10 マッドサイエンティストの克復
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:29
- 10 マッドサイエンティストの克復
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:30
-
「ねぇねぇ、知ってる?今は使われてない北側のトイレにはお化けがでるんだって」
そんなことをお昼休みに誰かが言っていたからだろうか。
使われていないはずの第2化学室に向かう人影を反対の廊下から見たとき、愛佳は思わず
足を止めて物陰に身を潜めた。
でももし仮にあの人影が幽霊だとしたら隠れる意味がないなと思ったけれど、見つかって
追いかけられたりするのは嫌だ。
愛佳は一応用心して少し時間を置いてから第2化学室に向かって歩き出す。
窓から軽く様子を伺った限りでは人影は既になかった。
くだらない好奇心だというのは理解している、それでも愛佳は昔から気になったことは
追求しないと気が済まない性格だった。
「でもこういうタイプって映画とかだと一番最初に死ぬんやっけ」
と愛佳は夕日に染められた廊下をゆっくり歩きながら独り言を呟くと最後に苦笑した。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:31
- 愛佳は第2化学室の前に着くととりあえず大きく深呼吸をする。
手が自然と汗ばんできて小刻みに震えている、でも怖いと思っているのに不思議と
ここから逃げようとは思わなかった。
愛佳は最後にもう一度息を吐き出すとドアにゆっくりと手を伸ばした。
でも開けようとした瞬間、まるでそれは自動ドアのようにひとりでに横へ動いた。
「きゃぁぁぁぁ!!」
愛佳は予想外の展開に驚いて大きな叫び声を上げると腰が抜けてその場に座り込む。
そして少しだけ漏らしてしまった。
中にいたのは顔が爛れた女の人でも骸骨でも人体模型でもなくて、長い黒髪を頭の上で
軽く束ねている綺麗な女の子だった。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:31
- 「それでさぁ、お漏らし子ちゃんはなんでこんなところに来たの?」
「・・・・・そのあだ名止めてもらえませんか」
「うーん、じゃぁいい年してお漏らしした子ちゃんでどう?」
「大して変わってないじゃないですか!っていうか余計にひどくなっとる気がするんですけど」
「いやぁ普通に呼んであげたいんだけどさ、君の名前知らないから」
「あっ、そういえばそうですね。私は一年C組の光井愛佳っていいます。クラスの皆は
大体愛佳とか愛佳ちゃんって呼んでくれはりますねぇ」
「じゃみっつぃだね」
「あの・・・・・人の話聞いてます?」
黒髪の女の子は椅子を二つ使い、一つに長い足を乗せながら親しげに話し掛けてきてくれる。
同性でしかも明るい人だったのはお漏らししてしまった愛佳にとって救いだった。
だがはっきりと物事を言う人だったのは少し不幸なことだった。
垢抜けた顔立ちと飄々としていて掴みどころのない性格、それが女の子の第一印象だった。
ちなみに濡れたパンツは洗って干してある。
金網付きの三脚の下にアルコールランプを入れて上に水を入れたフラスコを乗せる。
そしてフラスコの上にパンツを被せて乾かすという方法だった。
とりあえず見た目がとんでもなく恥ずかしいので、愛佳はそれに背を向けて女の子と
話していた。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:32
-
「そうだ。名前教えてくれません?」
「えっ?知らないの?」
「あっ、えっと、すんません。実は最近滋賀から引っ越してきたもんで・・・・」
名前を聞くと女の子は不思議そうに首を傾げる。
普通に考えれば自信過剰とも取れる発言だけど、これだけ綺麗な子なら周囲から良い意味で
浮いているのだろう。
愛佳は改めて女の子の顔を見つめながらそう思った。
まるで雪のように白い肌に大きな瞳、そして高く整った鼻筋に薄紅色の唇。
誰かが作った彫刻のようなその顔立ちに愛佳は思わず息を呑んだ、地元ではこんな子は
一度も見たことがなかった。
女の子は意外にも気さくに笑うとわざわざ椅子から立って自己紹介してくれた。
「それじゃ初めまして久住小春です。よろしくね、みっつぃ!」
