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バトルロワイヤル

時計の針が七時をまわり、窓の外の風景が、モえるような夕焼けから
徐々に冬の夜らしく変わり始めた。

安倍ナツミが、控え室の後ろ寄りのその席から、
室内をひとわたり見回すと、天井の、くすんだパネルから落ちる
にぶい蛍光灯の明かりの下、モーニング娘。のメンバーたちは、
まだまだ元気におしゃべりを繰り返していた。

遅い夕食のロケ弁を食べ終えてまもなくだった。
ナツミが妙なことに気づいたのは。
左側にいる矢口真里がいつの間にか、静かに寝息を立てていた。
飯田圭織の体が、座席から通路側にだらしなく傾いている。
全員が眠っているようだった。
…みんなちょっと眠るには早過ぎないべか?…
そして何より問題なのは…ナツミ自身がものすごい
眠気に襲われている事だった。…

右側で何かを叩く音がして、ナツミは随分苦労してそちらに首を傾けた。
市井サヤカが出口の扉を開けようとしていた。幾らもしないうちに、
市井の体から力が失われた。ナツミもすぐに、眠りに落ちた。

意識を取り戻した時、慣れ親しんだアサヤンのスタジオは、
不快な違和感をナツミに与えた。
…スタッフが誰もいない。こんなデイパック持ってたっけ…
靄のかかったような頭を、現状を把握する為に酷使した。
突然、正面のスクリーンに何かが映し出された。

「はーい、岡村先生にちゅうもーく!じゃ、説明しまーす。
 今日皆さんにあつまってもらったのはほかでもありませーん」

ナッチは静かにスタジオを見渡した。ナッチのまわりには他の
モー娘。のメンバーがいる。裕ちゃんの向うに太陽とシスコムーン
の4人、一番後ろの席に並んで座ってるのはココナッツ娘だったかしら?
あれっ、彩っぺがいる…。それに、彩っぺの隣にいるのは…明日香?

「今日は皆さんにちょっと、殺し合いをしてもらいまーす。
 最後に残った人だけソロデビューできまーす。つんくさんにプロデュー
 スしてもらえるんだぞー。すごいだろー。ASAYANでも超大プッシュ
 するぞー」

全員の動きがとまった。ただ…ナッチは気付いた。明日香だけがガムを噛み
続けている。その表情にはいささかの変化もなかった。ただ少し…苦笑いに
にた表情が、その面貌をかすめたような気もした

「これはマジな企画だからなー、
 信じられない人は、振り返って後ろを見てみろー。」

ナツミは恐る恐る首をまわし、ごくりと唾を飲み込んだ。
床の上の、半分方開けられた袋の中から、番組出演者の
中山エミリがのけぞっていた。
確かめるまでもなく、死んでいるのがわかる状態だった。

「はいはいはい、静かにしなさーい。
 ルール説明をしまーす。皆さんの持っているデイパックの中には
 適当な武器が入っています。それを使って殺し合いをしてくださーい。
 もちろん、その辺にある椅子とかで殴ってもいいぞー。

 テレ東の皆さんのいるエリアは閉鎖されていまーす。
 最後に残った一人しか出してあげませーん。

 それじゃ、いっせいに散らばって5分後に開始してくださーい。」

居合わせた全員が、一瞬、こわばった顔で視線を合わせた後、
次の瞬間、互いに背を向けて走り去った。

保田圭は薄暗い通路を慎重に進んでいた。圭より40分ほど先にスタジオを出る
前、プッチモニの偉大なリーダー、サヤカが手渡したメモには「二階の食堂で
まっている」とあった。もちろんこのゲームでは味方はいない。しかし、市井
ファミリーには、絶対の絆があった。とりわけ圭とサヤカのあいだには、特別
なものがあった。現在のサヤカをつくったのはある意味で圭だったからだ。
サヤカのこと、この状況にどう対応すればよいか、とっくに計算しているに
違いない。市井サヤカが本気になったら、アサヤンなんてメじゃないはずだ。

「圭」
突然声がかかり、圭は反射的に振り返りながら右手の銃を持ち上げかけた。
カウンターの陰に、サヤカが腰をおろしていた。
圭は「…ボス…」と、安堵の声を出した。…だが、圭はそのサヤカの足元に、
三つの塊が転がっているのにきずいた。仰向けになって倒れているのは、太シス
の信田、横向きになっているには同じく太シスの関西人だ。もう一人はうつ伏せ
でよく分からないが、ココナッツ娘の誰かのようだ。後藤はいない。
「こっ、これは…?」
「あたしを殺そうとしたんだ。だからやった」
「わっ、私は大丈夫よ、サヤカを殺そうなんて思ってない。ね、にげるんでしょ」
「…あたしは、どっちでもいいとおもってたんだ」
「ど、どっちでもいいって?」
「…あたしはコインを投げたんだ。表が出たらアサヤンと戦う、そして…」
圭の全神経は右手にさげたワルサーPPK、その引き金にかかった人差し指に集中
していた。その指がぴくりと動き…しかしそのときにはもう、圭の胸には四つの穴が空いていた。
「裏が出たら、このゲームに乗ると」

中澤裕子は女子トイレのなかで途方に暮れていた。周りはみんな敵だ。殺し合いなん
て恐ろしすぎて、だからこそ私はここで震えている。だいたい、私はもう演歌でソロ
やってるし。なんで携帯通じへんのやろ?
「よかった、誰もいないのね」
急に聞こえたその声に、中澤は凍り付いた。他のメンバーだったらまだ話し合えるかもし
れない。だが後藤真希は。天使みたいな愛くるしい顔だちをしてるくせに、視線ひとつで
スタッフを震えあがらせる真希。あの娘は私がリーダーでも気にするなんて事ない。あの
娘なら、私なんか、喜んで殺してのけるだろう。

急に携帯が鳴った。中澤は慌ててポケットから携帯を引っ張り出すと必死でボタンを押した。
「あのー、矢部ですけどー、中澤、電源切っといたほうがええぞ。みつかったらヤバいで」
やっと、通話停止ボタンを探り当て、矢部の声はぷっつりときれた。
「…中澤さん?…そこにいるんですか?」

