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すれ違う二人〜flowors for Maki〜

「さやかさぁぁぁん(泣)」
加護が泣きながら市井の元へ来る。
「どうしたの?そんなに泣いて。」
なだめる市井の様はまるでお母さんのようだ。
「ごとうさんがぁ、なんかおこっているんですけどぉ、
きゅーんきゅーんってしかいわないから、あい、
なんていっているのかわかんないんですぅぅ」
大声で泣く加護あい、12歳。
「あらあら、ダメよ。後藤と付きあっていくなら、
きゅーんは判読できるようにしておかないと。
最低限よ。」
宥めるお母さん、市井紗耶香16歳。

「でもぉぉ、あいには、きゅーんにしかきこえませぇんん」
泣きやまない加護。
「……仕方ないわね。
後藤!!ちょっと来て!!」
後藤を呼び寄せる。
「きゅーん!!(なんですか!!)」
「あいはね、まだきゅーんがわからないの。
だから、怒ってるからって言わないで、
普通に喋ってあげて。」
「きゅーん!!きゅーんきゅーん!!
(そんな事知った事じゃ無いですよ!!
なんで私がそんな気を使わなきゃいけないんですか!!)」

「そんなこと言わないでよ……。
あいの世話は後藤がしてあげることになってるでしょ。」
「きゅぅぅーーん!!きゅーん!!きゅんきゅん……。
(とにかく市井さんは口出ししないで下さい!!
あいの事は私に任せてもらわないと。
大体市井さんが辞めるからって誰の教育係も引きうけないから……。)」
バシィンッ!!
市井の平手が飛ぶ。
「……!!」
絶句する加護と後藤。
「……市井さんのバカ!!もう知らない!!」
何故か普通に喋る後藤。
しかし目には涙がた溜まっている。
市井がアッ!!と思ったときには、
すでに後藤は何処かへと駆け出していた。

「……後藤。」
市井の目にも、涙が溜まっていた。
「さやかさん……なんでごとうさんをぶったんですかぁ?
ごとうさんかわいそうです……。」
上目遣いで市井を見上げる加護。
「あい。……どこかへ行って。
ちょっと一人にして欲しいの……。」
「でも……。」
「いいから行って!!」
市井が強く言うと、加護は諦めてどこかへ去って行った。
「……。」
市井の瞳に溜まった涙が、
大きな粒となって零れ落ちた。

「後藤、最近おかしいんだよね。
なんか、ピリピリしているっていうか、
イライラしているって言うか……。」
テーブルの上のクッキーを取り、
それを食べながら、保田は言った。
そっぽを向いて聞く市井。
「……紗耶香が抜けるのが決まってからだよ。」
市井の座るソファの隣にドサッっと座る保田。
「……そうとう傷付いてるんじゃないかな、あの娘。
この世界入ってきたときから紗耶香だけが頼りだった訳だし。
それで、つい加護にあたってるんだと思う。
本人に悪気が無くてもね。」
「……。」
沈黙する市井。

「紗耶香。あなた一体……」
「圭ちゃん……。」
保田が喋りだすのとほぼ同時に市井が口を開いた。
「……。」
保田が口を閉じると、市井は構わずに続けた。
「圭ちゃん……。私、時々不安になるんだ。」
ゆっくりと喋りだす紗耶香。
「モーニング娘。を、始めは曲作りとか、
そういうのをやりたいから抜ける、って言い出したけど……。
でも、そんな事本当に出来るのかな?って。
もしかしたら、このまんま一生歌う仕事には戻れないんじゃないかな?って。」
「……。」

「その点、後藤はいいよね。
私なんかよりずっとカワイイし。歌だって上手いし。
なんていうか……ソロでもやっていけそうな……。」
「紗耶香!!」
保田が大声を上げる。
「今からそんなこと言っててどうするの!!」
大声で捲し上げる。
「……。」
思わず保田から目をそらす市井。
「1年前、タンポポでダメだった時だって、
その時には矢口に負けてダメだったけど、
後になってからプッチモニとしてデビューできたじゃない。
ずっと努力し続けていれば、絶対にどうにかなるよ。
だから、そんな弱気な事言わないで!」
「……でも……。」

