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15の夜

最近、市井さんがなんだか冷たい感じ。
前みたくあんまり構ってくれないし・・・
それでなくても新メンバーの加入とかあって、あたしの中ではピリピリしてるのに。
こんなときほど、市井さんに甘えたいのになぁ〜・・・。

「はぁ〜・・・」

口を開けばため息ばっかり出てきちゃって。
明日だって、せっかくのオフ。
できればこの後、市井さんとどっか、買い物にでも行きたいのになぁ。
今のところ、全くそんな予定はナシ。
あーぁ!つまんないっ!
「うぅぅぅ〜〜っ」
楽屋のテーブルに伏せって、足をジタバタさせていると、誰かがあたしの頭をポンと叩いた。
はっと顔を上げると、そこには市井さん・・・。

「あ・・・。いちー・・・さん」
「どうしたの?ジタバタしちゃってさぁ」
市井さんはそんなあたしの気持ちもしらないで、笑いながら聞いてくる。
「えー・・・なやみごと・・・です」
「悩み事ねぇ〜。真希でもあるんだね」
からかうような口調。いたずらっぽい視線。
「あはっ・・・あたしだって色々考えることはあるんですよぉ」
こんなやりとりをしながら、あたしはなんだかニヤニヤしてきちゃった。
こんな風でも、構ってもらえることが嬉しくて。

「市井さん」
「ん?なあに?」
「あのぉ・・・今日とかこれからヒマですか?」
上目使いに市井さんの顔を覗き込んで。
「あー・・・今日は・・・ダメ」
微妙に視線をずらして答える市井さん。
「そー・・ですかぁ」
「んー、ちょっとノンビリしたいからさ・・・ゴメン」
あたしがガッカリしたのを見て、フォローするように市井さんはそう言った。
でも、ダメなものはダメってことなんだよね・・・。
内心の思いとは裏腹に、あたしはなんとか笑顔を作って「わかりました」と頷いた。
なんだか、寂しさに押しつぶされそうだった。

その後、真里っぺを誘ったんだけど、なんだかなっちとゴハン食べに行くとかでゴメンねって。
圭ちゃんはかおりんとボーリングに行くって言ってて、裕ちゃんは飲みに行くからダメって。
・・・結局全滅。
仕方ないから1人でブラブラしてるんだけど・・・つまんない。
だって服とか見てても、この色市井さんに似合いそう・・とか、そういえばこんな服着てたなぁ〜とか。
もー、全部市井さんのことに結びつけちゃって。
はぁ〜・・あたし、病気かな?
なんでこんなに市井さんのこと、気になるんだろう・・・。考えても考えても答えが出ない。

ずっとボンヤリ考え事しながら歩いてたら、いつの間にかアルタの前に来てた。
聞き覚えのある音楽。・・・ふっと顔を上げたら、大画面には「ダンスサイト」のPVが流れてた。
しばらくボーっと見つめてた。帽子を目深にかぶってるから、すこし見え辛いけど、
画面にはあたしが映ったり、市井さんが映ったりしてて、楽しそうに歌ってる。
------------ 会いたい。
そう思ったら止まらなかった。
会いたい。 顔を見たい。 声が聞きたい。

気がついたら、あたしは駅に向かって足を早めてた。

ようやく見覚えのある景色にたどり着いたのは、それから2時間後・・・。
「あ・・・この公園・・・」
初めて市井さん家に遊びに行ったときに、2人でブランコ乗ったところだ。
あたしは、何かに誘われるようにそのブランコまで歩いていって腰掛けた。

もう、まわりには人影すらもない深夜。
2人でブランコこいでずーーっと色んなことを話し合ってた。
娘。のことや、プッチモニのこと、お互いのこと・・・。
あたしの悩みも真剣に聞いてくれてた。
市井さんがどんなことを考えてるかって言うのが、初めてわかったなぁ・・・。

