39 大バカ者の忘れ物
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:09
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39 大バカ者の忘れ物
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:09
- 年代物の大きな桜の木の下でその女の子はどこか嬉しそうに舞い散る花びらを見つめていた。
新しい学校、新しいクラスメート、ようやく長ったらしい入学式が終わって見知らぬ人達で
溢れ返る廊下を私は欠伸をしながら新しい教室に向かって歩いていた。
今日で高校一年生になったわけだけど別に嬉しさも悲しさも何なかった。
地元の福岡を父親の急な転勤で引っ越すことになり仲の良かった友達と離れ離れになった、
確かに前から東京には憧れていたけど今は全然嬉しくない。
地元大好きっ子の私にしてみれば今回の転勤は最悪の事態なわけで、それを引き摺ったまま
かなり気分の悪い高校入学だった。
特にやりたいことないしこっちで新しい出会いに胸膨らますような期待もしてない。
だからきっと私の高校生活は何となく終っていくだろうなぁ、と我ながら悲しいけど
多分的中するだろう未来予想図を思い浮かべる。
そんなとき何となく窓の外に視線を向けると一列に綺麗に整備された桜の木が目に入った。
今がちょうど見頃と言わんばかりに見事なくらい満開で風が吹くたびに花びらを散らして、
その優雅な美しさに心奪われそうになった。
完全に奪われなかったのは少し遠くにある年代物の古ぼけた大きな桜の木の下に
一人の女の子が立っていたから。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:10
- 一瞬見間違いかと思ったけど目を凝らしてもやっぱり人間にしか見えなかった。
風で舞い上がった桜はまるでピンク色の雪のように降っていた、でもその女の子は気にする
様子もなくただまっすぐ桜の木を見つめている。
でも紺を基調としたセーラー服を来ている時点で他校の子のようだった、それに今から教室で
HRがあるというのにあんなところにいるはずない。
仮にもしうちの学校の子だとしてもあの女の子は不良か電波だと思う。
どうせ今日入学した誰かの彼女か親類だろうと思って私は視線を前に戻した。
でもあの女の子のことがしばらく頭から離れなかった。
どこか幻想的な光景だったからというのもあるけど、あの物悲しげで儚げな横顔が
忘れられなかった。
それから教室に戻ると担任からの軽い挨拶と構内の説明があった、でも詳しいことはとりあえず
また明日ってことになってすぐに解散になった。
無駄にはしゃぐクラスメート達が声をかけてきたけど興味が無かったので軽くかわして、
私はさっき女の子がいたあの桜の木に行ってみることにした。
別にあの女の子に会いたいわけじゃない、ただ単純にあの場所に行きたいとそう思ったから
校舎裏に向かった。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:10
- でもどこにあるか地理が全くないので分からなかったけど桜並木を歩いて行けばいつかは
辿りつけるはずと楽天的に考えていた。
そういえばさっきクラスメートの1人がこの学校の桜の木には昔失恋した幽霊が出る、なんて
どこにでもあるような怪談話を話していたことをふと思い出した。
でもまさかそんなことはないだろうと変に怖じ気づく自分を馬鹿らしくなって鼻で笑う。
するとさっき見た古ぼけた桜の木が見えてきた。
でも近くで見るとその桜の木は思っていたよりもずっと大きくて本当に年代物だった。
「・・・・・デカ。」
思わず首が痛くなるくらい後ろに反らして見上げると素直な感想が口からこぼれで出た。
そのとき急に強い風が吹いて桜の幹が左右に一回大きく揺れると一斉に花びらが宙に舞う、
それは私に降りかかってきて初めて桜吹雪って言葉の通りのことを体感した。
でも不意に花びらが本当に雪のように見えて、違うと分かっていたけれど思わず自然と
手が伸びて掬い取るように掴む。
けれど当然溶けたりはせず花びらが数枚手のひらにくっ付いていた。
「その桜の下には死体が埋まってるらしいですよ?」
突然後ろから聞こえてきた子どものような声に桜に見惚れていた私は我に返った。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:10
- 「うへぇ!」
まさかこんな所で声を掛けられるとは思っていなかったし、もしかしたら幽霊かと思って
私は情けない声を上げると一回転するくらいの勢いで後ろに振り返る。
すると1人の女の子がいつの間にか後ろに立っていた。
その女の子はうちの学校指定ではない古めかしいセーフ服を着ていた。
紺を基調としていて襟の部分に白い白線が三本引かれている、そして白いスカーフを胸元で
緩く結んでいた。
テレビの中でしか見たことないような格好だなと思いつつ今度は視線を顔に向ける。
胸に届きそうなくらいの長い黒髪と制服のスカーフと同じように白い肌、顔はまだ少し幼さが
残っているけど東洋系の美人を思わせる容姿だった。
