12 箱の中の猫

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 12:48
12 箱の中の猫
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 12:49
なんともベタな光景やね、とれいなは思った。

コンビニに週に一度の買出しに行った帰り道、雨降る道端にダンボール箱が置き捨てられているのを見つけた。
傘の縁から流れ落ちる雨の雫越しに、愛媛みかんの字が見える。
その箱のへりにしがみついて小さな物体がみぃみぃと震えながら泣いていた。

「・・・絵に描いたような捨て猫っちゃね」

れいなは箱の上に傘をかざしながら猫の前にしゃがむ。
灰色の、それが汚れてそうなったのかは判らないが、今日の雨空のような毛色をした子猫だった。

「捨てられたっちゃん。かわいそうにね」

人差し指で子猫の頭を軽く撫でると、すがりつくように小さな前足を伸ばしてくる。
しがみついたれいなの指を、少しザラリとした舌でペロペロと舐めていた。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 12:50

―――いかん

情が移りそうになるのを自制する。
ポケットをまさぐりハンカチを取り出すと、ひょいと抱き上げ濡れた身体を軽く拭いてやった。
子猫はれいなの手の上で小さな身体を震わせている。

「せめて雨があたらんところに・・・」

れいなは子猫を箱の中にそっと戻し、そのまま箱を抱えて雨がしのげる場所を探した。

ほど近い裏路地に、うまい具合に雨をよけてくれそうなひさしがある場所を見つけた。
れいなは静かに箱を下ろすと、悲しげに身を震わせる小さな生命に語りかけた。

「連れて帰りたいっちゃけど、れいなには飼えんったい。れいなも一人で生きていくけん、おまえも一人でがんばれ。いい人に拾ってもらえるようにがんばれ」

そう言ってれいなは立ち上がり、バイバイと小さく手を振った。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 12:50

―――いかん

情が移りそうになるのを自制する。
ポケットをまさぐりハンカチを取り出すと、ひょいと抱き上げ濡れた身体を軽く拭いてやった。
子猫はれいなの手の上で小さな身体を震わせている。

「せめて雨があたらんところに・・・」

れいなは子猫を箱の中にそっと戻し、そのまま箱を抱えて雨がしのげる場所を探した。

ほど近い裏路地に、うまい具合に雨をよけてくれそうなひさしがある場所を見つけた。
れいなは静かに箱を下ろすと、悲しげに身を震わせる小さな生命に語りかけた。

「連れて帰りたいっちゃけど、れいなには飼えんったい。れいなも一人で生きていくけん、おまえも一人でがんばれ。いい人に拾ってもらえるようにがんばれ」

そう言ってれいなは立ち上がり、バイバイと小さく手を振った。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 12:51

「ちょっと待ちなさい」

来た道を戻ろうとしていたれいなの背中に、苦味を含んだ声がとんできた。
振り返ると、ジャージ姿の初老の男性がこちらを睨みつけている。

「困るんだよ!」
「は?」
「こんなとこに捨てられちゃ困るんだよ!」

男性が箱を指差しながら怒鳴り声をあげる。
れいなは状況を理解した。誤解されているという状況を。

「ち、違います!捨てたのは私じゃなくて・・・」
「今君がここに捨てていっただろうが!俺は見ていたんだ!」
「やけん、それは・・・」
「だいたい責任感ってもんがないんだよ若いもんには!」

男性の怒声に近隣の家々の窓が細く開く。
たまたま通りかかった主婦たちが距離を置いてこちらを見ている。
れいなはいたたまれなくなり、小走りで箱の前に戻ると、すいませんと小声で呟きながら箱を抱え、逃げるようにその場を立ち去った。

―――なんでれいなが謝らなきゃいけんと!

