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Drug Treatment

― 薬物注入完了しました・・・・
死亡まであと10日です―

−ΛζΛΥΛη−
何故あと10日で死ぬか分からなかった。
なぜか目が覚めたらさっきまでの記憶は無くなっていた、その理由も分からなかった。
幸いにも重要な記憶・・・自分の必要とする記憶は都合よく残っていた。
私がモーニング娘であること、それに関する記憶・・・自分のことと身の回りのことそして言語は残っていた・・・・・。
そして私には一人、好きな人がいたらしい。しかしそれが誰なのかまた女性なのか男性なのか
大人なのか子供なのかなぜか思い出せない。それは多分私自身アイドルとしての自覚が心の中心にあり、
そのため「恋愛禁止」と言う言葉も心の中心に置いていた、それによって脳がその人間の存在を切り捨てたんだろうと思う。
・・・目覚めたときにある人物に死を宣告された。その時は目覚めて間も無い状態だったので、
それが誰かよく分からなかった。夢だったかもしれない。
事実を知った―とは言っても簡単に簡潔にだが―直後は家に帰って恐怖に怯え泣きつづけた。
でも、こうやって死んでから考えると人間としての最後の十日間はとても楽しかった気がする・・・・・・。――――――――――


−10−
「紗耶香、今日どうしたの?遅刻なんかして珍しいねぇ」
「そうなの??」
「は、何いってんの?だって紗耶香って言ったら、後藤とは逆に遅刻しない女 王で有名じゃん」
元気よく話し掛けてきてくれたのは安倍なつみだった。今日初めての会話だった。
「ちょっと色々あって、そう言えば今日はどんな予定だったっけ。よく憶えて なくて・・・・」
「あらら、そりゃないんじゃないの?記憶王の紗耶香ちゃん」
「お!圭ちゃんオハヨウッス」
落ち着いた感じで保田が話してきた。
保田の前では私は凄く明るかったしよく喋れた。他の皆と話してるときには出てこないような発想も出てくることが多かった。
「なんか紗耶香最近落ち込んでるよね、どうしたの?」
「え、そうかな。そうでもないっすけど」
「えぇ〜?何いってんの。私には分かるのよ。紗耶香のことなら大体ね」
「うわぁ。それなんかヤラシイ感じするね」
「はぁ、何いってんだ?紗耶香」安倍がやじを入れた。
「ほんとだよ、いってる事がわかんないよ」
「あははは」一応笑っといた・・・。

―――今日はこの3人でラジオ出演があった
「さぁ今日のゲストは、モーニング娘の3人が来てくれました。」
「どーも」
「今日はスタッフもみんなが来るの楽しみにしてたんだよ。じゃぁ自己紹介か らお願いします」
2人は何の問題もなく挨拶をしていた。もうこういった仕事もなれたもので
途中で無音部分を出すことなどあまり考えられなかった。
「じゃぁ次は市井さん。・・・あ、いっちゃったよ。ごめんこれじゃ意味ねぇや。
じゃぁ一応お願いします」
「・・・・・・・・・」
「あの・・・市井さん??」
「・・・・・」
(ちょっとあんたの番だよ。どうしたの・・・。)
小声で保田が肘で突つきながら指示した。
「あっ!すいません市井紗耶香っす。よろしく!」
「スイッチが入ったみたいですね。電池切れかと思いましたよ」
メインDJのフォローにより何とかおかしな放送にならずにすんだ。
「ほんとですよねぇ忙しいですからねぇ。電池切れてもしょうがないですよねぇ。
私も電池切れしてみたいわ」アシスタントがぼけた。
一同が大爆笑のうちに本番は進み何事もなく終わった。

