ホーム / ハード /

ついに登場!保田が主人公の小説

コメディ編へ

カメラは排水溝の脇で肩を寄せ合って震えている子供達を映し出していた。
またどこかの国で内乱がはじまったらしい。
保田は眉をひそめて壁画スクリーンに見入った。
戦争や事故などのむごたらしいニュースが始まると
スクリーンの立体映像はすぐに自然の風景などのたわいもない映像に切り替わる。
この施設にいる「聖なる子」の心の平安を乱すからだ
画面の中では風が吹いている。微風だ。
スクリーンの中で子供たちは目を見開いてカメラを凝視している。
苦痛でもなく恐怖でもない死の間際の放心の表情。
風が中央にいる子供のかみをふわりと巻き上げた。
それが彼らの最後の映像だった。

一瞬の後子供たちは分子レベルまで分解し飛び散った。
あとには肉片や1滴の血すら残っていなかった。
スクリーンは自然の川を映し出していた。
足元を流れる幻の川を見下ろしながら保田は深いため息をついた。
殺された子供たちへの哀切はないが人の愚かさにたいする深い絶望感はあった。
この施設を1歩出ると人々は憎みあい傷つけあいながら暮らしている。それが世界なのだ。
「ケイちゃん?どうしたのため息なんてついて」
そこには心配そうに保田の顔を覗きこむ安倍の顔があった。

「ううん。べつになんでもないの」
「そう。それならいいんだけど」
この施設の中でも二人は特別仲が良かった。
「聖なる子」は五人いたが保田と安倍以外は感情が無いようだった。
だから保田も安倍もほかの「聖なる子」とは必要最低限の会話しかしなかった。
しかしそれがここでは普通なのだ。
消灯時間が近いことを示す赤いランプが壁画スクリーンの横で点灯する。
「また明日ね」
おたがいの個室に戻るため部屋をでる保田と安倍。
ここの施設には「聖なる子」の個室のほか食堂シスターたちの共同作業場などのスペースが20ほどある
さらにこの施設を取り囲むように12のドームがある。
12のドームとは1つずつ廊下でつながっているがすべて扉で閉ざされていて行き来することはできない
「聖なる子」達は外の世界を見たことがなかった。その世界に憧れを抱く者もいない。

外の世界は戦争、飢餓、貧困、病気、に満ちている。
それだけで外の世界を見たいという冒険心を押さえるのに充分だった。
しかし「聖なる子」は施設からそとに出られないだけで天に対しては開放されていた。
共有スペースの天井は透明樹脂でできていて昼は日の光を夜は星の輝きを感じることができた。
部屋に戻るとシスター中澤が部屋の椅子に腰掛けていた。
「おかえり」
普通シスターは「聖なる子」に対しては敬語を使っていたが保田は二人だけの時は普それをやめるように言っていた
中澤は保田や安倍の身の回りの世話をしていた。
「いよいよ。明日やな・・・」
「うん」
聖なる子は16歳になると神の儀式というものが行われる。明日で保田は16歳になる。
このことは子供の頃から聞かされていたがそれがどんなものなのか詳しくは知らない。
「私はなつみのところにいってくるわ」
「また明日ね」
部屋の扉がしまる時の電子音が妙に寂しかった。

神の儀式・・・・それがなんであろうとべつによかった。
それがすばらしい儀式であることは中澤から聞いていた。
保田は自分が安倍以外の他の「聖なる子」とは明らかに違うことを自覚していた。
そしてその理由も。
半年くらい前この施設に図鑑で見たことのある動物が迷い込んだことがあった。
生まれたときからこの施設で育っているがそんなことは始めてだった。
すぐにシスターが見たことの無い形をした金属を持ってきた。
そして穴のあいたほうを動物に向け何かを発射した。
するとその動物は血を流して動かなくなった。
この一部始終を保田も安倍もほかの「聖なる子」と同様なんの興味を持たずに眺めていた。
その日の夜中澤が安倍の部屋にこっそり保田を呼んでこんな話をした。

