かったりー体育祭フケて、校舎裏でダベってたら、
「次、綱引きだから、そろそろ来てくれないかな」
と、呼びにやって来る、体育委員の女のコ、それが保田。
ちょっとクールな表情と、黄色のハチマキ。そして、深緑のブルマ
から伸びたスラリと白い足がやけにまぶしかった高2の秋…
そんでもって
そんな眩しかった高2の頃を思い出しながら
借りたAV「ブルマ娘にスペルマを」で
喘いでる保田を発見し、落胆したものの
思いっきりヌいてしまった大学3年の春・・・
夏休みの読書感想文の課題図書。
図書館の貸し出しカード、ひとつ上の名前が保田圭。
残業で帰りが遅くなってもう寝ちゃったかなと思いながら
リビングへ行くと、テーブルで小さな寝息を立てている彼女。
起こしちゃ悪いなと思いながら、忍び足で歩くも直ぐに気づかれてしまった。
「あ、ごめん、寝てたよ、すぐ食事の準備するね」
そう言いながらパタパタとキッチンへ小走りに駆け込む。
やがて暖かい食事がテーブルに並ぶ。
「そんなじっと見つめられたら、食べにくいじゃないか」
彼女はニコニコしながら食事の一部始終を見つめる。
「だって、あなたの食べている姿が一番大好きだから。」
すっげー眠い倫社の授業中、携帯のバイブがブルった。メールみたいだ。
「いねむりしてんじゃねーぞ やすだ」
振り向くと、左斜め後ろの席で、だんごピースを作って、悪戯っぽく笑
ってる。それが保田。
突然の夕立ちは土砂降り。学校から駅までは歩いて10分ある。
えーい、濡れてもいいやと思った矢先、背中から声がした。
「ねぇ、入ってかない?」 同じクラスの保田がいた。
「圭を甲子園につれてくんだぞ!」
とオレのグローブを渡してくれた保田。
「しかたないよ・・・圭はモーニング娘。で、
オレだけの圭じゃないんだ・・・」
「確かに、確かに、モーニング娘。に入ることは
私の夢だったわ!!でも、でも・・・
もう一つ、私には夢があったの!!!」
最後のキスを交わした後の圭の瞳には涙がにじんでいた・・・
「さよなら、私のもう一つの夢・・・」
そう言い残して去っていった、圭・・・オレだけのモーニング娘。
掃除当番だって言うのに、みんな次々帰ってしまって残ったのは二人だけ。
「ったくもー、やってらんないわよね!」ふくれっつらで黙々とモップを動かす保田の横顔。
「なにじーっとみてんのよ!ほら掃除掃除!」
怒られてしまった。でもカワイイよ。
体育祭最後の大一番、クラス対抗混合リレー。
第1走者だったオレは、なんとかトップでバトンを渡せたが、その後順位は
徐々に落ちている。アンカーは体育委員の保田。手首足首を回し、屈伸をし
ているその表情は、いつもと同じ、クールな保田だった。こんな時でもアイ
ツ冷静なんだ。
やがて、第7走者がトラックを回ってきた。保田はリレーゾーンの端に立っ
て、後ろを振り返る。なんでだろう、オレの胸が早鐘のようにドキドキして
る。そして、黄色のバトンが、保田の左手に握られた。
短いポニーテール揺らして、保田が俺の前を駆け抜けて行く。オレも無我夢中
で叫んでた。何て言ってたかはよく覚えてないけど。
歓声と鳴り物と異常な興奮状態の中、ゴールテープを一番に切ったのは保田だ
った。オレは保田のトコロに駆け寄っていった。
「よっしゃぁー!やったなっ、保田!」
そう言うと、保田は肩で息をしながら、オレだけににっこりと微笑んだ。今ま
で見たことがない表情。オレはクラスが逆転優勝した事よりも、保田の興奮気
味の笑顔を見れた事の方が嬉しかった…
翌日。隣の席の保田はいつもの表情だった。
「あんな笑顔もみせるんだ。初めて見たよ」
「…」
少し顔を赤らめ、窓側を向いてしまった保田。そして、もう一度向き直って、
小声で言った。
「アンタが真っ先に来てくれたからよ。…どうもありがと」
今度はオレの顔が赤くなってしまった。
今日に限って母親が弁当を持たせたので昼食はいつもの面々ではなく
一人だった。そのまま暇を持て余した俺は一生縁のないと思っていた
図書室へたどり着いてしまった。っていうか、暇がそうさせた。
中にいる人に一応気を使ってそろそろと扉を開けてみたが、
予想通り誰もいなかった。最近は文章は総て電子化されてしまって、
重たい本を何好きこのんで読みふけるヤツなんている訳がない。
そんなことを考えながら室内を見回すと・・・カウンターに一人の女子生徒が
いるではないか。俺は失笑を浮かべながら、からかってやることに
思考を巡らした。
そして満を持して受付にいる女子生徒に声をかける。
「適当に面白いの教えてよ」
女子生徒は余程本に集中していたらしく、突然声をかけたものだから
びっくりさせてしまったようだ。
「あっ・・・・はい・・・」
そういって女子生徒は俺の方を見る。そこで始めてその女子生徒が
同じクラスの保田さんだと気がついた。
夏休みの花火大会、予定どうり女子○○部と合流。
片想いのあのコは部長のとなり・・・
「屋台のヤキソバっておいしんだよね」と
声をかけてきたのは・・・保田?
ある夏の日の夕方、いつもの帰路につく俺は公園の脇に
見なれないダンボール箱が置いてあるのに気づいた。
『どなたか拾ってやって下さい』
ダンボールの中にはまだ生後1ヶ月くらいの子犬が三匹
座っていて、俺を見て寂しそうに鳴く。
「ゴメンな。うちアパートだから・・・」
そうつぶやいて立ち去りかけたとき、横からスッと手が伸びて
一匹の子犬を抱きかかえた。
「許せないよね、こーゆーの」
それが保田圭との始めての出会いだった。
「あーあ。またママに叱られるな」
そう言ってニコッと笑う彼女。俺は、その笑顔が子犬に向け
られたものか自分に向けられたものかもわからずに、ただ
ドキドキしていた。高2の夏。
今でも鮮明に憶えてる。あれは、中学3年の体育祭の日の出来事だった。
(あー、かったりーな、、フケて帰っかな〜…)
僕はそんなふうに思いながら、ぼーっと女子の借り物競争の
様子を眺めていた。心地よい十月の陽気が、僕を眠りへと導く。
(ああ、、やべ、睡魔が襲ってきた、、、)
半分眠りかかったその時だった。
「ちょっお願い!一緒に来て!」
あ・・・?同じクラスの保田だ。息を切らしてる。
「な、なんだよ」
(…あ、そっか、今こいつの番なんだな。
僕が借り物の該当者なのか。)
保田とは幼馴染みでもあったけど、中学に上がってからは
滅多に口をきくこともなくなっていた。
(突然なんだよ、、皆見てるじゃんか)
立ち上がるのをしぶっていると、彼女は
「いいから、早く!」と僕の手を掴んで、走り出した。
半ば保田に引っ張られる形ではあったけど、とりあえず僕も走った。
(昔から目立たない奴と思ってたけど、こいつって案外強引なんだなぁ…)
気が付くと、僕達は一等のゴールテープを切っていた。
「はぁーーっ・・・・ てめ、起きぬけにこんな走らせやがって!」
僕はふざけて拳を振り上げた。憎まれ口を叩きながらも、気分は結構痛快だった。
(女子と走るのは恥ずかしかったけど、一等っていいもんだな。
それに、保田も一生懸命でなんか可愛いとこあんじゃん)
「ごめんごめん!私も悪いと思ったんだけどさ。・・・これ。」
保田は一枚の紙きれを差し出してきた。
「…? あぁ、借り物の…」
僕は小さくたたんであるその紙きれを開いてみた。
「該当するの、あんたしかいなかったんだもん」
『初恋の人』
紙きれにはそう走り書きしてあった。
実は、好きな人、とか そんなのを僕も少しは予想してた。
でも・・・初恋?まじかよ?あいつ、そんな素振り全然・・・
「おい、これって」
そう声をかけた時、保田はもう友達の方に駆け出していた。
呆然とその後ろ姿を見送っていたら、ふと彼女が振り向いたのが見えた。
「それ、ほんとなんだからねー!!」信じられない大声でそう叫びながら。
遠目でも、真っ赤な顔してるのがわかる。
(やべー・・・こいつ、すげー、可愛い)
「・・・待てよ!」
僕は周りの目も気にせずに、無意識のうちに、彼女の足取りを追い掛けていた。
「いらっしゃいませ、こんにちは。今日はこちらでお召し上がりですか?」
・・・はい
「ただいま、こちらの新商品、ポークピカタバーガーがバリューセット
で大変お得となっておりますが、いかがですか?」
いや、あの…フィレオフィッシュをひとつ…
「フィレオフィシュがおひとつー」
・・・・・・
「ご一緒にポテトやお飲み物はいかがですかー?」
・・・いや、いいです
「はい、お会計、250円になります。 ワンフィレ入りまーす!」
・・・・・・
「お待たせいたしましたぁ。……いつもありがとうございます」
・・・・・・!!
