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隠れた主役・2

「ヤバいよ…」
真希にとって、今だかつて、これだけドキドキした収録があっただろうか?」

激し過ぎる鼓動。
涼し過ぎる胸元。
その豊かな大地を覆うべき最後のカーテン ─ ブラジャーは無かった。

下手したら今すぐにでも泣き出しそうな真希に、声がかかる。
「今日もがんばりましょう。 ねっ」
端から見たら、それは微笑ましいグループ愛であった。
が、真希にとっては飢えた悪魔に見えていた。

─ 今日の"隠れた主役"も圭である。

──────────

楽屋。

「ほら、早く着替えなよ」
圭に声をかけられ、寝ぼけ眼の真希が顔を上げる。
「う〜ん…」
「また寝てんの? まったくアンタときたら…」
「だって春だもん…」
「何わけわかんないこと言ってんのよ。
 見てみなって。 アンタだけだよ、着替えて無いの」
圭の言う通り、私服なのは真希だけであった。
「まぁまぁ、こう怒らんとき。
 まだ時間あるし、寝かしとけばええやんか」
裕子が真希に助け舟を出す。
「ゆうちゃ〜ん、なんかいっつもより甘くな〜い?」
真里の拗ねたような声。
「なんかいいコトあったんでないの?
 ハイ、なんも隠さないでいいからなっちに教えなさい」
なつみも話に加わる。

笑い声の絶えない、いつもの楽屋の風景である。

ノック。

「失礼しま〜す」
マネージャーと番組関係者が、一緒に入ってきた。
「本日の打ち合わせをさせていただいてよろしいでしょうか?」
「あ、ハイハイ」
みんなが姿勢を正す。
台本がみんなの手元に回される。

ここで、圭がわざと大きな声で言う。
「ホラ、だから言ったじゃない。
 早く着替えないとダメだって。」
「え〜、だってぇ」
ごねる真希をよそに圭が手を上げる。
「すいません。 ちょっと着替えてきていいですか?」
「え? 今から打ち合わせを…」
「すぐ戻ってきますんで。 すいません」
「なんで圭ちゃんも行くの?」
「だってホラ、真希が着替えしながら寝たら困るでしょ?」
思わず、みんな笑ってしまった。
笑ってないのは圭と真希だけである。
「なんで笑ってるの?」
「あー、わかった。
 わかったから早く行ってきなさい。 急いでね」

廊下。

「圭ちゃん、ありがとね」
「ん? なにが?」
「だってホラ、わざわざ打ち合わせ抜けて付き合ってくれるなんて…」
「なんか勘違いしてない?」
「え? 違った?」
「打ち合わせなんてどうでもいいのよ」
「あっ、そうか。 圭ちゃんもサボりたかったんだね。 ハハハ…」
「そうじゃないよ」
「えっ?」

圭の予想外の答えに、真希は思わず立ち止まってしまった。

「な〜にやってんの。 早く!」
「う、うん…」
「あ、この部屋空いてる。 早く入って」

部屋の中。

「ねぇ…」
「何よ?」
「電気つけてよ」
「ダメだって」
「なんで?」
「だって電気ついてたらこの部屋に人が居ることがバレるでしょ?」
「ん、そっか…」

よ〜く考えてみたらおかしな話である。
『アレ、なんでいるのがバレたらまずいんだろう?』

しかし、圭は考える間を与えなかった。
言葉巧みに真希を誘導する。
「ホラこれ、ね」
真希は、圭に渡された服を着ようと上着を脱いでいく。
全部脱いで、これで上はブラジャー1枚になった。

その時。

電気のつかない、部屋の中。

「真希」
「はい?」
ちょうどTシャツを脱いでいる最中で視界が塞がっていた真希には、
すばやく移動してきていた圭の姿は捉えられなかった。
「ぎゃっ」
Tシャツが頭の上を通りすぎた時、圭は目の前にいた。
「ちょっ…どうしたの?」
圭は何も言わず、両手で真希の髪に指を通す。
「え、っと、なに?」
髪の中の手で、そのまま真希の頭を固定する。
「ね、ちょっ…圭ちゃん?」
そして、そのまま、そっと唇を合わせる。
「んっ…」
頭を押さえていた手をそのまま下にずらして、耳を擽る。
「うぅ…」
閉じられた唇を割って、柔らかな舌を中に入れ込ませる。
「ふぇっ」
左手では左耳を責めつつ、右手を背筋に沿って背中の方までゆっくりと下ろす。
「ぶはぁ」
塞がれた唇の横から、僅かな吐息が漏れる。

…部屋の暗さも手伝ってか、圭に寄りかかる様にして、目をとろんとさせながら、
拙い技術で必死に舌を絡めあおうとする真希であった。

依然、部屋の中。

唇と左手にはそれぞれ別の仕事をさせているにもかかわらず、圭は器用にも右手だけでブラを外した。
そのまま真希の胸のカーブに沿って、その指を裏から表に持ってくる。
乳首に指が触れた時、真希は異変に始めて気がついた。
「やっ?」
「どうしたの…」
「ダメですよぉ…」
「なんで」
「だってぇ…」
「暗いから大丈夫だよ」
「え?」
「見えないから」
「いゃ、そぅじゃなくてぇ…」
喋る暇は与えない。
一気に肩紐を下ろす。
たわわな胸が露になる。
「きゃぁっ」
「あんまり大きな声出さない方がいいよ」
「?」
「鍵開いてるし。 誰か入ってくるかもよ」
「えぇっ!?」

鍵の開いた、部屋の中。

真希は、それが自分の聞き間違いでなかったか、もう1度確かめてみる事にした。
「マジですか? マジで鍵開いてるんですか?」
「そう言ってるじゃない」
「や、ちょっ、閉めましょうよ。 マジで」
「いいじゃん、開いてたって」
「なんでですか」
「ってゆーか、そんなこと言ってサ、ホントは興奮してるんでしょ?」
「そんなことないですよ!」
「ホラホラ、また声がおっきいよ」
「あ…」
「そんなこといいから、ホラ。 ね…?」
「でもぉ…」
「イヤなの?」
「イヤですよぉ…」
「だって乳首、ホラこんなになってるし」
「違う、それ違うもん」
「何が違うの?」
「だって、違うもぉ…」
「違わないよ? ホラ」
「あ…ん」

ケータイ。

着メロは特に無い。
そっけない呼び出し音が二人の間に割って入る。
「ハイ」
「ちょっと、いつまで着替えてんの?
 早く帰ってき。 みんな待ってんねんで」
裕子が心配して電話をよこしてきたのだ。
「ハイ…ハイ…じゃ」
「誰ですかぁ?」
「裕ちゃん。 早く帰ってこいってさ」
「……」
「早く着替えて、行こっか」

『もうちょっとだけ、続けてもよかった…かな?』
真希の複雑な気持ちを残しつつ、こうして二人の時間は終わった…終わるはずだった。

「あれ?」
「何? 終わった?」
「いゃ…その…あれ?」
「何よ?」
「私の…その、ブラが…」
「え? ブラ無いの?」
「電気…つけてもらえます?」
「ダメよ」
「えっ?」
「バレるじゃん」
「そっか…」

圭はどうしてそこまで電気をつけない事にこだわるのか…。

時間が無い。

上半身裸のまま、真希は半べそで圭にすがる。
「どうしよう? ねぇ、圭ちゃん」
「マジで無いの?」
「はいぃ…」
「もう時間無いし… 取りに行ってる暇も無いよ」
「マズいっす…」
「う〜ん…」
「どうしよう? ねぇどうしようか? ねぇ」
大混乱の真希である。

圭は、心の中で(ニタァ〜)と笑ったに違いないが、それは顔には出さず、あくまで冷静を装って言った。
「しゃーない。 そのまま行こう」
「えぇっ?」
「そのまま。 しゃーないじゃん、だって無いんだから」
「んー、でもぉ、ってゆーか、そのぉ…」
「いいから!」
「あ、はいぃ!」

廊下を、走る。

「早く! 走って!」
圭が走る。
「待って! アタシ、足遅いんだから…」
真希がそれを追い掛ける。

真希が1歩着地する度に、その胸の2個の塊はより大きく弾む。
「ヤバいよぉぉ…」
無理に押さえつけようとしても、暴れる塊群は押さえられない。
「んもう! ジャマくさいんだってばぁ…」
贅沢な悩み、ではある。

「何やってんの! そんなにジャマなら自分で押さえて走んなさいよ!」
「え〜? こーう?」
ノーブラの状態で、胸を押さえながら廊下を走るアイドル、14歳である。
もし写真の1枚でも撮られていたら、ファンの間でン万円、いやそれ以上の値が付く写真だったかもしれない。

…しかしながら、結局その風景を見る事が出来た人間は誰もいなかったのだが。

楽屋、帰着。

「すいませんでしたぁ…」
「アンタら、何しててん!」
「ごめんね、ちょっと空いてる部屋が無くてさァ…」
「圭坊が付いてて、こんなんじゃアカンで、ホンマ」
「まぁまぁ、無事に帰ってきたんだし、いいんでないの?」
「キャハハ、無事って。 当たり前だっつーの」
「え〜、カオリ、そういうのってよく無いと思う。 こういう事はじっくり話し合うべきだと思うし、それに…」
「あーハイハイハイ、アンタはもう喋らんとき」
「…コホン。」
咳払い。
まったく、この娘らは放っておいたら1日中喋ってるんじゃなかろうか。
「え〜、それではですね、早速"やり逃げ"の方から行きたいと思いますんで、スタンバイお願いしまーす」
「ハ〜イ」
「真希、出番だよ」
「え?」
休む間も無く、真希の出番である。

