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さやかさんのいない生活

天井を見ながら、3日前の夜のことを思い出す。
あんなことやこんなこともしておいて。
あんなに激しかったのは、最後のつもりだったから?

自分の体を触ってみる。
あの人が触った場所をなぞってみる。
あの人の感触を思い出すように・・・・・・。

実は、さやかと真希の微妙な関係が始まったのはつい最近のことだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さやかが真希の教育係だった頃は、
真希はさやかに対してどこか遠慮していて本音が言えなかった。
しかしいつ頃からか、だんだん、先輩&後輩・・・、
そして姉妹のようになってきていたはずだったのだが・・・。
さやかが脱退を告げたあたりから
2人の運命は少しずつ加速して行った。
この後のことは実際に2人の口から語ってもらおう。
別々の居場所で・・・。

さやか
「ある日真希と2チャンネルを覗いていたらさぁ、
私たちのことを題材にした恋愛ものが見つかって
2人で大笑いしたんだよね、有り得ないって。」
「でも真希があんまり笑うから、ちょっと淋しかったんだよね。
私はあってもいいじゃん、こんなこと・・・っつう感じがした・・・。」

真希
「2人の恋愛小説でねぇ、ホント大笑いしたの。あの時は。」
「だってすごく恥ずかしくてどうしていいかわからなかったんだもん。」
「でも、次の日もまた次の日も、その小説のことが忘れられなくて、
常にさやかさんのことが気になるようになったんだ。」

さやか
「あれは仕事が終わって着替えてる時だったかなぁ・・・。」
「誰かの視線を感じて振り返ったら真希が見てて、
その後すぐに視線をそらしてそそくさと出て行ってしまった。」
「私は猛スピードで着替えて真希を追いかけたんだ。
真希との仕事はもう残り少ないから一緒に帰りたくって。」

真希
「さやかさんのこと無意識に目で追っていた。」
「それを気付かれた時、どうしていいかわからずに逃げ出してしまった。」
「でもねぇ、心のどこかで追いついて欲しいと願ってたんだよねぇ。」
「なのに、さやかさん、追いついてくれなかった・・・・・・・。」

さやか
「猛ダッシュで追いかけようとしたんだけど、
真希の後ろ姿が見えたら、なんだかなぁ、とっさに隠れてしまったんだよね。」
「ドキドキしてた・・・。どうすることもできなかった・・・。
焦る心と裏腹に、どうしても声をかけることができなかった・・・。」

真希
「ダイバーの最後の収録で手紙を読んだ時、やっぱ泣いてしまった。」
「精一杯、後輩として、同志として、言葉を送らなければと思ってた。」
「すごく泣いちゃったんだけどぉ・・・さやかさんも泣いてくれて嬉しかった。
かわいいって言ってくれたし。」
「けど・・・その後にね・・・
さやかさんは私のことホントに妹みたいなんだって言ったの・・・。」
「なんか知らないけどちょっとイヤだった・・・・・・・。
もっと違う言葉が欲しかったのかもしれない。」

さやか
「目の前で真希に号泣されて、私も思わず泣いてしまって、
いかん、仕事中だ・・・、この後なんてコメントしよう・・・って感じだった。」
「つい発してしまった言葉は確か『おまえかわいいなぁ』だったと思う。」
「なんかこりゃまずいって感じがして、
真希は自分にとって妹だっていうことを強調してしまったんだよね。」

真希
「その収録が終わってから私は、もうあと1か月も一緒にいられないから
焦ってきちゃって、今日は一緒に帰ろうってさやかさんを誘ったんだ。
勇気を出して。」

さやか
「私が声をかける前に真希の方から来てくれたからねぇ。助かった。
でもなんか今までと同じようには接することができなくて・・・
ドキドキしてるのを気付かれたくなかったのに、
真希が・・・・・。」

真希
「なんか最近市井ちゃんっぽくないねって言ってやったの。
だって、なんかさぁ・・・うまく言えないけどさぁ・・・・・・・・。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2人の口から言いにくいことは筆者が代筆していこう。

さやか「ね、今日泊まらしてくんない?」
真希「ん?」
さやか「いいじゃん、いいじゃん、いいじゃんよぉ。」
真希「いいけど・・・。」
さやか「よっしゃー!行こ!」
強引にいくのはさやかの最後の手段だった。
というか、それしかできなかった。

強引にしていないと自分が見透かされそうだった。
さやかの精一杯のカラ元気だった。
そしてさやかは、真希の家に着くまで一度も真希の方に目をやらなかった。
いや、「やれ」なかった。
真希も、さやかの瞳の中の色をうかがうことなく、
とりとめのない話に終始していた。
話が核心に及ぶのが怖かったのか、
2人の会話は宙に浮かんでは消え・・・消えては・・・。
お互い心の中を見透かされるのが怖かったのかもしれない。
でも、何かを確かめようとしていた。

さやか
(真希は私の行動をどう思ってるんだろう・・・。)
真希
(さやかさんが泊まりたいって言ったのはどうしてかな・・・。
一緒に寝たりするのかな・・・。)
さやか
(なんで泊まりたいなんて言ったんだろう・・・。
いやらしく思われてしまったんじゃ・・・。いや、
まさか真希はそこまでは考えてないよね、どうせ。
こっちの一方通行なんだから・・・。)
真希
(このままさやかさんと離れたくない。
もしかしてさやかさんも私と同じ気持ちなの?
やっぱ今日は一緒に寝てもいいんだよね。
うぅぅ、どうしたらいい?ねぇ、どうしたら・・・。)

2人の揺れる心は時間を早め、
あっという間に家についてしまう。
さやかを自分の部屋にあげる真希。
明るく「おじゃましやーす」と言いたかったのに、
猫背で「うっす」と言うのが精いっぱいなさやか。
さやか
(うわっ、どーしよーーー。汗;)

真希「疲れたねー。何か飲むぅ?」
さやか「う・・・ぅん?そうだね、何か飲むよ。」
2人でコーヒーを飲む。
ますます眼が冴えそうだ。
ズズズ・・・。ゴックン。カチャ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
どっちが最初に口を開くのだろう。
思い切ってきいてみる真希。
真希「な、なんで市井ちゃ・・・」
さやか「あっとさぁー・・・ん?なに?」
真希「だからなんで・・・さぁ・・・今日は・・・」
さやか「うん。今日はなんでか寒い日だったよねー。もうすぐ5月なのに。」
真希「今寒いの?」
さやか「いや、そんなことないけど・・・さ・・・」
真希「だからなんで今日は泊まりたいって・・・?」
さやか「そりゃーねー、ま、いいじゃん。ところでお風呂入らしてくれんの?」
真希「うん。もちろんいいけど・・・。」
(一緒に入るのは恥ずかしいぞ!)
真希「準備するからちょっと待ってて。先に入らしてあげるから。」
さやか「いや後でいいのさ、順番は。入れればいい。」