「ありがとうございました、またお越しくださいませー!」
新商品のポークピカタバーガー、食べたかったのに、頼めなかった。
ここのマックはよく来るけど、あのお姉さんの時はいつもダメだ。なん
か緊張しちゃって…よし、明日も来るぞ。明日こそはポークピカタバー
ガー食ってやる。…でも、またあのお姉さんだったらどうしよう。
でも、あのお姉さんだったら…ちょっと嬉しいな。
その店員の名は保田。
夏休み半ばの登校日、教室には十数人。
担任が部活の顧問だからなぁ、仕方なく教室の掃除。
ベランダで黒板消しを叩いていると隣からも同じ音が。
「うちのクラスも人きてないよー」と声をかけてきたのが、
保田圭・・・
それは忘れもしない検尿の日…
「おーいヤスダ、ちゃんと検尿採ってきたか?見せてみろよ、、
、うわーっ。まっじめちゃ黄色いじゃん。げげ。オマエ尿道変なんじゃないの」
「、、、、、」
オレが冷やかすといつも明るくオレに食ってかかってきた保田。
でもその時だけはいつもと違った…
初めて見る保田の涙……初めて見るオンナの保田……
夏休み、明け方まで寝付けず土手へと犬の散歩。
前方から首に黄色いタオルを巻いた牛乳配達。
見知った顔におもわず声をかけると
「早起きなんだ・・・ハイ、朝のくだものは金。なんちて」と
森永フルーツ牛乳を手渡し去っていくのは
保田圭・・・
重病で入院している息子が大ファンなので、だめでもともとと思いつつ
「一度見舞いに来てくれませんか。」と手紙を書かせていただきました。
でもまさか本当に来て下さるなんて・・・
しかもその日は大事なコンサートの日。忙しいリハーサルの合間を抜け出して
わざわざ来て下さったそうです。
息子の病気は手術をしなければ治らないんですが、怖がって手術を受けようとしないんです。
それを聞いたあの方は
「コラッ、元気出さなきゃダメだぞ。私も今日のコンサートがんばるから
キミもがんばって手術受けなきゃ。
そして早く良くなってコンサート見に来てね。一番いい席用意して待ってるからね。」
と言って下さいました。
その言葉に勇気づけられて息子は手術を受ける決心をしたようです。
おかげさまで無事手術もすみました。もちろん大成功です。
本当にありがとうございました。
保田圭様・・・
学校の帰り、河原の土手の通学路で自転車がパンクして
困っていた俺に声をかけてくれて、近所の自転車屋まで
付き合ってくれた隣のクラスの保田
「ああ・・・またふられた・・・・・・」
そんな僕の肩をぽんぽんと叩く保田。
「なーに落ちこんでんだか!そうだ!景気付けにラーメン食べに行こうよ!」
あれ・・・?保田ってこんなにかわいかったっけ?
朝起きたらとなりに裸で寝ていたのが保田
昨日のダイバー、「ラブラブメッセージゲーム」での保田の発言一覧。妄想のおかずにどうぞ。
「酔っ払っちゃったかなあ」
「手、つなごっか」
「乗ってかない?」
「楽しいね、一緒にいると」
「愛してるよ」(なっちとかぶったので撤回)
→「I need you」
個人的には「手、つなごっか」がとくに良かった。
二学期の席替えでクラス1の美女の隣になれず、保田が隣に。
最初はふてくされ、ろくに話もしなかったが、
消しゴムを借りたのをきっかけに、よく話すようになる。
ふと気付くと、それが毎日の楽しみになっていた。
しかし、あっという間に学期が変わり、席替えが行われることになった。
クラスの他の男子は誰がクラス1の美女の隣の席になるかで盛り上がる。
その輪の中になんとなく加わる僕であったが、本当は保田と離れるのが
悲しかった。そして、心の中でまた保田の隣になれるようにと願った。
でも、そんなに都合良く行くはずもなく、僕は前から2番目、保田は一番後ろ。
「先生!わたし目が悪いんで、前の人と代わってもらっていいですか?」
保田が隣に来た。
(お前・・・・・・目、悪かったっけ?)
(いいじゃん、ばれなきゃ。ね?)
悪戯っぽい笑顔を僕に向ける。
大学受験の会場で、緊張でガチガチになっている俺に、問題用紙を
配りながらそっと微笑んでくれた学生のバイト試験監督員。
高3の俺と少ししか年が変わらないのに、やけに大人に見えた。
この人に会いたい。その一心で試験に臨んだ。出来は五分。
再会の機会が訪れるのを夢見て、僕は試験場を後にした。
早稲田編
4月、僕は大学に合格していた。
周囲はサークルだのコンパだのではしゃいでいる。
でも、僕にはどうしてもやらなくてはいけないことがあった。
そう、あの試験監督員に会いたい。
広いキャンパスの中を夢中で駆け抜けた。
そして、教育学部校舎の401教室。授業を終えて出口にやってくる
1人の女子学生。見覚えのある顔。あの時の人だ。
意を決して彼女の前に立ちふさがる。
「あ、あの…」
「なにか?」
「あの…。僕、法学部1年の市井といいます」
「どうも。私は教育学部2年の保田です。なにか、ご用ですか?」
「い、いえ…。あの…」
「お〜い、圭!」遠くから男の声がした。
「あ、中澤先輩!」
「待ってくれよ。一緒に昼メシ食べるって約束したろ」
「あ、ごめんなさい。すっかり忘れてました」
「ったく、しょうがねえなあ。あれ、こちらは…?」
「あ、そうだそうだ。私になにか用?」
「い、いえ、結構です」
僕は全速力でその場から逃げ出した。そして、大隈重信の銅像を見上げた。
勇ましく前を見ている大隈さんの顔が、僕に微笑んでくれた気がした。
その瞬間、涙がこぼれてきた。次の瞬間、後ろから声がした。
「おい、市井!どこ行ってたんだよ。今日はサークル見て回ろうって
約束だっただろ」大学に入って最初に出来た友人、後藤だった。
「わるいわるい。ちょっとトイレ行ってたんだ」
「なんだ、トイレか。あれ、お前泣いてないか?」
「あっ、いや、その…俺、花粉症なんだ」
「そうか、大変だな。じゃあ、行こうか」
「ああ」
一つの青春が終わり、そして新たな青春の始まりだった。
教室の窓際の一番後ろが俺の席。前回の席替えでは運良くこの特等席に
座れたけど、2回連続は絶対ないよなー、と思ったら、ゲ、マジ?
