 35 NR
3 吉澤 ひとみ 31分 01秒 27
4 紺野 あさ美 31分 13秒 11
5 矢口 真里 31分 13秒 25
6 高橋 愛 31分 22秒 13
7 飯田 圭織 31分 37秒 39
8 保田 圭 31分 39秒 01
- 311 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時32分55秒
- NRという文字が二つ並んでいた。
NR、ナショナルレコード。
二人してウイニングランをしていたのは、日本記録だったからか。
どんどんレベルが上がっていくなあ。
私は、8位。
昔は世界で4番になったのだから、日本で8番というのは、あまりいい成績ではないのだけど、
今日のレースはしっかり走れたと思う。
ん? 31分39、ってパーソナルベストだ。
6年ぶりの自己ベスト。
専門種目ではないとは言え、全盛期の時よりもいいタイムが出てしまった。
- 312 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時33分45秒
- 「保田、お疲れ」
控え室へ戻ると。夏先生がミネラルウォーターのペットボトルを渡してくれた。
「どう、終わってみて感想は?」
私は、思わず返答に詰まる。
感想は、ありえないはずの感想が頭に沸いてきたから。
ミネラルウォーターを一口含んでから、答えた。
「なんか、もうちょっとやってみようかな、なんて、感じです」
自分でもよく分からないけれど、レース結果を目にした時に突然生まれてきた想いだった。
- 313 名前:祭りの裏で 投稿日:2002年06月30日(日)23時34分36秒
- 「まあ、陸上みたいな個人競技は、本人がその気なら、いつまでだった続けられるからね」
一瞬驚いた表情を見せてからこう語った夏先生は、すでにトップレベルでは無いけれど、
それでも、たまに自分でもレースに参加している。
「保田、あんたまだ十分若いよ。少なくとも私よりは」
「そうですよ、まだ老け込むには早いです。私が世界で勝つまではそばで見ててくださいよ」
指導者として、市民ランナーとして暮らす夏先生。
一歩づつ世界への階段を上っている吉澤。
こういう人たちのチームで、ともに練習して、戦ってこれたのはすごく幸せなことだと思う。
「まあ、ゆっくり考えな。練習出てくれば、またしごいてやるから」
夏先生は、笑顔でそう言ってくれた。
- 314 名前:祭りの裏で 終わり 投稿日:2002年06月30日(日)23時35分58秒
- 花束を抱え戻ってきた後藤に、吉澤が私の言葉を報告している。
日本記録を破った喜びにもうちょっと浸ってろよ、と思うけど、そんなのとは関係なく
彼女たちは私の方に駆け寄ってきて“やめないでよ圭ちゃん”と言う。
こう言ってもらえてるうちに引退しておいたほうがいい気もするんだよね。
久しぶりに自己ベストが出たからといって、今の世界のレベルにもう一度追いつくには
程遠いんだから。
でも、走るのが好きで、この子達との暮らしが楽しいというのは確かだ。
まあ、私は有名人じゃないし、引退撤回したって、恥ずかしくもなんともないのだけど。
私は、やめないでコールを続ける吉澤や後藤にはあいまいに答えておいた。
一晩考えてみよう。
とりあえず、うちに帰って、ビールでも飲み見つつサッカーを見ながらね。
もしも、日本が勝ったら、私もまだやれるんじゃないだろうか、なんて都合のいい考え
を持ちつつシャワーを浴びに向かった。
ふと、腕時計に目をやると、止まっていたはずの時が再び動き始めていた。
- 315 名前:作者 投稿日:2002年06月30日(日)23時40分17秒
- >>285-314 祭りの裏で
突然、復活です。
このスレッドは、月1位で残りを書いていこうかな、と思っています。
容量を見ると、あと2つか3つで終わりそうです。
またよろしくお願いします。
- 316 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年07月09日(火)17時12分09秒
- まだスレが残ってるなぁと何気に来てみたら、新しい話が掲載されていたんですね。
登場人物の性格設定と取り上げるスポーツの組合せをまた楽しく読ませてもらいます。
来月号も心待ちにしていてよいですね?
