それはモーニング娘。が出演していたラジオ番組での発言だった。
トークの話題は「娘。内で結婚したい相手」というものであったが、飯田は
「えっとねえ、かおりんがねえ、結婚するとしたらあ、絶対真希だよね。
だってさあ、ちょーかわいいじゃあん。あとは、さやかかなあ。
さやかはすっごい気が利いてて、ほんとにおかあさんみたいなんだあ。
だからすっごいいい奥さんになりそー−。」
と発言していた。
そのときはそれほど話題にならなかったのだが、
この発言が後にちょっとした騒動を引き起こすことになる。
ラジオ収録直後、飯田が後藤に声をかける。
「ねえ真希〜、ご飯食べてかな〜い?」
「はい、いいっすよ。おなかすいたー。」
相変わらず若い食い気の後藤。後ろから市井と保田が近づいてきた。
飯田がちょっと顔をしかめる。
「ねえ、真希、じゃあちょっと早いけど行こっか。」
「え、でもみんな来るし・・・」
「いいからいいから〜、かおりを信じて〜」
ネプチューンのパクリである。
そして、市井や保田に気づかれないように二人でその場を後にした。
市井と保田は歩きながら他愛も無い会話を繰り返していた。
「ああ、最近全然休み無いよねえ」
「うん、ホント疲れたー。風邪も治んないしー」
「ねえ、ちょっとスタミナのつくものでも食べていかない?」
「紗耶香の好きな肉?ははは。いいね。食べにいこっか。」
「じゃあ、真希とか真里も誘ってみる?」
「そうだね・・・あれ?真希いなくない?」
「かおりもいないよ?二人でどこか行っちゃったのかな?」
「そっか、しょうがないね。」
結局、矢口を含めて3人で食事に行くことになったが、
後藤と飯田に関しては大して気にされることはなかった。
そのころ、後藤と飯田はファミレスで食事をしていた。
ハンバーグをほおばりながら後藤が言う。
「なんか、かおりんと一緒に食事するって久しぶりっすよねえ」
スパゲティカルボナーラを片手に飯田が応える。
「そうだよねえ〜。なんかあ、かおりもー、真希と食事してみたいってゆーか。」
「でもたまにはいいっすよねえ」
「いっつも紗耶香とばっかりなんだもん」
後藤の箸が一瞬止まった。後藤の心が市井に傾いている、
と自覚したのはつい最近のことである。
「・・・そうっすかねえ。別に普通っすよ」
全然態度が普通ではない。飯田は軽い嫉妬を覚えた。
「ふ〜ん・・・。すいませ〜ん、えっとお、
エビフライカレーを追加してくださ〜い。真希は?」
「じゃあ、あたしはビーフシチューと、アイスクリームをくださーい。」
よく食べる二人である。
ファミレスでたらふく食べた飯田と後藤は、支払を済ませたあと
しばらく外のガードレールに腰掛けて休んでいた。
「真希ってえ、食べてるときもちょーかわいいよねーーー。」
唐突に言い出す飯田に対し後藤は微笑んだだけで何も応えない。
「かおりが男だったらぜ〜ったい結婚したいよねえ」
このあとも飯田のホメ殺し?はしばらく続き、後藤を困らせつづけた。
そのころ、市井は矢口・保田と焼肉を食べに来ていた。
二人のことを考えずどんどん肉をほおばる市井。
「相変わらず紗耶香は肉が好きねえ」呆れたように矢口が言う。
「うん?いや、いつもといっしょだよ。すいませ〜ん、カルビあと4人前」
なにやら機嫌が悪そうにも見える市井はおかわりを続け、矢口と保田は
ただ見ていることしか出来なかった。勘定はしっかり3等分だったのだが。