セーラー服を着ている子なんてこの学校にはいないし、この女の子がさっき桜の下に子だと
私は確信した。
「あっ、驚かせちゃいましたか?すいません!」
女の子はすぐに謝ってくれたけれど言葉とは裏腹にその顔は楽しそうに笑っている。
人を馬鹿にしたようなその態度が少し癪に障ったので私は多分そのとき露骨に嫌そうな顔を
していたと思う。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:11
- だからなのか女の子は笑うのをやめて少し不安そうな表情をして私の顔を覗きこんでくる。
「あのぉ・・・・・怒ってますか?」
「別に怒っとらんし。」
こちらの顔色を窺うように聞いてきた質問をぶっきらぼうな口調で返す。
言ってからちょっと強く言いすぎたかなと思ったけれどすぐに気を遣ったことを後悔した。
女の子は大きな声で叫んで私を指差すと目を大きく見開いて子どもが言いそうな揚げ足の
取り方をしてくる。
「あー!今絶対怒ってますよね?だって言い方が普通じゃなかった!」
そしてどういう思考回路をしているのか得意げな顔をしてから歯を見せて笑った。
私はこの一言だけで疲れてしまいいつの間にか怒りも消え失せて、今あるのは面倒臭さと
この場から逃げたい気持ちだけだった。
でもいきなり逃げ出すのも失礼なのでとりあえず弁解だけはしておくことにした。
「はぁ・・・・・言い方が普通じゃないのはただ方言だし。」
「方言ってことはどこか地方の方なんですか?」
「まぁ、一応この間まで福岡におったけど。」
「へぇ、福岡の人なんですかぁ!あっ、お名前聞いてもいいですか?」
「えっ?あぁ、田中れいな。」
「れいなさんって珍しい名前ですね!えっと、それじゃ年齢は?」
「16歳やけど。」
女の子は私が一つ答える度に目を輝かせて嬉しそうに笑う、そして間髪入れずに次々と
質問をぶつけてくる。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:11
- そんなに聞きたいことがあるのかは分からないけれど女の子は小首を傾げて悩んでから
口に出したのはとんでもない質問だった。
「じゃぁ、えっと、えっと・・・・あぁ、そうだ!男ですか?女ですか?」
「普通に女だし。っうかれいなのことからかっとるやろ!」
「あははは、違いますよ。ただ田中さんで遊んだだけです。」
「同じことやろうが!」
私は少し頭に血が上って大声で叫んでから怒りに任せて叩こうとすると手は女の子の体を
すり抜けて空振りした。
意味が分からなくてその空振りした体勢のまましばらく硬直していた。
「そういえばまだ私の名前言ってませんでしたね。どうも、幽霊やって60年!久住小春です!」
女の子は私の様子など気にもせず弾んだ声で勝手に自己紹介してから丁寧に頭を下げる。
でもそのときちゃんと言葉を聞ける余裕なんてあるわけがなくて、後になってからもう一度
バカ幽霊の名前を聞き直した。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:11
- 初めは手が体をすり抜けたといっても幽霊だとは信じられなかったけど、何度触ろうとしても
触れないし言うことが古臭いから納得するしかなかった。
そしてどうやら私が久しぶりに話のできる人間らしくて思い切り懐かれた。
この久住小春って子は能天気というか多分天性的に楽天家なんだとは思うけど、自分が幽霊
だということをあまり気にしていなかった。
戦争で学校を空襲されたときに死んじゃったみたいですねぇ、と笑いながら自分の死因を
語るところからして悲壮感みたいなものの欠片もない。
本人曰く死んだ当初は色々あったけど60年という膨大な月日が過ぎて、今となっては
良い思い出みたいになったらしい。
でも一つだけ大切なことがあると突然言ってきて幽霊は馬鹿みたいな笑みを消すと、
そのとき初めて真面目な顔を見せた。
「この校内のどこかに埋めた箱を探しているんです!」
とくっ付きそうなくらい顔を近づけると私に詰め寄って懇願するように言ってきた。
あまりにも真剣な目をしているからその気迫に押されてしまって私も少し真面目になる。
「・・・それじゃ一緒に箱を探せばよかと?」
「えっ、いや別に探すほどものじゃないですから。」
人が本気で話に乗ってあげたのにバカ幽霊にあっけらかんとした口調で言い返された。
とりあえずまた癪に障ったので頭を叩こうとしたらすり抜けてやっぱり空振りに終った。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:13
- そして幽霊の久住小春と出会ってから二ヶ月が経った。
放課後の廊下は少し薄暗くて人気が全くなく運動部の声がたまに聞こえてくるだけだった。
でも人がいないのは私の向かおうとしているところ自体が元々誰も立ち寄られないような
校舎の端にあるからかもしれない。
廊下よりもさらに薄暗い少し不気味な部屋の前で立ち止まると木製の古臭い戸に手をかける。
「小春、入るよ?」
別に黙って入っても良い気がしたけれど私は一応声を掛けてから戸を横に引いて中に入る。
中はいつ来ても思うことだけど埃臭くて窓をあまり開けない為か少し蒸し暑い。
ここは物置兼資料室で滅多なことでは人が来ない場所だった。
