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心の扉

人の心は不思議なもので。
どんなに眠くても、疲れがのこっていても、前の晩の酔いが残っていても。
制服に袖を通すと、途端にシャキっとする。
今日も、着替え終わった瞬間、気持ちのスイッチが切り替わるのが自分でも分かった。
ロッカーに作り付けになっている小さな鏡で身だしなみをチェック。
小さなトートバックを手に持ち、職場へと急ぐ。
廊下や待合室には今日も沢山の人で溢れていて。
つくづく、需要のなくならない場所やと思う。
エレベーターに乗って3階へ。
降りて右に曲がってすぐのところがあたしの職場。
鍵がかかった扉。
中を確認して、扉の近くに人がいないか確かめてから、
制服に結わえてあるキーで扉を開ける。

ガチャ。
重い音が響く。

ここから、空気が微妙に変化する。
さぁ、今日も頑張らな。

「おはようございまーす」
ドアを開けて室内に入る。夜勤明けの後輩の矢口が眠そうな目でこっちを振り返る。
「おはよー・・・あー!眠いよぅ。記録全然すすまない〜」
「寝れんかったん?」
「うん。ぜーんぜん。昨日の入院患者がなかなか寝なくてさぁ・・・」
「へー・・・記録見ていい?」
「うん。もう一番にそれは書き終えたから」
はい と記録用紙が渡された。
夜勤の記録は赤いペンで記入することになっている。
A4サイズの用紙、裏表ズラっと赤い文字が並ぶ。・・・うわ。こりゃ仮眠とれへんわけやわ。
ごくろうさんでした、矢口。
あたしは心の中で矢口に合掌する。

「アナムネある?」
「カルテの中ぁ〜」
アナムネいうのは、入院時に聴取する設問が書かれてある用紙のことで、
診断名とか、入院に至るまでの経過や、現在の症状・普段の生活状況などが分かるようになっている。
カルテを引っ張り出してアナムネをチェックする。

「心因反応?」
「とりあえずの診断らしいよ。経過みて最終的に決めるみたい」
「ふーん・・・17歳?高校生か・・・女の子・・・ふーん」
「すっごいかわいいコだよ。普通にしてればね〜。矢口のモロタイプぅ!」
矢口の話は右から左に流し、あたしはアナムネと記録を読み耽る。

症状は・・・食べない、話さない、睡眠障害・・・要するに鬱の一種みたいなものらしい。
1週間くらい前から急に症状が出始めたらしく、
周囲が何言っても一向に食べたりせぇへんようになって・・・
困り果てた母親がウチに連れてきたようだ。
本人は殆ど喋らない。アナムネにも専ら母親が答えている。
SMI(自殺企図)なんかもあったみたいやな・・・要注意や。

申し遅れたけれど、あたしは看護婦をやっている。
やっと新人気分の抜けた4年目。これくらいが一番ラク。
責任ある立場は回ってこぉへんし、後輩もできるし。
まぁ、今のところ、先輩や同僚にも恵まれてやってます〜。
一般病棟はありきたりで嫌やったんで、敢えて希望で特殊病棟・・・精神科勤務にさせてもらった。
患者の話を聞くことが専らの仕事になるわけで、それはそれで楽しい。
患者もええ人多いで。正味な話。 そんな怖いところやないもん。
・・・ま、それは追い追い紹介していくことにしますか・・・。
今のあたしはその入院さんに興味津々なのですから。

ナースステーションには、小型のモニターがずらりと設置されている箇所がある。
これも一般病棟とは違うところで・・・患者は常に監視下に置かれている。
「入院さんて何号やった?」
「えーとね・・・6号室」
あたしは、6号室のモニターを全面表示に切り替えて画面に見入る。
鉄格子のはまった窓。ベッドがひとつ。床頭台がひとつ。
小学校で使ってたような椅子がひとつ。・・・簡単な作りの部屋。
肝心の患者は布団に潜り込んでるから、姿は見えない。
「何時くらいから寝たん?」
あたしは記録を読み返しながら矢口に尋ねた。
「ん〜〜〜とぉ・・・5時くらいかな・・・」
今が8時過ぎくらいやから・・・こりゃ午前一杯は起きてこないかな・・・。
あたしはまた記録用紙に目を戻した。
そして、ふと思いつく。・・・そう言えば名前、見てなかった。
アナムネをもう一度掴む。その一番上の欄に記された名前は
『後藤 真希』
そう書かれていた。
「ごとうまき・・・・まきちゃんやね・・」
名前を呟いたのは、別に意味があってのことやなかった。

