42 河童の恋

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:29
42 河童の恋
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:29

ハロプロエッグの福田花音(中一)には、ずっと気になっていることがある。
仲のいいサキティ(小五)に聞こうと思うけど笑われるかもしれないから聞けないでいる。
一緒に舞台を見に行ったとき、花音があまりのつまらさに舌打ちしそうになった箇所で
サキティはきゃきゃきゃと鈴の音のようなきれいな声で笑っていたからだ。

花音がはしゃごうかどうしようか大人の視線が集まる時機を窺っていると、
もさもさ口を動かしたジュンジュンがのっそり歩いている。
また食べてる!!
否応なくテンションが上がる。
子供っぽくはしゃぐ合図が鳴った。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:29

花音の最大の好奇心は、モーニング娘。のジュンジュンにある。
物心がついた頃からモーニング娘。を見てきた花音にとって、ジュンジュンは謎。

まず、オーディションを受けていないのにモーニング娘。
それにたぶんジュンジュンは安倍なつみさんを知らない。
ジュンジュンの話すことといったら食べ物のことだけで、その半分がバナナだ。
花音の中でのジュンジュンは、憧れのモーニング娘。になんでいるのかが不思議な存在だ。
オーディションしてないのに。

同じ理由でリンリンもおかしいはずだが花音は気にならない。
たぶんエッグで一緒だったからだ。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:29

花音はこっそりジュンジュンを追った。
ダンボール戦車で。
花音はちっちゃいからダンボール戦車だと目立たない。
こそこそコロコロ、ステージ裏の長い廊下を花音はダンボール戦車でジュンジュンを追った。

着いたのは案の定ケータリング。
花音はバレないように机の下に潜りこんだ。
ジュンジュンがケータリングのおばさんに文句言ってる。
「バナナはないんデスか!」
「さっきまで置いてたんだけどねー」
「いや、だからバナナ。バナナないんデスか」
「誰だったかな、持ってちゃったの」
「バナナ、ナイんデスかあ!」
ケータリングのおばさんは、ここにはないといったことを言っているのにどうしてわからないんだろう。
花音は不思議に思った。
中一の花音は、ある、ない、それをはっきり言われないとわからない程度の語学レベルがあることを知らない。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:30

花音はこそっとジュンジュンを覗き見る。
視界の端にケータリングのおばさんが映る。
面食らう。
その人、ケータリングのおばさんじゃない!
小川さんだ!!

けれど花音はすぐに持ち直す。
ジュンジュンは安倍さんですら知らないんだから、小川さんを知らなくても当然だ。
今こうやって小川さんと言っても、すぐに小川麻琴と思い浮かぶ人は、そう多くはないだろうから。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:30

「なにしてんの?」
廊下をほふく前進していた愛理と目が合った。
花音はケータリングのテーブルの下。
低いところで目と目が合って、愛理がさらににっこり。
「鈴木さんこそ、なにしてるんですか?」
「あれれ? 冷たいなあ。同い年なのに」
花音は愛理の人好きのいい笑顔を見ていて、この人は実はいい人なのかもしれないと思った。
前々からいけすかねー女だとは思っていたけれど。
よくよく考えてみれば、いけすかねーと思う理由はない。
「ぐぶ!」
愛理の顔が歪んで、背が逆えびに反った。

「舞美ちゃん、いま愛理のこと踏んだよ?」
「え? わたし? なんでわたしが愛理のこと踏むのさ」
舞美がバカなこと言わないでと、まいまいの肩を叩く。
「いや、でも……」
まいまいは心配そうに振り返って、廊下で潰れている愛理を指差すも、
舞美は、いやだなあ、またわたしをからかおうと思って、とまいまいの肩を叩くだけだ。
「わたし、まいがちょこちょこイタズラしてくるせいで頭おかしくなりそうだよ」
月の裏側までも明るくさせてしまいそうな舞美の笑い声が遠ざかっていく。

花音がおそるおそる愛理に声をかける。
「あ、あのー。だいじょうぶですか」
「いやいや、こんなの屁の河童ですよ」
愛理がひょろひょろと首をふりながら、喉から息を抜いたような声を出した。
なんかもうこいつに敬語使うのよそう。
礼儀正しい花音は、そう思った。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:30

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──

ふむふむ。
わかってんのか、愛理は頷きうなずき、花音の話を聞いている。

花音の話はこうだ。
前にブログでジュンジュンさんはすごいって書いたことがあるけれど、
それはモーニング娘。だからすごいってだけで、ジュンジュンがすごいわけではない。
最近、そう思うようになってきた。

その一番の理由は、行儀の悪さだ。
ところ構わずバナナを食べようとするのは、畜生と同等の下品なことだ。
それもバナナってのは、花音のおじいちゃんおばあちゃんが必要以上にありがたがる、
昔はとても高価で、風邪をひいたときにしか食べられなかったものだ。
だからなんとなく古めかしい感じがする。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:30

