13 永遠の柩
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 18:52
- 13 永遠の柩
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 18:55
-
永遠には限りがなくて。
あたしは終わりを待っていた。
終わりのない夜を終わりにする為に。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 18:55
- どこにでもあるようなワンルームマンションの一室。
それがあたしの住み家。
というよりは、あたしの住み家の入れ物だ。
昼間はカーテンが閉めきりで、夜はカーテンが開け放たれている。
キッチンは傷一つなくて冷蔵庫は空っぽ。
部屋の真ん中には大きな箱。
他に目立った物はない。
無造作に置かれているこの大きな箱が、あたしの住み家と言える物だ。
そしてそれは家の中にほとんど物がない理由でもある。
普通の人が必要としている物の大半が、あたしにとっては不必要なものだからだ。
あたしにとって必要不可欠な物は数少ない。
その少ない物の一つが今、身体を横たえているこの箱なのだ。
あたしは誰が考えても普通じゃない。
それは自分でもよくわかっている。
わざわざそれを宣伝して回るつもりはないけれど。
例えば、あたしの耳は普通の人の何倍も良く聞こえる。
箱の中で半分眠っているような今だって、普通とは違う耳が外の音を聞いている。
そしていくつもの足音の中から特定の音を探し出す。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 18:56
- 今日も彼女の音が聞こえてくる。
今、彼女が乗ったエレベーターが三階に着いた。
マンションの鍵穴に鍵が差し込まれる音がして、錠が外れる。
彼女が家の中に入ってくる音が聞こえた。
カーテンがシャーという音を立ててレールを滑る。
そして彼女はあたしが入っている箱を今から開ける。
ガタンッ。
乾いた音とともに箱は開けられ、月明かりがあたしを照らした。
半分眠っていた意識が月の光によって覚醒する。
目を開いて箱の中から身体を起こすと、いつものようにみやが箱の前に座っていた。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 18:57
- 「梨沙子、おはよう」
「おはよ、みや」
みやはいつもあたしを下の名前で呼ぶ。
誰も呼ばないが菅谷という名字も一応ある。
そしてあたしが「みや」と呼ぶ相手は夏焼雅という名前だ。
あたしにとって箱ともう一つ必要な物。
それがみやだ。
「外、行きたい」
「今日、寒いよ?」
「でも、みやと歩きたい」
「いいけど。でも、食事してからね」
挨拶の後は今日の要望。
あたし達には時間がない。
みやと一緒に過ごせる時間は限られている。
真夜中から朝までのほんの数時間だけ。
それだけが許された時間。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 18:58
- あたしは箱の中から脱出する。
立ち上がろうとすると、朝から箱の中に閉じこめられていた背中がぎしっと軽く軋む。
伸びをしながら箱から抜け出すと、自分でも白いと思う肌に窓から差し込んだ月の光が弾けた。
フローリングの床に足をつけると、薄いブラウスにスカートがひらりと翻る。
一緒に長い髪がふわふわと宙に舞った。
みやが言うように今日は確かにいつもより寒い。
肩をぶるっと震わせると、みやが手に持っていたコートをあたしに渡してくれた。
ロングコートを羽織ったことによって、白い肌がほとんど隠れた。
コートの袖から見える手と裾から見える足、そして顔。
肌が白いことには理由がある。
あたしは日中、外へ出ることが出来ない。
太陽の下を歩けない。
単純で明快な理由だ。
太陽の光を浴びると灰になる。
実際に陽の光を浴びたことがあるわけじゃないから、それが本当なのかは知らない。
でも、思い出せない程遠い昔にそう教えられた。
それが間違っていないことを証明するように、朝が近づけば身体は怠くなったし、気分が悪かった。
一度、陽が昇るぎりぎりまで起きていたときは、身体中の血が沸騰しそうになって、そのまま倒れた。
そんなあたしをみやが箱に戻したと後から聞いた。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 18:59