そうこうしているうちに日勤勤務者がぞろぞろやって来る。
「おはよーございまぁーす」
「おはよーす」
2人一緒にやってきたのが飯田圭織と保田圭。
特に圭織はぁー・・・なんて言うんやろ。ちょっと一風変わったところがあって。
患者と波長がよく合うらしく、結構人気者。
「おはよーございます」
2人の後にちょこちょことやってきたのは、ピカピカのいちねんせい。辻希美。
タイプ的には圭織と似てるのかな。ぽ〜っとした感じのコ。
まぁ、ここでは多少ボンヤリしていた方がええんやと思う。

矢口も、もうひとりの夜勤者の吉澤も、もう黙々と記録に励んでいる。

「おはようさーん」
しゃきしゃきとやってきたのは・・・主任の中澤さん。
あたしと同じで関西の方からやってきてて、関西弁仲間ちゅーか。なんだか気が合う上司。
仕事よう出来て、もうすぐ婦長になるんやないかっていう噂もある。エリートやね〜。

「しゅにーん、昨日入院がありましたー」
矢口が報告に入る。昨日の病棟の様子・夜勤帯の様子なんかを簡単に口頭で申し送る。
主任はふんふんと頷きながら聞いて、入院患者のカルテを眺めていた。
「ふぅ〜ん・・・17歳かいな・・・若いってええなぁ。なぁ矢口」
「やー、そういう問題じゃぁないと思いまーす」
そして主任はナース室の中をぐるっと見回すと、ふとあたしに目を留め、ニヤリとする。
う・・・なんかイヤな予感・・・。

「平家、アンタこの入院の受け持ち看護婦に大決定な〜」
・・・あぁ〜、やっぱり。
受け持ち看護婦いうのは、モーニングで例えたら教育係みたいなもので。
基本的にその人についての全責任を負うことになる。
「はぁ・・・わかりました」
あたしはうなだれながら答える。

------------- これがあたしと彼女との長い道のりの始まりやった。

夜勤から日勤への申し送りも終了した。
後はカルテを見て細かい情報を集めて、ようやく患者のところに様子を見に行くわけやけど。
あたしは少々緊張していた。
やっぱり、初めて患者の所に挨拶に行くときは何回経験しても慣れないもので。
第一印象って大事やしね。あたしにとっても相手にとっても。
それで今後いい関係が築けるかどうかが決まると言っても過言やないし。

「みっちゃん、がんばってね〜」
ようやっと仕事が終わった矢口は、もうすっかり他人事。
回転椅子に座り、くるくる回りながらケタケタ笑ってる。
「う〜ん・・・どうなの?全然話せぇへんの?このコ」
「そうだねぇ・・・矢口、昨日の夕方から勤務だったけど、2,3回しか声聞けなかった」
あちゃぁ〜・・・・・・想像以上に手強そうやなぁ。

「まぁでも、考えるよりまずは動いてみなよ。ねっ」
にっこり笑って肩をポンと叩かれる。  ほんま、ポジティブなやっちゃなぁ・・・。
でもそれで気が楽になったのも事実。
「ほな、ラウンドしますか。・・・矢口、吉澤おつかれさん」
あたしは夜勤組2人に手を振るとナース室を後にした。

「おはようさーん」
「あ、平家さんだ・・・オハヨウ。今日仕事かい」
「そうそう。1日よろしくね〜」
廊下ですれ違う患者と挨拶。こう見えてもあたしもなかなかの人気者なんやで。