いくら桜が校舎裏にあるといってもさすがに1人で話していると危ない人に思われるので、
ここを待ち合わせ場所にして私達は頻繁に会うようになった。
最初は確かに戸惑ったけど話してみると子どもの部分は目立つものの意外に普通だったし、
ただ触れられないだけであとはクラスの子達と何ら変わりはない。
別に話が合うかと言われればあんまり合ってない気がするけれど話していると楽しかった。
時々からかわれるけど私の話を興味津々な様子で聞いてくれるし、子犬がじゃれつくように
無邪気に懐いているから邪険にできなかった。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:13
- 「小春?いないの?」
全く返事が返ってこないので今度は少し大きい声で呼んでみたけれど何の反応もない。
私はいつまでも入り口に立っていても仕方がないと思い、ところ構わず置いてある段ボールや
金属製の錆びた棚を避けながら進む。
そしていつも奥に一つだけ置いてある机を挟んで私達はよく向かい合って話していた。
ようやくその机が見えてくると小春は椅子に座り顔を伏せていた、その様子から察するに
どうやら眠っているらしかった。
一瞬何かあったのかと思っていた私の口から呆れた溜め息が漏れる。
「幽霊って寝るんだ・・・・・まぁ、小春なら寝そうだけどね。」
と一人問答して納得すると音を立てないように近づいて空いている椅子に静かに腰を下ろす。
そしてすぐ横にある窓に手を伸ばすと少しだけ開けた。
春とは違う生温い風が入ってきてもう六月なんだなと改めて実感して思った。
それからもう一度小春に視線を向けたけれど相変わらず机に顔を突っ伏したままで
起きる気配はない。
微風に髪を撫でられながら眠っている姿は本当に気持ち良さそうで、それを見ていたら
伝染したのかこっちまで眠たくなってきた。
私は大きく欠伸をしそうになって噛み殺したけれど自然と目蓋が閉じそうになる。
「ヤバっ!・・・・・本当に眠くなってきた。」
瞬きをしたり目元を擦ったりしたけれど結局私は眠気に勝てなかったらしい。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:13
- 「さん・・・・・・田中さん・・・・・起きないと・・・・・・ますよ。」
何だか自分の名前を呼ばれた気がして軽く呻いてから私は重い目蓋を少しずつ開ける。
すると部屋は来たとき夕日が差し込んだ橙色だったのに今は日が沈み薄紫色になっていた。
「えっ?ヤバっ!いつの間にか寝とった?」
私はようやく頭が回転してきて勢い良く上体を起こすと声のした方に顔を向ける。
すると小春は机に頬杖をつきながら柔らかい笑みを浮かべてこっちを見つめていた。
「思い切り寝てましたよ、すんごい気持ち良さそうでした。」
「そんな見とらんで起こしてよ!」
「それはお互い様じゃないんですか?」
私はしばらく不貞腐れていたけれど不意に小春と目が合って顔を見合わせると、二人して
声を上げて笑った。
そうしてひとしきり笑った後で私はゆっくりと立ち上がると大きく伸びをする。
「そんじゃそろそろ帰るね」
あまり遅くなってしまうと親にまた小言を言われそうなのでスポーツバッグを肩に掛けると
来たときと同様に物を避けながら入り口に向かう。
小春は幽霊なので障害物なんてあるはずもなく一足先に戸の前で待っていてくれた。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:14
- 「えっと・・・・・今日はごめん。」
私は頬を掻きながら自分が言うのも何か変な感じだったけど軽く片手を上げて謝った。
「えっ?いや、そんな謝らないでくださいよ!小春の方が先に寝てたんですから。」
と小春は謝られることが予想外だったらしく驚いた顔をしてからすぐに照れくさそうに
笑って首を左右に小さく振る。
「おっ、珍しく小春がからかわんやん。」
「別に小春はいつも田中さんで遊んでるわけじゃないですから。」
「何かムカつくっちゃけど、その言い方。」
「まぁまぁ、細かいことを気にしていると長生きできませんよ?」
「小春に言われると微妙なんやけど。とにかく今日はこんなんだったけどまた明日さ、
ちゃんと会って話そう!」
「はい!それじゃ・・・・・・また明日。」
小春は別れの挨拶のときいつもすごく嬉しそうな顔で噛み締めるように言葉を口にする。
絶対に調子に乗りそうだから言わないけど私はその顔が好きだった。
それから最後に軽く手を振ってから資料室を後にすると、夕ご飯までには帰ろうと
電気の消えた暗い廊下を全力疾走で駆け抜けた。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:16
- そうして小春と会った春からもうすぐ夏休みを迎えようとしていたある日のこと。
私はこの頃どうも調子が良くなくてそのときも少し風邪気味のせいか熱がかなりあるらしく
頭がぼんやりとしていて体も倦怠感が強かった。
それでも保健室に行くのも面倒だったし家に帰る気力もなかった、そして何を思ったのか
授業をサボって小春の所へ行こうと思った。
夏が近いため校内は窓開けてあるもののかなり暑くて歩くだけで汗が頬を伝う。
