21 たまにケンカしても、でも…

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/02(水) 02:19
21 たまにケンカしても、でも…
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/02(水) 02:21
「千奈美ヒドイ! なんであんなこと言うの!?」

顔を合わせた途端いきなり問い詰められ、飲みかけのペットボトルを手にしたまま、
千奈美は唖然とした表情で、友理奈を見上げた。

「さっきの収録。なんでウチが悪役なの?」
「ああ……」

ようやく話が呑み込めた。二組に分かれて収録したラジオ番組内でのことだ。
「誰が悪役に適任か」それを佐紀と茉麻と雅、それに千奈美の四人で決めたのだ。
──熊井友理奈に。

「それはだって。ねぇ、みや……あれ? キャプテン?」

つい、今しがたまで談笑していた雅と佐紀がいない。
楽屋中央に置かれたテーブルに目を移すと、梨沙子が突っ伏して寝入っている。
桃子と茉麻は、打ち合わせでもしているのか、どこにも姿が見えない。

「ちょっと、聞いてる?」
「あ、うん聞いてるよ」

視線を友理奈に戻す。かなりご立腹の様子で、腰に手を当て
顔を真っ赤にして、次から次へとまくし立てた。

「最初、千奈美だったでしょ。それをさ、自分がイヤだからって
 その場にいない人にするなんて、おかしいんじゃないの!」
「でも、ほら『ハロプロ No.1』だし、そこにいなくても……」
「みんな、千奈美って言ってたじゃん。それが、なんでウチになんの!」

大声でがなり立ててくる。
こんな環境でよく眠っていられるなと、千奈美は梨沙子に目をやった。
いや、ひょっとすると巻き添えになるのを避けるため、
寝たふりをしているのかもしれない。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/02(水) 02:23
「ちょっと、どこ見てんの!」

怒鳴りつけられ、正面に向き直る。友理奈がここまで怒るのも珍しい。
なにが着火点になったのか、千奈美にはわからなかった。

「でもさ、役なんだし。役だよ? 別に、熊井ちゃんが悪だって言ってんじゃないし」
「千奈美だってイヤだったんでしょ、役でもさ。だから、ウチにしたんでしょ」
「そんな、熊井ちゃん怒るなんて思わなかったんだもん」
「怒るよ、怒るに決まってんじゃん!」
「じゃあさ、こうしよ。ウチと熊井ちゃん、二人とも悪役っていうことで……」
「なに言ってんの、今ごろ言ったって遅いよ!」

なにを言っても無駄らしい。友理奈の怒りは治まらない。
どうしようかと弱りきっていると、楽屋のドアが開いた。

「あー、すっきりした」

現れたのは茉麻だった。仲介役として、これほどの適任者はいない。
千奈美は、茉麻に顔を向け声を出さずに「助けて」と口を動かした。

「どうしたの」

ただならぬ雰囲気を感じたのか、茉麻は真剣な眼差しで、二人の顔を交互に見た。
これで助かる──千奈美はホッと息をついた。が、友理奈が大きな声を上げた。

「なんで桃ちと梨沙子はナシで、ウチはアリなの!?」

ダメだ──友理奈の怒りの矛先は、茉麻にも向いていたようだ。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/02(水) 02:24
「茉麻だけは味方だと思ってたのに、その茉麻があんなこと言うとは思わなかったよ」

楽屋に入るなり怒鳴りつけられ、茉麻は訳がわからずまん丸な瞳で友理奈を見つめた。

「ねえ、なんの話してんの?」

怒る友理奈ではなく、千奈美の耳元で囁く。

「ほら、さっきの収録で、誰が悪役にピッタリかってやったじゃん。
 それが、自分になって怒ってんの」
「なんで?」
「わかんない。とにかく怒ってんの、熊井ちゃん」

「なにコソコソやってんの!?」

怒鳴られ、顔を突き合わせていた千奈美と茉麻は、一歩離れて姿勢を正した。
まるでつまみ食いを見つかった子供のように目を伏せる。

「ちゃんと、納得のいく説明がないかぎり、許さないから!」

なんで、こんなに怒られなきゃならないの──千奈美の顔から表情が消えた。
胸の奥のほうから、黒い、モヤモヤしたものが湧き上がってくる。

──番組のコーナーじゃん。なんで、そんなに怒ってんの。なんで、千奈美なの。
他のメンバーから選ぼうって言い出したの、みやじゃん。ウチじゃないじゃん。
キャプテンだって賛成したじゃん。まあだって笑ってたじゃん。なのに、なんで?