「二人は今日の出来事どう思いますか?」
「今日の出来事ってなに?」
不思議そうに首をかしげながら保田が答える
「あの動物のことです。」
「あれね。べつになんにも思わない」
安倍様は?
「わたしも」
「そうですか・・・」
・・・少しの間静寂の時間がながれた。
すると突然中澤が二人を思いっきり抱きしめた。
「ほんとにかわいそう・・・・」
そしてそのまま中澤がいろいろ教えてくれた。
死ぬということがどんなことか。そしてあの動物が死んだこと。
ほかにもいろいろ大事なこと・・・・・

その時から二人が他の「聖なる子」達とはすこし違ってきたのだった

今日の私どうしたんだろう?こんなに考え事をするなんて。
保田はふだんあまり自分について考えるということをしなかった。
ここでは考えるだけ無駄なのだ。
それはなぜ自分が生まれてきたかを考えるのと同じだった。
答えなんてあるのかすらわからないのだ。
生まれたときから食べ物にも困らず、美しい音楽と歌を聴いてそだったのだ
もう考えるのはよそう・・

静かな暗闇が保田の高ぶった気持ちを落ち着かせ静かな眠りへとむかわせるのだった。

その日の朝もいつもの時間に流れる小鳥のさえずりで目がさめた。
その五分後いつもと同じ時間に中澤がやってくる。
「おはよう・・・いよいよ今日だね」
心なしか中澤の顔がすこしさみそうに見える。
「なにかあったの?」
「ううん」
無理に作る笑顔が痛々しくて保田はそれ以上なにも聞かないようにした。
中澤はそれにきづいたのか足早にドアにむかいながら言った
「それじゃあ今日もいつものように9:00にホールな」
「うん」
神の儀式まであと12時間をきっていた。

毎朝9:00には美しい詩がきける。
保田はこの時間がすきだった。
ホールの扉が開きいつもの席に向かう保田。
安倍も含めた「聖なる子」達の尊敬のまなざしが保田に向けられる。
神の儀式を受けるものは尊敬されるべきだ。とシスターから何度もきかされている。
隣の席の安倍がうれしそうに保田に話しかける。
「今日だね。ケイちゃん。」
「うん」
昨日からの中澤の態度が気になったが
いままで一度も嘘をついたことのない中澤がすばらしい儀式というのだから保田もうれしかった。
保田が席についてまもなく少年がひとり現れた。今日の詩人だ
少年は淡いライトを浴びていた。
背はそんなに大きくなかったが美少年という言葉がぴったりの完璧な美しさだった。
この美しい少年からどんなすばらしい詩が聞けるのだろう。
しかし少年はいつもの詩人がもっているようなハープやフルートを持っていなかった。
「今日は特別に詩人ではなく言霊使いの方です。」
「聖なる子」達の疑問を察知したのかシスターから説明があった。
言霊使いの音楽は立体スクリーンでみたことがあった。
けれど直接聞くのはこれが始めてだった。

舞台の中央まで歩いてきた少年はそこで立ち止まりこちら側にむかって一礼した。
するとスピーカーから音楽が流れ出した。
少年は清みきった美しい目をしていた。音楽が流れると同時に少年の目に光が宿った。
その直後ホール全体が不思議な空気の流れに包まれていた。
笛の音にも風の音にも聞こえる神秘的な歌声が天空に駆け上がり
柔らかな春の雨のように輝きながら下りてくる。
保田は背中から腕にかけてさっと鳥肌が立つのを感じた。
小刻みに震えだす保田の手を安倍が汗ばんだ手で押さえた。安倍も同じ感情に襲われているようだった。
同じようにしてそだった「聖なる子」達は穏やかな表情で舞台を見ている。
自分たちだけが得たいの知れない感情に襲われているのだ。
涙でにじんだ目でもう一度安倍の顔をみる。
安倍の目から美しい雫が流れ落ちた。

そのとき保田と安倍は大柄なシスターに抱きかかえられ外に運び出された。
二人の感動は、はたからは異常な反応に見えたらしい。
それぞれの部屋に連れて行かれる保田と安倍。
保田はベッドに横たわり目を閉じて心を落ち着かせようとする。
だがかなりの時間がたっても保田の心は落ち着かなかった。
するとふいに入り口の扉が開き中澤が入ってきた。
中澤は落ち着いた様子でベッドの横の椅子に腰掛けた。
「安倍は?」
中澤が口を開こうとするのを保田がさえぎった
「かなり精神的に不安定だったけど今は落ち着いてる」
「そう。」
まだ震えている保田を見て中澤は髪の毛を優しくなでながらつづけた。

