25 クローズド

1 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:29
25 クローズド
2 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:29
メンバーの待つ別荘まであと5分という夕暮れ時。
もっとも夕暮れといっても、空は昼からずっと暗かった。
晩ご飯の具材を買いそろえて愛は、山道を車で走っていた。
今日は、メンバー全員で別荘にお泊まり会である。

「雨すごいなー。台風来てんのかなー?遊べないね」

助手席に座った里沙が、フロントガラスから上空を覗きあげていた。
愛はちら、と里沙を見た。口を開けて黒くのしかかる雲を見ている。

「にしてもガキさん、助かったわー。あたし1人じゃ、何選んでいいかわからんて」
「私もよくわかってなかったけどね、他のコには任せてらんないから」
「本当、2人で行って正解やったぁ。あんがとね」
「どういたしまして。今から作れば8時には食べられそうだね」

愛は、時計に目をやった。
雨で肌寒いといっても、この時間に日が沈みきっていない。やはり夏だ、と思った。


時刻は18:53。

山の上では雨をたっぷり含んで緩くなった崖が
最後のカーブにさしかかる2人を飲み込むべく
地滑り始めていた。

そのカーブは両側を崖に挟まれ視界が悪かった。
愛は前方を注視してハンドルを大きく切った。
そのとき、大小の石が次々と音もなく道路に転がり出してきた。
愛は強くブレーキを踏んでしまった。
カーブ中の急ブレーキに、車が横滑りしたそのとき
左から強い力が加わり、車体が大きく傾いた。
咄嗟に里沙を見た愛は、その向こうに
茶色い塊がこの車をめがけて信じられない速度で落下してくる
恐るべき光景を見た。
3 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:29


それはこの日、この地域で4番目の土砂災害であった。
人を巻き込んだものとしては唯一であったが
そもそもこの嵐の中、土砂崩れの音に気づいた者はいなかった。

誰に気づかれることもなく愛と里沙は
閉ざされた車内に生き埋めにされたのである。

4 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:30
18:55

さゆみがリビングを通りかかったとき
小春はソファに座ってDVDを見ていた。

「何見てんの?」
「10年記念隊の……」

コンサートのDVDらしい。
このコンサートは去年さゆみも見に行った。

「あっ、真夏の光線」
「そうです」
「真夏の光線かぁ。さゆみ、今日もいい天気になると思ってたのに……」
「すごいですね、雨の音……。高橋さんたち、大丈夫かなぁ?」
「愛ちゃんの運転は怖いってガキさん言ってたしね」
「ですねぇ」

画面では曲が終わったところだった。
小春はリモコンを手に取って、次の曲をスキップした。
その次のMCも飛ばした。

「ちょっと!」

さゆみは、小春の手首をつかんだ。

「何で自分が出てないとこ飛ばすの?」
5 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:30
さゆみは、小春の隣に座って一緒に見ることにした。
小春は自分のソロ曲が終わると、再びリモコンに手を伸ばす。
さゆみは素早くリモコンを奪った。

「待ってよ。さゆみも見たいの」

画面では「ラストキッス」が始まった。
自分が出ていないので小春はつまらなそうにソファに沈む。

しかし
開始1分後、小春もさゆみも画面に釘付けになっていた。

「新垣さん、こんなふうに歌ってたんだ」
「去年、ライブで見たときには気づかなかった。なんか不思議。
 これ、哀しい歌詞なのに……」
「うん……」

画面には、失恋を
笑顔で歌う里沙がいた。

6 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:31
19:00

暗くて何も見えない。エンジンからくる振動が小刻みに身体を揺する。
自分の上に里沙の身体が折り重なって倒れている。
弱々しい呼吸の音が、エンジン音に混じって聞こえてきた。

「ガキさん?」
「……」
「ガキさん!大丈夫?」

愛は両手に力を込めて持ち上げようとしたが、意識を失った里沙は予想以上に重い。
思わず床に手をついた。床がミシリと音を立てる。

―――この音……

その音で初めて気づいた。自分たちは窓ガラスの上に乗っている。
緊張が走った。
下手に力を加えては、ガラスが割れてしまう。愛は里沙の肩をそっと叩いた。

「ガキさん」

ささやくように声をかける。

「んん……」
「ガキさん」
「愛ちゃん?」
「そうやよ。よかった……」
「うちら、どうなった?」
「わからん。車が横倒しになってるみたい。あたしの下に窓がある」
「埋まっちゃったか……」
「大丈夫。すぐ助けてくれるって」
「うん……」
7 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:31
そうは言ったが、湿った空気は重苦しい。エンジンの不気味な音が唸っている。

