17 舌がダコダコ
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 14:39
- 17 舌がダコダコ
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 14:40
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さゆが弁当の麻婆茄子に箸を伸ばすのをためらっている。
鬱陶しそうに頬杖ついて、すこし左に傾いて。
水分が抜けてとろりと萎んだ茄子が、汚いもののように思えてくる。
これ以上食べると、本番はお腹がふくれたままステージに立つことになる。
けれど、このタイミングを逃すと、次に食事を取れるのはきっと深夜1時過ぎだ。
最近さゆは、夜おそくなると──曖昧で甘いさゆ基準だけど──食事を一切取らない。
チョコレートはいつでもおいしそうに食べるくせに、
こういうことくだらないことに、こっちが気の毒になるくらい過敏になっている。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 14:40
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「食べちゃえばいいじゃん」
さゆは頬杖ついたまま、私をちらりと見あげる。
その視線がぞくりとするほど色香があって、気にすることないのにと、私は思う。
「愛ちゃんは? ぜんぶ食べた?」
「あぁし? わたしべつに食べんでも平気やもん」
さゆはおかずが三分の一、ごはんが半分くらい残った弁当を遠ざけた。
「もういい、食べない」
「そっか」
「それにしても、紅白って感じだねえ。待ち時間長いし、外うるさいし」
ぼやくように机につっぷし、目を閉じた。
わたし達の楽屋は相当にうるさいけど、外の喧騒もすさまじい。
「さゆ、緊張してへんの?」
「するけど、もう五回目だもん」
「もうそんなになるのか」
「そうだよー」
さゆは顔をあげて、弁当を見て、身を起こし、楽屋の端のほうの一団を見た。
はおっている黒いパーカの腕の部分に、うすくファンデーションの跡がついている。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 14:41
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ぽんっと嬌声がいくつも弾け、ついさっきまで聞こえていた外の喧騒がきれいに消えていた。
ベリキューでかたまりができていて、その中に小春と愛佳、エッグも何人か混じっている。
先日のリハで見た、エッグと話している愛佳は、娘。でいるときより楽しそうだった。
今もちょうどそのときの笑顔で、喋ってばかりでほとんど減らない弁当箱を持っている。
一緒にいる茉麻ちゃんも舞美ちゃんも友理奈ちゃんも中島早貴ちゃんも、同じように。
小春はそれほど変わらないけど、娘。にいるときのように浮き上がってはない。
みんな同じようなテンションだからだ。
明るい表情で身ぶりを大げさに癇癪する千奈美ちゃんを、
雅ちゃんや愛理ちゃんや栞菜ちゃんや梨沙子ちゃんと笑っている。
あの頃って誰とでも友達になれたっけ。
私たちがHelloに入った頃、同年代なのはかーちゃんとのんちゃんだけだった。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 14:42
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さゆが輪に入りたそうにしているが、諦めてしまうなにかがあの子たちの周囲に漂っている。
「そういえば新垣さんは? れいなも絵里もいないし」
「知らん」
「いい加減、仲直りしてくださいよー」
「ケンカしてないし」
そう、と興味のないフリをして、さゆは再び話題を戻す。
「新垣さんいないから、あの子らあんなにうるさいんだ」
「どういうこと?」
さゆは、しししとはにかむと、私に顔を近寄せた。
「なんかね、新垣さん、あの子らに怖がられてるみたいですよ」
「ほんとに」
「聞いたのは雅ちゃんと茉麻ちゃんだけですけどね」
内緒にしてくださいよ、と顔を離した。
「いや、言ってまうかもしれん」
「なんでですかあ!」
さゆの叫びに、あちこち飛び交っていた声がピタリと止んだ。
声の主がさゆだとわかると、何事もなかったように声がふくらんでいく。
「これでガキさんいたら、あの子ら緊張してなんも話さなくなるんか?」
「どうでしょうねえ、これまであんま注意して見てなかったんで」
「それにしてもうるさいなあ」
「そりゃテンション高くもなりますよ。今までさんざんバックダンサーで出てたんだから」
さゆみには耐えられない、どうでもよさそうに呟いた。
そういえば、おばあちゃんが喜んでくれたのが一番うれしかったと佐紀ちゃんが言っていた。
順番待ちか。わたしは声に出さずに言って、出そうになるため息をのみ込んだ。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 14:42
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こう振り返ってみると、そう悪くないと思っている。
加入したときからなにもかもが揃っていて、目の前のことだけに集中していればよかった。
それが何年かは続いた。
六年経って、残った同期はモーニング娘。のリーダーとサブリーダー。
