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フェアウェルの城


第一話

真希は、浮かない気持ちでコンサートのリハーサルに臨んでいた。
「今日、ファンのみんなにもばれちゃうんだ、紗耶香さんのこと」
今ごろ、インターネットの掲示板は大騒ぎだな・・・。
そう、人気絶頂のモーニング娘。から、市井紗耶香が突然の脱退を
表明したのだ。一般より一足先に、メンバーには事実が知らされていた。
そして、一番大きな衝撃を受けたのは、教育係として最も近い立場にいた
真希であった。事実を紗耶香の口から聞いたとき、真希はしばらく
顔を上げることが出来なかった。ひきつけを起こすぐらい泣いた。
誰がなだめても収まることはなかった。

紗耶香の脱退理由は「音楽製作の勉強のために留学する」というものだった。
しかし、真希をはじめメンバーにとっても、その理由はとても
不自然なものに思えた。紗耶香の夢だから、と無理やり納得するしかなかった。
事実、紗耶香は終始笑顔で、決して涙を見せなかった。
その笑顔の裏に、より深い悲しみが隠されていることを、
メンバーが知る由もなかった。

それから、淡々と日々は過ぎていった。
いつものように、TVの収録に臨む紗耶香。時折、脱退のことも話題に
のぼるが、明るく「自分も、新しい夢を追いかけたい」と語るだけだった。
真希は、紗耶香との最後の時間をなるべく二人で過ごすようにしていた。
実は、真希は紗耶香に対して、教育係という師弟関係を超えて、
愛情に近い感情を抱いていたのだった。そして、その気持ちは
紗耶香も薄々気づいていた。

収録での明るさとは打って変わって、二人の時には物憂げな表情を見せる紗耶香。
そのギャップを知るのは、真希とリーダーの裕子だけだった。
裕子は、そんな紗耶香の気持ちを知ってか知らずか、なるべく
その話題に触れないように明るく努めていた。
そんな裕子の様子も、真希には耐えられなかった。

二人きりの楽屋。真希は、思い切って紗耶香に尋ねてみた。

「紗耶香さん?脱退の理由・・・どうしても納得いかないの・・・。
真希だけには、聞かせてくれない?本当の理由・・・」

二人の間に、長い沈黙の時が重くのしかかった。
・・・やがて、紗耶香が重い口を開いた。

「詳しいことは言えないんだ・・・。でもね、ひとつだけ・・・」
「ひとつだけ?」
「・・・あたし・・・結婚するんだ」
「・・・結婚?どういうこと?相手は?」
「・・・ごめん。それ以上は・・・」
「な、何でそんな大きなこと相談してくれないのよ、仲間じゃないの?」
「・・・・・」
「あたしの気持ち、知っててくれてると思ってた」
真希の脳裏には、優しくしてくれた紗耶香の姿が思い出されていた。
練習や仕事の時も、プライベートでも、いつも優しかった・・・。

そんな真希の思いを振り払うように、紗耶香は続けた。
「・・・・・ごめん、仕方ないのよ」
「仕方ないって?あたし、あたし、紗耶香さんを・・・」
「それ以上苦しめないで・・・。辛くなっちゃうよ、あたしも、真希も」
「・・・」
会話は、ここで途切れた。詳しいことは全く分からないものの、
紗耶香が結婚しなければならない、ということだけは明らかとなった。

「ねえ、裕ちゃん」
「ん?何やごっちん。どないしたん、目腫れてるで」
「ううん、何でもないんだけど・・・ちょっといい?
あの、紗耶香さんのこと・・・。」

紗耶香の名前を出した途端、裕子の顔が曇った。
「何?紗耶香が何かしたんか?」
「・・・裕ちゃん、知ってたの?紗耶香さんのこと」
「あんた、紗耶香から聞いたんか・・・。あちゃ〜・・・・。
誰にも言うたらあかん、言っといたのに・・・」
「教えて!!お願い、教えてよ、裕ちゃん!!!」

真希は裕子にすがりついた。
「・・・ダメや。あんたには教えられへん」
裕子は厳しい口調で真希に言った。
「どうして?ねえ、どうして・・・」
「これはウチらが口出しできる問題ちゃうのよ、ごっちん。
わかってえな。ウチも辛いのよ・・・。」

結局、裕子からも満足の行く回答を引き出すことが出来ず、
真希は悶々とした日々を過ごすことになった。
そんな折、ある手紙が裕子の元に届けられた。

「何や、これ・・・」
封筒には今時似合わない薔薇のプリントが入っていた。
裕子は、不審に思いながらも封を切って、中の便箋を取り出した。
「!!」
中身を一目見ただけで、裕子は便箋を元通りに封筒に戻し、
カバンの奥にしまった。
「ウチだけが、知ってればいいことや・・・。ごっちんとか、
危ない目に遭わせるわけにはいかん。紗耶香には、申し訳ないな・・・」

思わず呟いた裕子は、カバンを閉めると部屋を出た。
裕子が出たのを見計らって、部屋に入ってきた人物がいる。真希だ。
「危ない目って・・・どういうことなの?」
一部始終を覗いていた真希は、いけないことだと知りつつも、
裕子のカバンを開けて手紙を盗み見しようとしたのだ。
「裕ちゃん・・・ごめんね」心の中で謝りつつ、封筒を開いた。

「何、これ・・・?」
開いた便箋には、赤いインクで次のように殴り書かれていた。

『 約束通り 21日の夜23時 サヤカを貰い受ける
此れは命令であり 叛いた場合想像を絶する
災いが諸君に降りかかるであろう
フェアウェル 』

読み終えた真希は、直感的に背筋に寒いものを感じていた。
何か、大きな力で紗耶香を奪い取られそうな感覚・・・。

「フェアウェルって誰?それよりも、『貰い受け』って・・・。
21日には逢えなくなっちゃうってこと?」
事の次第はますます分からない。しかし、間違いなく、
紗耶香とは逢えなくなってしまう・・・。

真希は手紙を握り締め、紗耶香の元へと走った。

紗耶香は一人で本を読んでいた。
そこへ、息を切らせながら真希が駆け寄ってくる。
「ハァ、ハァ、・・・紗耶香さん」
「どうしたの?そんなに慌てて・・・」
紗耶香は落ち着いた様子で訊ねる。
真希は、一度大きく息を吐き出してから、紗耶香に
手紙を見せた。瞬間、紗耶香の表情が変わった。

「それ・・・。どこから?」
「裕ちゃんには悪いけど、勝手に覗かせてもらったの・・・」
「・・・そっか。もう、シラも切りとおせないな・・・」
「今度は、教えてくれる?」
「ダメ。あんたを危ない目に合わせるわけにはいかないもの」
「どんな危ない目に遭ったっていい!!」
真希は絶叫する。その迫力に押されたのか、紗耶香は観念した表情を浮かべて
話し始めた。自分の出自、そして手紙について・・・。

「・・・これだけは約束して。私がどうなっても、真希はこのことに
深入りしないで。じゃないと、話すわけにはいかない。約束できる?」

「・・・わかった・・・。誰にも言わないし、深入りしない・・・」
真希が返事をすると、紗耶香は語り始めた。

「あたし、出生にいろいろ複雑な事情があったのよ。
生まれは千葉ってことになってるけど、実は外国なの」
「外国?紗耶香さん帰国子女だったの?」
「と、言うよりはハーフかな。物心ついたときは日本にいたけどね。
生まれたのは、ヨーロッパの小さな国。母が、その国に住んでいて、
現地の貴族と恋に落ちて、そして私が生まれた・・・みたい。
それを証明するものは、この指輪ひとつだけなの。お父さんの形見らしいわ」

そういって、紗耶香はポケットから小さな指輪を取り出して真希に見せた。
「キレイな彫刻ですね・・・。宝石は・・・エメラルド?」
真希は指輪をまじまじと見つめながら尋ねた。指輪に付いている緑色の宝石は、
美しい彫刻が施されている。
「違う。これは、翡翠っていうの。南米とかでは仮面に使われてたのよ」
「ふーん」