そしてかなり辛かったけど何とか校舎端の待ち合い場所まで歩いていくと、着いた頃には
シャツが濡れるくらい汗をかいて肩で大きく息をしていた。
それでも一旦息を整えてから戸に手を掛けると力を振り絞って何とか横に引いた。
「小春、来たよ!」
とかなり無理してわざと明るく弾んだ声で言いながら部屋の中に入る。
「えっ?田中さん!どうしたんですか?!」
小春は奥から障害物を通り抜けて出てくるとすぐに慌てた様子で私に傍に来てから
心配そうな顔をして覗き込んでくる。
私は変に心配をかけたくなくて笑い飛ばして言うつもりだったけれど、実際に出た声は
随分と弱々しくて元気とは程遠いものだった。
「・・・別に・・・・なんでもないよ。」
「なんでもありますよ!だって顔なんてすごく赤いし息も荒いじゃないですか!」
「大・・丈夫・・・・だって。ちょっとだけさ、風邪・・・ひいただけだから。」
「絶対ちょっとどころじゃないですよ!!今すぐ横になって寝てないと。」
小春は本当に子どものようにひどく焦って混乱していた、私は何か言ってあげたかったけど
意識すら飛びそうな状況だった。
小春が何か必死な顔をして言ったけど殆ど耳には入ってこなかった、ただ最後のほうに
泣きそうな顔をして「ごめんなさい」という言葉だけ聞き取れた。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:19
- 気がつくと私は保健室のベッドで寝かされていた。
それから保健の先生に怒られて、担任の先生にも怒られて、あんまり関係ない気がするけど
そのときサボった授業の先生にも怒られて、家に帰ったら親にも怒られた。
後で聞いた話に寄るとたまたま資料を取りに来た生徒が私を発見してくれて、赤い顔をして
倒れていたので慌てて保健室に運んでくれたらしい。
どうやら私は自分で思っていたより重症らしくて全快するまでに3日間もかかってしまった。
でもようやく学校に行けるようになると私は直ぐに小春のところに向かった、でもいつもの
待ち合わせにその姿はなかった。
その日は結局会えなくて病み上がりだったしたまにはこういうこともあるかなと思って
釈然としないままとりあえず家に帰った。
そして次の日もう一度あの待ち合わせ場所に行ったけれど小春はいなかった。
さすがに2日連続でいないのはおかしいと思い、不安感を募らせながらもとにかく小春を
探す為に資料室を飛び出した。
そして汗を掻きながらあてもなく廊下を走り回って探していると、不意に夏には不釣合いな
生暖かい風が私の体を撫でる。
何だか気持ち悪くて思わず足を止めると辺りの空気が急に冷たくなったような気がした。
「・・・・・田中さん」
突然耳元で囁くような女の子の声がして私は小さく肩を震わせてから後ろに振り返る。
今まで探していた小春をようやく見つけたのにどそこにいたのは別人みたいだった。
長い髪を垂らし顔を深く俯けている、いつもの明るさなんて微塵もない暗く沈んだ雰囲気を
その身に纏っていた。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:20
- 私はいつもと全く違う雰囲気に戸惑いながらもとりあえずようやく会えたので声を掛けた。
「・・・・・こ、小春。良かった、いつものところにいないから結構探したやろうが!」
私はなるべく平然を装って明るく笑いながら普通に近寄って話そうとする。
けれど小春は片手を前に突き出すとそれを拒む、そして顔を上げないまま淡々と話し出した。
「田中さん、何か勘違いしてませんか?」
それはいつもの女の子らしい可愛い声じゃなくて少し低くいその声には抑揚が全くなかった。
まるで怒りを押し殺しているようでもあったけど反対に感情がないようにも感じた。
今までの暑さとは違う意味で全身から汗が噴き出しているのが自分でも分かって、俗に言う
これが冷や汗なんだと場違いなことを思っていた。
でもそのとき既にもう頭が混乱して上手く物事が判断できてなかったのかもしれない。
小春は私の前に掲げていた手をゆっくり降ろしてから顔を上げる、当然のようにその顔には
笑顔なんてなかった。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:23
- 私は異様な空気に押されてか静かに息を吐き出してから唾を飲み込む。
「別に私達は友達じゃないですから。田中さんは長い時間のただの暇つぶし、そして大事な
ご飯だったんですよ。」
小春は冷たい目をして私のことを一瞥してから軽く鼻で笑うと吐き捨てるような口調で言った。
普段の子どもで無邪気な様子から一変して冷徹で狡猾な様子にただ圧倒されて一つも言葉が
出てこなかった。
それでもこの状況に慣れてきたのかしばらくしてようやく頭が回転してきたので、威嚇する
ように不機嫌そうに小春を睨んでから反論した。
「全然意味が分からんっちゃけど。」
「田中さんがこの頃体調悪かったのもこの間まで寝込んでたのも小春の仕業なんですよ。」
「そんなことはどうでもよか!れいなと小春は友達じゃなかったと?」
「・・・・・友達なはずないじゃないですか。そんな関係になれると思ってたんですか?」
「小春!!」
「もう田中さんの前には現れませんから・・・・・さようなら。」