ホメ殺しを続けていた飯田がふと訊いた。
「ねえ真希、紗耶香のことってどう思う?」
唐突に訊かれてドキッとする後藤。
「え、さやりんは最初いろいろ教えてくれたし、プッチモニでも一緒で、
すっごくいい先輩だけど・・・。」
「紗耶香って、真希が入ってからすっごく可愛くなったよねえ。
もちろん、真希ももっともっと可愛くなってる」
多少を嫉妬を込めた口調で飯田が呟くが後藤は黙ったままである。
「そろそろお腹もこなれてきたし、歩かない?」
飯田が後藤を促して歩き出した。歩きながらも話は続く。
「でもね、かおりだって真希のことがもっともっと知りたいの」
ふと立ち止まる後藤。
「っふう、お腹いっぱ〜い。」
といいつつも顔が笑っていない市井を横目で見ながら、
矢口と保田はひそひそ囁きあっていた。
「・・・なんか、機嫌悪くない?・・・」
「・・・真希がいないからじゃん?結局なんだかんだ言っても気になるのよ・・・」
「なんか言った?」いらいらした口調で市井が振り返る。
「いいや、なんでもないよ、ウフ、ウフフフフ・・・。」
作り笑いを浮かべる二人。
歩いているうちに飯田と後藤が食事していたファミレスに近づいてきていたのだが、
もちろん3人がそれを知る由も無い。
「どしたの?」
立ち止まった後藤に向かって飯田が言った。
「いや、ちょっと・・・。」
「ドキッとした?」真剣な眼差しで後藤の眼を見つめる。
何か応えようとしても返せない強い力である。
突然飯田が後藤の肩をぐっとつかみ引き寄せ、唇を合わせた。
「そんな、ん?・・・・んんん」
そのとき、後藤の視界には、通りの反対側からこちらを冷たく見つめる、
市井の姿が見えていた。
翌日、仕事で顔を合わせた市井と後藤。
気まずそうな顔で後藤が挨拶する。
「・・・おはようございます」
「・・・おはよう」気の無い返事を返す市井。
会話は続かず、控え室でも気まずい雰囲気が続いた。
・・・昨日は飯田とのキスの場面を見られてしまった。
後藤にしても突然のことで何がなにやらわからなかっただろう。
しかし、それをよりによって市井に見られてしまった。
『市井さんがどう思ってるか・・・怖い』
市井にしても、昨日目撃してしまったことを言い出すわけにはいかなかった。
『真希が圭織とキスしてた・・・』
他のメンバーが間に入れば会話はするのだが、二人きりではどうも会話が続かない。
お互いに、過剰なほど意識しているようだ。
そんなとき、飯田が二人の間に割り込んでくると、後藤に抱きついてきた。
「真希〜〜!!おはよーーー。」
よりにもよって市井と二人のときに・・・。
後藤にじゃれついてくる飯田を横目で見ながら、市井は何も言わず控え室を出た。
「あ、市井さん・・・。」後藤も呼び止めようとするが、飯田はかまわず
「いいじゃん、もうちょっとふたりでおしゃべりしよーよー。」
などといって引き止める。
部屋を出た市井は、大きくため息をついた。
後藤は勇気を振り絞って市井に弁解することを決意した。
市井も、昨日見たものについて後藤に聞いてみようと思っていたところだった。
たまたま二人が廊下で顔を合わせる。
「あ、市井さ・・」「あ、真希・・・」
「市井さんからどうぞ。」「真希のほうが先に言ってよ」
「いえ、市井さんこそ先に・・・」結局黙ってしまう二人。
「あっ・・・」「あっ・・・」また黙ってしまう。