(…ちなみに圭は暫くの間休憩であった。 もちろんこれも計算済みである。)

"やり逃げ"。

…とは番組中の1コーナー名である。
このコーナーは楽屋で収録される。
そうする事でオフレコ感を出したい、とでも思っているのだろうか。
(もちろん真希たちは、番組に関して口出しできる立場に無い。
 言われた事をただやるだけ、それだけである。)

デジカムを紗耶香と真里が持つ。
その後ろで圭織と真希が覗きこむように座る。
スタンバイOK。
「それでは本番行きまーす。 5、4、3、2…」

──

特筆すべきでもないテーマが、ただ漫然と流れていく。
彼女等に興味の無い人間にとっては、おそらくどうでもいいような、そんなテーマである。
真希はさっき走った事もあって、明らかに集中力を欠いていた。

『あいつ…』
紗耶香がそんな真希に目をやる。
『そんな退屈そうにするなよ。 モロ顔に出てるぞ…』
そんな事を考えながら、ふとある所に目をやる。
『あれ…?』
なにか違和感を感じる…。

"やり逃げ"、収録中。

『あれ…?』
紗耶香が目をやった先は、真希の胸元であった。
先程まで廊下を走っていた真希の胸元には、うっすらと汗が滲んでいて、その開いた胸元を余計に強調していた。
『なんか変だな?』
コーナーを進行しながら、隙を見て再び真希の胸元に目をやる。
そして、真希が自分の目の前にあるバンソウコウに手を伸ばした時、
紗耶香は遂に違和感の原因を突きとめる事に成功した。

『やだ、あの娘ブラしてないじゃん!』

当の本人はといえば、そんなことすっかり忘れてるといった様子で、
「アツい、アツい」
とシャツの襟を摘んで、風を送りこんでる始末である。
『ちょっとアンタ、おっぱい映っちゃったらどーすんのよー!』
なんて紗耶香の心配は、もちろん届くはずもない。

…結局それ以降、紗耶香はコーナー終了まで1度も真希を映す事は無かった。

本番終了。

「ハイ、OKでーす」
「疲れたー」
「ジュース飲みたーい」
「次は10分後、スタジオでお願いしまーす」
なんてリラックスした雰囲気をよそに、紗耶香が血相を変えて真希の所に来る。
「ちょっと、真希! おいで!」
「え? あ、はい」
真希の返事を聞く間もなく、腕を掴んでそのまま楽屋を出ていった。

「? なにアレ…」
「おしっこが我慢できなかったんじゃないの?」
真里はいつものように笑いかけたが、前の"事件"を思い出したのか慌てて唇を噛んだ。

2人のいなくなった楽屋には、妙に気まずい雰囲気が流れていた。

女子トイレ。

「どーしちゃったんですか? 紗耶香さん」
真希は、どうして引っ張られてきたかの理由もわからずキョトンとしている。
「ふぅ…」
胸に手をやる真希。
「汗かいちゃった…」
豊かな胸のカーブラインがくっきりと浮かんでしまっている。

「…ったく」
紗耶香がやっと口を開く。
「なんですか?」
「アンタってどうしてそう天然なの?」
「はい?」
「アンタさぁ、ブラどうしたの?」
「え?」
「ブラ! なんでしてないのよ!」
「…あ!」
その大きな声にちょっとびっくりしてしまった紗耶香。
「忘れてた…」
「……アンタねぇ…」
「えへへへへ…」
「ダメじゃん、そんなんじゃ。
 アンタ、下手したらTVに映っちゃうんだよ?」
「すいません」
「もっとさ、こう、TVに出てるんだからさ、プロ根性っていうか、なんていうかその…」
「大丈夫ですよ。
 いざとなったら紗耶香さんがついててくれるし…」
「バカっ!」
今度は、真希の方がかなりびっくりしてしまった。
「そんなことじゃダメなんだよ!
 そんな…もし私がいなくなったらどうするの!」
「…えっ?」

驚き。

そんなこと、想像すらした事がなかった。
このグループに興味を持ったときから、紗耶香はいつもそこにいたのだから。
「紗耶香さん…いなくなっちゃうんですか?」
「えっ…?」
「だって、紗耶香さん…今、いなくなるって…?」
「ヤダ、なっ、違うよ、例えばの話だよ…た・と・え・ば。 ハハッ」
慌てて否定する。
真希を心配させちゃいけない。 …今はまだ。

「だからね、うん、もしそうなったら…」
「ダメです! "もし"なんて話をしないで下さい!」
「いや、アレ、そうじゃなくて。 うん。
 …ほら、また前みたいに私が熱出して倒れちゃったらどうする? 困るでしょ?」
「…あ、倒れて…ハイ」
「ね? ね? そうでしょ?
 だからね、ダメなのよ。 もっとしっかりしてもらわないと!」
「ハイ…」
「ふぅ…ったく、世話のかかる娘だよホント」
「えへへ…」
真希は流れてくる額の汗を右手で拭きながら、笑って見せた。

笑顔。

やはり紗耶香といる時の真希の笑顔は、他人に見せるそれとは明らかに違う。
紗耶香にも、それはなんとなくわかっていた。

お互い見つめ合う。
いつのまにか会話もなくなっている。

紗耶香はなんだか気まずくなって目線を下に外した。
「……」
真希の胸元に目が止まる。
汗のせいか、乳首がその位置にハッキリと浮かんでしまっている。
「真希…これ…」
思わず手を伸ばしてしまう。
僅かに触れてしまう。
「ぁ…」
真希は細く小さな声を上げた。
「あ…ごめん」
「い、いいんですぅ…」

余計気まずくなった雰囲気に、紗耶香は全く困ってしまった。
仕方がないので、
「そろそろ行こうか」
と声をかけようとしたその時である。

「あ、あの、紗耶香さん…」
「ん? なに?」
「こ、ここ…」
「なに?」
「触ってもらえます?」

提案。

「はぁ?」
「…っ」
真希は無言で紗耶香の手を取ると、その手を自分の左胸の所にもっていった。
「え? 真希、ちょっ」
「我慢できないんですぅ…」
「だからって、アンタ…」
「心臓」
「え?」
「ドッキンドッキンって。
 わかりますか? ドッキンドッキンしてるの」
自分の手全体から伝わってくる真希の心臓の鼓動。
恐ろしいほど高鳴っているのがわかる。
「紗耶香さんも…ドキドキしてますか?」
真希は、自分の手も紗耶香の左胸にもっていった。
「やっ!」
真希がこんなに大胆な行動を取るということは、紗耶香にはかなり予想外であった。
「あ、ちょ、やん…」
「あ、紗耶香さんもドキドキしてる…」
「やだ、ちょっと、やめっ…」
「紗耶香さん…」

真希は紗耶香の顔にゆっくりと近づいて、そしてキスをした。

愛撫。

真希は紗耶香の胸に置いた手をゆっくりと動かす。
「紗耶香さんのおっぱいってカワイイですね」
乳部全体を軽く揉む。
「うぅっ」
「私、紗耶香さんのおっぱい、だーいすきです」
右手を右乳部に添える。
「や、変な事言わないでよぉ」
「嫌ですか?」
「バ、バカっ」
真希は(ふにぃ〜)っと笑って見せた。
「カワイイですぅ」
「…怒るよッ」
「それより、ね、紗耶香さんも触って下さいよぉ…」
真希は右手を再び紗耶香の左手に移し、紗耶香越しに自分のその大きな乳を揉みしだいた。
「あっ…」
真希の口から艶っぽい吐息が漏れる。
「紗耶香さぁん…」
「な、なに?」
「す、好きです…紗耶香さん…」

紗耶香も、真希があまりにも厭らしい声を出すものだから、
その乳を揉んでいるうちにだんだんその気になってきた。
「真希…どうしたらいい…かな?」

二人の世界。

紗耶香がこんな問い掛けをしてくるということは、真希にはかなり予想外であった。
「え?」
「あ、いや、どうしたら気持ちいいかな〜って。 ハハっ…」
「紗耶香さん…」
「あ、なんか変な事言っちゃったかな?」
「うぅん、そんなことないですぅ…」
「ホント?」
「はいぃ」
「そっか…そっか」
「紗耶香さん…」
「なに?」
「ぎゅ〜ってやってみて下さい…」
「ぎゅーって?」
「はい。 強く、ぎゅ〜って」
「こ、こぅ?」
ぎゅーっ。
「ぁあん!」
「あ、痛かった?」
「ぁ…違、違うんですぅ」
「大丈夫?」
「はい、痛いとかそういうんじゃなくて…」
「ごめんね、なんか、よくわかんなくて…」
「嬉しい…」
「え?」
「嬉しいです…
 紗耶香さんとこうやっていられることがすごく嬉しいです…」
「アンタ…」

真希の潤んだ瞳があまりにいとおしかったので、紗耶香は力いっぱい真希を抱きしめた。

スタジオ。

「真希ったら、さっきっからなにしてんだべか?」
「紗耶香もまだ帰ってきてないよ?」
「なーにやってんだか、ねェ裕ちゃん」
「こんなんやったら今度入ってくるメンバーに示しつかんで、ホンマ」
「さっき2人でどっか行ってたよね?」
「そうそう!
 紗耶香がね、真希の手を引っ張ってどっか行っちゃってさ、それで…」
真里がさっきあった話をみんなに説明しようとして話し始めた時、
圭は急に立ち上がって、そして言った。
「アタシ、呼んで来るよ」
「え? 圭ちゃん、どこにいるか知ってるの?」
「いや、知らないけど?」
「じゃ、ダメじゃん」
キャハハ、と真里が笑う。
そりゃそうだ。 どこにいるのかわからないのに、呼びに行くなんてできるわけがない。