夕日を浴びて微笑みながら佇んでいるその姿はまるで一枚の絵のように様になっていて、
愛佳は少し間だけ惚けてしまった。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:32
- 「あぁぁぁぁぁ!」
「ど、どないしたんですか?」
「燃えてる!!」
「何がですか?」
「・・・・・みっつぃのパンツ」
「ちょ!ちょっとそれ早く言ってくださいよぉ!」
久住の言葉に愛佳は勢い良く後ろに振り返る。
すると言っていた通りパンツが火に包まれて燃えていた。
どうやらフラスコから落ちてアルコールランプの火に触れてしまったらしい。
走って近づいたけれど時は既に遅く、愛佳のパンツはもはや履ける状態ではなくなっていた。
「・・・・や、やったー!ノーパンじゃん!」
「全然嬉しくないですから!むしろ泣きたい気分なんやけど」
「まぁなんていうかさ・・・・・たまには開放的な気分でいいんじゃない?」
「だから全然良くありませんって!どないするつもりですか?」
「えっ?小春のせい?どう考えても違うよね?だよね?」
それから三十分くらいくだらない押し問答が二人の間で続いたが、愛佳のパンツを元に
戻せるはずもなくノーパンで帰ることになった。
失ったものは大抵元に戻すことはできない、ありのままの現実を受け入れるしかないのだ。
今にも沈みそうな夕日を目を細めて見つめながら、愛佳は自分に言い聞かせるように
そう心の中で唱える。
そして不自然にスカートを押さえながら通常よりも帰宅を急いだ。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:33
- そんな事件があった次の日、愛佳はクラスメートに昨日会った久住小春という人物に
ついて色々聞いてみることにした。
別に深い理由などなくただ単に一時的な話のネタだった。
すると意外な答えが返ってきた。
「久住小春?知ってるよ、一応クラスメートだからね」
「えぇぇぇぇぇ!このクラスだったん?いや、だって一回も見たことないけど?」
「まぁ正確に言うと籍だけ置いてるって感じかな。私も入学式の時にしか会ってないし」
「へぇ、そうなんや。でもなんでみんなと授業受けへんの?もしかして・・・・・イジメ?」
「違う違う。まぁ簡単に言うと彼女は超天才だから」
「はっ?」
クラスメートの話では小春はIQ300以上の天才らしい。
だから高校程度の授業なんて楽々分かってしまうので、特別に許可を得て第2化学室で
個人的に研究をさせてもらっている。
ただあくまでも噂なので本当ところは分からないとみんな口を揃えて言っていた。
でも火のないところにというやつで、小春があの第2化学室にいたのはそういう類の
理由なんだろうと愛佳は思った。
そのとき不意にもっと小春と話してみたいなと思った。
そう思うと愛佳の中にまたくだらない好奇心が湧いてくる、根拠は特にないけれど
今回は何だか面白くなりそうな予感がする。
愛佳は顎を撫でながら軽く笑うと放課後また第2化学室へ行こうと心に決めた。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:34
- 幽霊が出ないと知っても第2化学室の周りは薄暗いので少し怖かった。
資料室や物置みたいになっている部屋ばかりなので、当然のように人気はなく騒がしい
人の声も聞こえない。
愛佳は内心失敗したかなぁと思いつつ化学室のドアを3回叩いた。
すると中から「はーい、どうぞー」と場に相応しくない能天気な明るい声が返ってきて、
今まであった恐怖心が急に薄れた。
「・・・・失礼します」
愛佳はまるで職員室に入るときと同じに一言断ってから中に入る。
「あっ、ノーパンみっつぃだ!」
「ちょ、ちょっと久住さん!人のあだ名の前に変な言葉つけないでくださいよぉ」
「あははっ、ごめんごめん」
「っていうか誰のせいでノーパンになったと・・・・・」
「ん?何か言った?」
「いやくだらん独り言です。気にせんといてください」
小春は相変わらず人懐っこい笑みを浮かべて愛佳に話し掛けてくる。
でも椅子に足を乗せながら話している様子や、全く知性を感じない会話からは天才児という
言葉は似つかわしくない。
けれど昨日と違って白衣を身にまとっていることから、研究しているという噂はあながち
