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the SAGA Morning Musume。

広大な草原。
そこを歩く一人の剣士。
短髪。そして極めて簡素ないでたちは、一見少年の様にも見えるが、
れっきとした女である。
皮製の鎧、そして背中に背負った東洋刀。
この剣士、その名を、市井紗耶香といった。
紗耶香は、大陸一の剣士を目指して旅をしていた。
いわゆる流れの剣士である。
傭兵の仕事や、魔物退治で生活費を稼ぎ、
旅を続ける。そんな生活を送っていた。

「ふぅ……。疲れた。」
広大な草原だ、見渡す限りの。
そこには、綺麗な自然、
そして人によって作られたそまつな道があるだけだった。
「次の町までどれぐらいかかるのかな……?」
あても無く流れる旅だ。紗耶香は地図を持っていない。
それでも、道と言うものは一応あるので、
そこを辿ればいつかは町へ辿り付く。
紗耶香はひたすら歩き続ける。

「……!?」
ふと、不審な気配が紗耶香の目に付いた。
道の遥か向こうで、女が魔物に囲まれている。
「!!……まぁ退屈凌ぎにはなるかな。」
紗耶香は刀を鞘から抜き取ると、
その魔物達のほうへと駆けだした。

囲まれれているのは長身の女だ。
紗耶香より一回りほど背が高い。
それでいて腰まで届くほどの長い髪。
街を歩いて要れば相当目立つであろう。
しかし、どう見ても年頃の娘。の割に、
どうにも地味な服を着ている。
どう見ても作業着だ。

そして何故か大きな棒切れのようなものを持っている。
布に包まれていてよくは見えないが、
長さはその女の身長を上回る。
そんな一風変わった女が何故魔物に囲まれているのかはわからない。
しかし、危険なことには変わりないのだ。
紗耶香は魔物達に向かって、
「やめなさい!!」
と叫ぼうとした。しかし……。

紗耶香が大声で魔物を制することは無かった。
紗耶香が声を出そうとした刹那、
女は棒切れについていた袋を剥ぎ取り、
次々にその棒を魔物に突き刺し、
あっという間に突き殺してしまったのである。
恐ろしいほど素早い身のこなし、そして力強さだだ。
紗耶香は思わず言い放った。
「マジっすか!?」

紗耶香が驚くのも無理は無かった。
どう見てもただの10代の女の子にしか見えない者
(しかもダサダサの作業着を身にまとっているのだ)が、
魔物を突き殺すのに使ったのは大きなハルベルト(斧槍)だったのである。
そんな光景を、紗耶香自身は見たことが無い。
紗耶香は生まれてこの方剣道一筋だった。
だから槍術のことはあまりよくわからなかったが、
それでもその女が相当強いことは目に見えていた。
「……!?」

その時ふと長身の女が紗耶香に気付いた。
大きな目をパチクリさせている。
「……何者?」
長身の女はいぶかしげに尋ねた。
「あっ……!!」
うっかりしていた。紗耶香はずっと刀を抜き身で持っていたのである。
紗耶香から見て、その長身の女はそうとう不審ではあったが、
他のものが見れば紗耶香だって充分に不審である。
そして、それはその長身の女にとっても同じだった。
「さては圭織の密書を奪いに来たギザの刺客ね!!返り討ちにしてやる!!」
圭織、と名乗った女は武器を構えた。
「密書……?ギザの刺客……?え?えーー?」

紗耶香には全く訳がわからなかった。
ギザとは恐らく近隣にあるギザ皇国のコトだろう。
しかし、刺客やら密書とは一体何だ?
そもそもこの圭織という女は何者だ……?
「ちょ、ちょっと待って、私は刺客なんかじゃ……。」
「問答無用!!」
圭織はハルベルトを振りかざし紗耶香に襲いかかってきた!!

「ディヤーーーーー!!!!!!」
圭織は自らの獲物を思いっきり振り上げると、
力任せにそれを紗耶香に向けて振り下ろした。
「……!!」
ギリギリでそれを交わす紗耶香。
「よく避けたわね、でも次は外さないから!!」
「だ、だから私は違……。」
「この期に及んで!!」
ブゥンッ!!圭織の攻撃が空を切る。

「チョコマカと!!」
ブウンッブンッ!ブゥーン!!
圭織の攻撃は悉く避けられる。
「ンンッ!!」
ムキになる圭織。これでは当るはずも無い。
「だ、だから待ってよ!!私は刺客なんかじゃ……。」
ビュッ!!そんな言葉はお構いなしの圭織。
「このままじゃラチがあかないッ!!」
紗耶香は刀を峰打ちにして構えた。

「ディヤーーーー!!!!!!!!!」
圭織の渾身の一撃!!
「!!」
紗耶香はそれを回避すると、
圭織の懐に入り込み……。
「御免!」
刀の身で思いっきり圭織の腹を突いた!
「ぁがっ……!」
……ドサッ。圭織はその場に倒れこんだ。
「……フゥ。」
紗耶香は安堵の溜め息を漏らした。

「どうしよう……。」
紗耶香は呟いた。
「逃げた方がいいのかな?どれとも起きるのを待って誤解を解いたほうが……?」
紗耶香は考えた。
密書を運んでいる、という事はどこかの国家機関の人間だという事も考えられる。
その人間に手を出してしまったという事は、
もしかしたら自分がお尋ね者になってしまうかもしれない。
そんな事になったら旅どころではなくなる。
「やっぱり起きるのを待とう……。」
紗耶香は、前方に大きな木と日陰があるのを確認すると、
圭織を抱えてそこへ向かった。
「……重い……。」

2時間ほど経った頃、圭織はやっと目を覚ました。
「な、何!?あ……さっきの!!イ、イヤー!!」
気がつくなり圭織は騒ぎ出した。
「あ、ちょ、ちょっと待って、別に私は……!!」
「やめてー、いくら圭織がカワイイからってそんな……!!」
「だ、だから……。」
暴れる圭織。手のつけようがない。
武器は取り上げてあるので危険ではないが、
どうにもうるさい。ボコボコ蹴られる。
「だから私は別にそんな……。」
「イヤー、野蛮人!!ママ助けてー!!」
なお暴れる圭織。
「あーもう……。」
どうやら圭織は紗耶香が男で、
自分はこれから犯されると思いこんでいるらしい。

「だから違うって!!密書も奪わないし変な事もしない!!」
ちょっと苛立ちながらも説明する紗耶香。
「嘘!!この密書奪って、ついでに圭織にエッチなコトして、挙句の果てに殺すんでしょ!!」
全く聞き入れない圭織。
……最後の手段か。
市井は覚悟を決めた。

紗耶香は身にまとっていた皮鎧を脱ぎ出した。
「キャー!!やっぱり!!スケベ!!変態!!モーヲタ!!(?)」
ますます騒ぐ圭織。もう、止まらない。
紗耶香は圭織を無視して鎧をすべて外した。
……鎧を着けているとよくわからないが、
それを外すと、紗耶香の体のラインが露になる。
スレンダーな体。剣士であるにも関わらず細い腕。
そして決して大きくはないが確実に膨らんだ胸……。
圭織は騒ぐのをやめた。
「……ね?これでも男に見える?」

紗耶香は、
『キャーオカマなんでしょ、そーやって油断させるんでしょ!?』
とかいわれたらどうしよう、と内心不安だったが、
圭織が騒ぐのをやめたのを見ると、
それが取り越し苦労であった事がわかり安心した。
「ね……?落ち付いて。」
「……うん。」
うなずく圭織。

