モーニング娘。リーダーにして最年長、中澤裕子。
10歳近く年の離れたメンバーたちを相手にしていると、
ストレスも溜まるし、肩も凝る。
メンバーのほうも若いので手加減を知らず、
ついつい中澤を怒らせてしまうこともある。
仕事の帰り、一人で車に乗り込もうとする中澤。
目ざとく見つけた飯田と後藤が駆け寄る。
「ねえ、裕ちゃ〜ん、乗せてってよ〜。」
「だーめ。今日はちょっと用事あるねん。」
「いいじゃ〜ん、ケチー。」飯田がすねる。
「ごめんな、今日はホントにあかんの。」
そして、車を走らせる。
『久しぶりやな・・・。』
「ちぇ〜、行っちゃったあ。」
飯田がつまらなそうに口を尖らせて言った。
「しょうがないっすね。なんか食べてきましょうか」
後藤はあっけらかんと笑う。若いと食い気が先走るようだ。
「そうだね〜。そういえば、紗耶香を玄関に待たしてたよね」
「あ、そうだ!!怒られちゃいますよ〜」
市井が怒るのが何より怖い後藤は慌てて玄関に走り出す。
「ちょ、ちょっと待ってよ〜」飯田も続く。
中澤の運転する車は、レインボーブリッジを渡ってお台場へ向かっていた。
首都高を降りると、海辺に車を止めた。
「さてっ・・と、もう来てるかな、あいつ」
思い出したように言うと、中澤は車を降りてそばのレストランへと消えていった。
車の後部座席で、ガサゴソ動く音がする。
「・・・・うーーーーん・・・・。」
玄関の周り、控え室、スタジオ、全部探したが市井は見つからない。
「ウソォ、一人で帰っちゃったの?」飯田が呆れたように言う。
「そんな、また怒られちゃう〜〜〜」後藤は涙目だ。
中から矢口と安倍、保田が出てくる。
「おつかれかおり・・・どうしたの?」不思議そうに安倍が聞く。
「紗耶香がいないのよ〜〜」
矢口が応える。「紗耶香なら、眠いから裕ちゃんの車で一眠りするって。」
保田も言う。「そうそう、裕ちゃんの車なら送ってもらえるかもしれないし。」
「・・・・!!」飯田と後藤が顔を見合わせる。
レストランに入った中澤は、ウェイターに尋ねた。
「予約のものなんですが。中澤と申します」
「はい、お連れ様もお待ちですよ。こちらへどうぞ。」
案内されたテーブルには、見慣れた顔の男性が座っていた。
車の後部座席にあった毛布が勢いよく捲れ、腕が伸びる。
「ファ〜〜〜、よく寝た〜〜〜〜〜」
大あくびをしながら市井が目覚めた。
「・・・・・・あれ?ここはどこ?」
あたりを見回すと、フジテレビの社屋が見える。ここはお台場のようだ。
「あちゃ・・・。裕ちゃんこんなとこに来ちゃったか。
真希と圭織は乗ってなかったのかな?」
車を降り、レストランの中を覗くと、中澤が見知らぬ男性と楽しそうに食事している。
「フフ、裕ちゃんもなかなかやるじゃん」
市井はニヤリと笑い、しばらく様子を眺めていた。
「むっちゃ久しぶりやね。高校卒業以来やから。」
「そうやなー。裕ちゃんいつもTVで見てるで。変わりなく可愛いわ。」
「またまたそんなお世辞ゆうて。うちより若いのいっぱいおるやん。
後藤なんてうちらと干支が一緒なんよ?」
「そんなことないって。何時までたっても裕ちゃんが一番や。」
どうやら高校時代のボーイフレンドのようだ。
そして、中澤がほのかに恋心を抱いていた相手でもあった。
その彼が出張で東京に出てくる、というのでこうして逢う機会を作ったわけだ。
やがて食事を終えた二人が、上機嫌で店を出てきた。
「やばっ、見つかっちゃう」
慌てた市井は毛布を持って後部座席の後ろにもぐりこんだ。
二人は車に乗り込んできたが、会話に夢中で市井には気づかないらしい。
再び車が走り出した。
どこに向かっているのだろう、隠れている市井にはさっぱり分からない。
二人の会話も、カーステレオの大音量と車の振動音で聞き取れない。
頭や耳がガタガタとゆれ、気持ち悪くなってきた市井だった。
『オエッ、気持ち悪・・・。ここで顔上げたらばれちゃうしなあ・・・』
二人の会話は続く。
「裕ちゃん、今付きおうてる人おるんか?」
「いきなり何を訊くん!!おらへんよ〜。」
「そうなの?もったいねえなあ〜。」