「いい?紗耶香。」
何か言いかけた市井を制して喋り続ける保田。
「紗耶香、アナタが辞めたい、って最初に言い出したとき、
社長はあまり良い顔をしなかったよね。
それでも、いざつんくさんに話したとき、
つんくさんは止めなかった。なんでだと思う?」
「……なんでだろう?」
「それはね、紗耶香。
ソロ歌手としてやっていく、って事が、
アンタならできる!!ってつんくさんが思ったからだよ。
考えてもみなさい。明日香が辞めるって言ったとき、
つんくさんはすっごく残念がったよね。
それは、明日香が歌手を辞めて勉強に専念するって言ったからだよ。
でもね、紗耶香。アンタは違う。
あんたはモーニング娘。の枠を飛び越えて、
さらに大きなものになろうとして娘。を抜けるんだ。
そうでしょ?」
「……うん。」
うなづく紗耶香。改めて自分のやろうとしている事の大きさ、
それを考えて少し困惑している。

「紗耶香、それはつまりね、
つんくさんは、市井紗耶香という女の子が、
自分が用意したモーニング娘。という土台を捨ててまで
大きな存在になろうとしている事は、
決して惜しい事では無い、って思ったからなんだよ。
つんくさんが、紗耶香の、いや、
一人の女の子の人生を見た上でね。わかる?」
「……よくわかんない。」
やはり目を下にそらす紗耶香。
しかし保田も、言葉がどんどんと出てくる。
それは、それまで自分でも考えた事が無いような事……。

「……紗耶香。
もしね、辞めるって言うのが私だったら、
もし、私がソロデビューしたいからモーニング娘。を抜けたいって言ったら、
……つんくさんは止めたと思うんだ。
それはどういう事かって言うと、
つまりつんくさんは私たちの事を真剣に考えていてくれる。
つまり私たちのためになる事を言ってくれると思うんだ。
そういう意味で、もし私が脱退するって言ったら、
つんくさんは止めると思う。
……あまり言いたくは無いけど、私にソロは無理だって言ってね。」
「……。」
保田の目にいつのまにか涙が溜まっている、
市井も、今にも泣き出しそうな顔だ。

「でもね、紗耶香。
あなたはつんくさんに認められたんだよ。
一人の歌手としても、一人の女としても。
自分のもとを去って行ってもやっていけるって。」
「……。」
「私は本当にうらやましいと思う。
紗耶香や後藤の事が。私よりずっと年下なのに、
カワイイし、しっかりしてるし、人気も有る。
ソロでもやっていけるよ。
でも、私には出来ないんだよ。
たとえ、いくらやりたいと思っても。
ソロでやっていくなんて、私には無理なの。」
「……。」
「だからね、紗耶香。アナタにはできるんだから、
そんな弱気なこと言わないで。私の方が悲しくなる。
自分よりも才能の有る紗耶香が、
そんな事を言っているなんて……。」
「……。」
「……とにかく、もったいないマネだけはしないでちょうだい。
……それは、才能を持つ人間の義務なんだって私は思う。」
圭は泣いていた。紗耶香も泣いていた。
声も出さずに、ただ2人見つめあって。

「……圭ちゃん……。」
時が流れる。何時の間にか、
二人は寄り添って、声を出して泣いていた。
誰にも聞こえないように小さな声で。
ただ、2人寄り添って、誰にも気付かれないように、静かに泣いた。
「……圭ちゃん……。私……。」
「紗耶香……。」
保田が口を挟む。そして、構わずに続ける。
「紗耶香……。後藤はね、やっぱり後藤で辛いんだよ。
私やアナタが辛いのと同じでね。
それがまして、一番大好きな紗耶香が遠くへ行っちゃうんだ。
相当辛いんだと思うよ。
だから、1度ゆっくり話してあげて。
いつだっていいから。アナタが娘。を辞めちゃう前に……。」
「……。」

紗耶香は無言で頷いた。
(私が後藤のわがままを許せないで、
それを後藤の持つ才能のせいにしていたのかな……。
後藤だって辛いのは解っていたのに……。
圭ちゃんは……なんて強いんだろう。
全てを飲み込んで、それで自分を作り上げる事が出来ている。
それなのに私は……。)
そんな事を考えると、ますます泣けてくる市井だった。
涙が枯れてしまうまで、市井は泣いた。
保田と共に。後藤への思いを馳せながら……。