「それでね・・・。私は全然知らないんだけど、どうやら生まれた時に
そこの貴族の家と婚約してたらしいの・・・。笑っちゃうでしょ?
顔も知らない、偉い人と結婚なんてね・・・」
「・・・・・」
「当然、断った。でも、向こうはどうやらその国の独裁者らしいのね。
それで、いろいろ危ない目に遭った。」
「警察は?何やってるの?」
「日本の警察にも圧力をかけてたみたい。何か、外交的な弱みを握ってる
みたいでさ。結局、あたしたち何も出来なくなっちゃって。」
「ひどい・・・」
真希は今にも泣きそうである。

紗耶香はなおも話しつづける。
「ホントは・・・結婚なんかしたいわけないじゃん。まだ16だよ!?
恋もしたいし・・・。気になる人も身近にいたのにね」
真希はポッと顔を赤らめた。

「あかんな・・・。何から何まで喋ってしまいよって」
背後からの裕子の声に、真希は驚いて振り向いた。
「人のカバンの中なんて、漁るもんやないで、全く」
「イテッ・・・ご、ごめんなさい」
真希の頭を軽くはたくと、裕子は紗耶香のほうに近寄った。
「・・・裕ちゃん、ごめんね。いろいろ迷惑かけたのに」
紗耶香が神妙な顔で謝った。

「気にすることない。あんたの秘密知っとったの、ウチだけやし」
裕子は紗耶香に向かって微笑むと、真希のほうに振り返って言った。
「ええか、ごっちん。誰にも言ったらあかんし、深入りしてもあかん。
これは紗耶香の問題や・・・。ウチらがでしゃばって、紗耶香の身に
何かあったら洒落にならんやろ。」
真希は黙って頷いた。

裕子が去ったあと、紗耶香は真希を呼び止めた。
「真希!!ちょっと・・・」
「何?紗耶香さん」
「これ・・・」
そう言うと紗耶香は真希の手に何か握らせた。

「これは・・・形見の指輪じゃない・・・ダメよ」
「いいの、あたしは生まれた国に戻るわけだし。それよりも・・・。
あたしのことを、忘れないで欲しいから・・・」
真希は、頷くと紗耶香の胸に縋りついた。
「あたし、ぐしゅ、紗耶香さんのこと、絶対忘れないでしゅ・・・」
紗耶香は、泣いている真希を抱きしめた。
「あたしもだよ・・・真希・・・」

5月21日。泣いても笑っても、その日は市井紗耶香の脱退の日である。
真希も、紗耶香も、みな最後のステージを盛り上げようと必死に頑張った。
「いつか絶対戻ってくるから、あたしのこと忘れんなよ〜〜!!!」
紗耶香は客席に向かって絶叫する。最後まで、涙は見せなかった。
花束を持って現れた他のメンバーは、みな涙でグシャグシャだったのだが・・・。
こうして、表向き、紗耶香のラストステージは終わった。

23時。メンバーたちはすべて帰り、裕子と紗耶香だけが残った。
「いよいよ、やな・・・」
「裕ちゃん、帰ったほうがいいよ。何があるか分からないんだし」
「アホなこといい。あんたのこと見届けんで、何がリーダーやねん」
「・・・ほんと、アリガト。」
「・・・気にすんなや・・・」裕子は涙ぐんでいるようだ。

突如、部屋の明かりが消えた。
「な、何やねん!!!」
外から、ヘリコプターの爆音とともにまばゆい光が漏れ出してくる。
やがて、ヘリからハシゴが降ろされ、一人の男が降りてきた。

男は銀色の仮面をつけ、タキシードにマント姿。
「ははは・・・。まるでオペラ座の怪人やな・・・」
裕子が呆れたように呟く。

男はゆっくりと窓に向かって近づいてきた。
流暢な日本語で何やら問い掛けてくる。
「ご苦労だったね。命令には従っていただけるのかな?」
「くっ・・・」
「じゃ、約束通りサヤカは戴いて行くよ」
「(・・・ごめんな紗耶香。ウチにはどうすることも出来へん)」
「(いいの、裕ちゃん。今までありがと・・・。)」

窓から入り込んだ男は、すばやく紗耶香を担ぎ上げると、
再び窓から外へ出て行った。
紗耶香も、無理に抵抗することなく

そのとき、である。

ヘリに乗り込もうとした男が急に立ち止まった。
「ネズミが一匹、隠れてるようだな」
窓の脇の花壇のほうを睨んでいる。
裕子が声をあげる。
「ごっちん!!ダメや!!」

その瞬間、金属バットを持った真希が男めがけて走り出した。
真希はバットを振り上げ、男の肩口を勢いよく打ち据えた。
しかし、男は微動だにしない。
「下らんな」男は冷笑すると、真希の足元を蹴り上げた。
真希は宙を一回転して地面に転がる。
「真希!!や、やめて」紗耶香が男に哀願する。
「しょうがない。フィアンセのお願いだからな。ハハハハ」
男はそのまま紗耶香とヘリに乗り込んでいった。

ヘリがもう一度大空へと飛び立って行くそのとき、
真希はよろよろと立ち上がり、ヘリに向かって叫びつづけた。
「さ、紗耶香さん・・・紗耶香ーーー!!!」
真希はふらつきながらヘリの後を追おうとしたが、すぐにその場に倒れた。
裕子がすかさず駆け寄り、真希を抱き起こす。
「・・・あんたの辛い気持ちはよく分かる。でも、どうにもできないことなんや」
真希は、ひたすら泣きながら、紗耶香の名前を呼びつづけた。


第二話

数日後。
今までろくに勉強をしたこともない真希は、図書館に
篭りきっていた。美術、地理、歴史・・・。
あらゆる文献を漁り、「紗耶香の国」について調べる。
手がかりは、裕子に届いた手紙と、紗耶香がくれた指輪に
刻まれた彫刻だけだった。封筒の薔薇のマークと、指輪の彫刻とが
一致している。このマークが、その国の手がかりとなる、と直感したのだ。

「えーと・・・。あった。これだ」
その国の名前は『フェアウェル公国』といった。
700年程前から、フランスやオランダ、ベルギーの間に挟まれて存続している
小さな国家である。面積はちょうど日本の横浜市くらいの大きさで、世界でも
最も小さな国のひとつである。薔薇のマークは国旗の図案になっている。
山間の小国家で、観光がメインの産業となっているようだ。

「・・・遠いな・・・」
日本からの距離を考えて、ページをめくりつつ真希はまた溜息をついた。

「・・・・・ん?」
いつのまにか、眠りに落ちていたようだ。真希は顔をあげると、
辺りを見回した。もう閉館間際で、人は一人もいない。
『いつの間にこんな時間・・・。帰らなきゃ』
帰り支度をして、真希は足早に図書館をあとにした。

暗い夜道を一人で歩きながら、真希は紗耶香のことを思い出していた。
『今ごろ、紗耶香さん何してるんだろう・・・。いきなり外国に
連れてかれちゃって・・・。』
物思いにふける真希に、背後から迫る怪しい影に気づくことは
不可能であった。

突然口を塞がれ、真希は驚きとともに絶句した。
大男が背後から忍び寄っていたことに、全く気づかなかった。
「来て貰おうか」
男は、真希の口を塞いだまま、薄暗い路地に引きづり込んだ。

真希は乱暴に放り投げられて尻餅をついた。
「キャ!!・・・・イ、イテテテ」
「大声を出しても無駄だ」男は冷たく言い放つ。
「・・・な、何よ・・・紗耶香さん、連れて行けたじゃないの。
それで満足じゃないの?」
真希は憎しみを込めた口調で男を罵った。
男は薄笑いを浮かべながら言う。

「どうやら、あの方の『持ち物』が足りなかったらしいんだ。
この国であの方の事を知るのはお前ともうひとり、あの女だけだからな」
『あの女・・・裕ちゃんか・・・ってことは、裕ちゃんも危ないの?』
裕子のことを心配しつつ、自分の身が一番危険なことは十分察していた。

「『持ち物』って、何なのよ・・・あたしは何も・・・」
「とぼけるなよ、お嬢ちゃん。小さな緑色の指輪を見たことはないか?
あれがなくては、我が国の悲願は達成されないのだ・・・おっと、喋りすぎたか。
では、死んでもらってからゆっくりと探すとするか」

男はそこまで言うと、顔から一切の笑みを消し、真希に向かって近づいてきた。
真希は必死で逃げようとするが、路地の奥は行き止まりだった。
男は、ゆっくりと真希の首に両手をかけ、そのまま持ち上げる。
「・・・んんんぐぅ、はぁ・・・」
真希の意識が薄れていく。
『さ、紗耶香さん・・・。もう、逢えないの・・・?』
脳裏には、出逢った時から別離までの紗耶香の顔が走馬灯のように
流れていった。このまま、もう逢えないの・・・?