- 317 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月02日(金)04時23分57秒
- 舞姫の居らっしゃる所がわからなかったのでこちらに書かせて頂きますが、
恥ずかしながら今さっき『帰ってきたあいつ』を初めて読み通しました。
なんだかとても不思議な気持ちです。
今日という日にその作品を読んだことに少しばかり恐くなりました。
現実では何が起こるかわかりませんからね…何が現実かさえも…
自分でも何を書いているのかわかりませんが、
と言うかただ単に自分にボキャブラリーが無いだけなのですけど、
普段では起きない気持ちになったので…
…とりあえず何とかしてこのモヤモヤを伝えたかったんですけど、
どうやら無理っぽいです。
- 318 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時04分53秒
- 今年一番の暑さになると、朝のテレビが言っていた。
最後の夏はもっともっと暑くなれ、そう祈った甲斐があったというものだ。
外野の芝生、内野の茶色い土、オレンジ色のスタンド。
すべてに眩しいばかりの光が当たっている。
私は、背番号11を背負ってその中心となるマウンドに立った。
まるで、球場全体の熱がここに集まってきているのではないかと思えるくらい暑い。
右手で帽子を取り、左手で額をぬぐうと、腕にはべっとりと汗がついた。
- 319 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時06分03秒
- 相手チームの一番バッターが、一度ヘルメットを脱ぎこちらへ一礼してから左打席に立った。
私は帽子を取り、「よろしくお願いします」と一礼する。
セットポジションの構えでキャッチャーのサインを待つ。
サインに首を振り一球目、最速120キロのストレートを外角低めに投げた。
- 320 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時07分23秒
- 「スットライーク!」
コースはやや外れていたと思うが、空振りを誘いストライク。
今のは115キロは出ていただろうか。
二球目のサインはカーブ。
もう一球外角低目の要求。
サインにしたがって投げたボールにバッターはつられそうになるも途中でバットを止めた。
- 321 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時08分03秒
- 「ボール」
ストライクの時よりも小さなコールが審判から聞こえてくる。
これでワンエンドワン。
次のボールのサインは、スライダー。
左バッターの内角低めに落とす私の得意のボール。
これで打ち取る、という想いを込めキャッチャーミットめがけてボールを投げた。
- 322 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時08分36秒
- 相手打者はこちらの注文どおりに引っ掛けてくれた。
ぼてぼてのショートゴロ。
これに、やや深めに構えていたショートが突っ込んでくる。
グラブですくい上げ、一塁へ放るも、相手打者は俊足の1番。
わずかに間に合わず内野安打となった。
- 323 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時09分40秒
- 「どうもありがとうございました!」
私は帽子を取り一礼をした。
始球式が終わった。
スタンドから、敵味方を問わず観客たちが拍手を送ってくれている。
そんな中をベンチにかけ戻った私は、仲間たちとこぶしをぶつけ合った。
「ショートゴロだよあれは、打ち取れてた」
ピッチャーの控えの子がそう言ってくれる。
私も、打ち取ったつもりだった。
それが内野安打。
悔しい気持ちもあるけれど、それよりも、相手のバッターも真剣に勝負してくれたことが
うれしかった。
ベンチの奥に私が引っ込むと同時に、サイレンが鳴る。
私たちのチームの一回戦が始まった。
- 324 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時10分47秒
- 私は高校に入ってからの3年間を男として過ごしてきた。
正確に言えば、そう過ごそうとしてきた。
すべては野球をやるために。
ソフトボールでいいじゃないか、と多くの人は言う。
確かに、私も中学3年間はソフトボールをやってきた。
だけど、高校ではどうしても野球がやりたかったんだ。
理由は二つある。
一つは、ボールを思い切り上から投げたかった。
下から投げるソフトボールでは、なんとなく満足感が得られなかった。
そしてもう一つの理由は、やはり甲子園。
大きな夢、と言えるものにすべてを賭ける、ということがしたかったのだ。
- 325 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時11分46秒
- ベンチ裏を抜け、スタンドへ上がる。
うちのチームの応援席では、マネージャーがドリンクボトルを持って出迎えてくれた。
「お疲れ様、よっすぃー。すごいかっこよかった」
私は、ありがとうと言ってボトルを受け取る。
満タンまで入っていたスポーツドリンクを一気に半分ほど飲み干した。
今の高校野球では、たとえ県大会であっても、女性が選手登録すること、すなわち試合に
出場することは出来ない。