しかし圭は表情一つ変えず、続けて言う。
「でも、わかるんだ。 なんとなく」
「座ってなや。 すれ違いになったら困るベ?」
「…大丈夫だよ、すぐ戻ってくるから」
「圭ちゃん、さっきもそう言ってたじゃん」
「今度は大丈夫だよ」
「今度は、ってどういうことやねん」
「…行ってくるね」

結局みんなが止めるのも聞かずに、圭は1人で行ってしまった。

再び、トイレ。

あんまり紗耶香が強く抱きしめるものだから、真希は苦しくなってしまって、声を上げてしまった。
「う…うっ」
紗耶香は気付いていない。 むしろ、その力はどんどん強くなっている。
「紗…耶香…さん…?」
明らかにおかしい。
「苦しいよぉっ!」
両手で強引に引き剥がす。
「…?」

紗耶香は泣いていた。

「あっ…」
真希にはその涙の理由がわからず、うろたえて、1人その場を取り繕おうと必死になる。
「えっ? ちょっ、どうし…あれっ? 紗耶香さん?」
「……」
「泣かないで下さいよぉ…ねぇ」
「……」
「そんな…なんか、ねぇ、私が泣かせたみたいじゃないですかァ…」
「……」
「ん〜、まいったなァ…ハハっ…」

紗耶香が、ようやく喉の奥から声を振り絞るような小さな声で、答えた。
「…ごめんね」
「えっ?」

涙。

両手で涙を拭く。
顔を軽く2回叩く。
「ごめん…ごめんね」
「あっ、はい…」
「もう泣かないよ…」
鼻を啜りながら、紗耶香が呟く。
顔を覗き込みながら、真希が聞く。
「どうしちゃったんですか? 大丈夫?」
「私、泣いてるね…あれ? なんでだろ? ハハっ」
「私、なんかしました? ごめんなさい」
「違う、違うよ」
「でも…」
「真希のせいじゃない。 うん、ホント」
「ホントですか?」
「ホントにホント。 ごめんね」
「…なんかあったんですか?」
「……」
「私、心配です。 紗耶香さんが急に泣き出すなんて、そんな…」
「……」
「私でよかったら言って下さい。 私、なんでもします!」
「…フフっ」
「紗耶香さん?」
「ありがとう」
「えっ?」
「うん、ありがとう」
「え、私は何も…」
「でも、ホントそういうのじゃないんだ。 大丈夫。 ごめんね」
「…はい」
「ごめんね。 なんかムードぶち壊しで…」
「そんな…」
「ごめんね。 ウン…なんか…ホントごめん」
「……もう…」
「?」
「…もう謝らないで下さい!」

謝。

「え?」
「そんなに紗耶香さんに謝られたら、私まで、なんか…」
見ると、真希も目が軽く潤んでいる。
「どうしたの?」
「だって紗耶香さん、さっきから謝ってばっかり…」
「いや、違うの。 これは、違うから…」
「…違うんですか?」
「うん。 もう大丈夫。 大丈夫」
「……」
「もう言わないよ。 お願いだから機嫌直して。 ね?」
「…じゃあ、もう謝らないって約束して下さい」
「うん。 約束する」
「絶対ですよ。 謝ったら怒りますからね」
「うん」
「じゃ、もういいです…」
「うん。 ホント、さっきはごめんね」
「あ! もう謝ってる!」
「あ、ごめんごめん! もう謝らないよ…ごめん…ってアレ?」
とここまで言うと、紗耶香の矛盾に2人とも吹き出してしまった。
「謝らないって言いながら謝ってるじゃん!」
「あ、ホント。 ごめん…ってあら?」
2人は大爆笑である。
「も〜! 紗耶香さんってば、おもしろ過ぎ!」
「いやー、そうかい? …って違うって!」
「ハハハハっ…」

2人は暫くの間おなかいっぱい笑って、ひとしきり笑った後にもう1度キスをした。

甘いキス。

深く、静かに、キスをする。
真希の口が開いて、中から滑りのある舌が顔を出す。
時計回りに紗耶香の唇をその唾液で濡らすと、ゆっくりと紗耶香の中に入っていく。
最初、紗耶香の唇は硬く閉ざされていたのだが、
真希は密かに紗耶香の脇腹に手を回していて、上下に優しく撫でられている内に、
その防御は遂に破られてしまった。
「あ…ん」
舌を絡め合う二人。
「…ぅ」
真希の技術は決して上手なものではなかった。
が、そこに愛情が加わっているせいか、紗耶香にとってはなかなか心地好かった。
「…っ」
真希が唇で紗耶香の舌を挟む。
「んぁ?」
挟まれた紗耶香の舌の先を真希の舌で玩ぶ。
「んん〜」
紗耶香がなんとも形容し難い声を出す。
真希はこの様に動けない状態にしておいて、紗耶香の下腹部に手を伸ばす。
「…」
人差し指と中指で服の上から紗耶香の秘部を撫で上げる。
「ぶぁっ!」
紗耶香が急に顔を背けて、真希を突き放す。

「…どうしたんですか?」
「……」
「嫌ですか? こういうの、嫌?」
「うーん…」
「紗耶香さん?」
「嫌じゃないけど…」
「けど…?」
「私がするよ」
「えっ?」

紗耶香は身体を入れ換えると、真希を壁に押し付け、そしてキスをした。

強いキス。

紗耶香の口が開いて、中から滑りのある舌が顔を出す。
時計回りに真希の唇をその唾液で濡らすと、ゆっくりと真希の中に入っていく。
紗耶香は先程真希にされた通りのことを真希にした。

「…うぅ」
紗耶香は軽く微笑んで、わざとらしく真希に聞いてみる。
「ねぇ…気持ちいい?」
「…ん」
「言わないの?」
「んー…」
片手で覆うには大きすぎる程の乳房に左手をそっと持っていく。
「にゃっ」
「アンタ…ホントに大きいんだねェ…」
「やぁん…」
先程言われた通り(ぎゅっ)と強く揉む。
「んんっ!」
「こうされるのがいいの?」
「……」
「言わないとやめる」
「や、ダメぇ…」
「じゃ、言う?」
「ん…」
「おっぱい、気持ちいいの?」
もう1度、強く揉む。
「気持ちいいんでしょ? ねぇ」
「気持ちいいよぉ…あん」
「ホント?」
「いいよぉ…いい…」
「そっか」
「しゃぁかさぁん…」
気持ち良さにとろけて、既に舌もまわっていない真希であった。

触。

紗耶香はその指を真希の下腹部に伸ばした。
「ん…」
真希のスカートを捲り上げ、その裾から手を入れる。
「ふぇ…」
下着の手触りを感じながら、紗耶香は耳に息を吹きかける。
「耳…気持ちいい?」
「ん…」
そのまま耳を甘く噛む。
「ぃあっ」
「ん〜?」
「…いいですぅ」
「いいの?」
「ねぇ…」
「ん?」
「中…触ってください…」
そういうと、真希はスタートの中に手を入れ、パンティを膝上まで下ろした。
「はやくぅ…」
「……」
「ね、紗耶香さんってばぁ…」
紗耶香は少し驚いていたが、真希に即されるまま、その手を秘部に重ねていった。
「あぁっ!」
指を重ねたその先は、べとつく汁がたっぷりと溢れていた。
「にゃぁん…」
真希がとろけた声を出す。
紗耶香もだんだんと興奮してきた。
「指…入れるよ…」

挿。

陰唇をかき分け、その指が真希の奥に入っていく。
「はぅっ」
演技では絶対出ない、強く、高い、声。
貫かれる喜びを身体に感じながら、真希が紗耶香を求める。
「しゃぁかさん、もっとしてぇ…」
「もっと…する?」
「もっと…もっとぉ」
涙声で紗耶香を呼ぶ真希。
めいっぱい、真希の中に指を入れる。
「奥まで来てるのぉ…」
「…奥?」
「おなかの中にね、紗耶香さんの指、あたってるの…」
「え? 痛いの?」
「うぅん」
強く首を振って否定する。
「そうじゃないの。 とっても紗耶香さん、感じるよ」
「真希…」
「だからね、もっとして。 ね」
「そっか… うん、わかった」
そして、紗耶香は再び真希の中に入った。
「はぁ…ん」
「ダメだよ。 そんなおっきい声出しちゃ」
「だってぇ…気持ちいぃんだもん…」
「ねぇ…」
「ん?」
「アンタってさ、いっつもこんなことやってんの?」
「へぇっ?」
「だってさ、すっごい手馴れてるしさ、やっぱり1人でしちゃったりしてるの?」
「ん〜、たまには、かな?」
「たまにするんだ、ふ〜ん…」

『紗耶香さんのこと考えながらしてるんだよ…』

疑問。

「ところでさ…」
「はい?」
「ひとりでするのってさ…どんな感じ?」
「えっ?」
「なんかさ〜、アタシ、1人でするって、わかんないんだよね〜」
「したことないんですか?」
「…うん」
「ないのか… そっか…」
「変かな?」
「いや〜、私が変なのかも。 アハハハ…」
「……」
「そんな、黙っちゃわないで下さいよぉ。 嫌だなァ、ハハっ」
「うん、ごめ…あ、いや、うん」

