15 shootingstar

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/15(日) 23:09
15 shootingstar
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/15(日) 23:10
今年の夏はツアーがない。5月の末にそれを聞いたとき菅谷りさこは、
この夏は代わりに何をするのだろうと思っただけだった。
だがその話の続きを聞いてりさこは目をまん丸に見開くはめになる。

1週間のお盆休み。
夏のワンダフルハーツのツアー終了からBerryz工房秋ツアーのレッスン
開始までの間の1週間が、まるまるお休みとして与えられることになった。

降ってわいた長いお休み。さてどうしようと考えた結果りさこは
久々に秋田のおじいちゃん家を訪ねようと思いついた。

りさこはおじいちゃんが好きだった。それは尊敬に近い好きだった。
りさこに読書の楽しみを、とりわけファンタジーの面白さを
教えてくれたのがおじいちゃんだった。

家族4人での食事中に、1週間のお休みがもらえること、そしてその間
おじいちゃんの田舎に行きたいことをりさこは告げた。
一番最初に反応したのは、りさこの3つ下の弟の健太。
「僕も行きたい!お姉ちゃん僕も行く」と目を輝かせた。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/15(日) 23:10
「そうね。たまの長い休みだもの。好きにしなさい」
反対すると思っていた両親は、意外とすんなりりさこの願いを
聞き入れた。父も母も、毎日のように仕事を頑張っているりさこを
認めて、そこまで子ども扱いしていなかったのである。



当日のまだ朝早く。
つば広の帽子に、ノースリーブのワンピース。ぺたんこの靴に小さな
トラベルバッグを抱えてりさこは新幹線へ乗り込んだ。弟の健太は
もうすでに麦わら帽子をかぶっている。

「ちゃんとおじいちゃんにご挨拶するのよ」
その言葉に手を振って答えた。新幹線が動き出す。都会が後ろへ
流れ、のどかな風景が現われ、また都会の景色が現われる。
それを繰り返すうちにだんだんとのどかな風景の続く時間が長く
なってきた。在来線へ乗り換え終点まで行き、そこから今度はバスに
乗る。ゴールのバス停には、おじいちゃんが着てくれていた。

トラックの運転席に3人並び、がたがた揺られ、おじいちゃんの
家に着いた頃には夕方になっていて、おばあちゃんが夕食を作って
待ってくれていた。野菜ばかりのおかずはぺこぺこのおなかに
とても美味しくて、デザートの西瓜もふたりはぺろっとたいらげた。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/15(日) 23:11
携帯電話の電波も届かない田舎で、早くに眠って早くに起きる。
午前中、健太と日焼け止めを万全に施したりさこは田んぼにはだしで
入って遊んだ。足の指の間から泥がにゅるっと出てくる不思議な
感触も慣れると癖になりそうだった。ゆうゆうと足の間を泳ぐ
げんごろうを捕まえてみたり、タニシの殻を拾ってみたり。

お昼ごはんにそうめんとまた西瓜を食べてりさこと健太は昼寝をする。
起きたらりさこしか居なかった。
「健太は?」
「蝉を取りに行くって」
元気だなぁ。起きぬけのぼーっとする頭でりさこはそう思った。

んっ、と伸びをしたりさこはおじいちゃんの部屋へと向かう。
勝手に入るわけではない。許可は昨日のうちにもらっていた。
おじいちゃんもりさこが本を好きなことを喜んでくれていた。

ぎしぎしと軋む階段を登りからからっと障子を開けたその部屋は
時が止まったかのように見えた。最後にりさこがこの部屋を見た
3年前から何一つ変わっていない。
紙のにおいがこもってないのは、まめに風を通したりして
おじいちゃんがそれだけこの本たちを大事に扱っている証拠。
りさこはそれに気づいて余計に嬉しくなった。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/15(日) 23:12
おじいちゃんがりさこと同じかそれよりちょっと上の歳の頃から
集めたという本は、背表紙がぼろぼろで読めない本がほとんど。
だからりさこは背表紙の文字を読まずに、適当に「えいっ」と1冊を
タナツカ――棚からひと掴み――する。
おじいちゃんの持ってる本はどれも幻想的で、面白く、そして2時間も
あれば読み終わる短さのものばかりだから。

居間へと降りて、枝葉のこすれる音と風鈴をBGMに、壁によりかかり
ページをめくる。途端におじいちゃんの田舎のはずが
剣と魔法の時代へ変わり、りさこ包んで広い広い世界へ飛ばした。
紙の古さと昔の仮名使いがより一層深く深く潜らせていく。

風がりさこの頬を撫でる。魔術で火竜がよろめく。その隙に騎士が
魔法の剣でとどめを刺す。お姫様の呪いが解ける。日がだいぶ
傾いている。りさこはふぅーっと息をついた。健太はもうとっくに
戻って来ていて、おばあちゃんにお手玉を習っているところだった。

「蝉取れた?」
りさこの問いに健太は元気いっぱいに頷く。
「見せてよ」
「もう全部逃がしちゃった」
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/15(日) 23:12
へぇ、とりさこは健太の焼けた横顔を見る。
蝉はすぐ死んじゃうから、ずっと捕まえてちゃいけない。
おじいちゃんの言葉を健太はちゃんと覚えていた。



