27. あなたはそう言うけど、わたしはそうは思わない

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:29 ID:h1nPC.JY
27. あなたはそう言うけど、わたしはそうは思わない
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:33 ID:h1nPC.JY

7月21日 大阪府大阪市


 元々この日に集まろうという話をしていた。ごとぅーは昨夜のうちにポッシボーのメンバーを集めて吉澤との話をした。計画性のなさや情報の少なさも指摘されたが、やはり意志が弱いと言われたことには、ごとぅー同様、メンバーも堪えていたようだ。そして、Berryz工房の名前を出したときは、みんな押し黙ってしまった。
 吉澤に言われる前から、Berryz工房の話は聞いたことがあった。個人では同じアップフロントの所属だが、ポッシボーはつんくが社長のTNXという会社なので、自分たちとは関係ないことのように聞いていたが、今回はそうはいかない。
 歌もダンスもそれほどうまいわけではないし、みんなどこか疲れているような印象をごとぅーは受けている。パフォーマンスでいえば℃-uteのほうが上だろうし、おかしなものだが勢いはポッシボーのほうがあると思う。だけど、ポッシボーの℃-uteも、基本的にできることや、得意な分野の中でしか動いていない。Berryz工房は常に新しいことをしているし、自分たちはその跡を辿っているに過ぎない。Berryz工房のメンバーはみんな、できる、できないとは関係ないところで生きている気がする。
 ごとぅーは同じ話をもう一度した。水華と恵里菜の表情を確認する。ほぼ正確に伝えることができたようだ。
「それは厳しいな」
 もろりんが言っていたのと同じ台詞を、えりかが言った。それは負けを認めているとかそういうことではなく、実際にそうなのだ。
「なんで?」舞美がゆるく首を傾げる。
「必要ないから」
「それがわかんない」
「栞菜」
 そう栞菜を呼び寄せたえりかが、場所を譲る。舞美にもわかるように説明して。
 突然のことに気の毒なくらい慌ててしまった栞菜が、舞美のまっすぐな視線にたじろぎ死人のような目になった。口がぼわーっと開いていく。
「あの、質が」
「しつ?」
「えっと、ちがうっ、ダシみたいなもんかな」
「ダシかあ、そっかー、なんとなくわかるぞ」
「うん、涸れることのない泉とか、そんな感じ」
「泉ねえ、うんうん、わかるわかる」
 これなにか言ってあげないとみんな辛いんじゃないかな。ちょっと涙目になっている舞美と、悪い笑みを浮かべているえりかと、目に見えるくらいいろいろなことを考えている栞菜を見て、ごとぅーは思った。この人たちといると、いっつも話が全然ちがうところにいってしまう。
 ライブ後ということもあってか、皆どこか集中力に欠ける。考えるのはもちろん、なにか喋るのも面倒で、それが閉塞感につながっていく。誰も口にするわけではないし、本当にそう考えているのかは別にして、Berryz工房は最近になってデビューした℃-uteやポッシボーとは全くの別次元にいるような気がする。少なくとも自分たちの三年先を行っている。話の流れがそうだったから、そう感じているだけなのかもしれないが、三年というアイドルからすると絶望的に長い時間や、会社のほうから見せられる売り上げの差などから、奇妙な説得力を持ってBerryz工房を神格化させてしまう。それは、国民的アイドルだった、ここにいる全員が憧れを抱いてテレビにかじりついていた頃のモーニング娘。である吉澤に言われたということも少なからず作用していた。Berryz工房なしではやってゆけない、そんな空気ができあがってしまった。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:33 ID:h1nPC.JY
 今日の疲れや、明日のライブの予定がメンバーの気力を削いでいく。全員で集まれるのは今日で最後だ。東京に戻れば、それぞれ仕事が目いっぱい入っていて、さいたまのライブでは泊まりはない。もうダメだ、そう思ってしまった。計画を練ることはできても、精神的な部分の修正はそう簡単にはいかない。メンバーが無力感に打ちひしがれているとき、舞美が言った。
「で、それのなにが問題あるの?」
 えりかは舞美を見ただけでなにも言わない。はしもんとロビンが無表情に視線を合わせた。栞菜は反応する気も起きないといったように項垂れている。まいまいが、重そうな瞼を懸命に動かして眠気を誤魔化そうとしているが、プライドを傷つけられたような暗い顔をしている愛理に寄りかかってしまう。
「要はベリーズのみんなも入れればいいわけなんでしょ? ちょっと内線借りるね」
 さっきちーと会ったとき、部屋の番号聞いておいたんだ、舞美が受話器を首と肩の間に挟んだ。Berryz工房はわざわざ危ない橋を渡る必要がないという話だったのに、ちゃんと話を理解できていたんだろうか。自分の中に絶対的な基準のある舞美の行動が、ごとぅーには理解できない。
「あ、もしもし、ちー? あのさー、ちょっと今から…・・・。え、ちがう? だれ? あ、すいません、ごめんなさい、まちがえました」
 石川さんに繋がっちゃった、声似た感じだから、わかんなかったよ、と舞美がみんなを振り返って困ったような笑顔を見せた。それがおかしくて、あっきゃんが吹き出した。今まで反応がなくて寂しかったのか、舞美はあっきゃんの目を見て、頷いた。
「もしもし。あ、みや? うん、そう、舞美。ちーいる? みやも一緒に来てよ、910号室。うん、待ってるね」
 受話器を置いて、舞美はすぐかけなおした。
「ごめん、みや。910号室じゃなかった。510号室だった」
 部屋に入ってくるなり千奈美が、誘ってくれないもんだと思ってたよー、と入ってきた。垂れ目だから笑っているように見えるが、実は怒っているのかもしれない。後ろから入ってきた雅が、ポッシボーや恵里菜や水華の姿に緊張した面持ちで、一歩下がった。
「ちーもみやもやるでしょ?」
 舞美が二人の元に向かおうとして、疲れきって恵里菜の膝で脱力していた栞菜に躓いた。
「やらないよ。今さら言われたって」
 ふん、と拗ねたような調子で雅が短く言った。室内に充満していた諦めの色が、濃く粘りついていく。それを敏感に察した雅が目を丸くさせて言った。
「いや、嘘だよ、やる。マジで、やるから」
「ちーも」
「でしょう?」
 舞美が得意そうに、みんなを見まわした。
「つーか、ね? みや達まで一緒にされちゃたまんないし」
 本当はみんなに言うつもりだったのだろうが、隣の千奈美だけに言ったような形になった。だがそれは全員に響いた。いつの間にか眠っていたごとぅーは、ぼんやりとした視界にロビンの明るい顔が映り、ちょっと前までは視線を動かすのも辛かった部屋の空気が明るくなっていることに気付いた。雅と千奈美が、携帯で誰かと連絡を取っている。二人が来たことに感激したのか、かえぴょんがポロポロ涙をこぼしている。雅と千奈美は、昔からテレビやライブ映像などで見慣れているからだろうか、存在感がちがうような気がする。すごく心強い。
「どうなってるの?」
「人数、増えた」
 気のせいか、ロビンの横顔は笑っているが、目元のあたりが寂しそうに見える。ごとぅーはぎゅうぎゅうに詰まった部屋を改めて見まわす。恵里菜や水華はそうにしても、℃-uteが全員いるし、雅と千奈美もいる。Berryz工房のメンバーも入ってくるのだろう。この計画は、もう完全に自分たちの手を離れて大きなものになってしまった。成功の予感が少し恐ろしくもあり、寂しくもあった。ロビンも同じような心境なんだろうか。

