30 紙切れ
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:48 ID:sdV/prTk
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30 紙切れ
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:49 ID:sdV/prTk
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中三の夏休み前。
この時期には付き物のそれ。
目の前にぽつんと置かれているのは真っ白な紙切れ。
いや、正確には真っ白なわけではない。あるべきところにあるべき色がないだけだ。
作業としてはただの白紙だったら、私だってこんなに悩んだりしない。
それなのに、渡してくるほうは当たり前みたいな顔をしているから気楽なものだ。
「久住さん、一人で何してるんですかー?」
「あ、みっつぃー」
うーんうーんと唸りながら紙の前で腕組みをして必死に悩んでいると背後から手を置かれた。
いつの間にかみんな帰ってたらしい。置いていかれたのかと思うと流石にちょっとショックだった。
しかも、唯一声をかけてくれたのがよりによって
私が少し苦手意識を持っているみっつぃーだけっていうのもショックだった。
「みんな声かけるんのに気づかないからどうしたのかなって思いました」
「え」
と思ったら、無視していたのは私の方だったらしい。
自分でもそういうことに気づけないほど何かに夢中になるということは
滅多にないという自覚があるだけに、それはとても意外なことだった。
というか、それほどまでにこの紙切れは私を悩ませてくれているというわけか。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:49 ID:sdV/prTk
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「それ、昼間の進路希望調査書ですよね?」
「あ…うん…」
何だか気まずく感じたから、ぎゅっと何度かペンを握りなおす。
果たして、その効果があるのかと聞かれるとそんなことは全くないんだけど。
こういう場面はどうしてだか、ソワソワしてしまうのだ。
こんなものに詰まってるのが知られる恥ずかしさもある。
だけど、どうしてみんな、そうやってさくさくと書けるのか不思議だ。
こういうのって、上手く適当に書けないから嫌いだと思う。
これほど人を不安にさせる紙切れもそうそうないだろう。
そんな私をよそに、みっつぃーは不思議そうな顔で首をかしげた。
結局、何も書けないまま、その紙切れを持ち帰るハメになった。
ついでに言うと少し暗くなっていたのでその時日直だったらしいみっつぃーと一緒に帰るハメにもなった。
なんだか今日はついてないなと、思った。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:50 ID:sdV/prTk
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- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:50 ID:sdV/prTk
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それから何もしないまま週末の二日が過ぎた。
というのも、本当に何もしなかったわけじゃない。
友達と一緒に買い物もしたし、お姉ちゃんと一緒に映画を見に行ったりもした。
ただ、その持ち帰った紙切れに手をつけていなかったということだ。
提出期限日はいつだっけ…と思い悩みながらシャーペンを手の中で回す。
その紙切れは鞄の底でくしゃくしゃになっていたにも関わらず、その脅威を衰えさせていない。
むしろ私の方が頭をかきむしりたくなった。進路希望調査書は逃げない。逃げたいのは私だ。
一番上には第一希望進路先と書かれていて、その下に第二第三と続いてる。
たった、三つしか項目はないのにその三つがどうしても答えられない。
質問自体は凄くシンプルで簡単な事なんだけどなあ。
「おねーちゃーん」
「んー? 珍しいね小春が部屋に来るの」
「うん…ちょっと相談があって」
「なになに? 恋愛相談とかいうんじゃねーだろーな」
せっかく久しぶりに部屋に来たというのに、お姉ちゃんは少し怪訝そうな顔をした。
多分、こういう顔を渋い顔と言うんだと思う。それでも、今まで座っていた座椅子から移動して
そのイスに私を座らせてくれるお姉ちゃんは優しい。
「違うってばー、進路のことだよ」
「なんだ…ヒヤッとしたじゃん」
とりあえずあまりにも怪訝な顔をしているからそう答えておいたら、
お姉ちゃんはホッとした顔でそう言った。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:51 ID:sdV/prTk
