マタ逢ウ日マデ
- 1 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/19(土) 09:29
- 前スレで予告した作品ですが予告内容から若干変更しています。
85年組が主役ですが基本いしよしだと思ってください。
- 2 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/19(土) 09:30
- 入院からなんやら色々忙しくやっと執筆できる状態になりました。
友人に更新を頼むことになることと現在の私の執筆方法が手書きであるということ、
実は戻ってこられる自信がなかったので書いていた作品を消去してしまった等の問題から更新はやたらめったら遅くなります。
あとせっかくレスと頂いても返事をすることができません。
返事がなくても空しくないよ〜、という人がいるならレスして頂けると嬉しいです。
こんな迷惑な状態でスレを立ててしまい本当にスイマセン。
おそらく一年はこういう状態になると思います。
私がこれから一年お世話になる友人S・Kもよろしくお願いします。
- 3 名前:プリン 投稿日:2005/03/19(土) 13:59
- 待ってました!おかえりなさいませ。
自分のペースで頑張ってください。
遅くなっても何しても待ってますんでw
- 4 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/19(土) 21:14
-
誰かが言った。
「世界を変えてみたくないか?」
アタシは言った。
「変えてみせるさ。それが約束だからね」
- 5 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/19(土) 21:14
- ―――――――――――――――――――――――――――――――――――
マタ逢ウ日マデ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
- 6 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/19(土) 21:15
- タンタン、タンタンと規則的に音を鳴らす電車に揺られ、まさしくポカポカ陽気の日光に照らされ
ほんの少しのまどろみを感じているアタシの手元からハートの四が抜き取られる。
ハートはスペードとペアを組み、その瞬間に捨てられた。
その運命を見て無邪気に喜ぶ女の子。手元にカードはない。
この子は一体何連勝すれば気が済むのだろうか。
二人掛けのイスを向かい合わせにアタシ達四人は座っている。
知っている街をとうに離れて、窓から見える景色はアタシの住んでる環境とは
百二十度ぐらい違う、むやみな電飾のない街並とユラユラ光る海の水面。
ちょっと古いこの電車の雰囲気もあいまって見える色が不思議と懐かしく感じる。
きっとここに住んでる人達はいい人達ばかりなんだろうなぁ、と思いながら
トランプを始めて一回も最下位から動かない彼女のカードを引き抜く。
新入りの王様に友達はいない。ゴメンね王様。
ほのぼのとした情景とは裏腹に先程からババ抜きで盛り上がるアタシ達。
他の乗客もほとんどいないようだし問題ないだろう。
一抜けした彼女はペットボトルのキャップをひねり、一口ではあるがとても勢いよく紅茶を飲んだ。
さっきから勝ちっぱなしの彼女、ごっちんの一言からこの旅行は始まった。
- 7 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/19(土) 21:15
-
- 8 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/19(土) 21:15
- 「ねぇ、どっか行かない?」
女の子でも四人が入るには少し狭い部屋、まぁアタシの部屋なんだけど。みんな所構わず座っている。
テレビの画面に映る人生ゲームのルーレットは三で止まった。
梨華ちゃんの大学入試のための小論文を読んでいたごっちんのなんてことない言葉に
アタシ達の反応はとぼしい。
「え? さっきコンビニ行ったじゃん」
ミキティの返答にアタシは心の中で頷いた。きっと梨華ちゃんもだろう。
アタシのキャラが三コマ進む。水色の涙の形をした見るからにいいことの無さそうなコマに止まった。
「そーゆーんじゃなくてぇ、もっとこうなんか……旅行? 旅行的な遊びをさ」
「旅行的なって旅行でしょ」
「そうそう」
ミキティにごっちんの相手を任せてアタシは画面の文字を追う。
どうやら道端で五千万円落としたようだ。所持金がパッと変わり赤い文字になる。
借金してまで金落とすなよ。
ゲームとはいえそのアホらしさに呆れてしまう。
- 9 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/19(土) 21:16
- 「今年で高校も卒業しちゃうだしさ、卒業旅行をパァ〜っと」
「卒業旅行?」
「そう」
「中学の時に行った感じの?」
「アレは日帰りだったじゃん。そうじゃなくて一泊ぐらいするような旅行がしたいな〜なんて」
レポート用紙を丸めようとしたがすぐに梨華ちゃんのであると気付き、あぶないあぶない、と
小声で言いながらちょっとだけ出来たしわを伸ばすごっちん。
「あそうだ梨華ちゃん、この漢字ここに点いるよ、これ」
「ホント? ……あ〜ホントだ。ありがとうごっちん」
「いえいえ」
あたしが付けといてあげよう、と少し得意そうに言って机の上のペンに手を伸ばすごっちん。
画面が変わりやたら子沢山な梨華ちゃんのキャラがルーレットを回している。
ごっちんは白と水色のストライプの入ったベッドシーツの上で胡座をかいている。
ちょっと唇を突き出しているその様は 天才と呼ばれる彼女も
やはりまだ高校生なのだと主張するようなかわいらしさだ。
読んでいた雑誌を畳み満員御礼なテーブルの下に置くミキティ。
旅行かぁ、と考えるのはいいんだけど雑誌は元の場所に戻して欲しいものだ。
- 10 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/19(土) 21:16
- 「梨華ちゃん聞いてた?」
「えっ?」
テレビ画面に出る文字を律儀に読んでいた梨華ちゃんは頓狂な声を上げて振り向いた。
梨華ちゃん越しに見えるテレビ画面では梨華ちゃんのキャラが
八人目の子供を出産をしてみんなからお祝いのお金をもらっている所だった。
下唇を上に押し上げ眉をやや八の字にし、しょうがないなぁ、とごっちん。
「だぁかぁらぁ、卒業旅行に行きたくな〜いって」
「卒業旅行? ん〜……」
ほんの少しの間俯いた後、何か決めたような表情で顔を上げた。
「私も行きたいなぁ」
「ほら〜、梨華ちゃんも行きたいって言ってるよ」
「あっ、美貴の番」
梨華ちゃんからコントローラーを受け取りルーレットを回すミキティ。
テーブルの下の雑誌を元の位置に戻し、ベッドに腰掛けたアタシにごっちんが
窓から雪が降るのを嬉しそうに眺める子供のような目をしながらにじり寄ってきた。
- 11 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/19(土) 21:16
- 「よっしーも行きたいでしょ?」
「んまぁね」
「よっし! ミキティは?」
ミキティは問いかけに答えることなく、一心不乱にボタンを連打していた。
激しい痙攣よろしく、だてにギターをかき鳴らしているわけじゃない。
ミニゲームの勝者が誇らしげな顔で振り向く。
やや上気した頬は激闘の証しといった所だろうか。
「もちろん行くよ」
「よっしじゃあ決まりぃ!」
そんなこんなで一泊二日の卒業旅行が決まったのだった。
- 12 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/19(土) 21:18
- 今日はここまでです。
案内板の件申し訳ありませんでした。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/20(日) 23:33
- おもしろそう!
期待しています。
- 14 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/23(水) 18:03
-
- 15 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/23(水) 18:03
- 冬の頂きは越えたもののまだまだ寒い北海道。
三月上旬なのに雪はほとんど溶けずに残り、また今日も昼過ぎから降るらしい。
窓から望む景色は僅かな時間ではあるが主役を必死で演じる太陽がこれでもかと
街を眩しく照らし、冬の使者達は命を燃やして白く輝いている。
今回もミキティが最下位。
何度も聞いた、もう一回、を連呼しながらトランプをきっている。
アタシの向かいで窓際のごっちんが外を眺め、言う。
「今日はあったかいね〜」
「でも午後から雪降るって天気予報でやってたよ」
「マジ?」
初めて会った人が同じ苗字だった時ぐらいの驚き顔でアタシを見てきたので
一回頷くと、ふ〜ん、とまた窓の方へ向いてしまった。
「うわーすっごい!」
ごっちんの声にアタシ達の視線は一斉に窓の外に向かった。
- 16 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/23(水) 18:03
- 恐いくらい青い海が眼前の広がり
浅葱色の空と水平線でそれとなくまじり合っている。
遠くの雲からちぎれた白波が断続的に陸に手をかけ
季節ハズレで場所ハズレで期待ハズレな潮干狩りをしていた。
いつのまにか海岸線を走っていたらしい。
アタシの隣に座っていた梨華ちゃんは立ち上がって身を乗り出し
圧倒的な青に釘付けにされている。
「おわぁ〜」
「スゴくない?」
「スゴイよぉ!」
アタシの頭の上から高音のはしゃぎ声が降ってくる。
でもそんなテンションになってしまうのもわかるくらい綺麗な光景。
「ホラ! 外ばっか見てないでババ抜きやるよ!」
一人熱心にトランプを混ぜていたミキティが怒鳴った。
三人一緒に小声で、ハイ、と返事をして席に座った。
この勝負もミキティが負けだったことは言うまでもない。
- 17 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/23(水) 18:04
- もうひと勝負を連呼するミキティをどうにか鎮め、それぞれ持ちよりの弁当を食べる。
お日様も雲に隠れ、いよいよ雲行きも怪しくなってきた。
「ごっちんのサンドイッチおいしそ〜」
「そんなんでもないよ」
「ミキティの何それ?」
「えっ、ごっちんと同じくサンドイッチなんだけど」
「ミキティそれ、ゲルニカ調?」
ごっちんのツッコミが理解できずゲルニカの意味を問いただすミキティ。
すごい芸術的ってことだよ、とごまかすごっちんを見てアタシと梨華ちゃんは笑った。
ならいいけど、と変に納得したミキティにもうひと笑い。
昼食も片付けなんとなくまったりとした時間を過ごす。
さっきからウトウトし始めていたごっちんは予想通りでいつも通りの睡眠タイム。
ミキティがトランプを取り出そうとしていたので、さっきの続きはホテルで、と止めると
絶対だよ、と念を押されてしまった。まぁいいか。負けないし。
梨華ちゃんはアタシ達が行く街の観光パンフレットを鼻歌まじりで読んでいる。
「ここ絶対行こうね」
「行くから鼻歌やめてくんない?」
「もぉ、よっしーのイジワル」
こうして時間は過ぎていき、ついに待ち兼ねたアナウンスが鳴った。
≪次〜小樽〜、小樽〜≫
- 18 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/23(水) 18:04
- ごっちんを叩き起こし、電車を下りた。
残冬の風が頬を撫でる。
雪も降りはじめてきたみたいだ。
ホームを抜けて駅前までやってきた。
全国でも名の知れた駅だけに人の往来も多い。
タクシーに乗り予約したホテルを目指す。
有名ホテルは満室だったので言っちゃ悪いがB級ホテルに泊まる事になっていた。
ホテルに到着。
中心街からは離れているが小高い丘に建っているため見晴らしが良い。
チェックインを済ませ部屋に案内される。
八畳の和室に二畳の広縁。
小さくちょっと古いテレビ、掛け軸、テーブルに茶に茶菓子。
ホテルの和室の基本形といった所だろうか。
夕食は六時から食堂で、温泉は翌日の九時まで入り放題とのこと。
ごゆっくり、と仲居さんが出ていった。
- 19 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/23(水) 18:04
- 「おーおー思ったより広い広い」
ミキティの口開一番。
仲居さんが襖を閉めたばっかりだったのでおそらく聞こえていることだろう。
「あ〜なんかもう疲れた」
「疲れたってごっちんさっき寝てたじゃん」
「それはそれ、これはこれ」
「どれだよ全く」
ごっちんは部屋の隅に荷物を置くとトイレに行ってしまった。
アタシも荷物を置いてくつろごうとしたら、広縁に若い歓声が上がる。
「あースゴーイ!」
「キレーな景色」
梨華ちゃんとミキティが窓にへばりついている。
ケーキ屋のショーウィンドウで見かける二人と行動はほぼ同じだが、
なんというか、高揚の仕様がまるで違う。
座布団の上であぐらをかきかけたアタシは立ち上がり、二人に吸い込まれるように
広縁に向かった。
- 20 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/23(水) 18:04
- 絶景。
何も知らないアタシが何故か昭和のノスタルジーを感じてしまう街並は
雪化粧をほどこされ、冬季限定の白い砂浜と化している。
チラホラ降る雪は空と海との境をぼやかし、大海は遠近感無く広がっている。
顔を近づけ過ぎたせいか窓が曇ってしまい袖で拭いて尚景色を望む。
アタシの横で梨華ちゃんが同じようにして外を見ている。
「スゴイねよっしー」
「こりゃすごいわ」
「ここにしてよかったね」
アタシと梨華ちゃんでこのホテルに決めたのだ。
ただこの眺めを知って予約したわけではない。
遠くに見える茶色の建物を指差し、言った。
「まぁあのホテルの予約が取れなかったからなんだけどね」
「逆にそれが良かったのかもね。こういうのをなんて言うんだっけ?」
梨華ちゃんがアタシの方を向いた。いきなり言われても……。
- 21 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/23(水) 18:05
- 「不幸中の幸い、かな?」
アタシと梨華ちゃんの斜め後ろから声がした。
トイレから戻ってきたごっちんだった。
「だけど不幸なんて言ったらこのホテルに失礼だよ」
そう言いながらごっちんはしゃがんでアタシ達の間に割り込んできた。
のわぁ〜、と感嘆の声を漏らす。
ごっちんの存在に気付いたミキティは、あっトイレ空いた、と言って
急いで窓から離れていった。
「それにしてもキレーだよねぇ」
「うん」
「すっごいキレーなのはいいんだけどさぁ」
足元からアタシと梨華ちゃんを交互に見るごっちん。
「夕食前に行くとこ行かなきゃダメじゃん」
「あっ」
梨華ちゃんが何かに気付いたように手を叩いた。
「そうだよ、行かないと」
「じゃあ準備しよっか」
アタシ達三人は名残惜しむことなく窓を離れた。
会話が聞こえたのかミキティがトイレの中から、ちょっと待ってよぉ、と叫ぶ。
待つからゆっくり踏ん張っていいよって。
- 22 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/23(水) 18:05
- 準備を整えホテルを出た。
中心街から離れているとはいえ歩いて街へ向かう。
ゆるやかな下り坂は当然のアイスバーン。
「のわー滑るぅぅ」
「ミキティ危ないよ」
「とまんないっとまんないっ」
自然のエスカレーターを楽しむミキティ。
十九歳にもなって何やってんだか。
アタシの隣で梨華ちゃんが心配そうにミキティのスケートを見ている。
「危ないよぉ」
「梨華ちゃんもやってみなって! 楽しいよ!」
一滑り終えたミキティが登ってくる。
その瞬間。
「キャッ!」
成龍よろしく、ミキティが視界から消えた。
地球にはいつくばる十九歳の少女。その名は藤本美貴。
アタシとごっちんは笑ってしまった。梨華ちゃんは眉をひそめて近づいていく。
引き揚げられたミキティも照れ笑い。
無事で安心したのか梨華ちゃんも笑った。これでいいのだ。
こうして街へ降りていった。
- 23 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/23(水) 18:05
- 今日はここまで。
間違えて案内板に立ててしまったことを聞き思わず笑ってしまいました。
抜けてる所があるのもこいつ(友人)の良い所なので笑い飛ばしてあげてください。
こんな私にレスを下さる奇特な人がいるんですね。
レス内容は友人に教えてもらってます。メチャメチャ励みになってます。
私から返答はできませんがこれからは友人に返答を任せることにします。
妙はことを書かれても気を悪くしないでくださいね。
- 24 名前:メカ沢β 投稿日:2005/03/23(水) 18:06
- プリンさんありがとうございます
メカ沢βの話によるとかなり初めの頃からレスしていただいているのだとか。
見捨てないであげてくださいお願いします。
名無飼育さんありがとうございます
期待に応えられるような作品を書かせます
- 25 名前:プリン 投稿日:2005/03/27(日) 13:18
- 更新お疲れ様ですw
なんかこの4人の雰囲気がすげー好きですw
作者様、S・K様(でいいのかな?)これからも頑張ってください。
次の更新待ってます。
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/03/28(月) 00:50
- すごく楽しみです。更新頑張ってください!^^
- 27 名前:めかり 投稿日:2005/04/02(土) 11:19
-
ごぶさたで〜す。
今回もまたオモシロソウな作品ですね。期待度満点です♪
自分のペースでゆったりと更新していってくださ〜い。
- 28 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:16
- 勾配がなくなるにつれて人気も多くなり、通りも
ややレトロを基調とする雰囲気を纏ってくる。
駅前や駅前の大通りにはデパートが立ち並び、市という看板を
背負うだけの発展を遂げているにも関わらず、アタシ達のいる所は
故意にセピア色を残した街並で有名な観光地だ。
遊び疲れることのない歳の男の子と父親より
少し目線の高い女の子をつれた若い家族。
小樽の情趣と隙なく融合できるだけの年齢を重ねた老人の団体。
所構わずデジカメのシャッターを切る一人旅であろう男性。
たくさんの人々が行き交い、しばしば肩がぶつかりあってしまう。
団体の流れに巻き込まれそうになった梨華ちゃんがアタシ達と少しはぐれてしまった。
車道に出て梨華ちゃんを待つ。
スイマセンスイマセン、と小声で人の隙間を縫い梨華ちゃんが戻ってきた。
「はぐれるかと思ったよぉ」
「ったくぅ、梨華ちゃんただでさえ方向音痴なんだから気をつけてないと」
地元のスーパーで迷子になってしまう事があるほどの方向音痴。
腰の高さにある手を差し出す。
「ほらっ、迷子になるから」
梨華ちゃんは、ふふっ、と上品に笑い手を取ってくれた。
「ありがと、よっしー」
- 29 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:17