「じゃ、わかってもらえたと思うから、このへんでサヨナラだね。じゃーねー。」
言うが早く紗耶香は明後日の方向へ走り出した。
もちろん、これ以上因縁を付けられない為に逃げ出したのである。
「あ……。」
圭織が何か言いたそうだったが、お構いなしに紗耶香は走り去った。
「……。」
残された圭織。
しばらくそこで呆然としていたが、
やがて時が経つと、紗耶香が置いていった槍を拾って、
また歩き出した。

――ゼティマ王国国教会。
圭織は密書を持ってそこへ来ていた。
国教会といってもそれは名ばかりで、
ここは独立した勢力として成り立っている。
それでいて、本国との友好も保っているのである。
この教会の、司祭を務めているのは、
矢口真里という17歳の少女であった。
圭織は、大聖堂の扉を開くと、中へ入った。
中では、荘厳なオルガンの音が鳴り響いていた。
圭織は通路を通って奥へと進んでいく。
するとそこには、オルガンを弾いている矢口の姿があった。

矢口が司祭になったのは15歳の時だった。
教会の前司祭が、
後継ぎとしてどこからか連れて来たのだ。
その司祭以外は、矢口がどこから来た何者なのか誰も知らない。
矢口が来て三日後、前司祭は急逝した。
突然どこからかやって来た得体の知れない15歳の少女。
それが司祭となる事に、始めは反対する者も多かった。
しかし、矢口には不思議な力が有った。
司祭を引き継ぐ儀式中、教会関係者すべてを一同に納得させる事件が起こったのだ。

儀式も終盤に差し掛かった時である。
一通りの形式的な規約を済ませ、
後は司祭に代代受け継がれるサークレットの戴冠のみを残す所となったときだ。
矢口の体が、光を帯びだした。
教会関係者が何事だと矢口をさまざま凝視する。
すると、矢口の後ろに神の姿が映し出されたのである。
その場に居合わせた人間が、
皆教会関係者であった事から、
魔法を使ったトリックでない事はあきらかだ。
殆どの者が、この矢口という少女は神に認められているのだ、と確信した。
魔法を使ったトリックだ、と言い張る者もいたが、
『もしそうだったとしても、
それはそれで教会関係者でも見破れない程の相当な魔力を持っていることになる。
それならば司祭としての資質は充分だ。』
と言うことで、矢口は司祭として迎え入れられたのである。
ちなみに、実際に相当な魔力を持っていた。

また、矢口の天使のような微笑は、
民衆からの指示も絶大であった。
新司祭の初披露式典では、
会場のあちこちから溜め息が漏れた。
戴冠式での一件もあり、
『矢口司祭は本物の天使だ。』
という噂まで流れたほどだ。
また、司祭であるにも関わらず、
地域の男性を中心として非公式ファンクラブができた程であるから、
その人気は相当なものであることがわかるだろう。

矢口は、オルガンを弾くのをやめると、
振り帰らずに言った。
「つんく様からの使者ですね?」
椅子から立ち上がり、
ステンドグラスに飾り付けられた十字架を見つめる。
そして……。
「用件はわかっています。」
落ち付いた面持ちで振り帰りながらそう言った。

「私に渡すものがあるのでしょう?」
矢口は言った。
「ハイ……。」
圭織は答えながら、密書を矢口に手渡す。
矢口はそれを受け取るとこう言った。
「『エイベックスとギザに不穏な動き有り。神の言葉を聞きたし。』
神の声が間違っていない限りそう書いてあるでしょう。」
「……。」
矢口は封を切った。
間違い無く、そこにはそう書いてあった。

「……。」
圭織は不思議な気分だった。
さっき、矢口は
『神の声が間違っていない限り』
と言った。
矢口の聞く神の声が間違っているはずが無い。
そもそも、信徒が神を間違い等ということは普通あり得ない。
矢口は、始めからわかっていたのだ。
ゼティマ王国国王つんくが、
圭織に密書を持たせたことも。
その密書の中身も。

「ところでさ……。」
圭織は気まずそうに切り出した。
「どーせ二人しかいないんだから、その堅苦しいしゃべり方、やめない?」
……沈黙する空間。
「……飯田様……。神の面前です。もうすこし慎みを……。」
迷惑そうな矢口。
「いーじゃんべつにー。」
やはりお構いなしの圭織。

実は、圭織がここへ来て矢口に会うのは初めてでは無い。
何度と無く同じような届けものをしたり、
あるいは個人的にも会いに来ているのである。
というのも、この二人は、
2年前に公用で始めて会った時以来の友人なのだ。
そして、矢口もいつもあんなふうに改まって喋っているわけでは無いl
司祭とはいっても17歳の少女だ。
心を許した友人等の前では、
案外普通、いやむしろギャルっぽいのである。

「ねーねー矢口ー。」
もはや一国の騎士ではなく普通の女の子の圭織。
「……まったく……。」
そして化けの皮が剥がれだした矢口。
「大体さー、ワケわかんないんだよねー。神様とかってー。ナニ考えてんのーって感じで。
「圭織……。」
何時の間にか呼び方が「飯田様」から「圭織」にかわっている。
「とにかくさー、あの、天の声ってヤツでー、
エイベックスとかギザが何考えてんのか調べて欲しいワケー。」
思いっきり砕けた言い方で用件を伝える。
「……わかったけどさー、事情説明してよ事情。
大体圭織ちょっとうるさいよー。
ここ大聖堂なんだからさー。声響くの。だから大声出さなくても……。」
とうとう矢口まで普通の女の子になってしまった。

「えー、事情なんてそんなのわかってんじゃん。矢口なら。
ホラー、ソレも神様の声でアパラパララパーって。」
「アパラパララパーって何よ、まったく。
そもそも矢口だってそんな何もかもいちいち調べておくほど暇じゃないよ。
『力』使うのだって結構疲れるんだから。」
二人の会話からは全く緊張感が感じられない。
果たして本当に騎士と司祭の会話なのか疑わしい。
「とにかく、わかりやすく説明してね。」
矢口は、『わかりやすく』の所に念を入れて言った。

「ハーイ。んじゃ圭織説明しまーす。」
圭織はポケットから丸め込まれた一枚の書類を取り出した。
「えーとね、ゼティマとギザが元々仲が悪いのは知ってるよね。」
「うん。」
「それでもね、別にお互い干渉さえしなければ、
特別何か問題があるわけじゃないから、ここ数年、別に互いに戦争にはならなかったの。」
「それぐらい知ってるわよ。」
「それが、最近国境の警備隊から、こんな報告書が届いたの。」
圭織は、丸め込まれた書類を矢口に渡す。

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報告書

王国槍騎士団長 飯田 圭織 様

ソニー歴214年 3月3日
                   南部国境警備隊長 中西百重

前略

昨日、ゼティマとギザの国境の近くで、ギザ皇国の部隊を見ました。
しばらく見てたら、周りの測量をしていることがわかりました。
伝令で何の為の測量なのかかと尋ねたら、地図の作成だとの言われました。
でも、それにしては兵士の数が多いからその事についてもう一回聞くと、
向こうの女大将が、
『それ以上の追及はギザへの冒涜と見なす』
と言ってその伝令を追い払ってしまいました。
それ以上の追求は無理だと思ったから、
その場は測量を見張るだけにしました。
でも、これはギザが戦争の準備を進めている物とも考えられなくはありません。
それに、その測量を率いていた部隊の隊長が、
遠目からでは有ったけど、
エイベックス帝国の将軍の浜崎あゆみに見えました。
私の考えだと、
エイベックスとギザが共謀して、
ゼティマへと宣戦してくるんじゃないか、と思います。
調査をした方がいいんじゃないかと。

後略

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一通り読み終えた矢口は言った。
「なんか、ちょっと頭が悪い文章ね。」
「まぁ、国境警備隊なんてみんな脳味噌が筋肉でできているからね。
これでも頑張ってマジメに書いたのよ。」
圭織に言われるんだからよっぽどね、
という言葉を慌てて飲みこむ矢口。

