これは、ある少女が体験した、とても不思議で、ちょっぴり切ない物語です。
1
市井ちゃんの正式な脱退発表から、一週間が経った。
「ふう・・・」
だめだ〜。
気持ちを切り替えよう、仕事に専念しよう。
そう思ってはいるんだけど、頭に浮かぶのは市井ちゃんのことばかりだよ。
どうして娘。じゃダメなの?娘。にいたって音楽の仕事はできるよ。
留学なんかしなくたって、つんくさんの下で勉強すればいいじゃない。
市井ちゃんから最初にその話を聞いたとき、私はそう言った。
でも、市井ちゃんの口から「夢」って言葉が出てきたとき、私はそれ以上
何も言えなくなってしまった。他のメンバーも、市井ちゃん頑張れって、
笑顔で送り出そうって言ってる。
でもね、市井ちゃん・・・
私は、それでも市井ちゃんと離れるのはイヤ。市井ちゃんと一緒じゃなきゃ、
娘。にいたって楽しくない。プッチだって一緒にがんばろうねって言ったじゃない。
神様。もしいるのなら、私の願いを聞いてください。市井ちゃんが娘。をやめない
ようにしてください。後藤を、ずーっと市井ちゃんと一緒にいさせてください・・・
2
市井ちゃんのいない、初めての「お願い!モーニング」収録が終わった。
10人しかいない、モーニング娘。
(本当にいなくなっちゃうんだ・・・)
ふわふわした日常の中で、市井ちゃんの脱退がすごく現実的に感じられる。
(来週からは、いつもこうなるんだよね)
市井ちゃんのいない、モーニング娘。
「はあ・・・」
収録が終わった後も、楽屋で一人ため息をつく私。
そんな私を気遣ってくれたのか、まりっぺが私に話しかけてきてくれた。
「ねえねえ、さっき番組に出てた占い師の先生に教えてもらったんだけどね。
絶対に願いが叶うおまじないがあるんだって」
「なにそれ、ほんとにー?」
なっちも会話に加わってきた。
「ホントホント、先生が収録の休憩中に教えてくれたの」
「なーんか嘘くさいべさ」
「あー、そういうこと言うんなら、なっちには教えてあーげない」
なんか、こうやってみんなが騒いでるのを見てると、ちょっとは元気出るかな。
「で、どうやるの?」
私が話に乗ってきたので、まりっぺは手に持っていた紙を広げて、続きを話し始めた。
「えーとね、こういう風に三角形を二つ逆に合わせたようなこんな模様を描いて、
それを円で囲って。で、それぞれの角にろうそくを置くの。それでー、ここに
書いてある呪文を3回唱えるんだって」
「そーんな簡単なことで、願いが叶うわけないじゃん」
圭ちゃんが横からつっこんでくる。
「あー!あの先生の占い、今日すっごくよく当たったんだよー。矢口は信じるもん」
「確かに、結構当たってましたよね」
よっしーが、教育係であるまりっぺの援護に入る。
「じゃあ、矢口はどんなお願いするの?」
「そりゃーもちろん、ナイスばでぃばでぃばでぃ♪でしょ!」
「アホらしー」
今度はかおりんがつっこむ。
「あー!そんなこと言うなよー!なあ、よっしー」
「いえ、矢口さんは今のままでかわいいです」
「キャハハ!なーに言ってんの!」
そう言いながら、ほんのりと顔を赤らめるまりっぺ。
(はは・・・いいなあ、まりっぺとよっしーは。私も入った頃は、市井ちゃんと
あんな感じだったのかなあ)
既に私はメンバー最年少でも、最終追加組でもなくなってしまっている。
それどころか、加護ちゃんを始めとする新メンバーに対して、教育係として
礼儀や挨拶を教えることになってしまったほどだ。
(でもね、まだ半年とちょっとなんだよ。まだまだ市井ちゃんに教えて
欲しいこと、いっぱいあったんだよ)
「私は、もっと歌がうまくなりたいです」
こういうときにまで真面目に答えるりかっち。
他にもみんなは、「すっごくかっこよくて優しい彼氏がほしー!」だとか、
「もっと休みがほしい!」だとか、そんなたあいない願いごとを言っては、
お互いにつっこみあって、楽屋はすっごく盛り上がっていた。まだまだ
前からのメンバーとはちょっとぎこちなかった新メンバーも、結構打ち
解けて会話に参加してるし。
「でも、いざ考えると、なかなかぱっと出てこないもんだわ」
「やっぱ、なーんかくだらないことしか思い浮かばないもんね」
「あ、でもねー。先生が言うには、このおまじないって、ホンットーに困ってる人の
お願いだけしか叶わないんだって。」