小春は何を言ってもただ小馬鹿にしたように口端で笑うだけだったのに最後のときだけ
急に顔を俯けると震えた声で一言付け加えた。
それから音も無く景色に溶けるように徐々に透明になっていって、そして消えた。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:25
- 「・・・・・何、それ?」
その場に一人残された私の口から無意識のうちにそんな言葉が漏れる。
頭の中は幼い子どもがよく書く渦巻みたいな絵になっていた、喜怒哀楽の様々な感情が
入り混じって自分でも制御できずにいる。
「最後にあんな悲しそうに笑うなんて卑怯やろ!小春!!」
私は消える寸前の小春の無理やり作った笑みが忘れられなくて、どうしようもない苛立ちから
大声で叫ぶと近くの壁を思い切り殴った。
でも私の声が反響するだけで何の反応も返ってこない無人の廊下はどこかで鳴いている
蝉の声だけが響いていた。
そしてその日から宣言どおりに小春に会うことはないまま長い夏休みに突入してしまった。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:30
- それから小春のことは何とか忘れようと努力した、話しているとそんな気がしないけど
元々幽霊なんだから分かり合える筈ないと自分に言い聞かせた。
それにいつまでも一緒にいられないことくらい考えればすぐ分かることだった。
私は校舎端にある待ち合わせ場所にも近づかず、なるべく教室出ないでその分
クラスメートと話すようにした。
今まで適当に付き合っていたというか結構冷めた態度で接していたから
受け入れられないかもと覚悟していた。
でも思っていたより意外にも普通に接してくれた。
どうやらみんな私のことをクールな一匹狼だと思っていたらしく、
話し掛けたら妙に感動されてすぐに打ち解けることができた。
そうしてあっという間に月日は過ぎてもうすぐ十月になろうとしていた。
そして私は今補習授業の真っ最中だった。
国語の先生に出された夏休みの宿題を提出しなかったら当然怒られて「いつか絶対に
補習授業しますからね」と真顔で言われた。
そしてもう十月になるというのに今更その夏休みの補習授業をやることになった。
元々宿題は残りの二日間でラストスパート派なので漢字の書き取りなんて小学生がやるような
面倒なものは後回しにしたらすっかり忘れてしまった。
でもどうせこんな補習を受けるのは私くらいかと思っていたのに指定された教室に入ると
既に10人くらいの生徒がいた。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:31
- それからすぐに国語教師の石川先生がやってきてまたつまらない授業が始まるかと思いきや、
プリントが配られてそこに載っている漢字を十回以上書けば補習は終わりらしい。
ただやっぱり一筋縄ではいかなくて漢字は四、五十種類ぐらいあるし、先生が見ているので
サボることもできずただひたすら書くしかなかった。
激しく面倒だと思ったけどとりあえず書けばいいだけだから頭は使わなくて済みそうだった。
でもさすがに半分書き終える頃には集中力が途切れて、私はいつもやる癖でつい窓の外を
見てしまった。
いつもの教室なら校庭が見えるけれどこの視聴覚室は校舎裏のほうに窓がつけられていた。
首を向けた瞬間しまったと思ったけど既に遅かった、この部屋はあの古ぼけた桜の木の
目の前にあるので嫌でもその姿が目に入る。
私は息を飲むと握っていたペンが手から滑り落ちた、あの大きな桜の木の下に1人の女の子が
寂しそうに佇んでいたから。
その姿をみた瞬間私はもう居ても立ってもいられなくて勢いよく椅子から立ち上がると、
「先生!!もう限界なのでトイレ行ってきます!」
と恥じる気持ちなんて全くなくて大きな声でそう宣言すると先生の答えも待たずに
教室を飛び出した。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:34
- 軽率な行動だし小春の気持ちを考えていないと言われれば反論できない。
でもそのとき私は行かなくちゃと思った、何の確証も無いけどきっと今を逃したらもう会えない
そんな気がした。
それに幽霊だろうが何だろうが仲良くなりたいって思うことは絶対に間違ってない。
だから会ったらちゃんと自分が思ってる全てを言おうと階段を駆け下りながら心に決めた。
でもかなり全力で走ってきたのに桜の木の前に辿り着くと小春の姿はなかった。
私は肩で大きく息をしながら膝に手を置いて頭を垂れるとかなり声が出し難かったけど、
なりふり構わず無理矢理振り絞る。
「こ・・・・・小春!」
それは1分くらいだったのかもしれないけど私には10分かそれ以上の長い時間に感じられた。
小春は徐々に描かれる絵画のように少しずつ色づいて久しぶりにその姿を現わした。
私は一回大きく息を吸い込むとそれが肺に入ったのを感じながらゆっくりと吐き出す、
そして真正面に顔を上げる。
「ごめん!ごめん・・・・・小春。」
口から出たのはさっきまで色々言おうと思っていたことではなく普通の謝罪の言葉だった。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:37
