29 毒ガス注意報

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:45 ID:40nkTHt6


29 毒ガス注意報


2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:46 ID:40nkTHt6
体にまとわりつくような蒸し暑さに思わず眉の辺りに皺を寄せると私は溜め息を吐き出す、
それからノートを走っていたペンを止める。
そして上着の襟を掴むと上下に動かしてうちわ代わりにして風を起こす。
完全に夏の暑さにやられているこの部屋ではそれはただの気休めでしかないけれど
やらないよりはマシだった。
開けっ放しの窓からは油が煮えたぎるようなセミの声が途絶えることなく入ってくる。
自分の部屋にはエアコンがないので扇風機を強にしているけど、夏真っ盛りのこの熱さに
正直あまり抵抗できている気がしない。
我ながらこんな部屋で何時間もよく勉強していられるなぁと思う。
でも夏休みは毎年こんな感じで暑さとの格闘だったし、この数学の問題集さえ
終らせてしまえば宿題は全て完了する。
私はあともう少しだし早く終らせちゃおうと自分に言い聞かせると、ちゃんと机に
向き直り背筋を正すと問題を解くことに集中する。
それから1時間くらいで問題集は解き終わりふとノートを見ると小さな染みができていた。
額を手の甲で拭ってみると結構汗をかいていたらしく思っていたより手が濡れている、
私は小さな体で大きく伸びをしてから椅子の背もたれに寄り掛かった。


3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:47 ID:40nkTHt6
少し力を抜いて背もたれに体を預けていると夏休みの宿題を終えた満足感と開放感に
しばらく浸っていた。
そんなとき部屋のドアが軽くノックされたかと思うと返事をしてないのに勝手に
お母さんが入ってきた。
毎度のことながらそれじゃノックする意味がないじゃんと思いつつ、私は軽く溜め息を
吐き出してから寄り掛かっていた体を起こした。


「佐紀、かき氷買ってきたんだけど食べる?」
と母さんが半透明のビニール袋から取り出されたものは私が今一番欲してる物だった。


全く予想もしていなかった嬉しい差し入れに私は椅子から身を乗り出し弾んだ声で言った。
「食べる!ちょうど冷たいものが食べたかったんだよねぇ。」
「イチゴとレモンがあるんだけどどっちがいい?」
「えっ?あぁ・・・・じゃレモンでいいや。」
「珍しいわね、佐紀ならイチゴ選ぶかと思った。」
「別にどっちでもいいよ。お母さんがレモンの方がいいならイチゴにしようか?」
「いいわよ、イチゴで。ちょうど食べたかったしね。」
カキ氷のイチゴ味を手に取って嬉しそうに笑っているところは子どもの私が言うのも
何だけど無邪気な子どもみたいだった。
でもこんな風にお母さんはたまに子どもみたいになるけどそこが結構好きだったりする。



4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:47 ID:40nkTHt6
「それじゃ夕飯のときまた声掛けるからそれまでゆっくりしたら?」
「うん、宿題終ったし少しダラダラしようかな。」
お母さんは部屋を出て行く直前に振り返って言った言葉に私は頷きながら
軽く笑った。
それから椅子に少し浅く越し掛けてまた背もたれに体を預けると貰ったかき氷を
早速食べることにした。
一口食べると冷たさと甘酸っぱさに一瞬だけこの部屋のうだるような暑さを忘れられた。
でも食べ続けると定番ともいえる頭にキーンというのがきてちょっと夏ぽっいなぁと思う。



そんなとき突然壊れかけのラジカセみたいな少し擦れたチャイムが聞こえてきた。
どうやらたまに区役所が流している放送が始まるらしい。
でもいざ始まると反響しすぎて何を言ってるんだかよく分からない声が町中に響き渡る。
これってあんまり意味がないんじゃないかなと子どもの頃から思っていたことを
私は今改めて思った。
それでも所々に言葉の一部を聞いたところどうやら光化学スモックのお知らせらしかった。


「光化学・・スモックか・・・。」
その言葉は無意識のうちに私の口から漏れていて自分でも少し驚いてしまった。
でもそれも仕方のないことかもしれない、私にとって光化学スモックは普通の人より
少し因縁がある言葉だから。


