03 箱春

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/24(月) 21:37
03 箱春
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/24(月) 21:38
 光井愛佳は夜九時頃に母親の運転する車で帰宅し、すぐに洗面所でうがいをした。
 洗面所は、玄関からリビングへ向かう廊下の中ほどにある。
 うがいを終えてそこから出てきた時、玄関ドアの向こうから物音が聞こえてきた。
 稼動中の洗濯機が大きく揺れた時のような、何か重い物が動いた音、のように思えた。
 ドアスコープから外側を覗いてみても、何も見えない。
 気のせいだと思ってそこから離れ、ドアに背を向けた。
 すると、ジーンズのポケットに入れたままだった携帯にメールが届く。
 送り主は久住小春。

 件名が『ダンボールマン』だったが特別気にしなかった。
 件名はお遊びで、本文にちゃんとした内容を書いてくる、というのは割と良くある。
 ところが、その本文は『参上!』だけだった。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/24(月) 21:39
 この人、一体何が言いたいのだろう。
 新しいお笑い芸人のネタか?
 毎号読んでいる漫画の新キャラだろうか?

「ようわからんなあ」

 髪をくしゃくしゃと撫でながら一人ごちる。
 久住は先輩なので、適当に返信する事はできない。
 しばらく携帯を睨んで考えて込んでいると、二通目が来た。

「ダンボールマン、ピ〜ンチ! みっつぃーの家の前で寒くて凍えてタ・イ・ヘ・ン!!」

 光井は急いで玄関ドアを開けた。
 ゴッ! 外開きのドアは、開ききれず何かにぶつかってしまった。

「何してはるんですかぁっ」
「痛ーい! 当たった、今当たったんだけど!」
「これ外開きやし当然です! それより、夜中に大きい声出さんでくださいよ」
「声出さないとこのまま気付かれずに凍死しちゃうー! てかまだ九時じゃん」
「子供は寝てるかもしれないんです。……窮屈そうですね、その中」
「うん、かなり」

 床に鎮座していたダンボールが相槌を打った。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/24(月) 21:39
 一時間ほど前に別れたばかり……のはずの久住? は、凍死するから、と強引に
玄関の中へ押し入った。
 ダンボールを頭から被ったけったいな格好で、光井の目の前に立っている。
 顔は見えないのだが、この箱の下から生えている手足は紛れもなく久住なのだ。
 その姿を改めて見た時、

「なんコレ」

 敬愛する先輩方の決め台詞が、ポロッと口から出てきた。

 一方の彼女は、別れる前と全く同じテンションで喋る。
 ダンボールを被ったままで。

「明日のプレゼント買い忘れたからさー、今から行こうよ!」

 足りない部分を補足するとこうだ。
 毎年、メンバー同士でクリスマスプレゼントの交換会をやっている。
 今年は明日にやる予定なのだが、プレゼントを買い忘れていた事についさっき
気付いたんだそうだ。
 これから買いに行くので、選ぶのを付き合ってほしい、という訳でここに来た。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/24(月) 21:40
 自分は一ヶ月前から準備していたというのに、この先輩ときたら。

「気付くの遅いですよ」
「忙しかったんだってー」

 それなら仕方ないのだが、何故今、何故自分に、何故この格好で。
 疑問を口に出す前に、久住はまた一気に捲くし立てた。

「明日じゃ間に合わない一人だとつまんないし、でみっつぃーは同い年だし、あ!
 じゃあ多分楽しそうだな、って思ったから、マネージャーさんに言ったの!
 であの車の後ろに〜ってやってもらったんだよ! ドラマみたいで楽しかった!」

 興奮して身振り手振りが大きくなった。ついにダンボールが床に落ちる。
 現れたのは間違いなく、久住小春その人だった。

「……これはどないしはったんですか」
「落ちてた。この箱に隠れたら追跡っぽいな! って思って」

 車の中ですっかりその気になって、こんな事まで……

 全然ぽくないし、そもそも落ちてるもん拾うんはお金くらいにしといてください。
 と言いたかったが空気を読んで、光井はこれ以上の突っ込みを諦めた。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/24(月) 21:41
 母親に車を出してもらいたかったが、すっぴんなのでもう外には出たくないと言う。
 あれだけ玄関先がかしましかったのに、姿を現さないと思ったら、化粧を落とすのに
夢中だったらしい。

「いいっていいって。車待ってもらってる! 行こう!」
「へぇっ?」
「おばさんお邪魔しましたー!」
「いややちょお、お、おかーさぁんっ? また行ってくるわぁ」
「早く早く!」

 急かされたが、光井はまず床に放られたままの箱を拾い上げた。

「気に入ったの?」
「違いますよ、こんなとこにほっておけんでしょ」

 片手で抱えるように持つと、空いていた方の手を久住が掴んだ。
 ぐいぐい引かれて、あっという間に表に連れ出されてしまう。

 言う通り、マンションの前には彼女のマネージャーの車が止まっていた。
 いつも付いているせいで久住に似たのか、中でヘラヘラしながら待っている……
ように見えた。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/24(月) 21:42
 先に連絡を寄越さなかった上に、久住の無邪気な遊びにのったこの駄目マネージャー。
 お前は明日から愛佳の中で、略してダメジャーや!
 と光井は心の中で叫ぶ。

 そんな事も露知らず、前を歩いていた久住が振り返った。

「ほらそこ、ダンボール」

 玄関脇に、折り畳まれたダンボールと思しきものが山積みになっている。
 ところでこれは、「落ちてた」というのだろうか……

「なんでこんなん」
「普通に行くなんてツマンナーイ!」

 ……ああ、何て単純で充分な理由なんだろう。
 光井は呆れを通り越して清々しさまで憶えつつ、抱えてきた箱を元の場所に戻した。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/24(月) 21:43
☆☆☆
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/24(月) 21:43
☆☆☆
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/24(月) 21:43
☆☆☆

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