4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:34 ID:h1nPC.JY

7月26日 杉並区永福


 どこにいるの?
 一時間後もそこにいる?
 今から行くから待ってて。
 仕事を終え、家に帰ってシャワーを浴びた小春には、吉澤とのメールの遣り取りが現実のものではないように思えた。家に帰ってきたときは世界を焦げつかせてしまいそうだった外の光の筋は、幾分か落ち着いてオレンジ色に変わっている。
 できることなら吉澤とは会いたくない。せっかく折り合いをつけた現実が、嫌になってしまいそうだからだ。戻りたくなってしまう。それくらい、小春にとってモーニング娘。に加入してから吉澤の卒業までは特別な意味を持つ。幸福な時間だったが。吉澤はあっという間に、藤本は知らぬ間にいなくなってしまった。
 小春はモーニング娘。を続けていく。それが生まれて初めて自分で決めたことだからだ。吉澤や藤本と一緒にいたいからではないと自分に嘯く。なにをしたいかわからなくなったとき、一番最初のところに戻れと吉澤に、加入当初で一番苦しいときに言われた。
 駅前の小さな広場に、吉澤が立っていた。小春我だーっと笑顔で駆け寄ると、吉澤は軽く身を引いて受け止め、声低く笑った。久しぶりだなあ、この感触。
 小春も久しぶりだった。ここ半年くらいは、いつも誰かに遠慮していて、あまり吉澤に甘えられなかった。
「吉澤さん、今日は小春の家に泊まってくんですよね?」
「ごめん、それはまた今度な。まだちょっと後だけど、仕事あるんだ」
「えー?」
 じゃあ、なにしにきたんですか、小春は気分を損ねたとでもいうようにふくれ面を作った。
「ちょっと話があって」
「電話とかメールでいいじゃないですか」
「会わなきゃ伝わらないことだってあるんだよ」
「なに」
「お前さ、キッズとエッグがハローの最終日になんかするって話、聞いたことある?」
「知ってるけど、誘われてないから知らない」
「拗ねんなよ、わたしが誘ってやっから」
「吉澤さんもやるんですか?」
「やんねーよ」
「じゃあ、小春もやんない」
「お前、あれに参加しろ」
「誘われてないもん」
「関係ねえよ。自分のすることくらい、自分で決めて動け」
「いま吉澤さんに言われただけだもん」
 吉澤がなんともいえない複雑な表情をした。小春は、その表情を見たことがある。今年の正月のハローの初日だった。本当にこのままモーニング娘。から離れていいのかどうか、決めかねているようだと小春は思った。だから、吉澤さんがいなくても小春は大丈夫ですよ、と生意気なことを言ってしまった。だが吉澤は、本当に安心したように微笑み、小春の頭を撫でた。
「じゃあ、今回はわたしが決めるよ」
「本当にあるのかな」
「やるよ、あいつら。だから小春、お前もやれ」
「わかった」
「こっからは、自分で決めるんだぞ」
「うん」
「わたしはミキティ好きだからさ、言えなかったんだ。まあ、あいつの場合、言っても意味ないんだけどな。強引にでも、どうにかしとけばよかったんだ。すごく後悔してる。こんなことになっちゃって、ごめんな。ほんと、申し訳ない」
 深く頭を下げる吉澤に、小春は申し訳ないのはこっちのほうだと、泣いてしまいそうになった。モーニング娘。を離れても尚、心配してくれる。もっと小春がちゃんとしていれば、吉澤さんはもっと楽なのに。