- 本日最後となる観光スポット。
土色のレンガでできた建物。
入り口の斜め前にある時計が蒸気を上げている。
小樽オルゴール堂。
ごっちんと梨華ちゃんがどうしても行きたいと熱望していたところだ。
「記念写真撮ろ、記念写真」
なんだかんだいっても一番盛り上がっているミキティがインスタントカメラを取り出し
初老の夫婦にシャッターを押してもらうよう頼みに行った。
「ミキティオルゴール堂行きたいって言ってたっけ?」
「いや、むしろあんまり興味ないんだけどって渋ってたような――」
「ほら! 早く並んで並んで!」
真夏に噴水で遊ぶ子供のような笑顔で駆け寄ってくるミキティ。
どうしようか迷ったが、梨華ちゃんとは手をつないだままポーズをとることにした。
親切なおじさんはわが子のそれを撮るようにして掛け声をかけ、シャッターを切る。
そのことへの謝意も一役買って、アタシも最高に近い笑顔ができた。
ありがとうございました、とカメラを返してもらう。いざ、オルゴール堂へ。
- 30 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:17
- 人の出入りで開けっ放しの扉から中に入ると、他とはまるで違う空間が広がっていた。
瞬目薄暗いと感じたが、すぐに幻想的な光が交錯していることに気付いた。
古い木壁に取り付けられた利他的な照明。
一つ一つドラマを持ったオルゴールの美しくも不思議な光。
それらを守り、見続けてきた木の香り。
一歩踏み出せば木板の床がギシギシ音を立て、歴史と趣きを語りかけてくれる。
感奮して立ち止まりそうになったアタシ達を容赦なく押し進めようとする人の波。
転びそうになるのをこらえ、でも手はしっかりと握ったまま梨華ちゃんを引っ張るようにして脇道へ入った。
「あっ、ごっちん、ミキティ……」
波にのまれはぐれていくごっちんとミキティだが表情に困惑の色はない。
アタシ達を簡単に見つけ、叫びの二歩手前くらいの声で言った。
「美貴達あっち見てくるからぁ」
と言って流れに乗り見えなくなってしまった。
まぁいいか、と梨華ちゃんと顔を見合わせる。
- 31 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:17
- 宝石と化した宝石箱。
夢を包みながらに放つ透明な卵。
おそらく純粋で無邪気な愛を誓ったであろう男の子と女の子。
楽しさと嬉しさを振り撒く観覧車。
実に様々なオルゴールがアタシ達に微笑みかけてくれる。
勝手に感嘆にしまうのはアタシも梨華ちゃんも同じだ。
「すごいねぇ〜」
「うん」
「あっ、これかわいい〜」
梨華ちゃんが手に取ったのがガラスで作られた天使のオルゴール。
光輝を映す梨華ちゃんの瞳もまた綺麗な光を宿している。
「すっごくこれかわいいよね?」
「うん」
そう返事をして手を少し強く握る。
梨華ちゃんは光を宿したまま微笑み返してくれた。
- 32 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:17
- 何度だって見た笑顔。
慣れない。
何度だってときめいてしまう。
何度だって握った手。
慣れない。
何度だって熱くなってしまう。
何度だって見つめた瞳。
慣れない。
何度だって鼓動が高鳴ってしまう。
何度だって。
慣れない。
慣れない。
梨華ちゃんといると
いつだって心が沸騰してしまう。
この気持ち、慣れない。
- 33 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:18
-
- 34 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:18
- 中学一年生の夏。
三人とは友達になる前のことだ。
いつから気付いていたかといえば小学校の頃からかもしれない。
小学六年生とはいえ今時の子供はませているものだ。
かっこいい男性アイドルや芸能人、クラスの男子の話なんてみんなしょっちゅう。
その中でアタシだけ、イマイチ話にのれていなかった。
たまたま興味がなかっただけなのかもしれないと思っていた。
今思えばあの頃の年齢はませていたとはいえ憧れと恋愛を区別できるほど
大人ではなかったと思う。
決定打になったのは中一の春。
アタシが通っていた小学校も含め三校から生徒が集まるマンモス中学校。
知らない顔がいっぱいいて緊張していた。
入学式から二日後、ある男子に告白された。
容姿はかっこいい方だと思う。後にサッカー部の部長になったらしい。
断った。
全然知らない人と付き合えると思ってないし
まだそういうことに興味がなかったから。
それよりなにより嫌悪感が湧き上がった。
初めは輪郭さえ見えなかった感覚だったけど、後々それが
異性に対して恋愛感情が持てないことから来るものだということを悟った。
- 35 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:18
- それはアタシはおろか、友達との話にさえのぼったことのない知らない世界だった。
学校の図書ではわからなかったから市の図書館まで行って調べた。
『同性愛』
なんとか辿り着いた言葉。
初見、何も感じなかった。
辞書にも載っているくらいだ。なんてことはない。普通だ。普通のことなんだ。
そうは思ったけれど、何か心にしこりが残った。
父親に話した。
「アタシ、同性愛かもしれない」
「……なっ!」
夕食後、ソファで夕刊を読みくつろいでいた父が飛び起きた。
父のリアクションが不思議で、また少し可笑しかった。
とりあえず座れ、と夕刊をくしゃくしゃに折り畳んで父は言った。
- 36 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:19
- 「ひとみ、お前その言葉の意味わかって言ってるのか?」
「うん。一応辞書で調べたし」
「なんて載ってた?」
「アタシの場合だったら、アタシが女の子を好きになるってことでしょう?」
父が眉間に皺を寄せて目を瞑った。
何か良くない事があった時、父は必ずこの表情をする。
表情の意味はわかった、けど、今何故この表情なのかはわからなかった。
「……ひとみ、そのこと他に誰かに言ったか?」
「いや……まだだけど」
「じゃあもう誰にも言うな」
決して強くはなかったけどどこかアタシを気圧させようとした言い方だった。
「なんで?」
「なんでもだ! ……とにかく、このことは父さんとだけの秘密な? わかったか?」
「……はーい」
面白くなくて自室に戻ろうとしたアタシの背中を、絶対誰にも言うんじゃないぞ、と
高圧的な口調で押してくれた。
- 37 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:19
- その日の深夜。
何か飲もうとキッチンに向かったら父と母が誰かを背負っているかのような俯き具合で
静かにリビングのソファに座っていた。
アタシが通った時、少し取り乱した様子だったのだがいたって平静を取り繕っていた。
部屋に戻るフリをして聞き耳を立てる。
口を開いたのは母だった。
「あなたそれ本当なの?」
「ああ。ひとみが自分から言ってきた」
同性愛の話であることはそれだけわかった。
父が自ら二人だけの秘密だと言いそれを先に破っていたけど、
どうせアタシも母に言うつもりだった。
会話に参加しようとドアノブに手をかけた瞬間、母が言った。
「どうしてアノ子が……」
それはハッキリと悲しみを纏った言葉だった。
アノ子が、の後に、殺人なんて、ときても違和感がないほどの悲しみ方だった。
- 38 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:19
- 「まだそうと決まったわけじゃない。あれぐらいの年齢の女の子は
友達感覚の好きだ嫌いだを勘違いしてもおかしくないだろう」
「でも、ひとみから言い出したんでしょう? あ〜わけがわからないわ」
わけがわからないのはアタシの方だ。
父は何を否定し、母は何を嘆いているのだろう。
わからないけど、恐かった。
「やっぱりひとみと話して――」
「それはだめだ。ひとみには金輪際誰にもその話はするなと言ってある」
「でも……」
「でもなんだ?」
「少しでも早くひとみを正しい道に導いてあげないと……」
正しい道?
アタシが今立っている場所は間違った道の上なのだろうか?
少し体が震えだした。
- 39 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:19
- 「それは……もう少し後でもいいだろう。
それにひとみ自身がいずれ気付くかもしれないし」
いずれ気付く?
アタシがいずれ何に気付くというのだろうか?
ドアノブにかかっていた手と所在なさげだった手が
いつの間にかアタシを抱いていた。
「……そうね……そうよね」
母は弱々しく呟いた。
諦観めいた母の言葉を合図にアタシは二人に背を向けた。
部屋に戻って色々考えてみよう。
「どうしてうちの子が……キチガイに……」
気の抜けたアタシのスキを狙ったかのような言葉だった。
大して頭の良くないアタシは、部屋に戻ったらキチガイの意味でも調べよう、
などと思いながら階段を上った。
- 40 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:20
- 何も考えないまま部屋のドアを閉める。
少しほこりのかぶった国語辞典を取り出し、ベッドの上に雑に寝そべる。
キ……キ……キ……
【気違い・気狂い】き・ちがい
精神状態が異常なこと。狂気。乱心。
また、その人。狂人。
思考が止まる。
何度も同じ視覚情報を得る。
思考が止まる。
目に止まる文字を一心に見つめる。
思考が止まる。
現実を突き放すために目を閉じた。
- 41 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:20
- 同性愛者とはキチガイ
同性愛者とは精神状態が異常な人
同性愛者とは狂人
父の眉間のしわの理由も
母の聞いたこともない嘆きの声の理由も
父が強硬に謎の約束をしようとした理由も
母が同性愛を認めようとしなかった理由も
両親がアタシ抜きで話をしていた理由も
すべてはそういうことだったのだ
- 42 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:21
-
慎むべき感情
隠すべき感情
亡すべき感情
戒るべき感情
消すべき感情
滅すべき感情
絶つべき感情
忌むべき感情
哀むべき感情
怨むべき感情
棄すべき感情
葬るべき感情
壊すべき感情
殺すべき感情
殺すべき感情
殺すべき感情
殺すべき感情
殺すべき感情
- 43 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:21
- アタシは父との約束を守ろうと思った。
両親が言うのだからそれが世間であり、社会であり、常識なのだろう。
両親にさえ拒否されたのだ。
友達に言えばいじめられるに違いない。
この感情を持つことは人間として禁忌なんだ。
アタシはみんなと同じ人間でありたい。
けど男性を好きになるのは無理だろう。
ならば、誰とも恋愛しなければいいのだ。
誰とも
恋愛しなければいいのだ
涙が、流れていた。
- 44 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:21
-
- 45 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:22
- 隣で高鳴る鼓動を無視するようにしっかりと手を握る梨華ちゃん。
今彼女の目に映っているのは全てがガラスでできたオルゴール。
透明な男の子が透明なブランコに乗っている。
「すごいよねぇ。きれーだよね〜」
「さっきから梨華ちゃんそればっかだよ」
「だってどれもすごいんだもん」
周りを見渡せばたくさんの人の目が輝いている。
ここはそういう場所なのだ。
きっとアタシもそうだろう。
誰かの夢を包んだ音箱はあの子に買われるのを待っている。
「まだ奥にもあるっぽいから行こ」
「うん」
楚々と頷く梨華ちゃんはどのオルゴールよりも輝いて見える。
アタシはその光を長くは直視できず、グイグイ引っ張って奥の部屋に行った。
- 46 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:22
- 奥の部屋はほぼ全面二階と吹き抜けになっていて吊り下げられた
照明が淡く作品を強調する。
かわいい人形のオルゴールがたくさんあり、誰にも渡さないと言わんばかりに
人形を抱きしめた女の子がアタシの横を過ぎて行った。
「スゴーイ、みんなかわいい〜」
「梨華ちゃん今何歳だよ」
「歳は関係ないでしょー」
もぉ、を頬を膨らませる梨華ちゃん。
すると天から聞いたことのある声が降ってきた。
「よっしー! 梨華ちゃーん!」
二階の吹き抜けから顔を出すごっちんとミキティ。
恥も外聞もなく叫んだミキティが大きく手を振っている。
周りの人たちが上を見た後、その視線をアタシ達に集める。
上に向かって唇と人差し指で静かにするように注意し、朱に近くなっていく頬を
照明のせいにしながらそそくさと二階へ上がった。
- 47 名前:メカ沢β 投稿日:2005/05/07(土) 13:22
- 今日はここまでです。
>>25プリンさん、ありがとうございます。
S・K様…様付けなんて滅相もないです。
>>26名無飼育さん、ありがとうございます。
ものすごく励みになります。と申しておりました。
>>27めかりさん、ありがとうございます。
期待に添えさせますんでよろしくお願いいたします。
更新がとても遅れてしまったことをお許しください。
- 48 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/05/10(火) 07:12
- この話のよっしーが自分と重なって見えてちょい辛いですが
おそらく幸せになってくれるだろうと思ってます。
- 49 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/10(火) 18:18
- よっすぃーじゃないんですか?
- 50 名前:メカ沢β 投稿日:2005/06/05(日) 20:50
- 見上げた時と同じテンションでミキティが手招きしている。
一階よりもやや人が少なく、手で人をかき分けることもなく二人のもとに着いた。
あれだけはしゃいでいたミキティからちょっと期待ハズレな開口一番。
「すっごい人だねぇ」
「そりゃそうだけど……一言目がソレなわけ?」
だって美貴人込み嫌いだし、と吹き抜けの一階を見る。
人込みが嫌いだということと人前で歌うことは好きだということでは
何が違うのだろう、と思ったが口には出さなかった。
腕を組んだごっちんが心なしか遅めの口調で訊いてくる。
「どうする? ゆっくり見てく?」
「えっ? なんか急ぐことあったっけ?」
「ほら、ホテルの夕食六時からって言ってたからさ。今五時二十分だし」
「ちょっとくらい遅れても大丈夫でしょ?」
ちょっとくらいならね、とごっちん。
でもあんまり遅れちゃうと夕食抜きになっちゃうかもよ、と補足すると
それは困ると機敏な反応を見せるミキティ。
- 51 名前:メカ沢β 投稿日:2005/06/05(日) 20:51
- さっきから吹き抜けから見える一階の様子を見ている梨華ちゃん。
「どしたの梨華ちゃん?」
「えっ? いやぁ綺麗だなぁって思って」
「またキレーキレーって……」
と言いつつも視線を向け、息を呑んだ。
一階で間近に見てた時と違う、宝石箱を覗いているような光景。
「で、どうする?」
ごっちんが話を戻す。
「オルゴール買いたい人いる?」
アタシの問いに四人が手を上げる。
な〜んだ、といった表情で四人は顔を見合わせた。
「じゃ、少し急ぎますか」
- 52 名前:メカ沢β 投稿日:2005/06/05(日) 20:51
- 一階を見る組と二回を見る組に別れる。
アタシはごっちんと一緒に一階に下りていく。
「ごっちんどういうのが欲しいの?」
「ん〜……あんまおっきくないやつかな」
こういう時でさえ合理性を考えるごっちんらしい答え。
大きさかよ、とツッコむと、大きさも大事だよ、と返された。
さっきよく見なかった人形のオルゴールがある部屋を
歩速を緩めずに見てまわる。
「アタシこれにしよう」
アタシが手に取ったのは翆緑色の石が付いたストラップ。
オルゴール堂にはオルゴールだけがあるわけじゃない。
「何それ? あたしのよりちっちゃいじゃん」
ごっちんの手には指輪を入れる箱ぐらいの大きさの
木の色の濃い木箱のオルゴールがあった。
「ごっちんそれにするの?」
「うん」
「じゃあもう買っちゃおうよ」
レジに並び商品を買って外に出た。
蒸気を噴く時計の前で待ち合わせ。
梨華ちゃんとミキティの姿まだない。
- 53 名前:メカ沢β 投稿日:2005/06/05(日) 20:52
- 未然の笑顔と已然の笑顔の人々が入れ替わっていく中、まだ二人が出てこない。
待ち始めて十分が経った。
「遅いねぇ」
「アタシ達が早過ぎたのかも」
遅いことに空も苛立っているのか紅い顔で小樽をにらんでいる。
梨華ちゃんとミキティでどっかに行くと遅れて帰ってくることは当然化していた。
そしてアタシからごっちんにこう言うのも恒例化していた。
「梨華ちゃん達出てきたら最初になんて言うと思う?」
「ん? ん〜とね、まず梨華ちゃんが、ごめ〜ん、って笑顔で出てくるね」
「だね、それは間違いない」
「でぇ、ミキティが自分の遅れた理由を梨華ちゃんに転嫁するみたいな」
「それで梨華ちゃんが、それミキティじゃんよぉ〜、って」
そうそう、と笑いながら手を叩くごっちん。
アタシ達の経験則は大体当たる。
沢山の人に紛れてもすぐに見つけ出してしまうまぶしい笑顔が
名残惜しそうな表情のミキティを連れて現れた。
予想がドンピシャに当たったことは言うまでもない。
- 54 名前:メカ沢β 投稿日:2005/06/05(日) 20:52
- ホテルに戻ったのが六時十五分。
焦って帰ってくる必要はなかったらしく、夕食のことを一番心配していた
ミキティの様子に仲居さんが笑っていた。
無事夕食を済ませ部屋に戻る。
布団がひいてある、修学旅行を思い出させる並べ方。
次にすることといえばもちろん――
「温泉どうしよっか?」
広縁でだらしなくくつろぐミキティ。
お土産の整理をする梨華ちゃん。
夕食直後だというのに茶菓子に手を伸ばすごっちん。
「もう行く?」
「美貴はもう少し後がいいんだけど」
「あたしもそうかなぁ……もうチョイ後のほうがいいな」
「梨華ちゃんは?」
「ん〜、後でいいかな」
やはり海鮮づくしの夕食が少しお腹を苦しめているらしい。
いや、一人を除いては。
「ふぁああとでふぃふぉうよ」
「ごっちん、うなぎパイ頬張り過ぎで何言ってるかわかんないから」
- 55 名前:メカ沢β 投稿日:2005/06/05(日) 20:52
- 梨華ちゃんも整理を終え、ごっちんもお茶をすすって一段落。
いかにも旅行らしい落ち着いた雰囲気にまったりしていると、
すっかり眠ろうとしていた海を見つめていたミキティが立ち上がった。
「なわぁ!」
突然の叫び声に驚いた。
そして不可解な低い破裂音。
何事かと広縁に近づいてみるとその原因がわかった。
「花火だ!」
「ホントだ〜!」
華麗に咲く打ち上げ花火。
青、白、黄、青、赤、緑、赤、白、ストロボ。
隣で梨華ちゃんが言った。
「こんな時期に珍しいねぇ」
「たしかに」
- 56 名前:メカ沢β 投稿日:2005/06/05(日) 20:52
- 花火は夏の常套句。
昼頃に雪がちらついていたこの街この季節に一体なぜなのだろう?
