20 人形
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 22:04
- 20 人形
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 22:04
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「もしかして‥‥梅田さんじゃない? キッズの」
えりかが振り向くと、小さな赤ん坊を抱いた女の人が立っていた。
℃-uteではなくキッズと呼ばれるのは久しぶりだ。
「はい‥‥そうですけど」
えりかは首を傾げた。
見覚えのある顔だ。 誰だっけこの人。
長い髪、大きな瞳にふっくらとした唇、そしてえりかと並ぶほどの長身。
あ! 思い出した。
「飯田さん! お久しぶりです!」
飯田圭織はにっこりと微笑んで、「久しぶり」 と言った。
「赤ちゃん無事生まれたんですね」
「もうすぐ5ヶ月なの」
「可愛いですねぇ。 ‥‥触ってもいいですか?」
「どうぞ」
恐る恐る手を伸ばすと、赤ん坊の小さな手がえりかの人差し指をぎゅっと握った。
胸がきゅうんとした。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 22:05
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「いいなぁ‥‥私も赤ちゃん欲しいなぁ」
と、言ってしまってからはっとする。
「いやその深い意味はなくて、私なんかまだまだ相手がいるわけでもないですし」
慌てて弁解するえりかを見て、圭織は笑って言った。
「あはは、分かってるよ。 でも可愛いのは今のうちだけだからね、子供はすぐ大きく
なるし、いずれはおじさんおばさんになるわけだし。 子供をペット感覚で“可愛い”とか
言ってるうちは、母親にはなれないよね」
「ですよね。 将来自分の子供が禿げ散らかしたおじさんになるかもなんて、今の私には
想像つかないです」
「いや、さすがにカオリもそこまでは想像できないかも」
圭織はそう言って苦笑すると、腕の中の息子の頬をそっと撫でた。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 22:05
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「そうだ、梅田さんにこれあげるよ」
「え?」
不意に思いついたように言うと、圭織は右腕に提げていた紙袋をえりかに差し出した。
「今ね、手芸教室に通ってるんだ。 これ、カオリが作ったお人形なの」
えりかは紙袋を受け取って、中を覗き込んだ。
「うわ、すごーい。 可愛い」
手のひらより少し大きいサイズの、布製の人形が何体か入っている。
「カオリの赤ちゃんはあげられないけど、代わりにこの子たちを可愛がってあげて」
「ありがとうございまーす」
正直もらうことは気が引けたが、大先輩の好意を無下にするわけにもいかない。
えりかがとびきりの笑顔でお礼を言うと、圭織も満足げに微笑んだ。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 22:06
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「じゃあ、またどこかで会ったらよろしくね。 ℃-ute頑張ってね」
「はい! 飯田さんも子育て頑張って下さい!」
街並みに消えていく圭織の後ろ姿を見ながら、えりかは彼女のことを考える。
モーニング娘。の1期メンバーとしてハロープロジェクトを切り開き、支えてきた圭織。
しかし娘。のリーダーになってからは、特にスポットが当たることはなかった。
卒業の時でさえも。
娘。卒業後もずっと不遇が続き、突然のできちゃった婚のニュースも、その前の辻希美
のインパクトにかき消され、圭織はひっそりと芸能界を去った。
まったく同じ形で引退した辻希美は今でも世間で話題に上るのに、飯田圭織の存在は
すっかり忘れ去られている。
それは淋しいことなのか、逆に幸せなことなのか。
少なくとも、今日見た飯田さんはとても幸せそうだった。
もしかしたら、ハロプロにいた頃よりも。
昔、えりかは憧れの先輩として圭織の名を挙げたことがある。
今の自分は、かつての圭織と同じようなポジションにいる‥‥ような気がしないでもない。
私も飯田さんみたいに結婚でもして引退したほうが幸せなのかな。
でも、忘れられるのは嫌だな。
なんとなくもやもやした気分のまま、えりかは家路に着いた。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 22:07
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家に帰って紙袋から取り出してみると、人形は全部で7体あった。
7という数に、少しどきりとする。
「7人揃って‥‥はじけるぞーい」
そんなことを呟きながら人形たちを見つめる。
同じような人形が床の上に並んでいる様子は、なんだか異様にも思えた。
綿が詰まった柔らかい体、黒いビーズの瞳、毛糸の髪の毛。
口の部分は赤い糸で刺繍されていて、可愛らしくにっこりと微笑んでいる。
手作りだけあって、よく見るとそれぞれ少しずつ違っている。
人形が来ているフリフリのドレスは、色だけでなくデザインも違うようだ。
「これはー、1番大きいから私かなぁ。 これは色が黒いから千聖で、こっちは小生意気な
顔してるから舞ちゃん。 この子は服のセンスが悪いから舞美」
えりかはいつの間にか、それぞれの人形を℃-uteのメンバーに当てはめていた。
最初は正直少し気味が悪いとさえ感じた人形たちも、名前をつけた途端、愛しく思える
ようになった。
えりかはリビングの出窓のところに人形を飾ることにした。
自分になぞらえた人形“エリカ”を中心に、7体を綺麗に並べる。
「うん、いいじゃん。 可愛い可愛い」
えりかは満足して自分の部屋に戻り、眠りについた。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 22:09
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「はぁっ、はぁっ、ただいまぁー!」
次の日、自宅に帰ってきたえりかは息を切らしていた。
走ってきたせいもあるのだが、興奮で心臓がどきどきしている。
まだ信じられない。
これ本当だよね? 夢じゃないよね?