5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:48 ID:40nkTHt6
子どもの頃初めて光化学スモックという言葉を聞いたときは当然その意味なんて
分かるはずもなかった。
でもその聞き慣れない奇妙な名前が私は何だか怖かった。
そして夏になると親や学校の先生はみんなしてこの言葉を聞いたら家に入りなさい
と言うので、私はきっと毒ガスが町中に撒かれているのだと勝手に思っていた。
だから区役所から注意報が流れると私は逃げるように家へ帰っていた。
でもそれも小学校に上がるまでの話で3年生にくらいになると好奇心が盛んになるのかは
知らないけど、怖さよりも外はどうなっているのか気になって仕方なかった。
子どもだから目先のことしか見えてなくてもし本当に毒ガスが撒かれていたら死ぬかも
なんてことは全く考えもしなかった。
だから小学3年生の夏休みのある日、光化学スモックが発生する放送流れたのを見計らい私はこっそり家を抜け出した。




6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:49 ID:40nkTHt6
一応家から大人用のマスクを引っ張り出してそれを口にすると慎重に歩き出す。
町の外に出ると人の姿が見当たらなくてそこはいつもの町とは全く違う所のように思えた。
私はあちらこちらから聞こえてくるセミの音に少し飽き飽きしながら、あてもなく
ただ日に照らされたフライパンのようなアスファルトの上を歩き続ける。
そしてたまに手加減なしに輝いている太陽を恨めしげに見上げるとその眩しさに目を細めた。



「はぁ・・・・暑っ。」
私は頬からこぼれる汗を手で拭うと溜め息に混じりって素直な感想が口から出た。


今思えばたまたまだとは思うけどそのときはどんなに歩いても人に出会わなくて
時間が経つに連れて段々不安になってきた。
それでもマスクをしているから死なないだろうという変な自信とこのまま逃げ帰るのが
何だか悔しくて家に戻る気はなかった。
それからどれぐらい時間が経ったかは分からないけれど、気がつくと家から15分程の
ところにある近くに公園に来ていた。
大して大きくないけれど近所にはこの公園しかないのでいつもなら子ども達が
たくさんいるような場所だった。




7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:50 ID:40nkTHt6
でも今は全く人気がなくて楽しいはずの公園が今は何だか不気味に思えた。
いつもは絶対順番待ちするブランコも今ならすぐに乗れるのに全く魅力を感じなかった。
私は急に怖くなってきて後退りしながら公園の入り口から出ようとしたとき、
不意に後ろから生温かい息と共に女の子の声が聞こえてきた。
「・・・・ねぇ。」
その声はとてもか細くて今にも消えてしまいそうな弱々しい感じがした。
そのとき私は絶対これは幽霊だと思った。



「うひゃぁ!」
と私は素っ頓狂で何とも情けない声を出すと後ろに振り返りながらバランスを崩して
地面に尻餅をついてしまった。
それから恐る恐る顔を上げるとそこに立っていたのはお化けでも怪物でもなく
足のある同じ年くらいの可愛らしい女の子だった。



でも私はその子に見覚えがないので近所の子ではないとすぐに分かった。
多分よほど間の抜けた顔をしていたのか、それでも不釣合いな大きなマスクが面白かったのか、
女の子は急にお腹を抱えて笑い出した。
「ふふっ、ふひゃはは・・・あはははははは!」
そのときの私はただ訳も分からなくて甲高い声で笑い続ける女の子を
呆然と見つめる事しかできなかった。



8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:51 ID:40nkTHt6
でもいつまでも尻餅をついたままいても仕方ないので、私はズボンの後ろを払いながら
立ち上がると女の子の笑いはようやく止まった。
そして改めるように私の全身を眺めてから不思議そうな顔をして小首を傾げると、
「ねぇ、君はこんなところで何してるの?」
と一度聞いたら忘れないような鼻にかかった柔らかい声で普通に話しかけてくる。