「なんてボンヤリしてる場合じゃないってば」
つぶやきながら、携帯をカバンから取り出す。
液晶には0時24分の表示・・・ちょっと遅いけど・・・とりあえず携帯にかけてみよう。
メモリーを呼び出す。  しばらく迷って・・・結局エイっと通話ボタンを押した。
・・・呼び出し音が鳴る。それを聞いたら急に鼓動が早まった。
どうしよう・・考えもなしにやってきたけど・・・迷惑だよなぁ〜。
でも・・・怒られても、会いたいものは会いたいんだもん。
そんな言い訳しながら、自分をなんとか勇気付ける。
・・・そのとき、呼び出し音が途切れて、「もしもし」って声が聞こえた。

「もしもし?真希?どうしたの、こんな時間に」
そう言った市井さんの声は、思いっきりいぶかしげで・・・。そりゃ当たり前だけどさ。
「あー・・・すいません。こんな時間に」
「やー、そりゃいいけど・・・どうしたの?」
「あのぉ・・・じつは・・・」
「なーんだよぉ。もったいぶらないでさっさと言いなよ」

--- 市井さん家のそばにいるんです ---
そう言おうと思ったその時、バイクの集団が、公園の横を通り過ぎた。
何十台いるんだろ・・・とにかくめちゃくちゃうるさくて、その間電話できなかった。
ようやく音が小さくなって・・あたしはまた携帯に向かって「もしもし」と繰り返した。
だけど、そんなあたしの声を遮るように
「真希・・・あんた、あたしの家の近くにいるの?」
「えぇっ??・・・どうして?それ・・・を」
「だって・・じゃあ、なんでバイクの音が真希の携帯からも聞こえてくるの?」
「あ・・・」
「ねぇ、真希、今どこにいるの?」
「・・・こうえん、です」
「公園?」
「市井さん家のそばの・・前にブランコ乗ったとこ。今、ブランコに座ってます・・」
「はぁ〜〜?」
それを聞いた市井さんは、素っ頓狂な声をあげる。
あー・・呆れちゃったかなぁ。  でもぉ・・・・・えーい!もうこうなったら言っちゃえ!

「市井さんに会いたくって、来ちゃいました!」
「・・・会いたくってって・・・」
「迷惑なのは分かってるんですけど・・・でもどうしてもガマンできなくて」
受話器の向こうは沈黙。  でも話を聞いてくれてるのはわかる。
「市井さんの顔、ちょこっとでも見れたら帰ります。・・だから・・・」
「・・・・だから?」
「だから・・・だから、会ってくれません・・か?」
また、沈黙。・・この沈黙の中に身を置いている内にだんだん後悔し始めた。
怒ってるかなぁ・・・呆れてるかなぁ・・・。
重い空気に耐えかねて口を開こうと思ったら
「そっちに行くよ。5分くらい待ってて」
市井さんはそう言って電話を切った。

キッカリ5分後、市井さんが来てくれた。黒のジャージの上下。オフロ上がりだったみたいで、首からタオルかけてる。
髪がまだすこし濡れてるのを見たら、ドキっとした。
その時、こころの中で何かが弾けた。モヤモヤしてたものがすーっと晴れた感じで。

あたし、市井さんのこと、好きなんだ。

・・・なんだ。そうなんだ。そっかそっか。
それに気づいたらなんだか急に気持ちが軽くなった。気のせいか、市井さんの顔も穏やかな感じがする。
「よっ」
「こんばんは」
なんだか的外れなアイサツをかわす。それがおかしくて、2人でクスクス笑ってしまった。
市井さんもブランコに座る。そして、小さく揺らし始めた。
「・・・すいませんでした・・・こんな時間に」
「んー・・・驚いたよ。真希にこんな行動力があるとは思わなかったしね」
前を向いたまま、市井さんはニコっと笑う。
「あたしも驚いてます・・・なんか、市井さんのことになると・・何でも出来そうな気がするんです」
市井さんがあたしの方を振り向く。 あたしはそんな視線を感じながら続けた。