「今日の13:00に儀式の準備をするから・・・」
「うん」
儀式の行われる数時間まえに「聖なる子」は儀式のための準備室に移動させられる。
「それまで寝とき」
「そうする」
「寝つくまでそばにおったるわ」
「うん」
保田は今日襲われた感情について聞きたかったが聞かなかった。
聞くとなにか押さえていたものが心のそこから涌き出そうだった。
そしてすべてを壊してしまいそうだった。
保田はなにも考えないようになにも思わないように無理に眠りについた

準備室「聖なる子」達はそこを神室と呼んでいた。
そう呼ばれるゆえんはそこに入れるのは神の儀式を受ける当日の
「聖なる子」とそのシスターだけだったからだ。
保田はいまその部屋の中にいた。
中澤は儀式のための白銀の光沢を放つ柔らかな衣装を持って入ってきた。
「さぁこれに着替え」
「うん」
保田はあまり顔は美しいとはいえなかったが愛嬌のある可愛いらしい顔つきをしていた。
着替え終わった保田に中澤がいう。
「何かほしいものは?」
保田は少し考える。
「ものでなくてもいい?」
中澤はうなずいた。
「少年を」
「言霊使いの少年を」
保田がそう付け加えると、中澤は驚いたように目をしばたたかせた。
「今日の少年?」
保田はうなずいた。

少年はまもなくつれてこられた。
やはり完ぺきな美しさだった。
「聞かせて」
と言うと、少年はおもむろに歌い出した。
ホールで聞いた時のように音楽の伴奏はなかった。
少年の声だけだった。
それなのに伴奏があるときよりも美しくこころにしみわたってくる。
底知れない闇が現出したと思った瞬間、一転して輝きに満たされ、
当たりを取り巻く光の微粒子がうねりながらゆるやかに上昇した次には雪崩のように落ちてくる。
歌っている時の少年は美しさの上に力をもった、人を感動させる力を持った人間を超えた者にみえる。
少年は静かに歌うのをおえた。
しばらくの間保田は少年を呆然と見つめていた。
歌い終わった少年の姿はただの美しい少年にもどっていた。

「私も歌いたい」
と保田はつぶやいた。
「え?」
少年は驚いたように保田をみた。
「聖なる子」は歌うことや楽器の演奏を許されていない。
その理由はそれが苦しみを伴うからだった。
練習の苦しみ、そして音の魅力に引き込まれそれを極めようとして味わう苦しみ。
そばで聞いていた中澤はなにも言わずに部屋から出ていった。ありがとう中澤
「私も歌いたい!」
今度は力強く言った。
すると少年は少し戸惑ったような顔をしたがすぐに発声の仕方を教えてくれた。

「じゃあまず私の後について発声してください」
少年は保田に音階をおしえた。
「こんなことよりあなたが歌ったような歌が歌いたい」
「無理です」
少年は即座に答えた。
「どうして?」
「あの歌を完ぺきに歌うには最低7年はかかります。」
そう聞いたとたん保田はやる気をなくした。
「もう、いいの」
「やれよ。歌いたいっていっただろ」
保田は唖然として少年をみつめた。心臓が激しく打って、こめかみがずきずきと痛んだ。
今までこんな乱暴な言い方をされたことは無い。
少年の瞳のなかに歌う時に見られる輝きが宿っていた。
「もう時間がないんだろう?これが最後の望みなんだろう?」
「最後の・・・・」
保田は意味がわからず少年の瞳をのぞきこんだ。
少年ははっとしたように保田の顔を凝視しそのまま膝をついて頭をたれた。

しばらくして凍りついたような顔を上げた。
そしてさっきとは違う短い曲を歌いだした。
少年はその発音の仕方からビブラートの使い方息継ぎの場所などを教えた。
二時間もすると保田は歌えるようになっていた。
体験したことの無い喜びだった。
美しい花を見、美しい曲を聴き、美しい物を着るよりも、
さらに深い何か心の底から滲み出してくる喜びだった。
少年は微笑んだ。保田は何度も繰り返し歌った。
しかし喜びは続かなかった。
やっと歌えるようになったというのに、
その声は少年のだす人の心の深部に染み入るような深い感情を持ってはいなかった。
「3年目あたりから本当の歌声になるんだ」
「3年・・・・」
その年月は保田にとっては永遠のような気がする。
「私は二十七年歌っている」
少年はどう見ても13、4歳にしか見えない。
その少年がどうやって二十七年も歌えるのだろう。