間違ってはいない事が分かった。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:35
- ふと視線を横に向けると黒板に上から下までびっしりと、数式のようなものが白いチョークで書き込まれていた。
確か昨日はなかったはずのそれに愛佳は驚いて唖然としてしまう。
そして愛佳の人のカバンを勝手に漁っている小春を見て、この人はやっぱり天才なんだと
改めて思った。
「って何しとるんですか、あんたは!」
「えっ?あぁ、ちょっとみっつぃのカバンの中が気になったからチェック、チェック」
「普通にプライバシーの侵害ですから。まぁ別に見られて困るもんは入ってないですけど」
「ならいいじゃん!」
「ダメです!」
「えー!みっつぃのケチー」
愛佳が抗議するとふてくされたような顔をして小春はぼやいていた。
でも不意に何か思いついたのか、小春はカバンから離れると突然奥の部屋へ走って
行ってしまう。
部屋に一人取り残された愛佳は呆然とその場に立ち尽くしていた。
まるでおもちゃで遊んでいたと思ったらテレビゲームをしている子どものような感じだった。
基本的に飽きやすい人なのかもしれないけど、さっきまでこだわっていたカバンをあんなにも
あっさりと手放した小春が信じられなかった。
でも一般と違うのが天才だというのならそういうことなのかもしれないと愛佳は納得する。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:36
- 少しすると小春は戻ってきた、その手になぜかパンツを持って。
そして嬉しそうに笑いながらもどこか自慢気に、小春は愛佳に向かってパンツを持っていた
手を突き出す。
愛佳は意味が分からなくて間の抜けた顔をしてパンツを見つめるしかなかった。
「どうしたの?これみっつぃのパンツだよ」
「わぁー、やったぁ!って言うはずないやろ!どないしたんですか、これ?」
「ん?直した。まぁ正確に言うなら復元しただけど」
「久住さんがですか?!」
「うん。家庭科室からミシンもらってきて色々改造して作った」
「なっ!」
あまりに平然とした態度で小春が言うので一瞬聞き流しそうになったけれど、すぐに意味を
理解して愛佳は絶句した。
1週間後、1ヶ月後だったらまだ理解もできる、と思ったがいくら時が経っても理解できない。
常識的に考えればたかが16歳の少女にできる芸当では当然なかった。
それを小春はたった1日でやってのけてしまったのだ。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:37
- 「ん?どうしたの?深刻そうな顔して」
「い、いや別に・・・・ただ久住さんってホンマに天才なんやなぁと思って」
「そうだよ。小春は超スーパーミラクル天才児だもん」
「ははっ、そうですね。じゃパンツはありがたく頂いときます、買うのも勿体ないんで」
やっぱり話していると愛佳には小春が天才には思えなかった。
明るくて陽気で天真爛漫な人、そしていつも行動が唐突で読めない人、でもこんな人に
今まで会ったことがなかった。
天才とかそうじゃないとか関係なくこの人ともっと話したいと思った。
でも感動的なところなのに手にパンツを持っていると様にならなくて、邪魔だなと
思っていると小春に「パンツ持ってニヤニヤしてるとキモイ」と笑われた。
とりあえず愛佳は笑顔で手にしていたパンツを小春に投げつけた。
それからいつの間にかパンツの投げ付け合いが始まり、当たったら負けみたいな
ルールになっていた。
自分のパンツ、といってもまだ履いていないものが汚い物みたいな扱いなのは
若干不満が残るところだった。
それでも小学生のように学校で走り回るのは楽しかった。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:37
- 「これでどうだ!」
「そんなん当たりませんって」
小春の投げたパンツを愛佳は得意げに笑いながら軽く身を捻って避ける。
けれど投げた先には窓あって、運が悪いことに開いていてパンツは外に放り出された。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
と二人の叫び声が第2化学室に響き渡る、そしてパンツは風にさらわれて視界から消えた。
急に静かになった部屋に重苦しい沈黙が流れる。