「きゅーん……。(はぁ……。)」
後藤は途方にくれていた。
最近、市井に対して素直になれない。
市井には、市井の決断があってのことだ、という事ぐらい解っている。
しかし、それでもダメなのだ。
大好きな市井が、
突然自分の前から消えてしまう戸惑いから、
逃れる事が出来ないのである。
「きゅーん……。(はぁ……。市井さん……。)」
溜め息ばかりつく後藤。
目は既にうつろだ。
……どうやら眠くなってきたらしい。
「きゅーん……、スピー。」
……眠ってしまった。

「まったく!!何をやっているんだ後藤!!」
夏の怒号が響く。
「外でうっかり眠って風邪を引くなんてプロのやることじゃないぞ!!」
「ごめんなさ……ゲホッ!!」
申し訳なさそうな後藤。
TV番組の収録の都合で移動まで何もする事がなかったので、
誰もが後藤を放っておいたのだが、それが仇となった。
「もういいから少し休んでいなさい。
今日のレッスンは休んでいいから。
明日も仕事はあるんだ。しっかり治しておくんだよ!
とりあえず解散までは上の部屋で仮眠でもとっていなさい。」
まだ怒っている夏。
それはそうだ。今のモーニング娘。は、
後藤がいないと成り立たないのだから。

「きゅー……わかりました。」
言いなおす後藤。さすがに夏相手に『きゅーん』で会話は出来ないらしい。
夏は、決して『きゅーん』がわからないわけではないのだが。
「失礼しました……。」
ドアへと向かう後藤。
そのとき、一瞬市井と目が合う。
「……。」
目をそらす後藤。
そこへ市井の一言。
「……怒っている夏先生に『きゅーん』は使わないのね。」
「……!」
保田がやめなさいよと言うのを制して後藤を睨み付ける市井。

「……。」
後藤は、クルッと振り向くと部屋を飛び出し走り去った。
バタンッ!!というドアを閉める音。
同じに保田が市井に駆けよって言う。
「紗耶香!!アンタまだ……!!」
途中まで言葉を放った保田が言葉を止める。
……市井の目は、まるで生気が感じられない。
保田のほうを振り向き市井が言う。
「圭ちゃん……。ダメなんだ、私。
どういても、本人を前にすると……。」
一体何故、この二人はここまですれ違うのだろう?
そう思いながら途方にくれる保田だった。
「なにをブツブツ喋っているの?
後藤抜きで練習を始めるわよ!!」
夏の声がダンスホール中に響き渡った。

その夜、後藤が自宅へと帰ったのはいつもより早い夜10:30頃だった。
「……ハァ。」
ドサッ、とベットへ崩れ落ちる後藤。
「……。」
ふと、目の前に写真スタンドが立っている事に気付く。
プッチモニの結成が決まった後、
ジャケット写真撮影時に撮ったスチールをもらったモノだ。
笑っている。3人とも。
後藤も、保田も、市井も。
しかし、市井の瞳から、涙が流れているのが見て取れる。

「……。」
市井が脱退を考え出したのは、
去年の9月頃からだという。
プッチモニの結成は11月。
少なくともその頃、
市井が脱退を考えているなんて、後藤は夢にも思っていなかった。
後藤は、いよいよ市井の脱退が本決まりになった日(加護達4人の加入が決定した日である)
まで、市井本人の口から脱退の事実を聞いていなかったのだ。
「市井さん……なんで……。」

市井にとって、モーニング娘。とは何だったのか。
市井はいつか言っていた。
自分の夢は、吉田美和のような世界に通用する歌手だ、と。
モーニング娘。も、プッチモニもその為の踏み台に過ぎなかったのか……。
「……。」
少なくとも、写真の中の3人には、
こんな未来は無かった。
しかし、今、確実に市井の脱退は現実として後藤や保田、
それに他のモーニング娘。のメンバーにのしかかる。
ただ、沈黙したままの音の無い空間。
時が刻々と過ぎてゆく……。

「……あ、そういえば……。」
後藤は、ふとラジオの電源を付けた。
今日は、『中澤ゆうこのオールナイトニッポンSUPER』に、
市井がゲスト出演しているハズである。
10:00から始まるはずだったのだが、
もう11:00になろうとしている。
「ああ、失敗……。」
あわてて周波数を1242kHzに合わせる、
すると、聞き覚えのある曲が流れてきた。
hideの『Good bye』である。
「……。」
しばらく、後藤はその歌に聞き入った。

