ホーム / もうひとりの紗耶香 /

後藤のバレンタイン

「バレンタインデー、ねえ・・・」
仕事仕事で忙しい市井に、チョコをあげる相手などいるはずもない。
「あ〜あ、昔はこんなんじゃなかったのにな〜」
淋しげな表情で呟く。
「ま、和田さんくらいにはあげとくか」
ということで、億劫になりながらも和田氏用のチョコを用意した。

2月14日。
「ねえ、和田さ〜ん。これ、いつもお世話になってますから。
え?勘違いしないで下さいよ〜。義理ですよ、義理」
和田氏に渡し終えると、ふとため息をつく。
「なんか、義理だけってのも、空しいな・・・
今日は仕事ももうないし、帰って余りのチョコでも食べよっかな・・・」

帰り際、包みを持った後藤に出くわした。
「あれ、真希。やっぱり和田さんに?」
「え、ええ、いや、和田さんにはもう」ちょっと挙動不審。
「あらぁ、誰か他の人にあげるの?
もう、隅に置けないんだから、コノコノォ!!」
「あ、あの・・・」
「邪魔しちゃいけないわよね。じゃね。」
市井は散々からかったあと行ってしまった。
「んもう、紗耶香さんったら・・・。人の気も知らないで」

家に帰ってくつろいでいた市井の携帯が鳴った。
「あれ、後藤?どうしたんだろう」
電話に出る市井。「もしも〜し」
「あ、もしもし紗耶香さん?真希ですけど」
「どしたの?無事渡したかい?」市井は再びからかう。
「んもう、違いますってば。ちょっと、今から会えませんか?」
「うん、別にいいけど、どしたの?」
「え、いえ、来てもらえば分かります」
「ふ〜ん。あ、そうそう、和田さんにあげたチョコがまだ残ってるから、
一緒に食べようよ。持っていくね。どこにいるの?」
「え?あ、はい。紗耶香さんの家のそばの、あの公園に」
「へ?こんなところまで来てるの?ふ〜ん。わかった。じゃね」
『真希、どうしてこんなとこまできてるんだろう』
多少不審に思った市井だったが、とりあえずチョコを持って外へ出た。

公園につくと、後藤はブランコに座って待っていた。
包みはカバンの中にしまってある。
市井を見つけた後藤は駆け寄ってきた。
「さやかさーん。どうもすいません、わざわざ」
「いえいえ、どうしてこんなところまできたの?」
「ま、いいじゃないすか。とりあえず座りましょ。」
二人でブランコに再び腰掛ける。

「そうそう真希、あたしの作ったチョコ。
和田さんのやつの余りなんだけど、よかったら食べて。」
「あ、あ、ありがとう・・・」
「で、結局あのチョコ渡したの?」
「い、いえ、いいじゃないですか」
「お、なんか怪しいな〜」市井はいぶかしがった。
「あの、紗耶香さん・・・」
「何?」
「あの、これ・・・」紙包みを差し出す。
「ん?さっきのチョコじゃん」
「実は、紗耶香さんに・・・」
「へっ?」「あの、食べてくださいね。じゃっ」
後藤は立ち上がると、駆け出していった。
呆然とする市井。「何だったんだろ・・・」
包みを見ると、「Dearさやか」と書かれている。
「えっ・・・真希・・・」

「真希が、ねえ・・・」
そういう傾向はあったのかもしれない。
教育係として長い時間過ごし、プッチモニでも一緒だし、
よき先輩からいつしか愛情に変わってきたのだろう。
しかし突然のことで、市井にはどうしていいか分からなかった。

「とりあえず、食べてみよっかな」
後藤からもらった包みを開けてみる。箱の中にはトリュフチョコが入っていた。
どうやら、悪戦苦闘したようだ。形は多少悪い。
「フフフ、真希ったら」微笑みながら口に運ぶ。
「・・・すっごい甘い。ちょっとお砂糖が多いのかな?でもおいしいや」

次の日、後藤と顔を合わせた。
『とりあえず平静、平静っと・・・』
呼吸を整えて、市井が声をかける。
「お、おはよう、真希。き、昨日はありがと」
緊張しまくりである。
「あ、さやかさ〜ん、食べてくれましたぁ〜?
あたし一生懸命作ったんですから〜。」
後藤のほうは昨日と打って変わって明るく話し掛ける。

「女の子にチョコを上げると、男の子との恋愛がうまくいかなくなるんですってね」
不意に後藤が呟いた。ドキッとしつつ、市井も返す。
「昨日、ダイバーで圭ちゃんが言ってたやつでしょ?
もう、そんな迷信信じないわよ」
「いいえ、むしろそうなればいいなと思って」
市井はまたドキッとして後藤のほうを見た。

後藤が続ける。
「さやかさんも、あたしにくれましたよね?
やっぱり、男の子とうまくいかないんじゃない?」
「い、いやだそんな。あたしにそういう趣味はないんだから」
「でも、あたしは好きになっちゃいましたからね」
「・・・え?」
後藤はしっかりとした目線で市井を見つめつつ、
少しずつ前に出た。市井は押されるようにじりじりと下がる。
壁にぶつかってもう下がれないところで、市井は止まった。
後藤はまだ近づいてくる。
「ちょ、ちょっと真希・・・」
「いいじゃないですか」
ゆっくりと、後藤は市井に唇を合わせた。

唇を離すと、悪戯っぽく笑って後藤が言った。
「さやかさん、意外とウブなんですね」
「・・・」突然のことでどう反応していいか分からない市井。
「もっと、抵抗するかと思ってたのに・・・。
意外と、真希のこと好きなんじゃないですか?」
「・・・」
「もう、さやかさんったら、可愛いんだから」
後藤、言いたい放題である。