いろいろ考えれば考えるほど、花音はジュンジュンを尊敬できなくなってくる。
そこで花音はある仮説を立てた。
ジュンジュンはバナナ以外にも、ばななを食べているんじゃないか、と。
明日菜がお父さんの部屋からこっそり持ってきたエロ本の中にエロ漫画が混じっていて、
そんなような話があったのだ。
たしか、ばななを咥えこむと次々に仕事が来るんだった。
「あー、それ知ってる!」
いつの間にか愛理の隣にいた梨沙子が叫んだ。
なんで知ってんだよ。花音は思った。
おいおい、愛理がへたくそなつっこみをした。

それにしても、と花音はふと自分の立ち位置を不思議に思う。
菅谷梨沙子と鈴木愛理。
そう遠くない未来、ハロプロのセンターに立つような二人が、
なんか仲よさそうに花音の話を聞いている。

気持ちで負けちゃいけないと、花音は踏ん張る。
わたしだって安倍さんと同じ舞台に出たし、安倍さんの幼少の頃の写真役で同じ舞台にいた。

「とりあえずジュンジュン捕まえよう」
梨沙子が言った。
なんで? と花音は思った。
「歌うのに理由がいらないのと同じさ」
愛理がミュージカル調に言う。
そうそうそうそう、と梨沙子がわかったような顔をする。
心を読まれたと花音は怖くなる。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:30

で。

「ほんとにあれで捕まるのかな」
いつの間にか加わっている憂佳(中一)が、ひそひそと花音に聞いた。
梨沙子は自信満々に、これでまちがいないと一人悦に入ってる。

廊下のまんなかに、大きな箱。
その大きな箱には棒がつっかえてあって、バナナを真下にがばんと浮いている。
その棒からは紐が伸びていて、紐を持つのは愛理。
バナナにおびき寄せられたジュンジュンが箱の下に来ると愛理が紐を引く。
いまどき鳩も捕まえられない単純明快な罠だ。
「ねえ、愛理。そういえば最近すずめって減ってない?」
「そうかなあ、ありんこのほうが少なくなってる気がするけど」
「えーちがうよー、絶対すずめだって!」
「うーん……、まあそうかもしれないね」
「でっしょ?」
「うん。でも、ありんこだと思う」
蝶々だよね、憂佳がかわいらしい声で鳴いた。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:31

「あ、みや」梨沙子が気づいた。
「うん、みやだね」愛理も気づいた。
ほんとだ、みやだ。花音は心の中で言った。

雅が遠巻きにバナナのまわりをうろついている。
バナナが欲しいが、どうやら箱が怪しいと思っているようだ。
バナナと箱を疑わしげに見比べて、怯えたように遠のいた。
じーっと罠を眺め、見極めたとばかりに、にんまり頷く。
そして、おもむろにバナナに手を伸ばした。
「今だ!」
梨沙子が叫んだ。
えい、愛理が紐を引く。
雅が箱に飲み込まれた。
突風。
箱が吹き飛び、ぶるぶる震えて縮こまっている雅が姿を現した。
楽屋のネームプレートや衣装やハンガーやメンバーやケータリングの皿や
さゆみの髪飾りや何台ものカメラやマイクやステージ資材の余りやソファや
滑車付の大きな箱やガキさんの鼻毛カッターやコンテナや天井から迫り出した照明や
幾種類ものドリンクや扇風機やスタッフパスやヤングDAYSやパソコンやあさみうな、
まいまいのグラサンや鏡やタオルやティッシュや綿棒や靴やパンツにブラジャー、
様々なものが轟音をまとう風に破壊され、いくつも悲鳴が重なり合って聞こえる。
風の通り過ぎた後には、風の巻いたような塊がいくつもできている。
うすく透明な水色で、表面がふるふると揺らめいていて非常に美しい。
死にたくなるような恐怖からの逃避に、花音はその塊に手を伸ばした。
さわるな! 梨沙子が短く叫んだ。
なんなのと愛理が聞いた。
「あの箱に風のメルヘンを封印してたの忘れてた」
「なにそれ」
「まほー」
えへらえへら笑う梨沙子は、蹲っている雅を助けようとエロい顔をした。
うっかり風の塊を踏んでしまい、あ、と言った。
渦巻きのように見えたのは一瞬だった。
あちこちに散らばっていた塊がボゥッと弾けて世界の密度を変えた。
花音はなにかが爆発したのだと思ったが、ただの風だ。
とてつもなく強大なパワーの風が発生し、梨沙子を吹き飛ばし、
壁材をちぎり無数の柱をへし折り、鉄骨やエアダクトを巻き上げ、
ドアやテーブルや大鏡や窓ガラスを砕き会場の表面を引き剥がし、
まいまいやクーラーボックスや絨毯やスチールの棚やアイプチや
スタンドやベルトや鍵や歓喜の表情で雅に抱きついた梨沙子や
暗幕や緞帳や栞菜の前髪や付け爪や蛍光灯やトランシーバーや
香水や放心のあまりロナウジーニョのような顔になったなかさきや
音響の調整機器やマイクロファイバースポーツタオルBerryz工房や
客席の椅子やフライヤーやゴムでコーティングされた太いコードや
便器や便所スリッパやつんくの自信や宝石箱や錆びた鉄くずや
眼鏡やCDプレイヤーや口パクの技術向上やコンビニのパンや
階段の手すりや防音の分厚いドアや取引企業からの献花や洗濯鋏や
ホワイトボードやポテトやスイッチャーのスイッチやスポットライトや
二階席の柵やスピーカーやステージセットやステージや千奈美の高い声や
外壁や支柱や太陽娘と海の心意気やステージの合板や会場の天井や希空、
あらゆるものを食うようにしてその威力を暴発的に高めていく。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:31

