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〜みつめていたい(Restin' In Your Room)〜

「〜〜〜! いちーちゃんのバカァ!!」
スタジオ内に響いた真希の声は、マイクを通してヘッドフォンへ、そしてその場にいた
7人の鼓膜を引き裂かんとばかりに爆発した。
フグが自分の毒では死なないように、真希1人だけがケロリとして、ヘッドフォンを外し駆け出す。
「った〜〜、ごっちん。なんつー声や」
たまらず皆ヘッドフォンを外す。
「さ〜や〜かぁ〜? ごとーに何したんだよう!?」
「べ、別に何も・・・?」
「・・・・」
そう、紗耶香は特に何かをした訳ではなかった。
真希に対しては・・・。

「ったぁく。せっかく、最後の録りだってのに…えーから、追っかけてき」
「なんでだよぅ! オイラ何もしてないぜ!?」
まったくの無実を主張する紗耶香に、リーダーである中澤の「命令」が飛ぶ。
「『いちーちゃんのバカ』まで言われてんねん! アンタに覚えが無くても、原因はアンタなんや!
 えーから早よ行って、連れ戻してき!!」

レコーディングは一時中断となった。
「ったく! 何なんだよぅ」
訳が分からぬまま、紗耶香はスタジオを後にする。
その背中を見つめる者が1人・・・。

正面玄関を抜け、アテもなく歩く。
「いちーちゃんのバカ! いちーちゃんのバカ! いちーちゃんのバカ! いちーちゃんの…うう」
怒りも頂点に達すると、涙が込み上げてくるもんだ。
「う〜〜〜っく、うぇ、っく・・・ひぃっく、うううう〜〜〜〜〜」
飛び出したはいいが、財布も無い。
姿を隠す帽子も、サングラスも無い。

夕暮れ時。
駅へと向かう人の波に逆らうように、真希はうつむき、涙をボタボタと落としながら歩いた。

たどり着いたのは小さな、ホントに小さな公園。
ブランコに座り、息を整えると、先ほどの光景が思い出された。
ことの始まりは紗耶香の隣に並べなかったことにある。

-20分程前-

ラストは7人でのレコーディングを残すのみ。
中央にマイクを据えて、7人がそれを輪になって囲む。
娘。達にとっては既にお馴染みのレコーディング方法だ。
いつものように娘。達はお喋りをしながらブースへと入る。
真希は矢口とじゃれながら、紗耶香は中沢と飯田と共に笑いながら。

瞳の先にはいつも紗耶香がいる。
紗耶香の隣りにはいつも自分がいる。
それが当たり前と思っていたし、周知のことだった。
しかし気付いてみると、紗耶香は正面にいる。
左には保田、安倍、飯田、その向こうに紗耶香。
右には矢口、中澤、その向こうに紗耶香。
間違いに気付いたように、慌てて紗耶香の方へ向かおうとするが、こんな時に限って矢口が話かけてくる。
「や〜、やっと最後だねぇ。ハジケようぜぇ!!」
「う・・・うん」
チラリと紗耶香の方へ目をやるが、本人は飯田とのお喋りに夢中で気付きもしない。

む〜〜〜〜!
いちーちゃんと離れちゃったよぅ!!

そうこうしてるうちにヘッドフォンが配られ、移動することすら阻まれてしまった。
プロデューサーであるつんくから指示が飛ぶと、カウントが流れる。
こうして2人は離れたまま、レコーディングは始まってしまった。

あぁ〜〜〜ん! いちーちゃぁ〜〜〜〜〜ん!!

「お〜〜〜〜〜〜〜、ウッ、ハーーーー!!」

cプツリと音が止まる。
「なんや、元気ないなぁ。もっ、ちょい飛ばしていこーや」

それぞれ士気を高めようと声をかけあう。
しかし一番聞きたい声が、今は遠い。
マイクを挟んだ向こう側、真希は何度となくチラチラと覗く。
紗耶香はその視線に気付きもせず、飯田と変な踊りに興じてる。

なんだよ〜。
気付けよ〜〜〜!!
ちょっとくらいこっち見てくれてもいーじゃん!