中澤は携帯をそっと置くと、ナイフを握りしめた。力は自分のほうが強いはずだ。勝ち目は
ある。殺さなければ、真希は私を殺すだろう。殺される前に殺さなければ。

後藤はぺたんと床に腰を落し、中澤を見つめていた。後藤の目からは、涙がこぼれていた。
「よかった…。中澤さんなら大丈夫よね?…あたしを殺そうなんて、しないでしょ?
 一緒にいてくれるでしょ?…あたし、怖くて…」
ああ、そうだったのだ。真希にどんな噂があったってまだ14の女の子に過ぎないんだ。
真希だって同じメンバーを殺すなんてできるわけがなかったんだ。
「大丈夫よ。私が一緒にいてあげるから」
後藤はしゃくりあげるようになきながら、頷いている。中澤はそのまま、トイレの床で後藤と
抱き合った。

「真希・・・。ごめんね。私、一瞬あなたを殺そうとしたの。とても怖かったから…」
それを聞いて後藤は一瞬目を丸くしたが…怒り出しはしなかった。涙でぐしゃぐしゃになった
顔で、何度も頷いた。それから、にこっと笑って言った。
「いい。いいの。そんなこと、気に、しないで」
中澤の顎の下あたりから、ざくっ、というレモンを切るような音がした。
中澤の目には自分ののどに、何かバナナのような緩やかにカーブした刃物が入っているのが
見えた。カマだ。声はでず、胸の辺りが自分の血で暖かくなる感触を最後に、中澤の意識は
途切れていた。
後藤はうっとうしい涙を拭い、鎌を中澤からひきぬくとたちあがり、静かな声でいった。
「ごめんね。あたしもあなたを殺そうとしてたの」

「動かないで」
声がしたほうに振り向くと、小柄な人影が立っていた。ポンプ式ショットガンを手にしている。
「…明日香? 明日香、ちょっと待って、わたし…」
「動かないで。持ってるものを捨てて。…なっち?…なんで泣いてるの?」
「さっき、トイレに隠れようとおもったの。したら、裕ちゃんが…」
「オーケイ。とにかく、ちょっと隠れよ」

「ね、つんくさんに頼んでこんなことやめさせてもらおうよ。私、こんなのヤだべ」
「…このゲームを仕組んでるのがヤツなんだ。むださ。それに、サヤカはもうやる気みたいよ」
明日香はバッグから紙パックのミルクを取り出すとナッチに投げて寄越した。
「食堂にたべもの仕入れにいったら、圭ちゃんとか、4人殺されてた。スタジオ出るとき市井ファ
 ミリーがメモ回してたの、気付いてた? サヤカ、自分の子分を皆殺しにして武器を手に入れたって
 わけ。あと、裕ちゃんを殺ったヤツもいたね」
「…なんで明日香も巻き込まれたの?もう引退してたのに」
再び、明日香に苦笑いに似た表情が浮かんだが、返事はかえってこない。
「…でも、明日香が一緒にいてくれてうれしい」
「ほんと? あたしが一緒にいるのはナッチを利用したいだけで、いつかナッチを殺そうとするかも」
「私、明日香のこと、信じる。娘。じゃ最初から一緒にがんばった仲間だもん」
「そう。信用してくれてうれしいわ。一人じゃ寂しくってね」
「…でも、ほんとになんで明日香まで…。つんくさんが仕掛けたって本当なの?何か知ってるの?」
「…私が引退したいって言ったとき、条件だされたの。ゲームに参加しろって。以前にも行われてたのよ
 このゲーム」
「……」
「私、前回のゲームの優勝者なの」

稲葉貴子は言いようのない不安感に襲われていた。階段を上がる途中に散らばっていたずたずたに引き裂かれた死体。かろうじてココナッツ娘のアヤカとレファだと分かったが、あの異常な殺され方、人間の仕業じゃない。誰がやったんだろう。神経をとがらせながら、一歩一歩階段をゆっくりと上る。あたりにただよう不気味な妖気に稲葉は手に持った自動小銃をぐっと握りしめた。そのとき、
「うふふ、稲葉さーん。」
頭上からかけられた声に信田ははじかれるように天井を見上げ,そして凍りついた。
「い、飯田さん……まさか、」
濡れたように艶やかな黒髪の女が、ヤモリのように階段踊り場の天井に逆さにへばりついて笑っている。獲物を狙って猫のように光る瞳。
モーニング娘。の飯田圭織!その口元がべったりと赤い血に濡れているのを見た瞬間、稲葉は全てを悟った。ココナッツの二人を殺ったのは彼女だ。そして彼女はいま、私を狙っている!
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
稲葉は無我夢中で天井に向けて自動小銃の引き金を引き続けた。弾が切れるまで。ドサリという音とともに天井から飯田の体が床に落ちる。
「はあっ、はあっ、はあっ」
命が助かった安堵と、人(?)を殺してしまった恐怖で稲葉は荒い息をついだ。床に横たわる飯田の死体に目をむける。そのとき、蜂の巣になったはずの飯田の目がぱちりと開いた。
ウソでしょ、何十発も撃ち込んだのに生きてるはずが……。愕きで声も出ない稲葉の前で飯田はむくりと体を起こした。
「稲葉さんに一言、言いたいことがあります。ねぇ、笑ってぇぇぇぇぇ」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

稲葉貴子死亡。

「ミナサーン! コロシアイノコト、ヤメテヨー!」
階下から聞こえてきた声に、明日香は舌打ちをした。
「馬鹿、殺されちゃうよ。ナッチ、あの声だれ?」
「たぶん、ルルだ…! やめさせないと!」
ナッチは、食べかけのアンパンをポケットに押し込み立ち上がろうとした。
「まって、あたしが見てくる」
明日香はショットガンを手に取ると、声のするほうの様子をうかがう。声はまだ聞こえてくる。
「アタシ、ろびーニイルヨー! ミンナ、キテー! ケンカ、ヤメテヨー! ミ」
ぱららららっ、というタイプライターの音に似た銃声が聞こえ、階下の声は途切れた。
「…もう終わった。ナッチ、ここはもうヤバい。ちょっと動こう」
階下で、もう一度、ぱららっという銃声が聞こえた。

さっきから何度か、近いところで銃声が聞こえていた。石黒彩はゲーム開始以来ずっと倉庫に身を潜めて
いたのだけれど、結局、このままでは事態は好転しないと判断した。誰か…少なくとも自分の信用できる
友達を探し出して、一緒に行動することが必要だった。もちろん、自分にとって信用できる相手が、自分を
やはり信用してbュれるとは限らない。でも…タンポポのあの二人なら信用できる気がする。
彩は、倉庫から出て、通路を明るいほうへ向かって歩き出した。
カオリか真里っぺを見つけられればいいんだけど…。でも、カオリはともかく、真里っぺはまだ大丈夫かな?
もし、タンポポの二人じゃなくても、ナッチや裕ちゃんなら話しできるかも。いきなり撃たれたりしないよう
気を付けて…