「とにかく、ギザやエイベックスが本当に戦争を仕掛ける気があるのか調べて欲しいわけ。」
圭織は続けた。確かに、エイベックスとギザが組んで、
攻めこんでくるとなれば一大事だ。
「でも、エイベックスとゼティマは同盟国でしょ?
それに、あの松浦皇帝がギザなんかと組みたがるかなぁ……?」
矢口の素朴な疑問。エイベックス皇帝松浦勝人は、
その強引なやりかたで、
一代でエイベックスを大陸最強の大国にした名手だ。
しかし、気性が荒く、また根暗な人間を嫌う。
ギザ皇国の人間は、国民性として割合暗いため、
松浦がギザを嫌っている可能性は高い。

「確かにそうなんだけど……。でも、念には念のため、ね。
それにギザ領土に浜崎あゆみがいた、っていうのが何よりあやしいでしょ。」
浜崎あゆみは、ここの所エイベックスで急激に力をつけてきた将軍だ。
剣術、魔術共に大陸トップクラスと言われている。
また、松浦皇帝の愛人だと言う噂も流れている。
「そう……ね。それじゃ、調べてみるわ。」
矢口は、裁断の奥へと引っ込んでいった。
これから、矢口は神とコンタクトを取るのだ。
圭織は、近くにあった椅子に腰掛けると、
どこを見ているのかよくわからない目つきで静止し、
矢口が出てくるのを待った。

その頃紗耶香は、国教会からはそれほど遠くない街にある、
とある酒場へと来ていた。
カウンターに座ると、
『飲むヨーグルト』を注文する。
酒場で『飲むヨーグルト』を注文するのも変な話だが、
それでも出てくるのだから、酒場の方もよっぽど変である。
紗耶香は、コップに口をつけると、
それを一気に飲み干した。

「いい飲みっぷりだねぇ兄ちゃん。」
マスターの茶々が入る。
紗耶香が男に間違われるのは日常茶飯事だ。
もはや全く気にならない。
「マスター。」
紗耶香が声をかける。とてもかわいらしい声だ。
マスターは、少し驚いた顔をしたが、
紗耶香が女だと気付くとすぐに、
なんですか?と答えた。
紗耶香は続ける。

「ここは確かゼティマ王国の領内だよね。
最近は戦争をしていないものと思っていたけど、
市内にはやたら兵士が多い。
これは一体どう言う事?」
「ああ、それは……。」
マスターは拭いていたコップを棚に戻すと、
タバコを取り出しソレを吹かしながら言った。
「まぁ色々あるのさ。まず、
最近はエイベックスやギザが攻めこんでくるっていう噂がある。
それに……。」
「それに……?」
紗耶香は身を乗り出す。
マスターは少し照れながら言った。
紗耶香の顔が近づいたからなのか、
話の内容からなのかは定かでは無い。
「結婚が近いのさ。」
バツの悪そうなマスター。
割と照れ屋だ。しかもナイーヴだ。
「結婚?」
理解に苦しむ紗耶香。

「つまり、王女様の結婚が近いのさ。
それで、結婚前の市内パレードの準備をしているっていうのが、
一番大きな理由なんだよ。」
マスターの言葉を聞くと、紗耶香はやっと納得がいった、
という顔をした。
「そうか……姫がねぇ……。」
紗耶香が呟く。
「この国の王のつんく様は独身で子供もいない。
二人いる養子はどちらも女の子でね。
だから、他国から王子を招いてあととりにしようと言うのさ。
まぁ、マスオさんってヤツだよ。」
マスターの言う、『マスオさん』の意味は、
紗耶香にはよくわからなかったがとりあえず頷く。

マスターは続けた。
「しかしね、少し可哀想な話もあるんだよ。」
「というと?」
紗耶香はますます身を乗り出す。
「つまりね……王女……今回結婚する第ニ王女の真希様だが、
その真希様にとっては、望まれない結婚なワケさ。」
「へぇ……。なんで?」
紗耶香が目をクリクリさせる。
赤面するマスター。
どうやら紗耶香が気に入ったらしい。

「まぁ、飲みなよ、俺のおごりだ……。」
マスターは、空になった紗耶香のコップにさらにヨーグルトを注ぐと、
ますます気まずそうに言った。
「えーとね、今回真希様が結婚する相手っていうのが、
ゼティマ王国の軍隊、『業天団』のリーダーで、
国王つんく様の友人、しゅう様なんだけどね。」
「……。」
話を聞きながら、ヨーグルトを飲む紗耶香。
「真希様はそのしゅうって男が嫌いなんだよ。
『なんだかロリコンっぽーい』って言ってね。」
「へぇ……。」
もう2杯目を飲み終えた紗耶香。
「真希様は、『私はジャニーズ共和国(遠く離れた遠島にある、
住民が皆美形と言われている国)の人としか結婚したくなーい』
ってダダをこねているらしいんだよ。」
「面食いなのねー。」
あまりジャニーズには興味がないらしい紗耶香。

「だけど、つんく様は強引に縁談を決めてね、
真希様は毎日毎日憂鬱らしいんだよ。」
「なるほどねー。」
いつの真にか3杯目を勝手に飲んでいる紗耶香。
「ま、私には関係ないからね。
マスター、面白い話聞かせてくれてありがとね。」
紗耶香は立ち上がると、
ヨーグルト『一杯分だけ』の代金を置いて、
酒場を去っていった。
「またきなよー。」
すっかり紗耶香に惚れたマスターだった。

――ゼティマ王国本城。
西の塔。第二王女真希の部屋。
メイドの鈴音が、ひたすら真希を宥めている。
と言うのも、真希がこっそり部屋を抜けて逃げ出すと言うのだ。
「真希様、おやめください。外には賊や魔物が沢山おります。」
……気付けば外はもう真っ暗だ。
年頃の女が一人歩きをできるほど国の治安は落ち付いてない。
「イヤ!!しゅうなんかと結婚したくない!!」
駄々をこねている女。その女こそ、
ゼティマ王国第二王女、後藤真希である。
(養子に入ったからと言って苗字を変える習慣はこの世界にはない)

鈴音は必死だ。
「おやめください真希様!!危険過ぎます!!」
「嫌!!絶対逃げる!!それじゃなきゃ氏んでやる!!」
自分の喉元にナイフをつき付ける真希。
「ダメー!!」
泣きそうな鈴音。
その時、誰かが部屋に入ってきた。

「真希様ー。どーしたのー。」
……真希の乳母の娘。つまり乳姉妹の亜依だ。
今年12歳になった。
鈴音は亜依のほうへ向きなおす。
「嗚呼、亜依ちゃん、丁度良かった!!
アナタも真希様を止めて!!」

「はい?」
状況が理解できない亜依。
「真希様が城から出たいって言って聞かないのよ!!とにかく止めて!!あー!!」
鈴音半狂乱。
「氏んでやるー。」
真希全狂乱。
「おもしろそーやなー。亜依も行くわー。」
亜依の意外な発言。
「……!?そんなー。」
あまりのショックに鈴音は卒倒した。

「ナイス亜依。」
親指を立てる真希。
ナイフを懐にしまうと、バッグを持ち、
部屋の扉へと向かう。
すでに、服装は旅人風のものへと着替えている、
しかし、どう見ても旅人には見えない。
お気楽なお嬢様だ
「亜依も来る?」
無謀な誘いをする真希。
「行くー!!」
世間知らずな亜依。
二人は、気絶している鈴音を尻目に部屋を出ると、
塔の階段を駆け下りた。