結局お客の方は「後がいい」と言い張り、
真希は先に湯船に浸かっていた。
(二人ともお風呂が終わったら何をしたらいいのかな・・・。
一緒に寝るっていうことは・・・・・・・・つまり・・・・・・・・・・・
ぅわぁーーーっ ナニ?やっぱ・・・・・・!!!
ふぎゅぅ・・・どうしよう・・・いいのかなぁ、こんなこと考えて・・・。
っていうか、ていうか、ていうぅかぁ、
まだ一緒に寝るって言われてないし・・・。)
真希は余計な事を考えるのはやめにして、湯から出る。

最初に髪を洗う。
トリートメントを付ける。
トリートメントが馴染む間に洗顔フォームで顔を2回洗う。
次に体を洗う。
入念に洗う。
いろんな事を想定してしまう。
脇の下をチェックする。
何回も剃ってみる。
下を見る。
ソコを剃ってしまうのは余計に恥ずかしいかもしれないと考え込む。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
やっぱりやめる。
体の泡も髪の毛のトリートメントも綺麗に洗い流し、
真希は体を拭く。
もう1度、体をすみずみまでチェックする。
(そうだ。早く替わってあげなきゃ。
何して待ってるかな、さやかさん。)

パジャマを着て、頭にタオルを巻いて・・・
(これでいいかな。・・・・・・・・おっと・・・・。)
もう1度風呂場に入る。
湯船に恥ずかしい物が浮いていないか入念に調べる。
眼のいいさやかがお湯をジックリ見るのがいやだから
バスクリンを入れてお湯に色をつける。
石鹸に恥ずかしい物がついていないか入念に調べる。
体洗い用タオルにも恥ずかしい物がついていないか入念に調べる。
排水口も見る。それと・・・
さやかが困らないように石鹸やシャンプーを並べ直す。
脇の下を処理したカミソリをもう一度きれいに洗い流し、
もしかしたらさやかも使うかもしれないから置いておく。
真希「よしっ、OKっと。」
まだまだ子供な真希がここまで気を遣うのは初めてかもしれない。

真希が風呂から上がるのを待っている間にさやかが考えていることは、
ただひとつである。
さやかだって16歳。
一応、少なからず知識は持っているかもしれない。
実践が伴っていないだけである。だって!
(女の子と寝ようとしてるんだよ、さやかはぁ。)
(どうやったらさりげに一緒に寝れるかなぁ・・・。)
mon mon mon mon mon mon mon mon mon n n n unn?

カチャ。
真希「市井ちゃーん、上がったよー!」
さやか「ふぇ?」(ドッキーーーーン!)
真希「何してたぁ?」
さやか「べ・・・べつに・・・。」
真希「やだっ!真希の変な物見てないよねぇ!」
さやか「はぁ?何ぃ、見てないよ、見てない全然!」
真希「ほんとぉ〜ん?」
さやか「な、何だよぉ、変な物持ってんのかよぉ。」
真希「持ってるよぉ。真希だって14だし。いろいろとあるんでね・・・。」

さやか「?・・・・・・???」
真希「何だと思ってんの?」
さやか「・・・・・・カレシ関係の物?」
真希「はぁ???」
心配げなさやかの表情にキャハハハハハと高笑いする真希。
(何きいてんだ、オラ・・・)頬が紅潮するさやか。
(バッカだなぁ、さやかさん。私の机の中はさやかさんの写真とかでいっぱいなのに。)
真希はなんだか嬉しかった。
(さやかさんは、私に好きな男がいるかどうか心配している・・・。)
さやか「と、とにかくぅ、フロ行かしてもらいやす。」
真希「ハーイ。案内したげるぅ。」

真希「置いてある物何でも使ってねー。溺れそうになったら言うんだよー。」
さやか「バカにすんな。」
真希「後でバスタオルと着替えを持ってくれからね。」
甲斐甲斐しく世話をする真希をいとおしく思うさやか。
真希が完全に去ったのを見て、服を脱ぐ。

きれいに体を流してから湯船に浸かる。
「ハァーア。どうしたもんかねぇ・・・。」
落ち着かない・・・・・・・・。
バスクリンのいい匂いがする。
さっき真希が入ったお湯。
ずりずりとずり下がり目の辺りまで潜ってみるさやか。
鼻も口もお湯の中。息を止めてしばらくじっとする。
「何してるんだろう・・・。」
さやかはふと我に帰り、湯から出る。

最初に首から洗う。
首→肩→腕→胸・・・という具合に上から下へ・・・。
入念に洗う。
いろんな事を想定してしまう。
体を流し、次に髪を洗う。
トリートメントを付ける。
トリートメントが馴染む間に洗顔フォームで顔を2回洗う。
脇の下をチェックする。
シェーバーがあったのでとりあえず剃ってみる。
下に目をやる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
(しつこいなあ。)
筆者の「使いまわし」を、うとましく思うさやかであった。

真希は一番気に入っているバスタオルとパジャマと、そして、
下着を持って脱衣場に来た。
普通のタオルも1枚あったらいいことまでは気が回らない。
「ここ置いとくよー。じゃねー。」
真希はなんだか恥ずかしくてダッシュで部屋に戻る。
「はぁ・・・。」
真希は部屋を見渡す。
ベッドの布団をはぐり、シーツと枕をチェックする。
(最初から一緒に寝るのかなぁ。)
ベッドの横に座布団やクッションを並べて、もう1ヶ所、寝場所を作ってみる。
「最初はここで寝よ。ベッドはさやかさん。」

さやかは風呂場を見渡し、きれいに流す。
あちこち目をやり、自分が入った痕跡を残さないようにする。
バスタオルで体と髪の毛をふいて、
真希が用意した下着に手をかけた。
そして、ゆっくりと持ち上げる。
(真希のパンツ・・・。)
無地の青いパンツをゆっくりと履いてみる。丁度いい。
パジャマは結構大人っぽい渋い柄。
(アイツこんなの持ってんだなぁ。)
・・・・・・・ダボダボだ。
そして今日1日自分が身に着けていた下着を洋服で包み込み、
真希の待つ部屋に向かった。

真希は今までのさやかとの思い出にひたりながら待っていた。
そこへ、バスタオルを重たそうに頭に巻き付けたさやかが戻ってきた。
さやか「おフロありがとさん。」
真希「うん。」
真希は頭でっかちなさやかの姿を見ても、おかしさに気付く余裕はない。
真希がウケてくれなかったので、
さやかはバスタオルを外して、もう1度丹念に髪の毛を拭く。
自分の顔が紅潮しないように祈りながら。
その色っぽさに見入る真希。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
沈黙が続く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
おもむろに立ち上がる真希にビクッとするさやか。
真希「えっと、歯磨きしてくるね。」
さやか「うっ、私も行く。」
さやかはカバンに常備している歯磨きセットを手に真希を追う。

