「圭ちゃん。凄い大きな荷物だねー。何入ってるの?」
「うん、釣りざおだよ。なんてね。」
「ははは」
決定的な事態には至らず、計画は全て順調だった。
山間の道を進むロケバス。
道程のちょうど真中辺りにさしかかった時、保田は行動を開始した。
網棚から鞄をおろし、中からライフルを引き出した。
あまりにも自然な行動で誰も不審に思う者はいない。
最前列左側の窓側一人席に座っていたので、
(そもそも、こんな席に座らされる事が保田的には面白くない。)
運転しているスタッフに意思を伝える事は簡単だった。
「今後妙なマネをすると撃つよ。私の命令に従っていれば命は保証する。」
その声が妙にハッキリとバス内に伝わると、
同乗しているメンバー全員は水を打ったように静かになった。
「はーい。皆聞いてー。このバスは保田が乗っ取りましたー。
以後、保田の命令に従う事。
私が王様、あなたたちは家来という関係が、たった今決定しました。」
堪らず、中澤が声をあげる、
「圭坊、これは一体何の冗談や!?」
その声を完全に無視して保田は続ける。
「以後、私の事は保田様、または圭様と呼ぶ事。私語は禁止。
発言は挙手して許可を貰った後にする事。
その他勝手な行動並びに途中下車は禁止。
守れない人にはお仕置きでーす。以上。何か質問はありますかー?」
中澤が再び鋭い声をあげた。
「圭坊!」
保田は中澤を一瞥すると歩み寄って銃座で激しく殴打した。
「私の事は保田様、または圭様と呼ぶ事。私語は禁止。
発言は挙手して許可を貰った後にする事。
守れない人にはお仕置きでーす。
初回は特別に軽いお仕置きでしたが、次からはそうは行きません。
以上でーす。何か他に質問はありますかー???」
バス内は静寂に包まれた。
保田の指示でバスは淡々と山深くへ進みつづけた。
十五分ほど経った頃、飯田の隣に座っている辻が声をあげた。
「すいません。トイレに・・・」
刹那、保田は辻に向けて無造作に引き金を引いた。
辻の頭が、まるで神の手に握りつぶされたかの様に破壊された。
「圭ちゃん、いい加減にしてよ!」
遂に逆上した飯田が、席を立って保田の方へ突進しようとした。
保田は、一度首を傾げると無造作に引き金を引いた。
飯田の身体が、不自然なダンスを踊った後、全機能を停止した。
「はーい。保田様って呼ばなきゃダメよー。
ちゃんと挙手してから喋ってねー。
それにこんな山奥にトイレがある訳は、あーりませーん。
皆さん適当にその辺でして下さーい。」
(ガキは嫌いよ。
圭織は・・・もっと賢いかと思ったのに残念ね。)
一時騒然としたバス内は再び静寂に包まれた。
濃厚な血の匂いが辺りに充満していた。
やがて、暇を持て余した保田は口を開いた。
「はーい。じゃ、とりあえず一名に死んでもらう事にしますー。
これから配る紙に死んで欲しい人の名前を書いてくださーい。
じゃ、3分後に回収しますよー。」
一人一人がお互いに目を見合わせては逸らす、
その緊張感溢れる時間が、保田には至上の快楽だった。
回収した用紙に一通り目を通した後、保田は微かに唇を歪めた。
「はーい、中間発表でーす。死んで欲しい名前を書いた方は全部で三名でーす。
順番にいきます。先ず「保田」これは中澤さんの字ですねえ・・・
次「保田」これは紗耶香の字だね。くくく、君らセンス良いぞー。
で最後に「後藤」これはなっちの字ですねー。」
凍りついたような時間の中、
中澤、市井、安倍、後藤の表情を順に、保田はゆっくりと見回した。
「んじゃ、決選投票をしまーす。
これから配る紙に死んで欲しい人の名前を、もう一度書いてくださーい。
今度は白票並びに保田票は禁止でーす。書いたら死刑するのだー。
誰が誰を書いたかは多分言わないので、
みなさん存分に忌憚の無い意見を書いてくださーい。」
安倍の蒼白な表情を、保田はじっと見つめていた。
「じゃーん。結果発表でーす。
安倍さーん6票、後藤さーん1票、加護さーん1票。
パンパカパーン!多数決でなっちが選出されましたー!」
安倍は完全に凍り付いていた。
表情が無く、その全身は小刻みに痙攣を起こしていた。
やがて、我慢の限界を超えたのか叫びだした。
「いやぁー!どうしてっ、みんな?