5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:35 ID:h1nPC.JY

7月29日 国道十七号 赤羽付近


 ごとぅーからメールが来たのは一昨日のことだった。急遽、席を取ってもらい、仕事もできる限り前倒してもらった。それでも、もうすぐ開演時間だというのに車の中にいる。交通事故と新幹線事故と飛行機事故が重なり、ただでさえ日曜の夕方だというのに、このあたりでは猫が水道管の中に迷い込み、救出のため一時的に通行止めになっているらしい。
「裏道とかわき道はないんですか?」
 中澤は苛立ちに声を荒げたが、会社の人間は、車自体が動きませんから、と諦めたように言った。
 できることはすべてやっておこうと、矢口に電話をかけた。ライブでMCは暇を持て余しているとよく言っている。
 案の定、すぐに出た。
「あの、突然で悪いんだけど、開演遅らせてくれへんか?」
 なに、裕ちゃん来んの?
「行くけど、遅れそうだから。どうしても見なきゃならんもんがある」
 で、開演遅らせんの? きゃはは、無理に決まってんじゃん。不快な笑い声のすぐあと、遅れるのは残念だけど、終わってから映像見ればいいじゃん。
「アホか! 見届けなきゃ、メッセージを受け取らなきゃ意味ないねん! だからお前はダメなんや!」
 ごめんもう行かなきゃ、本番だわ。みすぼらしい、哀れを請うような声と同時に電話が切れた。
 どいつもこいつも簡単に諦めんなや。説明不能の衝動に駆られた中澤は車のドアを開けた。車と車のすり抜けようとしていた原付がドアに激突し、転倒する。あと頼むな、車内に声をかけ、もがいている原付ライダーを尻目に走り出した。転んだ。膝から前のめりに落ち、顔を守ろうと思い切り手をついた。手首を捻ってしまったのだろうか。手を確認すると、掌に小石がいくつもめり込んで血が滲んでいる。体はどうでもいいと再び走り出す。
 三十四歳の体は、十数メートル走っただけで悲鳴をあげる。立っているだけで汗が滲んでくるような暑い夏の日、あっという間に汗が噴き出て化粧がどろどろ流れ落ち、着ている服の胸元に気味悪い色合いの染みが出来あがっていく。みっともなくてもいい、不恰好でもいい、とにかく走れ! 止まってしまったら、死んでしまうと心の底から恐怖していたあの頃のように。軋む肺をさらに歪ませ、中澤裕子は痛みを飛ばして走り続けた。

6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:36 ID:h1nPC.JY





7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:36 ID:h1nPC.JY



7月29日 さいたまスーパーアリーナ



8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:40 ID:h1nPC.JY

 ◇


 昼公演と夜公演の合間、いつもなら楽屋で誰かと話しているのが普通だったが、今日はどうしても落ち着かず、恵里菜はあてもなく廊下をフラフラしていた。この一ヶ月で、ずいぶん友達が増えたような気がする。ちょっと前まではエッグの楽屋とトイレの間を行き来する程度だったが、今は℃-uteやBerryz工房の楽屋のあたりまで行けるようになった。そこまで行ければ、ケータリングを覗ける。
 ケータリングには舞美と愛理がいた。舞美が恵里菜に気付き、手を振ってきた。バナナ食べる? 舞美がなにかを頬張ったまま、斜めにカットされた皮付きのバナナを両手に持っている。恵里菜が首を振ると、そっか、と軽く言って楽屋に戻っていった。
 あー、また舞美ちゃんに置いてかれた。わかめスープを手に持った愛理が、しょぼくれた表情で泣きまねをした。ただ愛想笑いをしている恵里菜に、ねえ、恵里菜ちゃんってホントに彼氏いないの? と聞いた。
「ちょっと声大きいですよ」
「敬語使ったら、もっと大きい声出す」
「なんでですか」
 キラキラした目で恵里菜を見つめている愛理が、すぅ〜っと頬が引っ込むくらいに強く息を吸った。言わないだろう、言うはずがないと思いつつも、恵里菜は愛理のペースに飲まれてしまう。
「わかった、わかったからね、愛理ちゃん」
「で、どうなの? んん〜?」声を低くくねらせた愛理が、ぐいぐい肩を寄せてくる。
「いないよ」
「ほんとぉ? でもモテるでしょ」
「うん。モテるけど、いない」
 だよねぇ、と愛理が納得したように頷く。非難の色は見えない。恵里菜は、生まれて初めてじゃないかというくらい、居心地のいい気分になった。もし、学校で自分がモテるなどと言おうものなら、仲のいい友達は笑ってそれで終わりかもしれないが、その他からどんな嫌がらせが待っている予想もつかない。
 愛理は興味津々といったように恵里菜を見つめていて、その眼差しの危うさに恵里菜はたじろいでしまう。キョロキョロと歩いていた栞菜が二人を見つけ、愛理の背後に忍び寄り、ちょいと頬を突付いた。見ているだけで恥ずかしくなってくるような愛理と栞菜の絡み合う視線に、恵里菜はまたもや生まれて初めて、今度は戸惑いを覚えた。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:41 ID:h1nPC.JY
「なーにやってんのー?」
 すぐ近くの楽屋口から、雅と、それから佐紀が一緒に出てきて三人に声をかけた。のではなく、恵里菜に声をかけたようだった。珍しいね、ケータリングにいるなんて。
 先週の大阪でメールのアドレスを交換した。みや、一回メールとかしないと仲良くなれないんだよね。雅にそう言われて恵里菜は不思議に思ったが、本当にその通りだった。何度かメールの遣り取りをして昨日、一週間ぶりに会うと最初のよそよそしさは消え、今日はずっと前から話したりしていたんじゃないかというくらいになっていた。
「今のうちになにか食べておこうかと思いまして」
 そっか。雅はそこまで言うと恵里菜に顔を寄せ、声を潜めた。今日、夜遅くまで説教でなんも食べれないかもしれないしね。
 でへぇ、とだらしなく笑う雅は、佐紀を手で指した。
「この子知ってる? Berryz工房のキャプテン」
「はい、もちろん」
 よろしくね、佐紀が恵里菜の目を見てゆっくり言った。タイミングを見計らっていたように、梨沙子が、のどかわいたー、とふてくされ顔で雅の隣に立った。雅が、真野恵里菜ちゃんと梨沙子に紹介する。梨沙子は、ども、と軽く頭を下げ、どうしたらいいのかと雅の顔をじっと見る。
「真野恵里菜です。よろしくお願いします」
 雅の視線に促され、梨沙子が照れくさそうに恵里菜を向いた。すぎゃあゃさこです。
 じゃあ、またあとでねー、愛理と栞菜が、腕と腕をくっつけるようにして楽屋に戻っていく。じゃあ、わたしも、と恵里菜も元来た道を戻っていく。
「あとでね」
 雅の声に、振り返る。意志の強そうな目をしていると恵里菜は思った。
 誰でもいい、なんでもいいから声を出そう。そして、その声に合わせよう、と。誰が失敗してもおかしくない状況で、誰か一人が失敗するとすべてが終わってしまうことは避けよう。それだけ決めた。問題はステージに出るタイミングだけだった。
 雅と佐紀と桃子と茉麻と舞美とえりかと栞菜が、松浦亜弥の「私のすごい方法」を歌い終えたときにしようと、数々の変更があることを見越して昨夜の公演が終わったあとに決めた。そのタイミングは、歌が終わったあとにまことと矢口がMCで入り、その次の曲はポッシボーのロビンとごとぅーとあっきゃんとはしもんが出ることになっている。雅と佐紀と桃子と茉麻と舞美とえりかと栞菜のマイクが切れるかどうかのタイミングで、ロビンとごとぅーとあっきゃんとはしもんのマイクはほぼ間違いなく入っている。まことと矢口はなにもできないだろうと、これ以上のタイミングはないように思えた。
 恵里菜は、「私のすごい方法」の三曲前がガッタスの出番で時間がないように思えたが、かといって他にここだというタイミングを見つけられなかった。どうしてもステージに立つ回数の少ない恵里菜や水華が合わせるような形になる。
 昨夜、もし遅れてみんなの足を引っぱったらどうしようと水華が憂鬱そうな顔をしていた。大丈夫だよ、と恵里菜が言う前に、桃子が、大丈夫だよ、と言った。誰も言いたがらないような真面目腐ったことを、ちゃんと人に伝えることができる桃子に、恵里菜は同学年ながら尊敬の念を抱いた。大丈夫だよ、むとーちゃん、もし失敗したからって、誰も責める人なんていないし、どうなってもここにいるみんなの思いは一緒だよ。もぉも途中で怖くなって逃げ出すかもしれないし、うふふふ。