2人並んで歯を磨く。
シャカシャカシャカ・・・・・ゴシゴシゴシ・・・・・
ゴッツン!
「イッテェーーー!」
同時に吐き出そうとして2人は頭をぶつけたのだった。
さやか「うわっ、きったねぇなぁ、おまえー。下にこぼすなよぉ!」
真希「ブッ!」
吹き出してさらに惨状に・・・。
真希「だってだってぇ、市井ちゃんの頭突きすごいんだもーーーん!」
さやか「おまえなぁ・・・。」
「ハハハハハハハ!・・・・・・・・・・」
こんなやりとり今までだってあったかもしれない。
でも今日はなんだか、恥ずかしさと情けなさと嬉しさとおかしさ百倍で、
2人はしばらく爆笑していた。

部屋に戻る。
緊張を続けていた2人の心は少しほぐれていた。
真希が冷蔵庫から出してきたミネラルウォーターをかわりばんこに飲む。
真希との間接キス。
(今までだって何回もやってたな、そう言えば。)
さやかは今夜、本物のキスが上手にできるかどうかが心配だった。
真希はすっかり落ち着いて、今夜さやかに何をされてもいいと、
すでに心は決まっていた。
(好きだよ、さやかさん・・・。)

・・・・・・・・なんだか時間だけがゆっくりと流れている。
そこには、
期待と不安でいっぱいいっぱいのさやかと・・・
妙にすっきりとして落ち着いてきた真希と・・・
そして、
この物語の前半部分の長さに、徐々に不安を募らせる筆者がいた・・・。
((じれったいのが嫌いな人々、すまぬ。))

真希は下に敷いた座布団の上に毛布を用意する。
真希「私、ここで寝るから、市井ちゃんはベッドで寝てね。」
さやか「あ・・・うん・・・。いや、私が下でいいよ。」
真希「だーめ。お客さんなんだから。」
さやか「いーや、真希は真希の専用ベッドで寝なさい。
こっちが勝手に押しかけたんだから。」
真希「今日は真希専用なんかじゃないもん。」
口をとがらす真希を横目に、
自分の欲望を悟られたくないさやかは勝手に座布団の上に寝転がった。
真希「んもーぉ・・・。」
毛布にくるまるさやか。
「おやすみぃ。」
真希「・・・・・・・・・・・。」
真希は仕方なくベッドに潜り、背中を向けて横になったさやかの様子を見る。
(このままさやかさんは眠ってしまうんだろうか。)
しかし焦っているのはさやかの方だった。
(我ながらベタなことをしてしまった。これからどうしよう。
何をきっかけに真希のベッドに入ればいいんだろ・・・。)
背中に真希の視線を感じる。
真希からはさやかの表情はうかがえないものの、
さやかが何を考えているかがわかっていた。
後ろからでもさやかの耳は見えるのだ。
真っ赤になった耳が・・・見えるのだ・・・。
真希は寝返りを打ち、さやかに背中を向ける。
真希「私、寝ちゃうよ、ホントに。」(いつ来てもいいよ・・・。)
さやか「・・・・・・・・・・・・。」
真希「お・や・す・み・・・。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数秒しか時は経過していないものの、さやかには何分にも感じられる。
さやかは少し覚悟をして真希の方を見てみる。
背中を向けている真希は、ピクリとも動かない。
音をたてないようにゆっくりと起き上がる。
ひざまづいてベッドに寄りかかり、真希の寝顔をうかがう。
すると突然!
「電気ついてたね。消して!」
(うわっ!)
真希の言葉にあわてて立ち上がるさやか。
・・・・・・・探す・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・プツン。
さやか「消しました。」
なぜか敬語。
眼が慣れるまで立ちつくす。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
真希は何も言わない。さやかはそっと近寄る。
ついに意を決した。
さやか「・・・・・いい?」
真希「聞こえない・・・。」
さやか「・・・・・入ってもいいの?ってば・・・。」
真希「ダ・・・メ・・・」
さやか「ぇえ?(汗;)」
真希「ダ・メ・・・なわけないじゃん、もう。」
さやか「ひぃ・・・こいつめぇ・・・。」
ホっと胸を撫で下ろし静かに布団に入る。

ベッドは思いのほか狭く、さやかは、
依然背中を向けている真希の体に後ろから密着してしまう。
ドキドキドキドキ・・・・・・。
(心臓の鼓動が真希に聞こえませんように・・・。)
一方真希は、さやかの体温がとても高いことに気付く。
腕を巻き付けてくるのを待っているが、相手は何もしてこない。
「市井ちゃん、あったかいね。」
真希はボソっとつぶやいてみる。
さやかは思わず、後ろから片腕で真希の体をギューっと抱きしめ、
熱く火照った顔を真希のうなじに押しつけた。
「真希・・・。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しばらくその状態が続いたが、
やがて真希はゆっくりとさやかの方に向きを変えた。
年上のさやかは意地を見せ、真希の顔に口唇を寄せていく。
すべらかな頬に軽く触れたその柔らかい部分は、
少しづつ移動して、
もう一対の柔らかい部分をゆっくりと探す。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お互いの鼻からは熱い吐息がもれ、
2人の体温をさらに上昇させていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして、さやかの口唇が真希のそれに辿り着いた時、
一瞬それらは離れ、
次の瞬間また相手を探しはじめた。
しばらくの間その柔らかい感触を楽しむと、
2人はもう躊躇しなかった。
2人はお互いの体を力いっぱい抱きしめ合った。
「真希ぃ・・・。」
「さや・・・さん・・・。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この日の2人には、これで十分だった。

さて、ここでもう一度、時を現在に戻し、
主人公たちに再び回想して語ってもらおう。
離れ離れでいるお2人に・・・。

さやか
「あの日は最初抱き合って寝てて、
しばらくして汗びっしょりなことに気が付いてからは
2人並んで手をつないで寝たんだっけ。」
「狭かったけど。」
「特に何も話さなかったなぁ。」

真希
「なかなか眠れなくて、いろんなこと考えたり思い出したりしてた。」
「私はさやかさんに想われてると思ったから、
嬉しくて寝られなかったんだ・・・。」

さやか
「あれ以来・・・

さやか
「あれ以来ね、
いつでもどこでも2人きりになりたい、なりたいって、思うようになってた。」
「最初の晩、自分のキスを受け入れてくれたし。抱きしめてくれたし。
だからきっと真希もそう思ってくれてるはずっていう自信は少しあった。」
「ホントのところは確証は持てなかったけど。」

真希
「あの晩の一件で、私は少し有頂天になってたなぁ。」
「いっつもさやかさんとベタベタしていたかった。」
「さやかさんもときどき私との時間を作ってくれたりね。」
「仕事場ではねぇ・・・、
滅多にないチャンスを見つけてさやかさんの腕につかまったりするとね、
さやかさん、そんな私をふりはらおうとするの。」

さやか
「めちゃくちゃ意識してた。」
「近づかれると照れちゃって、何気に離れたりした。心とは裏腹に。」
「ふざけてわざと他のメンバーにチューしたりしてた。ほっぺだよ、ほっぺ。」

