5 MOMO
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 00:51
- 5 MOMO
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 00:51
- 空が嫌いだ。
カーテンの隙間からこぼれる光が淡い影をつくってフローリングの床に落ちる。
触手みたいだと思う。
ほんのわずかなところから厚かましく忍び込んでくるのが気に入らない。
積まれた本やDVDに光が当たらないように、慎重にカーテンを閉めなおす。
部屋の中は一段と深い色に染まり、とりあえずの安定がもたらされた。
ゆっくりと息を吐いてベッドに腰を下ろす。
もたれかかった壁からは、うっすらと音が聞こえてくる。
でもそれは、ずっとずっと遠くのできごと。私とは違う場所のできごと。
私は空が嫌いだ。
まるで汚れを知らないかのようにふるまう空が嫌いだ。
有無を言わせず、押し付けがましく、どこまでも遠いところから見下ろしてくる空が嫌いだ。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 00:52
- 「苦手なんだね、こういうの」
声がした。甘ったるい女の子の声だった。
突然のことに驚く暇もなかった。
ゆっくりと振り向いたら、声の主が床に体育座りをしていた。
「ほら、これ」
女の子は指先で白みがかった帯をつまんだ。
くにゃりと折れ曲がったそれは、床の上に細い線を描いた。
まるで鉛筆を持ったように、でもなぜか小指だけは浮かせて、女の子は白の帯を振り回す。
やがてこの遊びに飽きたのか、手のひらを広げるとすべてが元に戻る。
いつのまにかカーテンから漏れ出してきた光を、女の子はその手にとって弄んでいたのだ。
「だれ?」
喉に重い空気がまとわりついたままで尋ねた。
自分の声が思いのほか低く響いたことに戸惑っていたら、女の子は静かに「モモ」と答えた。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 00:53
- 「いまひとりなの?」
今度は向こうが尋ねてきた。
拒絶するのも否定するのも面倒くさく思えた。だから黙って頷いた。
モモと名乗った女の子は「そう」とだけ言って、私のことをじっと見つめてきた。
「似てる」
「だれに?」
「ずっと昔、友達だった子に」
モモはそう言って目を伏せた。
長いまつ毛がゆっくりとまたたいた。
ずっと昔、友達だった。その言葉が、ちくりと私の胸を刺した。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 00:53
- 「友達、いないの?」
友達のいない私が初対面の相手にそう尋ねたことが、おかしくておかしくてたまらなかった。
でももうすべてがすっかり乾ききっているから、笑いなんてこぼれるはずがなかった。
「いるよ。でも、その子に会いたかった」
モモは顔を上げて私の目を見た。
彼女がその友達の姿を私に重ねていることは、明らかだった。
「名前はなんていったの?」
「舞波」
モモは私の名前を即答で呼んだ。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 00:54
- 「ねえ、あなたはずっとこの部屋にいるの?」
体育座りを解いて、モモが言った。
私は頷いた。
空が嫌い。
空に包まれたこの街が嫌い。
この街で暮らすみんなのことが嫌い。
みんなのいるこの世界が嫌い。
「舞波に会いたいの」
モモは立ち上がる。でも私は壁にもたれてそれを見上げるだけ。
「舞波はアイドルだったんだよ。みんなから好かれてて……、でも消えちゃったの。
また会おうねって約束したのに、ぜんぜん連絡がとれなくなったまま。
舞波はどこに行ったの? どこに行っちゃったの?」
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 00:55
- 私の視線とモモの視線がぶつかりあう。
私は下から、モモは上から。
私は無言、モモは息を切らせて。
「舞波は学校の勉強をがんばるって言ってた。
なのにあなたは今、ここで何をしているの?」
一歩前へと踏み出したモモは、私に向かって手を伸ばす。
避けようと体を反らすが、壁にもたれた背中は動かない。
なおも迫ってくるモモの腕を振り払おうとしたら、するりとすり抜けて宙を掻いた。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 00:56
- 私に触れることができないと知って、モモは恨めしそうに私のことを眺める。
やがて彼女の体はゆっくりと、部屋に差し込む白い帯へと解けていき、そのまま消えた。
熱いナイフが挿し込まれたように、いつのまにか分厚いカーテンには傷がついていた。
その傷口からは光が噴き出していた。
私の嫌いな空からの贈り物が、こちらに向かって勢いよく流れ込んでいた。
何もかもどうでもよくなってしまった私は、思い切ってカーテンを開け、そして窓を開けた。
目の眩むような光を容赦なく浴びせられた私は、一瞬、ステージに立っている錯覚をおぼえた。
でも、気がつけば私の部屋は私の部屋のままだったし、空は空のままだった。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 00:57
- 何ひとつ変わってはいなかった。
ただひとつ、私の手のひらに確かに残った、モモの腕の感触を除いて。
〆
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 00:57
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- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 00:57
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- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 00:57
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