考えに気を取られ、不注意に通路の角をまがった目の前に、二人の少女がいた。
ひとりは仰向けに倒れていて、床が大量の血で真っ赤になっている。小湊だ。
…どう見ても死んじゃってるな。しかも、全然少女じゃないし。
もうひとりの女の子は、小湊のそばにしゃがむようにして顔をのぞきこんでいる。右手には鎌。すごいね、鎌だって!
瞬間、そいつは顔をあげた。彩と目が合っていた。

…最悪。真希だ。後藤真希。

平家みちよは身を隠そうと入った四階の一室で驚くべきものを発見していた。
床の隅に無造作に転がっているそれは、どう見てもココナッツ娘のダニエルに見えた。しかし奇妙なことにダニエルの体はまるで空気を抜かれた風船のように薄くしぼんでいる。
「ダニエォ、大丈夫?」
近寄ってペラペラのダニエルの体に触れて平家は驚愕した。ダニエルの背中には首筋から尻までチャックが付いていたのだ!!チャックは全開になっている。中身はもぬけのカラだ。
「まさか、これダニエォの抜けガラ?じゃあ、今までわたしたちがダニエォやと思ってたのはいったい何者やの?いや、それより中身はどこにいったん?」
言いようの無い恐怖に平家は震えた。この部屋にいるのは何かヤバイ。そういえばさっきから誰かに見られているような気がする。
立ち上がって入り口のドアにかけより、外に出ようとした瞬間、平家の足に物陰から触手のようなものが絡みついた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

平家みちよ死亡

そのころ鈴木あみは赤プリのスウィートルームでつんくの胸に抱かれていた。この愛人関係ももう半年になる。最近あみはつんくが遊びで始めたモーニング娘。に危惧を抱いていた。あまり裕福でない家庭に産まれたあみは、芸能界の女王になるためにあらゆる裏取り引きを続けてきた。整形もした。小室とも寝た。アサヤンプロデューサーとも寝た。安室の母も殺した。浜崎に毒を持ったこともある。そうしてきづき上げた今の地位をあの素人芸人集団は運で奪おうとしている。
「ねぇ、つんくぅ、ほんとにモーニング娘。皆殺しにしてくれるの?」
「しつこいやつやなぁ、あいつら今ごろ、ソロデビューに目がくらんでお互いに殺しあっとるところやで。誰が勝ち残るか知らんけど、生き残ったやつも交通事故に見せかけて殺してもーたらええがな。モーニング娘の代わりなんていくらでもおるからのぅ。そや、今度あみぃごメインで新しいユニット作ったろか?きっと売れるでぇ。」
「やだぁ、私はソロでやってくの。」
「そんなこと言わんとつんくファミリーに来いやぁ」
そう言ってあみの体をまた求めてくるつんくに、あみは内心舌打ちした。今ごろモー娘は殺し合いか……。もうこいつの利用価値もないな。
「つんくぅ、このお薬飲んでみて、すっごく気持ちよくなるよ。」
「ほんまか?ひひ、あみぃご今夜はねかさへんで。」
疑うことなくつんくはあみに渡された錠剤をゴクリと飲み込む。
「げ、げふぅ」
数秒後、つんくは口から大量の鮮血を吐いてベッドに倒れ込んだ。
「うふふ、象も五秒で死ぬ猛毒よ。この私があんたなんかにプロデュースされるような器だと思ってるの?チャンチャラおかしいわ。あはは。」
高らかに笑い声を上げるとあみは赤プリ最上階の窓を開け、地上まで軽々と飛び降りて猛烈に走り出した。
最後まで油断はできない。最後に生き残った一人はこの私が直接始末してやるわ。待っていなさい、モーニング娘。!!!
「あはははははははははははは!!!!」
東京の夜にあみの雄叫びがこだました。

つんく死亡

っ…
保田圭は意識を取り戻した。
そう言えば気を失う直前に聞こえてきた言葉…
「ゲームが終わるまで眠ってな…」
……ボス………サヤカ…………

急所を外れているとはいえ出血はかなりのものである。
圭は再び意識を失った。

岡村「今、どうなってるんですか? 誰残ってんの?」
矢部「まず、市井さんですね。今んとこ、殺戮人数トップ、独走ですね。
岡村「いきなり4人殺しはったからね」
矢部「そのあと、ルルもやってますね。太陽とシスコムーン、全滅ですか」
岡村「あの人ら、もう年やからね」
矢部「市井さん、そのあと番組のスタッフとか、関係ないひとも殺しちゃってますよ」
岡村「怖いわー。ターミネーターやね」
矢部「ほんまターミネーターですよ。もう、完全武装してはりますよ。スタッフも合わせて
   もう8人殺してはりますね」
岡村「オレらも殺されるんとちゃう?」
矢部「2位が飯田さんですね。3人です。この娘も怖いね。武器使ってへんもん。なんか、不死身
   っぽくないっすか、このひと」
岡村「貞子やね」
矢部「次が後藤さんですね。おっ、中澤ねえさんを殺してます」
岡村「がんばってるね。この娘、だまし討ちが得意みたいやね」
矢部「あと、ナッチと明日香さん、まだ一緒にいてはりますね。石黒さんも残ってます。矢口さん
   見かけませんね。隠れてはるんでしょうか?」
岡村「小さいから見えへんのとちゃうの?」
矢部「あと、ココナッツ娘、残ってますね、ダニエル」
岡村「あれ、ぬいぐるみちゃうの?」
矢部「さぁ、誰が勝ち残ると思いますか、岡村さん? ボクはやっぱ、市井や思いますけど」
岡村「オレは前回優勝の明日香さんやと思うけどね」
矢部「なんか、平家とかあみーごとか、呼ばれてないひとも来てるみたいですね」
岡村「ほんと、凄いことになっとるね」

CMのあと、超急展開!?

「ねえ」後藤が言った。
「前から思ってたの、彩さんだけはスタッフに媚びない人だって」
石黒は後藤の意図が読めないまま、その顔をみつめていた。

「あたし、ちょっと悔しかったの」後藤が続けて言った。
「彩さん、きれいだったし、あたしよりいい女だったしね」
石黒は黙って聞いていた。何かおかしかった。
すぐに気づいた、なんで、真希は、過去形で喋っているのか?