真希
「私はそのたびに不安になったりしたけど、冷静に考えるとね、
さやかさんにとっては最後の仕事ばかりになってたでしょ。」
「だから仕事の邪魔には絶対にならないようにって、一生懸命自分に言い聞かせてた。」
「それが私にできる精一杯のことだったんだ・・・。」

さやか
「残り少ない仕事では絶対後悔したくなかったし、
でも、真希のことばかり考えてしまう自分もいた。」
「自分だけ仕事から外れることも多くなってきていて淋しかったけど・・・。」
「たまぁに、2人きりになれた時はね、ちょっと手をつないでみたりして、
だんだんとね・・・、まぁ、行動に出せるようにはなっていってたなぁ。」

真希
「ふざけた感じでチューしてくること多かったなぁ。
最初はホントに2人とも恥ずかしがってたけどぉ、
いつ頃からかな・・・さやかさんの最後の10日くらいの頃からかなぁ、
真面目にキスするようになってた。私たち・・・。」

さやか
「真希がイヤに神妙な顔つきで私のことを見つめてた時があって、
どうしたんだってきいたら、“つながり”が欲しいって言うの。」
「いろいろ考えた。それで指輪を交換することにしたんだ。」

真希
「お互い絶対にそのリングはどんな時も外さないって約束した。」
「お互い右手の薬指にしようって頼んだ・・・。左手にするわけにはいかないんで。」
「でも最初はいやだって言われた。」

さやか
「真希はこれからもスーパーアイドルとして生きていくんだから、
薬指はいろいろ誤解を招くんじゃないかと思って心配したんだよね。」
「だから何指でもいいじゃないかって言ったんだけど・・・。」

真希
「どうしても薬指にしたかったし、して欲しかったの。」
「それで相談して、私は他の指にも何個かリングをしてごまかすことにしたんだ。」
「それで、さやかさんはね・・・、嬉しかったよ。」
「自分は薬指でもかまわないって言ってくれた。
しかも、真希があげたリングだけしかしないって・・・。」

さやか
「もう私はどうでもよかった。真希に安心して欲しかった。それだけ。」
「それで写真に写る時も、ついついその指輪を強調してしまう自分がいた。」
「その指輪と一緒にできるだけ綺麗に写りたかった。」
「映画初日の舞台挨拶でも右手を見せて・・・。ちょっとわざとらしかったかな。」
「でも・・・・・・・、決心してたことがあったから・・・・・・・。」

真希
「さやかさんが卒業するまでの最後の1週間はとっても忙しかった。」
「レギュラー番組も多いし、取材も増えた中、武道館コンサートの準備。」
「どうしても素晴らしいコンサートにしなきゃっていう気持ちが強かった。」
「さやかさんと一緒にいられる時間は少なくて淋しかったけど、
リングを見て自分に言い聞かせていた。一緒にいるんだって・・・。」

さやか
「真希は事実上かなりメインもはってるし、ピンで取材を受けるようにもなってきてる。」
「最初に会った時からすると信じられないくらい大きくなって、
今やグループの顔。紛れもない大スターじゃん。」
「私なんかと変な噂でも立とうもんなら・・・。そう思うとどうしようもなくて・・・。」
「真希の自分に対する気持ちが真剣になってきていることを感じてたからこそ、
一緒にいちゃぁいけないんだってわかったんだ・・・・・・・・・。」

真希
「20日の夜にね、さやかさんと2人きりになれる時間があった。」
「あったっていうかぁ、さやかさんも私の方も、無理にその時間を作ったんだけど。」
「私は、さやかさんが最後の仕事をどう思って迎えようとしているかを考えていた。」
「それなのに、バカみたいに、まだ取り消せるよって言ってしまったんだ。
だって、ファンには最後の挨拶は直接してなかったんだから、その時点では。」

さやか
「なんかとっても真希と一緒にいたかったんだ、あの時。」
「でも突然、卒業取り消せるよ、なんてバカなこと真希が言うもんだから・・・。」
「やめなければこれからも真希と一緒に仕事ができるんだなぁって一瞬思った。」
「でも・・・それはそれで辛いんだよねぇ。実際取り消せるハズもなかったし。」
「2人ともバカ正直だから、
付き合いながらそれをひた隠しにして一緒に仕事するなんてことできないそうもない。」

真希
「さやかさんの卒業の決心は揺らぎそうもなかったけど、
私はそんなに悲しくはなかったんだよ、あの時は。だって・・・」
「オフの時は会えるし、いつでも抱き合えるし、
ずっと真希のこと大事にしてくれるって、私の中だけで思い込んでたから。」
「さやかさんから思いを告げられたことは一度も無かったのに、
その時の私は完全にさやかさんの、“最愛の恋人”気分だったんだ・・・。」

さやか
「ただ・・・キスしたかった・・・。
今までの思いをすべて集結したキスがしたかった・・・。」
「その時は2人ともいつもと違ってマジな感じだったからね、
自然と真希を抱き寄せてキスをしたんだ。
長いキスを・・・。」

真希
「あんなに長いキス初めてだった。
そして深い・・・・・・・。」
「熱い思いも考えてることも全て交換できるようなキス・・・。」
「交換して、混ぜ合わせて・・・、
だんだんと激しく・・・どんどん深く・・・。」

さやか
「私たちはまだ一線を超えてなかったけど・・・」
「それで終わればいいと思った。」
「これが最後のキスだよ。
心の中でそう、つぶやいていた・・・。」

真希
「コンサートは大人っぽくいきたかったけどね、
やっぱ、子供みたいに泣きじゃくってしまった。」
「恋人としてのさやかさんでなく、
先輩として、同志としてのさやかさんに別れを告げなくてはいけなかったから。」

さやか
「コンサートはコンサート。
ファンの人達に、本当に精一杯、感謝の気持ちが伝えたかった。」
「それと、真希のこと本当に好きだって自分でもよくわかったから、
真希との最後の1日はカッコよく終わることに決めていた。」
絶対に泣かない。絶対に真希に心配させない。絶対に・・・。」

真希
「コンサートが終わったら、
私は、ちょっと暇になるさやかさんとは今度いつ会えるかなぁ、なんて・・・
おめでたい事考えてた・・・。」
「卒業記者会見、さやかさんはとってもカッコよく自分の今後を語った。」

さやか
「あの時は、よくそんなにサバサバして明るく喋れるねぇなんて、後で言われたっけ。」
「だって隣りに真希がいた。」
「真希も泣いてはいない。」
「このまま誰も泣かずに記者会見が終わるのを、ただただ願っていた。」

真希
「あるインタビュアーの人が、さやかさんに“寿もありうるのか”なんてきいたの。」
「さやかさんは、“ないです。寂しいくらいないです。”って答えた。」
「ちょっと心の中で笑ってたんだよ、私。
真希がいるじゃないかよぉって。」