「そっちこそマスクしないと死んじゃうよ。」
私は笑われ続けたことに少し腹が立っていたのでわざと素っ気なく答えた。


「ねぇ、君名前は?」
でも女の子は私の忠告を完全無視していきなり違う質問をしてくる。


私はまた少し腹が立ったけれど仕方なく名前を教えてあげることにした。
「・・・・清水佐紀。」
「サキってことは・・・女の子?あっ、ごめーん!普通に男の子かと思ってた。
だって髪短いしクラスの男子に似てるんだもん。」
「別にいいよ、たまに間違われるから。それよりそっちはなんていうの?」
「えっ?名前?私は嗣永桃子だよ。桃って呼んでね。」
女の子は目を細めて微かに歯を見せながら笑うと一段と甘ったるい声で名乗った。
その笑みと声に私は確かに一瞬心を奪われた。



9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:53 ID:40nkTHt6
「それで何とかモモコさんはなんでこんなとこにいるの?」
私は光化学スモックが撒かれていて危険なのにどうして女の子が1人でいるのか
分からなくて普通に質問した。


「だからモモだってば!」
「はぁ?」
けれど女の子は私の質問には答えず訳の分からないことを言ってくる。


「だ・か・ら!モモって呼んでよぉ。何とかモモコって名前じゃないもん。」
「別に何でもいいじゃん。」
「良くないよ!モモじゃなきゃイヤ!」
「分かったよ・・・・モモでいいんでしょ。」
「そう、モモがいいの。」
どうでもいいことだったけどあまりにも女の子が真剣なのとこれ以上言っても
ただ話が長くなりそうなので私のほうが折れた。
でも女の子のことをモモと呼ぶとあまりに嬉しいそうに笑うから悔しいような
嬉しいやような変な気分だった。





10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:54 ID:40nkTHt6
「それでさぁ、サキちゃんはなんでそんな大きなマスクしてるわけ?」
モモは話がようやく落ち着くと私のことを勝手につけた愛称で呼びながら今更とも
思えるような事を聞いてくる。


私は軽く溜め息を吐き出した、きっとそのとき私はとっても呆れた顔をしていたと思う。
「だから・・・今コウカガクスモッグって毒ガスが町中に撒かれているから、
マスクしてないと死んじゃうんだよ。」
それでも真面目な性格のせいかちゃんと分かりやすく説明してあげた。


「ふーん、そうなんだ。でも私マスクしないけど全然平気だよ。」
「えっ?」
その言葉で私は確かに一瞬全てが凍りついた。



11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:55 ID:40nkTHt6
よくよく考えればこのモモは会ったときからマスクもしてないないければ特に苦しそう
って感じでもないし今も普通にしゃべっている。
つまり毒ガスなんて撒かれていなかったということは子どもの私でもすぐに分かった。


私はマスクを慌てて外すと耳が徐々に熱くなってくるのを感じながら顔を俯いた。
「えっと・・・・か、帰る!」
なんでもいいからこの場から逃げたくてそう一言叫ぶとモモに背を向ける。
1人で勘違いしていたことが恥ずかしくてすぐにでも公園から離れようとすると、
急に腕を掴まれたので私はその場から動けなかった。


でもなぜ引き止められたのか全く分からなくて文句を言おうと首だけ後ろに向けると、
「でもさぁ・・・・サキちゃんとなら一緒に死んでもいいよ?」
とモモは楽しそうに笑いながら冗談みたいな口調でそう言った、でもその目に迷いはなく
まっすぐ私を見つめていた。



12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:56 ID:40nkTHt6
あのなんとかモモコって女の子の顔は今でも鮮明に覚えている。
あの日から7年経った今でもぼやけることなくそれだけははっきりと思い出せる。
でもあのとき私は何も言い返すことができなかった。
言葉が何一つ出てこなかったから。
何も考えられなくて本当に世間で言うところの頭が真っ白という状態だった。


モモはそれからゆっくり掴んでいた手を離すと2、3歩くらい後に下がる、
「それじゃ、バイバイ。」
と甲高い声でそう言うと軽く手を振りながら笑顔で公園から出て行ってしまった。
後に残されたのはただ呆然と立っている私1人だけ。


それからぼんやりとしたチャイムが聞こえてきて、それは多分光化学スモッグが
終ったことを告げるものだったと思う。
けれどそれは声にエコーがかかり間延びしすぎていてよく意味が分からなかった。