その日の担当患者のところをぐるっと回る。
中には点滴やら、身体拭いたりせなあかん人もいるけど、
大抵は他愛ない話しながら客観的に具合みたり、主観的な訴えを聞いたりする。
鬱のオバチャンなんかは結構話好きな人多くて・・・井戸端会議とどこが違うねん!
てツッコミたくなる時もあるけど。
まぁそれはそれで楽しいもので。
なんだかんだで1時間半も費やした。・・・さて。行きますか。
あたしは6号室の前に立ち、大きくひとつ深呼吸した。

コンコン。
まずノックして・・・
「失礼しますー」
ドアを開けて室内に入る。

パジャマ姿の彼女は窓際に立ってボンヤリと外を眺めていた。

そして、あたしの声にゆっくりと振り返る。
・・・思ったより童顔なカンジやな。
第一印象は、そんなんやった。
肩まで伸ばしたやや茶色い髪。ちょっとタレ目がちな瞳。なんとなくポヤンとした感じの唇。
笑顔になったらかわいいかも知らん。
ただ、今はそれは当分望めそうもないなぁ。現に今も全くの無表情。
あたしと一瞬だけ目が合うと、またふいっと外に視線を戻す。
なんてーの?  他人にまったく興味ないって・・・そんな感じやね。
完全に自分の殻の中に閉じこもってる。 目にもチカラないし・・・。

「真希ちゃんやね。あたし、真希ちゃんの担当看護婦になった、平家って言います。よろしくね」
看護の基本はまず、スキンシップから・・・あたしは彼女に近づくと、ポンと肩に触れながら話しかけた。
だけど。
こっちを見ようともしないで、肩に置いた手をパシっとはたかれた。
・・・そう来ますか。はいはい了解。
「何か困ったこととか、辛いこととかあったら何でも言ってね。出来る限り何とかするからね」
『押してもダメなら引いてみな』 あまり押せ押せでもアカンから。
そう背中に向かって言って、一旦部屋を出ようとしたその時。

「出して」

抑揚はないけど、意外とハッキリした声が室内に響いた。

「ん〜・・・それは出けへんなぁ。ごめんね」
「出して」
「まだ入ったばっかりやしね・・・もう少し休んでいこか」
「出して」
「良くなれば出れるから。 ガマンやで」
「出してっ!・・・出してよぉ!」
急に感情が爆発したみたいに突っかかって来た。肩をドンと突かれて、すこしよろけた。
結構力あるなぁ・・・とボンヤリ思った。
「あかんよ」
相手が激情すればするほど、こっちは冷静に対処せなあかんくて。
彼女はあたしでは埒があかないと思ったのか、あたしを突き飛ばして部屋の外に出た。
その少し後ろをついて行く。
一直線に病棟の出入口まで進んで行くけど、当然そこには施錠された扉があって。
彼女と外界を大きく隔てるように立ちはだかっている。
最初の内、ドアノブをガチャガチャやっていたけど、その内ドアをたたき出した。
「出して!出してよ!開けてよぉ!!」
ドンドンと大きく音が響く。ドア越しの廊下を歩く人たちも何事かと、覗き込んだりして。
それでも彼女は、そんなことは気にも止めていないように叩きつづけている。
「出してよぉ!こんな所ヤダよぉ!出して!」
他の患者が何事かと、遠巻きに眺めている。 
あたしは「大丈夫だから」と彼らを部屋に戻るように諭した。

「帰りたいよぉ・・・出して・・・」
彼女はようやく叩くのを辞めて、そのまま廊下にペタンと座り込んだ。
流れる涙も拭わずに。  そしてそのまま暫く泣いていた。
やっと泣き止んだ頃、あたしは彼女の側にかがみこむと、脇に手を差し込み、身体を立たせる。
右手にはほんのすこし出血が見えた。
「あー・・・手ぇケガしとるやんか・・・あんなにドカドカ叩くからやで」
彼女はもう殆ど無反応で。 ほんの数分前がウソのように。
「ほな、部屋戻ろか。ケガしてるとこ手当てするから」
そう言って手を引いても黙ってされるがまま。
まだまだ彼女の気持ちは不安定で・・・だからこそ今ここにいるわけやけど。
でもきっとだいじょうぶ。 あたしが絶対にこのコの笑顔を取り戻してみせる。
繋いだ手の暖かさを感じながら、あたしはそう心に決めていた。