真希は、気を失っていた。
一発の銃声が、真希の耳に届いたのはその数秒後だった。

「・・・・・・生きてる?」
「気が付いた?あんた、深入りすな、ってゆうたのに・・・」
『裕ちゃん?』

ここは裕子の部屋。真希はベッドに寝かされていた。
すんでのところで、裕子に助けられたようだ。

「・・・助けてくれて、ありがとう・・・」
「しばらく、ここに隠れとき。ここなら、まあ大丈夫やろ。」
「裕ちゃん、どうやって助けてくれたの?」
「どうでもエエやんか、生きとるんやから」

裕子はごまかしたが、真希がこれ以上問題に深入りすることを恐れていた。
『これ以上この子にウチのこと、知られるわけにはいかんわ。
それにしても、ウチだけやなくごっちんにまで手を出してくるとは・・・
向こうもあせっとるみたいやな・・・。』

真希は、そんな裕子の言葉を察しつつも、強い決心を込めて言った。
「・・・それじゃ、ダメ。裕ちゃんにも、迷惑掛けっぱなしだし・・・。
どうしてあたしたちが襲われなきゃならないのか、紗耶香さんがあんなに
急に連れていかれなくちゃいけないのか、納得いかないよ・・・」
「かといってな、どうにもできんのよ・・・」
「あたし、これ持ってる」
真希は紗耶香から受け取った指輪を見せた。
裕子の顔がこわばる。

「あんた・・・それ・・・」
「紗耶香さんから、思い出の印として、もらったの。
あたしを襲ったヤツ、この指輪を狙ってるみたいだった」
「もう・・・あんたそんな大事なことを何で早く言わんの!!」
「裕ちゃんだって何にも教えてくれないじゃん!!」

「しゃあない、ウチが知ってること全部教えたるわ」

裕子は、意を決したように語りだした。
「紗耶香の素性、モーニング娘。に入る時からウチだけは知ってた。
あの子がどこぞの貴族の血筋で、訳あって日本に来とるっちゅうことはな。
その訳っちゅうのがな、どうやら権力闘争らしいねん」

紗耶香の父は、フェアウェル公国の元首だった。権力を巡っての闘争は
古今東西、どこの世界でも付き物である。
その座を狙ったのは、紗耶香の叔父に当たる、現在のフェアウェル大公その人だった。
温厚な兄を疎ましく思ったのか、大公は兄に毒を盛った。
国民には病死と発表して、自らが大公の座についたのだ。
紗耶香は前大公の唯一の子だった。身の危険を感じた母親が、
速やかに日本に連れ帰ったというわけだ。

「それだけやないで」
裕子が続ける。
大公が替わってから、外交的にも内政的にも、その国は大きく変化を遂げた。
さまざまなスキャンダルを仕掛け、弱みを握って大国を手玉に取り、
国民には重税を課して搾取する。かつての山間の平和な国は一転、
国際的な陰謀の巣となっていた。

「紗耶香さんはどうしたの?」
「ああ、あの子は、つい最近まで知らんかったらしいわ、自分の素性。
聞かされたのはつい、半年前くらいちゃうかな・・・」
半年前といえば・・・。プッチモニで厳しい合宿をこなしていた頃である。
あの時の紗耶香のストイックなまでの姿勢・・・。
突然の境遇の変化に戸惑い、それを振り払うかのように練習に打ち込んでいたのだろう。

「それで、先方に紗耶香のことがバレてな・・・。いろいろ手を打ったんやけども、
結局あかんくて、紗耶香を脱退させることになってしもうた。これは、ウチの責任や」
「そんなこと、言わないでよ裕ちゃん・・・」
「結局、紗耶香とその叔父さんとが結婚することで、何とか紗耶香の命を
守ろうとしたんちゃうかな・・・。そして、その指輪も手に入る」
「この指輪は、何なの?紗耶香さんだけが目的なら、奪う必要もないのに」
「そこまではウチも知らん。ただ、何やら大事なもんであることだけは確かや。
・・・これが、ウチの知ってる全て。納得した?」
「納得できるわけないじゃん。そんな理不尽なこと・・・」
「仕方ないんや・・・。相手はマフィアよりよっぽどタチ悪い。
警察も頼りにならん。自分の身を守るのやったら、係わり合いにならんことや。
さ、指輪を渡しい、ウチが何とかするから。今日はとりあえず寝よ寝よ」
真希から指輪を取り上げると、裕子は電気を消した。


第三話

朝、裕子が目を覚ますとすでに真希は姿を消していた。指輪とともに。
「・・・やっぱりな、もう、ウチの言うことなんか聞かへんか、ごっちんは。
そうくるのやったら、ウチにも、考えがあるで・・・」
裕子は拳銃の弾を確認すると、ポケットに押し込み、ゆっくりと部屋を後にした。

一方、真希は、虚ろな表情で街をふらついていた。
目の焦点が定まらず、まともに考えることも出来ない。
すれ違う人に肩をぶつけられ、尻餅をつく。
「イッタァ・・・」
起き上がろうとした真希。
その目の前に、手を差し伸べる見慣れた顔があった。
「どうしたの、真希」
「圭・・・ちゃん?」

圭の部屋。
「どうしたの?そんなに青い顔して」
圭は、真希にコーヒーを差し出しながら、優しく問い掛けた。
「紗耶香がいなくなったからって、あんたまでそんな落ち込んでちゃ、
紗耶香に顔向けできないよ?」
事情を知らない圭は、紗耶香のことを引き合いに出す。
紗耶香の名前に反応した真希はうつむき、口を閉ざした。

「真希?・・・どうかした?」
圭の言葉を聞いて、真希は自分の瞳から涙が流れ出していることに、
初めて気づいた。裕子の言葉だけでは納得できない、いろいろな感情が、
キャパシティの限界に達していたのだ。圭に優しく言葉をかけられ、
今まで押さえつけてきた感情が一気に溢れ出したのである。

以前から紗耶香の脱退について不自然さを感じていた圭は、
真希のこうした変化を見て並々ならぬ事情の存在を確信した。

「・・・あぁ、やっぱりそうね・・・。分かったわ。うん、ありがとう」
そう言うと圭は電話を切った。真希は会話の中身を聞いていないが、
圭の態度がいつもと違うことには気づいていた。
圭は、真希のほうへ向き直るとゆっくりと語り始めた。

「この話・・・やっぱりおかしいわね。まず、突然すぎるわ・・・。
それに、いつもはしつこいくらいTVカメラが回るのに、紗耶香のときは
全くといっていいほど回ってない。TV局が立ち入れない、何か特殊な事情が
あったのよね」
独り言のように語りつづける圭の言葉は、しかしながらいちいち当たっていた。
今回の件はいわば国家間の問題であり、TV局が介在できる余地はない。

圭は、なおも続ける。
「そして、紗耶香から何の連絡もないわ。イギリスに留学するって言っておいて、
到着するなら私たちに何か連絡があってもよさそうなものでしょ?
何か・・・臭うわね」

真希は、たまりかねて口を開いた。
「圭ちゃん・・・もうやめてよ!そんなこと言って、何になるの?」
その言葉に反応してか、圭は真希のほうに向き直り、続けた。
「・・・真希、私の情報力を馬鹿にしてる?あなたのしてること、
知らないと思ってる?」
圭も、独自に情報を収集していたのだ。真希や裕子の態度がおかしいと思った
そのときから、紗耶香の境遇や裕子の正体まで、圭は把握していた。
それを全く感づかせないほど、圭の行動はノーマークだった。

