最近、市井さんがなんだか冷たい感じ。
前みたくあんまり構ってくれないし・・・
それでなくても新メンバーの加入とかあって、あたしの中ではピリピリしてるのに。
こんなときほど、市井さんに甘えたいのになぁ〜・・・。
「はぁ〜・・・」
口を開けばため息ばっかり出てきちゃって。
明日だって、せっかくのオフ。
できればこの後、市井さんとどっか、買い物にでも行きたいのになぁ。
今のところ、全くそんな予定はナシ。
あーぁ!つまんないっ!
「うぅぅぅ〜〜っ」
楽屋のテーブルに伏せって、足をジタバタさせていると、誰かがあたしの頭をポンと叩いた。
はっと顔を上げると、そこには市井さん・・・。
「あ・・・。いちー・・・さん」
「どうしたの?ジタバタしちゃってさぁ」
市井さんはそんなあたしの気持ちもしらないで、笑いながら聞いてくる。
「えー・・・なやみごと・・・です」
「悩み事ねぇ〜。真希でもあるんだね」
からかうような口調。いたずらっぽい視線。
「あはっ・・・あたしだって色々考えることはあるんですよぉ」
こんなやりとりをしながら、あたしはなんだかニヤニヤしてきちゃった。
こんな風でも、構ってもらえることが嬉しくて。
「市井さん」
「ん?なあに?」
「あのぉ・・・今日とかこれからヒマですか?」
上目使いに市井さんの顔を覗き込んで。
「あー・・・今日は・・・ダメ」
微妙に視線をずらして答える市井さん。
「そー・・ですかぁ」
「んー、ちょっとノンビリしたいからさ・・・ゴメン」
あたしがガッカリしたのを見て、フォローするように市井さんはそう言った。
でも、ダメなものはダメってことなんだよね・・・。
内心の思いとは裏腹に、あたしはなんとか笑顔を作って「わかりました」と頷いた。
なんだか、寂しさに押しつぶされそうだった。
その後、真里っぺを誘ったんだけど、なんだかなっちとゴハン食べに行くとかでゴメンねって。
圭ちゃんはかおりんとボーリングに行くって言ってて、裕ちゃんは飲みに行くからダメって。
・・・結局全滅。
仕方ないから1人でブラブラしてるんだけど・・・つまんない。
だって服とか見てても、この色市井さんに似合いそう・・とか、そういえばこんな服着てたなぁ〜とか。
もー、全部市井さんのことに結びつけちゃって。
はぁ〜・・あたし、病気かな?
なんでこんなに市井さんのこと、気になるんだろう・・・。考えても考えても答えが出ない。
ずっとボンヤリ考え事しながら歩いてたら、いつの間にかアルタの前に来てた。
聞き覚えのある音楽。・・・ふっと顔を上げたら、大画面には「ダンスサイト」のPVが流れてた。
しばらくボーっと見つめてた。帽子を目深にかぶってるから、すこし見え辛いけど、
画面にはあたしが映ったり、市井さんが映ったりしてて、楽しそうに歌ってる。
------------ 会いたい。
そう思ったら止まらなかった。
会いたい。 顔を見たい。 声が聞きたい。
気がついたら、あたしは駅に向かって足を早めてた。
ようやく見覚えのある景色にたどり着いたのは、それから2時間後・・・。
「あ・・・この公園・・・」
初めて市井さん家に遊びに行ったときに、2人でブランコ乗ったところだ。
あたしは、何かに誘われるようにそのブランコまで歩いていって腰掛けた。
もう、まわりには人影すらもない深夜。
2人でブランコこいでずーーっと色んなことを話し合ってた。
娘。のことや、プッチモニのこと、お互いのこと・・・。
あたしの悩みも真剣に聞いてくれてた。
市井さんがどんなことを考えてるかって言うのが、初めてわかったなぁ・・・。