さやか
「それまではずーっとにこやかにしてたんだけどなぁ、
その質問を投げかけられて、一瞬ヤバかった。」
「一瞬真希のことを考えて・・・真希を幸せにできないって考えて・・・
マジな怖い顔をしてしまったのに気付いて、
慌てて笑って“ない”って答えたんだ。」

真希
「記者会見が終わってからは、さやかさんには近づきがたい雰囲気が漂い出した。」
「みんなさやかさんの顔色をうかがって、誰も話し掛けなかった。
さやかさんの顔から笑顔が消えていて、誰1人話し掛けられなかったんだ・・・。」
「私は、どうせ後でまた会えるし、その時はその場から逃げたいなって思った。」
「さやかさんの泣くところ・・・見たくなかったから。」

さやか
「楽屋に帰ってから、号泣してしまった・・・。
その時、真希の姿がないことはわかっていた。」
「みんなが寄り添ってくれた。
みんなの気持ちは痛いほど嬉しかった。本当に感謝していた。」
「でも、心のどこかででみんなに謝ってもいた。」
「私の涙は、緊張がとけた涙であり、みんなへの感謝の涙であり、
みんなとの別れを思う涙でもあったけど・・・。」
「・・・真希との別れがあまりに辛かったから・・・。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

健気にも、若い2人は精一杯語ってくれたが、
どうやら涙が邪魔して、これ以上は話せそうもないらしい。
この後の事は、
2人の初めての夜の出来事のように、
今一度、第三者が語っていくことにしよう。

その日を、「終わり」と決めていたさやかと、
「2人だけの再スタート」と思っていた真希。
それまで、恋人として過ごしてきた時間は少なかったかもしれない。
お互い何かを確かめ合いたいと思いながらも、
なんだか依然確かめられぬままに過ごしてきた、
2人の甘くせつない時間・・・。

21日の夜、さやかは真希に何も告げぬまま去ろうとしていた。
たくさんの人に挨拶をして、お礼を言って・・・。
さやかのアイドルとしての最後の晴れ舞台を見守ってくれた
家族と共に帰路につき、家の前に辿り着いたのは、
すでに日付が変わろうとしている頃だった。
「さぁ、着いたよ、さやか。とりあえずゆっくり休みな。
今日はもう遅いから早く布団に入ってしっかり寝な。」
家族にうながされて車を降りる。
「いやぁ、やっと着いたねぇ・・・。」
なんだかしんみりと自分の家を見上げる。
家族が家の中に入り、1人で立ち尽くす・・・。
(これでよかったんだろうか・・・。仕事のことも、真希の事も・・・。
自分は真希に会わずにはいられないんじゃないだろうか・・・。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・カサコソ・・・・・・。
なんか変な音がした。自分の左の方に目をやる。
「ん?・・・なに?・・・ひぃっ!」
小さな街灯の下、誰かが立っている。
そいつは、大きな黒いジャンパーを着ており、
フードを深めに被っているので、影で顔がわからない。
徐々に近づくその怪しい人物・・・さやかは怯えて身動きがとれない。
(イチイはついにストーカーに殺られるのか・・・っ。)
と覚悟した瞬間、その人物はバーっとジャンパーを脱ぎ捨てると
さやかに飛びついて来た。

「市井ちゃーん、お疲れーー!!」
「うわぁーーーっ!!!」
(何じゃ!・・・・・・)
心臓が止まる思いをしたさやかは、しばらく声が出ない。
「びっくりした?・・・ん?」
満面の笑顔を見せる真希に、さやかは思わず怒鳴った・・・つもりだった。
「バッヒヒャロー・・・」
へなへなとへたりこむ。
「ハァ。ハァ・・・。」
うずくまっている間に心臓を落ち着かせる。
「ゴメン、そんなに驚かせるつもりじゃなかったんだよう、
ごめんね市井ちゃん、ごめんね。」
すぐに返答は帰ってこない。
「ねぇ、大丈夫?・・・大丈夫って言ってよ、お願い。」
「・・・て・・・てめぇ・・・このやろぉ・・・。」
さやかはうずくまったまま、小さな声で言葉を返す。
「・・・なんでここにいんだよう・・・なんのつもりなんだよう・・・。」
「あのね、どうしてもお疲れ様が言いたくってねぇ、
こっち方面に帰るメイクさんに乗せて来てもらったんだよ。
2人で卒業パーティーしようとおも・・・」
「家の人は?」
真希の無邪気な声をさえぎるさやか。
「え?うちにはちゃんと言ってあるよ。市井ちゃんのところに泊まるって。」
「はぁ?・・・・・」
「市井ちゃんとこなら安心だしぃ、最後だから甘えて来いって言ってた。」
「余計な事すんじゃないよー!!」
さやかはバッと立ち上がり、真希を睨み付けた。
そのあまりの表情に声を失う真希・・・。

「なんなんだよおっ。どうしてこんなとこまで来るんだよおっ!
せっかく帰って来て、やっと落ち着けると思ったのにい。」
さやかの鬼のような形相を初めて目の当たりにし、
呆然と立ち尽くす・・・。
やがてポロポロと大きな涙粒が次々に真希の頬をつたい、
乾いていたアスファルトを、あっと言う間に濡らしていく。
「ぅわあああぁぁ・・・。」
泣き崩れるように、真希はその場にしゃがみこんだ。
うずくまって泣き続けるその姿を見ながら、
さやかは、これ以上真希を突き放すことができない自分に苛立ったいた。
(自分はこんな方法しかとれないのか・・・。また、だめだ・・・。)
すでに弱虫なさやかが顔を出していた。
「ごめん、真希、ごめん・・・。
あんまり脅かすもんだからさぁ、ついつい怒鳴ってしまって・・・。」
真希の震える体を慌てて包み込むさやか。
「ひぃっ・・・ひぃっ・・・うあぁぁぁ・・・・・・ひぃっ・・・」
真希の鳴咽は止むことなく、さやかを揺さぶっていた。
「悪かったよぉ。まさか来てくれるとは思わないじゃん。
ねぇ、ホントごめん。ね、ね・・・。」
さやかの目にも涙があふれていた。

真希が落ち着くまでには少々時間がかかった。
「何やってんの。早く入りなさいよー。」
家の中から声が聞こえる。
さやかは涙を拭き、真希を立ち上がらせると、
抱きかかえるようにして家に入れる。
廊下からドア越しに、居間にいる家族に向かって叫ぶ。
「さやか寝るから、話はまた明日ねぇ!
たっぷり寝るから明日の朝は起すんじゃないぞー!」