放送後。
「いやぁ。あの紗耶香の最初の間よかったねぇ」
安倍が疲れも知らない顔で喋り出す。
「でもあれ司会の人がフォローしてくれなかったら、ヤバかったよ。
紗耶香今度はあんなことないようにした方がいいよ」
「OK!分かった。ありがとね」
「おっ。電話だよなっち」
「もしもし。・・・ァ、裕ちゃん!」
「うわぁ、来たよ。リーダーの呼び出し、多分今飲み屋にいるから来いって
言われるよ。絶対そう。100パーセントね」
「・・・ウン・・ウン・・分かったすぐいく、じゃぁね」
「何て?」「今飲み屋にいるから来いってサ」
市井と保田は顔を見合わせて笑った。安倍はわけがわからずきょとんとしていた。
「でも今日は珍しく3人で来いっていわれた・・」
「あら、珍しいじゃん。でも今日私駄目なんだ、親が家に来てて」
「じゃぁ2人でいこうか紗耶香」
「なんか怖いな」
「だいじょぶ、だいじょぶ。裕ちゃんの愚痴聞いて家に送りゃあいいだけだか ら、でも今日はなんかあるのかも」
余裕の安倍と不安の市井を乗せたタクシーは中澤のいる店へ向かった。
そこは渋谷にある小さな小料理屋で、入り口にはちょうちんがあり暖簾がありと言う、お決まりの風貌だった。
ただ一つ違っていたのは中には客一人だけと言うことだけだった。
「おい〜っすアンタら。ようきたな。どうしたん?飲みたくなったん?」
「あんたがよんだんだっちゅうの。裕ちゃんもう酔ってんの?」
安倍が呆れ半分に言う。
「こんばんわ。裕ちゃん」
―最年長の中澤裕子。新入りだった当時私はこの人がは嫌い・というか苦手な存在であまり話せなかった。
が、今ではとても仲良くて、こういう呼出されたときでも普通に喋れるようになっていた。
テレビでもよく言っていいたがキスされたりいろんな所触られたりもしていたけど特に嫌でもなかった。―
「おう紗耶香きたんか。まぁまぁ二人とも座りや」

「う、うん」「もう急に呼出すからびっくりしたよ」
中澤は既にべろべろに酔っていた。突然2人に向かって小声で話し出す。
「ここはうちの友達の店なんや。だから色々悪い個としてもある程度までなら 平気なんやで」
「あ、裕ちゃんちょっと待って。トイレ行くわ。なっち一緒に・・・」
それを聞いた瞬間市井は危険を察知して安部をトイレに連れ込んだ。
「ちょっとなっちやばいんじゃないの?絶対飲まされるよ」
「うんそうだね」
「いや、うんってョ。やばいよ多分、止めようよ帰ろうよ」
「だってなっちも時々飲んでるもん」
「え、うそだぁ」
「いやいやほんとに、だってなっち18だよ。もうそろそろいいんじゃないか と思って・・・」
「・・・・・・まぁいいや」顔をおとす市井とは逆に安倍は余裕の表情を崩すことはなかった。あきらめた市井はゆっくり歩いて席に戻った。
「アンタら何してたん?まぁええわ。取りあえずビールたのんどいたよ」
案の定中澤は2人の体にアルコールを入れるようだった。まもなくその友人と呼ばれる男性が中ジョッキーでビールを持ってきた。
「さぁ。乾杯しよか」
軽く乾杯を交わした市井は取りあえず口をつけようと努力したがやはり躊躇してしまう。と、その時中澤が声をかけた。
「紗耶香、初飲酒やな。頑張りや」「頑張れって・・・。」
勇気を振り絞って市井は思い切り一口飲んだ。ごくっと喉が鳴ってビルが市井の食道をとおりぬけた。
「・・・・あ、うまい。」
その表情はCMのオファーが来てもおかしくないほど恍惚の表情だった。
それに刺激された安倍と中澤も一緒に飲み始めた
しばらく飲んでいると3人ともちょうど良いぐらいに酔ってはしゃいでいた。
「野球拳しようや野球拳。」「Zzzzzz・・・・・・・」
「あはははははははははははははははははは」
会話になっていなかった。
しかしこの後最悪の問題が起きてしまうことを誰も気づいていなかった。

ガラガラッ
「いらっしえーいっ!」と言った中澤の友人の顔の色は一瞬にして血の気がひいた。
どうやら報道記者団の集まりが店に入ってきたようだ。
腕に巻いた腕章のようなもので職業がすぐ分かった。これはまずいと思ったときにはもう遅かったようだ。
「ああああああぁぁぁ。モーニング娘ぇぇぇぇ。」
「嘘ぉ、飲んでるぜぇ!!」
「スクゥゥゥゥゥゥゥゥゥプ!」カシャッ!!とフラッシュの音と光が店内に響く。
モーニング娘は逃げる体制も取れずに思い切り写真に収められてしまった。
「やったぜ!これでスクープ賞もらいだ。5万円・5万円♪」
―――――――私は既にダウンしていたので後でなっちに聞いてほんとびっくりした。
まさかここでスクープされるとは。取りあえず裕ちゃんを恨んだ。
友達の店だから大丈夫じゃなかったの??ここから私は・・・・・・・・ ―――――――