「・・・じゃあ、どうしろって言うのよ・・・紗耶香さん、確かにどっか遠くに
連れてかれちゃった。あたしに、それをどうしようもないじゃない!!」
逆切れした真希を見て、圭は厳しく言い放った。
「あんた、紗耶香に逢いたいんじゃないの?二度と逢えなくてもいいの?
このままいけば、紗耶香の命だって危ないのに・・・。私も、仲間のピンチだし、
何とかしてあげたいと思ってる。でも、肝心のあんたが、煮え切らない態度じゃ
どうしようもないわね。あんた、紗耶香が好きだったんじゃないの?」
圭には、お見通しだったようだ。真希の瞳から、再び涙が零れる。
そんな真希の肩を優しく抱いて、圭はこう言った。
「あんた次第よ。私は手伝う。紗耶香を、取り戻す?」
真希は、涙と鼻水を拭いながら、大きく頷いた。

「・・・圭ちゃん・・・」「ん?」
「何で、そんな詳しいことまで知ってるの?」
真希の問いに、圭はニタァ〜っと笑って答えた。
「ま、裏の仕事、ってやつですか〜?モーニング娘。に入る前に、
いろいろとね♪あの頃は私も若かったわ〜」
「はは、ははは・・・」真希も、笑うしかなかった。

表情を引き締め、圭が続ける。
「それで、私と真希だけじゃいささか心細いわ。タンポポとなっちは
協力してくれるはずよ。私と同じく、彼女らにも裏の顔があるからね」
真希は、メンバーのことについて全く知らなかったということに、唖然とした。
『この人たち、何なの?』紗耶香や裕子も含め、謎だらけだ。

やがて圭の部屋には、立て続けに圭織、なつみ、真里が集まってきた。

「・・・私は降りるわ・・・危険すぎる」
圭から事のあらましを聞かされて、最初に言葉を発したのは真里だった。
すかさず、圭が説得を試みる。
「どうして?相手はさすがに手ごわいけど、それなりの見返りがあるはずよ?」
「それにしても、リスクが大きすぎるよ・・・命あっての商売だからね」
そういうと、真里は立ち上がって部屋を後にする。
「また、いい話があったら誘ってよ。今回のことは忘れる」

真里が去ったあと、圭の部屋には重苦しい雰囲気が漂う。
長い沈黙のあと、圭織となつみが小声で話し始めた。
「・・・ちょっと、ちょっとカオリ」
「何?なっち」
「どうするべか?」
「えっとぉ、カオリもやっぱり怖いけどぉ、紗耶香が怖い目にあってるんだったら
やっぱり助けてあげないとぉ、駄目かなぁ〜」
「そうだべ?なっちもそう思うべ。おっかないけど、面白そうな仕事でもあるべさ」

二人の会話を聞いていた真希は、つい吹きだしてしまう。
「真希は初めてか・・・。この二人が仕事をする時はいつもこうだよ」
圭は微笑みながら立ち上がると、全員に向かって言った。

「相手はヤバいけど、他ならぬ紗耶香と真希のためだし、がんばっていこうか」
「おー!!」圭織となつみが応える。
「みんな、ありがとう」真希は頭を下げた。

「んじゃ、いつもの通り現地集合で。真希は私が連れて行くから安心して。
圭織、今度は場所を間違えないでね」
「んも〜圭ちゃん、もう大丈夫だよ〜」圭織は頬を膨らませる。
部屋の中は打って変わって明るい空気に包まれた。

なつみと圭織が帰ったあと、圭はカバンを取り出し、真希に渡した。
「これ、使い方教えておくわ」
カバンの中には、いろいろなものが入っていた。
さまざまな国の通貨、偽造パスポート、変装用具、小道具・・・。
中でも真希の度肝を抜いたのは、これだった。
「ピ、ピストル・・・?」
「そうよ。自分の身は自分で守る。それがこの世界の鉄則よ。
ただし、むやみに使っちゃ駄目。どうしても、使わざるを得ない状況でだけ、
使うのよ。出来るだけ、自分も相手も殺さなくていいように」

自分が裏の世界に一歩足を踏み入れてしまったことに対する恐怖と不安、
興奮で、その晩、真希はなかなか寝付くことが出来なかった。

翌朝。
チャーター機を使って、一路紗耶香の国を目指す。
圭の財力、行動力、スピードに真希はただただ驚くばかりだった。
ともあれ、真希は紗耶香の待つ国へと、ついに旅立つことが出来たのである。


第四話

フェアウェル城は、フェアウェル公国のほぼ中央、
山々に囲まれた盆地の中に聳え立っている。
城の背後には大きな湖があり、湖から流れだす川が
自然の堀となってより堅固さを増している。
特に目を引くのは、地上100メートルはあろうかという巨大な2本の塔である。
西側の少し低い塔、通称「西の塔」の最上部にある個室は、
東の塔から渡されている渡り廊下から以外には行くことが出来ない。
東の塔は、フェアウェル大公の居城であり、政庁でもある。
そして、西の塔に、紗耶香は幽閉されているのだった。

銀色の仮面を被った男が、セクシーな女を従えて渡り廊下を歩いていく。
紗耶香の部屋の前に立つと、ドアから電子音声が聞こえてくる。
「・・ショウゴウシマス・・」
ドア上部にあるメカが仮面に埋め込まれたICチップを確認し、ドアを開ける。

「・・・紗耶香、また何も食べてないのか」
男=大公はベッドにうずくまる紗耶香に声をかける。
テーブルの上には、手をつけていない朝食がそのまま置かれていた。
「体に毒だ・・・。もうすぐ、私の花嫁になり、丈夫な子を
産んでもらわなくてはならないのだからね」
「・・・・・」紗耶香は応えない。
「・・・まあよい。この女は、君の話し相手だ。日本人だし、
すぐ打ち解けるだろう・・・。」
大公は吐き捨てると、女の方へ向き直った。
「24時間、目を離すな」
「かしこまりました」
女は頭を下げた。それに目をやることもなく、大公は部屋を出る。

「・・・紗耶香・・・ちゃん?こんにちは。貴女のお世話係になった
マリ・テレトです」
「・・・・出てって。ひとりにして」
紗耶香は顔を上げず、気だるそうに言う。
「イヤダ、まだ気が付かないの?紗耶香ったら」
女は急に明るく親しみを込めた声で応える。

「?・・・まさか・・・」
「そうで〜す、キャハハハ。真里ちゃんだよ〜ん」
突然のことに、紗耶香は驚きを隠せない。
そう、真里はあの時圭の部屋を出てから、ひそかに
この国に潜入していたのだった。
「・・・何でここにまりっぺが?」
「ま、いろいろ調べさせてもらったわ。紗耶香のこと、
真希のこと、裕ちゃんのこと・・・。ああ〜、暑〜」
喋りながら、真里はシークレットブーツやウィッグ、
マスクなどを外していく。セクシーな女の姿は一転、
小柄でひょうきんな少女に変わった。

「そうそう、真希たちもこっちに来るよ」
「・・・!」
「あたしは、その仲間には入ってないんだけどね。
だってさ、この城危なすぎるじゃん」
「じゃあ、どうして?」
「勘違いしないでよ。コレよコレ」
真里は右手で「マル」のマークを作ってみせる。
「金にはなりそうなのよ、この城、いろいろ裏があるみたいだから。
でも、まともに戦う気なんてない。無理よ、無理」

おちゃらけつつも、最後は真剣にこう言う。
「ま、あたしは直接関わらないけど、紗耶香がどうしても逃げたいなら、
情報くらいなら流してあげる。ただし、有料よ」

この日から、紗耶香は真里と話し、多少心を落ち着けることが
できるようになった。ただし、相変わらず大公やその部下たちには
心を閉ざしている。
「真希が・・・来る」
その情報に、どうしようもない嬉しさと心配を感じずにいられなかった。