そんな保田の疑問を感じ取ったのか少年はおもむろに腰に手をやって金具をはずし
ズボンをさげて自分のからだをみせた。
保田は凝視した。
少年だとおもっていた彼はまだ子供の体のままの少女だったのだ。
「この通りだ」
少年は唇に薄い微笑みを浮かべた。
「人工的に第二次性徴をとめられている。私達言霊使いは一代限り。
繁殖を抑制されることで生存を許されている」
哀しげにそれだけ言うと手早くズボンを引き上げた。
保田には少女の言葉も、なぜ彼女が自分の体をみせたのかも、
そして彼女の悲しみも何一つ理解できなかった。

するといきなり少女は保田の腕をつかんで抱き寄せ耳元でささやいた。
「逃げる気はある?」
少女はそう尋ねた。保田は目をしばたたかせた。
「行きたいか?殺されるのはいやだろう」
わけがわからず保田は少女の手を振り解こうとしたが、少女は力をこめて話さなかった。
「神の儀式と聖なる子の存在する意味だ」
「どういうこと?」
「君は殺される」

保田には少女が何を言ってるのかわからなかった。
「聖なる子の存在する意味は体の中の臓器を育てること。
そして神の儀式でその臓器を取り出し移植するんだ。」
意味がわからないまま保田は少年をぼんやりとみつめる。
「どういうこと?なぜそんなことがわかるの?」
「みんな知ってることさ。聖なる子以外は。
臓器移植の歴史は人工臓器の開発よりすっと古いけどいまだに行われている。
移植されて人の体にフィットしてしまえば樹脂製のものより快適だからさ。
人工臓器よりずっと高くつくけど金のある人間や社会的な重要性を認知されている人間はまずこっちを選ぶ」
保田は少女の言ってることがまだ理解できない。
「聖なる子っていうのは・・・・」
「そうあなたと血液型がよく似ていてそろそろ自分の内臓の機能が落ちてきたんで
取り替えたがっている上流の人々や成金のための子供達」

驚きと恐れがゆっくりと這い上がってきた。
聖なる子は外の世界の人より大切に育てられているのはスクリーンを通して知っていた
しかし本当に大切なものというのは、「聖なる子」自身ではなくこの体の中にある内臓だったのだ。
「あなたが供給するのが心臓なのか、肝臓なのか、脳なのかとにかく身体の中のどれかだ」
「脳?」
「もちろん人格にかかわるところはつかわないけど、運動機能に関係するところは昔から使ってる
今世紀初頭にパーキンソンニズムが消えたのは、脳移植が普及したからさ。
つまりあなたは、その大切な内臓のパッケージに過ぎないんだ・・・」
保田はなにがなんだかわからなくなった。
体中の力が抜けてその場に膝をついた。
確かなのは自分が殺されるということだ。
死への恐れは無い。しかし自分が内臓のパッケージに過ぎないと言う少年の言葉が、
何か得たいの知れない絶望感を伴って胸に吹き上がってきた。

少女は少し息を吸い込んで尋ねる
「生き延びる意思はあるか?ここにいる何倍もつらいとおもうけど・・」
保田は答えられなかった。生か死かという選択の問題ではない。
生と死に関わる根本的なものが、今時分の中で急激に風化していくのを感じる。
少女は保田の腕をとって自分のほうに振り向かせた。
「余計なことを言ってはならないというのが私達の職業倫理だ。
聖なる子は下界の価値観とは異なるところで生きる。
しかし本当のところは私達となにも変わってはいない。
同じように迷ったり、何かをもとめたりしている。
あなたは聖なる子でも臓器のパッケージでもない。
なにも知らずに生きてなにも知らずに殺されていくだけだ。
真実を知った以上、ここからあなたが逃げてくれないと私はたぶん死ぬまで後悔すると思う」
保田の身体は小刻みに震えていた。