09 水底の宇宙

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 07:30
09 水底の宇宙



2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 07:31

辺りに明かりなんて何にも無い。
だから月や星の瞬きをいつもより近くに感じることが出来る。

闇の中で煌くその世界。
水面に仰向けに浮かんでいるとどことなく自分が魚になった気分になった。
時刻はもう遅い。
それでも6月というこの時期の蒸し暑さは闇が増すたびに支配していく。

それが逆に木の葉のようにゆたう私には水のひんやりとした
気持ちよさを引き立ててくれる良い材料になってくれた。

 「…はぁ」
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 07:31

最近自分の気の抜けている状態を自覚している。
本気でそこを戦場とし、自分の価値を捜している人達など山ほど居るというのに。
こんな姿を見られでもしたらますます水を差すことになるかも。

そんな風に思ったらどんどん落ち込んできて今に至る。
やることなんてたくさんあるのに。
やらなきゃいけないことなんてたくさんあるのに。
それでも時々自分が分からなくなって。

そうしている内に、ただ日々と時間は過ぎていく。
その流れは緩やかに見えても、その時になればほんの一瞬だと感じた。

馬鹿みたいに忙しい日でも。
やり切った事の満足感に浸って帰った日でも。
出来なかったことへの悔しさを抱えた日でも。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 07:32

全てが一瞬、全てが水のように流されて消える。
時間は水だ。
無限のようで有限。
あの宇宙のように果てしないものなどこの世に在る訳が無い。

だから焦がれる。
私もあそこへ行けたら。
魔法使いになってあの月まで飛べないだろうか。

 「…なーんてね」

そんな現実避逃をしたところで結局何も変わらない。

明日が来なかったら、人はどうするんだろうと考える。
ずっと届かないものに焦がれて。
ずっと戻らないものへと執着する。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 07:32

薄暗い部屋にある白色の壁のポスター。
見つめる隅っこのベットの上に蹲る誰かさん。
何も聞こえない。
無音の世界で私の声だけが反響する。

私の鳴き声だけが木霊する。
何も聞こえない。
何も聞きたくない。


―――― 轟音と残響と悲鳴。

そんな不協和音なんて、聞きたくない。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 07:33

身動きひとつとれない私に、開けっ放しの窓から差し込む光さえも無かった。
部屋の中は薄暗く、それでいて寂しさだけが残る。

――――人間はもしかしたら魚だったのかもしれない。
だから捜すことを覚えたんだ。
自分を潤してくれる水を。

そんな事を言っていた人が居た。
なら、泳ぎ疲れた魚はどうするんだろう?
水底に沈み、そこから歪む夜空を眺めると、そこに月があった。
他には何もなく、音もなく、ただただ私は宇宙に居る。

空に手を伸ばし、やめた。
焦がれる月を掴もうとして、やめた。
伸ばそうとすると月は揺れて消えてしまう。
伸ばせば伸ばすほど消えてしまう月はどこまでも脆い。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 07:33

あんなにも見ていたはずなのに。
なれない。
――――あの人達のように、私はなれない。


その時だった。
誰かが私の手を掴み、しっかりと握り締めた。
不思議と驚きは無い。

水底の宇宙から世界へと戻された私は、安心していた。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 07:34

 「あ、やっと起きた」
 「ん……愛ちゃん…?」
 「珍しいー、ガキさんが寝てるなんて」
 「昨日夜更かしでもしたんじゃないですか?」
 
口々に言う面々をよそに、私の視界を塞いでいた雑誌に目が止まる。
どうやらいつの間にか寝ていたらしい。
周りを見ると、初めは一人だけだった楽屋には見慣れたメンバーの姿。

 「ほら、もう皆準備できとるよ」
 「ガキさんは世話が焼けますよねー」
 「絵里だってさっきさゆに手伝だってもらったやん」
 「相性が良いんだよねー」
 「や、相性とか関係ないし」
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 07:36

いつもの会話。
いつもの日常。
失くしていたモノの代わりに手にしてきたモノ。
そうして得ることは失うことではあるけど、失うことは新たに何かを得ることだと知った。
焦がれることはそのきっかけ。

 「じゃあ行こうか、ガキさん」

差し伸ばされた手。
どこまでも透き通るように美しく。

水のように溢れだす笑顔の中。
私は今日も、そこに居る。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 07:37

end.
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 07:37



12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 07:37




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