午後9時を回っただろうか。
ようやく矢口は祭壇から出て来た。
「どうだった?」
心配そうに圭織が尋ねる。
「そうね……。」
矢口は重々しく口を開いた。

「まず、結論からして、ギザがゼティマに攻めてくるのは間違いないわ。」
「……!?やっぱり……。」
「だけど……。」
「だけど?」
……沈黙。
「エイベックスについてはよくわからないの。」
「……?」

矢口でもわからないことがあるなんて思ってもみなかった圭織。
「どうして……?」
圭織は尋ねた。
辛そうな矢口。
「よくわからない。エイベックスの周りが、なんだかもわもわと黒く霞んでて……。
神様の力を借りてもよくは見えないの……。」
「そう……。」
意外に神様も対したこと無いんだな、
とちょっとがっかりする圭織。

「まぁ、そう言う事なら仕方ないわね。じゃ、私はコレで帰るよ。」
圭織は後ろを向き直った。
「待って!!」
矢口が慌てて声をかける。
「何?」
圭織が振り帰ると、矢口は圭織に封書を握らせた。
「コレ、つんく様に読ませて。」
「わかった。」
「それと……。」
「……何?」
「圭織がここへ来る途中に会った女剣士。
別に怪しい人じゃないみたいだから」
「……わかった。」
……いつの間に調べていたんだろう?
そうは思ったが面倒なことにはならなそうなので安心した圭織。
圭織はその封書を受け取ると、
礼拝堂の外へと歩き出して、そしてドアを開けた。
振り帰り矢口に一礼すると、
外へ出て、ドアを閉めた。
「……。」
矢口は、不安そうな表情で終始圭織を見つめていた。
「何かが……起ころうとしている。」

なんとかして城の外へと出た真希と亜依。
しかし、辺りはもう真っ暗だ。
何をすればいいのかわからないうちに、
二人は何時の間にか街の外に出てしまった。
「真希様ー。ここどこー?」
「……わかんない。」
すっかり迷った真希。

「……!?」
ガサガサッ。草がゆれる。
……何かが居る。
ガサガサガサッ!!
……。黙り込む、真希と亜依。
「真希様ー……。」
亜依は怯えている。
「だ、だいじょうぶよ、私だって剣術は習ってたんだから……。」
真希は、腰に提げたレイピアを鞘から抜くと、構えた。
……へっぴり腰だ。

ガサーッ!!
草から黒い陰が飛び出してきた!!
「イヤーッ!!」
悲鳴を上げる真希と亜依。
飛び出してきたのは嫌味な顔をした白い猫の魔物だ。
「ま、真希様、これ……。」
「『オマエモナー』よ!!……ただのザコ!!私が倒してあげる!!」
真希は剣を振り上げ、オマエモナーに斬りかかった!!
「やあっ!!」
空を斬る小剣。ブンッ!!ブンッ!!
実戦経験のない真希の剣。
いくらザコとはいえ当るはずもない。
「オマエモナー」
バキッ!!オマエモナーの鉄拳が真希の腹にヒットする。
「グッ!!」
後ろへ吹っ飛ぶ真希。

「真希様!!」
亜依が慌てて駆け寄る。
「ん……コレまで、なの……?」
「モナー」
いざ止めを刺さんとモナーがゆっくり歩み寄ってくる。
「……!!」
もうだめだ、真希も亜依も覚悟を決めたその時であった。
ズシャッ!!

鋭い音。
「モナー?」
何がなんだかわからないといった表情を浮かべるモナー。
……モナーの体が胴から真っ二つになり、
そして崩れ落ちてゆく。
……ドサッ。
「……?」
唖然として見つめる真希と亜依。
すると、モナーの遺骸の後ろから人影が現れた。
「全く。弱いくせに無茶するんだから……。」

「!!」
モナーの後ろから現れたのは女だった。
それも、真希、亜依共に見覚えのある顔の。
「……ひとみ!!」
吉澤ひとみ。
15歳にしてゼティマ王国軽騎士団長となった、
軍部きってのエリート騎士である。
「オマエモナーみたいなザコ風情も倒せないようなお姫様が、
子供1人引きつれて旅なんてできるとでも思ったんですか?」
皮肉たっぷりに、ひとみは言った。

「きゅーん……。」
気まずい表情を浮かべる真希。
苦笑いの亜依。
やれやれ、といって感じでひとみは、
「さぁ、帰りましょう。城では大騒ぎですよ。」
そう言うと、座り込んでいる真希の腕を掴み、引き上げた。
しかし、真希はその腕を振り払う。
「……帰りたくない。」
下を向いたまま呟く真希。
「真希様……。」
ウンザリするひとみ。

「まだそんな事を言っているんですか?
しゅう様との結婚は王が既に決めたことです。
結婚式の日程ももはや来月の始め。
わがままを言うのもいい加減にしてください。」
「……。」
未だ下を向いている真希。
ポケーッっと二人を交互に見つめる亜依。
「とにかく!!今更どうにかなるものではないんです!!」

ひとみは、そう言うと真希の腕を強引に掴んで歩き出した。
「やめてよ!!」
真希は必死に振りほどこうとするが、
今度ばかりはひとみも離さない。
真希は、敢無く御用となってしまった。
するとそこへ、3人の男が現れた。

『業天団』
国王つんくの側近3人組で、
国内最強とも言われる騎士達だ。
リーダー、狂騎士しゅう。
そして魔法騎士まこと。神官騎士たいせー。
「こんなところにおったんですか。」
しゅうは、ニヤリと不気味な笑みを浮かべて言った。

「……しゅう様……。」
敬礼をする。ひとみ。
しかしひとみも、上司とはいえしゅうが嫌いだった。
女を嫌らしい目でしか見ない雰囲気があったからだ。
「しゅう様、王女を保護しました。
これから本城へと連れて行く所です……。」
「ほう……。」

しゅうは、いやらしい目つきで真希の全身を見まわす。
ふと目が合った瞬間、プイッっと真希は首を振り目をそらす。
「連れない目ぇすんじゃねぇよ、真希様?」
ジリジリ歩み寄るしゅう。
「しゅう様!!王女はお疲れのご様子。
ここは私が引きうけます故今日の所はお引取りを!!」
あわててひとみが制する。
「まぁいいじゃねぇか……。これでも俺は未来の旦那様だぜ?」

ひとみの声を全く受け入れる事無く、
しゅうはジロジロ真希を見る。
「かわいいなぁ……。もうすぐ俺が……ヘヘヘヘヘ。」
ニヤニヤしている。
最低――。ひとみは心底そう思ったが口には出せない。
「ま、変な気は起こさないでさっさと城に帰るんだな。
お・ひ・め・さ・ま?」
そういうと、しゅうは真希の腕を掴み手繰り寄せ、
手の甲にキスをした。
「……!!」
あからさまに嫌な表情を真希は浮かべるが、
そんな様子はお構いなしに、
しゅうはサッっと振り向くと、
そのまま歩き去っていった。
まこととたいせーもそれに続く。
「……手洗わなきゃ。」
ウンザリな真希。
しゅうの後姿をキッっと睨み付けるひとみ。
相変わらずポケーッっとしている亜依。
ともかくとして、真希はひとみに連れられて城へと帰ってゆくのであった。

「なんで逃げ出したかはわかっているから聞くつもりはあらへん。
でもお前、こんな夜中に子供連れて逃げ出してどこへいくつもリだったんや?」
玉座に座っている男――。
ゼティマ王国国王つんくだ。
元々、ビクターに住むしがない商人だった。
しかし、はたけ、まこと、たいせー、しゅう等の仲間に出会ってから、
つんくの運命はガラッっと変わる。
元々野心家のつんくは、
その持ち前の剣の腕とセンスで名を上げ、
ゼティマ王国前王の養子となり国王の座を継いだ。