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「…ん?」
「ん?」
「何?」
「なんも?」
「へんなの」
「小春も変だよ」
「変なのはおねーちゃんだもん」
「はいはい、で、何なわけ?」
「あ、そうそう」
手に持っていたグシャグシャの紙を見た途端に
うわっきたねーとぽつりと零したお姉ちゃんの言葉は聞き逃さなかった。
そんな事を言うお姉ちゃんもよくプリントをグシャグシャにしてしまうのを知っているけど、
あえて何も言わなかった。多分、これが大人になるってことなんだろう。
言わぬが花なんだと、この前みっつぃーも言っていたし。よく分からないけど。
無言でテーブルの上にぐしゃぐしゃになった紙を広げると、
お姉ちゃんは懐かしそうに目を細めてそれを見た。
「うっわ、なつかしいなそれ」
「お姉ちゃんの時もあった? こういうの」
「あったあった、ウチも嫌いだったなそれ」
「おねえちゃんもだったんだー…」
「まあねー…って、小春もこれで悩んでたのかー」
それをひょいと机の上から取り上げるとお姉ちゃんは電気に透かすようにしてそれを持ち上げた。
電気に透かされた白い紙はもっと白さを増して、それが何だか少し嫌だった。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:51 ID:sdV/prTk
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「お姉ちゃんは何で嫌いだったの?」
「えー、だってこういうのってさー…なんか焦るじゃん」
うちの周りの子はみんな進路決まってたから余計さー、と言葉を続けて。
それを聞いて、多分今の私は数年前のお姉ちゃんなんだろうなと思った。
こういうところで似て欲しくなかったような気もするけど、それは姉も同じだろう。
「それなのに先生とかはさー、こんなのすぐ書けるだろうとか言っちゃうんだよねー」
「うん…」
全くもってその通りだ。
先生だってこういうので悩んだ時期はあるはずなのに。
それとも先生は最初から先生になるって決めていたのだろうか。
それにしたってその言葉はあまりにも無神経だと思う。
「地味に悲しいよなあ」
「うん…」
「だからさぁ、小春の気持ちわかるよ」
「お姉ちゃん…」
似て欲しくないと思っていたけど、
やっぱり自分の気持ちを分かってくれる人が居ると嬉しくて泣きそうになる。
悔しいときには我慢できるのに、嬉し涙というのはどうも我慢するのが難しい。
ちょっと涙目になったのに気づいたか、お姉ちゃんは私の頭を撫でてくれた。
お姉ちゃんはやっぱり優しい。だけどそういう時の優しさはむしろ涙を助長させるだけなのに。
でも、やっぱりお姉ちゃんは優しくて偉大だと思ったし、こういう人になりたいと思った。
ほんの少しだけ、近い未来の希望が出来たような気がする。
「それで、お姉ちゃんは結局何て書いたの?」
「ん? 白紙!」
どうしてこの人はいつもこうなんだろう、と思った
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:52 ID:sdV/prTk
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- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:53 ID:sdV/prTk
- 「うーん…」
「あれ、それたしか明日提出ですよね」
「うん…」
次の日の月曜日。
参考になるお姉ちゃんの意見はやっぱりアテにならなかったから、
昨日はそのまま諦めて眠った。進路希望調査書が気になって少しだけ寝づらかったけど。
そして、結局その日も残っていたら金曜日と同じようにみっつぃーに声を掛けられた。
いつも思うけど、みっつぃは転校してきたときから敬語が抜けない。
何で?と聞いたことがあったけど、親しき仲にも礼儀ありだと
よく分からないことを言って上手く答えてくれなかった。
それにしても、何でこういう時にいつも居るんだろう…。
何だかやっぱり居心地が良くないから早く帰って欲しいんだけど。
…あ、でも。
「みっつぃーはこれもう出した?」
「ん? 出しましたよ」
「マジで? なんて書いたの?」
よく考えたらみっつぃーの方がお姉ちゃんよりよっぽどアテになりそうだったから、聞いてみた。
するとみっつぃーはちょっと困ったような笑顔をして私を見る。
そういうのも、何だか好きじゃない。
「ねぇねぇ、どうなのさ」
「そんなの恥ずかしくて言えないですよぉ」
「ええええー! いいじゃん別に!」
「じゃあ久住さんから教えてくださいよぉ」
「決まってたらこんなに悩まないよ…」
「え、そうなんですか?」
当然の事を言ったはずなのに、みっつぃーは不思議そうな顔をした。
それにつられて私のほうも思わず不思議顔になってしまう。