─ 暫しの沈黙。

「…私の場合はァ」
真希がそれを破った。
「好きな人の事を思ってて、どうしても我慢でき無くなっちゃった時だけ、しちゃいます」
「好きな、人…?」
「でもね、ホントは嫌なんです。 1人で、って」
「ん? なんで?」
「しちゃった後ってね、ものすごく寂しくなるんです。
 だってそこでしてても、その人いないんだもん。 やっぱぎゅ〜って抱きしめて欲しいし、それに…」
「それに…?」
「いっぱい愛して欲しい。 私も愛してるから」
「真希…」
「……」
瞳を潤ませて、紗耶香を見上げる真希がいる。
とってもいとおしい。
『え? ってゆーか、まさか、この娘の夜の相手ってもしかして…!』

確信。

「アンタ、もしかして…」
「紗耶香さん!」
「え? あ、ハイ!」
紗耶香の声を、真希が上書きする。
突然のことで、思わず敬語で答えてしまう紗耶香。
「どこにも行かないでくださいね。 どっか行っちゃったら、私…」
「…な、なに?」
「私、生きていけないかも…」
真希の頬を一筋の涙が伝う。

間違いない。
この娘が考えてる事。
「でもね…」
紗耶香は決心した。
『今、言わなきゃ。 今言わなきゃ、きっとまた言えなくなる…!』

真希、首を傾げる。
「でも…なんですか?」
「アンタは私がいなくても行きていかなくちゃダメだよ」
「えっ?」
「生きていくんだ」
「ヤダなぁ… あれは例え話ですよぉ」
真希、涙を拭く。 笑ってみせる。

紗耶香、首を振る。
「そうじゃなくて」
「?」
「生きていくんだ」
「どうしたんですか? 紗耶香さん、なんかヘン」
「いい? 今から、とっても大事なこと言うよ」
紗耶香、唾を飲む。 笑顔はない。

「真希…アタシね、今度の5月で…」

その時である。
「ねぇ」

声。

「お取り込み中のところ、悪いんだけど」
「!」
2人とも、ビックリして声にした方に目をやる。

圭が、腕を組んで立っている。
「…け、圭ちゃ…」
「…いつのまに?」
それぞれ、思い思いの第一声をぶつける。
それを鼻で笑う圭。
「ハッ、ご挨拶ねェ」
両手を上げ(ヤレヤレ)という仕草を見せ、1人で話し始める。
「2人とも、いつまでこんなところにいれば気がすむわけ?
 まったく…いつ、誰が入ってくるともわかんないのに…」
チラリと真希のスカートの裾に目をやる。
「真希…アンタ、さっきより全然大胆じゃない?
 私といた時は、そんなんじゃなかったくせに」
真希は(キャっ)と小さな声を上げ、内股になった。
「今頃…遅いんだって」
圭は、真希の頭を小突くと、僅かに微笑む。
「とにかく…もう時間だよ。 本番始まっちゃうんだから」
「あ…うん…」
「特に真希! アンタ、さっきのとこれで2回目なんだから。
 あとでメッチャ怒られるね」
「え〜、嫌だァ」
「しょうがないじゃん。 遅刻してんのアンタなんだから」
「だって、さっきのは圭ちゃんが…」
「アタシは1回だけですぅ」
「ズ〜ル〜い〜」
「ハハハっ…」
紗耶香が2人の掛け合いに思わず笑う。

「なにしてんの?」

圭は笑いもせずに、紗耶香を見ている。
「なにしてんのよ? 早く行きなって」
「えっ? みんなで行くんじゃ…」
「アンタら2人揃って行ってどうすんのよ?」
「? なんでですかぁ?」
真希が口を挟む。
「アンタ達って…ホント、単純ねェ…」
「?」
「だって、アンタら2人で現れてみな。
 今まで何してたの? ってことになるでしょうが」
「…」
「その時、なんて言う訳?
 まさかトイレでレズってました、なんて言う訳ないでしょうね」
「はぁ…」
相変わらず毒舌圭ちゃんだな、と紗耶香は思った。
「だ・か・ら、バラバラに現れた方がいいの。 わかるでしょ?」
「…うん」
「わかったら早く行った! 言い訳は適当にしときな。
 おなか痛いとか、なんとかって」
「うん…」
「あ、ちょっと待って」
圭が紗耶香を呼び止めた。
「何?」
「あ、真希はちょっと待ってて」
2人は廊下に出る。
「何で? 私、ノケモノ?」
「いいから待ってな。 すぐ来るから」
真希は眉間にしわを寄せる。
「何でよ? 私が聞いちゃマズいってーの?」
そんな真希が、ただぼーっと待ってていられるわけがない。

『聞いてやる!』

立ち聞き。

そーっと扉に近づく。
曇りガラスの向こうに2個の影が見える。
真希は向こうからは見えない様に、と腰を屈めた。
「えっ?」
圭が驚いている。
『えっ? なになに? 超気になる〜』
「まだあの娘に言ってないの?」
「うん…」
「いつ言うのよ。 あの娘にだけは早めに言っておいた方がいいんじゃないの?」
「うん…わかってるんだけどね…」
『なによ、あの事って! それを言いなさいよ!』
「もう時間ないんでしょ? 他にいろいろしなきゃいけない事もあるわけだし…」
「うん…」
「ま、いいや。 本番終わってから、ゆっくりお話しましょ」
「うん…」
「なんならアタシも付き合うし」
「助かるよ…」
『いったい何の話よ… うわっ!』

急に扉が開いたものだから、つんのめる。
でも倒れてない。 抱きとめられたのだ。
「おい、真希ぃ〜」
圭である。
「立ち聞きしてたなぁ〜?」

真希は慌てて手を振る。
「いやいやいや、してないしてない。
 するわけないじゃな〜い、アハハハハハっ」
「誰が信じるんだっつーの」
「いやん、圭ちゃん、信じて」
「アホ」
圭は真希の胸をポンと叩く。
その横で、紗耶香に声をかける。
「さ、早く行った。 ちょっとしたらウチらも行くからさ」

再び、圭と真希。

「紗耶香さん行っちゃいましたね」
2人はトイレに引っ込んでいた。
「…ところでさ」
「はい?」
「アンタ達、さっきまで何やってたの?」
圭が前に詰め寄る。
「え? それは…」
「パンツも履かないでさ、アンタもガード緩すぎない?」
圭が真希のスカートに手を突っ込む。
「あっ!」
真希は慌ててスカートを押さえたが、もう遅い。
圭はすばやく真希の陰核を探り当てると、そこを丁寧に擦り始めた。
「あー、ちょっと乾いちゃったかな? でも、大丈夫よん」
「ふゃん!」
陰核の上で、圭の人差し指のコンパスは正確に半径1cmの円を描く。
間も無く真希の割れ目から愛液が漏れ滴り始めた。
「うひゃ、もう溢れてきちゃったよ…」
圭が、わざとらしく驚いてみせる。
「スケベだねェ、真希は」
「いゃ、違うもん…」
今度は親指で、そこを挟み擂り潰す様に責める。
「みゃっ!」
「なぁにぃ〜? 嫌なのぉ?」
「ダメぇ、そこ、ダメぇ…」
「ダメぇ? じゃ、やめるぅ?」
「……」
「でも、や〜めないっ」

責。

真希は黙って圭の腕を押さえる。
「ダメぇ、それ以上しないで」
「ダメ? 何がぁ?」
「ダメなのぉ」
「何で? 理由言わないとやめない」
「なんか、おかしくなっちゃうもん」
「なってもいいよ…」
「やぁん」
「指も入れてあげよっか」
真希の、まだ成長しきってない陰唇を捲り上げ、中指で割れ目を擦る。
「ふゎ〜、ここもビチャビチャだ」
「やぁん、言わないで」
「ビチャビチャ」
「バカぁ」
「バカぁ? そう言うこというと…」
圭は真希の膣中に指を突っ込んだ。
「入れるぞぉ」
「きゃっ!」
真希はもう1人では立っていられない。
圭の腕に必死に掴まって、倒れまいとしている。
「なぁんか、出来上がっちゃってるなぁ。
 動かさなくてもイけるんじゃない?」
「やん、動かしちゃダメ」
「なんかさぁ、ダメって言われるとさぁ、
 したくなるのが人情ってもんなんだよねぇ…」
そう言うと、圭はスナップを効かせて中指を上下に動かし始めた。
「はァっ…」

圭は無言でその指を動かしつづける。
額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
圭のそんな表情を見てると、真希も不思議な気持ちになってきた。
「も…なんか、どうでもよくなってきた…」

「ピピッ」

時計のデジタル音。
突然、圭が指を止める。
「なに?」
真希が尋ねる。
実はイきかけの所を止められたため、少々ご不満だ。
「時間だ…」
「時間?」
「もう行かないと」
「えぇっ?」
「残念」
「残念、って、ちょっ…」
「手ェ洗ってこようっと」

淡々としている圭である。
この人、エッチが終わった後もこうなんだろうか?