──なんで? なんで? なんで? なんで……

「ちょっと千奈美、聞いてるの!?」

千奈美は顔を上げた。上目づかいに友理奈を睨みつける。

「もう、そんなに怒んなくったっていいじゃん!!」
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/02(水) 02:25
そこから先、千奈美の記憶は完全に飛んでいた。
友理奈と激しい言い争いをしたことは確かだが、なにを言ったかまるで憶えていない。
突然のことに唖然とする茉麻と、髪を振り乱し怒りに満ちた目で睨みつける友理奈の
顔だけは、しっかりと脳裏に焼きついている。

「熊井ちゃんなんて、大嫌い!!」

そう言って楽屋を飛び出した後、帰路につくまで話す機会はなかった。

いや、避けていた、と言った方が正解だろう。

番組収録があったが、立ち位置は一番遠い場所を選んだ。
移動車は、あえて違うクルマに乗った。
新幹線は、通路を挟んで隣だったのを、梨沙子に頼んでかわってもらった。

米原駅を通過した辺りで、千奈美はシートに隠れるようにして振り返った。
友理奈と茉麻が二人仲良く並んで寝息を立てている。
どうやって仲直りしたのか、ついさっきまで二人のはしゃぐ声が聞こえていた。

千奈美は、シートに座りなおすと、肩を落として大きなため息をついた。

「どうしたの?」

隣から佐紀の声が聞こえた。外したばかりのイヤホンから、音楽が漏れ聞こえている。
千奈美は身振りを加えながら、これまでの経緯を話した。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/02(水) 02:27
「熊井ちゃんなら、大丈夫でしょ。もう怒ってないと思うよ」
「キャプテン、見てないから言えんだよ。もう、凄い、凄く怒ってたんだから!」
「だって私、フツーに話したよ、熊井ちゃんと」
「えっ!?」
「帰りの移動車、一緒だったじゃん。んで、またまーさん半目で寝てたから、
 みやと三人で笑い転げてたよ」

千奈美は絶句した。共犯者は全て無罪放免、釈放されたのだ。
むしろ主犯は、他の三人から選ぶことを提案した雅ではないか。
なのに、なんで自分だけ──

「そんなに気になるんだったらさ、謝っちゃえば」
「なんで? ウチなんにも悪くないじゃん」
「でも、仲直りしたいんでしょ」
「……うん」
「じゃあ、謝っちゃいな。ちいの方が年上なんだし」

歳は関係ない、そう言おうとしたが、佐紀はイヤホンを耳に戻すと
目を閉じてシートに小さな体をうずめた。そして千奈美の知らない曲を口ずさんだ。

千奈美は不安げな表情で振り返った。
楽しい夢でも見ているのか、友理奈の口元に笑みが浮かんでいた。

次に対面したとき自分に向けられるのは、あのやさしい笑顔だろうか。
フラッシュバックの様に友理奈の怒り狂った顔が浮かび、千奈美は激しくかぶりを振った。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/02(水) 02:27

8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/02(水) 02:29
「手紙?」
『うん、手紙』

ケータイの向こうから、桃子の甲高い声が繰り返した。
それまでウロウロと部屋を歩き回っていた千奈美だったが、
その言葉を聞いてストンとベッドに腰を落とした。

結局あの日は、友理奈と顔を合わすことなく解散となった。
それから三日間、同じ現場になることはなく、千奈美は悶々とした日々を過ごした。
佐紀の言う通り謝ればよかったと、何度考えたことか。

そして明日、某番組の歌収録、つまり友理奈と顔を合わす機会が訪れる。
どんな顔をして接すればいいのか解らず、桃子に相談の電話をしたのだ。

『ほら、直接言いにくいことでも、メールなら書けるでしょ。
 でもメールってさ、誤解されたりとかもするじゃん、軽い感じがして。
 そういう時にはね、手書きの手紙がいいんだって。その方が気持ちが伝わるって』

そうかもしれない──誕生日の午前零時に送られてくる「おめでとうメール」は
保護しなくても、プレゼントに添えられたメッセージカードは、大切に残している。
字が汚くて読みにくい佐紀のカードも、「リ」と「ソ」が判別しがたい雅のカードも、
机の一番上の鍵のかかる引き出しに、書きかけの日記と一緒に保管してある。

「うん、わかった。やってみる」

電話を切ると、千奈美は机に向かった。可愛いキャラクターの絵柄が入った便箋を広げる。

「えっとぉ……くぅまいぃちゃん、ごめんなぁさい……」

そこまで書いて、手が止まった。あと、なんて続ければいいのだろう。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/02(水) 02:30
千奈美は、あの日のことを反芻した。

ラジオの収録を終え、翌週の放送分を録る友理奈たちと入れ違いにブースを出た。
軽い打ち合わせのあと、楽屋で休んでいると血相を変えて戻ってきた友理奈に、
いきなり怒鳴られた。茉麻も一緒に怒られたが、帰りの新幹線では仲直りしていた。

