15 ハコヅメ ハート

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:47
15 ハコヅメ ハート
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:48


「君の心臓なんか四角いね、箱詰めにされてるみたいだ」


恋をしているわけでもないのにどーにも胸が苦しくてたまらず、
とりあえず病院で色々検査をしてみたのだが、わかったことはあたしの心臓が四角いことだけだった。


3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:48

…なんだそりゃ。それってやばいんじゃね?あたし先長くなかったりする?
いやいや心臓の形が昨日今日で四角くなったとは思えない。22年を生きてきたんだから大丈夫。
そう思うことにして、だるさに首を傾けながらボロアパートの階段を上がった。
今日も無事に終わった。心臓は四角いみたいだけど。
やだやだあたしってば根に持つタイプ。

いつものあたしの部屋のドアと共に見えてきたのは。
…美女。
しっかりとあたしの部屋のドアの前に陣取って、やや下向き加減に目線をやって見知らぬ美女が立っていた。

ん?
…誰?

「…あの…?」
恐る恐るあたしはその人に声をかける。
そこに立たれると家に入れないので仕方がない。
あたしの声にその女の人は顔を上げて、ぱあっと明るい顔になった。
灯りもない夜だというのに一瞬ピンクの発光体が見えた気がした。

「よっすぃ!よっすぃだよね、久しぶり!」
「え?あーはいよっすぃとは呼ばれていますが…えっと…」
あたしのあだ名を知っているその人。だがあたしはその人を思い出すことが出来ない。
何故かあたしが申し訳ない気持ちになり、機嫌を伺うモードになって尋ねる。

「…どちら様でしょうか…?」
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:49
その人はその言葉に怒るでもなく、泣くでもなく、苦笑いをした。
個人的には意外な反応だった。
見た目からして女の子らしい彼女はいかにもヒステリーを起こしそうだったからだ。
『まさかあの夜のこと忘れたなんて言わせないわよ!』とか。
いやいやいや。ごめんなさい本当に記憶がないです。

「そっか、仕方ないよね。もう随分昔のことだから。
 …覚えてないかもしれないけど、石川梨華。3才まで、よっすぃの実家の近くに住んでたんだよ」

その人、もとい石川さんは、そう言ってふんわりと笑った。花のようだ。
まるで世界が幸福でいっぱいみたいな笑顔。
それがふとした瞬間に懐かしさに変わる。
…いしかわ、りか。
あたしは、この人を知っている。この笑顔を知っている。
やんわりと、ぼんやりと…夢のような記憶があるような、ないような。
梨華ちゃんと呼んでいたような。
…梨華ちゃん。
梨華ちゃん。
懐かしい。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:49
「そ、っか。なんか、覚えてるかも」
「本当?」
「…なんとなく、だけど」
「嬉しい」
何故だか後頭部のむず痒さに耐え切れない。
梨華ちゃんは素直なあたしの言葉にも三日月のように綺麗な笑顔で笑って見せた。
「ゆっくり思い出してくれていいよ。わたし、偶然この近くに越してきたんだ。
 この辺歩いて回ってて、そうしたらここの表札が同じ名前だったからもしかしてって思ったの。
 そしたらほんとうによっすぃだった。嬉しい…これからよろしくね」
「…あ、うん」

梨華ちゃんは無邪気に笑って、手を差し出してきた。普通は握手だ。
そして普通に漏れず、あたしも戸惑いつつ手を差し出して握り合い、あたし達は握手を交わしたのだった。
梨華ちゃんの手は小さくて。
長い間待たせてしまったのか、とても冷たかった。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:49


+++


7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:49

それからというものの、梨華ちゃんは毎日のようにうちにやって来た。
おしゃべりしまくってはうちでご飯を食べ、うちに泊まることさえあった。
本来のあたしにはそれを許すなんて考えられない。
あたしは自分のテリトリーに簡単に踏み入られるのがとても嫌だからだ。
心を許した人でなければ、家にも呼ばないし泊めるなんてまずさせない。

けれど彼女は薔薇をかき集めたようないい匂いがして、ふわふわして甘ったるくて、
何かさりげなく拒絶しようと言葉を発そうとするあたしをさりげなくすり抜けた。
何か言おうとするたびに笑顔で黙らせるのだった。
元来へタレなあたしは、どうあがいてももう来るなとは言えないだろう。
一緒にご飯を食べる羽目になるのだ。
しかもあたしが二人分作るんだ。おかしくないか。

そして不思議なことに、おそらく初めて会ったわけではない相手のせいなのか、
踏み込まれることが嫌ではなかった。
梨華ちゃんはかわいいし、綺麗だ。
だけど女の人だし。あたしも女だし。
こんな風に一緒にいて楽で、もう少し一緒にいたいと感じるのは気のせいなんだろうか。
これはなんなんだろうか。