- 別に太陽が見られないことを不満に思ったことは一度もない。
生まれてからずっと月の光だけを見て生きてきたし、これからもそうして生きていく。
それが当たり前で日常。
遠い昔からの理だった。
おかげであたしは、箱以外の物をほとんど必要とせずに生きていける。
そのかわり、覚えていられないぐらい引っ越しをした。
でも、入れ物が変わっても中身は変わらない。
あたしはどこへ行っても箱以外目立った物のない部屋で暮らして、かならず誰かがその箱の隣に座っていた。
今はみやが座っている。
箱とあたしは月の光が反射してぴかぴかと光っていた。
白い肌がより一層白く見えていると思う。
そしてそんなあたしとは対照的な相手が目の前にいる。
みやは箱やあたしとは違った意味でぴかぴかと光っていた。
月の光はあたしを光らせるけれど、みやが持っている光はもっと違うものだ。
多分きっと太陽に近い。
太陽というものを見たことがないけれど、そんな気がする。
そんなことを考えながら黙っていると、みやがあたしの名前を呼んだ。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 18:59
- 「梨沙子、食べないと」
「……うん」
強い口調でみやが言った。
意志の強そうな目があたしを見ている。
実際のみやは意志が強い、というより頑固だ。
あたしが食事をしなければ、絶対に外へ連れて行ってはくれないだろう。
みやが上着を脱ぐ。
脱いだ上着をくるりと丸めて膝の上に置いた。
口には出さないけれど、それは食べろという合図だ。
あたしの喉がごくんと鳴った。
立ったままあたしはみやを見つめる。
この部屋には暖房がない。
そのせいかみやの肩が小刻みに震えていた。
早くしないと風邪をひく。
あたしはみやの肩に手をかけた。
冷たいあたしの手にみやの温かな体温が流れ込む。
太陽もこんな感じなのかな、と考えたら、あたしの背筋がぴんっと伸びて軽い目眩がした。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 19:00
- 太陽の光はみやを伝ってあたしを蝕む。
触れている部分から入り込んだ光が思考をおかしくする。
あたしがいなくなればみやは自由になれる。
みやを手放せるわけがないのにそんなことが頭をよぎった。
「梨沙子?どうしたの?」
みやの声が催促する。
だけど、あたしの手は動かない。
「食べないの?」
みやを見ると、心配そうな目であたしを見ていた。
昨日だって言おうと思った。
でも言えなかった。
「……食べたくない」
小さな声で。
あたしは答えた。
みやがこの部屋にやってくるのは、あたしに血を分け与えるためだ。
あたしとの約束を守る為に、みやは毎晩この部屋に来る。
あたしは血がなければ生きていけない。
誰かの血を啜り、それがあたしのエネルギーになる。
他の何かで代用することは出来ない。
そのかわり、血以外は食べる必要がない。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 19:01
- みやがまだ小さな子供だった頃、あたしは気まぐれに彼女を選んだ。
選ばれたみやに拒否という選択肢はない。
あたしの命令は絶対だし、逆らえない。
心の奥底にあたしとの約束を刻みつけてある。
約束は変わらないまま、みやは小さな子供から姿を変えていった。
けれどあたしは今と何も変わらず、あたしはあたしのままだった。
あたしは変わらない。
でも、みやは変わっていく。
どんどん大人になっていく。
あたしより遙かに小さかったみやの身長も、今ではあたしとそれほど変わらないようになっていた。
そんなみやがあたしを見上げて言った。
「だめだよ。ちゃんと食べないと。死んじゃうよ?」
「死なないよ。あたし、死ねないもん」
「それ、嘘でしょ。苦しそうな顔してる」
「へーき」
「だめだよ。ちゃんと食事して」
「……いいの?」
「当たり前だよ。そのためにここに来てるんだから」
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 19:01
- みやは当然だという顔をしていた。
それは優しさからなのか義務感からなのかはわからない。
とにかくみやは早くしろというようにあたしの手を掴んだ。
やっぱり太陽のようだと思う。
あたしはそれを見ることが出来ないけれど、みやを見ていると太陽がどんなものか想像出来る。
あたしにとって太陽は天敵で、でも、みやを知ってからはいつだって憧れの存在だ。