「なんてボンヤリしてる場合じゃないってば」
つぶやきながら、携帯をカバンから取り出す。
液晶には0時24分の表示・・・ちょっと遅いけど・・・とりあえず携帯にかけてみよう。
メモリーを呼び出す。 しばらく迷って・・・結局エイっと通話ボタンを押した。
・・・呼び出し音が鳴る。それを聞いたら急に鼓動が早まった。
どうしよう・・考えもなしにやってきたけど・・・迷惑だよなぁ〜。
でも・・・怒られても、会いたいものは会いたいんだもん。
そんな言い訳しながら、自分をなんとか勇気付ける。
・・・そのとき、呼び出し音が途切れて、「もしもし」って声が聞こえた。
「もしもし?真希?どうしたの、こんな時間に」
そう言った市井さんの声は、思いっきりいぶかしげで・・・。そりゃ当たり前だけどさ。
「あー・・・すいません。こんな時間に」
「やー、そりゃいいけど・・・どうしたの?」
「あのぉ・・・じつは・・・」
「なーんだよぉ。もったいぶらないでさっさと言いなよ」
--- 市井さん家のそばにいるんです ---
そう言おうと思ったその時、バイクの集団が、公園の横を通り過ぎた。
何十台いるんだろ・・・とにかくめちゃくちゃうるさくて、その間電話できなかった。
ようやく音が小さくなって・・あたしはまた携帯に向かって「もしもし」と繰り返した。
だけど、そんなあたしの声を遮るように
「真希・・・あんた、あたしの家の近くにいるの?」
「えぇっ??・・・どうして?それ・・・を」
「だって・・じゃあ、なんでバイクの音が真希の携帯からも聞こえてくるの?」
「あ・・・」
「ねぇ、真希、今どこにいるの?」
「・・・こうえん、です」
「公園?」
「市井さん家のそばの・・前にブランコ乗ったとこ。今、ブランコに座ってます・・」
「はぁ〜〜?」
それを聞いた市井さんは、素っ頓狂な声をあげる。
あー・・呆れちゃったかなぁ。 でもぉ・・・・・えーい!もうこうなったら言っちゃえ!
「市井さんに会いたくって、来ちゃいました!」
「・・・会いたくってって・・・」
「迷惑なのは分かってるんですけど・・・でもどうしてもガマンできなくて」
受話器の向こうは沈黙。 でも話を聞いてくれてるのはわかる。
「市井さんの顔、ちょこっとでも見れたら帰ります。・・だから・・・」
「・・・・だから?」
「だから・・・だから、会ってくれません・・か?」
また、沈黙。・・この沈黙の中に身を置いている内にだんだん後悔し始めた。
怒ってるかなぁ・・・呆れてるかなぁ・・・。
重い空気に耐えかねて口を開こうと思ったら
「そっちに行くよ。5分くらい待ってて」
市井さんはそう言って電話を切った。
キッカリ5分後、市井さんが来てくれた。黒のジャージの上下。オフロ上がりだったみたいで、首からタオルかけてる。
髪がまだすこし濡れてるのを見たら、ドキっとした。
その時、こころの中で何かが弾けた。モヤモヤしてたものがすーっと晴れた感じで。
あたし、市井さんのこと、好きなんだ。
・・・なんだ。そうなんだ。そっかそっか。
それに気づいたらなんだか急に気持ちが軽くなった。気のせいか、市井さんの顔も穏やかな感じがする。
「よっ」
「こんばんは」
なんだか的外れなアイサツをかわす。それがおかしくて、2人でクスクス笑ってしまった。
市井さんもブランコに座る。そして、小さく揺らし始めた。
「・・・すいませんでした・・・こんな時間に」
「んー・・・驚いたよ。真希にこんな行動力があるとは思わなかったしね」
前を向いたまま、市井さんはニコっと笑う。
「あたしも驚いてます・・・なんか、市井さんのことになると・・何でも出来そうな気がするんです」
