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Mother


Mother

午前2時半。 裕子がそろそろ眠ろうかと思ったその瞬間・・・
携帯の着メロが鳴った。
曲は『ふるさと』  これは、なつみ専用のメロディ。
液晶画面にも「ナッチ」と着信表示が出ている。
「なっち・・・こんな時間にどないしたんやろ・・・」
不思議がって、通話ボタンを押した。  その途端
「ゆーーーちゃぁーーんっ。なっちれぇーす!えへへ〜」
電話の向こうは明らかに酔っ払っているなつみ。 しかも、相当ベロベロだ。
「なっちぃ!アンタ未成年やろ!なに酔っ払ってんねん!」
「らにってぇ・・・いいじゃぁん。なっちらって飲みたいときはあるんらもぉーん」
「ったくぅ〜・・・で、今どこにおるん?裕ちゃんが迎えにいったるから」
確かに、まぁ今時飲酒未経験な未成年を探す方が難しいくらいではあるが・・・
それにしても、今夜のなつみは明らかに行き過ぎだ。
ここは、いっちょアタシが注意したらなアカンのやろなぁ〜・・・と思いつつ、裕子はなつみから居場所を聞き出した。

電話で聞き出した場所へと車を走らせる。
・・・最近、仕事が忙しくてロクに休みもとれなかった。 そんな中の久しぶりのオフは明日。
せやから、なっちもついついハメを外してしまったんやろか。
メンバー全員、何かしらのストレスはたまりきっている。 アタシかて、もうレッドゾーンや・・・。
こーゆーときは優しくせなアカンかなぁ・・・。
「あ〜〜〜〜!!もぉ!どないしろっちゅーねん!」
ひとり似詰まる裕子。
ほどなくなつみがいる店に到着した。かまわず路駐し、店の中に入る。
薄暗い店内。ひしめく人達。大音量で流れる音楽。  裕子は店の中を見回してなつみを探す・・・が、見当たらない。
「どこにおんねん・・・まったく・・・ヒトを呼んどいて・・・」
なつみが心配のあまり、ついつグチもこぼれる。 ・・・大声で呼ぶわけにもいかないし・・・しゃーないな・・・探して歩くか。
・・・と、裕子が動き出そうとしたとき、ポンと後ろから肩を叩かれた。

「ゆーうちゃんっ♪」
「なっち!アンタどこにいたん・・・探したんよ」
振り返るとなつみが立っている。・・・電話のときほど酔ってはいなさそうだ。裕子はとりあえず一安心。
「とにかく帰ろ。ハナシはアタシんとこで聞くから」
「えー、裕ちゃんも一緒に飲もうよぉ〜。だから電話したのにぃ」
「もぉ、アカーン!ええか、なっち、アンタは未成年や!限度っちゅーもんがあるねんで」
「え〜・・・」
「えー、も何もないっ!・・・帰るで」
有無をいわさずなつみを引っ張って、車の中へ。仕方ないので支払いは裕子がもった。
「は〜、保護者もしんどいわ・・・今の経費にならんやろか・・・」
愚痴りながら、もう一度車へ戻ると、なつみは助手席で熟睡していた。
「・・・まったく、しゃーないやっちゃなぁ・・・」
口ではそう言うものの、裕子はなつみが「かわいくてしかたがない」のだ。
優しい目でみつめると、リアシートから毛布を取り出し、なつみに掛けてやった。
「・・・おかぁさん」
小さな声でなつみが そうつぶやいた。
「なっち・・・やっぱさみしいんかな・・・」
裕子は、なつみの頬にかかった髪をかきあげてやると、そう口にした。
なんだかんだ言うても、まだ18やもんなぁ。 親御さんは、遠いところにいてるし・・・。なっち、甘えんぼで寂しがり屋やしな。
まだまだおこちゃまなんやな〜。
裕子は、なつみを起こさないように、静かに車をスタートさせた。