つんくの言葉を、何度も脳裏で反芻する。
「センターは梅田で」
夏に出す℃-uteの新曲で、なんとえりかはメインパートを任されることになったのだ。
今まで、℃-uteのセンターは愛理か舞美と決まっていた。
えりかは立ち位置も後列の端っこばかりで、歌もメインどころか1フレーズのソロパート
すら貰えていなかった。
それが今回、突然のセンター抜擢だ。
今まで地道に歌やダンスの練習を頑張ってきてよかった。
努力は報われるんだ。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 22:09
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夕食でそのことを家族に話すと、両親も姉も自分のことのように喜んでくれた。
ふと、出窓に飾った人形たちに目が留まる。
圭織のことを思い出す。
飯田さん、私、センター取りましたよ。
無駄に背ばっか高くて、人気もないしパートもないし後列固定だったけど、こんな私でも
チャンスが貰えたんです。
私、飯田さんの分まで頑張ります。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 22:10
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奇妙なことが起こり始めたのは、その頃からだった。
えりかは何の気なしに、出窓に飾っていた人形を並べ替えた。
左から年齢順に、エリカ、マイミ、カンナ、ナッキィ、アイリ、チサト、マイマイ。
次の日、再び℃-uteメンバーがつんくに呼び出された。
「悪いけどセンター変更な。 中島で」
えりかは絶望のどん底に突き落とされた。
“カンナ”の着ているドレスの袖口がほつれていた。
えりかは特に裁縫が得意なわけではないのだが、せっかくなので自力で直すことにした。
慣れない針と糸を使って、慎重に縫っていく。
「あ」
つい手先が滑って、針が人形の手の部分に刺さった。
次の日、仕事で会った栞菜は、左手の中指に絆創膏を貼っていた。
「栞菜、それどうしたの?」
「あぁ、昨日包丁で切っちゃって」
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 22:10
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偶然かもしれない。 だけど。
えりかは試しに、ピンク色のペンで“アイリ”のおでこに2つの点をつけた。
次の日、愛理の額には小さなにきびが2つできていた。
人形のアイリとまったく同じ場所だった。
えりかは確信した。
この人形は℃-uteの分身だ。
人形に起こった出来事が、同じように本人にも起こる。
不思議と、恐怖はなかった。
使いようによっては、自分の思い通りに事を運ぶことができるのだ。
えりかはさっそく人形を並べ替えた。
もちろん真ん中に配置するのは“エリカ”だ。
次の日、またつんくから招集がかかった。
「気が変わったんや。 やっぱセンターは梅田で。 すまんな、中島」
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 22:12
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えりかが人形を手に入れてから2ヶ月が過ぎた。
新曲では無事にセンターをこなし、CDの売り上げも、愛理や舞美がセンターだった時に
比べて落ちることはなかった。
微々たるものだが、えりか個人のファンも着実に増えてきている。
今日は新曲のイベントがある日だ。
楽屋ではメンバーたちがそれぞれくつろいでいる。
「最近、肌荒れがひどくてさぁ」
「あ、舞美ちゃんも? 実は私もそうなんだよね」
「舞もだよー。 なんか肌がガサガサするの」
「私そばかすが増えた気がする」
「千聖は前にも増して黒くなったよね」
「うるさいなぁ」
肌荒れについて愚痴り合うメンバーの会話を聞いて、えりかはどきりとした。
えりかもそうなのだ。
ここのところ、妙に肌が黒くなってきた。
日焼けと言うより、なんだか肌のくすみが目立つ気がする。
メンバー全員が同時に肌トラブルを起こすなんて、ただの偶然と言ってしまえばそれまで
だが、やはり何かが引っかかる。
思い当たることといえば、あの人形だけだ。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 22:12
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家に帰ったえりかは、真っ先にリビングの人形を確認しに行った。
確かに以前より汚れている気がする。
日向の出窓に飾ってあったせいか、人形の顔や服は日焼けして少し色褪せていた。
おそらく、それだけではない。
リビングでは父親がよくタバコを吸っている。
タバコのヤニのせいで、人形が茶色く変色しているのだ。
えりかは少しほっとした。
ヤニなら、洗えばすぐ落ちるはず。
これからはリビングはやめて、自分の部屋に人形を飾ろう。
とりあえず自分のやつだけでも洗っとこうかな。
えりかは小さめの洗濯ネットに“エリカ”を入れて、洗濯機に放り込んだ。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 22:13
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その日の夜、水気のないはずの部屋でなぜか溺死しているえりかが発見された。
彼女を知る多くの人々が悲しみに暮れる一方で、アイドルの謎の変死は世間の関心を
集め、ニュース番組でも連日報道されることとなった。
主のいなくなったえりかの部屋では、7体の人形たちが今でも微笑んでいる。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 22:14
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- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 22:14
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- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 22:17
- ノソ*^ o゚)<肌荒れが治らない件
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