10 亡霊
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 20:56
-
10 亡霊
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 20:57
-
※※
このバスがそのままの形で残されているとは思っていなかった。
緑色の文字で「℃-ute CUTIE CIRCUIT 2007」と書いてある。
その背景は、私たち七人の写真だ。
ふいに、大縄跳びをみんなで跳んだことを思い出した。
でも、もう私しかいない。
「クッションが効いてて、なかなか心地いいね」
「どうしてここなんです?」
「ここのほうが静かに話ができるから」
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 20:58
-
吉澤さんに言われるがままについていったら、懐かしい℃-uteバスがあった。
何の話についてかはわかっているが、この場所である理由はわかりかねた。
「わたしは事情を少ししか知らないから、最初から話してくれるかな?」
そのことについて口に出すどころか、少しでも考えることが苦痛だった。
だけど、唇が勝手に開き、数多のおぞましい事件のことを語り出していた。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 20:59
-
※※※※※※※
最初は、愛理だった。
武道館近くの田安門で愛理の靴だけが残され、当の本人は行方知れずとなった。
下着やスカートが切り裂かれ、その一部が堀に浮いていたため、
警察は堀をくまなく捜索したが、死体は見つからなかった。
次は栞菜だった。
水元公園の沼の中で水死体になって見つかった。
口の中に睡蓮が、喉の奥まで差し込まれていた。
犯人はまだ見つかっていない。
横浜中華街の怪しげな占い師の店で、えりかがナイフを突き立てられて殺された。
その占い師はインド人で、降霊術を得意とするらしい。
もちろん占い師は重要参考人として警察に連行されたが、容疑を認めていないらしい。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 20:59
-
舞美は、神代植物公園の蓮池で絞殺された。
細く丈夫な釣り糸で、全身をぐるぐる巻きに縛られていた。
その糸は舞美の白い首にも巻きついてあり、首筋にはまだら模様の蜘蛛がうごめいていた。。
舞は、松の木から落ち、首の骨を折った。
どうやってあの大きな松の木に登ったのか、一人でなのか、
誰かに引き上げられたのか、それはわからない。
舞は、木のてっぺんに辿りつくと、右の手を放し、次に左の手を放した。
早貴は、新橋のSL広場で息を詰まらせて死んでいた。
喉の奥に拳大の蜜柑をいくつも詰まらせていた。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 21:00
-
※※
私は自分の知っていることを一気にまくし立てた。
「それで、あなたはどう思うの?」
「みんな、みんな、死んじゃった。殺されちゃった。次は……」
「そう。次はあなたの番かもしれないんだね」
私は涙にまみれ、吉澤さんに飛びついた。
「うん。わたしのそばを離れちゃいけない。それと……」
「え?」
「あなたは誰がみんなを殺したと思ってるの?」
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 21:01
-
それは──六人の中で唯一、死体が見つかっていないあの子。
何があったのか、何か憎まれるようなことをしたのか、さっぱりわからない。
だけど、彼女しかいない。
「愛理、愛理だよ、一番最初に消えたのは愛理だけど、きっと、
誘拐されたように見せかけただけなんだ、だって愛理は──」
「岡井ちゃん、落ち着いて!」
突如、バスの後部座席から爆発音が聞こえた。
炎が一面に広がり、シートが溶けて焦げくさい嫌なにおいが広がった。
足がすくみ、吉澤さんに抱きついていることしかできなかった。
吉澤さんは微塵も動こうとしない。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 21:02
-
車中に煙が充満し、むせているとガーゼのハンカチで口を覆われた。
目の涙をぬぐうと、バスの窓の向こうにおぼろげな姿がちらりと見えた。
「愛理……」
愛理は恍惚の表情を浮かべて笑っていた。
美しい火炎の色と、その中でもがき苦しむ私を見つめながら、笑っていた。
耳を両手でふさいでも、高らかな笑い声が侵入してくる。
ああ、そうか──これは地獄変だ。
「愛理、ごめんなさい、みんな、ごめんなさい!」
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 21:02
-
ふいに笑い声が止んだ。
もう一度窓の外を見やると、そこには一匹の河童がいた。
右脇に白樺の枝を抱え、緑色の左腕を目の上にかざしてこちらを見ている。
と、頭のお皿がこちらに向き、そこから水の固まりが勢いよく噴き出してきた。
ようやくのこと扉が開き、びしょ濡れになった吉澤さんと私はバスの外に出た。
私のを除いて、車体の写真はみんな真っ黒になって跡形もない。
河童の姿はもうどこにもなかった。
「河童は──愛理は?」
「帰ったんだよ。穂高山の穴を通って、ね」
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 21:03
-
※※※
岡井が事務所の人間に手をひかれてその場を去ると、
吉澤のそばに消防のホースを握った二人の女性がかけよった。
「お疲れ様」
「うーん、焦げくさい」
「ありがとう。アヤカとまいちゃんのおかげで助かったよ」
「予想通りだった?」
吉澤はゆっくりと頷いた。
℃-uteの六人が殺され、そのうち五人の死体が発見されたのは事実だった。
しかし、岡井はそれを鈴木愛理の仕業だと思い込んでいた。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 21:05
-
「犯人はもうとっくに捕まっている。
なのに、岡井ちゃんはそれを信じようとしなかった」
「もしかして、自分だけが生き残ったから、自責の念に囚われていたんじゃない?」
「かもしれない。
とにかく、岡井ちゃんは、六人の死と昔の小説家が残した話を結びつけた。
そして、自分も同じように、話に沿って殺されるものと思い込んだんだ」
岡井の家族から相談を受け、吉澤は彼女の周辺を調べた。
奇妙な独り言、バッグに入れて大事に持ち歩いていた数冊の本──。
「小説の内容については、アヤカが調べてくれて助かったよ。
原因はわかったから、あとはどうやって岡井ちゃんを正気に戻すかだけなんだけど」
「だからって、小説どおりに車を燃やすなんて、よっすぃ〜も無茶だよ」
「それしか思いつかなかったし。
一度、話の筋どおりに殺すしかない、って」
『アグニの神』や『沼』等と同じく、岡井を『地獄変』にて「殺す」。
一度「死」ねば、二度とあの亡霊に悩まされることもないだろう。
七人揃ってこそ、「℃-ute」なんだろうから。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 21:05
-
「……と、思ってたんだけどね」
「ん、何か言った?」
「何も」
「早くご飯食べに行こ!」
二人はホースを戻しに走り去った。
吉澤は黒焦げのバスを見ながら、深いため息をついた。
「治ったんなら、『河童』なんか見ないよなあ……」
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 21:06
- おわり
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 21:06
-
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 21:06
-
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 21:06
-
Converted by dat2html.pl v0.2