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オムニバス短編集 3rd“夏の”パラダイス

1 名前:第3回支配人 投稿日:2001年08月19日(日)06時03分33秒
このスレッドは第3回オムニバス短編集投稿用スレッドです。

オムニバス短編集はm-seek名作集住民による娘。小説の短編コンテストです。
・オムニバス(短編傑作集)として、読み易く飽きさせない読み物を読者に提供する
・短編バトルとして、作者達がその技を競い合う
・品評会として、互いの作品に感想をつけあう
・ネット小説企画として、最終的には投票を行って優秀作を決定する
などの目的を持って不定期に企画・開催され、今回が第3回となります。
またコンペとしての性格上、投票締め切りまで参加作者がハンドル等を公開することは禁止されています。
なお投稿・感想・投票に関する全体の大まかなシステムは初回より変化していません。


 まずは作品を読みたい >>10--999
 いつも通り参加したい >>3-6
 オムニバス短編集の基本システムをもっと詳しく知りたい >>2
 とりあえず今までの内容を見てみたい
  第1回 http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=purple&thp=989646261
  第2回 http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=purple&thp=993979456
2 名前:オムニバス短編集基本システム 投稿日:2001年08月19日(日)06時04分33秒
オムニバス短編集は名作集案内板で企画・運営されています。
運営に関する様々な案件は、前回の投票所スレッドで支配人を中心に話し合われます。
支配人は作者読者問わず参加者の中から選ばれ、次回の支配人が決定した段階でその任を終えます。

作者として参加する場合、まずは >>4 の規定の上で作品が完成させます。
次に案内板にある登録スレッドにエントリーし、すぐさま投稿スレッドに投稿します。
ちなみに手順をきちんと踏めば、一人何作品でも投稿することができます。

作品に対する感想や批評は案内板の感想スレッドに書き込みます。
投稿スレッドに感想を書き込むのは厳禁です。

投稿が締め切られると、案内板に投票スレッドが立ちます。
投票のルールは毎回違うので、投票スレを参照して下さい。

投票が締め切られ、投票結果が出揃うと、その回は終了したことになります。
終了後、しばらくは前回支配人を中心に反省点や次回の方向性が話し合われ、企画の輪郭が見えてきた段階で次回の支配人を選出します。

 作者として参加してみたい >>3-6
 読者として作品を読んでみたい >>10--999
3 名前:作者参加方法 投稿日:2001年08月19日(日)06時05分24秒
手順としては作品完成→登録→投稿→完了報告となります。

 登録
エントリー希望者は自分の作品が完成した状態で、下の登録スレッドに参加登録してください。
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=imp&thp=989174315
登録後は成立(登録番号が被っていないこと)を確認し、すぐさま作品投稿をすること。

 投稿
投稿する際、「名前欄」には「タイトル名」を、「メール欄」には「登録番号」を必ず記載すること。
その際、投稿数は25レス以内、一度投稿しはじめたら最後まで一度に投稿してください。
作品の最後に必ずそうと判る目印(fin.や-完-など)を入れるのも忘れずに。
なお今回から投稿用スレッドでの作者のあとがきを禁止します。
あとがきを書き込みたいときは、感想用スレッドに投稿するように。

 完了報告
投稿し終わったら登録スレッドにその旨を書き込んでください。

 もしも前の時のマニュアルを読みたい >>4
 とりあえず読む必要ない >>5-6
4 名前:もしもの時のマニュアル 投稿日:2001年08月19日(日)06時05分56秒
全て前回と同様です。
以下は前回ルールより抜粋。

 もし、タイムラグでほかの作者さんと(登録のタイミングが)被ってしまい
 同じ番号が2つ(複数)出来てしまった場合には、若いレス番号の方を優先してその番号を取得し、
 被ってしまったほかの作者さんは、再度登録をしなおす(書き込み例は上記と同様)。
 ただ、再度登録しなおし、というのが誰から見ても分かるような但し書きをすること。


 もし、書き込み(登録スレ)から24時間以内に更新されなかった場合、
 その作者さんの登録番号は登録キャンセル/中断と見なします。
 そのときは次の登録番号の作者さんが投稿して下さい。
 無効になった作者さんは再度登録し直す必要があります。
 登録番号が無効になった場合、登録スレに
 『〜番が無効になりましたので、次の「○○○○(タイトル名)」をこれから書きます。』
 のように書き込み、その書き込みから1時間以内に投稿を行って下さい。


 やむをえない事情(PCの故障など)で中断した場合、続きを書く前に
 「>>33-35
 と前の部分にあたるリンクを続きの一番最初の部分に必ず入れようにして下さい。

 次に進む >>5-6
5 名前:第3回オムニバス短編集ルール説明 投稿日:2001年08月19日(日)06時06分44秒
今回のテーマは“「夏の…」をキーワードにした作品”です。
キーワードの定義ですが、用い方は定めません。
題名でも台詞でも描写でもオチでも構いませんが、絶対に文中に組み入れて下さい。
無論、ただ舞台背景を夏としただけの作品は不可です。
応用に関しては漢字の「夏」と助詞の「の」を使えば良しとします。
つまり「晩夏の…」「夏祭りの…」は可ですが、「…オブサマー」「夏まゆみ」は不可です。
もちろんテーマを満たせば英語でも夏先生でも使ってくれて構いません。
なお辻使いに対する配慮として、平仮名は認めます。

これは新しい試みなのですが、今回新たにNGワードを定めます。
今回のNGワードは「夏休み」です。
この言葉が文中に入った作品は他の規定を満たしていようとも被投票権を剥奪します。

字数制限をもう一度確認しますと、投稿番号25個分(25レス分)以内です。
短い分にはいくら短くとも構いません。
6 名前:第3回オムニバス短編集ルール説明 投稿日:2001年08月19日(日)06時07分14秒
今後の予定は以下の通りです。
 9/08(土) 投稿締切日
 9/09(日) 名作集案内板に投票用スレッドを設立。2週間の投票期間の開始
 9/22(土) 投票締切日

作品を読んだら、下の感想スレッドに書き込んでください。
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=imp&thp=989645892
感想や批評をくれると作者さん達も喜びます。
総評をくれると支配人が喜びます。
酷評もべた褒めもアリですが、作者さん達のハンドル等は、無理に聞き出そうとしないこと。
また作者さん達が自らそれらを明かせるのは、3rd投票後ですので、あしからず。

オムニバス短編集の運営に少しでも興味を持ってくれた方は、下記の2nd投票所をのぞきに来て下さい。
3rdも投票方法などは未決定ですし、次回4thの話し合いにもつながっていきます。
運営って言っても意見交換と称して雑談してるだけですので、気張らずに書き込んでくれると嬉しいです。

それでは、作者のみなさん。ご武運を

早速作品を読み始める >>10--999
支配人の開会宣言を読む >>7-9
7 名前:開会宣言 投稿日:2001年08月19日(日)06時08分11秒
“2ちゃんねるモーニング娘。板”の設立とともに、“モーニング娘。小説”(以下娘。小説)は、文字文化としての急速な発展を遂げた。
それは既存のミニコミと比べるに驚異的とも言える規模へ成長し、また他のネット小説と比較してみても日本語ネット小説の第一線を走るジャンルであることは、疑いようのない事実である。

そんな中、2ちゃんねるの派生掲示板として生まれたm-seek内の名作集板は、爆発的な勢いでその作品数を増やし、板の増設を重ねること数回、今日では実に当初の13倍もの規模に拡張している。
名作集案内板に集まる作者達は向上意欲がとても高く、アマチュア作品集ながら、いやアマチュアだからこそ、あらゆる観点から“読者に受ける作品”を模索した。
彼らが双方向コミュニケーション媒体としての娘。小説を活かしきれた、すなわち読者が作者の問いかけに率直な意見を返したのは、ある意味自然な流れだったのかもしれない。

そしてまた技術の向上を図る作者達が、同じ土俵で競い合う場を求めたのも、至極当然な流れだったのだろう。
当初「短編バトル」と呼ばれたその企画は、瞬く間に賛同者を増やし、2001年5月7日、遂に第一回のエントリーが開始された。
8 名前:開会宣言 投稿日:2001年08月19日(日)06時09分06秒
オムニバス短編集はその企画としての性格から、全ての作品に一定数の読者からの感想が得られる。
もちろん優れた作品がより多くの感想を得られるのは言うまでもないが、自分の実力に自身のない作者にも、恐れずに作品を投稿し、多くの読者の意見を聞くことをお勧めしたい。

初参加の作者には試練の舞台となるかもしれない。
しかしその中から明日の名作集板を背負うルーキーの登場を、私は信じて疑わない。

また名作集の作者としてある程度のキャリアを持つ全ての作者に、一度は経験して頂きたい舞台でもある。
同じ制限で執筆する他の作者との競作で、何か学ぶことがあるはずだ。
また酷評に、自らの欠点を見つめ直す機会を得るかもしれない。

そこまで意識せずとも、短編を一本書き上げるというのは、作者にとって少なからず息抜きとなるのではないだろうか。
普段書いている作品に単調な印象を与えないためにも、ここは一つ短編バトルで楽しみ、やすらいで頂きたい。

無論、前回までの作者陣には引き続き参加をお願いしたい。
初回より前回、前回より今回と、作品発表環境として、この企画は進歩し続けている。
9 名前:開会宣言 投稿日:2001年08月19日(日)06時09分50秒
今回、第3回目を迎えるオムニバス短編集は、テーマに“「夏の…」をキーワードにした作品”を定めることで、一貫性を保ちつつも作者への制限を緩めるようとしている。
これにより作者の自由な表現を可能とし、またオムニバスとしてのオールラウンドな側面を強調することができたなら、それは運営側として至上の喜びである。
開催期間が秋にかかることを危ぶむなかれ、季節感を無視した無粋な作品集や、過ぎ行く季節だけを描いたサンチマンタリズムの集合などには、決してさせまい。

作品にとって最高の環境作りをモットーに、支配人として出来得る限りの術をつくしたつもりだ。
自らの実力を試したい多数の作者の参加を期待している。
そして名作集全体を暖かく見守ってくださる読者諸兄のご声援ならびに酷評を賜れますよう、深くお願い申し上げる。
いささか急ぎ足ではあったが、これで開会の挨拶に代えさせて頂く。

      第3回オムニバス短編集 支配人
10 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月19日(日)09時20分16秒
あの夏のから数えて20回、今年もまた夏がやって来た。

テレビ局から電話があったのは一週間前のことだった。先の戦争から20周年を記念して、局を
あげた番組内で特集をしたいので、ついては最近発見されたある兵士の手記について話をして
ほしいと言う内容だった。
もちろん、即座に断ったが、パーソナリティの一人が強く希望しているので会うだけ会ってほしいと
言われ、そのときは断りきれなかった。

あれから長い時間が流れ、この国も変わった。
平和に過ごしている今の人たちに、いまさら私なんかに何を語れというのか。

悶々としたまま押入れにしまいこんだダンボールを引っ張り出す。
中には写真やら手紙が大量に入っている、これでも20年の間にだいぶ少なくなったのだが。
その中から古ぼけた皮袋を引き出す、それを抱きしめると私の心は今でも20年前のあの夏に
とんでいける。
11 名前:あの夏の約束 投稿日:2001年08月19日(日)09時21分46秒
「なつみさ〜ん、ご飯できてる?」

訓練を終えた兵士達が食堂にやって来た、皆よく日に焼けている。

首都から遠く離れ、海に面したこの基地には短い滑走路が2本だけある。
ここの兵士達はみな明るく、基地の雰囲気もほかと比べるとずいぶん自由に満ちていた。
先ほど終えた訓練も、訓練と言っても畑仕事や手の空いた者は子どものように鬼ごっこをしている
始末だ。こんな調子では本営からの視察で粛清を受けそうなものだが、本部の偉い人たちは皆
何も言わず帰っていく。

空軍特別防衛部隊、別名突撃隊。
敗戦色が濃くなり、国が疲弊する中、軍は迫りくる敵国に対して恐るべき戦術を採用した。

「突撃」
文字通り、戦闘機に乗ったパイロットがその身もろとも敵艦めがけて突撃するのだ。
ここはそのための兵士だけが集めたれた基地。
12 名前:あの夏の約束 投稿日:2001年08月19日(日)09時22分38秒
おなかをすかせて並ぶ兵士達一人一人に決められた量を注いでやる。
そして、彼女達の番が来た、私は他のみんなと同じように、芋の入った汁を渡すと、彼女達の皿に一つまみずつ氷砂糖をのせた。
最近では軍といえども、物資も思うように手に入らない。そうした中にあって甘い菓子は貴重品だ。

「あはっ、わたしたち最期まで一緒みたいだよ。」
「・・・そうだね。」

後藤と吉澤、二人とも私より年下だが、志願して軍に入隊したらしい。
私と同時期にここにやってきて、今日までずっと一緒だった。

吉澤が突然うつむき震えだした。

「ねぇ、安倍さん、嘘でしょ!嫌だよ・・・私、私本当は死にたくないよ、もっと・・・」

突然吉澤が泣き崩れる。それを支えるようにしながら食堂をあとにする後藤。
そう、氷砂糖は最期の贅沢、死にゆく兵士に何かしてやってほしいと、以前に部隊長から言われ、
なつみが次の日に出撃する兵士にだけ前日の昼食に出していたのだ。
最初の日こそ贔屓だと騒いでいた兵士達も、その意味が解ると次の日から何も言わなくなった。
13 名前:あの夏の約束 投稿日:2001年08月19日(日)09時23分36秒
(残酷な役目だよ)

そう思いながらもなつみは毎朝隊長室に行き、翌日の出撃者を訊く。
目の前で泣かれようと、罵倒されようと自分のできることはあまりないのだから。


昼食も終わり、閑散とした食堂に一人だけ若い兵士が残っていた。

「圭織、どうしたの、訓練行かなくていいの?。」
「なつみが心配だったから。」

圭織と呼ばれた少女は髪をかきあげながら応えた。
なつみはそのしぐさに、その髪に一瞬目を奪われる。

飯田圭織。
なつみと同じ北国の出身で、最近ここへやって来た。

「飯田圭織であります。安倍さんと同郷だと聞き御挨拶にやってまいりました、以後よろしくお願い
いたします。」

出合った時の挨拶を思い出すと今でも噴き出しそうになる。
14 名前:あの夏の約束 投稿日:2001年08月19日(日)09時24分38秒
「心配って?」
「吉澤のこと。仲良かったから。」
「大丈夫慣れてるから。」

できるだけ平静を装って言った。
嘘に決まっている、慣れることができるはずがない。
昨日まで一緒だった人たちが一人、二人と消えていく、そんな異常な状況に誰が慣れるもんか。

「ほらっ、見つからないうちに早く訓練行きな。」

鶏を追う真似をして、圭織を追い出す。これ以上何か言われると泣いてしまいそうだったから。

圭織は不思議な人だった。いつまでたっても基地の雰囲気になじまない、よく一人でぼんやり
している、そうかと思うと突然話の的を得たとても鋭いことを言って周囲を脅かせていた。
そんな圭織に次第に興味を持ち、気が付くと圭織のことを見ていることが増えていた。
そして、そのうちそうした視線が圭織とぶつかるようになるまでそれほど時間はかからなかった。
15 名前:あの夏の約束 投稿日:2001年08月19日(日)09時25分36秒
その夜遅く、なつみの部屋を訪れる人影があった。

「吉澤、どうしたの?」
「昼間はすいませんでした、取り乱して・・・」

そう言うと吉澤はなつみに一通の封筒と昼間の氷砂糖を差し出す。

「戦争が終わったら、いなかの母に届けてもらえませんか、手紙です。
検閲は通りそうにないんで。」

そう言うと吉澤はニカッと笑った、悲しい笑顔だった。

「それとこっちは安倍さんにと思って、少しだけ食べちゃいましたけど、いつもお世話になっていた
お礼です。後藤はもらったその後にすぐ全部だべちゃいましたけどね・・・」

後半はよく聞き取れなかった、吉澤はさっきの笑顔のまま泣いていた。
なつみは泣いている吉澤の頭を抱きしめながら手の中の氷砂糖見る。

(食べれるわけ・・・私なんかが食べれるはずないよ)
16 名前:あの夏の約束 投稿日:2001年08月19日(日)09時26分17秒
「後藤が待ってるので帰ります。」

赤い目をしたまま、吉澤は兵舎に帰っていった。
最期の夜、吉澤は後藤と何を語るのだろうか、なつみには想像もつかなかったし、
考えたくもなかった。

「非国民」そう言われてもいいから、今すぐ戦争が終わればいいのに、そう思った。



出撃の前夜、なつみの部屋を訪れたのは吉澤が初めてではい。これまでも何度か出撃を明日に
控えた兵士がなつみの部屋にやって来た。
中にはなつみに愛を告げるものもいた、そんな兵士達になつみは自分の身を捧げてもよいと
思っていたが、なつみの体を求めるものは誰もいなかった。
皆一様にやさしかった。こんなにやさしい人の集まりをなつみは今まで知らなかった。
そして、最後は皆笑顔で部屋を出て行った。
17 名前:あの夏の約束 投稿日:2001年08月19日(日)09時27分10秒
朝早く、なつみは二機の発進音を聞いた。

なつみはここへ来て何度も戦闘機が飛び立つ音を聞いた、不思議なことにそれはとても穏やかな
音だった。けれど、その戦闘機が戻ってくることはついに一度もなかった。



その日の昼食では誰にも氷砂糖は与えられなかった。そういう日もある。
吉澤達のおかげだろうか、そんなことを考えていると突如肩をつかまれた。

「ちょっと外出て話さない。」

なつみは言われるがままに圭織について外に出た。

このところ雨も降らず、毎日暑い日が続いていた、北国育ちのなつみには南国の夏の日差しは
特にこたえた。

「あんなに仲良かったから大丈夫かなと思って。」
「大丈夫だよ。」

連れ出される時から吉澤たちのことだと分かっていた。
圭織は優しい、なぜこんな人が軍に志願したのかいつも不思議だった。
18 名前:あの夏の約束 投稿日:2001年08月19日(日)09時28分02秒
「それに死んだって決まったわけじゃないっしょ、ふらりと帰ってくるかもしれないし、戦争が終わって
どっかで見つかるかもしれないし。」

泣きそうになるのをこらえながら、なつみは精一杯明るく言った。

「・・・死んでるよ。突撃だもん、生きてるはずないよ。」

予想外に冷たい反応に心が揺さぶられる。

「なんで、なんで、そんなこと言うのよ・・・みんな仲間だったのに・・・
みんな、圭織だっていつかは・・・」

言いかけて慌てて口をつむる。

「そうだよ、私だっていつか飛ぶんだ、だから、ごまかしたくないんだ。」
「じゃあ、なんで連れ出してまで私にそんなこと言うのよ!」
「分からない、ただ心配だったから。」

そう言うと圭織は一人で食堂に戻ってしまった。

(わからない・・・わからないよなにも)
19 名前:あの夏の約束 投稿日:2001年08月19日(日)09時28分55秒
八月に入って一週間が過ぎていた。
近頃、戦局はますます厳しいらしく、日々の支給にそれは顕著に表れていた。

吉澤たちの突撃から一ヶ月近くが経っていたが、その間も何人もの兵士が空の向こうに飛び立って
いった。最近ではなつみの部屋から毎朝のように飛行機雲が見えた。

その日も飛び立つ戦闘機の爆音で目が覚めると、そのまま隊長室へ向かう。
しかし、その日隊長は不在で、代わりに副隊長がなつみにと預かっていた封筒を渡してくれた。
封筒の中身は一通の書面だった。それを見たなつみはその場で倒れそうになるのを
どうにかこらえた。

『安倍なつみ殿

翌朝の出撃第一候補

飯田圭織 以上一名』

簡潔な書類だった。
20 名前:あの夏の約束 投稿日:2001年08月19日(日)09時29分33秒
その日の昼食でも誰にも氷砂糖が渡されることはなかった。
正直、兵士達はそれを喜んでいるが、決して顔に出すことはない。軍規がどうとかと言うことよりも、
それが一時の喜びにしかならないと知っているからだ。

「・・・ねぇ、圭織、今夜部屋に来てほしいんだ。」

昼食が終わり、圭織が一人になったところでなつみが声をかける。

「わかった。」

それだけ言うと圭織は兵士達の中に混じって、畑のあるほうへと行ってしまった。
21 名前:あの夏の約束 投稿日:2001年08月19日(日)09時30分22秒
消灯のラッパが鳴り、辺りに静寂が訪れる。
乾いたノックの音、すぐに圭織だと思ったが、返事ができない。

「入るよ。」

痺れを切らしたのか、圭織が言いながら入ってきた。

「圭織、髪どうしたの!」

やって来た圭織を一目見て、なつみが驚愕の声をあげる。昼間まであった美しい長髪は跡形も
なく消えていた。

変わり者だが、決して上官に逆らうことのなかった圭織。そんな彼女が唯一譲らなかったのが、
腰まであった黒髪だった。訓練の邪魔になるから、不潔だから、様々な理由で断髪を命じられても、
その度に頑として受け入れなかった。
その髪がいまや見るかげもない。

「私、明日飛ぶんだよね。」

驚いて口が利けないでいるなつみに圭織が訊いた。
しかし、なつみはすぐに応えることはできなかった、言うとその事実を受け止めなくては
ならないからだ。
22 名前:あの夏の約束 投稿日:2001年08月19日(日)09時31分09秒
「空から見る海ってどんなだろう、きっとすっごく綺麗だと思うんだ。」
「やめて!」

耐え切れなくなりなつみが叫ぶ、しかし、圭織は気にした様子もなく笑顔で続けた。

「氷砂糖ちょうだい。」

すっと差し出された手は、毎日の訓練でたくましくなっているはずなのに、透き通るように白く
美しかった。

その夜、なつみはここへ来て初めて氷砂糖を口にした。圭織がポリポリと食べながら、差し出した
一粒をなぜか自然と口に運んでいた。
甘くて涙が出そうだった。

「私もなつみみたいになりたかったな。」

圭織が最後の一粒を食べ終わり、ポツリとつぶやく。

「そうだよ、兵隊になんかならなかったら・・・」
「違うよ、考え方だよ、なつみ前に言ったよね、吉澤たちが生きてるって、私はそんなこと、
そんな奇跡みたいな事もう考えられないよ。」
「どうして、考えればいいんだよ。今、もし戦争が終わったら、明日圭織が飛んでいった所に
敵がいなかったら・・・」

叫びながら涙が止まらなかった。
23 名前:あの夏の約束 投稿日:2001年08月19日(日)09時31分58秒
「はい、これ」

帰り際、圭織は茶色の皮袋を手渡した。

「何これ?」
「目印だよ、それがあれば、なつみがどこへ行ってもきっと見つけるから。」



次の朝、奇跡は起こらなかった。
轟音を響かせて、圭織の乗った戦闘機は雲の狭間に消えていった。

そして、その夜、戦争は終わった。
24 名前:あの夏の約束 投稿日:2001年08月19日(日)09時33分32秒
(圭織、ゴメンね。私は圭織との最期の約束は守れなかったよ)


インターホンの音が聞こえる。

どれ位考え事をしていたのか、気がつくとテレビ局の人が来る時間になっていた。

「どうも、こんにちは、安倍なつみさんですね。」
「遠いところ、ようこそ。
お電話をいただいてからいろいろ考えたのですが、やはり・・・」

言いかけたなつみの目がスタッフの影から頭をのぞかせている長髪の少女に釘づけになる。

「あぁ、この子が言ってたパーソナリティです、どうしてもついて行くってきかなくて。」
「はじめまして、あの私、実は終戦の日に生まれて、だからどうしても今回の・・・
あっ、すいません、言い忘れました、私・・・」
25 名前:あの夏の約束 投稿日:2001年08月19日(日)09時37分40秒
・・・・・・
「ねぇ、圭織、目印って何さ?」
「もしね、なつみがこれから結婚して、子どもができたら圭織ってつけてあげて、そしたら私は
その子に生まれ変わって、なつみの側にいるから。」
「なんか、圭織らしくないね、生まれ変わりとか、でも信じてるんだそういう奇跡。」
「うん、他の事は全部諦めたんだ、これだけを信じるために。
だから、絶対会いに行くから忘れないで、圭織のこと。」




おわり。
26 名前:未来図 投稿日:2001年08月20日(月)16時53分56秒

未来図では、男女が自分の身体、自分の性そして相手の性を、どの程度まで気にしなくなるかが、きわめて重要になってくる。
マーガレット・ミード 1901 人類学者



それから約百年後の日本――
27 名前:未来図 投稿日:2001年08月20日(月)16時54分29秒

「‥‥行きたかったなぁ」
裕子は自宅のソファーに横になると、帰宅時にマンションのポストに入っていた葉書をじっと見た。
ハワイの消印が刻印されたその葉書には、見なれた笑顔が写っている。

「裕ちゃんお風呂空いたよ」
真里が上気した頬で、濡れた髪をタオルで拭きながら、居間に入ってきた。
裕子は真里の声にも反応せず、一心に葉書を見つめている。
「裕ちゃん?」
真里は訝しげな視線を裕子に向けた。
28 名前:未来図 投稿日:2001年08月20日(月)16時55分03秒

「あぁ、わかった」
裕子は慌てたように葉書から視線を真里に移した。
「何見てんの?」
真里は濡れた髪を無造作にタオルで巻くと、ソファーに寝そべった裕子の傍のわずかなスペースに腰を降ろした。
ソファーベット用の大きな作りになっているとはいえ、そのまま座るには少し狭い。
裕子はゆっくりと上体を起こし、真里のために席を空けてやると、先ほどまで見ていた葉書を手渡した。

「‥‥この前言ってた、高校の同級生?」
葉書を手に取ると、真里はしげしげと葉書裏にプリントされた写真を凝視した。
「‥‥綺麗やろ?」
「うん。夏の花嫁さんだね」
「出席したかったなぁ、思ってな」
29 名前:未来図 投稿日:2001年08月20日(月)16時56分00秒

裕子は寂しそうに微笑んだ。

ハワイの青空の下、白いドレスの彼女はさぞ美しかっただろう。
涼しげな木陰で、柔らかに微笑む彼女はさぞ幸せそうだっただろう。
側で‥‥祝福してやりたかった。

「‥‥スケジュール空かなかったんでしょう?‥仕方ないよ」
「‥せやな」

‥‥わかってるんや。忙しいのはありがたい事です。
贅沢なんか言っておれません。人気のあるうちが花ですから。

「さてと、風呂でも入りますか」
裕子は勢いよく立ちあがると、何か言いたげに自分を見つめる真里の頭を軽く撫でた。
裕子が、ちゃんと乾かすんやで、と言うと、真里は、わかってるよ、と口を尖らせた。
30 名前:未来図 投稿日:2001年08月20日(月)16時57分02秒

裕子が風呂から上がると、真里は濡れた髪もそのままでソファーに座り、厳しい顔で葉書を見つめている。
「何や、矢口。ちゃんと髪拭かんとアカンやろ。風邪ひくで」
裕子は苦笑しながら、真里の濡れた髪に触れた。
隣に座り、真里の頭に巻かれたタオルを解いて、ワシワシと髪の水分を拭きとってやる。

「‥‥裕ちゃん結婚したいの?」
真里は瞼を閉じて裕子の指の感触にうっとりと身を任せながら、ぼそっと言った。
ついつい口に出てしまったという感じだ。
案の定、真里はしまったというように、両手で口を押さえている。
「へ?」
裕子は一瞬動きを止めると、真里の顔をまじまじと見つめた。
31 名前:未来図 投稿日:2001年08月20日(月)16時57分32秒

「‥‥結婚したいのかって聞いてんの!」
真里は軽く裕子を睨みつけながら、言葉を紡いだ。
「‥何なんや」
「‥‥だって‥裕ちゃん‥‥すごく切なそうな顔して‥見てるんだもんっ」
真里は顔を真っ赤にして言い募った。

見てたって‥‥葉書のことか?
そうかぁ?
そんな顔してたかぁ?
裕子は自問自答しながら、隣に座っている真里の様子を伺った。
32 名前:未来図 投稿日:2001年08月20日(月)16時58分08秒