その光を浴びることは一生叶わないけれど、みやを見ていると太陽の光に輝く彼女を見てみたいと思わせる。
そしてあたしはそんな太陽みたいなみやを見ていると、彼女を食べたくなる。
食べてはいけないと思うのに、みやの中に住んでいる太陽を分けて欲しくなるのだ。
あたしは床に両膝を付ける。
みやの肩にかかっている髪を手に取った。
顔を近づけて首筋に唇を寄せる。
みやの匂いが鼻をくすぐる。
「ね、みや。今日、天気良かったの?」
「良かったけど、なんで?」
「おひさまの匂いがする」
「わかるの?」
「わかんないけど、きっとみやの匂いはおひさまの匂いだと思う」
くんっと一回みやの匂いをかいでから、あたしは彼女の首筋に歯を立てた。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 19:02
- 「んっ」
あたしが首筋を齧ると、みやがいつものように小さな声を上げた。
みやの血の味は今日も甘くて苦い。
苦く感じる部分は、みやに染みこんでいる太陽の味なのかもしれない。
今、あたしの中に流れ込んでくる血があたしを生かしている。
みやを食べなかったらあたしはそこで終わりだ。
でも、もしかしたらその方が幸せなのかもしれないと思う。
だって、終わってしまえばみやがこれから先、大人になっていくところを見なくてもすむのだから。
長いような短い時間をかけて、あたしはみやを食べた。
空腹が満たされてから首筋から唇を離した。
小さく空いた穴から血がすっと流れ出る。
あたしはそれを舌で舐め取った。
そして簡単なおまじないをかけてその穴を塞ぐ。
掴んでいたみやの髪を離すと、さらさらと揺れながら髪が元の位置へ戻った。
みやを見ると不機嫌そうな顔をしていて、あたしの身体のどこかが軋んだ。
それでもみやに手を貸して立たせると、彼女はにっこりとあたしに笑いかけてくれた。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 19:02
- みやが上着を着て、靴を履く。
あたしは部屋に鍵をかけて、最初の約束通りみやと冬空の下を歩く。
真夜中をだいぶ過ぎた街は静かで、人通りはまばらだ。
時々、酔っぱらいが近寄ってきたけれど、あたしとみやはそういった人達を避けて歩いた。
空を見上げると、寒い日だけあって空気が澄んでいて空がやたらと綺麗に見える。
「みや、おひさまってどんな感じ?」
あたしは月を見ながらみやに尋ねた。
みやは考えることもなく口を開く。
「普通だよ」
「普通って?」
「普通は普通。月とあんまり変わらない。大きくて空に浮いてるだけ」
「月と同じなの?」
「違うけど、似たようなもんだよ」
月は頭上からかなりずれた位置にふわりと浮いていた。
半分程欠けた月があたし達を見下ろしている。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 19:03
- あたしは月に恋い焦がれていた。
満ちては欠けて姿を変える月。
実際のところ、空の彼方ではいつも同じ姿をしているけれど、それでも地上から見れば月は形が変わって見える。
それと比べてあたしの形はといえば、見せかけすら変わらない。
この先永遠に。
みやが年老いて、いつか灰になってもあたしは変わらないのだ。
だから、姿が変わったように見せることの出来る月が羨ましくなる。
コツコツと街に足音が響く。
あたしとみやと誰かの足音。
あたしはみやの足音だけを聞く。
月明かりに照らされる街はいつも虚ろだ。
そこに存在しているはずなのに、消えてしまいそうな気がする。
「みやは朝が好き?」
「うちは夜が好きだよ」
「ほんとに?」
みやは月明かりの下で笑った。
本当に夜が好きなのかはわからなかった。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 19:04
- 街灯が作り出した影をあたしは踏む。
街路樹の影やビルの影。
いくつも踏んで、みやの影も踏んでみた。
けれど、それはするりとあたしの足の下から抜け出してまた先を行く。
みやが動くと影も一緒に動いて、あたしは取り残される。
永遠に追いつくことが出来ないような気がした。
こんなときあたしは思う。
あたしはみやを支配しているけれど、本当は彼女に生かされている。
みやが分け与えてくれる血がなければ、あたしは存在していられない。
この関係はみやがいつか灰になるまで続く。
でも最近のあたしは、みやが灰になるまで待てそうになかった。