真希を自分の部屋に導き入れると、
さやかはふぅーっと息を吐き出した。
「ちょっとここに座ってさぁ・・・。」
クッションの上に腰を下ろさせ、その横で様子をうかがう。
下を向いている真希は全く無表情で、
時折ハンカチで目や鼻を押さえたり口唇を噛み締めたりするだけである。
「真希さぁ、もう子供じゃないんだからさぁ(まだまだ子供だけど)、
ホントねぇ、いつまでも人を驚かすんじゃないよぉ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・でもさ、嬉しかったよ。真希が来てくれて。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「怒ったのには何の意味もないからさぁ、顔上げてよ。ね。」(汗;)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・うーん。笑ってくれなきゃ触わっちゃうぞぉっ。」
さやかは10本の指を真希の目の前でいやらしく動かしてみるが、
真希の視線は全く動かない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

さやかはふざけるのをやめて真希の横顔を見つめた。
いつもの無邪気さのない、悲しげな横顔を。
そして、十数分前に真希が見せてくれた満面の笑みを思い出す。
(真希はうちに着くまでの間、私と過ごす時間を
どれほど楽しみにしていたことだろう・・・。)
車の中でウキウキしてしかたなかった真希の姿を、
さやかは容易に想像できた。
(真希・・・。)
心の中の声が聞こえたのか、真希は眉間に皺をよせ目を細めた。
(また泣くのか?もう泣くのは見たくないよ・・・。)
さやかはまた真希の機嫌をうかがう。
「あのさ、真希ぃ、フロでも入ってスッキリするか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「コンサートの後で汗流したからいっかぁ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。」
真希がやっとうなずいた。
(真希・・・・・・。
2人で初めて一緒のベッドで寝た夜の事覚えてる?
真希・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
抱かずには終われないよ。)

さやかは横から真希に寄りかかり
そのまま真希の体を静かに押し倒した。
相変わらず無表情を装おうとしていた真希が一瞬大きく目を見開き、
さやかの目を見つめる。
2人とも相手の瞳の奥に吸い込まれていく。
さやかが徐々に距離を縮める。
10cm・・・5cm・・・1cm・・・・・・・・・
さやかは鼻先で真希の鼻先に触れてみる。
そしてほどなく、柔らかいものどうしが出会う。
真希の口唇が一瞬ピクっと震え、鼻から熱い息がすうっと漏れた。
「ん・・・んん・・・」
(真希ぃ・・・!)
さやかは一度顔を離すと、
次の瞬間、真希の火照った口唇に吸いつき、
力いっぱい真希を抱きしめた。
(真希のすべてが欲しい・・・。)
口唇の隙間から真希の中に入りたいと願う。
(さやかさん・・・。)
真希も口を開いて、さやかの熱いものを迎え入れる。
両腕でしっかりとさやかにしがみつき、
さやかのそれを吸い込み、自分と絡みつかせる。
お互いの舌が行き交い、熱情の交換が続く。
熱くて・・・深くて・・・そう・・・
体の奥底・・・
いや・・・魂の・・・そして・・・
命の奥底で結び合えるような愛の交換をしたかった・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さっきまで真希を支配していたのは、
さやかが真希に対して怖くて冷たい態度を示したという事実。
せっかく会いに来たのに、どうして喜んでくれなかったのか・・・という疑問。
自分はさやかを喜ばせたかっただけなのに酷いよ・・・という憤り。
しかしながらさやかに対して何か悪い事をしたのではないか・・・という心配。
さやかはいきなり自分のことを嫌いになったのではないか・・・という不安。
そして・・・
昨夜してくれた長いキス・・・。
今までの楽しかった思い出・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

でも今、さやかと激しく抱き合っている真希からは、
そんなあらゆる不安や疑問や過去の出来事は姿を消していた。
何も考えられない。
何も考える必要もない。
ただ・・・
さやかが欲しいだけ。
さやかに全てをあげたいだけ・・・。

さやかは真希をベッドに上げると、
はおっていたシャツを脱いで電灯を消す。
ベッドに座って自分を見つめている真希の方に目をやる。
月明かりで見る真希の表情はせつないが、
迷いが微塵も感じられない。
自分もベッドに入り、真希の着ているレーシーなカーディガンを脱がす。
タンクトップの裾を持って、ゆっくりと上げていく。
真希は腕を上げて、さやかが脱がせやすいようにする。
さやかは、それを真希の顔まで上げて止めてみる。
真希の、思いのほかふくよかな胸に見入る。
変な間が恥ずかしくて、真希は自分から脱ごうとする。
さやかはそれを真希にまかせて、自分のタンクトップを脱ぐ。
2人は自分でジーンズと靴下を脱ぎ捨てると、
向かい合ってお互いの背中に手を回し、ブラのホックをはずす。
ブラを取り去ると同時に、さやかは正面から真希に覆い被さると、
体を支えていた腕を少し脱力させて、
真希の体に自分の体重を重ねてみる。
お互いの体はピタリと密着した。
初めての感覚・・・。
ストレートに伝わる体温、心臓の鼓動、肌の感触、乳房の感触、
お互いの右耳にかかる相手の吐息・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
若い2人のこの後の行為については
筆者は敢えて言及しない。
それは2人だけの秘密。
2人だけの初めての経験。
濃密で、甘くて激しい、2人だけの空間。
・・・2人にとっては終わりのない時間・・・。

一睡もしないまま、手をつないで静かに迎えた2人だけの朝。
日の出はすっかり早くなっていて、窓の外は明るくなりはじめていた。
2人とも天井を見ている。
真希は穏やかな満足感に浸っている。
さやかはその横で、今度こそ、最後の瞬間を覚悟している。
そして重たい口を開く。
「そろそろ行かないといけないんじゃない?」
「えぇ・・・? まだこんなに早いけどなぁ。」
時計の針は5時10分を指している。
「うちの家族まだ寝てるし、タクシー呼んでも今なら目立たないから、
今のうちに。」
「う・・・うん。そうだね。しかたないね。」
真希はゆっくりと体を起こすと、
自分のブラを見つけて、それを身につける。
さやかは、先ほどまで自分が抱いていた真希の背中と、
脇から見え隠れする乳房を見ている。
次に真希は、毛布の中から自分のパンツを探し当てると、
その毛布で隠しながら、少しずつ履いていく。
片側づつお尻を持ち上げて少しずつ引き上げていく。
そのかわいい割れ目に思わず目がいってしまうさやか。
真希が洋服を全部着てしまう前に自分も着なければと、
慌ててブラとパンツを探す。

2人は洋服を着終わると足音を殺して洗面所に行き、顔を洗う。
化粧水を付け、次に並んで歯を磨く。
前にもこんなことがあった。
(あの時は楽しかったな・・・。)
さやかは、ふと、あの時に戻りたい気持ちにかられる。
洗面台の鏡の中の真希を見る。
眠そうだけど穏やかで優しい表情をしている。
歯ブラシを動かす真希の指には、
さやかがプレゼントした指輪しかはめられていない。
右手の薬指にあるそれだけが光っていた。

