うしょうしょ気合をいれながら、日直のまきは、
クラス全員のレポートを運んでいた。
「イイ天気」
ちらりと廊下から見上げる空は快晴。ひなたぼっこ日和だ。
これを職員室に運んだら、外でご飯食べよ・・・。
レポートの束で前が見えてなかった。廊下の曲がり角で、誰かと
思いきりぶつかってしまう。廊下にレポートがぱあっと散った。
「いたたた・・・。ごめんなさい!」
まきは、しりもちをついてしまう。腰をさすりつつ、
ぶつかった相手をそっとうかがうと、彼女はまきが散らかした
レポートを拾い集めようとしてくれていた。
「あ、いいですう。そんな・・・」
あわてて言うと、彼女が振りかえった。
「あ、まきじゃん」
「さやか姉ちゃんだったのかあ」
「学校では、姉ちゃんて、呼ばないでっていったでしょ」
高等部の制服をきたさやか姉さんはリリしい。
ちょっと、まきはぼおっとした。
さやかは、そんなまきをふんと見下ろすと、
手に集めたレポートをまた、ぱあっと撒き散らした。
「あ、何するの! お姉ちゃんっ」
せっかく集めてくれたのに、なんで?
まきが目を潤ませると、さやか姉さんはいじわるく笑う。
「お姉ちゃんて呼んだ、バツ。自分で拾いなさい」
「そんなあ」
ちょっとひどくない?
そこへ、まきのクラスメートの吉澤がとりまきを連れて
やってきた。
「あ、さやか先輩。どうしたんですか?」
「うん、ちょっと、このコとぶつかっちゃってね」
「やだ、大丈夫ですか〜、先輩」
「うん、平気」
「ちょっとお、まきさん、気をつけなさいよ!
先輩が怪我したらどうするのよっ」
そうよそうよ、と吉澤のとりまきもいっせいにうなづく。
「ぐしゅ」
まきは、悲しくなってうつむいた。
「先輩、保健室行きますか? 私、つきそいます」
「はは、大げさだな、それほどでもないよ」
さやかはまとわりついてくる吉澤を、オトコマエな笑顔で
ふり払った。
まきは、涙をこらえながら、足元のレポートをひとりで集める。
なんでかなあ。さやか姉さんは学校では姉妹だってことは、
内緒にしろって言う。
「あたし、とろいから、ハズカシイのかなあ」
さやか姉さんは中等部でも、大人気の先輩だってことは、
吉澤の態度でもよくわかるけど、それを自慢できないのは、
悲しい。
「さやか先輩、このコってね、いつもクラスでもカメで有名なの」
「カメ? 目が離れてるから?」
「やだ! 違いますよ、も〜う。あはは」
はしゃぐ吉澤とさやか姉さんから逃げようと急いで、
まきはレポートを拾った。
あ、吉澤さんの足の下に最後の一枚のレポートが・・・。
踏んでいる吉澤は気づかない。
どうしよう。コワオモテで、強気の吉澤に、まきは、
「どいて」の一言が言えない。
さやか姉さんにも頼めない。
ずっとこらえていた涙が大きな粒となってまきの目に
浮かんだとき、さやか姉さんの腕にしがみついていた
吉澤が、レポートに足を取られて、足をすべらせた。
吉澤のとりまきが、きゃあっと悲鳴を上げる。
「いったあ!」
吉澤は大きく叫んで、しりもちをついた。
「だいじょうぶ? ふふ、ここは廊下がツルツルしてる
せいかすべりやすいのね」
「痛くて起きあがれない〜」
「甘えんぼさんだなあ」
さやか姉さんは、笑って吉澤に手をさしのべた。
でも、まきは見ていた。
さやか姉さんが、ひょいと体を後ろにひいたことで、
彼女にせまっていた吉澤がバランスを崩して転んだということを。
「もう、まきさん、あなたがさっさとレポートを拾わないから!」
吉澤はカンカンだったが、まきは胸がドキドキしてそれどころでは
なかった。
「ほら、まきさん」
他人行儀な笑みで、さやか姉さんが吉澤が踏んでぐしゃぐしゃに
なったレポートを手渡してくれた。
「あ、ど、どうも」
まきは、ぎくしゃくとレポートを受け取る。
「もう! 早く行きなさいよっ」
吉澤にヒステリックに言われて、まきは飛び上がって、
駆け出した。
手には、レポートと一緒にそっとさやか姉さんが
すべり込ませてきたキャンディを握り締めて。
「お姉ちゃん、ありがとー!」
まきは、廊下を曲がるところで振りかえって、
大声で叫び、手を振った。
「あのバカ!」
さやかは小さく舌打ちする。
「え? お姉ちゃん?」
吉澤ととりまきが怪訝そうに首をかしげる。
「さやか先輩とまきは、姉妹?」
「え、やだな、そんな・・・」
つめよってくる、吉澤たちをなんてかわそう。
さやかは困りつつも、さっき見た、まきの笑顔に
わきあがってくる微笑をおさえることが出来なくて、
「用を思い出したから」
と、さっさと高等部の教室にもどることにした。