真希としては、股間の(ムズムズ)なカンジがおさまらないままではあったが、しょうがない。
パンティを上げようと、手にかけた時である。

「ところでさー」
圭が手を洗いながら、声をかけてきた。
「アンタさー、さっき1人でしてるって言ってたじゃーん」
「!」
「ねー」
「聞いてたの?」
「聞こえたのー」
「うそぉ、聞こえてたの…」
「どーなのよー」
「そっ、そんな大きな声で言わないでよっ」

(キュっ)。

蛇口を閉めて、手を振りながら圭がやってくる。
「やっぱさァ、紗耶香のこと考えながらしてたワケ?」
ズバリ。
「となるとさ、やっぱりさっきのは相当気持ち良かったわけ?」
またまたズバリ。
「ねぇ、どうなのよー」
「え…そ、それは…」
顔を背ける真希。
「アンタって、ホントすぐ顔に出るよねー。
 嘘つけない人でしょ?」
「そんな…嘘なんてついちゃダメなもんでしょ?」
「こういう時は嘘つけなきゃダメじゃん」
頭を軽く叩く。
「ん〜」
真希が悔しがっている。
「ま、いいや。 とにかく」
圭の話は続く。
「さっきのでイけた? それとも、まだ(ムラムラ)してる?」
「!」
「ねぇ、どうなのよ。 まだ、やり足りないんでしょ? ん?」
『ってゆーかぁ…これも、ズバリなんだよなぁ〜』
「あー、言わなくてもいいよ。 顔に書いてある」
真希はまた俯いてしまった。
「でも、もう時間無いからさ、ここではしてあげられないけど」
「ん?」
「これ…使う?」

真希が再び顔を上げる。
目に入ってきたのは、圭の手のひらの上にある、ピンク色の小さなローターであった。

「これって…?」

真希が手にとって尋ねる。
「え? 知らない?」
圭はわざとらしく驚いてみせる。
「今時の中学生ならみんな知ってると思ってたんだけど」
「え? なによそれー」
「使った事無い?」
「だから何よ、これ? 見たことも無いよ、こんなの」
真希は少し声を荒げた。
14歳なら普通は知らないであろう。
「んーとね、これは好きな人の事を思って、どうしても我慢でき無くなっちゃった時だけ、使うんですー」
圭はわざと先程の真希の言葉を引用してみせた。
「?」
「つまりひとりでする時に使うのよ、わかる?」
「ふ〜ん」
「ホントに持ってないの?」
「無いよ、こんなの! …って圭ちゃんは持ってるの?」
「ここにあるじゃない」
圭が手のひらを指差す。
「あ、そっか」
真希は頭に手をやって、笑う。
「おバカねぇ…」
「エヘヘ…」
圭が思わず一言漏らしてしまった。
「私は前彼にもらったりしたから…」
「前彼?」
「って私の話はどうでもいいの!」
圭は強く首を1つ振ると、真希の方を見る。
「で、使うの? どうなのよ?」
「え? そんな…」
「(ムラムラ)きちゃってるんでしょ? 我慢できないんでしょ?」
「んー…」

「ほら」

圭はローターを真希の手のひらに乗せた。
それを見て、真希は複雑な表情をする。
「でもぉ、使い方わかんないしぃ…」
「こっちのでね、ON/OFFが切り換えられるの。 ほら」
そう言って圭がスイッチをONにすると、真希の手に軽い振動が来た。
「ぅひゃ!」
真希は思わずローターを投げ上げてしまった。
「あーあーあー、もー何してんのよー」
落ちたローターを圭が拾い上げ、パッパッと埃を払う仕草を見せる。
「大事に扱ってよね」
「あ、ごめん…」
謝る真希に、圭が半ば誘導尋問の様に聞く。
「で…使うんでしょ?」
「ん? んー…」
まだ照れがあるのか、素直にハイとは言わない。
「大丈夫。 音だってほとんどしないから」
もう1度スイッチを入れる。
「わっ」
またも声を出して驚く真希であったが、今度は落とさない。
「ね?」
「でもぉ…」
まだ粘る真希に、圭はトドメを刺すべく、最後の切り札を使った。
「コレさ、前にね、紗耶香も使ったんだよ」
「嘘!?」
「嘘じゃ無いよ」
「ホント?」
「だから紗耶香の匂いもちょっとするかも」
「嘘…」

見つめる。

真希は、
最初の3秒はローターをただじっと見つめ、
次の3秒はただじっと我慢していたが、
最後にはどうしても我慢できずに、遂にそのローターに鼻を近づけてしまった。

─ 匂いは、しなかった。
いや、もしかしたらしたのかもしれないが、でもそれはやっぱり気のせいであろう。

「アハハハっ」
圭が笑っている。
「アンタならやると思ったよ」
真希が首を傾げている。
「するわけないじゃない」
圭が手を叩いて笑っている。
「使い終わったらその都度洗ってるよ、ちゃんと」
「そうなの…?」
「当たり前じゃない」
圭はまだ笑っている。
「そうしないと、ベタベタで使い物になんないよ」
「……」
言われてみれば、確かにその通りだ。
「でも…」
もう1度だけ鼻を近づけて見る。
「だから、しないって言ってるでしょうが!」
また、圭に笑われる。

『…やっぱり、か』

「ん、ホントにもう行かないと」

圭が時計を見て、言う。
「さ、足開いて」
「え〜っ?」
「大丈夫、バレないもんよ」
圭はウィンクを1つすると、真希の股を覗き込む様に屈んだ。
「ってゆーかぁ、私もたまに使ってるしね」
「うそぉ!」
「…嘘」
圭は、真希に聞こえない程度の声で嘘をつくと、ローターを割れ目に合わせて、押しこんだ。
「ふぅ…うっ」
パンティを履かせながら、圭が尋ねる。
「どう?」
「や…変な…なんか挟まってるカンジ…」
「そりゃそうよ。 だって挟んでるんだもん」
圭がそっけない返事を返す。
「なんか…なんだかなぁ」
位置が合わないのか、真希はその部分を何度も触っている。
圭はそれを見て、また笑う。
「アンタ、本番中にそれやっちゃダメよ」
「あ…うん…」

『でも、なんか気になるんだよなァ…位置が』

スイッチ。

「それ。 使い方、わかるでしょ?」
「うん…」
ON/OFFが切り換えられるスイッチがついた小さなリモコン。
「ONにするよ」
「え…恐い」
「ほら」
圭がONにする。
「ふわぁぁぁぁっ!」
思わず声を出してしまう。 身体に電流が走っている。
間も無く、OFFにする。
「…ふゎぁ」
真希は口をぽかぁんと開けていた。
圭がまた笑った。
「アンタ、声出し過ぎ」
「だって、すごいよコレ。 変な、電気みたいなの。 ビリビリって」
「ね。 すごいでしょ?
 これ、アンタにあげるからサ」
そういうと、圭はスイッチを真希に手渡した。
「バレないようにやるんだよ。 今みたいな声出しちゃダメだからね」
「うん…」
「気持ちいいからって、あんまりやりすぎると…」
「やりすぎると…?」
「……」
一瞬、言葉に詰まる。
圭は言おうか言うまいか迷ったが、今は言わない事にした。
「…ま、いいや。 とにかくやり過ぎちゃダメだからね」
「気になるなァ」
「ま、やり過ぎは良くないってこと。 さ、行くよ」

スタジオ。

「ホンマなにしてんねや、あの娘らは」
「まだー? なっち、おなか空いてきたよ…」
「あかんあかん、もう食べるんはやめとき」
「カオリも、なんかイライラしてきた」
「だー、圭織も怒っちゃダメダメ!
 あ、そうだ。 気分転換に牛タンゲームでもする?」
等と相変わらず喋っていたのだが。
「あ! 誰か帰ってきた」

─ 紗耶香である。

「あ〜、紗耶香ぁ!」
「もー、何してたのよー」
「なっち、待ちくたびれておなか空いたよ…」
「それはええっちゅーねん」
「あ…ごめん」
「ごめんで済んだら、警察要らないよー」
「あ、うん…いや、ごめんなさい」
「ところでさ、真希は?」
「え? あ、うん、わかんない」
「さっき、一緒に部屋出ていったでしょ? 一緒じゃなかったの?」
「あ、あれ? うん、途中まで一緒だったんだけどね、
 私、おなか痛くなってさ、そんでトイレ行っちゃてさ、そこからわかんないや。 アハハハハ…」
作り笑いを浮かべ、一息で喋りきる。
「ふーん…」
「ホント、何やってんだろ? おっかしいなぁ… ねぇ?」
「…おかしいのはアンタや」
「え?」
誰がどう見ても嘘をついているようにしか見えない。
芝居が下手な紗耶香であった。
「ホンマは何してたん?」
「そんな…何もしてないよ」
「正直に言いや。 あの娘、さっきからおかしいやんか」
「知らないよ。 ホント」
「圭坊も探しに行ったっきり帰って来ーへんし。 ホンマはどっかで会ってたんちゃうん?」

しどろもどろ。

「えっ? そんな、わかんないよ。 アハハハ…」
「冗談言うてる場合やないやろ!」
「!」
「みんな一生懸命働いとるんやんか。 ウチらだけやないで。
 スタッフの方々も、皆さん一生懸命ウチらのために働いてくださっとるんやんか。
 わかるやろ? それをやね…」
裕子が説教を始めてしまった。
他のメンバーがその裏で小声で話す。
「あーあ、遂に裕ちゃんが怒っちゃったよ…」
「しょうがないよ、もう十分以上待ってるんだもん」
「腹減った…」
「なっち、さっきからそればっか…」

「とにかく!」

裕子がまわりには聞こえない程度に、それでいて緊張感のある声を出す。
「あの娘らの居場所を知ってるんだったら、急いで連れて来て。
 知ってるんやろ? 居場所」
「……」
「紗耶香!」
「…もう、来るよ」
「ホンマに?」
「うん…」
「あの娘ら、ホンマ何してんの? そんなに大事な用事なん?」
「う…ん、まぁ…」
「何? ウチらにも言えんことやのん?」
「裕ちゃん、もういいんでない?」
見かねたのか、なつみが間に入る。
「紗耶香、言いにくそうだもん。 理由は無理に聞かなくてもいいんでないの?」
「ん…ま、そうかもしれへんな」
裕子は咳払いを一つすると、紗耶香の肩をポンと叩いた。
「ま、なっちもこう言うてる事やし、この際理由は深く聞かんことにしとくわ。
 けどな、ウチらはプロなんやから。 時間だけは守ってもらわんと」
「はい…ごめんなさい」
「けど、ホンマにもうすぐ来るんやろね?」
「うん、もうすぐ来る…とは思うんだけど…」