10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:42 ID:h1nPC.JY

 ◇


 はなをぷーん、はなをぷーん、スナップきかせてはなをぷーん。今回の参加はガッタスのみでゲスト扱いの吉澤は、公演中でもほとんどすることがなく、鼻歌混じりにステージの裏をぶらぶら歩いていた。本当は画面を見ていればいいのだが、名古屋で一度見てしまったし、食い入るようにステージを映す画面を見つめているエッグたちの邪魔になってしまうだろうと控えている。
 気付くかどうかのレベルだが、いつもよりスタッフの数が多い。感覚的には、五人か六人、ステージとは関係のない部門の社員が、何人か借り出されている程度だろう。
「こんこん知りませーん?」
 高橋と歩いていた新垣が、通路の向こうから声をかけてきた。
「楽屋にいるんじゃねえの?」
「いま見てきたんですけどぉ、いないんやわー」
 ケータリングは探したのかと思ったが、まっさきに探すだろうと言わなかった。すれ違い際、新垣が思い出したように言った。あ、そういえば、藤本さん来てましたよ。客席? と吉澤が立ち止まると、いや、裏のほうに。はっきりとは言ってなかったんですけど、なんか用事があるって。
 そんなあんたのはなを………ぷーんっ! ちょうど、ぷーんがポッと出たところで、角を曲がってきたごとぅーと鉢合わせた。変なところを見てしまったとごとぅーのほうが気まずそうにしている。
「ねえ、ごとぅーちゃん、小春見なかった?」
「いえ見てませんけど」
「話も聞いてない」
「はい」
 そっか、ありがとう。吉澤は急にごとぅーの笑顔を見てみたくなり、にっこり微笑んで髪を撫でた。ごとぅーは眉を下げて吉澤の視線から逃げたが、それでも頬が赤らみ、ほころんだ。右の頬にえくぼのような線が入り、かわいらしい笑顔だと吉澤の微笑みは作ったものではないそれに変わる。
 はなをぷーん、はなをぷーん、スナップきかせてはなをぷーん。はなをぷーん、はなをぷーん、そんなあんたのはなを………ぷーんっ! 藤本を探そうと思った。
 ステージ裏を二往復し、娘。時代のマネージャーや光井や梅田や柴田や石川やその他たくさんとすれ違ったが、藤本はいなかった。そろそろ出番だと楽屋に戻ろうと思ったとき、スタッフ専用のスペースから藤本が出てきた。おう、よっちゃん、なにしてんの? もう出番じゃない?
「ミキティ探してたんだよ」
「あたしを? なんで?」
「そっちこそ、なにしてんのだよ」
「わたしは、会社員としての仕事」
「例の、噂の?」
「よっちゃんなんか知ってんの? 念のためとかって、わたし入れて四人」
 なんでこんなことしなきゃいけないんだとでもいうような、愚痴っぽい口調だった。吉澤は自分の体温がすーっと下がっていくのを感じている。
「子供たちがさ、ミキティの禊を祓おうとしてるよ」
「美貴だけじゃないじゃん」
「そうだけどね」
「自分でバカだったとは思ってるけど、絶対に間違ってはない」
「間違ってるよ」
 藤本の傷ついたような表情に、あえて突きつけることではないとは思ったが、言った。じゃなきゃ、こんなことにはなってない。あの子達も、動こうとは思わない。これ言ってもいいけど、ミキティにだから行ったんだからね。
 吉澤は小春を探すの忘れていたことを気にかけながら、藤本を置き去りにして楽屋に戻っていく。はなをぷーん、はなをぷーん、スナップきかせてはなをぷーん。はなをぷーん、はなをぷーん、そんなあんたのはなを………ぷーんっ! 