特等席だ、俺はなんて運がいいんだ!またこれで昼寝ができる。
その夜ふとんに入ってから、ふと気になったことがある。
席替えの前に「さみしいなー」と冗談ぽく笑って言ってた隣の席の保田。
夏休み、お袋に買物頼まれたんで駅前のスーパーに行ってたら、
夕立にあって雨宿り中。ついてねーなーと思ってたら、向うから
真っ赤な傘が歩いてきた。何気に見てると傘がちょっと上がって、
白い浴衣の少女が顔を出す。
「あれ?どしたの?」
あ、確か保田とかいったっけ。転校してきたばっかりの。
「あ、急に降られてさ、参ったよ」
「家、こっちだよね。いいよ。送ってあげる」
「あ、助かる。わりーな」
意識もした事無い相合傘。なんか照れくさいんで、
わざと半歩前を歩いていた。
「ねぇねぇ。そんなに急ぐと濡れちゃうよ。もっとゆっくり歩いてよ」
ふと振り向いたとき、ドキッとする笑顔をした保田がそこにはいた。
にこっと笑うと、体を引き寄せ
「ね、もっとゆっくり帰りましょ。」
あれ?どうしたんだろう。いつもは会えば口げんかばかりの保田なのに、今日は元気がない・・・
「あのね・・・・・・わたし、転校するんだ。」
「両親が離婚するの・・・・・・でね、私はお母さんのほうに行くから・・・・・」
(つづく)
西友所沢支店地下一階食品売り場で、
頭に三角巾巻いてソーセージ焼いてるデモンストレーター。
もの欲しそうに指をくわえる子供に「ボク、いかが?」
そのころ、僕はひとつ下の学年の安倍さんに夢中だった。
廊下ですれ違うと胸がドキドキして、いつまでもその後ろ姿を見つめていたものだ。
ある日の朝、少し早めに登校すると、靴箱のところに安倍さんが立っていた。
「あの、先輩、これ読んでもらえますか…」
なんと彼女も僕のことが好きだったんだ。
僕は完全に有頂天だった。
教室にいた女友達、保田をつかまえて夢中で話した。
「おい、この手紙見てくれよ。安倍さんがくれたんだぜ」
「…そう、良かったね…」
保田の態度はそっけなかった。
僕は少しムッとした。僕が安倍さんを好きなことは、保田だってよく知っているはずだ。
「なんだよ、もっと喜んでくれたっていいだろ」
言い終わって、はっとした。下を向いていてよくわからないが、保田の目が充血しているように見えた。
少し間を置いて、保田は顔を上げた。
「そうだね、ごめん。良かったじゃん、おめでとう」
いつもの保田だった。
「私ちょっと用事があるから、また後でね」
そう言うと、保田は走って教室を出ていった。
泣いているように見えたのは錯覚だったのだろうか?
僕の全身を覆っていたはずの興奮は、嘘のように消えていた。
放課後の美術室で一人イーゼルに向かう保田。
難しそうな顔をしていたので、何を書いているのか覗いてやった。
「これ、犬?」
「猫だよぅ」
「絵が上手いね、保田さんは」
「・・・あんたなんかキライ・・・」
どうやら嫌われてしまったようだ。
屋上からボーっと下を見ていると、女子数名が口論をしているのに気がついた。
居るのは同じクラスの保田、安倍、隣のクラスの後藤だ。
「保田さん、あなた一体どういうつもりなの!?」
凄い剣幕で捲し立てる安倍。
「・・・・・。」
軽く受け流す保田。
「彼にはもう後藤とつき合ってるんだからねっ」
安倍はかなり熱くなってるようだ、安倍の後ろで後藤はオロオロしている。
「別に。彼が勝手に手紙送ったり、ちょっかい出してくるだけの事よ。」
突き放した様に保田が答える。
「あたしだっていい迷惑なのよ、大体なぜあなたは自分で言えないの?
自分で言ったら負けを認めたみたいだからかしら?」
瞬間、後藤の平手が飛ぶ。
「何よ、あなた何様のつもり!」
後藤の声は完全に上擦っている。それでも保田は一向に動じず続ける。
「わたしは何もしていない、それだけよ。」
安倍と後藤は成す術を失い、黙り込む。
「これで気が済んだかしら、それじゃ私は用があるから。」
その場を去る保田。
俺は思わず屋上から拍手しながら、叫んだ。
「ブラボー!!」
それに気付いた保田と目が合ってしまった。
「・・・バカ・・・。」
どうやらバカにされているようだ。
階段で脚を踏み外して、転倒。
ショックで起き上がれない時に、上から「ふふふ」と笑い声。
ふと見上げると、そこには保田が・・・
くそ〜
営業部の新人歓迎会の宴席で、本年度入社で一番の美人と噂の吉澤が、
部の女の子からセクハラ大魔王と呼ばれている万年課長代理・山田勇に
お尻を撫でまわされて困っていたとき、「なにしてんのよ!このタコハゲ!」
と平手打ちをかまして以来、新人から頼れる先輩として一目置かれる保田。
週イチ恒例、サークルの飲み会。宴もたけなわ、お決まりの席替えタイム。
この席替えタイムがきっかけで付き合い出すヤツらも多かったりする。
男子の一番人気は新入生のサヤカ。そこそこカワイくて、明るくて、男子
はみんな、サヤカの隣の席が当たるように祈ってるみたいだ。俺としては、
楽しく飲めればそれでいいんで、席なんてどこでも良かった。そして、俺
の番。アミダくじの指がゆっくりと下りていく。どこでもいいはずなのに、
なんでだろう、ドキドキしてる自分がいる。変だ。
「はい、オマエ、保田のとなりね」
どこでもいいはずなのに、ちょっとがっかりとかして、保田の隣に座る。
「…ゴメンね、ワタシなんかの隣で」
保田がちょっとバツ悪そうな笑顔を浮かべて言った。なぜだろう。その
笑顔にちょっと罪悪感とか感じてしまって、俺は何も言えなかった。お詫
びの印に、今日は保田を思いっきり楽しませてやりたい。そして、保田の
事をもっともっと知りたい。あんまり話とかしたこともないくせに、俺は
そんな事を考えていた。
嫁さんと一緒にスーパーに買い物。
俺はただ食うだけなので、嫁さんの買い物を見守るだけしかない。
ふと見ると、冷凍食品売り場の前で何やら考え込んでる。
「どした?」
「あしたのお弁当のオカズ、カニクリームコロッケにしようか、一口トンカツ
にしようか、ねぇ、アナタ、どっちが好き?」
「そうだなぁ…」
俺はそう言って、ウロウロさせていた人差し指を嫁さんの鼻の頭に置いた。
「俺は、コレが一番スキ、かな」
「も、もう…バカ…」
嫁さんのヤツ、顔を真っ赤にさせて、カニクリームコロッケと一口トンカツ
を両方カゴに投げ入れちゃった。なんてカワイイやつなんだ。
どうしてもまとまらない見積書。ついにイライラが頂点にきた俺は、髪
をかきむしって席を立つ。なんで俺だけこんな辛い思いしてんだ。たま
らない気持ちをタバコの煙と一緒に吐き出して、デスクに戻る。椅子に
腰掛け、さぁ続きを…と思ったとき、デスクに入れたてのコーヒーとメ
モ用紙が置いてあるのに気がついた。
「ワタシにはこれくらいしかできないけど、ガンバって けい」
ふと左隣を見ると、何事もなかったかのようにディスプレイを見つめる
保田がいた。なんか、救われた気がした。
「あ、保田。悪い、消しゴム貸してくんない?」
俺はそう言って、右腕を前に差し出す。
「もう、消しゴムくらい持ってなさいよね」
そう言って向かいの席の保田は消しゴムを俺の右手に乗せる。
「サンキュ…ってオマエさ、カバーくらいつけとけよな、消しゴム」
カバーのついてない、裸の消しゴム。使って、返そうとして、何か書いて
あるのに気がつく。
『今日、どっか行こーよ』
俺は少し消しゴムに細工をして、保田の左手に消しゴムを返す。
『6時にエレベータホールでな』
何気ない、昼下がりだった。
俺のミスのせいで、保田主任が怒られてる。
部長の説教はいつもの事だけど、今日は特に長いしキツい。あのクソ部長
あんなにキツく言う事ねーじゃねーか。主任、泣きそうになってるよ…
「主任…」
「ん?」
「すんませんでした。俺のミスのせいで…」
「…何言ってんの。あなたが謝る事ないの。部下の責任とるのがワタシの
仕事なんだから。ワタシがいる限り、部下のあなたを辛い目にはあわせ
ないよ。だから、気にしないで仕事しなさい」
「主任…」
今度は俺が泣きそうになった。
今日ラストの外回り。
「いつもお世話になっております。総務部の寺田課長おられますでしょ
うか…」
「お約束はございましたでしょうか?」
「いや、ないですが」
「では、少々お待ちくださいませ」
あれ、この受付の人ってこんなにカワイかったっけ?