愛佳は軽く息を吐き出してからゆっくりと小春に近づいた、そして無言のまま手を伸ばすと
頬をつねった。
「・・・・・何してはるんですか、久住さん」
「ちょ、いはいよぉー。れつにこわるのせいらないのにぃ」
「どう考えても久住さんのせいじゃないですか!」
「痛いなぁ、もうっ!ってかあれはパンツを避けたみっついが悪い」
「どういう理論ですか、それ」
子ども染みた言い訳に愛佳は呆れて段々と反論する気力がなくなってきた。
失ってしまったものをもう一度作るな、という神様のお言葉なのかは分からないけれど
パンツはどこか飛ばされてしまった。
愛佳は少し日が落ちてきて色が変わった窓の外を見ながら深い溜め息をつく。
多分校内のどこかにパンツは落ちていると思う、けれど恥ずかしくてそんなものを探す気には
到底ならなかった。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:38
- それから愛佳は暇があれば放課後小春のところへ行くようになっていた。
馬鹿みたいなくだらない話しかしないけれど、それが無性に楽しくていつも時間が過ぎるのが
とても早かった。
その日も部活が休みだったので愛佳は小春に会いに第2化学室に向かった。
でもいつもなら小春の元気な声が返ってくるはずなのに、その日はドアをノックしても
何の反応も返ってこなかった。
留守にしているのかなと思いつつ愛佳はドアに手をかけると、鍵がかかってなかったので
普通に開いた。
「久住さーん。いますか?」
愛佳は遠慮がちに中に入ると見た限り誰もいなかったけれどとりあえず声を掛けた。
当然のことだが返事はない。
とりあえず愛佳は近くの椅子に腰を下ろすと何となく机に突っ伏した。
いつもは騒がしいこの部屋も小春がいないと静かすぎて、まるで別の場所のように
思えてくる。
橙色に染まる大きな木製の机と丸椅子、綺麗に整理されて置かれている薬品や実験器具、
何も書かれていない黒板。
これが本来あるべき姿のはずなのに逆に愛佳は違和感を感じていた。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:39
- 愛佳はじっとしているのにも飽きて体を起こすと何気なく辺りを見回してみる。
そのとき不意に奥の部屋へ続くドアが目に入った。
ここへは何度か来たことがあるけれど一度もあの部屋へは入ったことがなかった。
入る気もなかったし入ろうとも思わなかった。
でも今は無性に奥の部屋の中がどうなっているのか気になる。
どうやら悪い癖がまた始まったようで、くだらない好奇心の赴くままに愛佳は立ち上がる。
奥の部屋へ続くドアは付け足されたように少し真新しいノブがついている。
愛佳はきっと鍵がかかってるだろうなと思いながらも手を伸ばすと、ノブは予想に反して
180度回転し簡単に開いた。
愛佳は一瞬呆気に取られたけれどすぐに軽くガッツポーズして中へと足を踏み入れた。
悪いことをしている自覚はある、それでもきっと小春なら怒らないだろうと思っていた。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:40
- 電気が点けられていない為少し薄暗かったけれど、まだ日が出ているので十分何があるか
見て分かる。
部屋の中は意外に狭く大体六畳ぐらいの広さしかなかった。
その中でまず目に付いたのはパソコンが2台と何だかすごそうな機械、そして本棚には
難しそうな分厚い本が隙間なく入っている。
あとは中央にテーブルが置いてあり、それを覆いつくすくらいに散らばっている書類の山。
そしてふと愛佳が視線を横に向けたときそれはあった。
すぐに気がつかなかったのが不思議なくらい部屋に溶け込んでいたのか、ガラスケースの中に裸の女の人が入っていた。
愛佳は一瞬心臓が大きく飛び跳ねて目を見開いた、でもすぐ冷静さを取り戻しもう一度見ると
それが人形だと気づく。
かなり精巧に作られているけれど関節や肌が人間のものではなかった。
背は大体愛佳と変わらないくらいで年もそんなに離れていないように見える。
肩まである茶色の髪はウェーブがかかっていて、顔立ちとしては綺麗というよりは
可愛らしい感じだった。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:42