「ごめん。愛ちゃん。今移動するから」

里沙が身体に力を込めるのが、愛にも伝わった。
しかし、里沙は動かなかった。どこに身体をよけたらいいかわからないのだ。

「どうしよう……へんなとこ踏んだら割れちゃうよね」
「まぁ、なんならこのままでも」

そう言って里沙の頭を撫でる。里沙は軽く吹き出した。

「愛ちゃん、よくのんきでいられるね。尊敬するわ」
「じたばたしても仕方ないでぇ」

結局里沙は、移動をあきらめたらしい。体重を愛に預けてくる。
それでも身体が強ばっているのがわかる。愛はもう一度、里沙の頭を撫でた。

―――このまま、じっとしてればいい

慌てて動くのはまずい。自分たちは生き埋めなのだ。
しかし、里沙は首を上げて周囲をきょろきょろしだした。

「ガキさん、大丈夫やって」
「でも、このままじゃ……」
「あたしは平気やから。ガキさん軽いし」
「……ウソ。私、太ったもん」
「そうなの?気づかんかった」

愛は笑った。しかし里沙は暗いトーンのまま
8 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:31
「どうにかして脱出できない?」

そう言って車内を見回す。どの窓も、泥に埋まって真っ暗だ。
里沙は愛にまたがるようにして、窓の枠部分に足を置いた。
そうして立ち上がる。
頭上にあるドアのロックを外して持ち上げようとしてみるがビクともしなかった。
愛も里沙と同じように立ち、加勢してみる。やはり開かない。
里沙は愛を見て言った。

「エンジンかかってるよね。窓開けてみる?」
「泥が入ってきちゃう」
「そうすればドアが軽くなるかも」
「え?」

愛は里沙から目を外して考え出した。
確かに、積もった泥を車内に流し込めばその分、ドアを押さえつけている泥の圧力は減る。

―――でも、ここに泥を流すなんて……

「危ないよ!石とか木片も混じって落ちてくる。それにもし開かなかったら……」

扉が開かなければ、自分たちは泥の中でおぼれ死ぬ。
里沙は悔しそうに首を振ったが、すぐに「携帯」と小さく言ってポケットを探った。
しかし

「……圏外か。愛ちゃんのは?」
「えっと、カップホルダーに置いといたけど……」

横転したときに落ちたのだろう。里沙はすぐにしゃがみこんだ。

「暗くてよく見えない。愛ちゃん、明かりつけて」

愛は室内灯のスイッチを入れた。
9 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:31
「あった!」

里沙はシートの脇から、最後の頼みである愛の携帯を取る。

「つながってますように!」

そう言って携帯を開く。途端、里沙の表情が曇った。
愛がのぞき込む。
携帯はディスプレイがひび割れていた。里沙が何度かキーを押すが、何の反応もない。
しばらく試していたが、携帯は完全に壊れてしまっていた。
里沙は悔しそうに携帯を置いた。しゃがみこんだまま。

「……何もできないの?」

声に涙が混じっている。愛もしゃがんで里沙と目線を合わせた。

「待つしかないよ」
「いつになるかわかんない。この台風で救助が遅れるかもしれないし」
「メンバーだってうちら戻らんかったら探しに来る。そうすれば土砂崩れに気づく」
「でも、土砂崩れに気づいても、ああ通れないんだなって思うだけだよ。
 まさか、その中にうちらがいるなんて思わない」
「平気やって。絶対誰かが気づいて助けてくれるって」
「平気?……本当に?」

愛は里沙の肩を抱き寄せた。平気……ではないかもしれない。
待つ間に、車内の酸素だって薄くなっていく。自分たちの命には時間制限があるのだ。
2人の会話は、愛の楽観と、里沙の現実視が綱引きをしているだけ。
それでも愛は、これ以上怖がらせないように、酸素の話は持ち出さなかった。
愛はとりあえず「どうにかなる」と決め込むが里沙はそうではない。
「自分がどうにかしなきゃ」と抱え込んでしまう。
しかし、今は何もできない。無力な自分たちは、外の状況もわからず待つしかない。
その歯がゆさが、里沙の心を焦らせ、追い詰めようとしている。
愛はさらに力を込めて、里沙の身体を自分の方へ引き寄せた。
10 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:32
そのとき、里沙の全身がびくりと跳ねた。