お茶を手にごっちんが答える。
「近隣のホテルが一体して毎日花火大会でもしてる、とか」
「あ〜そうかもしんない」
「スゴーイ! 花火が見れるなんて思ってなかった!」
昼の再現を思わせる梨華ちゃんとミキティの窓へのへばりつき。
海上に打ち上がる輝花は誰が見ても美しい。
「あっ、美貴今の花火好き」
「キレーだよねぇ。よっしーとごっちんも近くで見なよ、ほら」
不意に梨華ちゃんに手を引かれすぐ真横に顔がある位置で止まった。
端整で秀麗な梨華ちゃんの顔が振り向くだけで触れてしまいそうな
距離にある。そんな気配だけでアタシは朱となり熱くなった。
隣で歓心の嘆息を漏らされるだけで背中がゾクッとする。
- 57 名前:メカ沢β 投稿日:2005/06/05(日) 20:53
- 目の前で花火が咲く。
隣で笑顔が咲く。
どちらも眩しく美しく、触れることができない。
もし触れて焼き焦がれてしまうのはどちらもアタシだ。
心は正直に胸を締め付けてくる。
その苦しみは未だ慣れることができない。
耐えることはできる。
でもそれが何だというのだろうか。
希望も絶望も嘱望も非望も全て昔に捨てたのだ。
それでもなお悶え苦しむ胸中の理由。
内容なんてとっくにわかってる。
でもそれを認めてしまえば、きっと、何かを失ってしまう。
手にした瞬間に失われる何か。
そんなものを欲しがるほどアタシはバカじゃない。
バカじゃない。
そう、バカじゃないのだ。
- 58 名前:メカ沢β 投稿日:2005/06/05(日) 20:53
- しばらく花火を観賞し、終わってすぐ温泉に入った。
温泉から上がり浴衣に着替えて部屋に戻る。
雪だるまの赤ちゃんのような声を出して布団に倒れこむごっちん。
持参のスキンケア用品を取り出し広縁でそれを塗る梨華ちゃん。
テキパキとみんなの分のバスタオルを干すミキティ。
「アタシのもお願い」
「よっちゃんは自分でやって」
あっさり拒否されたがミキティの次の行動でその理由がわかった。
ゴソゴソとカバンをあさり赤い直方体を取り出した。
その物体を高々とかざし保母さんが少し離れた幼児に言うような感じで叫んだ。
「トランプタ〜イム!」
「え〜やるのぉ?」
「やるに決まってんじゃん」
頬に乳液を叩き込みながら梨華ちゃんが訊くと湯上りのせいか
意気込みのせいか顔を紅潮させてミキティが答えた。
こうして雪辱戦の火蓋は切って落とされたのだった。
結局ミキティの順位も落とされたままだったが……。
- 59 名前:メカ沢β 投稿日:2005/06/05(日) 20:54
- 「ごっちんは結局H大にしちゃうもんなぁ」
ミキティがアタシから一枚ひく。
「東大も早稲田も楽々受かるって先生も言ってたのに」
ごっちんがミキティから一枚。
「ん〜そんなこと言われてもなぁ、やっぱり北海道出たくないし」
梨華ちゃんがごっちんから一枚。
「頭が良いっていいよねぇ。私は頑張ってK大……」
アタシが梨華ちゃんから一枚。
「K大も頭良いよ。アタシの大学なんてねぇ」
一枚。
「よっちゃんは英語で入ったようなもんだもんね。英語だけで」
一枚。
「英語だけはあたしより成績良いもんね」
一枚。
「ミキティもごっちんもぉ、だけって強調しちゃダメだよぉ。だけってさぁ」
一枚。
- 60 名前:メカ沢β 投稿日:2005/06/05(日) 20:55
- 「あんね〜、梨華ちゃんが一番言ってるから」
一枚。
「ひっどいねぇ梨華ちゃん。まぁらしいっちゃーらしいけど」
一枚。
「よっしーがふてくされちゃうよ?」
一枚。
「そういうことじゃないから、ね。ゴメンよっしー」
一枚。
「いやそんな、大丈夫だから。……ミキティは大学行きながらバンド続けるんでしょう?」
一枚。
「……そのことなんだけどさぁ、ちょっと言っておきたいことがあるんだ」
一枚。
「何々? あっ、あがり!」
一枚。
「ごっちんまたぁ? で、ミキティ言っておきたいことってなんなの?」
一枚。
- 61 名前:メカ沢β 投稿日:2005/06/05(日) 20:55
- 俯いて手のうちのカードを眺めるミキティ。
その様子にアタシは二枚のジャックを捨てられないでいる。
「うんまぁ、そのことなんだけど……とりあえずババ抜きやめない?」
「負けそうだから?」
「そうじゃなくてさ……少し真面目な話になるから、さ」
幾分トーンの落ちた声。
ドナドナを歌うにはもってこいの覇気。
ふざけた追求ができない空気。
「ねぇ、やめてもいい?」
「……うん、やめよう」
そういって梨華ちゃんがトランプを捨てた。
梨華ちゃんの声にいささかミキティに問われたことに対する返答以上の、
梨華ちゃん自身が含ませた意思のような何かが混じっているように聞こえた。
「だね、そうしよっか」
アタシも捨てた。
アタシ等の行動にミキティも落としていた笑みを拾い、トランプを捨てた。
- 62 名前:メカ沢β 投稿日:2005/06/05(日) 20:55
- 「じゃあ時間もいい頃合いだし、暴露大会ってのはどう?」
乱雑な紙の山を整えながらごっちんが言った。
普段からいつも一緒にいてたくさんいろんなことを話し合ってきたアタシ達に
互いに隠し事がないかといえば、それはない。
少なくともアタシにはみんなに言ってないことがある。
たとえこの三人であっても言えないことが。
「いいねそれ」
「じゃあ広縁でやろうよ」
「ん〜だね、いすに二人と部屋と広縁の境の段差に二人座れば」
じゃあそれに決定、と嬉嬉とした表情のミキティ。
なぜだか対照的に梨華ちゃんは強張った表情をしている。
もしかしたらアタシもそういう顔をしているかもしれないけれど。
- 63 名前:メカ沢β 投稿日:2005/06/05(日) 20:56
- ごっちんとミキティはすぐさまイスに座り、アタシと梨華ちゃんが段差に座った。
照明も広縁の間接照明だけを点けてさながら夏の風物詩、怪談話の一つでも
聞こえてきそうだったが、ついさっき寒いからと窓を閉めたばかりだ。
風鈴の代わりにお茶を入れたグラスを甲高く鳴らし、暴露大会は始まった。
「誰からいく?」
「そりゃぁ言い出しっぺのミキティからでしょ」
「美貴からぁ?」
コホン、とわざとらしく咳を一つ。
一体何が飛び出すのか興味深々にミキティを見つめる。
「え〜わたくし藤本美貴は……大学に進学しないことにしました!」
「えっ!?」
アタシがつい漏らした言葉以外音は聞こえなかった。
と言ってもアタシもそこまで驚いているわけではない。
「……バンド?」
「ん、そう」
むしろ一番あっさりしていたのはミキティの方だった。
- 64 名前:メカ沢β 投稿日:2005/06/05(日) 20:56
- ミキティは中学の頃から音楽をやりたいと言ってギターを練習していて、
いいのかどうかはわからないが力強い歌声も持ち合わせていた。
高校に入ってからすぐに男二人と三人組でバンドを結成。
何度かライブハウスで演奏しているとアヤという女の子から加入を申し込まれ
現在はアヤとツインボーカルで活動している。
インディーズで出したCDもそこそこ売れているらしく、
今ではライブをやると満員以上のお客さんが入るほどの大盛況だ。
ライブは毎回必ず見に行くのだが、ステージの上のミキティは
文字通り発光しているのではないかというほど輝いている。
実は進学するかしないかは前からずっと悩んでいたことだった。
ミキティの両親は「大学だけはとりあえず行ってくれ」と言っていて、
渋々私立の大学に進学すると言っていた筈なのだが……。
「親はいいって?」
「うん。ものすごく頭下げたし」
「土下座?」
「もっと下げた」
「じゃあうつ伏せに寝てるだけじゃん」
「いやもっともっと」
モグラじゃないんだから、とツッコむと短い笑いが起こった。
- 65 名前:メカ沢β 投稿日:2005/06/05(日) 20:56
- 「これからはさ、バイトしながらギターの練習とかボイストレーニングとかしてさ。
ゆくゆくはメジャーデビューを目指して頑張ろうかなぁ、なんて」
「イイじゃんイイじゃん!」
「うん、かっこいいよミキティ」
マジで?、ともう既に天下を取ったような笑顔のミキティ。
夢を目指して殻を破り希望を掴むために苦労も掴んだ、そんな笑顔だ。
「じゃあ日本武道館でライブとかしちゃうんだ」
「できたらね」
「できたらね、なんて弱気なこと言ってちゃダメだよ」
そうだね、と言って椅子から立ち上がるミキティ。
風呂上がりの牛乳よろしく、腰に手をあて海を向く。
海に向かって指をさし叫ぶ、
「待ってろ日本武道館! 美貴の声を響かせてやっからなぁ!」
得意満面に海の彼方を見つめるミキティ。
ちょっと感動してしまったアタシの隣で梨華ちゃんが
できる限りの拍手を送っている。
そこでごっちんが冷静に一言。
「その指差してる方向にはサハリンがあるよ」
「……雰囲気台無しなんですけど」
「まあまあまあ、でもカッコよかったよ」
三人の拍手は人数以上、気持ち以上に響いたのだった。
- 66 名前:メカ沢β 投稿日:2005/06/05(日) 20:57
- 「じゃあ次ごっちん」
座ったミキティが正面にいるごっちんを指差した。
どうやら時計回りで順番が回ってくるらしい。
つまりアタシは三番目。
「え〜あたしなんにも考えてないんだけど……よっしー先言ってもいいよ」
「えっ!? いやちょっとそれはアタシも困るんだけどさぁ」
何を言うか、を考えていたのではない。
アレを言うか、を考えようとしていた。
だけど、答えなんてとっくに出している。
「ん〜じゃあちょっと待って。これ飲んでから」
ごっちんが一口お茶を飲む。
湿らせたその口から一体どんな話が出てくるのか。
「あっ、やっぱ出てこない」
「何それ」
「よっしー先にやってくんない?」
ついでにミキティからも頼まれたので仕方なくアタシの番。
三人がアタシを見る。
手の平が汗ばんでいるのがわかる。
少し長い瞬きをしてからアタシは、言った。
「実はアタシ――」
- 67 名前:メカ沢β 投稿日:2005/06/05(日) 21:01
- 今日はここまで。
>>48名無し飼育さん、ありがとうございます
僕も幸せになってくれることを祈っています。
>>49
石川→吉澤の呼び方が、でしょうか?
- 68 名前:nanashi 投稿日:2005/06/06(月) 19:41
- >67 作者さま
いつも楽しく読ませていただいてます。
横からの割り込みレスでもうしわけないですが、
この場合は、ただ「呼び方」ではなく、
リアルでの吉澤さんの渾名が
「よっすぃー」なのでその表記に合わせた方が
よいのでは?ということではないのでしょうか。
作者さまの作られた世界ですから、ご自由にされて
いいんでしょうけど、そちらの方が娘。小説としては
適当かと。
- 69 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/09(木) 18:15
- うわ、すごくおもしろい小説を発見してしまったw
言葉の調子とか、雰囲気がすごく伝わってきます。
妙にいろいろリアルで、続き気になります。
更新頑張ってください。
>>68
別にいいんじゃないすか?
ニュアンスの違いだし、自分は全然気にならなかったけど。
個人的な見方だけど、呼び慣れてる感じがしてむしろいいと思った。
スレ汚したくないから、これ以上は言わないので、後は作者さんが
決めてください。
- 70 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/03(日) 21:42
- 「実はアタシ、本当に映画監督になろうと思ってるんだ」
「えーがかんとくぅ?」
復唱するミキティの抑揚なさておき、三人とも驚嘆の眼差しを向けてくる。
以前から軽くほのめかしていた事とはいえこうも真剣な場で言うと
言葉の持つ重みも変わってくるのだろうか。
「映画監督の意味はわかるよね?」
「そりゃわかるけど、ホントになるんだぁって」
「いいねぇ夢がデッカイよ、うん」
ミキティもごっちんもどこか勘繰りたくなるようなリアクションだったけど
アタシの暴露自体がそう派手なものでもないからなのかと思うとこっちが恥ずかしくなる。
まぁ恥ずかしい夢ではないからいいのだけど。
「よっちゃんならなれるなれる」
「なんでそうミキティは軽く言うかなぁ」
「よっしーならなれるよ、絶対」
「……ありがとう梨華ちゃん」
梨華ちゃんの、絶対、に少し陶酔するアタシの脳。
でもこれは同性愛のことを言わなかったからこその微酔なのだろう。
そう思ったら即座に酔いが冷めた。
- 71 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/03(日) 21:43
- 「でも大学は行くんでしょ?」
「うん。大学出て、それから映画監督になるステップでも踏んでいこうと」
実際にどうやって映画監督になるのかはまだハッキリとわかっていない。
それはこれからの大学生活中にでも見つけていけばいいだろうし、もしかしたら
その生活中にもっとやりたいことが見つかるかもしれない。
「どんな映画取りたいの?」
「どんな映画って、まぁ泣いて笑ってみたいな感じ?」
「感じ? って美貴達に聞かないでよ」
「でもいいね映画監督……んなぁ!」
ごっちんが奇声、というより奇語を叫んだ。
お茶を飲んでいたミキティが噴き出しそうになるのをこらえ前のめりになる。
「なになにどうしたの?」
「暴露すること思いついた」
「思いつくのはいいけどリアクションおかしいから」
「で、なんなの?」
簡単に話を促がす。
ごっちん、またお茶を一口。
ふと左手に温かみを感じた。
- 72 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/03(日) 21:43
- 梨華ちゃんの華奢で繊細な右手をアタシの左手に重ねていた。
その温かみは梨華ちゃんのものなのか、それともアタシの内から生まれてきたものか。
叶わぬ幸福を満たすには遥かに足りないものだけど今のアタシにはこれが限界だった。
手の平が下を向いた状態でアタシの手が下だったから握り返すことはできなかったが、
梨華ちゃんの指を挟むようにして手を握ると筋肉が反射のように動いたのがわかった。
自然を装って梨華ちゃんの顔を見る。
俯き加減のまま上目遣いでアタシを見てくる。
照れているようにも見えたがそれはアタシも一緒だろう。
処世術である軽い微笑みをすると梨華ちゃんも笑顔を滲み出してきた。
神様は残酷だ、とは思わない。
こんなにも愛しい人に対して正面から好きだと言えないことは神様のせいじゃない、
人間の勝手な偏見と差別であり過誤なことなのだと思ってる。
だからといってそれは打ち破るような精神を持ち合わせていない。
それはアタシも人間だからだ。
壁の向こうにもこちら側にもいるのは人間だけ。
壁を壊そうと思ったらアタシの手が血まみれになってしまう。
そんな惨めな姿は晒したくない。血まみれの手を誰が繋いでくれるというのだろうか。
ごっちんに視線を戻し、言葉を待った。
- 73 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/03(日) 21:43
- 「実はねぇ、みんなには言ってなかったけどとある雑誌に小説を投稿してみたんだよね」
「小説ってごっちんの書いた?」
「当たり前じゃん。でぇ、それが入賞しちゃったんだ」
「ええ! 凄いじゃん!」
っていっても一番下の賞だよ、と謙遜するごっちんの手振りが速くなる。
照れを隠そうとする時のごっちんそのものだ。
「前から小説家になりたいなぁとはボ〜っと思ってたんだけどさ。やっぱこうなんていうか、
現実味のない職業じゃん。小説家って。身近に滅多にいるわけじゃないし。
それで食べていけるかどうかなんてほとんどギャンブルみたいなもんだからさぁ。
どうしよっかなぁって」
アタシは昔、ごっちんから聞いたことがある。
散々答えの方向を示唆しておいて最後に答えに迷っているというニュアンスの言葉を
付け加えていたら、それはもうすでにその人の中で答えは決まっていて
示唆しておいた答えを周囲の人が後押ししてほしいという心の表れなのだ、と。
目の前の彼女はアタシ達に背中をポンと叩いて欲しいのだ。
- 74 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/03(日) 21:44
- 「ごっちんなら小説家になれるよ」
「そうかな?」
「大丈夫大丈夫、食べていけなかったらバイトでも何でもすりゃいいんだから」
「そういうことじゃないと思うよミキティ」
「読んでみたいな、ごっちんの書いた小説」
「え〜ダメ」
「恥ずかしいわけ?」
そりゃ恥ずかしいよ、とお茶を飲み干したグラスを持つごっちん。
動揺しすぎだから、と言いながらすぐにお茶を注ぐミキティ。
いいなぁ見たいなぁ、と大人なダダをこねる梨華ちゃん。
「本格的に書いてみようかな? 小説ってやつを」
ごっちんはそう言ってお茶を飲んだ。
グラスを口から離すと季節ハズレに涼しげな氷の音がした。
「書いちゃいなよ小説ってやつを」
「うんうん、それがいいよ」
「今のうちにサインもらっとくからさ。直木賞でも芥川賞でもとっちゃえばいいんだよ」
アタシ達は言葉で背中を押した。
そうやって人は動けるのだから人は不思議なものだと思う。
- 75 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/03(日) 21:44
- 両手で太ももを押さえつけるようにパシッと叩き、ごっちんは言った。
「よし! 決めた! あたしは小説家になる!」
「お! よく言った!」
拍手しようとついていた手を持ち上げようとした時にはもう遅かった。
アタシの手の動きを察知しあまりに敏感な反応を見せた梨華ちゃん。
それはまるで触れていた物が死体だと聞かされ怯んだ時のような機敏さというか、
恐怖を感知して身体がすくんだような感じだった。
梨華ちゃんに何か言いたかったけれど今はごっちんへの拍手を先行した。
「じゃあ早速サインでももらっておこうかな」
「あれ? 一応美貴も有名になるつもりなんだけど美貴のはいらないわけ?」
「あっ、いやっ、そういう訳じゃなくて」
「じゃあどういうわけか説明してよ」
タジタジのアタシにごっちんも梨華ちゃんも笑ってる。
梨華ちゃんの表情が晴れたのはよかったけど今度はミキティが頬を腫らしている。
サインをもらうという事で決着はついた。腫れも治ったようだ。
- 76 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/03(日) 21:44
- 同じ所にまた手をおいた。
今度は確信的に手の平を上に向け梨華ちゃんを待った。
雰囲気のせいかなんのせいか欲望に従順になっている気がする。
欲望を成長させるのは悪魔である、とどこかで聞いたことがある。
なんという名の悪魔なのだろうか?