一方。
黄色いボルボが、フェアウェル城の城下を目指していた。
運転するのは圭。助手席には、もちろん真希である。
「圭ちゃ〜ん、この車、何とかならないの?ぼろぼろだよ」
「わがまま言わないの。今までずっと仕事で使ってきた、
頼もしいパートナーなんだから」

しばらく山間の道をゆっくり走っていると、眼下に巨大な城が見えてきた。
「あれが、フェアウェル城。紗耶香の城よ」
「紗耶香さんの、お城・・・。」

夜。
アジトに、圭織となつみがやってくる。
「全員揃った?じゃあ始めましょうか」
圭の音頭で、作戦会議が始まる。

「まず、コレがこのあたりの地図。ここを見て。
湖から川が流れ出しでて、それが城を取り囲んでるんだけど、
ここから下水を通って潜入できるはずよ」
「うぇ、下水・・・」真希が困った顔をする。
「そんなこと、言ってられないわよ、真希。これからどんな目にあうか
わからないんだからね、この仕事は」
圭は優しく真希を諭すと、説明を続けた。
「次に、陸上から行くには・・・。危険ね。城壁が高い上に、
24時間監視がついてる。これを突破するのは少々辛いわね」
「はーい、圭ちゃん」圭織が長い手をまっすぐ上げる。
「えっとぉ、こーいうのはどぉかなぁ?」
圭織が自分のアイディアを説明する。
「面白そうだべ。いいんでないかい?」なつみも賛同する。
「そうね。じゃあ、そういうことで行きましょうか」


第五話

深夜。
湖から流れ出す川の上を、一艘の小舟が静かに、息を潜めて
進んでいた。乗っているのは一人、圭織である。

いくら深夜といっても、城に近づく不審な舟は監視の目に止まる。
やがて、城の警備艇が近づいてきた。
「おい、何をやってる!!」
圭織の舟は、応答せずに警備艇に近づいていく。
「不審船だ、沈めろ!!」
警備艇が発砲する間もなく、圭織の手元が動いた。
「きゃー、もういやーだーー!!!」
落ち着きのない圭織の声とともに、警備艇は真っ二つになった。
「カオリ、こんなの斬るのつまんなーい」
警備艇の沈没とともに、城内に警報が鳴り響く。

フェアウェル城を見下ろす小高い丘の上。
圭と真希は、城内の警報を聞きながら準備を整えていた。
「圭織・・・。上手くやったようね。次はなっちかしら?」
圭はそういって城下を見渡した。
大通りを、一台のスポーツカーが猛スピードで走り抜けていくのが見えた。

「・・・どういうことだ?」大公は苛立った表情で警備隊長に訊く。
「け、警備艇がやられました・・・。相手は一人で、武器は剣だけだそうです」
「バカを言え。剣一本で船を沈められるか!それより、これは多分囮だ。
舟の追跡より、別ルートで潜入する不審者がないか気を配れ」
「ハハッ、かしこまりました」
『しつこい奴らめ・・・。俺に手出しするとどうなるか教えてやる』

スポーツカーは、徐々に城に近づいていく。
「あれか?しかし、あんなにわかりやすければ潜入にならんだろ、馬鹿め・・・」
警備隊長は指示を出す。「あの不審車を攻撃しろ」

城門に陣取った警備部隊が、一斉にマシンガンを構える。
「撃て!!!」
号令とともに、マシンガンが火を噴くが、
スポーツカーは止まることなく走りつづける。
「あの発砲では、運転者は生きてはいないぞ?不死身か?」
銃を構える警備隊の目の前で、車は急ブレーキをかけて止まった。
「?」なんと、車には人が乗っていなかったのである。
さすがに気づいた警備隊長は、慌てて撤収指令を出す。
「危ないぞ!!早く城内に戻れ!!」
兵士たちが戻ろうとした瞬間、轟音とともに車は大爆発した。

「これで、撹乱できたべ・・・。あとは、圭ちゃん、真希、頑張って」
なつみは、アジトの一室で呟いた。
車は、アジトから遠隔操作で走らせ、爆発したものだった。

「なっちも大成功だね・・・。じゃ、行こうか」
圭は、真希を促すと丘から飛び降りた。
黒いユニフォームに身を包んだ二人の姿は、闇に紛れて見えなくなった。

大公は、次々と届く報告に怒りを抑えられなかった。
「警備艇・五隻沈没、城門警備部隊・負傷十数名・・・」
「もうよい」
「へっ?」
「そんな下らん報告はもうよい!それよりも、警備の手を緩めるな!
もう、下がってよい」

『水路・陸路と来た・・・本命は、空か・・・。
ククク、よりによってもっとも難しい手段を選びよって。
今度こそ、叩き潰してやるわ』

圭と真希はグライダーで優雅に滑降する。地上では、スポーツカーが赤々と
燃え盛っている。
「いい?目標は、あの渡り廊下。あそこから、紗耶香の部屋に行けるわ。
時間は少ししかないから、もたもたしてちゃ駄目。私が少しは食い止めるから、
ちゃんと紗耶香を連れてくるのよ」
「わかった・・・圭ちゃん、ホント・・・ありがと」

二人のグライダーは間もなく渡り廊下へと到達しようとしている。
まず真希が着地する。続いて圭も着地しようとしたそのとき、東の塔から
銃弾が飛んできた。
「伏せて!!」圭の声で真希は慌ててその場に伏せる。

「やはりな・・・ここだったか。撹乱作戦はお見事だが、
少々やり過ぎたな・・・」
フェアウェル大公である。

「早く!!!紗耶香を!!!」
圭は真希を追い立てると、大公の前に向き直った。
真希は頷いて、紗耶香の部屋へと駆け出した。

「ほほう、何処かで聞いた事があるよ・・・。
確か、『ガメラ三世』とかいったか?あらゆる美術品・
宝石・稀少品を予告通り奪っていく、怪盗だったか・・・
だが、ウチには犯行予告が来てないがね、ハハハハハ」
「オタクのもの盗んでも、しょうがないからね・・・」
圭は強がって見せたが、状況が絶望的なのは変わりなかった。
「面白いジョークだな。まあよい、そろそろそこを退いてもらおうか。
ま、あの小娘には中に入ることさえ出来ないと思うが・・・」
大公は笑みを消すと、銃口を圭に向けた。
「くっ・・・」
バーーーーーーーーン
撃たれた圭はそのまま、まっ逆さまに落ちていった。


第六話

紗耶香の部屋の前に立った真希だが、どうしても開けることが出来ない。
「どうなってるの?これ」
ドアノブにも周りにも、鍵らしいものはついていない。
「んもー、ムカツク!!」
力任せにドアを叩いたり、蹴ったりしても開くことはない。
ふと上に目をやると、怪しいメカがジージー動いている。
「・・・ショウゴウフノウ・・・どあハアキマセン・・・」
「・・・うるさいわね!!」

瞬間的にキレた真希は、懐からピストルを取り出すと上のメカ目掛けて
発砲した。「・・・・%$&(((’%&%&$%・・・」
メカは破壊され、意味不明の信号音だけを発している。
「せーの!!」
もう一度ドアに体当たりすると、ものすごい音とともにドアは壊れ、
部屋の内側に向かって倒れた。一緒に真希も倒れこむ。

「イテテテテ・・・」
真希が起き上がると、そこには紗耶香がいた。

「紗耶香さん!!!」
真希は飛び起き、紗耶香の下へ駆け寄った。
「やっと、やっと逢えたでしゅ・・・・」
今まで堪えてきた涙が、真希の眼から流れ落ちる。
紗耶香も、涙を堪えつつ、真希をきゅっと抱きしめた。
「馬鹿ね・・・。こんなところまで来ちゃって。危ない目にあってまで」
「ううん、紗耶香さんに逢えてよかった・・・一緒に、逃げましょ」