「真希ーーー!!!」飯田の声が聞こえる。
「あ、・・・じゃ。」市井はうつむいて行ってしまった。
いつもの強気な市井はどうしてしまったのだろう。
しかし、廊下の曲がり角を曲がったところで市井は、
飯田と後藤の会話にちゃっかり耳を傾けていた。
「どうしたのー真希ー、最近元気ないんじゃなーい?」
「えー、そんなことないですよー」無理に笑顔を作る後藤。
「ねえ真希ー、今度うちに泊りに来ない?」
「えっ?」ドキッとする後藤。
「あたしが料理作ってあげるよ。そのあとも・・・」
飯田の意味深な発言に後藤と(横で聞いていた)市井は
ドキッとした。
後藤は迷っていた。飯田の誘いを受けてもいいものだろうか。
強引な飯田の事だ、行ったら間違いなく関係を迫られるだろう。
もちろん市井の事もある。しかし、断るうまい理由が見つからない。
そんな時、またもや市井と控え室で二人きりになった。
今度は強めの口調で後藤が切り出す。
「あの・・・。市井さん」
「・・・何?真希」
「実は、今度かおりんの家に誘われちゃって。」
「・・・ふぅん、そう、よかったじゃん」
作り笑いを浮かべる市井。後藤が続ける。
「泊まっていかないかって」
「ふーん」市井は無表情を装う。
しばらく無言の時間が過ぎた。
「・・・何も無いんですか?」
意を決して後藤が訊いた。
「・・・」応えない市井。哀しそうな瞳の後藤。
「・・・分かりました」そのまま後藤は控え室を出た。
市井は追おうとして止めた。
この日、飯田と後藤は買い物に出ていた。
後藤は楽しんでいるようなのだが、どこか浮かない表情だ。
飯田はふと微笑んで後藤に振り返った。
「ねえー、そろそろうちに行かなーい?」
「え?ああ。いいですよ。」
市井とのことで多少いらいらしていた後藤は、
あっさりとOKしてしまう。
飯田の部屋に着くと、早速飯田が料理を作ると言いだした。
待たされている間、後藤は色々な事を考えていた。
飯田が本当に自分に好意を持っているのかどうか。
市井は結局遊びだったのか。頭の中が混乱してぐるぐる巡る。
「お待たせ〜」飯田の声が後藤を現実に戻した。
「もう今日は、かおりぃ、ちょー頑張って作ったんだから〜〜」
美味しそうなにおいがする。シチューだ。
「いっただっきま〜す」
後藤はやはり食い気に負けて、考えるのを一時ストップした。
シチューを口に運ぶ。「おーいし〜い」
久しぶりに後藤が笑顔を見せる。
「なんか、胸騒ぎがする・・・。」
その日オフで、家で休んでいた市井は、妙な感覚に囚われた。
居ても立ってもいられなくなり、家を飛び出していく。
あらかた食事を終え、後藤はひどくリラックスしていた。
『なんか、さっきまでのモヤモヤが嘘みたい・・・。』
「すっごく美味しかった!ごちそうさま〜。」
「いいええ。美味しくって天国みたいでしょ〜?」
「うん・・・。あれっ?すっごく気持ちいい・・・」
何も言わず微笑む飯田。飯田の顔がだんだん霞んでいく・・・。
そのうち、後藤はすっかり眠りこけてしまった。
「うまくいったわね」睡眠薬のビンを持ちながら冷酷な笑みを浮かべる。
疾風のように自転車を漕ぎつづける市井。
「真希・・・。」渋滞の道路を縫うように駆けぬけていく。
「真希、本当の天国はこれからよ、ウフフフフ」
妖しげに笑った飯田は後藤を柱に縛りつけた。
「真希はかおりのものになるのよ」
悪魔の宴が始まるのか?