−9−
次の日の週刊誌はこの話題で持ちきりだった。それはそうだろう。
今人気絶頂のアイドルグループのメンバーの一部が飲酒騒ぎを起こしたのだから、
きっと目隠しをして書店の雑誌コーナーに立ち適当に雑誌を手に取り読んでもこの記事はあっただろう、それほど凄かった。
それにも増して当のメンバー達の周りも尋常ではなかった。その日は何処へ行ってもカメラのフラッシュ三昧だった。
特に週刊誌の写真中央に移ってしまった市井の周りには休みなく報道陣が囲んでいて
一人になれたとしてもどこかでレンズが光ってるような気がしてたまらなかった。
「もう、いやだよぉ。どうすんの裕ちゃん?」市井は終始周りを気にして喋っている。
「大丈夫やって、ほら見てみこの写真。うちらだけしか写ってへんやろ。
お酒 とかは写ってへんねん。多分むこうも酔ってたんやろね。あんまピントも合 ってへんしやな。
大丈夫、こんな記事やったら何日もせんうちに消えていくわ 」
「でも・・・怖いよ裕ちゃん。」
「困ったな。あんたを一人にさすのも結構不安やし・・・・・。ァ、そうや!誰か今日紗耶香の所にいてあげられる奴おれへんか?」
しかし全員の反応は冷たかった。自分に付いていてパパラッチに追い回されるのが嫌だと思っているんだと市井は感じていた。
「・・・・・・・。」市井はうつむき小さく肩を震わせた。
「ァ、あの、そんな泣くなや・・・。な、紗耶香」
慌ててなだめるがもう遅かった、市井の目からは涙がこぼれていた。
「皆、酷いよ。友達じゃなかったの私達?」
震えた声で言うとその肩を軽く叩くものがいた。誰だろうと涙を拭いて振り向く。後藤だった。
「市井ちゃんごめんね、やっぱりほっとけないわ・・・。私今日一日一緒にいてあげるから安心して」
「後・・・藤?」
市井にはそれが凄く嬉しかった。なぜか自分の心臓の鼓動が早くなった気がした。

・・・・・・・その夜。
市井と後藤は床につき少し話しをしていた。
「ねぇ、後藤。こうやって布団ならべて寝るの久々じゃない?」
「そうだね。プッチモニの合宿以来だっけ。」
「そうそうそう、あん時私熱出して入院したけど、その後それだけの結果を残 せてほんとによかったなぁ。」
「・・・・。」急に黙ってしまう後藤。
「あれどうした?寝ちゃった?」
「あの。市井ちゃん。憶えてるかな」
「何が?」「あの、私がダンスうまくいかなくて圭ちゃんと市井ちゃんに注意 されたこと」
「・・・・・・もちろん。あの時後藤泣いてたね。でもあれは私ら的にも言わなくち ゃと思ってたことだから。」
「うん、あの時わたしすごく嬉しかった。なんか初めてあんなふうに市井ちゃ んに言われて・・。」
「な〜にいってんのよ。もう寝よ明日も早いんだし。」
そういって電気を消して目を閉じた。その時2人の顔は笑顔だった。


−8−
・・・・ちゃん、市井ちゃん起きて、朝、朝だよ遅刻しちゃうよ。
後藤のあどけない声が頭の中に入ってきた。―後8日で死ぬ・・・。
―そんな考えが不意に過ぎった。今日は新曲のレコーディングだ。アルバム最後の曲だ。
どんな歌だろうと楽しみにしていた。市井は最近つんくの作曲している姿をよく見掛けていた。
その度につんくの偉大さを再確認しているつもりでいた。
「もう、市井ちゃんはやく起きてよ。普通この台詞は市井ちゃんが私に言う言 葉だよ。」
いわれてみれば確かにその通りで、市井は慌てて起きた。
二人は速攻で準備を済ませホテルを出た。タクシーに乗って急いでレコーディングスタジオへ向かった。
入り口にいたテレビカメラはアサヤンの物だろう。市井は昨日後藤が側にいてくれたためか一時的なカメラ恐怖症から回復していた。
既にスタジオの中にはメンバーが全員集合していた、市井の手元に今日レコーディングする歌の歌詞が回ってきた。

それを見た瞬間市井の顔はひどく落胆した憂鬱な表情へと変化した。
何気なく横を見ると、全員この歌詞を気に入ってるらしくて読みふけっていた
「え、どういう事?なんで見んなこんな歌を気にいってんの。」
試しに安倍に聴いてみた。この歌詞のいい所を。
「えぇ、それは今考えてる所だよ。やっぱつんくさんの歌詞は深いね。尊敬す るよ。」
「え?」この安倍の返答に市井は驚愕した。
どのメンバーに聞いても同じだった。この詩が深い?何言ってるのか全く分からない。
今までなら市井もこういうこといってたのかもしれない。でもこの歌詞だけは見ても感動しない。
拒絶感を抱くだけだった。何故だろうという言葉しか出なかった。どうして皆この歌に執拗以上に意味を探そうとするのか。全く理解できない。
約一人市井と同じ顔をして歌詞の書かれた紙を見ていた。後藤だった。
「どうした?後藤」
「え?これ…なんですか?」
「やっぱりそうだよね。ちょっとおかしいよ。なんか有りあわせの言葉を合わ せて作ってるだけみたい」
「・・・・・」
「私ちょっとつんくさんとこ行ってくるわ」
市井は早足で歩き出した。
つんくと関係者が話している小部屋が見えた。市井は歌詞カードを握り締め近づいていった。
しかし会話の邪魔をするのはさすがに悪いと察した市井はドアの脇からこっそり会話を聞いていた。