「でも」後藤の目がいたずらっぽく笑んだ。以下は現在形に戻った。
「彩さんみたいな女の人が、あたし、とても好きよ。
 あたしちょっと、レズっけがあるのかな。ふふ。だからとても…」

石黒は目を見開いた、ばっと体を翻す。

「だからとても…」

後藤は鎌をすいと持ち上げた。躊躇うことなく眼前の背中に振り下ろす。
石黒は前のめりに倒れ、うつぶせになったままずずっと、と地面をすべり
動かなくなった。
後藤が鎌を下ろし、言った。

「とても残念」

飯田は首の向きを階段の下の方向に戻した。
そして、見た、さっきまで何も無かった空間に、
湧き出した様に現れたその娘を、その冷たく光る目を。


市井サヤカだ、と認識した時には、ばららら、と言う音とともに
上半身に幾つもの衝撃を受け、吹っ飛ばされていた。

銃声の残響がすっ、と夜の空気の中に消え、再び静寂が支配した。
無論飯田は死んではいなかった。息を殺し、
体をぴくとも動かさずに、ほくそ笑みたい衝動を押さえ付けていた。
ふふふっ、近づいてきたら最後よ。

しかし、どう言うわけか、市井は銃を飯田の頭に向け構えなおした。

…なんで?心の中飯田はそう問うた。カオリはもう死んでいるのよ?
見てよ、こんな完璧な死人が他にいる?
カオリはもう死んでいるのよ!なんで!…

不意に恐怖と狼狽に支配された飯田は、我を忘れて目を見開いた。
その瞬間、市井の銃は飯田の運動中枢を完全に粉砕した。

背中から心臓に届かんばかりの傷を負っていたにもかかわらず、
石黒はまだ生きていた。後藤はとっくに立ち去っていたが、
いずれにしてもそれは石黒の知るところではなかった。

石黒は半ばまどろみ、夢を見ていた。
…カオリ、真里っぺ、あたしたち、ずっと一緒に頑張ってきたよね。
 モー娘。を止める時でも、たんぽぽが一番大切だったよ。
 それは彼を好きだったのとはまた別の話だけど。
 理解してもらえていたのかな。

今の矢口の顔が浮かんだ。泣いていた。
「彩っぺ、死なないで、誰にやられたの?」

「真希よ」と石黒は答えた。自分の唇から漏れる声を聞いた時
ああ.、もう長くは生きられない、と確信した。
「生き残るのよ、真里っぺ、折角そんなに良い女になったのだから。」
「そんな…」矢口が言った。
「彩っぺは世界一良い女だよ…」
矢口は生命を失ってぐたりと全身を重力に委ねている石黒の体を
抱きしめたまま、しばらく、泣いた。

静寂を破り、ばらららら、と言う銃声が聞こえ、安倍のすぐ前で
ドアが千切れて舞った。

そして安倍は見た、三十メートル程向う、廊下の曲がり角に
特徴的な母さんカットの頭がすいっと引っ込むのを。
市井サヤカだった。

「なんで?なんなの?あの娘は?」
「叫んでないで、とにかく撃って!」
火力の差は如何ともし難く、市井は徐々に距離を詰めてくる。

「ナッチ逃げるよ!」
マシンガンというのは弾丸のシャワーであって、
近距離なら絶対にあたる銃器なので、どれだけ離れられるか、
それだけが勝負であった。
安倍は走った。モー娘。の中で一番速い(はずだ、ピンチランナーの
ロケの際の計測では市井サヤカよりコンマ1秒速かった、そう、
市井があの時に手を抜いていなければ)足だけが頼りだった。

どれだけ走ったかも、どちらへ向かっているのかもわからなかった。
不意に安倍の足元が消失した。階段際まで来ていたと、わかった時には
転がり落ちる体をどうする事も出来なかった。安倍は意識を失った。

彩っぺ・・・・・カオリは無事なの……
そんな事を考えながら、矢口真里は何気なく通路をまがった。
ぎょっとした。
通路の向こう、ほんの一メートル向こうに誰かが立っていた。
真里は目を見開くよりも早く、スライディングの要領で
シルエットの足元をくぐろうとした。
同時に、シルエットの手の辺りが激しく火を吹き上げ
さっきまで真里のいた場所を弾丸の列が通過した。

一転して起き上がったときには、それは市井サヤカだとわかった。
マシンガンは近接距離では充分にその効果を発揮できない。
必要なのは、市井に距離を与えない事だった。

市井サヤカは、そのまま前方にとんぼを切っていた。
まるきりカンフー映画を思わせる優雅さで一回転と一捻りすると
立った時には、魔法の様に右手の中にリボルバーを抜き出していた。

しかし、真里の動きはその市井にとっても、多少の驚きであったに違いない
真里は一瞬のうちに前へ出て、ぴったり市井の眼前七十センチの間合いで、
詰めていたのだから。「うっ!はっ!」
左の手刀で市井のリボルバーを叩き落し、右の正拳を叩き込む。
一呼吸のうちに完璧に行った。

みしっと言う骨のきしむ音は、真里の耳に、奇妙に遅れて聞こえた。
市井が顔の前に上げた左の手刀で、払いのけたのだ、とわかった。

次の瞬間には、市井の右が貫手の形を取って、
まっすぐ真里の顔面に向かっていた。真里の目を狙っていた。

頭を下げ、それをよけられたのは奇跡的だったかもしれない。
それほどに、恐ろしく速い一撃だった。
しかし、真里はとにかくそれをよけた。よけたときには
その手首をつかみとり、逆関節をきめていた。
同時に右膝を、市井の腹に向けて思い切り跳ね上げた。

真里は、左手で市井の腕をきめたまま、痛む右手で拳銃を抜き出し、
市井のみぞおち辺りに押し付けると、引き金をひいた。
市井の右腕を握った真里の左手に、市井の体からゆっくり力が
抜け落ちる感じが伝わった。

・・・勝った。勝ったんだ、あの市井サヤカに、あるいはナッチよりも、
そして裕ちゃんよりも恐らくは優れた身体能力を誇り、
聞きかじる限りでは、格闘において四百戦無敗、
といわれたあの市井サヤカに。

そのサヤカに、私は・・・・・・

「はうっ」
途端、真里の右脇腹に鋭い痛みが突き刺さった。
市井サヤカは、相変わらず美しい、しかし冷たい目で
真里を見上げていた。そして、その左手・・・ナイフを握った左手が、
真里の腹に食い込んでいた。

なぜ・・・まだ・・・生きているの?