そんな事無いっしょ? あぁ、あ、あぅ・・・ひぃい・・・」
取り乱す安倍に向かって、保田は微笑みながら言った。
「あー、安倍君。発言は手を上げてからしたまえ。」
「お願いです。圭・・・、保、保田様。助けて下さい!。
・・・何でもします、何でも。
だから、助けて・・・ 助けて下さいぃ、お願いだからぁ。」
半狂乱で哀願を続ける安倍を見下ろす保田は、実に満足そうだった。
(くくく・・・ まだよ、まだ。
私の受けた屈辱はこんな物じゃない・・・)
保田は満面の笑みを浮かべて、安倍に答えてやった。
「あー。安倍君。本来なら君は即死刑なのだが、
君の真摯な気持ちに免じて、最後のチャンスを与えよう。
君の手で、吉澤か加護のどちらかを殺しなさい。
そうすれば、死刑の免除を考えてあげても良いぞー。」
「あ、は・・・は」
安倍は夢遊病者のように立ち上がり、
言葉にならない言葉を発しながら、加護の席に近づいた。
安倍は決して膂力のある方ではなかったが、生命の危機である。
己のポテンシャルの殆ど全てを発揮して、
あっさりと加護の首をへし折って見せた。
(人間追い詰められると凄いねー。くくく。
マジで壊れてるよ安倍ちゃん・・・)
安倍の狂乱振りに、内心多少動揺していたが、
それを押し殺して保田は言った。
「あー。安倍君ご苦労だった。今回は特別に死刑を免除してあげよう。」
緩やかな峠道を、黄色いロケバスは、レッドゾーン3000回転まで
きっちりと使いきり疾走していく。
保田は密かに矢口の様子に注目していた。
矢口はしきりと窓に視線をやったり、
背伸びの様な真似で窓の高さを計っている様だ。
(ふふふ・・・ 誘ってみるか・・・)
さりげなく銃を下げ、その時を待つ。
やがて急なカーブにさしかかり車速が落ちた時、
矢口が動いた。窓を開け飛び降りようとしたのだ。
(ビーンゴ!)
狙い通りである。保田は銃を構えた後、
わざわざ矢口が窓から身を乗り出すのを待って撃つ余裕すらあった。
「ぴぎゅうぅ・・・」
悲鳴の様な奇声を残し、矢口は車窓から舞って行った。
(自分だけが賢いと勘違いしていたんじゃないの? お馬鹿な真里ちゃん。)
車内には保田の声だけが響き渡る。
「はーい、みなさん途中下車は禁止ですよ。」
(死体を投げ落とす手間の要らない、完璧なタイミングだったわ・・・)
保田は、そんな事を考えながら、
矢口の開けた窓を見つめていた。やがて言った。
「吉澤さん。その窓を閉めなさい。」
自らの教育係であった矢口の、人生の幕を降ろすスカイダイビングを
眼前で目撃した吉澤は呆然としていた。
かなりの時間をかけて現実感を取り戻した後で、吉澤は口を開いた。
「保田さん。あの?一体どうして? 矢口さんは? 何が・・・。」
そんな吉澤を保田は冷たい視線で凝視していた。
その柳眉を僅かに持ち上げて、保田は言った。
「安倍」
唐突に名を呼ばれた安倍は、背筋にありったけの力が入り、
