18 Beginner's luck

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 21:37
18 Beginner's luck
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 21:38

砂と岩の砂漠のど真ん中。
絵里は空を見上げ、晴れている事を確認する。
そして頭を下げて、石造りの口を開ける井戸を見た。
見事に涸れる世界。

紐付きのカップを落としてみるものの、水音はなし。
引き上げても濡れてさえいない。
絵里は苦い顔をして首を振った。

 「だから言ったでしょ?最初からこんなんじゃ旅なんて無理だって」

背後から里沙の声が聞こえる。
絵里は見えない井戸の底を見つめて呟く。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 21:38

 「どうしよう…」
 「どうしようもないってば。今ならまだ間に合うから帰ろう?」
 「ヤです」
 「…このままじゃあ、どうしようもないでしょうがぁ」

絵里は再び首を振る。

 「分かってます。でもヤなんです」
 「一度決めたらホントに意見を変えるって事しないよね。しかも否定するし。
 気持ちは確かに分かるよ?でもこの先水無しじゃあムリなのも分かるでしょ?
 カメがこのまま干からびるのは勝手だけど、私までミイラになりたくないんだってば」
 「私だってそんなのになりたくないです。それにしても…」
 「何?」

里沙の問いに絵里は両手を大きく広げ、井戸に向かって大声で怒鳴る。

 「なんでこんなに見事に涸れてるんだー!」
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 21:39

そのあまりにも本当に怒っているのか疑問に思える声は
逆に里沙を冷静にさせていた。
淡々とその問い掛けに背後で返答する。

 「それは日頃の行いとか…もしくは旅の神様がカメがこれ以上
 遠くへ行くのは無理だって忠告してるんだよ」

絵里は額に滲む汗を豪快に拭うような仕草をし、大きく息をついた。

 「はぁーっ。怒鳴ると暑いし喉も渇きますね」
 「じゃあ戻るの?」
 「ヤです」

里沙はさりげなく言ったものの、絵里は即答した。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 21:40

 「……はーっ。じゃあ誰かがここを通り過ぎるまで倒れないでよ?」
 「ご要望のお答えできない可能性が高いですね」
 「その時は私が無理やりにでも起こすから安心して」

絵里は鞄からロープを取り出す。
首でも括るのかと冷たい目で見ていた里沙にその端が渡された。



井戸の口と里沙が結んだロープによってタープが張られている。
その下の日陰で二人は仰向けに眠っていた。

 「…カメ、起きてる?ってか生きてる?」
 「起きてますよ、それに生きてます……」

里沙が聞いて、絵里のか細い声が返ってきた。
そろそろ、限界が来ていた。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 21:41

 「道は二つに一つだよ。残ってる水で何とか皆の所に帰って
 勝手に出てきたことについて三日三晩怒られ続けるか。
 このまま砂漠の真ん中で干上がって死ぬか」
 「どっちもヤですねぇ」

絵里は起き上がり、タープの下から出てきた。
砂漠に少し風が上がり、砂塵が薄く舞い始めている。
里沙は先程よりも柔らかい口調で問い掛けた。

 「旅人に一番必要なのは決断力だよ?それは新人でも熟練でも同じ。
 三秒しか集中力を保てないカメにそれが出来るの?」

それは諭すように。
だが絵里はそれに答えず、何故かコートを羽織、タープを外して里沙の上に被せた。
思わぬ行動に驚いたものの、何も見えないはずなのに
どうしてか絵里の不敵な笑みが見えた気がした。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 21:42

 「ガキさん、それは多分『運』ですよ」
 「え?」
 「旅人に必要なのは最後まで頑張って自分を助けてくれるもの、それが『運』です」

絵里がそう言った瞬間、ぽつんっ、と水滴がタープを叩く。
続けざまにポツ、ポツポツポツとリズミカルに音が鳴り、やがてそれは途切れの無い連打へ。
雨が、降り出した。

水が、途切れる事無く大地を叩き付ける。
辺り一面を水煙と雨粒しか見えず、激しい雨音はずっと変る事をしない。
昼なのに暗かった。

来ている長いコートは体だけを雨から防ぎ、長い茶髪はすっかり濡れて
前髪は額に張り付いている。
更にそこから水が止めどころ無く顔に流れた。
口元に流れる水を舌がソッと拭う。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 21:43

 「…こんな場所でこんな激しい雨が降るなんてまず無いのに…」

里沙はタープの中から顔だけを出し、その光景を見つめていた。
不意に、絵里が空を仰ぐ。

雨が顔を叩き、容赦なく口の中へと侵入する。
水は両目の脇を、涙のように流れていった。

 「あは!あははははっ!」

急に笑い出す絵里。
上を向いたまま大きく口を開き、両腕を空に向けて伸ばしながら笑う。

 「あははははは!」

楽しそうにその笑い声は空へ舞い上がり、踊るように体を回転させて
ドレスのようにコートの裾が舞う。

 「あははははははははは!!」
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 21:43

暫く踊り、笑い続けた後、絵里は水煙のある一点、里沙へ顔を向け、訊ねた。

 「どうですか?」

返事は無かった。
里沙はポカンと口を開けて呆気に取られている。

 「どう思いますか?ガキさん」

今度は声が返ってきた。
ハッと我に返った里沙は訝しげな顔を浮かべて。

 「どうって…どうにもこうにも…」
 「どうにもこうにも?」

オウム返しに聞いた後に絵里は不敵な笑みを浮かべたまま。
ややあって、淡々とした返事が来る。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 21:44

 「こっちとしては面白くないよね。しかも私、雨嫌いだし。
 でもまぁ楽しかった……のかは分からないから、ヒジョーに複雑な心境」
 「…あはっ」

再び顔を上げ、絵里は楽しそうに笑った。

里沙は聞く。
大き目のビニール傘を裏返しにして水を溜める様を嬉しそうに見ている絵里に。

 「これからどうるするの?」
 「どうします?それともこのまま悩み続けますか?」
 「それはヤだね」

雨は、暫く止む気配は無い。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 21:44
end.
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 21:44




13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/16(月) 21:44





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