目論見は成功した。
梨華ちゃんはサラサラと舞い降りる雪よりも柔らかくアタシの手の上に手を重ねた。
ただ単純に嬉しくて、でも複雑に悲しくて、心の中で笑った。
笑ったのはアタシなのだろうか? それもと名も知らぬ悪魔なのだろうか?
指の隙間が埋められるのよう梨華ちゃんの指が置かれている。
人肌の温かさが直接アタシの芯に染みてきた。
さらに考えてもいないことが起きた。
梨華ちゃんから手を握ってきたのだ。
繊細な指先が優しく圧力を加えてくる。
アタシは顔を向けることなくそのまま握り返した。
顔を向ければ、きっと、あの天使の微笑みを向けてくれる。
でもそれを向けられたらアタシは戻ってこられなくなる。
アタシ一人だけがどうにかなりさえすればいい世界に。
現実に。
- 77 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/03(日) 21:45
- 「美貴によっちゃんにごっちん、三人とも将来の夢になっちゃったけど
最後梨華ちゃん、期待してるよ」
ミキティがペットボトルのキャップを閉めながら言った。
梨華ちゃんの握力が一瞬強くなった。
緊張が電気信号として筋肉を動かしたのかもしれない。
「梨華ちゃんの将来の夢はみんな知ってるからねぇ。……なんだったっけ?」
「ごっちんボケ過ぎ。フラワーアレンジメントだよね、たしか」
「う……うん、そう」
瞬間顔を上げるだけでさっきから俯いている梨華ちゃん。
返答の動揺も将来の夢を当てられたからじゃない感じがした。
アタシが自分の番の時に感じた動揺のような。
いや、そんなわけはない。
「まさかファッションデザイナーに変えたとか?」
「梨華ちゃんのデザインした服着たくねー」
ごっちんとミキティが眼前で盛り上がっている。
アタシにはわかる。二人は無理に盛り上がっているのだ。
梨華ちゃんが暗いオーラを発している時は三人で出来るだけ
もりたてよう、というのがいつのまにか三人の暗黙の了解になっているから。
アタシもおどけた感じで梨華ちゃんに向って、言った。
「好きな人でも出来たんじゃないの?」
- 78 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/03(日) 21:45
- それは誰が見ても明らかに反応していた。
素早くアタシの顔を見るやいなや長年飼っていたペットが死んでしまったかのような
ものすごく悲しい眼差しをした。
握力がまた、強くなっていた。
「お! その様子だとまさか本当に?」
「梨華ちゃんもやっとそんな歳になったか」
ミキティがリアクションを掘り下げ、ごっちんがにわか梨華パパを演じてみる。
すると梨華ちゃんはミキティ、ごっちんの順に見た後アタシに視線を向けた。
アタシが梨華ちゃんと過ごしてきた中で一番、強いと感じた視線だった。
きっとミキティとごっちんも同じように見られたのだろう。
そして、梨華ちゃんが口を開いた。
「……あのね」
「うん」
アタシが返事をするとまた一瞬俯き、顔を上げた。
「みんなに言っておきたいことがあるの」
「なに? 好きな人のこと?」
梨華ちゃんはどこか名残惜しそうに無言で首を横に振った。
- 79 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/03(日) 21:46
- 「……もっと大事なことなの」
アタシやごっちん、ミキティが暴露する時とは全く違う、
目が逸らせないほどシリアスな空気になった。
「その前に一つ、お願い」
誰かのグラスの氷が音を立てた。
「……話した後……私のことき……嫌いにならないで」
予想の範疇にない言葉だった。
梨華ちゃんの眼差しは真剣で、言った後すぐに伏せてしまったけど
その力はアタシの脳をとうに射貫いていた。
「あ、当たり前じゃん」
「そうだよ。嫌いになるわけないじゃん」
ミキティ、ごっちん、の後に言葉が出なかった。
梨華ちゃんのお願いをきけないわけじゃない。
ただ、口が動かなかった。
だからアタシは手を強く握った。
「ありがとう……みんな」
梨華ちゃんは既に目頭を熱くしているようだった。
涙がそうさせているというよりはもっとその奥にある、何かがそうさせているように見えた。
- 80 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/03(日) 21:46
-
「……実はね……わたし」
神様は、やっぱり残酷だ。
「同性愛者なの」
- 81 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/03(日) 21:51
- 今日はここまで。
>>68nanashiさん、ありがとうございます。
作者からしてみるとむしろ「よっすぃ」の方がリアリティがないらしいです。
読む世界のリアリティとしては「よっしー」の方がいいらしいです。
>>69名無飼育さん、ありがとうございます。
雰囲気が伝えられる作品が書けたんだと思えただけでも嬉しいです。
- 82 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/04(月) 00:42
- もの凄い感情移入してしまっています。動悸息切れ。
これも作者さんの描く4人が妙にリアルで魅力的だからでしょうね。
更新お疲れ様です。次回まで待てませんw
- 83 名前:プリン 投稿日:2005/07/04(月) 18:31
- 更新お疲れ様です。
ぬおおお!なんか自分がその場で一緒に話してるみたいになっちゃいますねw
いいとこで切りますねえ…w
次回の更新待ってます!
- 84 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:41
- 華々しい火の花が咲いたのはほんの何時間か前。
墨を塗ったような闇を降らせる夜空は沈黙のまま世界を見ている。
今のアタシ達の姿も見ていることだろう。
一言言い切って深く俯いてしまった梨華ちゃん。
アタシもごっちんもミキティも互いに顔を見合わせずただ梨華ちゃんを見ていた。
- 85 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:41
- 同性愛者である、という悩みは本人達にしかわからない。
人を好きになることは誰にだってあるし人間として当然の出来事だ。
それは誰もが言わずとも認める感情であり、何人にも迫害されるはずのない感情なはずだった。
たとえ同性であったとしても、だ。
それが同性に向けられたというだけで差別される。
自分達にない感情を気持ち悪いと述べ、誰しもが持ちえる感情を簡単に貶す。
理解できないものは攻撃し、排他し、嘲笑し、殺してくる。
大多数側の人間の大多数はそうやって生きている。
感情を殺される側の人間が、殺してくれ、というに等しいカミングアウトという行為は
文字通り現実に自ら殺されに行くようなものだ。いうなれば現実への自殺。
アタシは死にたくない。殺されたくない。みんなと一緒にいたい。
今アタシは目の前で、現実への自殺、を目撃したのだ。
しかも非常に親しい人間の自殺。
- 86 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:42
- 自分の中の世界、心の内側でその感情を殺せば誰にも殺されることはないし
大多数側の大多数の人達と一緒に手を繋いで笑っていられる。
その人達とスキップしながら歩いている時、心がボロボロに切り裂かれ今にも血が噴き出しそうになったとしても
それを誰にも悟られず死ぬまでその苦痛に耐えていればいいのだ。
ただ同性が好きだというだけで感情を誰かに殺される。
自分か、他人か。
傷つくことは避けられない。
世界はそれをアタシの人生に勝手に刻み込んでいく。
運命という言い訳を成立させるために。
それを慈悲と取るか、屈辱と取るかはアタシ次第だ。
心に冷たい隙間風が吹いた気がする。
あれほど強固に閉めた禁忌のドアが開こうとしているのだろうか。
それを誰か望んでいるのだろうか?
- 87 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:42
- 冷たさを感じたのは心だけではなかった。
左の手の平がいやに涼しい。
梨華ちゃんの告白を聞いて呆然としたアタシは手を握ることに
意識を向けるのを忘れ握力を抜いてしまった。
それをどう受け取ったのかはわからないけど梨華ちゃんはその反応を感じて手を離したのだった。
いや、どう受け取ったのかは大体想像できる。
アタシを大多数側の大多数だと思ったのだろう。
壁を壊そうとした梨華ちゃんの手は血に染まっている。
理解してほしくて、みんなと一緒にいたくて、真の感情を偽りたくなくて。
薄いようで厚く柔らかいようで硬く簡単なようで難しいその壁。
梨華ちゃんは一人で、素手で、壊そうとしている。
アタシはそんな彼女の手を、離してしまったのだ。
たかだか数秒が居座り永遠を気取る。
静寂は時に便乗して空間を埋め尽くしていた。
誰かが何かしなければどうにもならない状況だった。
誰か、が。
- 88 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:42
- 「……なっ」
深閑は脱兎のごとく逃げ出した。
逃がしたウサギの責任を問うように三人の視線がアタシに集まる。
「な〜んだ、梨華ちゃんびっくりしたよ」
大抵の事柄は答えが一つなんてことはない。
答えが一つじゃないのならどれが正解不正解なんてものもない。
だからなのだろうか。こんなことを言ったのは。
「大したことじゃないじゃんか」
誰がこんなことを言っているのだろう。
きっとアタシじゃない。
大したことじゃない、ことじゃないことはよくわかっているのだから。
「好きな人が同性ってだけでしょ?」
その、だけ、にどれほど偏見があるのか知っている。
だけ、という言葉がアタシと大多数の間に線を引き途方もない壁を作ったのだ。
それにしてもこんなことを言っているのは誰なのだろう?
声は聞こえているのに顔が見えない。
- 89 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:42
- 梨華ちゃんの視線から言い知れぬ感情が溢れている。
憤怒。悲観。歓喜。嗟嘆。嘲弄。憂鬱。哀愁。不安。希望。猜疑。恐怖。憎悪。仰天。心配。絶望。
どれでもない気がするし、どれでもある気がした。
ミキティは視線を落としていた。
視線の先にアタシと梨華ちゃんの膝があるのだがおそらく視界には入っていないだろう。
ごっちんは梨華ちゃんを見ていた。
梨華ちゃんほどではないが感情が読み取れる表情をしていない。
言葉を捜しあぐねているのだろう。
「人を好きになるのに性別なんて関係ないよ」
梨華ちゃんの肩を抱くように手を伸ばした。
何の抵抗もなくアタシの腕を受け入れた梨華ちゃん。
それにしてもさっきから誰がこんなことを言っているのだろう。
「この人が好きって思ったら、もうそれでいいじゃん」
発言者の顔が見えた。
顔が見えたといっても大多数側の人間がときたま身に付ける偽善という名の仮面だった。
もっともらしい言葉ともっともらしい笑顔が大の得意。
仮面の下では声を殺して嘲笑しているに違いない。
顔は覗けないが声はどこかで聞いたことがあった。
- 90 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:43
- 「悩むことなんてないよ」
梨華ちゃんをゆっくりと抱き寄せる。
ミキティがようやく顔を上げた。
ミキティの声でも、ごっちんの声でもない。もちろん梨華ちゃんでも。
じゃあ一体誰の声?
「ずっと悩んでたんだよね? 心配しないで大丈夫だから」
梨華ちゃんの顔がアタシの肩の辺りに来たから顔が見えない。
まだあの眼差しでいるのだろうか?
「アタシ達がついてるよ」
声の主はアタシと同じで自分の事をアタシと呼ぶらしい。
しかも声の主には仲間がいるようだ。
同じ仮面をつけていずれ現れることだろう。
「だから大丈夫」
梨華ちゃんが高校に入ってから使っているトリートメントの香りがした。
肩に置いていた手を梨華ちゃんの後頭部に触れさせる。
- 91 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:43
- アタシが同じように告白したとしても誰かが仮面をつけてこういう風に言ってくれるのだろうか。
だったら絶対に告白しないでいよう。
仮面をつけた人間が群がってくるに違いない。
笑いにくるに違いない。
見上げれば仮面に囲まれる。
視線は見下したまま、優しい言葉を振りかけて柔和な笑みを投げかけてくる。
差し延べられる手。
掴もうとすればすぐに引っ込めて今度は指をさして笑うのだ。
触るな。
気持ち悪い。
変態。
死ね。
自分が惚れられたらどうしよう、などと仲間に言って笑う。
仲間はアタシに言った言葉を明らかに冗談めかしてそいつに言い、簡素な鬼ごっこを装ってアタシの元を離れていく。
少し経てばまた同じ仮面をつけた別の人々が同じことをしていくのだろう。
そうやってアタシが無残に惨めに死んでいくのを楽しんでいるに違いない。
さっきから気持ち悪いほど優しい言葉を発する声の主。
こいつもきっと同じなのだ。
仮面が少しでもずれたら無理やり剥いで引きつった顔でも拝んでやろう。
梨華ちゃんをいたぶって殺そうとするそいつの顔を思い切り殴ってやる。
- 92 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:43
- 和室と広縁の段差に座っていた梨華ちゃんが崩れ落ちた。
広縁に立ち膝をして梨華ちゃんを抱きしめるとアタシの胸に顔を押し付けてくる。
押し付けられた顔が熱い。
梨華ちゃんが泣いているのがわかった。
右手をサラサラした梨華ちゃんの髪に当ててゆっくりと撫でる。
すると隣にいたごっちんが立ち上がり、梨華ちゃんの横にしゃがむと肩に手をあてて言った。
「そうだよ、よっしーの言う通り。あたし達がいるじゃんか」
誰の言う通り?
アタシ?
そんな、まさか。
ミキティは座ったまま梨華ちゃんの背中を撫でた。
蛍光灯は継ぎ目なく光を放ちアタシ達に影をつけてくる。
「悩んでるんだったさ、もっと早く言ってよね。美貴達親友なんだよ」
お前に何がわかる、と声の主が後ろを向いて言った。
この声だけは何故かアタシの内側からアタシだけに聞こえた気がした。
梨華ちゃんがアタシの胸の中で声をあげて泣いている。
声の主が歩いていくのでアタシは後を追っかけた。
- 93 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:43
- 簡単に追いついたので声の主の肩を掴んでやった。
力を要れずとも振り返った声の主の仮面が少し上にずれている。
「……あり……がとう」
梨華ちゃんが消え去りそうな声で言った。
閑散とした広縁には十分響いた。
アタシはここぞとばかり思い切り仮面を引き剥がした。
スローモーションで現れる仮面の下の顔。
雪さえ憧れる白い肌。
端整にして血色の良い唇。
特徴はないが決して低くはない鼻。
全てを見透かされてしまいそうな大きな瞳。
雑に塗されたほくろ。
無表情でアタシを見る声の主。
それにも腹を立てたアタシは引き剥がした勢いそのままに右手を思い切り振り上げた。
殴られる瞬間までそいつは表情一つ変えなかった。
アタシは倒れていた。
左の頬が痛い。
声の主はいなくなっていた。
カウンターを食らったのかと場面を思い出してみる。
そこには対峙する二人のアタシがいた。
- 94 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:43
- 梨華ちゃんの顔があるアタシの胸に風が吹いた。
窓は閉めているはず。
そういうことじゃない。
隙間、というよりも、穴、が開いたからだ。
散々偽善を振りまいてきたと思っていた声の主は、アタシだった。
梨華ちゃんをそれらしい言葉でだまして嘲ていたのは、アタシだった。
大多数側の大多数を気取りたがっていたのは、アタシだった。
あれほどまでに嫌っていた仮面をいち早く身に付けたのは、アタシだった。
誰よりも卑しい存在は、アタシだった。
泣き続ける梨華ちゃんを抱き続けるアタシ。
空虚は胸の中で泣かれようと涙はたまらない。
それほどまでにアタシの心の穴は大きく深かった。
ミキティは背中を撫ぜ、ごっちんは肩を叩いている。
アタシは梨華ちゃんの髪を呆然と眺め、形だけ様になるように抱きしめることしかできなかった。
- 95 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:44
- しばらくすると梨華ちゃんが離れようとしたので腕を解いた。
真っ赤に目を腫らした梨華ちゃんはまだ泣き顔だった。
「……ホントに……ありがとう」
「な〜に言ってんだか。ほれティッシュ」
ミキティがテーブルの上のティッシュを素早く二、三枚取ると梨華ちゃんに差し出した。
小さく頷いてティッシュをもらい涙の跡を、涙を拭く。
幽寂とした雰囲気の中続いて鼻をかんだ。
「やっぱりこういう雰囲気でも鼻水って出ちゃうもんなんだよねぇ」
ボソッとごっちんが言うとミキティが噴出してしまった。
「今そういうこと言うかな〜」
「だってそう思ったんだもん」
二人のやり取りに次第に目が笑っていく梨華ちゃん。
空気は徐々に日常に戻りつつあった。
- 96 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:44
- アタシも言った。
「アタシの服にもホラ、鼻水付いちゃったりしてるし」
「あっ、ごめん……」
「いいっていいって。ただ梨華ちゃんが離れてった時に鼻水の架け橋ができなくてよかったじゃん」
もぉ、とごく僅かに怒りを見せながらも照れ笑いを浮かべる梨華ちゃん。
鼻水の架け橋を想像して笑うごっちんとミキティ。
アンタも笑っているんでしょ?
