23 色の未来に

1 名前:23 色の未来に 投稿日:2007/07/08(日) 19:51 ID:.yPu/INE
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          色の未来に

        ―シキノミライニ―


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2 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 19:52 ID:.yPu/INE

色=目に見えるもの、形づくられたもの

空=根本の一、総エネルギー
 
3 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 19:52 ID:.yPu/INE




 
4 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 19:53 ID:.yPu/INE

「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!」
ガシャンッ、ガシャンッ、バシャンッ、ガシャンッ――
「愛! あんた、ほんまいいかげんにしいよ!」
「うるさい! 大っ嫌い!」
パシンッ。

今日の姉ちゃんの暴れっぷりは常軌を逸しとる。
そら引っ叩かれるわ。
ほやけど母ちゃんも、何も飯の席で学校のことなんぞ言わんでええのに。
おかげで俺のそうめんは三口で終いやないか。
まあ、めずらしく姉ちゃんが早めに飯を食いに来たから母ちゃんも油断したんかもしれんけど。

「愛!」
母ちゃんが姉ちゃんの手首をとって怒鳴りつける。
うつむいて反省でもしたんかなと思った姉ちゃんは、いきなり、
犬の霊でも憑いたみたいに母ちゃんの腕を噛んだ。

「痛たっ!」
「うるさいんじゃ!」
そして逃げた。
どたどたと階段を駆け上がって自分の部屋へ逃げた。
人生の何分の一をそこで過ごしてるんかしらん部屋へ逃げた。
5 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 19:54 ID:.yPu/INE

元不登校児。
現役バリバリひきこもりの姉ちゃん。
一応今でも不登校なんかな?
入学式には出てえんけど、年齢的には中3やし。
このまま最終学歴は中卒になるんかしらん。
一回も学校行ってえんのに。

姉ちゃんが学校に行かんのは俺にとってはどうでもええことやけど、
家ん中で暴れるんは鬱陶しいから勘弁してほしい。
どんだけ駄々をこねられても、意地でも学校に行かせようと説得する両親は偉いっちゃあ偉い。
ほやけど、両親が頑固なら、姉ちゃんも頑固や。
姉ちゃんの場合は頑固にプラスアルファやから始末に悪い。

あんまりにも両親が姉ちゃんを学校に行かせたがるから、
どうしてそんなに頑ななのかを疑問に思って母ちゃんに訊いてみた。
「世間体でも気にしとるんか?」
「アホ。そんなんはええが。このまんまやとあの子の人生どん詰まりやないか」
正直、ちょっと感動した。
母ちゃんはやっぱり母ちゃんや。
ほやけど、今は今でも、このままどん詰まりかどうかはわからんやないか。
母ちゃんの言うこともわかるけど、姉ちゃんの気持ちもわからんでもない。
いじめられて友達もおらん学校になんぞ行きたくない。
行かんで自殺せんだけまだええやないか。
今のまんまで学校なんぞ行ったらそれこそどん詰まりになるかもしれん。
人生が早う終わるか遅う終わるかの違いや。
6 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 19:54 ID:.yPu/INE

まあ、俺にはどうしてええのかわからんから、余計な口出しはせんことにした。
こないにして傍観決め込んで知らんふりするんは卑怯で冷たいとは思う。
母ちゃんや父ちゃんみたいに、どうにかせなあかんと思うんが人情やろ。家族やろ。
ほやかて、俺にはどうもできいん。
どうもせん。
俺は早う高校生になって高校を卒業してこの家を出て行くことだけを考える。
姉ちゃんが逃げとるなら、俺も逃げとる。
めんどくさいもんを変えようと思うんは面倒やもんなあ。

それにしてもよお、姉ちゃん。
おめえが割った皿やらガラスの器やらそうめんやらはタダとちゃうねんぞ。
あと、俺の腹ペコどうにかせえや。
7 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 19:55 ID:.yPu/INE


風の噂いうか、人伝てやけども。

姉ちゃんは学校の理科の授業だかクラスの取り組みだかでパンジーを育ててた。
そんなもん夏休みの朝顔だけにしとけばええのに。
余計なことするわ。
そこで、姉ちゃんの育ててたパンジーに与えられた名称がチンパンジー。
姉ちゃんは猿顔やから。
単純やけど、じつに上手い。おもろい。ナイスネーミングや。
そして、そのまま姉ちゃんの仇名もチンパンジー。
最終的には縮めて、チンパン。