「・・・じゃ、裕ちゃんの結婚とか?」
「・・・そりゃ切実だわ」
「こらー、おまえら!黙って聞いとったらなに話とんねん!」
「きゃー!」
かおりんと圭ちゃんのひそひそ話に、しっかりと聞き耳を立てていた裕ちゃんが
後ろからツッコミを入れる。
(・・・お願い、かー)
私なら、市井ちゃんとずっと一緒にいられますように、かな。
なーんてね。どうせそんなことあるわけないさ。
3
「ふう。ただいまー、と」
肩に掛けていたバッグをぽんと放り投げ、続いて身体ごとベッドに倒れかかる。
「あー、今日も疲れたなあ」
市井ちゃんに会えないと、仕事が余計に疲れる気がする。
「ふえーん、さみしいよお・・・」
やば、また涙が出てきそう。
顔をぷるぷると左右に振り、なんとか気持ちを切り替えようとする。
だけど心は私の命令をきいてくれない。
だめだ。止まんない。
(市井ちゃん、やっぱりやめないで・・・お願い)
「お願い、か・・・」
ふと、さっき楽屋でまりっぺが言ってたおまじないを思い出した。
「よく当たるって言ってたよね。うん。あの占い師の先生、私の性格も
結構よく当ててたし」
占いは結構好きだし、そこそこ信じてる。動物占いとか好きだし。ちなみに、
私は動物占いだとたぬきなんだ。そんでもって、たぬきは恋人にするなら
狼かペガサスが良くて、で、市井ちゃんは狼なの。うぷぷ・・・
バッグの中から、まりっぺにもらった四つ折の紙を取り出した。
広げると、魔法陣みたいな模様が描いてある。これだこれだ。
「えーと、ろうそくは確かあったよね」
ろうそくを取り出して、まりっぺに言われたとおりに並べる。
「ま、モノは試しって言うし。気休めよ、気休め。」
そう独白しながらも、心のどこかでは何かに期待している。
溺れる者はワラにもすがる、ってこーいうことなのかな?
「で、呪文は・・・なんだこりゃ?ザクグフザクレロ?んーと、
ザクグフザクレロ、ザクグフザクレロ、ザクグフザクレロ!」
しゅばっ!
突然、目の前に強烈な光の渦が生まれた。
まるでコンサートの照明みたいで、とてもじゃないけど目を開けてらんない。
うわー!なになに、いったいなにが起こったのー!
「うーん・・・」
ようやく光が収まり、眩しさにも目が慣れてきた。
(今のはなんだったんだろう・・・)
うっすらと目を開けてみる。
「やあ」
「!!」
心臓が止まるかと思った。この部屋には私しかいないはずなのに、突然後ろから
声がした。声に反応してそーっと振り向くと、そこには・・・なにかがいる。
白いひらひらの服を着て、頭の上には輪っか?がついてる。し、しかも、身体が
宙に浮いてる〜!?
口の中が緊張で乾いて、声がうまく出ない。
「あ、あなたは・・・」
漸くそれだけ言うと、ソイツはにっこり微笑みながら私に話しかけてきた。
「君が呼び出してくれたんだね。僕は天使のアルテイシア。よろしくね、真希ちゃん」
マ、マジなの!?ひぇ〜〜〜!!
こりゃ、宇宙人もサンタクロースもいるかもしんないよ。
「て、天使?」
「そう。君の切なる願いを叶えるために、僕は天上から遣わされた。
君たち人間は、僕たちの事を天使と呼んでいるはずだよ」
驚きのあまり、目がテン、口がパクパク。
「そ、そんな・・・ホントにいるなんて・・・」
「ホントにいるなんて、はひどいなあ。君が自分で呼んだくせに」
「そ、そりゃまあそうだけど・・・まりっぺが、おまじないって言ってたし」
「まあ、普通はそうなんだけどね。君の想いが、他の人よりとってもとっても
大きかったんだよ。そしてその大きさは、君の心を押し潰してしまうほどだった。
それを救うために、僕はやって来た。本当に困っている人の前にだけ天使は現れる。
そういうものなんだよ」
「しょ、証拠は?」
「僕のこの格好だけじゃ、証拠にはならないかな」
「もっとちゃんとした証拠を見せてよ」
だって、あまりにとっぴょーしもない話じゃない。
天使はやれやれといった感じの苦笑いを浮かべ、さっと腕を一振りした。
すると、部屋の中は見渡す限りのお花畑へと早代わり。
私は、驚いて咄嗟に足元に生えている花を一本摘んでみた。
本物だ。手品じゃない、催眠術でもない。本物のお花だ。
そこで天使が指をパチンと鳴らすと、部屋は元に戻ってしまった。
手の中には、さっき摘んだ花がまだ残っている。
・・・もしかして、ホントに本物なの?