「申し訳ございません。あいにく寺田は打ち合わせ中でございまして、
終わるまでもうしばらくかかるとの事ですが…」
「じゃあまた出直します。それじゃ…」
「あの…」
「…はい?」
「…その…」
「何かございましたか?」
「…彼女…とか…」
「え?」
「彼女とか…いらっしゃるんですか…?」
「は…?」
『保田』という名札をつけた受付嬢は、顔を赤らめて僕にそう聞いた。
それが、彼女との最初の出会いだった。
8時7分。
間に合った。8時10分の下り列車がもうすぐ来る。ぎりぎりセーフだ。
でも、僕が乗るわけじゃない。乗るのは向かいのホームのあのコだ。
毎日、同じ時間同じ場所に、一人立ってるあのコ。
名前も知らない。
声も知らない。
でも、僕はあのコの事が好きになってしまった。
名前を聞きたい。
声を聞きたい。
明日は、あのコと同じホームに立ってみようと思う。
もうこの歳になって、妹と一緒にどっか行くなんてこっ恥ずかしいんだ
けど、妹がどうしてもって言うもんだから、しょうがなしに渋谷に。
なんか、彼氏の誕生日プレゼントを選んで欲しいって事らしい。で、い
ろいろ物色して、ちょっとイイ感じのチョーカーがあったんで、それを
買ったみたいだ。やがて、日も落ち初めて、疲れたんでサ店で休憩する
事にした。
「ねぇ」
「なんだよ」
「周りの人はさ、私たちの事、恋人同士みたいに見えてんのかなぁ」
「さぁな。見えないんじゃねーの」
「ふーん…ワタシ、理想のタイプはお兄ちゃんなんだよね」
「…な、何言ってんだよっ」
「何、赤くなってんのぉ」
「だってオマエがヘンな事言うから…」
「ヘン? そうかなぁ。だって、お兄ちゃんかっこいいもん。今の彼氏に
もお兄ちゃんみたいになって欲しいなって思ってるんだけど」
まさか、こういう展開になるなんて思ってなかったもんで、すっかり動揺
してしまった俺は、その後妹の顔を真っ直ぐに見れなかった。
なんか、ヘンな気分だ。
朝起きたら、台所からイイにおいがしてる。
確か、母さんは町内会の慰安会で伊豆に行ってるはずなのに…
慌てて階段を降りてみたら、圭ねぇちゃんが黄色いエプロンつけて台所
に立ってた。僕が降りてきたのに気がつく様子もなく、おタマ片手に味
噌汁の味見してる。なんか、ねぇちゃんって、いっつもダラダラしてて、
こういう事全然できなさそうに見えるし、こんな風に台所に立ってる姿
は、なんか不思議な感じだなって、思わずジッと見つめてたら、やっと
気がついたみたい。
「…あ、おはよ。ご飯できてるから、着替えて顔洗ってきな」
「…あ…うん…」
「どーしたのよ、不思議そうな顔しちゃって」
「……圭ねぇちゃんもこういう事できるんだなぁ、って感心しちゃって」
「…バぁカ」
そう言って、一瞬、いつもの圭ねぇちゃんの顔に戻った。僕はちょっと安心した。
俺様はテディベア。生まれは中国。
いわゆる帰国子女だ、格好良いだろう。
同居人は保田圭。もうかれこれ10年来の付き合いになる。
一晩中泣き明かした日も、真夏の太陽よりも眩しい笑顔の日も
俺様は圭のすべてを知っている。
ガチャ、玄関の扉が開く、ご主人様のご帰宅だ。
「はぁ・・・。」
大きなため息一つ。どうやら気分は雨降り模様のようだ。
彼女は荷物を投げ出し、そのままベッドに勢いよく倒れ込む。
その振動でベッド脇に座っていた俺様は転がってしまった。
圭の横に寝る格好になり、目が合う。
「あ〜」
圭の瞳に悪魔の火が灯るのが見えた。身の危険が俺様の全身を襲う。
「うっひっひ」
なんだ気持ち悪い笑い方して。早く元の場所に戻してくれよ。
「飛行機だぁ!」
圭はそういって俺様の両手をつかみ、滅茶苦茶に振り回し始めた。
やめてくれ〜、俺様の脇は縫製が甘いから脇腹にくるんだよっっっ!
イテテテテテ、マジヤバいって、具が出るぅぅ〜〜〜!!
ゴン!ベットの縁で思いっくそ頭を打ち、そのままベットに落下。
何すんだよ、この情緒不安定娘がぁぁ!!
「ゴメンね、痛かった?」
痛いに決まってるだろ、こちとら危うく脱腸の上、くも膜下出血で
死ぬところだったんだぞ、そんな格好悪い死に方末代までの大恥じゃねぇか。
つーか、圭?聞いてるのか?
「うっ、うっ・・・」
嗚咽を漏らし始める圭。何だよ、泣くほど反省するならもっと俺様を大事にしろよな。
「・・・・・・」
おーい、聞いておられますか?圭さん?
もの凄い力で俺様を抱きしめながら腹に顔を埋めることで
声を押し殺そうとしたが、それでも圭の声が漏れる。
「うぇぇぇぇん。」
・・・・・・・もしかして、何かイヤな事でもあったのか?
俺様でよければ・・・まぁ、腹の一つぐらい貸してやっても・・・いいかな?
圭は数刻俺様を強く抱きしめたまま、動こうとしなかった。
「・・・うん、少しすっきりした。」
圭はニパッと笑って、俺様を見つめる。
まぁなんだ、悩み事があればいつでも俺様を頼ってもいいぞ。
まじまじと俺様を見つめる圭。よせよ、照れるじゃねぇか。
「あ、顔の跡がついちゃった、あはは。」
そういってファンデーションで出来た自分の顔を見てケラケラを笑いはじめた。
んだとぅ!絶対に許さぬっ!!
お前はこれで俺様に腹芸でもしろっていうのか、コラー待たんかー!!
「さーて、風呂だべさっ」
そう言って服を脱ぎ散らかしながら、圭は浴槽へ向かっていった。
何とも言えない疲弊感、そして少しばかりの満足感が・・・なかったな。
ベランダから差し込んでた光が、急に輝きを鈍らせていく。
そして、静かに雨音が天井を叩き始めた。
雨なんてキライ…
そう、あの人と初めて会ったのも雨の日だった。
報われない愛だって解ってた。
でも…
私はあなたを愛した。
ベッドの上でひざを抱えて
鳴らない電話を見つめてる。
雨音に寂しさを染み込ませながら
鳴らない電話を見つめてる…
雨なんて…
ゴルフもしないし、バクチも打たない。典型的な無趣味人間の俺が、人生
40年目にしてやっとやっと見つけた、アフターファイブの楽しみってヤ
ツ。週に一度、あのノレンをくぐるのが、ここ数ヶ月の日課になった。で
も、元来酒の弱い俺は、ちょっと飲むだけで、頭の中がグルグル回っちまう。
「ねぇ、あんまり飲みすぎない方がいいよ。はい、冷たいお水、どーぞ」
口もとのホクロがいとおしいママ。こんな、何の取り柄もない俺にまで、
優しい言葉をかけてくれる。例えそれが「営業トーク」だったとしても、
俺はそれに騙されてもイイって思う。
この頭のグルグルは、きっと酒だけのせいじゃねぇな。
「いらっしゃい。ひさしぶりぃ。…ん?今日?ううん、そんな忙しくない
よ。お給料前だしね。みんな財布のヒモしめてるんじゃないの?