廊下。

歩きながら、話している、2人。
「紗耶香さんはもう着いたのかな?」
「ま、さすがにもう着いてるでしょ」
「ウチらも早く行った方がいいんじゃないかな?」
「…真希」
「ハイ?」
「さっきのスイッチさ…」
「スイッチがどうしたの?」
「ちょっと入れてみてくれない?」
「え? ここで?」
「テスト、テスト」
「え〜?」
「すぐ終わるじゃん。 早く」
「う、うん…」
そういうと真希はポケットからピンク色の小さなスイッチを取りだし、そっとONに入れる。
「………ん!」
電流が、真希の底から脳天まで縦に走っていく。
「んんんん〜〜っ!」
目を強く瞑りながら、まるで海豹が鳴いているかのような声をあげる。
「あー、ハイハイ。 もうわかったよ」
圭がストップをかけた。
「…ふぅ」
電流が止まった。
「ちゃんと使えるみたいだね。 さ、行こうか」

『…あれ? 今、私OFFにしてないのに…?』

スタジオ。

真里が、ようやく到着した2人を目敏く見つけ、声を出した。
「あー、来たよぉ〜っ!」
「すいませんでしたー」
「アンタら! 今までどこ行っとったんや!」
「……」
「コラ! 答えんか!」
「まぁまぁまぁ、裕ちゃん…」
「せやけど、この娘2回目やで! おかしいやんか!」
「リーダー。 ちょっと…」
圭が裕子を手招きする。
「なんや!」
「いいから、ちょっと…」
眉間にシワを寄せたまま、裕子が圭に近づく。
そのまま2人は隅の方に行ってしまった。
「なに? またウチらには秘密?」
「カオリ、メンバー内で隠し事っていけないことだと思う」
「紗耶香ぁ、何してたのよぉ。 教えなさいよぉ」
「え? あ、それは…」

向こうでは、圭が身振り手振りで裕子に説明している。
「何話してるんだべ?」
「う〜ん…、ウチらに言えないようなことだからねぇ。
 もしかして…(イヤーン)」
「な〜に1人で赤くなってんだベ、この娘は…」

「ま、わかったわ。 とりあえずは、ええわ」

スタンバイ。

「なんでそれを早く言ってくれんのん?」
裕子が手を上げながら戻ってきた。
「アホらし。 やっとられへんわ」
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたも…あのな、真希」
真希の顔を見つけた裕子は、理由を尋ねる真里をかわして話し掛ける。
「困ったことがあったら、いつでも言うてええねんで。
 なんのためのリーダーや、思うてんの?」
「え? あ…」
「ウチなんてな、アンタより一回り多く生きてんねんから…
 遠慮することなんて無いんよ。 わかった?」
「あ、はい…」
「よっしゃ! 行こうか!」
そう言うと、裕子は行ってしまった。
「ねー、裕ちゃーん。 なんなのよーっ」

「…?」
訳もわからずつっ立っている真希に、圭が声をかける。
「さ、ウチらも行こ」
「ねぇ、圭ちゃん…」
「なに?」
「さっき、裕ちゃんになんて言ったの? 私、ワケわかんないんだけど」
「あ、あれ? フフっ…」
「何?」
「いいよ、別に。 たいした事じゃ無いし」
「何よ、気になる!」
「気になる? フフっ…」
圭は笑うだけで教えてくれない。
「ま、世の中には知らない方がいい事もあるからね」
「何よ、それ?」

本番直前。

「ところでさ…」
圭が真希に話しかける。
「アンタ、結局ノーブラのままなんだね」
「!」
真希は瞼を目いっぱい開いて、そして胸元を覗き込んだ。
「もう遅いけど」
圭は表情1つ変えない。

「しかも…」
「!!」
真希の目の前に、圭がその右手を差し出す。
そこには、ピンク色のスイッチが…。
「なんでっ?」
「しっ! 声がデカいよ…」
左手で口の前に人差し指を立てながら、右手は素早く引っ込める。
「なんで、それが…?」
「スペアよ、スペア」
「スペア?」
「で、こっちからでも…」
圭が、そっとONに入れると。
「電気が走る」
「んっ!」
俯き、唇を噛み、必死に耐える真希。
「…んんんっ」
圭が(ニタァ〜)っと笑いながら、それをOFFにする。
「さ、行きましょうか」

「ヤバいよ…」
真希にとって、今だかつて、これだけドキドキした収録があっただろうか?

激し過ぎる鼓動。
涼し過ぎる胸元。
その豊かな大地を覆うべき最後のカーテン ─ ブラジャーは無かった。

下手したら今すぐにでも泣き出しそうな真希に、声がかかる。
「今日もがんばりましょう。 ねっ」
端から見たら、それは微笑ましいグループ愛であった。
が、真希にとっては飢えた悪魔に見えていた。

──────────

「マイク、つけてもらいな」

─ 一応書いておくと、TV用のピンマイクというのは服の内側からそのワイヤーを通す。
ということは、当然服の中に手を入れるということであり…。

「よかったね」
圭がまた、目線を合わせないまま話しかけてくる。
「今日は女の人だ」
「あ、ホント…」
「よかったね、あの人で。
 もし男の人だったら、おっぱい揉まれてたかもよ」
「やだ…」
「ま、そんだけデカいんだもんね。 私より大きいんじゃない?」
「そんな…うん」
「否定しないのが、アンタらしいけど」
圭が鼻で笑っている。
「でも、それじゃバレバレだね」
「ん?」
「乳首。 ツンツンだよ?」
「え?」
真希が今日何度目か、胸元に目をやる。
「服…引っ張っておかないと」
「あ、うん…」
「スケベだもんねぇ」
「違うもん」
「あ、来たよ」
すかさず、圭が反対の方を向く。
『カンペキ他人のふり…』

「失礼しまーす」
例の女性がマイクをつけに来た。
「あ、はい…」

その時。
「!」
真希の股間にあの振動がきたのだ。

快感? いや、むしろ不快感。

妙な振動が股間を襲う。
手がプルプルと震えている。
「…どうしました?」
目の前で、女性が軽く首を傾げた。
「え、あ、いえ、なんでもないです…」
語尾がちょっと震えてしまっている。
『ヤバっ…』
真希が片目を瞑り、(シマッタ)という表情をした時、振動が止まった。
「ほっ…」
思わず息をついてしまう。

「…大丈夫ですか?」
「えっ? あ、ごめんなさい」
相変わらず女性は不思議そうな顔をしていたが、真希はそれ以上怪しまれる事も無く、その場はやり過ごした。

『ちょっと、圭ちゃん!』
目線を飛ばす。 その先はもちろん、圭だ。
『やめてよね! 焦るでしょ!』
そんな真希をよそに、圭はまた(ニタァ〜)と笑っている。
『はぁ…ダメだありゃ』
真希は、うなだれ、溜息をついて、首を1つ回した。

ふと反対側を見ると、紗耶香が1人でいた。
「あ、紗耶香さん」
パタパタと駆け寄る真希。
「ん、どうした?」
「あ、いえ、別になんでもないんですけど…」
「そっ」
紗耶香はそっけない。

『う〜っ… 寂しいよぉ…』

鋭い目線。

見ると、紗耶香が真希の胸元を凝視している。
「や!?」
その視線に、慌てて胸元を腕で覆う。
「…なんですか?」
「アンタさ…」
「はい?」
「今日1日、ずっとそうしてなよ」
「?」
「胸。 映っちゃうから」
「あ…」
紗耶香も、ちゃんと覚えていたのだ。
「はい!」
「それかクッションとか使って」
「クッション?」
「ほら。 ソファーの上にあるヤツ」
手首を後ろに反して、親指でソファーを指す。
「あ、あれ…」
「とにかく、ちゃんと隠しなよ。 変な雑誌におっぱいの写真、載せたくは無いでしょ?」
「そんなの、嫌ですぅ」
「アタシだって見たくないよ」
「…紗耶香さん」

思わず顔が(ふにぃ〜っ)とにやけてしまっている。
『紗耶香さん…ちゃんと私のこと、心配してくれてるんだ…』
「何よ、アンタ。 気持ち悪いって」
「えー、そんなことないですよー」
この気持ち、何にも増して、心地好い。

そこへ、真後ろから、声。
「何話してんのー?」
…なつみだ。

「なっちも仲間に入れてよ」

「え?」
「いや、何か楽しそうに話してるからさ、何話してんのかな? って思ってさ」
「あ、いえ、特に何も… ねぇ、紗耶香さん?」
「うん…」
「なによ、なによ。 なっちはノケモノかい?」
なつみが少し拗ねる素振りをみせる。
「……」

更に間の悪いことに。
「ねー、紗耶香ー」
圭織が、向こうで紗耶香を呼んでいる。
「ちょっと来てー」
「あ、ちょっと行ってくるね」
「はい…」

『なんだかなぁ…』

正直言って、真希はなつみがあまり得意な相手では無かった。
最近、なつみはしきりに真希に話しかけてくるようになったのだが、
真希は話を合わせるということがあまり得意ではないので、会話が途絶える事もしばしばであった。
「真希さぁ…」
「はい?」
「やっぱ、時間は守んないとダメなんでないかい?」
「え、あ、はい、すいません…」
「あ、コレは怒ってるんでないよ」
「……」

沈黙。

「ま〜、あれだもんねェ」
「?」
「真希も年頃の女の子だし、いろいろ大変だよねェ。 うんうん、わかるよ」
「え? あの…」
「あ〜、言わなくてもいいよ。 わかってるから、ホント」
「……?」
「なっちも色々あったさ。 ま、今となっちゃ笑って話せることだけどね」
「はぁ…」
「とにかく、困ったことがあったらなっちに言って。
 ね? お金以外のことなら何でも相談に乗るからさ」
「あ、どーも…」
なつみが、1人で喋って、1人で納得している。
『なんか、勘違いしてる?』