そうだ。私の市井ちゃんへの想いが通じたんだ。
神様ありがとう!やっぱり信じるものは救われるのね!
・・・てことは。
「じゃあ、もしかして、私の願いごとはもう叶っちゃってるの?」
私は嬉しさのあまり、天使に思いっきり顔を近づけて聞いてみた。
「いや、まだだよ」
天使は静かに首を横に振った。
「じゃあ、早く叶えて!市井ちゃんの脱退を今すぐ取り消し、ナシにして!
ねえ、お願い!天使さん!」
「まあまあ真希ちゃん、落ち着いて」
天使は興奮する私をなだめて、ゆっくりと喋りだした。
「いいかい、真希ちゃん。市井ちゃんが辞めたいって言ってるのは、それは
本人の意思なんだろう?本人が希望していることなのに、それを他人がどう
にかするなんて、これはとってもよくないことなんだ。どんな理由があっても
人を殺すことがいけないのと同じように、他人の夢を邪魔する権利なんて、
誰も持っていないんだよ」
う、耳が痛い。
で、でも、そんな理屈は分かってるもん。それでも私は、市井ちゃんと一緒に
いたいんだ。一緒に娘。を、プッチモニを続けたいんだ。
「で、でも、天使さんは私の願いを叶えるためにやってきたんでしょ!
それに、私の心は市井ちゃんへの想いで今にも潰れちゃいそうなんでしょ?
叶えて、私のお願いを。私を助けて。私は市井ちゃんがいなきゃダメなの!」
私は、天使に向かって一気にまくしたてた。
自分の都合でもいい。ただ、今は市井ちゃんと離れたくない。
天使は少し悲しそうな目をしてから、次いで口を開いた。
「そうだね・・・そうかもしれない。君がそこまで言うのなら、願いを叶える方法を
教えてあげよう。いいかい?僕はこれから3日間、真希ちゃんがこの部屋に一人でいる
時間にだけ、君に会いに来る。そしてその間に、本当に心の底からお願いするんだ。
『市井ちゃん、モーニング娘。を辞めないで下さい』ってね。そうすれば、それは真実
となって君の前に現れるはずだよ」
「それだけでいいの?」
「ああ、ただそれだけだよ。・・・じゃあ、また明日の夜に会おう」
それだけ言うと、天使はすうっと消えてしまった。
まるで、そこに何も存在していなかったかのように。
今でも信じられない。天使がこの世に存在していたなんて。
でも、市井ちゃんが残ってくれるってことの方が、今の私には大事件だ。
私は本当に嬉しかった。こんなに嬉しいのは生まれて初めてだった。
嬉しくて、明日はどんな服を着て市井ちゃんに会おうかなんて、そんなことを
ベッドで横になりながら考えているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。
目覚ましも掛け忘れて。
夢の中では、私と市井ちゃんがお花畑で追いかけっこしてた。
4
「やっば〜〜〜!遅刻だー!」
うえーん、昨日目覚ましかけるの忘れて寝ちゃったよ〜。
こりゃあ、久しぶりに遅刻しちゃうかもな〜。
(あーん、せっかく市井ちゃんに、『この頃後藤は遅刻しなくなったよねー』
って言われたばっかだったのにー!)