「……きゅーん。」
うつむいている真希。
「きゅーんじゃわからへんわ、まったく。」
つんくはグラス一杯のワインを一気に飲み干して続けた。
「知ってのとおり、わいには妻も子供もおらへん。
だから、養子として取ったお前と梨華の、
どちらかから世継ぎができなければならないんや。
わかるやろ?」
それはわかっている。
そして、何故梨華ではなく自分が結婚しなければならないのかという事も。

しかし、もし梨華が女王になれば、
子供を作る間も、育てる間も無い。
そうなると、後継ぎはいなくなってしまう。
ただでさえ、前王、今王と養子が続いていたのだ。
これ以上、養子に頼りたくはない。
だから、とても女王には向いていない真希を、
結婚させて子供を作らせようと言うのだ。

「わかるやろ?仕方の無い事なんや。
だからここはガマンしてくれへんか?」
「でも……。」
私はジャニーズ系じゃ無いと嫌――と言おうと思ったが、
無茶な話なのでそれは思いとどまる真希。
「しゅうだって根はイイ奴や。
たしかにかなりのスケベだけどな。
それでも『業天団』のリーダーをやるくらいだし、
腕も立つ。悪い相手じゃあらへん。」
つんくは同じような話を過去に何回もしてきた。
しかし、一度だって真希がソレを受け入れた事は無い。

「とにかく、もう決まった事なんや。諦めてくれ。
さ、今日はもう遅いから寝ろ。
心配やからな、吉澤を監視に付けとくで。
全く――、加護はこういう時に止めにゃああらへんのに、
仕方の無いやっちゃ。」
……ぼやいている。
「わかりました。心配かけてごめんなさい。
……お休みなさい。」
しゅんとしているが、真希は部屋へと帰っていった。
王室の外の廊下では、ひとみが待っている。
(あーあ、嫌だなぁ……。)
ひとみが、さぁ、行きましょうというのに目も合わせずに、
真希は部屋へと帰って行った。
ひとみはちょっとムッっとしたが、そのまま真希の後ろを付いて行く。
「……ハァ。」
王室内、つんくは溜め息をつくと、
グラスにもう一杯ワインを継ぎ足し、一気に飲み干した。

丁度その時だった。
王国衛騎士団団長小湊美和が部屋に入ってきたのは。
「なんや小湊?」
つんくは、
右手の人差し指で髪の毛をクルクル回しながら不機嫌そうに尋ねる。
目すら会わせない。
真希の事で相当頭が痛いようだ。
「申し上げます。」
小湊は床に膝をつくと下を向いたまま続けた。
「王国槍騎士団団長飯田圭織殿が帰還致しました。
王との謁見を求めています。」
少し小湊の方を見るつんく。
「ん……わかった。通せ。
あとお前はもう下がってエエぞ。」
「ハッ。」

小湊はクルリと後ろを向くと、足早に去って行った。
それと入れ替わりに、圭織が入ってくる。
ダサダサの作業着は、
間者だと悟られない為の配慮だった。
しかしその人知を超えたファッションは、
タダでさえ人の目をひきやすい圭織を、
余計に目立たせている事につんくは今になって気付く。
まぁ、どうでもイイことなのでそれをあえて口には出さないが。
「飯田圭織只今帰りました。」
「ん……。わかった。んで?矢口はなんだって?」

つんくはここで一応尋ねたが、
この時点で飯田にマトモな説明を受ける事は諦めている。
「えーと、話します。
矢口が……じゃなく司祭様が言うにはー、ギザはー、悪い事考えてるから敵っぽくてー、
でも浜崎あゆみがなんでギザにいるのかわかんなくてー、
んでエイベックスはモヤモヤでわかんないって……。」
「……ハァ。」
思いっきり溜め息をつくつんく。
なんとなく飯田が何を言いたいのかはわかるのだが、
それでも飯田の説明は使者としての用をなしていない。
「でー、これが矢口からもらって書状。」
圭織は書状をつんくに差し出した。
小間使いは既に皆寝ているので直接手渡す。
つんくは、その書状を広げた。

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Dear,つんくさん。
圭織から用件は聞きました。
とりあえず色々調べてみたんですけど、
ギザ皇国が攻め込む用意をしているのは間違い無いです。
あの国も、倉木皇帝が即位してからはかなりの強さを持って来ているから危険です。
普通、選挙で皇帝を選ぶ皇国は団結が弱いから対した事は無いはずなんですけど……。
それだけギザ皇国皇帝倉木麻衣は強い力を持っている、って事だと思います。
気をつけてくださいね。

それとエ→ベックスですけど、あっちの方は私でも全然よくわかりませんでした。
どうにも、城の周りを闇の力が覆っているみたいなんです。
それも相当強力な……。
エイベックスにそんなに強力な闇魔法の使い手はいなかったと思うんですが……。
とにかく、浜崎あゆみがギザの領内で指揮を取っていたとなると、
何らかの関係はあるみたいなので、確認を取るべきだと思います。

そ→いえば闇魔法といえば、
最近ゼティマ王国の城の東の塔から、
かなり強力な闇の気を感じます。
梨華王女だと思うんですけれど……。
あれだけ強い闇の力は危険です。
負の方向に心が傾いて何か危険な事でも起こしかねません。
今更闇魔法を覚える事をやめさせるのは無理でしょうから、
負の力に飲みこまれない様に、
梨華王女の精神力は特に注意して鍛えるように指示したほうがいいと思います。
既にあの子の魔力は誰にも抑えられないほどの大きさになっていますから……。

                                FROM   まり

                                         214.3.6
-----------------------------------------------------------------------

「……。」
読み終えたつんくは、無言で書状をたたむと、
懐にしまった。
「飯田……。もう下がってええで。」
「ハイ。」
飯田は振り帰ると、ゆっくりと歩いて去って行った。
「ギザか……。
松浦皇帝に……聞いて見るしかないのか……。
でも誰を使者に……。」
つんくは、3杯目のワインを一気に飲み干した。
まだ、少しも酔ってはいなかった。    

次の日、つんくは槍騎士団と軽騎士団に、
    南国境への駐屯を命じた。
    何かがあったときのとりあえずの応戦のためだ。
    (とは言っても……相手が本当に浜崎とあればどうにもならんやろな。)
    そうは思っているのだが、それ以上兵力は割けない。
    (やっぱりエイベックスへ使者を送るか……。)    
何せ相手は何を考えているかわからない。
    危険なところへ、そうやすやすとは使者を送れない。
「あの人も……変わったな。」
ポツッっと呟いた。

槍騎士団長飯田圭織の家だ。
圭織は、鎧を身にまとい、
槍を担ぎ出した。
そこへ、小さな女の子が家の奥から寄って来た。
「また……戦争?」
少し舌っ足らずな喋り声だ。
「うん。南の国境に緊急配備になった。
しばらくは帰って来れないかもしれないけど、
その間は聖騎士団の稲葉さんが面倒見に来てくれる事になってるから……。」
「……わかった……。」
下を向く。圭織が戦争に出かけて行くのはそれほど珍しいことではない。
しかし、それでもさみしいものだ。
「希美ちゃん……。」

辻希美は、
いわゆるひとつの戦災孤児だ。
1年半前、アップフロント王国とトゥルーキス王国が戦争を起こしたとき、
戦場を一人さまよっていたのを圭織が保護した。
両親や住んでいた場所などの記憶を失ったらしく、
どこにも引き取り先が無かった。
よって終戦後、圭織が引き取ったのだ。
以来、ずっと二人で暮らしている。
しかし、圭織は王国の槍騎士団長である。
戦争があればその度遠くへと出かけて行く。
しかし、希美にとって唯一の家族である圭織が、
ずっと離れてしまうのはとても寂しいのだ。
また希美は、圭織がその度に命の危険にさらされていることを知らない。
子供故に、戦争の恐ろしさや無惨さを知らないのだ。