11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:47 ID:h1nPC.JY

 ◇


 今ここにいるよ、今ここにいるよ。私がここにいること、叫ばないとこの街じゃ、忘れ去られてしまうから。壁を通して伝ってくるステージでの音楽と、ややたわんでいる反響に、待機しているエッグに混じった恵里菜は明日のオフにこのアルバムを買いに行こうと思った。
 隣では、水華が神妙な面持ちで俯いている。その様子に、異変を気付かれるのではないかと心配になったが、きっと自分も同じようなものだろうと笑ってみた。ステージへの入口は四箇所あって、この入口からは恵里菜と水華と梨沙子と愛理が飛び出すことになっている。梨沙子と愛理はエッグではないし、目立つからと直前に合流し、ステージに出たら躊躇わずに叫ぶだけだ。
 あと三分ほどで曲が終わる。昼の公演で時間を計っておいた。にこにこした梨沙子と愛理が手をつないで駆けてきた。それぞれに乱れた前髪を直して、お待たせ、と口々に言った。恵里菜は緊張のあまり膝が震え、呼吸も乱れているし、今にも腰が抜けてしまいそうなのに梨沙子と愛理は、なんでもないといったように笑顔を見せている。恵里菜の余裕のなさに気付いたのか、梨沙子が生意気そうな顔で言った。大丈夫だよ、お客さんは優しいから、なんでも認めてくれる。
 もうすぐだ。これでもし飛び出して、誰もいなかったらとか、思うように声を出せなかったらとか、スタッフにステージから引きずりおろされたりとか、ふざけんなとお客さんにサイリウムを投げられたりしたらどうしようと、さっきから最悪の展開ばかり想像してしまっている。
 そろそろだね、愛理がくふふふと呟いた。あー緊張するー、とそれほど緊張の色の見えない梨沙子が、胸の前で手を組んで足をジタバタさせた。
「ちょっと待って!」
 鋭い声が聞こえ、恵里菜は飛び上がってしまいそうなほど驚く。水華が口をパクパクさせて、一斉にこっちを向いたエッグの視線に耐えている。
「わたしも行く!」
 小春が、愛佳を連れて走ってきた。そのあとを、藤本が追いかけてくる。行かなきゃ、恵里菜は心の中でくり返し叫んでいるが、からだは動いてくれない。このまま捕まってしまえば逃げられる。頑張ってはみたんだけど、藤本さんに捕まっちゃったらしょうがないよね、と卑屈に言い訳れば少なくとも自分の中では正当化できる。行こう、すぐ耳の後ろで愛理の声が聞こえた。誰かに肩を掴まれる。ステージのほうにからだが向いた。すぐ前に、ステージに向かって走り抜けていく水華の背中が見える。そのずっと先には、梨沙子と愛理の背中が。自分はなんのためにハロプロに入って、なにに飢えていて、今、なにをしようとしているのか。そういったことが一瞬にして駆け巡ったのかもしれない。恵里菜は走り出していた。両肩を掴まれた。引き戻された。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:48 ID:h1nPC.JY
「小春も行く」
 汗を垂らし、胸を大きく上下させた小春が、掠れた声で恵里菜に言った。なんなんですか、もぅ、前髪を払うように直している愛佳も、肩で息をしている。わかんなくてもいいから、小春についてきて、そう短く叫んだ小春の恐ろしく真剣な目をしていて、思わず見つめてしまった恵里菜の動作が遅くなってしまった。
「だから、ちょっと待てって」
 同じように息を切らせた藤本が、腰に手を当てて三人の前に立った。睨み、短く言い放つ。ちょっとでも動こうとしたら、蹴り倒すよ、マジで。お客様相談室の一員として、行かすわけにはいかない。
 唾を飲み込んだ小春が、恵里菜と愛佳を隠すように肩を広げて、藤本の前に立ちふさがる。
「小春は行きます」
「なんで?」
「行くって決めたからです」
「はっきりとはわかんないけど、恋人作りませんって言って、なんになるの? わたしの言えることじゃないけどさ、そういうの意味ないと思うよ。誰だって恋するし、ダメでも好きになっちゃうし、さみしいときは男ほしくなるし、そんなのみんなわかってんだよ、ファンの人だってあんたらに操たてて禁欲してるわけじゃないんだから。それに言ったって信じるかどうか、わかんないじゃん。事務所主導のサプライズだと思うかもしれない」
 エッグのメンバーがなにごとかと四人を取り囲むように集まってくる。廊下の向こうから異常を知らせに行ったスタッフが数人引き連れ怒鳴り声と共に戻ってくる。恵里菜は、わけもわからず連れてこられて困惑している愛佳の手を握った。大丈夫だから。藤本は静かな顔をしている。それはほとんど無表情に近く、恵里菜はこの人はなにをしたいのだろうと思った。
「でも小春は行きます」
「わかんない子だねぇ、あんたも。行ってほしくないんだよ」
「なんでですか」
「どうなるか、わかんないじゃん。わざわざ制裁受けるかもしれないような危ない真似、させられない」
 ぶあっと涙を溢れさせた小春が、しゃくりあげながら、藤本に言った。
「じゃあなんで寂しいとき、小春に言ってくれなかったんですか?」
「なにをよ」
「小春じゃ全然足りないかもしれないけど、」
「足りねえよ」
「藤本さんがいなくなるくらいなら小春、なんだって、どんな嫌なことだってしたのに」
「……」
「勝手にいなくなってえらそうなこと言うな、ばーか!」
 数十秒前に、演奏が終わっていた。まだまことと矢口のMCの声は聞こえていない。恵里菜はボロボロ泣いている小春に、光井ちゃん連れて行くね、と囁いた。小春は鼻を啜りながら、小春も行く、と搾り出した。藤本は無言で踵を返し、両手を広げて走ってきたスタッフを止めた。なにも問題ありませんでした。
 恵里菜はすっと息を吐いた。混迷の極みにあったのが嘘のように、すっきりしていた。自分が今なにをしたくて、それにはなにが必要なのかがわかったような気がした。そこに、感情らしい感情は見つけられなかった。さあ、早く。恵里菜は小春と愛佳の背中を押し、ステージに送り出す。そしてなにが起こっているのかわからず呆然と立ち尽くしているエッグのメンバーに向かって叫んだ。みんなも行こう!
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:48 ID:h1nPC.JY