─ 圭がスイッチを入れた。

「!?」
再び、先程と同じ電流が身体を駆け巡る。
「……」
下腹部が、熱い。
気のせいか、さっきより振動が強くなっている気がする。
「……ぁ」
思わず声が出てしまった。
『! ヤっベー』
肩を竦め、俯く。

「ん?」
その声に反応したなつみが声をかけてきた。

「なしたの?」

首を傾げながら、なつみが尋ねる。
「……」
真希は黙って首を振った。
しかし、表情は険しい。
口を真一文字にして、片目を瞑っている。
『あっち行って…』
『なしたの、この娘は?』
変な雰囲気に、なつみが再度尋ねる。
「何? 具合悪いの?」
「…ち、ちが」
強く首を振って懸命に否定するが、その様子は明らかにおかしい。
なつみがこっちを見ている。
『どうしよう…』

─ 振動が止まった。

「…ふぅ」
息をつく。 表情が一気に緩む。
が、下腹部はまだ少し熱い。
『圭ちゃん… マジ勘弁だってぇ…』
事情を知らないなつみは、心配そうな顔で寄りそう。
「ねぇ、おなか痛いの? クスリのむ?」
「え?」
「なっちね、いいクスリ持ってるんだ。
 この前、病院行った時にもらったんだけどさ、なまら効くヤツなんだよ」
「あ、大丈夫…」
「ホントに? 無理しちゃダメだよ?」
「うん… それにクスリなら私も持ってるし…」
「あ、そっか。 そうだよね、うん。 アハハ…」
笑っているなつみ。
無表情の真希。

2人の間には、また沈黙。

一方。

圭織に呼ばれた紗耶香。
「何?」
「あのさァ…」
「うん?」
「アンタ達、さっき何やってたの?」
「!?」
「圭ちゃんも一緒だったしさァ、アンタ達もしかして…」
「もしかして…何?」
突然、話に割りこんできた。 圭だ。
「圭ちゃん…!」
「もしかして、何よ?
 まさか、3人で変な事してた、なんて言わないでしょうね」
「何? 変な事してたの?」
圭は、また両手を上げ(ヤレヤレ)という仕草を見せた。
「まさか。 ってゆーか、変な事って何?」
「変な事っていうのは…、ううん、じゃ、何してたのよ」
脱線しそうな所、無理に話を元に戻した圭織。
「さっき、リーダーに言ったよ」
「カオリにも言って」
「なんで?」
「な、なんでって…カオリ、メンバー内で隠し事は…」
「隠し事の1つや2つ、みんな持ってるよ」
「!」
紗耶香は、あまりの答えにビックリしてしまった。
『圭ちゃん、なにも今そんなこと言わなくても…』
圭織も同じような事を考えたらしく、同じようなセリフで圭に詰め寄る。
「なんでそんな事言うの? カオリはみんなと話し合って…」

その時、圭が全く予想外の行動を取った。
「ごめん」
圭が、突然頭を下げたのだ。
「とにかく、遅れた事は謝るよ。 ごめんなさい。 許して」
「!?」
「理由は勘弁して。 真希が可哀想だと思うなら…」

圭織は、暫くの間膨れっ面で圭のことを見ていたが、
鼻から息を1つ吐くと、そのまま向こうへ歩いて行ってしまった。

紗耶香 → 圭。

「ねぇ…」
圭は、目線を合わせないまま答える。
「何?」
「圭ちゃんでしょ? 真希のブラ、外したの」
「はァ?」
「あんなことできるの、圭ちゃんしかいないもの」
「……」
「ねぇ!」
答えを急かす紗耶香に、圭が(ハッ)と鼻で笑った。
「あたしゃ、神様じゃ無いよ」
「とぼけないで!」
紗耶香が詰め寄る。
「ちゃんと答えて」
ここで始めて、圭が紗耶香の方に体を向ける。
「…じゃあ、なんだっていうの?」
「えっ?」
「真希のブラを外したのがアタシだとして、それがなんだっていうの?」
「そ、それは…」
「それが追及されていってサ、
 もしアタシが、紗耶香と一緒になって真希とエッチしてました、って言ったらどうするの? ん?」
「……」
紗耶香には言い返す言葉が無かった。
「ま、黙ってた方がアンタのためだよ。 それに…」
圭が、紗耶香の耳元に首を近づけ、小声で言う。
「下手な事して、6月以降の予定を吹っ飛ばしたくは無いでしょ?」
「!」
紗耶香の動きが固まった。
圭は、かまわずそのまま話を続ける。
「ま、心配しなくても大丈夫よ」
「……」
「私は喋ったりしないから。 あの写真も、あのビデオも、すべては…」
「もういい!」
紗耶香は圭を突き飛ばすと、圭織の方へ行ってしまった。
「…ハッ」
1人残された圭は、またも(ヤレヤレ)という仕草をして、そして溜息を1つついた。

「お待たせしましたー」

向こうのスピーカーから、沈黙を破る声。
「それでは本番まいりまーす」

…なつみが、また笑顔で、真希に話しかける。
「あ〜、やっと始まるね」
「うん」
「なっち〜っ!」
「ん?」
振り向く。 真里だ。
「始まるよ」
「始まるねェ」
「行こっ!」
「はいよっ」
「真希も! 行くよ」
「あ、うん」

…紗耶香が圭織に話し掛ける。
「圭織…」
「あ、紗耶香。 さっきのアレね…」
「あ、さっきのは、その、なんていうか…」
「カオリね、実は圭ちゃんが頭下げてくれるなんて思ってなかったんだ」
「え?」
「圭ちゃん、いろいろ大変だったんだと思う。
 だって年長さんだしさ、真希を呼びに行くのも自分から立候補したんだよ」
「あ、うん…」
「カオリ、言い過ぎたのかもしれない。
 後から謝りに行くよ。」
「あ、そっか。 うん、そうしよう。 そうだね…」
「紗耶香も大変だけどさ、一緒にがんばろうよ」
「う、うん。 がんばろう」
「オー!」
『……なんじゃそりゃ…』

─ いよいよ、収録本番である。

──────────

本番。

『だるぃ…』
本当に番組を楽しみに待っていたファンには全く失礼な話であるのだが、
真希は、番組開始早々から既にやる気が無かった。
『ってゆーか、占いなんて別に信じて無いし』
1番右端に立つ。(但し、TV画面から見ると左端になる)
この番組には司会のタレントがいるのだが、
彼の話に辛うじて相槌は打つものの、積極的に絡んでいく様子は全く見せない。
『そういうのって、苦手なんだよねー』
カメラが撮っているから司会を見ている。 でも頭は上の空である。
『早く座りたい…』

─ 圭がスイッチを入れた。

『! また…』
表情が一瞬歪む。
「……」
しかし、その刺激に慣れてきたせいなのか、意外にもそれはあまり辛いものでは無かった。
眉間にシワを寄せながら、司会越しに圭を見る。

圭は前のモニターを見ていた。
『まったく…他人のふりはプロだね、この人は』
真希が更に目を細める。

その視線に気付いたのか、圭が一瞬目線を真希に向ける。
『あれっ?』
思ったより平然としてる姿に、多少驚いた感を見せる。
『もう"コレ"に慣れちゃったの? この娘…すごい適性ね』
圭は小さく笑うと、手元のスイッチを切った。

着席。

みんなでソファーに向かう。
今度は1番左端になった。(当然、TV画面から見ると右端になる)
司会から、最も遠い席だ。
『ま、どこでもいいんだけど』
今日のテーマは、占いの王道とも言える"トランプ占い"だそうで、
引いたトランプの絵柄・数字で運勢が分かるというものらしい。 が…
『マジ興味無い…』
真希のお気には召さなかった様だ。

「では、目の前にあるトランプを使ってですね…」
司会が何か喋ってる。
『ま、台本に書いてあったから知ってるんだけど』

聞けば、各マークのQを裏返しにしておいて、引いたカードの種類でその人の性格がわかるのだという。
(ちなみにコレは女性の場合で、男性の場合はKでやるらしい)

『はァ? こんなもんでわかるワケないじゃん』
とは思っていても、そこはTVである。
『ま、なんでもいいけど』
Qを4枚抜き出して、裏返して、混ぜて、テーブルに並べる。
『せっかくなら紗耶香さんと同じがいいな』
軽く手をかざす。
『…コレ』
右から2番目のカードを引く。
「ハート」
ナレーションが流れる。
「ハートのカードを引いたあなた…」

─ 圭がスイッチを入れた。

弱い振動。

『またっ…』
思わず、圭の方に目をやる。
圭は向こうでモニターを見ていた。
時折、司会の方を向いて相槌なんかも打っていやがる。
『なんだよそれ…』

圭がこちらを向く気配が無かったので、真希も正面のモニターに目をやる。
画面の右端に自分が映っている。
『あれ?』
ここで、真希はある事に気がついた。
『そういえば…』
スイッチONの前後で、自身の表情がさほど変わっていないのだ。
『なんか、コレあんまり効かなくなってきたよ』
それどころか、
『もしかして、もう電池無いんじゃない?』
等と心配できるほどに余裕があった。