…いつものでイイよね。………はい、どーぞ。………ねぇ、ちょっと話
あるんだ。 実はね……今日でお店ヤメる事にしたんだ……うん。いろ
いろあってね………そりゃ驚くよね。………ワタシね、もう、本当にこ
んな仕事イヤでね、入ったばっかりの頃って、本当、もう毎日ヤメたい
ってそればっかり思ってて……でもね、ヤメなかったのはね……アナタ
が来てくれてたから……ううん。ウソじゃないよぉ。だって初めて本指
名くれたのもアナタだし、ずっとずっとワタシの事指名してくれたし……
ワタシがヤメる時は、アナタが来なくなる時だって、ずっとそう思って
て……でも、ワタシの方が先にヤメちゃう事になって…あれ…なんでだ
ろ……涙出てきちゃった。ダメだね、こんなんじゃ風俗嬢失格だね…で
も…でも…………(グスン)ゴメンね、なんか変な感じになっちゃって。
……さぁ、「グッドモーニング渋谷店のケイ」は今日が最後の仕事だか
らね。思いっきりサービスしちゃうよ。覚悟しなさいっ」
保田については、「ブサイクで、ガラが悪くて、がさつな奴」程度の認識しかなかった。
だから、部活の後にカラオケにつき合わされた時にも、俺はただかったるいだけだった。
部活の女子連中の中で強いてタイプと言えば後藤だが、後藤が部長の彼女だというのは
周知のことだ。
何より、カラオケ自体が俺は好きではない。グレイ、ルナシー、ELT、ハマサキ、
歌手名を見ただけで曲調が分かってしまう。誰も彼ももうお腹いっぱい、という感じ
だ。その日もすっかり退屈しながら、とりあえず盛り上がっている振りをして、内心で
(いつものように断るべきだったなぁ)などと考えていた。
(次は、松任谷由美『リフレインが叫んでる』・・?松任谷由美は知ってるけど曲は
知らないなぁ・・・えっ・・!?)
背筋に電流が走った。
保田って、こんなに艶っぽい歌声なんだ・・・
あのカラオケの時以来、保田のことが気になって気になって仕方ない。
あんなに馬鹿にしていた保田の顔も、時々、凄くきれいに見えてしまう始末だ。
今日も俺は重いダンボール箱を抱え汗を流す。ここの倉庫のバイトは、金にはなるが
かなりの重労働だ。横を見ると、俺のとそんなに変わらない重さの荷を、必死に運ぶ
保田の姿がある。よく頑張るな。
保田圭は俺のバイトの後輩にあたる。聞いた話によると、朝はファーストフードで
働いて、昼はチラシ配り、そして夕方にココのバイト。なぜそんなに金が要るの
だろう?彼女とはほとんど話をしたことが無いのでわからない。
そうしているうちに今日も休憩時間に入った。いつも通り一人離れた場所に座って
休憩する保田。何やらうつむいている。あれっ!泣いているのか?
俺はホットコーヒーを2人分買って彼女の横に座った。
「お疲れ。飲めよ」
彼女は小さく「ありがとうございます」と言い、コーヒーを受け取った。しばらく
会話の無い時間が続いた。沈黙を先に破ったのは保田だった。
「あたし・・・弟が病気なんです。でもお薬とかすごく高くて、バイト1つじゃ
全然足りなくて。最近手術しないと治らないって先生に言われて、それで、今日が
その手術日なんです」
俺にとってはあまりにも重い話だった。パチンコの軍資金のために働いている自分が
急に恥ずかしくなった。
「そっか。うまく行くといいな、手術」
しかし彼女の表情が、手術の成功率が決して高くないことを語っていた。そのとき、
「おーい、保田君。ここに居たか。電話だよ」
倉庫内の事務所に保田あてに電話がかかってきた。意を決したように立ち上がる保田。
俺は黙って見送るしかなかった。ややあって、保田は帰ってきた。
「手術..うまく行ったって。あと三ヶ月で退院できるって。あた、あたし...」
最後は声にならなかった。汗と埃と涙で彼女の顔はぐしゃぐしゃだ。
でもいい笑顔だ。俺も笑い返す。
「今日はもう弟さんのところに行ってやれよ。あとは俺やっとくからさ」
「で、でも...」
「大丈夫。バレないって。タイムカードも押しといてやるよ」
「本当にすみません。助かります」
そう言ってお辞儀をすると小走りに駆けていく彼女。そうだ。こんな一生懸命な子が
幸せになれないわけがない。保田にはきっと明るい未来が待っている。何故かそう
確信してしまう俺であった。
この一週間ずっと深夜まで接待で飲みっぱなし。仕事だから、
辛いなんて誰にも言えないけど、さすが昼飯食えなかった。
今日も課の飲み会で飲んでる。え、もう終電終わっちゃったの!?
え?次の店? また朝までコースか、酒豪が多いからな・・・
「おい、大丈夫かよ、とりあえずもう一杯飲め!」
明け方になってさすがに気分が悪くなってきたが、
ここは先輩のおごりだ、飲まなくては。
うぅぅ、なんか気持ち悪くなってきたよ、吐きそう・・・
ハッと目が覚めた。自分の部屋じゃない。
(あれ?ここはどこ? あ〜頭痛テ・・)
朦朧とした意識のまま顔を横に向けると、台所に立ってる女性がいる。
(この人の家?)
「あ、起きたの?ねぇ大丈夫?」
気配に気付いて振り向いたのは、同じ課の同期の保田だった。
「ホントごめん、俺昨日どうしちゃったんだろ」
「全くみんな飲ませるだけ飲ませといて帰っちゃうんだもん、
ひどいよね。仕方ないからわたしが拾ってきたのよ」
「う、そんな人を捨てネコのように。ひでぇよ保田」
「でも知ってるよ、今週は毎日遅くまで大変だったんだよね。
あ、もうすぐゴハンできるからもうちょっと待っててね」
そう言って台所に戻る保田。俺はなんだかホントに救われた気がした。
「保田って優しいよなー」という言葉が自然と口をついて出た。
すると保田は「そんなことないよー」と背中越しに、照れたような返事をした。
やがて食卓には、ごはんと味噌汁、漬け物、卵焼き、そして隣の課の
安倍さんの実家からのお裾分けだという塩鮭などが並んだ。
「あんたさ、ちゃんと毎日食べてる?」
「独り暮しの男の食生活なんてたかが知れてるよ
朝飯なんて何年ぶりか・・・」
「お味噌汁味どう?」保田が不安げに聞く。
「うん、ちょうどいいよ。あ、大根!俺好きなんだよ。
料理うまいんだな、お前いい嫁さんになるよ。」
「よかった!作るの久しぶりだったから・・・」
保田は嬉しそうに笑った。
「ごちそうさま、おいしかった。悪いな、迷惑かけちゃって。
せっかくの休みの日だってのにさ。この埋め合わせは必ず・・・」
「ううん、別に。それよりさ、今度あんたの家ゴハン作りに行ってあげよっか?」
ここで初めて保田の気持ちに気付く俺ってやっぱ鈍感だ。
「ねぇ」
「……」
「ねぇったら」
「……」
「もぉ〜、ねぇったら、ねぇ!?」
「…モゴモゴ、なんだよ?」
「あ、オベント付いてる」
「え?」
「急いでるからってアセって食べるからよ〜、もぉ〜。
ホラ、じっとしてて。取ってあげるから!」
「あぁ…」
「勿体無いから食べちゃお。(パクッ)
ところで、ねぇ、今日、何の日か、知ってる?」
「ん〜?なんだっけ…」
「もぉ〜、わかってるくせに。ひど〜い!」
そういえば、今日は圭とオレの結婚記念日だったっけ…。
その日も俺はいつものサークル仲間との談笑に興じていた。
「・・・ってゆーかよ、保田ってスタイルはいいんだけど顔がイマイチだよなぁ。
ん?何だよ?後ろ?」
友人に指摘され振り向くと、そこには同じ学部の保田圭が無表情で立っていた。
いつも過激なツッコミを俺に入れてくれる彼女。やべ、殴られるか俺?あれ?