あれ・・・?眩しいな。なっち、カーテン閉め忘れたっけ?
コーヒーの匂いもするよ。
「・・・なんでぇ?」
ガバっと起きると、ひどい頭痛がした。
「アタタタタタタ・・・」
思わず頭を抱えるなつみ。 そして、ハタ、と周りを見回す。
この、見覚えのある部屋は・・・
「オハヨ。なっち、よく寝たなぁ」
そして、この聞き覚えのある声は・・・
「ゆーちゃん!・・・アタタタタタ・・・」
自分の声で頭痛がする。どうやら大声は禁物らしい・・・二日酔いか・・・。そういえば、ノドも渇く。
「気分はどや?ん?いっちょまえにベロベロに酔ってからに〜」
「なっち・・・裕ちゃんに電話したの?」
「そうや。”一緒に飲もうと思ってぇ”って言ってたで」
コーヒーを飲みながら、からかうようにゆうべのなつみの口調を真似る裕子。
「あちゃぁ〜・・・ゴメンね・・・裕ちゃん。メイワクかけちゃったね」
「メイワクなんてことはないよ。・・・まぁ、飲みすぎはアカンけどな」
裕子は、ベットサイドの椅子を逆向きにさせ、そこに腰掛けると、背もたれのところにアゴをあずけた。
「なぁ、なっち。 なんかあったんか? あんなに飲むなんてどうかしてる。
アタシでよかったら、ハナシ聞くで」
なつみは、裕子の優しい言葉を聞いて涙が出そうになり、慌てて上を向いた。
裕ちゃんはいつも優しいんだよね・・・。なっちの辛いところがわかってて、そこにスッと手を差し伸べてくれる。
タイミングも絶妙。 いつもなっちのこと、見ててくれてるんだろうなぁ・・・。

「なっち、裕ちゃんみたくなりたいよ・・・」
「なぁ〜に言うてんの。おだてても何もでぇへんよ」
いきなりのなつみの発言にテレる裕子。
「なっちは、なっちなりの良さがあるやん。・・・アタシはそんななっちが大好きやねんで」
「ん・・・ありがと・・・でもね・・・」
うつむくなつみ。
「でも、どないしたん?」
「なんかさ、なっち、このままでいいのかなって・・時々思うんだぁ。 わけもわからずに走って走って・・・いま、なっち息切れ寸前だよ」
「・・・」
裕子は、なつみに話させるために、余計な相槌はうたずに聞き役に徹した。
「こんな状態で、ファンのみんなにイイもの見せることができるのかなぁって思う。
・・・上手く言えないけど、もっとなっちたちのペースでやりたい。
いろいろ考える時間も欲しいよ」
布団をポンポンたたきながら喋り続けるなつみ。
「ごっちんだって、体調崩してるでしょ。学校とお仕事の両立だから、当然だよね。・・・ねぇ、裕ちゃん。なっちたちこのままでいいの?
このまま、走りつづけるしかないのかなぁ?・・・なっち、わがままかもしれないけど、疲れちゃったよ」
「なっち・・・」
「わかってたことだけどさ・・・みんながみんな、なっちたちのことを理解してくれるわけじゃないっしょ。
こういう世界で生きていくには、見たくないもの、聞きたくないこともどんどん情報として入ってくるし・・・。
見るものすべて信じちゃいけないって思うけど・・・辛いよ」
そこまで言うと、なつみはポロポロと堰を切ったように涙をこぼした。

裕子はそんななつみをじっとみつめていたが、やがて口を開いた。
「なっち・・・なっちは、歌を捨てるんか?」
裕子の言葉になつみはパッと顔を上げた。 2人の視線が合う。
「なっちは、歌が好きなんやろ?それで、オーディション受けて、1回は落ちたけど、こうして娘。になって・・・
今までたくさん辛いことあったやん。 それを全部乗り越えてこれたのも、歌が好きだったからやろ?」
なつみは黙って聞いている。  裕子は続けた。
「こんな世界や。辛いことが多いんは、ある程度覚悟してなあかん。強くならなあかんねん。
なっちも言うてたやろ?”強くなりたい”って」
「ん・・・」
「でも、すべてをガマンしろ、とは言わへん。辛いときは、アタシでよかったら甘えてええんよ。
裕ちゃんが、なっちの東京のオカンになったるから。・・・な。もうすこし一緒にがんばろ・・・投げ出すのはいつでも出来んねん」
小さく頷くなつみ。 裕子は笑いながら
「・・・なんてカッコええこと言ってるけど、ホンマはなっちと離れるのがいややねん。
アタシは、歌ってるなっちが好き。
いつまでも、なっちが歌ってるのを見てたい。 ・・・すぐ側でね」
そう言うと、裕子はなつみをそっと抱きしめた。一瞬小さく身体を震わせたが、なつみはそのまま裕子の腕に身体をあずけた。