「お楽しみのところ申し訳ないが」
後ろからの声に気づき、二人は振り返った。
「そこまでだ」ピストルを構えた大公だった。

「しめしめ・・・今のうちに、お宝ごっそりいただいちゃおうかしら」
混乱のどさくさに紛れて、真里は城の宝物庫に忍び込んだ。
「わ〜〜〜、すっげ〜〜〜」
宝物庫には世界中の絵画・彫刻など美術品、財宝が隠されていた。
「これよ、これ!!圭ちゃんには悪いけど、さっさと逃げちゃお〜」
フェアウェル大公という人物は世界でも有数の富豪として知られる。
そのコレクションの中に、さまざまな美術品が含まれているのは当然だった。
しかし・・・。

一方。
「け、圭ちゃんは・・・」真希が怯えた表情で呟く。
「『ガメラ三世』か。今ごろ、谷の底じゃないか?
心配しなくても、同じ場所へ送ってやろう」
大公の不敵な態度に、真希は唇を噛み締めた。

大公が、思い出したように呟く。
「おお、忘れていた。あの指輪を貰わなくてはな。
あれがなければ、サヤカがいても仕方ない」
そうして銃口を構える大公に、紗耶香が突然タックルした。
「紗耶香?馬鹿もの、何をする!!」大公は銃を取り落とす。

「マキ!!早く逃げて!!あの指輪を渡しちゃ駄目!!!」
「へっ、そんなこと言っても・・・」
「早く!!!」
紗耶香のその言葉と同時に、真希は窓を突き破って下へと落ちていった。

「畜生・・・この小娘が!」
「きゃっ!!」
大公は紗耶香を突き飛ばすと、突き破られた窓から下を見下ろした。
「生きてやがるか・・・まあよい、こちらには紗耶香がいる・・・」

暗闇の中を、二つの影が走り去っていった。


第七話

アジトに戻った二人は、圭の傷の手当てをしつつ作戦を練り直していた。
「いいところまでいったんだけどね・・・。やっぱり敵は手ごわいわね」
「カオリ、もっと戦いたかったなあ〜〜〜」
「ま、みんな生きてて良かったべさ。圭ちゃん、傷は大丈夫かい?」
「とりあえず大丈夫よ。防弾チョッキはつけてたから。ちょっと痛むけどね」

城の窓から落ちる瞬間、真希は右手を上に振り上げ、ワイヤーを発射していた。
そのまま城壁の上に着地し、同じく上ってきていた圭とともに逃げてこれたのである。

「それにしても・・・どうしようかしら。今回のことで、
警備も厳重になるだろうし・・・。私と真希は顔が割れてるしね」
圭の言葉に、真希が思い出したように尋ねる。
「ねえ、圭ちゃん、『ガメラ三世』って何?」
「私たちのユニット名よ。『タンポポ』とか『プッチモニ』みたいなもの。
私、圭織、なっち、真里っぺの4人で組んでるの」
「悪いこと、やってるの?」
「・・・まあね。ドロボウをやってるのは事実かな。もっぱら、
盗難品をさらに強奪するのがお仕事だけど」

その言葉を聞くか聞かないかのうちに、アジトに人の気配がした。
「誰だっ!?」
真希が叫ぶと同時に、圭織が刀を、なつみと圭が銃を構える。

「いやだな〜〜、あたしだよ、アタシ」
「なんだ、真里っぺか」真希は安心した。
圭織が素っ頓狂な声をあげる。
「まりっぺ〜〜〜、どーしたの?今回はやらないってゆってたじゃん」
「いやね、どさくさに紛れてお仕事させてもらおうと思って、
お城に紛れ込んでるのよ、キャハハ」
「あなたらしいわね。で、どう?成果のほうは」圭が微笑む。

真里は悔しそうに続ける。
「それがー、超シケててー。宝物庫に忍び込んだら、
世界中の名画や彫刻があったんだけど、ほとんど偽者なわけー。」
「あら、言わなかったかしら?あそこはフェイクの宝庫。
本物はほとんどないけど、偽者の横流しをやって儲けてるのよ。
だから、もしバレたら危ないわね。国家間でも取引してるみたいだから」
真里が舌打ちして応える。
「んもー、知ってるなら早く言ってよー!!」
アジトは、つかの間の笑い声に包まれた。

圭は続ける。
「その中に、フェイクじゃないのが紛れ込んでるから分かりづらいのね。
どこか、違うところに本物の保管所とフェイクの工場があるはずよ」
「ふ〜ん、もうちょっと努力が必要ってことか」

とりあえず、作戦を練り直して出直すことでこの日は解散した。
真里も、直接手出しはしないが情報は流してくれるという。

城下を、気晴らしにふらつく真希。
とりあえず変装はしているのだが、昨日の事件で兵士の数は
段違いに多くなっていた。
『紗耶香さん、指輪のことになるとムキになってた』
ますます疑問は深まっていく。どうしてこの指輪と紗耶香が必要なのか?
物思いをしながら歩いてあとをつけられるという、真希の癖は変わっていなかった。

アジトに戻ろうとしたそのとき、日本語で呼び止められた。
「・・・久しぶりやな・・・。こんなとこで逢うとは奇遇やな」
振り返ると、拳銃をちらつかせた裕子が立っていた。

「あんた、余計なことしてくれるやないか。せっかくウチが打った手も、
何もかんも水の泡やわ・・・。」
疲れた口調で愚痴る裕子。真希には何を言っているのか分からなかった。
「ど、どうしたの、裕ちゃん、こんなところまで・・・」
「それはウチの科白や。あんたは、この件に深入りすな、言うたやないか。
それに・・・いっしょに行動しとる相手が、よりによってウチが追ってる
『ガメラ三世』やとはな。全く驚くわ、あんたには」
拳銃をカチャカチャ言わせながら、裕子はジリジリと近寄っていく。
「一緒に、日本までお付き合い願おか・・・」

その瞬間、真希は裕子に背中を向けて走り出していた。
「待ちや、ごっちん!!これ以上邪魔はさせへんで!!」
細い路地をしばらく追いかけたが、真希の姿は消えていた。
「・・・まあええ。いつか捕まえたるわ」
そのとき、裕子の携帯が鳴る。
「・・・はい。えっ?動き出した?了解、すぐ向かいます」
電話を切ると気だるそうに裕子は歩き出した。
「ああもお、忙しいわ・・・あっちでもこっちでも・・・」

何とかアジトに帰りつくと、真希は裕子のことを話した。
「・・・マズイわね」
『ガメラ三世』の正体が圭だとは、さすがの裕子も気づいていないらしい。
あらかた話を聞いたところで圭が力なく呟く。
「面倒なことになりそうね。裕ちゃんしつこいから・・・。それと。真希」
急に圭の口調が変わり、真希ははっと圭のほうを見やった。
「あんた、気安く出歩かないこと。指輪を持ってるってことは
狙われてるってことなの。気をつけないと命も紗耶香も逃げていくわよ」
「・・・うん」

フェアウェル大公は、指輪を奪い返す作戦を考えていた。
『どうにかして、ガメラどもをおびき寄せられないものか』
しばらくして、紗耶香の世話係であるマリを呼び出した。
「・・・紗耶香の様子は?」
「何も変わったところはございません」
「伝えておいてくれ、『式は一週間後に行う』と」
「(!)・・・かしこまりました」

真里は驚きを隠せないまま、紗耶香の部屋へ向かう。
侵入事件があって以降、警備は強化され電子ロックも
より強固になった。キーを確認し、真里は中へ入った。

「・・・・・!」
真里からあらかたの話を聞かされた紗耶香は、言葉もなく
俯いていた。すかさず、真里がフォローしようとする。
「・・・ほら、まだ真希や圭ちゃんもいるし、
きっと助けてもらえるよ・・・」
紗耶香の答えは意外なものだった。
「・・・これ以上、みんな危ない目に遭わせたくないな・・・。
結婚も、別に悪いことじゃないかもしれない」
「・・・そう・・・わかったわ」


