37 工作

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:13
37 工作
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:14
ブラインド越しに西日の差し込む10畳ほどの部屋。どっしりとした椅子付きの机。そしてそこに
足を乗せ、何かを待っている風情のつんく。室内に漂うシリアスな雰囲気はどこまでもハードボイルド。
時折彼の視線が揺れる。その視線の先は部屋の隅。意味ありげに置かれたひとつの箱。
とつぜん響くノックの音。「失礼しまーす」と入ってきたのは高橋愛。いつになく真剣な表情。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:14
「大事な用件ってなんですか」そういう声にも緊張が見え隠れする。そしてわずかな恐怖も。
「すまんな・・・わざわざ呼び出して」申し訳なさなど欠片も見せずにつんくが答える。そして
しばしの沈黙が訪れる。それはどこか芝居がかった。
所在なさげな高橋愛。そして充分な間の後に口を開くつんく。「新メンバーのことについて、やな」
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:14
「え」と声をあげ、何か言いかけて口篭もる高橋愛。諦念と安堵の入り混じった複雑な表情。
「まあお前等もずっと9人でやってきたんやからショックなんもわかるけどやな」と
イシカワリカ並みの棒読みでつんくが言う。それを聞き流しながら高橋愛は枝毛をいじりだす。
どうでもいいや、そんな風情。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:15
「また、するんですか、オーディション」ふいに強まった夕陽に眩しそうに目を細めながら高橋愛。
「いや、それはせえへんねん、今回」と返すつんくはやたら早口。
「どうせ人も集まんないし」と続くはずの言葉を飲み込む大人2人。
「そしたら」適当に口走り、適当に言葉を切る高橋愛。
「ああ・・・もうこれしかあれへん」と頷くつんく。真剣な眼差しだけ作りながら密かにアクビをかみ殺す
高橋愛。だがその表情に突如として不安の色がよぎる。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:15
「・・まさか元メンバーの復帰とか」「いや、それも考えたんやけど」と遮るつんく。その口元に
浮かぶ笑み。自信の表れかそれとも発狂の兆候か。高橋愛はしばし迷う。そもそも何故私だけ
呼び出した?
「そんなレベルちゃうわ。今・回・はヤバイで。今までのアイドルの常識を覆す新メンバーや」
今回もヤバイのか。相当ヤバイんだろうな。そんな表情を巧みに隠しながら頷く高橋愛。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:15
「色々事務所ともモメたけどな。今回はオレの独断でやらしてもらうから」と高らかに言い放つつんく。
そしてため息と同時に「早く言えよ」と言う言葉を飲み込む高橋愛。
「新メンバーはな、実は今日すでに来とんねん、この部屋に」どうや、と言わんばかりに
挑戦的、かつ得意げに言い放つつんく。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:15
「ほんとですか」とむしろ小型カメラを探しながら部屋中に視線を揺らす高橋愛。
「その箱の中や」昂揚のせいか勿体ぶる素振りも忘れ部屋の隅を指差すつんく。
示された先。その箱を視界に捉えた高橋愛の顔がはっきりと曇る。
「あの・・・箱の・・・中?」
「ええから、ええから開けてみ」と笑うつんくはすでに興奮のピーク。高橋の表情に
気づく様子も無い。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:16
逡巡に疲れついに覚悟を決めた高橋はスタスタと箱へ歩み寄る。
苦しい時間は早めに済ます。そんな哲学を胸に、しゃがみこみ、蓋を開けて
中を覗き込む。
そして口を開けたまま固まる。
「どや、新メンバーは。気に入ったか?」と言う声も耳に入った様子は無い。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:16
驚愕と混沌。高橋愛の口はなかなか閉じる気配がない。それを見守るつんくの
表情は、ただ満足の色だけが占めている。やがて得意げに言い放つ。
「実はな、人形やねん、ソレ。でもな、言われるまで気づかんかったやろ?」
確かに、と言う感じで口を開けたまま高橋愛は頷く。頭の半分は放心している。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:16
「結構かわいいやろ?苦労したんやで、デザインとか」こうなったら一気に何もかも
言ってしまおう、と言うような、自覚のない焦りを奥底に秘めたようなその口調。
「もうな、スキャンダルやなんや、オレはもう嫌んなったわけや。生身はな。ほんでな、
もう別に人形でええんちゃうかな、って思いついたらもうそっから迷いは無かったわ。
今色々あるやんか、なんや、ヴァーチャルアイドルや、なんやって・・・」
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:16
止まらない饒舌と自らの発想そして着眼点への愛着。おそらくは半ば無意識的に
その声を上擦らせながら、ひたすらに語る語るつんく。
そしてそれを聴いているのかいないのか。高橋愛はついに「新メンバー」から視線を剥がし
首を振る。どこか決意を秘めたようなその表情。すこし顎をあげるようにして口を開く。
「・・・ずいぶん、思い切りましたね、つんくさん」
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:17