真里は頬を赤く染めながら、裕子を期待と不安の入り混じった表情で見つめている。
そんな真里を見ていると、裕子の心の中にムクムクといたずら心が湧き上がってきた。

「‥‥そんな訳ないやろ‥‥今んとこ、仕事が恋人やからな」
裕子は意識的に感情を入れず、わざと機械的に言った。

「‥‥‥」
真里はきゅうと唇を噛むと、両こぶしを握り締め、俯いて裕子に背中を向けた。

そんな真里の姿を見ると、裕子の心はジクジク痛んできた。

ありゃ!?
やりすぎたか?
いたずらがすぎたかもしれんな。
33 名前:未来図 投稿日:2001年08月20日(月)16時58分48秒

「‥‥嘘やで。‥‥矢口が恋人や」
裕子は俯いて肩を振るわせる真里を背中からそっと抱きしめた。

「‥‥裕ちゃんなんか‥嫌い」
真里は呟くように涙声で言った。

「‥‥ウチは好きやで‥矢口が大好きや」
真里を抱きしめる腕に力を加えながら、耳元で囁いた。
真里の身体が裕子の吐息に反応して震えた。
34 名前:未来図 投稿日:2001年08月20日(月)16時59分20秒

「裕ちゃんといると‥あたし変になるんだもん」
「‥‥‥」
「不安になって‥落ち着かないんだもん」
「‥矢口」
裕子は抱擁を解くと、真里の肩を掴んで正面を向かせ、視線を合わせた。

「何が不安なん?」
裕子の瞳は穏やかに真里を見つめている。
「‥‥‥女同士だし」
「そんなん、ウチは気にせんわ!」
裕子は微笑むと、真里の半乾きの髪を撫でた。
35 名前:未来図 投稿日:2001年08月20日(月)17時00分00秒

「‥‥子供できないし」
「現代医学が進んだ今日やで?その気になればいくらでも方法はあるわ」
裕子はゆっくりと真里の額に唇を落とした。

「‥結婚できないし」
「今年に入って、オランダでも同性同士の結婚が認められたんやで?日本だって近いうち、認められるようになるがな」
裕子が瞼に口づけると、真里はぶるっと体を震わせた。
そのまま、裕子の背中に腕を回し、ぎゅうと抱きついてくる。
裕子の顔が自然に、にやける。
36 名前:未来図 投稿日:2001年08月20日(月)17時00分50秒

「‥‥浮気性だし」
「何言ってるんや!裕ちゃんは矢口一筋です」
裕子が首を傾けて、真里の桜色に染まった耳たぶを軽く噛むと、真里は小刻みに甘い吐息を漏らした。

「‥っ‥それに‥‥いじわるばっか言ってるし」
「それは、矢口が可愛いからですぅ」
裕子は抱きしめていた腕を解いて、真里との間に少し空間を作ると、パジャマの上着に手をかけ、ゆっくりとボタンを外していった。
「‥それに‥‥」
ああ、もうええわ、という裕子の声と共に、真里の唇は塞がれた。
37 名前:未来図 投稿日:2001年08月20日(月)17時02分39秒

――― 

甘く、つらい時間が過ぎて、気だるい身体を投げ出して先ほどの余韻に浸っていると、真里の隣で裕子が呟いた。
真里が、何?、と聞き返す。

「矢口が何て言っても‥‥ウチは諦めんで」
裕子は真里の手を取ると、そのまま口づけた。
「‥‥何を?」
「‥‥ずっと一緒にいるんやから‥‥」
裕子は真里の肩にそっと唇を落とした。
「‥‥‥」
「決めてるんやから」
「‥‥‥」
真里は柔らかく笑うと、裕子の背中に腕を回し、ぎゅうと抱きしめた。
38 名前:未来図 投稿日:2001年08月20日(月)17時03分12秒
おしまい。
39 名前:夏の終わりに。 投稿日:2001年08月20日(月)23時30分43秒
ヒュー・・・・ズドーン・・・・
40 名前:夏の終わりに。 投稿日:2001年08月20日(月)23時39分09秒
臨時ニュースをお伝えします・・・。
今日未明、アメリカのヒューストンに国籍不明の戦闘機が墜落しました。
墜落した戦闘機には細菌兵器とみられるウイルスが搭載されていたことが判明し、あと二十四時間後に・・・

世界は終ります
41 名前:夏の終わりに。 投稿日:2001年08月20日(月)23時39分34秒
臨時ニュースをお伝えします・・・。
今日未明、アメリカのヒューストンに国籍不明の戦闘機が墜落しました。
墜落した戦闘機には細菌兵器とみられるウイルスが搭載されていたことが判明し、あと二十四時間後に

世界は終ります
42 名前:夏の終わりに。 投稿日:2001年08月20日(月)23時40分34秒
臨時ニュースをお伝えします・・・。
今日未明、アメリカのヒューストンに国籍不明の戦闘機が墜落しました。
墜落した戦闘機には細菌兵器とみられるウイルスが搭載されていたことが判明し、あと二十四時間後に

世界は終ります
43 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月20日(月)23時47分07秒
私がそれを聞いたのは学校でした。
急に先生が駆け込んで来て、
「もう世界は終わりだ・・・。」
っていったんです。
だれもが事情を飲み込めず、ただただ先生に問うばかりでした。

そして、先生に詳しく話しを聞かされると

みんなは狂いました。
44 名前:夏の終わりに。 投稿日:2001年08月20日(月)23時54分44秒
教室ではおなじクラスの飯田とかいう人が男子にレイプされていました。
私はクラスの人と話したこともなかったのであっさり教室を抜け出しました。
学校中すべてが狂っていました。
職員室を覗くとうちのクラスの担任の先生がだれか生徒を守っている様でした。
その生徒の衣服はぼろぼろで小さい身長には似合わない大きな白衣を着ていました。
でも、私には関係ありません。
そのまま靴をはいて外に出ました。
45 名前:夏の終わりに。 投稿日:2001年08月21日(火)00時01分25秒
学校近くの公園に入りました。
ベンチに腰掛けようと思いましたが先客がいた様です。
息はしてませんでしたが。
土には遺書がかかれていました。
『イチイとゴトウ
 願いがかなうなら  
 来世でまた会おう
 この姿この街で』
なぜだか少し涙がでました。
やっとああ、世界が終るんだなって実感が湧いて来ました。
一度恐怖が生まれてくるともう止められませんでした。
涙が溢れて私は走りました。
走って走って、気付いたらお家に帰っていました。
お家に入ると吐き気がしました。
46 名前:夏の終わりに。 投稿日:2001年08月21日(火)00時08分03秒
玄関に転がるお父さんの死体。
台所から聞こえるお母さんの喘ぎ声と知らない人の喘ぎ声。
すぐにお家を飛び出しました。
なぜか涙は止まりません。
気がつくと私はビルの屋上に来ていました。
友達とよく来ていた場所です。
たった一人の友達と。
いや、愛する人と。
寝転んで空を見上げました。
夏の日ざしはあつく、あざ笑っていました。
・・・・この空の下にあの人はいるんだ。
そう思うと体が動き始めました。
残りはあと14時間ぐらいしかないのに。
会いたい。その思いで。
47 名前:夏の終わりに。 投稿日:2001年08月21日(火)00時16分49秒
とりあえずは街まで。
やっぱり狂っていました。
人は殺しあい、お店は破壊され、死体の山が作り上げられて・・・・。

安倍さんに会いました。
学校のアイドルだった人で私の憧れでした。
いつもクールだった人でしたけど
「死にたくない、死にたくないーーー!」
って叫びながら泣いてすがる安倍さんを見ると本性を見たようで、得した気持ちになりました。

さっきの先生と生徒にも会いました。
手を繋いで仲良くキスしながら抱き合って
「後どれぐらい生きられるかなあ?」
「・・・・永遠にやで・・・。」
なんて会話をかわしていました。
風鈴の音がきれいでした。
48 名前:夏の終わりに。 投稿日:2001年08月21日(火)00時24分38秒
小さな二人組にも会いました。
二人してUFOキャッチャーにむかって
「これただやで!のんちゃん、あれとろー!」
「あいちゃんのはとってあげるー!」
とても楽しそうでした。
あの二人がだれよりも人間らしくいきてるなあと思いました。

保田さんにも会いました。
商店街のど真ん中で歌い続けていました。
だれかが幸せになりますように、世界が平和でありますようにと。
なぜか保田さんのまわりは静寂に包まれ全てがウソのように思えました。

その間も涙は止まりませんでした。
だってあの人がいないんだから。
名前しか知らない、あの人。
けれど愛しているあの人。
会いたくてまだ走り続けます。
49 名前:夏の終わりに。 投稿日:2001年08月21日(火)00時30分39秒
走り続けてもうくたびれました。
あと10時間ほどで世界が終るというのに。
私は何もしたいことをしていません。
一番にしたいことができないから。

急に男の人たちに手を掴まれました。
振り向いた時にはすでに押し倒されていました。
「いや!やめて!やめてください!」
だれも助けてくれるわけがないんですけど叫び続けます。
あの人が来てくれるから。
私が困った時には
「ぐあああああ!」
いつもあの人が。
50 名前:夏の終わりに。 投稿日:2001年08月21日(火)00時36分50秒
それから私達はいろんなところにいきました。
CDショップに行っていろんな音楽をきいたり。
ケーキ屋さんでケーキの投げあいをしたりして。

「あ〜!楽しかった!服ケーキだらけ。」
「ほんと。洗いたいなあ。」
「あ!じゃあ海いこ!」

私はあの人の自転車の後ろに乗って。
海までいきました。
本当にだれもいませんでした。
服を着たまま泳ぎ続けました。
気持ちよくてうれしくて涙が出ました。
塩水のせいであの人は気付きませんでしたけど。
海から上がると砂浜で抱き合いました。

あと2時間・・・・。
51 名前:夏の終わりに。 投稿日:2001年08月21日(火)00時48分07秒
私は聞きそびれていたことを聞きました。
「ねえ、恐くないの?」
「・・・こわいよ。でも今はこわくない。」
「どうして?」
「・・・・私、いろんなこと考えた。なんで人は生きてるんだろうって。」
「うん」
「みんな最初は裸で生まれてきたのに、いつのまにか他の人よりいい服着て少しでもイイもの食べていい家にすんでぜいたくして・・・そのためだけにみんながむしゃらにはたらいて。」
「うん」
「私もそうなると思ってた。けど・・・違った。そんなふうに思ってたから死がこわかったんだ。」
「・・・そうかもしれない」
「でしょ?だからやりたいことやろうと思ってここにきた。もうこわくないよ。よしこはあたまいいでしょ?」
「ふふ。あたまいいよ。」
「梨華ちゃんは・・・こわい?」
「こわくない。よっすぃ〜・・・ひとみちゃんがいるから。」
「はは、よかった。」

「ねえ、キスしよっか。」
「うん、いいよ。」
「・・・・好きだよ、梨華ちゃん。世界が終っても。」
「・・・・私もだよ。ひとみちゃん。」
夏が終る。そして・・・・
52 名前:夏の終わりに。 投稿日:2001年08月21日(火)00時49分15秒
チュ

その日、世界は終りました。
53 名前:夏の終わりに。 投稿日:2001年08月21日(火)00時49分56秒
終了。
54 名前:手水の縁 投稿日:2001年08月22日(水)15時01分52秒

うだるような暑さが続く中、新曲にドラマにと忙しいはずの後藤から連絡が入った。
来週、日帰りでどこかに行こうというお誘いだった。
奇跡のような1日――後藤は1日オフをもらう事に成功したらしい。

都心から電車で約1時間。
それからバスに乗り継いで、さらに1時間。
ビルのジャングルを潜り抜けると、そこには、夏の青々とした緑と綺麗な空気、虫と小鳥達の楽園が広がっている。

登山者達のために、滝登りコースやつりばしコースなど、色々なコースが作られているが、紗耶香と真希は比較的登りやすいハイキングコースを選んだ。山頂の涌き水まで約2時間、往復4時間のコースだ。

ガイドブックに紹介されてないせいか、はたまた平日のためか人影はほとんど見えない。
紗耶香が先に歩き、真希が後を追うという形で、二人はゆるやかな上り坂を歩き始めた。
55 名前:手水の縁 投稿日:2001年08月22日(水)15時02分58秒

「暑い〜。あーつーいー」
帽子を目深にかぶり、日差しを避けるため完全武装した真希が叫んだ。
長袖のシャツに長ズボン。首にはスカーフ。両手袋。

うーん完璧だな。
さすがアイドル。
今すれ違っても、きっと後藤真希だって、わかんないぞ。

「後藤、叫んだって涼しくならないぞ」
紗耶香は後ろでハァハァ言っている真希を振りかえって言った。
「市井ちゃんは‥そんな格好してるから」
真希は恨めしそうにTシャツ姿の紗耶香を見た。

「あたしはちゃんと日焼け止めを塗っているからいいの」
「それなら後藤にも貸してよっ」
「あ‥‥ゴメン。全部使っちまった」
「市井ちゃんのバカっ」
「何だよ。これ位、自分で準備しろよ」

真希は頬をふくらませると、日焼け止めを塗るより洋服を着た方が効果はあるんだという話しをはじめた。
多分、誰かに言われたんだろな。
紗耶香は自分のすぐ後ろから聞えてくる、真希の言葉にうんうんと頷いた。
56 名前:手水の縁 投稿日:2001年08月22日(水)15時03分42秒

「疲れたー。何で市井ちゃんは平気な顔しているのさっ」
「‥‥右足と左足を交互に出しているだけだよ」
「うっわー。夢のない言い方」
「‥‥どう言えばいいんだよ」

「山が俺を呼んでいる‥‥とか」
真希はじっと自分の前を歩いている紗耶香の背中を見つめた。
「バーカ」
振りかえりもせず、紗耶香がそう言うと、真希がプーっと頬を膨らませた。

「喉乾いた。水飲みたい」
1時間半は歩いただろうか。真希は道に座りこむと、リュックの中から、カラのペットボトルを取り出した。
水を飲ませろというパフォーマンスなんだろう。

紗耶香自身、準備していた携帯用のペットボトルの水は飲み尽くしてしまった。
頂上まで後しばらく我慢しなければならない。
57 名前:手水の縁 投稿日:2001年08月22日(水)15時04分44秒

「‥‥もうちょっと歩けば、涌き水の出る所に着くから。そこまで歩けるよな」
地図を見ながら紗耶香は困ったように、座りこんでいる真希を見つめた。
「うん」
真希が渋々という感じで立ちあがった。

「‥‥ねえ、市井ちゃんゲームしようよ」
「ヤダよ」
「だってさ、足を交互に出してるだけじゃつまんないもん。罰ゲームは‥‥負けた人は勝った人の言う事を何でもきくこと!」
「はぁ?」

それが座りこんでべそかいてたやつの言うことか?
ないてたカラスが笑いやがったな。

「いいじゃん。面白そうでしょう?」
「‥‥別にいいけどさ。何やるの?」
「んー‥‥じゃあね‥‥古今東西‥‥」
真希はにんまり笑うと、題目を口にした。
58 名前:手水の縁 投稿日:2001年08月22日(水)15時05分15秒

――― 

「市井ちゃん‥‥何でも言う事きいてくれるんだよね?」
真希が勝ち誇ったように言った。

くっ‥‥屈辱。
後藤に負けるなんて。
ラブホテルの名前なんて‥‥そんなのわかるわけないじゃん。
行ったこともないんだから。
それより、『愛のハーモニー』なんてダサい名前、何で後藤は知っているんだ?
負けたことより、そっちに方がショックなんですけど。
59 名前:手水の縁 投稿日:2001年08月22日(水)15時05分54秒

「‥‥市井ちゃん、何、ぶーたれてるの?」
ゲームに負けてから、無言で前を歩く紗耶香に、真希は不思議そうに訊ねた。
「あんなのインチキだよ。市井が答えられないのわかってて、わざとやったんだろ?」
「市井ちゃん‥真面目だもんなぁ」
「何だと」
「適当に言えばいいんだよ」
「は?」
「後藤も適当に言ったんだもん」
「‥‥‥」
「市井ちゃん?」
「‥‥『愛のハーモニー』ってのは?」
「んー‥‥お台場でみんなと入った喫茶店の名前。ゆーちゃんが『何や、ラブホテルみたいな名前やなー』って言って、やぐっちゃんが怒ったから、覚えてたんだ」

なんだ、よかった‥‥。
って、そんじゃ、やっぱり、インチキじゃんか。

「でも、電話帳で調べたら、多分あると思うけど?」
それからでも、いいんだよ?
何か言いたげに後ろを振り向いた紗耶香に、真希は勝ち誇ったように言った。
60 名前:手水の縁 投稿日:2001年08月22日(水)15時06分29秒

「何にしようかな〜」
真希はニコニコ笑った。
「早く言えよっ」
「んー‥‥今はいいや。考えとく」
真希は楽しそうに鼻歌を歌い出した。

‥‥ものすごく、嫌な予感がするんですけど。
帰りは負ぶって帰れとか。
山頂でゲリラライブしろとか。
言い出さないだろうなぁ‥‥。
61 名前:手水の縁 投稿日:2001年08月22日(水)15時06分59秒

やっとの思いで紗耶香と真希が山頂にたどり着くと、涌き水は大きな岩と岩の間からこんこんと湧き出ており、その下には二畳ぶんほどの貯水池が作ってあった。

「後藤着いたぞ!」
紗耶香は貯水池に走り寄ると、水をすくって真希にかけた。
「冷たい」
真希が悲鳴をあげて逃げる。

「罰ゲーム思いついちゃった」
水で濡れた上着を恨めしそうに見ながら、真希が言った。
「‥‥ん?」
「飲ませてよ」
真希が涌き水を指差して言った。
62 名前:手水の縁 投稿日:2001年08月22日(水)15時07分29秒

紗耶香は側に置いてあったヒシャクを手に取ると、水を汲んで真希に差し出した。
「‥‥違う。ヒシャクじゃなくて‥‥市井ちゃんの手で飲ませてよ」
真希は静かに首を振り、紗耶香を見つめた。

いきなり何を言い出すんだ、この女は。
ヒシャクがあるのに、わざわざ何故そんな事しなきゃならないんだ?

「市井ちゃん‥約束破るんだ」
固まってしまった紗耶香に、真希は恨めしそうな視線を向けた。
そんな人とは思わなかったよ。
そう言うと、真希がわざとらしく、よよよ、と泣き崩れた。

「わかったよ。やりゃーいーんだろっ」
紗耶香はやけくそになって叫ぶと、岩の間から涌き出る水を両手を合わせて溜めた。
63 名前:手水の縁 投稿日:2001年08月22日(水)15時08分04秒

紗耶香が両手を真希の前に突き出すと、真希は軽く頷いた。
ゆっくりと真希の顔が近づいてくるにつれて、紗耶香の心臓は早鐘を打つ。

早くしろよ。
手の合わせ目から、どんどん水が漏れるじゃんか。

「‥‥‥」
紗耶香の手のひらに後藤の頬が触れた。
心臓が早鐘を打つ。
一体どうしたっていうんだ?
何でこんなにドキドキするんだよ。

後藤の喉から、コクコクと水を飲み下す音がやけに大きく聞える。
後藤の吐息が紗耶香の手のひらに当たる。
紗耶香は思わず唾をごくりと飲みこんだ。

「おかわり」
紗耶香の手のひらの水を飲み干すと、真希はにんまりと笑った。
「‥‥‥」
紗耶香は再び両手で水を汲んで、真希の前に差し出した。
64 名前:手水の縁 投稿日:2001年08月22日(水)15時08分38秒

涌き水を飲んだ真希は、満足したのか、岩に腰掛けてぼーっと山の緑を見つめている。
紗耶香はカラのペットボトルに涌き水を入れると、きゅっと蓋を閉めた。
その後、両手で涌き水を溜めて、一口飲んだ。

さっき‥‥最後の方‥‥後藤の唇が手のひらに触れた。
涌き水と一緒に、軽く手のひらも吸われたような感じがした。

‥‥これって、間接キスってことになるのかな?
我ながらアホだと思うけど‥‥。

紗耶香は水を飲み干すのと同時に、先ほど後藤の唇が触れた自分の手のひらを、唇でなぞった。
65 名前:手水の縁 投稿日:2001年08月22日(水)15時09分13秒

帰り道、紗耶香と真希は自然に手を繋いだ。
横に並んでいるため、登りでは見れなかったお互いの顔を見ることができる。

「市井ちゃん」
「ん?」
「ドキドキした?」
「‥‥‥」
「ねぇ、ねぇ、ドキドキした?」
「‥‥後藤こそ、どうなのさ。あたしの手はおいしかったろ?」
「‥‥‥すごくドキドキした」
真希は顔を赤くして、消え入りそうなほど小さな声で言うと、その後首を傾げて、市井ちゃんは?、と訊ねた。

「ほんのちょびっと、ドキドキしたかな」
紗耶香は照れたように笑った。
「そっかー。よかった」
真希はつないだ手にぎゅうと力を込め、嬉しそうに笑った。
66 名前:手水の縁 投稿日:2001年08月22日(水)15時09分47秒
おしまい。
67 名前:未来予想図U 投稿日:2001年08月23日(木)06時29分28秒

こんな暑い夏には車よりバイクのほうがいい。


「じゃ〜ね〜。」

市井はそう言うと愛車のべスパにまたがって走り出す。
しかし10〜20メートル進んだかと思うと、曲がり角でもないのに止まってしまった。
そしてブレーキランプを何度も点滅させては後藤の方をちらちら見ている。
(市井ちゃんどうしたんだろう・・・・?)
後藤はこっちを見ている市井の顔を不思議そうな顔をして見ていると、市井のべスパは方向転換してこっちに向かってきた。
68 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月23日(木)06時31分04秒
(あれっ、何でもっどて来るの?忘れ物かな?)
その様子をぼ〜っと見ていた後藤の前に市井は勢いよくべスパを止めた。

「もう〜、後藤なんか反応ちょうだいよ。」
「へっ、何が?」

後藤は何のことだかわからない。
市井はやれやれというような表情をすると、少し顔を赤らめて小声でつぶやいた。

「ブレーキランプ五回点滅させただろ。」
「なんのこと?」
「あ〜もう、だから五回点滅させたら『あいしてる』のサインだろっ!」
「?????」
「もういい!」
69 名前:未来予想図U 投稿日:2001年08月23日(木)06時31分54秒
そう言うと市井はエンジンをかけ、勢いよく走り出した。
(後藤、私の気持ちぜんぜん解かってない)
バイクを走らせながら、市井は子供地味たことをしたと少し後悔した。
交差点にさしかかった市井は、バイクを止め赤の信号をじっと見つめていた。

70 名前:未来予想図U 投稿日:2001年08月23日(木)06時32分27秒
「・・・ちいちゃ〜ん・・・」

(・・・後藤!?)
市井が後ろを振り向くと、後藤が必死な顔をして走ってくるのが見える。

「後藤〜、待ってろ!」

信号が青になるのを見て、市井はUターンをして来た道を引き返した。

「・・いちいちゃ〜ん・・・してる、後藤も・・・・てるよ〜。」

それでも後藤は走りながら何か大声で叫んでいる。
市井が後藤の横にバイクを止めたときには、後藤は足をを止めて息切れをしていた。
71 名前:未来予想図U 投稿日:2001年08月23日(木)06時33分12秒
「後藤どうしたの・・・?」
「ハア、ハア、市井ちゃん・・後藤も愛してる。」
「へっ?!」
「後藤バカだから口に出さなきゃ解からないよ、だから後藤はちゃんと言うよ・・・・・・・
市井ちゃん・・・大好き・・愛してます・・・。」

後藤の額にはうっすら汗をかいている。
その汗が頬をゆっくり流れていく。
不覚にも一瞬ボーっと見とれてしまった。
72 名前:未来予想図U 投稿日:2001年08月23日(木)06時33分57秒
「市井ちゃん、聞いてるの?」

後藤の真剣な眼差しが市井を捕らえる。

「後藤、後ろに乗って。」

後藤は何も言わずにうなずく。
市井はメットをかぶせると、べスパのエンジンをかけた。
後藤は後ろに乗ると。市井の腰に腕を回してぎゅっと抱きしめた。

73 名前:未来予想図U 投稿日:2001年08月23日(木)06時34分32秒
「市井ちゃん、暑くない?」
「暑苦しいよ。」
「え〜、ひど~い。」

市井は後藤の言葉を遮るようにべスパを走らせた。
二人の影は重なり合いながら街中を駆け抜けていく。
いつも見ている風景が何故か違って見えた。
74 名前:未来予想図U 投稿日:2001年08月23日(木)06時35分11秒
「ねえ後藤、ローマの休日って知ってる。」
「しらな〜い。」
「やっぱり・・・。」


こんな暑い夏は車よりバイクのほうがいい。

二人の距離が何よりも近づけるから・・・。
75 名前:未来予想図U 投稿日:2001年08月23日(木)06時35分53秒
終わり
76 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時24分10秒
1、あたまテカテカ さえてピカピカ それがどうした 
    ぼく、 ヨッスィえもん

    (中略)

3、すがたプクプク おなかマルマル それがどうした 
    ぼく、 ヨッスィえもん

    (中略)

ヨッスィえもん ヨッスィえもん ホンワカパッパ ホンワカパッパ 
    ヨッスィえもん〜
77 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時25分09秒
ここは、ある中流家庭。

退職金をあてにした四十年ローンなんてむちゃをして買った家はあちらこ
ちらにガタがきています。

日本でよく見られる、ごく普通のこの家庭にはとても人には言えない。でも、
ご近所の人全員が知っている秘密があったのです。

《それなら秘密とは言わないだろう!》

つっこんでも無駄です。オイラは台本を読んでるだけですから。
78 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時27分01秒
おや?二階の子供部屋に主が帰ってきたようですね。

「ヨッスィえも〜ん、おやつもってきたよ〜」
すると、机の引き出しが開き、中から美形のロボットが現れました。

「ロボットじゃなくてアンドロイドです。矢口さん」
あんたも、勝手にナレーターにツッコむんじゃない。

コホン。は〜い続けます。おや?頭になにか刺さってます。どうやらコンパ
スみたいですね。

「梨華ちゃん。ちょっとは、かたづけてよ!でてくる度に、なにかが刺さる
のってちょっと許せない感じ〜」

「エヘヘ〜。ごめんね〜。ゆで卵とベーグル持ってきたから、食べて」

ほっほ〜どうやらこいつロボ…いやアンドロイドのくせに食事するみたいで
すよ。
79 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時29分48秒
   ぱくっ

「梨華ちゃんこれ、ベーグルじゃなくてドーナッツなんだけど……」
「えーどっちでも同じじゃないの?丸くて穴があいてる食べ物……ねっ」

おお〜すごい論理展開です。それなら、イカリングもベーグルかよ!

「カロリーが全然違うんだよ〜。あたしプレスリーみたいに太りすぎで死に
たくない」
「大丈夫、ヨッスィえもんは、ちょっとぐらい太くてもかっこいーよ」

今度は論理のすり替えです。なにげに太らせ、並んだときに自分を細く見せ
ようとする下心が見え見えですね。まさにイヤ〜ンな感じです。

   ギクッ

「ギクッって梨華ちゃん、まさか……」
「矢口さん早く話を進めてくださ〜い」

はいは〜い。じゃあ、あんた遊びに行って。

「ハーイ、行ってきまーす…マイダーリン…きゃ」

……ヨッスィまたあとでな。

「いってらっしゃーい」
80 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時31分20秒
ここは、空き地、バブルがはじけたあと地価の暴落により売り時期を完全に
のがした土地です。

なぜか、今では見なくなって久しい土管が積んであります。
ちゃんと時代考証をしているんでしょうか?いい加減な作家ですね。

《おい!そんなこと台本に書いてないだろう!》

アドリブですよ、アドリブ。応用のきかない人だなあ〜

おや?先ほど遊びにでていった梨華ちゃんが、小さい二人組に言いがかりを
つけられています。

「ゴラァ、なんやねん。その真っ黒の顔は〜」
「きっと、腹の中も真っ黒なのれす」

「え〜違います〜」

……

「矢口さん何とか言ってください」
……
「ね、夏の肌はこんがり小麦色ですよね〜」
……
「そういえば夏目雅子さんてカネボウ化粧品「クッキーフェース」のポスタ
ーで真っ黒に日焼けしていたんですよ〜」
……
「夏目雅子さんて、あの田川清美さんに写真集を撮ってもらってたんですよ
〜知ってました?」
……
「田川さんてやっぱり女性を見る目がありますよね〜」
……
「自慢じゃないんですけど〜あたしの写真集もあの……」
81 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時32分27秒
  プチッ

つじ、かご。やぁ〜っておしまい!