なんとか道化を演じて、仮面を付けていたアンタの存在を隠そうとしているアタシを嘲笑っているんでしょ?
アンタのことを散々否定しておいていざとなればすぐにアンタに頼ってしまったアタシを笑っているんでしょ?
アタシがアンタの人殺しの片棒を担いだことが面白くしょうがないんでしょ?
そうなんでしょ? 仮面を被ったアタシさん。
「そんな所にいないで座って座って」
世話を焼いてくれるミキティに促されるまま元々座っていた段差に腰を下ろす。
ごっちんはまだ笑っていた。
- 97 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:44
- この雰囲気なら言ってもいいんじゃないか?
アンタは言った。
確かに今ならもしかしたら……
アタシは思った。
他の二人も応援してくれてるじゃないか
アンタは言った。
確かにあの二人は偏見なんてなさそう……
アタシは思った。
言えよ
でも……
言って楽になれよ
だって……
大丈夫、ミンナ味方だよ
……ホント?
アタシは顔を上げた。
仮面を付け直したアンタがそこにいた。
梨華ちゃんに向けた笑顔をそのまま携えて。
- 98 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:44
- 「アタシ、もう一つ言おうと思ってたことがあるんだけど」
特にルールもないのに挙手をして言った。
水滴のスパンコールを纏ったグラスを持ち上げながら見てくるミキティ。
笑いすぎで出てきた涙を拭きながら片目で見てくるごっちん。
鼻の頭を赤くして、まだ目を真っ赤にして見てくる梨華ちゃん。
「何?」
「まー大したことじゃないかもしれないんだけど」
仮面の笑顔とわかっていて励まされるようなバカじゃない。
誰が被っているかはこの際別として。
「さっき言ったことにもちょっとかかってくるんだけどさ」
「映画監督のこと?」
「そう」
ミキティとの会話が遠くの海に吸い込まれていく気がした。
「どんな映画作りたいか決まった」
梨華ちゃんの肩をもう一度、今度は軽く叩くようにして抱き寄せた。
この華奢な肩に背負っているものとアタシが背負っているものは同じはずだ。
「同性愛者へのさ……偏見をなくすような映画が撮りたいなぁ、なんて」
- 99 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:45
- 梨華ちゃんの驚きの振動は肩から伝わってきた。
ごっちんは朴訥とした表情でアタシを見ている。
「いいじゃんそれ!」
「へへへ、やっぱり?」
ミキティからの賞賛を自信なさ気に受け取ってみたりする。
梨華ちゃんの肩をわしゃわしゃと揺らしながら言った。
「どう?」
「……うん」
イマイチ要領を得ない感じだった。
それも当然といえば当然のことだ。
アタシが同じことを言われて手放しで喜ぶかといえば絶対にそんなことはないだろうし。
「梨華ちゃんのさっきの告白も……やっぱり相当悩んだんだと思うんだ。
でもさ……それって周りからの偏見さえなかったらスパッと言えることなんだと思う。
簡単に言えることを簡単に言えなくさせてるのはそういう偏見のせいなんであって……梨華ちゃんのせいじゃないよ」
これはアタシの声だ。
アタシが自ら発してるんだ。
アンタが言わせてる言葉じゃない。
- 100 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:45
- 「梨華ちゃんが悩まないような世界にしたいなぁって」
梨華ちゃんの肩が小刻みの震えだした。
そんな肩をグッと掴んでアタシからにじり寄る。
「どんな形であれ、愛することは素晴らしいんだってことを、ね」
ミキティがウンウン頷いている。
そんな彼女にアンタはひどいことを言ったんだ。
彼女には聞こえていないかもしれないけどアタシは許さない。
それにしても喋りにくい。
「愛に境界線なんてないはずだから」
声が顔のすぐ前で響いている。
さっきから息苦しい。
顔の前にあるものは一体なんなのだろう。
「だからアタシは映画を作ろうと思う」
「素晴らしい!」
ミキティがそう叫んで何人分もの拍手を送ってくれた。
ごっちんもそれを見て拍手に参加している。
梨華ちゃんは俯いたままだ。
アタシは顔の前の見えない異物に手をかけた。
- 101 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:45
- これ、アンタの仮面じゃないの?
引き剥がしたそれはまさしくアンタの被っていた仮面だった。
いつの間にアタシが被っていたんだろう。
さっきの言葉はアタシのもんだ。
アタシが素顔を晒して心からぶつかって出てきた言葉だ。
仮面で正体を隠しながらコソコソ言った言葉じゃない。
誰よりも切実に心から欲してきた言葉なんだ。
そんなアタシを仮面越しに見る仮面のアタシ。
仮面はアタシが手に持っているはずなのにどうしてアンタが仮面を被れるの?
アタシが仮面を投げつけると仮面の奥でアンタが笑った気がした。
仮面の笑顔よりも口角を吊り上げて、瞳には不気味な光と宿して。
刹那、アンタは足元から消え去って言った。
二度と来るな。
- 102 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:45
- 「……ありがとう」
両手で顔を覆う梨華ちゃん。
指の隙間から聞こえた声は肩動揺震えていた。
またティッシュを数枚取って梨華ちゃんに差し出すミキティ。
小さく頷いてティッシュをもらい目の下にあてる梨華ちゃん。
手首だけ使って肩をポンポンと叩いた。
不意にごっちんが言った。
「よっしーが映画監督だよね?」
「そう、だよ」
「じゃああたしは脚本でも書こうかなぁ」
その言葉を聞いてミキティの表情が一気に晴れた。
「じゃあ美貴がテーマソング作る!」
「お〜いいね!」
ミキティのテンションにつられて少し大きく声を出した。
ごっちんがようやく微笑みだした。
叩いていた手を止めてまた肩を掴んだ。
「じゃあ梨華ちゃんは……そのテーマソング歌ってよ」
「それじゃあ美貴の曲が台無しじゃん」
- 103 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:45
- 空気が一瞬止まった。
ただ、梨華ちゃんの告白の時のような止まり方じゃない。
いうなれば、間。
ちょっともぉ、とふくれっ面で言いながらミキティを叩く梨華ちゃん。
だって音痴じゃん、と叩かれながらも笑顔で追い討ちをかけるミキティ。
手を叩きながら二人を見て笑うごっちん。
まぁまぁ、と制止させる素振りだけ見せながら梨華ちゃんのしたいままにさせるアタシ。
いつもの空気。
梨華ちゃんの告白でもアタシ達は手を繋いだままでいられた。
やっぱりこの四人は最高だ。
でも、告白前と何かが変わったのは間違いなかった。
もしかするとこれが限界なのかもしれない。
今度はアタシが自殺しようとしたら離れていってしまうかもしれない。
いずれにしてもアタシが同性愛を告白することはないだろうけど。
- 104 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:46
- 梨華ちゃんの怒りも治まった頃ごっちんの笑いも治まっていた。
ミキティが新しくペットボトルの蓋を開けると皆のグラスに注いでいく。
「あっ! 混ざったぁ!」
「緑茶もウーロン茶も同じお茶だよお茶。問題なし」
ごっちんの文句も簡単に一蹴するミキティ。
薄いエメラルドグリーンの液体が四つのグラスを占領した。
ミキティが先陣を切ってグラスを持つと皆自然とグラスに手を伸ばした。
「すっごい乾杯する雰囲気なんですけど」
「さすがごっちん鋭いねぇ」
「やっぱするんだ」
いち早く言外を読み取ったごっちんが口に近づけていたグラスを放す。
ミキティが何故かウキウキしながら言った。
- 105 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:46
- 「本日、よっちゃんの映画制作決定記念ということで」
「そんな、まだ決まったわけじゃ……」
アタシが言いよどむとミキティが睨んできた。
いやきっと普通にアタシを見てきただけだろうけど。
「……約束」
隣からボソッと声が聞こえた。
「約束だよ」
今度はしっかりと芯のある感じで聞こえた。
梨華ちゃんがアタシを見つめて、言った。
「さっき言った映画を作る。約束だよ、よっしー」
「オッケー。約束しました」
「ちょっと〜美貴たちも」
「そうだね、これは四人の約束ってことで」
アタシが言った流れから音頭はアタシがとるらしい。
ごっちん、ミキティ、梨華ちゃんの順に目を合わし、言った。
「「「「カンパーイ!!!!」」」」
四人の約束の鐘が鳴り響いた。
- 106 名前:メカ沢β 投稿日:2005/07/28(木) 18:49
- 今日はここまで。
>>82名無飼育さん、ありがとうございます。
待たせてしまってスイマセン。
動機息切れが激しくなった救心を、お代は……自己負担で。
>>83プリンさん、ありがとうございます。
そこまでリアルでしたか……いやはやスイマセン。
- 107 名前:プリン 投稿日:2005/07/28(木) 21:53
- 更新お疲れ様です。
この4人最高ですね・゚・(ノД`)・゚・。
次回の更新もマターリ待ってます。頑張ってください。
- 108 名前:48です 投稿日:2005/08/01(月) 04:34
- 更新お疲れ様です。
前以上に引き込まれてます。
これからどうなるのかわかんないけど
吉澤さんの勇気っつーか男気に期待してます。
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/01(月) 19:52
- 更新乙です!!
あぁもうなんつーか、なんつーかぁぁああああなんとも言葉にしづらいんですが、
すごい吉澤さんの気持ち伝わってきます。
実際こうですよね、今の世の中って。いろいろ考えさせられてしまいました。
更新頑張ってください、応援してます。
- 110 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:18
- それから時は流れていった。
今までとかわりのない、日常。
アタシと梨華ちゃんとごっちんは大学に進学し、ミキティはバイトをしながら
バンド活動とボイスレッスンを受けている。
新年度の始まりは四人で会う機会も多かったがそれぞれの生活が
板についてくると自然にその機会も少なくなっていった。
それでもメールは頻繁にしているし、二人や三人でならしょっちゅう会っている。
当然といえば当然なのかもしれないが梨華ちゃんのことを掘り返すことはなかった。
触れられない話題として避けているのかもしれないし、もはや日常として取り込んでしまったのかもしれない。
少なくともアタシは前者なのだけれども……二人はどうなのだろう。
二人の仮面はあまりに精巧だ。
本当に今まで変わらない表情をしている。
わざとらしいほどの笑みや優しさを感じさせず、仮面と顔の境目さえ見えない。
もしかしたら二人は仮面なんてつけていないのかもしれないと思う時がある。
でもその考えはすぐさま否定される。
そんなはずはない。
一番理解してあげられるはずのアタシでさえ仮面に頼ってしまったことがあるのだから。
悶々としたものがアタシの中で澱んでいる。
カレンダーの絵柄が紫陽花に変わって少し経ったある日のことだった。
- 111 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:18
- 季節柄雨の多い日が続いたが稀に晴れることがある、そんな日の昼。
アタシは久々に会った太陽を無視して久々に会ったごっちんの家にいた。
「ちょっと早いけど、麦茶ね」
ベッドの上で雑誌を広げていたアタシに氷の入った麦茶のグラスを差し出すごっちん。
張り切る日差しは麦茶をきちんと涼しそうに見せてくれる。
「ウチじゃあ年中麦茶作ってるけどね」
「監督の家は季節感ないんだねぇ」
あの日からアタシのことを監督と呼ぶのが少しの間流行った。
もう廃れたもんだと思っていたけど二週間ぶりに会ったからホンの少し昔のことをぶり返したのだろう。
「もう監督はいいから」
「そぉ? そりゃ残念」
ごっちんは残念そうな所為を全く見せずに麦茶を飲んだ。
家で作るより少し薄い麦茶をアタシも飲んだ。
- 112 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:18
- 「大学どう?」
「ん〜やっぱりそんなに面白くないっていうか、なんていうか」
ごっちんは昔から頭が良い。
勉強しているところはほとんど見たことはないし、そんな素振りも見せない。
授業中も寝てばっかりなのにテストでは九割以上は確実に取っていた。
北海道を出たくないという理由で確実に合格できると言われていた東京の一流大学を蹴り、
一応北海道で一番と謳われている大学へ行っている。
「つまらないんだ?」
「本音を言うと、つまらないね」
大学は色んな種類の勉強ができるから楽しみ、と高校時代のごっちんは言っていた。
メールでも最近よく愚痴っていたが大学が教えることは一般書籍で事足りるらしく、
中学高校の時点で大学で学ぶ内容をほとんど理解してしまっていたらしい。
まだ働きたくないから大学に行っているのだという。
「だから東大とか行けばよかったのに」
「だって向こうの方暑いじゃん」
「暑いじゃんってそんな理由でさぁ」
「結構重要だよ、そういうことって」
高校受験の時ももっと上の高校に行けたのにも関らずアタシ達と同じ高校を受けた。
理由は、名前が気に入ったから、だそうだ。
- 113 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:19
- 「友達はできたんでしょ?」
「そりゃぁね、人並みに」
「じゃあいいじゃん」
一度もテーブルに置くことなく飲み干したグラスを持ったまま麦茶を注ぐ。
鮮やかな小麦色がグラスを彩り清涼感を見せつけてくる。
「でもみんな合コン合コンってうるさいんだもん」
「ごっちんも行ったって言ってたじゃん」
「一回だけだよ。もう行かないつもりだけど」
そう言って麦茶を飲み干し、その勢いで氷を口に含むとガリガリと砕き始めた。
「つまんなかった?」
「んん」
「ごっちん苦手でしょ? ああいう雰囲気」
首を縦に振り、粉々になったであろう氷を飲み込んで言った。
「なんていうかね、騒ぎ方とか面白さが安っぽいっていうか」
「あ〜まぁね」
「それから誘われても断るようにしたら誘われなくなってさ。他のことでも誘われなくなっちゃったから
もっぱら大学の友達は大学内だけの友達って感じかな?」
「ふ〜ん」
- 114 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:19
- 麦茶をテーブルの上に置き、雑誌を本棚に戻そうと立ち上がる。
不意に視界に入ったのはごっちんの勉強机。
原稿用紙の束が積まれていて数枚は乱雑に散らばっている。
机に目を向けながら言った。
「小説は順調?」
「ん〜まぁね」
アタシが机に近づこうとすると慌ててごっちんが立ち上がる。
なにやら書かれている原稿用紙を覗こうとしたら裏返された。
「いつになったら見せてくれるわけ?」
「いつまでも」
「なんでさぁ」
「だって恥ずかしいじゃん」
急いで他の数枚も裏返しアタシを机から離そうとする。
押されるがままにベッドに座る。
ごっちんはアタシと机の間に座るとアタシの持っていた雑誌を掴み、これはその辺でいいから、と
雑誌をテーブルの下に放り投げた。
「恥ずかしい恥ずかしい言ってるけどプロになったら何十万人って人に見られるんだよ」
「プロになったらそれはそれでいいの。ってか親しい友人に小説読まれると、
こいつこんなこと考えてるんだぁ、って思われてなんかヤじゃんか」
- 115 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:19
- 「今どんなの書いてるの?」
「今は推理モノ」
「おぉ〜」
「お〜じゃないっつーの、お〜じゃ」
アタシの太ももをペシペシ叩くごっちん。
確か前の作品はSFモノって言ってたし、最初の作品は恋愛モノらしい。
この幅の広さがごっちんらしいというべきか。
「よっしーこそどうなのさ?」
「まぁアタシもぼちぼち楽しんでますがな」
「ぼちぼちってどんくらい?」
「ぼちぼちはぼちぼちだよ」
「も〜」
牛の物真似にしては似ていないかわいらしい声を出しながらベッドに上半身を寝かせるごっちん。
アタシの服を引っ張りながら言った。
「またよっしーの悪い癖」
「何がさ」
引っ張られるままアタシもベッドに上半身を倒した。
アタシを見るごっちんの顔に陽光が乗っかっていて淡く光っているように見えた。
ごっちんがいる方とは反対側の手を後頭部に当て即席の枕を作る。
- 116 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:20
- 「自分のことはあまり言いたがらないとこ」
「そんなことないじゃん」
ごっちんは片肘をついて上体を少し起こすと、いいやそうだね、と言葉を降らせた。
ホンの少しの間見つめあって、ヘラヘラ笑った。
自分のこと。
たしかに、同性愛者であることは言っていない。
でもそれだけだ。それだけ。
アタシはそれ以外のことは結構話しているつもりだ。それこそ人並みに。
同性愛者であることがアタシの全てではない。アタシは人間なんだ。
「よっしーも合コン行った?」
「いや、行ったことない」
「誘われはするんでしょ?」
「うん」
「やっぱり嫌い?」
「ん〜どうだろうね。興味ないって感じかな」
ごっちんの言葉に少し引っかかりを覚えたが、な〜にかっこつけちゃって、と
言いながらくすぐってきたのですぐにその針は飛んでいった。
- 117 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:20
- 結局アタシがくすぐり返してごっちんに勝利した。
少し汗ばんできたのでベッドから起きると氷のせいでより薄くなった麦茶を一気に飲み干した。
ごっちんはハァハァ言いながらベッドに寝そべっている。
「アタシに勝とうなんて百年早いよ」
「百年後にこんなことやったら死んじゃうよぉ」