「それじゃ、行って来るね。」
「早く……帰ってきてね。」
希美は、心配そうに圭織を見つめながら見送った。
圭織は振り返らずに、そのまま出て行く。
振り返って希美の顔を見れば、
外へ出て行きたく無くなってしまう気がしたからだ。
バタンッ。
ドアが閉まった。
希美は、居間のテーブルに腰掛けると、
その上に乗っかっているマンガ本を手に取った。
もう、何度も読み返したモノだが、
何度でも、何度でも読み返せる。

圭織が城門の前に着いた時、
軽騎士団と団長のひとみは既に出陣の準備を整えていた。
小柄な馬にまたがっている。
槍騎士団も、圭織を除いて全員集まっていた。
「遅かったですね。」
ひとみが言うのを尻目に、
圭織は馬に飛び乗る。
ひとみのとは違ってかなりの巨漢だ。
「うん。でも、もういいわ。行きましょう。」
圭織は番兵に指示を出す。
「王国槍騎士団、王国軽騎士団、出撃ぃ〜〜!!」
威勢の良い叫び声。
両騎士団は南部国境へと向かって出撃を開始した。

「飯田さん?」
圭織とひとみはそれぞれ二人で先頭に立っている。
ひとみが横を向いて話しかける。
「何?」
飯田はひとみの方を見ないで答える。
機嫌が悪いのか、
ただ単に面倒なのかはわからない。
「もしこのままギザと戦争になったら、
私達はどうなるんでしょう?」
ひとみは団長と言っても実践経験は少ない。
エリート故に現場慣れをしていない。
「そうね……。」
圭織は既に団長としても2年以上のキャリアをもっている。
連戦連勝の腐敗神話を作りつづけている程の名将でもある。
どんなに少ない兵力でも、
どんなに不利な状況でも、
最終的には何故かいつも勝ってしまうのだ。
自軍の被害は実際、
敵からの被害よりも馬鹿らしい自滅による物が多いほどだ。

「圭織的には、よくわかんないけど、すっごく疲れると思うな。
沢山戦わないとならないし。」
「……。」
もちろん、ひとみの期待していた答えはこんな物ではない。
ギザの戦力とゼティマの戦力はどれぐらいの差があるのか、
とかギザの騎士の誰々が強い、とか、
そういった話を聞きたかったのである。
しかし、相手は圭織だ。
自滅女でもある。
勝利の為に、まともな戦略なんてろくに考えない。
それでも、何故か勝つのだ。
そういうヤツなのだ。
(聞いた私が馬鹿でした。)
心の中で大声で叫んだ。


「えーと、闘技場は、ココだよね。ウン。」
紗耶香は闘技場を訪れていた。
魔物退治と闘技場荒らしが、
重要な旅の資金源なのだ。
コレ無しでは生きていけない。
「ま、軽くひねってやるかな。」
闘技場に来ている輩なんて、
力ばかりの連中ばかりだ。
紗耶香は生まれてこの方、
闘技場で負けた事なんて一度も無い。

「あの、闘いにエントリーしたいんですけど。」
紗耶香は、ワザと声のトーンを低くして受付に話しかけた。
女を戦わせてくれる闘技場は滅多に無い。
だからいつも男の振りをするのだ。
「あぁん?」
受付のオヤジが訝しげに紗耶香を見る。
「……アンタ、いくつだ?」
無愛想な態度だが、闘技場オヤジなんてそんなモノだ。
「16」
紗耶香は、ますます声を低くしてしゃべる。
かなり無理はあるのだが。
「……。16にしちゃぁ童顔だな。まぁいい。
挑戦料、30000よこしな。」
紗耶香は無言で財布から紙幣を取り出し、
オヤジに渡した。
ふと、オヤジの目が紗耶香の財布に止まる。
「オイ……。お前男のくせにそんなチャラチャラしたブランドモノの財布持ってんのかい?」

「……(マズイ)。」
沈黙する紗耶香。
数秒、時が止まる。
しかしハッっとしてオヤジのほうを向き直る。
「……?」
とぼけた顔を作ってみる。
しかし全く効果はない。
「なぁアンタよぅ、本当は女だろ?あーん?」
上目遣いで紗耶香を見やる親父。
「そ、そんなコト無いよ、僕、男だよ。」
しかし、紗耶香は緊張のあまり声を作るのを忘れてしまった。
モロにかわいい声である。
オヤジはニヤッっと笑う。
(しまった……。)
紗耶香は、顔を強張らせて動けなくなる。
しかし、その後のオヤジの反応は意外なものだった。

「そうならそうと始めから言いな。どれ、顔よーく見せろ。」
オヤジは紗耶香の顔を除きこむ。
「???」
紗耶香は状況が全く理解できない。
しばらくオヤジは紗耶香をじろじろと見ていたが、
突然先ほど紗耶香から受け取った金を紗耶香に突き返した。

「えぇ!?」
驚く紗耶香。
「アンタならタダでもOKだな。頑張って戦えよ。」
「……?」
何が何だかさっぱりだ。
「ど、どういうことですか?」
紗耶香が不思議そうに尋ねる。
オヤジはいやらしい目で笑うと、答えた。
「女、特に美人は掛け金を減らしたり免除されたりするシステムなのさ。
そのかわり負けた時には……。な?わかるだろ?」
オヤジの説明を受ける。
紗耶香は、やっとオヤジの態度の謎が解けた。
「……そういうこと。」
あからさまに不機嫌な顔になる。

「どうする?今からならまだやめれるぜ?」
にやけるオヤジ。
紗耶香は男を偽ってまで闘技場で戦おうとしていたのだ。
今更やめるとは毛頭思っていない。
当然、紗耶香もそんな事は露にも思ってはいない。
「いいわ。やる。」
紗耶香は、プイッっと振り向くと、
闘技場の戦士の控え室へと入っていった。
「ククククク……。今夜は楽しめそうだな。」
まぁ実際、
紗耶香ほどの美人が闘技場に来るなんて滅多にあることではないのだ。
女戦士なんて大抵がいわゆる仏滅顔なのだから。

闘いの紗耶香の番は、
割とすぐにやってきた。
この闘技場では、二つに振り分けられた挑戦者同士が勝ちぬきで闘い、
5連勝をすると闘技場のマスターと戦える。
それに勝つと賞金が出るというシステムだ。
紗耶香がホールへ向かう廊下を歩いていると、
向こうからは先ほどの戦いに敗れた男が運ばれてきた。
「ちくしょう……。なんで……。城の騎士が……。」
うわごとを言っている。
(城の騎士……?)
紗耶香は不思議に思った。
どうやら自分の相手は城の騎士らしい。
しかし何でそんな者が闘技場になどやってくるのか。
ちょうど、係員の者が近くを通ったので尋ねてみた。

「あのー、私の次の相手ってどういう人なんですか?」
紗耶香が聞くと、係員はヤレヤレ、といった顔をして答えた。
「『業天団』のしゅう様さ。
現在4連勝中でリーチ。全く、
あんな強い人に来られちゃこっちは商売あがったりだよ。」
係員の意外な答え。
城の騎士のトップクラスが、
闘技場で戦っているというのだから。
「しゅう……ってここの王女と結婚するっていうあの?
でもそんな人が何で……?」
「それはね……。」
係員がますますやれやれ顔になる。

