「あ、早く行かないと窓口閉まっちゃう」
なつみは銀行に駆け込んでいった。窓口で整理券を受け取り、
ソファに腰掛けて一息ついた。思わず声が出てしまう。
「ふ〜ぅ、間に合った〜」今日が、受験料振込みの締め切りなのであった。
高校生のなつみは今年大学受験。授業が終るとともに駆け出してきたというわけだ。
順番を待つなつみの隣に、ちょっと人相の悪い女が座った。
髪はボサボサ、眉毛は剃り落とし、黒いコートに真っ赤なレザーパンツ。
『・・・ちょっと怖いな』と思いつつ平静を保とうとした、そのときである。
女は急に立ち上がり、カバンからライフルを取り出して叫んだ。
「動くんじゃねえ!!!全員座れ!!!」
声とともに、天井目掛けて数発ライフルを発射する。
他の客や行員は、銃声に怯えてしゃがみこんだ。
「いいか、現金で1億用意しろ。今すぐだ。
下手な真似しやがったら客一人一人殺してくぞ」
ドスの効いた声で行員に向かって要求する女。
なつみは、銃声に怯えてソファの上にへたり込んでいた。
犯人の女は目と鼻の先にいる。
『あ、あたしが最初に殺される・・・』直感的にそう思った。
行員が現金の袋を持って戻ってきた。
「す、すいません、生憎現金では3千万しか、よ、用意できませんで」
「しょうがねえ、さっさと持ってこい、タコ」
外では騒ぎを聞きつけて野次馬が集まってきている。
「マズイな・・・。ズラかるか。おっと、人質を連れてくか」
次の瞬間、なつみの首筋に冷たい感触が走った。
「お嬢ちゃん、悪いがついてきてもらおうか」
「い、い、いや・・・」なつみは逃げようとするが足がすくんで動けない。
たまりかねて行員が飛びかかろうとする。
「や、やめろ、金はともかくお客様に手を・・・」
言葉が全部終らないうちにライフルが火を噴く。
行員は血を吐いて倒れた。
撃たれた行員の断末魔を聞いて、なつみは抵抗するのを止めた。
「行こうか、お嬢ちゃん」女は冷たく言い放つ。
荒々しくなつみの両手を引くと、裏に停めてあった車に乗せ、
そのまま走り去っていった。
警察がやってきたのはそのわずか3分後だった。
撃たれた行員は死亡、犯人と人質の少女の消息は不明である。
両手を拘束され、目隠しと猿轡をされたなつみには、
車がどこを走っているか全く分からなかった。
女が吹かす、タバコのにおいが鼻につく。
下手に抵抗して、殺されたくないので、抵抗せず
おとなしくしていることにした。
車は止まり、女の声が聞こえてきた。
「とりあえず降りな。解くのはそれからだ」
車から降ろされ、縄を引かれるがままに歩く。
しばらく山道を登っているようだ。
やがて、建物の中に入れられる。
どうやら、山小屋のようなところらしい。
床に投げ出され、目隠しと猿轡を解かれるなつみ。
「・・・安心しな、まだ殺すつもりはないからさ」
女はタバコを咥えて不敵に笑っている。
「・・・どうしてあたしを?」なつみは恐る恐る訊ねる。
「一番近くにいて、一番従順そうだったからさ。それだけだ」
両手の拘束は解かれないままである。
目の前にパンと牛乳が置かれた。
「とりあえずそれでも食いな」
「・・・手を解かないと・・・」
「駄目だ。そのまま食え」
『食べずらい・・・。』
括られた両手で何とかパンを頬張る。
『そういえば、お昼から何も食べてなかった・・・』
牛乳パックのストローが上手く入れられない。
そのときである。女がゆっくりと近づいてきてなつみの手から
牛乳を取り上げ、ストローを挿してなつみの手に返した。
「あ、あの・・・」
「もどかしかったんだよ」
「・・・ありがとう」応えない女。
夜は更け、山小屋の中に灯りが点された。
よく見ると、暖炉やソファなどが完備された
結構立派なログハウスのようだ。
ソファに座り、女は何やら呟いている。
聞き取ろうとするが、小声過ぎて聞こえない。
そのうち、女は毛布を持ってなつみの元にやってきた。
「これを着ろ」毛布を無造作に投げて寄越す。
暖炉と灯りが消され、部屋は暗闇に包まれた。
何とも言いがたい恐怖で、なつみはほとんど眠ることができなかった。
ソファの上で、女は眠っているようだ。そのとき、である。
突然呻き声をあげ、ソファの上の女が飛び起きた。
テーブルの上に点っている蝋燭の灯りだけが女の姿を照らし出していた。
女はうなり声をあげながらなつみのほうへ近づいてきて、毛布を剥ぎ取った。
「い、い、いやっ!!」恐怖の余り涙を流して顔を歪めるなつみ。
女は、ものすごい形相でなつみの首に手を掛けた。
「く、苦しいっ・・・」
身体をバタバタと動かして抵抗する。