「仕事が忙しいしね。」ふと憂鬱げな表情を見せる中澤。
「・・・やっぱり芸能人って大変か?」
「そうね・・・。いろいろ面倒なことはあるけど。
ま、自分で選んだ道やし、かまへんわ。」
車が止まった。「さ、ちょっと降りよっか。」
「夜景がすごいねえ・・・。」
二人は降りていったのを確認して、市井が顔を上げる。
「死ぬかと思った・・・。ここは?」
ベイブリッジが見える。どうやら、大黒埠頭らしい。
海が見える展望台に立って、二人はずっと横浜の夜景を眺めていた。
ちょっと離れた場所で、市井が様子をうかがっている。
「・・・俺、ずっと思ってたことがあるんや。」
「何?」改まった態度に中澤の鼓動が高まる。
「俺は、ずっと裕ちゃんが忘れられへんかった。
卒業してからも、会社入ってからも、ずっとそうや。」
「・・・」
「もう一回、俺とやり直さんか?いや、結婚も考えてくれんか?」
常日頃から「嫁に行きてえー」などと言っている中澤も、
実際プロポーズされるとなると心の準備が出来ているはずもなかった。
「えっ・・・そんな急に・・・。」
「俺は本気や。モーニング娘辞めて、京都へ帰ろう!!」
偶然中澤の車に乗っていた市井だが、急転直下の場面に出くわしてしまった。
『ちょっとちょっと裕ちゃん、プロポーズされちゃったよ?』
石黒が抜けたばかりだというのに、今ここで中澤に抜けられては・・・。
しかし、この場にいることが不自然な市井が出て行っていいものかどうか・・・。
葛藤が市井の心中を駆け巡った。
考えに考えた末の行動だった。
『だめ、今裕ちゃんに抜けてもらうわけにはいかない!止めなきゃ!!』
市井は不自然さも考えず飛び出そうとした。
そのとき、中澤がふと微笑んで、そっと言った。
「やっぱり、だめ。うち、まだモーニング娘辞められへんわ」
飛び出しかけていた市井はズッコケた。
「やっぱり、そうか・・・。」
「うん、ごめんな・・・。」
「ふふふ、やっぱあかんかった。実はな、俺、向こうに結婚考えてる人がおんねん。」
「え??」
「でもな、どうしても裕ちゃんが忘れられへんかった。
それで、最後に会って、裕ちゃんに気持ちを告白して、
だめやったらそいつと結婚しよう思うたわけや。」
「・・・」
「ありがとう!!!いい思い出になるわ。これからもTV見てるで。」
「うん・・・。ありがとう。お幸せにね・・・」
彼は車に戻らず、タクシーを呼んでホテルへと帰っていった。
中澤はしばらく一人で景色を見ていた。
事の意外さにしばらく立ち尽くしていた市井も我に帰り、
そっと中澤のそばへ近づいていった。
「裕ちゃん?」静かに声をかける市井。
「・・・紗耶香?」
振り返った中澤の目は真っ赤だった。
言葉をかけることも出来ない市井。
そして市井は、そっと中澤を抱きよせた。
それを合図に、中澤の瞳から涙が流れ落ちた。
「泣きたいときは思いっきり泣いたほうがいいわよ・・・。」
そう言いながら市井は中澤を抱きしめた。
二人の様子を、満天の星とベイブリッジが何時までも見守っていた。
モーニング娘の面々は、車に乗って消えた中澤と、
おそらくその車に乗っているであろう市井に連絡がとれずにいた。
「大丈夫かしら、紗耶香・・・。裕ちゃんはともかく。」
飯田が疲れ果てた表情で呟くと、後藤は
「どうしよう、もし見つからなかったら。あたしどうしたら・・・」
と見当はずれの心配をして涙ぐんでいた。
他のメンバーも、そんな二人の様子を見て重苦しいムードだ。
そんな中、後藤のPHSが鳴った。
「もしもし?」
「もしもし、真希?あたし〜。みんなひどいよ、起こしてくれないなんて〜」
元気な市井の声だ。安心して涙をぽろぽろ流す後藤。飯田もほっとしている。
「これから裕ちゃんの車に乗って帰るから、ご飯食べようよ。」
「はい!!」後藤は元気に応える。
「たまにはうちが魚でも焼こうか?」ハンドルを握りながら中澤が言う。
「え〜、あたしは肉が好きなのにぃ」助手席で口を尖らせる市井。
「魚は体にいいねんで。頭もよくなるし。」
「ちょっと、それどういう意味?」
その瞬間、二人の笑い声が車の中に響いた。