「つんくさんこのアルバムどうなんすか?」
「んなもん、適当に決まってるっちゅうねん。どうせ適当に作ったって売れん ねんからよ」
「それもそうですよね。今モー娘は人気絶頂ですから」
それを聞いた瞬間市井の目はぼやけ始めた
言葉が出てこなかった。悔しいのとも違う悲しいのとも違うなんだかよく分からない不思議な気持ちを感じた。
しばらくそこにたたずみ動けなかった。そのままの状態でまた始まったつんくと一人の見知らぬ男との会話を聞いていた。
「これ、この曲。どういう作り方してるんですか」
「そら、適当に決まっとるがな。わしの才能舐めたらあかんで自分」
「ははは、それでこの詞どんな意味があるんですか?」
「あれへんわ、そんなん。適当に思いついた言葉組み合わせて作ってるだけやもん」
ガタッ
「だ、誰や。そこにおるの」
物音に気づきドアへ近づくつんくと男は足元にぐしゃぐしゃになった話題になっていた歌の詞が書いてある紙を拾った。
「・・・・・・・・やばいですよ」
「うるさい。何も言うな」
二人は拾い上げた紙を見たまま止まっていた。
市井はその時既にレコーディングスタジオを飛び出していた。
―――私はその時泣いていなかった。というか泣いているのを認めたくなかった。
初めて知ったつんくさんの本音。それまで抱いていた少しの不安が、少しの怒りに変わり、
それが大きな怒りに変わっていた。何処に行こうかも分からなかったが、思い切り走っていた。・・・・・・―――――


−7−
レコーデング日は延期になりモーニング娘はテレビ・ラジオ出演以外は仕事をストップしていた。
メンバーの頭の中は市井のことだけだった、他のことは手に付かず何をしても市井と結び付けてしまう。
「紗耶香だったら・・・」「紗耶香にも・・・」といった言葉が多く出てきた。
その中で一番心配していたのは後藤だった。市井が失踪したと知らされた後に
突然泣き出した後藤は今も誰ともしゃべらずに一人で座っている。しきりに携帯電話を鞄から取り出してみていた。
警察に届を出したもののいまだに何も情報はない。テレビのニュースでも情報提供を
呼びかけているらしいがそんなものは当てになるはずなかった。いたずら電話のネタにしかならなかった。
その日は全員があまり喋らぬまま暮れていった。・・・・・・
そのころ市井は・・・・・・・・・・・・


−6−
―私は一晩千葉の友人の家へ止めてもらった。特にそこで悩みを打ち明けたわけではなく、
ただ久しぶりにメンバー以外の友達に会いたくなっただけだった
寝る前私はつんくさんの言っていた言葉を思い出してまた泣いてしまった。一番信頼していた人なのに、そんな事も思った。――
朝早く友達の家を出た市井はあてもなくふらふら歩いていた。7時ぐらいだったのでまだ
外を歩いている人もあまりいなかった。たとえいたとしても自分を芸能人と気づいてくれる人はいなかった。
ある公園にたどり着いた市井はベンチに座りハトに餌をやる老人を見ていた
・・・・・・何時間立ったろう市井はほとんど動かず、何も考える事なく空白の時間を過ごした。
ふと気づき少し離れた所にある時計を見た。
「・・・・もう10時か・・・。そんなに」
市井はその時少し誇らしげに思っていた。3時間ほどの間じっとしていた自分の事を。
砂場では子供たちがはしゃぎ、それを親達が見守っていた。
その光景が市井には凄く懐かしく思えた。普通の一般人ならこんな光景すでに見飽きていて、
それを見ると苛つくものさえいる、しかい日常のこんな場面も見れなくなってしまっていた自分を少し悔しく思った。
ベンチを立ちあがった市井はまた歩き出した。しかしすぐ立ち止まり公園のすぐ隣の図書館へ吸い込まれるように入っていった。

『パソコン室』と書かれた部屋に入っていくと椅子に座り画面を見た。そこには前の利用者が消し忘れた掲示板みたいなものがあった。
何気なくマウスを手にすると『モーニング娘。』の欄をクリックした。
目立った見出しにはこのようなものがあった。と、いうか市井にはそこにしか目が行かなかった。