 「「イッ〜」れす」

   ドテッ、ガスッ、ボコッ、ブン、シャン、「ほいっ」、ゴチン……

「あ〜ん、痛い〜、つじちゃ〜ん、あいぼ〜ん、やめて〜」

   ポキッ

「わる〜思わんとってや〜リーダー命令やさけ」

   ゴチッ

「つじは〜梨華ちゃんが憎くてやっているわけではないのれす」

   ポカッポカッ

かわいそうにちびっ子ギャングにいじめられてしまいました。オホホ。
82 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時33分52秒
そこへやってきたのは下心ありありの漁師さん

「こらこら子供たち、どじでのろまな亀をいじめてはあかんやろ」

「だってこいつ生意気なんや」
「そうなのれす」

漁師さん、どじでのろまな亀の側で腰をかがめて囁きます。

「なあ助けたら竜宮城へ連れて行ってくれるんやろな」
意識モウロウな梨華ちゃんは相手が中澤さんとはわからずに

「助けてください。おばさん……」

   プチッ

今度は三人がかりになってしまいました。

「ねえ、そこまですることはないんじゃ……」
「あっ、ガメラ……」

四人がかりに

「ちょっと、もういいんじゃ……」
「あっ、お魚……」

五人……

「あっ、ロボ(略」

「あっ、ぶ(略」

梨華ちゃんが口を開くたびに、お友達が増えていきます。

ドテッ、ガスッ、ボコッ、ドテッ、ガスッ、ボコッ、ドテッ、ガスッ、
  ガスッ、ボコッ、「キショ」、ドテッ、ガスッ、ボコッ、ドテッ、
ボコッ、ドテッ、ガスッ、「キショ」、ドテッ、ガスッ、「キショ」

  「キショ」ガスッ「キショ」ドテッ「キショ」ボコッ「キショ」


《おーい、ナレーターはどこ行った?》
83 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時34分35秒

◇◆◇◆◇◆◇◆しばらくこのままでお待ちください◇◆◇◆◇◆◇◆
84 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時36分07秒
失礼いたしました。ちょっと野暮用で……

ところ変わって、ここは梨華ちゃんの部屋。
おや〜あんなことを言っておきながらヨッスィえもんは全部食べてしまい
したね。

「エヘヘ、だって食べ物は無駄にしてはいけないですよ」
立派なことを言っていますが、まさに梨華ちゃんの思うつぼですね。

    バタン

噂をすれば梨華ちゃんが帰ってきたようです。
あらあら、きれいなオベベがぼろぼろですね。

「あ〜ん、ヨッスィえも〜ん。みんながいじめるよ〜」
「どうしたの、なんでいじめられたの?」
「色が黒いからだって〜ひどいでしょ〜」

は〜、なんにもわかっていませんね。これではまたいじめられてしまいます
よ。

善良なヨッスィえもんは何も疑わず梨華ちゃんの言葉のみで対策を考えます。

「だいじょうぶ。ノープロミス!」
……違うぞ。

「ジョーク、ジョーク。ノープレジデント!」
……違うって。

「へへへ。ノープレミアム。」
……

「ノープレッシャー?」
……

「……」
……
85 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時37分20秒
おいオマエ本当に未来からきた超精密アンドロイドか?
「疑うんですか〜。はいカタログ」

パサッ

なになに、……人工知能レベル100ガッツ?
おい、100ガッツってどれくらいだ?

「ガッツ石松100人分ですよ〜」

……ちょっと聞いていいか?

「なんすか〜?」

この数字は多い方が良いのか?それとも少ない方が良いのか?

「……知りたい…ですか?……」

口端だけの笑み……聞かれることを期待し、極限まで開いている瞳孔。
(危険だな。このまえ某番組で『幻の右』を伝授されたって聞いたし)

いや、すまん忘れてくれ……



    さあ話を進めるぞ。
86 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時39分23秒
「梨華ちゃん突然だけどあたし未来に帰らなければいけなくなったんだ」

      ジャジャジャ〜ン

☆☆☆☆最終回「さらばヨッスィえもん」☆☆☆☆

「えっ、本当に?」
「ごめんね梨華ちゃん」
「ヨッスィえもん〜」

おおっ抱きついて泣いております。感動的な場面です。
あれっ梨華ちゃん?顔はゆがんでいますが涙が出ていませんね〜おねえさん
ガッカリです。

「でも最後のお願いは聞いてくれるんでしょう?」
「うん、餞別だね」

本性がでてますね。もうどうしようもないです……
おいヨッスィ日本語まちがってるぞ。餞別は旅立つ人がもらうものだ。

「……」
「……」

何とか言えコラッ!

    「び〜は〜く〜け〜しょ〜う〜ば〜こ〜(美白化粧箱)」

おっ強引だな〜

           ウゲ〜〜〜〜〜ゲプッ


    (いつもながらエグイ映像だ)
ヨッスィえもんは、頬袋から小型の化粧箱を取り出した。


「ありがとう。ヨッスィえもん〜」

「じゃ〜急ぐから、さよ〜なら〜梨華ちゃ〜ん」

「さようなら〜ヨッスィ〜えも〜ん。あたし絶対忘れな。きっとまた会え
るわ〜」


      じゃんじゃ〜〜ん


           終わりでなく……
87 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時40分27秒
         エピローグ

「さ〜て、さっそく美白になっちゃおうかな〜」

    カパッ

すると、白い煙がモクモク……
            モクモク……
 モクモク……



梨華ちゃんは真っ「白」な「美」しい髪のおばあちゃんになれました。

      めでたしめでたし。


      でもまだ終わりではないのです……
88 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時41分51秒
     待合室にて

真っ暗な空間に私たちはいた。
二人は、暖かいピンク色の灯りを身にまとい寄り添っている。
私は、彼女の肩に頭をあずけながら聞いてみる。

「ねえ、ヨッスィ〜」
「なに?梨華ちゃん」
彼女の言葉とともにその振動が頭に心地よく響く

「今回の話、実際のあたしに重なる気がしていやだな……」

「ふっ……」

「何で笑うの?あたし真剣なのに」
私は、ムッとして彼女をにらむ
そんな私の反応にはお構いなく彼女は話し始めた。

「梨華ちゃんはね、みんなからいじめられるから石川梨華なんだよ」

「?」

「梨華ちゃんのアイデンティティーはみんなからいじめられることによって
成立しているの」

「??」
89 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時43分26秒
きっと私の頭の上にはおっきなハテナマークが立っていたんだろう。
ちょっとの間考えた彼女はこう続けた

「つまり、いじめられなくなったら、石川梨華じゃなくなるってこと」

「それって、なんかイヤだな……」
私が、私でいるためには、いつまででもいじめられていなくっちゃいけない
なんて……

あまりにもはっきりと断定されたのでくやしくて逆に聞いてみた。

「じゃヨッスィのは?」
「あたし?」
「うん、ヨッスィのアイデンティティーは?」

彼女は、それを聞かれることを予想していたのか、動揺の色も見せず私の目
をジッと見つめて答えてくれた。

「あたしのはね。みんなからいじめられる梨華ちゃんの唯一の味方ってこ
と」

「ねえ、それって」
「そう」


「「『いしよし』」」


自分で言っておきながら照れて下を向いてしまった私に彼女は追い打ちをか
ける。

「梨華ちゃんがいてはじめてあたし吉澤ひとみが存在するっていうこと」

「……ヨッスィには申し訳ないけどわたしうれしい」
そう言って彼女の胸に飛び込む。


「梨華……」

「ひとみちゃん……」
90 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時44分15秒
《よしごまよしごま…ボソッ》


   「えっ」
91 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時46分07秒
いろいろな色の光を放つ言葉が彼女の周りを漂う。

《よしごま…ボソッ》《やぐよし…ボソッ》《かおよし…ボソッ》

   《なかよし…ボソッ》《いちよし…ボソッ》《よしやす…ボソッ》

《よしかご…ボソッ》《よしのの…ボソッ》《よしなち…ボソッ》

言葉が彼女の灯りに触れるたびに彼女自身の灯りの色が変わってゆく

「あ〜〜〜」
「どうしたのヨッスィ、突然大きな声出して……」
「あっ、そうか〜、いや〜気がつかなかった」
「ねえ……」
「それじゃ、梨華ちゃん、お疲れ〜」
「えっ」

「そうか、そうか、うんうん」

彼女は言葉を体にまとわりつかせ七色に輝いていた。
ものすごくきれいだった。声もかけられないほどに……

そして唐突にフッと消えた。
92 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時47分46秒
暗闇の中、ピンクの灯りがぼんやりと微かに揺れている。

さびしくて……
心細くて……
我慢しようとしても涙が溢れてきた。

膝を抱え、額をつけ……
私はそのまましばらく魂を抜かれていた。
93 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時48分58秒
どれくらいそうしていただろう。
ふと足元がわずかに明るいことに気づいた。
顔を上げると、

「あっ、柴っちゃん」
あゆみちゃんは、あたしと同じピンク色の灯りを身につけて目の前に立って
いた。

「どうして泣いてるの?」

「うん、ちょっと……聞いてくれる?」

私は今までのことをすべて話した。話しているうちにまた涙が出てきた。
あゆみちゃんは、一回ため息をつき、にっこり微笑んで言ってくれた。

「しかたないな『柴石』やってもいいよ」

「ほんとう?」

「あたしに出来る事って、それくらいしかないし……」

「うれしい。やっぱりあたしたち親友ね」

あゆみちゃんに抱きつくと、ふたりのピンクの灯りは輝きを増した。
94 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時49分49秒
「ねえ、梨華ちゃん」

「な〜に」

「そのかわり後で吉澤さんの携帯番号教えてね」

「……」
95 名前:ヨッスィえもん 投稿日:2001年08月24日(金)00時50分30秒
サブタイトル「石川さん。かわいそう物語」


      本当に終わり
96 名前:緊張の夏 投稿日:2001年08月25日(土)15時56分49秒

『緊張の夏』


いつからだろう・・・私が同性しか愛せなくなったのは・・・。
いつからだろう・・・あなたの口元のほくろが妙にセクシーに感じ出したのは・・・。

ほかのメンバーたちはダメ、だって男の影がちらつくんだもん。
あなただけ・・・男のにおいがしないのは。
私って嫉妬深いのかな?



97 名前:緊張の夏 投稿日:2001年08月25日(土)15時58分06秒
今日は実家に遊びに来ちゃった。
あなたは私が遊びに行くと、いつも嫌そうな顔をするのね・・・。
でもいいの、今日こそ私の思いに気づいてほしい。

部屋に通された私は、何か恥ずかしくて部屋の隅にじっとしてた。
そういえば、部屋に入れてくれたの初めてだっけ。
いい部屋だな〜、窓には風鈴が下がってるし、なんか昔の日本家屋って感じね。
ふっと外に目をやると、窓際にあるお香から白い煙がゆっくりと上がっている。
私・・・このお香あんまり好きじゃない。
窓は開けっ放しでいいの?泥棒が入っちゃうよ。
あんまり人の部屋をきょろきょろ見るのは失礼か・・・。
でもじっとしてると緊張しちゃうよ〜。
98 名前:緊張の夏 投稿日:2001年08月25日(土)15時58分53秒
あなたは私のことなんか無視して、音楽に聞き入っている。
歌を口ずさむあなたの唇に引き寄せられるように、私はそっと近づいていった。

「チュッ・・・。」

私はお気に入りの口元のほくろに、やさしくキスをした。

「パチンッ。」

99 名前:緊張の夏 投稿日:2001年08月25日(土)15時59分37秒
部屋を飛び出すあなた・・・。
それを見つめる私・・・。
またか・・・嫌いなら嫌いってハッキリ言ってくれたらいいのに。
何も言わずにいきなりぶつなんて。
部屋にまで入れたくせに・・・。
でも・・・私の思い伝わったかな?
私はそのまま黙って家を後にした。
100 名前:緊張の夏 投稿日:2001年08月25日(土)16時00分16秒
「お母さ〜ん、また蚊にほくろ刺された〜。」
「窓開けっ放しにしてるからよ!」

金鳥の夏・・・日本の夏・・・

誰もいなくなった部屋には、白いお香の煙だけが漂っていた。
101 名前:緊張の夏 投稿日:2001年08月25日(土)16時01分07秒




終わり
102 名前:名無しさん 投稿日:2001年08月25日(土)16時05分13秒







次の方どうぞ・・・
103 名前:過ぎ行く夏 投稿日:2001年08月25日(土)17時45分27秒
もう、夏はだいぶ終盤に近づいていた。
それでも、外に出るとやっぱり暑い。
私はふと空を見上げた。
そこには眩しすぎるくらいの太陽が、私を焦がすように照らしていた。
白く輝いている太陽・・・・・・。
空には少しだけ雲が浮いていた。
遠くの方から、微かに吹奏楽部の心地いい音色や、校庭からは野球部がボール
をバットで打ったときの金属音や、男の子達の野太い声が響いていた。
蝉の鳴き声は、少しだけうるさかった。
私は夏休みだというのに学校に来ていた。
別に部活できたわけじゃない、補習のためだ。
私はそんなに頭のいい方ではないから。
けれど、勉強なんてどうでもよかった。
それ以外のことにしても、私は何1つ興味が沸くことがなかった。
私の心は空に浮いている雲のように、フワフワと掴みどころがないのだ。
だから平気で流されて、何も考えずに浮かんでいるのだと思う。
生きる理由も、死ぬ理由も・・・・・・・私にはない。
104 名前:過ぎ行く夏 投稿日:2001年08月25日(土)17時54分09秒
私はやっと長くてつまらない補習が終わり、誰もいない廊下を帰宅のために
歩いていた。
廊下は静まり返っていて、人の気配はなかった。
どこかの窓が開いているのか、スーっと微風が私の頬を撫でていく。
ふと私は、ドアの開いているクラスに目をやった。
それは本当に気まぐれのことで、別に意味なんてなかった。
けど私の目に映ったのは、今にも自殺しそうな少女だった。
私は立ち止まることなく通り過ぎた。
・・・・・興味がなかったから。
私の目の前に階段が現れた。
ここは3階だから、屋上は上の階段を上れば行ける。
だけど私は下に降りて家に帰る。
そう思っていたのに、私の足はなぜか屋上に向かっていた。
帰りたいのに、私は屋上を目指してる。
あの自殺しそうな少女を目指している。
興味がなかったのに、心は惹かれている。
だから、足が私を屋上へと導く。
105 名前:過ぎ行く夏 投稿日:2001年08月25日(土)18時08分32秒
私は階段を上りながら、なぜ屋上のドアが開いてるんだろう?
という疑問が頭に浮かんだ。
普段は屋上へと通じるドアは封鎖されている。
つまり、あの屋上に人がいること事態が変なのだ。
けれど現実として少女は屋上にいた。
見間違いだったんだろうか?
それに、どうして騒ぎにならないんだろう?
夏休みでいくら人が少ないといっても、校庭じゃ野球部とか練習してるんだし、
誰か1人くらい気づいたっておかしくない。
なんだか妙な感じがする・・・・・。
けれど、私は屋上へと通じるドアの前まで来た。
そこはすごく汚くて、ジュースの空き缶やお菓子の袋、タバコの吸い殻などが
辺りには散乱していた。
私は軽く溜め息をついてから、ドアノブに手をかけた。
ドアノブを回すと鈍い音がして、押すと耳に痛い摩擦音を響かせた。
このドアはとても重く、錆ついているので開くのに力がいる。
私は全身でドアを押し開けた。
ドアがやっと開くと、私は少し荒い息を吐いて外に出た。
眩しい光に目を細めて辺りを見回すと、少し遠くにあの少女がいた。
106 名前:過ぎ行く夏 投稿日:2001年08月25日(土)18時20分20秒
私はゆっくりと少女に近づいた。
鼓動がどんどんと高鳴っていくのを感じた。
久しぶりの感覚だった。
こんなにもドキドキしているのは、幼い頃のとき以来な気がする。
生きてる実感が・・・・・・・少しだけした。
少女は黒い髪を肩まで伸ばし、体の弱そうな細身の身体に、見慣れない制服と
少し裾の長いスカートをはいている。
学校見学の中学生かと思ったけど、それにしては大人ぽっい。
それに屋上で立っているのも不自然すぎる。
私はだいぶ少女との距離は縮めた。
少女はやっぱり屋上の淵に立っている。
風でも吹いたら、そのまま落ちてしまうそうだった。
私は思いっきり手を伸ばせば届く、そんなところまで近づいた。
さて、問題はこれからだ・・・・・・。
どうやって声をかけよう?
私が大して良くない頭をフル回転して考えていると、いきなり少女がこっちに
振り向いた。
私はビクッと身体を硬直させた。
けれどその少女の顔は綺麗で、思わず見惚れてしまう程だった。
107 名前:過ぎ行く夏 投稿日:2001年08月25日(土)18時28分55秒
「こんにちわ。」
少女は平然とした顔で挨拶した。
その声は少し甲高くて、甘い感じがした。
「えっ?あ、あぁ、こんにちわ・・・・。」
私は混乱しながらも、なんとか言葉を返した。
少女はニコニコと笑って私を見ている。
私はどうしていいか分からず、少女から目線を逸らして俯いていた。
残念ながら、私はあまり人付き合いがいい方ではないので、会話をうまく進める
ということができないのだ。
「名前は、何て言うの?」
少女は優しく微笑んで、まるで諭すように言った。
「・・・・後藤真希です。」
私は少し間をあけてから答えた。
なんだかそういうのが見透かされた気がした。
「私は石川梨華。よろしくね、真希ちゃん。」
私はその声に少しだけ顔を上げると、少女はニッコリ笑っていた。
初対面だというのに、少女は前から友達だったかのように接してくる。
真希ちゃんって呼ぶし・・・・・。
そんな少女に、少しだけ馴れ馴れしさを感じていた。
それから2人の間に沈黙が訪れた。
108 名前:過ぎ行く夏 投稿日:2001年08月25日(土)18時40分29秒
「真希ちゃんは、私がなんで屋上にいるか聞かないの?」
少女は少し寂しげに微笑して言った。
「・・・・・そういうのって、聞いちゃいけないんじゃないの?」
私はぶっきらぼうに答えた。
それからまた、沈黙が訪れた。
「・・・・自殺するのかと思った。」
今度は私から言葉を発した。
「ふっふふ、確かにそう見えるね。まぁ・・・・・実際そうなんだけど。」
少女はクスクス笑ってから、両手を横に大きく広げた。
その姿は天使のように見えた・・・・・。
でも、私は少女の言葉に驚いたりしなかった。
『ふ〜ん、そうなんだ』というのが私の感想。
だけど、急に自殺する理由が知りたくなった。
けどそれは別に意味なんかなくて、きっとただの気まぐれ。
「どうして・・・・って、やっぱ言わなくていいや。」
私は聞こうとしてやめた。
やっぱり聞いちゃいけないことだと思ったから。
「・・・・イジメにあったの。毎日毎日、殴られたり蹴られたりして、悪口や
イタズラなんて平然と行われてた。そうしたら、もう死んでもいいかなって
思ったの。私にはきっと、生きる価値がないと思うから。」
少女は淡々とした口調で、悲しそうな顔1つせずに言った。
少し笑っているようにさえ見えた。
109 名前:過ぎ行く夏 投稿日:2001年08月25日(土)18時53分10秒
私には何もできない。
少女の決断を見届けることしかできない。
私が陳腐な言葉をかけたところで、少女の何を変えられる?
イジメを止められもしないし、そんなのはただのお節介だ。
なのに、私は言った。
「・・・・・生きなよ。まだ若いんだからさ、人生これからじゃん。人生見切る
にはまだ早いと思うよ。」
私は少女の顔を見ることができなかった。
・・・・・バカみたいだ。
こんな言葉かけたところで、何も変わらないっていうのに。
「・・・・残念だなぁ。もっと早く真希ちゃんに会っていたら、きっと私は
死ななかったと思う。でも生きろって言ってくれて、ありがとう、真希ちゃん。」
少女は嬉しいな顔して、私の左頬にそっとキスした。
生温かくて柔らかい唇の感触を、確かに頬に感じた。
私はあまりにも突然のことに呆然としていた。
「真希ちゃんは、私の分まで生きてね。そして生きることは楽しいって、証明
して・・・・・・。」
少女は満足そうに微笑むと、ゆっくりと身体を後ろに倒した。
えっ?
後ろに倒れる?
110 名前:過ぎ行く夏 投稿日:2001年08月25日(土)19時06分56秒
「ダメだ!梨華ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私は少女の名前を大声で叫んで、その手を掴もうとした。
けれど、その手は掴めなかった。
まるで少女は立体映像だったかのように、掴んだと思ったその細い手は実体が
なくて、私の手はあっさりとすり抜けた。
「名前呼んでもらったの、久しぶりだな・・・・・。」
少女は優しく微笑んでいた。
そして、微笑んだまま下に落ちていってしまった。
私は手は宙に浮いたまま固まっていた。
けれど少女は地面に落下することなく、その姿は見えなくなった。
いきなり、霧のように消えてしまったのだ。
私には何が何だか分からなかった。
でも涙が頬を伝った。
そして、ある噂を不意に思い出した。
よくある学校の怪談で、昔イジメにあって自殺した女生徒が、自分の命日に
屋上に現れて悲しげに見つめている。
そんなような話だと思う。
あの少女は、その女生徒の幽霊だったんだろうか?
ただよく分からないけど、涙が止まらなかった。
少女は笑いながら下に落ちていった。
でも、
本当それで・・・・・・。
私はキスされた左頬を、そっと手で触れてみた。
そこには微かな温もりが・・・・・・・確かにあった。
111 名前:過ぎ行く夏 投稿日:2001年08月25日(土)19時15分11秒
私は何をしてあげられただろう?
・・・・・梨華のために何ができた?
きっと何もできていない。
でも、それでいいんだと思った。
きっと梨華は何も望んでいないと思うから。
それは私の勝手な解釈なのかもなのれない。
都合のいい言い訳なのかもしれない。
けど、何となくそんな気がした。
自分の話を聞いてもら得れば、それでよかったんだと思う。
そして、『生きろ』と言ってほしかったんだと思う。
梨華は生きる理由がなく、死ぬ理由があった。
でも私には、生きる理由も、死ぬ理由もない。
けれど今は・・・・・・生きようと思う。
梨華の為に生きるなんて、そんなことは無理だから言わない。
ただ梨華の言っていたことを、証明してあげたい思った。
生きることは楽しいと、そう思って生きていきたい。

112 名前:過ぎ行く夏 投稿日:2001年08月25日(土)19時19分21秒
私はふと空を見上げた。
そこにはオレンジ色とした太陽があって、ぼんやりと輝いてた。
雲はいつの間にかなくなっていて、空はただ夕焼けに染まってるだけだった。
生徒達の声は、いつからか聞こえなくなっていた。
蝉は鳴いていなかった。
微風がザァーと吹いて私の髪を撫でる。
その風は少しだけ冷たくて、もうすぐ秋なのかなぁと思った。


END
113 名前:第3回支配人 投稿日:2001年08月31日(金)19時08分52秒
参加作品数が絶対的に足りないため、作品投稿を9/15まで延長します。
この締め切り日も流動的ではあるのですが、少なくとも9/15以前に締め切られることはありません。
なおこれに伴い投票日程に関する予定を白紙に戻します。
114 名前:夏のお嬢さん 投稿日:2001年09月04日(火)03時20分59秒
この夏、わたしはハタチになった。
115 名前:夏のお嬢さん 投稿日:2001年09月04日(火)03時21分44秒
ハタチになると眼に見える世界が違ってくるのかなって思ってたけど
全然そんなことなかった。いつもと同じ景色。
ただ、変わったことと言えば、オトナとしての責任ってやつが増えたこと。

もうハタチなんだから子供っぽいことはやめなさい。
もうハタチなんだから敬語くらい喋れるようになりなさい。
もうハタチなんだから――――――

うるさい。
ハタチになったからなんだっていうの?
なにか変わらなきゃきけないの?
だったらなっちは変わりたくない。オトナになんかならなくていい。今のままでいたい。
でも、周りだけはどんどん変わっていってる。
なっちの2日前にハタチになったかおりは、もともと大人びてたけど
今はそれに輪をかけてオトナになっていってる。
それに同い年だから、いつも、どうしても比べられちゃう。
それが結構、わたしのなかではコンプレックスになっていた。
116 名前:夏のお嬢さん 投稿日:2001年09月04日(火)03時22分20秒
8月を半分過ぎても、一向に仕事量は減る様子もなく、
わたしたちは夏のコンサートのため全国を駆けめぐっていた。
その日は、コンサート終了後にホテルで一泊するようになっていて、疲れがピークに来ていた
わたしたちはちょっとしたオフ(といってもご飯が終わって寝るまでの間遊ぶだけだけど)を
それぞれがしたいことをしながら、楽しんでいた。
やぐち達に「遊ぼう」と誘われたけど、さすがにしんどかったから
断ってわたしは1人、部屋のベッドに横になって天井を眺めながらボーっとしていた。
ちょっとウトウトし始めたとき、ケータイが鳴った。
ディスプレイを確認すると、それはとても懐かしい友達からだった。
117 名前:夏のお嬢さん 投稿日:2001年09月04日(火)03時22分57秒
「もしもし、なっち?あ、もしかして寝てた?」
「うぅん、まだ寝てないよ。寝そうになってたけど。それにしてもどうしたの?
 福ちゃんが、こんな時間にかけてくるなんて珍しいじゃない?」
「そうかな。まぁ、ちょっとね。久し振りにイモの声が聞きたくなって」
「もう、福ちゃん!イモって言わないでよっ。どっからどう見ても洗練されてるなっち様に向かって!」
「えぇー、まだちょっと訛ってるじゃん。この間の24時間テレビのドラマ観たけど
 いちごのこと、いちご(「い」を強く)って言ってたよ」
「うそだぁ、言ってないよ」
「言ってた」
「言ってません!」
「はいはい、わかったから。言ってない、言ってない」
「なにー?その馬鹿にした口調。ちょっとムカつくんだけど」
「はは。ごめん、ごめん。久し振りになっちをからかいたくなっちゃって」
「もぉー!相変わらずヒドイなぁ。福ちゃんは」
118 名前:夏のお嬢さん 投稿日:2001年09月04日(火)03時23分54秒
それから少しばかり、最近あったことや、より子ちゃんのことについて話をした。
ちょうど話もきりがいいところで終わったから、電話を切ろうとしたとき福ちゃんが

「あのさぁ、なっち東京に帰ってきてから時間ある?」 と聞いてきた。
たしか、1日だけオフがあったからそのことを伝えると
「じゃあさ、その日会えないかな?話したいことがあるんだけど」
なんだろう?福ちゃんから誘ってくれるなんて珍しいな。
そして、わたし達は東京に帰ってから会う約束をした。
119 名前:夏のお嬢さん 投稿日:2001年09月04日(火)03時24分28秒
福ちゃんとの待ち合わせ場所に行くと、福ちゃんはもう来て待っていた。
さすがに遅れるわけにはいけないから、15分前に来たのに…。
何分待ってたんだろう、あのコ。ま、福ちゃんらしいけどさ。