だから、私はこれまで公式戦に出たことはなかった。
そんな私を見かねて、せめて練習の成果を見せる場面を作って欲しいと、梨華ちゃんが県の
高野連に手紙を送り、今日の私の始球式が実現したのだ。
だから、普通に一球投げるだけの始球式ではなく、相手の一番バッターとの真剣勝負という
形になった。
- 326 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時12分27秒
- 試合は、一回からうちのエースが捕まっていた。
ワンアウト満塁から二つのフォアボールと、二本のヒットで5点を失った。
私ならこうする、私ならこのボールを投げる、そんなことが頭をめぐっている。
ようやく次の9番バッターをセカンドゴロゲッツーに打ち取り、長い1回の表が終わった。
- 327 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時13分07秒
- 最初は、みんなに受け入れられるまでが大変だった。
男になる、そう決意したからと言って、私はれっきとした女。
入部を認めてもらうことすら困難だった。
とにかく仮入部させてくれ、絶対に同じ練習についていくから。
そう頼み込んで、練習に混ざった。
小学校までは、男の子なんか問題にならなかった。
中学でも、まあまあ互角の体力だったと思う。
だから、なめていた。
大して強い学校でもないし、ついていけるだろうと。
甘かった。
高校生の男子の体力は、中学を出たばかりの女子の体力とは比較にならなかった。
パワーもスピードも桁違いだった。
それでも、私はあきらめずについていった。
男子と同じ条件をすべてにおいて望んで。
さすがに、“着替えも一緒でいいです”、と言い張ったときは、監督よりも前に梨華ちゃん
に怒られたけど、それ以外はすべて同じ条件にしてもらっている。
- 328 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時13分44秒
- 2回の表は何とか無得点に抑える。
2回の裏、うちの攻撃。
校歌が演奏される。
私は、始業式や終業式で校歌をまともに歌ったことなんて一度もない。
なんかピアノが流れてるから、とりあえず口ぱくしておくかという程度。
たぶん、ここにいるみんなだってほとんどそうなはずだ。
それなのになぜだろう。
高校野球というだけでこんなにも大きな声で校歌を歌ってしまうというのは。
歌詞は、なにやら難しくて私には何が言いたいのかはよく分からない。
それでも、夏の空の下、自分の学校の校歌を思いっきり歌った。
- 329 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時14分27秒
- 3回の表、またもうちのエースが打たれる。
ツーベース二本とシングルヒットで2点を失った。
0‐7。
しっかりしろよ、ユウキ!
- 330 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時15分06秒
- 私はユウキが嫌いだ。
あいつは、私のことを女としてあつかうから。
こんなことがあった。
去年の冬のこと、あいつは私に告白して来たんだ。
私は、高校にいる間は自分は男だから彼氏は作らないと答えてやった。
そうしたら、あいつはこんなことを言いやがったんだ。
- 331 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時15分58秒
- 「ひとみさんは女だよ」
思いっ切り殴ってやった。
「女は女だろ」
もう一発、今度は反対側の頬を殴ってやった。
「なんでだよ。なんで無理して男になろうとするんだよ。関係ないじゃんか。野球がやり
たいんだろ。男とか女とか関係ないじゃんか。ポニーテールのおとなしめな女の子が野球や
ったっていいじゃんか。ひとみさんはバカだよ。男になりたいんじゃないんでしょ。野球が
やりたいだけなんでしょ」
「うるさい! だまれ! だまれ!」
私は、胸倉をつかみかかって押し倒した。
そして、頬を何発も殴った。
だけど、あいつはまったく抵抗しなかった。
- 332 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時16分28秒
- 今は、少しだけあいつが言っていたことが分かる気がする。
男も女も関係ない。
その考え方としては、ユウキの言っていることの方が正しいのかもしれない。
別に野球をするのに女であることを殺す必要はなかったのだろう。
でも、私はそれを認めることは出来なかった。
それまでの2年間を否定することになるからという以上の理由があった。
自分は今男なんだ、そういうことにしておかないと生きていけない感情を私はそのとき持っていた。
- 333 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時17分18秒
- 3回裏、ようやくチャンスを迎える。
ノーアウトのランナーを送りバントで送って、その後レフト前ヒット。
さらにフォアボールで満塁。
しかしここで後続が連続三振で抑えられた。
- 334 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時18分02秒
- 4回表、せっかくのチャンスに点が取れなかったことに気落ちしたのか一発を浴び0-8.