「裕ちゃん、ありがと。なっち、裕ちゃんに出会えて良かった。 なんか、忘れてた大事なものを思い出させてもらったよ。
・・・またこれからも、なっちが弱音吐いたらしかってくれる?」
そう言うと、なつみは裕子に向かって笑顔を見せた。  もう迷いの色は、その顔にはなかった。
「あったりまえやんかぁ!・・・だから、ひとりで溜め込んだらあかんで」
「うん。 わがままな娘でゴメンね」
「まざぁ〜♪・・・ってかぁ?」
裕子が歌うと、2人はオナカを抱えて笑い転げた。
「アタタタタタタ・・・頭痛いんだったぁ〜」
「まったく・・・自分のペースも考えんと飲みすぎるからやで。 今度裕ちゃんが飲み方教えたる」
「ホント?」
嬉しそうに裕子を見るなつみ。 裕子はニッコリと笑って、
「ホンマやで。ただし、なっちがハタチになったらな〜」
「なぁーんだぁ〜。ケチぃ」
もう一度笑いが起こる。

「あ〜、ナンカやる気でてきたよぉ。明日のお仕事たのしみぃ〜」
「またまた・・・ゲンキンなやっちゃなぁ」
うーんと大きく伸びをして、なつみが言った。裕子はそんななつみを見て苦笑いしている。
なつみは、窓の外に目をやった。 気持ちいいくらい晴れわたった空。
ふわっと吹き込んだ風が、カーテンとなつみの頬をなでていった。

わがままな娘でごめんね、Mother・・・。


彼女の恋人

アタマの後ろを何かでガツンと殴られた気がした。
さっきからずっと耳障りだった雨の音も、今のあたしの耳には届かなかった。
仕事帰り・・・今日は久しぶりに紗耶香を車で送っていくことになって、ちょっとウキウキしてた。
そんなあたしに、衝撃の大告白が襲いかかった・・・。

「・・・ん?いま、何て言ったの?」
やっとの思いでそれだけ口にした。いつもだったら紗耶香は、そんなあたしの微妙な変化にも気づいてくれるけど、
今日は自分の身に起こったことで精一杯らしい。
「んー。圭ちゃんにはイチバンに言っておこうって思ってさぁ。
・・・真希に告って、OKもらったんだ」
よっぽど嬉しかったのか、表情も緩みっぱなし。
「なんてゆーのかなぁ・・・ホラ、同情が愛情にかわるってヤツ?・・・あはは。
そんなんわかんなかったけど、実際に自分が体験すると、こんなもんかーって思うんだよねぇ」
テレ臭いのを隠すためか、よく喋る。 おかげであたしがいつも以上に無口になっているのにも気づかないくらいだ。
「そっか。・・・・・真希ね。  うん。よかったね。おめでと」
「うん!ありがとー。やっぱ、圭ちゃんだよねっ。そう言ってくれると思ってたよ」
嬉しそうに話す紗耶香を横目で見ながら、あたしは崩れそうになるのを一生懸命堪えてた。

・・・あたしは紗耶香のことがスキ。そう自覚したのはだいぶ前のことになる。
そうだなぁ・・・真里がタンポポに加入することが決まった頃かな・・・。
あのことがあって以来、ますますあたしと紗耶香のつながりは強くなってたし。
あたしのこの気持ちは、誰にも言ってなかったから、たぶんメンバーの誰もしらないと思う。 勿論紗耶香も。
いつかくるだろうチャンスを待って、ずっと、紗耶香だけを見てきた。
なのにね・・・。そっか。真希かぁ・・・。
紗耶香が、真希の教育係を買って出てから、確かに2人でいる時間は長くなっていた。
いろいろ話し合ったりすることも多かっただろうし、お互いの心の内をわかるようになるのも、そう時間はいらなかったろう。
以前のあたしや紗耶香がそうだったように。
それだけに、ショックと同じくらい、納得できる気持ちもあるんだ。こころの中に。
でも・・・でも、どうして真希なの?どうしてあたしじゃないの?
ねぇ、紗耶香。