それから1週間は、あっという間に過ぎた。

相変わらず、彼女は言葉なく、反応も乏しいままで。
食事も自分では全く摂ろうとせぇへんし・・・こっちで介助しても口をあけようとしない。
せやから、体力保持のために点滴が開始になった。
彼女の中に入り込むきっかけが見つからず、あたしはやや焦りを感じていた。
主任を始めとした周りの仲間は「まだ仕方ないよ」って慰めてくれるんやけど・・・。
目の前で心を閉ざしている彼女を、ただボンヤリと見てるしか出来ひんなんて。
自分の無力さに腹立たしくなる。

仕事は仕事。プライベートは別。・・・そうやって割り切らないとこっちが潰れてしまう。
せやから矢口らが「飲みに行こう」って誘ってくれたのに、1も2もなくOKした。
オッサンが集まるような・・・まさに『居酒屋』〜ってカンジの店に集合した。
「うぃ〜す」
「あー!来た来た!おっそいよぉ、もう!」
「ごめんなぁ。この場所分からんかったわ」
謝りながら席に腰掛ける。文句を言いながらも矢口や吉澤、安倍ちゃんの目は優しい。
は〜・・・ほんま持つべきものは友達ですぅ。

「まぁ飲んでよ!ね、ね」
「おにぃさぁ〜ん!ナマ1コ追加ねー」
あっと言う間に宴会の輪の中に溶け込んで。
「かんぱーい!」
なんて言って笑ってた。
・・・・それからひとしきり話に花が咲いた後、なんとはなしに
「いやぁ〜・・・なんや最近のストレスが吹っ飛ぶわ」
と、ポツリと口にした辺りからムードは一変した。

「みっちゃんさぁ・・・なんか最近変でない?」
安倍ちゃんが枝豆をつまみながらあたしに顔を向ける。
「へん?」
「んー。そう。なんて言うか・・・・焦ってるっていうか・・・」
上手い言葉が見つからないのか、しきりに目線をあちこちに彷徨わせて。

「感情移入しすぎ。真希ちゃんに」
そこに矢口が助け舟を出す。安倍ちゃんは、したり!というように
「そうそう!それだべ!・・・みっちゃんらしくないべ。なんか」
「・・・そうかな?自分では分からんのやけど」
そう言いながらあたしはここ1週間を振り返る。
・・・・そんなに自分は彼女に対して客観性を失っていただろうか?
答えは・・・よくわからない。
そういった辺りが、そもそも客観的になれてないんやろうか。
なんだか放っておけない。  なんだかひっかかる。
自分の心の中になんだかモヤモヤしたものがあることを、この時初めて自覚した。
このモヤモヤが何かなんて、この時は全然考えも及ばんかった。

前の晩のバカ騒ぎですっかりストレスも解消されて、気分新たに出勤。
廊下の窓から差し込む日の光も、なんだかやけに明るく見える。
あたしってめっちゃ単純なんやなぁ・・・1人で苦笑いした。

「おはよぅー」
ナース室のドアを開ける。今日の夜勤は主任で。ほぼスッピンの顔があたしを出迎える。
「おはよ。早いなぁ平家は」
「やぁ〜・・・なんだか気になっちゃって・・・真希ちゃんどないですか?」
そう言いながらあたしは記録用紙を取り出し、ざっと目を通す。
「真希ちゃん?・・・あぁ、そう言えば昨日お母さんが面会に来てな。好物やからってスイカ置いてってん。
ためしに今朝やってみたら、三口食べよったで」
「うお! ホンマですか!」
「ホンマ。・・・それにしても、朝からスイカって・・・カブトムシみたいやなぁ」
くっくっく・・と喉の奥で押し殺したような笑い声をあげる。
「やー、でも嬉しいですわ。これで徐々に心を開いてくれるとええんですけどね・・・」
「時間はかかるかも知れんけど、絶対に戻るんよ。あとはみっちゃんが焦らないことやね」
嬉しくてはしゃぐあたしに、主任は静かな微笑を見せる。
「承知してますぅ」
あたしは苦笑して頷いた。