市井もあっけに取られて聞いていたが、
ふと、我に返って考えてみた。
「ちょっと真希、いいかげんにしてよ。
ふざけるにもほどがあるじゃないの!!」
「・・・嫌ですか?」
「・・・そうじゃないけど、あんまり悪ふざけしてると・・・」
「ふざけてないです!!本気だもん」
「・・・」
この場はとりあえずこれで収まったが、
市井は後藤の行動に悩まされることになる。

仕事をとりあえず終え、家路に就こうとする市井に、後藤が声をかける。
「さやか、さん」今は後藤の声を聞くだけでドキドキしてしまう。
「ハッ。真希?どうしたの?」
「ちょっと、見てもらいたいものがあるんです」
後藤は、まるで昨日に戻ったように、思いつめた表情で問い掛ける。
『まだ、何かあるのかなぁ・・・』不審に思う市井だった。
「うぅーーーん、でもねぇ・・・」
「・・・紗耶香さん、お願いです」後藤は哀願の表情で見つめる。
その瞳の力に押されたのか、市井も根負けした。
「・・・わかった。行きましょ。」

後藤に連れ出されてたどり着いたのは、それほど人通りもない
大きな公園だった。もう夜も遅い。
『真希、こんなところで・・・まさかね?』
と、多少後藤の行動に不安を抱きながら歩く。
後藤も、そんな市井の様子が気になるようだ。
「紗耶香さん、どうしました?こんなに楽しいじゃないですか」
「へ?あ、あぁ、そうだね」たどたどしい返事を返す。

「さ、着きました」
昼間は大きな噴水の周りにたくさんの人々や鳥たちが集まる
公園も、夜だけに閑散としている。ときおりえさを狙う野良猫の
瞳が妖しく光るだけだ。
こんなところに呼び出して、何をしようというのだろう?

「とりあえず、座りましょっか」
市井を促して、ベンチに腰掛ける。
しばらく、無言の時間が続く。
「あ、いけね。忘れ物しちゃった」
思い出したように後藤が呟いた。
「へ?何を?」市井も訊くが後藤は答えない。
「取ってきます。すぐ戻るんで、
ちょっと、ここで待っててもらえます?」
と言い残し、後藤はいなくなってしまった。
『参ったなあ・・・一人で夜の公園は怖いな』
寒さと不安に震えつつ、市井は後藤の帰りを待っていた。

ふと、こちらに近づいてくる人の気配を感じた。
『真希?違う、なんか男の人っぽいな』
市井は息を飲み、動かないように、動かないように努めた。
人影はどんどんこちらに近づいてくる。

震えながら、市井はいつでも逃げられる姿勢をとろうとしていた。
人影は不意に立ち止まり、こちらに何か問い掛けてくる。
「市井・・・紗耶香さんですか?」
「は?は、はい、そうですけど、誰ですか?」
「これを、この公園の噴水の前のベンチに座っている
市井紗耶香さんという女の子に届けろ、と頼まれまして」
おっとりした中年の男性が笑いながら言う。
「はい、これ。確かに届けましたからね」
市井に何やら渡すと、男性は去っていった。
あっけに取られた市井はポカンと口を開けている。

「これ、何だろ・・・」
渡された包みをまじまじと見る市井。
開けるのが怖いような、楽しみなような。
爆発するようなものが入っているわけでは、なさそうだ。
『ま、大丈夫だよね』思い切って、包みを解いてみる。
その瞬間、まばゆい光があたりを包んだ。

「・・・びっくりしたぁ・・・いったい何?」
市井は光でおかしくなった目をこすりつつ、辺りを見回す。
光は噴水のところから射しているようだ。
よく見ると、周りの樹木にイルミネーションが点されている。
「なんか、すごい・・・」
もう一度光源を確かめてみると、光の中に少女の姿が浮かび上がって見える。
「・・・真希だ」

後藤は微笑みながら近づいてきた。
「紗耶香さん、どうでした?びっくりしました?」
「・・・うん、でも訳がわかんない」
「驚かせようと思って、いろいろやったんですよ」
「これ、全部真希が一人で?」
「まさか。・・・実は・・・」

後藤が背中に隠し持っていたプラカードを見せる。
「ジャジャジャーーーン!!」
ス○ーどっ○り○秘報告!!!
隠し撮りしていたカメラも近づいてくる。
うなだれる市井。「おかしいと思った・・・」
悪戯っぽく笑う後藤。「ごめんなさ〜〜い!!!」
二人でカメラに向かって笑う。「大成功!!」
ここで、収録のカメラはストップした。

スタッフの撤収も終わり、再び後藤と市井二人だけになる。
「紗耶香さん?でもね・・・」
「え?どっ○りはもう終ったんでしょ?」
「さっきの包み、まだ持ってますよね?」
そういえば、光に気を取られて開けた包みをきちんと確認していない。

中には、メモが入っていた。「これだけ?」
と思いつつ、市井はメモを読んでみた。
「えっと、『本当のバレンタインチョコは・・・』」
「ここです」後藤が言う。
「えっ?どこ?」市井が訊くと、後藤は瞳を閉じて待っていた。
『番組の企画を利用したけれども、本当の気持ちは・・・
いけないことかしら。紗耶香さんを、愛しちゃったんです』
メモの続きには、こう書いてあった。

すべてを悟った市井はふと微笑んで、瞳を閉じる後藤に
優しくキスをした。「紗耶香さん・・・ありがとう」
「・・・さ〜て、もう寒いし帰ろうよ」「はい」
二人は手をつないで、冬空の下を仲良く帰っていった。