- 「・・・・・ホンマようできとるなぁ、一瞬本物かと思うたわ」
「いずれそれは本当になるよ」
「く、久住さん!」
「勝手に入っちゃダメだよ、みっつぃ。まぁ鍵閉めなかった小春も悪いけどさ」
「いや、あの、えっと、あの・・・・」
「みっつぃ動揺しすぎ!もうちょっと落ちついて話しなよ」
「えっと、その・・・・とりあえず勝手に入ってすみませんでした!それで人形が
本物になるってどういうことですか?」
突然した声に驚いて愛佳が振り向くと小春が立っていた。
無造作に黒髪を下ろし白衣のポケットに手を入れながら、いつもと変わらぬ笑顔で
愛佳を見つめる。
いつもは変わらないはずの小春の笑顔なのに今日はやけに胸が騒いだ。
「別にその人形は人間にはならないよ?小春は魔法使いじゃないし。どっちかっていうと
錬金術のほうが近いのかなぁ」
「・・・・・錬金術、ですか?」
「うん。ホムンクルスって言葉聞いたことあるかな?ヨーロッパの錬金術師が作り出した
人工生命体のことなんだけど。あとはフランケンシュタインはまたちょっと違うし、
それならバイオロイドのほうが近いのかなぁ?」
「言うとることがよう分らないんですけど・・・・つまり人間を作るいうことですか?」
「まぁ簡単に言うとそういうことかな」
「どうして・・・・・どうしてそないなことしはるんですか?」
愛佳の質問に小春は詰まることなく平然と答える。
それは放課後2人でするくだらない話をしているときと大して変わらない。
でも変わらないことに愛佳は違和感を持つと同時に少し怖いとすら思った。
愛佳は小春が何を考えているのか分らなくて、核心を突く質問をすると小春はそれに
答えずガラスケースに向かって歩き出す。
そして目の前で止まると寂しそうに目を細めて少しの間だけ女の人を見つめてから、
すぐに愛佳の方へ振り返った。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:43
- 「この人は小春の死んじゃったお姉ちゃんなんだ。まぁこれはそのレプリカだけどね」
「えっ?し、死んだ?あっ、あの、その・・・・・」
「気遣わなくていいよ、死んだのは3年前だし。それに悲しいとは思ってないしね」
「えっ?」
「小春はお姉ちゃんを生き返らそうと思うんだ。へへっ、すごいでしょ?」
「ま、まさか人間を作るって・・・・・」
「そう!小春はお姉ちゃんを作ってまたみんなで暮らすんだ」
愛佳は「そんなことできるわけないやろ」という言葉が喉まで出かかったけれど、何とか
飲み込むと慌てて口を押さえる。
小春は子どもが無邪気に夢を語るときのように目を輝かしながら嬉しそうに笑う。
それを見てこの人は本気なんだなと思った、そう思ったら何も言えなくて愛佳はただ呆然と
小春を見つめることしかではなかった。
小春はただただ嬉しそうで本当なら一緒に分かち合いたいけれど、愛佳にはどうしても
その考え方は理解できなかった。
命は一度終わればそれまでで悲しいことだけれど、思い出を胸の中に留めておきながら
生きていくしかない。
人の死は受け入れるものでそれしか選択肢がないと愛佳は思っていた。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:44
- 「・・・・・それって人間がしていいことなんですかね?」
「えっ?」
「人間って作るもんやないと思います」
「そうかなぁ?そりゃ確かに人道的に色々問題があるとは思うけどさぁ、でももしも
死んだ人にもう一度会えたら嬉しくない?」
「それはまぁ嬉しいですけど・・・・・」
「でしょ?お姉ちゃんが生き返ったらみっつぃにも会わせてあげるよ!」
小春の無垢な笑顔を見ていると愛佳は言葉に詰まってしまう。
それでも人間を作るなんて馬鹿な真似を止めさせたくて、愛佳は痛いくらい自分の
拳を握ると自分を奮い立たせる。
他の誰がだったらこんなに止めようとはしなかったかもしれない。
きっと小春だから愛佳は止めたいんだと思った。
「久住さん!」
「どうしたのみっつぃ?なんかすごくな真剣な顔してるけど」
「こんなことは・・・・・」
「ん?何か言った?」
「いや別に、何でもないです」
愛佳は意を決して人間を作るなんてこと止めるように言おうと思った。
でもまるで言わせまいとするかのように、5時を知らせるチャイムが鳴り響き言葉が遮られる。