だんだん意識が遠くなってきたところで、女は絞めるのを止めた。
「・・・・クッ、ゲホ、ゲホッ」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」女の呼吸が荒い。
「・・・何をやってたんだろう・・・」
女自身、不可思議な表情を浮かべている。
なつみは苦しさからは解放されたが、より増幅された恐怖を
感じていた。突然表面化する女の狂気・・・。
そのときの怯えたなつみの表情が、女の別な狂気に火を点けたようだ。
「怖いか?じゃ、こんなのはどうだ?」
女はナイフを取り出し、ゆっくりとなつみに近づいてきた。
不気味な笑みを浮かべつつ・・・。
「い、いや、やめてくださいっ・・・」
ナイフを見て恐怖の色を露わにするなつみ。
女は、ナイフでなつみの制服を切り裂いた。
なつみは、下着姿で、床に転がされる。
「こういうのもいいな・・・」
女はナイフの刃をなつみの頬に押し付ける。
刃の冷たさが恐怖を増幅させ、
知らず知らずなつみの瞳から涙が零れる。
「安心しな、傷つけはしないよ、へへへ」
獲物を見つけた猛禽類のように、女はなつみの身体を貪っていった。
「若いな。まだまだこれから大きくなるさ」
お世辞にも大きいとはいえないなつみの胸を揉みしだきながら、
女は呟いた。なつみは、恐怖と屈辱に怯えつつ、必死に堪えている。
さらに、なつみの首筋から肩口・腋・腰にかけて、女は舌を這わせる。
「なんだ、身体は正直だな。はっはっは・・・」
下着を脱がして、なつみの下腹部に舌を伸ばしつつ、女は笑った。
「・・・んんぅ」ついになつみからも声が漏れる。
恐怖、屈辱、肉体の快楽、相反する感覚に翻弄されながら、
なつみは女に身を任せた。
しばらくの間、女はなつみの身体を求めつづけた。
足を開かせ、間に指を差し込む。
「ぁぁ・・・・ぃい、いや」声にならない声で呻くなつみ。
女の責めは波状のように続いた。
「い、いや、もう駄目!!!」
恐怖と快感の余り、なつみは失神してしまった。
女は我に返ったようにグショグショの自分の指先を見つめ、ふと笑みを浮かべた。
『お母さん?いまどこ?お父さん?』
・・・父母の顔が浮かんでは消えて、それを追いかけるなつみ・・・
『お母さん、何で逃げるのよ・・・捕まえた!!』
捕まえた母の顔を見るとそれは犯人の女に変わっていく・・・
「はっ」目が醒めた。夢を見ていたようだ。
昨日と何も変わらない、山小屋の中。
ちょっと大き目の服を着せられて、毛布を被せられて、
ソファに寝かされていた。
『そういえば、昨日・・・』
身体には痕跡が残っている。弄ばれた・・・。
「よぉ、目覚めたか」窓際に座る女が声をかける。
「あ、あの犯人さん・・・」
「その呼び名はなんだよ。一応林檎と呼ばれてる。そう呼んでくれ」
「じゃ、林檎さん・・・いつまでここに?」
「見つかるまでさ、サツにな」
弄ばれた・・・と思いつつ不可解なことがいくつかあった。
切り裂かれた服は丁寧に取り除かれ、清潔な服に変えられていた。
殺されてもおかしくない状況・・・なのに肉欲以外は求めてこない。
食料も朝昼晩きちんと与えてくれる。あのとき、行員を撃ち殺した
冷徹な女と同じ人物とは思えない。恐怖は完全には消えなかったが、
不思議な感情を、なつみは林檎に抱きつつあった。
「そういえば、風呂に入れてなかったな。来な」
林檎は小屋の奥のバスルームになつみを連れてきた。
「念のために、手を解くわけにはいかない。とりあえず手を上げな」
両手を上げたなつみの服を、林檎は丁寧に脱がすと、自らも衣服を取った。
「?」「その両手じゃ洗えねえだろ。洗ってやるよ」
両手を拘束されたままのなつみの身体を、林檎は丁寧に洗い流していく。
胸や股間に手を伸ばす度、なつみは何ともいえない声をあげる。
その声に興奮したのか、林檎の手に入る力は次第に強くなっていった。
「いや、こんなところで・・・」
「いいじゃねえか」
泡まみれのなつみの身体を抱きしめ、林檎は強くキスをした。
愛欲に咽ぶ潜伏生活が続くうち、なつみは林檎のことをよく観察していた。
時々情緒不安定になるものの、基本的に危害を加えはしない。
ただ、行為に関しては回を重ねるごとに激しさを増していく。
まるで何かに取り付かれたかのように・・・。
林檎は電話を使って何やら話しているようだ。
どうやら、奪った金の分け前のこと、人質のこと、
海外逃亡に関してなど、今後についての相談事のようである。
詳しい会話の中身はなつみには聞こえなかったが、
林檎の表情が険しくなっていくのは分かった。