私が出ていくときのための娘。ではない。
娘。が存在するための私だけれども。
わたしは見解の相違だと言い、ガキさんは腑抜けだとなじる。
なにもかも揃っていたものがひとつずつなくなっていって、
わたしはそれを過去に置いてきたと表現する。
ガキさんは絶対に取り返さなければならないものだと固持している。
いちいち昔と比べたってしょうがないのに。
ガキさんはモーニング娘。が大好きだから、昔のことばっか考えてるとわたしは言う。
それがモーニング娘。だとガキさんは言う。
わたし達がモーニング娘。だ。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 14:43
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これから先のために、今ここにあるものを最大の熱量以上、
丁寧で人の心を動かすパフォーマンスを心がけていれば結果はついてくる。
それしかできないから、そう考えていくしかないから、現実とは一段離れたところにわたしは立つ。
ガキさんもきっと同じようなことを考えていて、同じようにしていると思う。
でもガキさんのは、昔のモーニング娘。が核として存在する。動けないくらいに。
だから変に焦ったり、無駄に苛々したりするのだ。
わたしには、それがとてもとても不自然で気持ちの悪いことのように感じてしまう。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 14:43
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愛ちゃーん、すぐ近くにいるさゆの声が遠くから聞こえる。
「愛ちゃんは考えた込んだりしないでください。意味ないから」
さゆの思いやりのない言葉選びでの優しさが、いろんな意味に取れて混乱してしまう。
わたしは今のわたしのままでいいのか、
わたしはバカだから考えても本当に意味がないのか、
わたしまでガキさんみたいにバランスを崩したら面倒なことになってしまうからなのか、
モーニング娘。自体、ただじっと縮こまって時がすぎていくのを待てばいいだけなのか、
本当にいろいろ浮かんできて、それがあちこちで分岐して触発しあって増殖し、
わたしは震えそうになってしまう。
「べつに考えてたわけじゃないし」
「じゃあなんですか」
「年末年始とか、土日が休みの仕事がいいなあって」
「どういう意味ですか?」
「いや、地元の友達で働きだしてる子の話を聞くとさー」
「愛ちゃん、まだ切れないで残ってる友達いるんですか?」
「そりゃいるよぉ。もうおらんの?」
「いなくはないですけど」
「なんかセンチメンタルになってきた」
「これからステージなのに」
「みかん食べませんか?」
ちょっとした切れ目にきれいに声が入ってきた。
会話を中断されたという気にはならなかった。
中島早貴ちゃんがみかんをふたつ持って立っていた。
ありがとー、さゆが感激したように受け取り、その場で食べた。
ふっと笑顔になった早貴ちゃんが軽く頭を下げて仲間の元へ戻っていく。
断れないよね、さゆがおいしそうにみかんを頬張りながら、そんな顔をしている。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 14:43
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れいなが楽屋に戻ってきた途端に囲まれている。
写真撮ってください。茉麻ちゃんと梨沙子ちゃん、二人に隠れるように雅ちゃんがいる。
「れいなモテてるー」
さゆが無感情に言った。
いいよー、と気軽に受けたれいなに、後ろのほうでにやにや見ていた小春が言った。
「ちがいますよ田中さん、カメラマンやってくださいってことですよ」
「あ、マジ? 全然いいっちゃけど」
怒ってるわけではないだろうけど、れいなの目が尖っている。
嘘ですよ、うそ。小春が悪びれずに雅ちゃんからカメラを受け取り、構えた。
その様子を見ていたエッグの何人かが、そわそわとカメラを抱えて順番待ちをしている。
あ、すぐ隣から声が聞こえ、さゆの視線を追った。
舞美ちゃんがボロボロ涙をこぼして懸命に首を振っている。
なんでもないの、なんでもないから、と微かに聞こえる。
さゆが立ち上がり、だいじょうぶー? と声をかけた。
心配そうに舞美ちゃんを慰めていた愛理ちゃん、栞菜ちゃん、まいちゃんの表情が幾分かやわらいだ。
その脇で、会話に参加していたであろう桃子ちゃんと千奈美ちゃんが困ったように笑っていた。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 14:44
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珍しくまじめな顔をしたさゆが桃子ちゃんと千奈美から事情の説明を受けている。
しばらくしてわたしを見て、愛ちゃーん……と縋るような目を向けてくる。
昨日のレコード大賞、新人大賞のインタビューをまいちゃんが受けていたことで、
それならまいちゃんがリーダーのほうがいいんじゃないかみたいな話になったらしい。
向いてそうな感じがするし、なによりまいちゃんのリーダーはおもしろいと盛り上がった、と。
「で?」
わたしはさらに説明を促すと、さゆは、それだけ、と言った。
一緒に聞いていた茉麻ちゃんと梨沙子ちゃんも、そんな気にすることか?