ごもっともなことを言って息を整え起きてきたごっちん。
上気した頬を手で扇ぎ敗戦の熱を冷ましている。
アタシがグラスに麦茶を注いで渡すと、ごっちんはグラスを頬に当てて安堵の表情を浮かべた。
ごっちんは整然とした声で、言った。
「監督はさ」
「だからまだ監督じゃないって」
「じゃあいつになったら監督になるわけ?」
ごっちんは微笑みながらそう言った。
一瞬視線を下に落としてしまったが何とか持ち上げて、言った。
「大学出て、何年か下積みしてからでしょ」
「そんなんでなれるの?」
「多分」
- 118 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:20
- さっきまであれほどはしゃいでいたはずなのに空気がまるで違うような気がする。
重いというか、止まってるというか、とにかく居心地は良くない。
ただ、こういう雰囲気じゃないと言えないようなこともある。
皮肉にも仮面の下を覗くにはうってつけの空気なのだ。
「梨華ちゃんとの約束は守るよ」
「そりゃ〜ね」
「ごっちんはさ……梨華ちゃんのことどう思うの?」
遠回しのようで実に核心的な質問だと思う。
漠然としているからこそ質問を受けた側がどこに重点を置いているのかがわかるからだ。
「何いきなりその質問」
「いいから」
ごっちんはいつの間にか頬から離していたグラスをテーブルに置くと頬についた水滴を拭った。
人差し指を下唇に当て唸りながら思慮すること数秒。
「かわいいんじゃない? 服のセンスはどうかと思うけど」
「ん〜まぁいや、そうなんだけど」
映画と約束の話をした後に梨華ちゃんの話をすればおのずと方向は定まってくるはず。
なのにそのベクトルを無視してくるとなると、やはりどこか後ろめたいところがあるのだろう。
「もっと他になんかない?」
「他に? ……じゃあよっしーはどう思うの?」
「えっ!?」
- 119 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:20
- まさか聞き返されるとは思ってなかったので思い切り動揺してしまった。
目が泳いでいるのが自分でもわかる。
泳ぎ疲れた視線は結局スタート地点だったごっちんの瞳に止まった。
「アタシがごっちんに聞いてるんだよ」
「いきなりこんな質問してくるってことはよっしーの中でこの質問の答えがそ〜と〜煮詰まってるというか、
この質問がよっしーを思い詰めさせてるってことでしょ? 違う?」
首を少し左に傾け逆転した立場からアタシを覗くごっちん。
やはりこの天才には敵わないらしい。
でもアタシの閉ざした心の窓を開けるまでには至らないだろう。
なぜなら、アタシにだって開けられないのだから。
「ん〜とまぁ……あってるけど、さ」
「でしょう」
アタシの肩に手を置いてじっと眼を見つめてくるごっちん。
「答えはまだ出てないのかもしれないけど、言っちゃった方が楽になると思うよ」
だから言っちゃいな、と言外で言うごっちんから目が離せない。
思考と視線は泳ぎたがっているのにガッチリ掴まれているようだ。
- 120 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:20
- 「……って、警察の尋問じゃあるまいし」
ごっちんは数秒の静寂の間でなんとか頭を過ぎったことをいとも簡単に口に出した。
軽く微笑むとアタシの肩をポンポンと叩いて、言った。
「コンビニ行こうよ。飲み物も味気ないしお菓子も食べたいしさ」
「う、うん」
コンビニまでは歩いて五分とかからない距離にあったが、着くまで会話はなかった。
店内でもどのお菓子を買うかの相談程度しかできずにいた。
だから帰り道でアタシから口を開くことはできずにいた。
「あっ」
ごっちんの家とコンビニのほぼ中間地点でようやくアタシ達の間に音が発生した。
とはいってもごっちんの感嘆語だけではあったが。
「あの公園でお菓子でも食べよっか?」
疑問形にはなっていたがアタシの返答も受け取らないまま公園へと歩いていくごっちん。
後ろ姿を追うことで公園に入ることができた。
- 121 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:21
- 誰もいない小さな公園に遊具は滑り台にブランコ、砂場と鉄棒があるぐらいで他に木のベンチが一脚申し訳程度。
ごっちんは当然と言わんばかりに真っ直ぐベンチへと向かっていった。
奥に座ったごっちんの左側に座る。
「やっぱ今日は天気いいよね〜」
空を仰ぐごっちんの顔に木洩れ日が陰影をつける。
心に曇りがあるせいか天気のことなど気にも留めていないかった。
一つの質問を機にここまで黙っているのは明らかにおかしかった。
だからといって自然を振舞うためにテキトーな言葉で御茶を濁すことだけは躊躇われた。
相手に一番やってほしくないことだからだ。
ペットボトルのキャップを捻りながらごっちんは言った。
「待ってるよ」
ごっちんの方を向いたアタシに横目で気付きペットボトルに口をつける前に言った。
「よっしーから言い出すまで待ってるから、自分のタイミングで言ってね」
そう言ってレモン色の微炭酸飲料を飲むごっちん。
どこか見透かされている感じがすると思ったら、さっきアタシがごっちんに質問したのを全く逆転させただけだった。
つまり、ごっちんも同じようにアタシがどこに重点を置いているのか引き出そうとしているのだ。
- 122 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:22
- 梨華ちゃんのことをどう思うか。
どれほどの勇気を費やして同性愛者であることを告白したのかを想像すれば
絶対に自分ではできないことだと悟り、梨華ちゃんへの憧憬を覚える。
でも、それは単に躁妄なだけなのではないかと考えることもある。
梨華ちゃんの行動を肯定しようとしない自分がいることは確かだ。でも否定もできない。
なぜならアタシと梨華ちゃんは同じところにいる人間であり、否定することは
大多数側とアタシ達側の間にある壁の倒壊を望まないということになってしまう。
壁なんか無いほうがいいに決まっている。
壁に守られている部分があることは否めない。
だからといってその存在を許すこともできない。
もどかしさをなくすことができる唯一の方法が告白する勇気を持つことだとしたらそれは同時に逃げだと言うこともできる。
しかし、勇気が必要であることは事実だ。
戦うことが逃げることと一緒だとしても逃げることが戦うことと一緒ではないことはわかっている。
そしてそれこそがアタシと梨華ちゃんの差であることも。
その差が行き着く先を変えてしまう。
勇者はより険しい道へ、臆病者はより平坦な道へ。
勇者であることが自分を傷つける最大の要因だとすれば誰が勇者になりたがるというのだろうか。
いや、だからこそ勇者というべきなのだろうか。
勇者は何と戦っているのだろう。
ふと、質問に対する返答にアタシとごっちんでは絶対的な違いがあることに気付いた。
当事者かそうでないか。
質問内の梨華ちゃんを同性愛者とほぼ同義としていたアタシとそうでないごっちんとの間には
どうあったって見ることのできない世界のズレが生じていた。
つまりアタシの答えとごっちんの答えではそもそも求められているものが違うのだ。
- 123 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:22
- 「あのさぁ……」
「ん?」
半分ほどの長さのポッキーを咥えながらアタシを見るごっちん。
「同性愛って……大変なんだろうなぁって思わない?」
「んー」
イエスもノーも言わないままポッキーを平らげる。
でも次に手をつけない辺り重んじて受け止めてくれていることだけはわかった。
「よっしーはどう思うの?」
「アタシは大変なんだろうなぁって思うよ。自身と世間とのズレって何か絶対的な感じがするし。
告白するにしてもさ、同性愛者であることの告白と愛の告白って両方あるじゃん。
それって単なる愛の告白よりも格段に重圧があるっていうか、大変な気がする」
「ふ〜ん」
ハミングのように軽い生返事に軽微な怒りを覚えた。
これこそがアタシとごっちんのズレなのだろう。
「ごっちんはどう思うわけ?」
「ん〜……これからは少し気を遣っていこうかな、と」
そう言ってポッキーの箱をコンビニ袋にしまうごっちん。
怪訝に思う雰囲気を感じたわけではないのだろうけど、ちょっと言葉が足りなかったかな、と
訂正とも言い訳とも取れることをボソッと言った。
- 124 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:23
- 「気を遣っていくって言ったって特別に距離を置いていくってことでもないし、まぁほとんど今まで通りかな」
「なにそれ」
視線と語尾に感情の内の何かが乗っかってしまったせいでごっちんは苦笑いを含んだ微笑みを浮かべた。
「今まで何も知らずに梨華ちゃんと接してきた。その中で同性愛であることが絡んで傷つけてしまったことが
あるかもしれない。でもそれは自然なことだからしかたのないことであって――」
「しかたないって何? 自然だったら何をやっても許されるわけ?」
抑えきれないでいる感情が言葉を遮らせる。
ごっちんは軽く唇を尖らせ困惑を見せた。
「そうじゃないよ。人は知らない所で人を傷つけてることがあるってこと。
その人が何で傷ついてるなんて他人にはわかるはずないの」
「じゃあ今までのアタシ達の行動の中で梨華ちゃんを不意に傷つけてしまったことがあるってこと?」
「それがわからないんだって。あるかもしれないし、ないかもしれない」
いや、きっとあるだろう。
アタシが日常において不意に傷つけられたことは、ある。
友達が誰かの影口を叩いている時に、女なのに女にベタベタして気持ち悪い、などと
聞くとなんとなくアタシを否定されているような気がして悲しくなる。
そこまで露骨じゃないしてもアタシ達が梨華ちゃんにしてきたかもしれないことは否定できない。
- 125 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:23
- 「今までは知らなかったから傷つけてしまうことがあったけど、今は知ってる。それは梨華ちゃんのおかげ。
知っているなら傷つけてしまうことは回避できるはずなんだよ。梨華ちゃんを傷つけたくないでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
「それなら気を遣った方がいいんだと思う。だから梨華ちゃんもカミングアウトしたのかもしれないしさ」
梨華ちゃんはなぜあんなことを言ったのだろう。
それはアタシの中でずっと回り続けている疑問だった。
ごっちんはそこに答えを見つけたのだろう。
もし梨華ちゃんがそれを訴えていたのだとしてもカミングアウトすることで友情をなくしてしまう可能性を
考えれば危険な賭け、いや、ほぼ自殺だと思っていいだろう。
それでも一縷の望みにかけたとでもいうのだろうか。
「そう……だよね。傷つけないようにしなきゃダメだよね」
「あたしはあの日から今までそうしてきたしこれからもきっとそうしていくと思うんだけど、
よっしーはどうなの? 今までどうしてきたの?」
アタシは一度口を開いて、言葉を出す直前で閉じて黙ってしまった。
二人の間にあるのは沈黙。
数秒をごまかすように小うるさい車が公園のそばを通り抜けていった。
- 126 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:23
- 「今までは、特に何も。どうしていいかわかんなかったし」
「うん」
「今日ごっちんの話聞けてよかったよ」
「いやいや」
照れを隠そうと振った手はペットボトルを持っていて、あっ振っちゃった、と事態に気付くごっちん。
プシュゥと二酸化炭素を抜いて、言う。
「まだ暫定的な答えではあるんだけどね」
アタシもそうだ。
この答えが完璧だとは思っていない。
壁がないフリをするのは答えじゃないはずだ。
「それでも梨華ちゃんのことを考えたら、一番いいのかなぁってね」
「そうだよね」
アタシは初めてペットボトルのキャップを開けた。
嬉しそうにアタシを見ながらごっちんは少し気の抜けたレモン色を飲んだ。
「それにしてももうすぐ夏だよねぇ、ってかもう暑いしさぁ」
「んん」
お茶を飲みながら頷く。
- 127 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:23
- 「もうあたしの家に戻ろっか?」
そう言ってペットボトルをコンビニ袋にしまうごっちん。
アタシも同じようにしまった。
立ち上がって公園を見回してみると、改めて小さな公園だなぁと思う。
「あそこで話したかった?」
アタシの視線が滑り台に止まっている時にごっちんが聞いてきた。
「いや」
「そうだよねぇ、安っぽいドラマじゃあるまいし」
「安っぽいって」
「それにドラマみたいなシチュエーションだとドラマみたいなことしか言わなくなるしさ」
そう言ってごっちんは先を歩いた。
ごっちんはやっぱり天才だと思う。
アタシはごっちんの前まで走り、進路を塞ぐように両手を広げた。
「僕は死にましぇ〜ん、みたいな?」
「ブランコでプロポーズしたらフラれるって」
アタシ達はヘラヘラ笑った。
- 128 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:23
- 次の日、アタシはミキティと二人で街を歩いていた。
バイトの後特に用事がないというのでアタシがミキティのバイト先まで出かけていったのだ。
昨日の天気のノリを残す空は曇ってはいるものの雨は降っていない。
「美貴まだ昼ごはん食べてないんだよねぇ」
「食べなかったの?」
「そんな暇なかったし」
昼食時をとうに過ぎた時間帯の歩道に人はまばらで二人で並んで歩いてもさして迷惑ではないようだ。
目の前で三人のサラリーマンが並んで歩いてるし。
「なのに店長は食べてたんだよ。ホント腹立つ」
「腹立ってるの? 腹減ってるの? どっち?」
「減ってるの。ってかそんなに上手くないし」
アタシとしては結構自信のあった駄洒落をアッサリかわされ口を嘯かせると
ウソウソ上手かった上手かった、と変に機嫌を取ってくるミキティ。
「なんかテキトーにファーストフードでも食べよ?」
「なんかテキトーに食べてるから最近お腹ヤバくなってきたんじゃないの?」
うるさい、と肩を平手打ちされてしまった。
じゃああそこのマック行こう、と今度はアタシが機嫌を取るようにして言うと、よし、と許してくれた。
目の前にいたはずのサラリーマンがいつの間にはいなくなっていた。
- 129 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:24
- 通りの見える席に座り、頼んだものがほぼ同時に運ばれてきた。
ミキティは早々とストローの袋を破って取り出すとコーラの入ったカップに差し込み
二秒ほど顔を変形させてコーラを飲んだ。
「あ〜復活」
「復活したんだ。よかったじゃん」
ポテトを食べて、また復活、と言うミキティに、ゾンビかっての、とつっこむと二人で笑った。
テリヤキバーガーを食べてまた言うのかと思いきや期待は外れ、少しガッカリ。
食べた後すぐにコーラを飲むミキティに少し呆れながら、言った。
「ちょっと食べるの早くないかい」
「だってファーストフードじゃん」
「そんなこと言ってるからまたポコって――」
「う〜る〜さ〜い〜!」
そう言ってアタシのポテトを三本も盗って食べるミキティ。
アタシも負けじとミキティのポテトを盗ろうとすると邪魔をされ、結局一本しか盗れなかった。
- 130 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:24
- 「今度のライブいつ?」
「え〜とね……再来週の金曜日、かな?」
「チケットはもう売れたの?」
「おかげさまでね」
得意気にテリヤキバーガーにかぶりつくミキティ。
活動は順調のようだ。
ちなみに、アタシ等の分のチケットはきちんとミキティが取っておいてくれている。
「いいねぇ武道館が近づいてきてるよ」
「そんな。まだまだだって」
「いいね〜夢に向かって突き進む若者ってのは」
「よっちゃんねぇ、オッサンじゃないんだから」
つっこむミキティの向こう、同年代であろう肌を焼き焦がした女性三人が店に入ってきた。
店員はアタシにも放った笑顔で対応している。
「それによっちゃんだって夢に向かって頑張ってるんでしょ?」
そう言ってナゲットを頬張るミキティに他意はない。
- 131 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:24
- 「んまぁね」
「映画作るんでしょ、映画。美貴だって主題歌歌わないといけないんだし」
ミキティの方から約束の映画の話をしてくるのはありがたいのだが、いかんせん雰囲気が
伴なっていないというか、真面目な方向へ行きにくいテンションであるため肝心の話を切り出しづらい。
やはりファーストフードというのがいけなかったのだろうか。
「でも梨華ちゃんの幸せモンだよね。こうやって映画まで作ってくれるって」
「えっ?」
一体どういう意味なのだろう。
梨華ちゃんの苦しみを知らないのだろうか。
もちろん知る由もないことはわかっている。でも想像に難くないはずだ。
「ミキティはさ」
「ん?」
多少の怒りがくっついてしまったのは仕方ないと思う。
いやむしろ仮面の奥を覗けるならこれもチャンスなのかもしれないが。
「梨華ちゃんのことどう思ってるの?」
「……はぁ?」
- 132 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:25
- 突然の質問に怪訝を浮かべるミキティ。
ごっちんの時と同じ方法を使ってみたがおそらくミキティには通用するだろう。
「なにいきなり」
「いきなりって程でもないじゃん。どう思うの?」
ん〜、と唸ってコーラを飲みながら窓の外を眺めている。
慮るにしてはフランクな感じがするがミキティらしいといえばミキティらしい。
「なんつーか……あんまり考えないようにしてる」
振り返ったミキティの答えに言葉が出ない。
やはりミキティには梨華ちゃんの苦しみなんぞわからないのだろうか。
「ホラ、今まで梨華ちゃんが同性愛者だってわからないで遊んでたりしてたわけでしょ?