でも―
「うぷぷ・・・」
市井ちゃんに会えるかと思うと、こんな状況でも自然と口許が緩んでるのが
自分でもわかる。
今日だけじゃないんだ、これからもずっと。
今までと変わらない毎日が、今日からまた始まるんだ。
(・・・でも、市井ちゃんが脱退をやめるとして、いったいどういう形で
変わったんだろう?いきなり市井ちゃんが、『やっぱり脱退やめます!』
って言うのかなー。それとも、最初から脱退なんて無かったことになってる
のかなー。うーん、まあどっちでもいいや♪)
そんな想像をしてるうちに、今日の仕事場に到着した。
今日は11人揃っての雑誌の写真撮影だから、市井ちゃんも来てるはず。
昨日まではかえって顔合わせるのが辛かったけど、今日はもう平気だもん。
「おっはよーございまーす!遅くなってすいません!」
控え室に走り込む。うーん、なんとかぎりぎりでセーフ。
「おっそいぞー、後藤」
やっば、裕ちゃんが(ちょいマジで)怒ってる。
「ごめんなさい!すぐ支度します!」
ひえー、急がなきゃ。
「・・・ありゃ?なんや久しぶりに元気やなー、今日の後藤。」
「ホント、どうしたんだろうねえ。結構心配してたんだけど.・・・ねえ、さやか」
「・・・そうだね」
(後藤・・・)
「お疲れ様でしたー!」
さーて、今日も終わった終わったー。
さすがに遅刻してきていきなり市井ちゃんに聞くわけにはいかなかったけど、
もう仕事が終わったから大丈夫だよね。
あ、ちょうどいいところに市井ちゃんが。
「いーちいちゃん♪」
私は、後ろから市井ちゃんに抱きついた。
「お。なんだよー、後藤」
悪戯っぽく微笑みながら振り返る市井ちゃん。
きゅーん。
やっぱり大好き、市井ちゃん。
「・・・ねえねえ市井ちゃん、今日は一緒に帰ろっ」
「うん、いいよ。私もちょうど後藤に話したいことあるしね」
やったー!・・・でも、話したいことってなんだろう?
もしかして、脱退するのやめるって言ってくれるのかな?
うん、きっとそうだ!私にだけ先に教えてくれるんだ。
だって、さすがにあんだけ公式に脱退発表しちゃったら、
いきなりみんなに、いまさら取り消しますって言うのも
ばつが悪いもんね。
そんなこと気にしなくていいのに。
市井ちゃんが残ってくれたら、みんなとっても喜んでくれるよ。
「私、なんか公園って好きなんだー」
「へ〜。なんか、市井ちゃんらしいね」
私たちはちょっと寄り道して、スタジオ近くの公園に行ってみた。
夜の公園は、もう誰もいなくて私たちだけだった。
ブランコに座りながら、缶コーヒーをコクリと飲む市井ちゃん。
私は隣に座って、今か今かと市井ちゃんからの告白を待っていた。
「・・・あのね、後藤」
・・・とうとう来た!
「なーに、市井ちゃん」
「あのさ・・・わたし、ずっと心配してたんだ。ほら、私がこんなことに
なっちゃって、後藤すっごく落ち込んでたみたいだし。私も、今回のことで
後藤だけがちょっと心残りだったんだ」
・・・へ?
「ほら、いちおう教育係だったしさ。プッチでも一緒だし、そりゃあさみしい
だろうなと思うよ。私だって、後藤と会えなくなるのはすっごくさみしいし。
それこそ、決めるまで散々迷ったんだよ、ホントに。」
ちょ、ちょっと、話が違うよ・・・
「でも、今日の後藤を見て安心した。前みたいに、元気に笑えるようになってた
もんね。もう気持ちの整理、ついたんだね。・・・あは。市井としては、ちょっと
さみしいけどね。なんかどんどん忘れられてくみたいで。でもそれでいいんだよ
・・・ちょ、ちょっと後藤」
私の目からは、いつの間にか涙が流れていた。
気づかないうちに、拭いきれないほどの涙が。
「ご、後藤?」
「・・・なにがわかるの」
「え?」
市井ちゃんは、私の突然の変化に焦ってる。
だめだ。抑えられない。
私の中に渦巻いていた感情、そっと自分の中にしまいこんでいたはずなのに。
もう、止まらなかった。
「市井ちゃんに私の何がわかるっていうの?なんにもわかってないじゃない!