「自分の強さを自慢したいのさ。真希様にね。」
「???」
係員は、ポケットから闘技場の見取り図を取り出す。
「ホラ、ここを見てみな。特別観客席っていうのがあるだろ?
しゅう様は今日、真希様をここに連れてきて闘いを見させているのさ。
そうやって自分の強いところを見せれば、
真希様も自分を気に入ると思ってね。」
「なるほど……。」
納得の行く紗耶香。
真希姫がしゅうを嫌っている、という話は、
昨日酒場のマスターに聞いている。
姫にいいところを見せたいのだ。
「へぇ。じゃあ今はお姫様も試合を見てるんだ。」
「そーいうコトになるね。おっと、そろそろ試合が始まるぜ。
さっさと行ってきな。頑張れよ。
まぁ無理だとは思うけどな。
なんせ相手は王国最強部隊『業天団』のリーダーだ。」
「うん、ありがと。」
そう言うと、紗耶香はホールへの廊下を駆け出した。

その頃、観客席。
王国第二王女真希が座っている。
両隣には亜依と鈴音。
そして護衛として業天団のまこととたいせーが後ろに立っている。
真希は、もうウンザリ、と言った表情だ。
「全く……。なんでウチらがしゅうの闘いなんか見なくちゃ何ないワケ?」
「まぁそう言わないでください。アイツだって必死なんだ。」
既に飽きている真希。ブーたれているのをまことがなだめる。
「でもさぁ、しゅーさん強いよねー。」
亜依は、割と楽しんでいるようだ。
「冗談。なにアイツ気持ち悪い。
闘いの最中もいちいちこっち見るし。最悪。」
もう言いたい放題の真希。

「不器用なヤツなんですよ。
あと、極端にスケベだけど。
あとちょっとスグ調子に乗るのと、
結構すぐキレる。
でも、それ以外はいいヤツですよ。」
まことのセリフは、フォローになっていない。
「あーあ、ジャニーズ系の男が、
私をさらってくれないかなぁ……。」
結構な面食らしい真希。
そんな時、回復を済ませたしゅうが控え室からホールへ戻ってきた。

「次の相手に勝てば4連勝。マスターと戦う事になります。
まぁ、しゅうに勝てるヤツなんて、そうそうはいませんよ。
まぁ、つんくとはたけと俺ぐらいかな。」
まことのジョークも、真希には効かない。
むしろ、たいせーが反応する。
「俺だって勝てるわい。」
「ハハハ、どーかな?」
「んだとコラ?お前より俺の方が強いじゃねーか。」
「そりゃ聞き捨てならないな。ここで決着つけるか?」
二人で言い争いを始める。
「バカばっか……。」
真希は、ドコかで聞いた事のあるセリフを吐いた。

ちょうどそこに、しゅうの相手となる剣士(つまり紗耶香だ)が入ってきた。
しかし、真希はそんなモノには目もくれずに寝ている。
「あー、真希様ー。相手出てきたよ。試合見なくてエエのー?」
「どーせしゅうが勝つんでしょ?そんなの見たって仕方ない。」
不機嫌な真希。すでに下を向いてうつむいている。
寝るモード全開だ。
こうなれば真希は5分で寝られる。
「あーあ。まぁエエよー。亜依ひとりで見るからー。」
「……。」
この場面、鈴音はずっと居たにも関わらずセリフが一言も無かったという……。

闘技場ホール。
しゅうと紗耶香が向き合う。
(何だ?この子供は。こんなヤツが相手じゃ真希にカッコイイトコロ見せられねーじゃねぇか。
まぁ良いか。マスターを軽くひねってやれば良いんだ。)
(この人がしゅうか……。確かにスケベっぽい……。
それに性格悪そうな顔つき……。これじゃ王女も嫌がるわよね。)
キーン!!試合開始の鐘が鳴る。
それぞれの思いが交錯する中、
試合が始まった!!
ちなみに真希は爆睡中。

紗耶香はまず、しゅうがどれほどの強さかを確かめるために、
強引にしゅうの懐に飛び込み、
スキを作るフリをした。
(これは罠だな……。このガキ、やるじゃねぇか。)
しかしそれを察知したしゅうは後ろに飛んで間合いをとりなおす。
紗耶香の武器は大きな日本刀。
しゅうの武器は長い西洋剣。リーチに差は無い。
間合いに入った瞬間に攻撃は開始するのだ。
まだ、仕掛け時ではない。
(さすが最強部隊隊長ね。)
真希は、しゅうの強さが本物だとわかると、
さらに離れて動きをピタッと止めた。
回りに闘気を張り巡らせる。
一撃必殺を決め込んだのだ。

(このガキ……東洋剣術使いか。間合いに飛び込むとやっかいだな。)
しゅうは、フットワークを取ったままそのばで足を止めた。
(……このガキ……強い。)
しゅうも、真希も、動きが止まった。
互いに、相手の気配に気を配っている。
観客からは、ブーイングが飛び交う。
「なんでさっさと決めちまわねーんだ!!」
「そんなガキさっさと潰せ!!」
観客には、二人の闘いのレベルは理解できない。
この場で、紗耶香がどれほど強いかをわかったのは、
業天団の残り二名だけだった。

「たいせー。あいつ……相当強い。」
「ああ。しゅうが今日初めて本気を出している。」
二人は、闘いを真剣に見つめたまま言った。
「……この勝負、わからないな。」
そこへ亜依が水を差した。
「まことさーん、なんでしゅうさんも相手の人もうごかないんですかー?」
亜依には、相手の隙をうかがうなんて、概念そのものが有りはしない。
「まぁ、あれは、相手を観察しているんだよ。」
まことは簡単な言葉で説明してやった。
「なんで戦ってる時にそんなことするんだろう。
相手が動かないうちにやっちゃえばいいのに。」
……まだまだ子供である。

「真希様ずっと寝てるよー。いいのー?」
加護は続けた。
真希は既に夢の世界の中で、
ポテトチップスを三袋程食べて幸せになっている。
「まぁ、こういう試合こそ、見てて欲しい気もするけど、
真希様が見てもわからないだろうからな。」
まことは正直な感想を述べた。
「だよねー。二人とも動かなくて、つまんないもんねー。」
「ハハハ……。」
強い者とは、強い者でなければ理解できない。

闘いは膠着していた。
二人とも、相手の様子を伺ったままだ。
しかしそんな中、遂にしゅうが業を煮やして紗耶香に飛びかかった。
「……。」
しかし紗耶香は待った動かない。
(もらった!!)
しゅうは、大上段から剣を思いっきり紗耶香に向かって振り下ろした!!
しかし……。

次の瞬間、
しゅうは紗耶香から向かって右の壁に叩きつけられていた。
壁は粉々に砕け散り、
しゅうはそこで倒れて気絶していた。
会場が、静寂に包まれる。
そこへ、紗耶香の勝利が係員により告げられた。
紗耶香は、眉一つ動かしていない。
会場は、一体何が起こったのかを理解できていなかった。
しかし、紗耶香が勝った事がわかると、
会場内は大騒ぎとなった。
まさかあの状況で、
紗耶香に金をかけている客などいる筈も無いのだから。

「まずい……氏んだんじゃないか?」
しゅうは、たいせーに言うが早く、
ホールに飛び降りた。たいせーもソレに続く。
二人はしゅうへと急いで駆け寄る。
紗耶香の前を横切る時、紗耶香は二人に言った。
「大丈夫です。氏にはしません。その人、鎖を着込んでいましたから。」
まことが駆け寄ると、
確かにしゅうは生きている。
胴を裂かれたりもしていないようだ。
ただ、あばらと鎖は粉々に砕けている。
「たいせー、回復を。」
まことが促すと、たいせーはしゅうに回復魔法をかけ始めた。
まことが紗耶香に歩み寄る。
「驚きました。まさかしゅうに勝つとは。お名前は?」
「市井紗耶香。旅の剣士です。」
名前を聞いた瞬間、まことはハッっとした。
そうだ、この剣士は女だ。
まさか、これほどまでに強い女がいるとは。
「……そうですか、市井さん。我々は今日はココで帰りますが、
素晴らしい闘いでした。コレからもがんばってください。」
そう言うと、まことはたいせーと二人でしゅうを担ぎ、
廊下へと消えていった。