保田は立ったまま下を向くと手で顔を覆ってしまった。ウッウッという押し殺した
声が指の間から漏れてくる。
「あーあ、泣かせちゃったよ、俺知らねー」「ひでえこと言うなよ。かわいそー」
と無責任な友人達。言うだけ言うと俺達2人を残して逃げるように行ってしまった。
「わり...ゴメン。俺そういう意味で言ったんじゃないんだよ」
しかし、保田は泣き止まない。周りの目もある。あーカッコ悪いな俺。
「ああは言ったけど、俺めちゃ好みだよ。目とか好きだし、ホクロも好きだし。
マジでゴメン、許して。何でもするからさ」
保田が顔を上げた。目は赤いがいつもの表情だ。
「じゃあねぇ..ラーメン!」
「はぁ?」
おいおい、泣いたカラスがもう笑ったよ。げ!腕を組んできやがった!
「ラーメン食べたいなー」
「・・・はいはい。ってお前鼻水出てんぞ」
「ウルサイッ(ドカッ)」
うげぇ、みぞおちに入った。あーあ、結局保田のペースか。でも不思議と
悪い気はしなかった。たまにはいいか、こういうのも。
市井紗耶香の場合。
「大変だよ、圭ちゃん!」
市井は保田の姿を見かけると事務所の玄関から飛び出してきていきなり大声をあげた。
「何?また漫画の主人公が予想外のキャラに転んだの?」
保田は市井が熱くなれることは恋と少女漫画と飛行機の3つしかないのを見抜いている。
「ちがうって〜。」
「じゃぁ、F/A-18Cが墜落したんだ。」
「ちがうんだよぉぉ〜。」
市井は両手ををグーにして縦に何度も振る。
「ピロシキが来るってよ、早く逃げなきゃ!」
市井の目がカッっと見開いているので、かなり大変な事は理解できたが、
不可解な単語が混じっているのに疑問が残る。
「だからなんで逃げなきゃなんないのよ。」
脈絡のない会話に付いていけない自分に、あぁ私も歳をとったなと
0.3秒で老け込んでしまう。
「あたしは忠告したからね、きっと生き伸びてね、約束よ。」
保田は唖然としながら、市井が摺り足で走り去るのを見送った。
「器用だね、剣道部員は。」
後藤真希の場合。
(116過労のため、ここからは音声のみでお楽しみください。)
後藤「あぁ〜圭ちゃんだぁ〜」
保田「こんなところで何してるの」
後藤「ん〜これから逃げなくちゃなんないの〜」
保田「鬼ごっこの途中?」
後藤「え〜だってピロシキが降りて来るでしょ、超ヤバいよ〜」
保田「お前もか。」
後藤「じゃぁ〜、またね〜」
保田「あれでも逃げているつもりなのかね。」
飯田圭織の場合。
飯田「圭ちゃん・・・。」
保田「何?電波がまた届いたの?」
飯田「#§◆ピロシキ&◆△※◎スミダ!」
保田「電波法ってなんだ。」
中澤裕子の場合。
中澤「ピロシキがえらいことになったな、圭坊。」
保田「もういいです、みんなしてあたしをからかっているんでしょ?」
中澤「何言うてんの、ほんまの事やっちゅーねん。」
中澤「死んでもしらんで、ほな、生きとったらまた逢おうな。」
保田「アミダババァみてぇ。」
吉澤ひとみの場合。
吉澤「・・・保田さん・・・。」
保田「何?辛気くさい顔して、あなたもピロシキが届いたの?」
保田「顔の黒点が多くてピロシキの受信が良好だって?」
吉澤「・・・あたし、そういう冗談キライです・・・。」
保田「同じニオイを感じるんだけど・・・気のせいかな」
矢口真里の場合。
矢口「うぉー、アレがピロシキかー格好いいな〜」
矢口「つーか、見とれている場合と違うぜよ。」
保田「どれ?見えないんだけど。」
矢口「カーッ!たまんないッス!!」
保田「誰かピロシキって何なのか教えてよぉ!!!!」
今日もTVから流れるあいつの歌声。カメラに向かって笑って見せる顔に、俺は初めてあいつとマックで会った
時の事を、思い出していた。
あいつが歌手になるって言った時、てっきり冗談だと思った。それが本当だと判った後も、俺は引き留めなかった。
未練がましいのは男らしくないと思ったし、綺麗に別れるのがカッコイイと思ってた。
最後に会った時、あいつは淋しそうに笑って見せた。
デビューしてからのあいつは、「不細工」「辞めろ」と叩かれまくっていた。俺は、マスコミから不細工アイドルの
元彼として公表されるのではと思い、あいつと付き合っていたことを後悔していた。だけど、あいつは俺の名前は
一切口にしなかった。俺の心配は無駄に終った。
あれから何年経っただろう?TVで見るあいつは、自信に溢れ、そして・・・綺麗になった。
お〜〜〜い!圭。元気そうじゃないか。俺も今、幸せだよ。あの頃より、ちょっぴり太ってオジサンになったけど。
「ごはん、できたよ」
ぼんやりTVを見ていた俺の後ろから、5歳になる長女が呼びに来る。
こいつに何故「圭」って名づけたのかは、女房にも内緒なんだ。
オッス、わいの名前はN502iちゅーねん、よろしくな。
それやったらわいが何者かわからんって?
携帯電話やがな、えぇ仕事するで、いやホンマに。
そこで今日は最近のわいの働きぶりをみんなに紹介するわ。
持ち主は言わんでもわかるわな、保田圭や。
わいは親しみを込めてお嬢ってよんどるんや。
でもな、お嬢に買うてもうてから、わいは仕事をしてへんのや。
お嬢に嫌われるような事もした覚えがあらへんねんけど・・・。
おっ来たでぇ、久しぶりの着信や。
相手は・・・番号非通知!? 失礼なやっちゃ、切ったろ、ブチッ。
「ん〜、さっき一瞬ブルっと来たのに・・・」
お嬢、今時番号非通知は最低のマナー違反や。
そんな事するようなヤツはロクなもんやないさかい切ったで。
これでまた悪い虫を撃退したってことやな。わいは最高にお嬢思いや。
おいおい、またまた着信や、今日は新記録達成やな、相手は・・・
矢口真里かいな。あの娘はお喋りやさかい、ええ仕事ができそうや。
着信音は・・・おっ、わいの十八番、宇多田ヒカルのAutomaticや。
ほな、一丁・・・「なぁ〜なぁかいめのベルでぇ〜・・・♪」
「もしもし、保田です。」
あぁぁっ!!せめてサビまで歌わしてぇな、殺生やで、ホンマに。
「うん、うん・・・そうなんだ。へぇ。」
・・・いつもの事ながら音声の受信ばっかりやな。
しかも内容はどうでもええ事、ばっかりやし。
「じゃぁね、バイバイ。」
通話時間は11分11秒や。その内お嬢が喋った時間は20秒程度やったで。
まぁ聞き上手なんはええこっちゃ、わいの仕事の内容としては不満やけどな。
今日も一日ご苦労さん、はよ充電してんか、もうヘトヘトや。
ん、なんやバイブレーションモードにして。
わいは疲れてるちゅーねん。
「ん・・・んん・・・・・。」
コラコラ、わいを股にあてがって何やっとんねん!
仮にも日本のトップアイドルのやる事やないで!
ヤパイってわいもちょっと興奮してきたやんけ。
バッテリーから液漏れしそうや。
この液は布に付いたら取れへんねんで〜!!
止めや、止め、こんな事しても何の慰めにもならへん。
「・・・何よ、使えないの!」
みんなお嬢の事を考えての事や、怒るでしまいに。
痛っっ!何も壁に投げつけることないやろ。
もっとわいを大事にせぇ!・・・ってアレ?
おおおぉぉ!!電池が外れ取るやないけ!!