- 小春はしばらく何も言わず顔を俯けていたけれど小さく息を吐くと静かに口を開いた。
「・・・・・どうして来たんですか?」
「れいなにも分からん。何か小春の姿を見たら勝手に体が動いたと。」
私は正直自分でもよく分からなかったので頭を掻きながら素直に事実を伝えた。
「田中さんはバカですよ・・・・だってあんなひどいこと言ったのに会いに来るなんて!」
ようやく顔を上げた小春の声はとても震えていて同時に肩も微かに震えていた。
その姿は親とかに怒られて今にも泣き出しそうな幼い子どもみたいだった。
「でも小春やって仲直りしたいと思ったから出てきたんやなかと?」
私は二人の距離をゆっくり縮めると微笑んでから優しく諭すような口調で言った。
すると小春は大きな目をさらに見開いてバカみたいに口を開けて呆然と私を見つめていた。
「だから・・・・・そのさ、もう一度れいなと友達になってほしいっちゃけど?」
今更口に出すのがかなり恥ずかしかったので顔を少し逸らしてぶっきらぼうな口調で言うと
素っ気なく手を差し出した。
すると小春の目から一筋の涙がこぼれて頬を伝っていく、それに気付いて何度も拭うけれど
涙は途切れることなく溢れて次から次へと零れだす。
それから壊れた人形みたいに何度も何度も首を上下に振って頷いてから突然抱きついてきた。
幽霊だから当然のように何の感触もなかった、それでも私の肩に頭を埋めて泣いている
小春の背中に手を回す。
そのとき私達は確かに抱き合っていた。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:38
- 「へへっ、ありがとうございます。小春はもう大丈夫ですから。」
小春のその声に私は背中に回していた腕を解いて体を離す、でもふと目が合って何だか
気恥ずかしかったけどそれはお互い様だと思う。
それから何を言っていいか分からなくてわざとらしく咳払いをしてから何気なく話し掛けた。
「えっと、まぁ、その・・・・とにかく仲直りできて良かったと。」
「はい。」
「これからもまたあそこで話せるんやろ?」
「それは・・・・・できません。」
私がやっと前のように普通に話せると思っていたのに小春は瞼を伏せて首を小さく横に振る。
「どうして!」
私は意味が分からなくて小春に詰め寄ったけれど手を置こうとした肩が掴めなかった。
「幽霊は大体が人の生気を吸って存在しているんです。今までは学校にいる不特定多数の
人達から吸ってたんですけど、田中さんの場合近くにいる分自然と多く吸ってしまうんです。
生気は人間の命の源ですから吸いすぎれば当然その人は死んでしまいます。」
と小春は取り乱したりせず落ち着いた少し低い声で分かりやすく仕組みを説明してくれた。
でもそんな説明なんて聞きたくなかった、私が知りたいのはどうしてもまた一緒に笑って
話すことができなのかということだけだった。
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:40
- 「ふーん、そうなんだ。」
吸われている実感もないしあまり興味のない話だったので適当に頷きながら受け流した。
「だから・・・・・・だから小春は成仏することにしました。」
あまりに突然の告白だったから最初は小春が何を言っているのかすぐに理解できなかった。
ただその顔は満足そうに笑っていて、全く迷いがない目でまっすぐ私を見つめていた。
「えっ?どうして?なんでそんなこと言うと?れいなの調子が悪くなったから?」
頭の中が完全に混乱していて私の口から出てくるのは疑問だけだった。
そして小春はただ微笑んでいるだけでどの質問にも答えてはくれなかった。
そのとき急に強い風が吹いて桜の枝が左右に激しく揺れると茶色や朱色の葉が舞い落ちる、
その姿はまるで木が泣いているように見えた。
そして私の頬に突然水滴が垂れたような感触があったから雨かと思って触ると、それは妙に
生温かくて少ししてからようやく自分が泣いていることに気がついた。
悲しいとか切ないとかまだ思ってないのにさっきの小春みたいに止めどなく涙が溢れてくる。
小春はしばらく桜の木を見つめていたけれどからゆっくりと振り返ってから無邪気に笑った。
「・・・・・ありがとうございます。」
歯を見せて笑いながらちょっと震えていたけどよく通る声でそう言った。
それは当然私への言葉だとは思うけど、もしかしたら桜の木にも言っていたのかもしれない。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:42
- 「ほ、本当に・・・・成仏すると?」
私は裏返った甲高い声で小春を見上げると幼い子どものような口調で聞いた。
さっきとは全く逆で小春は少し困ったように笑ってから軽く膝を曲げて視線を合わせる。
「元々この世にあった未練なんてどっかに埋めた箱のことくらいでしたから、いつ成仏しても
別に良かったんです。っていうか本当はあっちの世界へ行くのはちょっと恐くて今までずっと
逃げていただけなんですけどね。」
自分の気持ちを言い終わると小春は頭を描きながら照れくさそうに笑っていた。
「ならずっと成仏しなければええやろうが!」