得点差はさらに開いていく。
隣では梨華ちゃんが必死に声援を送っている。
うちのチームで一番強いのは監督でもエースで4番のユウキでもなく、この梨華ちゃんだ。
梨華ちゃんががんばれと言えば、部員は逆らうことなくがんばる。
後一本走れ、と言えば、きついよー、と一言返しはするものの、素直に全員走る。
それは多分、梨華ちゃんが精一杯働いてくれるからという以上に、とてもかわいいからと
いう理由なのだろう。
部員たちは、ほとんど例外なく梨華ちゃんに恋をしていた。
だけど、暗黙の了解で誰も手を出すことはしない。
そんな中で、私はいつでも梨華ちゃんの隣にいる、という特別席にいた。
- 335 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時18分43秒
「石川、数学のノート貸してよ」
「石川、昨日の宿題見せて」
「石川、テスト勉強教えて」
「石川、・・・」
私も、他の部員たちと同じだった。
梨華ちゃんに恋をしていた。
自分は男だから異常なんかじゃないと言い聞かせながら。
そう言い聞かせながら、私は自分の性別が女であることを利用して梨華ちゃんの隣に居座っていた。
隣にいながら、他の部員の誰よりも、梨華ちゃんの恋人になれる可能性は低かった。
それでも、そばにいたかった。
- 336 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時19分29秒
- 4回の裏、二人のランナーを出しながらまたも無得点。
5回の表、またもランナーを背負う。
ツーアウト満塁からライト前ヒットを打たれ0-10。
「ユウキ! ふざけんな、そんなひどいピッチングしてるなら俺に投げさせろ!!!」
スタンドの私の声はマウンド上まで届くだろうか。
- 337 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時20分55秒
- 大会前のメンバー発表。
女性はベンチに入れないというルールをいやというほど知っている私は、自分にユニホーム
が渡されることはないだろうと思っていた。
「11番、吉澤」
監督が私の名前を呼ぶと、梨華ちゃんが背番号を縫い付けた11番のユニホームを私に手渡し
てくれた。
「おめでとう」
ルール上ベンチには入れないけれどお前は三番手のピッチャーなんだ、そう言ってもらえた
ような気がした。
このチームで練習して来てよかったと思った。
登録上11番は欠番になっている。
- 338 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時23分28秒
- うちのチームの部員は18人しかいない。
ベンチ入りは20人まで可能だから、当然のようにスタンドにいる部員は私一人だ。
スコアラーとしてベンチに入ることは可能だぞ、と監督には言ってもらったけど断った。
私は選手だから、スコアラーはマネージャーを入れてあげてくださいと。
そのよっすぃーのこだわりは理解できない、と梨華ちゃんに言われたけど、部員を差し置いて
自分がベンチに入ることは出来ませんと言って、私につきあってここにいる梨華ちゃんのこだわ
りも、私には理解できない。
理解は出来ないけど、隣にいてくれることはうれしかったりする。
- 339 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時24分29秒
- 5回の表は、私の檄がユウキに届いたのか、三振に取りようやく相手の攻撃が終わった。
5回の裏、先頭バッターが内野安打で出塁する。
それを送りバントで2塁に送る。
うちのチームは本当に弱くて、守備も攻撃も何も自慢することはないけれど、送りバント
だけは、全員しっかり決めることが出来る。
今日も、3度あったノーアウト1塁のチャンスはすべて送りバントで2塁にランナーを進めていた。
続く三番バッターがセカンドゴロの間にランナーは3塁へ。
5回裏、ツーアウト3塁、得点0-10.