はよ、戻してぇな、死んでまうがな、おーい、返事せぇ。
「ZZZ・・・」
しもたぁ!お嬢の得意技は、おやすみ3秒やった。
もうあかん、頭がボーっとしてきたわ・・・。
電話帳も4件程やったから、別に消えてもええやろ・・・。
それから宇多田の着メロ、音程が変やったで。
・・・次生まれ変わったら、またお嬢がえぇなぁ・・・。
ほんまに色々楽しかったわ、それから・・・ありがとうな、保田圭。
(いけない女子大生保田の独り言編)
今日で試験が終わったので、帰りにイメクラの面接に行く。
ビルの階段を上がって店のドアを開ける。
安物の布で仕切られた部屋。騒音でしかない音楽。
ここで気づくべきだった。この店にはシャワーが無い。
2畳ほどの控え室に通される。
入り口を映すモニターを見つめる男。カーテンの向こうで着替える女。
身分証明書を見せ簡単な履歴書を書き写真を撮る。
接客を終えた女が店長の代わりに説明を始める。
うちのお店はちょっと変わっててね、料金は追加制なの。
例えば、40分コースだったら、
まず入場料で5千円、コース代で2万円。
これだけだと女の子は服を着たままだし、お口でするのもダメなの。
ここで「もっと気持ち良くなりたいでしょう?」と言うのがコツね。
服を脱ぐ、身体に触る、フェ●チオ、バ●ブがそれぞれオプションとして1万円。
お金の事ははっきり言わずにそれとな〜く言うの。
お金を持ってない人には1万円のフェ●代を5千円とかにしてもいいの。
持ってる人は総額6万とか払ってくれるよ。
こういう事を平気な顔で言う彼女が信じられなかった。
外の看板には40分5千円追加料金無しと書かれていた。ぼったくり。
私には出来ない、と彼女に言う。
う〜ん、私もね、最初はそうだったの。
でも一度やってみれば平気になるよ。すぐにお金が貯まるよ。
私はこんなやり方を使ってまでお金なんて欲しくない。
お金の事をほのめかしながら接客するなんて絶対に出来ない。
私と一緒にいる時間は嫌な事を忘れて楽しく過ごして欲しいと思う。
何より嬉しいのは会いたかったと言ってまた店に来てくれること。
ここに来た客は嫌な気分で店を出て、ニ度と戻って来ないだろう。
こんな店では働けない。
丁重にお断りすると彼女は残念そうに
また気が向いたら来てねと言った。
汚いお金を握って、暗い部屋に帰る。
あなたに私の気持ちなんて解らない・・・。
住み慣れた土地から離れて、しばらくが経った。
学校のクラスにも、少しは馴染んで友人が幾人かはできた。
しかし、まだ見慣れぬ風景に郷愁を抑えられない所もある。
あいつらどうしてるかな、などと、つい過去に目をやってしまう。
中3で引っ越しなんて、、。あと一年待ってよ、とごねてはみたがそうはいかないらしかった。
、、、過ぎたことをいつまでも考えていた。
中学には大抵同じ小学校の友達がたくさんいる。
疎遠になる奴もいるが、殆ど小さい頃から知っている訳だ。
だから、外見だけでない性格も見知っていた。
あまり目立たない連中にも、長く付き合っていれば個性が見えてくる。
もう一学期も終わり、皆受験の準備で遊びどころではない。
そうやって自分から周りに距離をおかざるを得なかった。
気になる子の一人や二人、いてもおかしくないはずだが、、。
受験を制する為には、ひたすら課題をこなす毎日。
受験生には夏休みなどはあって無いようなものだ。
終業式を終えて、漠然とそんな覚悟をしていた。
越して来た所は以前居た街に比べて田舎だ。
畑が多い。まずそう思った。
遊ぶ所は少ないがそれなりの良さもあるんだろう。
まだ、解らないが。
余計な事を考えてても、目の前の課題は進まない。
部屋のエアコンを消して、窓を開ける為に机から離れた。
開け放つと、暑く蒸れた空気が土の匂いと共に入り込んでくる。
椅子を窓の側に持って行き、外を見ながら腰掛けた。
次第に外気が充満した部屋に風が通り、また涼しくなった。
エアコンより気持ちがいいのでしばらくそうしていた。
良く考えてみればもう中学最後の夏休みだ。
高校になれば今の友人達ともバラバラになる。
そう思うと少し焦った。
でも、一から関係を作るの大変なんだよな、、。
でもなあ。
一人の方が受験に集中できるし、と思い直して机に向かった。
朝飯を喰ってまた、課題。
ある程度進めた所でまた、退屈が襲ってくる。
あ〜、ここんとこず〜っと同じ事の繰り返しだ。
窓からの風は土の湿った匂いがいっぱいだった。
いつの間にかその匂いが好きになっていて、ほとんどエアコンを
付けることが無くなっていた。
ぼんやりしながら、遠くの方を眺めていると下から
電話の音がする。やけに長い。誰も取らないので降りようとしたが、
階段の途中で、切れた。
なんだ、と思い、戻ろうとした時また、鳴った。
今度はすぐに受話器をあげてみると、友人だった。
「もしもし、、。」
「あっ、僕だよ。どうしたの。」
「なんだ、オマエか。あのさ、今日ヒマ?」
「まあ、いつもヒマだよ。なんで?」
「今日ね、祭りがあんだよ本町通りで、、行く?」
詳しく聞いてみると、結構この辺りでは大きなイベントらしい。
夏ももう半ば過ぎだ、此処らで少し位遊んでもいいかな、
思い出の一つにはなるだろうと思い、
「じゃあ、どうすれば良い?」と都合を聞いた。
「あそこの、そう、三叉路の、、コンビニで四時半。」
「じゃ、行くよ。」
「ウン、じゃあね。」
受話器を置き、階段を登りながら、あんまり期待しないで
おけば大丈夫かと後ろ手に頭を掻いた。
コンビニまでは自転車で20分ほど。
ゆっくりでも間に合う距離だ。
机を片付けて、外行きに着替えた。
特に持って行く物はない。玄関に出ると丁度買い物帰りの母がいた。
「あれ、どこ行くの?」
「いや、ちょっと、、。」
「ふ〜ん、急いでるの?」
「急いでないよ!」
そう云って自転車に跨った。家から少し離れた所で降りた。
(急いでるように見えたのかな、、。)
「べつに、」と口に出してから、また自転車をこぎ始めた。
コンビニに着くとまだ誰もいなかった。
やっぱ早すぎたかと周りを見ると、
後ろから聞き馴れた声がした。
友人達だ。
「じゃ、行くか、、。」
皆で店を出ると、お囃や太鼓の音が遠くに聞こえてきた。
その方向へぞろぞろ歩いて行く。段々と、音が現実感を増していった。
通りに面して出店が並んでいる。人手もそこそこだ。
それぞれヤキソバだのタコヤキだのを頬張って、
「オマエも何か喰わんの」と云われ、
似たような物を自分も買った。
相変わらず、おのおのでボソボソやっていた。
買った物を口にやりながら、御輿を担いでいるオッサンを見ていた。
町内会のハッピが汗で張り付いている。
一応と、山車も見たりした。
知らずに空は真っ暗だった。風も出てきた。
あの匂いもする。
人波に紛れてそこら中徘徊した。
全く知らない風景が沢山ある事に気付いた。
「じゃ、こんなところで、、。」
皆が、来た道を戻り始めたのを追いながら、
まあ、こんなもんだよなと割り切ろうとしたらつい、
ため息が出てしまった。
「どした?」友人。
「なんでもないよ。」いいながらうつむくと、
「アレ、ウチの女子だ。」
「ホントだ。」
皆の目線を辿ると、浴衣の女の子達が歩いていた。
なにやら、はしゃぎつつ近付いてくる。
その中の一つに目が止まった。
深い群青の地に鮮やかな山吹色の模様。
腰には、小さい骨盤を締め付ける様に小豆色の帯が映えている。
それは同じクラスの、、確か保田さんだった。
学校ではあまり目立たないのだが、、。
より、近くで見ると歩き方がぎこちない。
たぶん、履き物に馴れていないのだろう。
彼女は髪をアップにしていて、
薬指には水風船のゴムが絡みついていた。
前を過ぎる時、馴れないせいなのか歩き方が悩ましかった。
それに見とれていると、彼女らのやり取りが。
「圭はねえ、、。」「、、なんでさー。」
声は遠くなり、その内姿を消した。
僕らに気付きもせず、おしゃべりに夢中みたいだった。
(圭っていうのか、、。)
友人達は「相変わらずウチの女子はレベル低いな〜。」
と、行ってしまった彼女らの値踏みをしている。
彼女が通り過ぎた後、風に混じっていい香りがした。
女のにおいだった。
僕は、友人達に共感できない自分が少し、恥ずかしい気もした。
おしまい。
友人の結婚披露宴、ヘタクソな゛乾杯゛に失笑とアクビ。
こうして集まるのも中学のとき以来だからなぁ。
味気ない料理をつつきながら
たいして連絡取り合うこともなかった同級生達と軽口をたたく。
そういえばあの年の夏休みにさぁ、ちょっとした思い出を口にしたその時、
「とうさん かあさん ありがとうー♪」
式場の視線が集まったその先、満面の笑顔でうたっていたのは・・・保田圭?
