何かを捜し求めるかの様に暗闇の中を蝙蝠が飛んでいく、
己の失われた力を一刻も早く取り戻す為に。
(ミツケタ・・・カナリヨイエモノダ・・・)
少女は力を欲していた。誰にも負けない力を。
もう他人の背中を見るのはウンザリだ。
自分がスポットライトを浴びるのに一番相応しいのだ。
(力が欲しい。何を犠牲にしても・・・
ん?蝙蝠?げっ、こっちに来るよ。)
蝙蝠は少女が想像する以上に俊敏だった。
瞬きする間も与えずに首筋に牙を立てる事に成功した。
首筋に食い込んだ牙が蝙蝠との間の橋渡しだ。
自分の身体が、そして意識が、何物かに侵食されていくのが判る。
判っていてもどうにもならない。
どうにかしたくても、自分の意思では指一本動かせないのだ。
意識の中で何者かの声が響き渡る。
(カラダヲカシテモラウカワリニ、チカラヲアタエヨウ。
スベテオマエノノゾムママニシテヤロウ・・・)
干乾びた蝙蝠が首筋から転がり落ちた。
ドアをノックする音が聞こえる。
(誰や、こんな時間に?)
ドアを開けると、深刻そうな表情の馴染みの顔が立っている。
「どないしたんや?」
(オイオイ、いきなり抱き就かれても困るて・・・
痛っ! 噛み付かれた?!)
中澤裕子は意識を消失した。
ドアをノックする音が聞こえる。
(五月蝿いなあ、誰? まさか、なっちが昼間の事で?時間を考えてよ!)
ドアを開けると、泣き続ける馴染みの顔が立っている。
「あれ、どうしたの?」
(どうしちゃったの?泣いてばかりじゃ訳解んないよ。
落ち着いたら理由を聞いてみよ。
痛っ! 噛んだ?!)
飯田圭織は意識を消失した。
ドアをノックする音が聞こえる。
後藤真希は目を覚まさなかった。
明け方に後藤真希は枕元に人の立つ気配を感じた。
「あれっ、どうしたんですか?こんな時間に?
ちょっと、止めてください! ひっ・・・」
首筋に牙の刺さる感触。失われていく自分の意識、自分自身。
(嫌だ、助けて・・・お母さん・・・)
「ねえねえ、さやか」安倍なつみは、
朝食の後に市井紗耶香を呼び止めた。
「何かさあ、裕ちゃんと圭織様子が変じゃなかった?
あと真希も・・・」
矢口真里と保田圭も寄って来た。
「何か様子が変だよね。」
「圭ちゃん、どうかしたの難しい顔して?」
「ん?あの、いや、なんでもない・・・」
中澤、飯田、後藤が魂の抜けたような顔で
近寄ってきた事で心ならずも会話は中断された。
憂鬱な一日が終わり保田圭は部屋に戻った。
「吸血鬼・・・ヴァンパイア・・・」
誰に聞かせるのでもなく一人呟いてみる。
中澤、飯田、後藤の三人の今日の様子を思い返してみると
そう結論を下さざるを得ない。
パッと見は普通でも、意思の感じられる目ではなかった。
それに何とも言えない邪気が感じられた。と思う。
夜に備えて手近な物を使って有り合わせの結界を張る。
父は元神父、母は元巫女のサラブレッド保田圭様を
甘く見るとどうなるか思い知らせてあげるよ。吸血鬼さん。
保田圭の部屋の前まで来るとドアノブに手をかけた。
途端に首の後の毛が逆立つかのような不快感に襲われた。
(結界!?・・・)
小賢しい真似をするものがいるようだ。
無理に突破すれば宿主には不快感程度でも、
本体は少なからぬダメージを負う。この部屋は後回しだ・・
夜半、そろそろ眠りに入りかけた市井紗耶香は、
ノックの音で現実に引き戻された。
「どうしたの?」
「怖いの・・・一緒に居てくれない?」
「うん、まあとにかく入ってよ。」
室内に戻ろうと身体を翻した途端に後から抱きつかれた。
(皆不安なのは一緒なんだ・・・)
悪寒がした時には既に痛みを感じていた、
必死で振り払って部屋外に転がる様に逃げ出した。
無意識の内に保田の部屋を目指して走っていた。
(痛・・・)
首筋にあてた手を見て、始めて出血に気が付く。
(はは、ドラキュラじゃあるまいし。
でも、さっきの・・・の表情は、凄く冷たい感じだった・・・)
何歩も進まないうちに、意識が何かに浸食されていく感覚に襲われた。
(はぁ・・・ああ・・あぅ・・・)
自我を失う事は死ぬより嫌だった。