「圭ちゃんとは、プッチでも一緒に仕事するじゃん?だから、黙ってるのもなんかよくないなぁって思って。
夕べ、真希と電話で話し合ったんだぁ」
そんなあたしの気持ちを知る由もない紗耶香は、まだテレくさそうに話しつづけている。
紗耶香・・・ここで、あたしがスキだって言ったらどうするんだろう・・・。
「圭ちゃん・・・?」
ようやく紗耶香も、あたしの様子がおかしいのに気づいたらしい。顔を覗き込んできた。
「圭ちゃん、どうしたの? あたしばっかり喋ってるから、いけなかった?」
「紗耶香・・・」
信号がちょうど赤になった。 あたしは車を止めると紗耶香の顔を見つめた。
ドドドドドド・・・とアイドリング状態の細かい揺れが身体に心地いい。 
このままどっかに行っちゃおうか・・・ふと、心にそんな考えがわいた。
この車にロケットがついてたら、迷わずに連れ去っちゃうのに・・・。
「ねぇ、紗耶香ぁ、すこしドライブしない? ホラ、久しぶりだしさ。こうやって2人でいるのって」
わざと明るめに言ってみた。紗耶香は何の疑問も抱かず
「あ、いいねぇ〜。行きたいー!」
と乗ってくれた。
あたしは、すこし微笑むと信号が変わったのを見て、車をスタートさせた。
そう言えば、教習所でよく『出足がよくないよ』って言われてたなぁ・・・。
こころのアクセルもなかなか踏み込めないし、これって性格?
そう考えてひとりで苦笑いしてしまった。

暫く車を走らせてると、いつの間にか雨も止んでた。 雲の流れが早いみたいで、空には星がたくさん見える。
紗耶香が窓を開けて空を見上げる。
「わぁ!圭ちゃん圭ちゃん、すっごい空だよ!星がいっぱいでてる〜」
あまりにも無邪気にはしゃいでるから、ちょっとサービスしたくなって、そばに見えたファミレスの駐車場に車を停めた。
「外、出てみようか?ちょっと星でも見る?」
あたしはそう言った。紗耶香も笑顔で車を降りた。
「うわーーー、やっぱしすごい。こんなにキレイな空、最近見たことないなぁ」
「そうだねぇ。さっきまで雨降ってたなんて思えないな」
やっぱりはしゃいでいる紗耶香を見ながら、ついつい考えてしまう。
紗耶香・・・真希の前でならどんな顔してキレイだねって言うの?
そう考えると胸が焼けるように痛む。・・・ダメだ。あたし、真希に嫉妬してる。どうしようもないほど。
どうして真希なんだろう。あたしはこんなに長い間、紗耶香のことだけを見つめてきたのに。
真希と紗耶香が過ごしてきた時間の何倍も一緒にいたのに。
誰にも負けないくらい・・・そう、真希にだって負けないくらい、紗耶香のことスキなのに。

あたしはたまらなくなって、空を見上げた。星が無数に瞬いている。
・・・星の数ほどいるヒトの中で、どうして紗耶香がスキなんだなんだろう?もっと他にもいるのに。
他ならもっと楽に恋愛できるかもしれないのに。
紗耶香はずっと空を見上げてる。首が疲れないかなって思うくらいに。
その姿は今まで見てきたなかでも一番綺麗だった。今夜の星空にも決してひけはとらなかった・・・と思う。
思わず手が紗耶香の肩をつかんでいた。
「圭ちゃん?」
紗耶香があたしの顔を見る。  この瞳にまっすぐに見つめられると、何もできなくなっちゃう・・・。