第八話

『式』の情報は真里から、真希や圭にも知らされることとなる。
「一週間か・・・。どうする?真希」
「どうって・・・早く助けないと・・・」
「そう来ると思ったわ。焦っちゃ駄目。一週間、相手の出方を窺って、
打つべき手を打っておきましょ。情報が必要だわね・・・。」
そう言うと、圭は立ち上がりなつみと圭織に話し掛けた。
「私、三日くらい留守にするわ。」
「えぇー、一週間しかないんでしょ?大丈夫なの?」
「大丈夫よ、何とかして見せるわ。真希をよろしく。
あの子、すぐフラフラ出歩いちゃうから」
「それは大丈夫だべ。圭ちゃんも気をつけるんだよ」
「大丈夫よ」
手を振ると、圭は静かにアジトを出た。

それから3人は、しばらくアジトに潜伏して過ごした。
「つまんないー。カオリ全然戦ってないしー」
圭織は刀の手入れをしつつ、不満そうに呟く。
「まあまあ、そったらこと言うんでない。圭ちゃんが
帰ってくるまで、ゆっくり待つべさ。な、真希?」
なつみはピストルを磨いている。

呼びかけられても、真希は気づかなかった。
じっと、指輪を眺めながら紗耶香のことを考えていた。
ふと、指輪に刻まれた彫刻に注目する。
『あれ?この切り込み・・・ネジに似てる』

4日後。
夜中になって圭が帰ってきた。
「ごめんね、一日オーバーしちゃった。心配した?」
屈託なく笑う圭の顔に、皆安心する。
「いろいろ、わかったわよ」

「どうしてですか?それじゃ、ウチらが今までやってきたことは・・・
上からの命令?冗談やないですよ、そんなん聞けるわけ・・・
あれ、もしもし?もしもし・・・!?」
『上司』からの電話を一方的に切られ、裕子のフラストレーションは
溜まっていく一方だった。
『何でや・・・。急にフェアウェルの内偵を打ち切れやなんて。
今まで、ウチがどんだけ苦労してきたと思ってんねん』
鄙びたバーのカウンターでウイスキーを呷る。
その隣に、セクシーな美女が座った。
「ご一緒させて頂いて宜しいかしら?」
「あん?何やあんた。今ウチ機嫌最悪やねん。気分悪なるで」
「ま、そういわずに。これでも見てみたら?」
女は封筒を差し出す。中には一枚の見取り図が入っていた。
「・・・どうしたん?これ・・・」
「取引する?するなら、もっといろいろ教えてあげるわ」
「・・・」裕子は不思議に思った。
見知らぬ女が何故これほどまでに詳細な情報を持っているのか。
分からないながら、大きい手がかりに裕子の手が震えだしていた。


第九話

大公と紗耶香の結婚式当日・・・。
ローマからは法王が招かれ、大勢の野次馬とともに
フェアウェル城下を行進していく。
また、この結婚式はすでに日本を含む全世界に報道されており、
数多くの取材陣も押し寄せていた。
そんな中、城、およびマスコミに一通の予告が届く。

『犯行予告 花嫁を頂戴する Gamella』

世界的怪盗の犯行予告に報道陣は色めき立ち、
予告を受け、城の警備は超厳戒態勢が敷かれた。
もちろん野次馬や報道陣に混じって。裕子の姿もある。
『一挙両得や・・・ガメラもフェアウェルも、どっちも
とっ捕まえたるわ』
大公は、予告文をみて思わずほくそ笑んだ。
『ははは、まんまと餌にかかりおった』

法王が城に到着し、いよいよ結婚式が始まる。

東塔の大広間には法王をはじめ、国賓が勢ぞろいしている。
さらにそれを取り囲むように報道陣がカメラを構えている。
まるで、ガメラ三世の登場を待ちわびるかのように。
そして、花嫁が大公に手を引かれて入場してきた。
紗耶香は純白のウェディングドレスに身を包んでいる。
二人が法王の前に立ち、式が始められようとしたそのとき、
照明が全て落とされ、怪しい声が響いた。
「予告どおり、花嫁を頂戴する」紗耶香に近寄る一つの影。
しかし、すぐに予備の照明が点けられ、紗耶香の前には
槍を構えた警備隊が何十人も立ちはだかっていた。
法王や国賓たちにもしっかりと警備が付いている。

「ふふふ、こう来ると思ったよ、ガメラ三世。
しかし、一人ではさすがにどうしようもないなあ」
大公が勝ち誇る。黒装束に身を包んだ圭は、次第に
追い詰められていく。

「くっ・・・」
警備隊が圭を取り囲む。万事休す。
号令とともに、槍が一斉に圭の体を貫いた。

圭がばったりと倒れた瞬間、再び灯りが全て落ちた。
「?予備電源も落ちたのか?」大公が不思議がる。
紗耶香の最もそばにいた法王が、突然紗耶香に声をかけた。
「・・・(逃げるよ)」「(・・・えっ)」
それとともに、圭と法王の体から煙が勢いよく噴出した

「なにっ!!?」
法王の体が破裂し、中から現れたのは真希だった。
「行くよ!!!」紗耶香をがっちり抱きしめた真希は、
上に向かってワイヤーを発射し、勢いよく上に昇っていった。

「くぅ、ほ、法王に化けてやがったか・・・。追えっ、追ええ!!!」
大公が絶叫し、警備隊が一斉に塔を昇っていく。

「今ね」裕子はTVクルーの一人を後ろから拳銃で脅した。
「インターポールよ。ちょっと借りるわ、そのカメラ」

昇っていく警備隊の前に、大柄な女が立ちはだかる。
「んもー、デリカシーがないわね。カオリそんなのいけないと思う」
圭織はブツブツいいながら刀を振るった。警備隊はバタバタと倒れていく。
「峰撃ちなんだから」

先程倒れた圭のそばを駆け抜ける一つの影。
「この、ロボット圭ちゃん・・・。なっちの自信作だべ・・・
さ、カオリを助けるべか」
なつみは、ピストルで警備隊をなぎ倒しつつ塔を昇っていった。

裕子は、前日知り合ったセクシーな女=マリとともに移動していた。
もちろんカメラを回しながら。
マリがレポーターに成りすます。
「今、前代未聞の事件が起こってしまいました!なんと、結婚式の当日に
花嫁が強奪されてしまったのです!!今、私たちは犯人を追ってカメラを
回しております!!・・・あっと、この部屋でしょうか?」

マリはわざと、宝物庫のドアを開けた。
「おおっと、ここはすごいです、世界中の財宝が・・・ん?
これは見たことがありますね?ゴッホのひまわり、モナリザ、
考える人もありますねえ・・・ひょっとして全部贋作っすか?」

ここで裕子がカメラに映し出される。
「あかんなあ・・・。犯人を追っかけてたら、こんなん見つけてもうたわ。
ここ、贋作の工場とちゃうか?ああ、参ったなあ(ニヤリ)」
TVを見ていたインターポールの上層部が頭を抱える。
「ナカザワ・・・やってくれたな」

大公は別ルートで真希と紗耶香を追いかけていった。
「この上には・・・時計塔が」

紗耶香が幽閉されていた西塔への渡り廊下のさらに上に、時計塔がある。
この時計塔は王族以外は立ち入り禁止であり、大公以外に入るものはない。
「まあよい、ついでに指輪も取り戻し、悲願を達成させてやるわ。
さすれば、あの小娘も用済みだ」


第十話

真希と紗耶香はらせん状の階段を駆け上がっていった。
時計塔の内部に入り、迷路のような内部構造をくぐり抜けていく。
「ここから、出られるわ」ようやく、外の明かりが見える窓から顔を出すと、
眼下には湖が大きく広がっていた。
「このグライダーで飛び降りましょ。湖で、圭ちゃんが逃げる準備をしてるわ」
「この風景・・・何処かで見たことあるよ」唐突に、紗耶香が呟いた。
「えっ?」真希が訊こうとしたその時、真希の右肩を一発の銃弾が掠めた。
その場に倒れこむ真希に駆け寄る紗耶香。
「真希!大丈夫?」「・・・うん、かすり傷・・・」

「ここでは逃げようもないな・・・。さて、指輪を渡して死んでもらおうか」
薄ら笑いを浮かべた大公は、ジリジリと真希に近づいていく。
「あの時は全然かなわなかったけど・・・もう負けない」
真希は立ち上がり、銃をとった。その真希をかばって、紗耶香が前に立つ。
「真希・・・駄目。もう誰も、傷つけられたくないの・・・」
真希はその紗耶香をさらに庇うように後ろに押しやった。
「・・・今まで、あたし紗耶香さんに守られ続けてたよね。だから、今度は
あたしが守るの。下がってて・・・」