人というものはいつかあたしの前からいなくなる。
それを知っているのに、あたしは手に入らないものを望んでいた。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 19:04
- ぐるりと街を一周して。
あたしの入れ物が見えてくる。
空の闇は薄くなっていて、朝が近づいてきていることを教えてくれていた。
エレベーターに乗って、部屋の扉を開ければ見慣れた箱がある。
みやがいつものように箱を開けた。
「梨沙子、もう眠らないと朝になる」
あたしはコートを脱ぎ捨てた。
丸めて投げ捨てられたコートを見て、みやが顔を顰めたけれど気にしない。
あたしは箱に足を差し入れた。
身体を横たえる。
みやが蓋を閉めようとする。
あたしは蓋を手で押さえた。
「もう少し起きてちゃだめ?」
みやは黙って首を横に振った。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 19:05
-
今日も箱は閉じられて。
あたしは生きる為に眠る。
箱を閉じられると起きてはいられない。
明るくなりかけた外の光を遮断して、箱の中に真の闇が訪れる。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 19:06
- みやが何を考えてこの部屋に来ているのか。
あたしは知らない。
みやはそんなことを語らなかったし、あたしも聞いたりしなかった。
毎晩決まった時間に来て、決まった時間に帰る。
みやの意志は関係ない。
みやが何を考えていたとしても、あたしのもとに来ることは決まっていてそれを違えることは出来ない。
それが二人の約束なのだ。
あたしはみやに会い、血を貰い、そして眠る。
永遠には続かないルールだ。
いつかみやはあたしの前からいなくなる。
そしてまた別の誰かがあたしの規則に縛られる。
そのはずだけれど。
他の誰かをあたしのルールで縛りたいのかわからなかった。
薄れていく意識の中で考える。
あたしを終わらせるもう一つの方法を。
生涯にただ一度だけ許される方法。
太陽の光を浴びれば全てが終わる。
陽の光を見られないことに不満はないけれど、あたしはいつか太陽の光に照らされるみやを見たいと思っていた。
そしてそれは叶えられない夢じゃなかった。
一度だけなら、あたしは太陽の下にいるみやを見ることが出来る。
どうしてそんなことを思うのかは自分でも理解出来ない。
今まで何人もの人があたしの隣にいたのに。
どうしてみやにだけそんなことを思うのかわからない。
もしかするとあたしは長く生きすぎていて、生きていることが苦痛なのかもしれない。
終わりというものを見てみたくて、そしてはじまりを知りたいと思っているのかもしれなかった。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 19:08
- これから先も太陽の光を浴びて来たみやが決まった時間に箱を開ける。
朝が来れば箱を閉める。
そして、あたしは眠りたくないのに眠りに落ちる。
みやに会う夜を待ちながら。
みやがあたしに会いたいのか考えながら。
人よりも優れたあたしの耳はみやの足音を聞き分けられなくなっていた。
頭の中に膜が張ったようになって意識を包み込まれていく。
いつの間にかあたしは夢を見始めていた。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 19:09
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永遠には限りがなくて。
あたしははじまりを望んでいた。
はじまらない朝をはじめる為に。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 19:09
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- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 19:09
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- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 19:10
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