もちろんそれは、市井サヤカが防弾チョッキを着ていたからなのだが
それは真里の与り知るところではなかったのだ。

マズい・・・これは。とても。

左の前蹴りで市井を引き剥がすと、真里は踵を返して走り出した。
走りながら脇腹からナイフを抜いた。血が噴き出した。
真里の肺の奥から、息が漏れた。

背後に聞こえる銃声を無視し、真里は走り続けた。

みんな…死んでいた。
血の池の中を、見知ったメンバー達の首がコロコロと転がっている。
安倍ナツミは、視線はその光景にくぎづけにされたまま、
両手で頭を抱え、思い切り口を開いた。気が狂いそうだった。
自分の腹の底から叫び声が絞り上げられるのがわかった。

ふいに、ナツミの視界に人影らしきものが映った。
ナツミは、なお荒い自分の息に気づきながらも、その手から腕、
腕から肩へと目で追って、見た、知っている顔、ダニエォが
静かに微笑んでいるのを。
「ヨカタ。ナツミブジ、ウレシイヨ。」

ナツミは、それにきちんと答える余裕は無く、
ただ、首を回して辺りを見た

部屋の奥にあるものは何・・・平家のミッちゃん?

ミチヨは口の端から赤い泡をこぼしていた。
その目は殆ど限界まで見開かれ、飛び出してそうになり、
その青い顔は、すっかりグロテスクな怪物のお面みたいに
成り果てていた。

・・・この違和感…なに?…殺らなければならない・・・
このままでは、何か、
とてもめちゃくちゃな事になってしまう。・・・

斜め後方にとび起きた。上体を起こす余裕もなく、
そのまま後ろ向きのまま全力疾走した。
ほとんど現実感の無いこの状況で、ナツミは、
場違いなことに、ピンチランナーのロケを思い出していた。
安倍ナツミ、背面競争チャンピオン。イエーイ。
ダニエォの顔が遠ざかる。スカートの後ろにさした拳銃を引き抜いた。

バンッバンッバンッと撃発音が部屋にこだまし、ダニエォの頭に
三つの穴が開いていた。ダニエォはそのまま吹っ飛び、
仰向けに床に転がった。確かめるまでもなかった。
頭の大半を失って、誰が生きていられる?

ぜえぜえと肩で息をしているナツミの胸の奥から、
鈍い吐き気が波のように突き上げてきた。

自分は人を殺したのだ。昨日までつんくファミリーだった仲間を。
それも、確証無しに殺した。
吐き気とともに、興奮でどこかぼうっとしていたナツミの頭の中が
急速に冷え、半ば麻痺していた感覚が・・・
マトモな感覚が戻ってくるのがわかった。

・・・。 気配に気づいた瞬間、矢口真里は頭を下げていた。
同時に、体を回転させ、左の裏拳を一閃させた。

背後に立っていた影の腕を見事にとらえ、影が「うっ」と
うめいて、手にしていたもの・・・拳銃を取り落とした。

そして真里は見た、立ち尽くしたその誰かが、
セーラー服を着ているのを。次に、その天使のように愛らしい顔を。
後藤真希だった。

「お願い!殺さないで!話しかけようとしただけなの!
 あたし、誰かを殺そうなんて思ってないわ、お願い!
 助けて!助けて、真里さん…」
真里はただ黙って、その真希を見ていた。
「信じて・・・くれるの?」と言った。
怯えた小動物の目、心底の安堵があふれ出た、と言う笑みだった。

真里は左手で銃を後藤に向けた。

「な・・・何。何するの、真里さん・・・」
真希の顔が驚愕と恐怖に歪んだ・・・少なくとも歪んで見えた。

見事なものだわ。まず大抵の者なら、この愛らしい顔を歪ませて
哀願されたら、信じきってしまうでしょうね・・・

「もういいのよ。真希」真里は言った。
「私、彩っぺに会ったの。彩っぺが死ぬ直前に」

「あ…」
後藤が形の整った。大きな目を震わせて真里を見つめた。
ただ、怯えた表情。理解と保護を求める表情。
「ち…違うの。あれは事故なの。彩さんに会ったとき…
 彩さんの方だったのよ、あたしを…あたしを殺そうとしたの。
 だから…だからあたし…」

真里は後藤の額の中央に狙いを絞った。
「私は彩っぺを良く知っているわ。進んで人を殺すような人じゃないし、
 錯乱して誰構わず撃つような人じゃない。」

「…だめっか」後藤が言った。笑みながら。軽やかな口調ですらあった。
「あのね、あたし、今の地位を手に入れる為に、何でもしたのよ。
 胸なんかぺったんこのうちから、必要ならロリコンオヤヂとでも寝た。
 すっかり慣れちゃって、今じゃ、どんなサービスでも出来るよ。
 今のスタッフだって、何回寝てあげたことか…
 それを、こんなことで、全て無駄にするなんて納得できなかったの。」

一気にそれだけ喋った後藤の、変わらず、
にこやかな笑顔を見つめながら、真里は慄然としていた。

すさまじい後藤の話に、打ちのめされていた。
それは…
真里は何か、言おうとしたかも知れない。
あるいは、右脇腹の痛みの影響があったのかも知れない。

真里は後藤の右手が背中に回っていたことにようやく気づいたが、
その時にはもう、真里の左胸に鎌が深々と刺さっていた。
真里の喉からうめき声が漏れ、銃を取り落とし、後ろへ倒れた。

「あなた、ほんとおばかさんよ。」
やれやれと言うように頭を振ると、後藤は、
もう二度と真里だった物に関心を向けなかった。

これで必要なものは全てそろった。

通路の端の物置き場で、硝酸アンモニウムと灯油缶を見つけたとき
市井サヤカは、このゲーム開始以来の微笑を浮かべた。

既に閉鎖区域内は一通りまわった。監視カメラの位置と
そして、何より閉鎖区域外への通路を把握する為に。

建物の構造を考えれば、目的のポイントは、もはや明白であった。
あとはコンクリート壁を一枚破壊するだけだ。

サヤカは、己に課した徹底的な特殊教育により、
この歳にして、既におよそ世界中のほとんどありとあらゆる
事を知っていた。格闘術、銃器の取り扱い、爆弾の製造、ハッキング、
政治、経済、料理、ダンス、歌………