市井紗耶香消えろ
市井紗耶香やめろ!
モー娘全員死ね!
市井さんもういらないです。
誰もソロでは残れないのに・・・。

もちろん応援や励ましのメッセージもあった。しかし今の市井にはそんなメッセージさえ信じられなかった。
「こんな、事皆思ってるんだ・・・・・」
表では淡々としてた市井だったがそれには限界があった、乱暴に席を立って図書館から出ていく。
そのまままたフラフラと歩いて千葉県の中心地にまで来た。とは言ってもそこは裏通りで人に会う事もなかった。
「あと6日・・・」
日は落ちていった―――――――


−5−
死亡5日前の市井は酷かった最悪の心身状態だったろう。
何をしていたかもあえて書く必要はない、ただ処女を失ったとだけ言っておこうと思う。
そしてその夜――――――
昨日の朝いた公園に着いた市井は同じベンチに座り同じ時計を見た。
「もう9時半か・・・。後藤今ごろ何してんのかな」
そう言えば市井は昨日の朝ここにいたとき自分ではなにも考えていないつもりだったが
よくよく思い出すと後藤の事をずっと考えていた。後藤の声・後藤の顔・後藤の服装すべて後藤に関する何かが頭の中を回っていた。
それに気づいた市井はくすっと笑った。
「どうしたんだい?にやにやして。」
不意に声をかけられ市井は驚いた。見ると隣りにきのう見たハトの老人がいた
「いえ、あの・・・」

「好きな人の事考えていたのかい?」
「いえ、そんな。・・・・ははは」
「きのうもお嬢ちゃんここにいたよね」
「え、覚えてるんですか」
「もちろんだずっと私を見てるんだから。そりゃ覚えるよ。しかも君は何とか 娘の子じゃないのか」
「・・・はい」
「そんな忙しいはずの君は何でここに?」
「見なくても良いものを見ちゃったっていうか・・・・。なんか全部嫌になったん です」
「ほう、それは」といいかけて老人は口をつぐんだ。
「もうこれ以上は聞かない事にしよう」
「いいんです。聞いてくださいなんかこうやって人とまともに話すの久しぶり なんで・・・」
「そうかい。じゃあ聞くがね、何が嫌になったんだい?」
「・・・私歌手になるのが夢なんです。だからモーニング娘に入ったんですけどね
最初のうちは楽しかった、とても・・・。毎日が新しい事の連続でしたから。
でもだんだん小さい不安や悩みを持つようになった。私はこれでいいの?
私 はこんな歌が歌いたかったの?って。その小さな気持ちがこないだ爆発した んです。
その瞬間すべて嫌になった。すべて投げ出したくなった」
「・・・・・・それでここまで逃げてきたのか」
「休みたかったんです。何もかも忘れて」
「それでここに来て休めたかい?」
「正直な話、答えはいいえですね・・・。さっき図書館でホームページ見たんです
あんなに不愉快になる言葉があったんですね。単純にむかついた。」
「ほう、そんなにすごかったかね?」
「・・・・」
「でもファンの人たちもいたろうそれは見なかったのかな?」

「ありましたけど、そんなの信じれるわけないです。どうせ見んなうわべだけの応援なんですよ・・・・
ほんとに私の事思ってる人なんて一人もいない」
市井はついに涙をこぼした。
「・・・・・・。」
「私のファンなんていないんですよ。ほんとに信じれる人なんて誰もいない。
つんくさんも、メンバーもファンもすべて。誰も信じたくない。」
頭を抱え込み声を出して泣いた。しばらくその声だけが夜の闇に鳴り響いていた。
「それは君失礼な話だな」老人が口を開いた。
「たしかに君は誰も信じる事ができないかもしれない。でもそれは失礼だよ。 ほんとに応援してくれている人たちに対して」
「え?」
「君が信じてあげなければ君を信じる人もいなくなる。そうなったら君は本当 に死んでしまうぞ。
ウサギが一人になると死ぬといういう話しがあるが、知っ とるかな。
皆にかまってもらえず淋しくなって死んでしまうらしい。しかしそ れは違うとわしは思うな。
ウサギはきっと人を信用してないんだ。飼い主がど れだけ心配に思って
忙しい仕事をしているか知らないんだ。だからさびしいと 思い込んで死ぬんだ。
それと同じ事じゃないか今の君は。誰も信じれない、ほ んとは君の事たくさんの人間が
心配しているのにそれも知らないでこんな所に いる 」
いつのまにか市井は泣くのを止めていた。
「これを見てごらん」といい老人は古いバックには言った一冊の週刊誌を取り出し、あるページを見せた。
「こ・・・れは?」
「後藤さんというんだね。君の事を血眼になって探してるらしいね」
その記事には後藤の懸命な捜査の様子が写真と文で示されていた
「そんな、後藤がこんな事・・・」
「後藤さんだけじゃないよ。メンバーやファンの人たちだって同じだよ。
君を心から心配してる人なんて沢山いるんだ。それを忘れちゃだめだよ」
「・・・・・・・後藤・・・・。」