13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:57 ID:40nkTHt6
でもあの日以来あのモモとは会っていない。
次の日公園に行ったけれど来なかったし夏休み中に何度か足を運んだけれど
結局会うことはできなかった。
あれから小4、5までは夏休みになると気まぐれに公園に行ったりもしたけれど、
卒業する頃には諦めて行くのをやめていた。
それから中学校に入るとその出来事の記憶自体が隅の方においやられていった。
でも夏になってたまに光化学スモックの放送が流れるといつも思い出す。
自分で言うのもなんだけどちょっと美しい思い出だと思う、だけど今までこの話を
誰にもしたことはなかった。




どれぐらい回想していたのか分からないけれど気がつくと区役所の放送は終っていた。
「あっ・・・・かき氷溶けてる。」
そして私は持っていたかき氷を見るとそれはすっかり溶けていて、黄色い液体と
わずかに小さな欠片が浮かんでいた。


まだ少し残っていたので軽く凹みつつも椅子から降りて少し伸びをしてから肩や首を
回したりして鈍った体をほぐす。
それからキャミソールの上に上着を羽織ると、学校指定の水色のジャージから七分丈の
普通のズボンに履き替えた。


14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:58 ID:40nkTHt6
私は外に出ることを伝えると母親は意外そう顔をしていたけどすぐに、
「暑いから気をつけて行ってらっしゃい」と見送ってくれた。
光化学スモックに注意の放送が流れているためか外にいる人の姿はまばらだった。
相変わらずセミはバカみたいに鳴き続けていて、ふと空を見上げると雲が多少あるものの
肝心な太陽を隠してはくれなかった。
なので直射日光が降り注いできてありえないくらい暑かった。


私はジュースでも買おうと思ったけど小銭を持って来なかったことを思い出して後悔した。
だけど今から家に戻るという気にはなれなくて暑さにやられながら特にあてもなく
ただ近所をぶらついているといつの間にか公園に来ていた。
別に何も期待していなかった、というかもうあれから7年も経っているのに期待しても
無駄だということくらい分かる。
とりあえず私は暑さにやられた体を少し癒すために公園の中に入ることにした。




公園にはあのときと同じように子どもの姿はなくて久しぶりに来た公園は全ての遊具が
何だか小さく見えた。
背は大して大きくなっていないけどあれから大人になったんだなと改めて思う。
私は薄汚いベンチに腰を下ろすと少しだけ感傷ってやつに浸ってみた。
色々と思い出のある公園だけどやっぱりあの出来事が一番印象強いような気がする。


私はしばらく辺りの様子をぼんやりと眺めていたけれど突然ポンと肩に手が置かれて、
「お嬢ちゃん、こんなところで何をやっているんじゃい?」
と生温かい息としわがれた声が耳元でして私は水泳の飛び込みのように勢い良く
ベンチから離れた。



15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:58 ID:40nkTHt6
でもそのとき混乱と恐怖で足がもつれてしまいバランスを崩して尻餅をついてしまった。
「えっ?えっ?えっ?何?何?!」
私は地面にへたり込んだまま今自分に起こっている状況が全く飲み込めずちょっとした
パニックに陥っていた。

「ふっ!んふふふ・・・・あはははは!」
とどこかで聞いたことがある鼻にかかったような女の子の笑い声が後ろから聞こえてきた。
私は落ち着いてきてからゆっくりと立ち上がって声のしたほうに体を向ける、するとそこには
同じ年くらいで制服姿の可愛らしい女の子が楽しそうに笑っていた。


女の子は私の視線に気がつくと何とか笑いを堪えて軽く深呼吸をしてから、
「久しぶりだね、サキちゃん。」
と目を細めて優しく微笑みながら柔らかい声で私の名前を呼んだ。


16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:59 ID:40nkTHt6
「えっ?もしかして・・・・モモ?えっ、あっ、どうして?」
私は思いもよらなかった7年ぶりの再会に頭が混乱してしどろもどろになりながら答えた。