「あ、あの、ずっと空見てて疲れないかなって思ってさ」
「なーんだ。そっか。大丈夫だよ。圭ちゃんより若いんだからそんなにすぐ疲れないって」
「!・・・言ってくれますねぇ〜」
あたしが睨むと紗耶香はアハハハと笑って、そしてこう言った。
「今、考えてたんだ・・・。この星の数くらい、ヒトっているんだよね・・・」
「んー。そうだね」
「スゴイよね。こんなにたくさんのヒトがいる中で、あたしたちって出会ったんだよね」
「うん」
「それってホント、奇跡に近いことだと思わない?こうしためぐり合い」
あたしは無言で首をタテに振った。紗耶香は続けて言った。
「あたしさ、圭ちゃんに出会えてほんと嬉しかった。・・・圭ちゃんの存在があったから今までがんばってこれたんだよ」
「・・・どうして?」
初めて聞く、紗耶香の告白に、あたしは戸惑いをかくせずに思わず尋ねていた。
「うーん・・・どうしてって・・・それはやっぱり同期だし。それに、一緒に辛いことや悲しいこと経験してきたでしょ。
たぶん、それって他のどのメンバーよりも圭ちゃんが一番近いところにいて、一番分かり合えてると思うんだ。
タンポポの時のことにしてもそうだしね。
圭ちゃんなら、あたしの気持ちわかってくれるだろうし、あたしも圭ちゃんの気持ちは誰よりもわかってるつもり。
だからさ、圭ちゃんと一緒ならがんばれるって、そう思うんだ」
紗耶香はひとつひとつ、言葉を選びながらゆっくりとそう言った。
「あたしにとって、圭ちゃんは大事なヒトなんだ。  ・・真希とは違うレベルでね」
あたしはビックリした。  紗耶香・・・こんな風に思ってくれてたんだ。
と、同時に胸の中のわだかまりがスーっと消えていく感じがした。・・・すこしゲンキンかなぁ。
紗耶香は紗耶香なりに、あたしのことを思ってくれていたんだね。
思いの形はひとつじゃないんだよね。

「さて、そろそろ帰ろうか?明日もまた早いもんね」
「そうだね。さ!明日もガンバロ!」
時計を見るともう1時近い。あたしたちは急いで車に乗り込んだ。

星の数ほどいるヒトの中で、紗耶香と出会ったのは、嘘じゃないし、偶然でもない。きっと、必然。
だから、もしこの車にロケットがついてたとしてもどこへも連れ去らないよ。
あたしのものじゃなくても、紗耶香のことやっぱりスキだから・・・。


ツヨクナリタイ

いつの頃からだろう。人ごみの中にいるのに寂しく感じるようになったのは。
いつの頃からだろう。強くならなきゃって思ったのは。

イジメにあった頃ですら、そんな気持ちにはならなかったっていうのに。
いま、なっちがいる世界は普通じゃないから。
信じられるのは、自分だけ。
頼れるのも自分だけ。
自分で自分を守るしかない・・・だから強くならなきゃいけない。
呪文のように、こころの中でそう繰り返していた。

誰かの救いの手なんていらない。
独りで立てるようにならなきゃ。なっちは強くならなきゃ・・・。

朝が来る。今日も仕事だ。
・・・どうしてこんなに気が重いのかな。なっちは歌が大好きなはずなのに。
好きなことを仕事としてやれているのに、どうして?
中学の頃、学校に行きたくなかったときには、お母さんが励ましてくれた。
『明日学校に行かなかったらこれから先もずっと行けなくなるのよ。今負けたらダメ。辛いけど頑張りなさい』
あの言葉があったから、辛かったけど頑張れた。
でも今は・・・もうお母さんには頼れない。余計な心配はかけられないし。
ひとつタメ息をつくと、布団からモゾモゾと這い出た。
顔を洗うために洗面所へと歩く。 鏡に映るなっちの顔。・・・あーあ。ヒドイ顔してる。
ここのところ、満足に休みもとれてない。夜も遅くまで仕事して、朝早くから仕事して・・・って、疲れがとれないのも無理はないよね。
真希が加入してからの娘。はまるで別のグループみたいだ・・・って裕ちゃんが言ってたなぁ。そう言えば。
それはなっちもそう思う。
なっちたちは、どこに行くんだろう。なっちたちの気持ちではないところにドンドン動かされてる気がする。
でも、それをどうする術もない。目の前に与えられたものを、こなしていくだけで今は精一杯。

「余裕がないべ・・・」
鏡に向かってそうつぶやいた。ついでにデコピン。
ぶつけた人差し指がジンジンと痛かった。

その日はまったく仕事にならなかった。
雑誌のインタビューと表紙の撮影だったんだけど、どうしても笑えなかった。・・・゛笑わなきゃ゛って気持ちはあるんだけど。
何回か撮り直して・・・みんなにもメイワクかけちゃったなぁ。
なんとか撮影は終わったけど、きっとヒドイ顔してると思う。
仕事終わった後、悲しくて悔しくて涙が出た。  なっち、いったい何やってるんだろう。
自己嫌悪のカタマリだった。