おもむろにつんくは言葉を切る。偏執狂の視線でもって高橋愛を迎える。
「・・・まさかとは思うが」おかしくて仕方ない、と言う表情を懸命に苦心して作った福笑い
のような、わざとらしいを通り越して泥臭い笑顔でつんくは口を開く。「今更、新メンバーが
人形だなんて認めない、なんて、言い出すつもりやない・・・やろ?」
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:17
お前等かて人形みたいなもんやないか。表情でそう言っている。思っている。高橋愛は
それを敏感に感じ取る。そして手を挙げる。
「逆です。」
満面の笑顔で言い放つ。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:17
「わたしは全面的につんくさんを支持します。人形アイドル。素晴らしいじゃないですか。」
将来に広がっている素晴らしいヴィジョンを見つめようとしている、そんな表情を、射し込む
夕陽に向かって作りながら高橋愛は宣言する。
「最初はビックリしましたけど・・・でもつんくさんの話聞いて納得しました。モーニング娘。は
伝説になりますよ。きっと。」
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:17
力強い高橋愛の口調は明らかに普段の彼女のそれではない。しかしすでに感動を通り
越して目尻のあたりが潤んできているつんくはどこまでもそれに気づかない。
「おまえを最初に呼んだんは正解やったわ、リーダーやし、なんつっても、大人やしな
・・・俺の目は正しかった。ありがとう。高橋。」
差し出されたと言うより突き出された手を高橋愛は慈愛の笑みで優しく握り返す。
部屋の雰囲気は今はっきりと弛緩する。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:17
「良かった。ホンマ良かったわ。正直ちょっと不安なとこもあったりしてな・・・
まあ自信はあってんけどな・・・・なあ、他の奴らもわかってくれるやろか?」
考えたことをそのまま舌先で回す。もはや幼児に近い調子でつんくは呟く。
「大丈夫です。そうだ、すぐにメンバー全員集めて発表しましょう。あたし呼びますから。」
言うやいなや携帯を取り出す。そして部屋を出て行く高橋愛。待ちきれない。そんな様子で。
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:18
一人残されたつんく。不安が去った後のその表情には、しかしどこか安堵と呼ぶには
奇妙な異物が混じっている。相変わらず机の上に足を乗せ、時折部屋の隅、あの箱の
中身へといとしげな視線を送る。近づいて、手遊びのように蓋を開けたり閉めたりする。
愛でるような素振りはきりがない。高橋愛は戻ってこない。
時計の無い部屋で夕陽の赤だけがゆっくりと強まっていく。
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:18
「お待たせしました。」
ノックの音。そして高橋愛の声で時間は再び動き出す。
箱から顔を上げ、笑顔で答えようとしたつんくの視線は振り子のように揺れる。
揺れながら高橋愛の背後へ向かう。そこに立っているのは白い服を着た背の高い男。
2人。見知らぬ顔。男。どう見ても娘。のメンバーでは無い。
ここに来るはずの人間では、無い。
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:18
「お願いします。」先ほどまでとは別人の顔になった高橋愛が言う。
「誰や、お前等?今大事な話しとんねん、出てけ!」と怒鳴るつんくに構わず
白衣姿の屈強な男2人はズカズカと部屋に入り込み彼の身体を両脇からガッチリと
抱え込みながら「失礼します」と礼儀は忘れない。
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:18
「なんやお前等、あ?なんやお前等!なんや、お前等!」そう言う声が足音とともに
遠ざかっていく。全ての終わりを立ち尽くしたままため息で見送る高橋愛。
疲れきったような、けれど重荷は下ろしたような顔で一人佇む。
やがて去来する様々な思いを噛み締めているかのような。そんな顔になる。
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:18
やがておもむろに開くドア。白衣の男が一人で入ってくる。
「それでは、今から搬送いたしますので」と言う。
「よろしくお願いします」そう答えて、深深と高橋愛は頭を下げる。下げながら
ふと気づいた顔になり、いつの間にか机の上に置かれていたあの箱を取り上げる。
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:18
「あの、これも持っていってあげてください」とそれを差し出す高橋愛。
「なんですか、これ」
男はそれをうさんくさそうに受け取る。取られる蓋。そしてその中から
不恰好なフェルト玉にマジックで目鼻が書かれた、出来そこないのテルテル坊主を
指2本で摘み上げる白衣の男。
「お気に入り、だったんです、患者の」
「へえ・・・まあ、渡してはおきますけどね」
「よろしくお願いします」再び頭を下げる高橋愛。
ドアの閉まる音。立ち去っていく足音。夕陽が沈み光源を無くしたその部屋に、少しだけ
響いたすすり泣きのような声。
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:19
E
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:19
N
26 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 22:19
D

Converted by dat2html.pl v0.2