何もない、何の予定もない日々も、三日も経ってりさこと健太は
ちょっと持て余し気味になってきた。
隣の家までも車じゃなきゃ行けないような距離で、行ったところで
歳の近い子も居ない。それよりも問題はご飯だった。
おじいちゃんとおばあちゃんは野菜ばかりで薄味のご飯が大好き
かも知れないが、若いふたりにはそろそろきつかった。

夜に縁側で虫の声を聞きながら甘く瑞々しい西瓜をかじってると、
それはそれで美味しいけれど、別の味が恋しくもなる。
例えば、バターを入れたラーメンをお夜食に、とか。



日が高く昇らないうちから始めた雑草むしりも一息ついて
みんなでおにぎりを食べるために集まろうとしたとき、りさこは
田んぼの側の水たまりにきれいな虫が居るのを見つけた。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/15(日) 23:12
大きな鎌のような手を持ち、ひし形の体は水色に光っている。
水たまりの大きさに比べてその体はやけに大きく、上手く
身動きが取れないようで、ぴちゃぴちゃともがいていた。

りさこはその虫を両手ですくった。
たぶん田んぼに居たんだろうけど、この水たまりまで跳ねて
しまったんだろう。そう判断して田んぼに返すと、手の泥を
ばちゃばちゃと洗い流してからおじいちゃん達の元へ向かった。

ご飯の後はいつものようにりさこと健太は枕を並べて
タオルケットを羽織り昼寝をする。しっとり汗をかきながらの
草むしり後だけあって、あっという間に眠ってしまった。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/15(日) 23:12


りさこは水色の空間に立っていた。右も左も、上も下も水色。
動かす手にちょっとだけ抵抗があって、まるで水の中のよう。
でも息苦しくはない。

何かが目の前を横切った。顔を向けるけれど何もない。
もう一度。今度は視界の隅に何かが見えた。
追っかけてみるけどもう見えない。でももしかしてあれって?

――さっきはありがとう。

声が聞こえた。声の方向を見るとやっぱり、さっき助けたあの
虫が悠々と飛んでいた。いや、とりさこは思う。泳いでるんだ。
ここは水の中なんだ。

――それ以前に夢の中さ。

そうだと思った、とりさこははにかんでいる。こんな展開を
りさこは簡単に受け入れていた。ファンタジックな物語を
愛するりさこはこんな日常に非日常が割り込む本も何冊か
読んだことがあった。

――私はここいら一帯の水の精だ。

その水の精の話によると、水たまりで一休みしていたら水が
思った以上に蒸発してしまい、戻るのに手間がかかる事態に
なっていたらしい。そこをりさこの協力であっさり水の多い
田んぼに戻ることができたそうだ。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/15(日) 23:13
自分の周りをくるくる泳ぐその姿を、りさこはずっと目で
追っていた。優雅に鎌を動かして、綺麗な弧を描いている。

――このお礼はいつか必ず。

そう言って水の精は姿を消した。
りさこの目に梁がいっぱいの天井が映った。体を起こし横を
見れば、健太がすぅすぅと寝息を立てている。まだ日は
だいぶ高かった。昼寝を始めてからそんなに経ってないんだろう。

りさこがタナツカした本を読み終えたとき、外から車の音が
聞こえた。おじいちゃん達が帰って来たんだろう。
りさことその音で目をさました健太が玄関に迎えに行くと、
おばあちゃんは何やら包装された箱を持っていた。

「戻る途中にお隣さんの車とすれちがってねえ」

せっかくだから顔を出したかったが急な用事が入ったと言われ
この箱を渡されたそうだ。りさこちゃんと健太君に、と。

居間に戻り皆が見守るなか健太がその包み紙をぺりぺり開くと
中から出てきたのは『水ようかん』だった。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/15(日) 23:13
わぁ、と目を輝かせる健太に比べ、りさこはまん丸に目を
見開いていた。
久々に食べられる違う味に姉も同じように喜んでるだろうと
顔を上げた健太はりさこを見て怪訝そうな顔をした。

「お姉ちゃん?」
「んっ、何でもない。ねぇおばあちゃん、今食べていい?」

にっこり笑顔をつくって聞くりさこにおばあちゃんも
一つだけだよ。あとはご飯が終わってから、と笑った。

ひゃく、っと掬う。つるん、とした喉越しにさっぱりした甘味。
まだ冷たさが残っていてそれが体中にじんわり伝わっていった。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/15(日) 23:13
夕食の後りさこは縁側にねそべった。地上に明かりも、
空に建造物もないここでは星が空一面に見える。
この星空を見るのも今日と明日で最後。
明後日には帰らなくちゃ行けない。

こんなに早くあんな形で来るなんて。りさこは息をついた。
妄想も何も出来たもんじゃない。
水の精とはいえ『ここいら一帯』って言っていたし、
時間はかかったろうけど自力でも何とかなるようなことも
言っていたししょうがないのかな。

それでも不思議な体験には違いない。友達に言っても
メンバーに言ってもみんな偶然だよって言うだろうけど。
あぁそうだ、とりさこは笑う。メンバーへのお土産は
薄荷の和菓子にしよう。駅か空港に売ってるよねきっと。

置いてきた携帯に何通くらいメール届いてるかな?
メンバーはすぐ会うからいいけど、友達は返事きちんと
返さなくっちゃ。

りさこの目がだんだんとろんとしてくる。
胸が上下し寝息が聞こえ始めたその体に、おじいちゃんが
タオルケットを肩までかけた。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/15(日) 23:14
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/15(日) 23:14
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/15(日) 23:14

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