この回に点が入らなければコールドゲームが成立する。
「4番、ピッチャー、後藤君」
バッドを右肩に担いでユウキがネクストバッターズサークルからゆっくりとバッター
ボックスへと向かう。
私も、あのボックスに入って、大勢の観衆の前でバットを構えてみたかった。
- 340 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時25分06秒
「かっ飛ばせー ユウキ!」
1球目、インコース高めのボールをあっさりと見送ってワンボール。
私はユウキが嫌いだ。
私のことを女扱いするユウキが嫌いだ。
- 341 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時25分45秒
- 「かっ飛ばせー、ユウキ!」
2球目、外角のボールに手を出す。
やや振り遅れたもののバッドには当たり、ボールは1塁側のスタンドにいる私の方へと向かってきた。
ユウキなんか嫌いだ。
だけど、心の底からユウキに打って欲しいと思っているのはなぜだろう。
心の底から、ユウキならやってくれると信じられるのはなぜだろう。
- 342 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時26分38秒
- 「かっ飛ばせー、ユウキ!」
3球目、真ん中高めのボールを見送ってワンストライクツーボール。
ユウキは、いったんバッターボックスからはずして、一度、二度と素振りをしている。
私の隣では、梨華ちゃんがややうつむき気味になり額に手をあわせて祈っている。
私は、ただただ打って欲しかった。
打ってくれると信じていた。
仲間、だから。
- 343 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時27分17秒
- 「かっ飛ばせー、ユウキ!」
のどが張り裂けそうなほどの声を出す。
ベンチに入れなくたって、男になりきれなくたって、私はこのチームの一員だ。
梨華ちゃんとともに、私もこのチームの一員なんだ。
- 344 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時28分02秒
- 「かっ飛ばせー、ユウキ!」
4球目、内角高めのボールをユウキは高々と打ち上げた。
悲鳴とも歓声ともつかない声があちこちから上がる。
バットをたたきつけてから走るユウキ。
ボールはレフト方向へ飛んでいた。
レフト、センターの二人が突っ込んでくる。
ショートは必死にバックしていた。
面白いところへ飛んでいる。
- 345 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時29分12秒
- 「落ちろー!!」
私はボールへ向かって声を上げた。
ボールは最高点を超え落下してくる。
センターはボールを追うのをあきらめ、レフトとショートが空を見上げながらボールを追ってくる。
ボールが落ちてきた。
後ろ向きに走っていたショートが、ボールに向かってダイブした。
ホームを駆け抜けたランナーが、一塁ベースに立つユウキが、スタンドにいる私が、そして
球場のすべての人間の目が芝生の上にうつぶせになっているショートに向けられた。
ショートは、うつぶせになったまま、グラブを高く掲げる。
「アウト! アウト!」
駆け寄った3塁の塁審が右手を高くつき上げた。
私たちの、最後の夏が終わった。
- 346 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時30分10秒
- 一回戦10-0コールド負けのチームの控えとしてベンチにも入ることが出来なかった。
そんな野球部員は全国でもきっと相当だめな部類に入るのだと思う。
それでも、私は、このチームでやってきてよかったと思ってる。
3年間精一杯やったと胸を張って言える。
隣では梨華ちゃんが泣きじゃくっていた。
それを見たら私も涙がこぼれてきた。
終わったんだ、と思った。
- 347 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時31分15秒
- セーラー服の梨華ちゃんを抱き寄せて、私のユニホームの胸で泣かせてあげた。
そんな私もきっと顔はぐしゃぐしゃだろう。
相手チームがホームベース付近に並んで校歌を歌っていた。
それを聞いて、私は声を上げて泣いた。
梨華ちゃんが、私の胸から顔を上げた。
「私は、全部見届けたから。みんなが頑張ってきたところ。3年間がんばったところ全部
見てきたから。あんまり強いチームじゃなかったけどさ、春は一回勝ったよね。よっすぃー
も、練習試合では三振取ることもあったよね。私は、全部見てきたよ。みんなだめなところ
もあったけど、格好いいところもすごくあったよ。よっすぃーのかっこいいところも全部
見てきたんだから」
気づけば、私の方が梨華ちゃんに抱かれて泣いていた。
梨華ちゃんにしっかりと抱きしめられて泣いていた。
- 348 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時33分06秒
- 「全部見てきたから。全部見届けたから。私はずっと忘れないよ、みんなが頑張ってきた
こと。よっすぃーが頑張っていたこと」
- 349 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時35分00秒
- 私の野球部員としての暮らしは今日で終わる。
明日からは、女の子の吉澤ひとみに戻るんだ。
梨華ちゃんへのこのキモチも、きっと伝えることはない。
一生このまま秘密としてしまったまま暮らしてゆくだろう。
明日、女の子の吉澤ひとみに戻ったら、梨華ちゃんのことも、“石川“じゃなくて
”梨華ちゃん“って呼ぼうと思う。
- 350 名前:作者 投稿日:2002年08月10日(土)23時43分09秒
- >>318-349 いつまでものこるもの
久しぶりに新しいのを出して見ました。
本当は、新しい長編の宣伝用に出そうと思ったのですが・・・。
とりあえずこっちだけ出してみました。
ここは、出来れば短編10本出したいなあ、と思ってましたが、残りの容量からすると後1本しか出せないかな?
