26 Game Box
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:00
- 26 Game Box
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:01
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マザー・ワールドと呼ばれる作成途中のゲームに参加するようになって三ヶ月。
ヴァーチャル=ロールプレイングゲーム、通称「UP-FRONT」
あっちの世界には性別などのルールは無い。
全ての選択は自分自身という基本精神と共に、紺野あさ美は「デバッカー」という役割を受け持った。
ちょうど大学に進学し、バイトでも始めようかと考えていた矢先の事である。
選考過程にはテストや面接といった学生時代にごく有り触れたものだった。
あさ美は「独りでは心細い」という理由で誘いを掛けた吉澤ひとみと共にそれを受け、見事合格。
小、中、高の成績がトップという頭脳明晰であったあさ美にとって、ゲームの知識に関しては
世間一変的なものしかなかったが、それが逆に良かったと監督者は言う。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:02
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「ビギナーズラックな人ほどその機械の"バグ"を見付け易い事もあるんや。
バグって言うのはそのプログラム内に起こる不具合のこと何やけど…そこに居るちっこいのみたいに
ゲーマーだと当たり前すぎると思ったら基本的な操作を怠る可能性もあるしな。
で、紺ちゃんみたいな初心者傾向のある人の方が適してるっちゅー事もあるわけや」
「おいそこっ、丸聞こえって分かって言ってるだろっ!?」
そう言ったのは「監督者」の中澤裕子。
反論しているのは機械設備を担当している矢口真里と言った。
「UP-FRONT」は所謂ゼティマ、ピッコロタウン、ハチャマの3社合併によって発足した会社で作製された
架空現実の世界で自由に人が等身大のキャラクターとして動く事が出来る最新鋭のゲームである。
だが単にモニターに映った自分の分身、キャラをコントローラーを使ってするわけでは無い。
開発されたコントローラーの部分となるカプセル型の「箱」に入り、睡眠状態へ。
そして脳から出ている波動と特定の脳波を同調することによって「UP-FRONT」という架空現実を作り出す。
さらにそれらをコンピューターによって複数の人間と世界を共有させるのがこのゲームである。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:03
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あさ美は講義を受け、初めの1週間でその知識を全て把握した。
「デバッガー」という役割としてそのゲームへ参加する事にそれほど嫌な気分にはならなかったが
真のゲーマーが「デバッガー」として多数盛り込まれていることであさ美は一人浮いていた。
ゲーマーの"フリ"をしたとしても化けの皮を剥がれる。
だがひとみのサポートによって「UP-FRONT」内では自分の好きなことが出来た。
製作者からの指示に応じることもあるが、ほぼ基本的にゲームをプレイする事が最重要項目としてあげられている。
刈りをし、モンスターを退治し、お金を稼ぐ。
仕事時間はおよそ3時間。
理由は健康面での安全を考える為に間へと休憩を挟むようにしているのだ。
拘束時間は長いが、実質殆ど寝ているだけで言い上に仮想現実内でお金が貰えるというのは上手い話でもある。
「はい、お疲れ様」
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:03
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ひとみが手にしたカップのコーヒーを差し出した。
ここは休憩室。
テーブルには事前に買っておいたショートケーキが2つ、あさ美とひとみの前に置かれている。
それにフォークを差込み、口に運ぶ。
「調子はどう?」
「いつもと変わりないですね、まだ新しいフィールドにも行ってませんし」
「じゃあ今度、新しいシナリオが追加されたらしいからさ、行ってみると良いよ」
「分かりました」
「あ、」あさ美が何かを思い出したように言うと、フォークを咥えたまま問いかけた。
「その、私…街で迷っちゃったんですけど」
「ホント?あんまり変なところに行って未完成なところに行っても駄目だよ?」
「はい……そうなんですけど、その場所…私が持ってるマップには無いんです」
「無いって…」
「存在しないんです」
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:04
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あさ美は「UP-FRONT」のメインストレートから外れ、住宅地として組み込まれている
場所へと行き着いた。
その先に、一際狭い路地がどこまでも続く道を作っていて、あさ美はほんの少し沸いた好奇心から