愛佳は何だか言いそびれてしまいとりあえず今日のところは帰ることにした。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:45
- 愛佳は家に帰ると小春の事ばかり考えていた。
自分にも大好きな姉がいる、姉が死んだらやっぱり生き返ってほしいと絶対思うはずだ。
小春の痛みが想像できるからこそ強く言えないところもあった。
それでも人間を作るなんてことに賛成できない気持ちも自分の中に確実にある。
「うがあぁぁぁぁぁ!もうっ、分らんわ!っていうか答えなんてあるんかなぁ・・・・」
だんだん頭が混乱してきて愛佳は軽く吼えるとベッドに横になった。
死んだ人を生き返らせたいという小春の思い、大切な人でも死は受け入れるしかない
という愛佳の思い。
どちらも人間として正しい考えのような気がする。
「さっきから1人で何ブツブツ言うてんの?」
「お、お姉ちゃん!なんでここに・・・・っていうかいつの間に入ってきたん?」
「ん?ついさっき。だって隣の部屋から気持ち悪い呻き声が聞こえてきおるから」
「気持ち悪いは余計」
「何か悩んでることがあるなら聞くよ?とりあえず言うてみたら?」
姉がベッドに腰を下ろすのを見て愛佳はゆっくりと上半身を起こした。
相談しても答えなんてでないだろうけど、誰かに言えば少しは気持ちが晴れるかな
と思って口を開いた。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:47
- 「お姉ちゃんはもし家族の誰かが死んだらどうする?」
「えっ?とりあえずお葬式するやろうね・・・・・あっ、その前に告別式せなダメか」
「いや、そういうことやなくて。じゃ例えば愛佳が死んだらどうする?」
「何それ?後追いとかするってこと?でも死んだってしょうがないしねぇ、愛佳も嫌やろ?」
「まぁそりゃ死んでほしいとは思わんやろうけど・・・・」
「だから生きるよ。きっとすっごい悲しくて辛いやろうけど生きると思うわ」
姉の飾らない言葉に愛佳は胸が熱くなり不意に泣きそうになった。
大切な人が死ぬことはきっと自分が死ぬよりも苦しくて耐えられないことだと思う、
それでも「生きる」と姉が言ってくれたことが嬉しかった。
「あぁ、もうっ!お姉ちゃん大好き!」
愛佳は嬉しくてたまらなくて押し倒すような勢いで姉に抱きつくと心から叫んだ。
それから親にうるさいと怒鳴られたけれど愛佳は悪い気分ではなかった。
むしろその逆でとても清々しい気分だった。
悩んでいた答えがようやく見つかった、それはとても単純なことだった。
だから明日小春にこの気持ちをまっすぐ伝えようと愛佳は心に決めた。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:48
- 次の日、愛佳は放課後いつものように第2化学室にやってきた。
でも普段通り入っていけなくて何回か深呼吸を繰り返すと、まだ少し鼓動が早かったけれど
ドアに手をかけた。
「く、久住さん!」
中に入ると勇気を振り絞って愛佳は裏返りながらも声を掛ける。
「あー、うんんっ!光井君、いつまで立っているんだい?早く席に座りたまえ」
「はっ?何ですか、そのキャラ」
「もういいから座ってよ!」
「・・・・・・はいはい、分りました」
小春は椅子に座って寛いでいるのに今日はなぜか教卓の前に立っていた。
そして手に長い木製の定規を持っている。
愛佳は状況が飲み込めず唖然としていると、小春は持っていた定規で教卓を軽く叩くと
適当な席をそれで指す。
何言っても無駄だなと悟った愛佳は素直に指示に従うことにした。
「それじゃまずみっつぃは人間が何でできてるか知ってる?」
「へっ?なんですかいきなり?えっと、あぁ・・・・・」
「人体の構成成分は主に水分60から70%、たんぱく質が15から20%、脂肪も大体
15から20%、そしてミネラルが5から6%とあとは糖質」
小春は何の脈略もなく突然先生のように愛佳に質問してくる。
愛佳はいきなりの質問に頭が回らず上手く答えられない、すると小春は軽く笑ってから
黒板にチョークで書き出して説明してくれた。
まるで化学の授業みたいだなぁと愛佳は苦笑いしながらそれを見つめていた。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:49