話があるという福ちゃんに促されて、わたし達はある喫茶店に入った。
路地から少し入ったところで、人通りも少なく、店内にもそれほど人がいなかったから
人目を気にしないでくつろぐことが出来た。
これも福ちゃんなりの気遣いなんだろうな。
席について注文をして、軽く話をしていると、ウェイターさんと一緒にコーヒーの良い香りが
わたし達のところにやってきた。
一口飲んでみるとそれは、今まで飲んだどのコーヒーよりも美味しかった。
その正直な感想を福ちゃんに伝えると
「でしょ?ここ、店の見かけと違って美味しいから、結構気に入ってんだよね」 
なっちが気に入ってくれて良かった。
そう言って照れる福ちゃんはとてもかわいかった。
120 名前:夏のお嬢さん 投稿日:2001年09月04日(火)03時25分08秒
「で、なに?話って」
「ああ、うん。えっとまずは誕生日おめでとう。確か、直接言ってなかったでしょ?
 で、はい。プレゼント」
差し出された小さいけれどキレイにラッピングされた箱を受け取り、開けてみると
中にはピアスが入っていた。天使の羽のような形をした、かわいいピアスだった。
「うわぁ〜、ありがとう!なっち、ピアスほしかったんだよねぇ。もー、福ちゃん、ダイスキっ!」
あまりに嬉しかったから、テーブル越しに抱きついた。
久し振りの福ちゃんの感触は、やはりどこか懐かしく、なぜだか涙が溢れてきた。
「え、ちょっと、なっち何泣いてんの?」
ごめんね、と言いながら福ちゃんから離れて、ソファに腰掛ける。
「大丈夫?」
「うん。ホントにごめんね。なっちも良くわかんないんだけど、なんだか急に昔のこととか
 いろいろ思い出しちゃったりして……。そしたら泣いちゃった」
「ふぅ、やっぱりね。」
「やっぱりって?」
「テレビとか観ててさ、思ったんだ。なっち、何か悩んでるんじゃないかなって。
 誕生日のあとくらいからちょっと変だったよ。それが今日呼んだ理由。
 どうしたの?何かあったの?」
121 名前:夏のお嬢さん 投稿日:2001年09月04日(火)03時26分38秒
やっぱり福ちゃんは鋭い。
昔、ふたりでツートップを組んでた頃から、うぅん、まだみんながモーニングにいた頃から
なっちの変化に気づいてくれたのは福ちゃんと裕ちゃんくらいだった。
だからやっぱり見透かされてたんだ。
ハタチになってからの環境の変化についていけてない、なっちのココロの中が。

122 名前:夏のお嬢さん 投稿日:2001年09月04日(火)03時27分17秒
でも多分それだけじゃない。

新メンバーが入ってくることに対する戸惑いも、福ちゃんには伝わってしまってるはず。
メンバー追加はもう4回目だから、少しは慣れちゃってるところもあるし
テレビでも余裕な発言とかしちゃってるけど、やっぱりまだどこか、納得しきれてない部分もある。
なんでいつも、みんなの雰囲気が良くなってきた頃に入れるんだろう、とか。
また誰か脱退させられちゃうのかな、今度はなっちの番なのかな、とか。
そして、これからのモーニングのこととか。
今のモーニングは、なっち達が必死で支えてきたモーニングとは違う。
昔みたいなカッコイイ歌は、もう唄わせてもらえない。
それに、出す歌、出す歌、全部あんなお子様騙しな歌ばっかりだし。
それならいっそのこと、辞めて……。とも思うけど、さすがに4年近くこの業界にいるから
力の怖さもイヤなほど知りすぎてしまってる。
だから、思いっきった行動も起こすことすら出来ない自分に、
事務所のいいなりになってしまってる自分に、いい加減、嫌気がさしていた。
123 名前:夏のお嬢さん 投稿日:2001年09月04日(火)03時27分49秒
そんな、かおりにも圭ちゃんにもやぐちにも、裕ちゃんにさえ相談できなかった事を今、
福ちゃんに聞いてもらってる。なっちよりも3歳も下の女の子に。
福ちゃんには昔からそうだった。
誰にも話せないようなことでも、福ちゃんになら打ち明けることができた。
なんでだろう。自分でもよくわからない。
ただひとつわかることは、なっちにとって福ちゃんはとっても大切な存在だってこと。
もしかしたら家族以上かもしれない。
なんでそう思うかって言われると、ちょっと困るけど、福ちゃんが辞めたあと
新しいメンバーが5人も入ってきたり、今までいたメンバーとも更に仲良くなったりしたけど
まだ、わたしのなかの喪失感は消えない。いつもふとした場面で福ちゃんの影を追ってる自分がいる。
それほどまでに「福田明日香」という存在は、なっちにとって大きいものなんだ。
そしてそれを今日、はっきりと確認することができた。
124 名前:夏のお嬢さん 投稿日:2001年09月04日(火)03時28分21秒
別れ際、福ちゃんはこう言った。
「夏生まれのなっちには、絶対笑顔のほうが似合ってるよ。だからもし、なにかつらいこととか
 あったら、わたしのとこに来なよ。相談くらいには乗ってあげられるしさ。それに……」
「それに?」
「福田明日香にとって『安倍なつみ』は大事な存在だよ。だからもっと頼ってきてよ。
 こんな妹でよければ、ね」
その言葉を聞いて、わたしの眼からはまた涙が流れ始めた。
「ありがとね、福ちゃん……」
「あー、また泣いちゃったよ。ホント、頼りないお姉ちゃんだなぁ」
よしよし、というふうに背中をさすりながら抱きしめてくれる福ちゃん。
なっちよりもちょっとだけ背がのびだ福ちゃんの腕の中で泣くわたし。
どっちがお姉ちゃんなんだか。
125 名前:夏のお嬢さん 投稿日:2001年09月04日(火)03時29分04秒
駅で別れ、わたしは家への帰路に就く。
今日1日で胸の中に抱えてたつっかえが全部取れたような気がする。
これで明日からまた、頑張って働くことができる。
もしこれから、毎日を過ごしていく中で、何かに躓いたり、壁にぶつかったりしちゃったときは
福ちゃんのところへ行こう。もちろん、迷惑にならない程度に。
そして。
今はまだ別々の道を歩いているけど、いつかどこかで一本の道になる時をわたしは願う。
それは叶わない願いだと知りつつも、いつも心の片隅でそっと彼女に問いかける。
ねぇ、福ちゃん。また一緒に唄おうよ、と――――――

気がつけば、家はもうすぐそこまで来ていた。
126 名前:夏のお嬢さん 投稿日:2001年09月04日(火)03時29分35秒
 おわり
127 名前:夏の夜水の上にて歌える 投稿日:2001年09月06日(木)11時14分07秒
中学最後の夏、ひとみはヴァイオリンケースを抱え一人で信州の高原へと向かった。
高原の爽やかな空気の中でコンクールの課題曲を仕上げるためだ。
小淵沢から発進した電車はガタガタと大きな音をたてて狭隘な渓谷を
縫うように走って行く。
電車の窓を開けると勢いよく風が吹き込んで、
ひとみの長いとは言えない髪の毛をかき上げる。
高地の風にしばらく涼んだところで、ようやく人心地がついた。

去年の夏は楽しかったのにな...

一年前のことを思い出すとひとみは少し憂鬱になった。
昨年一緒に高原の別荘へと出かけた同級生二人、けいとまきはどちらも
高校受験の勉強のため来ることができなかったからだ。

「ひとみはいいよねぇ...ヴァイオリンで高校いけるんだもん。」

まきに冷やかされる度に、自分だって何の努力もしてないわけじゃないと思う。
ただ同級生の皆がこの暑い最中、勉強に励んでいることを考えると、
涼しい高原でヴァイオリンを練習できるのは確かに贅沢かなと思い、
言い返すことはできなかった。
128 名前:夏の夜水の上にて歌える 投稿日:2001年09月06日(木)11時15分51秒
去年の夏。
3人でひとみの父が持つ別荘に泊まり、終日、高原の散策を楽しんだり、
谷間の小川で釣りに嵩じたりして過ごした。
夜には花火をしたり村の夏祭りの露店を冷やかしたり、さんざんはしゃいだものだった。
もちろん、ヴァイオリンの練習も欠かさなかった。

けいとまきが遊び疲れて午睡に落ちる昼下がり。
ひとみは景色のいい小高い丘の上に立って菩提樹の木陰でひとり、ヴァイオリンを弾いた。
バッハのシャコンヌ。
難しい曲だが、心地よい自然の中で演奏する喜びは曲の難易度を忘れさせた。
一度、調性が短調から長調に転換する箇所を練習しているとき、
曲調に合わせるかのように雲の切れ目から太陽の光が差し込んだことがある。
モノクロームの世界からカラーの世界へ。
映画の中で見るような色彩の変化を、世界が一変するさまを眼前にして
ひとみは神の存在を感じたように思った。
129 名前:夏の夜水の上にて歌える 投稿日:2001年09月06日(木)11時17分00秒
ひとみは、けいやまきにその経験を伝えようとした。
言葉にできるほどひとみの文章能力や世界観は成熟していなかったため、
うまく伝えられないのがもどかしかったが、ひとみは一生懸命表現しようとした。
二人は笑いながら、ひとみは純粋だからねぇ変な人に騙されないように
気をつけないといけないなどと見当違いの応えを返したので、
ひとみは思わず頬を膨らませた。
それを見てまた当の二人が笑い転げるので、ひとみは怒りの矛先を失い、
しまいには一緒になってコロコロと笑い声をあげていた。
130 名前:夏の夜水の上にて歌える 投稿日:2001年09月06日(木)11時18分32秒

ひとみにはひとつ心残りがあった。

幾日か経つと毎日ヴァイオリンの練習を行う丘の右手にある林の奥に
白い建物が見えるのに気づいた。
そこは別荘というには大きすぎたし、ホテルという割には人の出入りが少なすぎた。
全体に静香で清潔な印象だったので、ひとみはよくある高原のサナトリウムという
やつだろうと見当をつけた。
気になって近づいて見ると、一番手前の窓から小さな顔が覗いているのが見えた。
ずっとひとみを見ていたようだ。

「お姉ちゃん、それなぁに?」

小さな口が動いた。
ヴァイオリンが気になるらしい。

「これはヴァイオリンっていうの。楽器よ。」
「ふぅん、ののたん、カスタネットしか知らない。」

女の子の名前はののたんというのか。
のりことかのぞみという名なのだろう。
興味があるのかヴァイオリンから目を離さない。
131 名前:夏の夜水の上にて歌える 投稿日:2001年09月06日(木)11時20分40秒
「ねぇ、お姉ちゃん、これ鳴らしてみて。」
「ここで弾いていいの?病院でしょ?」

療養所のようなので大きな音を出してよいものか判断がつかない。

「いいよ。だって、今、ののしか入院してないんだもん。」

他に入院患者がいないのであれば、多少、大きな音を出してもいいかな。
ひとみはエルガーの「愛の挨拶」を奏で始めた。
と、すぐに女の子は手を振ってそれを制した。

「ちがう、ちがう。それじゃなくって、いつもお姉ちゃんがやってるのがいい。」

バッハのシャコンヌだろうか?
子供には少し難し過ぎるように思えるのだが。

「ええっ、でもあれは長いし、ののたん飽きちゃうんじゃない?」
「ううん。のの、あれが大好き。いつもきいてるんだもん。」
132 名前:夏の夜水の上にて歌える 投稿日:2001年09月06日(木)11時21分51秒
ひとみは息を整えて、弦に弓を当てた。
最初の和音を弓の先から先まで使って大きく響かせると、後は楽想の趣くまま、
自在に弓を操り、いつしか女の子の存在も忘れて演奏に没頭していった。

パチ、パチ、パチ...

ちっちゃな手を懸命にはたいて拍手している女の子の姿に、ひとみはようやく
自分が療養所の窓際でヴァイオリンを演奏していたことに気づいた。

「すごい、すごい! お姉ちゃん、すごぉい!」

女の子は興奮しているようだ。
ひとみとしても迫真の演奏だったと自ら感じている。

「お姉ちゃん、あの色が変わるとこはとってもいいね。」

目を輝かせて話す女の子の言葉にひとみははっとした。

「ののたん、色が変わるとこわかったの!」
「うん、ののたん、あそこがいちばん好き。」

小さな女の子が曲の概観を正確に捉えていることにひとみは感嘆した。
病人の感性は鋭いというが、この小さな女の子もまた病魔と戦ううちに
感覚が研ぎ澄まされていったのだろうか...
ひとみには女の子が何の病気で療養しているのか聞き出す勇気もなかったが、
自分と同じ感性を共有しているらしいこの女の子に対し、次第に親近感を増していった。
133 名前:夏の夜水の上にて歌える 投稿日:2001年09月06日(木)11時22分58秒
ふと気がつくと、既に日が傾きかけていた。

「そろそろ帰らなくっちゃ。」
「もう、かえるの?」

女の子はまだひとみと話したそうだ。
けどもう帰らなくてはならない。

「うん、でも明日また来るからね。」
「きっとだよ。」
「うん、約束だね。」


次の日、ひとみが窓下に行くと女の子はいなかった。
ヴァイオリンを弾いて見たが、誰も出てくる気配はない。
シャコンヌを何回か繰り返したが結局誰も現れず、
後ろ髪を引かれる思いでひとみは立ち去った。
134 名前:夏の夜水の上にて歌える 投稿日:2001年09月06日(木)11時24分42秒
ひとみたちが帰る日までとうとう女の子には会えず、
約束を果たせなかったことに居心地の悪さを感じていた。

今年は会えるだろうか...

別荘に着くと、ひとみは真っ先にサナトリウムへと駆けて行った。
しかし...
そこには、最早白い建物はなくなっていた。
代わりにブルドーザやダンプカーがせわしなく行き交い、もうもうとした土煙をあげている。
呆然としていると、現場監督らしい人から危ないので立ち退くように言われた。
サナトリウムがどうなったのか聞くと、昨夏、私が帰った後すぐに取り壊されたとのことだ。
あの女の子がどうなったのか気がかりだったが、今となっては知る術もなかった。
ひとみは落胆して、力なく別荘へと踵を返した
135 名前:夏の夜水の上にて歌える 投稿日:2001年09月06日(木)11時26分04秒
結局、女の子に会えなかったことが尾を引いているのか、
練習に身が入らないまま徒に時は過ぎ、あっという間に最後の日を迎えた。
気になってサナトリウムがあった場所に来てみると、工事は既に終わったらしく、
奇麗に地ならしされていた。
看板が立っておりホテルの建設予定地であることを告げている。
来年はホテルが立ってるのか...
なんだか、来年も来ようと言う気にはならないな...
ひとりごちて、ひとみはその場所を後にした。
136 名前:夏の夜水の上にて歌える 投稿日:2001年09月06日(木)11時27分11秒
夜。
寝付けずにいたひとみは、月の明るさに誘われるまま、
別荘を出てふらふらとあてもなく歩いて見た。
あのサナトリウムのあった小高い丘へと通ずる道の途中で小川がさらさらと
心地よい音で流れている。
月明かりに照らされて水面がきらきらと光るそのリズムと符合するかのように
虫の鳴き声がうまいぐあいに重なり合い、ちょっとしたアンサンブルを奏でている。
月明かりと蛍のちかちかと瞬くイルミネーションの妙にひとみは幻想世界にさまよい込んだがごとき奇妙な感覚におそわれた。
なんとはなく、川岸に腰を降ろして水辺の蛍に見入っていると、
虫の声に混じって、人の声が聞こえるような気がしてきた。
耳を凝らすと確かに聞こえる。女の子の歌声だ。

「お姉ちゃん。」

はっと振り向くと、女の子がいた。

「ののたん!」
「お姉ちゃん、会いたかったんだよ...」
「私もよ、ののたん...」
137 名前:夏の夜水の上にて歌える 投稿日:2001年09月06日(木)11時28分42秒
再開の喜びに浸る間をも惜しむかのように、女の子はひとみにせがんだ。

「お姉ちゃん、またヴァイオリン弾いて。」
「ごめん、今日は持ってこなかったんだ...それより、ののたん、病気はもういいの?」
「うん、のの、もう病院から出られたんだよ。でもお姉ちゃんのヴァイオリンききたかったな...」
「じゃ、一緒に歌おうか?お姉ちゃんが教えてあげる。」
「うん、歌おう!」

女の子は再び元気を取り戻し、ひとみが教えるのに合わせて楽しそうに歌った。
二つの声は上になり下になり、そして先になり、後になり、また追いかけて
という具合に自在に即興を加え、飽きることなく続いた。
138 名前:夏の夜水の上にて歌える 投稿日:2001年09月06日(木)11時29分27秒
女の子は興が乗ってきたものか、歌のリズムに合わせ体を揺らし始めた。
右に左に。前に横に。そしてバレエでも踊るかのようにゆっくりと片足を軸に回転した。

ふわり。

ひとみは目をこすった。
今、何を見たのだろう?
そんな...まさか...

ふわっ、パタパタ。

今度は見紛う余地無く、はっきりと目に焼き付けた。
ののたんは浮いている!!
そう、女の子の背中には二枚の羽が大きく開き、上下に羽ばたいて、
水面にその小さな体を浮かばせていた。
139 名前:夏の夜水の上にて歌える 投稿日:2001年09月06日(木)11時30分28秒
やがて水面から霧のように燐光が立ち上り女の子の体をつつみ始めた。
ひとみは今ようやく気づいた。

そうか...ののたんは天使になったんだ...

朧げに浮かぶ女の子のシルエットは輪郭さえぼやけ始めていた。
頭部の後方から一段と明るい光が発しているため顔の表情が見えにくくなった。

お姉ちゃん...ありがとう...

そういうと水面に浮かぶ影は次第にうすぼんやりとした煙のようにゆらゆらと輪郭を解いて、
夏の夜の景色に溶け込んでいった。
140 名前:夏の夜水の上にて歌える 投稿日:2001年09月06日(木)11時31分59秒
ひとみは、しばらく茫然自失の体でその場に佇んでいた。
やがて、はっと我に返ると辺りを見回したが、
今さっき見たものを証拠立てるような痕跡は、何ひとつ見つからなかった。

夢だったのかな...

思った瞬間、ひらひらと白い羽のようなものがひとみの目の前を掠めて落ちた。

やっぱり、ののたんはいたんだ!

ひとみはさっき二人で歌った旋律を口ずさみながら、月明かりの中、帰途についた。
肩の重荷が取れて、晴れやかな気分で帰れそうだと思った。
論理的には説明できないことだけれど、
それでもひとみには女の子の心が通じたような気がしたのだ。
141 名前:夏の夜水の上にて歌える 投稿日:2001年09月06日(木)11時33分19秒
翌朝、電車が出発する前に、ひとみはサナトリウム跡の建設現場に再び足を運んだ。
お別れにバッハのシャコンヌを弾く為だ。
ひとみは心をこめて演奏した。
特に短調から長調へと転ずる個所は色彩の変化を感じられるように全神経を集中させた。
最後の音を弓の先まで弾き切っても、ひとみは最後の弦の振動が完全に止むまで微動だに
しなかった。
その音が遠く天上まで届いたのを見届けるまでというつもりだったのだろうか。
ひとみはようやく、弓を降ろそうとした。

パチ、パチ、パチ...

ぎくっ、としてひとみは振り返った。
またしても女の子が舞い下りてきたのかと思ったからだ。
意に反して、現れたのは30台半ばくらいの上品な女性だった。
142 名前:夏の夜水の上にて歌える 投稿日:2001年09月06日(木)11時35分47秒
「あなただったのですね...ヴァイオリンを弾いてくれたのは...」

ひとみはその一言で女性が女の子の母親であることを悟った。

彼女はまず最初に、と礼を言うと女の子のことについて語りだした。
女の子の名前はのぞみであること。
白血病で昨年の夏に亡くなったこと。
ここは療養所ではなく、死を間近に迎えた末期患者が最後に人間らしく生きるための
ホスピスであったこと。
最後の瞬間、のぞみがあのお姉ちゃんの弾いている曲が聴きたいと旋律を口ずさんだこと。
そして、バッハのシャコンヌを聴きながら静かに息を引き取ったのぞみの表情は
とても安らかであったこと...

ひとみがのぞみと最後に交わした約束と昨夜のことを話すと、
母親は目に涙を湛え、再びありがとうと言うと静かに去っていった。
143 名前:夏の夜水の上にて歌える 投稿日:2001年09月06日(木)11時36分35秒

高原から帰ってきたひとみは、けいとまきにこの話をすべきかどうか迷ったが、
結局、話すことにした。

いつものようにからかわれるかと思いきや、二人とも目に涙を溜めて
そっとひとみの肩を抱いてくれた。
そして、ひとみは今ようやく涙を流すことができた。
144 名前:夏の夜水の上にて歌える 投稿日:2001年09月06日(木)11時37分49秒
 
 完
145 名前:雪山の一夜 投稿日:2001年09月07日(金)02時27分22秒
「心頭を滅却すれば火も亦た涼し」
晩唐の杜荀鶴の作

「おら〜小僧うめるんじゃねえ!親父ヌルいぞもっと火をたけ!」
10分後救急車で運ばれた江戸っ子の言葉
146 名前:雪山の一夜 投稿日:2001年09月07日(金)02時28分19秒
ガタガタッ……ヒュ〜
(また風が強くなったようだな)
窓の向こう側は白い風景が広がっている‥イヤ数メートル先も視界が利かないのだからその表現は適切ではないだろう。乳白色の海の中に小屋ごと沈んでしまったようだ。
聞こえるモノは吹き付ける風の音とミシッと言う丸太同士がせめぎ合う音そしてわずかにしかし間断なくつもりゆく雪の自らを押しつぶす音。
窓際から離れ部屋の中央で足を組むとなぜこのような状況に追い込まれたか最初から記憶を順に並べる作業を開始する。
147 名前:雪山の一夜 投稿日:2001年09月07日(金)02時29分19秒
さてどこから始めよう。自分は何者だ。ほんの数年前までは普通の学生であった、それがある新興宗教にハマってしまい、それがまやかしであった事実を知り得たときにはもう社会に自分の身を置く場所は存在しなかった。その後自分を助けうる存在を見つけるための旅を続けてきた。最終的に見つけたその場所がこれほどメジャーな宗教であったとは全く人生とは皮肉なものである。
見つけてしまえばそれから先はそれこそ瞬きをするほどの時間で最高の地位まで登りつめてしまった。元々天分が自分には備わっていたようだ。
148 名前:雪山の一夜 投稿日:2001年09月07日(金)02時30分06秒
そして今現在ここにいる。
フッ、間をとばしすぎたか?
イヤ実際この精神的境地に至ってしまえば修行と言っても出来るだけ厳しい環境に自分自身を置くことぐらいなのだよ。
この冬の最中に誰も入ろうなどとは思わない見捨てられた山へ一人で隠る。そしてこの状況におちいったわけだ。
149 名前:雪山の一夜 投稿日:2001年09月07日(金)02時31分12秒
さあ次は現在の具体的な状況確認をしておこう。
食料‥なし。下界との通信手段‥なし。そして……
暖を取る方法‥なし。
並の人間であれば絶望的な状況であろう。しかし自分のような人間にとって見ればたいした問題ではない。前二つにおいては問題にすらなってはいないし、最後のひとつについても修行の再復習にちょうど良い課題である。
150 名前:雪山の一夜 投稿日:2001年09月07日(金)02時31分48秒
「さあ始めるか」
ちょうど部屋の中央に南を向き足を組んでいたその姿勢からスウッと足を伸ばし仰向けになる。床の冷たさが背中から前面へと伝わってくる。
ヘソと鳩尾の間上から三分の二の所に神経を集中する。
呼吸を肺の三分の一程度の空間でゆっくりと行う。
瞼を周りの空間が隠れるギリギリの所までおろす。
そしてその裏側に今必要な映像を投影する。
151 名前:雪山の一夜 投稿日:2001年09月07日(金)02時32分57秒
『ストップザシーズンインザサマー心潤してくれ〜…………』
汗まみれのタンクトップ姿の前田が映し出される。
体の中心から熱気が湧いてくる。
(やはり夏の歌と言えばチューブだな)
二曲三曲と続くうちに体全体が暖かくなっていくのが実感される。
そう言えば飯島直子は相変わらず売れてるみたいだな……
スッと吸い込まれるように熱気が去ってしまった。
まじった、次の曲‥



『砂混じりの茅ヶ崎夢も波も消えて〜…………』
タンクトップに短パンすね毛丸出しの桑田が歌い出す。
また熱気が吹き出してくる。
ギターソロが流れてくる
…………
あうっ
152 名前:雪山の一夜 投稿日:2001年09月07日(金)02時33分36秒
まずいこのままでは……
153 名前:雪山の一夜 投稿日:2001年09月07日(金)02時34分48秒
『わっしょい!わっしょい!‥‥わっしょい!わっしょい!』
おおっ!これまでとは桁が違うぞ!やけくその勢いが感じられる!
一気に体から汗が噴き出してくる。
映像を消さないよう慎重に着ているモノを脱ぐとフンドシひとつになり、そのまま次のイメージに取りかかる。


『サマーレゲエレインボー、サマーレゲエレインボー』
カリブだ!カリブ海が見えるぞ!
それにしても、ごっちんの腰つき…ハァハァ
最後の一枚もとろうと思ったが、無駄なスタミナを使うことは自重した……

次…次……


『ちゅ、ちゅ、ちゅちゅちゅサマーパーティーちゅ、ちゅ、期待しちゃうわ〜ちゅ』
いい〜ハァハァ‥萌え〜〜!
こ、こ、こ、これだ!これを求めていたんだ俺は〜〜!
もう体はポカポカ、ここは南の島だ。
154 名前:雪山の一夜 投稿日:2001年09月07日(金)02時35分26秒
ふと気づくと曲は終わり、三人がこちらを向いて立っていた。
『ご指名ありがとうございま〜す』
声をそろえて挨拶する。
なかなかサービスのいい幻影だ。
(ありがとう、君たちのおかげで助かりそうだよ)
『えっ、本当ですか?うれしい!』
あややが手を頬に当て笑顔を見せる。
むほほ〜〜
『え〜と、チャーミーは……』
(待った!喋るんじゃない!その手は食わないぞ。この瞬間冷凍娘。め!)
『ひどいです〜』
ほえほえ〜その泣きそうな顔がまた良い〜〜
155 名前:雪山の一夜 投稿日:2001年09月07日(金)02時36分05秒
『…………』
(ん?かごちゃんはどうしたのかな〜?)
こんな時には真っ先にしゃべり出すと思われたのにうつむいてモジモジしている。
『うちー‥‥このカッコはずかしいねん…』
(どうして?とってもかわいいいよ)
『おなかのお肉はみ出してるし…』
そこがまたいいのよ〜
『このピンクのカツラがイヤやねん…』
それは……
《ちょっと待ちなさい加護!》
えっ
《あなたがイヤならあたしがつけるわよ!》
おい!
『え〜、絶対似合わない〜』
【それがけっこう似合うんだよ〜】
無責任なこというのは誰だ〜
《貸しなさい!》
(ま、待ってくれ!)
《ちゅ、ちゅ、ちゅちゅちゅサマーパーティー》
あ、あ、あ〜〜
《ちゅ、ちゅ、期待しちゃうわ〜》
……
《チュ!!》
ピキッ!
156 名前:雪山の一夜 投稿日:2001年09月07日(金)02時36分36秒
ひゅるる〜〜
157 名前:雪山の一夜 投稿日:2001年09月07日(金)02時38分53秒
「人類は好奇心によって繁栄し、好奇心によって自ら滅び去るであろう」
偉大なる予言者
158 名前:雪山の一夜 投稿日:2001年09月07日(金)02時39分53秒
   おわり
159 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時41分20秒
『夜は大人の時間なのよ』

幼い頃、母親に言われた言葉。
豆電球を消すのが怖くて、オレンジ色の部屋でひとり考えていた。
隣の部屋からはお酒に酔いながら気分良くおしゃべりしている両親や親戚の叔父さん達の声。
この水色の毛布無しでも眠れるようになれば、あの中に入れるだろうか。

中学に入り、夕食後に勉強をする習慣ができた。
ちょうどその頃からお風呂の時間も長くなった気がする。
ある日、ふと時計の短針が10をまわるのに気付いた。
我慢せずとも日付を越えて数時間経つようになれば、それは大人なのだろうか。

それは高校受験なんて特別意識することもなく、呑気にすごした中3の正月だったか。
誰からだったかは忘れたが、親戚の誰かから日本酒の入ったコップを渡された。
厳格な父親もそのときばかりは渋い顔をすることもなく、私は目を見開きながらコップを手に取った。
口にするのが初めてなわけではなかったが、微笑みながら見ていた大人達がいた。
日本酒は苦く、大人への道は遠いと思ったことを覚えている。
160 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時41分56秒
「私今日は先に寝たいから、一人部屋でもいい?」
ホテル入りして荷物をおいて、マネージャーからの説明が終わった時、裕ちゃんは別段不機嫌な様子も見せずにそう言った。