「ガキさん?」

見ると里沙は、目を閉じて唇を噛んでいた。額に汗が浮いている。

「ガキさん?どうしたの?」
「……脚が」
「脚?怪我してたの?」
「うん……たぶん愛ちゃんの上に落ちたとき。音がしたの」
「音?」

里沙は弱々しく笑って言った。

「身体の中でポキッ、て鳴った」

―――ああ……

それは骨折の自覚音だ。

「あんた!なんで言わんの!?」

里沙は、折れた脚でドアを開けようとしたり、携帯を探したりしていたのだ。

「だって……愛ちゃんに心配かけちゃうし」
「バカ!心配かけていいよ!もっと頼ってよ!」

いいながら涙が出てきた。愛は里沙に抱きついた。
里沙の脚を動かさないよう、自分から里沙に覆い被さる。強く抱きしめた。

「本当にあんたは……」

里沙の肩に顔をうずめて、もう一度小さく「バカ」と言った。
11 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:32
19:13

「小春は一緒にツアーやってて気づかなかったの?」
「全然。小春の前ではいつもの新垣さんでしたよ」
「いつもの、ってのは」
「モーニング娘。でいるときの新垣さんのまんまでした」
「てことは……。」

さゆみはちょっと考えて、言った。

「記念隊だからこういう顔してたってことなのかな?」
「え?でも小春は……」
「ううん、きっとそう」
「なにが?」

小春に身体を向ける。もはやDVDはさゆみにとって背景となっていた。

「ガキさんが普段、切ない失恋ソングをあんな楽しそうに歌うことなんてないよ」
「はい、わかります。新垣さん、いつもきちっと歌の世界に入り込むから」
「でも、このときはそれを上回っていた」
「?」
「ほら、ガキさんモーニング娘。のときは一番先輩でしょ。
 だからしっかりしなきゃ、ていう気持ちが大きいんだと思う」
「そうですね。しっかりさんだから」
「ところがね。小春が入ってくる前は、そうでもなかったんだよ。
 特に、飯田さんとか安倍さんとかいた頃は」
「そうなんですか?」
「こんな言い方あれだけど、もっと『私を構って!』みたいな感じだった。
 最近じゃ全然、そういうの見せないけどね」
「じゃあ『ラストキッス』の新垣さんは昔の新垣さん?」
「うん。飯田さんと2人でこの曲歌えるのが嬉しかったんじゃないかな。
 その嬉しい気持ちが、切なさを表現したいって気持ちより強かったんだよ。
 だから思わず笑ってしまった」
「確かに……そんな顔でした」
12 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:33
「いつもは後輩がいっぱいいるし
 モーニング娘。をきちんとさせなきゃ、てステージに立っているんだと思う。
 そんなガキさんにとって、10年記念隊のコンサートは久しぶりに
 本音で立てるステージだったんじゃないかな。
 だから、切ない顔しなきゃならないのに微妙に笑ってた。
 『だって楽しいんだもん』ていう本音が顔を出したんだよ」
「小春、全然気がつきませんでした」
「そりゃ……小春に対して気を緩めないよ」

小春は画面に目をやった。MCコーナー。小春の前でお姉さんを振る舞う里沙がいる。

「新垣さん、大変なのかな?」

小春はため息のように言った。さゆみが答える。

「まぁ自分からしっかり者を買って出てるんだろうけどね。
 一番上と言っても、愛ちゃんは『大丈夫、大丈夫』てみんなを安心させる役だし
 ガキさんがきちんと現実見てないと、って部分はあるよね、きっと」
「たまには人を頼ってもいいのに」
「うん……。『任せてらんない』とかよく言うけどさ。
 愛ちゃんといたって『自分がやらなきゃ』て感じなんだもん。
 たまに……心配になる」
「心配?」
「無理しすぎないで欲しいなって……。
 さゆみたちだってやるときはやるんだから。
 苦しくてもそれを隠して、意地張って……」

最後は声のトーンがさがった。

「……最後はガキさん自身がつらくなっちゃうよ」

13 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:33
19:25

愛の靴に水の染みこむ感触があった。

「ガキさん」

愛は再び緊張した。

「どっかから、水が漏れてる」
「え?……きゃあ!」

里沙がびくっ、と手を引っ込めた。水に触れたのだ。

「愛ちゃん逃げよう!」
「逃げるってどこに?」

里沙が身体を起こした。シートを手で探る音がした。
水はすでに愛の背中全面に渡っている。バタンッと音がした。

「助手席倒した。愛ちゃん、登ろう!」

里沙はそういうと、運転席の側面に登った。愛も続く。
シートの側面は柔らかく不安定だったが、腰をかけることができた。
愛は里沙の手を握る。里沙の握りかえしが異常に強かった。