- 小春はチョークを置くと愛佳のところにやってくる。
そして机に片手をつくといきなり顔を近づけてきた、それがあまりにも近かったので
驚いて思わず少し後ろに引いてしまった。
小春は身を乗り出して追いかけるように顔を近づけると熱く語りだした。
「人間の体が作っている元素は全部でたった29種類しかないんだよ。主なのはもちろん
水分である水素原子、そして次に酸素と炭素と窒素で大体9割を占めてる。あとは多量元素
としてそれにリンとイオウが加わる。それから多量金属元素の・・・・」
小春の言葉は何となくの意味は分かるけれど、単語が難しくてさすがに愛佳も全部は
理解できなかった。
それに語らせるとずっと喋っていそうだったので愛佳は慌てて止めに入った。
「ちょ、ちょっと久住さん待ってください!正直難しすぎて全然理解できませんって」
「ふえっ?そう?これでも簡単に言ってるつもりなんだけどなぁ・・・・」
「いや十分難しいですから。っていうか久住さんは人間を作れるって言いたいんですよね?」
「うん。だってできるし。まぁ簡単なことではないけどね」
「じゃ仮にお姉さんそっくりな人間を作ったとしましょ、でもそれって本当に久住さんの
お姉さんなんですかね?」
「いや、それは・・・・・」
愛佳はようやく本題に入ると遠回しには言わずはっきりと口にした。
すると小春は意外にも動揺していて、口元を押さえながら視線をあてもなく彷徨わせる。
その様子を見て心の中にまだ迷いがあるんだと愛佳は確信を持った。
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:50
- 「見た目だけそっくりなら人なんて作っても意味がない。なら人形でもええやないですか」
「人形じゃ生きてないじゃん。生きてなきゃダメなんだよ!」
「でも久住さんのお姉さんの心はお姉さんだけものやろ?どんな頭の良い人だって全く同じ
心なんて作れへんとちゃいます?」
「いや、まぁ、そうかもしれないけど・・・・・」
「だから・・・・だから久住さんにはお姉さんは生き返らすなんてできへんよ」
「っ!あぁもうっ!分かんない、分かんないよ!みっつぃの言うこと全然理解できない!」
愛佳は幼い子どもに言い聞かすようにゆっくりと自分の意見を伝える。
けれど小春はそれを受け入れようとはしなかった。
最後は駄々をこねる子どものように首を左右に激しく振りながら叫んでいた。
「死んだら人って少しだけ軽くなるらしいんですよ。まぁ噂なんで詳しいとこは
分かりませんけど。でももしそうならそれが心の重さなんやないかって、愛佳は思うんです。
そんでその無くなった重みは人には作れんもんやないんですかね」
「・・・・・るさい・・・うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!」
「久住さん!!」
「みっちぃなんて嫌いだ!ここから出てってよ・・・・・早く出てけ!」
小春は愛佳の手を取ると強引に引っ張り入り口付近まで連れて行く、それから両肩を突いて
外の廊下に押し出した。
それから拒絶するように大きな音を立てて乱暴にドアが閉められる。
愛佳はすぐさまドアに手を伸ばしたけれど開けることができなかった、そしてワイシャツの
袖口を包むように軽く拳を握ると深い溜め息を吐き出す。
「なんで、なんで分ってくれへんの?・・・・・・・久住さん」
と静かに目を伏せて拳の上に額を当てると愛佳は絞り出したような声で呟いた。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:51
- あれから小春とは一度も会っていない。
小春は教室には来ないので愛佳が化学室に行かければ当然会うことはない。
最初の頃はその方が楽だと思ったけれど、2週間経った今ではあの化学室にいることが
逆にもどかしかった。
同じ教室なら嫌でもいつか会話するだろうし謝る機会だっていくらでもあると思う。
でもあそこにいられると愛佳が行かない限り会うことはない。
ただ行けばいいだけの話だけれど愛佳には勇気がなかった。
小春ともう一度顔を合わせたときまた拒絶されるのが怖かった。
今思い返してみれば結構自分の意見を強引に押し通してしまったような気がする。
愛佳は姉が生きているからその悲しみの全ては理解できない、自分も姉が死んだら