その何とも言えない感情に、あたしは戸惑い。
ただでさえ四角い心臓に負担をかけるほど思い悩むことになってしまうのだった。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:49


+++


9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:50
「ねぇよっすぃ、お風呂一緒に入らない?」
梨華ちゃんはよくそう言った。

「ごめん、無理」
あたしは必ずそう言った。これだけは拒否できる。
理由は明白。梨華ちゃんの前に裸を晒したくない。
梨華ちゃんは服の上からでもはっきりとわかるほど胸が大きくて、腰が細くて。
やわらかそうで、あたしがなりたい体型まんまで。
…正直脱げないと思う。あたしこう見えてもコンプレックス結構あるんで。
たぶん、いや断じて、裸の梨華ちゃんを見るとドキドキしてしまうからという事はない。
…うーん…ないのかなぁ…

「…どうしても?」
梨華ちゃんは愛らしく首を傾げる。
あたしはぶんぶんと首を振る。
「こればっかりはね、どうしても。大体うちのお風呂狭いから二人も入れないって言ってんじゃん」
「だって、よっすぃと一緒にお風呂入りたいんだもん」
「だめ。やだ」
「ちぇー」
唇を尖らせてお風呂場へ。
かわいいけど、無理なものは無理。


大体どうしてそこまで一緒の風呂にこだわるのかがわからない。
わからない。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:50
わからないことといえば他にもあった。
あたしは梨華ちゃんの住んでいる部屋を知らない。教えてくれないのだ。
うち以外の場所で会うこともない。出かけていても街で出くわすことがない。
何の仕事もしくは学校に通っているのか聞いても答えないし。
それに近所を見て回るときにアパートの表札なんてそんなに注意深く見るものだろうか?
3才の時の記憶で、あたしが梨華ちゃんの知っている吉澤ひとみだとわかるものなのか?
とにかく挙げていけばキリがない。なんだか変なのだ、梨華ちゃんという存在が。
それは会う度に強く感じるようになった。
彼女とは本当に幼なじみだったのだろうか?
それさえも疑わしい。
3才の頃のアルバムなんて遠い実家にあってわからない。

3才。

…。

あれ。


「…待てよ」


梨華ちゃんはあたしをよっすぃと呼んだ。
一目見た瞬間に、迷わずそう呼んだ。
けれど。



3才の時にあたしは『よっすぃ』とは呼ばれていない。



11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:50
それに気がついて、一瞬背筋がヒヤッとした。
悲鳴が零れそうになるのを、口を押さえて堪えた。


じゃあ、なんで…


「よっすぃ?」

背後からする声に何故かあたしは飛び退いた。
あまりにもオーバーリアクションなあたしに逆に梨華ちゃんがびっくりしていた。

「…び、っくりした」
「ごめんね、驚かせちゃった?」
「…ううん、平気…梨華ちゃん」
「え?」
「………」

梨華ちゃんは、何者なの?

誰も答えをくれない。


だからあたしが探るしかない。
四角い心臓が飛び出てしまいそうでも。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:50
だからあたしは、さりげなく話題に出来そうな疑問を探す。

「あのね」
「…何?」
「……梨華ちゃんの使ってる枕、眠りづらいかな」
「え?」
「…いつも、なかなか寝付けないみたいだから」

梨華ちゃんはなかなか眠らなかった。
人が起きている雰囲気に敏感なあたしはそれにつられて寝付けないので、
それはよくわかっていた。

「…気づいてたんだ」

梨華ちゃんの声が、聞いた事もないような温度になる。
焦ってあたしは笑顔を作った。

「いや、あれだよ?よければ枕くらい替えておくけど?
 高いとか低いとか固いとかあれ」

あたしは最後まで話せなかった。
キスをされたからだ。
柔らかい唇。
くらっとするほど柔らかい石鹸の匂い。


…………なんでこんなに冷たいの?
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:50
「梨華ちゃん…?」
「よっすぃ……もう、わたし…これ以上嘘つけないみたい…」
「え?何言って」
「でも最後によっすぃと過ごせて嬉しかったよ」
「最後、って?」
梨華ちゃんはひんやりとした頬のまま、微笑んだ。
そしてやさしく抱きしめてくる。
やわらかい。

胸の中で、梨華ちゃんは呟いた。


「…わたしね…?よっすぃ以外の人には見えないの」


14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:51
「は…?」
言ってる意味がわからない。
けれどどこかでそうなんじゃないかと思っている自分もいる。

「もうずっと前にね、そういう風になっちゃったんだ」
「わかんない、何が言いたいのか」
「……いいのよ、よっすぃは知らなくても」
「どうして、ちゃんと聞かせてよ」

梨華ちゃんは目を閉じて首を振る。

「…だってどうせ忘れちゃうもの。何もかも」

あたしはたまらず梨華ちゃんをきつく抱きしめた。
悲しいことを言わないで。
もし、そんな約束で梨華ちゃんが地上に舞い降りたとしても…


「あたしは忘れないよ、梨華ちゃんのこと、もう二度と忘れたり――」


15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:51


「じゃなくって」


梨華ちゃんの声色は急に変わる。
あたしはどさっという音と共に床に押し倒された。
…あれ?なんか今感動的な場面だったよね?
これ…これ違うんじゃない?