「えっ」
紗耶香がそう漏らしたっきり、一瞬みんな黙ってしまった。
「いいんじゃない」
「構わないよ」
「えー、裕ちゃんと一緒が良かったな」
それでも彩っぺ、圭ちゃん、それに矢口がすぐに話を進めて、気まずい雰囲気にはならなかった。
「矢口ぃ、嬉しいこと言ってくれるなあ」
裕ちゃんは矢口の頭を掴んで、顔寄せする。
最近矢口は裕ちゃんになついている。

「でもどうして?」
なっちがかわいい目をくりっとさせ、裕ちゃんの右に肩寄せて尋ねる。
「いやさ、明日いきなりこれだって言われたから」
そう言って裕ちゃんはバッグの外側のポケットから、なにやら書類を取りだした。
「何それ?」
「インターナショナルドライバーズライセンス」
「って言うと・・国際免許証か」
「そ、私ペーパーだからさ、一応ね」
そう言って裕ちゃんは悠々と一人の部屋に入っていった。
161 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時44分11秒
裕ちゃんが一人で部屋に入った後、残されたメンバーは部屋割りをすべく、私の周りに集まってきた。
どうやら人は集合するときに、自然と背の高いモノの所に集まるらしい。
慣れたもので二言三言で決まってしまうが、各自荷物を手に取ったとき、紗耶香がすぽめた口を開くようにして話し始めた。
「でも私驚いちゃった」
その口ぶりはいかに彼女らしくて、その時私は顔を向けることもなく、ただそのおしゃべりを聞いていたような気がする。
「さっきの裕ちゃんのセリフ」
「ああ、自分からああ言うのって珍しいよね」
「でも結局はリーダーが一人になりがちじゃない」
「にしてもさ、普通あんな言い方する?」
紗耶香はさも不満気にぶつくさたれている。
「いいじゃない
 そんなに一人部屋が良かったの?」
彩っぺにそう言われては、紗耶香も口をつぐんでしまう。

「隣の部屋で裕ちゃん寝るんだから、あんた達も今夜は騒がないようにね」
矢口となっちにそれだけ言って、紗耶香に一瞥くれた後、彩っペは先に部屋に入っていった。
この場の最年長である彩っペは誕生日目前の20才、明日香の脱退で最年少となった紗耶香は15才。
5つの歳の差は、こんなにも大きいのだろうか。
162 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時44分43秒
「かーおーりー」
夕食後に部屋でたたずんでいると、矢口と紗耶香、それになっちが私達の部屋に来た。
「どしたの?」
と尋ねると、矢口はニヤケ顔とともに、トランプを取りだした。
「圭織もやるっしょ?」
「うんっ」
移動日というのは余裕がある日だから、こういう誘いには嬉々としてのってしまう。

丁度その時、彩っペが下着にバスローブ姿で、濡れた髪を拭きながら部屋のシャワーから出てきた。
「おお」
その格好はとても艶っぽくて、思わずなっちが声をあげていた。
「ああ、なんだ
 カードでもやるの?」
「うんそう。彩っぺもやる?」
「んー、せっかくだけど今回はパスするわ」
彩っぺは片目を細めるような微笑を向けて、自分のベッドに腰かけた。

一時期に比べてだいぶ体重も戻ったらしい彩っペのボディラインはとても柔らかで、それでも灼けきっていない地肌が全体をひきしめて見せていた。
目をつむり、髪に滴る水をタオルで拭う彼女の仕草は、とても気持ちよさそうに感じられた。
163 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時45分20秒
「ところで圭ちゃんは?」
「部屋で本読んでる」
同じ部屋の紗耶香が息をつきつつ答えた。
「ほんと、どこでやろっか?」
「あーそっか、紗耶香の部屋には圭ちゃんがいるのか」
「私達の部屋は隣が裕ちゃんだからねえ」

「ここでやりなよ」
背後から声が聞こえたと思ったら、彩っぺがオッサン座りで爪を整えながら、そう言っていた。
「奇声とか発しない限りは騒いでもいいよ」
「ほんと?」
「うん。そのかわり、12時までには自分の部屋に戻んな」
「うん」
紗耶香は喜ばしそうに簡単に返事しているが、私は彩っペが寝るつもりはないのか、少し心配になってしまった。

「大貧民、いつものルールでいい?」
「いいよー」
全国から集まってきたモーニングだが、今じゃトランプのルールまで完全に整っている。
最初はカードの出し方ひとつでもめていたのに。
164 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時45分56秒
「レートは?」
「じゃあ大貧から大富豪に毎ターン2000円ね」
「おっ、強気だねえ。なつみ君」
「清算は日本帰ってからってことで」
なっちはカードをきり、矢口もスコアを書きだしていた。
紗耶香はビニール袋からチップスを取りだして開封し、私もそれをつまむ。

トランプをやっていると、あらゆる行動に個性が現れる。
例えばカードが配られているとき、私やなっちは自分のところに配られたカードをすぐに手にとってみてしまう。
でも矢口や圭ちゃんは絶対にそんなことしないし、紗耶香にいたっては他人の前に配られたカードをとるのが大好きだ。
ほら、また紗耶香がなっちの手許のカードを選んだ。
なんでもなっちみたいに自分から配り始める人は、イカサマに思えてしまうらしい。
そう言っていたのは圭ちゃんだったか。
もちろん圭ちゃんも紗耶香もなっちを疑ってるわけではないし、それでもそう思えてしまうのは、やっぱり個々の性格に因るものなのだろう。
そうそう、これは明日香が言ってたことだけど、私は良いカードがくると必ずコーヒーカップをすする癖があるらしい。
165 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時47分30秒
「私、こういう外国のチーズ味ってダメなんだ」
矢口は顔をしかめて、咥えたチップスを割る。
「こっちにBBQソーステイストってのもあるよ」
「圭織、BBQって書いてバーベキューって読むんだよ」
「私そっちのほうがいいな」
紗耶香がそのバーべキュー味らしいチップスの袋を、矢口に放る。

「そういえばさ、このお菓子ってどうやって買ったの?」」
「さーて、どうやったでしょう」
紗耶香はお得意の笑みを浮かべる。
「どうせスタッフに買ってもらったんじゃないの」
「違うよー」
「じゃあ万引きだ」
「んなことするわけないだろっ」
「それじゃどうしたの?」
なっちが尋ねると、紗耶香は苦笑するようなウインクをして、答えを教えてくれた。
「圭ちゃんがミネラルウォーター買う時に、一緒に会計頼んだ」
「へー、圭ちゃんって英語できたんだ」
「ん〜ってかさ、私もそう思って様子みてたんだけど、
 考えてみたら買い物くらい言葉無しでもできるんだよね」
「そっか、算用数字さえ読めればいいのか」
「ドルはスタッフに万札とかえてもらったんだって」
「へー」
そう相槌うった矢口は、その話題を続けることなく、大貧民でもないのにカードを配り始めていた。
166 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時48分09秒
始めて1時間弱経つと、みんな二杯目の紅茶をいれだす。
ひとりがトイレに立つと、必ず誰かも立ちあがる。
紗耶香が大貧民になると、あまりカードをシャッフルせずに豪快に配るので、革命が続くようになる。
自然と声も大きくなるのだが、ふと振り向いて彩っペのほうを見ると、彼女はこちらに背を向けるようにしてベッドに横になっていた。

寝ているのだろうか。
彼女はレコーディング中でみんなが曲をハミングし出す騒がしい中でも、構わずにいびきをたてながら眠ったりする。
場をわきまえず、なんてつんくさんは笑ったりするけど、私は彼女が空気を察していることを知っている。
それは私達モーニングの中の空気であって、他の大人といる時は彼女も年長者として視線を和らげているのだが。

「……カオリ?
 ペア出ないの?」
なっちの声に我にかえる。
「えっ、ちょっと待って
 7なら・・・あ、11のペアがあった」
「ジャックリターンか
 なら4で縛っちゃえ」
なっちは嬉しそうにカードを重ねる。

そういえば、なっちと私と初めて出会った時、彩っぺはあんな視線を放っていただろうか。
167 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時48分45秒
文字盤の短針が10の文字を完全に追い越す頃、紗耶香がマイナス10に達してゲームが中断になる。
このルールを制定したのは裕ちゃんだった気がする。
負けてるときは息抜きしないととことん負ける。
裕ちゃんってギャンブルやるの?と尋ねたら、彼女は笑って目を細めた。
“弱いんよ”
まだ彼女の関西弁に慣れていない頃、彼女は私の知らない世界を過ごしてきたのだと思った。

「誰が勝ってるの?」
なっちがスコアをのぞきこむ。
「圭織がプラス5、私は4、なっちはプラス1だよ」
圭ちゃんがいない時スコアラーをやる矢口が、紗耶香以外の点を読み上げる。
私は意外な結果に驚いてしまった。
「私、一度しか大富豪やってないのに」
そう言うと、矢口は口をへの字に曲げて私を見向いた。
「その一度で8回もキープしたじゃない」
矢口は自分も勝ってるのに、どこか不機嫌みたいだった。
でも彼女はそれを口ぶりの端にしか出さない。
濃さ2倍のコーヒーをしかめっつらですする、紗耶香を見ないようにして。
配慮というより、それは負けん気なのだと思う。
168 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時51分17秒
「11時だ」
私がそう呟くと、時計を背にしていた矢口が驚いたように振り向く。
「マジ?もうそんなにやってんの?」
「こっからが勝負でしょう」
「紗耶香は最初で2万負けてるからねー」
「なんだとっ、なんなら差すか?」
差すってのは、おそらく差し馬のことなんだろうか。
その言葉を受けて、矢口はにんまりとした笑みを浮かべている。

紗耶香は興奮すると男の子みたいな言葉を使う。
圭ちゃんに言わせるとそれは何ちゃって江戸っ子言葉で、千葉の人はそれが東京の言葉だと思ってるんだけど、東京の人はそんな意識して使い分けたりしない、とかなんとか。
そんな話を前に明日香としていた気がする。
土産子の私からすると東京も千葉も神奈川も同じに思えてしまうけど、違うらしい。
でも圭ちゃんはよくそれらを比較するし、紗耶香も矢口も無理して地元の田舎ぶりを話そうとする。
追加メンバーの3人はコンプレックスみたいなものをたくさん抱えてて、それを牽制しあって消化するのが好きみたいに思える。
関東の人は競争すること自体が好きなんだろうか。
そんな話をなっちと彩っペとした記憶がある。

・・あれ?
その時彩っペは、どんな表情をしていたっけ。
169 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時51分53秒
「じゃあ第2ゲーム終了ってことでいい?」
「えっ?」
はっとして、素っ頓狂な声をあげてしまう。
「聞いてなかったの?」
「また宇宙と交信してたんでしょ」
最近メンバーが私のことを宇宙人みたいに言う。
私はちょっとふくれっ面で話をもう一度繰り返してもらうと、どうやら結局矢口と紗耶香が差し馬をすることになったらしい。
【第3ゲーム終了時に負けたほうが1万円】と、スコアの紙に走り書きされている。
おそらくは紗耶香の字。
字には彼女の感情が非常に現れていて、それでも字形が崩れていない。

そういえば、裕ちゃんは二つの字を書き分けられるとか言ってた。
普段の彼女の文字も丸文字みたいなのじゃないけど、いつだったかちゃんとした書類に書かれた文字を見たとき、いつもの字とは全然違う印象を持った。
彼女にそのことを言ったら、昔とった杵柄かなって、嬉しそうに笑ったのを覚えている。
“一応事務職OLやったからな”
OL時代の話をする時、裕ちゃんは決まってお茶汲みとコピー取りしか言わない。
でもその時だけは、そんなこと言わずに文字の話を続けていた。
今でもカーボン紙に書くときは、無意識にキチンとした文字を書いてしまうと、笑っていた。
170 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時52分52秒
「圭ちゃんまだ起きてた」
部屋から戻った紗耶香は一言そう言ってカーペットに座る。
「今11時10分か・・」
「さーて、何回できるかな」
紗耶香と矢口は牽制球のごとく、言葉を紡ぎあっていく。

「最初だからよく切っとこうよ」
「ああ」
こういう時、紗耶香は普段とは違う表情をつくる。
不敵な笑み、とでも言うのだろうか。
口許を吊り上げ、いかにも悪っぽい顔をするのだ。
いつも以上に何考えているんだか分からない感じで、私なんかは十分に怖いと思ってしまうが、他の人はそうは思わないらしい。

前に紗耶香と圭ちゃんがすごい険悪なムードを作ってた時、やっぱりこういう表情をしてた紗耶香を、圭ちゃんは蔑むような目で見ていた。
その時の圭ちゃんは、慈愛の表情とほとんど変わらない笑みを湛えていて、ただ1箇所瞳の奥だけが侮蔑のまなざしを放っていた。
圭ちゃんの大きな瞳は全てを飲み込んで、吸い込まれたものの味付けなんてなかったかのように、紗耶香の表情を噛み砕いてしまった。
歯を食い縛ってしまった紗耶香に大人っぽい印象は一かけらも残っておらず、逆に体勢を一方的にした圭ちゃんは大人の顔をして、優しさで紗耶香をねじ伏せていた。
171 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時53分29秒
「今40分回ったけど、どうする?」
私がそう言うと、矢口は真っ先にスコアを確認した。
「どうしよっか」
紗耶香との差が僅差であるらしく、矢口は苦笑いをうかべる。
「こりゃ12時は確実に回っちゃうね」
「もちろん続けるっしょ?」
「えー」
私がそう漏らすと、何故かなっちも含めた3人から見つめられてしまった。
「圭織もう眠いの?」
「そうじゃないけどさあ、彩っペもああ言ってたし」
「いいじゃん、どうせ明日も動き出すのは11時くらいなんだし」
「でも・・・」
私は言葉を一度整えてから口を開く。
「夜は大人の時間なんだし」

そう言った次の瞬間、矢口は大声で笑いだした。
紗耶香は怪訝な目に口を半開きにしていて、なっちは矢口のリアクションに戸惑っているようなそぶりを見せていた。
「か、かおりらしいね、、」
矢口は笑いを噛み堪えるように、そう言った。
「大人の時間、ねえ・・・」
笑ってる矢口と対称的に、紗耶香は不機嫌そうな目つきのままで呟く。
それでも紗耶香もなっちも口許には笑みを浮かべていて、その態度に私は口をすぼめた。
172 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時54分13秒
「まあ確かに私達は大人じゃないけどさあ」
矢口は目じりにしわ寄せたまま、言葉を選ぶようにしてつなぐ。
「圭織も修学旅行やなんかじゃ夜更ししたでしょ」
「でもお、私達は仕事で来てるわけだし」
「海外に来たんだもん、子供はうかれて眠れないよ」
矢口はいたずらっこの目を輝かせて、にんまりと笑った。

「夏の夜は特別なんだよ」
そう呟いたのはなっちだった。
「北海道でも夏祭りの時はみんな遅くまで起きてたじゃん」
「ああ、まあそう、、、だっけかな」
「そうだよ」
そう言うと、なっちは純真な子供の表情で微笑みかけてきた。ズルイ。
「んじゃあ、まあいっか」

「だいたいこんな夜中までじいさんばあさんが起きてるわけじゃないじゃん」
紗耶香は鋭角のあごを更に突き出し、カードを配り始める。
「夜遊んでられるのはさ、若者の特権だよ」
それを聞いて矢口が再度笑いだす。
どうやら“若者”という言葉に反応したらしい。
「真里さん、何か?」
「いえいえ、紗耶香さん」
二人はそう言うと、各々手前のカードを手に取った。
173 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時54分44秒
「11時50分」
丁度矢口がキープ3回で都落ちしたところだった。
突然のその声に、いち早くなっちが振り向き、他3人は思わず顔を強張らせて恐る恐る見向く。
彩っペはベッドの上で体をおこしていた。
彼女はゆっくりとひとつ息をつき、たおやかな髪を掻きあげる。

「彩っペ、起きてたの?」
すぐには声が出なくて、やっと出た言葉がそれだった。
「まあね」
そう言って彩っペは枕もとのウォークマンを取り上げる。
つまりそれを聞いてたということなんだろうか。
「12時までに自室へ戻りなって言ったでしょ」
彩っペはいつもの声でつづける。

「えー、見逃してよー」
紗耶香はわざとらしく甘い声をだす。
目を細め、くだけた表情だったけど、頬の辺りは少し強張ったままだった。
紗耶香のセリフが余韻を残して消えていき、皆が彩っペの返答に注目する。
彩っぺはゆるやかにベッドから立ちあがり、その間部屋は緊迫した静寂に包まれた。
174 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時55分24秒
「圭織は、どうする?」
「へ?」
彩っペが急に私に話をふったので、少し驚いてしまった。
「えーと、みんなが続けるなら・・・」
戸惑いつつも当たり障りのない返答をする。
「なっちは?」
「圭織と同じく」
間接照明だけの薄暗い部屋に、その問答だけが響く。
順番に従って私が見向くと、矢口は口許に笑みを浮かべていた。
「矢口」
「私はもう寝る」
そう言って、矢口ははっきりと表情を崩してにやけた。

急激に室温が上がるかのような1秒間。
「あー、逃げるのかよ、矢口ぃ」
それを見て紗耶香が突如声をあげる。
「逃げるんじゃありません。
 時間がきたからやめるんです」
「都落ちしたからって、ズルイぞっ!」
瓢々とした矢口の口ぶりに、紗耶香がますます声のトーンを上げる。

そういうことか。
つまり不利な状況に追いこまれた矢口は、点数が上回っている間にゲームを終えて、差し馬に勝とうという算段なのだ。
いつも通りの二人のテンションに、私は少々気が抜けてしまった。
175 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時55分59秒
「はいはい、今何点差なの?」
どうやら差し馬のことも聞いていたらしく、彩っペは息をついて尋ねる。
「えーと、私がマイナ1で、紗耶香がマイナ2」
沈んでるのに、矢口は得意げに発表する。
「じゃああと一回やったげなよ」
「えっホント?」
彩っペの提案に、紗耶香は歓喜といった感じで手を挙げ、矢口は顔をしかめる。
紗耶香は富豪だから逆転はないけど、紗耶香が大富豪か矢口が大貧民になれば二人の点が並ぶ。

「しょうがない、ラストワンだかんね」
矢口は渋々カードを配る。
「彩っペに言われちゃかなわないよねー」
「あー、でもホントに12時丁度に終わりそうだね」

なっちに言われて、時計を見上げる。
場がお開きになる前、いつも思いだすのはあの寺合宿。
あの頃から、裕ちゃんは最年長として、名前もわからないような私達をまとめていた。
裕ちゃんが本当に寿引退したら、今度は彩っペがこんな風にモーニングをまとめていくのだろうか。
私がリーダーになりたいと言っても、みんな認めてくれなかった。
いつか、私がモーニングのリーダーになる日が来るのだろうか。
176 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時57分55秒
「はい、アガリ」
「うげ」
「圭織ナイス!」
結局私が勝ってなっちが都落ちしたので、結果的には差し馬は矢口が勝ったことになる。
紗耶香は差し馬を合わせると今晩だけで3万円以上負けたらしい。
史上最高額だと言って矢口は笑うが、そこまでいくと私は笑えない。

「もう一回だけ。お願い、彩様」
「まあそう言いなさんな」
紗耶香があまりに悲哀な表情をするもんだから、彩っペも困り顔だ。
「こんなんじゃ寝れないよー」
今にも泣き出しそうな紗耶香の声は、いかにも最年少という感じで、流石の矢口ですらこれには慌ててしまう。

「はいはい、それじゃいい方法を教えてあげるから」
彩っぺは紗耶香のこめかみを抑えてあげながら、子供をあやすような声で言葉を綴っていく。
「あのね、蒸し暑い夜に眠れない時は昔のことを思いだすの
 嫌なことを思いだしてもいい、考えが堂々巡りしてもいいからずーっと、ね
 それで朝が来ても別にいいから」
「それじゃ眠れないじゃん」
紗耶香の声はおぼろげで、必死に感情の崩落を抑えようとしたようにも感じられた。
「それでもいいじゃない」
彩っぺはそう言って、やさしく紗耶香の髪を梳き降ろす。
「夏の夜は短いんだから」
177 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時58分30秒
みんなで紗耶香を部屋まで送りに行くと、圭ちゃんはまだ起きていた。
空いていた紗耶香のベッドに、矢口がダイビングする。
「ちゃんとメイキングされたベッドを見ると、とりあえず沈まずにはいられないよねえ」
「そっか、矢口はチビッコだから布団に沈んじゃうのか」
「んなわけないだろっ!」
最近私と矢口は凸凹コンビなどと呼ばれるのは、こんなことやってるからだろうか。
「圭坊、紗耶香をよろしくね」
「そんなこと言ったって、私もちゃんと行くんだから」
彩っペと圭ちゃんはそれだけ言葉を交わし、彩っペは先に部屋を出た。

圭ちゃん達の部屋を出ると、廊下で矢口に呼びとめられた。
「どしたの?」
「あのさ、、
 やっぱ紗耶香から今日の負け分請求しないほうがいいかな」
心配そうに下を向きながら、矢口はとつとつと尋ねる。
彩っぺは矢口の肩を抱くようにして、声高に答える。
「そんなことないって
 むしろ泣きゃすむって思わせちゃダメだよ」
「そう・・だよね!」
矢口はそれを聞くと、一面の笑みでおやすみを言って、なっちと部屋に入っていった。
178 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)00時59分08秒
彩っペと二人になった廊下で、私はふと思ったことを口にだす。
「なんで夏の夜になると昔のことを思いだすんだろう」
すると彼女は無言でにっこりと微笑んだ。
「なんでだろうね」

彩っぺが天井を見上げるように真上を眺めているので、私もそれにしたがう。
白く長く続く廊下の天上は、闇夜に浮かび上がる回廊のような、神秘的な空間に思えた。
「お盆とか終戦記念日とか来ると、日本人は自然と昔の人を思い出すのかな」
「それはあるかも」
そう言って天井を見上げたまま、彩っぺは私の言葉を継いでいく。
「帰郷した田舎とか、古い友達が旅行先からよこした暑中見舞いとか、
 ジューンブライドの花嫁とかも、夏の情感ってやつかな」
彼女は私のほうに向き直り、20の私にはまだ関係ないけどね、と付け加えた。

しばしの間、私たちは再度天井を見上げ、沈黙がひんやりとした空気を運ぶ。
「そっか」
彩っぺは、目を閉じたまま、その声を発する。
「分かったの?」
彼女はゆっくりと目を開き、そして前方の照明に目を細めるようにして、呟いた。
「きっと寂しいんだよ。
 真夏の光線を浴びられない夜が」
179 名前:小夜の回り灯篭 投稿日:2001年09月10日(月)01時00分06秒
「・・きて、起きて圭織、もう7時よ、、」
ぼんやりとまぶたを上げると、すでに口紅をひいた彩っペがいた。
「おはよ」
「おはよう、圭織
 朝は1階でビュッフェだったよ」
「彩っペ、もう朝食べたの?」
「まあね」
そう言って彼女は自分のベッドに腰を降ろす。

「それじゃ11時前に起こしてね」
「え?」
慌てて振り向くと、彼女はベッドに入って横になっていた。
「また寝るの?」
「昨日寝てないのよ、あの後みんなでここのパブに行ったから」
そういえば、昨夜はあの後、用事があるから先に部屋に戻るよう言われて、部屋の前で別れたんだった。
それじゃみんなというのはもしかして・・・

「おやすみー」
ほんとに眠そうな声でそういう彩っペに半ば呆れつつ、私は静かに答えた。
「おやすみ、彩っぺ」
彼女は柔らかい朝の陽射しの中で、おだやかな寝息をたてていた。

 fin.
180 名前:Project K 投稿日:2001年09月10日(月)01時52分01秒
「ム〜カ〜ツ〜ク〜」
乱暴にマウスをクリックしてPCを終了させる。
「最近あたしのスレがやたらdat行きになると思ったら・・・・」

「よしっ!」
机の上に置いてある手帳を開き確認すると、携帯を持ち出す。
「もしもし、あたし・・・・どちら様ですかって?あんた寝ぼけてんの!!
あ。た。し。・・・・そう、わかればよろしい。あんた、あした暇?・・
・・暇じゃないって!!暇になさい。であたしの家に8時に来なさい。
わかった?!・・・・じゃ細かいことはそのときに」
ピッ
「さてと、忙しくなるわね」

プゥピィププププゥッピプゥ・・・・
「来た来た」
ピッ
「はぁい、さっそくだけど・・・・」
181 名前:Project K 投稿日:2001年09月10日(月)01時53分21秒


ピンポーン

「ハァ〜・・・・」
―なんであたしこんなとこにいるんだろう。急に呼び出してこっちの都合は
関係なしだもんな、断るとあとがこわいしなあ。

カチャ

「ハァ〜イ。アロ〜ハ〜〜」
「な、なんでここにいるんだよ〜」
そこには青いアロハシャツを着てニコニコ笑っている後藤が立っていた。
「きのう、話したときには、なんにも言ってなかっただろ〜」
「へっへ〜、あの後、圭ちゃんに連絡しちゃったんだよ〜」
お約束通りレイを首にかけると
「さっ入って入って」
腕をとり引きずるようして室内へ招き入れる。
182 名前:Project K 投稿日:2001年09月10日(月)01時54分42秒
「きたわね。さやか」
保田は後藤と色違いの黄色いアロハに身を包み市井を迎えた。
―この部屋なに?まえに来たときはこんなじゃなかったけど・・・・
―だれかさんの歌じゃないけどトロピカル風。何で室内にパラソル立ってるの
・・・・この椰子の木はな〜に?
呆然としている間に市井も赤いアロハに着替えさせられた。
「いちーちゃん座って、ハイ」
後藤にうながされ、となりに腰をおろす。
「ふたりに来てもらったのは、これよ!」
保田は手元に置いてあった本を投げてよこした。
「これって、石川さんの写真集じゃない?」
「あっ、ほんとだ。これ、かなりかわいく撮れてるんだよね〜」
パラパラとめくっていくふたり、かなり本格的に出来ている。
「これが、なにか・・・・」
保田を見ると、ジッとふたりを見つめていた。目元と口元がヒクヒクケイレン
しているようだ。
―かなり怖いんですけど・・・・
「あのー、圭ちゃん・・・・」
ただでさえ大きな目を、カッと見開いて保田はこうのたまわった
「なんで、あたしに写真集の話がこないの〜!!」
183 名前:Project K 投稿日:2001年09月10日(月)01時55分35秒


「だいたい教育係のあたしを差し置いて・・・・」
保田の演説がえんえんと続いている。
市井のとなりでは後藤がせんべいやら、ポッキーやら、ぼそぼそ食べ続けている。
―はぁ〜、あたしはここで、なにしているんだろう。
「ねえ、いちーちゃん、これおいしーよ。はい、あ〜ん」
「はいはい、あ〜」
・・あっ・・・・

カプッ

「あんたたち、あたしの話聞いてる!」
後藤から横取りしたムースポッキーをくわえながら保田が吠えた。
一回ため息をつくと市井は当初からの疑問を口にした。
「それで、あたしたち何で呼ばれたわけ?」
「ふっ、よく聞いてくれたわね。」
保田はにっこり微笑むとおもむろに・・・・
184 名前:Project K 投稿日:2001年09月10日(月)01時58分05秒

カシャ、カシャ

「ハイ圭ちゃんこっちむいて」
カシャ
「つぎはお約束ね」
「「だっちゅ〜の」」
市井がカメラマン。後藤が助手で撮影が始まった。
―最初に部屋にはいったとき、やたら本格的なライティング設備が整っていて、
なにかと思っていたら・・・・
・・圭ちゃんは・・・・