自分の弱さに憤りながら、れいなは傘をさすのも適当に、箱を抱えたまま家まで走って帰った。

6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 12:52

部屋に戻り灯りをつける。
ベッドとテーブルくらいしかないガランとした部屋が現れる。

「とりあえず身体拭かんと・・・」

れいなはタオルを一枚おろし、子猫の身体を拭いてやった。
箱から出ようとしないので、毛布をその中に詰め込んでやった。
子猫は暖かそうにその上でまるまっている。

「あとでミルクあげようけん、ちょっと待っとき」

そう言うとれいなは、前髪から雫を落としながら、今度は自分の身体を温めるためにシャワールームへと向かっていった。


7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 12:53

「さてさて、どうしようかねぇおまえは」

バスタオルで荒っぽく髪を拭きながら、箱の中から片手でひょいと子猫を持ち上げ鼻先で見つめる。
子猫は小さな身体を固くして、怯えたような目でこちらを見ている。
床の上に降ろしてやると、にゃあにゃあと鳴きながら箱の中へと戻っていった。

「おまえはよっぽどこの箱が落ち着くんやねぇ」

れいなは苦笑する。
さっきミルクをあげた時も箱の中でしか飲むことができなかった。
見知らぬ世界に放り出されて、降る雨の中で頼れる場所はこの箱しかなかったからなのだろうか。
まるで親猫にすがるかのように、子猫は箱に依存して見えた。

「れいなみたいやね」

箱の中でスヤスヤと眠り始めた子猫を見て、れいなは思わず呟いた。

れいなは地方から一人で上京し、そして一人で暮らしていた。
僅かな夢見る力を頼りにこの街に飛び込んできてはみたが、半年もしないうちに周囲と馴染めない自分に気づき、一年経った今はほとんどひきこもりの状態だった。
自分のことをうまく話せず、他人と上手につきあえず、気がつけば部屋という箱の中に閉じこもった、れいなもまた臆病な猫だった。

「なんだか顔も似とうし」

眠る子猫の顔を眺めながら、れいなは自分の頬を二度三度撫でてみた。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 12:54
しばらくぼんやりと子猫を眺めていたれいなだったが、何やら意を決したように厳しい表情でスックと立ち上がった。
クローゼットの隅に無造作に置かれた箱の中に、これまた無造作に押し込まれた書類をあさる。
押し込まれた奥の方から目指す書類を発見したれいなは、テーブルの上にそれを広げた。
れいなは腕を組みながら「賃貸契約書」と記されたその書面とにらめっこを始める。

「ここってペット飼ってもよかったんやったかいね?」

おそらく一年前に入居以来、初めてといっていいほどきちんと文面を読む。
正直理解できない文章が多かったが、それでもなんとか必死で喰らいついていた。

「あかんったい・・・」

細かい字面の中から、ようやくペットに関する条項を見つけ出したが、そこには「不可」の文字が記されていた。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 12:55

「にゃあ」

箱の中から頭だけをのぞかせて子猫が鳴いている。

「にゃあにゃあ」
「・・・よし」

れいなは携帯電話を手に取ると、契約書に載っていた電話番号をプッシュしていた。

自分でも少々驚いていた。何故こんなに頑張っているんだろう。
ここ最近のれいなからは考えられない行動だ。
少なくとも部屋にひきこもり始めてからは、こんなに胸が鼓動を打ったことはない。
どうやら自分はどこかで興奮しているようだった。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 12:55

大家の返答は存外にあっさりとしたもので、隣人の許可が得られればいいだろう、ということだった。

「にゃあ」

か細い声で子猫が呼びかける。
背中を押すように、じっとれいなを見つめている。

「よ、よーっし!」

れいなは立ち上がると、部屋着の上にスタジアムジャンパーをひっかけた。

「し、心配せんでよかよ。れいなに、ま、任しとくったい」

箱の中から見上げる小さな瞳に、少々顔をこわばらせながらもそう語りかけ、れいなは部屋を出ていった。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 12:56
れいなの部屋は101号室、いわゆる角部屋だった。
階下に住人はおらず、隣室は一部屋だけ、つまり102号室の住人こそが「隣人」であった。
れいなは102号室の前でインターホンを睨んでいる。もうかれこれ5分ほどたっているだろうか。

れいなはこの部屋の住人を知らない。
れいなが引っ越してきてからしばらくは空き部屋だったので、おそらくこの半年くらいの間に入居したのだろう。
廊下やエントランスですれ違ったこともなかった。
もっとも、ほとんどひきこもりのれいなが他人と会うのは、コンビニかビデオ屋の店員くらいなものであったが。

「・・・よ、よぉっし」

震える人差し指をボタンに添える。
力が入らない。押す力がどうしても入らない。

『にゃあ』

頭の中であの子猫の鳴き声が聞こえた気がした。
はっ、とした勢いで指がボタンを押していた。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 12:57
ピンポン、という軽やかな音が響く。
インターホンから声が聞こえてくるのを、緊張で身を固まらせながられいなは待ち受ける。

―――男かいね?女かいね?
―――若い人やろか?年とってるんやろか?