Say good bye ただ Good bye
全ての煩わしさに Good bye
Say good bye ただ Good bye
変わる事恐れずに Good bye

あても無く ただ歩いて
疲れた日々の宝に Good bye
進んで行く 道標は
最初と同じ風のままに

If you can't find a way
いくつもの Winding road
空に手をかざして Round & round
まだ見ぬ土地に 不安覚えながら
小さな詩に 尋ねる

Please songs tell me true
君のメロディー
何処にいても 鳴り続けている
またいつか 一人迷っても
聞こえたなら 軽やかに歩き出せる

Say good bye ただ Good bye
傷つくのを恐れずに Good bye
手の中の持ちきれない
思いは全て捨てて行こう

Please songs tell me true
君のメロディー
何処にいても 鳴り続けている
もし何処か 一人迷っても
歌えたなら しなやかに歩きだそう
Good bye

……涙が止まらなかった。
「市井さん……それが、それがアナタの見付けた答なんですか……?」
……市井は、『全ての煩わしさ』を捨て、
『変わる事を恐れず』に、私たちの元を去っていくのか…・・?
……後藤は、なんだか全てが嫌になった。
市井と過ごした楽しかった日々が、
全て嘘の様に思えてきたのだ。
そこに、ラジオからの中澤の声が響く。
『ハイ、というワケでね、紗耶香は、帰りました。
もう、夜遅いで……』
ブチッ!!
真希は、ラジオの電源を切ると、
そのまま眠りに就いた。

今日は、Mステの収録だ。
しかし、市井の心も、後藤の心もからっぽだった。
午後2時ごろからスタジオ入りし、
リハーサルなどを一通り済ます。
あとは、楽屋で本番まで待機するだけだ。
他の仕事は、まったく入っていなかったので、
偶然にもメンバー11人は全員暇を持て余していた。
隅の方では、誰が持ってきたのかトランプがばらまかれている。
しかし、誰もやっていない。
かと思えばまた別の隅には、
食べかけのカップラーメンが置いてある。
半分以上残っている。
……この日、市井と後藤は、まだ1回も口を利いていない。
また、市井のいつにも増して無愛想な態度は、
他のメンバーすらも遠ざけている。
不思議なくらい静かな空間。
11人もの若い女(除:約一名)が、
一つの狭い部屋にいるにも関わらず、
この静けさは何なのだろうか。
もっとも、新メンバーの4人に限っては、
緊張の余り言葉を失っているのかもしれないが。
……現在午後7時。
静寂に包まれた空間が、
そこにあった。

「紗耶香……。」
保田が口を開いた。
「今日で生放送のTVは最後だよ。気合入れていこうね。」
他のメンバーも、全員そちらへ耳を傾ける。
「……圭ちゃん。」
ウンザリしたような目つきで保田を睨む市井。
「私は、私はこれで最後にするつもりはないよ。わかってるでしょ?」
「……!!」
市井の態度が、保田の想像していたそれをはるかに上回る悪さだったので、
驚く保田。
「そっか……。そうだよね、ゴメン。」
しかし、これ以上ギスギスした雰囲気を作りたくないがために、
素直に謝る保田。
「……。」
ただ、時は過ぎてゆく。

とうとう運命の日はやってきた。
5月21日。モーニング娘。全国ツアーファイナル。
先日には、娘。主演映画のピンチランナーも公開された。
絶頂にあるモーニング娘。
しかし、その日の話題はただ一つだけ。
「市井紗耶香脱退――。」

結局、ここ数日と言うもの、
後藤と市井は仕事以外で会話をしていない。
どちらも、会話を切り出すタイミングは掴めない。
公演開始直前の事だ。
いつも通り、『がんばっていきまっしょい』を済ませ、
もはや出てゆくだけという時に、
石川が市井に話しかけた。
「市井さん。今日まで、あんまり市井さんと話すこともなかったけど、
それでも私はアナタをずっと見てきました。
離れるのは辛いけど、これからも頑張ってください。」
「梨華……。」
移動しながらの会話。
それは会話とも言えなかったかもしれない。
実際、石川だってそれほど深く考えて放ったセリフではない。
しかし、ソレが市井の心には深く響いた。