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──

あれはなんだったんだろう。
数時間経って、花音はようやく考える余裕ができた。
空にはテレビ局のヘリが飛び交い、遠くから拡声器で怒鳴り散らす声が聞こえる。
いくつものサイレンの音が近づいていたときには助けるという意志が届いたが、
今はもう野次馬の整理でしか、パトカーも消防車も救急車も機能していない。

抱えた膝に頭を埋めた花音は顔を上げ、周囲を見渡す。
風は、今朝ここに来たときに形あったもの全てを空まで巻き上げ、
器用に敷地の外周に落下させ、瓦礫を組み上げ巨大な箱のような空洞を作った。
東京ドームみたいだ、と花音は思う。
さすがに誰も助かっていないだろう。
目を開けたときにはもう、花音の他には愛理しかいなかった。

その愛理は、遠くのほうでなにかを掘り起こしている。
空虚に広いここ一帯に、愛理のがしゃがしゃ瓦礫をほじる音が響く。
あったあ! 愛理の喜びの声と同時に、瓦礫をかき混ぜる音が早く大きくなった。
花音が近づくと、愛理は大事そうにアルミの箱を抱えていた。
そして、ほらぁ〜と開けて花音に見せる。
あの大惨事が嘘のように、箱の中にはきれいないちごが並べられている。
「……すごい。無傷だ」
「すごいでしょー、しっかりフタ閉じてたんだっ」
そういうレベルの話ではないと思ったが、どうでもよかった。
極限状態にある花音にとって、目の前にあるいちごは命の煌きのようだった。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:31

「これ、あげる。実は今日、かのんちゃんにあげようと思って持ってきたの」
花音は思わず泣き出してしまった。
ずっと涙は流すまい、泣いてしまったらもう立ち上がれなくなる。
そう思って気丈に、泣かずにいたが心がゆるんでしまったのだ。
ありがとう、ありがとうと花音はいちごに手を伸ばす。
ふと、親やスタッフに、ファンの人から生ものをもらってはいけませんと、
うんざりするくらい言い聞かされてきたことを思い出した。
心がゆるんでしまった分、考える余裕ができたのだ。
今の愛理は、ファンを連想させるような顔をしている。
花音の手が止まった。
毒? 躊躇した。
「ちっ、ばれたか」
悪びれもせずに愛理はにこにこしている。
「でも大丈夫だよ、食べて?」
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:32

あいやー!
悲しみにくれた声がする。
ジュンジュンだった。
瓦礫の山から抜け出てきたのだろう。
全身が汚れている。

あいややーあーあーをーうぉーうぉーんうぉーん……

周囲にいるもの全てに悲哀をもたらす、痛切な咆哮だった。
その巨体を震わせ、感情のままに涙している。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:32

「かのんちゃん、ロビン様と仲いいでしょ? 妹って呼ばれてるでしょ?」
愛理の声はまちがいなく聞こえたが、内容をよく聞き取れなかった。
「知ってるんだからね。かのんちゃん、ロビン様と同じ白いニット持ってるの」
内容はわかったが、どうしてその話なのか、理解できなかった。
「だから、このいちご食べるか、ロビン様とあたしの仲を取り持つか、どっちかにして」
この期に及んでなにを言っているのだろう。
こんな状況で、助かるはずないのに。

愛理の目を見て気づいた。
これは助かる、助からないの話ではない。
出ようと思えば、いつでもここから出られる。
Helloのみんなは、全員無事に決まっている。
みんな、出ようと思ったからここを出て、だからいないのだ。
そんな目をしている。
愛理はそのことに対して、一片の疑いも持っていない。
そして、花音に毒を食わせようとしているのに、にっこりしている。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:32

花音は今までの自分を悔いた。
好きになってもらいたいから、ただ媚びるだけだった。
かわいがられたいだけの、誰にでもできるお戯れだ。
好きにさせないとアイドルとはいえない。
その磁力は、今の自分にはない。

愛理とジュンジュンを見ていて、そう痛感させられた。
二人とも妙だけど、恐ろしいくらいの迫力を持っている。
自分の意に沿わなければ、世の摂理さえも突き破ることができる。
そういったことを意識しないで簡単にできてしまう種類の人たちなのだ。

ダンボール戦車なんて、かわいいものだった。
正確に表現するなら、甘っちょろい。
かまってほしいだけの、恥ずかしい行為だった。
箱に魔法をかけたり、いっぱいの毒いちごを箱に盛ったり、
やっぱりハロプロはすごい。

毒を食らわば、箱まで。
花音は、愛理の持ついちごに手を伸ばした。



16 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:32


17 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:32

18 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:32
 

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