真希が髪の毛を直している間に、
さやかは小声で電話をし、タクシーを呼んだ。
2人玄関で座り込み、タクシーを待つ。
「ふぅわあぁぁぁ・・・」
真希が大きなあくびをする。
「さすがに眠いだろ。」
「うん。市井ちゃんも、お疲れのあと、またお疲れだったね。」
(真希を見ていられるのもあと数分か・・・。)
さやかは、タクシーなんか来なければいいという気もした。
「市井ちゃん、リング見せて。」
真希の無邪気な表情。
さやかは真希の方に右手をやる。
そこに自分の右手をつけて指輪を重ね合わせる真希。
さやかは、急に自分の涙腺があやしくなりそうだったので、
慌てて右手を引っ込めて立ち上がり、
真希に背中を向けて部屋の方へ向かおうとする。
「財布持ってくるわぁ。」
「え? 私タクシー代くらい持ってるよぉ。」

部屋に入るなりさやかは泣き崩れた。
我慢していた気持ちがどっと押し寄せる。
(指輪なんかくっつけてくんじゃないよ・・・。バカ真希・・・。)

さやかが部屋にいた2〜3分の間、
真希は指輪を眺めながら昨夜のことを思い出していた。
夜中にここに押しかけたこと。
さやかに泣かされたこと。
とっても不安だったこと。
そしてさやかと愛し合ったこと。
(今度はどっちの家かな・・・。)

そこへ、目を赤くしたさやかが戻って来る。
「ふーう。寝不足はきついな。目が痛いよぉ。ホレ、これ使いな。」
目を擦りながら1万円札を3枚差し出す。
「ちょっと、いいってばぁ。しかもそれ、多すぎない?」
「いいから、年長者の言う事は素直にきいとけ。
余った分は小遣いなんだよ。こんなこと滅多にないぞ。」
「やだ、まだ私の教育係のつもりなのぉ?」
真希の言葉が胸に突き刺さる。
「とにかく、受け取んなさい。」
ぶっきらぼうに差し出す。
「・・・しょうがないなぁ・・・。じゃ、サンキュ。」
真希は1枚だけ引っこ抜くと、くるりと後ろを向き、扉を開けて外に出ようとした。
(あ・・・真希・・・。)
そこへ、タクシーの音が近づいてきたのが聞こえる。
「あっ。来た。」
そう言うと、真希はまた振り返って、おもむろにさやかに抱きつくと、
さやかの耳元に口を寄せる。
「浮気したらヤダよ。いつでも電話とメール待ってるからね。」
真希はそうつぶやくと勢いよく玄関を飛び出し、タクシーに向かって駆け出していった。
玄関を少し出て、真希を見送る。
タクシーの中の真希は、さやかの方を向いて、
しきりに変な顔をしたり、手を振ったりしている。
(真希・・・。バカ真希・・・。とっとと行っちゃえぇ・・・。)
そして、真希を乗せたタクシーは去って行った。

しばらくそこに立ち尽くすさやか。
まばたきも忘れて放心状態で立ち尽くす。
(終わっちゃった・・・・・・。やっと終わったんだ・・・・・・・。)

その日1日、真希は体のだるさなど気にもならず、
興奮冷めやらぬまま、夕刻を迎えていた。
知らず知らずに、携帯が鳴るのを待っている自分がいる。
(今日はかかってこないかな・・・。声聞きたいな・・・。
ゆっくり休んでるだろうから、こっちから掛けるのはよそう。
でも、おやすみメールくらいくれるといいな。)

あっと言う間に夜が更けていく。
さすがの真希も、今夜は10時を回るあたりからすでに睡魔に襲われている。
(メールより、声が聞きたいな。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
うたた寝をしてしまったようだ。
気が付くと11時半だった。
(あ、寝ちゃってたぁ・・・。)
絨毯に携帯が転がっている。
(・・・・・・・。)
メールも来ない。
しかたなく、携帯を握り締めたまま寝床に入って体を休める。
2分間だけじっとしていたが、
我慢できずに、さやかの携帯に掛けてみる。
ドキドキドキ・・・アッ・・・。

繋がったと思ったら、
無情にも、その番号は現在使われていないとの知らせ。
「うっそぉ。」
2〜3回掛け直す。・・・・・同じ結果。
(こっちの携帯やめちゃったんだぁ。なんだ、言ってくれなかったなぁ。)
さやかのもうひとつの携帯に掛けてみる。が、
結果は同じだった。
「なんでえ?」
思わず大声になる真希。
不安になった真希は、さやかの家の電話に掛けてみる。
ドキドキドキ・・・。
・・・・・・・・・・・・・・
ピッ。
携帯を慌てて切る。
留守電になっていて、メッセージを入れる勇気がなかった。

いろいろ考えてみる。
携帯の番号が変わる事、一言も言ってくれなかった。
それとも、今度掛けてきてくれる時に、言ってくれるつもりなのか。
ゆっくり寝るはずだったが、また眠れない夜となりそうだった。
枕を抱いてみる。
わずか2度しか一緒に寝てはいないのに、
1人で寝るのは、なんだか物足りない。

翌朝、枕に抱きついたまま、目を覚ます。
「おはよう・・・。」
枕に話し掛ける。

この日もさやかからの電話はなかった。
日中の忙しさから解放されて、
夕食後に、もう1度、さやかの家に掛けてみる。
母親が出てきて緊張する。
「あぁ、真希さん? あのねぇ、それが・・・今ちょっとねぇ・・・
出てるのよ、さやかぁ。帰ったら連絡させるから、ごめんなさいね。」
「はい。わかりました。すみませんでしたぁ。」
(さやかさん、どこ行ってるんだろう・・・。)
とりあえず待ってみる。
しかし、待っても待っても、結局掛かっては来なかった。

夢の中で、真希はさやかと会えた。
とても綺麗なホテルの一室で夜を過ごす2人。
抱き合って寝る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
目が覚めて、さやかの方に手を伸ばす・・・。
思いっきり伸ばした手に触れる物はなかった。
(え・・・?・・・夢だったのかぁ。)

この日は水曜日。
今日1日声が聞けなかったら、さやかは3日も自分を放っておいたことになる。
冷静に考えてみようとする。
真希が考えているほど、さやかは暇じゃないのかもしれない。
(もう留学しちゃったのかなぁ・・・。まさか・・・。)
2〜3日じゃ疲れがとれないのかもしれない。
(・・・まさか真希のこと嫌いになったんじゃ・・・。
いや・・・そんなことはない。だって・・・。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そしてひとつの結論に至った。
(私が慌ててるだけなんだ。何、焦ってるんだろう。
これから先は長いのに、2〜3日連絡がとれないからって・・・
バッカだなぁ、ホント。)
我ながら、ポジティブな考え方に満足する真希。
ただ、そう思いたかっただけなのに・・・。

自分からさやかの家に電話を掛けない事に決めた。
(待つよ、さやかさん・・・。)

その夜も、さやかとの夢を期待して寝る。
激しく燃えたあの時の事を思い出す。
でも、襲い掛かってくる不安にさいなまれ、
昨夜のように体の芯が熱くなる事なない。
(もしかして、このまま終わろうとしているのかもしれない・・・。)