ファインダーの中でにっこり微笑んでいた。
・・・・ビキニで・・・・



「この写真集には致命的な欠点があるわ」
石川の写真集をたたきながら
「夏の写真集のくせに水着がない事よ!」
なんでも独自の調査網によると(だいたい見当がついたが)水着があれば売り
上げが一桁かわっていただろうと。そこで自分のはオール水着の官能写真集に
する。
あたしたちを使うのも経費節減のため。(消費者には還元しないみたいだけど)
なんでもCD-ROM写真集にするらしい、本人に言わせると紙を使わず「地球に
優しい写真集」をめざすらしい。(何か違う気がする・・・・)
185 名前:Project K 投稿日:2001年09月10日(月)01時59分42秒


カシャ、カシャ

シャッターの音だけが部屋に響く
「ほらさやかもっとよって」
「う・・・・うん」
「いいこと、レンズは広角。中望遠で逃げるなんて邪道よ。被写体にできるだけ
寄ってそのすべてを写す。わたしのすべてをフィルムに焼き付けるのよ!!
わかって?」
「は・・・・はい」
圭ちゃんの大きな瞳がレンズ越しにあたしを見つめる。
「さあもっと、わたしに染まりなさい」

ゴクッ

カシャカシャ

「あたしの腹筋を見て〜〜」

カシャ

「・・け、圭ちゃん・・・・」
「さやか〜」

バシャ

(はっあたしってばなにを・・・・)
ノッていた圭ちゃんが怒る。
「ち、ちべたいわね、なにすんのよ後藤!」

「ん〜なんとなく〜」
186 名前:Project K 投稿日:2001年09月10日(月)02時00分46秒

「しかたないわね」
濡れた体を拭きながら圭ちゃんが次の指示を出してくる。
「後藤、連れてきたのだして」
「は〜い」
後藤がでっかい手提げカゴから出してきたのはイグアナだった。
圭ちゃんは飼い主に似て眠そうな顔をしたそいつに愛想を振りまきながら話しかける。
「やっぱり美女と野獣は定番よね」

「?・・・圭ちゃんアベちゃんはオスだよ??」

「「・・・・」」

プゥ〜

ヒィーヒッヒッヒィー
「そんな事言う口はこれか」
ウヒョヒョヒョー
「ひぇいひぁん〜らりふぅんろぉ〜」
ヒャヒャヒャ〜
「さやか〜あんたも笑いすぎ〜!」
ゲシッゲシィ
「痛い痛い、圭ちゃん蹴らないでよ〜」

(腹の方がもっと痛い・・・・)
187 名前:Project K 投稿日:2001年09月10日(月)02時03分50秒
「つぎは・・さやか用意して!」
「えっ用意って・・」
「そこのクローゼットの中にあるから・・で今度は後藤がカメラマンね」
言われるままに戸を開けると
・・うっ・・・・
「あの〜これは・・・・」
「そうね、、学生服がいいわ」
「・・何でこんなに男物の服が・・・・」
「ふっ、知りたい?」
そう言ってにっこり笑うとウインク一発。
「ひ。み。つ。」(うぇっ、あんまりかわいくないや・・・・)
―彼氏のモノって訳はないし・・・・なんか奥の方にはえりまきのついたゴ○ラや
ウル○ラマン、ガ○ラもあるみたいなんですけど・・・・
188 名前:Project K 投稿日:2001年09月10日(月)02時04分43秒

「用意できたけど・・・・」
何となく汗くさい気がする服に着替えると後藤が嬉しそうに声をかけてきた。
「いちーちゃんかっこいい〜」

カシャカシャ

「あんた〜なに撮ってんの主役はあたしよ!」
圭ちゃんは後藤を軽くどつくと、あたしの手を引きセンターへ移動する。
「ねえ圭ちゃん、顔が写るのはちょっちまずいんだけど・・・・」
「そうね。それなら後ろ向きで・・・・じゃ行くわよカメラマンいいわね」
「は〜い」
圭ちゃんがそっと手を肩にかけてくる。

カシャカシャカシャ

もう片方の手が腰へ

カシャカシャ

だんだんと前の方に移ってくる。

カシャ

「さやか・・・・」
耳元に吐息がかかる。
「あっ、、圭ちゃん」
思わず声が漏れる
そして両手がだんだんと・・・・

ゴキッ。

ゴキッ。

「いた〜」
あまりの痛さに思わず屈み込む

「ひ〜〜」
圭ちゃんは頭からピュ〜ピュ〜血を噴きながら部屋を走り回っている
「・・っつ〜・・なにすんだよ〜ごと〜・・・・」
振り返って文句を言おうと思ったんだけど

「ん〜なんとなく〜」

顔は笑っているけれど、目が・・・・

こえ〜よ
189 名前:Project K 投稿日:2001年09月10日(月)02時08分00秒


「ほいほい、ご苦労さん」
すべての撮影が終わって圭ちゃんはご機嫌だった。
頭にはインド人のように包帯を巻いていたが
「まあ、帰りはふたりでおいしいものでも食べて帰ってよ」
「圭ちゃんは一緒に来ないの?」
「そんな野暮はしないわよ。これからやらなきゃいけないことがあるしね」
「そう、じゃあ、おつかれさま」
「・・・・」


外は日も落ちてやっと涼しい風がながれ始めていた。
「なんだよ〜まだ怒ってんのか〜」
「・・・・」
肩を並べて歩いているのだが後藤はむすっと前を見つめたままだ。
「一日つぶれちゃったね」
「・・・・」
「でもけっこう楽しかったし、これはこれでいいんじゃないかな」
「・・・・」
―ん〜、どうしようかな・・・・
「なに食べたい?」
「・・・・おすし・・・・」
―げっ
「圭ちゃんからそんなにバイト代もらってないよ〜」
「え〜けちだ〜」
ふくれる後藤を横目にちょっと考えて返事をする。
「もし売れたら、おごってくれるんじゃない」
それを聞くとにっこり笑って
「じゃ売れるといいね〜」
「げんきんなやつ」
「あはっ」
どうやらやっと機嫌が直ったようだ。
190 名前:Project K 投稿日:2001年09月10日(月)02時08分51秒

あたしの腕にしがみつきながら後藤が聞いてきた。
「圭ちゃんの写真集って売れると思う?」
「・・どうだろうね」
まあ、大きな期待はできないだろうけど、圭ちゃんの嬉しそうな顔が見られるなら
少しぐらいは売れてほしいな。
「ねえ、いちーちゃん、映画は今度のオフにする?」
「ん、今回みたいに邪魔が入らなければね」
ふと圭ちゃんのニヤニヤ笑う顔が頭に浮かんだ・・・・
・・まさかね・・・・
191 名前:Project K 投稿日:2001年09月10日(月)02時12分13秒


「ほ〜い、さやか〜」
「あっ、いちーちゃんこっちだよ〜」
奥の座敷席に圭ちゃんと後藤がいた。
「今日はお招きに預かり・・・・」
「なにかたいこと言ってるのよ。さっ、座って」
圭ちゃんの向かい、後藤の隣に腰をおろす。
「なんかすごい店だね」
「あたしの情報収集能力をバカにしてはいけませ〜ん」
あたしが焼き肉、後藤が寿司。ふたりが満足できるのは確かだけれど・・・・
寿司と焼き肉のバイキング・・・・肉の焼ける匂いの中で回る寿司皿・・・・これで
いいのだろうか?
「あたしのおごりだから好きなだけ食べて、あっ、飲み物は麦茶以外は当然
自分持ちよ」
圭ちゃんは気前がいいのだか悪いのだかわからないことを言いながら、焼き肉
とウニを交互に口に運んでいる。
あたしと後藤のコップにウーロン茶(これはおごりだって)を注ぐと自分のコップ
を持ち上げ
「じゃあ、とりあえずかんぱ〜い」
192 名前:Project K 投稿日:2001年09月10日(月)02時13分12秒

「「・・・・」」
「なによ?!」
「乾杯って何に?」
「残念会じゃないの〜」
「失礼ね、あんたたち。せっかく保田圭写真集の売り上げ好調だからあなた達
スタッフを食事に招待したのにそれはないでしょう!」
―売れてるんだあれ・・・・
できあがったサンプルを送ってもらったので見たけど・・・・
(う〜ん、男の人の趣味って・・・・)
「ほれ、いくわよ。かんぱ〜い」
「「かんぱーい」」
193 名前:Project K 投稿日:2001年09月10日(月)02時14分55秒

「ねえ、いちーちゃん、このお寿司おいしいよ〜」
「こらっ、ごとー、寿司を焼くんじゃない!」
「さやか、あんた頭かたすぎるんじゃない?」
―あんたらがおかしいんだよ
もういいや、あたしは網の片隅に自分の陣地を作り自分の肉を食べるのに専念
する事に決めた。
―そう言えば・・・・
ちょっと気になっていたことを聞いてみる。
「宣伝?簡単よ、ネットに書き込んで一枚売れたら、あとは、作品に感動した
購買者が勝手に宣伝してくれたわ」
―そっか詐欺まがいの売り方をしたわけじゃないんだ・・・・それにしても・・・・
「ふつう、こんな写真って勝手に画像を、ネットに流されちゃうモノじゃないの?」
その言葉を聞くと圭ちゃんは嬉しそうに立ち上がり。
「大人の女性であるあたしのファンはみんな紳士なのよ〜。そこらへんの厨房と
一緒にしないでよ!」
そう言いはなち一気にグラスを空けた。
―三ツ矢サイダーのグラスでワインをカパカパ飲む大人の女性か・・・・ははは
『ねえねえいちーちゃん厨房ってな〜に?』
『ごとーは知らない方がいいよ』
まあいいか、圭ちゃんは嬉しそうだし、食事もおごってもらえたし。
映画はまた行きそびれちゃったけどね。
194 名前:Project K 投稿日:2001年09月10日(月)02時16分03秒
カタカタ
某管理人メールマガジンを発行
  カタカタ
195 名前:Project K 投稿日:2001年09月10日(月)02時16分42秒
=
○編集後記
=
最近こんなCD−ROM写真集を手に入れた。
「モー娘。歌姫水着写真集」看板に偽りなし文句なしのお薦め。
196 名前:Project K 投稿日:2001年09月10日(月)02時17分32秒
「くそっ、俺だけが貧乏くじ引いてたまるか!!」
197 名前:Project K 投稿日:2001年09月10日(月)02時18分13秒
          END
198 名前:夏が嫌いな理由 投稿日:2001年09月10日(月)18時23分53秒
カチャカチャ
と私は自宅のマンションの鍵を開けた。
ドアを開けると、蒸した生温い空気が私達を出迎えけてくれる。
これだから夏は嫌いなんだよ。
私はダイニングに入り明かりをつけて、すぐにエアコンのスイッチを押した。
冷風が吹いて徐々に部屋の温度を下げていってくれる。
「ひゃぁ〜、何か保田さんぽっい部屋スねぇ。」
と吉澤はダイニングに入るなり、辺りを物珍しそうに見回して言った。
「なんかさぁ、みんなそういう風に言うんだよね。圭ちゃんの部屋ぽっいとかさ、
そりゃ一体どんな部屋だって、言われる度にツッコミたくなるんだよ。」
私は手に缶ジュースを2つ持って、ダイニングに現れるとため息混じりに言った。
「あははは、みんなそう思うんだ。」
吉澤は軽く笑うと、また部屋を見回し始めた。
「そんなところに立ってないで、こっちに来て座れば?」
私はテーブルに缶を置いて、カーペットの上に腰を下すと、吉澤の方を見上げて言った。
こう言わないと、あと1時間くらい部屋を見回してそうだったから。
それに自分の部屋を見られのは、あんまりいい気分じゃないし。
「あ、はい・・・・。」
吉澤は見回すのをやめて、私と向かい合うような形で座った。
199 名前:夏が嫌いな理由 投稿日:2001年09月10日(月)18時40分01秒
それから私達は、向かい合ったまま何も言わなかった。
なんでこんなことになっているのか、今でもすごく疑問に思う。
確かにこの頃は仲がいいけど、家に泊まりに来るほどじゃないと思うし。
まぁ・・・・・嬉しいんだけどさ。
だって吉澤が家に泊まりに来るなんて、考えたこともなかったから。
けれど吉澤はなぜあんなことを言ったんだろう?
私はジュース、もとい安い炭酸飲料を一口飲んでから聞いた。
「吉澤さぁ、なんで私の家に来たいなんて言ったの?」
吉澤は本気でやってるのか知らないけど、腕組みをして唸りながら考え込むと、
すぐにいつものように笑って言った。
「・・・・なんとなく、かな。だって保田さ・・・じゃないや、圭ちゃんとの
仲を深めようと思って。」
その吉澤の言い方と笑い方が、少しだけあいつに似ていると思った。
・・・・・全然似てないのに。
そんなことは分かっている。
「そ、そっか。ちょっと意外だったから聞いただけなんだけど、私はもっと
すごい理由かと思ったよ。」
私はなんだか気恥ずかしくなって、少し早口でしゃべった。
そして、一気に炭酸飲料を飲んだ。
200 名前:夏が嫌いな理由 投稿日:2001年09月10日(月)18時52分02秒
ふと時計を見ると、もう11時を回っていた。
あれからいやに会話が盛り上がって、気がつくとこんなに遅くなってしまった。
私は明日も仕事だからと、吉澤に寝ることを促した。
すると吉澤は私と一緒に寝たいと言い出した。
私はソファーで寝るつもりだったから、どうしようかと迷った挙げ句に、吉澤の
要望にOKを出した。
だって吉澤が、幼い子どもが哀願するような瞳で見つめてくるから・・・・・。
私は吉澤を先に部屋と行かせると、リビングの後片付けをしてから寝室へと
向かった。
寝室に行くと吉澤は既に眠っていた。
ここはエアコンがついてないので、少し方の古い扇風機のタイマーを2時間に
合わせると、私は静かにベットに入った。
人工の生温い風がしばらく私の髪を揺らしていた。
私は目を閉じると、いつしか眠りに墜ちていた。
それから何時間経ったんだろうか?
私は深く眠ることができなくて、ベットから上半身だけを起こした。
扇風機のタイマーが切れていたから、もう2時間が経ったことが分かる。
私はふと吉澤の方を見た。
小さいけれど規則正しい寝息を立てて、心地良さそうにまだ眠っている。
私はなんとなく吉澤の顔に目がいった。
201 名前:夏が嫌いな理由 投稿日:2001年09月10日(月)19時01分46秒
・・・・綺麗だと思った。
お世辞とかじゃなくて、素直な感想だった。
カーテンの隙間から漏れる月光が、どこか神秘的とさえ思えるくらい吉澤を
照らしていた。
その端正で美麗な顔立ちが、今はより一層引き出されている。
私は思わず息を呑んだ。
何かが心を惹きつけてやまない、だけどそれが何か分からない。
私はごく自然に吉澤の横に顔をつくと、そのまま顔を近付けていった。
あと少しで唇が触れるギリギリのところで、私はハッとして吉澤から離れた。
何やってんの、私?!
それは本当に無意識だった。
そのとき、吉澤が私の方に寝返りを打ってその顔を向ける。
その顔を見たとき、いきなり私の鼓動が高まった。
そして・・・・・・・・好きだという漠然した思いに気がついた。
202 名前:夏が嫌いな理由 投稿日:2001年09月10日(月)19時11分56秒
体が硬直したように動かない。
吉澤から目が離せなくなっていた。
私は鼓動の高まりが止まらなくて、色々と頭が混乱していたから、とても
じゃないけどベットに入って寝るなんて、できそうになかった。
それに、ここにいたくなかった。
・・・・・・いることが怖かった。
吉澤に何かしてしまいそうな自分から怖いから。
私はベットの向こう側にある、小さなベランダに出ることにした。
そうすれば、もっと冷静になって考えられると思った。
私は静かにベットを迂回して、カーテンの上から鍵を開けると、ベランダへ
逃げるようにして出た。
そして、フェンスに肘を乗っけて体を傾ける。
外はもう微かな灯りしかなくて、何も音がしない世界だった。
見上げるといつもより星が多く見える。
風は微風だけれど吹いていて、それでもやっぱり暑い。
夏は嫌いだと、改めて思った。
そのとき後方から小さな物音が聞こえた。
私はビクッと体を震わせると、ゆっくりと後ろに振り向いた。
そこに吉澤がいた。
203 名前:夏が嫌いな理由 投稿日:2001年09月10日(月)19時33分54秒
「ここだと思いました。起きたらいないからビックリしたんですよ。」
吉澤はどこか呆れてるような顔をして言った。
「あ、あぁ、ごめん・・・・。」
私はさっきした吉澤への痴態から顔を逸らた。
不意に涼しい風が吹いて、私達の髪を撫でていった。
「はぁ〜、やっぱり外はいいスねぇ〜。」
吉澤はよく使う体育会系の言葉で言うと、風でなびく髪を後ろに掻き揚げた。
私はその仕種を横目で盗み見ると、また鼓動が高まった。
やっぱり綺麗で、少し見愡れてしまった。
なんで好きになったんだろう?
好きになる気なんてなかった、思ってもいなかった。
けれど、こんなにも心惹かれている・・・・・。
「保田さん、まだ起きてるんですか?」
吉澤は服の袖で目を擦りながら言った。
「・・・・・眠かったら先に寝てていいよ。明日も仕事があるんだし。」
私は優しく微笑んで、吉澤に触れようとした。
だけど、ヤメた。
もし触れてしまったら、きっと私は狂ったように吉澤を愛してしまう。
そんな気がした。
「それじゃ、先に寝てますね。」
吉澤は少し眠たそうな瞳で言うと、ベランダから出て行ってしまった。
私は吉澤の姿を目で追うことしかできなかった。
204 名前:夏が嫌いな理由 投稿日:2001年09月10日(月)19時43分25秒
私がもっと子どもだったら・・・・・。
そうしたらきっと、私は吉澤を抱きしめた。
だけど大人の理性がそれを止めた。
でも、本当は怖いだけなのかもしれない。
今の関係が壊れるのが怖いんだ。
変なところで大人だから、結果が大体予想できて前に進めない。
無知なら良かったのに、ヘタな知識が行動を妨げる。
今の私にはできない。
だって私は子どもじゃなくて、大人だから・・・・・。
私はいつものように吉澤に接する。
明日も、明後日も、そのまた次の日ずっと・・・・・・。
笑っても怒ってても、それはいつもと変わらない、でもきっと何かが違う。
どうして気がついてしまったんだろう?
こんなことなら、気がつかなければ良かった・・・・・。
でなきゃ、もっと狂ってしまえばいいんだ!
私の理性が抑えきれないくらいに。
この暑さでやられれば良かったかな?
それとも夏の魔力ってやつに、犯されれば良かった?
夏だというのに、私は何も変わらない。
夏だというのに、あの子は何も変わらない。
やっぱり・・・・・・夏は嫌いだ。
205 名前:Hot Soup Summer 投稿日:2001年09月14日(金)00時56分44秒
撮影は押してるみたいだ。
まだ結構待ち時間ありそうな感じ。
お盆は過ぎたといえ、まだまだ夏の暑い日が続く。
程よくクーラーの効いた楽屋は居心地がいい。
窓から見える厳しい日差しが嘘のようだ。

「ふう」
あたしはMDのヘッドフォンをはずした。
ちょうど『ダンシング!夏祭り』が終わったところだ。
シャッフルユニットとしてはいまいちな売上だったみたいだし、
娘。本体の新曲がリリースされたから最近歌うこともないけど、
ま、自分のユニットの曲だしね。

うーん、と伸びをして辺りを見回す。
辻と加護は二人で何か話をしてる。
その隣では梨華ちゃんがなにか雑誌をめくっていた。
今楽屋に残っているのは新メンの四人だけ。
あ、もうすぐ新しい子達が入るのか。
そうするとあたしたちってなんて呼ばれるんだろ。
『第三次追加メンバー』──長いな。
『旧新メン』──変なの。
あー、あたし達も先輩かあ。
なんかまだ実感湧かないんだよね。
206 名前:Hot Soup Summer 投稿日:2001年09月14日(金)01時00分08秒
「ねえ、あいちゃん。暇だね」
「そーだねぇ。あ、よっすぃーなんか面白い話してぇー」
くだらないことで思い悩んでいるあたしに辻と加護がまとわりついてくる。
「うーん。面白い話ねえ」

普段あたしは自分から話を始めることはあまりない。
どちらかといえば聞き役に徹することが多い。
もっとトークを勉強しなくっちゃね……。
ま、それはともかく今日のあたしはいつもと少し違った。

「実はさあ、この間面白いもの見たんだけど」
あたしはさっき頭の中を掠めた光景を再び思い浮かべてみた。
ちょうど誰かに聞いてもらいたかった。
それは大した事ではないけれども妙に心に引っかかっている光景だった。
207 名前:Hot Soup Summer 投稿日:2001年09月14日(金)01時01分25秒
「えー、なになに?」
あたしから話題を振るのは珍しいせいか、二人とも身を乗り出してきた。
「あのね、この間友達のところに宿題写させてもらいに行ったんだけど」
「えー、だめだよ、よっすぃー。ちゃんと自分でやらなきゃ」
耳を刺激する甘ったるい抗議の声。
聞いてるとは思わなかった梨華ちゃんが突っ込みを入れてきた。

うーん、そりゃそうなんだけどね。
八月が終わるまでにはもう少しあるけど、あたし達には当然のように休みはない。
24時間テレビに新メン加入と行事が目白押しだ。
他人に頼りでもしないととても終わりそうにない。

「もー、梨華ちゃん。話止めちゃ駄目だよぉ」
「え、あ、ごめん……」
加護に突っ込み返された梨華ちゃんはあたふたしている。
相変わらず打たれ弱いなあ。
その分回復も早いけど。
208 名前:Hot Soup Summer 投稿日:2001年09月14日(金)01時03分01秒
「それで、続きは?」
と、のの。番組のゲームでは見せない真剣な眼。
ごほん。ちょっともったいぶった咳払いをしてあたしは続けた。
「その帰りに駅のホームで待ってたらさ、おじさんが自動販売機で何か買ってたんだ」
「なになに、なに買ってたの?」
加護も目をきらきらさせて乗ってきてる。よっぽど暇だったんだな。
「それがさ、コーンクリームスープなのよ。それも立て続けに三本も」
「コーンクリームスープ? ホット?」
ののが目をぱちぱちさせながら聞いてくる。
「もう、バリバリにホット。だって、『あちち』なんて言いながら持ってったんだよ」
「それって、いつの話?」
「うーん、まだ一週間もたってない」
「その日って寒かったの?」
「ううん。今日とおんなじくらい良い天気で暑かったよ」
「朝? 夜?」
「夕方くらいかな。蒸し暑くってじっとしてても汗が出るような日だった」
立て続けの質問に一つずつ答える。
209 名前:Hot Soup Summer 投稿日:2001年09月14日(金)01時03分55秒
「そんな暑い日にホット買うなんて変わってるね」
「なんだったんだろうねー」
よく似た二人が顔を見合わせる。
「何だと思う?」
もやもやを他人に伝染させたことで少し気分を良くしたあたしは
ニヤニヤしながら二人に聞いた。

「うーん、ただ間違えただけとか?」
ふむ、加護よ。それはあたしも考えた。でもね……。
「だって、三本だよ。
 一本なら間違えたってのもわかるけど、三本立て続けで間違えないよ」
「きっと、コーンクリームスープがすっごい好きだったんだよ」
ののらしい意見だ。
「いくら好きでも、真夏にホットはないんじゃない」
「それも三本もねー」
加護もさすがに納得しない。
「でも、おうちに持って帰って飲むのかもしれないし」
「それだったらコンビニでインスタント買って帰ればいいじゃん。
 わざわざ駅のホームで買う必要ないでしょ」
210 名前:Hot Soup Summer 投稿日:2001年09月14日(金)01時05分13秒
反論されたののがあごに手を当てて難しい顔をする。
「んー、なんか犯罪の匂いがするなあ」
「しないよ! 大体そのおじさんってなんか人の良さそうな感じだったし」
あたしは笑って否定した。
そのおじさんは30代半ばぐらい。
まあるい顔に笑うと無くなりそうな細い目が、草食動物のようなやさしさを感じさせた。
人は見た目によらないって言うけど、とても悪人には見えなかった。

「ねえ、そのおじさんって、スープを買った後どこに行ったの?」
ずっと黙ってた梨華ちゃんが急に口を挟む。
「多分トイレのほうじゃなかったかな? なんか急いでたみたいだったよ」
「そうね。早くしないと間に合わなくなっちゃうし」
「へ?」
なにを唐突に。
211 名前:Hot Soup Summer 投稿日:2001年09月14日(金)01時06分51秒
「ねえ、梨華ちゃん。何のこと?」
「えーー、やっぱりおかしいよー!」
あたしの疑問をさえぎるようにののが大声で叫ぶ。
「なに? 何がおかしいの?」
「こんな真夏にコーンスープなんて売ってる訳ないじゃん」
え、ちょっと、なに言い出すんだよ。
「……確かに今の時期、駅の自販機にホットのスープがあるってのはおかしいよね」
こら加護、あんたまで。
「だって実際に売ってたんだからしょうがないじゃない」
「よっすぃー、正直にしゃべったほうが身のためだよ」
「んー、吉澤さん。あなた嘘をついてますねぇ」
人差し指で額をとんとん叩く加護。
古畑かよ!って、なんであたしが疑われてんの?
「ちょ、待ってよ。ほんとだって。大体あたしが嘘つく必要なんてないじゃん」
212 名前:Hot Soup Summer 投稿日:2001年09月14日(金)01時09分04秒
「そうまでして目立ちたかったんだ」
「保田さんうらやましがっとる位やしね」
く、こいつら、こういうときはいいコンビネーションみせるなぁ。
「ほぉんとだってば!!」
「だって、真夏にホット買う人なんていないって」
「そうそう、最初っからおかしいと思ってたんだよね」
じとっとした目でこっちを見る二人。
うーキレるぞ、あたしゃ。
もうなんでこうなるんだろ。あー、こんな話するんじゃなかった。

「よっすいーは嘘ついてないと思うよ」
り、梨華ちゃん。
やっぱりあたしのことわかってくれるのは梨華ちゃんだけだよ。
ああ、梨華ちゃんが天使に見える。
色黒いけど。
213 名前:Hot Soup Summer 投稿日:2001年09月14日(金)01時11分08秒
「そういえば、梨華ちゃん。さっきなに言おうとしてたの?」
「その前に聞きたいんだけど、そこって小さな駅じゃなかった?」
「うん。殆ど無人駅に近いかな」
「キオスクとかもないよね」
「改札抜ける前にはあったけど、ホームには自販機しかなかったよ」
梨華ちゃんはあたしの言うことに、いちいちうんうんうなづく。
そんなこと何か関係があるのだろうか?