彼女のところへは、できるだけ頻回に訪れるようにしている。
まぁ、なんだかんだ言っても彼女に対してやることが多いので、必然的に頻繁に顔をだすことになるんやけど。
点滴交換したり、身体拭いたり、食事介助したり・・・なかなか触れ合う機会は多い。
その度に色々話し掛けたりするんやけど・・・反応はあったりなかったり。
でも、少しだけ前進したなぁ・・・って実感できる出来事があった。

コンコン。

ノックした後、室内に入る。
「真希ちゃーん、平家さんまた来たで〜・・・と、あらら?」
そこには、あどけない顔でお昼寝中の彼女。
・・・・・・・・・・・・・・・・あ、イカン。見とれてしまったわ。
もう、おもいっきりおこちゃまみたいな。
めちゃめちゃかわいい寝顔してる。
寝息も「くーくー」とかいっちゃってて。
お姉さんたまりませんよ。もー。
寝ているときにその人の素の顔になるって言うけど・・・このコ、ホンマはめっちゃ素直なコなんやろな。
素直故に傷を受けやすくできてるんよね。
・・・なんてしみじみ観察していたら、右手が掴んでいる写真に気がついた。

「・・・?友達かな?」

ショートカットのちょっとオトコマエ風の女の子に、彼女がうしろから抱きついている。
2人ともめっちゃ楽しそうで。
「やっぱり笑顔になったらかわええやん・・・」
あたしはその写真を見ながら満足げに呟いた。やっぱりあたしの目に狂いはない。

その呟きが聞こえたのか、彼女が眉を顰め、モゾモゾと身体を動かす。
「ん〜・・・」

ぱちり。
その瞳が開かれた。あたしは笑顔で声を掛ける。
「おはよーさん。よぅ寝てたなぁ」
「・・・・・・」
寝起きのせいか、状況がよくつかめてないらしい。
ぼやーんとあたしの顔を見つめてる。ふふ。かわええなぁ。
右手には相変わらず写真があって。
「それ、お友達なん?」
何の気なしに、あたしはさっきの写真を指差した。

「・・・・!」
それまでぼんやりしてた彼女だったけど、途端、顔色を変えてその写真を布団の下に隠してしまった。
それはまるで、見られたくないものを隠すかのように見えて。
あら?どうしたんやろ?
「見たらいかんかったんかなぁ?ごめんな。・・・仲良さそうやったからつい・・」
なんて言い訳も最後まで言わせてもらえずに。

ぽろぽろっ。
彼女の大きな両目から涙が零れ落ちる。
あれ?急にどないしてん??なんで泣いちゃうの?
「ありゃ、どーしたん?平家さん何かまずいこと言うたかなぁ・・・」
急な涙の訳がわからなくて、ちょっとオロオロしてしまう。
顔を覗き込もうとかがんだら、なんだか軽く引っ張られる感じがして、視線を下に向けた。
「ん?」
よく見ると、彼女の手があたしの白衣の裾をぎゅっと掴んでいる。
指先が白くなるくらいに強く。
それは怒ってるとかそんなんやなくて・・・う〜ん、なんやろな・・・
・・・迷子のコドモが心細くて誰かに助けを求めているような。そんな風に思えた。
「真希ちゃん・・・」

そのまま俯いて泣き続ける彼女。
2つに編んだおさげが、しゃくりあげる度に揺れている。
あたしは彼女が泣き止むまで頭を撫でつづけていた。
彼女はそんなあたしの行為を黙って甘受していたし、あたしもその時はそんなことくらいしか出来ひんかった。

あたしの呼びかけに対する返答はないけれど
そのときの彼女は、それまでの彼女とは違って。
少なくとも 誰かを必要としていた・・・と思う。
これって、前進ちゃうやろか。
ようやくあたしは手ごたえを感じ始めていた。
彼女の心の扉を、1枚開くことが出来たんやないやろかって。