小春のように考えるかもしれない。
「・・・・間違っとったんかなぁ」
愛佳は背中を曲げて机に頭をつけると深い溜め息と共に独り言を呟く。
小春と喧嘩別れしてから一時は考えないようにしようと思ったけれど、そんなこと
無理だった。
頭の中は後悔と自己嫌悪で一杯で今も本当に自分が正しいのか悩んでいる。
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:52
- 気がつくといつの間にか朝のHRが終わっていた。
愛佳は重い体をゆっくりと起こすと正直やる気が出ないけれど授業の準備をする。
数学の教科書を机の中から探し出すととりあえず机の上に置いた。
それから少し経って教科の先生がやってくるといつも通り出席を取り始める。
愛佳はシャーペンを片手で器用に回しながら上の空でそれを聞いていた。
自分の番が近くなったら何となく耳を澄ませて、名前を呼ばれたら適当に返事をする。
でも先生が最後まで出席を取り終えると、まるでそれを見計らっていたかのように
教室のドアが勢い良く開けられた。
クラス中が何事かと思ってドアに注目すると、大して気にした様子もなくその女生徒は
勝手に入ってきて中央の辺りで立ち止まる。
そして視線が集中する中で思いきり手を上げると不服そうな顔をして口を開いた。
「小春のこと無視ですか?そりゃ確かに入学してから一回も授業に出てないですけど、
それにしたってちょっとひどいと思いまーす」
突然現れたかと思うと唇を尖らせながら先生に文句を言う女生徒、それはあの久住小春だった。
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:54
- 愛佳は予想もしていなかった小春の登場に思わず席を立った。
当然クラスの視線は愛佳にも向けられたけれどそんなものは全く気にならなかった。
今はただ小春がなぜこの教室にいきなり現れたのか、興味があるのも答えが知りたいのも
それだけだった。
「ちょ、ちょっと!何してはるんですか!」
「ん?いやさぁ、あれから色々考えたんだけどやっぱりみっつぃの言うこと理解できなくて」
「だから文句言いに来はったんですか?」
「違うよ。みっつぃと一緒に居ればいつかその分らなかったことが理解できるかなぁ
って思ってさ。ただそれだけ」
「ふっ・・・・ふっはははは!ホンマにバカな人ですねぇ、久住さんって」
「何言ってんの?小春は天才だよ!」
2人でいつものように漫才のような掛け合いをしていると、先生がわざとらしく大きな咳を
何回かしたのでとりあえず座ることにした。
さすがに授業中なので私情の言い合いをこれ以上長く続けるわけにはいかない。
小春は自分の席がないのでたまたま病欠で空いていた愛佳の斜め横の席に腰を下ろした。
それから先生は予想外の乱入があったもののとりあえず授業を始める。
愛佳は教科書とノートを開いたけれど気分が高揚しているせいで全然集中できなかった。
さっきまでの喧騒がまるで嘘のように、静かになった教室にはペンが走る音と先生の声だけが
響いている。
何気なく愛佳は小春の方に視線を向けると偶然なのか目が合った。
すると小春は歯を出して笑う、愛佳も自然と笑顔になって軽く手を振ってそれに応えた。
こうしているとさっきまで真剣に頭を悩ませていたのが馬鹿みたいだった。
でも今は2人で笑い合える事が素直に嬉しい。
小春は相変わらず同学年とは思えないほど無邪気で、その笑みはいつも第2化学室で
話していたときと変わらなかった。
だけど少しだけ何か吹っ切れたように愛佳は感じた。
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:54
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- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:54
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- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/30(土) 22:54
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