「その自動販売機って、つぶつぶグレープとか、つぶつぶみかんってなかった?」
はい?
「え、いや、覚えてないけど多分なかったんじゃないかな?」
「あと、ナタデココヨーグルトとか」
「なかったと思うけど」
何を言い出すんだろ。この人は。
214 名前:Hot Soup Summer 投稿日:2001年09月14日(金)01時11分45秒
「じゃあ、やっぱりコーンクリームスープじゃなきゃだめだったんだ」
「何言ってるの?」
前から的外れな会話する人だと思ってたけど、今日は特にすごい。
こちらのそんな気持ちには気づかず、梨華ちゃんは少し胸を張って言った。
「あのね、暑い日にわざわざホットのスープを飲む人って普通いないよね」
「うん」
「だったら、中身じゃなくって缶の方が目的だったんじゃないかな」
「缶?」
「そう、何かを入れるために缶が必要だったのよ」
そう言って梨華ちゃんはにっこりと笑った。
215 名前:Hot Soup Summer 投稿日:2001年09月14日(金)01時13分34秒
「あのね、他のジュースとコーンクリームスープの違いってなんだかわかる?」
え、なんだろ?
「つぶつぶが入ってる缶って、普通のと比べて口が大きいでしょ」
そういえば、粒が出やすいように穴の部分が若干大きくなってるような。
「何かを入れるんだったら普通のより大きい口のほうがいいじゃない?」
なるほど。
「でも、何を入れるのさ」
「たぶん、金魚かな」
「金魚ぉ?」
いったいどこからそんな発想が……。
216 名前:Hot Soup Summer 投稿日:2001年09月14日(金)01時14分22秒
「よっすいー、さっき10人祭りの曲聞いてたでしょ」
「うん。よくわかったね」
「鼻歌歌ってたもん」
う、そんなことしてたのか。ちょっと恥ずかしい。

「その後この話したじゃない。きっとあの歌とこの話にはつながりがあるんだよ」
確かにあれを聞いててこの光景を思い出したんだった。
「10人祭りの曲って盆踊りとか夏祭りのイメージでしょ。
 それを聞いて思い出したってことは、なにかお祭りに関係したものを見たんだよ。
 多分その日は近くでお祭りがあったんだと思う」
あたしはその日の事を思い出そうとした。
そういえば、浴衣着た子がいたような。
217 名前:Hot Soup Summer 投稿日:2001年09月14日(金)01時15分12秒
「そのお祭りで金魚すくいをした子がいたんだけど、
 金魚を持って帰る途中にホームでその袋が破れちゃったのね。
 それで金魚を入れる代わりの入れ物が必要だった」
あたし達三人は梨華ちゃんの話に聞き入っている。
もしかしたら『娘。』に入って初めてのことかもしれない。

「でも、駅の構内にはキオスクもないし代わりになる入れ物なんてない。
 早くしないと金魚さん死んじゃうし、とってもあせってたと思う」
「それじゃ、あのおじさんって」
「その子のお父さんね」
なるほど。
「だから手近にあった自販機で入れ物を買ったの。
 多分金魚は三匹いたんだと思う。
 スープの缶って小さくって、みんな同じ缶に入れるのはかわいそうじゃない。
 それで三本買ったんじゃないかな?」
218 名前:Hot Soup Summer 投稿日:2001年09月14日(金)01時16分53秒
あたし達は梨華ちゃんをぼーっと見つめていた。
当の本人はニコニコしながらこちらを見つめ返している。

「梨華ちゃん、すごい……」
「うん、名探偵だ……」
ちびっこ二人の目が尊敬の色に変わる。
「やだな、そんなことないよー」
照れる梨華ちゃんを見ながらあたしも感心していた。

普段から妄想爆発してる人だと思ってたけど、こんなことまで考えつくなんて。
……でも、なんか梨華ちゃんらしいな。

「いやー、やっと撮影終わったべ」
「もー、矢口NG多すぎだよ」
「なにいってんのさ、圭織だって多かったじゃない」
「はいはい、けんかしないの」
「んー、眠いよー」
219 名前:Hot Soup Summer 投稿日:2001年09月14日(金)01時17分33秒
先輩達が帰ってきた。
とたんに賑やかになる楽屋。
さっそく辻と加護は飯田さんのところに駆けていった。
きっと、今の話をするんだろう。
それを見守る梨華ちゃんはニコニコ笑顔。

そんな様子を見ながら、あたしの頭の中には一つの光景が浮かんでいた。
コーンクリームスープの中を気持ちよく泳ぎまわる金魚。
それをうれしそうに見ている小さな子供。
隣には無くなりそうな目をしたお父さん。
後ろで流れる祭囃子。
その光景はあたしを少しだけ気持ちよくさせた。

「それじゃ、石川、吉澤、辻、加護、準備して」
マネジャーさんの声が聞こえた。
「よし!」
気合を入れて立ち上がる。

口元が緩んでいるのが自分でもわかる。
なんとなく今日の撮影は、いつもよりいい笑顔が出せそうな気がした。


             ──── END
220 名前:晩夏のけむり草道 投稿日:2001年09月16日(日)16時34分59秒


””””””””””
””””””
”””

ここはモー娘。新メンバーの楽屋。
13人でのCMとグラビアの撮影を終えて、4人が楽屋に帰ってきた。

「はー、きっつー。」
楽屋に入ってくるなり、小川麻琴がだるそうに座りこんで、ジュースの缶をプシュッと開けた。
ごっくごっく。
「ぷへー! のど渇いてたー。」

「慣れないことって、きついね。」
高橋愛も抑揚のない福井なまりで、愚痴る。

「本物のモー娘。すごいね。」
ひとり言のように、新垣里紗がつぶやく。

「・・・・・・。ふー。」
軽いため息だけで、座りこむ紺野あさ美。
221 名前:晩夏のけむり草道 投稿日:2001年09月16日(日)16時36分41秒

ジュースを飲みきった小川は、自分のかばんを探っている。
奥のほうから取り出したものは、、、タバコだった。セイラムピアニッシモ6mg。
それを見て驚く高橋。
「まこちゃん。だめじゃんそんなの。」
「え、だってさあ。つれーんだもん・・・」
ヤンキー口調で愚痴る小川は、一本取り出して、そっとくわえた。
「かあさんのだし、強くないし。いいっていいって。里紗ちゃん、そこの灰皿とって。」
新垣は、ハァ? という顔で、灰皿を手渡した。
紺野は目をまあるくして、やりとりをみつめている。

100円ライターを取り出し、慣れない手つきで火をつける。

「まこちゃん。」
高橋は整った顔を小川に近づけて、じっと見る。
真剣な顔に凄みがある。
「な、なんだよー。」
「灰皿使ったらばれるよ。」
高橋は、小川が飲みきったジュースの空き缶を取った。
「これ。」
「あ、ありがと。」

小川は三人のメンバーが見つめる中、ケムリをすぅと吸い込んだ。
222 名前:晩夏のけむり草道 投稿日:2001年09月16日(日)16時38分17秒

コン、コンッ。
ノックの音が響いた。楽屋ドアのほうを見てあわててタバコを缶の中に押し込む小川。
他の三人も一緒にビクッとなる。

ガチャッ。
扉が少し開いて、飯田リーダーが顔をのぞかせた。
「入っていい? 矢口と二人なんだけど。」

小川がこわばった顔のまま、はい、と答えた。

「じゃ、おじゃましまーす。」
飯田と矢口が少し遠慮がちに、部屋の中に入ってきた。

部屋の端っこに腰を下ろした飯田と矢口は、新メンバーの楽屋を見回す。
「結構きれいにしてるんだ。」
「うちらんとこよりきれいじゃん?」

先輩の言葉に、無言の4人。
そんなムードを感じ取った飯田は、優しく笑いかけた。
「緊張しないでよー。」
「そ、そんなことないです。」
紺野が生真面目に答えた。
矢口がそれを聞いてまた笑った。
「キャハハハ。固いって、表情。」
223 名前:晩夏のけむり草道 投稿日:2001年09月16日(日)16時39分11秒

(やべーって・・・。)
小川は灰皿代わりの空き缶が飯田と矢口に見えないように、少し体をずらす。

飯田はその不自然な移動を見逃さなかった。
「どしたの? 小川、今なんか隠した?」
ぎくッ!
「え、い、いや、、あの、、、。」
動揺して言葉が怪しくなる小川を、他の新メン3人がハラハラしながら見つめる。

矢口が目を光らせてにやっと笑うと、すっと立ち上がり、小川の後ろに回った。
「なに隠してんだー?」
小川の影には吸殻の入った、ジュースの空き缶がある。

「ジュースじゃん?」
矢口は缶をすっと手にとった。
「もうほとんど、空だ。」
と言いながら矢口は、空き缶を振る。
こと、こと。
「ん? なんか入ってる、、、っておい! これ…。」
矢口は空き缶の中をみて、鼻を近づけ、表情を曇らせた。

(バレた…、説教だ…。)
小川は一人落胆し、新メン3人も怒声に耐えるため身を固めた。
224 名前:晩夏のけむり草道 投稿日:2001年09月16日(日)16時39分47秒

矢口はため息をついて飯田を見ると、うなだれている小川に話しかけた。
「だめじゃん、ちゃんとタバコは灰皿で吸わないとー。空缶業者の人、困るんだぞ。」

(・・・はぇ?)
小川はボケっと、顔を上げた。

飯田も、そうそう、と言った。
「きちんと灰皿使ってね。」

(し、叱られないの? あたし…。???)
ハテナが頭の周りを舞う小川に対し、矢口が言った。
「小川は何吸ってんの?」
小川は無言でセイラムの箱を見せた。

「あー、セイラムかー。」
懐かしいものを見るような表情の飯田。
225 名前:晩夏のけむり草道 投稿日:2001年09月16日(日)16時40分31秒

矢口は、いい? と言って、小川のそばに座った。
「タバコはやっぱ、ラッキーだよ。あの体に悪そうな味がいいんだから。今日からラッキーにしなよ。」
ポケットから白地に赤丸のラッキーストライクを取り出し、にっと笑う矢口。
「青丸のラッキーはダメだよ。赤いのね赤いの。」

飯田が矢口を制した。
「ちょっと、ラッキーなんか勧めないでよ。アーティストなんだから、喉のためには1mg!」
「カオリはそんなこといって、LARKONE、1日ニ箱吸ってんじゃんよ。」
矢口は笑いながら飯田に切り返す。

「1mgじゃなくても、メンソールならいいけど。石川もマルボロからマルメンライトにしたしね。」
「だから最近喉壊さないのかな?」
「カオリの忠告のおかげだよ。」

状況が理解できない小川をほっぽってタバコ談義をする、二人の先輩。

「矢口的には、とにかくラッキー。他のみんなも、吸うならラッキーね!」
明るくラッキーストライクを勧める矢口に、呆然とする新メンバーたち。

「リーダーとしては、1mgを勧めます。」
リーダーらしい固い言い方で、飯田はメンバーを諭した。

予想外の展開に、四人の新メンバーは完全に止まってしまった。
226 名前:晩夏のけむり草道 投稿日:2001年09月16日(日)16時41分46秒

そこへ救いの手のように、楽屋に後藤が入ってきた。
「カオリー、圭ちゃんが呼んでる。 あと、やぐっちゃんも、辻加護が探してたよー。」

飯田は、
「いい? 1mgね。」
と言葉を残して、楽屋を出て行った。

矢口も、あいつらなんだよぉー、と不満を言いつつ、
「ラッキー、とにかく一度試してみて。」
と、新メン四人全員に念を押して、楽屋を出て行った。

後藤は楽屋の中をうかがうと、おじゃましまーす、と言い、楽屋に入ってきた。
「タバコの話してたの? 二人に勧められたんでしょ? しつこいんだよねー。」
後藤はよっこいしょ、と壁際に座った。
「嫌がってるのに勧めるから。」

小川が後藤に聞いた。
「後藤さんも・・・勧められたんですか?」
心底嫌そうに、後藤はこたえる。
「そうなんだよー。後藤は、いい、って言ってんのにさあ。」

少し、楽屋の空気が緩んだ。

高橋がほっとしたように、つぶやいた。
「後藤さんはタバコ吸わないんだー。」
「え?」
高橋のつぶやきに、真顔で問う後藤。
「あたし、吸わないなんて言った? 吸うよぉー。 あたし缶ピース派だもん。」
227 名前:晩夏のけむり草道 投稿日:2001年09月16日(日)16時43分58秒

(はぁ???)
またもや、ハテナが出る小川。

後藤は言葉を続ける。
「香り高いんだよね、ピース。これ吸っちゃったら他のは吸えないよ〜。あ、でも後藤は無理強いしないからさ。いろんなタバコ吸ってみて、最終的にピースにたどり着く。それが道だと思ってるから。」

ずっと黙っていた、新垣が口を開いた。
「…他のメンバーの人も、タバコ吸うんですか?」
「うん。みんな吸ってるよー。あ、辻だけ吸ってなかったかな……あ、吸ってた吸ってた。最近はじめたんだ、辻。」 

驚愕の真実に驚きを隠せない、新メンバー。
4人とも顔が引きつっている。

後藤はきらきらとした目で、話す。
「よっすぃ〜はね、黄ピース。缶は葉が口につくからヤなんだってさ。」
「なっちはキャメルだっけ。いとこが吸ってたんだって。」
「加護はね、確かセッタ。父さんゆずりみたい。」
「辻は加護に勧められて、マイセン。ま、王道だよね。」
「圭ちゃんは、なんだっけかな…。あ、CASTERだ。甘口で吸いやすいよね。」
「カオリとやぐっちゃんは置いといてと。梨華ちゃんは喉弱いから、マルボロのメンソールにしてるみたい。」
228 名前:晩夏のけむり草道 投稿日:2001年09月16日(日)16時45分08秒

話についていけない新メン4人は、ただ呆然と後藤を見ているだけだった。

「きちんと匂い消し、しなよ。ファブリーズとかでね(w。」
「衣装の時は極力吸わないこと。」
「あと、タバコはかわいいポーチに入れておくこと。バレにくいから。」

じゃ、と言って後藤は立ち上がった。
「わかんないことあったら、聞いてね。あ、歌とかダンスのことも聞いてね(w。」
後藤は優しいコメントを残して、新メンの楽屋を出て行った。

229 名前:晩夏のけむり草道 投稿日:2001年09月16日(日)16時46分01秒

(なんか…吸いたくねえ。)
小川は持っていたセイラムをカバンにしまいこんだ。

高橋は少し涙目になりながら、福井のお母さんに電話した。
「あ、おかあさん。あたし、愛だけど…。もーにんぐ娘。やめるかも…。 え、だって・・・なんか怖いんだもん。」

新垣はキャメルという言葉が頭から離れないでいた。
「キャメルか…。安部さんも吸ってるのかあ…。どんなんだろ。」

紺野はひとり言をつぶやいた。
「すごい、意外。」

4人の新メンバーは、別の意味で先行き不安になったとさ。



  〜〜 モーニング娘。 聞くと見るとは大違い 〜〜

             お・わ・り

230 名前:夏の夜の夢 投稿日:2001年09月16日(日)23時29分36秒
それは一本の電話から始まった。



誰だろう。
そう思いながら眠りに就こうとしていた後藤真希は、聞きなれた着信メロディを鳴らしつづけている自分の携帯電話を手にとった。

画面には「公衆電話」の文字。

時刻は午前一時。
こんな時間に公衆電話からかけてくる友人は真希にはいないはずなのだが。

「ふゎ〜い、もしもし?」
「やっとでた。遅いぞ、バカ」
「!!!」

電話の向こうから届く懐かしく、愛しい声を聞いて、真希は、これは夢だろうか、と思った。
しかしそれは、まぎれもない現実であった。
眠気はどこかに消えていた。

「おーい後藤〜」
「い・・・・市井ちゃん?」

市井紗耶香。
それが、電話の向こうにいる人の名だった。
真希の恋焦がれる人。
231 名前:夏の夜の夢 投稿日:2001年09月16日(日)23時31分34秒

「な、なんで?今イギリスにいるはずじゃ・・・」
「ん、ちょっとね。帰ってきてるんだ。悪い、こんな時間に電話して」
「別にいいよぉ、市井ちゃんだもん」
「ちょっと忙しくてね、夜中しか空いてないんだ」
「そうなんだ。タイヘンだね」
「ん〜、まぁね。でさ、今から会えない?」
「今から?・・・・・いいよ。どこで」
「てっきり断られるかと思ったけど・・・ホントに大丈夫?」
「何言ってるの、市井ちゃんの為だったら後藤は何でもできるよ」
「・・・恥ずかしい事をサラっと言うんだからなぁ。まぁいいや。近くの公園にいるから」
「わかった。すぐ行くね」

5分後。
公園には音を立てないように細心の注意を払って家を出た後、全速力で走ってきた真希の姿があった。
顔は上気し、息遣いも荒い。見ようによってはかなりの色気を出しているようにも見える。
232 名前:夏の夜の夢 投稿日:2001年09月16日(日)23時32分24秒
真希は紗耶香の姿を探し始めた。
と、突然後ろから肩を叩かれた。
振り向いた真希の目に、嬉しそうな、それでいて困ったような笑顔を浮かべている紗耶香が映った。

「や、久しぶり」
「ダメだよ、そこは『ひさぶり〜』って言うんだよぉ」
「何だそりゃ」
「ま、いっか。会いたかったよう、市井ちゃ〜ん」
「何だ何だ、急に抱きついたりして」
「嬉しくないの?」
「嬉しいに決まってるだろ」
「ゴメンね、後藤汗臭いよ」
「構うもんか、市井の為に走ってきたんだろ。それに、全然汗臭くなんかない。いいニオイがする。」
「何か照れるよぅ」
「後藤の・・・ニオイだぁ」

抱きしめ返してくる紗耶香の体温が、真希には心地よかった。
夜の風が二人を包んでいた。
233 名前:夏の夜の夢 投稿日:2001年09月16日(日)23時32分54秒
それから二人はベンチに寄り添って座った。暑くはなかった。

二人でいろいろな話をした。
紗耶香の留学先での話、真希のモーニング娘。としての活動の話、新メンバーの話、そして真希と紗耶香が一緒に活動していた頃の話、など。二人にとってそれは、幸せな時間だった。

「いつまでいるの?」
「んっと、そんなに長くはいられないなぁ」
「そっかぁ。でも明後日まではいるでしょ?」
「明後日?うん、大丈夫だけど。でも何で?」
「近くで花火あるんだ。一緒に見に行こうよ」
「お、花火かぁ。いいね、行こう」
「やったぁ〜!」
「あのさぁ・・・」
「何?」
「ほかのメンバーには、私の事言わないで欲しいんだ」
「何で?」
「何かさ、『もう夢をあきらめたのか?』って言われそうで・・・」
「そんなこと言うわけないじゃん。大体あきらめたわけじゃないんでしょ?」
「そうだけどさ・・・ま、言わないでよ」
「・・・?ん、わかった」
「ありがと、後藤」

そして紗耶香は真希にキスをした。
不思議と、真希は何の味も感じなかった。
234 名前:夏の夜の夢 投稿日:2001年09月16日(日)23時33分35秒
次の日。
真希はドラマの仕事のため一人で楽屋にいた。
と、携帯電話が着メロを鳴らし始めた。
画面には「圭ちゃん」の文字。
紗耶香じゃなかった、と真希は少し残念に思いつつ電話に出た。

「もしもし〜」
「・・・・後藤?」
「そうだよ、後藤のケータイなのに後藤以外がでてどうすんのさ?」
「・・・・あのさ」
「・・・?圭ちゃん・・・泣いてるの?」
「・・・・・なんでもないや、じゃね」
「ちょ、圭ちゃ・・・切れちゃった」

何だったんだろう。
首をかしげたところで、答えが出るはずもなかった。

紗耶香はその日、忙しくて真希に会えない、と昨夜言っていた。

その日一日、真希は憂鬱だった。
235 名前:夏の夜の夢 投稿日:2001年09月16日(日)23時34分12秒
―――夜。
電話が紗耶香からかかってきた。
真希は今日の圭の様子を紗耶香に話した。
紗耶香の反応は「ふ〜ん、でもまぁ、圭ちゃんもイロイロあるんだよ、きっと」という普通のものだったが、真希はそこに紗耶香が何かを隠している事を感じ取った。

しかし、真希はそのことを紗耶香に聞かなかった。
聞いてはいけない。そんな気がしたのだ。
236 名前:夏の夜の夢 投稿日:2001年09月16日(日)23時35分20秒
そして、花火を見ると約束した日になった。
真希は仕事が終わった瞬間に家に帰り、とっておきの浴衣に着替えた。

「市井ちゃん、何て言ってくれるかなぁ?」

約束の場所に着いた時、もうすでに紗耶香は着いていた。

「お、浴衣かぁ」
「どう?」
「似合ってるよ。可愛すぎて襲っちゃいそうだ」
「えへへ〜照れるなぁ」
「調子に乗るでない」
「は〜い」

花火がよく見える場所がある、と後藤が前方の丘を指差した。

「よ〜し、後藤、競争するぞ!」
「えぇ?ちょっと市井ちゃん、後藤浴衣なのに」
「何を言う!それくらいがちょうどいいハンデだ!」
「ええ〜卑怯だよぉ〜」
「行くぞ〜」
「あ!ちょっと待ってよ〜」

浴衣のハンデもあってか、真希はドンドン紗耶香に差をつけられていく。
紗耶香に追いつこうと必死に走っている真希は、ついに勢い余ってこけてしまった。
起き上がって前を見ても、紗耶香は転んだ真希に気づかない。

その事に腹を立てた真希は、その場から動こうとしなかった。
紗耶香が一向に気づかないのを見て、何だか悲しくなった。
237 名前:夏の夜の夢 投稿日:2001年09月16日(日)23時36分01秒
ようやく、紗耶香が気づき、全速力で真希の所へ走ってきた。

「後藤!大丈夫?」
「気づくのが遅いよ!バカ!」
「そ、そんなに怒らなくても・・・」
「ふんだ、市井ちゃんなんか知らない!」
「え〜、何だよぉ、それ。早くしないと花火始まっちゃうぜ」
「・・・・」
「・・・よいしょっと」
「わ!ちょ・・・・何?」
「だって動こうとしないからさ」
「だからって抱っこする事ないじゃん!」
「まぁまぁ、照れない照れない」

その時。轟音とともに花火が打ちあがり、夜空を華やかにいろどった。
二人は(正確には紗耶香だけ)足を止めて、空を見上げた。

「わぁ・・・」
「キレイだなぁ・・・」
「・・・あの、後藤さん?」
「何?」
「感動してるところ悪いんですが、わたくし、そろそろ腕が限界に近づいてきてるんですけど・・・」
「だーめ、終わるまでこのまま」
「ええ!それは市井的にかなりヤバイんですけど」
「え〜だって・・・市井ちゃんの腕の中、あったかいんだもん・・・」
「(ぐ!か、可愛すぎるぞ後藤!卑怯な!)・・・・わかったよ」
「やったぁ!」

そして、二人は花火が終わるまでそうしていた。
紗耶香の腕は終始プルプル震えてはいたが。
238 名前:夏の夜の夢 投稿日:2001年09月16日(日)23時37分23秒
帰り道。

「キレイだったね、市井ちゃん!」
「そうだね〜」
「そこは、『後藤の方が可愛いよ!』って言うとこでしょ!」
「はいはい、後藤の方が可愛いよ」
「ココロがこもってな〜い!」

そうするうちに、二人は先日深夜の再会を果たした公園にやってきた。

「なんかさ、一昨日の事なのに、すごく懐かしく思えるね」
「・・・・」
「市井ちゃん?」
「あのさ、後藤」
「何?」

真剣な表情の紗耶香の見て、真希は何だか不安を覚えた。
239 名前:夏の夜の夢 投稿日:2001年09月16日(日)23時38分06秒
「実は・・・・」
「・・・・」
「もう、会えないんだ」
「!!?」
「多分、もう二度と」
「な・・・・え・・・?」
「ごめん・・・な」
「な、何で!?後藤、何か市井ちゃんの気に触るような事したかな?したんだったら謝る、謝るから!」
「後藤・・・・」
「行かないで、行かないでよぅ・・・・」
「・・・・コレを、あげる」

紗耶香は耳につけていたピアスをはずし、真希の手に握らせた。

「やだよぉ・・・・市井ちゃんがいてくれるだけでいいの!他には何もいらないの!」
「後藤・・・・」
「行かないで・・・・もう後藤を置いていかないで、一人にしないで」
「後藤は、一人じゃないよ。圭ちゃんや、矢口や、なっちに吉澤もいるじゃない」
「市井ちゃんがいないじゃん!」
「私がいなくても、後藤は大丈夫だよ、もう」
「大丈夫じゃない!後藤はずっと市井ちゃんに教えてもらいたいの!」
「後藤・・・・・」
「・・・・・」
「目、つぶって」
「・・・?う、うん」
240 名前:夏の夜の夢 投稿日:2001年09月16日(日)23時39分25秒
唇に、柔らかい感触。

瞬間が、永遠に引き伸ばされるような感覚。

真希は、その感覚に、溺れていった。

気が付くと、紗耶香の姿は見えなかった。
夢だったのかな?
そう思う真希の手の中には、銀色に輝くピアスがあった。

「サヨナラ、真希」

真希の頬をかすめる風が、そう言っているように、感じた。
241 名前:夏の夜の夢 投稿日:2001年09月16日(日)23時40分09秒
次の日。
真希がいつもどおり5分遅れて楽屋に入ると、飯田が神妙な面持ちで、見つめてきた。
飯田の周りを、メンバーが囲んでいる。
その表情は、全員下を向いているため、確認できない。

「何?カオリ?後藤の顔に何かついてる?」
「・・・・」
「・・・?」
「あのね、後藤、落ち着いて、聞いてね」

まずカオリが落ち着いた方がいい。真希はそう思った。
242 名前:夏の夜の夢 投稿日:2001年09月16日(日)23時40分59秒
「紗耶香がね」
「市井ちゃん?」
「・・・・死んだの」
「・・・・・・え?」
「イギリスで、交通事故にあって・・・・」
「ウソだ・・・・」
「ホント、なのよ」
「だって、だって、市井ちゃんは後藤と・・・」
「後藤と?」
「・・・・なんでもない」

真希が聞いた話によると、紗耶香は、真希が深夜の電話を受け取った一日前に事故にあったらしい。
その後4日間、そう、花火を一緒に見た日まで、生死の境をさまよっていたそうだ。

「後藤が、後藤が」

と唸っていた、と聞いて、真希は涙があふれてきた。
紗耶香の真希に対する愛情を、はちきれんばかりに感じたからだ。
243 名前:夏の夜の夢 投稿日:2001年09月16日(日)23時42分17秒
紗耶香が生死の境をさまよっている間、真希は確かに紗耶香と過ごした。
真希にはそれが現実だった。

たとえそれが、夏の夜の夢だったとしても。

真希の耳には、いつも銀色に輝くピアスが。

「後藤、愛してるよ」



――――了――――
244 名前:真夏の誕生日 投稿日:2001年09月16日(日)23時55分36秒
一学期が終わっても一向にクラスに馴染む気配がない。
それどころか、いじめられている気配さえある。
期末にはとうとう不登校というのっぴきならない事態に至って、
ようやく、あいの母親は何とかしなくてはと考えた。

関西の中学校から東京の学校に移ってはや4ヶ月。
言葉の違いからか、あいに友達はできず、クラスでも浮いた存在と化しつつあった。
挙げ句の果ての不登校。
母親は話相手がいなくて寂しいからだろうという結論に達した。
父親には相談せずに。
なぜって、長距離トラックの運転手である、あいの父親に相談するのは端から無理というものだ。

その結果がこれか。
ソニーの誇る対話型コミュニケーション・ロボット「あいぼんX。」
初代のアイボが売れに売れ、今ではソニーの屋台骨を支える主力商品だ。
プロセッサの機能向上により用途別にさまざまな派生品が登場し、
このシリーズは不登校児専用の対話型コミュニケータとして位置づけられている。
245 名前:真夏の誕生日 投稿日:2001年09月16日(日)23時56分47秒
あいは、カタログを眺めながら、ため息をついた。

「自分で好きなん、選べ言われてもなぁ...」

カタログにはあいぼんXが機種別に表示されている。
プリインストールされている9種の気質プログラムごとに名前がつけられており、
それぞれの特徴について簡単なコメントが寄せられている。

“あいぼんX−1型「ゆうこ」
特徴:
関西便で絶妙のトークを展開し、お子様を飽きさせません。
涙もろく、お子さんの境遇に涙し、心の痛みを分かち合います。
ただし、センサの都合上、揮発性のアルコールに弱いので、ビール、お酒などを
そばに置かないようご注意ください。
暴走してお子さんに抱き着いたりする危険性があります。”

うわっ、きっしょ〜。絶対いややな、これ。

“あいぼんX−2型「かおり」
特徴:
高精度のRFレシーバ搭載により、無線による遠隔操作が可能です。
受信周波数レンジの広さから、常人には感知できない信号を拾うこともできます。
その間、解析のためにメイン・プロセッサが占有されるため、
フリーズしているように見えますが、故障ではありませんのでご安心ください。”

なんや、これ? 欠陥品やないか!
次!
246 名前:真夏の誕生日 投稿日:2001年09月16日(日)23時57分39秒
X−3型「けい」...特徴、無口ですが実行で示すタイプ...
これも欠陥品かい...対話型コミュニケータが喋らへんでどないすんねん...