市井サヤカに不可能は無いのだ。
ワタシに、こんなゲームをやらせた事を後悔させてやる。絶対に。

もう終わったのかな…
モーニング娘。なんかに負ける事は、私のプライドが許さないの。
生き残りがいれば、この手で処分してやる。

鈴木アミは妄想に心を躍らせていた。そして、ターゲットを見つけた。
眼下のおどり場にいる女、安倍ナツミだ。

モー娘。の『有象無象』に、親しい友人など無論いるわけがなかった。
アミは心底、自分と同じアサヤン出であるモー娘。を憎悪していた。
ことに、その顔とされている…そう、あの安倍ナツミを。

自覚はないが、単にルックスで安倍に負けているという理由からだろう。
(アミはそれと意識した事はなかったけれど、深層意識のレベルでは、
 自分の醜い顔が大嫌いだった。)

アミは、ほくそ笑みながら、右手の銃の狙いを定めた。

また吐き気がした。
だが、再び立ち上がり、踵を返した。
何としても、再び明日香と合流しなければならない。

しかし、安倍ナツミは再び目を見開くことになったのだった。なぜなら…
眼前僅か十メートル、階段の真上に…そう、鈴木アミが立っていたので。
そして、鈴木は拳銃を握っていた。

…回避する事は到底間に合わなかった。
あの銃口の吐き出す小さな鉛玉が私を殺すのだ。…私を…殺す…

「やめて!」と言う別の声がした。
ナツミの位置からでは姿は見えないが、福田明日香の声に違いなかった。

いきなり、鈴木が福田に向けて撃った。
福田のショットガンの銃声がした。
次の瞬間、鈴木の右腕が消失していた。
「ぐがああああああああぁ」
鈴木は、思い出したように狂った動物のような奇声をあげ、
武器を持たない左手のみで、福田に向かい突進した。

福田がもう一度撃った。鈴木は
こま落としのようにがくんと仰向けに倒れ、それきり動かなかった。

櫛を持った右手を動かし髪形を整えてから、
眼下に見える物置き場に目をやった。
さ・や・か・さ・ん。ね・ちゃ・っ・た・の?
少女は厚めの唇を歪めて、ふにっと笑った。

そう、市井ファミリーの一員、
堕天使の笑みを浮かべる少女、後藤真希だった。

真希が見下ろしている場所には、あの市井サヤカがいたのだ。
もう一時間近く、そこから動いていなかった。

このゲームの優勝候補最右翼は、間違いなく市井サヤカだった。
恐らく、正面からぶつかっては誰も市井に勝てないだろう、と思えた。

市井の後を、ついて行けば危険は少ないし、
何なら最後に市井をヤれば、労せずしてゲームに勝てるだろう。
偶然に市井を見かけた時から、真希は、しのび笑いが止まらなかった。

保田圭は机の下で、じっと息を殺していた。
意識は既に回復していたものの、市井の思いを、
忠実に守っていたのだ。

そりゃ最初は、年下のくせに、自分本位で、ムカつくこともあった。
でも、しばらくして、ホントは不器用な照れ屋さん、
その裏返しなんだなって、わかっちゃった…
今日だって、ちょこっとやりすぎだけど、わたしを殺せなかったジャン…

「圭ちゃん!」
突然声をかけられたので、圭はビクっとして、目を開いてしまった。
安倍ナツミと福田明日香だった。

「大丈夫?誰にやられたの?」
「サヤカ?」
「………」
圭は、安倍の真摯な顔を見ていると、否定も肯定も出来なかった。

保田圭の息遣いが激しくなってきている、と思った。
安倍ナツミは水ボトルのうち一本に残った水を全部使って、
ハンカチを湿らせなおすと、汗にぬれた保田の顔を拭いた。

「明日香」 「なに?」
「薬箱のあった部屋を見たよね? 私、取って来るよ。」
「駄目よ。あれは随分離れた部屋だった、幾らなんでも危険すぎるわ。」
「明日香、あなたはそんなに危険を冒すのが嫌なの?
 そんなに自分の事ばっかりが大切なんだべ?」
ナツミはしばらく、福田の目をにらんだ。
福田は静かな表情を変えなかった。

「ナッチ…」
背後から保田の声が聞こえ、ナツミは振り返った。
「やめて。これ以上メンバーの皆が争うのを見たくないよ。」
苦しそうな息の間から、途切れ途切れにそれだけ言った。

「圭ちゃん」ナツミは言った。
「わからないの?圭ちゃんはどんどん衰弱している。
 このままじゃ、駄目になっちゃうのよ。」

ナツミは再び、福田明日香の方へ向き直った。

「明日香が来ないって言うのなら、わたしは一人で行くよ。
 もう、ここからは別行動をして。」
ナツミは言い捨て、ドアの方へ歩き出そうとした。

「待って」福田が言った。
保田に微笑みかけると、はやるナツミを見やって言った。
「どの薬が必要かなんて、ナッチじゃ判らないでしょ。」
「私も行く」と言った。二人が出かけてからすぐに、保田圭は、
灯油缶!を持って部屋の前を通過する、市井サヤカの姿を見た。
市井は部屋の中の圭に、視線を向けようとはしなかった。

圭は若干落胆したが、その気持ちも長くは続かなかった。
市井のすぐ後にもう一人現れ、しかも部屋の中に入って来たからだ。

美しい黒髪の少女、後藤真希が自分を見下ろし、
その手が鎌を握っているのを、圭は、ぼんやりと見ていた。
ただ、その天使のような愛らしい、美しい顔に浮かんだ笑みに、
なぜか、心の底からぞっとした。

とにかく、その真希が「大丈夫?」と言って圭の手を握った。

圭は、同じ市井ファミリーでも後藤真希とは良く揉めた事を思い出した。
「ねえ真希。ボスの事はボスと呼びなよ。」とか何とか。
圭は内心この天衣無縫娘が苦手だった。真希が無邪気に「何よ、
細かい事にこだわらないでよ。おばさんくさーい。」とか言うと、
ただ苦い表情を浮かべて黙っている事しかできなかった。

後藤の方が、小さい頃から芸能界を目指し、
大人の世界を垣間見てきていた分、多少世間ズレしていた辺りが、
二人がどこか馴染めない原因であったのだろうか。

後藤は、ほほ笑みを絶やすことなく続けた。
「大丈夫じゃ無さそうだから、楽にしてあげるね。」
後藤の右手が鎌を振り上げた。

裏切りっていつもありうるのよね。この世界ってそうだもの。

ただ、機械的に腕を振り下ろそうとして… 後藤真希は、ぱらららら、
と言う古びたタイプライターのような音を聞いた。

同時に、身体中に幾つもの衝撃が跳ねた。セーラー服が裂け、
血が噴き出していた。頭を占めたのは、しかし、その痛みによる
ショックよりも、そんなばかな…という気持ちだった。
背後を取られて全く気が付かないなんて、そんなばかなことがある?