「なっち」
なっちを呼ぶ声がした。その声にハッとして顔を上げた。
矢口が両手に缶コーヒー持って立ってた。帰ったんじゃなかったんだ。
「自販機でコーヒー買ったら、当たったんだ。・・・飲む?」
コーヒーを顔の前まで持ち上げて、矢口は笑顔を見せてそう言った。

・・・なっちって、どうも不器用みたいで、なんてゆーか上手く他人と立ち回れない。要領が悪いってゆーのもあると思うけど。
やろうとすれば、もうすこし当り障りなくやってくことできると思うんだけど、性格上できないんだぁ。
だから、みんなといてもなっちは孤立しがち。 
なっちがみんなといるとき、すこし窮屈に感じているのと同じようにみんなもそう感じているのかもしれない。
そこへいくと、矢口はどんな相手とも上手くやっていて、なっちからしたら羨ましく感じる。
矢口の中ではいろいろ考えているのかもしれないけど、少なくとも表面上には決して出てこない。・・・そういう点、矢口はオトナなのかも。
今もこうして、気を使ってきてくれてるし。

「ん。ありがと。」
なっちは手を伸ばして矢口から缶を受け取った。 コーヒーはあったかかった。
「あれ?・・・んしょんしょ」
綺麗な長い爪してる矢口は、なかなかプルトップが開けられないで困ってる。
なっちはそんな矢口を見てすこし笑うと、なっちの缶を彼女に渡した。 矢口、コーヒーはなっちと話すための小道具だったんでしょ?
そんな彼女の気持ちがすこしありがたかった。
「ありがと。アハハ。矢口、自分で缶開けられないの忘れてたよぉ〜」
そう言うとひとくち飲んだ・・・途端、
「あつうぃっ!」
とやって、またなっちを笑わせた。

「あー、熱かったぁ。舌、ヤケドしちゃったよぉ」
「矢口って、ネコ舌だったんだ」
「そーそー。だから、冷めるの待たなきゃ」
・・・・・・
暫く、沈黙が続いた。なっちは黙ってコーヒーをすすっていた。
唐突にポツリと矢口が切り出した。
「ウチらってさ、ほんと先の見えない道に立ってるよね」
なっちはどう返事をしたらいいのか分からなかったから、そのまま黙ってた。
「普通にお仕事してるヒトなら、ある程度見通しがつくじゃん?でも、ウチらって明日に何かがあってもおかしくないでしょ。
今回だって、真希が入ってラブマがめっちゃ売れて・・・こんな風になるなんて、去年の夏くらいに思ってた?」
なっちは首を横に振った。
「今の矢口たちって、このコーヒーだと思うんだ。熱くてさ・・・でも、熱っていつかは冷めるでしょ。
そんな風に、ウチらもいつか冷められてしまうときがきっとくると思うんだ。今のままでいったら。
だから、ある程度の変化は常にしてかなきゃいけないんだよね。変化することで、熱ってまた生まれると思うから」
いつもの姿からは想像もつかないような落ち着いた表情で、ポツポツと言葉を繋ぐ矢口。なっちは黙って聞いていた。

「矢口も今の状況に順応できてるかって言ったら、必ずしもそんなことはないけど・・・
でも、いちばんしんどいのは、なっちなのかなって、そう思うんだ。
なっちを取り巻く状況がいちばん変わってきているし、なっちもそれ相応に変化していかなきゃいけないでしょ?
だから、戸惑いが大きいのも無理はないって、そう思うよ」
そう言って矢口は穏やかな視線をなっちに送る。 それは泣きたくなるくらい、優しくて。
「・・・」
なっちは何も言えなかった。 たぶん、矢口はなっちが日頃無意識で感じていることを、代弁してくれてるんだと思う。
他人から言われて初めて気づく、自分のほんとうの気持ち・・・。
それだけに、余計何も言えなかった。 俯いて、缶からほのかに出る蒸気をじっと見つめてた。

「変わることって難しいよね。今までやってきたことを無にしないといけない時もあるし。
でも、捨てなきゃいけないものもあるけど、その代わりに新しい自分を見つけたりできる・・・悪いことばっかじゃないんだよね」
矢口はなっちから視線を外すと、大きくひとつ伸びをした。
「ねぇ、なっち。 もしかしてさ、ひとりでためこんでない・・・?
もうすこし周りに・・・矢口たちに頼ってよ。もっと言いたいこと言ってよ。なっちの辛そうな姿見るの、嫌だよ。」