夢の中のさやかは留学していた。
生き生きと毎日を過ごしている。
でもなぜか真希も一緒にいる。
姉妹のように一緒に暮らしている。
隣りの飼い犬に吠えられて、さやかに抱きつく真希。
さやかはそんな真希を突き放して言う。
「いつまでも甘えてるんじゃないよ・・・。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
犬が吠え続ける。
ぼんやりとした頭・・・、徐々に目を覚ます。
「んもーぉ、うるさいなあ。」
寝返りを打って、横にいると思ってた人に抱きつこうする。
そこには誰もいるはずがない。
「ふん?あれ・・・そっかぁ、昨夜も1人で寝たんだった・・・。」
(また夢見てたんだ・・・。)
ショボショボしていた真希の目がだんだんしっかりと開いてくる。
(そうだよね。いるわけないよね・・・。)

10分・・・15分・・・。
真希はベッドの上でじっとしている。
じっと、自分の置かれている状況を考えている。
なんだかこのまま電話は掛かって来ないような気がしている。
「別に脱退したからって私を捨てることはないでしょ・・・。」
(2人の関係からも脱退しようとしてたっていうの?)
真希の目からこめかみに静かに涙がつたい、
耳の中にしずくが溜まっていく。

天井を見ながら、3日前の夜のことを思い出す。
(あんなことやこんなこともしておいて。
あんなに激しかったのは、最後のつもりだったから?)
そして、抱かれる前にさやかが真希に怒りをぶつけたことを思い出す。
(あの怒りには、やはり意味があったのかも知れない。
意味はないって言い訳してたけど。
私の何に腹が立ったの?
腹が立ったから、最後の夜にしたの?)
いくら考えても答えが出るわけではない。
その時の真希は、さやかの気持ちを理解できるほど大人ではなかった。

木・金・土と、今までと変わらない目まぐるしい日常が続いていく。
毎日さやかからの電話を待っている事には変わりがない。
でも、掛かってこなくても、もう不思議に思わない真希がいるのも事実。
忙しい毎日のおかげで、少しだけ助かっているのかもしれない。
もし、時間が余っていたなら、
自分はさやかの家まで確かめに行っているかもしれない。
さやかの家に何度も電話をして、さやかが出ないのなら、
家族に事の訳を問いただしているかもしれない。
(さやかさんは今、何をしているのだろう。)

次第に確かめたいという気持ちが少なくなっている。
その気持ちが薄くなってきたのではない。
確かめるのが怖い気がするから・・・。

日曜日の夜、仕事から帰宅した真希は、
軽い食事と風呂を終え、自分の部屋に戻ると、
録画予約していたビデオテープを巻き戻す。
再生のボタンに触れようとして、一瞬躊躇する。
(・・・・・・・・・・。)
一旦、心構えをし直して、ボタンにゆっくりと触れる。
すると、そこには元気なさやかの姿が映し出される。
自分と一緒に、みんなと一緒に、
最後の「ハローモーニング」に出演しているさやかがいる。
ゲストとして。
さやかさんの恋人気分だったあの時。
一番楽しかった頃の収録。
さやかは楽しそうに自分の目標や予定を語っている。
そう言えば、さやかさんに「好きだ」と言われたことはなかった。
「ずっと一緒だよ」と言われたこともなかった。

(さやかさんにとって私は邪魔だったの?
私がいると、さやかさんの夢は実現できないの?)
知らず知らずのうちに、自分の存在が
さやかの足手まといになっていたのかもしれない。
自分自身が疎ましく思えてくる真希であった。

もうひとつ予約録画していた番組が始まる。
前半から中盤にかけて、関係ないものがやっていたが、
真希は早送りするわけでもなく、ボーッと画面の方を見ていた。
その時真希の目に(心に)映っていたのは、
画面に映し出されている、
苦闘するデザイナーの姿でも女性シンガーの姿でもなかった。
それは、さやかの姿・・・。
さやかのはじける笑顔。困った顔。怒った顔。
照れている顔。そして、真希を優しく見つめる瞳。

気がつくと、さやかの映像が始まっている。
歌うさやか。踊るさやか。
真希が知らない頃のさやか。真希に指導するさやか。
だんだんと画面がゆらいで見えにくくなる。
ファンに挨拶するさやか。声援を浴びるさやか。
みんなから花束を渡されるさやか。
涙を流すメンバーと抱き合うさやか。
そして、自分の姿が映った時、
真希は条件反射的にリモコンの停止ボタンを押す。
膝を抱え、顔を膝頭につける。涙が止まらない・・・。
(さやかさ・・・ん・・・。)

真希
「しばらくは何もやる気がでず、仕事でもよく注意された。」
「今でもなぜさやかさんが私から離れて行ったかわからない。」
「女同士だから別れないといけないのかな・・・。」
「思えば後悔する事はたくさんあるけど・・・。」

さやか
「真希には本当に悪い事をしたと思う。」
「あの後、何故別れる必要があったのかって、自問自答した。」
「しかも、別のやり方やタイミングがあったんじゃないかって。」
「でも、お互いの夢が壊れるのも怖かったし、特に・・・
真希という類稀なるタレントの足手まといにはなりたくなかった。」
「私には、あの時、ああするしかなかった・・・。」

真希
「1ヵ月、2ヵ月と過ぎても、なかなか諦めることはできない・・・。」
「でも、さやかさんが私から去ろうとした事実は、
私なりに、徐々に理解しようとしている・・・。」
「私の事を好きでいてくれるんなら、
絶対また会ってくれるって信じているし。」

さやか
「特に仲の良かったメンバーとは今でも連絡をとっていて、
相手には、私が連絡していることを真希には言わないでと頼んだ。
さやかとは連絡とってないんだって言ってもらうように。」
「携帯の番号も、メールアドレスも知らないって・・・。」
「もちろん、真希が彼女たちにきいたかどうかは知らないけど。」

真希
「さやかさんには大きな夢がある。もちろん私にだって。」
「さやかさんの夢を邪魔する事は絶対にしたくない。」
「私ももっともっと大きい人間になって、さやかさんと再会したい。」
「さやかさんに認められるような人間になりたい。
さやかさんが惚れ直してくれるような女に。」

さやか
「お互いもっと大人になって、夢を叶えて、
それでその時に、まだ真希が私の事を想っていてくれることがあれば
それはとっても嬉しいんだけど・・・。」
「真希の事だから、もうすでに心変わりしちゃってるかもしれないけどね・・・。」
「でも、その時を私は待っている・・・。」

真希
「私から追うんじゃなくて、
もう一度さやかさんから言い寄ってくるような女になってみせる。」
「さやかさんのいない生活が私を成長させたことにも気付いてもらうんだ。」

さやか
「いつでも、どこからでも、真希のことは見守ってるよ・・・。」
「元気にがんばるんだぞ・・・。」
「真・・・希・・・。」

〜 FIN 〜