そこで姉ちゃんが「誰がチンパンジーやねん!」
言うて笑いを取れるような人間やったらよかったけど、違うた。
その一手で終いや。
ごろごろとどん底に転がり落ちていく。
ライクアローリングストーンや。
雪だるま式に姉ちゃんの学校生活は終わっていった。
雪だるま式いうんは違うか。

これが男なら、
「おい、チンパン、焼きそばパン買うて来いや」
「え? お金は?」
「あとで返すからおまえ払うとけ」
ってとこやな
8 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 19:56 ID:.yPu/INE

姉ちゃんはブサイクで気持ち悪くて触ると病気が移るらしい。
なんでもチンパン菌いう新種のウィルスやと。
そのうちチンパン菌は空気感染するらしいいうことが発覚して、
姉ちゃんは学校に来うへんほうがええと決まったらしい。
そらそうやな。
空気感染する病気なんて怖いもんな。
しゃあないわ。

ただ、姉ちゃんがブサイクいうんだけは断固として認めん。
ほやったら俺もブサイクいうことになるやないか。この男前が。
そこだけに関しては徹底的に闘争したるわ。

それにしてもチンパン菌いうんはどんな病状を引き起こすんかな?
姉ちゃんと何年も過ごしとる家族はもう病気にかかってるんかな?
心配やわあ。
ほんなら俺も学校行かんで父ちゃんも会社行かんで隔離されとかなあかんのと違うやろか。
地域住民の皆さんに迷惑がかかるやないか。
保健所は何しとるんかな。
ちゃんと仕事せえや。
クソが!
9 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 19:56 ID:.yPu/INE


姉ちゃんは歌を歌う。
部屋にひきこもっていっつも歌っとる。
じつに迷惑や。
はっきり言うて姉ちゃんの歌は上手い。
抜群に上手い。
しかしうるさくてかなわん。
なんでも歌手になるらしいわ。
ひきこもりのくせに。

「そないアホなこと言うとらんで学校行け!」
ちょっと前までよう聞いた父ちゃんのセリフや。
うん、そらあかんで父ちゃん。火に油やないか。
ほんまに学校行かせたかったらもっと上手く説得せえや。
ネゴシエーターの本でも買うてきて読めや。
10 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 19:56 ID:.yPu/INE

姉ちゃんは宝塚を観る。
宝塚を観るいうても、ひきこもりやから舞台なんぞにはよう行かん。
WOWOWで。

WOWOWはリビングのテレビでしか見られんから、飯時にOAがあったら俺がキレる。
俺は飯を食いながらお笑いやらクイズやらを見てる。
そこに姉ちゃんが二階からとたとた降りてきて何も言わずにチャンネルを変える。
「あーっ! おめえ、勝手に変えんなや!」
「うるさい。姉ちゃんに向かっておめえって何やの。ぶつよ」
「おめえなんぞおめえじゃ! 穀潰し! ええからチャンネル戻せや!」
「うるさい!」
「外のもんにはなんも言えんくせに、家のもんにだけ偉そうにすんなや!」
「うるさい!」

姉ちゃんの口癖は「うるさい」や。
おめえが一番うるさいんじゃボケ。
そんなにうるさいことばっかりやったら無人島でひとりで暮らせや。
11 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 19:57 ID:.yPu/INE


で、ある日。

そういえば最近なんや静かやなあ、何でやろ、思うてたら、
姉ちゃんの歌が聴こえてえんことに気づいた。
騒音に慣れたら騒音が聴こえんくなるみたいに、
姉ちゃんが歌うてないことにしばらく気づかんかった。

姉ちゃんが歌ってえん。
これは事件や。
12 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 19:57 ID:.yPu/INE

「なあ、母ちゃん。姉ちゃんが歌ってえんのやけど」
「ああ」
「ああって、なんや、謎の正体知っとるんか?」
「あの子、なんちゃらいうオーディションに落ちたらしいわ」
「オ、オ、オ、オーディション?」
「ひどく落ち込んでるみたいやったからなあ」
「ひきこもりのくせにオーディションやら行ったんか?」
それ以前にこの近辺でオーディションみたいなもんがあったんか。

「どうも4回審査あるうちの2回目で落ちたみたいやわ。あの子はなんも言うてないけど、
 広告みたいのんに、なんやいろいろ書いてあったわ」
「姉ちゃんが外出たんか?」
「そら、外出んことにはオーディションやら受けられんやろが」
「2次いうたら、1次は? あれか? 書類審査とかか?」
「あとはなんやテープみたいのんに歌うてる姿ばあ写したやつと」
「VTRか。そんなもん家に……ああ、父ちゃんのカメラがあるか」
どうせ勝手に使うたんやろ。
13 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 19:58 ID:.yPu/INE