佐紀や雅とは、いっさい揉め事すら起こしていない。

そして自分はというと、あれからまったく口を利いていない。

どうして、こんなことになったのか──

他の三人から選ぼうと言い出したのは雅だし、消去法で友理奈を残したのは茉麻だ。
そもそも、佐紀があんなお題を読まなければ、問題にならなかった。

どうして、こんなに苦しまなければならないのか──

考えれば考えるほど、理不尽に思えてくる。

「もういいや、やめた!」

こんな心理状態で、手紙など書けるはずがない。ペンを放り出しベッドに横たわった。

「だってさ、ウチなんにも悪くないじゃん」

天井を見上げ呟く。しばらくぼんやりしていたが、突然跳ね起きると大声を上げた。

「そうだよ、悪いことしてないから、謝んなくったっていいんだよ!!」

机に向かい、ハサミと厚紙、それに引き出しの奥から幼いころに、
ガラクタ入れとして使っていた、小さな四角いアルミの箱を取り出した。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/02(水) 02:30

11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/02(水) 02:32
後ろ手を組んで楽屋の前に立ち、千奈美は左右に視線を巡らせた。

「おはようございまぁすー……あっ、お疲れさまですぅ」

通る人、通る人に挨拶をする。自分の楽屋前に立つ彼女の姿に
その度に怪訝な顔をされたが、今からやろうとしている、
馬鹿げた子供じみたことを、他のメンバーに見られたくはなかった。

「おはよう……って、ちぃなにしてんの?」

ドアノブに手を掛けたまま、梨沙子は首を傾げた。
いいから入って、と背中を圧して楽屋に押し込む。
ドアを閉め、タレントクロークの入り口に目をやると、お目当ての人が立っていた。

「熊井ちゃん……」

まっすぐ向かってくるその姿を直視することができず、思わず顔を伏せた。
コンサート前とは違う緊張感が全身を貫く。
好きな人に告白するときのドキドキ感。いや、それとも違う。

キッズオーディション、合格者発表をスタジオで待つ気分。それに近い。

もし落ちたら、明日どんな顔して学校へ行こう。
「ハロモニ、絶対見てね」って友だちに自慢したのに。
「絶対、合格するからね」って約束したのに。

あの時、千奈美はそんなことばかり考えていた。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/02(水) 02:33
「なにやってんの」

スラリと長い脚が、視界に入った。
抑揚のないその口調からは、怒っているのか判断できない。

ゆっくりと顔を上げる。三日ぶりに見る友理奈の表情から、
心情を読み取ることができなかった。

妙に真顔なのは、まだ根に持っているからか。
それとも、ぼうっと楽屋前に立つ千奈美を訝っているのか。

どっちにしろ、ここまできたらやるしかない。
千奈美は唇をかみ締めると、後に隠した小箱を差し出した。

「あの、これ……」
「なに、くれんの?」

友理奈は大きなバッグを担ぎなおすと、小箱を受け取った。

「開けて……みて」

そう促すと、友理奈は眉根を寄せ首を傾げながらもフタに手を掛けた。

「キャ! なにこれ!?」

フタを取るとバネ仕掛けの二重底が跳ね上がり、
詰め込んだ玩具のヘビやトカゲが飛び出し辺りに散乱した。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/02(水) 02:34
「びっくり箱だよ! ひっかかったぁ〜。熊井ちゃん最高!!」

千奈美は笑い声を上げた。友理奈を指差し、涙を流して笑い転げた。

「もう! どういうつもり!?」

怒りと共に箱を差し出す友理奈に、千奈美は探るような視線を送った。

「怒った?」
「怒るに決まってんじゃん、来てすぐにさぁ、こんなことされて……」
「ゴメン、熊井ちゃん!」
「えっ?」
「ホント、ゴメン。ホントに、ホントにゴメンなさい」

顔の前で両手をあわせ、千奈美は懇願するように言った。
しばらく無言のまま睨みつけていた友理奈だったが、呆れたようにため息をついた。

「いいよ、許す」
「ホント?」
「うん」
「ホントに怒ってない?」
「千奈美しつこい!」

そう言って小箱を千奈美の胸元に押し付けた。
そして顔を伏せると、上目遣いで千奈美の顔を見た。

「……私もゴメンなさい」
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/02(水) 02:35
一瞬、千奈美は唖然とした表情を作ったが、すぐに笑顔になり
友理奈の肩をバンバン叩いた。

「なんで熊井ちゃんが謝んの? なんも悪いことしてないのに。おっかしぃー!」

友理奈は、そんなに笑わないでよと千奈美の肩を突き返した。

「そうだ、これで佐紀ちゃん驚かそ」
「あー、それいい。やろ!」

友理奈の提案に千奈美は頷き、二人屈んで散らばったオモチャを拾い集めた。
そして小箱に詰めなおし、笑顔で押しあいながら手をつないで楽屋に入った。

その夜、千奈美は久しぶりに友理奈に電話した。

どうやったらキャプテンの機嫌が直るのか──それを相談するために。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/02(水) 02:35
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/02(水) 02:35
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/02(水) 02:36
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