「ガキさん!脚大丈夫なの!?」
「……」
「お願いやから、無理しないで!」

里沙はうつむいたまま。目に涙が溜まっている。
何も言わず、愛の手を痛いほど強く握り、里沙は苦痛を訴えていた。
14 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:33
フロントガラスに穴が空き、そこから濁った水が車内に流れ込んでいる。
里沙は下を向いたままささやくように言った。

「この勢いだと、水が中に溜まっちゃう……」

里沙の言葉に、愛は凍り付いた。助けを待つ間に、水に沈む?

「まさか」

愛は必死に笑った。

「洪水じゃあるまいし……どっかから水が抜けていくよ」
「でも……」

里沙は周囲を見回す。どの窓も、泥に埋まって真っ暗だ。水の逃げ道はないかもしれない。

―――まずいな……

酸素が薄くなるだけではない。水が迫り上がったら、その時点でアウトだ。
そのとき、追い打ちをかけるようにキリキリという高い音が響いた。

「何?この音……」
「愛ちゃん、ガラスが……」

見るとガラスの穴から、周囲にひびが入っていた。高い音は気味悪く響き続ける。
目を見張る2人の前で、ひびはゆっくりとフロントガラス全体に広がっていった。
握った里沙の手がガタガタと震えだした。

「ガキさん……大丈夫だから」

愛は、里沙にそう言い聞かせる。しかし震えは止まらない。
15 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:33
そのとき、ガラスが砕け穴が大きくなった。泥が一気に流れ込んでくる。

「きゃあ!」

愛はとっさに里沙の頭を抱いた。

―――この泥……

泥は膝に向けて迫り上がってくる。

「ガキさん大丈夫?」
「いやあ!お願い愛ちゃん……ねぇ助けて!何とかして!」

里沙がパニックを起こして泣き叫ぶ。

「ガキさん」
「死んじゃう……私たち死んじゃうよ!なんでよ!?」
「ガキさん!」
「嫌だ!こんなところで死ぬの?もう助からないの?」

「里沙ちゃん!」

「え?」

里沙は虚を突かれた顔で、ようやく愛を見た。
怯える里沙の様子に、愛の心が熱くなっていた。

―――死なせない……

このコだけは、絶対に自分が守らなくてはならない。
こんな狭い場所で、里沙を死なせたりしない。

「なぁ……」
16 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:34
「あ、愛ちゃん?」
「落ち着いて聞いてね」
「な、何?どうしたの?」
「この泥……思ったより柔らかいから、潜れそうだ」
「は?何言ってるの?」
「ガキさんその脚じゃ無理でしょ?あたしが行く。助けを呼んでくる」
「助けをって……泥がどれだけ積もってるかわかんないよ!」
「でも……時間がない」

泥はすでに2人の腰まできていた。

「このままじゃ2人とも死んじゃう」
「やだ!やめて!!大きな石があるかもしれないし、愛ちゃん泳げないでしょう?
 途中で動けなくなっちゃったら……」

愛は、うなづいた。
里沙の言うリスクは全部承知していた。

「ダメ!行かないで愛ちゃん!」
「大丈夫!大丈夫やから」

言いながら、愛は笑顔を崩さないように必死だった。正直、怖かった。
何度も言ってきたが、こんな絶望的な気分で言う「大丈夫」は初めてだ。

「なぁ……こんなときくらいお姉さんの言うこと聞いて」
「あ、愛ちゃん」

すでに里沙の顔はくしゃくしゃに歪んでいた。
愛は、里沙の頬にキスをする。

「いい子で待っててね」
17 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:34
そう言って里沙に背中を向ける。
向けたとたんに愛の目から涙が溢れた。

「愛ちゃん!……絶対、絶対死なないで」
「うん」

涙声になった。もう振り向けない。
最期になるかもしれない別れに、涙なんて見せたくなかったから振り向けなかった。

愛はフロントガラスの前に立つ。
あの穴から外に出られるだろう。車の外に出たら、とにかく泥の外目指して進む。

大きく息を吸うと、愛は泥の中に潜った。
ハンドルを蹴ってガラスの外に出る。手をバンパーに伸ばすが届かない。
押し戻されそうになる。
フロントガラスを蹴飛ばしてもう一度バンパーに手を伸ばした。

―――届いた!