「まあ、お母ちゃんの子やから顔だけなら即合格やろうけど」
じゃかあしいわ。けど、まあ、俺の姉ちゃんやしな。
「ほやっても、姉ちゃん、歌はめちゃめちゃ上手いやろが」
歌だけは。
姉ちゃんにはそれしかないんやから。
「あれで2次落ちとか、どんだけレベル高いんじゃ」
顔、良し。
歌、良し。
なんのオーディションかは知らんけど、そう簡単には落ちいんやろ。
正直、外に出ることさえできたらどうにかなると思うとった。
姉ちゃんはやれると思うとった。
ほやから、俺もショックや。
ショックを受けとることにもショックや。
あんなもんのためになんで俺が心傷めなあかんねん。

「人前で上手く歌えんかったんやろ」
14 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 19:58 ID:.yPu/INE

「ああ……」
ほやな。
重度のひきこもりやもんな。
外に出るだけでもたいしたもんやのに。
人前で歌なんぞよう歌えんかもしらん。
アホやな。
とんだお笑い種や。
そんなもん歌手になれるわけないやろ。
一生スタジオにこもって録音だけして暮らせるわけもない。
作詞も作曲もできたら、そんなんもありかもしらん。
ほやけど姉ちゃんは陰鬱な気色悪い作詞くらいはできるやろうけど、
作曲なんぞできいん。
よっぽどやな。
姉ちゃんが歌手になるためにはよっぽどのもんが必要や。

なあ、姉ちゃん。おめえ、よっぽどのもん持ってるか?
15 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 19:58 ID:.yPu/INE

「またしばらくここらでオーディションやら無いやろうしなあ」
「まあ、無いな。姉ちゃんの行動力なら、東京やら大阪やら行くんは、
 俺が南アフリカ行くようなもんやし」
よう行かんわ。
それに、一回落ちたせいで、もう二度とオーディションなんぞ行かんかもしれん。

歌手になんぞなったら、姉ちゃんを好きやいう人間もちらほら出てくるやろう。
ほやけど、姉ちゃんのこと好きな人間ばっかりが出てくるのんとちゃうねんぞ。
会うたこともないのに姉ちゃんのことを大っ嫌いやいう人間も出てくるねんぞ。
ちやほやばっかりはされん。
それ、わかってるか?
姉ちゃんが過去に嫌われた何倍も何十倍も何百倍も嫌われるかもしれん。
そういうのは覚悟しとるんか?
しとらんやろ。
甘ちゃんやもんな。
どうせ、ふわふわ夢だけ見とるんやろ。

ほんま、アホらしいわ。
ほんのちょっとでも期待しとった俺がアホみたいやわ。
情けな。
ああ、脱力や。
アホくさ。
しょーもな。
16 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 19:59 ID:.yPu/INE


ほいでも姉ちゃんは宝塚を観る。
幽霊みたいに現れて、幽霊みたいな顔で宝塚を観る。
チャンネルを変えられた俺は文句を言いそうになる口を閉じる。
ららら〜♪ちゃうわ。

幽霊みたいな姉ちゃん。
イライラしながら飯を食う俺。
とりあえず静観の両親。
歌い踊る宝塚雪組。

なあ、姉ちゃん。それおもろいんか? 楽しいんか?
ただのひきこもりの習慣とちゃうんか?
やることないから今までのこと続けてるんとちゃうんか?
違う言うんやったらもっと目ぇ輝かせや。
幽霊みたいな顔すんなや。
死んでるみたいに生きんなや。
17 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 19:59 ID:.yPu/INE


静か過ぎてテスト勉強もはかどらん。
一夜漬けやからここで上手いこといかんかったらあかんねんぞ。
テストの点数悪かったらどないしてくれるんや。
静か過ぎてイライラすんねん。
ぜんぜん集中できいんねん。
って、そんなもん音楽かければええだけの話やないか。
ほうや、ほうや。
阿呆か俺は。

ほいで音楽をかけてもイライラは収まらん。
なんでかわからん。収まらん。
単語も数字も頭の中によう入らん。
これはひょっとして俺はバカになったんとちゃうやろか。
若年性痴呆とかやないやろか。
まさかあれか? チンパン菌か?
姉ちゃんの病気がいよいよ俺にも移ったんか?
そら、たまらんわ。
あかん、あかん。これはあかんで。
とりあえずシャワーでも浴びよ。
18 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 20:00 ID:.yPu/INE