手元の調査書は相変わらず真っ白だったけど、手の平の汗で少しだけ変色していた。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:55 ID:sdV/prTk
- 「だって、久住さん…」
と、みっつぃーは何かを言いかけてやめた。
…そういうのが一番気になるのを彼女は知っているんだろうか。
「何?」
「いえ…」
「気になるじゃん、言ってよ」
「いやあの、これはたまたま聞いちゃっただけなんですけど」
「うん?」
私が催促すると、さっきよりも困ったような笑顔をしてみっつぃーは続けた。
何でそんな顔をするんだろうと思ったその一秒後、その理由が分かった。
「アイドルになるって言ってませんでしたっけ?」
「え」
しばらくその言葉の意味を理解できなかった。
時間の経過と共にその言葉の意味が頭の中で整理された途端に、
かあああああと一気に顔中に血が集まったのが分かった。
何で何で、よりによってそんなの知ってるんだ。
そんなの、その場の冗談に決まってるじゃないか。
そんなの、本気で言ってるわけじゃないってすぐ分かるだろう。
やばい。顔が熱い。耳までその熱が伝わっているのが分かる。
本当は冗談でも何でもなくて本気だったことを見透かされたから。
何を自意識な、と思われるのが怖かったから冗談に逃げたのに。何で何で何で。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:56 ID:sdV/prTk
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「すごいなあって思ったんですよ」
その口調からイヤミじゃないことは分かる。
むしろ、イヤミであって欲しかったような気もする。
「久住さん、可愛いから絶対なれると思いますよ」
んなワケないじゃん、と冗談にしてしまいたかったのに、
そんなまっすぐな笑顔を向けられたら逃げられないじゃないか。
「ね?」
完敗だ。
一番当てて欲しくなかったことを当てられた。それをよりよってみっつぃーに。
それから、どうして私がみっつぃーのことを苦手だったのか分かったような気もした。
何でも見透かしたような顔をしているから、ひどく焦ったんだ。実際、見透かされたわけだし。
「…うん」
今日は人生で一番恥ずかしい日かもしれない、と思った。
それと同時に、まっすぐに向けられたみっつぃーの言葉が、嬉しかった。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:57 ID:sdV/prTk
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- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:57 ID:sdV/prTk
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「はぁ…」
「あれ? 久住さん、それ…」
溜息を吐いて職員室を出ると、ちょうどみっつぃーと会った。
その手にはノートの山。そういえばさっき回収してたっけ。
きょとんとした顔で話しかけてきたから、苦笑いで答えた。
「うん…再提出」
「えええええ?」
「ふざけるなって言われちゃったよ…」
「何ですかそれー!」
それを言うと私よりもみっつぃーの方が
不満そうな顔をして、それがおかしくて思わず笑った。
「まあ、大丈夫だよ、小春諦めないもん」
「それでこそ久住さんですよぉ」
そういうとみっつぃーはホッとした顔をしたから少し嬉しくなった。
恥ずかしくて言えなかったことを言ってしまったからか、
みっつぃーには本音の自分をさらけ出せるような気がする。
「見ててよ、小春絶対なってみせるから」
「はい!ずっと応援してますねー」
みっつぃーはにこにこと笑顔を崩さずに笑う。
ぐしゃぐしゃになった白紙のその紙切れには、黒いシャーペンの色が落とされていた。
私が昨日そこに書いた文字は書き直しを命じられても
消すことはなかったし、消すつもりも無かった。
今、真っ白だったその紙には、私の未来が書かれている。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:59 ID:sdV/prTk
- リo´ゥ`リ<あれ?そういえばみっつぃーは結局何て書いたの?
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:59 ID:sdV/prTk
- 川=´┴`)<秘密です
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/09(月) 00:00 ID:l0pdytzw
- リ#´ゥ`リ
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