 ◇


 歌と歓声に揺れるステージの外を、中澤は何度も曲がりくねりながら駆け上がっていく。水を被ったように汗をかき、肩を覆うまである髪の先まで濡れている中澤を見たダーク調のスーツを着たバイトの列が、順に驚いた顔を作っていく。肺が千切れるように痛い。どこかから出血しているのだろうか、粘ついて口内に錆びた鉄の味がする。全身の感覚が薄くなってきていて、張り裂けそうな両足だけが高熱を持っている。
 今ここにいるよ、今ここにいるよ。私がここにいること。まだ歌が聞こえている。中澤は途中にフードコーナーを見つけ、売り子の女に注文した。ビール。あいにくですが本日アルコール類の販売は禁止と、いいから出せや! あるやろ! ビアサーバーの抽出口を指差し、怒鳴った。なにごとかと駆けつけた警備員が中澤に声をかける。あの、お客様。うっさい! 足に溜まっていた熱が一気に頭にまで駆け巡り、中澤は身体の部位や内臓や意志や思考がそれぞれに溶け合い、自分が一個の高熱体になったような気がしている。ビールあるの出せっつってるだけやんけ! ですがあのお客様、売り子と警備員の声が重なった。うっさい! 客じゃねえっての! めちゃくちゃ内部の人間やがな。中澤を案内していた年配の男性社員がぜーはー肺を押さえながら追いつき、お前なにしてんだよ、ステージ見るんじゃなかったのかよ。そして中澤がビールを叫んでいるのを聞き、なだめた。あとで持ってくから先に行っとけよ、場所わかるだろ?
 はっと我に返った中澤が慌ててエスカレーターを全速力で踏み越えていく。関係者の観覧席は、四階部分に当たる一角にある。喉の奥に絡みつく、泡立ったような唾を吐き捨てると、胃がひくひくと痙攣した。中澤は吐き気を飲み込み、残る力を振り絞って地面を蹴って足を前に振り出す。客席につながるドアのノブに手をかけると、忘我にあって意識していなかった披露が噴き出し、そのまま倒れてしまいそうになる。息を止めてドアを開けた。
 アリーナいっぱいに広がったステージは、空のような状態だった。照明はついているが音は止み、観客はざわついている。熱気に飽和したアリーナ内は、酸素が極端に足りない。半ば欠乏状態にあった中澤の網膜がぷちぷちと音を立てて白く霞んでいく。
あ、中澤さん。入場口のすぐ脇にでんと座っていた辻が、中澤に気付いた。
おまえ妊娠中になにしとんねん! 遠のいていた意識が、心臓に吸い込まれていくように元の場所に戻った。辻は膨らんできた腹に両手を置き、胎教、と笑った。以前と変わらない、かわいらしい八重歯がのぞいた。それよりステージどうなっとん、中澤の声は叫びに近く、すぐ下の客がなにごとかと関係者席を見上げている。辻が、メインステージから花道の両側を駆けていく人の粒を指差して、さっきまでキッズの子達が歌ってたんだけど、歌が終わってもなかなかステージからはけていかなくてさ、そこまで。
中澤は男性社員が持ってきたビールを一息に飲み干した。頭の中で蠢いていた熱が冷やされ、停止しかけていた思考がアルコールで動き出した。五段ほどの階段を駆け下り、手すりから身を乗り出してステージで起こるすべてを見逃さないよう集中する。視界も先ほどまでの白い靄がきれいに晴れた。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:48 ID:h1nPC.JY
 雅と舞美と栞菜が右、佐紀と桃子と茉麻とえりかが左側の花道を駆け、飛び上がりながら両手を大きく振ってなにか叫んでいるが、マイクが切れているのだろう、声はざわめきに飲み込まれて届いていない。ステージ後方の入退場口から梨沙子と愛理、少し遅れて水華が入ってきて同じようになにか言っているが、客席のほとんどは聞こえていないのだろう、ざわめきが大きくなった。後発組の先頭を走っていた梨沙子が正面から来る舞美になにか怒鳴っている。不意にメインステージの照明が落ちた。ステージは途端に暗くなり、花道の弱い光だけがぼんやり浮かび上がっている。花道の左側から、もろりんとあっきゃんとまいまいと千聖が出てこようとしている。最後尾にいた千聖の背中に、スタッフの手が伸びる。衣装に指先がひっかかり、千聖の体が後ろのめる。まいまいが引き寄せようと腕を伸ばす。引き寄せるだけの力はなかったが、千聖はバランスを取り戻し、衣装の上を脱いでステージに転がりこんだ。スタッフはステージに出てはいけないと教えられているのか、それ以上は追ってこなかった。衣装のタンクトップ一枚になった千聖も、同じようになにか叫び始める。まいまいも体を前に突き出して叫んでいる。二人より先を行っていたもろりんとかえぴょんが、ステージに押し出されるようにして来るまことと矢口に向かって一直線に走っていき、ステージ裏に突き飛ばした。客席の前のほうは声が聞こえているのだろう、ざわめく後列の人間に黙れ、静かにしろ、話してるだろ、と言っているようだ。声を聞く権利を奪われたと思った後列の頭に血の昇った客はなにやらわめいている。花道ではメンバーが必死に叫び続けているが、不満と戸惑いが膨張して張り裂ける一歩寸前のような危うい状態になってきている。梨沙子と愛理と水華が飛び出てきた入退場口から、愛佳と、泣きじゃっている小春が出てきた。そして恵里菜がエッグ十数人をぞろぞろと引き連れて転がりこんできた。一体どうしたのだろうとその一画だけが平静を見せたが、それも一瞬のことで、すぐに周囲の怒号にかき消され、唯一の明かりだった花道の照明も落ちた。暗闇が静寂を引き連れる。恐怖と怒りに発狂した何人かが卑屈に喚き散らし、あちこちで罵りあいや悲痛な叫び声が上がり、サイリウムが乱れ飛び、騒乱を強く大きなものに変えていく。それが一気に破裂してアリーナ中をビリビリと震わせた。
「色恋沙汰禁止!」
 決して大きな声ではなかった。だが、マイクに乗ったよく通る声は加速し膨れ上がっていく混乱を切り裂き、一瞬の沈黙を生み出した。
「どうも、岡田ロビン翔子です。ちょっと話を聞いてください」
 どこか怒っているようにも聞こえるロビンの声に、全体に渦巻いていた負の感情を吹き飛ばした。ドSのロビンが、その場にいた客すべてを従順にさせた。
「えー、いつマイクが切られてしまうのかわかりませんので、しばらくお静か──」
 ブチっとマイクが途切れた。ややあって、ロビンの、どんだけー!? と地団太踏む音が聞こえた。会場中がどっと笑いに包まれ、ほぼ同時に、すべての照明がついた。
 中澤は指が白くなるまで掴んでいた手すりを放した。暖色の灯りに包まれた会場は自然と話を聞くような穏やかな雰囲気にまでトーンが下がった。一人だけ柵を乗り越えて客が、舞美に蹴り落とされようとしている。
 なにこれ、すっげー。完全に圧倒されていた辻が、くすんくすんと泣き出してしまう。中澤は、花道をぐるっと囲み、客席に向かってそれぞれ思いを訴えている子どもたちの声までは聞こえなかったが、もう大丈夫だろうと辻の席のひじ掛けに座った。ゆっくりと、何度も頭を撫でてやる。こういうことは絶対にしないが、一度だけ、辻が入ってきたばかりのちょっとのことでも泣き出してしまっていた頃、他に誰も慰めるメンバーがいなかったから、こうやって頭を撫でてやったことがある。恐らくそのときからだろう、辻が中澤を信用して、暴力的なまでに懐いたのは。
「辻ちゃん泣かんといてぇ? 自分で決めたことやろ? 幸せになってなー」
 中澤はいつまでも、ステージにいた子どもたちが話し終え、最後のひとりがステージ裏にはけてからも、幼い子どものように泣きじゃくる辻のことを抱きしめ、頭を撫でつづけた。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:49 ID:h1nPC.JY