いうことで部屋の外に出て階段の上。
眼下には階段を上りかけの姉ちゃん。
ピンクのパジャマ。
濡れた髪に赤いタオル。
うざい。

「なんやの? そない怖い顔して」
風呂上りやからか、幽霊みたいな顔はしてえん。
のんきな顔しとる。
のほほんと湯気立っとる。
「何ボーッと突っ立っとんのやぁ。そこにいたらジャマやろが」
姉ちゃんは眉を寄せてちょっと怒った顔をする。
俺はどんな顔しとる?
怖い顔言うてたな。
そら、腹立っとるもんな。
「なんやの? 姉ちゃんは下がらんよ。あんたが引っ返すまでここにおるでな」
あ?
ふざけんな。
止まんなや。
進めや。

「歌えや!」

歌えや。
止まらんで進めや。
ぐだぐだぐだぐだいつまでもぐだぐだやっとらんで。
いつもみたいに歌えや。
歌い続けろや。
19 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 20:00 ID:.yPu/INE

「何よぉ? いきなり大声出して」
「おめえの人生もう終いか?」
「はあ?」
「たかだか一回失敗しただけでおめえの夢終わりなんか?」
「いきなりなんやの。それと、姉ちゃんのことおめえ言うな言うとるやろ」
「歌手になるんやろが! おめえにはそれしかないんと違うんか!」
「うるさいな! 今何時や思うてんのよ!」
「歌しか能ないやつが歌やめてどないすんねん!」
「あんたなあ! ほんまいいかげんにしいよ!」
「おめえみてえなもんが歌手になんぞなれるかボケ!」
「うるさい! なるわ!」
「ほやったらやれや! 死ぬ気でやれや! おめえみてえな空っぽの半端もんにはなんもでけえんわ!」
「やれるわ!」
「でけえんわ!」
「できる!」
「でけえん言うてるやろが!」

「あんたらぎゃーぎゃー何しとんのよ! 今何時や思うてんの!」
20 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 20:01 ID:.yPu/INE

歌えや、姉ちゃん。
俺は姉ちゃんの歌声が好きなんや。
俺は歌うてる姉ちゃんが一番好きなんや。
ほやから歌うてくれや。
姉ちゃんの歌、聴かせてくれや。
頼むから。
ずっと歌い続けて、絶対歌手になって、姉ちゃんのこと自慢させてくれや。
俺の夢、壊さんといてくれや。
なあ、姉ちゃん。
歌うてくれ。
21 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 20:01 ID:.yPu/INE






 
22 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 20:02 ID:.yPu/INE


ほんま、アホやわ……
あんなこと言わんといたらよかったわ。
どうにかして覆水を盆に返すことはでけえんやろか。
俺の部屋の押入れにドラえもん寝てえんやろか。
押入れないけど。

大音量の音楽。そして姉ちゃんの歌声。
ありえへん。
今何時や思うとんねん。
近所迷惑考えろや。
家族迷惑考えろや。
いうか、死ねや。
23 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 20:02 ID:.yPu/INE

「うるさい、ボケ! 勉強でけえんやろが!」
姉ちゃんの部屋のドアをガゴンッと殴る。
このクソボケジャイアンが。

数秒後には姉ちゃんの歌が止まり、音楽もぴたっと止まった。
静かや。
愛すべき静けさや。
俺は満足して部屋に戻る。
学習机に向かって、いざ学習や。
やっぱり世界は静かに限る。
24 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 20:04 ID:.yPu/INE

突然、俺の部屋のドアが開く。
不意をつかれて不覚にも「うおっ」と声をあげてまう。
めっちゃ怒った顔の姉ちゃんが立っとる。

「なんや、コラッ! やるんか!」
姉ちゃんは無言のまま何やら投げつけてきて、そいつが俺の顔面に直撃する。
姉ちゃんは去る。
痛い。

「いきなり何さらすんじゃコラァッ!」
姉ちゃんが投げつけていった物を確認する。

ヘッドフォン。

おめえがせえや、クソ姉貴! 泣かすぞ!



_________________________________(了)
25 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 20:04 ID:.yPu/INE
 
26 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 20:04 ID:.yPu/INE
 
27 名前:―――― 投稿日:2007/07/08(日) 20:05 ID:.yPu/INE

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