自分でも無理を言っているのは分かっていたけどどうにかして引き止めたかったんだと思う。
「無茶言わないでくださいよぉ。それに実は成仏しようと思ったのは田中さんに会って
色んなことをいっぱい聞いていっぱい話したからなんですよ。人間になりたいなっていうか、
あなたみたいにまっすぐ生きたいと思ったんです。」
小春は大きく一度頷いてから柔らかな微笑みを浮かべて私を見つめる。
その言葉と真っ直ぐな目に心を射抜かれた、だから頭の中にたくさん言葉があったはずなのに
一瞬にして全て掻き消えてしまった。
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:45
- 「それじゃちょっと行ってきますね。」
まるでどこかに遊びに行くような軽い感じで小春は能天気に笑いながら空を指差す。
「ヤダ!行っちゃ嫌だ!まだ一緒にいたいと!話したいこともたくさんあるけん・・・・・・
だからいなくならんでよ!」
私は引き止めようと必死で肩や腕を掴もうとするけど手は空を切るだけで何も掴めなかった。
全部分かっていた、ずっと一緒にいられないこともいつか別れがくることも全部全部
出会ったときから分かっていたことだった。
小春は今にも泣きそうな表情でそんな私を見つめていたけど歯を噛み締めて涙を堪えると、
手をすり抜けて抱きついてきた。
小春は耳元に顔を寄せると何回か震えた息を吐き出してから本当に嬉しそうな顔をして言った。
「田中さんに会えて良かったです!!いっぱいいっぱい色んなものもらいました!」
私は小春の背中に手を回して今度さっきよりも強く抱きしめた、でも顔を上げるといつの間にか
小春は私の元を離れて桜の木の前に立っていた。
「それじゃ・・・・・また、また必ず会いましょうね!」
小春は私が一番好きないつも別れの挨拶のときに見せてくれたあのとても嬉しそうな顔で
噛み締めるようにそう言った。
そして膝を思い切り曲げて勢いをつけると空高くジャンプしてからそのまま姿を消した。
「・・・・・小春?」
擦れた声で私は名前を呟いたけれど返事は返ってこなかった。
そして古ぼけた大きな桜の木の下で私は風に揺れる木々をしばらく茫然と見つめていた。
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:47
- それから小春に二度と会うことはなかった。
あの後何度も桜の木の下でその名を呼んだけれど姿を見せてはくれなかった。
それからずっと教室に戻って来ない私を心配して石川先生がわざわざ探しに来てくれた。
きっと本当なら怒るところだったと思うけど桜の木に縋って泣いている私を見て、
先生は何も言わずただ優しく頭を撫でてくれた。
個人的に石川先生は根掘り葉掘り聞いてきそうだと思っていたのにどどうやら思っていたより
ずっと大人で良い人らしい。
でも落ち着いたらやっぱり補習を受けなければいけなくて私は別の意味で泣きたくなった。
でもしばらくは何も手につかない日が続いた。
何か気が紛らわせるものや熱中できるものがあればいいけれどそんなものは何もない。
だから私は片っ端から色んな事に手を出して自分に合いそうなものを探した。
何かしていないと大きな悲しみに押し潰されてしまいそうなだった、それに小春は私みたいに
まっすぐ生きているから成仏したいと言った。
だからその思いに恥じないように自分を信じて精一杯頑張ろうと思った。
あの日以来あの古ぼけた桜の木にも二人が使っていた待ち合い場所にも行っていない。
そして窓の外を見る癖も気がついたらしなくなっていた。
授業も期末テストも頑張った甲斐あって成績は悪くなったし、石川先生に誘われるまま入った
薙刀部の練習もあって冬休みもあっという間に過ぎた。
そうして季節は巡り再び春がやってきて私は高校二年生になった。
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:51
- 私は正装のときにつける制服のネクタイを締め直すと服の埃を軽く払う、そして一度大きく
深呼吸してからあの古ぼけた桜の木の下に立った。
そして一年前と同じように満開の桜を見上げながら満足そうに笑った。
「小春・・・・れいな頑張っとるやろ?一年の終わりに入った薙刀部も今じゃエースって
呼ばれるくらい上達したとよ。それに勉強やって上から数えたほうが早いくらいやし、
クラスの子達とも普通に上手くいっとる。」
と私は歯を見せて笑いながら桜の木に向かって自慢話を始める。
「これでいつ小春に会っても・・・・・会っても・・・・れいなは恥ずかしくなか!」
泣かないと決めていたのにやっぱりこの桜の木の前に立つと胸が締め付けられて目元が
自然と熱くなる。
私は顔を俯けると奥歯を痛いくらい噛み締めて何とか涙を堪える。
でもそんなとき突然後ろから女の子の声が聞こえてきた。
「その桜の木の下には死体が埋まってるらしいですよ?」
それは小春が初めて私に会ったとき言った言葉と同じだったから驚いて
勢いよく後ろに振り返った。
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:54
- でも期待していた姿はそこにはなくて、人懐っこそうな笑みを浮かべているそれなりに
可愛い女の子だった。