「前からずっと不思議だったんです。どうしてこんなに市井さんのこと、気になるんだろうって。
会いたくなったり、声が聞きたくなったりして・・・自分で自分の気持ちがわかんなかったんです。
でも、今日、やっと答えが出ました」
そこまで言うと、あたしも市井さんの方を向いた。まっすぐな市井さんの視線とぶつかる。
その視線は、話の続きを促していた。
あたしは、ひとつ深呼吸をして、静かに言った。

「あたし、好きなんです。市井さんのこと」
視線はそのままで。
「そう思ったら、全部がスッキリしました。気になったり、顔が見たくなったりする訳も」
市井さんの視線もそのままで。
「これが、今のあたしの気持ちです。・・・知ってて欲しかったから、言っちゃったけど・・・ただ思ってるだけです。
別にどうこうしてほしいとか、そーゆーのはないんで、気にしないでください」
全部言い切った途端、なんか・・・恥ずかしくなって、顔見ていられなくなった。
テレ隠しにブランコを大きく揺らした。 夜の空気が火照った顔に気持ちいいなぁ〜なんて思いながら。

「ずっるいなぁ〜・・・」
「はい?」
「ズルイ!真希はずるい!」
市井さんはしきりに「ずるい」を連発してる。  なんであたしがズルイのぉ〜?
あたしは足を地面に滑らせ、ブランコの動きを緩めるともう1度市井さんの方を見た。
「なんであたしがずるいんですかぁ?」
「だって・・・ひとりで勝手に告白して、ひとりで勝手に納得しちゃってさ・・・あたしの気持ちも聞かないで」
「いちー・・・さんの・・きも・・ち?」
「そうだよ!あたしの気持ち!」
市井さんは顔を赤くして、なんだか逆ギレしてるみたいにぶっきらぼーにそう言った。
これって・・・これって・・・?
「じゃあ・・おしえてください。・・・市井さんの気持ち・・」
胸がすっごいドキドキいってて、苦しいくらい。普通に喋ったつもりの声も掠れてて、自分でもよく聞き取れなかった。
市井さんは視線をあちこちに彷徨わせていたけれど、覚悟を決めたようにあたしを見て
「あたしも・・・真希のこと好きだよ。
・・・この頃は真希がどんどんかわいくなってって・・・そばにいれなかった。
なんかしちゃいそうな気がしてさ。・・だから・・避けてたんだ。ずっと」
そこまで口にするとニコっと笑って
「でも、そんな心配無用だったんだね。・・・嬉しいよ。マジで」

なーんだぁ・・・市井さんもあたしも同じ気持ち抱えてたんだ。よかったよぉ〜。
安心してあたしは、ほにゃぁ〜っと脱力した。
「ちょ・・ちょっと、真希!危ないってば!・・ほらぁ、落ちた〜」
そーだった。ブランコに座ってたんだった。
「あは。・・・でも痛くないです〜」
ヘラヘラしながらあたしはそう答えた。  だって、ほんとに痛みなんて感じない。
市井さんはそんなあたしに苦笑いしながら、手を差し伸べてくれた。
「ほら・・・つかまって。・・・汚れちゃったから、オフロ入りなね。パジャマ貸すから」
「・・・ほへ?」
「ウチ、泊まっていきなよ。どーせ、明日はオフなんだし。・・それともなんか予定あった?」
あたしは首を横にぶんぶん振る。
「じゃあ決まり!ハイ、そーと決まったら帰るよ!あたし風邪ひいちゃうよ〜」
そう言うと、あたしの手を取って歩き出した。
あたしは、そんな市井さんの後姿を見ながら、この上ない幸せをかみ締めていたのでした。

・・・あたしたちは、いま、世界もうらやむ恋の真っ最中です。

おしまい。