「話すと色々と長くなっちゃうかな。まぁ、とりあえず座って話さない?」
モモは少し表情を曇らしたけれどすぐに何事もなかったように笑うと、さっきまで
私が座っていたベンチに腰を下ろす。
まるで7年の月日なんてなかったかのようにとても自然な雰囲気に戸惑ってしまい
すぐにその場から動くことができなかった。
それからあの日の2人にはなかった少しだけ重い沈黙が訪れる。


そして私が動かないことに痺れを切らしたのかは知らないがモモがいきなり話し出す。
「実はね、今日お父さんのお葬式があったんだ。」
「はぁ?」
私は突然話されたのと何の脈略もない話題につい素っ頓狂な声を上げてしまった。
でも少ししてからそれがこの町に来た理由のことだと悟った。



17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/09(月) 00:00 ID:QkEYAG/k
「サキちゃんと初めて会ったときね、この公園の近くに住んでるお父さんの家に
遊びに来てたんだ。うちは小1のときに離婚したんだけど夫婦仲はなぜか悪くなかったから
中学校に行くくらいまではたまに来てたかなぁ。」
もう割り切っているからなのかモモはちょっと重い話を気軽な口調で私に話す。


「へぇ・・・・そうなんだ。」
我ながらもっと気の利いたことを言えばいいのにと内心思ったけど現実は
そんなに上手くいかないらしい。


けれどモモはあまりそういうのは気にしてないらしく普通に話を続ける。
「あれから何回かこの公園にも来たんだけどなぁ、タイミング悪かったのか結局
今まで会えなかったもんね?まぁそれはとにかく今日のお父さんのお葬式は礼儀で軽く
顔を出しただけだからすぐに終っちゃってさぁ、それでお母さんと別れて私1人で
この辺りを散歩してたら公園にサキちゃんがいるんだもん!本当に驚いちゃったよ!!」
そして段々と興奮気味に体を前に乗り出して身振り手振りを交えながら熱く語ってくれた。


「うん・・・・私もモモに会えるなんて思わなかった。」
私は急に照れくさくなって視線を少しだけ逸らしてから正直に自分の気持ちを言った。
互いに会いたくて何度かこの公園に来ていたって事実が嬉しくて自然と口元が緩んだけれど
それを上手く言葉にできなかった。



18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/09(月) 00:02 ID:QkEYAG/k
それから私達は通っている高校のことや初めて会ったときのことなんか話した。
でも一度話すとまるでずっと前から友達だったかのように話すことができて、
まだ少し気恥ずかしい気持ちもあったけどとっても嬉しかった。
それから住所と携帯番号とメアドを交換し終わって話がちょうど一段落したところで
女の子ぽっい可愛らしい着メロが鳴り響いた。


「あっ、メールだ。ちょっと見てもいい?」
「べ、別にいいよ。」
イメージ通りの着メロというかちょっとブリっ子みたいな感じのする曲調が似合い過ぎて
私はどうにか笑いを堪えながら頷いた。


モモはメールを返しているのか手馴れた感じで素早く打ち込むと多分3分もしないうちに終えて携帯を閉じる。
「もしかして家の人からだった?」
あんまり時間は経ってない気がするけど実は話し過ぎていたのかなと不意に心配になって
聞いてみた。


するとモモは私の心配を打ち消すかのように笑いながら首を横に振ると、
「うふふ、違う違う。うちって基本放任主義だから滅多なことがないとお母さんから
メールとかこないもん。今のは彼氏からだよぉ、このあと時間あるし会おうかなって
思ってたんだ。」
と携帯を握り締めて照れくさそうででもとても嬉しそうに微笑みながら幸せそうに
そう言ってのろけた。


19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/09(月) 00:02 ID:QkEYAG/k
私は全く予想していなかった話の展開に言葉に詰まってしまった、でも何か言わなきゃ
悪いと思うものの言葉が浮かんでこなかった。
でもそんな焦る私を助けるように突然区役所の放送が流れ始めた。
相変わらず変に間延びして途切れ途切れの女の人の声が多分光化学スモックの解除を
知らせていた。


自分で思っていたよりもモモに彼氏がいたという事実が重く心に圧し掛かっている。
だけど別に高校生になれば彼氏の1人ぐらいいたって別におかしいことじゃない。
それなのに私は自分でも戸惑ってしまうほど動揺している。
でもあまりそれが顔には出ていないのかそれとも見えてないだけか、モモは興味深そうに
区役所の放送に耳を傾けている。