番組には全然関係ない真希の心配をよそに、番組はちゃんと進行している。
「では、席替えを…」
同じカードを引いた人どうしでグループになれ、という事らしい。
ハートを引いたのは、真希の他に、なつみ、真里、そして圭の4人である。
横に座っていたなつみが声をかけてきた。
「あっちだって」
「あっち?」
司会の横に圭が座っている。
一瞬目があった。
「?」
圭が、なにか目と首を細かく動かしている。
『ん?』
なにかサインを送っている様にも見える。 が…
『え? 何やってるの? わかんない』
それを読み取る事は出来なかった。
『まぁいぃや』

「じゃあ行きますか」
真希が席の移動のために腰を浮かせた、その時である。
「!?」

強い振動。

「にゃっ?」
真希は浮かし掛けた腰を、また(ペタン)とついてしまった。

『何これぇ!?』
今回のは、先程までのものと全然違う。
いや、比べ物にならない。
なにしろ腰が浮かせられないのだ。
『ヤっ…ヤバい…』
足がガクガクと震えている。

「あれ?」
まだ立ちあがらない真希に、なつみが声をかける。
「真希? なした?」
「な、なんでもないよ…」
「早く立ちなや。 ウチらは向こうだって」
「う、うん…」
もうこれ以上は座っていられない。
真希は覚悟を決めた。
『あ、足…動けっ』
辛うじて、腰を持ち上げた。
「ぅ…ん」
中腰で、なるべくソコを刺激しないように、横歩きをする。
『な、なんとか…このまま』

前から紗耶香がきた。
「あ、ごめんねー」
狭い通路ですれ違うために、真希の腰の辺りに手を添え、身体を入れ換えようとする。
「…っ!」
真希は、紗耶香からの想定外の刺激を受け、思わず身体を逃がした。
ソファから(ドサっ)と大きな音がする。
「?」

「大丈夫?」

紗耶香は、真希を押したつもりは全く無かったのだが、
もしかしたら、どこかぶつかってしまったのかもしれないと思って、真希に謝った。
「ごめんね、痛かった?」
「……」
真希は、俯いたまま強く首を振っている。

『? おかしい…』
(スっ)と真希の横に座る。
「ねぇ…」
腿に手を添え、小声で話し掛ける。
「ねぇ、どうしたの?」
「な、なんでもないですぅ…」
「なんでもないことないじゃない」
「ぇ、いゃ、大丈夫ですょ…」
そう言っている真希の様子は、全然大丈夫じゃない。
『まさか…!』
紗耶香は、まわりにバレないように小さく首を持ち上げた。

圭が、こちらを見ている。

予想は確信に変わった。
『やっぱり…』
再び真希の耳元に寄って、小声で話しかける。
「圭ちゃんでしょ?」
「…ぇ?」
「そうなんでしょ?」
「ん…」
真希が、どう返事しようか迷っていた時。

─ 圭がスイッチを切り換えた。

「ぁや?」
振動が、変わった。
『さっきより、弱くなった?』

「みなさん、席につきましたかー?」

司会の声。
紗耶香は、もう話しかける事は出来なくなってしまった。
『なんだよ、もう…』

首を引いて、目線だけを真希にやる。
『なんだかなぁ…』
頭はボザボサ。
眼は虚ろ。
口は半開きだし、
胸元はノーガードで、
足は半分開いてしまっている。
『おいおいおい…』

「ほら」
見かねて、クッションを手渡す。
「ボーッとしてないの」
短い言葉に込められた、強いメッセージ。
「ねぇ、大丈夫?」
周りを見て、小さな声でそっと話しかける。

「ホントに大丈夫ですから…」
舌を(ペロっ)と出して、真希が答えて見せた。
「大丈夫…」
1つ頷き、(にこっ)と笑う。
『紗耶香さんがいるから』
ここだけは言葉にはしない。
目で伝える。

『伝わりましたか?』

「それでは、こちらのVTRを…」

横では、なつみがカメラに向かってお祈りのポーズをしている。

─ VTR、放送中。

皆がモニターに目をやっていたこの間、真希だけはずっと紗耶香の方を見ていた。
『紗耶香さん…』
何かの拍子に、"何か"が肘に当たった。
『ん?』
ポケットに"何か"があった。
ポケットの上から"何か"が何であるかを確かめる。
『あ、これは…!』
先程、圭にもらったスイッチ。
『……』

先程は大丈夫と見栄を切って見せた真希ではあったが、
実は押さえつけようとしていた悶々の情、かなり切実なものがあったのである。
『ちょっとだけ…』
ポケットに手を入れる。
『我慢できるよ、大丈夫』
小さく頷き、そして…
『いけっ』

─ 真希が、自身でスイッチを入れた。

どこかで、痺れを感じる。

身体の中で響く、低い振動音。
1つ揺れるたびに、記憶が1つ飛んでいく。
『気持ちいぃ…』
何かが、その奥底から、静かに、ゆっくりと、涌き溢れてくる。
『も、もっと…』
膝の上にあるクッションで上手に隠しながら、スカートの上からローターを更に押しこむ。
『ゅんっ!』
真希の膣内からくる潤いは、服の上からでもその湿りを伝える。
『アツっ…アツいよぉ…』
初めのうちは、"誰かが見てるかもかもしれない" という不安もあって、その行為に集中できないでいた。 が…
『見られたら? そんなの、知らないよぉ…』
構わずに、両足を可能な限りに開く。

そして顔を出す、一匹の"雌"としての当然の欲求。
『もぉ…、イきたいょぉ…』
もはや、それを止めるどころか、先程よりも押しこむ力は強くなっている。
『もぅ、ホント、壊れちゃ…んっ』

『…もう、いいよ』

『!?』
誰かに呼ばれた様な気がして、無理に薄目を開く。
『圭ちゃん…?』

圭が、こっちを見ていた。
相変わらず無表情だが、その目に何かを感じた。
『我慢しなくていいよ』
『えっ?』
『もうイっちゃいな。 アンタ、十分我慢したよ』
『でも…』
『さ、紗耶香の中でイきな…』
口には出さなくても、その思いは伝わった。 ような気がした。
『うんっ…!』
真希が頷く。
それを見て、圭がスイッチを握る。
『ワタシ、紗耶香さんの中でイくっ…!』

─ 圭が、再びスイッチを切り換えた。

「…ケホッ」
真希が、小さな咳をした。

『ん?』
普通、他人の咳などには気にも止めないはずの紗耶香だが、隣の席が真希だった事もあって、(チラリ)とその方を見た。
『!?』

真希が見ている。
目に涙を溜めて見ている。
上目使いでこっちを見ている。

『えっ、なに?』
今、声は出せない。
『ちょっと、大丈夫?』
じれったさを押さえ、"口パク"で会話を試みる。
『ねぇ、真希ったら!』

真希が、小さな声で呟く。
まるで独り言の様に。
「しゃぁかさぁん…」
「な、なに…?」
「ア、アタシ…」
「?」
「も、ダメっす…」

そして、抱きつく。

「えっ? ちょっ…」
「紗、ゃ、ヵ……ん」

身体を痙攣させながら、真希が、紗耶香の中に沈んだ。

──────────

病院。

ベットから上半身だけ起こしているのは真希。
「点滴なんていいのに…」
腕に点滴。

「だってアンタは病人なんだもん。 しょうがないでしょ?」
手帳に目をやりながら答えたのは、マネージャーである。
「でもさ、睡眠不足なんておかしいよ。 だってあんなに寝てるのに」

本番中に倒れてしまった真希は、あの直後、病院に担ぎ込まれた。
とはいえ、彼女は別に"病人"ではなかったわけで、その原因となるようなものが見つかるわけも無く、
結局"寝不足から来る過労"として扱われ、1日の入院を要す、と宣告された。

「まぁ、ここの所忙しかったしねぇ」
付き添いに来たのは、メンバー中では紗耶香だけであった。
それは別に他のメンバーが冷たかったわけでは無く、空いた時間には他の仕事を入れられたからであった。
彼女たちに、無駄な時間など無いのである。
「どうせ明日になったら、また今日の分、やり直さなきゃダメなんだから。 今日はゆっくり寝てなさい」
「う〜ん…」
「っていうことなんで、今日1日は病人だから、お菓子も禁止ね」
「え〜っ?」
「病人が文句言っちゃダーメ」
「…チェっ…」

マネージャーが時計を見る。

「じゃ、そろそろ行こうか?」
無駄な時間が無いのは、紗耶香とて同じである。 しかし…
「すいません。 ちょっとだけ待ってもらえますか?」
「何? どうしたの?」
「ちょっと話が…」
「話? なんですか?」
「ちょっと、ね…」
「うーん、あんまり時間無いけど… まぁ、ちょっとだけだよ」
「はい。 ありがとうございます」
「んじゃ、先に行ってるね」

病室、2人。

「紗耶香さん…」
「ア、アタシね…」
「今日、なんか楽しかったですね」
「は?」
「だって、紗耶香さんの腕の中で…ね?」
「……」
「こんなに気持ちいいんなら、またしたいかな…な〜んて。 ハハっ」
「ダメだよ…」
「え? 何がですか?」
「あ、あ〜、んっと、あのさ、本番中にあんなことしちゃダメだよ、って。 ウン」
「あ、ハイ…」
「……」

暫く、沈黙。
『喋らなきゃ、早く…』

「紗耶香さん…」
「え? ん、何?」
「また…ぎゅ〜ってしてくれますよね?」
「……」
「紗耶香さん?」
「え? あ… うん、そうだね…」
「絶対ですよ?」
「じゃ、じゃあ、そろそろ行くわ」
「はい。 じゃあ、また明日」
「うん。 じゃね…」

──────────

病室の外、紗耶香。
「また、言えなかったよ… 辛いよなぁ…」

病室の中、真希。
「もう、ぎゅ〜ってしてもらえないのかなぁ…」

 (了)