「あの、梨華ちゃん?」
にたー。
梨華ちゃんの笑顔にこんなにバリエーションがあるなんて知らなかった。
これは新種だ。
悪意しか感じられない。

「お風呂に誘うより、寝込み襲うより、初めからこうすればよかったんだよね…
 別に力ずくって言ったって相手は女の子なんだもん。
 昔はちょっと体格良くて敵わなさそうだったけど今なら負ける気がしない」

そう言ってがばっとあたしのスウェットを捲り上げた。
スウェットの下はノーブラだったのですぐに裸だったりする。

「ちょちょちょちょちょちょ!!!なになになに!?」
「ほら、4年前より全然非力になってるもの。よっゆーう」
「うわわわ!マジでやめてってば梨華ちゃん!」
「やめない」

じたばたするあたしの抵抗をなんとか抑え、梨華ちゃんは冷たい手のひらをあたしの胸に押し当てた。

「っひゃ」
あまりにも冷たくて、一瞬抵抗を忘れてしまう。

その時。
ぐっと胸の奥に冷たさが入り込んできた。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:51


うわっ。
なんだこれ。
…つめたい。
心臓が冷たい。


「…そう、直接肌が触れないとダメなのよね…めんどくさいなぁ…」


まるで。
まるで――――
  

17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:52

「そうそう、この形。私の『箱』にぴったり。
 全く、無理して小さいのに詰めるから苦しかったんじゃない。
 意地になってあたしのに一番合ってるとか言うけどさ。いっつもそうなのよこの子は。
 …ねえひとみちゃん、わたしは忘れちゃうから今言っておくね。
 ひとみちゃん、野菜料理ばっかり作りすぎ」


体温が下がっていく。
あたしの生命が抜けていく。
重みに耐え切れず、あたしは目を閉じる。
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:52


+++


19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:52
目が覚めた時、あたしはまたあの状態に戻っていた。
ふわふわする。そして、体を風が通り抜けていくような感覚。

くっそ、また取られた。
もう何百年とこれをくりかえしていた。
人として生きる状態の奪い合いだった。
今はゲームオーバー、またやり直し。そんな感じ。

「くそぉームカつくな石川」

がしがしと髪を掻く。
やり場のない気持ちがいっぱいだ。
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:52
それは始め誰のものだったか。
そんなのはもう覚えていない。
とにかく、あたし達は二人いるのに一つしか人生が与えられなくて、奪い合っているのだ。
直接には心臓を奪い合うと言う形で、いつ終わるとも知れない戦いを続けている。

色んな時代を見てきたけれど、あたしたちの外見は一向に変わらない。
いっそ消えてしまおうかと思ったりしたこともあったけど、消えない。
そこに自分がいることを誰も気がつかない、それは耐え難い孤独だった。


だからあたし達は奪い合う。
だからあたし達は再び巡り会う。
何度も、何年も、何百回も。


こんなことを繰り返さなければならない、あたし達の罪はなんなんだろう。
だけど、こんな下らないことを繰り返せる、あたし達へのご褒美でもある気がした。
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:53
なんだかおかしくって、一人で笑った。
あの手この手を考える。
次はどうやって石川のあの褐色の肌に触れてやろうか。
石川もまた、こんな風に楽しんでくれていたらいいのに。
たぶん、あいつはあたしより楽しんでるけど。
石川は自分の箱が一番合ってるというけれど、
あいつの箱は大きくて歪だから心臓が中で揺れてすぐに体力を消耗するんだよね。
あたしは心臓より箱が少し小さいけど、それはこれからぴったりサイズになっていくと思うんだよね。


あの心臓はあたしのものだ。


「よーし、待ってろ石川」


あたしは笑って、追いかけっこを再開させた。


また会って、ごはんを作ってあげることになったとして。
もう全部野菜にしてやろうと思った。
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:53
end
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:53
(0´〜`)<数年後
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:53
(0´〜`)<アフリカで発見
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 20:53
(0´〜`)<馴染みきっていた

Converted by dat2html.pl v0.2