繰り返していた放送が終るとモモは思い出し笑いのように急に吹き出した。
「そういえば・・・・毒ガスで死んじゃうんだっけ?」
そして思わせぶりに顎に手を当てて少し考え込んでから含み笑いをしながら言った。


初めは何を言っているのか分からなかったけれど少し経ってからあの日のことを言っていることに気がついた。
「あっ、あぁ・・・・えっとまぁ子どもの頃の話だから。」
私はモモの顔が見れなくて視線だけ軽く逸らすととりあえず当たり障りのない感じで答えた。


20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/09(月) 00:04 ID:QkEYAG/k
でもその様子を恥ずかしがっていると思ったらしくモモは私の顔を覗き込むと
まるで悪戯っ子のような笑みを見せる。
「うふふ、照れない照れない。でもあのときのサキちゃん格好良かったなぁ、
ちょぴり惚れそうだったもん。」
「そんなこと言ったら彼氏さん怒っちゃうんじゃない?」
「そうかも。あいつ嫉妬深いっていうかさぁ、すぐにヤキモチ焼くんだよねぇ。」
「でもそれっ愛されてることなんじゃないのかな?」
私は普通にしているつもりだったけどいつもより口調は早いし言葉を返すので精一杯だった。



「えへへ、そうかも。ってことでだからそろそろ・・・・。」
モモはとても幸せそうにはにかんでいたけど急に気まずそうな表情をして口ごもる。


「えっ?あぁ、私のことなんて気にしなくていいよ。早く行ってあげなよ。」
と言いたいことが大体分かったので私は全部言わせずに笑いながら軽く肩を叩いた。


21 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/09(月) 00:06 ID:QkEYAG/k
「ありがと!またメールするから今日はこんなんで本当にごめんね?」
「全然気にしなくていいって。」
「うん、それじゃまた。」
とモモは少し名残惜しそうだったけどゆっくりと私に背を向けて公園の入り口に
向かって歩き出す。


でもそのとき私の手はなぜかモモの腕を掴んでその歩みを止めさせていた。
「あ、あのさ!あのとき・・・・。」
本当にあと少しで口から出るところだったけれど寸前のところで飲み込む。
『サキちゃんとなら死んでもいいって言ったの覚えてる?』って言いたかったけど、
色んなことが頭の中に回って結局言えなかった。


「いや、あの・・・今日は会えて良かった、今度また時間見つけて会おうね。」
「うん!それじゃまたね。」
私は何とか誤魔化すとゆっくりと腕から手を離す、モモは笑いながら大きく頷くと
手を振ってから私に背を向けて歩き出す。


22 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/09(月) 00:07 ID:QkEYAG/k
私はその小さな背中が視界から見えなくなるまで見送った。
それから軽く溜め息を吐き出すといつまでもここにいても仕方がないので
家に帰ることにした。
そして少し薄暗くなった道を歩きながら私は今日会わなかったほうが良かったのかなと
不意に思った。
7年という月日は人の環境も感情も変えるには十分すぎるものだった。



私は何気なく上を見上げると月光のような淡い青い色とどっかで見た花のような
青と紫が混じった空が広がっていた。
そしてそこに浮かぶ大きな雲が夕陽の光を吸収したように黄色や橙色に染まっている。
夏らしい爽やかな空だなと思うけど今の私には似合わないしその清々しさに何だか
少し腹が立った。



胸の中がモヤモヤとしていてこんな誰かに電話でもしたかったけれどあいにく
携帯は家に置いてきてしまった。
でも仮に携帯を持ってきていたとしても私は誰にも電話しないと思う。
だって自分でもよく分からない感情を言葉にすることがきっとできないから。


23 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/09(月) 00:09 ID:QkEYAG/k
道を曲がると脇に少し開けた場所がありそこには小高い鉄塔が建てられている、そこを
通り過ぎようとした瞬間後ろから声を掛けられた。
「おっ、佐紀ちゃんじゃん。こんな時間に散歩?」
軽く肩を叩かれたのと聞き覚えのある声だったので振り返るとそこには近所に住んでる
友達の須藤茉麻だった。