意識を失いつつも、真希は振り返った。

ショートの特徴的な髪形、端正に整った顔立ち、ただその瞳だけが
さえざえと冷たい女…市井サヤカ…ボス?…

ほどなく、市井サヤカが口を開いた。

「圭、このくそやくたいもないゲームは、もうすぐ終わる。
 私が…私の手で、全てぶっ壊してやるよ。」

市井のその口元の辺りを見ながら、保田圭は、ああ、やっぱり、
と思った。市井は、真面目過ぎて、不器用過ぎるのだと。

「しばらくの間、そのバカ…真希の面倒を見てやって。」

圭は、ちゃんと急所を外している、市井の妙な律儀さと冷静さに
なかば呆れ、なかば感心していた。

一瞬、閃光が瞬き、そして、夜の空気を轟音が揺るがせた。

市井は、それ以上なにも言わず、部屋を出ていった。

安倍ナツミが階段を登りきったとき、階下でものすごい爆発音がした。
その音には福田明日香も多少驚いたようだった。
一旦は足を止め、ナツミの顔を見て言った。
「とにかく今は、圭ちゃんの所に戻るよ。」と。

ナツミは、保田の待つ部屋で、すぐにもう一度驚かされることとなった。

倒れているセーラー服の少女は、後藤真希…?

ナツミに混乱する間さえ与えないかのように、
保田は堰を切ったようにしゃべりだした。

「お願い。ボ…サヤカを助けに…助けに行ってくれない?
 私は…私と真希は大丈夫だから、お願い。
 さっきの爆発は、多分サヤカが…。」

口を開きかけたナツミを制して、
福田が言った。穏やかで、力強く、まるで神託を告げる巫女のように。

「そんな顔しないで。私、たまに根拠も無く、
 不明確なことに確信を抱くことがあるの。
 それで、それが外れたことは無いの、どう言うわけか。」

ナツミと保田はただ黙って、福田の顔を見つめていた。
福田が言った。

「サヤカは大丈夫よ。もうみんな誰一人死にはしない。
 なぜか私はまた、確信しているの。」

三人は、ふっと表情をゆるめた。今福田が話したことには
何の根拠も無いけれど、ただ、
そういう会話ができることが嬉しかった。

「すぐに戻ってくるから、ちょっとの間待っててね。
 行くよ、ナッチ。」

「うん」保田は微笑んで頷いた。
「ありがとう。明日香、ナッチ。」

警備員に向かって、何度めかの応射をしようとした
市井サヤカは、体の何ヶ所かに、焼け火箸を
突っ込まれたような感覚に襲われた。

自分の体に何か突き刺さった・・・当然銃弾だ、クソ・・・ドジったな・・・
・・・もう少しなのに・・・こんな所で足止めを食う訳にはいかない。
致命傷ではないのだ・・・

サヤカはのどの奥から息を吐き出し、肩までのショートヘアを、
これは無意識に耳の上にかき上げると、
再びマシンガン・・・イングラムM10を握った。

ぱん、ぱん、ぱんと乾いた音が鳴り、前方の警備員の額に穴が開いた。
振り返った市井サヤカは、くすんだ非常灯の下、
その二人が安倍ナツミと福田明日香だと認識した。

ナツミは市井に、にこっと笑って見せた。
それから、自分が泣きそうになっていることに気がついた。

死にすぎた・・・このゲームではもう、人が死に過ぎている。
もうこれ以上の犠牲は真っ平だ・・・

市井が歩み寄ってくると、すっ、と右手を差し出した。
ナツミは一瞬その意味を測りかね・・・それから、
了解して、その手を握った。

「ナッチと明日香はスタッフルームの方をお願い。」
穏やかな声で、市井が言い、体を翻しかけた。

「待って、サヤカ!」ナツミは呼び止めた。
「どこ、行くの?わたし達と一緒にいた方が安全でしょ?」

市井はナツミの方へ顔を振り向けた。
厳しい表情だったけれども、そこには、いつもの市井らしい
控えめな優しさの光があった。言った。
「テープをおさえなきゃならない。事は一刻を争うから
 二手に分かれなければ、多分間に合わない。だから、行くよ。」

「けど・・・」ナツミはどうにも、たまらない気分だったが、
のどまで出かかった言葉を、苦労して飲み込んだ。

編集室のドアが三つ並んでいる。一番向こうのドアから光が漏れ
廊下に反射し、冷たい感じの光の水たまりをつくっていた。
市井サヤカはドアに近づき・・・一気に押し開いた。

部屋の中では、一人の男・・・高畑?よく知らないがそんな名前だ。・・・が
机の上の拳銃に手を伸ばそうとしていた。

まるで、亀の様にスローモーション・・・サヤカは、
冷静に狙いを定める余裕すらあった。撃った。

次の瞬間、男の首から上が空中に消失した。
心もち唇を歪めただけで、サヤカはトリガーにかけた指に、再び力を入れた。

ぱらららららら、という音とともに、フラッシュを焚くような光が連続し
部屋の中に弾丸がばらまかれた。
モニターがこなごなに割れた、デッキが吹き飛んだ、
テープが千切れ飛び、どこかのコンソールの一部が舞った。
何かの資料は、紙ふぶきと化して降りそそいだ。