それって普通のことじゃん。意識しちゃうとさ、気ぃ遣っちゃったりするじゃん」
「そりゃそうだけど、知らない所で傷つけてたかもしれないんだよ」
これは昨日ごっちんの言っていたことだ。
そしておそらく、事実。
「傷つけ……てたかもしれないけどさ、誰だって傷つく時は傷つくんだし」
「じゃあ梨華ちゃんが傷ついてもいいわけ?」
アタシの中が熱くなってきている。
目の前のコーラを飲んだぐらいで冷めるような熱ではない。
- 133 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:25
- 「傷ついてもいいなんて言ってないじゃん」
「でもそんな言い方してた」
「傷つくことは仕方ないんだよ。人が生きてる間はさ、当たり前のことなの。
知らない間に傷つけたり、傷ついたりすることは当たり前のことなんだよ」
「でも知った以上は傷つける必要がないじゃんか」
「気を遣うことが本当に傷つけないことだと思ってる?」
紙ナプキンで口を拭いてアタシを見るミキティの視線はいつもの怖さよりも
どこかに信念を置いたような強さをたたえていた。
「気を遣われることで傷つくってこともあるんだよ」
「そりゃわかるよ。今気を遣わせてしまったな、って思う瞬間があるってことでしょ」
「そう。それが気を遣って逆に傷つけてしまうってことなの」
出入り口に動きがあったようだけど出ていったのか入ってきたのかさえわからない。
そんなことはどうでもいい。
「美貴もさ、お腹がポコッてることは言われても別になんとも思わないんだけど
視線がお腹にいってるのにそのことに触れてこないのを目の前で見たらやっぱ傷つくもん」
「それはミキティが悪いんじゃん」
「いやそうだけど、気を遣えばなんでも丸く収まるわけじゃないってこと。たとえその人が善意で気を遣っててもさ」
善意が人を傷つける。
善意であるからこそ性質が悪い。
人は笑顔で人を殺せる。
- 134 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:25
- 「だから全然気にしないでこれからも友達でいようと思ってるわけですよ」
妙にかしこまった語尾に照れも見せず、ミキティはまた窓の外を見ている。
アタシは視線を落としてしまっていた。
「実は昨日さ、ごっちんとも同じような話をしたんだよね」
「すっごい偶然じゃん。ごっちんはなんて言ってたの?」
「……できるだけ、気を遣ったほうがいいって」
「ふ〜ん、美貴と全く逆だ」
そう言ってストローに口をつけるミキティ。
「それはごっちんが考え出した結論だから美貴からはなんとも言えないよねぇ」
「でも逆なんでしょ?」
「逆だからって直すことないじゃん。美貴が逆なのかもしれないし。人間だよ? 美貴達」
「そりゃ人間――」
「ホイ! 完食!」
いつの間にかミキティの前のフード達は姿を消していた。
ストローを吸って下品な音を鳴らしているミキティ。
- 135 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:25
- 「次買い物行くんでしょ? いつまでもここにいらんないって」
「えっ、あぁ」
議論は突然の終了を迎えた。
正直、逃げられた、という感じだ。
どちらが逃げられたのかといえば……。
「全くよっちゃんはファーストフードってもんがわかってないよね」
「早く食べるんでしょ」
「わかってるなら早く食べる!」
そう言って入れ物からはみでていたアタシのポテトを一本奪う。
取られたポテトの長さなんて知る隙さえないほど素早く口に放り込み味わっている。
「この後服買いに行くんだよね?」
「そうだよ。夏服ね」
「ミキティそんなに食べたらまたポコって服のサイズがLLに――」
「なりません!」
「赤ちゃんのお洋服売り場はあちらに――」
「だから違うっつーの! それより早く食べる!」
その言葉のどれよりも速くミキティの手はまたアタシのポテトを奪っていった。
- 136 名前:メカ沢β 投稿日:2005/08/19(金) 21:37
- 今日はここまで。
>>107プリンさん、ありがとうございます。
85年組は最高です! 大好きです!
>>108 48さん、ありがとうございます。
吉澤さんはきっと何とかしてくれると思います。
>>109名無飼育さん、ありがとうございます。
世の中捨てたもんじゃないはずです。いい人は必ずいるはずです。
同性愛がキチンと描かれている娘。小説を探しています。
「向日葵」は読みました。
他にありましたは是非とも教えてください。
- 137 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/20(土) 23:10
- 更新お疲れ様です。
全員のセリフがリアルで、読んでて頭の中で本人の声に変換されてます。
ところどころあるギャグもおもしろいですw
飼育は同性愛であふれているのに、メカ沢βさんのような正面から描かれている小説は
なかなかありませんよね。どっちがいいとかではなくて。
自分の今まで読んだ作品では、緑板の倉庫にある、駄作屋さんが書かれている「緑の星」や、
黄色の倉庫の『オムニバス短編集』6th Stage 〜Never Forget〜(2枚目)スレ内の
「同性愛の立場」なんかが当てはまる気がしました。
「向日葵」は読んだことがなかったので今度読んでみたいと思います!長文失礼しました。
- 138 名前:メカ沢β 投稿日:2005/09/03(土) 21:24
- 復活しました。
こんなに早い復活になるとは医者もビックリ。
今まで代わりに書き込んでくれていた友人に感謝しています。
友人もタイピングが速くなったと言っており一石二鳥。鶏肉より豚肉が好きだけど。
とにかく、復活しました。
>>137名無飼育さん、ありがとうございます。
紹介していただいた二作品は早速読ませていただきました。参考になりました。
これからもよろしくお願いいたします。
ttp://jbbs.livedoor.jp/music/14315/
自分のホームページ?(掲示板です)を作りました。
まだ何にもないですが遊びに来てください。
ただ、これから何かあるわけではありませんが……。
- 139 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/04(日) 18:15
- 復活おめでとうございます。
メガ沢βさんの小説は楽しみなのでこれからも自分のペースで頑張って下さい。
あと、ここの小説は一人一人の苦悩が深く痛いながらも嵌ります。続きが楽しみです。
- 140 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/02(日) 23:09
- 待ってます
- 141 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/08(土) 20:17
- 待ってます!!頑張れーーー
- 142 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:00
- ほぼ同位置にしてほぼ対極な意見にほぼ中立な立場であるアタシは悩んでいた。
どちらも相手のことを考えている。それは間違いのないことだ。
梨華ちゃんを傷つけないためにはどうするべきなのか。
同じ種から生まれた異なる果実。
ごっちんが実らせた果実は少し甘くて、少し水っぽい。
傷つけない配慮は当然あるべきであって、梨華ちゃんはそれを望んだのかもしれない。
知らない間に知らない所で心に深手を負わせていたのかもしれない。
それを回避させられるなら回避させた方がいいに決まっている。
ミキティが実らせた果実は少し酸っぱくて、少し硬い。
傷つけない配慮が大きく傷つけてしまうかもしれないならいっそのこと今まで通りにしよう。
現代社会を生きていこうとするなら大なり小なり傷つくことは避けられない。
同性愛者であろうとなかろうと傷つくことに特別気を遣う必要はないはずだ。
- 143 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:00
- 誰が、何が、正しいのか。
誰に、何に、正しいのか。
なぜ正義とはこんなにも多くの顔を持っているのだろう。
どれも善人ヅラをして結局誰も傷つける。
梨華ちゃんは何を望んで同性愛者であることを打ち明けたのだろう?
一体彼女の中で何を解決させたかったのだろう?
同性愛をカミングアウトすることでアタシ達に微妙な変化が起こった。
別によそよそしくなったり疎遠になったわけではない。
ただ各人の心中に梨華ちゃんを思う気持ちを軸に異なった感情が生まれてしまっただけだ。
それだけ。それらは対立することはないが共存することもない。
- 144 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:00
- 大多数側と同性愛者側の間にある壁。
この壁はただ物理的に互いを引き離しているだけではない。
壁の向こう側を一切見せないほど、高いのだ。
壁を隔てた向こうの人が何を望んでいるのか見えない。わからない。
いや、その言い方は不適格かもしれない。
なぜなら、アタシでさえ梨華ちゃんの真意を掴みかねているからだ。
アタシも梨華ちゃんも、ごっちんもミキティも、一体どこにいるんだろう。
誰かと逢って、手を取り合って、笑いたい。
それを誰もが望むのに、アタシも周りには誰もいない。
- 145 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:00
- 例年になく暑い夏。
セミたちも待ってましたの大合唱。
ごっちんの話を聞いて以降互いにあの話題を口にすることはなかったし、ミキティとすることもなかった。
避けあっていた訳でもなんでもない。何が解決するわけではないことを知っているからだ。
夏休みまで三人とは何度も会っている。
梨華ちゃんが大学のテニスサークルで黒くなったこと、ごっちんの目がホンの少し悪くなったこと、
アタシが僅かに痩せた分だけミキティが僅かに太ったであろうこと以外何も変わりはなかった。
本当に、何も変わらなかった。
夏休みに入ってからというもの会う機会が激減した。
ごっちんは夏休みで一作仕上げると言って部屋に閉じこもってるし、ミキティはバイトをフル稼働させている。
梨華ちゃんはテニスサークルの合宿に行ってる。
アタシは大学の友達と遊ぶこともほとんどなく、映画を見に行くかDVDを借りて見るかして日々の時間を潰していった。
- 146 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:01
- 無邪気で無教養に元気な日差しが街路樹の影を色濃く切り取っている。
どこかで暖められた風は特に急ぐこともなくすれ違い、どこか急いでいる4WDは
無駄な排気を巻き上げながら走り去っていった。
コンビニで買った雑誌と乾電池が4WDの起こした風にはためきを強要される。
「それにしてもあっちぃな〜」
独り言を風に伝えても、気ままに聞き流してどっか行ってしまう。
アスファルトに照り返されるは炎天下。
ヒートアイランド現象はいわば人間の業。
太陽も信号待ちの間ぐらい雲に隠れていてほしいものだ。
「このままだったら梨華ちゃんみたいになっちゃうかも」
Tシャツから伸びた腕は陽の虫に食われているかのようにジリジリ暑い。
こんなストレスを発散するのに独り言とは自分でもなんだか空しい。
そんな自分を鼻で笑えるほど大人でもないので汗ばんできた顔をただ上げると、
横断歩道の向こうに先ほど引き合いに出された彼女が立っていた。
背中に大きなうちわらしきものを背負う彼女はケータイを必死に打っているようだ。
トラックが目の前を通り視界を遮った瞬間、アタシのケータイがカラ元気に騒ぎ立てる。
ディスプレイにはメール受信の文字。独り言の流れでメールを読む。
「久しぶり」
どうせ信号が青に変わったら今度は直接言うんでしょ? 梨華ちゃん。
- 147 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:01
- 「また一段と黒くなったんじゃないの?」
「一段とか言わないでよ、もう」
「ごめんごめん」
合宿帰りの梨華ちゃんは溌剌としていて夏休み前に忘れてきた元気を取り戻させてくれる。
たくさん面白いことが合宿であったらしいが、梨華ちゃんの面白かった話にはあまり当たりがない。
「よっしーこの後なんか予定あるの?」
「予定は特にないけど」
「じゃあウチ来る?」
何が楽しいのか笑顔でアタシを家に誘う。
梨華ちゃんの顔に木漏れ日が無理矢理光影をつけるも、パンダに似せるにしては雑すぎた。
「えっ? でも梨華ちゃん合宿で疲れてるんじゃないの?」
「ちょっと疲れてるけどいっぱい話したいことあるし」
「面白い話?」
「うん!」
「うわ〜期待できねー」
そんなことな〜い〜、と言ってまた笑顔。
この人の笑顔はいつだって美しい。
- 148 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:01
- 「まぁなんつーか、いつも通りっつーかなんつーか……」
「汚いって言いたいんでしょ? それくらいわかってまぁすぅ」
梨華ちゃんの部屋はいつ来てもあまりきれいとは言えない程度なのだが
合宿に持っていく服を選んでいたのか今日は服の散らばり具合が特にヒドイ。
もしかしたらコソ泥でも入ったんじゃないの、なんて冗談が何となく通用しないくらいだ。
梨華ちゃんは部屋の隅にテニスの道具やバッグを落とすようにして置いた。
「今飲み物持ってくるから」
「あ、うん」
「座って待ってて、ってま〜……」
「座るスペースはなんとか確保するから」
ごめんね、と言って彼女は部屋を出て行った。
微かに香る何かの花の匂いは合宿前に焚いたお香の匂いだろう。
それにしてもよくこんなに似たような色の服ばかり持っているものだ。
ピンクのTシャツやらピンクのジャージやらピンクのブラジャーなんかを除けてベッドとテーブルの間に座る。
前にごっちんが梨華ちゃんの部屋を、小腸の中にいるみたい、と言っていた気持ちがよくわかる。
- 149 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:01
- 買ってきた雑誌でも読もうかという矢先、梨華ちゃんが戻ってきた。
アタシが家で作るよりも少し濃い目の麦茶とグラスが二つ。
「合宿所は山の中だったから涼しかったのになぁ」
「この部屋扇風機かなんかないの?」
「うちわならあるけど」
麦茶とグラスを乗せたお盆をテーブルに置くと机の上のうちわを見せてくれた。
高校の学校祭で配られたうちわだ。アタシ等四人のふざけたサインが入っている分センスがいい。
うちわなのにセンスがいい、なんてジョークは絶対に言えない。明らかに面白くないし。
「それ去年の?」
「うん、そう。おととしのもその前のもあるよ」
「アタシは去年のしか残ってないや」
「みんなでこんなにカッコよくしたのに。うちわなのにセンスがいい……なんちゃって!」
そう言ってうちわも渡さずに一人で笑っている梨華ちゃん。
まぁなんていうか、こんなもんだろう。
うちわの必要がないほど寒いギャグは梨華ちゃんによく似合う。
「あれぇ? 面白くない?」
「ものすごくつまんない」
「え〜そうかなぁ」
梨華ちゃんはまだ笑顔を貼り付けている。
一瞬でも同じギャグを思いついてしまった自分に少しガッカリしてしまった。
- 150 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:02
- 「ごめん、ちょっと着替えさせて」
「いいけど」
梨華ちゃんはそう言ってアタシに背を向けると服を脱ぎ始めた。
アタシは開こうとしていた雑誌に視線を落とす。
服の上に落ちる服の乾いた音だけが部屋に響く。
目次をよそにチラッと覗き見ると梨華ちゃんは上半身ブラジャーだけになっていた。
肩には褐色の濃淡ラインがおぼろげながらに見える。
斜めを向いた時に見えた胸の隆起。
しっかりとくびれた腰。
アタシは顔が熱くなっていることに気付いた。
海に行った時にも、一緒に温泉に入った時にも同じような状態になったはずなのに。
第一こうやって梨華ちゃんの部屋でアタシがいて着替えるなんて状況は前に何度もあったはずなのに。
なのになんで赤くなってしまうんだろう。
「アッ! もうちょっと見ないでよぉ……」
「エッ! いや、見てない、ってのは嘘だけど……」
徐々にフェイドアウトしていく言葉とは裏腹にすばやく雑誌に視線を戻す。
頭の中ではあの豊麗にして端麗な体のラインがしっかりと記憶に刻み込んでいる。
雑誌の文章もろくに読まずにただ視線だけを縛りつけていたら梨華ちゃんはいつの間にか着替え終えていた。
- 151 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:02
- テーブルを挟んで座り、グラスを薄茶に染め、特になんでもない合宿帰りを記念して乾杯した。
そういえばこの部屋には風鈴がない。
「どうだった合宿」
「それがねぇ、すっごく面白かったんだぁ」
「どう面白かったわけ?」
「どう面白かったかって、ん〜まぁ、クスクス……」
まだ何も言っていないのに思い出し笑いをする梨華ちゃん。
さっきのギャグから想像するにやっぱりうちわは必要ないだろう。
ジャージの下をを裏表逆に穿いた先輩の話。
Tシャツの前後ろ逆に着た同級生の話。
靴下の左右逆に穿いた同級生の話。
一つ一つ話の度に会心のギャグを決められたかのように笑う梨華ちゃんだが
アタシにはその面白さが全く理解できなかった。
ただ、一方通行の道路をバックで逆走したら怒られた先輩の話、は面白かった。
- 152 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:02
- 「練習きつくなかった?」
「ん〜でも合宿って言ってもほとんど遊びみたいなもんだったから」
「せっかく山ごもりしたのに、もったいない」
「山ごもりって何かの修行じゃないんだから」
漠然としすぎてツッコミになっていないツッコミに笑う梨華ちゃんにやっぱり何も変わった様子はなかった。
あれだけの告白をしていながら変わらないでいられるということは、むしろ変わったというべきなのかもしれない。
変わった、というより、強くなった。
いや、その前から強かったのかもしれない。
アタシは梨華ちゃんを何も知らないのかもしれない。
「よっしーもなんかサークルとか入ればいいのに」
「そんな、アタシはいいよ」
「なんでぇ? 楽しいよ、すっごく」
すっごく、の所で、すっごく、かわいい笑顔を見せる梨華ちゃん。
別に人間嫌いな訳じゃないし、友好関係も広い方がいいと思ってる。
大学の友達といても楽しいと思える。でも、やっぱりどこかでアタシとみんなは違うと感じている。
みんなにアタシの悩みなんてわかりもしないだろうし、アタシぐらい悩むこともないだろう。
自分ではどうしようもない所をどうにかされるなんてことないだろう。
ごっちんとは違う意味でみんながバカに見えてしまう。
それは間違っていると頭ではわかっているんだけれど。
- 153 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:02
- 普通に恋愛する、という感覚はアタシにだってある。
目の前にいる彼女のことが愛おしくてたまらない。
それでまたあの天使の笑顔を見せるものだから、もどかしくてたまらなくなる。