飯田は部屋の灯りを消し、蝋燭に火を点した。
すでに後藤は上着を脱がされ、半裸の状態になっている。
飯田は、おもむろに服を脱ぐと、タンスからなにやら大掛かりな衣装を取り出した。
しかし、蝋燭の仄かな明りではどのような衣装なのか見当もつかない。
それを身に付けると、不敵な笑みを浮かべながらもうひとつの衣装を取り出した。
「真希にはこれね。ウフフフフ」
後藤には黒いボディスーツを着せる。
「いよいよこれからだわ」
市井の自転車はもうすぐ飯田のマンションに到着しようとしていた。
2時間も不休で漕ぎつづけたため、肉体の疲労は限界に達しつつある。
しかし、後藤のことを考えると立ち止まってはいられなかった。
「はぁ、はぁ、もうすぐだよ、真希」
飯田のマンションに着いた市井は自転車を放り出し、階段を駆け上がった。
「ウフフフフ。真希・・・。」
・・・ピンポーン・・・
飯田が妄想を膨らませつつ後藤を抱きしめようとしたとき、
ドアのベルが鳴った。
・・・ピンポーン・・・
「何よ、これからいいところなのに」
覗き穴を見ると宅配便の帽子が見える。
ドアを開けて飯田が応える。「はい?」
帽子を取った市井が飯田の腕を後ろに絞った。
「とりあえず動かないで」
「イタッ!!!紗耶香!!何で!?」
「真希は?」低い声で市井が問い詰める。
「・・・中よ」
中へ入り、灯りをつける。後藤はボディスーツを着せられたまま
縛られ吊るされていた。
『真希・・・。』メラメラと市井の中で炎が燃え上がっていく。
「あ〜あ、うまくいくと思ったのにな〜。」
「何がよ、圭織。言い訳しだいでは許さないから」
「あたしの服装見て何も思わない?」
飯田は、純白のウエディングドレスを着ていた。
そう、LoveマシーンのPVで見せたそれである。
後藤のボディスーツも、よく見るとタキシードのような形をしている。
「真希とだったらぜーったいうまくいくと思ったのにぃ」
開いた口のふさがらない市井・・・。
燃え上がったはずの炎はすっかり鎮火してしまった。
「そもそも女同士は結婚できないんだけど・・・。」
「だからぁ、真希におとこになってもらってぇ・・・」
そのとき、ふと飯田の目の色が変わった。
飯田の目線に、市井の顔が浮かんだ。
そういえば、まだ14歳の後藤は、まだ中性のような
面影を残していなくもない。
そして、普段は「母さんヘア」の市井も、
自転車で飛ばしてきたこともあって、無造作に乱れた髪が
ボーイッシュな面影にワイルドさを加えていた。
「紗耶香も、すっごくいい・・・。」指をくわえる飯田。
「??」わけがわからなくなる市井。
「おねが〜い、紗耶香、私を慰めて〜。淋しいの〜。」
・・・あっけにとられてしまった。
『まっ、いっか』
後藤奪還のことなどすっかり忘れて、飯田と愛欲に咽ぶ市井であった。
後藤はベッドの上で眼を覚ました。
「・・・ぅぅうん、あれ?何で寝ちゃったんだろう・・・。」
ふとテーブルのほうを見ると、飯田と市井が仲よさげに談笑している。
「??????」
混乱する後藤に、市井が気づいた。
「真希、おはよ。かえろっか。」
「へ?は?・・・はい」
わけがわからない後藤を連れて、出ようとする市井に対し、
飯田が言った。
「・・・約束だから」
「わかってるよ」市井も応える。
「?」ますますわからない後藤。
さすがに自転車では帰れないので、二人で電車に乗った。
座席に座ると、眠りこける市井。さすがに疲れているようだ。
電車に揺られつつ市井を見つめる後藤。
『どういうわけか判らないけど、市井さん来てくれた・・・』
メルヘンチックになる後藤をよそに、眠っている市井は夢を見ていた。
『・・・圭織?どうして欲しいの?』
縛り上げられた飯田が哀願する。
『欲しいですぅ。紗耶香が』
『馬鹿!サーヤ様だろ!!』
『あぁっ、サーヤ様・・・。下さいぃ』
『じゃあ、やるよ。ほ〜ら・・・』
突然目を覚ます市井。驚く後藤。
「どうしたんですか?」
「・・・いいや、なんでもない・・・。」
冷や汗を掻いている。
『・・・いくらSのあたしでも、ちょっと勘弁かな、天然は』
「?」不思議がる後藤を見ながら市井は呟いた。
「やっぱり真希が一番だよ」
「・・・、ん」頬を赤らす後藤。
しかし、その呟きにはもちろん別の意味が込められていたことは言うまでも無い。
『束縛する女は苦手。真希はあたしの都合どおりになるしね。
約束は守らないよ、圭織』
気まぐれな二人の関係は、まだ続いていく。