次々に見ていくが、どれもそれぞれ一長一短...というよりか寧ろ”短”の面ばかりが目立つ。
不登校に悩む児童にとって、多少、欠点のある方が親しみやすいということだろうか。

「!」

順にカタログを読み通して行く中で、ある文章が目に留まった。

「やさしく包み込むお姉さんタイプです」

あいは目を凝らして、特徴の最初から読んでみた。

“あいぼんX−9型「なつみ」
特徴:
明るく、よく喋ります。抱擁性があり、やさしく包み込むお姉さんタイプです。
ある程度の甘えを許容することで、お子さんの更正を促進します。”

短い。でも欠点らしい欠点が無い。
別にコミニュケータなんてほしくないけど、「お姉さん」という言葉にあいは惹かれた。
あいは、お姉さんが欲しかったのだ。
247 名前:真夏の誕生日 投稿日:2001年09月16日(日)23時58分24秒
申し込みから数日して、コミュニケータが届けられた。
早速、開封してみる。
組立てるところはほとんどない。
その代わり、”イニシャライズ”という面倒くさそうな作業を行わなければならない。
マニュアルに従って、作業を進めると、ピコーンという電子音とともにインディケータにライトが灯り、コミュニケータは第一声を発した。

「あれっ?ここはどこ...?」

おかしいな...マニュアルには、コミニュケータにデータをインプットするため、
コミュニケータの質問に順次答えてくださいと書いてあるけど...
まるで記憶喪失の人間が長い眠りから覚めたような反応にあいはちょっと驚いたが、
質問は質問だと思い直し、応えた。

「ここはあいの家やで。」
「そう、あいちゃんっていうの...で私はなんであいちゃんの家にいるの?」

どう説明したらいいのだろう...マニュアルにはそういうややこしい説明は書いてない。
う〜ん、この安物め。おかんのやつ、けちりよったな。
248 名前:真夏の誕生日 投稿日:2001年09月16日(日)23時59分06秒
「えぇ〜っと...そうやな...どう説明すればいいんか...」

そこで、ぱっとあいの脳裏にあるアイデアがひらめいた。

「そ、そうや。あんたは私のお姉ちゃんや。」
「お、ね、えちゃん...?」
「そうや、なっちはあいのお姉ちゃんやねん!」

思わず、口をついて「なっち」などというそれらしい呼び名まで飛び出したが、
あいは悪くない名前だと思った。

「なっちはな...ちょっと交通事故でな...長いこと入院しててんけどな...今日で退院や。」
「そう...私は事故で入院してて、今日退院なんだ...」

次々に湧いて出てくる、架空の設定にあいは驚いた。
うち、うそつきの才能、あるんやろか...
249 名前:真夏の誕生日 投稿日:2001年09月17日(月)00時00分39秒
同様の会話を繰り返して、あいのプロフィールを一通り話し終えると、
なんとなく、会話のようなやりとりになってきたから不思議だ。
話題は自然と今の学校のことに移っていった。

「でな...辻いうやつがうちをいじめよんねん...」
「どうやっていじめるの?」
「うちの髪型な...うんこみたいやって...みんなに、うんこ、うんこ、こいつうんこやでって...」

なっちはにこにこ微笑みながら言う。

「それはね、辻ちゃんがきっとあいちゃんとお友達になりたいから構ってるのよ。」
「うそや!だって、あいつ...いつも、うんこは汚いからよるな言うし...」
「そんなことないよ。だって、本当に嫌いなら今の子は無視するっしょ。」
「ええっ?そうなんかなぁ...でもなぁ...」
「今度、一緒に遊ぼって言ってごらん。」

辻がそんなに甘いやつとは思えないが、なっちに諭されるとその気になるから不思議だ。
250 名前:真夏の誕生日 投稿日:2001年09月17日(月)00時01分26秒
駄目を押すように今度はなっちが、自らのいじめ経験を語りだした。
コミュニケータがなんでいじめにあうんやろ?
でもなっちの話はあいが思わずもらい泣きするくらい悲しかった。
なっちが中学生だった頃、ある日の放課後、突然、クラスの女子生徒何人かに呼び出され、
いきなり、あんたは見てるだけでむかつくから、明日から学校くるな!って言われたって。
その中には、それまでとっても仲が良かった友達もいたんだって。

「でもね、なっちは負けなかったよ。」

そう、なっちは強かったんだね。
いじめに負けるもんかって明るさを失わないよう頑張ったって。
テニスの部活も頑張って、副部長もやったって。
でも、なんでコミュニケータなのに昔の記憶があるんかな...?
それになんや妙にディテールが細かいわ...
きっとそういうプログラムやねんな。安物の割にはようできとるわ。
あいは、変なところに感心しつつ、なんだかいじめの話を聞いてもらって少し気が楽になった。
251 名前:真夏の誕生日 投稿日:2001年09月17日(月)00時02分20秒
一学期が終わってから、2週間後の登校日。
いつも通り絡んでくる辻に、あいは思い切って言ってみた。

「辻ちゃん、帰りにアイス食べに行かへん?」

とっても驚いてたけど、不思議なことに辻は言ったんや。
いいよ...って。
何だかはずかしそうやった。
今までいじめててんから当然と言えば当然だけど。
でも、あいはとっても嬉しかった。
なっちは凄いな。ほんとにお姉ちゃんみたいや。
252 名前:真夏の誕生日 投稿日:2001年09月17日(月)00時03分44秒
あいが辻と仲良くアイスを食べている頃、
コミュニケータなっちを出荷したソニーのコミュニケータ事業部では、
出荷担当者がある異変に気づいていた。

「主任、この製品の出荷履歴なんですが、CP判定クリアされてませんね。」
「まずいな。コミュニケータのモーニングシリーズか...まだ在庫あったんだな...」
「どうしましょう。」
「対話型コミュニケータといっても、これは物故者が、もし生きていたらという仮定の
もとに記憶やデータ、考え方や癖などをプリインストールして、親族を亡くした悲しみに
耐えられず心因性の精神障害を負った患者の治験用途で開発された一種のシミュレータだ。」
253 名前:真夏の誕生日 投稿日:2001年09月17日(月)00時04分31秒
「なんだか、悲しい代物なんですね。」
「そうだ。愛する者の死という重い事実と向き合えないものへの慰みに過ぎない。」
「売れたんですか?」
「需要はあった。だが、プログラマの精神的負担が大きすぎたため、数体出荷しただけで
結局、開発中止となったはずだ。」
「プログラマの精神的負担...ですか...?」
「シミュレーションとはいえ、人一人の人生を背負うというのは辛いものだよ。」
「なんで、残ってたんでしょう?カスタム仕様だったら、在庫があるはずは...」
「バックアップだろう。10年保証だからな。とにかく、早急に回収してプログラムは
消去しなければなるまい。故人のプライバシーにも関わることだからな...」
254 名前:真夏の誕生日 投稿日:2001年09月17日(月)00時05分30秒
なっちに今日のことを報告しようと足取りも軽やかに帰ってきたあいは、
母親に告げられた事実に愕然とした。
急いで自分の部屋へと飛び込むと、なっちが困ったように切出した。

「あいちゃん...ごめんね...私、帰らなくちゃならない...」
「なっち...」
「私、来てはいけなかったみたいなの...ごめんね...でも、あいちゃんと会えて
嬉しかったよ...」
「なっち...でも..また会えるよね...」

なっちは悲しそうに首を横に振って応えた。

「私はね...存在してはいけなかったの...だから多分、プログラムと対話の履歴は
消去されるでしょうね...」

あいに応える言葉はなかった。
その晩、あいはなっちに抱かれるまま泣いた。
255 名前:真夏の誕生日 投稿日:2001年09月17日(月)00時06分05秒
別れの朝。
なっちはひとつの言葉を残して去っていった。
多分、永遠に。
なっちは言ったのだ。

「私が、ここに来た日のこと覚えてる?」
「?」
「8月8日。ここに来た日が私の誕生日、覚えていてね。それが私の生きていた唯一の証だから...」

そう、なっちは、8月8日、ここで生まれ変わったんだ。
あいはずっと忘れないだろう。
ここでなっちが確かに生きていたことを。
あいに忘れ得ぬ思い出を残して...
256 名前:真夏の誕生日 投稿日:2001年09月17日(月)00時07分24秒
新学期に入って、新潟から転校生が入ってきた。
小川さんという子だ。
あいは仲良くしようと思う。
多分、来たばかりで不安だろうから。
あいには、もうコミュニケータは必要なくなっていた。



おわり
257 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時17分06秒

「いいらさ〜ん。おはよーございま〜す」
「ん〜おはよう。つ〜じ」
今日もこの子はかわいい。
「え〜と〜きのうなんれすけど‥‥」
いつものことだが会っていない時の出来事を全部話してしまわないと気がすま
ないようだ。
目でいいかどうか聞いてくる。軽くうなずきひざをポンとたたくと嬉しそうに乗って
きた。
「がっこうでれすね〜‥‥」
たいした話ではないのだが、一生懸命話しているのを聞いているだけでこっち
の方が嬉しくなってしまう。だけど‥‥
「いいらさん、きいてます?」
「聞いてるよ。それからどうしたの?」
「え〜とれすね」
きっと母親の気持ちってこんな感じなんだろうな。ただ‥‥
258 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時18分45秒

『カチャ』

「はーい、買い出し部隊到着〜」
コンビニへ行っていた安倍たちが帰ってきた。
「いいらさん、またあとできいてくらさい」
飯田のひざから飛び降りると辻は一目散に駈けていってしまった。
机に広げるのが待ちきれないのか、あたりををぐるぐる回りながら、なにが出て
くるのか見ようと必死に飛び跳ねている。
(ん〜やっぱりラブリー)

「ねえ、かおり」
(ん‥‥)
「なあに圭ちゃん」
雑誌を読んでいた保田がいつのまにかジッとこちらを見つめていた。
「大丈夫なの?」
『ギクッ』
「なんのこと」
保田は言葉を続けずにただ飯田を見ている。
(…気がついてるのかな?)
「うん、わかってる。だけど、あの顔を見てると言えないんだ‥‥」
うれしそうに、お菓子を口に運んでいる辻を見ながら答える。
保田は何事もなかったかのようにまた雑誌を読み始めた。
259 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時19分38秒

「安倍、吉澤、辻、ちょっときてくれ」
マネージャーに呼ばれて三人が別室へ連れて行かれた。
残されたメンバーは何事かと話し始める。
「ねえ、もしかして新しいユニットかな」
「でも時期的にそれはないでしょう」
「あと考えられることは‥‥でもねえ」
みんなの視線が一人に向く
「な、なんですか〜」
残された最年少のもう一人がみんなの視線を浴びてアタフタしている。
「加護ちゃんが呼ばれないんじゃ違うんじゃない」
「そうだよね〜」
「それってどういう意味ですか〜」

「圭ちゃんはどう思う?」
保田は雑誌から目も上げずに答える。
「帰ってくればわかるんだから、騒ぐ必要ないよ」
あくまでもクールに。
260 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時21分53秒

『カチャ』

吉澤一人顔に縦線が入っている。残りの二人は相変わらずニコニコ笑っている。
「えへへ、ダイエットしろって言われちゃった」
なんにも気にしていない口調で安倍が報告する。
「ののお菓子食べ過ぎだからや〜」
加護が辻をはやし立てる。
「あいちゃんがおこられないのはおかしいのれす!」
「ウチはののみたいにぶくぶくしてへんからや!」
「じぁーこのおにくは、なんれすか?!!」
辻はそう言うと加護の下っ腹をギュッとつまんだ。
「痛ぅ〜、ののこそなんや〜」
負けじと加護がつまみ返す。
ふたりは、ギャーギャー騒ぎながらお互いの肉を引っ張りあう。
見かねた吉澤が間に入る。
「ほら二人ともやめなよ」
「うっさい、ヨッスィもこうや!」
「よっすぃーのほうがふといのれす」
左右から下っ腹をつままれる吉澤。
「あったまきた〜あたしは身長高いからだよ!それより二人の方が〜」
吉澤も入って贅肉の引っ張り合いが始まってしまった。
周りを囲んではやし立てるメンバー。その中には他人事のように笑っている安
倍の姿もある。
261 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時25分57秒

「ほら、もうそのへんにして…」
飯田が止めに入るがいっこうにやめる気配はない。
(…もし裕ちゃんが居たら……)
おそらく、一言でこの騒ぎは収まるのだろう。そう考えるとまた気持ちが落ち込
んでゆく飯田だった。

『……コホン』

みんなの動きが唐突に止まる。
いつの間にかみんなの輪のすぐ側に保田が立っていた。
そのままにっこり笑うと穏やかに話し始める。
「なっち。よっすぃ。二人はどうすればいいかわかってるよね?」
「そんなの決まってるっしょ〜」
「はい。保田さん」
対照的な表情で答える二人。
「辻は……」

『ビクッ』

「…かおりにまかせるから…」
そのままスゥッと自分の席に戻るとまた雑誌を読み始めた。
(…ああ、まただ……)
飯田は考える。なぜ中澤は自分をリーダーにしたのか。
保田の方が適任だったのではないか。
今回のような騒ぎの時決まってその場を納めるのは保田だった。
(…本当に自分がリーダーで良いのだろうか?…)
262 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時28分57秒

「…いいらさん?……」
思考の海に入り込んでいるとき、その声で現実に引き戻された。
そこには、不安げに飯田を見上げる辻の姿があった。
飯田はまず自分のやるべき事をしようと気持ちを切り替える。
高圧的にならぬよう、かがみ込むと辻に語りかける。
「…辻はね、いまあひるなの。だから……」
なるべく傷つかないように話す…
一生懸命聞いている辻の表情がだんだんに困惑に変わっていくのがわかる。
(…これじゃダメなんだ……)
言葉を止め、一回深呼吸をして意志を固める。
辻の手を取ると部屋の隅に向かう。
「つじ、ここに乗って」
「……」
一瞬躊躇するが飯田の視線に促され渋々乗る。
263 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時30分16秒

(あた〜)
辻は飯田を上目遣いで見ると「テヘッ」といつもの笑顔を浮かべる。
体重計の針が示している数字は飯田の予想以上だった。
「…つじ、ここまでがんばろう」
飯田は数字を指さす。自分の考える無理のない数字を…
辻はさっきの表情を一変させ今にも泣きそうな顔になる。
「…いいらさんは、つじのこときらいですか……」
「そんなこと言ってないでしょ!」
「……」
「ここまで頑張れたらかおり辻のこともっと好きになれると思う」
「…へい……」
とぼとぼ自分の席に戻る辻を見て、いまにも自分の意志がくじけそうになる飯
田だった。
(…これは辻のためなんだ)
そう思いながらも胃がキリキリ痛くなる。
264 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時31分46秒

その日以来娘。の楽屋には重苦しい空気がたちこめるようになった。
最初の数日ほどは加護が三人をからかいながら浮かれていたが、
シャッフルユニットの発表それに伴う三人祭への参加。
その後衣装が伝えられるに至っては、前の三人以上の落ち込みであった。
周りの者もとても声を掛けることが出来ないほどに。
唯一の例外が……
「ポジティブ。ポジティブ。みんなに負けないようにがんばりましょう」
「……」
と、意味のない励ましで加護の落ち込みを増大させている人だった。
つまりは、一番の問題児を事務所側もわかっていたようだ。
言葉でわからせることは出来ないだろうと実力行使にでたらしい。

辻は他のメンバーがお菓子をつまんでいる間、少し離れたところから涙目で
それを眺めている。吉澤も間食を控えているようだ。
唯一安倍だけが例外で周りの心配をよそに今まで通りニコニコと間食を楽し
んでいる。
265 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時33分05秒

数日が過ぎた。
それぞれに、変化が現れてきた。
吉澤は、どうやら特製の弁当持参の効果かふっくらしていた頬が少し引き締ま
ってきた。
少々顔色が悪いのが気がかりだ。
加護は師匠譲りの睡眠ダイエット(暇なときは寝ている)を始めたようだ。
おかげで楽屋がずいぶん静かになった。
不思議なのは安倍で今までと変わらない生活を送っているように見えたが日
に日にスリムになっていくのがはたから見てもわかった。
一方辻は、お菓子を食べるのをやめたようだが、遊び仲間の加護がいつも寝
ていることもあり、本番が始まるまで暗い表情でいることが多くなった。
時折、すみにある体重計に乗ってはため息をついている。
飯田はそれを見て幾度となく話しかけようとしたが、自分自身辻を甘やかして
しまうのが怖くて遠目で見ているだけだった。
(…胃が痛い…)
皮肉なことに飯田自身の体重はずいぶん落ちていた。
266 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時34分10秒

「ねえ、辻ちゃん…」
「あっ、あべさん……なんれすか?」
安倍はちょっと周りを見渡すと、小声でたずねた。
「辻ちゃん痩せたい?」
「へい」
「そっか…じゃー辻ちゃんにだけ教えてあげる」
すっかりスリムになり誰もを魅了する天使の微笑みを浮かべた安倍は、そっと
耳打ちする。
267 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時35分20秒

(……あのふたり最近いつも一緒だな)
飯田の視線の先にはニコニコとお菓子をつまんでいる辻と安倍の姿があった。
食事をしたあとは二人でそっとどこかへ出かけていく。
最初は辻のダイエットのじゃまになると思い注意しようとした飯田だったが、何
となく嫉妬しているように思われるのがいやだったので黙っていた。
するとあれほどぽっちゃりしていた辻が、見る見る痩せていく。
ニコニコしながら交互に体重を確認しあっている二人を見ていると、自分だけ
取り残されてしまったようで寂しさがこみ上げてくる。
ただ血色の良い安倍に比べ辻の顔色が悪いのが気にかかる。
268 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時36分15秒

「いいらさ〜ん?」
いつものように交信していた飯田はその声に現実に引き戻された。
目の前にはニコニコと飯田の顔をのぞき込んでいる辻の笑顔があった。
(…なんか、ひさしぶりだな)
いつも会ってるのにこんなに近くで辻の顔を見るのは。
「きてくらさい!」
腕をぐんぐん引っ張られる。少し痛いがその痛みがうれしい。
いつものように部屋の隅に置いてある体重計の前に飯田を連れてくると
「みてくらさい!」
「……!」
その針は飯田と約束した目盛りをわずかに下回っていた。
「…がんばったね……」
頭を優しくなでてあげる。
辻は最初はうれしそうにしていたがなぜか不満げな顔に変わる。
「…ん?」
視線を飯田からはずし少しうつむくと辻は聞く。
「…いいらさんは、つじのこともっとすきになってくれましたか?…」
「……!」
269 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時37分18秒

『ガシッ』

「…い、、、いいらさん?…」
(…もう、このこは〜……)
辻をおもいきり抱きしめる。
「てへっ、いたいれす…」
「あっ、ごめん。…じゃあ、向こうでお話ししようか」
今度は飯田が辻の手を引き席まで戻る。
「はい」
飯田は座ると軽く膝を叩き辻を誘う。
それを見た辻はうれしそうに飯田の膝に乗る。
「本当にがんばったね辻は」
「え〜、え〜と、れすね。がんばったれす。さいしょはぜんぜんだめらったんれす
けど〜…」
久しぶりに膝に乗せる辻はずいぶん軽くなっていて少し違和感があった。
「あべさんに、いいことおしえてもらったんれす」
『ズキッ』
「かんたんにやせられるほうほうがあるよ〜って……」
……
「さいしょは、いいんれすけど〜すこしすると、すごくつらくなるんれす」
……
「れも、まいにちつづけていると……」
……
「……」
……?
「…つ〜じ?」
「つじ?!」
引き寄せてみると、青い顔をしてぐったりとしている顔が見えた。
270 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時38分13秒

そこから先は覚えていない、気がつくと医務室に寝ている辻とその脇に腰掛
けている自分に気がついた。
先ほど辻の言葉を思い出してみる。

『簡単に痩せられる』

『あとで辛くなる』

イヤな想像が頭をよぎる。
まさかなっちに限って…
でも、純粋で人を疑うことを知らないあの子だからこそ…
ふるえる手で辻の腕を取る…
その腕を……

『バタン』

「ねえ、辻ちゃん倒れたって!」
ドアを開けて飛び込んできたのはいつものように遅刻してきたのであろう移動
のかっこそのままの安倍だった。
頭に血が上った飯田は立ち上がるとつかみかかるようにして安倍に詰め寄る。
271 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時41分37秒

「なっち!あんた辻に何教えたの!」
「へっ?」
困惑の表情そのままに飯田を見返す安倍。
それを見て更に血を上らせる飯田。
「辻にダイエットだって言って何教えたの!」
「う、うん、ちょと待ってね」
安倍は肩に提げたバッグをおろすとゴソゴソ探り始めた。
イライラして待つ飯田に手渡した物は……
「…四季のダイエット?」
「うん」
裏を返してみると、『出版ミナヤセール協会』ずいぶんと、うさんくさい名前が書
いてある。
パラパラめくってみる。
しおりが挟んであるペ−ジがあった。
…『夏のダイエット』…ざっと読んでみる。
「…これ、どこで買ったの?」
「えーとねー、渋谷で歩いていたら親切なおじさんが特別に分けてくれるって」
「この値段で…」
「ずいぶん安いっしょ」
「で、この通りやったんだ…」
「うん!」
「で、そのまま辻に教えたの…」
「ほら、自分だけ痩せるってずるいっしょ」
…怒る気がなくなった……
「なっちは大丈夫なの?」
「なにが?」
「…いや、かき氷毎食後五杯も食べて……」
「なっちは十杯食べてるよ」
「……」
272 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時42分45秒

 頭がくらくらしてきた。
 もういい、なっちに悪気はないんだ。
「…辻はカオリが見てるからなっちは仕度してきなよ」
「うん、じゃあ。お願いね」

『ふー』

 脱力した。
273 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時44分05秒

「それで?」
保田が飯田に尋ねる。
楽屋にはまた前のような喧噪が戻ってきていた。
「ほら、吉澤もそのあと倒れちゃたでしょう。事務所側もマズいと思ったんじゃな
い、あたしのが意見しに行かなくてもダイエット命令中止になっていたみたい」
部屋の隅で飯田保田の二人で今回の顛末について話している。
中央では辻、加護、吉澤の三ばかトリオが、何か騒ぎを起こす。
周りであおり立てるメンバー。
いつもの騒がしい、しかし平和な風景。
「しっかし吉澤も人が良いよね、いくら自分のために作ってきてくれるとはいえ、 あの石川のダイエット弁当を毎日食べ続けるなんて…ははは」
「圭ちゃん笑いすぎ…ははは」

まじめな顔になって圭ちゃんが聞いてきた。
「ところで、かおり膝の方はもう良いの?」
「うん、もう大丈夫…やっぱりばれてた?」
「ふふふ」
やっぱり圭ちゃんはすごい。
あたしは前から聞きたかったことをこの際だから聞いてみた。
274 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時45分27秒

「ねえ、カオリがリーダーでホントに良いのかな…」
「……」
「裕ちゃんみたいにみんなをまとめることなんか出来ないし……圭ちゃんの方が
……」
「…かおり、裕ちゃんの代わりなんか誰にも出来ないよ」
「…でも…」
圭ちゃんはちょっと考えてから
「裕ちゃんはね父親なの、父親が離れたとき家を護るのは母親の役目。かおり
は母親なのよ。…やさしすぎて優柔不断だけどね」
「ひどい〜…そっか裕ちゃんは父親か…………うふふ」
「なに〜気持ち悪いわね」
「ううん。裕ちゃんが父親って、なんかうまいなあって…腹巻きしてテレビの前で
ビール片手にテレビ見てブツブツ言ってるの想像しちゃって…アハハ」
「な〜に、かおりの方が失礼じゃない…でもピッタリね…アハハハハ」
なんかスッキリしちゃった。聞いて良かった。
「それで圭ちゃんはどんな役なの?」
「あたし?う〜ん…そうね。母親を助けるしっかり者の長女ってところかな」
「…長女と言うより長男じゃない?」
「失礼ね!…まあ、どっちにしてもあたしには親の役目は出来ないって事、まあ
これからもがんばってくださいお母さん」
275 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時47分13秒

「いいらさーん」
「お姫様が来たみたいね……これあたしの知り合いがやってるところだから時
間に融通がきくわよ。あとね〜こんなことわざがあるの知ってる?」

……ボソボソ

「……」
圭ちゃんは器用に片目をつぶると、辻の頭を一回撫で自分の席に戻っていっ
た。
「いいらさん、いいらさん。つじはれすね〜」
「あわてなくていいから…ハイ」
『よいしょ』
「えーとれすね。あいちゃんはひろいんれす〜」
辻への愛情を膝で感じながら、思いをとばす。

吉澤は今回のような思いはしたくないから大丈夫だろう。
加護もずいぶん痛い思いをしたみたいだし。

なっちは……事務所はうまくやったと思っているようだけどカオリは知っている
の。



『秋のダイエット』が……焼き芋ダイエットだって言うことを……

276 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時48分27秒

辻は……
「いいらさん、きいてますか〜」
「ん〜、それから、どうしたの」
「え〜とれすね、」
いま膝の上で楽しそうに何でも話してくれているこの子もいつかはここから離
れていくときが来るのだろう。せめてその日が来るまでは……
フッ…これってまるっきり母親だね。
辻の話を聞きながら圭ちゃんからもらった名刺を確認する。



『スポーツジム-ビューティーエレガンス』

277 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時49分33秒

圭ちゃんの言葉が頭に響く

278 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時50分27秒

『天高く馬肥ゆる秋』

279 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時51分20秒

…明日電話してみよう……

280 名前:二代目の憂鬱 投稿日:2001年09月17日(月)00時51分53秒

頑張れカオリン
負けるなリーダーイーダー

   終わり


281 名前:第3回支配人 投稿日:2001年09月17日(月)00時55分14秒
第3回オムニバス短編集のエントリーは締め切られました。
参加作品は以上の全19作となります。
案内板にてこれらの投票を行っております。
投票スレ
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=imp&thp=1000654631
投票締め切りは9/30(日)です。

また、感想スレでは、引き続き感想をお待ちしております。
感想スレ
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=imp&thp=989645892

第4回以降も引き続き応援のほど、よろしくお願いいたします。
282 名前:名無しさん 投稿日:2001年10月13日(土)11時00分22秒
第3回オムニバス短編集反省会が終了しました。
これより運営スレでは第4回の話し合いがはじまります。
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=imp&thp=1000654631

まずは次回テーマ案の募集・決定。
その後、第4回の支配人を選出します。
支配人は一度でも読者又は作者での参加経験がある人なら、誰でも立候補できます。

なお、感想スレでは引き続き作品に対する感想他をお待ちしております。

第1回
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=purple&thp=989646261
第2回
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=purple&thp=993979456
第3回
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=flower&thp=998168613
283 名前:第四回支配人 投稿日:2001年10月25日(木)22時35分40秒
『オムニバス短編集』4th Stage 〜ノベル・ア・ラ・モード〜 の告知です。

テーマは「食べ物」。

今回は入れなければいけない言葉もNGワードもありません。
作者の皆さんが「食べ物(または飲み物)」をテーマとしているならば
どんな作品でも結構です。
タイトル、文中に食べ物が出ていなくてもかまいません。

投稿期間は11月4日(日)から11月17日(土)まで。
作品は25レス以内に収めてください。

詳しくはまたこのスレッドにて告知させていただきます。

既に評価を得た方。
前回の雪辱に燃える方。
初めて小説に挑戦しようという方。
どなたでも参加できるようにしてあります。
我こそはという方ふるってご参加ください。

みなさんの作品をお待ちしています。

なお、現在も打ち合わせを以下のスレッドで行っています。
興味のある方はぜひ覗いてみてください。

http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=imp&thp=1000654631
284 名前:( `.∀´)ダメよ 投稿日:( `.∀´)ダメよ
( `.∀´)ダメよ
285 名前:第四回支配人 投稿日:2001年11月22日(木)10時00分42秒
現在、オムニバス短編集投票受付中です。
『食べ物(飲み物)』をテーマにしたバラエティあふれる作品が集まっています。
ぜひ、ご覧いただき投票に参加してください。

『オムニバス短編集』4th Stage 〜ノベル・ア・ラ・モード〜
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=white&thp=1004797991

『オムニバス短編集』4th Stage 〜ノベル・ア・ラ・モード〜投票所
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=imp&thp=1004798175

『オムニバス短編集』感想用スレッドvol2
http://mseek.obi.ne.jp/cgi/hilight.cgi?dir=imp&thp=1006011538

なお投票締め切りは11/25(日)AM8:00です。


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