仕方なく唄い続けるも、そのうわついた気持ちはつんくに見透かされ、激が飛んだ。
「コラ! 後藤!! 真面目にやれや」
「は〜い・・・ごめんなさい」
笑い飛ばしてくれるメンバー達。
その中に紗耶香もいたが、目が合うとすぐにそらされてしまう。
呆れられてしまったのかと、真希はしょんぼりとしてしまった。
クスクスと笑いながら、矢口が耳元で囁く。
「ごっちん、まぁ〜た紗耶香のこと考えてたんでしょ?」
「う・・・うん」
同じような立場であり、良き理解者の矢口はしっかりと「その」位置をキープしている。
真希は自分のツメの甘さを反省した。

レコーディングはそれでも続く。
真希もやっぱり紗耶香の方を見ずにはいられない。

今の納得いかなかったのかなぁ?

あ、笑った!!

う〜ん。やっぱりカッコイイ!

お!? 今の、ちゅ〜をおねだりするときの顔に似てるぞ!?

・・・なんでごとー以外の人にそんな顔見せるんだ?

始めはただ見ているだけでまだ我慢ができていた。
いつもの横顔じゃなく、唄ってる姿を正面から見るのもいいかなぁ〜? と。
しかし音が止まるたびに左を向くことに気付く。
そう、左にいる飯田の方を・・・

ほら、また。
・・・・!!!

その時に、事は起きた。

紗耶香にとってみればいつものノリだったのかもしれない。
皆にとっても取り留めないいつもの光景。
目がいってもすぐにそらして自分の作業に入る、その程度のものだった。
しかし常に紗耶香のことを見つめている真希は、運悪く(?)その後を見てしまったのだ。

- 公園 -

「うう〜〜〜」
再び込み上げてくるモノを押し殺した。
あんなヤツのことで泣いてなんかやるもんか!!
そんな思いで押し殺した。
「・・・紗耶香のバーカ」

いちーちゃんなんて、女たらしだし。
いちーちゃんなんて、ねぐせつけたまま街中歩いちゃうし。
いちーちゃんなんて、人の事言えないくらい大食いだし。
いちーちゃんなんて、おばさんくさいし。
いちーちゃんなんて、ごとーのこと見てくれないし。
いちーちゃんなんて、誰にでも優しくしちゃうし。
いちーちゃんなんて、1人じゃ怖くて寝れないくせに…まぁ、そこがまたカワイイんだけど。
いちーちゃんなんて、男の子みたい・・・でカッコイイんだよね。
いちーちゃんなんて・・・ごとーにメロメロなくせに。
いちーちゃんなんて・・・ごとーにはあまえてくれないくせに・・・たまにしか。
いや、それであまえてくれた時がまた、サイッコー! にカワイイのですよ!!
いちーちゃん・・・細い肩が骨張ってて、以外に筋肉が付いてて男の子みたいなんだケド、やぁらかくて。
抱きしめられると、すっごい安心しちゃうんだよね。
いちーちゃんのキス・・・メチャクチャ優しくて私は溶けちゃいそーになる。
いちーちゃんの声・・・私の耳をくすぐって、体の底から震えちゃう。
いちーちゃんの目・・・あの熱い目から離せない。
いちーちゃん・・・
いちーちゃん・・・
いちーちゃん・・・!!!

頭に浮かぶのは、真希が大好きなあのカッコイイ笑顔。
嫌いになんてなれない。
大好きだからこそ不安になるのだ。
決して信じていないワケではないのに。
確かに紗耶香には危険な魅力がある。
自由だから惹かれるのだろうが、その自由さこそが愛する者を不安にさせる。
紙一重の危険な魅力。
なんて人を好きになってしまったんだろうか。

「ちっくしょうぅ・・・いちーちゃんのバカ〜〜〜!!!」

「誰がバカだって?」

真希は驚き声の主を探す。
夕日を背に逆光。
少年のようなシルエット。
その影はあの日のように長く、長く伸びて真希の足元にとどく。

顔はよく見えないが、その声で誰だかわかる。
額に汗をにじませた紗耶香がそこにいた。
ゆっくりと、真希の方へと歩み寄る。
怒られる!!
真希は直感して身をすくませた。

大きな溜息をつくと穏やかな口調で真希に話しかける。
「・・・怒ってないよ」
そっと目を向けると、笑顔の紗耶香が見える。
「やぁっと、見つけた」
「いちーちゃん・・・」