冷や汗と痙攣が傍目にも判るほど緊張している有様だった。
「なあ、吉澤は命令に従わない罪と、勝手な発言をした罪。
ご主人様に対して無礼な口のきき方をした罪だが、
君なら、どんな罰が適当だと思う?」
「・・・」
安倍は答えなかった。口元のホクロを撫でながら、
微かに眼光を強めて、保田は再度言った。
「ん、どうした? どんな罰が良いかなあ?」
僅かな時間があったが、安倍は既に堕ちていた。
もう抗う術を持ち合せていなかったのだ。
「・・・死刑です。」
望む様な答えを引き出した保田は、
満面に笑みを浮かべて言った。
「そうか、では特別に安倍君に執行人をお願いしよう!」
安倍の目には、もはや僅かな光も残っていなかった。
のろのろと立ち上がると酷くぎこちなく
吉澤の元に歩いて行き、決して効率は良くなかったが、
無感情に、機械的に吉澤を縊り殺した。
「あ・・・お・・・うぉ・・・うぇぇ・・」
安倍は壊れた。頭を抱え、涙、涎、鼻水を垂らし、失禁し
ゆらゆらと前後に動きながら、目を見開いて
声と言うより音を発していた。
(ふふふ、遂に別世界に旅立ったのね・・・。)
保田は尚も猫なで声で言った。
「あー。安倍君。席に戻りなさい。」
その声は、安倍の心にはもう届かなかった。
安倍は、ただ吉澤の亡骸に取りすがり、
嗚咽と嘔吐を繰り返していた。
2、3度繰り返した後に、やがて保田は言った。
「あー、言う事をきけないなら死刑。
残念だな。安倍さんは特別に目をかけていたのに・・・
それと、今度からゲロはエチケット袋を使いなさいね。」
保田が無造作に放った弾丸は、安倍を縦に脳天まで貫通した。
動かなくなった安倍を、保田は心持ち感慨深げに眺めていた。
(長い間お世話になったわねー。
グッバイ、フォーエバー。安倍なつみ・・・)
やがて面を上げた保田は、ゆっくりとバスの中央まで歩み出ると
残っている中澤、市井、後藤、石川を順番に見やりながら、
明らかに今までとは違ったトーンで喋り始めた。
「ねえねえ、やっぱり、モーニング娘。は、
この5人だけで充分だよねー。
これからも皆で頑張っていこうねー。」
保田は陽気に一人で喋りつづける。
「これぐらいの人数の方が、一人一人しっかりアピールできるし
変な人間関係のトラブルも少ないしねー・・・・・・」
いつしか後藤と石川は嗚咽の声をもらし始めていた。
保田の独演会を遮るように、中澤が重い口を開いた。
「圭坊。あんたの気持ちはホンマに良く解る。
けどな、はっきり言って、手段が間違っとるよ。
どうして、うちに相談してくれへんかったん?
多分、うちかて、圭坊と同じ悩みを持っとるんよ・・・」
保田は、そんな中澤に奇妙な物を見るような視線を投げかけた後、
ガラリと声のトーンを落として、噛み付くような調子で吐き捨てた。
「リーダー。あんた、やっぱりダメよ・・・。
いつも口だけで、実際は何も出来やしないじゃない。
私がどんな思いでやってきたか解る?