記事を見てまた泣き出す市井。その小さな頭を撫でる老人。
「今日はこんなじいさんのくだらない話を聞いてくれて嬉しいよ。馬鹿なプロデューサーの歌よりかは役に立ったかな?市井さん?」
「おじいちゃん、ありがとう、ありがとう。」
市井は何度もありがとうと繰り返し泣いた。そのうちに泣きつかれて寝てしまっていた。


−4−
鳥の鳴き声がする中市井は目覚めた。目を開けてみると昨日の老人がハトに餌をやっていた。
時計を見るともう11時になっていた。
市井は小さくお辞儀をしてその場を出発した。
「ええっと携帯電話・・と」
電話を取り出してボタンを押し始める。

「裕ちゃん。市井ちゃん全然見つかんないよう。ほんとどうしよぉ」
昼から後藤の目ははれていた。寝不足のせいもあるが一日中泣いていたせいもあった。
「せやなぁ。ここまで頑張ってんのに見つからんとなれば、もしかしたら・・・・ もしかするかもしれへんな。」
中澤は真顔で言った。
「そんな酷いよぉ。裕・・ちゃん」
涙を思い切り溜めて後藤はまた泣き出した。
と、その時だった。しばらくなる事のなかった後藤の携帯が鳴ったのだ。
凄い素早さで電話を取る後藤。その願いは届いた。電話の主は市井だった。
【もしもし後藤。私、 市井紗耶香です。ごめんね心配かけて。今船橋駅なんだ これから行くから渋谷で待っててくんない?】
不覚にも後藤はまた泣いてしまった。
「うん、分かったすぐ行くよ。」震えた声でそういって電話を切った。
「裕ちゃん、皆。ちょっと行ってくるよ。」涙を拭き満面の笑みで喋った。
メンバーは何も言わず笑顔で頷いた。

−渋谷駅−
「まだかな後藤・・・。」
とつぶやいていると遠くで聞き覚えのある声がした。
「おおおおおおおおい。市井ちゃ〜ん!!」
後藤だ。久しぶりに会った後藤は少しやせているように見えた。
「どうしたの?アンタめちゃめちゃ痩せたじゃん。」
「そりゃそうだ。市井ちゃんの事ずっと心配してたんだもん。メンバーもみんな痩せたよ。」
・・・たわいもない会話はいつまでも続いた。
あの事実を告げるまでは・・・・・・・・・・。


−3−
―メンバーと久しぶりに会った。皆は依然と同じようにいや、それ以上に元気だった。
仕事はなく皆暇だったので夜が明けるまで宿泊してたホテルで話していた。
私の希望でその夜は後藤と2人同じ部屋で過ごした。別に理由があったわけじゃなかったけど、
なぜか後藤と一緒にいたかった。二人であしたあそびに行こうと約束し眠りに就いた。
そして死亡3日前。私はこの日の朝、自分が死んでしまう事を忘れるほど心がはずんでいた。―
目が覚めた市井はカーテンを静かに開けて窓の外を見る、まだ朝日も出てない状態だった。
失踪中に早起きぐせがついてしまったようだ。
旅行やイベントの前の日はなかなか寝付けないという話しをよく聞くが今日の市井はまさにそれだった。
後藤を起こさないようにそっと歩いて布団に戻った市井は寝られないのは分かっていたが取りあえず布団をかぶった。
「はやく夜が開けないかな・・・・。」と小さく呟いた。
いろんな事を考えながら−半分以上は後藤の事−目を閉じているとそのまま寝てしまった。
・・・・・・「お〜い。市井ちゃん!朝だよ。」
後藤に起こされて飛び起きる市井。もう時間は午後1時だった。
後藤に起こされたという事は自分は相当寝てしまったと思っていた。
今日は二人で遊ぶ約束をしていた。適当に用意をして外に出た二人は、
まず何処に行こうか話し合った。二人の意見は映画館に行くという事で一致して歩き出した。
市井はその時久しぶりに上を向いて歩いてみた。つい2日ぐらい前はこの空や人々もみんな嫌いだった、
でも今はその事が嘘のようになんでも嬉しく思えた。