中へと入り込んだ。
もしかしたら隠された通路があるのではないか。
自分が「デバッガー」という立場によって"バグ"を発見する事にあたり、こういった精密な所も
見ておかなければならないとも思ったのかもしれない。
だがそこは異常なほど、不思議な場所で。
脳裏に過ぎるマップによれば、もうとっくに隅の方へと到着しているはずだが、あらかさまな
手抜きをしたように立体感を失っている。
まさに子供が落書きをしたような、"見ることの出来ない場所"がそこにはあった。
一直線に歩いていたはずなのに、まるで迷路で彷徨っているかのような平衡感覚の消失。
"タイムアップ"が近づいているからなのか、あさ美は歩みを止めようとしない。
先が無いのは目に見えている。
だが進んでいく。
このまま行けば判ると自分で言いきかせて。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:04
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「………なに…?……これ………?」
続いていた道が唐突に消え、あさ美が瞬きをする間に景色が変わる。
目の前に溢れてきたのは―――女神の像と共に存在する噴水だった。
そこは見慣れた筈なのに、どこか錯覚するほど違う世界だと頭は認識する。
もしかしたら隠しシナリオか何かとも思ったが、そんな話は何も聞かされていない。
ともすれば"バグ"なのか。
だが、これほど見惚れるほど美しい世界が何らかの原因で発生した"バグ"だというのか。
そんなあさ美に、"誰か"は問いかけた。
いつの間にか目の前に佇む女性。
「あなたは、ここで何をしてるの?」
「え…ぁ、えーと、仕事…です」
質問の意味にを解釈すると、この世界に居る"誰か"の可能性が高くなるが
そうなると現実世界の存在すらも連想する為、この世界では一種のタブー。
ともすれば最後に残るのは"バグ"。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:05
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「どうしてこんな所に?」
「さぁ、何でかな…でも確かなことは、ここはニセモノなんだろうね」
「ニセ…モノ」
「でもここに存在する限りは、本当の事なんだろうな…誰かにとっては」
「誰かって…」
"誰か"は微かに微笑んで、そして悲しそうに歪んだ。
どうしてどんな顔をするのか。
どうしてこんなにも綺麗な世界に居るのに哀しんだろう?
ここに在る時間だけは"誰かの"現実。
当然それはあさ美にもある。
だが、その時間は有限では無い。
―――タイムアウトの文字
『強制ダイヴアウト』
『パイロット正常、確認…』
『シールド展開』
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:05
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「そっか…もしかしたらプログラムの異常があったのかな…」
「あの人もデバッガーなんでしょうか?」
「んーでも、設定されたマップ外から出られるなんて事、聞いたこと無いけど…」
「よっすぃー、代理で入ってあげてよー」
あさ美の話を聞いていたひとみに要請が入り「分かりましたよー」と答える。
見ると、ひとみに手を振る女性の姿がある、真里だった。
「ごめん、思い出したらまた休憩時間にでも言ってよ」
「あ、はい……気をつけて」
ひとみが部屋の中へと消えていくと、「ふぁーあ」とまぬけな声が響いた。
まだ身体が眠いと言っているが、そんな事を考える前に突然の声。
「あれ?もしかして…コンコン?」
「はい?」と、あさ美の前には珍しいと思える女性。
自分よりも多少年上なその人は、小さく微笑んであさ美を見つめる。
少し一歩引くような雰囲気があるのは気のせいだろうか。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:06
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「やっぱり女の人だったんだね」
「何で私の名前…」
「まぁ分からないのも無理ないか…あっちでは殆ど男だったもんね」
「……あ」
「UP-FRONT」内には設定がある。
つまりはストーリーだ。
そのストーリーに基づいてあさ美達は進んでいく。
「デバッガー」と言ってもその要領を正しく踏んでいかなければならない為
あまり他のキャラクターとの会話が少ない。
そんな中、ただ1人だけあさ美のキャラクターである「コンコン」に接触した人物が1人。
「チャーミー…さん?」
「アタリー覚えててくれたんだ」
「男性の方がこんな名前なんですもん、嫌でも覚えてますよ」
「偽名だし、あんまり名乗りもしないからつい現実のあだ名使っちゃったのよ」
「それも有り得ないですよね」
あさ美は冗談を含んだ笑みを浮かべる。
女性もそれに呼応するように苦笑いを浮かべ、あさ美の隣へ腰掛けた。
すると、テーブルに置かれたケーキを見て声を上げる。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:06