しかしだからといって、普通に恋愛できる、わけではない。
あの日以降何度も頭をかすめたこと。
もしかしたら……梨華ちゃんとなら……。
梨華ちゃんなら自分の全てを受け入れてくれるかもしれない。
同じ同性愛者同士なら、同じ傷を持つ者同士なら、もしくは……。
これが希望というなら、やっぱり神様は残酷だ。
ケータイの画面を見せ撮った画像を解説してくる梨華ちゃん。
見た目より広いペンションだったとか、テニスコートは意外にボロかったとか、花火をやったとか、
色々説明してくれているがイマイチ頭に入ってこない。
最近ずっとこうだ。何をやっても身が入らない。
「……ぇ、ねぇ」
「……ん、あぁ、いいねそれ」
「ちょっとぉ、話聞いてる?」
いつの間にか横に座っている梨華ちゃんは赤ん坊を真似るように頬を膨らませた。
実はこの顔はアタシのお気に入りの顔でもある。
でも笑顔も好きだから、アタシは嘘をついた。
- 154 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:02
- 「今年の夏は四人でどっか行けないのかなぁ」
ベッドの根元に転がっていたケータイの立て掛け式充電器にケータイを置きながら、梨華ちゃんは言った。
四人、とはもちろんアタシ達のことだ。
「今年の夏は、って去年どっか行かなかったっけ?」
「行ってないよぉ。だって受験生だったじゃん」
「そうだったっけ?」
夏休みは四人で少し遠出することが中学校からの行事でもあったが去年は事情が事情なだけにどこにも行ってなかった。
ついでに、毎年旅行やらなんやらの幹事をするのは何故かアタシだ。
三人と仲良くなるきっかけになった中一の初めての班決め。
たまたま席が近くなったのでアタシ達四人の班ができた。
その時班のリーダーを選出しなければならなかったので机を向かい合わせにした時、第一印象でアタシがなるしかないと思った。
片肘ついて眠りこけるごっちん。
将棋士顔負けに俯いている梨華ちゃん。
お前がやれよと言わんばかりに睨んでくるミキティ。
上擦った声で、アタシがやるよ、と言って以来四人で何かする時のリーダーはアタシに決まってしまった。
あとから聞いた話だがミキティはあの時睨んでいたわけではなくただアタシの顔を見ていただけらしい。
- 155 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:03
- 「どっかって、じゃあどっか行きたい場所あるの?」
「行きたい場所……ん〜……ディズニーランドとか」
「ディズニーランド!?」
行ってみたくない?、と梨華ちゃん。いやまぁ行ってはみたいけどさぁ、とアタシ。
「札幌から夜行列車に乗って東京まで行ってさ、それで――」
「ちょっちょっちょっ、なんで夜行列車なわけ? 飛行機でいいじゃん」
アタシの当たり前の問いに対して梨華ちゃんは何かを含んだ微笑みを浮かべた。
「飛行機だとすぐ着いちゃったつまんないよ。それより寝台列車に乗ってみたいしさぁ」
「それも一つのアトラクションってこと?」
「そういうこと」
なんというか、中学生的な発想だった。
揺れて疲れるだけの寝台列車にわざわざ乗りたがるなんて。
まぁ子供らしいというか、梨華ちゃんらしい感じはするけど。
「あ〜、今子供っぽいとか思ったでしょう?」
「えっ! ……いやまぁ、ん〜と……」
「思ったんだ」
「ハイ」
いいじゃん若いってことだよぉ、などと間違ったポジティブを見せる梨華ちゃん。
なにごともポジティブなら問題ないだろうけど。
- 156 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:03
- 「じゃあごっちんとミキティにも聞いてみてさ、検討してみようよ」
「本当? やった!」
「でもディズニーランドは嫌って言うかもしれないよ」
「だったらディズニーシーもあるもん」
いやいやあるもんじゃなくてさ、という言葉は麦茶と一緒に飲み込んだ。
大人っぽい見た目とは裏腹に無邪気というか、ある意味で純粋なんだと思う部分が彼女にはある。
それにしても部屋にディズニーのぬいぐるみなんて一個もない梨華ちゃんから
そんな地名が出るなんてどう考えてもおかしかった。
「どーでもいいけどなんでディズニーなの?」
「実はね、この前パパが仕事で行ってきたんだ」
梨華ちゃんからは想像も出来ないほど怖そうな梨華ちゃんのパパ。
小学校の頃運動会に遅く行っても場所取りに困らなかったという話を聞いたことがある。
そんな梨華ちゃんのパパがディズニーランドにたとえ仕事だとしても行ったということがおかしくて、笑ってしまった。
「そんなぁ、まだ面白いこと言ってないじゃん」
「ハハハ、まーまー話続けてよ」
「それですっごく面白くてすっごく広かったんだって。
それに夜はイルミネーションがきれいだったから一度は行ってみた方がいいって言ってたの」
イルミネーションじゃなくてパレードでしょ、とアタシ。そうそうパレードパレード、と梨華ちゃん。
- 157 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:03
- 「それでね、パパが持ってきてくれたパンフレットが――」
「梨華ぁ! ちょっと〜!」
ドアの向こう、の階段の下、のもう少し奥に行ったキッチン辺りから梨華ちゃんのママの声がした。
親子揃ってこの声とは……遺伝子って恐ろしい。じゃなくて、素晴らしい。
「ん? ちょっとママが呼んでるみたい」
「だね」
「机の上にパンフレットあるから読んでみてよ。よっしーも絶対行きたくなるよ」
そう言って立ち上がるともう一度聞こえてきた声に、ハァ〜イ、と返事をしてドアに向かっていった。
机の上探してみて、とピラミッドを建設途中の机の上を見てから部屋を出て行った。
階段を下りる音がリズムよく聞こえてくる。
「パンフレットねぇ」
アタシは立ち上がって大学の教科書やら雑誌やらが乱雑に積まれている机の上を探し出した。
微妙なバランスの山に注意を払いながらあのネズミを探す。
大学のレポートなんかはまじめにやっているようだ。
アタシが知らない所での生活も充実しているらしい。
- 158 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:03
- 小学校の時に買ってもらったという勉強机。
国語辞典なんかを入れる棚には誰か知らない人の詩集が置いてある。
電気スタンドの傘は不摂生なミンクのコートをまとっている。
「結構下のほうなのかなぁ?」
紙の山二合目に手をかけた瞬間、それらは獲物を捕らえる獣のように動き出した。
「……アッ! ヤッ! チョッ!」
カンフーのような声を出した時には既に遅く、プリントは雪崩を起こしてしまった。
バサッ、だの、シュル、だの、ドカッ、だの音を出して本棚とベッドの人一人入れる幅に落ちていく。
止めても無駄だと成り行きに任せてみた。
結局アタシが手をつっこんだ所まで崩れ、部屋は静かになった。
「やっべ〜なぁ。どうしよ」
梨華ちゃんが積み過ぎなんだよ、と思ったが責任転嫁よりもまずは謝らなければならない。
拾うのはその後でも、まぁいいだろう。
床に寝そべるプリントから視線を机に戻すと実にスッキリとした光景がそこにはあった。
紙の束があって見えなかったが座って正面の所に写真が貼ってある。
覗き込んで見ると懐かしい顔がそこにあった。
- 159 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:03
- 「中学の時の写真まであんじゃん」
少し埃の舞ってる中顔を近づけて写真を見る。
どれもこれもアタシ達四人の写真だった。
なかなか起きないごっちんに掛け布団や敷布団まで被せてたら先生に見つかって怒られて、
掘りこしてみたらごっちんはまだ寝ていて爆笑した中学の修学旅行。
卒業証書にいたずらして右川梨華になってしまった中学の卒業式。
衣装の特攻服があまりに似合っていたので皆で煽っていたら、その気になったミキティが小道具の木刀を持って
冗談で、金出せよ、と恫喝している所をたまたま先生に見られてそのまま職員室に連れて行かれた高校の学校祭。
フットサルとバレーボールの掛け持ちをしてしまい、どちらも決勝まで残ってしまってバカみたいに疲れたものの
どちらの決勝点もアタシが入れて二回も胴上げされた高校の球技大会。
他には学校以外に行った旅行先で撮った写真なんかもあって、コルクボードは埋め尽くされていた。
その写真群の中央にはアタシも持ってる伝説の写真があった。
高校三年の時の学校祭。
アタシがハーレーにまたがってそうなワイルドな衣装を着て、梨華ちゃんが童話に出てくるお姫様のような衣装を着て
ステージ上でさながらファッションショーのように歩き、最後に二人でポーズをとっている時の写真だ。
満面の笑みを浮かべながらカーテンコールのように手をとってバンザイしている。
リハーサルの時から何度も卒倒しそうになるほど梨華ちゃんがかわいかったのを覚えている。今でも思い出すとニヤけてしまうほどだ。
写真屋さんが撮って販売していた写真だが、先生の話によると何故だかこの写真が校内で一番売れたらしい。
「懐かしい〜」
ネズミ探しがミイラを見つけてしまった感じである。
- 160 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:04
- 写真から視線を右に流せばまた本棚。
英和辞典と和英辞典が仲良く並び、その横には早引き実用語辞典。
その中で異彩を放つピンク色の合成皮革の背表紙がいやでも目に入ってくる。
見るからに辞典ではないそれに興味を持ったアタシはネズミのことも忘れそれを本棚から取り出した。
表紙も裏表紙もピンク一色。
と思ったら表紙の右上に金色で数字が書かれていた。
「20××……あ〜日記か」
安易な興味で手にとってしまったそれから妙な緊張感がアタシの中を駆け抜けていった。
この中には梨華ちゃんの胸の内が全て書かれている、という信号が日記から伝わってくる。
胸のざわめきと同調するように蟻走感が全身に走った。
決して他人に語ることのない完全にプライベートなことが書かれているに違いない。
ということは、アタシがずっと抱いていたことに対する答えも書いているかもしれない。
何故梨華ちゃんはカミングアウトすることにしたのか?
悪魔ではなくアタシ自身がアタシを誘惑している。
一生解き明かすことが出来ないかもしれない謎を非人道的な方法で無理矢理暴こうとしている。
麦茶の後味が残る唾液を飲み込む音が嫌にハッキリと響いた。
- 161 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:04
- 手が震える。
それが恐怖によるものなのか、はたまた歓喜によるものなのかわからない。
でもこの二択で迷っている時点でこの日記をどうするのかに答えが出ているようだった。
時計の秒針は無関心を装うようにリズムをとっている。
振り向いてドアを確認する。
ついさっき出て行った彼女がいつそのドアを開け現れるかわからない。
日記を開いてしまえば何者にも気付かぬほど、憑りつかれたように文字を追うに違いない。
彼女が驚天の叫びを上げるその瞬間まで。
怖くなってドアから日記に視線を戻した。
今なら核爆弾のスイッチを押せそうな気がする。
まだそっちの方が迷わないで済みそうだ。
アタシも日記も微塵にしてくれればなんと気が楽になるだろう。
もし今アタシの上にミサイルが飛んできているとしても、じゃあすぐに開いて中を見よう、などとは絶対に思えない。
知ってしまう後悔と、知らないままでいる後悔。
同時に天秤にかけることは出来ない。
どちらの後悔が大きいのかもわからない。
突然風が吹いて日記をめくり、たまたま内容が目に入ってしまったなんてことは起きないだろうか。
起きるわけがない。そんなことはわかっている。
だからこそ、アタシの左手を風に変えることしか方法はないのだ。
開かれ慣れている表紙に弱気で確信的な風が舞った。
明らかな質量を持った風は偶然にも卒業旅行を決めた日のページを開いたのだった。
- 162 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:05
- -----------------------------------------------------------------
○月×日
センター試験も終わって久々に四人で集まってよっしーの家で遊びました。
みんな憑き物が落ちたというか、プレッシャーとストレスから開放された清々しい表情してたなぁ。(ごっちんはいつもと変わらなかったけど)
よっしーの部屋は模様替えされててすっごく素敵でした。あんな風にセンス良く模様替えしたいなぁ……。
コツでも教えてもらおっかなぁって思ったけど、その前に掃除しないと、って言われそう。
ごっちんの突然の提案から卒業旅行することが決まりました。
いつもみたいによっしーにホテルの予約とか任せちゃった。
よっしーはいつも笑顔で引き受けてくれるけど、毎回頼んじゃやっぱり悪いよね。
何かできることがあったら私も進んで協力しなきゃ。
やっぱりよっしーは優しいなぁ。
もうそろそろ、言わないといけない時期なんだってことはわかってる。
もう隠し通すことは無理。
バレるバレないの問題じゃなくて、私自身の問題だから。
人を好きになることの辛さにもう耐えられない。
でもそれには越えなきゃならない壁がある。
わかってる。わかってるけど、私に言えるだろうか。
最高の親友達に言えるだろうか。嫌われないだろうか。疎遠にならないだろうか。
でもきっと、あの三人は受け止めてくれると信じてる。
本当に最高の仲間だから。
だから私も頑張らなきゃ、ね。
-----------------------------------------------------------------
- 163 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:07
- 旅行の話が出るずっと前から梨華ちゃんは壁を壊そうとしていた。
いや、もしかしたらそれは壁ではなく扉かもしれないと思っていたのかもしれない。
重い扉を精一杯押して、その先に希望を求めていたのかもしれない。
アタシにはそんなことできはしない。
扉の先に希望があるとは限らないからだ。
それに扉だと思っていたそれが壁だと知ってしまったら、もう動く気力もなくしてしまいそうだから。
賭けとは概して損するようにできている。
貪るようにして読んでいる割にアタシの頭は意外と冷静だった。
頭のある部分は異常に興奮し猪突猛進に日記に執着する一方で、別のある部分は覚悟を決め
死の宣告さえも恐れないほど落ち着いている。
未だに二つの後悔を矛盾する天秤にかけているからかもしれない。
それももうすぐ決着がつくだろう。
ページをもう少しめくれば卒業旅行当日のことが書かれたページが出てくるはずだ。
そこにはアタシの求めていた全てが書かれていることだろう。
何もかもに答えが出る。
頭の興奮した部分が手を震わせ、しかし紙を急激にめくれと命令を出している。
シュルシュル、と音を立てながら日付が変わっていく。
もどかしさからなのか、その音がやたらと耳につく。
誰かがアタシの手を動かしているに違いない。
階段を上る軽々とした足音にも気付かずに。
- 164 名前:メカ沢β 投稿日:2005/11/09(水) 22:10
- 今日はここまで。
更新量が少ないのは勘弁してください。
近日また更新しますんで。
>>139名無飼育さん、ありがとうございます。
本当にありがとうございます。
自分のペースに少しプレッシャーをかけていきたいと思います。
もっと更新しますんで、見捨てないでね。
>>140名無飼育さん、ありがとうございます。
もう待たせませんよ。
人を待たせるほど偉くはないので、絶対に待たせませんよ。
>>141名無飼育さん、ありがとうございます。
もう誰も待たせません!
頑張ります!
- 165 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/10(木) 20:54
- うわぁ。ドキドキします。
これからどうなるのでしょう?
期待してます!
四人のアルバム見てみたい…
- 166 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/15(火) 04:32
- 続きが気になります!
- 167 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/21(月) 04:23
- 待ってますっ!!
- 168 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 05:25
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 169 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/31(土) 15:38
- 待ってます
- 170 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/14(火) 23:08
- 今日初めて読ませていただきました。
すごくいいところで続きになっちゃってますね…。
文章の表現や内容にとても惹きつけられました。
気長に待っていますね。
- 171 名前:メカ沢β 投稿日:2006/02/15(水) 18:16
- 生きてますよ
近々更新できるように推敲しております
- 172 名前:孤独な名無し 投稿日:2006/05/08(月) 19:23
- お待ちしております。
- 173 名前:メカ沢β 投稿日:2006/05/30(火) 00:20
- 非常に難儀な問題を主軸に物語を書いていて
様々な障害にぶち当たり、それを退けてもまたぶつかり……。
決して安易な気持ちで取り掛かったわけではなかったのですが、
書いては考え、考えては消し、また書いては考えと繰り返す内に
この話を最初から書き直さなければならないと思い始めました。
同性愛を真正面から書く上で現段階ではあまりに中途半端なことが多く、
また不真面目な点もありそう考えるに至ったわけです。
書き直すといっても話をガラッと変えるだとかってことではなく、
部分部分を増やしたり減らしたり少しイベントを変えたりといった感じです。
今現在も半年近く更新していない状態ではありますが、もう少し更新には
時間がかかると思います。次回更新時は前回更新した所まで
一気に更新しようと思っています。
ですので、今までの話を一旦全て忘れてください。
そして、次回の更新からまた新しい話だと思って読んでくださるよう御願い致します。
誠に自分勝手な話で申し訳ございませんでした。
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/30(火) 01:43
- いっそのことここは破棄して
新スレ立てた方が良いのかもしれないですよ?
メカ沢βさんの語り口が好きなので
復活を待っています
- 175 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/07(水) 22:55
- 御待ちしております。頑張って下さい。
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