「まぁは買い物してたの?」
普通の格好なのに両手にビニール袋を持っている姿は何だか妙に所帯じみていて、
お母さんってみんなから言われている理由が少し分かる気がした。
でもその姿を見たら本当に母親と一緒にいるみたいでちょっとホッとした。


「今日安売りだったから親に頼まれちゃってさ。それより佐紀ちゃん・・・何かあった?」
まぁは最初照れくさそうに笑っていたけど突然真面目な顔して聞いてくる。
一つ年下なのにまぁは変に気が回るというか鋭いから助かるときもあるけどたまに困る。


24 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/09(月) 00:11 ID:QkEYAG/k
「べ、別に・・・何もないよ。」
私はいつものように言葉を返そうと思ったのに口から出た声は微妙に震えていた。

まぁはしばらく何も言わず黙っていたけどいきなり地面に買い物袋を置くと、膝を軽く曲げ私と視線を合わせると子ども宥めるような口調で言った。
「話してくれるなら聞くよ。それとも今はまだ話せなそうな感じ?」
普通なら子ども扱いされて怒るころだけどそれはとても優しい声だったから素直に受け止める
ことができた。


「分からない・・・・毒ガスにでもやられたかな?」
私は急に泣きたくなって少しだけ顔を横に向けるとちょっと自虐的なことを言ってみる。


けれどまぁさ的には当然全く意味不明な答えなので通じるはずもなく、
「なんじゃそりゃ。」
と呆れた口調で言いながら思いきり額に眉を寄せられてしまう。


25 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/09(月) 00:13 ID:QkEYAG/k
その顔が面白くて笑っているとまぁさが軽く溜め息を吐き出してから微笑んだ。
「ふぅ、ちょっとは元気出てきたみたいだね?」
「本当にありがとう・・・・まぁ。」
「うん。それじゃスッキリことだし今日は飲もう!」
「何それ?おやじぽっいよ。」
まぁは買ってきた買い物袋から炭酸のペットボトルを取り出すと私に手渡した。
せっかく買ってきたのに貰っちゃっていいのかなと思いつつも喉が渇いていたので
何も言わずそれを飲むことにした。


元々あまり好きではなかったから飲んでいなかった炭酸飲料は一気に飲んだのも
あって喉が少し痛かった。
味はというとレモン味なので酸味が少し強かったけれどおいしいと思った。


「どう初恋の味はした?」
「えっ?レモンって言ったら普通はキスじゃないの?」
ちょっとからかうような口調で言ってきたので私はまぁの揚げ足を取って言い返す。


「あっ、そっか。」
と間違いを指摘されたまぁは少し顔を赤くして恥ずかしそうに俯いた。


26 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/09(月) 00:21 ID:QkEYAG/k
「でもちゃんとしたよ・・・・初恋の味。」
私はようやく自分の気持ちがすっきりしたので少し微笑みを浮かべながら言った。
まぁの勘違いでようやく今の気持ちをなんて言っていいか分かった。


「じゃぁどんな味だったの?レモン味?」
まぁはさっきまでの恥ずかしそうな表情から興味津々と言った感じで聞いてくる。


「基本はレモンな感じだけどちょっと毒ガスが混じって苦かったかな。」
「えっ?また毒ガス?」
私としては素直な感想なんだけどまぁがまた顔を顰めるので私は思わず苦笑いして
しまった。


それから溜め息を吐き出してからふと黒い鉄塔に視線を向ける、すると横にはまん丸で
赤や朱が混じった複雑な色をした太陽が輝いている。
それがちょっと桃に見えてまた少し胸が痛んだけれど悪い気はしなかった。
「そう・・・・あのとき毒ガス吸い込みすぎちゃったのかもしれない。」
私は今自分がどんな顔をしているか分からなかったけど少なくともさっきの私よりは
まともな顔をしている自信があった。



27 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/09(月) 00:22 ID:QkEYAG/k




28 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/09(月) 00:22 ID:QkEYAG/k




29 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/09(月) 00:22 ID:QkEYAG/k





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