その頃特別観覧席では、
女3人が取り残されていた。
「しゅうさん達、どこへ行っちゃったんでしょう?」
やっとしゃべった鈴音。
「そうだよね。おいてかれた?」
ポケッっと座っている二人。
「きゅーん……。」
真希は寝言。
「とりあえず起こそうか。」
そう言うと、加護は真希を起こしにかかった。

「真希様、起きて、起きて。」
真希をゆする。
普段はそう簡単には起きてくれない。
しかし、その時は会場が以上にうるさかったので、
真希はすぐに目を覚ました。
「何ようるさいなぁ……。」
目をこすりながら顔を上げる真希。
「しゅう様負けちゃったよ、なんかよくわかんない人に……。」
「……えー?……負けたー?……まぁいーんじゃない?」
適当な返事をしながらホールに目をやる真希。
「なんかねー、スーってなってピョーンっていったらドカーン!!って。」
亜依が説明をする。
しかし、当然真希は聞いていない。

「ねー真希様ーってあれ?」
真希は、さっきふとホールに目をやったときから、
微動だにしていない。
固まっている。
「真希様?」
心配そうな亜依と鈴音にも目もくれない。
「一体どうしたの……?」
そんな質問にも答えない。
「……?」
わけがわからない亜依。
そんな中、真希がポツリと呟いた。
「カッコイイ……。」
「へ?」
真希の言葉の意味が理解できない亜依。
鈴音も亜依も、真希に何が起こったのか全く理解できなかった。

……ただ、真希の瞳はまっすぐ紗耶香を捕らえていた。

その頃、
闘技場奥渡り廊下。
「う……う〜〜ん……。」
気絶していたしゅうが目を覚ました。
怪我は、既にたいせーの魔法で治っている。
「く……そう……。」
「お、気がついたか負け犬。」
起きるなり茶々を入れるたいせー。
「仕方ないさ、多少なりともお前は油断していた。
あの程度の間にも絶えられないようじゃ、負けて当然だ。」
まことが追い討ちをかける。
しかし、しゅうは下を見たまま返事をしない。
「さ、これにこりてもう闘技場になんか来ない事だ。
真希様達を迎えに行って帰るぞ。」
まことがそう言った時だった。
しゅうは突然顔を上げて言った。
「……俺、先に帰っていていいか?」

さすがに、無様な負け方をしてしまった以上、
真希に合わせる顔がない。
「……ああ。その方がいいな。
あんまり気にするなよ。」
「……。」
しゅうは無言で去っていった。
とぼとぼと、落ち込んだ足取りで。
「……あいつも……ついてないな。」
「ああ……。」
まこととたいせーは心底友を哀れんだ。

「御義父様?なんですか。出かける支度をしろだなんて。」
梨華は先程、突然つんくの寝室に呼び出された。
「エイベックスへ行くんや。俺とお前でな。
護衛も30人ほどつける。公式訪問や。既に向こうには鳩で知らせた。」
つんくは服を着替えながら言った。後ろを向いたままだ。
要するに、ギザとの交戦に備えてのエイベックスの意思の確認、
そしてできれば、ゼティマとの協力の確認を行おうというのである。
「キレイな格好してけよ。あの人はとりあえずかわいい女さえ見りゃ機嫌が良いから。」
散々な言われ方の松浦皇帝。
「……わかりました。じゃ、部屋に戻りますね。」
そう言うと、梨華は突然フッっと姿を消した。
「急げよ……ってアレ?居ない……。」
つんくが着替え終わって後ろを向いた時、
既に梨華の姿は無かった。
「石川……瞬間移動もできるんか……。」
ちなみに、かなり高尚な暗黒術師でもなければ、
瞬間移動なんて真似はできないのだが、
つんくにはそこまで知識は無かった。

第一王女梨華の部屋だ。
部屋は薄暗く真っ黒なカーテンで光がさえぎられている。
壁紙は赤茶色。部屋を余計に暗く見せている。
机の上には怪しげな魔術の呪文が書きとめられたノートが置いてある。
本棚には怪しげな黒魔術の本。
ベッドの上には黒猫のぬいぐるみ。
どう見ても15歳の女の子の部屋ではない。
「うん……、そう。これから行くの。
つんくさんと。ええ、そう、こっちの王の事よ。
私のお義父さん。エイベックスの皇帝に話が有るんだって……。
MAX松浦?誰ソレ?あ、皇帝。ふーん。」
梨華は一人でなにかぶつぶつと喋っていた。
……いや、水晶玉に向かって喋っている。
それには……誰かが映っている。
黒いローブに身をまとっていて怪しげだ。
男か女かもわからない。
「わかってるよ。人前では使わないって。
大丈夫。ウン。ウン。わかったわかった。
じゃーね。バイバイ。」

……フッと水晶に映っていた映像が消えた。
一瞬何かを呟く梨華。
すると、梨華の服が何時の間にか、
ただの寝巻きから豪華なドレスに変わっていた。
「さ〜て、行こうっと。」
スゥ……。
梨華は部屋を出た。
ただしドアを開けずに通りぬけて。
そして梨華が部屋を出た途端、
部屋はシュウッっと霧に包まれた。
やがてモワモワしていた霧が消えたかと思う頃、
部屋は全く違うものに化けていた。
カーテンはピンク色のものに変わり、開け放たれている。
光が差し込み、とても明るい。
壁紙もやはりピンクになっている。
メルヘンな感じだ。
机の上のノートには、数学の二次方程式の問題が書き込まれている。
本棚の本は、少女漫画ばっかりだ。
まるで先程とは正反対の部屋。
変わってないのは、ベッドの上においてある黒猫のぬいぐるみだけだ。
どう見ても15歳の女の子の部屋である。

「キャー!!キャー!!頑張れーっ!!」
叫びまくっている真希。
手を振りまわして、観客席の柵を乗り越えんばかりだ。
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
上から、まこと、たいせー、亜依、鈴音。
全員、呆れている。
というのも、さっきから真希は紗耶香の応援に夢中なのだ。
お陰で、もうとっくに帰っているはずが、
未だしゅう以外全員が闘技場にいる。
紗耶香も遂に5連勝。
真希の態度もしゅうの時とはえらい違いである。

「おいたいせー、……いいのか?」
「何が?」
「あの剣士が、実は女だって事教えなくても……。」
「面白そうだから放っておけ。」
「……。」
それにしても、ものすごいハマりようである。
「人目惚れ……か?」
「多分な。」
「かわいそうに……しゅう。」
「どうせ結婚はするんだ、別にいいだろ。」
割と、たいせーはどーにでもなれ主義らしい。

そんな中、闘技場のマスターが出てきた。
挑発の、普通の剣士だ。割合強そうではあるが……。
試合開始の鐘が鳴った瞬間、
剣士はその場に崩れていた。
秒殺である。あまりにも、圧倒的な強さ。
「キャーッ!!キャーッ!!」
大騒ぎの真希。また、
久々にマスターを倒す人間が現れたため、
場内も大盛況である。
手を振って応える紗耶香。
紗耶香の元へ、闘技場のインタビュアーが、
賞金を持ってやってきた。

「いやぁ、優勝おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
「お名前と年齢は?」
「市井紗耶香、16歳です。」
そんなやりとり。
特別観客席では……。
「お……、女?」
あっけにとられる真希。
ニヤニヤしてやまないまこととたいせー。
しかし、その後の真希の反応は、
一同の理解を超えていた。
「ま、いっか。キャー!!キャー!!」
ずっこける一同。


「どうするよたいせー?い、今流行りの……。」
「……んー。もう何も考えたくない。」
絶望に満ちまくりの二人。
「???」
「???」
さっきから、何が何だかわからない亜依と鈴音。