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「2つも食べるの?」
「あ…これはよしざ…さっきまで人が居たんですけど呼ばれたみたいで」
「ふぅーん…」
「…良かったらいります?」
あさ美と女性はショートケーキに舌鼓を打ちながら、この"バイト"を
受けた理由などを話し始めた。
女性もどうやらこのバイトはあさ美と同じ時期に始めたらしく、ゲームの方も
あまりしない方だと言った。
しかも女性も同じく友人の誘いを断りきれなかったのだと付け加える。
全く同じパターンだった事に、あさ美は内心ホッと胸を撫で下ろしていた。
まるで初めてと思えないその雰囲気が、そうさせたのかもしれない。
それを気にあさ美は休憩中、その女性との会話を弾ませるようになった。
「UP-FRONT」内で女性が会ったキャラクターはほぼ女の子だというのも知らされた。
服の趣味や音楽の趣味も似ているからなのか。
時にはどこかに遊びに行く事もあった。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:07
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その時、女性が妹として親しむ「道重さゆみ」という女の子にも逢った。
多少ナルシストで毒舌だが、意外と姉御肌で凄く愛らしく思える。
3人で買い物もした。
正直言って楽しかった。
ほぼ学業に専念していた学生時代。
親の方針でそうしてきていたが、大学は自分の気持ちで決めたもの。
一番、それが良いと思った。
だから今、自分は今一番幸せなんだと思い始めていた。
そんな日々を過ごしていたある日から、あさ美はある違和感に気付く。
「UP-FRONT」で過ごす時間が徐々に増えてきているのを感じた。
このゲームの完成が近づいてきたからかもしれない。
女性もあさ美と休憩中に会話が出来ないほど要請されてしまい、あっちの世界では
こちらの世界の事を口にするのはタブーの為、迂闊に会話も出来ない。
約束も殆ど出来ずに、忙しくなる前に約束した買い物の事も
あさ美でさえも忘れ去ろうとしていた。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:07
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当たり前だと思い始めていた時間。
箱の中で、今日もあさ美は眠りの中で進み続ける。
ウソやホントの境界線はほぼ自分が決める事。
ひとみにも相談しようかと思ったが、その頃にはすでにストーリーも最終話へと進んでいた。
「UP-FRONT」には流れる時間と共に命が生まれる。
生まれては消えて、人は他の生き物達を支配し、大地の王となった。
「この世の覇者」とは紛れも無く自分自身。
人は争いを欲し、そして覇者となるべく過ちを犯した。
全ての生物が巻き込まれ、利用されても。
覇者として名乗り上げた王はその数だけ分かれ、互いを牽制しあい、争う。
争った後に残るのは国によって呑まれる国。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:07
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戦争の足音は、あさ美のすぐそこまで聞こえている。
「狩人」としての存在ではなく、「戦士」としてその身を戦いの中に投じるのだ。
分かっていたこと。
いつかはこの日が来るのだというのも、逃げる事だって自由に出来る。
今のままの生活を継続することも可能だった。
だがあさ美の中で、あの女性との日々が無くなってしまった事で刺激が足りなくなっていた。
此処に存在している事が、当たり前になっている証拠なのか。
完成が近いという事と同時に、ゲーマーではないライトユーザーの「デバッガー」が
この拘束時間の長さに対して不満をもつため、次々と辞めていった。
新しい人材を入れる状態でもなく、あさ美達はここ3日ほど家の帰宅もままならない。
ひとみも何とかその部分を補ってくれているが、それも限界に近い。
もしかしたら、あの女性もすでに辞めているかもしれない。
瞬間、―――暗転と同時に"箱"が動き出す。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:09
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あさ美の手には長剣が握られていた。
自分が生き残るため、ためらいも無くあさ美は振り下ろし続ける。
戦場の中で、真っ白な鎧を身に纏うあさ美。
攻撃を仕掛けてくる敵へと打って出るが、飛空船による抗戦で
仲間は次々と倒れていく。
その中に、あの女性が言っていたキャラクターも含まれていた。
「助けて」と、そう訴えられたような気がする。
殺らなければ殺られるのだと、身体が無意識に震えた。
風の残像を肌で感じながら、あさ美は長剣が赤く染まっても振り下ろし続ける。
地面に倒れこむ人間は同色に濡れていた。
大声を叫んで消えていく命を見た。
胴体を散らして絶命する姿を見た。
もうどれくらい経ったのか。
もうどれくらい殺したのか。