後藤は市井の顔をちょくちょく見つめた。市井にその事を指摘されても「何でもない。」と答えるだけだった。
二人は少し古びた小さな映画館に入っていった。場内はガラガラであの映画館の独特のにおいが漂っていた。
市井はこのにおいの事を嫌ってはいなかった。
「市井ちゃん、何でこんな古ぅい映画館きちゃったの?他にもいっぱいあるじゃん。きれいな所。」
「ここはね私が小さいころよくお母さんといっしょに来た映画館なんだ。家 からは凄い遠いんだけどね・・。」
「ふぅん。」
「お母さんはこの映画館に来るときはその時一番身近にいる大切に思う人と 来てたんだって。
初めは親友といっしょに次はお父さん、次は私。私も一 回やってみたかったんだ・・・」
「え・・・・」
「あ、もう映画が始まるよ。」後藤の質問を聞かずに市井は行った。
市井にとって目的は映画を見ることではなかった。この場所に後藤を連れてきたかったという事だった。
そしてもう一つ、事実を告げるためだった。
映画は終わり明るい視界が広がる。
「・・・・・ねぇ、後藤」
「何?なんかあんの?」
「今から言う事は誰にも言っちゃだめだよ。いい。」
「何ぃ?早く言ってよ。」ふにゃふにゃしてる後藤の目を見つめて市井が話し出した。

「後藤、落ち着いて聞いてね。・・・私死ぬんだ、あと3日で。」
「は?」腑に落ちない様子で市井を見る後藤。市井の顔は真剣だった。
「ごめんね、突然意味わかんない事言って。でもほんとなんだ。理由は知ら ないけど誰かに薬をうたれて・・・。」
市井の真剣さを受けその事実を受け入れた後藤は冷静に質問をした。
「誰に・・・そんな事。」
「分からない。記憶がないんだ、その部分だけ。ただ目覚めたときに死ぬっ ていう事を知ってた・・・。」
「そ、そんな。本当に本当なの。」
市井は何も言わなかった。ただ後藤の目をじっと見続けていた。
「嫌だよ、市井ちゃんが死ぬなんて。怖いよ。」
「私だって凄い怖いよ。でもあと三日しかないんだからその間を楽しく過ご さなくちゃ。」
「でも、でも・・・」
目に涙を浮かべ声を上ずらせている後藤。その少し色の薄い髪に指を通し抱く市井。
「ねぇ後藤・・・・私さぁ、もう一つだけどうしても思い出せない事があんだよ ね・・・。
わたしすごい好きな子がいたんだ、その子が誰なのか全然思い出せ ないんだよ。・・・・でも今やっと思い出した。」
市井がそういい終わると後藤の心臓の鼓動は高鳴り、息が荒くなっていた。
「それって・・・。」
「後藤、好きだよ・・・・。」
「・・・嬉しい。・・・・・・市井ちゃん。私もです。私も市井ちゃんが大好き。」
「あのさ・・・・キスしてもいいかな?」
「・・・・」
後藤は小さく頷き目を閉じた。
少し間を空けて二人の唇は重なった。互いに相手の柔らかい感触を感じあった。
映画館を出てコンビニにより二人は本日の夕食を買ってホテルに戻った。
3日前の夜はとても静かにふけていった。


−2−
仕事再開の日、コンサートがあった。全国を周りファンの人に会える。市井は、というかメンバーはそれが一番好きだった。
午前中のリハーサルも終えて本番1時間前となった。
「今日は久しぶりのコンサートやからみんな頑張るで!!!」
「おぉぉぉっ!!!」
気合いを入れてステージそでへ行く。
一曲目はラブマシーンだった。市井が最後に気に入ったモーニング娘の曲である。これ以降つんくの歌には不満を持ち続けていた。
しかしこの日はすべての曲を自分の中で最高の声と踊りでできた。
市井の顔は死ぬ直前に怖さを通り超えたという感じだった。実際そうだったのかもしれない。
彼女はこのコンサートを最後に全てを終わらせようとしていた。
精一杯の市井の表現はファンにもしっかりとどいていた。
それを感じた市井は笑顔でコンサートを終えた。明日死ぬという事実を胸に秘めたまま。


−1−
今日は昨日と同じ場所で夕方の6時半からコンサートが開かれる予定だった2デイズと言うやつだ。
しかも最終日。スタッフ達も何とか最高のステージにしようと努力していた。
午前中のリハーサルも終えて本番1時間前となった。
そんな折、市井は6人のメンバーをある会議室に呼出した。
「どうしたの紗耶香、いきなり呼出したりして」
「あのね、皆に話したい事があるんだ・・・。」
「なんや、紗耶香急にあらたまっちゃって。」
「うん。あの・・もう後藤は知ってるんだけど・・・。」
「早くいいなよ、なっち忙しいんだよ。」安倍がいすを立とうとする。
「あ、ちょっと待ってなちほんとに大事な話しだから聞いてて。・・・・・・あの ね、私今日死ぬんだ。」
「えっ??」「何いってんの紗耶香。大丈夫?」
「ほんとなの。今日わたしは死ぬ事になってるんだよ。」
「な〜に馬鹿いってんのよ。」保田が笑った。
「ほんとだよ。冗談でしょ?」飯田も笑っていた。
「後藤ほんとなんか?」ただ一人真剣な表情の中澤は聞いた。
後藤が静かに頷いた。その瞬間全員が黙った。
一気に緊張した空間の中で市井が喋り出した。
「ごめんね、ほんとはもっと早く言うつもりだったんだけど。」