ほんの数秒の間に頭の中で想像を駆け巡らせていると、いきなりガシャリとドアが開いた。

―――!!

声に対して身構えていたところに、まさかの本体登場で、れいなは軽くパニックになった。

「どちらさまですか?」

現れたのはれいなと同い年くらいの女性だった。
パニックになりながらも、ほんの少しだけ安堵している自分がいた。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 12:58
「何か用ですか?」
「あ・・・あの・・・れいなは・・・」
「れいな?あ、れいなさんっていうんですか?」

カーっと顔が熱くなるのを感じた。思わず俯いてしまった。
まったくこの人見知り癖はどうにかならないものか。
うまく喋れない。余計なことを口走る。
心臓がバクバクと音を立てている。

「あの、何かご用ですか?」

彼女が尋ねている。
けれどれいなは俯いたまま顔を上げられない。
拳を固く握ったまま、あと数秒もすれば自分は泣きながら逃げ帰るだろう、と感じたその時―――。

『にゃあ』

また頭の中で聞こえた。
思わずはっと顔を上げると、彼女と目が合った。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 12:59

「ん?どうかしましたかぁ?」

よく見ると優しそうな顔をしている。
ふにゃりとした目元にあひる口。
自分なんかよりもよっぽど柔和な顔をしていた。
れいなは少し落ち着きを取り戻し、すぅと息を吸い込むと、ようやく気持ちを言葉にし始めた。

「・・・猫、飼わせてもらえませんでしょうか」
「猫?」
「はい。子猫なんです」
「でもこのマンション、ペット飼っちゃいけないんじゃなかったっけ?」

れいなは身振り手振りを交えてこれまでのいきさつを説明する。
別に身振りも手振りも必要のない話だったが、話しているうちについつい熱を帯びてしまった。

「・・・で、隣人である私に許可をもらいにきたってわけ?」
「はい」

猫ねぇ、と呟きながら、あひる口は逡巡するように上を見上げた。
れいなは祈るような気持ちで彼女を見つめていた。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 12:59

「・・・やっぱ、犬かなぁ」
「は?」

彼女の回答が理解出来ずに、れいなは思わず声をあげる。

「いや、私はやっぱ犬がいいなぁと思って。いいでしょ飼っても?お隣りさん」

そう言って彼女はふにゃりと笑った。

「あ、はい、あの、えと・・・」
「あ、もちろんいいよ、猫ちゃん飼っても。今度私にも見せてね」

あひる口が優しく微笑んでいる。
つられてれいなも思わず笑みを返していた。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 13:00

―――やった!やった!

礼を言いながら手を振って隣人と別れ、れいなは自分の部屋に駆け込んだ。
箱の中でまるまっている子猫を抱え上げて、自分の鼻先まで持ち上げた。
目をまるくした子猫がにゃあと鳴く。

「飼ってもいいって!おまえのこと飼ってもいいって!」

れいなは満面の笑顔で子猫に話しかける。

「れいなに感謝するっちゃよ!おまえのために大家さんに電話もしよったし、お隣さんにもお願いしよったし、れいなが頑張ってあげたおかげなんやけんね!」

そう言ってれいなは子猫に頬をすり寄せた。
胸が高鳴っている。しばらく忘れていた感情だ。
妙な達成感。不思議な高揚感。

―――自分だってやればこれくらい出来るじゃないか

小さな自信が少しだけ芽生えた気がした。

17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 13:01
それから何日かは部屋の中で子猫と過ごした。
相変わらずひきこもってはいたが、どこか充実した毎日だった。


「にゃあ」

れいながベッドに寝転んでTVを眺めていると、子猫が足元からにじりよってきた。

「にゃあにゃあ」
「お、おまえ、自分から箱を出たと?」

れいなが驚いたように声をあげた。

子猫は子猫で、あのみかんの絵が描かれたダンボール箱から出ようとはしないでいた。
よほど居心地がいいのか、それとも出るのが怖いのか、一日のほとんどをダンボール箱の中で過ごしていた。
れいなはそんな姿をどこかで自分と重ね合わせてみたりもした。