私の悩みが解るって? はっ、笑わせるね。
やっぱ、あんた死刑決定。」
保田は中澤の顔面に向けて、銃口を持ち上げかけた。
それを一時停止させたのは市井の声だった。
「好い加減にしなよ、圭ちゃん!」
保田は、チラッと心外だという表情を浮かべたが、
市井には構わず、中澤に狙いを合わせた。
「圭ちゃん!」
「紗耶香止めとき。 圭坊の好きにさせたればええよ。
うちかて、今まで至らなかった点が一杯あったのは、自覚してる・・・
それで、少しでも圭坊の気が晴れるなら構へんわ。」
わざわざ中澤の台詞が終わるのを待った保田は、
何かを振り払うかの様に、一つ息を吐いた後、引き金を引いた。
中澤裕子は弾け飛んだ。
(ははは・・・
さよなら、偉大なリーダー中澤裕子。
・・・・・・くっ・・・畜生、なんか気分悪いな・・・)
宙を泳いでいた保田の視線が、涙腺の決壊状態にある石川の顔の上で止まった。
視線を落とした保田は、石川が失禁している事に気がついた。
じっとそれを眺めていた保田は、やがて涙をこぼし始めた。
「石川ー。泣くなよ、汚いぞ。
でさあ、石川には、もっともっと色々な事を覚えてもらって
モーニング娘。で、これからも一緒にやって行きたかったんだよ。
でもね、モーニング娘。は、4人じゃ少な過ぎるんだよね。
やっぱプッチモニなのよ。私はプッチモニの保田圭。
プッチモニはさ、私達3人だから・・・・・・
残念だけど、さようなら、石川さん。」
「止めてっ!」
席を立った市井が手を伸ばすより一瞬早く、保田のライフルが火を噴いた。
一瞬後、石川梨華だった物が完膚無きまでに壊れた。
(やっぱ、プッチモニだよね・・・)
保田は、視線を逸らすと、もう二度とそちらを見ようとはしなかった。
バスは慣性ドリフトでコーナーを次々とクリアしていく。
悲しげなスキール音が夜のしじまに響き渡っていた。
やがて、保田は、ゆっくりと銃口を市井に向けた。
そして、少し強い高圧的な口調で言った。
「ねえ、紗耶香。明日で引退って言うのは、勿論ジョークだよね。」
市井は口を固く結んで、ただ、じっと保田を見つめていた。
保田は畳み掛けるように続けた。
「やっぱり、プッチモニが一番だよ。
これからも3人で頑張っていこうね。
次の曲も、きっとオリコン1位だよ。
何曲連続で1位を取れるか楽しみだね。
B'zなんて目じゃないぞ。ですぞ。ははは。
ねえ、そう思うよね? 紗耶香、後藤。」
後藤のすすり泣く声だけが響く中、
市井がポツリと呟いた。
「圭ちゃんは疲れてるんだよ。」
永劫に思える沈黙の時間と、後藤の嗚咽と、市井の台詞が、
保田の感情に、最後の一押しを与えた。
堰を切ったように、石川の時とは違った種類の涙を止め処無く流し始め、
懇願を始めた保田の声は、魂の断末魔にさえ聞こえた。
「だから嫌なのよ。
お願い、紗耶香。私を捨てないで・・・
お願いだから、これからも一緒にやってよ・・・
プッチモニは私の、私達の夢の始まりなのよ。どうして? 何が不満なの?
邪魔なのはいなくなったし、後藤が邪魔なら・・・
後藤だって始末してあげるよ・・・
紗耶香、なんか言ってよ・・・
わたしは、一人じゃダメなのよ・・・
ライバルって言ってくれたじゃない?
お互い、これからも切磋琢磨していこうよ。
何で? 何で? 私を選んでくれないの?
一人は嫌なのよぉ・・・いやぁ・・・嫌なの・・・」
泣き続ける保田の後ろで、つっと立ち上がった後藤に、
保田は気が付かなかった。
後藤は、素早く保田を羽交い絞めにして叫んだ。
「市井ちゃん!圭ちゃんの銃を取り上げてっ!」
世界はスローモーションの様だった。
保田は滅茶苦茶に暴れ、ただ引き金を引いた。
市井は動こうとはしなかった。後藤の膂力を持ってしても、
今の保田の動きを封じる事は困難だった。
保田の放った一発の弾丸が、
エンドロールを強制的に開始させることになってしまった。
見事に命中したのだ、胸の真中に。
胸の真中を通過した鉛球と、それに付随するエネルギーを、
運転していた男はそれと意識する事無く、唐突に受け入れさせられた。
主を失った、黄色いバスがガードレールを突き破るまで、
それから僅か9秒の時間しか要さなかった。
そのちょうど5秒後に、黄色いバスは夜の湖底へと潜行していった。
保田はその時、何を思ったのか・・・
5分もしないうちに、静けさを取り戻した湖面は、
ささやかな悲劇を、ただ静かに覆い隠していた。