サヤカは、言いしれぬ歓喜に包まれながら、他人事のように
その光景を眺めていた。

ははは・・・被害総額?億円おめでとう・・・・・・・・・快・・・・・・感・・・・・

安倍ナツミは、棒状のドアノブを回した。
部屋の中を覗きこもうとした刹那、ばんと銃声が鳴り響き
右手の拳銃はナツミの所有権を離れていた。

「よお、遅かったな?安倍、福田」
ナツミと福田を歓迎したのは、銃を構える山崎と
プロデューサー泉、岡村タカシそして矢部ヒロユキであった。

山崎は銃を構えたまま、短い足を動かし歩を進め、
部屋の中央の、ビールの空き缶やサキイカ、ビスタチオなどが
無造作に散乱しているテーブルの脇に立った。

「何から話そうかなあ」
山崎は、薄ら笑いを噛み殺していた。

「安倍、今回のゲームでのお前のオッズは50倍近かったんだぞ。
 ゲームが中途半端になったお陰で俺は大損だよ。」

薄々感づいてはいたが、想像以上に低劣な性根を見せつけられて
ナツミは何も言えなかった。
山崎はまた笑んだ。それから、言った。

「お前達はもう用済みなんだよ。
 在庫整理と娯楽を兼ねた、最高のゲームをダメにした上に
 飼い主に噛み付こうとは、どうしよーもない欠陥商品だな。」

それで、山崎は、またにっこりと笑みをを広げた。
今度はいささか内緒話をするような調子で言った。

「あのさ、安倍。実を言うと、さっき、つんくが殺されたんだよ。
 まあ、念願のソロデビューを果たすヤツには、
 元々別のプロデューサーをつけてやるつもりだったから
 関係無いがな。・・・大衝撃的緊急発表だろ?」

押し黙っていたナツミは、耐え切れなかった。
眉を寄せ、吐き捨てるように言った。

「屑・・・最低・・・」

「そうかそうか。」
山崎が頷いた。そして、ついに、と言うべきだろうか
これは幾分、強い調子で。
「欠陥商品は処分しないといかんなあ」

そして、四つの銃口が火を吹いた。

福田明日香は、銃口の延長線が収束する部分を追って
体を投げ出した。

明日香の体のあちこちにヘビー級ボクサーに殴られたかのような
衝撃が跳ねた。

…あの日、娘。を止めた日から、私は何かを少しずつ失っていった。
そして私は、抜け殻になってしまった…。
でも、今は違う…

明日香の腕に力がこもり、銃が持ちあがった。
引き金をひいた。立て続けに。
弾倉に残っていた三発の弾丸は、間違いなく最大効率を発揮した。

安倍ナツミは目を見開いた。

銃声が四発…

福田明日香の背中…

銃声が三発…

ナツミの眼前、スローモーションのようにゆっくりと、
福田の体がくずれおちようとしていた。

その向うには、ボウリングのピンの様に
無機質に倒れていく三人の男と、
慌てて銃を構えなおす、狼狽した山崎が見えていた。

ばん、と音がして、ナツミは一瞬、目を閉じた。
胸の辺り、きゅんと何かが食い込む感じがして、
ナツミは、ああ、わたしは死んだんだ、と思った。

目を開いた。死んでいなかった。

蛍光灯の青白い光の下、山崎の鼻の部分に、
赤い穴がぽっかりと穿たれていた。手から拳銃が落ちた。
すぐに、体が後へ傾いだ。倒れた。

ナツミは、ゆっくりと振り向いた。
市井サヤカが、右手でリボルバーを構えて、戸口に立っていた。

「明日香!」
ナツミは、我に返ると、床に膝をついて、福田を抱き起こした。
福田の体は、力を失って、重かった。

福田は、うっすらと目を開いた。
「寝たい。寝かせて」と言った。

「だめだめだめだめー!」ナツミは叫んだ。
「すぐに病院に連れて行くから…」

「もうダメよ。自分が一番良く判る。」
福田は言った。何処か満足そうに笑った。

「お願い」ナツミは福田を抱く手に力をこめた。
「いかないで。 みんな死なないって言ったのは、明日香でしょ?」

「ごめんね、ナッチ。少しだけ外れちゃったみたい。」
言うそばから、どんどん福田の顔が白くなっていった。

ナツミはもう、福田が死にかけていることを悟った。
いや、とっくにわかっていたのだが、それを認めた。
認めるよりほかなかった。

「ナッチ」福田は目を閉じて、言った。
「どうか生きて、喋って、考えて、行動して。歌ったり、踊ったり…」

ちょっと言葉を止めた。続けた。

「絵を見たりして、感動して、よく笑って、たまには涙も流して。
 もし、素敵な男の子を見つけたら、恋をして、愛を交わして」

ナツミは黙って聞いていた。福田が続けた。

「きっと、それでこそ、私が本当に好きだった、ナッチだと思う。
 みんなと、お互いを信じ、敬い、助け合っていってね。」

福田は、一気にそこまで言って、すうっと息を吸い込んだ。
「…それが、私の望みよ」はっきり言った。

それが最後だった。福田はもう、息をしていなかった。
天井の安っぽい蛍光灯の光が、真っ白になったその顔を照らしていた。
穏やかな表情だった。

「明日香!」ナツミは叫んだ。
言うべきことがまだまだあったのに。遅かった。
福田の耳には、もう何も届かないのだ。それでも、
その顔は、あまりにも安らかだった。

「明日香」ナツミの唇が震え、それが伝わって、語尾が震えた。
ナツミは福田の手を握り…ようやく泣き出した。

市井サヤカは、手中のリボルバーに弾を込めなおした。

ナツミは、撃鉄を起こす音で、現実に引き戻された。
ゆっくりと振り返ったナツミは、自分に向けられる物を見て、言った。

「どうして、サヤカ?…もう、終わったんだよ?」

市井は、若干苦笑したように見えた。そして言った。
「あんたの、そんな所、結構好きだな。
 でもね、現実って言うのは、ナッチが考えている様には
 融通が利かないんだよ。」

「わかった?」というように、あごを動かすと、市井は続けた。
「別に、永遠に別れるわけじゃない。すぐにまた会えるよ。」

ナツミは何も言えなかった。殺されるという恐れがあるのでは無い。
市井の言う事が理解できなかった訳でもない。
ただ悔しかった、みんなに守られてきた…
私はみんなに、一体何をしてあげられたのだろうか?…

そんな思いを断ち切るかのように、数回衝撃をあじわった後、
ナツミの意識は途絶えた。

市井サヤカは、イングラムM10を投げ捨てた。
そして、机の上の、味も素っ気も無い電話機に手を伸ばした。

11…0…いや、119が先かな。

これで、良いんでしょ?明日香。
私が… 私と明日香が、全てやりましたってね…
もう誰も不幸にならないよ…

エピローグ

それぞれの理由で忙しく東京新宿駅を動いていく雑踏の傍らで、
ナツミはコートの襟を立てた。

やがて、保田圭と後藤真希の姿が見えてきた。

あれから、何年経ったのだろうか…
四人の失われた時は、今再び動き出すのだ。