「何でだよ、このままじゃ見つかるのは時間の問題だ」
「お前、逃げてる間俺たちがどれだけ手助けしてやってると思ってるんだ。
それで分け前がそれっぽっちじゃ、やってる意味がねえ。
手助けにも金がかかってるんだよ。それなりに受けとらねえとな。」
「でも、捕まっちまったらそれこそおじゃんなんだぜ?」
「それより、いつまで人質を生かしといてんだよ。さっさと片付けないと、
それこそ足がついちまう。始末して、金持って早く来やがれ」
「・・・もうちょっと待ってくれ。金は持っていく」
仲間から人質−なつみ−の始末を言い渡されている。
しかし、なつみに対して、林檎も違う感情を抱きつつあった。
過去の自分・・・。墜ちていく前の、純粋な自分・・・。
それをなつみにかぶらせ、いつしか好意的に見る自分を知り、苦笑いする。
「なんでだろ?こいつは、殺せない・・・」
そして、林檎の中でひとつの決心が下される。
「とりあえず、場所を変えるよ」
「どうしたの?林檎さん。警察?」なつみが不安そうに訊く。
「ま、似たようなもんだ。とりあえずここはヤバイ」
身支度を済ませ、外に出ようとしたとき、
赤い回転灯が二人の目に飛び込んできた。
「遅かったか・・・」警察である。
『あたしが裏切った途端に、タレコミやがったね』
口元に微笑を浮かべながら、外を睨みつける林檎。
「あんた、もうちょっとだけここにいてくれる?」
林檎は穏やかな口調でなつみに訊いた。
なつみの中で、相反する二つの感情が揺れ動く。
解放されたい、という純粋な気持ち。
芽生え始めた林檎への不思議な気持ち。
「この付近一帯は包囲した。犯人よ、人質を解放しておとなしく出て来い!!」
警察の声が静かな山に響く。
「もう駄目だな。あんたとの暮らしもこれで終わりになりそうだ。
そういえば、名前聞いてなかったな」
「・・・私は、なつみ・・・」
「なつみか、いい名前だね。最後に、ちょっと聞いてくれる?」
応えないなつみ・・・。
「最後に、もう一度だけ抱かせて・・・」
しばらく考えて、なつみはゆっくりと頷いた。
ドアや窓にバリケードを組んだあと、二人は奥の部屋へと消えた。
「最後だから、もう解くよ」
ナイフで、なつみの両手の拘束を解く。
半裸になった二人は、待ちきれないように唇を合わせた。
今まで受身だったなつみが、自ら舌を入れてきた。
時間はわずかなものだったが、初めて心から裸になって、
お互い素直に抱き合えた、そんなひと時だった。
着衣を整えて、二人は玄関の前に立った。
「まず、あんたを先に出すよ」
「林檎さんは?」
「あたしは一人殺してる。もう逃れられないのさ」
「・・・そんな・・・」
「ま、逢えなくなるわけじゃないよ、いつか、そのうちに」
「・・・」押黙るなつみ。
「さ、とりあえず出な」
促されて玄関を開け、外に出るなつみ。
警官が寄ってきて、なつみを保護する。
「さて、往きますか」ライフルの弾を確認する。
「地獄で逢いましょ、なつみちゃん・・・
地獄じゃ逢えないかな・・・」苦笑いする林檎。
「よし、人質を保護。突入する。」
警官が突入しようとしたそのときだった。
ダーーーーン
小屋の中で銃声がした。
「!」小屋へ向かって駆け出すなつみ。
「き、君、待ちなさい!!」警官の制止を振り切って小屋に駆け込んだ。
「り、林檎さん、林檎さーーーん!!!」
なつみが見たものは、自ら頭を打ち抜いた林檎の屍体であった。
どうにか受験を終え、なつみも春から大学に行けそうである。
「長かった、な」
ふと、あの異常な数日のことを思い出すことがある。
事件が終った後、警察からいろいろなことを聞かされた。
その中で、なつみが息を呑んだのが、林檎の身元についての記述だ。
「林檎・・・本名、椎名由美子。8年前、強盗事件に巻き込まれ人質として拉致
される。その後の消息は一切不明。」
林檎は、なつみと同じ境遇だったのだ。もっとも、林檎の場合は解放されること無く、
組織の手駒とされて同じ愚行を犯してしまうのであるが。
それを聞いて、林檎が自分を殺さなかった理由が分かった気がした。
自分を抱いた理由も・・・。あの数日のことは生涯忘れ得ないだろう。
街を走るなつみ。あの銀行に駆け込む。
「ふ〜、間に合った・・・。」
今日が大学の授業料振込みの締め切りだ。
整理券をもらってソファで順番待ちをしているそのとき、
隣の女と目が合った。眉毛を剃り、黒いコートに赤いレザーパンツ。
髪もボサボサで、林檎そのままの風貌である。
女は突然立ち上がった。一瞬怯えるなつみ。
そのまま女は空いた窓口へ向かっていった。
ため息をつくなつみ。
「まさか、ね・・・」