 ◇


 ステージでは公演の一時中断のアナウンスが流れているが、客の大部分は満足しきったように、キッズ最高、Berryz最高、℃-ute最高、ポッシボー最高、エッグ最高と順にシュプレヒコールを打ち鳴らし、最終的にはハロプロ最高と収斂し、さらに盛り上がっている。
 話したいことを話し、晴れ晴れとした気持ちでステージを降りたメンバーは、スタッフの冷たい視線を無視し、少し誇らしげに胸を張って楽屋に引き上げていく。
 久住さん、めっちゃ最高でしたぁ、なんも知らなかったけど、泣いてまで連れてきてくれて、ほんま、ありがとうございますぅ。テンションの上がりきった愛佳が、何度伝えても伝えきれない感謝を、小春が泣いてまで連れてきてくれた部分を強調してくり返している。小春は爽快感に水を差されたようで気分が悪かったが、愛佳は本当にありがとうと言っているので、ただじっと唇を尖らせているだけだ。
「こーはーるー」
 腕を組んだ吉澤が、笑いを抑えきれないような表情で待ち構えていた。照明がすべて落とされたとき、吉澤は慌てて照明室に向かった。もうすでに藤本がいて、舞台監督が、となかなか動こうとしない照明担当に怒鳴り散らしていた。結局二人がかりでスイッチを押しまくって照明をつけたのだが、それを伝えたら小春はどんな顔になるのだろうと楽しみで仕方がなかった。が、小春の顔を見ると変な悪戯心が沸いてしまう。
「お前、めちゃくちゃに泣いたんだってなー、いやー、見たかったよ。おまえ、大体嘘泣きでまともに泣いたこと一回もなかったもんな、ついでにさ、ちょっとでいいから吉澤さんに見せてみ? な?」
 小春は泣きませんし、嘘泣きもしたことありません。小春は右から吉澤、左からの愛佳をつっけんどんに無視しながら楽屋に戻ると、今度は道重にぽかっと頭をはたかれ、れいなに喚かれ、新垣にまわりくどい説教をされた。その説教で、新垣はぽつりと漏らした。わたし達も、もっと早くこういうことをしていればよかったんだね。
 
 小春が非難囂々の楽屋に耐え切れず出て行くと、梨沙子と愛理と栞菜が輪になってばんざいをしていた。梨沙子は小春のことを見とめると、小春ちゃん小春ちゃん! と呼び寄せ、輪に入れた。周りではスタッフが忙しそうに走りまわっているが、そんなのどうでもよかった。梨沙子は初めて、こういった仕事をしてきてよかったと思っている。
 これまでは自分のことで精一杯だった。ダンスや歌や、移動など、まちがえてはいけないことばかりで、憶えるのが苦手な梨沙子にとっては苦痛でしかなかった。しかし今日は、余裕を持って、自分の話したいことを話すことができた。目の前にいた客は話をちゃんと聞いてくれて、理解しようと質問までしてくれた。気持ち悪いくらいに不細工だったけど、優しい表情をしていた。
「うち今日はじめてお客さんのこと好きになったかもしれない」
「どういうこと?」隣にいた愛理が聞いた。
「なんか自分のことばっかで、ちゃんと見てんのかよ、って思ってたんだよね」
「でも、そうじゃなかった?」
「運良く、そういう人が近くにいただけかもしれないけどね」
 梨沙子は否定気味に言うが、顔は笑っている。
「栞菜もなんかおんなじようなこと思った」
 感慨深そうに栞菜が呟き、再びばんざいばんざいと嬌声をあげはじめた。その脇を、おなか空いたねー、と恵里菜と水華が通りかかった。恵里菜ちゃん! 愛理と栞菜が同時に恵里菜を呼び止めた。どういうわけか、この二人に好かれている。恵里菜は複雑な苦笑を噛み殺しながらも、特に意識なく先輩で年下の二人を受け入れる。水華がさーっと通り抜けようとしたので、腕を掴んで輪に引き込んだ。
疲れたねぇ。愛理がしみじみと呟いた。
「小春はまだ元気!」
「栞菜も!」
 恵里菜ちゃんと水華ちゃんは? 愛理が聞き、梨沙子がうんうん頷いてる。疲れたってよりもホッとしたと水華が言った。恵里菜ちゃんは? と愛理と栞菜が目をキラキラさせている。
「たっぷり汗かいて疲れサーッと流して、冷たい水飲みたい」
 ライブもう一本いっとく? けっけっけっけと肩を竦ませて愛理が言った。恵里菜は、ちがう、と首を振り、んふふと笑んだ。
「岩盤浴いきたい」
 がんばんよーく! がんばんよーく! がんばんよーく! がんばんよーく! がんばんよーく! 梨沙子と愛理と栞菜と恵里菜と水華と小春がわけのわからないテンションで岩盤浴コールでくるくるまわっている。小春が楽屋から出てきた愛佳を見つけ、輪に入れたタイミングで、梨沙子は雅を探しにいった。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:49 ID:h1nPC.JY