もうどれくらいの人が死んだのか。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:18
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あさ美は泣いた。
泣いて泣いて、手の中にある長剣を振り下ろす。
まるで人形のようなその姿。
現実に嘆く人間の女の子。
そう、ここは現実の幻であり、幻の現実。
生きている意味が曖昧な世界。
イカれた様に繋がった線。
意味なんて、無くても良いのかもしれない。
だって、こんなにも自由なんだから。
カラッポの"箱"
ただ行こう、進む先へと。
長剣が舞う。
あさ美には防ぐものも残されていなかった。
腹部には幻でも熱くなるのを感じる。
身体が脱力し、硬い異物への嫌悪感。
背中をも貫くそれを見た瞬間、世界は暗転する。
―――暗転の末。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:20
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あさ美は、あの時に見た女神像のある噴水に居た。
この世界の創造主の女神。
名前を呼ばれた気がした。
振り返るとそこには灰色に染まる街。
迷い人の園。
虚無と現実の果てに、女性は居た。
「戦士になったんだ」
「…望んでなった事です、悔いは無いですよ」
「アタシは、あんまり変わりたくなかったな…今までの
事が全て消えちゃったんだから」
「でも、"誰か"はそうじゃないかもしれないじゃないですか」
本人が選択肢を決め、自分が全ての決断者なのだ。
気が変わる事もあるかもしれない。
だが自分が決めたことなら、それは自分である事に変わりは無い。
居心地の良さからか、気分がひどく落ち着いていた。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:21
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「ごめんね、買い物しようって約束守れなくて」
「過ぎた事なんで、もう良いですよ」
「…ハッキリと望んだ世界なんて、ホントは無いのかもね」
「完璧な世界なんて、あるわけないです」
目を閉じても、目を開いても、起きていても、眠っていても。
―――そこには同じ"夢"が浮かんでいる。
自分だけの世界を、生の実感を掴んだ感触。
掴み外したものがすぐ其処に。
「……じゃ、続きしよっか」
「はい」
差し伸ばされた手に何の躊躇も無くあさ美は掴んだ。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:22
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―――数十分後、「UP-FRONT」という"箱"の機能は正常に回復した。
責任者達が慌てて処理へと駆け回っている。
ひとみは「箱」に乗り込もうとしていた矢先の事だった為、それを間近で見ていた。
すぐ隣に設置されている大量の数の「箱」。
その中の1つにひとりの少女が横たわり、眠り続けていた。
―――「UP-FRONT」、特殊な頭脳を持つ人間の脳を中枢に用いることで機能を継続させる事が出来る。
制御機構に接続された人間は、脳が崩壊するまで死んだまま生かされ続ける。
だがそれには"前回"の人間と同調できる人間とで無ければ換装は難しい。
その為、わざとその接続部分へと特定の人物を侵入させる事で同調率を上げる事もある。
それが人が行き着いた究極のゲーム。
ひとみがそれを知ったのは1週間前の事だった。
人の「心」は無限に近い境地を持つ記憶容量と繋がっている。
人の感じるものは全て違い、不要なものと必要なものを入れ替え、進化させる。
「心」の箱は複雑なシステムを組んだ光と説いた最先端の脳量子論。
それを応用し、造られたのがこの「UP-FRONT」
製作者は思うだろう、我々は「覇者」だと。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:22
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「…でも、無理やり詰め込んだ箱はいつかは溢れ出るんだ」
ひとみは呟く。
接続されてからもあと数日はその接続を解除することが出来る。
彼女達があちらの世界に完全に行く前に、助け出す。
2人には、待っててくれている人が居るのだから。
「待っててよ、梨華ちゃん、コンコン」
目覚めれば光。
眠りの中のヒカリと共に、ヒカリは惹かれあう。
そして、いつか聞こえる足跡と共に。
戦いは続く。
幻と現実の狭間で、帰る道筋を作る為に。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:23
- 川o・-・)
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:23
- ☆
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 08:24
- ( ^▽^)
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