でも今、その子猫が自分から箱を出て、れいなのそばまでトテトテと歩いてきた。
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 13:02

「すごいやん、おまえ・・・」

れいなは妙に感動した。
冗談じゃなく、泣きそうになった。

「にゃあ」

鳴き声に鼓舞されるように、思わずれいなはグっと口元を引き締めた。

「そっか・・・よっし見とき、れいなだって・・・」

見上げる子猫の瞳を、誓うようにれいなは見つめた。

19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 13:03

一週間ぶりの外出は相も変わらずコンビニだった。
ただ先週と違うのは、雨が降っていないことと、袋の中にアルバイト情報誌があることだった。

―――あいつが大きくなってきたら、きっとお金もかかるけんね。れいなが立派な猫に育ててやるったい

そんなことを考えながら歩いていると自然と早足になる。
知らず頬も緩みだす。
いつの間にか駆け出しそうになっている自分がいた。
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 13:03

「ここだったもん!」

涙が混じった女の子の声が聞こえた。
ふとその声のする方に目を向ける。

「ね、もういないでしょ?きっと誰かが拾ってくれたのよ」
「やだよぅ・・・せっかくお父さんが飼ってもいいって言ってくれたのにぃ!」
「ここにいないってことは、きっと優しい誰かがかわいがってくれてるってことよ。ね?だからもう帰ろう?」

泣きじゃくる少女を、困ったような顔で母親があやしている。
少女をなだめながら、母親まで泣き出しそうな顔になっていた。

「ごめんね。捨てなきゃよかったね。ひどいことしちゃったね。ごめんね」

そう言いながら母親が少女を抱きしめる。

そこは一週間前にれいなが子猫と出会った場所だった。
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 13:04

―――聞かなければよかった

れいなはふと耳を傾けてしまったことを後悔した。
立ち止まってしまったことを後悔した。

―――でも、今はれいなの猫やけん・・・

そう胸で呟きながら、れいなは母子に背中を向けた。

「・・・猫ちゃんが幸せなら我慢する・・・猫ちゃんがかわいがってもらえるなら、私、我慢する・・・」
「大丈夫よ。きっと大丈夫よ。猫ちゃんはきっと幸せだよ」

踏み出したれいなの歩みがまた止まる。
俯き下唇を噛み、じっと自分の足元を見つめた。
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 13:05


―――あいつ、洗えば白い毛だと思ったら、生まれつき灰色の毛やったんやねぇ



そんなことを思い返しながら、れいなは再び振り返ると、母子の方に向かって歩いていった。




23 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 13:06

部屋に戻ってベッドに腰掛ける。
片隅には主の消えたダンボール箱が置き忘れられている。

「この箱、もういらんっちゃね」

今頃子猫は、母親が持参してきたピンク色のカゴの中でまるくなっていることだろう。

「あの女の子、本当に嬉しそうやったね」

子猫と再会した時の少女の笑顔は、溢れんばかりに輝いていた。
なんのてらいもなく素直に喜ぶ人を、れいなは久しぶりに見た。
きっと姉妹みたいに一緒に成長していくんだな、と思った。

コンビニの袋からアルバイト情報誌がのぞいている。
れいなはそれを取り出しゴミ箱に捨てかけたが、途中で思いとどまった。

「子猫だって箱から出られたんやけん、ね」

と呟きながら、テーブルの上にそっと置いた。
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 13:07
ふとダンボール箱に目をやる。
れいなは箱に近づくと、なんとなく両足を入れてみた。
ゆっくりと膝を抱えてしゃがんでみる。
小柄なれいなの身体は胸のあたりまで箱に収まった。

ガランとした部屋を見上げる。
閉めきったカーテンの隙間からうっすらと光が差し込んでいる。
それを眩しそうに見やりながられいなは、

「にゃあ」

と、一人鳴いた。


25 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 13:07







26 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 13:08


从 ´ ヮ`)ニャア

27 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/29(土) 13:11


从 ´ ヮ`)3スレと4スレ ダブっちゃったと・・・



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