と不思議そうに顔を見あわせている+。
舞美ちゃんは、まだ泣き止まない。
大丈夫だから、と周囲の声に頷いたり、首を振ったりしている。
部屋の端にかたまっているエッグも気づいたようで、こっちをちらちら窺っている。
「わたしね、わたしね、考えてないように見えるかもしれないけど、
本当になんも考えてないのかもしれないけど、けっこう悩んでたの」
向いてないんじゃないか、って? 栞菜ちゃんが聞いた。
舞美ちゃんは涙で頬を濡らして、しゃくりあげながら必死で話している。
「そう、本当は昨日もわたしがいろいろ答えなきゃいけなかったのに泣いちゃってたし。
わたし、自分で言うのもなんだけどドジだしおっちょこちょいだし、
電車乗るとき切符買っても買い忘れたと思ってもう一枚買っちゃうし、
電車乗っても乗り換えまちがっちゃうし、全然関係ない路線乗っちゃったり、
未だに埼京線と京浜東北線と湘南新宿ラインのちがいがわからないし、
この前なんか電車に乗ってて髪の毛ドアに挟まれちゃったし……」
電車ばっかじゃん、雅ちゃんが呟いた。
レコード大賞関係なくなってない? 千奈美ちゃんが同意した。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 14:44
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「そんなことないよ! わたしたちのリーダーは舞美ちゃんだけだよ!」
愛理ちゃんが叫んだ。舞美ちゃんの目を見つめて手を握って。
笑い混じりでもふざけているわけでもない、真に迫った、心からの言葉だった。
そうだよ、舞美ちゃんだけだよ、と℃-uteのメンバーが舞美ちゃんに駆け寄る。
六人のメンバーに抱きつかれた舞美ちゃんは、ありがとうありがとうと泣き笑いで応えている。
℃-uteメンバーが舞美ちゃんに寄ったため、自然、Berryzが遠巻きに見守る形になる。
どうするよ、みたいに℃-uteの多幸感あふれる様子に戸惑っている。
真剣な表情の梨沙子ちゃんが、ありがとうと佐紀ちゃんに握手を求めている。
なにごと? いつの間にか戻ってきたガキさんが隣にいた。
簡単に事情を説明する。
ふーん、と褪めた目で℃-uteを見下ろし、わたしを向いた。
「時間あるし、一回話しておかない?」
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 14:44
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さっきまでわたしが座っていたところにガキさん、さゆのところにわたし。
誰も寄っては来ない。
ガキさんはボーっと頬杖ついたまま、楽屋口を眺めている。
これ以上、なにを話すことがあるんだろうか。
わたしとガキさんは考え方がちがう。
お互いに今の仕事は好きで、充実も感じているが、現状に満足はしていない。
それでいいじゃないか。
「ねえ、愛ちゃん」
「ん?」
「例えばさ、醤油の瓶にソース入ってたらどうする?」
「びっくりする」
「じゃなくって」
ガキさんは和んでしまいそうな自分を戒めるようにわたしを睨む。
わたしは、そんなガキさんがおもしろくてならない。
さゆがつついていた麻婆茄子を箸でつまんだ。
なにするの? と目で聞くガキさんに見せつけるように、食べた。
今はもう、食べられる。
そんな気がした。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 14:44
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「それなすびだよ、大丈夫?」
「たぶん」
「まあいいや。じゃあさ、エルメスの箱にさ──」
「ガキさんエルメスなんて買うようになったんか」
「ちがう、エルメスの箱に三着880円の肌着が入ってたらどうする?」
わたしはガキさんが逸らすまで、ガキさんの目を見続けた。
その向こうの景色に、ぼんやりだけどBerryzと℃-uteが浮かんでいる。
舌がダコダコする。
何年か前、わたし達はあの子達と同じような空気をまとっていた。
あの子達の雰囲気は、たしかにわたしたちのものだった。
その頃、モーニング娘。には一期がいて、二期がいて三期がいて、四期がいた。
どう取り返せるものでもないけれど、今のあの子達が羨ましい。
ガキさんが目を逸らした。
ひと呼吸おいた。
「ずっとそんなこと考えてたの?」
「なにが?」
「醤油とか、箱とか」
「そういうわけじゃないけど」
「まんこにまみれた箱だよ」
ガキさんと目が合う。
そんな話をしたかったんじゃないんだと目が言っている。
「言っとくけど、わたし愛ちゃんのこと嫌いだからね」
前に言われたことがある。
愛ちゃんの喋ることは大体意味が変だから無視するけど、
たまに本質をついたようなことを言って、
それはどうしようもなく下品だけど端的でひれ伏してしまう、と。
わたしは、笑ってしまわないように注意して、言う。
「知ってる」
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 14:45
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- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 14:45
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- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 14:45
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