「なんで、なんで死ぬの?理由がわかんないよ。自殺しようとしてんの。」
矢口が市井の肩を揺らしていった。
市井は死の理由を全員に伝えた。
「嘘だよ、そんなの。嫌だ、紗耶香が死ぬなんで考えられない。」保田が言った。
「そうだよ、ほんとは冗談なんでしょ!そう言いなよ。私に嘘ついたってだ めなんだからね。」飯田は泣いていた。
安倍は黙ったまま机に顔を伏せて泣いていた。後藤と中澤だけは冷静に座っていた。
「あ〜。もうアンタらうるさいわ。」
号泣のメンバー達に中澤が言った。
「なんでよ。裕ちゃんひどいよ。紗耶香が死んじゃうんだよ?裕ちゃんは悲 しくないの?」
「悲しいに決まってるやろ!でもここで泣いたらあかん。
ここで出す涙は紗 耶香が死ぬ直前までとっときや。今は紗耶香にとって最高のコンサートに なるようがんばらなあかん。
ここで泣いてても意味ないで。」
「裕ちゃん・・・。」
メンバーは涙を止めた。
「その通りだわ裕ちゃん。やっぱいいこというねリーダーは!」
安倍がそういうと続けて飯田が言った。
「紗耶香、私達は紗耶香の事大好きだよ。だから最高の送り出しをしてあげ る。」
「そうそううちらが絶対幸せに死なせたるわ・・・・。」
「・・・ありがとうみんな!私も全力で頑張るよ!」
「おぉっ!」
そしてメンバー全員は、市井は最後のステージへと向かっていった。

モーニング娘・たんぽぽ・中澤ゆうこ――――――

そしてついにあの瞬間がやってきてしまう・・・・・・・・・・・・・・・

「みんな〜っ!げんきか〜っ!プッチモニでぇ〜す!!!」
その声が会場全体に響くとファン達は物凄い声援で答える。
「ちょこっとラブ!行くぞぉぉぉぉっ!!!」
市井の声は高くそして華麗に響いた。
その時である。市井は血を吐き出しその場にしゃがみこんだ。
演奏が止まりファンがどよめき出す。
しゃがんでいた少女は苦しみに耐え切れずに倒れ込んだ。さらに血を垂らしゼェゼェ吐息を荒くしていた。

「紗耶香っ、紗耶香ぁぁぁぁっ」
「嫌ぁぁぁぁ。市井ちゃぁん!」
担架に乗せられ、緊急医療室に運ばれた市井は薄れる意識の中メンバー全員が泣いているのを見ていた。
「紗耶香、さようなら。」
6人は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら別れの言葉を告げた。
市井はその中で一番泣いていた後藤の手をとり言った。
「ご・・・と、う。さいご・・・にキス、し・・て」
そう言われた後藤はそっと市井の唇にキスをした。その後メンバー全員が市井の唇にキスをしていった。

4/1(土)午前0:00

市井 紗耶香 死亡


−0−

―思い出したみたい・・・。私は薬を自分でうったんだ。
「娘。」っていう最大の人生の試練を乗り切れるかどうか見極めるために。
ほんとはあの「薬」、死ぬ事もないし、何の意味もない。ただ服用した10 日後に発作を起こし2,3日
眠るっていうだけの魔薬で、副作用として「死ぬ 直前」の状態に陥ると言うものだった。
私は死ぬ寸前の状態におかれる事でいろんな不安や迷いに対して少しは違っ た考え方をできると思ってこの薬を買ってうってみた。
でも実際そういった考えを持ててよかったと思う。

後藤を好きになった事・プロデューサーの事・それが作る歌・アンチファンの 存在

全部のことを違う目で見れた。知る事ができた。

「薬」のおかげで自分の曖昧な思いをきれいに洗い流せた。
私が最近勉強してた英語で言うと

『 DRUG TREATMENT 』

・・・・・そう言えばもう一つ思い出した。・・・・・自分の夢のこと。前から思 っていた、シンガーソングライターの夢。
私はモーニング娘を脱退する。夢を叶えるために。

これをちゃんとメンバーに伝えなきゃ。もう一回みんなの元に行って
もう一 度次の事実を伝えなきゃ・・・・・・・・。――――――――――――

−END−