その顔は見かけたことが無いので多分新一年生なんだと思う。
私は話す気になれなくて深い溜め息を吐き出すと何も言わずその場から立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください!無視はひどくないですかぁ?」
と女の子は慌てて私の前に立ちはだかると少し関西訛りが入った言葉で引き止められた。
「ごめん。でもここではあんまり話したくないから。」
「そうなんですか・・・・・でも残念です、せっかくこの大きな古い桜にまつわる良い話を
知っているんですけどね。」
私は引き止められたもののやっぱりこの場にあまり居たくなくて帰ろうと思ったけど、
女の子が付け加えるように言った言葉に足を止めた。
「真剣な顔をして木を見ていたので何か興味があるのかなと思ったんですけど、どうやら
そうでもなかったみたいですね。」
と言って女の子は小さく溜め息を吐いてから寂しそうに笑うと私に背中を向けて歩き出す。
「ちょっと待った!この桜のこと何か知っとると?」
今度は私のほうが女の子の前に回り込むと両肩を掴んで詰め寄った。
- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 23:58
- この桜は小春と色々と因縁みたいなものがある。
初めて会ったのもこの桜の木の前だったし最後にお別れしたのもこの場所だった。
だからこの桜の木について何か分かれば小春が言っていた箱について手がかりが掴める
かもしれない。
女の子は軽く咳払いをすると二人の前にある桜の木の話を語り始めた。
「これはこの前死んだうちのおじいちゃんから聞かされていた話なんですけどね、
今から大体60年くらい前のお話なんですけどね、この学校は戦前もやっぱり学校で
100人くらいの生徒さんがいたそうです。でも戦争が始まり空襲に遭って殆どの子ども
死んでしまい、学校も壊れて平地になっちゃったらしいんですよ。」
女の子の話は確かに良い話そうだったけど自分が求めているものではなさそうだった。
ただきっと小春もこの空襲で死んだのかなと思うと少し胸が痛んだ。
でも舞台がこの学校の話だからこの桜の木と無関係ではないと思うけど、前置きが長いので
私はちょっと飽き始めていた。
「ちょっと真面目に聞いてくださいよ。これからが盛り上がるところなんですから。」
「本当?っていうか桜の木と関係ないじゃん。」
「いや、ありますから。それに箱もちゃんと出てきますから聞いてくださいよ。」
箱という単語が出てきたので何だか長い話になりそうだったけどもうしばらく聞いてあげる
ことにした。
- 30 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/09(水) 00:03
- 「えっと、それで空襲ってところでしたよね?そして数年後戦争が終わりここに来た一人の
青年がいたんです。その人は戦争から無事に帰ったもののかなり傷心気味でした。
でも偶然この辺りを歩いていると瓦礫の下に小さな木を見つけました、青年が近寄って
瓦礫を避けると小さな箱から一本の木がまっすぐ空に向かって生えているじゃないですか!
それを見てこんな小さな木も頑張ってるんだから自分も・・・・・ってもう泣いてるんですか?
これから青年が地域の人と協力してこの学校を建て直す、というところが一番の感動部分
なんですけど。」
私は小春の探し物がようやく分かると涙が止まらなかった、そして不意に力が抜けて
崩れ落ちるように地面に膝を着くと声を上げて号泣した。
思い切り泣いたせいで声が震えて話し難かったれどどうしても確かめたいことがあったので、
私は途切れ途切れになりながらもどうにか言葉にした。
「こ・・・これが・・・・その木・・なんやろ?」
「へっ?えぇ、そうですよ。きっと戦争が起こる前に学校の生徒が埋めたんだと思います。
それにしてもこんなに大きくなるなんてその子も思ってなかったでしょうね。」
女の子は私の言葉に頷くと目を細めながら桜の木を見つめて何気なく呟いた。
しばらくしてようやく私は立ち直ったけれど目元が少し腫れているのか痛かった。
でも不意に小春はなんで桜の木なんて植えたのかなと当然の疑問が生まれた。
「箱を埋めた子は・・・・何も考えとったんやろ?」
「本当のことは分かりませんけど、きっとここに桜が咲いたら綺麗だなとか思ったんじゃ
ないんですかね。」
「ははっ、案外本当にそうかもにしれんよ?埋めた子は大バカ者やから。それにしても
探し物はこんな近くにあったやんか、小春!」
でも何だか吹っ切れた気がして私は笑いながら桜の木に向かって久しぶりにその名を呼んだ。
すると突然強い風が吹いて大きな桜の幹を揺らし一斉に花びらが散って、それはゆっくりと
私達に向かって舞い落ちてくる。
私と女の子は桜吹雪に包まれながらしばらくの間ずっと桜を眺めていた。
- 31 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
- このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。
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