手を強く引いた。今度はフロントバンパーを蹴ってさらに先へ。
あとは手足で泥をかいて進むしかない。
手足に力を込めて必死に動かした。
頭の中は、里沙の顔でいっぱいだった。

―――必ず戻るからね!

進むにつれ、泥がだんだん固くなっていく。進む方向を間違えたか。
泥は愛の手足に絡みつき愛の動きを阻む。愛の力はどんどん奪われていった。

―――畜生……。苦しい……。
18 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:34
左脚がまったく動かなくなった。
右脚を振り上げるが、そのままの姿勢で脚が固められた。

―――だめか……

どんなに力を振り絞っても、固まった両脚はぴくりとも動かない。
もう息も限界にきていた。

渾身の力をこめて伸ばした左手の先がかすかに空気に触れた。

―――出た!

続けて右手を伸ばす。右手の先もわずかに外に出た。
しかし、脚が動かない。
バンザイをした格好のまま、愛の身体は、完全に動かなくなってしまった。

―――ここまで、来たのに……。誰か……

全身が疲労で力が入らなかった。もう動くことができない。

―――誰か……里沙ちゃんを助けて!


19 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:34
19:27

愛佳は別荘の2階の窓から
外を何気なく見た。暗くてよく見えないが、道がなくなっている。

―――え?

「ねぇ!誰か来て!!」

その声を聞いたれいなも窓の外の土砂崩れを目撃した。

「大変!」

れいなと愛佳は一斉に階段を駆け下りると
メンバーに土砂崩れを伝えた。

「え?じゃあ、愛ちゃんたち帰って来れないね」

絵里が言った。

「とにかく通報しよう!」

それを聞いてれいなが電話に駆け寄ったとき
ジュンジュンが急に立ち上がって外に駆けだした。

「高橋さんたち、助けないと!」

それは驚異的な直感だった。
20 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:35
その後、全員は素早かった。
さゆみはれいなに

「通報して!」

と指示し愛佳と小春には

「倉庫行って、シャベル探して!」

と指示を出した。
そのときすでに絵里、リンリン、ジュンジュンは雨の中を現場に走っていた。
さゆみは別荘の住所が書いたメモを取り、れいなに手渡すと
自分も現場に急いだ。

現場に先についた3人は、土砂の上に登り様子を見る。

「あっ!」

リンリンが指したそのさきに、人の指があった。
絵里がリンリンのもとまで行く。

「せーのっ!」

2人で愛の両手を引っ張った。

「愛ちゃん!」

蒼白な顔をした愛が引き上げられる。
愛は、激しく咳き込んだ!

「愛ちゃん、大丈夫!?」
「……が、ガキさんが中に」
21 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:35
絵里は愛から位置を聞いて、手で掘り出した。
リンリン、ジュンジュンも加勢する。
後から到着した小春と愛佳がシャベルで泥を掘っていく。
さゆみとれいなで愛の介抱に当たった。

小春はシャベルの先に、金属の当たる感覚を得た。

「車!」

さらに忙しくシャベルを動かしていく。
助手席の窓ガラスがあらわになった。
小春は身をかがめて中をのぞき込む。
中から、声が聞こえてきた。
見ると、肩まで泥に浸かった里沙が泣き叫んでいた。
小春はガラスをガンガン叩く。

里沙は小春を見つけると、縋る目を小春に返し
パワーウィンドウのスイッチに手を伸ばした。


22 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:36
到着した救急車で2人運ばれる。
愛はいつものくせで「大丈夫」と言ったが
れいなとさゆみが承知しなかった。

里沙は脚に応急処置を受けながら
手はずっと愛の手を握っていた。
そんなに強くはない。
握られて、ほっとする感じの力で
2人つながっている。
愛にはそれが心地よかった。

「ガキさん、脚痛くない?」
「……」

里沙が浮かない表情で下を向く。

「ガキさん?」
「……小春に泣き顔見られた」

愛はくすっ、と笑った。
今回の事故で、里沙の中に閉じこめられていた何かが
表に出てきたような気がして、ちょっと嬉しい。
もちろん、あんな怖い思いはもう二度とごめんだが。
里沙の頭を撫でてやる。

「いいんだよ、それで」

里沙が愛を向く。

「ガキさんはそのままでいいんだからね」

2人を乗せた救急車は、山道を下りていく。
台風は晴れて、星空が広がっていた。
23 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:38

FIN
24 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:39
25 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:39
26 名前:25 クローズド 投稿日:2008/01/03(木) 17:39

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