 雅はすぐに見つかった。ケータリングのところに、Berryz全員で集まっている。雅は梨沙子を見つけると、なにやってんの、早くおいでよ、と手招きした。梨沙子が満面の笑みでぶつかるように雅の隣に立った。みや、お客さんになに言ったの?
 雅は、ふん、と横を向いた。梨沙子の顔が曇る。千奈美がこそっと梨沙子に言う。
「みやねー、生真面目にわたしは恋愛しませんって、ずっと言ってたらしいよ」
 含み笑いの千奈美が言うと、梨沙子がひひひひひぃと口を押さえて笑った。でもさでもさ、と鼻の頭に汗をかいた友理奈が、身を乗り出した。
「でもさー、みや偉いよねえ、普通そういうこと言わなくなーい?」
「だって元はそういうことだったんだから、しょうがないじゃん!」
 雅が声を荒げると、茉麻が話を遮る、じゃあゆりはなに話したの?
「ひみつー」
 言ってよ! 雅が悔しそうに、でも笑ったのを見て、千奈美がまた話をまぜっかえす。
「でもおもしろかったよ。みやの、え? みや、普通に恋愛しませんしか言ってないんだけど、ってちーのこと見てきたときの顔」
 まあまあ、と桃子が場を取り成した。直前参加みたいな感じだったけどさ、滅多にできないことできて楽しかったじゃん。ね? キャプテン、と隣にいるはずの佐紀に言おうと思ったが、いなかった。
 きゃぷてーん、桃子があたりをキョロキョロ探していると、佐紀は舞美と一緒にいた。佐紀が一生懸命なにか話しているが、舞美は、愛理と付き合ってるって公表しちゃったー! と嬉しそうに何度も何度も飛び上がっているだけで、なにも聞いていない。さっきからずっとそうなのだろう、まいまいと千聖がさっさと楽屋にひっこみ、しばらくしてなかさきちゃんも楽屋に戻っていった。
 えりかが舞美の肩を押さえてジャンプを止め、舞い上がりすぎだから、と諌めると、舞美はぷんと頬をふくらませて、だってわたし舞美だもん、とか言って、と笑った。
「ねえ、一回みんなで集まらない?」
 佐紀が大きな声を出した。

17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:50 ID:h1nPC.JY

 終わっちゃったねー。
 誰かが言ったが、誰も反応しない。ごとぅーは誰が言ったのかすら確かめようとしなかった。達成感というよりも、なにもかもが終わってしまったような脱力だけが残っている。初めはどういった形での結末を望んでいたのか、今となってはどうでもいいことだが、微妙にちがうような気がする。
「今日、ロビンが一番目立ってたよねー」
 はしもんが言った。あっきゃんが、いきなり自己紹介だもんね、と机に伏せていた顔をあげた。あれ? ロビンいなくない?
 ごとぅーがうとうと眠りに落ちてしまいそうなの頭を持ち上げた。もろりんが床で寝てる。かえぴょんは感動を堪えているのか、じっと下を向いている。感じ方はそれぞれだけど、ごとぅーにはそういった気持ちがよくわかる。もし失敗でもしたら、その責任はすべて自分たちに来るんじゃないかという重圧があった。でも、楽屋のすぐ外の騒ぎようや、未だに客席から聞こえてくるハロプロ最高! のコールを聞いていて、やってよかったと、心からそう思える。
「これからどうなっちゃうのかなあ」
 ポッシボーは、それぞれに話したいことを、話したいだけ話し、なんとなくメンバー全員で集合して、ゆっくり手を振りながらステージを一周して裏に戻った。気がつけば、最後までステージに残っていた。いつもの二百人程度のお客さんではない、大観衆をできるだけ長く味わっていたかった。だから、どこからか、最後まで丁寧にありがとう、という声が聞こえたときは、涙が出そうなくらい嬉しかった。かえぴょんは泣いていた。
 ステージ裏はほとんどお祭り状態で、言いだしっぺのポッシボーにはあちこちから感謝と賛辞が振ってきた。お客さんはこれからも知ることはないだろうが、英雄のような扱いだった。だがメンバーは疲れきっていて、それに応えるのも精一杯だったから歓喜の中心に祭り上げられるのを避けるように早々と楽屋に戻った。鬼のような形相のマネージャーが待ち構えていて、どうなっても知らないし、フォローもできないといったようなことを怒鳴り散らして、これからどうするか決めなきゃならないと楽屋を出て行った。
「もし事務所クビになったらさあ、みんなでストリートから出直そうよ」
 はしもんの目が本気だと、あっきゃんが怖いと泣いた振りをした。ごとぅーが、出直しどころかマイナスからのスタートだというと、悲しくなったのかかえぴょんが本格的に泣き出してしまった。
 「みんな集合!」
 楽屋口から顔を覗かせたロビンが、メンバーの様子に、なに暗くなってんの、と入ってきて、ひとりずつ立たせてまわる。どうしたの? 眠気に据わらない頭をゆらゆらさせてロビンにくっついたごとぅーが聞いた。ライブの続きやるの、ロビンが言った。さっき清水さんと、残りのセットリスト消化させてくださいって謝りに行こうって話してたんだけどさー、すっごいんだよ! ロビンはもったいぶって話を止め、思い返してにんまりした。ごとぅーは、そういうロビンの笑顔を見るのは初めてだった。
「謝りにいこうとしてたらさ、会社の人からこっちにきて、どんなに言ってもお客さん帰ってくれないから、お願いだからステージに出て、最後まで歌ってくれだって!」


18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:50 ID:h1nPC.JY
 
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:50 ID:h1nPC.JY
 
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/08(日) 23:50 ID:h1nPC.JY
 

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