40 みかん

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:11
40 みかん
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:11
私にとって冬といえばみかんである。
みかんの楽しみ方は何も食べる事だけではない。
見るという楽しみ方もあるし匂いを嗅ぐというのも良いものだ。
私くらいのみかん好きになるともっと楽しめる。
たとえば産地、生産者などの情報収集、店舗での購入、
家への運搬、その他みかんに係わる全ての事柄が
私の楽しみなのである。それほど私はみかんを愛しているのだ。
ああどうして私の親は私を早貴などという名前にしたのだろう。
みかんはさすがに苛められそうなので嫌だが
んを抜いて美嘉なんて名前だったらもっと幸せだった気がする。
きっと今頃ケータイ小説のヒロインのような
波瀾万丈の人生を送っているに違いない。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:12
私の家の近所には幸いな事に果物専門店があり
そこで非常に美味しいと評判のみかんが売られている。
もちろん値段もそれ相応に高価なのだがハイリスクハイリターン。
なんとなく使い方を間違っている気がしないでもないが
ようするに本当に美味しい物を食べたいのなら金を出せという事だ。
冬が始まると私は傍目には挙動不審に映るくらいそわそわして
自転車でその果物店に向かう。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:12
町中の人が私を羨ましそうに見ている。
中島さんちのお嬢さんがお通りになられると羨望の眼差しで見ている。
当然だ。高級みかんを箱買いする中学生は
この界隈では私くらいだろう。
まあ実際私の家はせいぜい並程度でそれほど裕福な訳ではないので
お嬢さんなどとは思われていないかも知れないが。
言うなら私はみかんクイーン。なんか違う。みかん姫。
インパクトが足りない。いやまあなんでもいい。
つまらない事を考えているうちに果物屋に着いていた。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:12
果物屋はいつものように甘い香りでいっぱいだ。
店のおじさんはいらっしゃいと素気なく言う。
悔しいのだ。私くらいの小娘に高級みかんを買われるのが。
高級なみかんをください。もちろん箱で。私の声は震えている。
怖くない。これは武者震いだ。
「悪いね。さっき全部売れちゃったよ」
何を。何をこの人は言っているのだ。
こんなつまない冗談は今まで聞いた事がない。
血の気が引いていく。涙がこみ上げてくる。
「さっき鈴木さん、ほら1丁目の豪邸に住んでる。
あそこから注文があって入荷分全部配達してきた所だよ」
配達。私には自転車で買いにこさせるくせに配達。
ふざけている。舐め切っている。歯がギリギリと音を立てている。
私は店長を呼べと怒鳴った。俺だけど何かと言われた。
かあちゃんは今スーパーに買い出しに言ってるよ。と付け加えられた。
私は絶望的な気持ちを抱えて家に帰った。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:13
家路の途中なんども自転車の荷台を見た。
みかんの箱は無かった。
終わった。私の冬は終わった。いや人生が終わった。
この冬はビタミンC不足で風邪になって
こじらせて肺炎になってしまいそのまま短い生涯を終えるのだ。
いや待てよ。1丁目の鈴木とか言っていたな。
思い出した。あの子の家だ。1学年下の鈴木愛理。金持ちだと聞いていたが
まさか高級みかんを買い占めるほどの金持ちだとは思わなかった。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:13
家の場所はすぐにわかった。見るからに豪華な邸宅。
豪華という言葉以外に当てはまる言葉が思いつかないくらい
豪華な家だった。
同じ小学校だったので面識が全くないわけではない。
あまり詳しくないが今は私立中学に行っているはずだ。
私は勇気を出して呼び鈴を押した。
「はい」
「すいません。3丁目の中島です。愛理ちゃんと小学校の時同じで。
あ、愛理ちゃん?覚えてる?早貴。何度も廊下ですれ違った中島早貴です」
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:13
愛理は私の知っている愛理よりずっと大きくかわいくなっていた。
間違いなくみかんの力だ。やはり独り占めさせるわけにはいかない。
居間に通された私はフカフカのソファーに座らされた。
こんな白いソファーにみかんの汁を飛ばしたら大変だろうに。
みかんの恐ろしさも知っているのだ私は。
「あれ?コタツは?」
「ないよ。うちホットカーペット派だし」
私は心の中で鈴木愛理を、鈴木家を嘲笑った。
コタツも無いような家の分際で高級みかんを食うなんて
みかんに失礼だ。私は単刀直入に言うよ。と前置きして言った。
「みかんを出せ」
「いいよ。ちょっと待っててね」
愛理はそう言うと居間から離れた。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:14
恐らくどこか金庫にでもしまってあるのだろう。
しばらく待つとかごに山盛りのみかんが現れた。
美しい。なんというみかん。
「中島さんってみかんを好きそうな顔してるもんね」
褒められたのか?私はどう返事していいのか悩んだが
多分褒めたのだろう。ありがとうを答えた。

「で、何の用だっけ?」
そうだ。私の目的はみかんを食べに来たわけではなかった。
本来、私が購入するはずだったみかん箱を売って貰いに来たのだ。
ん?といった感じで愛理が私を憐れむような目で見ている。
なんという屈辱。これがみかんを持つ者と持たざる者の違いか。
早くみかんを持つ者にならなければ。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:14
「私に・・みかんを・・ください」
「え?」
「みかんがみかんが欲しいんですお願い私にください」
言ったとたん顔が真っ赤になった。恥ずかしい。
私はこの女に知られてしまったのだ。世界有数のみかんジャンキーだと。
みかん無しでは生きていけないどうしょうもない女だと。
「いいよ。どんどん食べて。パパいっぱい買い過ぎちゃったから」
仕方ないのでカゴにあるだけ食った。

「早貴ちゃんまた来てね。私あんまり外に出るの好きじゃないし。
さっきのみかんならいっぱいあるし」
なんというお嬢様。愛理がそう言うならまた来てやる。食ってやる。
また明日来てやる。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:14
帰りがけに机の代わりにするからとみかんの空き箱を貰った。
これで近所にも面子が立つ。
暮れてきたみかん色の夕日の中でみかんの箱が輝いている。
街行く人は悔しいのか見てみないフリをして私を追い抜いてゆく。
私は自転車の後ろに括りつけたそれをそっと撫でる。
なぜか涙が零れてきた。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:15
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:15
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:15

Converted by dat2html.pl v0.2