つまらなそうに二人を見ながら、大公が言う。
「どっちにしても、指輪を渡さなければ二人とも一緒に殺してやろう。
生きていたければ、さっさと指輪をこっちに渡せ。それから、秘密も言え。
指輪の秘密さえ吐かせたら、サヤカも用済みだからな」
「秘密・・・?」
真希は圭からこの城や大公、紗耶香に関することを聞いていたのだが、
指輪の秘密までは知らないらしい。
紗耶香が、唐突に喋りだした。
「あの指輪にはね、財宝伝説があるのよ・・・」
大公がそれを遮る。
「それだけじゃない。世界の全てを自由にできるほどの宝だよ。
これでこそこそ密売などしなくてもよくなる。俺が世界を手に入れるんだ」

大公が言い終わるのと同時に、真希は紗耶香は別々に走り出していた。
『真希・・・時計塔の文字盤、“3”のところに指輪をねじ込む穴があるわ。
そこに、指輪をねじ込めば宝は手に入る。あんな奴に渡しちゃ駄目』
『わかった!!紗耶香さんも気をつけて、殺されないように』

大公は、まず紗耶香を追っていく。
「小娘、最後まで手を煩わせやがって」
紗耶香は時計塔・機関室の奥のほうへ入り込んでいく。
ピストルを構えながら追っていく。
物陰に隠れた紗耶香は、近くにあったモップを手に持ち、
大公が通るタイミングを窺う。そして、通りがかった瞬間に
手に構えたピストル目掛けてモップを振り下ろした。
一瞬のことで、大公はピストルを取り落とす。
さらにモップで殴りかかった紗耶香だったが、今度はかわされ
振り払われた。バランスを崩して倒れる紗耶香。
大公はその紗耶香にのしかかり、口元を強く掴んで脅した。

「さて、指輪の秘密を教えてもらおうか」
「・・・」
「言え、言わないとあの小娘も一緒に湖に突き落とすぞ」
「・・・ウフッ、アハハハハ」
「・・・何だ?気でも狂ったか?」
「・・・今ごろ、あの子秘密を解いてるよ・・・。
時計塔の文字盤の“3”のところ。もう遅いわ」
「・・・馬鹿め、秘密を解いたとは言え俺が奪えば済むこと」
紗耶香に一発平手打ちをすると、大公は文字盤の方向へ走り出した。

真希は文字盤の中央から“3”を目指していた。
『“3”のところに・・・指輪をねじ込む・・・どこ?』
なかなかねじのような部分が見つからない。
時刻はちょうど午後3時13分。長針が文字盤の“3”を通過している
間に見つけなくてはならない。

「そこまでだ」
文字盤の中央部から顔を出した、長針を伝って真希の下に辿り着こうとしていた。
「指輪を渡してもらおうか」
「い、いやよ・・・あんたなんかに渡さないわよ」
「じゃあ力づくで頂くよ」
大公は真希につかみかかる。巨大な時計とはいえ、長針の上は不安定で
格闘をするようなスペースはない。
真希は懐からピストルを出し構えたが、人相手に撃ったことはない。
『神様・・・』
真希が目をつぶった瞬間、大公が口から血を吐いた。
一発の銃声。紗耶香であった。

「ピストル・・・俺のか・・・迂闊だったな」
よろけながらも、大公は最後まで指輪への執念を見せる。
フラフラと真希のほうへ近寄っていった。
「真希!!“3”の真ん中、亀の眼よ!!」
紗耶香が叫ぶ。午後3時16分。ちょうど真希の目線のところに、
“3”の亀がいた。亀の眼に指輪をねじ込む真希。
「・・・ウッ、カタイ・・・・」
ものすごく力を必要としたが、ようやくねじを回す。

突然、時計塔の針がぐらぐらと揺れだした。
「うおっ、おおおおおおお」
フラフラになっていた大公は体を支えきれず、そのまま湖へと落下していった。
紗耶香も、落ちそうになり、長針にしがみついている。
「紗耶香さん!!」
真希はとっさに紗耶香に駆け寄り、抱きしめ、
ともに飛び降りた。瞬間、真希の右腕からは最後のワイヤーが発射され、
時計塔の頂上にからみつく。二人の体は落下を止め、しばらく揺られていた。

「おわった・・・のかな・・・長かった」真希は少しずつ下りながら、
紗耶香に問い掛ける。紗耶香は真希にしっかりとしがみつきながら、応えた。
「うん・・・ほんと、助かったんだよね・・・」
しばらく感傷に浸っていた二人だったが、あることに気がつく。
「紗耶香さん、そういえば『宝』って何だったの?」
「・・・あたしも詳しいことは知らないんだけど・・・」
「紗耶香さん、あれ。湖を見て」

同じ頃、湖上で真希と紗耶香を待っていた圭だが、やはり異変に気が付いた。
湖の水位が少しずつ下がっているのである。
「あら、やっぱり私達が持っていけるお宝じゃないみたいね」

湖の底からは、巨大な遺跡が顔を出している。
それも、西洋だけではなくイスラム・東洋・南米など世界中の文明の遺跡が
全て集まっているようだ。
「世界の全てを自由にできるって、こういう意味だったんだね」
紗耶香が驚きつつ呟くと、真希がこう応えた。
「あたし、どれがどれだかわかんないです」
二人は一瞬顔を見合わせ、そして大笑いした。

二人は圭とともに湖から隠してあった車に向かう。
圭織となつみもあらかた敵を片付け、車まで戻ってきていた。
ところが、圭は唐突に紗耶香と真希に言う。
「あんたたちは、置いてくよ」
真希が口を尖らせる。「な、何でよ急に」
「この車4人乗りだから。あ、早くしないと、あれ裕ちゃんだよ」
真希は不満そうだが、紗耶香がお礼を言った。
「圭ちゃん・・・みんな・・・ほんとありがと。また、日本で会おうね」
3人はだんごピースで応えると、車は走り出した。

走り出した車に、真里がバイクで併走してくる。
「まりっぺ、どうだった?」
「いただいてきたよー、『本物』いっぱい!!裕ちゃんの目を盗んでさ〜」
車の中には3人の明るい笑い声が響いた。

紗耶香と真希は取り残されて、しばらくそこに立ち尽くしていた。
車と入れ違いに裕子が走ってくる。
「・・・待て、待たんかいガメラ三世!!・・・ふう、逃げ足の速いやっちゃ」
紗耶香と真希に気づくと、裕子はふと言った。
「ま、あんたらには感謝してるわ・・・ようやくウチの仕事が
実を結んだっちゅうことでな。上からは大目玉やけど、満足やわ」
「裕ちゃんも、今まで迷惑かけたね・・・」紗耶香が言う。
「ウチもな、あんたを利用してたとこがあったからな・・・
申し訳ないわ・・・」裕子は頭を下げると、真希に向き直った。

「・・・全く、あんたはスゴイな。ガメラ三世は大泥棒やけど、
あんたも負けず劣らずや」
「・・・え?あたし、何も盗んでないよ・・・?」
「紗耶香に聞いてみい。じゃ、日本で待ってるで」
裕子は、そう言うと背中を向けて手を軽く振り、去っていった。

裕子も去り、再び二人きりになる。
「ねえ、紗耶香さん?あたしが盗んだのって・・・」
「さあ、何だろうね・・・」紗耶香は意地悪く笑う。
「え、何、教えてよ〜!!」
「それはね・・・」そこまで言うと紗耶香は真希の口に軽くキスをした。
「!?」突然のことに言葉が出ない。
唇を離すと、紗耶香は久しぶりに見せた明るい笑顔で言った。
「真希!!日本に帰ろ!!」
「・・・うん!!」真希も頷く。

紗耶香は先程の答えを心の中でもう一度言ってみる。
『真希が盗んだモノ・・・それはね・・・あたしのココロだよ』

おわり