最後の一本はバスケ物の予定。
多分9月に・・・。
なんか、後半はメジャーなスポーツが多くなったなあ。
前前から言っているフィギュアスケート物(氷上の舞姫)、前半は大体出来ました。
ただ、主役が石川さんとりんねさんという、今回の卒業と何の関連もないのです。
だから、今出すのもどうかなあ? と思案中です。
- 351 名前:いつまでものこるもの 投稿日:2002年08月10日(土)23時48分54秒
- >>316 M.ANZAIさん
月刊誌にはちょっと遅れてしまいました。
性格付け、としてはどうでしょう今回。
ありそうでなかった、この人のマネージャー役、気にって頂けると幸いです。
>>317
ありがとうございます。
あの話し、荒唐無稽なようでいて、今となって見ると市井→後藤、ASAYAN→musix にすると、なんかありそうで怖い・・・。
確かに、今の時期に読むと変な気持ちになる、というのも分かる気がします。
- 352 名前:M.ANZAI 投稿日:2002年08月11日(日)00時50分18秒
- 新作、読ませて頂きました。ありがとうございます。
ここの作品はある意味リアル、直球ど真ん中な物語だな、と感じております。
そして今回登場の2人、あまり見かけない設定なのに
「うん、その通りだ」と思わされてしまいました。
それと、脳内削除されてしまった番外編なんですが
私ひとりがお願いしたくらいではもはや掲載していただけないのでしょうけど、
とても読みたい気持ちでいっぱいです。なんとかなりませんか?
気の利いた感想も書けず、変なお願いなどしてスミマセン。
次回作、気長にお持ちしております。
- 353 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月01日(日)03時15分14秒
- (・e・)ノ<ここまで読んだ…ラブラブ
- 354 名前:作者告知age 投稿日:2002年10月01日(火)00時25分28秒
- >M.ANZAIさん
直球ど真ん中、ですか。
この世界の中では変わった設定ですけど、実際は日常に転がっているような設定なんですよね。
>353さん
新垣さんありがとう、と言えばいいのかな?
難しいなあ、なんか。
突然ですが、森板で初めての夏休み〜みんなの冬休みのその後の世界、”初めての林間学校”を始めました。
今回は主演が変わって新垣さん。
競演に加護さんと紺野さんとなっています。
みんな二年生になりました。
こちらでどうぞ。
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/wood/1033398621/
倉庫に言ったら多分↓です。
http://mseek.obi.ne.jp/kako/wood/1033398621.html
9月中に出す、と言っていたバスケ物は、出来ているのですが、書いてみたらこのスレッド
に入らない分量になってしまいました。
現在処遇を検討中。
どこか別の場所に出す際はここで告知します。
- 355 名前:作者の告知 投稿日:2002年10月14日(月)23時35分05秒
- スポーツ短編シリーズのラストアップしました。
銀板の”ファーストブレイク”というスレです。
バスケもので、これまでの話しと比べて大分長めになっています。
自分としては、過去8作と比べて、出来は一番上です。
どうぞご覧ください。
また、長らく書く書くと言っていたフィギュアスケートもの”氷上の舞姫”のスレッドを白板に立てました。
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/white/1034436450/
主演は石川さんとりんねさんの二人です。
今後は、そちらに力をいれていくつもりなのでよろしくお願いします。
このスレは店じまいです。
どうもありがとうございました。
- 356 名前:ラストのまとめ 投稿日:2002年10月14日(月)23時35分54秒
- >>108-128 戦う二人(スピードスケート:石川+吉澤)
>>132-154 小さな願い(アイスホッケー:14人登場)
>>158-190 まがれ!!(カーリング:5期メン+加護+後藤)
>>193-225 ラブゲームから始めよう(テニス:X+石川+夏まゆみ)
>>230-249 陽はまた昇り繰り返す(陸上競技 リレー:メロン記念日)
>>251-276 Dreams Come True(カバディ:紺野+加護+辻+松浦)
>>285-314 祭りの裏で(10000m:保田+娘。メンバー)
>>318-349 いつまでものこるもの(高校野球:吉澤+石川+後藤)
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