真希が飛び出し、この公園にたどり着いてから1時間以上は経っているだろう。
すぐさま追いかけた紗耶香はその間走りっぱなし。
あてもなく、どこを探したらいいものか、やみくもに走り回っていた。
見つけられたのはまさに偶然。
いや、もしかすると必然なのかもしれないが・・・。

「ゴメン。なんか・・・よく分かんないけどさ、私が悪いんなら謝るよ」
最初は釈然としない部分も確かにあった。
しかし、紗耶香の行動が真希を苛立たせたのは事実。
走りながらずっと考えていた。
真希を取り戻すこと。
ちゃんと見つけ出して、分かり合うこと。

2人を照らした陽が落ちていった。
代って街灯が薄暗く紗耶香を映し出す。
瞳は切なげに真希を見下ろす。
「・・・ごめんなさい」
ペコリと頭を下げて真希も謝った。

夜風が通り抜けて紗耶香の汗を冷やすと、真希は手を差し出した。
紗耶香はそれに答えるように、目の高さを合わせて真希の前にしゃがみ込む。
「いちーちゃん、アリガト」
袖を伸ばして額の汗をふき取ってやる。
紗耶香はその手を掴むと自分の方へと引き寄せ、口付けた。

熱い舌が真希の中を溶かす。
きっと、こんなキスを味わえるのは自分だけなのだと思うと、全てが溶ける。
そして先ほどの光景に激怒したじぶんが、妙におかしくも思えた。

キスを迫る紗耶香に飯田が応戦。
一瞬2人の唇が触れた。
驚きつつもまんざらでもない表情の紗耶香に、真希はキレたのだ。
しかし所詮それはただのじゃれ合いで、いま交わしているモノとは明らかに違う。
その確認が出来ただけで真希は十分だった。
紗耶香を熱くさせるのは自分だけなのだと。

「行こうか」
手を取ったまま立ち上がる。
「・・・うん!」
ブランコが「キィ…」っと、枯れた音を立てた。
小さく揺れるそれは、まるで2人を見送って手を振ってる様にも見える。

「さっき思ったんだけどさ、後藤が怒ったのって、かおとちゅーしちゃったのが原因?」
真希の手にキュッと力がこもった。
それは無言の肯定。
「ま、言い訳にしか聞こえないだろうケド、アレは事故だから。私自身ビビッたしさ」
真希は無言のまま、紗耶香の話を聞いていた。
「かおが踏み込みすぎたんだよね。まぁ、避けきれなかった私も悪いんだけど・・・」
「もう…いいよ。分ってるから」
いつもの笑顔は街灯に照らされて、不思議と大人びて見えた。

「しっかし、あんな一瞬よく見てたな?」
「見てるよぅ! いちーちゃんの事はいつだって、一つ残らず!!」
大きな声に思わず紗耶香は周囲を見渡した。
幸い、人影は無い。
ポケットにつっこんだサングラスを軽く拭いて、真希に渡す。
「夜なのにサングラス?」
「昼でも夜でも後藤真希だろ」
「? 今はいちーちゃんのごとーだよ?」
夜の闇が言わせる。
「…その言葉、仕事が終わってから言おうな」
「あ!! レコーディング途中だったんだ!!」
「これだよ・・・行くぞ!」
呆れ顔がなんだか嬉しくって、サングラスはかけずに紗耶香の腕に絡まった。
「うん! 行こう!!」
「コラァ、サングラスかけろよ! バレんだろ〜が」
「いいの、いいの!」
「ったく・・・」
ようやくスタジオへと歩き出す2人。

なんだかんだと許してしまう紗耶香。
その優しさは皆のモノだけど、真希は確信していた。
「いちーちゃん、よくごとーがここにいるって分ったねぇ?」
「まぁな、メチャクチャ探したケド・・・」
「愛だね?」
さぁ、どう来るか?
クールなあなたは、こんなストレートな言葉に弱いはず。
きっと照れてそっぽを向くはず。
そして赤い耳を見せてくれるはず。

「そう、愛だよ」
ニッコリと微笑み返されてしまった。
赤くなるのは真希の方で、照れ隠しにサングラスをかける。
紗耶香の勝ち誇った顔をまたもや見ることになってしまった。

その顔が一番好きだなんて、絶対言ってあげない!!

〜みつめていたい(Restin' In Your Room)〜    -Fin-