あいつ、歌手になりたいって本気だったんだ・・・
気がつけば手が真っ赤になるほどに拍手していた。
小春日和だった2月の終わり。ロードワーク中に土手に寝転んでぼんやりと雲を見てた。
(サッカーは続けたいけど、でもおやじも年だしな・・・)
もやもやと考え事をしてるうちに、時間は容赦無く過ぎていった。
「よっ!」
不意に視界に入ってきたのはマネージャーの圭の顔だった。
「なーに昼寝なんかしてんのよ」
「んー、休憩だよ、休憩」
「なによ、サボってんじゃないよ〜」
普段はあまり口数の多い方じゃない圭が今日はやけに話して来る。
俺の横に腰掛けると俺の方をじぃーと見てた。
「ねぇねぇ、Jリーグがらスカウトが来てるって聞いたけど、ほんと?」
「ああ、まだJ2なんだけどな。是非来て欲しいんだって」
「すごいね〜将来は日の丸しょって試合するかもなんだね」
「そんなにうまく行くかよ。すぐに首さ。」
ふっと静寂が辺りを包むと、圭はぽつんとこういった。
「で、行く事にしたの?」
「いや、まだ迷ってる。実家のラーメン屋も継がなきゃいけないし。」
「なによ、それ」圭はケタケタ笑うと視線を外して少し大きな声で言った。
「でもさ、ほんとうは行きたいんでしょ。」
「そりゃね。試してみたいよ。駄目もとでさ」
「・・・そうだよね。やっぱり・・・」
「2、3年、北海道ってのも悪くないしな」
「・・さびしくなるね」
圭はなにか小声で呟いた。確かにそう聞こえた。
「保田?」俺が聞き直すと、圭はすくっと立ち上がった。
「サッカー続けなよ。私、ずっと応援してるし。代表に上がったら国立まで見に行くよ。
だから、やりたいようにやりなよ。ね。」
圭はなぜか真っ赤な顔をして、小走りに駆けていった。
「ずっとこの手を離さないでね・・・。」
そう言って圭は急に立ち止まった。
後ろを振り返ると、うつむいたままの彼女がいる。
「・・・あぁ。」
俺はそういってまた歩き出そうとした。
「・・・・・。」
何故か圭はその場所を離れようとせず、更に強く手を握る。
「どうしたんだよ?」
俺はいつものようにぶっきらぼうに訊ねる。
「・・・この場所、憶えてないの?」
「あら・・・」「よっ」
昼下がりの電車の中で隣に座ってきたのは、同じゼミの保田だった。
「保田、どうよ。やっぱ大変?」
「そうねぇ。景気もあれだし、女子ってのはやっぱねぇ」
「ま、景気悪いのはお互い様だけどな」
就職活動も大詰めだがやはり周りの連中も暗い顔してる。
成績はそこそこなんだが、どうもイマイチアピールに弱い保田は
特に苦労してるようだった。
「今日は、どこだったの?」
「ああ、俺は○×電器の最終だった。・・・多分行けたんじゃないかなぁって」
「そう、それはなによりだね」
「保田ってどの業種だっけ」
「もうあらゆる処よ、風俗以外は全部かな」
「おいおいおい」ちょっと場が和んだ感じだった
「ほんとはね・・・」ぽつんと保田が言った。
「だれかさんのところに永久就職したいんだけどね・・・」
「へっ?」
「っぷぷぷ。冗談よ、冗談。本気にした?」
「おいおい、悪い冗談はやめてくれよな」
ちょっと拗ねて、窓の外を眺めた。ちょっとドキドキした。
ふと気づくと、肩が重かった。保田が俺の右肩で寝息を立てていた。
もうしばらく寝かしといてやるか。
「・・・ほんとだよ」
その寝言のような呟きは、俺には聞こえなかったらしい。
仕事帰りのレコード屋で、気になってたCDの棚に「試聴できます」
のカードが添えてあったので試聴コーナーへ向かった。
数台ある試聴用のヘッドフォン、お目当てのヤツには先客がいる。
後ろで少し待ったけれど、その女の子はヘッドフォンをかけた頭を軽く
揺らしながら聴き入っていて、その場を離れる気配が無い。
仕方がないのであまり興味のない隣の試聴CDを眺めながら、そのコの
横顔を見ると、それがアパートで2部屋先の保田さん。
「なぁ保田、シャーペンかしてよ。」
「うん、いいよ。」
そう言って保田は快くシャーペンを貸してくれた。
「なんだこれ、だっさいの使ってるなぁ」
シャーペンの頭にはカエルの顔がついていた。
「ウッソォ、かわいいじゃん、そんな事いうなら貸してあげないよ〜」
どうやらかなり気に入ってるらしい。
ここでペンを取り上げられる訳にはいかないのだ。
「・・・よく見たらこれはかなりいけてるぞ。」
適当にフォローしたのだが、好意的に解釈してくれたようだ。
「でしょ、でしょ、あたしのお気に入りなのだ。」
「えーと、本日は心よりお呪い申し・・・
呪ってどうする、”祝”だろ”祝”んと、消しゴムは・・・」
近くに見つからなかったのでカエルを取り外して、中にある
消しゴムを使った。
「あ〜〜〜〜!!」
保田が大きな声をあげる。
「なんだよ、急に大きな声出して」
「消しゴム使ったでしょ!」
「それがどうしたんだよ。」
何故か保田は涙目になっている。
もしかしてそんなに大事にしてたのか、まずいことになってしまった。
「うううぅぅぅ・・・」
大粒の涙が頬をつたう。
俺はかなり焦る。
「ゴメン、そんなに・・大切なものなら・・俺なんかに貸すこと・・」
いかん、今は何を言っても墓穴を掘りそうだ。
「あぁ、そうだ新しいの買おう、もっとかわいいやつ。」
(なに言ってるんだ、俺は)
「・・・近くに売ってないもん・・・」
(しらん、しらん、そんなこと)
「そしたら買いに行こうな、どこでも連れていってやるからさ」
(うぉ、口が勝手に動く、何故だぁぁ)
「・・・本当?」
(冗談って言え、今なら未だ間に合う)
「あぁ今度の土曜日どうかな?」
(やめてくれぇぇぇ)
「・・・うん、約束だよ。」
(・・・終わった)
かくして保田との初デートが確定した。
保田「ジュース一口ちょうだい。」
俺様「いいけど、コップ無いよ。」
保田「気にしない〜気にしない〜」
保田「美味しかったよ、ありがとね!」
俺様「・・・全部飲みやがったな・・・」
今日は地獄デートの朝だ、俺は一睡もしなかった。
いつでも現実から逃避できるように、自分を追い込んだのだ。
RRRRR。俺様の自慢のフルカスタム携帯が囀る。
「誰だ!」
「誰だってあたしじゃん。」
「それじゃわからん!」
「何怒ってるのよ。」
「お前が名乗らないからだ!」
「バーカ!」
そう言って電話の主は回線を切った、無礼なヤツだ。