私があの日からどんな気持ちでいたか。毎日仕事で市井ちゃんの顔を見るのが
どんなに辛かったか。全然わかってない!」
「後藤・・・」
「そうやって、やめるのも勝手に決めちゃって、留学も決めちゃって、
なんでも一人で先に行っちゃって・・・ひっ、う、ひぐ、わ〜〜〜ん!!」
言葉の最後は嗚咽に変わった。
私は走った。
公園を出て、とにかく、この場所から遠くへ。
心が、夜の街に押しつぶされそうだった。
もう、こんな場所にいたくない。
ここは、私の居場所じゃない。
市井ちゃんだけじゃない、神様にも裏切られた。
もう、何もしたくない。
(胸が、いたいよう・・・押し潰されそうだよう・・・)
どこをどう走ったのか覚えてないけど、とにかく駅を見つけて電車に乗った。
気づいたら、私は家の前にいた。
5
「う・・・市井ちゃん・・・ぐす」
私は部屋に入るなり、ベッドに倒れこんだ。
もう何もする気が起きない。ただ泣き崩れてた。
枕はもうびしょびしょだった。
「真希ちゃん、元気出しなよ」
振り向くと、いつの間にか昨日の天使がいた。
「この、嘘つきバカ天使!」
「そんな言い方はないじゃないか」
こんなに私が泣いてるのに、天使は相変わらずなんか飄々としてる。
ホントにムカツク。あんたのせいで、私は・・・
「うるさい!私のお願い、全然ほんとーになってないじゃない!」
「それは、真希ちゃんの願いの力が足りないんだよ」
「そんなことないよ、こんなに市井ちゃんにやめてほしくないって思ってる!
ちゃんと心の底からお願いしてる!」
「いや、違うよ。僕の言ってることは嘘じゃない。君が本当に心の底から
そう願っているのなら、それはきっと叶うはずなんだ」
天使はいつになく真剣な表情で語ってる。
私は思わず、天使の言葉に吸い込まれる。
「泣き叫ぶことが、何かを願うことかい?
自分の思い通りにやることが、相手を想うことなのかい?」
確かに、それは違うかも・・・
でも、でも市井ちゃんとは離れたくないの!
「でも・・・」
「君は、恐らく心のどこかで迷ってるんだ」
「迷ってる?・・・」
何を?何を私は迷ってるの?
「それは、市井ちゃんの意志を尊重することなく、自分のエゴで市井ちゃんを
拘束しようとしている君のやましさなんだよ」
「なに言ってるのか、難しくてよくわかんないよ」
「市井ちゃんの夢を壊してしまうことの罪悪感。自分の所有物として扱うこと
への違和感。君の心にある良心の疼き」
「・・・」
それは・・・
「真希ちゃん、君は本当に心優しい子だね。自分のことだけを考えているようでも、
どこかで相手の気持ちを慮っている。そういうことが心の根っこに存在している。
それはとても大事なことなんだ、そして、そうできる相手に出会えたことは、とても
幸せなことなんだよ」
(市井ちゃん・・・)
市井ちゃん、そうかわかったよ。
私は市井ちゃんを信じるべきだったんだね。
そりゃ正直、そう思っても市井ちゃんの脱退は納得できないよ。
悲しいよ、さみしいよ。でも、それを拒絶しているだけじゃ、ダメだったんだ。
「君は、市井ちゃんと話し合うべきだよ。もう一回」
「・・・」
天使さんの話は半分くらいしか理解できなかったけど、多分市井ちゃんと
もう一回会って、そしてじっくり話さないとダメなんだってことはわかる。
そうしないと、私は前に進めないんだ、多分。
「でも、そんなこと言ったって・・・どうすればいいのかな。
さっきのことだって、多分市井ちゃん怒ってるだろうし」
なんで市井ちゃんにあんなこと言っちゃったんだろ。
ホント、さっきの私には余裕が無かったんだなあ。
「大丈夫、市井ちゃんを信じればいいさ」
「信じる?市井ちゃんを?」
「相手を想うこと、それは相手を信じること。自分でない他人を信じること。
それこそが最大の美徳だよ。そして、市井ちゃんもそう思っているはずさ」
「・・・」
「信じるものは、救われるってね」
私は、もう泣いてなかった。
ただ、天使さんの言葉に聞き入ってた。
私はバカだから、勉強もできないから、天使さんの使ってる言葉は
やっぱり難しくてよくわかんない。でも、なんか、すごく、うん。
すごく大事なことだってことはわかった。
「わかったよ、天使さん。いや、ホントはあんまわかってないのかも
しんないんだけどさ・・・なんかわかったような気がする」
「そいつはよかった」
ほんとに、天使さんのおかげだよ。
天使さんのおかげで、私はここまで来れたんだ。
パパパパパーパラーララー♪パパパパーパラーララー♪
突然、携帯電話の軽快なメロディが鳴り響いた。
「わ、びっくりした!」
電話だ。誰からだろう。
「・・・市井ちゃんだ」
天使さんの方を振り返ると、なんか『よかったね』って感じで微笑んでくれた。
うん!ありがとう天使さん!
胸の高鳴りを抑えるために、一回大きく深呼吸してから電話を取った。