市井さんがあたしの方を振り向く。 あたしはそんな視線を感じながら続けた。
「前からずっと不思議だったんです。どうしてこんなに市井さんのこと、気になるんだろうって。
会いたくなったり、声が聞きたくなったりして・・・自分で自分の気持ちがわかんなかったんです。
でも、今日、やっと答えが出ました」
そこまで言うと、あたしも市井さんの方を向いた。まっすぐな市井さんの視線とぶつかる。
その視線は、話の続きを促していた。
あたしは、ひとつ深呼吸をして、静かに言った。
「あたし、好きなんです。市井さんのこと」
視線はそのままで。
「そう思ったら、全部がスッキリしました。気になったり、顔が見たくなったりする訳も」
市井さんの視線もそのままで。
「これが、今のあたしの気持ちです。・・・知ってて欲しかったから、言っちゃったけど・・・ただ思ってるだけです。
別にどうこうしてほしいとか、そーゆーのはないんで、気にしないでください」
全部言い切った途端、なんか・・・恥ずかしくなって、顔見ていられなくなった。
テレ隠しにブランコを大きく揺らした。 夜の空気が火照った顔に気持ちいいなぁ〜なんて思いながら。
「ずっるいなぁ〜・・・」
「はい?」
「ズルイ!真希はずるい!」
市井さんはしきりに「ずるい」を連発してる。 なんであたしがズルイのぉ〜?
あたしは足を地面に滑らせ、ブランコの動きを緩めるともう1度市井さんの方を見た。
「なんであたしがずるいんですかぁ?」
「だって・・・ひとりで勝手に告白して、ひとりで勝手に納得しちゃってさ・・・あたしの気持ちも聞かないで」
「いちー・・・さんの・・きも・・ち?」
「そうだよ!あたしの気持ち!」
市井さんは顔を赤くして、なんだか逆ギレしてるみたいにぶっきらぼーにそう言った。
これって・・・これって・・・?
「じゃあ・・おしえてください。・・・市井さんの気持ち・・」
胸がすっごいドキドキいってて、苦しいくらい。普通に喋ったつもりの声も掠れてて、自分でもよく聞き取れなかった。
市井さんは視線をあちこちに彷徨わせていたけれど、覚悟を決めたようにあたしを見て
「あたしも・・・真希のこと好きだよ。
・・・この頃は真希がどんどんかわいくなってって・・・そばにいれなかった。
なんかしちゃいそうな気がしてさ。・・だから・・避けてたんだ。ずっと」
そこまで口にするとニコっと笑って
「でも、そんな心配無用だったんだね。・・・嬉しいよ。マジで」
なーんだぁ・・・市井さんもあたしも同じ気持ち抱えてたんだ。よかったよぉ〜。
安心してあたしは、ほにゃぁ〜っと脱力した。
「ちょ・・ちょっと、真希!危ないってば!・・ほらぁ、落ちた〜」
そーだった。ブランコに座ってたんだった。
「あは。・・・でも痛くないです〜」
ヘラヘラしながらあたしはそう答えた。 だって、ほんとに痛みなんて感じない。
市井さんはそんなあたしに苦笑いしながら、手を差し伸べてくれた。
「ほら・・・つかまって。・・・汚れちゃったから、オフロ入りなね。パジャマ貸すから」
「・・・ほへ?」
「ウチ、泊まっていきなよ。どーせ、明日はオフなんだし。・・それともなんか予定あった?」
あたしは首を横にぶんぶん振る。
「じゃあ決まり!ハイ、そーと決まったら帰るよ!あたし風邪ひいちゃうよ〜」
そう言うと、あたしの手を取って歩き出した。
あたしは、そんな市井さんの後姿を見ながら、この上ない幸せをかみ締めていたのでした。
・・・あたしたちは、いま、世界もうらやむ恋の真っ最中です。
おしまい。